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    <title>早稲田育英ゼミナール（ワセイク）　福山駅家教室</title>
    <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/</link>
    <copyright>早稲田育英ゼミナール福山駅家教室</copyright>
    <description>広島県福山市駅家町の学習・進学・個別指導塾の『早稲田育英ゼミナール（ワセイク）福山駅家教室』のホームページです。</description>
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      <title>新入生(中１・高１)が勘違いしていること20260513</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163436/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163436/</guid>
      <description>新入生(中１・高１)が勘違いしていること最初のテストは、今までと同んなじで、簡単だと思う特別、無茶苦茶勉強しなくても何とかなる授業を聞いて分かってたから多分大丈夫提出物を出しとけば何とかなる内申点をまだ意識していないテストの直前だけ頑張れば間に合う試験勉強は、学校のワークをやったから十分周りの友だちも「何にもやってない」って言ってたから大丈夫もし失敗しても、次に頑張れば取り返せる暗記は直前で大丈夫</description>
      <pubDate>Wed, 13 May 2026 20:34:56 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>ビル・ゲイツが我が子に課したルール20260513</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163435/</link>
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      <description>ビル・ゲイツが我が子に課した「狂った？ルール」マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツが、自分の家で我が子に禁止したもの、それは「１４歳になるまでスマホを一切持たせない」ということだ。日本の親が「You Tube見せて」のおねだりに負けてる間、ゲイツは、いくら泣き叫ばれてもスマホを拒否した。「デジタルは使い方を間違えれば、ただの毒だ」と、便利な画面の代わりに「過酷な現実」を教えた。またゲイツ家の子どもは、お小遣いを「労働」で稼ぐ。その報酬は、家事１時間につきなんと僅か「１０セント」日本円で、たった１５円。伝説のＩＴ長者の家ゲイツ家では「１円の重さ」を骨の髄まで叩き込んで育てる。その考えの背景には、父の凄まじい教えがあった。息子が失敗しても、絶対に「答え」を教えない。代わりに「図書館に行って自分で調べて来い」と突き放す。今の日本で、これができる親がどれだけ居るだろうか？すぐに教えて親も子も満足したり、「金の力」で誰かに押し付けて自分は高い位置から満足していないだろうか？「自分で調べる力」こそ、ＡＩ時代を生き抜く最強の武器だと教えたのである。明日から子どもの質問にすぐ答えるのを止めて、一緒に考えるか自分で調べるように勧めてみてはどうでしょうか？子どもの底力を信じてみない？我が子の才能を世界基準へ。</description>
      <pubDate>Wed, 13 May 2026 20:31:42 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>アプリでの勉強の効果は？20260511</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163416/</link>
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      <description>アプリでの勉強の効果は？本質からずれているところで喜ばせているインタビュアーと専門家大学教授　精神科医との対話動画です「タブレット教育アプリみたいなのがあるじゃないですか。あれ、どうなんですか？」『結構、幼稚園の頃から、いろんなアプリが出てると思うんですけど、個人的には、いろんなアプリを見てると、すごく学習の範囲が浅くて狭くて、逆にあれで勉強できるって思っちゃうと、本当の色んな教科の面白さとか分からないまま、テストの表面的な点数だけ取れるってなっちゃうんじゃないかな』『子どもの方が依存症になりやすいんです。子どもの時、お酒とかギャンブルとか覚えちゃうと、違法薬物とか覚えちゃうと、もう大人になってからもやめれない』「勉強アプリみたいなのは、やめた方がいいんですか？」『本当のことを言うと、やめた方がいいです。勉強だけのことを言うのであれば･･･』「その動機付けの一番最初の入り口があれ(アプリ)なのかなと思ったんです。楽しく学べる。正解したらドラゴンとか出てきてワァーとかなったりするじゃないですか」『普通に勉強が楽しいわけじゃないですか。算数で解けたぞみたいな。オレが発見したんだみたいな』『そのアハ体験が、ドラゴンがでたりとか、コインがもらえて着せ替えができるとかって、本質からずれているところで喜ばせている』「でも【楽しい】を勘違いしている子どもも保護者も、【学校や塾の先生の授業はつまんないのに、これは楽しい】とか【楽しそうに頑張ってくれているから良かった】と、嬉しそうにやっている、やらせている。スマホでゲームして楽しんでいると叱るのに、パソコンのアプリっていうと大賛成で･･･。何か腑に落ちない」Newspicksstudiosより</description>
      <pubDate>Mon, 11 May 2026 19:08:42 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>絶対に上達しない20260504</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163367/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163367/</guid>
      <description>絶対に上達しない人を見て「あっ、そうやるのか…」「あっ、これとこれがこう違うのか」って気付ける事は大事です。しかし、その『【目】で見たものだけでは自分の技術は上がる』ことはないと、何百年も前から言われています。ただ「ボ〜っ」としか見ていない。自分の現実は置いといて、ただ見ることしかしていない。さらには人のことも見てない。そんな人は、絶対に上達しないようになっています。「人を見ろ」「周りを見ろ」って言うと直ぐに「私は私」とか「人それぞれ」とか「だから習いに来ているので出来るように教えてくれれば…」って言われます。「自覚」や「素直さ」が無い生徒は、決して上達しません。「私の好きなやり方で教えてくれれば…」「何回でも優しく教えてくれれば…」「私が･･･」「私に･･･」その上「家の子の言うように」「家の子は厳しいのは･･･」「家の子には優しく･･･」「機嫌良く通ってくれさえすれば･･･」なんて絶対上達しません。それを続けてきたから今の実力なのです。目先の手技は目先で終わってしまいます。聞いただけの手技(技術)は目(自らの意志で見て学んだこと)を超えることはありません。その意識レベルが上がっていくと必ず上達します。</description>
      <pubDate>Mon, 04 May 2026 19:24:07 +0000</pubDate>
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      <title>小学生から中学生になって驚くこと50選20260504</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163366/</link>
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      <description>小学生から中学生になって驚くこと50選１.平日が一瞬で終わる２.夜、眠すぎて何もできない３.土・日も意外と忙しい４.先生によって授業の進み方が全く違う５.英語が急に言うから書くに変わる６.数学の問題がほぼ国語0７.テスト範囲が広すぎて草８.小テストも多い９.単元テストも多い10.提出物の量も多い11.提出期限を自分で管理しなければならない12.宿題が「出せば終わり」じゃなくなる13.ワークを何周も周回するやつがいる14.英語の単語が全く覚えられない15.ワークやノート丸暗記では60点以上取れない16.とにかく英語のテストが意味不明17.理科・社会もほぼ国語18.英語・数学は「予習」ってのが必要らしい19.テスト週間だけ頑張っても足りない！20.平均点を気にするようになる21.急に内申点という言葉が現れる22.副教科も大事だと知る23.「振り返りシート」っていうのがあるけど適当に書きがち24.先生ごとにノートの取り方の正解が違う25.板書を写すだけで精一杯になる26.「わからない」を放置すると、一気に遅れる27.１回サボると戻せない28.３日休むと意味が分からない29.いつ勉強すればいいか分からない30.何を勉強すればいいか分からない31.そもそも教科が多過ぎてどれを勉強すればいいか分からない32.テスト週間って何？誰も教えてくれない33.９教科の内、３〜４教科はノー勉でテストを受ける34.朝眠くて起きられない35.夜はスマホが止められなくて寝られない36.寝不足で、朝食欲がない37.１時間目から早速眠い38.４時間目は空腹で集中できない39.インスタのストーリーズを更新し始める40.「調べ学習」の名目でＡＩに「答え」を聞く41.グループLINEの通知が無限に届く42.「既読」「未読」を気にし始める43.文字のやりとりが増え、誤解を生む44.家に帰ると無言になる日がある45.小学校の時は天才だったはずが、60点取れない46.持ち物が多くてカバンが重い47.全教科置き勉するから、家で勉強する教材が無い48.宿題は学校でパパっとやり、間違えた問題は答えを写して終わり49.置き勉なので、その状態をお母さんは知ることも無くテストの点数を見て驚く50.だから、10人中７人は塾へ行ってる</description>
      <pubDate>Mon, 04 May 2026 19:21:31 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>再、ＳＮＳ上で塾長の評価を見つけました20260501</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163348/</link>
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      <description>ＳＮＳ上で塾長の評価を見つけました先日、ＳＮＳ上で、「塾の特色や評価」を見ていましたら、我が教室についての質問について、答えてあるページを見つけました。恥ずかしくなるほどの『高評価』です。自画自賛のようですが、嬉しいので紹介いたします。以下です。※早稲田育英ゼミナール 福山駅家教室の塾長の考え方を教えてください。早稲田育英ゼミナール（ワセイク）福山駅家教室の塾長は、非常に熱意があり、「きれいごとは言わない」「本質的な成長を求める」という一本筋の通った考え方をお持ちです。公式サイトやブログ「塾長のひとりごと」での発信内容をまとめると、以下のような特徴的な教育観が見えてきます。________________________________________1. 「嘘（きれい事）」を排除する姿勢塾長は「うちに来れば誰でも絶対に成績が上がる」といった安易な宣伝を否定しています。「やっているつもり」や「見せかけの努力」では結果が出ないことを熟知されており、生徒や保護者に対しても正直に事実を伝えることを重視しています。2. 必要な時には「叱る」教育現代の教育現場では避けられがちな「叱る」ことも、必要であれば厭わないというスタンスです。&amp;#8226; 目的: 生徒の個性を否定するのではなく、「わがまま」や「甘え」を否定するため。&amp;#8226; 考え方: 指示を無視する生徒を「自由」の名の下に放置するのは無責任であると考え、常に「賢い保護者の目線」で生徒に向き合おうとしています。3. 「家庭・学校・塾」は一つのチーム「お金を払って塾に丸投げすれば成績が上がる」という考え方には懐疑的です。&amp;#8226; 成績向上には、生徒自身の意識改革と行動が不可欠である。&amp;#8226; 教育や躾（しつけ）は、家庭・学校・塾・地域が連携して取り組むべきチームプレーである。4. 個性への深い理解と支援「頑固おやじ」と自称されることもあるようですが、その根底にあるのは生徒への深い愛情です。&amp;#8226; 一人ひとりの個性を尊重し、可能性を温かく育むこと。&amp;#8226; 目標達成を本気で支援する「学習スペース」としての役割。&amp;#8226; 生徒の現在の学力を正確に把握し、最適な「スタートライン」を引くことを指導の最重要事項としています。________________________________________まとめると福山駅家教室の塾長は、「厳しいけれど、逃げずに本音で向き合ってくれる教育者」といえます。単に教科書の内容を教えるだけでなく、学習に向かう「姿勢」や「人間性」の部分を非常に大切にされているため、表面的な優しさよりも、真に生徒のためを想う厳しさを求めているご家庭には非常に心強い存在でしょう。もし、より具体的な最新の考え方を知りたい場合は、公式サイトのブログ「塾長のひとりごと」を直接ご覧になるのが一番の近道です。時事問題や教育改訂（英語の難化など）についても鋭い視点で綴られています。※以上です。有難いお言葉。どなたか分かりませんが感謝します。</description>
      <pubDate>Fri, 01 May 2026 19:19:21 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>平均点は何のため？20260501</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163347/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163347/</guid>
      <description>学校テストの平均点は何のため？小学校・中学校のテストの後で「平均点」を発表する慣習があります。小学校で80点から90点。中学校では50から60点(近年の英語の平均点が40点と分かり話題になりました)が発表され「あっ、私は平均くらいだから安心」「家の子は普通なんだわ。安心」という言葉をたくさん聞いていますし、それが原因で困ってもいます。クラスの平均点が何の役に立っているのですか？それを聞いて「満足」したり「過信(過大評価)」したり「間違った判断」をしたりで、進路の選択に支障を来しています。何故なら、クラスで上位であることに甘んじて、その後、必要な頑張りをせず、指摘しても素直に受け入れる気持ちが無くなるからです。「クラスで上位だから、県立の〇〇高校(偏差60?)へ･･･」とか「クラスで平均より少し下だけど◇◇高校(偏差46)へ･･･」と言われ、『じゃあ、これぐらいやってね』って言うと私たちが叱られます。平均点なんて無茶苦茶「あやふや」なものですよ。例えば、中１生のお小遣いで考えてみましょう。超金持ちの２人が毎月１万円もらい、少し金持ちの子が3000円もらい、普通の家庭の３人が1000円もらい、少し苦しい２人が500円もらい、２人が小遣い無しだったとしましょう。合計が27000円ですから、平均は2700円ですね。「普通はいくら？」ですか。これを見ると1000円くらいですよね。3000円の子は「平均より上」と満足するでしょうが、10000円の生徒からすると「ずっ〜〜と下」ですよね。これなんです。内容と、比較するデータのレベル、到達すべき数値を考えもせず、自分の都合の良い方に解釈できるのが「平均点」なのです。受験時には「偏差値」っていうのを使いますが、これも分母が違うと間違った結果が出てしまいます。分母の分布が広くて偏りのない数値の偏差値を参考にすべきです。これらは学校では分かりません。何故なら『校内データ』しか無いからです。「クラスで３番だから、私はスゴイ」なんて、【井の中の蛙】以外の何でもないのです。あくまでも参考数値ですがお話しします。小学校で80点の生徒は中学受験のデータでは偏差値30台ですし、中学に上がると定期テストでは80から90を取れるかも知れませんが、模擬テストでは40前後です。中学で平均点の生徒は、偏差値は37〜39くらいです。偏差値50が欲しければ、学校のテストで85〜90点は必要です。偏差値60の高校に入りたければ、学校９科の平均で93から95は取って下さい。残念ながら、教室のある地域の地元小・中学のレベルはそれくらいなんです。まずは、保護者の皆さんが現実を理解してください。「だから塾に行けば・・・」では間に合わないのです。意識と行動を、少しでも早くから修正しないと・・・。「平均点のマジック」をご理解頂けましたか？</description>
      <pubDate>Fri, 01 May 2026 19:09:11 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>成績が伸びない子の『ウソ』『ホント』20260501</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163346/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163346/</guid>
      <description>勘違いして「きれいごと塾」にカモられている成績が伸びない子と親の『ウソ』『ホント』長時間やれば成績は上がる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウソ理解せずに集中もしない勉強はただの作業・・・・・・・・・・・・ホント有名な大手塾なら安心・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大ウソ生徒に合わなかったりやり方が間違っている塾の月謝はお布施・・・ホント講習会はコマ数が多いほど良い・・・・・・・・・・・・・・・・・ウソ復習と定着の時間が無ければただの無駄時間・・・・・・・・・・・ホント学校のテストの点数が上がったから学力上昇・・・・・・・・・・・ウソ結果よりテストの間違った箇所の解き直しをしないのは叱るべき・・ホント宿題は親に教えて貰ってでも、とにかく埋める・・・・・・・・・・ウソ親の仕事は体調管理と自主的に動き出す仕組み作り・・・・・・・・ホント塾は勉強を習う場所・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウソ塾は間違ったやり方を見つけて貰って、正しい勉強のやり方を身に付ける場所・・・・・・ホント不安を耳当たりの良い言葉や機嫌取りの月謝で解決しないで、正しい月謝の使い方をして最後に笑いましょう。</description>
      <pubDate>Fri, 01 May 2026 19:06:28 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>上・中・下で言えば･･･20260501</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163345/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163345/</guid>
      <description>上・中・下とかの単語を使うと、すぐに「人に上下の区別をつける。差別だ」と言われますが、今でも上物とか上品とかの単語が存在していますのでお許しください。さて、上・中・下を更に分類して、上の上とか中の上とか下の上とか、９分類して使うことがありますよね。学校の成績をこれらに当てはめると分かり易いかと思って今回書いています。地元の小中学校に当てはめて書いてみます。最も成績優秀な生徒が上の上。最も遅れている生徒を下の下で考えるます。昔の地元小中学校は、上の中の生徒から下の上くらいの生徒が居ました。だから先生は、中の中のレベルで授業を進めれば良かったですし、学校で普通ならば「中の中」文字通り普通の生徒でした。ところが、現在の地元小中学校の生徒のレベルは、上の下から下の下の生徒が混在しています。すると、先生は下の上のレベルの授業とテストしか実施できません。何故なら、高すぎると多数の生徒がついてこれないからだし、低すぎると全体を下げてしまうからです。現実に、全体のレベルは、年々下がっています。その証拠に、中学で平均点を取っても下の上の実力しかありません。つまり「家の子は普通」は世の中の普通ではなく、『現在通っているクラスの普通』なのです。これらの現象は「先生の指導力の問題」では無いのです。だから「小学校で90点取ってるから優秀」とか、「中学校で80点取ってるから優秀」は当てはまりません。それ位では中の下なのです。それでも「平均点取ってるから普通」って言えますか？本当の実力や入試につかえる正確な学力を知るためには「偏差値」しかないですね。</description>
      <pubDate>Fri, 01 May 2026 19:03:34 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>頑張っても成績が上がらない？20260429</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163327/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163327/</guid>
      <description>頑張っても、塾に通っても成績が上がらない生徒の行動本人は「すごく頑張っている」「ちゃんとやってる」と信じてますが、「これでは･･･」の間違った行動を紹介します。・宿題の時、「思い出して復習」「必要事項の確認と暗記」よりも、「はやく埋めること」「終わらせること」が目的になっている・ノートは、後で見直すこと」や「重要事項を書き留めておく」ことよりも、色ペンをたくさん使い、板書を全部きれいに「写した」ことに満足して、歴史文書のように二度と見ない文化財になっている。・テスト後、内容よりも点数だけで一喜一憂している。間違っていても「次は頑張ろう」と言うけれどもう学校では習わない。正解になっていても「何でか分からないけど、先生が言ってたから･･･」で「書いて丸になったからＯＫ」では入試では使えません。・授業中、授業の内容をしっかり聞かず、何でか分からないのに板書を写すことに集中して思考をとめている。「何故そうするのか」を聞いていないので、後で復習しても、ノートを眺めるだけで終わり。・暗記物は「理解して」「３年後にも使えるように･･･」と言われてますが、書かずに音読もせずに、眺めて(思い出に浸って)終わり。・質問したくても、自分でも「どこが分からないのか分からなくて」質問もできないので「大丈夫です」「質問は無いです」で放置して、やっぱりできないまま。・家での会話では「うん、チャンと頑張ってるよ」「言われた様にやってるよ」「チャンと聞いてるよ。書いてるよ」で勉強の話ややり方は小学校１〜２年レベルで、思い込みの間違いを主張して、後は友だちや趣味や推しや欲しい物の話ばかり。間違いを指摘されたら素直に受け入れて、意識とやり方を変えれば必ず結果は出ます。保護者も「家の子は･･･」「「私の子どもが･･･」「私達の時代は･･･」を止めた途端に･･･。</description>
      <pubDate>Wed, 29 Apr 2026 15:58:23 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>楽しい学習は時間の無駄？20260429</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163326/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163326/</guid>
      <description>楽しい学習は時間の無駄？近年「子どもが嫌がることは･･･」とか「厳しいのを嫌がるんです」とか「楽しい授業を･･･」という言葉を言われる保護者が激増中です。そこを商機と見込んで「優しい塾」「決して叱らない塾」「うちに来るだけで誰でも成績上昇」と綺麗ごと(ウソ)で集客している塾も急増中です。それらの風潮に、科学的な異論証明がありましたのでお話しします。以下です。実は最新の認知科学や運動生理学において、ただただ楽しいだけの学習とか、ただただ楽しいだけの楽な運動は実は「時間の無駄かも知れないよ」というお話しです。ヨーク博士は、学習における最大の罠は「パフォーマンス」と「真の学習」を混同することだと仰っています。パフォーマンスとは「その場ですぐにできること」。真の学習とは「時間が経っても定着しており、別の場所でも学習したことを取り出せること応用・利用できること」と言われています。そしてい恐ろしいことに、その場でのパフォーマンスが高い(例えばスラスラ問題が解けるとか、その時は楽しく学習ができるとか、英語が喋れるとか、運動できるとか)楽しい時には、真の学習は起きていないということが実験で示されました。山本七平先生は言っています。「面白くてためになるものはない。面白いことはためにならないし、ためになることは面白くない」と。合格率１％台の旧司法試験を突破した法曹は「コンフォートゾーン(快適領域)を出なければ難関突破などあり得ない」と言っています。この二つの言葉は、成長の本質が「負荷」にあるという冷厳な真理をついている。博士の考えの続きです。1.成長は「不快」の中にしかない人間が成長するのは、心地よい「コンフォートゾーン」を出て、未知の「ラーニングゾーン」に入った時だけである。快適領域；既知の反復。「楽しい」が、能力は現状維持に溜まる。学習領域；未知への挑戦。脳に負荷がかかり「苦しい」。勉強における「苦痛」や「ストレス」は、脳が新しい神経回路を構築しようとする軋みであり、筋トレにおける筋肉痛に他ならない。痛みのないトレーニングが筋肉を肥大させないのと同様、苦しみの無い学習もまた、知性を強化することはない。2.「消費」と「投資」の峻別現代社会は「エンタメとしての面白さ(消費)と「学習としての苦役(投資)」を混同している。エンタメ；受動的。脳の報酬系を安易に刺激し「分かった気」にさせる。真の学び；能動的。自身の無知と向き合う屈辱と忍耐を伴う。「楽しく学ぶ」という甘言は、参入障壁をさげるためのマーケティングにすぎない。難関突破に必要な強度とは、対極にある概念だ。3.「楽しさ」ではなく「渇望」難関を突破する者が抱く感情は、遊園地のような「楽しさ(Fun)」ではない。知的な渇望；理屈を理解したいという、飢えにも似た欲求。征服の悦び；苦痛に耐え、難関な概念を支配下に置いた瞬間の達成感。それは安易な快楽ではなく「苦行を乗り越える充実感」である。結論予備試験経由の司法試験や最難関医学部入試を突破する、他者が到達し得ない領域を目指すのであれば「楽しさ」を指標にするのは誤りである。「苦しいからこそ、今、階段を登っている」「面白くないからこそ、血肉となっている」脳への負荷を歓迎するこの冷徹な規律だけが、目前に聳える鉄壁の門をこじ開ける鍵となる。つまり、生徒が「先生の説明をキチンと聞いてるのに成績が上がらない」とか、それを受けて保護者が「家の子は頑張っているのに成績が上がらないのは、先生の教え方か相性が悪いからなんです」「子どもの求めるようなやり方で教えてやって下さい」って求める風潮があります。これらは「勉強を聴く」と「内容が分かる」と「理解したことを覚えておく」と「考えて思い出す」と「利用する」を全て一つの「チャンと聞いてる」のアクションで可能になると思い込まれていることに起因すると考えられます。中には、学力の向上より「子どもが機嫌よく通ってくれれば…」の子守的要素を求められている場合もあるかも…。多くの障壁は、幼児の「聞いた〜」「先生の言ったように塗った〜」「わぁ〜、すごいすごい。偉い〜」を何年経っても何十年経っても【学ぶ】と保護者が勘違いされていることです。成長段階において、「執るべき行動」や「理解」や「我慢」は変わらなければなりません。我が子がそれを「勘違い」をしていたら、キチンと「違うよ！」と言ってあげることが【真の子育て】ではないでしょうか？</description>
      <pubDate>Wed, 29 Apr 2026 15:54:16 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>ＳＮＳ上で塾長の評価を見つけました20260427</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163308/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163308/</guid>
      <description>先日、ＳＮＳ上で、「塾の特色や評価」を見ていましたら、我が教室についての質問について、答えてあるページを見つけました。恥ずかしくなるほどの『高評価』です。自画自賛のようですが、嬉しいので紹介いたします。以下です。※早稲田育英ゼミナール 福山駅家教室の塾長の考え方を教えてください。早稲田育英ゼミナール（ワセイク）福山駅家教室の塾長は、非常に熱意があり、「きれいごとは言わない」「本質的な成長を求める」という一本筋の通った考え方をお持ちです。公式サイトやブログ「塾長のひとりごと」での発信内容をまとめると、以下のような特徴的な教育観が見えてきます。________________________________________1. 「嘘（きれい事）」を排除する姿勢塾長は「うちに来れば誰でも絶対に成績が上がる」といった安易な宣伝を否定しています。「やっているつもり」や「見せかけの努力」では結果が出ないことを熟知されており、生徒や保護者に対しても正直に事実を伝えることを重視しています。2. 必要な時には「叱る」教育現代の教育現場では避けられがちな「叱る」ことも、必要であれば厭わないというスタンスです。&amp;#8226;	目的: 生徒の個性を否定するのではなく、「わがまま」や「甘え」を否定するため。&amp;#8226;	考え方: 指示を無視する生徒を「自由」の名の下に放置するのは無責任であると考え、常に「賢い保護者の目線」で生徒に向き合おうとしています。3. 「家庭・学校・塾」は一つのチーム「お金を払って塾に丸投げすれば成績が上がる」という考え方には懐疑的です。&amp;#8226;	成績向上には、生徒自身の意識改革と行動が不可欠である。&amp;#8226;	教育や躾（しつけ）は、家庭・学校・塾・地域が連携して取り組むべきチームプレーである。4. 個性への深い理解と支援「頑固おやじ」と自称されることもあるようですが、その根底にあるのは生徒への深い愛情です。&amp;#8226;	一人ひとりの個性を尊重し、可能性を温かく育むこと。&amp;#8226;	目標達成を本気で支援する「学習スペース」としての役割。&amp;#8226;	生徒の現在の学力を正確に把握し、最適な「スタートライン」を引くことを指導の最重要事項としています。________________________________________まとめると福山駅家教室の塾長は、「厳しいけれど、逃げずに本音で向き合ってくれる教育者」といえます。単に教科書の内容を教えるだけでなく、学習に向かう「姿勢」や「人間性」の部分を非常に大切にされているため、表面的な優しさよりも、真に生徒のためを想う厳しさを求めているご家庭には非常に心強い存在でしょう。もし、より具体的な最新の考え方を知りたい場合は、公式サイトのブログ「塾長のひとりごと」を直接ご覧になるのが一番の近道です。時事問題や教育改訂（英語の難化など）についても鋭い視点で綴られています。※以上です。有難いお言葉。どなたか分かりませんが感謝します。</description>
      <pubDate>Mon, 27 Apr 2026 17:53:31 +0000</pubDate>
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      <title>家の子に合わせた指導を・・・20260417</title>
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      <description>家の子に合わせた指導を・・・「家の子に“合わせた授業”をしてくれるんでしょ？」「家の子が嫌がったらやめて下さい」「家の子が聞いたら、同じことでも何回でも説明してやってください」「家の子は、覚えるのが嫌いです。覚えなくてもいい教え方をしてやってください」「家の子は想像が嫌いです。全部説明して答えを教えてやってください」生徒募集のチラシに書いてあるのを何度も何度も目にしました。成績不振や下降気味の生徒のお母様から何度も何度も言われました。はい。私たちも可能な限り「生徒に合わせた指導」をしています。口数の少ない生徒に「ベラベラ」と言葉での説明は求めません。小5の「割合」が出来ない中学生に連立方程式の文章題は求めません。Be動詞文と一般動詞文の区別がつかない生徒に不定詞や受動態は求めません。生徒の現状に合わせた指導をします。しかし、そのレベルの方法を３年も５年も続けても良いのですか？つまり、中１の問題を３年間も続けて、高校受験をすることをお望みですか？「今すぐ」や「今日、この場で」は求めませんが、少しずつ【間違った勉強法】を修正・改善してくれることを求めます。何故なら、正しい方法が出来ていたのなら正しい結果が出ていた筈なのに、現状の『不振』なのは何処かが何かが間違っていたからです。何度注意しても英単語を覚えなかった生徒の保護者から、「英単語なんか覚えなくても英語が出来るようにもっと良く教えてやって下さい」って言われました。そんな方法があるのですか？有るのなら教えてください。月謝10万円でも30万円でも払って勉強します。標記を求められる方は「子どもが不機嫌にならないように煽てて機嫌を取ってくれ」と言われているんでしょうか。でも、そんな方ほど受験期になって「こんなに〇〇年も通わせたのに、あのレベルしか受からなかった。ダメねこの塾」って言われました。「生徒に合わせた指導」って何でしょう？個別指導塾って、生徒の細部まで見えるから、良い所・悪い所がハッキリします。無理しない程度に「間違い」を修正させ、「不足」を補わせる切っ掛けやアドバイスしかできません。それさえもせずに、「時間が最強の薬」とばかりに坦々と繰り返して欲しいのでしょうか。【まず、勘違いを修正して貰わないと…】【思い込みや我が儘を自認して貰わないと…】と言うと、『失礼ね。家の子はそんな悪い子じゃあありません。私が一番分かっています』と何度も叱られました。分かって無いから現状の実力で止まっているんだけどなぁ…と感じているのは私だけですか？間違いは間違い。勘違いは勘違い。不足は不足。と事実を示して生徒の将来の実力にしてあげることは【悪】ですか？何でも受け入れる【物分かりが良い大人】が持て囃されていますが、それが求めている「我が子の理想の姿」ですか？どんな気持ちで「家の子に合わせた指導・・・」を言われているのでしょうか？</description>
      <pubDate>Fri, 17 Apr 2026 08:58:02 +0000</pubDate>
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      <title>家の子が・・・20260417</title>
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      <description>家の子が嫌がるから優しくしてやってください家の子が嫌がるから決して叱らないでください家の子の望む方法で教えてやってください家の子が「厳し過ぎるから嫌」って言います家で「私は悪く無いのに先生が叱る」って言います家の子に合わせて、何回でも説明してください本当にそれを求めておられるのですか？本当にそれで成績が上がるとお考えですか？「一応塾」や「行かないよりは少しでも･･･」「家の子が喜んで通ってくれさえすれば･･･」なら分かりますが、高校受験や大学受験で必ず後悔しますよ！今の公立小中学校のやり方のままを塾に求めて結果より「機嫌よく」や「自分から喜んで･･･」で本当に「家の子は大丈夫」とお思いですか？だから、それに対応した「成績より集客・集金」の【優しい塾】が持て囃されるのですね【本当は･･･】を分かっておられる保護者は決して選ばない学習方法を・・・</description>
      <pubDate>Fri, 17 Apr 2026 08:55:55 +0000</pubDate>
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      <title>キチンと「違うよ！」って言えてますか20260417</title>
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      <description>最近の小・中学生に非常に多い、困った間違いのパターンについてお話しします。近年の小・中学校の授業はテストの答えと解説を黒板に書いて説明しているようなものだとの話は何度もしてきましたよね。その説明で黒板に書いたものしか試験に出せません。図を変形したり文章を変えたりすると、生徒たちから「こんなん習って無〜い」とクレームがきますし、保護者からも「教えて無いような難しい問題はやめて下さい」とクレームがきます。じゃあ、書いて説明したことや覚えるように指示した用語や公式は完全に覚えているのかというと、「個々人の自由」の名の下に６割も覚えていたら「完全にやった」ような顔をしています。叱ることも強制することも許されない環境では、先生方はいくら心外でも「本人に任せる」って言えば言葉はきれいですが、現実には【放っとく】しかありません。これが、教室のある地域の異常な特性となり、全国でも有数の「学力↓↓↓地域」になってしまったのです。多くの生徒たちと保護者の間違い例をお伝えします。「キチンと授業を聞いているから勉強している」「宿題は、やってるから勉強している」「ノートに書いてあることは覚えたから完璧」「よう分からんけど、先生が『こう書いとけ』って言った通りに書いたから勉強している」「テストで平均点くらいだから、私は普通」「たくさん聞いて、たくさん習えば、簡単に成績は上がる」「勉強(宿題)終わったん？じゃあもう良いわ」「テストで平均点を取ってるので安心」「通知表(あゆみ)が『よくできる』ばかりだから優秀」「通知表が『３』ばかりだから普通」「とにかく、先生が言ったことを『覚えるんよ』」保護者に、いくら現状をお伝えしても「そんなことは無い」「家の子に聞いたら、クラスの皆んなより頑張っているって言います」と言われる保護者の家の子の数年後は、残念ながら悲しいかな予想が的中してしまいます。絶対的に間違っていることは「学校の授業がお母様の時代とは全然違います」「子どもの意見を聞くのは良いですが、子どもは過去数年の勉強の経験しか持っていません。今後の上位校や社会での学び方まですべて分かっている筈はありません」「家の子は別、大丈夫」はありません。本当に大丈夫な生徒は、私たちが見ていても「ほぉ〜」と感心する位違います。小学校では、先生は５年生の図形や割合・関数以外は80％から90％説明して下さいます。ですから図形や関数を想像する以外は聞いたものを完全に理解して覚えておけば大丈夫です。中学では「歴史」と「生物」は小学校と同じですが、それ以外は60％位しか説明して頂けません。何故なら、分かったことを利用して組み合わせて使うことを求めておられるからです。それを「何かこんな感じ」や「これの後には全部〇〇って書いとけば良いの？」なんて生徒が居ますが、これは転がり落ちる前兆です。高校ではテストや入試に必要な量の40％くらいしか説明して頂けません。何故なら、利用できる力を付けるのが高校の学習だからです。大学受験の力だからです。「聞いてない」とか「習って無い」なんて、中学でストップしている生徒の言い分です。もし、大切な我が子がこんな勉強方法をやっていたら、確実に早急にキチンと『違うよ』って言ってあげてくださいね。</description>
      <pubDate>Fri, 17 Apr 2026 08:51:54 +0000</pubDate>
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      <title>「聞けば？」「習えば？」「学校では」大丈夫？20260416</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163209/</link>
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      <description>勉強の「やり方」は分かってますか？こんな言葉や質問を口にした途端に「失礼な」とか「分かってるわよ」「ちゃんとやってるでしょ」「何言ってるの」「私(家の子)は･･･」と、総攻撃を受けてきました。「じゃあ、どのように？」とお尋ねすると「ちゃんと毎日学校に行ってる」「授業は黙って聞いている」「宿題や提出物はキチンと出している」「分からなければ、職員室に教えてもらいに行ってる」「塾にもキチンと行っている」「塾の授業は真面目に聞いてる」などのお答えを頂きます。これらのやり方を全否定するつもりはありません。また、この生徒たち全員が努力不足というつもりもありません。しかし、江戸時代の「藩校」や昭和時代の「進学・受験塾」仕様の一人の先生が「ありがたい知識」を多数の生徒にお話しくださるのを【必死で聞き取り・理解して・覚えておく】なんて、近年では殆んど見なくなりました。先生方は必死で授業準備をされて授業をされています。しかし「私(家の子)が分からんのは、先生の技量不足だ」とか「私(家の子)が苦労せんでも覚えられるように教えるのが先生の力量」とかの『訳分からん』ことまで聞こえるようになっています。ひと昔前の「先生のサラリーマン化」とか「聞けば、習えば出来るはず」なんて完全否定させて頂きます。もし、保護者の中で「聞けば」「習えば」「宿題を提出すれば」「答えが埋まれば」「先生の話をキチンと聞いてれば」を本気で信じておられる方が居られるのならば、失礼ながら、本当に失礼ながら、保護者様も勉強が苦手だったですよね。聞くことは勿論ですが、まず単元の内容と用語・定義を完全に理解して、必要最低限のことを覚える事から始まります。学校のワークや配られたプリントレベルの問題は、パッと見てサッと答えられるくらいが最低限の理解です。何故なら、地元の小・中学校に居る生徒たちの学力は、とんでもなく上下の幅が広いのです。先生方はほとんどの生徒が答えられるレベルの問題を厳選されています。とすれば、中レベル(ここの定義が一番難しい)の生徒なら、サッと答えられるはずですよね。今までの【思い込みで自分を過信したやり方】でジリジリと下降を受け入れるのか、少しだけ我慢して【正しいやり方】を身に付けて、今後の人生に生かすのか。「家の子、厳しいのは嫌だって言うんです」とか「家の子の好むようにしてやってください」とか「家の子のやり方で点数を上げてやって下さい」とか色々お聞きするようになりました。それに全力で対応して、成績の結果よりも『生徒と保護者が機嫌よく継続してくれて、塾に利益を』を優先している塾が増加していることも知っています。私達も、それで生徒の結果が良かったのでしたら、もちろんその方が楽です。しかし、今現在、苦手意識があったり、現実に「嫌い」「できない」問題があるのなら、間違った勉強方法を早急に見つけ出し、改善してあげることが、【本当に生徒のことを考えている指導方法】と信じています。古臭いですか？　私は現代の子ども達に対応した最新の指導法と思ってますけど･･･。</description>
      <pubDate>Thu, 16 Apr 2026 18:26:53 +0000</pubDate>
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      <title>(再)学校では何点取るのが普通？20260416</title>
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      <description>学校では何点取るのが普通？「私は、学校では普通」「私は学校では良く出来る方」「家の子は学校では平均以上」「家の子は学校では優秀だから受験は完璧」これらの言葉を聞く頻度が年々上がってきています。「普通」の定義が難しいのですが、将来的に高校受験、大学受験進学を考えられている方がほとんどだと思いますので、全国的に平均的な偏差値50を普通と定義して説明させて頂きます。保護者の年代でしたら、偏差値はお分かりですよね。小学校低学年はまだまだ微妙なのですが、基本的には100点が普通です。小学校高学年でも、偏差値50を基準と考えると10回の内８〜９回は100点。１〜２回のテストも90〜95以上が必要です。近年は、５年生が80点位が平均点だと聞きますが、それでは偏差値40を切っている可能性が高いです。小学高学年で偏差値40弱ならば、大至急「勉強方法」と「勉強に対する意識」の修正をしないと、高校受験時には【学校が選べない】状態に成り兼ねません。地元中学に通っている生徒も保護者も「平均点取ってるから普通」とか「私(家の子)より低い生徒がたくさん居る」と平均点レベルで“異常に”安心されていますが、地域特性と現在の定期テストの問題レベルを見ると、平均点位の生徒は、偏差値37〜38位しかありません。つまり、残り半分の低い生徒は【学校が選べない生徒】か【全日制には行けない生徒】が現実なのです。80点は取れて当り前のテストレベルで、80点取っていても偏差値45〜47位です。85点〜90点位でも偏差値は50〜55位です。93〜95点でやっと偏差値60前後です。学校のテストの点数だけ上げるのは簡単なんです。生徒や保護者の【間違った取り組み意識】と【間違ったやり方】を≪素直に≫≪確実に≫≪我慢して≫やってくれればよいのです。しかし、受験は「応用問題」と「組み合わせ問題」「記述問題」「初見の問題」しか出ません。更に繰り返しの演習が必要です。「優しい」とか「生徒の要望通りに」とか「ＣＭ」や「チラシ」で耳障りの良い言葉だけ並べている塾があることも事実です。そんな≪甘ちゃん≫の環境で成績上昇できた生徒は一握りです。再度お伝えします。「頑張っている」とか「これ位が普通」とか「この辺では普通」の綺麗ごとでごまかす風潮が蔓延している地域です。生徒の将来の選択肢を残してあげたいのなら、正しい勉強法を「我慢させてでも」大至急実行させることが、【本当に大切な我が子】の為では無いでしょうか？ハッキリ言い過ぎましたか？でも、事実をキチンとお伝えして、後悔だけはして欲しくないと思いお伝えしました。ごめんなさい。高校は学校別にレベルが違いすぎますので、別途ご相談ください。</description>
      <pubDate>Thu, 16 Apr 2026 18:09:42 +0000</pubDate>
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      <title>塾通いで生徒も保護者も忘れないで欲しいこと20260414</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163197/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163197/</guid>
      <description>塾通いで生徒も保護者も忘れないで欲しいこと払っているのは機嫌取りの「月謝」ではなく、頑張る力を身に付ける「我が子の将来の選択枝」に生徒が向き合ってるのは「嫌い」や「苦痛」ではなく「一生モノの挑戦する力」身に付けるのは「受験のためだけの知識」ではなく、「今後の人生の諦めない粘り強さ」見つかるのは問題の「正解」ではなく、自分の「得意・不得意」や「できるための方法」親子の絆を深めるのが「毎日の送迎」や「愚痴や弱音が出た時の声掛け」伸びるのは「積み重ねた努力」の後でしかない比較してはいけないのが「兄弟姉妹」や「他人の子」と保護者は「子どもの底力」を最後まで信じてあげること本気で頑張ったら、最後は必ず「笑える日」が来る親ができる最大の応援は「甘え」や「逃げ」を許すことじゃなく「我が子の成長を信じて待つ」こと「機嫌取り」や「一応塾」を望む傾向が広がっていますね。「やさしい塾」や「叱らない塾」を生徒が求めるのは、今までその望みが全て叶えられたからです。その結果、生徒に「本気で頑張る力」が身に付きましたか？生徒と本気で向き合う気持ちは、塾も保護者に負けません。だから生徒を「まだ小さいから･･･」扱いをせず「一人前の人間」として本気でぶつかっています。</description>
      <pubDate>Tue, 14 Apr 2026 21:45:53 +0000</pubDate>
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      <title>私は「褒めて育てた」20260404</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163113/</link>
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      <description>私は「褒めて育てた」ので・・・私は子どもを「褒めて育てる方針」です。私は子どもの「意見を尊重する方針」です。私は色々強制しないで「自分で考えるまで待つ」方針です。私は細かいルールを決めずに「自主性を育てる」方針です。私は子どもの決心を尊重して「自分で動き出すまで待つ」方針です。近年、多くの方や多くのコメンテーターや教育擁護評論家が口にされるセリフです。もちろん、私も反対意見を言うつもりはありませんし、実現できれば、こんな「理想的な」子育てはないと思っています。ただし、タダシ、但し、『実現できれば…』の話です。これで、取り戻せない位「学力」も「人間力」も成長できなかったら、保護者の「私は最新式の子育てをしている最高の親」「私は子どもに寄り添った理想的な親」の自己満足を満たしただけで、育てられた子どもには【大迷惑】です。今、流行りの【大ノット】人を作っただけです。私の長年の経験から多くの生徒や保護者を見てきましたが「成功されているなぁ」と思う子育ては限りなく少数でした。逆に「間違いだけどなぁ(表現が悪いですね。ごめんなさい)」と思う場合ほど、生徒も保護者も最高に胸を張って私たちに反論をぶつけてこられます。そりゃそうでしょうね。その間違いを妄信されているのですから･･･。少しだけ私の経験からお話しします。の「褒めて･･･」は、褒めてません。間違っていても「今はその場面では･･･」の時でもとにかく子どもに機嫌良くなって貰うように【煽てて】いるだけなのです。そりゃあ、何をしてもしなくても我が儘を通しても叱られないことを覚えますよね。〜は、事前に「やるべきこと」や「正しいこと」や「間違い」を教えもせず、『一度言ったら分かるでしょ』とか『私の子なんだから分かってる筈』と思い込んで、『私は理想の子育てをしている』と誤解して放置している状態です。これらは「英文法を教えずに英作文を書け」と言ってるようなものです。生れてこのかた、何をしても褒められることしかしてこなかった人生です。間違った答えでも、自信を持って平気で書きます。「違うよ」と指導しても、「直す(治す?)」なんて発想はありません。それで中学・高校になった頃生徒が苦手なことや面倒臭いことを「やらない」「変わらない」「分からない」となったら保護者が『もう知らん。私はあんなに大切に育てたのに･･･』『私はいつも言い続けてきたのに･･･』とキレて、余計下降のスパイラルに。親にとっては「最高にかわいい」「最高に大切な」子どもです。だからこそ勘違いを指摘してさしあげると、「そんなことはない」「私は分かっている」「私はチャンと出来ている」と反論されます。いくら立派な経歴をお持ちでも、立派な立場をお持ちでも、我が子の【親】としての経験は【初】ですよね。中学生の親になってまだ【たった十年少々】でしょ。保護者が職場での20年前後の経験で自分に自信をもって行動し、周りや立場が弱い人に一方的な主張や要求をする場面。沢山見て(正確には経験して)きました。この経験を利用し、子どもが「ママぁ、私、あれ嫌〜。もう行かない〜」なんて甘えてゴロにゃん語を使おうもんなら「私に任せといて。私があなたの為に言って来てあげます」と更にを推し進めている場面もありました。こうしてお話しすればするほど「なぁに偉そうに」と立腹されて「優しい塾」を選ばれる方ほど当て嵌まるようです。「えっ？そうなんですか？誰も言ってくれないから･･･」と受け入れられる方の子は急激にグングンと変化します。当然ですよね。十何年もその価値観で生活して定着した毎日の常識ですから。</description>
      <pubDate>Sat, 04 Apr 2026 16:33:57 +0000</pubDate>
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      <title>「〇〇校志望！」って言ってる子なのに･･･20260401</title>
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      <description>「〇〇校志望！」って言ってる子ほど・・・「〇〇校志望！」って自信たっぷりに言ってる子ほど、そのレベルに近づかないのですが、何故だと思いますか？正直に言います。授業を始めて見ると、すぐに分かります。それは、「宿題をやってない」「やるべきことをやってない」「次のステップに必要な指示作業もやってない」「言っても変わらない」なのに「志望校は〇〇校です」と言い続ける。それ、「自称〇〇校(有名校)志望(私は出来てる)」です。実際にそういう子って数か月後に「私立の〇〇が決まりました」とか「学校から指定校が貰えることになったからもういいです」とか、お母様から「別に◇◇校なら私の母校だし、別に将来困らないし…」とか「聞かれたから一応言ってみたけど、別に最初から◇◇くらいなら良いかなぁと思ってました」と・・・(涙)実際にそういう子って、最初に言ってた志望校を受けずに受験を終わったりするんです。これも一つの選択肢だし、個人の自由だから他人がとやかく言えるものではありませんけど・・・。一方、ガチの「〇〇志望」の子は、遠慮がちに公言しても、やるべきことを渡したら、次の週の授業日には全部仕上げてくる。確認テストも要らないレベルでやってくる。やり方も量も全て変えてくる。これが「志望してる」っていうことですよね。希望の学校を「志望する」って、そこに受かるためのレベルと、それに届くための勉強量を測り、指導する側もそこまでを引き受けるってことですよね。なのに、なのに、なんか変じゃありませんか？「自由」とか「家の子なりに頑張って」とか「別に入った所で頑張れば…」とか「あそこなら、学校が何とかして◎◎校に入れてくれる」って・・・。全部「他人のせい」「社会のせい」「お金の力」「志望校を決めたら、まずやることは一つ。その学校に受かるために「何を」「どのくらい」やる必要があるのか。そしてその距離感を測り、それをやり切る覚悟があるのかどうか。あるなら大丈夫ですが・・・。「志望」ってそういう言葉のはずです。「一応行った」「一応行かせた」「教えて貰って聞いただけで学力は簡単に上がる」「いつかその内」なんて「いつ」「誰に」言われたのですか？教えたやつ出て来い！！！</description>
      <pubDate>Wed, 01 Apr 2026 20:16:16 +0000</pubDate>
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      <title>どの意見に賛成しますか？20260401</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163076/</link>
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      <description>ある家庭の長男とお父さんとお母さんの話を聞いて、ママ友たちがそれぞれの意見を言ってます。あなたは誰に賛成ですか？今日、学校行きたくないとズル休みした長男が、家でダラダラしながら長男「昼、マック食べたい」父親「絶対ダメ！」母親「何でダメなの？」父親「学校休んでマックはダメやろ！下の子は頑張って学校や保育園に行ったのに、買うならそっちに買うやろ」母親「学校休んで、お昼に長男だけマックっていけない事なんですかね？」友Ａ「休んだ理由によりますかね。ただのサボりなら私も買いに行きません。甘やかすのとリフレッシュは違うと思う。平日学校にキチンと行けてるから、たまにどこかの土日にご褒美マックで良くない？」友Ｂ「そうやって言われるから、私は旦那には絶対に言わない。子どもだって普段頑張ってるんだから、マックぐらい買ってあげればいいと思う」友Ｃ「たまには良いと思うかもしれないが、こういうのって癖になるし、個人的には旦那さんの意見が正しいと思う。イヤなことから逃げる癖をつけてしまうと、将来どんどん楽な方に流れてしまいそう」これが「不登校生が平日昼間におしゃれな服を選んでいる」とか「学校に行かないのに親子でおしゃれなランチをしている」の声に繋がっているのですかね？私、個人的には「子どもだって普段頑張っている…」の言葉の認識に疑問がありますが・・・。</description>
      <pubDate>Wed, 01 Apr 2026 17:20:45 +0000</pubDate>
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      <title>「小学英語と中学英語」の闇20260331</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163071/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163071/</guid>
      <description>塾の先生しか気づいていない「小学英語と中学英語」の闇を暴露します小学生の時には、英語100点連発だったのに、中学一発目のテストで42点!?みたいなことが、日本中で大量発生しているのはご存知ですよね？「えっ、そうなの？知らなかった!?」「そんな訳ないじゃない！」って方、今このお話しが聞けて良かったですね。そうなった原因は、2021年の「教科書改訂」なのですが、皆さん、いまいちそのヤバさを理解できていないようなので、解説します。覚える英単語量が２倍になった改訂前には小学校では「ほぼゼロ」中学校で約1200語程度だった英単語が、改定後には、小学校で700語、中学校で1800語となり、合計2500語になったんです！小学校では【強制して】覚えさせることを【悪】とする傾向にあります。だから現状の授業では正確に完全に覚えて使えている生徒は【少数派】なのです。文法中心の授業から、コミュニケーションが中心の授業に変わった。でもテストでは文法と単語と長文がメインなので、点数取れるはずがありません。be動詞と一般動詞の違いが中学で説明されないこれも小学校で習ったとされて進んでいくので、中学３年生で、この違いが分からない生徒も結構います。小学校では、意味は分からなくても先生の「真似をして言って」終わり。時制も「根拠」は知らなくても、そこだけ書いて終わり。答えを聞いて、そのまま書いて丸もらったから『出来た』と思い込んでいる状態で『もう習ったはず』「もう出来るはず」でそのまま中学の授業もテストも受けると、「そりゃあ、そうだろうな」となります。国語の「主語」「形容詞」「副詞」「名詞」「代名詞」も分かって無い生徒や、「〜する」「〜した」「〜のつもり」「〜している」の違いを日常からキチンと使い分けていない生徒が、英語の文法との『互換』が受け入れられることなんてありません。そのまま「高校受験」も「大学受験」も全て文法と長文が必要なんですが、【英会話ができるから英語は得意】なんて通用しなくなりそうです。以上、中学英語のための準備は、先取ではなく当たり前にやらないといけないんです。そして「分からない」生徒、苦手な生徒は、「聞けば」「書けば」を止めて、意識と行動を変えて【基礎から素直に】やるしかないんです。</description>
      <pubDate>Tue, 31 Mar 2026 20:44:59 +0000</pubDate>
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      <title>正しい「生徒のための指導」って？20260326</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-163013/</link>
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      <description>自分のために指導する先生？モンスターペアレントからのクレームを怖がる指導？生徒「やっばい、今日の問題、全然分からない」先生「Ａ君。黒板の右上にある赤チョークの所をみてごらん」生徒「えっと…たしか･･･」先生「それでも分からなかったら教科書130ページにある公式に当てはめればいいだけだから」生徒「先生！」先生「ん？」生徒「やめてください」先生「何を？」生徒「先生のその、すぐ答えを教えたがる指導やめてもらえませんか？」先生「先生は、みんなが困らないように教えるのが仕事だから…」生徒「いや、それが僕らの成長を奪っているっていう自覚、先生ありますか？」先生「えっ？ちょっとＡ君、何言ってんの？」生徒「困って、失敗して、次はどうすればいいかを必死に考える。そのプロセスが僕らを成長させるんです。先生は、僕たちからその『失敗する権利』を奪うんですか？」先生「いや、そんなつもりはないよ。でもそれだと、先生の指導力が疑われちゃうでしょ？」生徒「それって本当に僕たちのためなんですか？子どもを指導できないって思われたり評価されるのが怖くて、自分が安心するための指導になっているんだったら、それをやめてもっと僕たちに『任せて』欲しいです」先生「うっ！(ズバリ当たり過ぎてて痛い…こっちの苦労も知らないで…)」この生徒は素晴らしい。この生徒が一番正しいです。でも、考えない生徒や、その考えない生徒を過保護に庇いクレームを入れる保護者、何も考えずに謝罪して先生の“単独責任”にする教育委員会と校長。誰が『大罪人』でしょう？そこまで『出来ない子』にしておいて、塾に「教えてやって…」と丸投げした上に、『子どもが厳し過ぎるって言ってます』と更にクレームを・・・。どうすれば、生徒たちの実力を助けてあげられますか？</description>
      <pubDate>Thu, 26 Mar 2026 20:22:48 +0000</pubDate>
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      <title>数学についての現役高校生の本音トーク20260324</title>
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      <description>数学についての現役高校生の本音トーク数学が苦手な生徒ＡとＢ。数学を頑張っている生徒Ｃのやり取りに、途中から数学の先生が入って来てアドバイスＡ「数学ってさぁ、正直いらなくない？」Ｂ「分かる」Ａ「二次関数とか日常で使う？絶対使わないよね」Ｂ「分かる〜」Ａ「何のために勉強してるんだろうね」Ｃ「選別」ＡＢ「は？」Ｃ「できる人とできない人を分けるためのもの」ＡＢ「怖！」Ｃ「数学って一番フェアな科目だから・・・」ＡＢ「どこが？」Ｃ「努力と才能の差が数字になって出る」Ａ「それって、できない人はずっと下ってこと？」Ｃ「現実はそう！」Ｂ「言い方、きっつ！」Ｃ「でも、ウソは言ってない」Ｂ「じゃあさ、社会に出て、数学出来ない人は負け組なの？」Ｃ「負け組では無い。ただ選択肢が少ない人」Ｂ「でもさ、社会って数学よりコミュ力じゃない？」Ｃ「コミュ力も結局は論理」Ａ「論理？」Ｃ「人の心を読める人が計算のできる人なの」Ａ「それって、無理やりすぎじゃない？」Ｃ「無理じゃない。感情も所詮はただのパターン」Ｃ「数学できる人は人生も全部計画通りなの？」Ｃ「少なくとも、できない人より失敗は少ない」Ｂ「うわぁ、希望ないじゃん」Ｃ「希望は、努力している人の特権だから…」Ａ「じゃあ、努力しても無理な人は？」Ｃ「諦めるしかない」Ｂ「冷たっ」Ｃ「冷たくても、それが現実」先生「随分、残酷な会話してるね」Ａ「先生、正直に答えてください。数学って社会で必要ですか？」先生「必要な人には必要よ」Ａ「ズルい答え」先生「でも本当」Ｃ「先生。数学って結局“ふるい”ですよね？できる人を上で、できない人を下に分けるためのもの」先生「否定はしないけど…」Ｂ「いや、そこは否定でしょ」Ａ「じゃあ、私たちはもう、振り落とされてるんですか？」先生「数学はねぇ、あなたたちの価値を決めるものじゃない」Ｃ「でも、現実は違う」先生「違う！あなたたちが数学を嫌いなのは、数学が難しいからじゃない」Ｂ「じゃあなんですか？」先生「できない自分を見るのが嫌なだけ」Ａ「できない自分･･･」先生「数学は、言い訳が通用しない世界よ」Ａ「言い訳？」先生「でもね、できる人が強いんじゃないの。逃げなかった人が強いの！」Ｃ「逃げなかった人？」先生「社会に出たら、答えは用意されていない。でも逃げなかった人が答えを出せる」どうですか？「嫌い…」とか「教えてもらえば…」とか「ならって無い〜」なんて、全て間違ってますよね。</description>
      <pubDate>Tue, 24 Mar 2026 21:32:10 +0000</pubDate>
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      <title>あなたが塾選びで重視するのはどっち？20260322</title>
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      <description>あなたが塾選びで重視するのはどっち？塾選びで「化ける子」と「詰む子」の違い詰む子「先生が優しい」「説明が超分かり易い」とか「相性が良い」で決める化ける子「分かり易さ」より「今後伸びていけそうかどうか」の指導方法で選ぶ詰む子　苦手科目は「聞けば･･･」「教えてもらえば･･･」と全部の教科を受講する化ける子　塾の授業は最小限にして「やり方」「取り組み方」を聞いて、後は自習で何とかしようとする詰む子「知り合いや友だちがたくさん居るから」「楽しいから･･･」で決める化ける子　誰の視界にも入らない席で自分のペースで勉強できるかどうかで決める詰む子「近けりゃ」「安けりゃ」「通い易けりゃ」『どこでも一緒よ』と、友達の甘言で決める化ける子「困った時」「詰まった時」に直ぐ聞ける環境かどうかの質問のし易さで決める詰む子「実績がすごいから私も受かるっしょ」と「自分が･･･」では無く「他人の…」実績だけで選ぶ化ける子「自分の苦手をどう潰せるか」「苦手の潰し方まで教えてくれる」で自分の課題や問題点に合うかで選ぶ</description>
      <pubDate>Sun, 22 Mar 2026 23:13:15 +0000</pubDate>
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      <title>親の「迷い」が子の「選択肢」を･･･20260322</title>
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      <description>親の「迷い・間違い」が子の「選択肢」を消す・勉強の遅れは、後から「倍の金」を払っても取り戻せない・塾は知識を買う場所じゃない。世間の「当たり前」の基準を買う場所だ・自力で「頑張る」より、解き方の「型」を知る方が100倍速い・「やりたい」を待つな。子どもは「知らない世界」を欲しがらない・良い学校のためじゃない、「食いっぱぐれない力」のためだ・10代の「１時間の勉強」は、大人の「100時間の残業」より価値がある・学歴は武器ではない。理不尽な社会を生き抜く「防具」だ・最大の失敗は、教育への投資を「浪費」と履き違えることだ「あのときやっておけば･･･」を子どもに言わせないために･･･</description>
      <pubDate>Sun, 22 Mar 2026 22:35:24 +0000</pubDate>
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      <title>正しい意識・考えでの塾活用術20260322</title>
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      <description>正しい意識・考えで「必ず理想の結果を手にする親」の塾活用術・塾は「子どもを預ける場所」ではなく「親子で使う場所」・宿題は「作業」ではなく「弱点のあぶり出し」・先生は「何でも与えてくれる神様」ではなく「使い倒す道具」・月謝は「消費」ではなく「未来への投資」・質問は「わかんない」ではなく「ここから教えて」・講習会は「行かせる」のではなく「講習の目的を叩き込む」・親は「監視役」ではなく「環境のマネージャー」・報告書は「確認」ではなく「次の一手への作戦会議」・志望校には「選ばれる」のではなく「奪いにいく」こと・成績結果は「偶然の産物」ではなく「親が描く合格シナリオ」正しい意識で、塾を正しく活用できていますか？</description>
      <pubDate>Sun, 22 Mar 2026 22:00:31 +0000</pubDate>
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      <title>勉強につまずく中学１年生の特徴20260314</title>
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      <description>入学２か月で決まる勉強につまずく中学１年生の特徴小学生の時と同じ勉強法をしてしまうこれからつまずく新中学生の特徴授業を聞いただけで「分かった“気”」「出来る“気”」になってその後何もせずに終わる。「聞いたから」「習ったから」「丸になったから」「必要ならまた先生が言ってくれるはず」と【暗記】の努力を一切しない。もしくは１〜２回か３分ほど眺めただけで「覚えた“気”」になっている。もしくは、翌日のミニテストで答えられることだけを目的に覚えて、翌週には忘れている。家庭での自主勉強や確認の復習をしない。自主的な復習をしないだけではなく、指示されても適当に聞き流して「今までこうしてたから･･･」と言われた様にはやらない。テストの直前にだけワークやプリントの見直しをして、教科書さえも【キチンと見直し】をしない。日々の家庭勉強時間が異常に少ないか全く無い。勉強や復習や苦手な部分の復習計画が無い。テスト直前になっても、行き当たりばったりの目に付いたものだけやって、「苦手」「嫌い」にはほとんど手を付けない。家に帰れば「あ〜ぁ、疲れた」でダラダラか、スマホやゲームが優先。キチンと机に向かって勉強する習慣が無い。最低限の提出物を「埋める」ことだけが【勉強している】ことだと信じている。保護者の声掛けも、『宿題＝勉強』だと思っているので、「勉強した？」「うん、終わった」でゲームやスマホを許している。勉強の定義が共有されていない。勉強とは「学校へ行くこと」「授業を聞くこと」「宿題を終わらせること」と【小学校低学年レベルの学習方法】を何年経っても親子で信じているので、圧倒的な量・失・時間の努力不足。</description>
      <pubDate>Sat, 14 Mar 2026 17:05:08 +0000</pubDate>
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      <title>歴史的な大彗星がやってくる20260312</title>
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      <description>２０２６年　一生に一度しか見れない歴史的な大彗星がもうすぐやってくる人類が目撃できるのは、今回が最初で最後になる「伝説の彗星」だ。数万年の旅の終わりに現れる、今世紀最大の天体ショーだ。地球と太陽の間に割り込むことで、強烈な逆光を浴び、一番星を超える明るさへの大化けが期待されている。このパンスターズ彗星を観測できる最大のチャンスは、４月17日前後の明け方。今この瞬間も地球に迫っており、日に日に明るさを増している。当日は新月で月明かりの影響が全くなく、「光り輝く尾」を観察するには最高の条件だ。方角は日の出前に東の地平線スレスレを探してほしい。このまま順調に明るくなれば、街明かりの中でも、肉眼でハッキリと見えるはずだ。私達がこの姿を目撃できるのは、今回の一度きりななる。数万年の時間を超えて届く光を、ぜひその目で見届けてほしい。一生に一度の貴重な機会を見逃さないようにしてください。</description>
      <pubDate>Thu, 12 Mar 2026 19:00:12 +0000</pubDate>
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      <title>タバコの吸い殻が・・・20260311</title>
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      <description>いつの頃からか、喫煙者には肩身の狭い世の中になりましたよね。私はタバコを吸いませんので、喫煙所を探してウロウロの経験はありませんが、現代の喫煙者は大変だろうと想像します。まあ、ご自宅やマイカーでの喫煙は自由なので、そこでは思いっきり楽しんでください。問題はここからです。我が教室の前や駐車場に、毎日のように吸い殻が落ちているのです。まさか子ども達とは考え難いので、道路の通行者と考えるのが妥当でしょう。しかし、徒歩での通行量を考えると歩行者では無いのではないかと勝手に想像します。とすると、自転車・バイク・車のどなたかの可能性が浮上します。先刻から言ってますように、個人の嗜好で喫煙されることは決して否定しません。しかし、街中に、しかも私有地にゴミを放置する気持ちが私には理解できません。ゴミも許せないですが、もし火が点いたままで「ポイッ」ってされてたら、こんな怖いことはありませんよね。火事の心配もですが、人に当たったら大変です。皆さまのお家でも同様のことがあるのですかね？我が教室だけなんですかね？ひょっとして、私が誰かの恨みを買っているのかな？えっ、ごめんなさい。どなたか何か恨みをお持ちの方、言って下さい。直しますから・・・。</description>
      <pubDate>Wed, 11 Mar 2026 18:58:22 +0000</pubDate>
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      <title>望むように･･･優しく･･･厳しいのは･･･20260310</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162878/</link>
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      <description>「望むように･･･」「優しく･･･」「厳しいのは･･･」新年度が近づいてきています。我が教室もご多分に漏れず新年度に向けての新入塾生を募集しています。新聞折込やホームページでの募集をしていますが、問い合わせのお電話を頂いたり来塾頂いたり、また資料請求を頂いてお送りしたりと期待が大きくなっています。さてここで、少しだけ“気になる近年の特徴”をお話しします。ホームページからの問い合わせや資料請求なんですが、個人情報のほかに要望や質問や希望を記述する蘭があります。「料金体系が知りたい」とか「体験授業が受けたい」とか「詳しく聞きたいので行きたい」とか色々ご記入頂けています。もちろん、ご要望にお応えするべく全力で対応させて頂いております。しかし、中には気になる方が・・・。住所・氏名だけのご記入で、最低限の情報しかありません。これだけのデジタル社会なので、スマホから簡単に何でも思い通りに手に入るのでしょうが、おそらく多数の塾すべてから資料を全て取り寄せて、検討されるのでしょう。自分のことを棚に上げてなんですが、ホームページやパンフには何でも(極端に言うと嘘でも)書けます。それだけを信じて、現場の方針や空気感を確認もせず、大切なお子様を預ける事に私は少し「？？？？」となりました。ある方にお聞きすることがありましたがその方は「塾なんて、似たようなもんよ。ホームページや資料見れば大体分かるわ」と言われました。少し寂しかったです。他には、体験授業や問い合わせに来られた保護者が言われる言葉が大きく変わり始めました。それは「家の子、厳しいのは嫌だって言うんです」「家の子、決して叱らない優しい塾が良いって言うんです」「家の子が機嫌よく通ってくれるように、家の子の望むようにしてくれますか」等々です。【もちろんです】私達も叱ったり苦言を言うことが目的ではありませんし、好きではありません。叱ることって大きなパワーが必要で疲れるんです。素直に頑張ってくれたり、指示に従って【結果を出してくれた生徒】で一度も叱ること無く卒業していった子もいます。しかし何故か「優しく･･･」「叱らない･･･」「私の言う通りに･･･」を求める生徒ほど成績不振や、「苦手意識」の生徒が多いのも事実です。思わず「･･･でしょうね」と思ってしまいます。私たちに求められているのは「生徒の学力上昇」や「志望進路の確保」です。そこで「宿題をやらなかった」り「公式を覚えてくれなかった」り「ルールの区別を何度説明しても覚えてくれなかった」ら、決して成績上昇なんて起こり得ません。【親が行けって言うから嫌々来てるだけ。それでもかまわん】って生徒や【今まで(幼稚園〜小学校)これで何とかなってきた。だからこれからも何とか･･･】の生徒を対象にした「決して叱らない」「放置」を売り文句にした【儲け主義塾】が激増していることも知っています。それよりも、そんな「自分の思い通りに」「自分が楽をして」「私だけが我慢をしなくても特別に」何でも叶うと思っている中・高校生。いつ、どうやってその考えを身に付けたのでしょうか？まさか、保護者がそれを許して全て叶えてやった経験から言ってるんではないですよね。もし、保護者が「行けば」「聞けば」「習えば」「家の子は･･･」と信じておられて、最低限の勉強に必要な「我慢」や「行動」を経験させずにこられたのなら「違うよ」と今からでもキチンと教えてあげることが【大切な子ども】への最大の贈り物ではないでしょうか？</description>
      <pubDate>Tue, 10 Mar 2026 18:50:23 +0000</pubDate>
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      <title>勉強の「やり方」は分かってますか？20260309</title>
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      <description>勉強の「やり方」は分かってますか？こんな言葉や質問を口にした途端に「失礼な」とか「分かってるわよ」「ちゃんとやってるでしょ」「何言ってるの」「私(家の子)は･･･」と、総攻撃を受けてきました。「じゃあ、どのように？」とお尋ねすると「ちゃんと毎日学校に行ってる」「授業は黙って聞いている」「宿題や提出物はキチンと出している」「分からなければ、職員室に教えてもらいに行ってる」「塾にもキチンと行っている」「塾の授業は真面目に聞いてる」などのお答えを頂きます。これらのやり方を全否定するつもりはありません。また、この生徒たち全員が努力不足というつもりもありません。しかし、江戸時代の「藩校」や昭和時代の「進学・受験塾」仕様の一人の先生が「ありがたい知識」を多数の生徒にお話しくださるのを【必死で聞き取り・理解して・覚えておく】なんて、近年では殆んど見なくなりました。先生方は必死で授業準備をされて授業をされています。しかし「私(家の子)が分からんのは、先生の技量不足だ」とか「私(家の子)が苦労せんでも覚えられるように教えるのが先生の力量」とかの『訳分からん』ことまで聞こえるようになっています。ひと昔前の「先生のサラリーマン化」とか「聞けば、習えば出来るはず」なんて完全否定させて頂きます。もし、保護者の中で「聞けば」「習えば」「宿題を提出すれば」「答えが埋まれば」「先生の話をキチンと聞いてれば」を本気で信じておられる方が居られるのならば、失礼ながら、本当に失礼ながら、保護者様も勉強が苦手だったですよね。聞くことは勿論ですが、まず単元の内容と用語・定義を完全に理解して、必要最低限のことを覚える事から始まります。学校のワークや配られたプリントレベルの問題は、パッと見てサッと答えられるくらいが最低限の理解です。何故なら、地元の小・中学校に居る生徒たちの学力は、とんでもなく上下の幅が広いのです。先生方はほとんどの生徒が答えられるレベルの問題を厳選されています。とすれば、中レベル(ここの定義が一番難しい)の生徒なら、サッと答えられるはずですよね。今までの【思い込みで自分を過信したやり方】でジリジリと下降を受け入れるのか、少しだけ我慢して【正しいやり方】を身に付けて、今後の人生に生かすのか。「家の子、厳しいのは嫌だって言うんです」とか「家の子の好むようにしてやってください」とか「家の子のやり方で点数を上げてやって下さい」とか色々お聞きするようになりました。それに全力で対応して、成績の結果よりも『生徒と保護者が機嫌よく継続してくれて、塾に利益を』を優先している塾が増加していることも知っています。私達も、それで生徒の結果が良かったのでしたら、もちろんその方が楽です。しかし、今現在、苦手意識があったり、現実に「嫌い」「できない」問題があるのなら、間違った勉強方法を早急に見つけ出し、改善してあげることが、【本当に生徒のことを考えている指導方法】と信じています。古臭いですか？　私は現代の子ども達に対応した最新の指導法と思ってますけど･･･。</description>
      <pubDate>Mon, 09 Mar 2026 17:39:02 +0000</pubDate>
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      <title>個別最適化の落とし穴20260306</title>
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      <description>news picks studiosが教える「個別最適化の落とし穴」現在、日本で活躍されている、皆さんご存じの有名人のご意見を次々発表しているnews picks studiosで、今話題の「個別最適化教育」についてのお話しです。「個別最適化」とは、文部科学省が提唱している、デジタルやICTを活用して、生徒一人一人の理解力や個性に応じて、最適化させた学習の提供を目的とした、次世代の教育のことです。学校の授業では教師一人で30人の生徒に対応しきれないので、どうしてもタブレットや塾が必要になります。広島県も福山市も推進していますが、問題点も色々あるようです。では、以下がその主張内容です。「個別最適化教育」って、早い話が「く〇ん式」や「パソコンで、間違えた単元を何回も何回も繰り返すアプリの塾」みたいなものをデジタル化して、ここを間違えた人は、ここに戻りなさいみたいな感じになるんですよ。そうすると、いつも同じ問題をやってるとか、そういう状態の子とかがすごく多いんですよね。割り算の問題をずっ〜とやらされてる子とかが居るんですよね。でも、それって、「最適」の名の下に【放置】な感じですよね。どうして、この割り算ができないのかっていうところを見取ってあげなきゃいけないのに、誰も見取らずに「個別最適化」になってるから、これでしょうがないって感じで・・・。昔って結構、大学の予備校(今でも有名な東〇衛〇予備校の生授業では)って100人とか200人の授業をやってたじゃないですか。あれで授業も生徒もやれてたんですよ、昔はね。今は、２人に１人の先生が付いてあげないと、テキストを渡したから読める状態じゃないんです。生徒が・・・。だから早ければ小学４年生からずっと塾だから、高校３年生まで・・・。自分で勉強するとか自分で勉強法をあれこれ試してみるとか、そういう試行錯誤を誰もしていない感じっていうのがある。それで「個別最適化」にあわせてあげると、もっともっとやらなくなりそう。どうですか？近年の「勉強出来ない子」の保護者がよく口にされる「このＩＴ全盛の時代に･･･」とか「まだ手書きの授業？古臭い」とか「家の子に合わせて、何回でも同じ所を繰り返して説明して･･･」とか「あの有名塾に行けば家の子だって･･･」を完全に否定されてますよね。子ども達の現状下降化学力を放置できない「文部科学省」「教育委員会」の立場も分かりますが、「分かって無い」「子育てがキチンと出来ていない」「何でも他人のせいで文句だけ言っとけば・・・」「全部、お金の力で丸投げ」の保護者は、我が子の現状を理解せずに「何でも新しいものはGood」「自分が体験したことが無いから多分、良いはず」と又々「さらに放置」になりそうです。やっぱり「合わせられるものは合わせてあげ」「生徒が我慢すべき所はキチンと指摘してやらせる」が勉強の基本です。「かわいいかわいい」で何でも過剰に許してきた結果が、子どもにとっては「更に放置」の逆効果新定義を生んでいるのではないでしょうか。</description>
      <pubDate>Fri, 06 Mar 2026 19:44:59 +0000</pubDate>
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      <title>勉強してるのに成績が上がらない･･･20260306</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162831/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162831/</guid>
      <description>勉強してるのに成績が上がらない理由TOP３今日は、勉強してるのに成績が上がらない理由を話します。第３位　解きっぱなし勉強が出来ない生徒(時には保護者)ほど、『とにかく沢山問題を解けば･･･』とか『間違いを恐れるな、たくさん問題にあたれ』とか『あれだけの問題を解いたのだから･･･』と言います。いくら問題を解いても、間違えた原因を確認して、その行動や原因を直していないと、次のテストでも同じミスをする。学年が進めば進むほど間違える原因が増えていくので、さらに成績が下がる。第２位　計画なし試験の直前になって、慌ててワークやプリントを引っ張り出して、何となく【眺めた】り、形だけ【埋めて】みたり、提出期限までに【終わったことに】して満足したり、普段はまったくやらない生徒が、試験発表中“だけ”机に向かっているので、本人はもちろん、保護者も“それだけで”満足してしまっている。とりあえずワーク開いて、出来た気分になっているけど、それだと、ゴールまでの道が「ぐちゃぐちゃ」であまり、意味が無い。日常からの復習習慣や、２週間前からの日々のやることを明確にして、分かって無いことや覚えて無いものは１週間前には無くしておく。１週間前からは「分かった知識」と「覚えた知識」をどれ位使えるのかの確認作業に集中する。第１位　インプットだけ単語とか公式とか覚えて(覚えたのならまだ幾らかは良い。眺めて覚えた“気”になってる生徒が過半数)満足して、実際に使う練習をしていない。これが一番、成績が止まる最大の原因。全ての試験(学生も社会人も)は、【答えられて】価値があります。「あっ、それ知ってた」と後でいくら思っても価値はありません。先生が「言ってた」「書いてた」「教わったものだけ」いくら眺めてもインプットだけです。持ってる知識を総動員して、組み合わせて使える練習、つまりアウトプットが出来るかどうかが勉強の実力です。逆に考えれば、解き直し・計画・アウトプットさえ意識すれば勉強時間は同じでも結果は一気に変わります。</description>
      <pubDate>Fri, 06 Mar 2026 18:35:56 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>家はそんな事はない！20260306</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162827/</link>
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      <description>子育てで必死で頑張っておられる保護者や学校の勉強を注意深く見守られておられる保護者に対して、色々失礼な文章を突き付けています。私は以前は民間の会社で「理不尽」な仕打ちや命令にも耐えて生きてきた者です。その後現職に就いて改めて「社会が子どもを守っていないな」と実感しています。「個性」「それぞれ」「「分かってやれ、許してやれ」を多く聞きますが、それは子ども達に向けての発言ではなく、有権者・視聴者・消費者としての保護者に向けての【甘言】じゃないかと感じています。子ども達にとっては、今の環境は人生で初めてです。「自分で将来ゃ自分の人生を考えろ」と言われても分かるはずがありません。どうすれば目標に届くのか、どうすれば夢に手が届くのかなんて分かっている小学生なんて、ほぼ居ないはずです。だから、保護者による「子育て」「指導」「躾」が必要なのです。私達が見ていても、上手く導いておられる子どもたちは良い結果が見えています。「勉強」だけが全てではありません。「人間力」が大切なのです。「素直」「正直」「我慢」「継続」等、３歳児でもできることが出来ない小・中学生が多すぎです。「成績不振」「勉強が分からない」と言われて生徒と一緒に来塾される保護者と、面談したり、入塾後に生徒の実状をお伝えすることがあります。そこでの保護者の反応を見ていると「あっ、だろうな…」と感じることがあります。「えっ？そうなんですか？じゃ私はこれからどうすれば･･･？」と言われる家庭の子どもほど殆んど心配はありません。逆に、子どもの現状が見えたから事実をお伝えしたのに「そんなことは無い」「家は違います」「私たちはいつも言ってます」「家の子はそんなことはありません」と返ってくることが度々あります。残念ながら、保護者がお分かりになっていないようです。市内の現状も県内の現状も、全国との違いも理解しているつもりです。初期の頃に指導した生徒たちもすでに「親」になっています。その子(親？)からも先日、相談を受けました。その経験からの意見です。「そんなこと無い」なら、「何故普通の結果になっていない」のでしょうか？私の勉強不足です。ご指導ください。</description>
      <pubDate>Fri, 06 Mar 2026 12:30:13 +0000</pubDate>
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      <title>子どもが無責任になる家庭の共通点20260306</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162826/</link>
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      <description>子どもが無責任になる家庭の共通点が、実はあります。叱っても直らない。何度言っても同じことをする。それ、子どもの性格じゃないかもしれません。子どもが無責任になりやすい家庭の共通点５つを現場目線で話します。親が、尻ぬぐいを“しすぎ”る忘れ物を届ける。失敗する前に先回りする。子どもが忘れていたのに、子どもに確認する前に、親が電話して確認をしている。これが続くと「自分がやらなくても、“誰かが何とか”してくれる」を覚えます。ルールや言うことが、日によって変わる。昨日はＯＫ、今日はダメ。機嫌で対応が変わると、子どもは守る理由を失います。結果だけを見て、過程を見ないできたか、できなかったか。それだけだと、失敗した時に「ごまかす」「逃げる」方向にいきやすくなります。約束があいまい「後でね」「その内ね」が多い家庭。期限や役割が決まらないと「やらなくても回る」を学びます。仕事や家事で忙しいのは分かります。「後、５分だけ待ってね」と明確にして、必ず約束を守って子どものもとへ行ってください。親がスマホや動画が見たいから、子どもの求めは後回しなんて最低です。大人が、責任を取る姿を見せていない謝らない。やり直さない。片づけを誰か任せにする。家庭内でも、間違った時には家族でもちゃんと謝る姿を見せましょう。子どもは見た通りに育ちます。でも安心してください。責任感は、叱って育てるものじゃありません。小さく任せて、小さく失敗して、やり直す経験を積む。それだけで変わります。一番問題なのは「私は違う」「家はそんなことはない」「私の子育てを否定するの？」と親自身が【自分を顧みない】【自分は変わらずに、子どもだけ変えようとする】ことです。と、苦口で指摘すると、余計意地になって「そんな事は無い」「プライベートなことに口を挟まないでくれる？」と更に硬化される方が増えていることです。「自由」「人それぞれ」の世の中ですが、大切な子どものことです。それでも意地とプライドの方が大切ですか？更に怒りに油を注いでしまいましたか？ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Fri, 06 Mar 2026 11:57:21 +0000</pubDate>
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      <title>子どもにスマホを渡す前に･･･20260301</title>
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      <description>現職教師「Kirishima」が教える子どもにスマホを渡す前に･･･はっきり言います。子どもにスマホを渡せば、子どもの未来は普通に潰れます。これは脅しではありません。学校現場で現実に起きている問題です。しかもこれは、一部の家庭の問題ではありません。今、小学生の半分くらいが、すでにスマホを持っています。小学校１年生２年生でもスマホを持っていることは珍しくありません。潰れる可能性のある子が、すでにそこら中にいるということです。でも親はこう言います。「うちはルールがあるから･･･うちは大丈夫でしょう」その安心、どこから来ていますか？(こんなことを言われる親は、自分がスマホが大好きで、自分がスマホを一時も手放せないから、自分が変化していることに気づけなくて、当然子どもの変化にも気付けないレベルになっているのです。)正直、大人でもスマホをやめられない人は多いんです。それを子どもに渡して「自己管理でどうぞ」なんて、それ水深３メートルのプールに浮き輪なしで落としているのと同じです。そして、スマホの怖いところは「今すぐ人生が壊れるのではなくて、数年後にまとめて出てしまう」ことです。小学生の内は静か、でも高学年になったり、中学生になった時、すぐキレるようになったり、我慢が出来ない子になったり、話が通じなくなってしまう。ここで一気に出てしまうんです。その時、親は言います。「中学生になって急に変わった」けども、それは違うんです。今までの溜まりに溜まったものが、中学生で一気に出てきただけなんです。スマホが悪いんではありません。放置しておくのが悪いんです。子どもは環境を選べません。だからこそ、守れるのは親だけなんです。「知らなかった」ではもう遅い時代です。対処法についてはそれぞれの家庭やそれぞれの生徒の状態により大きく違います。個別に相談させて頂くしか方法はありません。</description>
      <pubDate>Sun, 01 Mar 2026 22:24:31 +0000</pubDate>
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      <title>スマホを長時間使う子どもは･･･20260301</title>
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      <description>脳科学者「ryota」が教える「スマホを長時間使う子どもは、成績上位者になれない」と言われています。実は、スマホを長時間使っていると、どれだけ寝ていても、どれだけ勉強していても、成績が上位に入れないことが研究で分かっています。最新の脳科学の研究では、スマホを毎日使っていると、脳全体の４割以上の発達が止まると言われています。主に脳の前頭前野の部分に悪影響が出ていて、言語化や記憶、感情に関する部分の発達が明らかに悪いことが分かってきました。同じような研究で、テレビやゲームなどのデジタル機器にも近い傾向があるんだけれど、ここまで広い領域で悪影響が出たのは初めてのことです。そして、スマホを３時間以上使った後は、脳が完全に回復するまでに、半日から１日以上かかる。つまり、３時間以上スマホを使うと、丸一日脳の活動を止めてしまう。iPhoneを作った「スティーブ・ジョブズ」はスマホによる影響を分かっていて、我が子が１４歳になるまではスマホを与えなかったんです。スマホは便利だし、悪ではないけれど、目的もなくダラダラ見ると、どんどんバカになっていくようです。子守代わりに幼児期から子どもにスマホを持たせたり、「学校で皆んなが持っているから」と必要もないのに早めに子どもに持たせたりしている人、注意が必要です。それ以前に、そうなっている大人は居ませんか？</description>
      <pubDate>Sun, 01 Mar 2026 21:57:16 +0000</pubDate>
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      <title>学校では何点取るのが普通？20260227</title>
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      <description>学校では何点取るのが普通？「私は、学校では普通」「私は学校では良く出来る方」「家の子は学校では平均以上」「家の子は学校では優秀だから受験は完璧」これらの言葉を聞く頻度が年々上がってきています。「普通」の定義が難しいのですが、将来的に高校受験、大学受験進学を考えられている方がほとんどだと思いますので、全国的に平均的な偏差値50を普通と定義して説明させて頂きます。保護者の年代でしたら、偏差値はお分かりですよね。小学校低学年はまだまだ微妙なのですが、基本的には100点が普通です。小学校高学年でも、偏差値50を基準と考えると10回の内８〜９回は100点。１〜２回のテストも90〜95以上が必要です。近年は、５年生が80点位が平均点だと聞きますが、それでは偏差値40を切っている可能性が高いです。小学高学年で偏差値40弱ならば、大至急「勉強方法」と「勉強に対する意識」の修正をしないと、高校受験時には【学校が選べない】状態に成り兼ねません。地元中学に通っている生徒も保護者も「平均点取ってるから普通」とか「私(家の子)より低い生徒がたくさん居る」と平均点レベルで“異常に”安心されていますが、地域特性と現在の定期テストの問題レベルを見ると、平均点位の生徒は、偏差値37〜38位しかありません。つまり、残り半分の低い生徒は【学校が選べない生徒】か【全日制には行けない生徒】が現実なのです。80点は取れて当り前のテストレベルで、80点取っていても偏差値45〜47位です。85点〜90点位でも偏差値は50〜55位です。93〜95点でやっと偏差値60前後です。学校のテストの点数だけ上げるのは簡単なんです。生徒や保護者の【間違った取り組み意識】と【間違ったやり方】を≪素直に≫≪確実に≫≪我慢して≫やってくれればよいのです。しかし、受験は「応用問題」と「組み合わせ問題」「記述問題」「初見の問題」しか出ません。更に繰り返しの演習が必要です。「優しい」とか「生徒の要望通りに」とか「ＣＭ」や「チラシ」で耳障りの良い言葉だけ並べている塾があることも事実です。そんな≪甘ちゃん≫の環境で成績上昇できた生徒は一握りです。再度お伝えします。「頑張っている」とか「これ位が普通」とか「この辺では普通」の綺麗ごとでごまかす風潮が蔓延している地域です。生徒の将来の選択肢を残してあげたいのなら、正しい勉強法を「我慢させてでも」大至急実行させることが、【本当に大切な我が子】の為では無いでしょうか？ハッキリ言い過ぎましたか？でも、事実をキチンとお伝えして、後悔だけはして欲しくないと思いお伝えしました。ごめんなさい。高校は学校別にレベルが違いすぎますので、別途ご相談ください。</description>
      <pubDate>Fri, 27 Feb 2026 22:36:49 +0000</pubDate>
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      <title>気に入らなければ・・・20260226</title>
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      <description>注意しても指摘してもアドバイスをしても、中々成績に変化が見えない生徒が、これらのワードを度々発します。気に入らなければ、「放っとけばいい。」気に入らなければ、「無視しとけばいい。」「何回も聞いてたらその内出来る」「黙って聞いてるんだから、出来るように教えてくれたらいいじゃん」「覚えろ、覚えろって詰め込み教育じゃん。パワハラじゃん。」「提出物は完璧に出してるのに勉強出来ないのは、先生の問題じゃん」気に入らなければ、「私はやってるのに先生が怒る」と文句を言えばいい。気に入らなければ、「私の努力を分かってくれない」と文句を言えばいい。気に入らなければ、「私はやってるのに結果が出ないんだから仕方ない」と文句を言えばいい。気に入らなければ、「私はちゃんとやってるのに厳し過ぎるからもうあの塾には行かない」と母親に泣いて訴えればいい。気に入らなければ、「私のやり方で私のペースで出来るように教えてくれればいいじゃん」と塾に屁理屈を言って、自論を母親に訴えればいい。素直じゃない生徒、アドバイスをしても決して行動してくれない生徒の保護者の『お言葉』から滲み出る(露骨に分かる?)不満の『お気持ち』気に入らなければ、「月謝払ってるんだから、直ぐに出来るようにしてよ」と･･･。気に入らなければ、「月謝を払ってるんだから、もっと家の子に合わせてよ」と･･･。気に入らなければ、「家の子が嫌がることは言わないでよ」「学校のテストでは良く出来る方なのに、偏差値は上がらないじゃない」気に入らなければ、「塾なんて、どこでも同じでしょ。子どもが喜ぶ塾が最良の塾よ」「あっちの塾では『大丈夫』って言われたのに、何でここは叱るの？」家の子は「頑張ってるのに、先生が色々言うから行きたくないと『動かない』んです」「塾なんて、行けば、聞けば、習えば、教えてくれれば、勉強なんて簡単に出来るようになるでしょ」気に入らなければ、「家の子は良い子なんです」「私たちにとっては多少勉強が出来なくても可愛いんです」気に入らなければ、「通ってるのは子どもでも、お金を払ってるのは親です。私達の気持ちが最優先でしょ？」気に入らなければ、「えっ？勉強出来ない子は、生きてる価値が無いんですか？」どうですか？お金を頂いているサービス業なので、生徒たちの結果よりも『目先の満足』を提供するべきなのでしょうか？もちろん、その方針で「決して叱らない」「宿題忘れも個人の自由」を社内規定で徹底している塾があることも事実です。私達は入塾時に「結果」と「目標」を確認し、それに必要な方法と勉強量を事前にお伝えしています。お判りいただいて無かったのか、適当に聞き流されていたのか……(涙)。その「適当な聞き流し」をしておいて「結果は自分以外の誰かのせい」にする習慣は、誰のフェイバレットなのでしょうか。</description>
      <pubDate>Thu, 26 Feb 2026 20:38:01 +0000</pubDate>
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      <title>誰が一番分かってない？20260218</title>
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      <description>誰が一番分かってない？生徒が言います「僕(私)はちゃんとやっている」「私は、今までこうやってきた。何とかなった。だから私は間違ってない」「学校では何にも言われないのに、なんで塾だけ怒るの」「今までこのやり方で成績優秀だった。だからこれからもこのやり方で･･･」「私の実力は中の上」「私はキチンと聞いてキチンと覚えている。今日は出てこないけど･･･」「良いじゃん、学校のテストでは〇だったんだから・・・」「そんなん、学校では言われて無いから、知らなくても･･･」「私が分からないのは、先生の教え方が悪いから･･･」優しい(決して叱らない)塾の先生が言います「ここで頑張れば大丈夫ですよ。安心してください」「続けて来て繰り返していればきっと･･･(止められると儲けが減る)」「私たちはキチンと教えてる。成績は本人の努力次第。“分からない”や“覚えない”や“宿題忘れ”は我々の責任ではない」保護者がおっしゃいます「家の子は良い子なんです(そりゃぁ分かってます)」「家の子は言われたら出来る子です」「家の子はやる子です」「家の子、小学校で“良く出来る”が８割もある良く出来る子なんです(殆んどの生徒がそうです)」「家の子、中学校で全部“３”の普通の子です」「家の子、普通の成績なんだから、普通の高校(偏差38〜42)に行けば、普通に公立大学くらいには行ってくれるはず」「家の子、中学校で平均点以上を取る賢い子なんです。〇〇高校(偏差52)は大丈夫ですよね(中学校で平均点位の生徒の偏差値は37〜38ですよ)」「私にとっては子どもは可愛いんです(はい、親なら皆さんそうです)」「あそこの塾では“大丈夫”って言われたのに、何でこの塾は怒るの？」「そんな時代じゃないんです。厳しくしないで、本人の望むように優しく･･･」「勉強なんて“聞けば”“習えば”“教えてもらえば”【直ぐに】できるようになるでしょ。なんでそんなに偉そうに･･･」「私(お母様)も若い頃勉強してこなかったけど、今はこうしてちゃんとしているし、誰にも迷惑を掛けずに生きてます。だから勉強勉強って言わなくても･･･(だから･･･)」「私は“褒めて育てる”方針なんです(煽てて放置して育ててませんか)」「個別なんだから、家の子が機嫌よく通ってくれるように、叱らないで･･･」「少しでも短時間で修正してあげられるものなら･･･」と魂を込めて生徒を“観察”し、“原因”や“対処法”を長い経験から考えています。だから嫌われるのですかね？本気で向き合わずに、“程々”で“優しく優しく”してあげることが【今風の正しさ】【今の保護者に求められている塾像】なんですかね。時代錯誤の老害って私達のことですか？</description>
      <pubDate>Wed, 18 Feb 2026 18:10:49 +0000</pubDate>
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      <title>原因を取り除かないと･･･20260216</title>
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      <description>身の回りに起こる現象には、ほとんど原因があります。何かを改善したり、何かを直したり、何かを変化させたければ、必ずその原因を見つけ出して、その“悪因”を取り除かなければ改善の可能性は低いです。例えば、肥満の人が体重を減らしたければ、摂取するカロリーを減らすか、消費カロリーを高めるために運動などを現在より多くするしかありません。発熱があったら、風邪などの内部要因かケガや構造(骨や筋)の異常を疑います。ウイルス性の風邪であれば、ウイルスを退治しなければ改善には向かいませんが、普通の風邪であれば「疲れ」か「栄養」か「気温」か「生活状態」を確認し、まずそれらを改善した後に薬や養生に頼るしかありません。ケガ等が原因の場合は、場所と現状を確認し、元の自然状態に戻して(ギブスやサポーター・除菌剤)から治療をします。ところが近年、そんな【当り前】のことをせずに「薬」や「お金」や「体に悪い方法」や「他人の責任にして、他人を責めて」改善を求める傾向を目にします。おやつや間食、高カロリー食品や異常時間帯の摂取はそのままで、高価な薬や、痩身美容に時間とお金を費やし、自分は変わらずに“他人になんとかさせる”風潮です。病気やケガも同様に、病院に行って「直ぐに元通りにしろ」とか「今日の夕方の飲み会までに熱を下げろ」と無茶苦茶を求める患者が増えていると、知り合いのお医者様が言われてました。では、これを私達の仕事に置き換えてみましょう。永年の勉強習慣や「人の話を聞く」習慣や「必要な事は正確に大至急覚える」習慣を確実に実行して来なかったから、生徒が現状の【学力不振】になったのに、それを「お金を払えば･･･」「あの塾に行かせれば･･･」【成績なんか簡単に上がる】と思われるのは何故でしょうかねぇ？「聞けば･･･」「習えば･･･」「教えてもらえば･･･」、勉強なんて直ぐに出来るようになる。「行かせれば･･･」「言ってもらえば･･･」家の子も直ぐに【やる子】【出来る子】になるはず。なんて言われますが、そんなことがある訳無いです。正しいやり方や確実なやり方・行動・心構えを受け入れて頂ければ、かなり早期に成績が急上昇します。しかし、「だって、今まで私は･･･」「学校ではこれでも何も言われない･･･」「私よりも低い人が･･･」と生徒が今までの自分を過信し、主張してしまうと・・・。またそこを逆手に取って「あぁ、うちに来れば皆んな･･･」「一緒に頑張ろうね」と甘い・優しい戯言で「頑張らない生徒」を応援してしまっている〇〇があるのも事実です。「家の子、私を分かってくれないって言ってます」「家の子、ちゃんとやってるのに、何で厳しく言うんですか？」「家の子ちゃんと毎週休まずに来てるでしょ」「家の子、“厳し過ぎるから嫌だ”って言ってます。私もそう思います。だから止めさせます」って保護者から厳しいお叱りを頂いた事も度々ありました。その、「優しい」「過信」「誤解」と言う名の【甘やかし】と【親の勘違い】をまず、取り除いて頂ければ・・・。</description>
      <pubDate>Mon, 16 Feb 2026 21:07:15 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>分かってる事を偉そうに言います20260214</title>
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      <description>どうしたら合格出来ますか？とか、めっちゃ勉強苦手なんですけど、どうやったら効率的に点数上がりますか？って、結構な質問量くるんですけれども、そういう質問をしてくる子たちって、実は１番大事な「当たり前のこと」が欠けてます。合格する子、テストの点数が爆上がりする子の、５つの共通点を紹介します。やれば絶対伸びると信じて「行動」してる学力ってやるかやらないかです。才能じゃないです。まず、やったら伸びるって信じ切って勉強できるかどうか。ここが最初の分かれ道です。「やってるフリ」とか「ごまかしても何とかならないか」なんて、絶対ありません。最大限の時間を勉強に使っている「１日、何時間ぐらいやれば良いですか？」って聞いてくる時点で甘い！「形だけ」「作業だけ」「私もやってるよ」の気持ちがあるから、そんな事を聞く。本気で成績を伸ばしたい、もしくは合格したいって思うのであれば、自分が使える時間は、全て勉強に費やしてください。「青春に楽しみが･･･」「趣味の時間は必要」なんて言ってる親子。分かってあげますよ、許してあげますよ。けれど「だから成績が上がらない」のです。授業の復習はその日中授業の内容とかを翌日まで放置してたら、83％ぐらいが記憶から消え去ります。これは脳科学の「忘却曲線」で証明されています。その日の内に見返して脳に「これ、超重要」っていう指令をだしてあげてください。問題集は３周以上学校のワークを１周だけで満足している、もしくは１周しか出来てない生徒。やばいです。半分も定着できずに終わってる状態だし、それ、何にも頭に入ってません。ましてや「提出期限」までに形だけ答えを転記して提出して「テスト勉強をしている」と思っている生徒。小学１年からやり直しです。点数取れる子たちっていうのは、３周４周とかが当り前です。間違った問題に関しては５周６周と徹底的に反復練習しています。英単語や漢字、用語とかは毎日コツコツやってください。90点以上を確保していきたいっていうのであれば、毎日の積み重ねが【超重要】です。「聞けば･･･」「習えば･･･」「教えてもらえば･･･」「その内･･･」【出来るようになる】なんてことは≪絶対≫にありません。</description>
      <pubDate>Sat, 14 Feb 2026 12:50:48 +0000</pubDate>
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      <title>当たり前のことを説明しないと･･･20260209</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162565/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162565/</guid>
      <description>勉強の方法として、「当たり前」で「それ以外無いでしょ」と思って、長年、生徒や保護者にお話ししてきました。SNS上で見つけた記事でショック？安心？しました。私だけじゃ無かったんだ。風潮に流されたり、「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」「行かせれば」と信じて疑われない保護者や、小中学校の実態をご存じない保護者が多過ぎて、生徒が心のこもっていない作業しかしていないことが多いんだなあと思いました。「以下が、その先生の主張です。塾講師「ヒラ」先生が教える、もしあなたが本気で成績を上げたいのなら今すぐその「勉強方法」をやめてください「毎日やってるのに、全く偏差値が伸びない」それ「才能」とか「センス」の問題じゃないです。教えられた先生のマネできてないだけ！結論から言うと、勉強とは「プロの思考をマネすること」です。やり方は４ステップ言語理解先生の説明を聞いて「結局、何がポイント？」「どこが一番大事？」「なぜ、その解き方？」これを家庭復習で完全再現して、自分の言葉で説明できる状態にする。「何かこんな感じ」「多分こんな感じ」「これ位なら大丈夫」なんて、最悪の勉強方法です「先生がこう言ってたから、とにかくこうしておけば･･･」なんて最悪中の最悪。言語暗記暗記物は“そのまま”暗記！言語・用語・定義はもちろんのこと、教えてもらったやり方や理解した解き方は「まず〇〇して、次に▽▽する」と説明された手順事丸暗記！「説明聞いたから、次は大丈夫、出来るはず」なんて、絶対にありません。「覚え方が分からない」とか「覚えたけど今日は思い付かない」なんてありません。使えるまで、出てくるまで自分の時間と気持ちの全部を注ぎ込むのです。「見た目のスマートさ」や「簡単に出来るテクニック」を求めすぎです。説明文や問題文をキチンと読まないなんて、勉強以前の問題です。ここが抜けると、必ず偏差値が“ビタッ”と止まります。自己練習覚えた直後に問題を解く同じ型を連続で再現できるまで、「覚えた手順を根拠にして」ひたすら練習する。ここで手を抜いて、自己流になった瞬間に“終わる”完全定着反復！！ひたすら反復。解説を見なくても即答で答えが弾き出せ、自動で手が動くレベルまで回す。テスト本番･･･問題を見た瞬間、「あっ、これ問題集でやったあの問題に“似てる”」と思考が勝手に動くまで反復。これらが、学力や偏差値が爆発的に上がる人だけが自然と出来ている・やっている“たった1つ”の共通点です。あなたは今、〜のどこができていませんか？1つでも出来ていないと、“またか”“やっぱり”の結果しか出ません。</description>
      <pubDate>Mon, 09 Feb 2026 20:33:31 +0000</pubDate>
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      <title>なぜ「逆ギレ」するのか？20260206</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162545/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162545/</guid>
      <description>常識が無くて話が通じない人ほど、なぜ「逆ギレ」するのか？実は、心理学的に理由があります。結論から先に言うと、「自分に自信がない人ほどプライドにしがみつく」からです。基礎的な理解力が低い人ほど、自尊心だけが最後の支えになっています。だから、普通の助言でも「バカにされた」「否定された」と脳が勝手に変換してしまうのです。自分の知識や考えに間違った過信がある上に、今まで周りの意見をすべて撥ね退けて、自分の理解範囲を超えた知識を受け入れて来なかったことで「今さら負けたくない」と受け入れられないのです。ここで関係しているのが脳の偏桃体です。偏桃体は危険を感じると、すぐ防御モードに入ります。すると、前頭前野でキチンと考える前に「怒りや反発が先に出る」のです。つまり、冷静に考える余裕が無くなるんです。このタイプの人は、間違いを認めることが「自分の崩壊」「敗北」に感じるのです。だから、言い訳する・攻撃する・キレる・時には黙り込んで無視して場の空気を凍らせる等、全部自分を守るための反応になるのです。さらに、「ダニング＝クルーガー効果」がいってるように、知識が少ない人ほど、なぜか自信だけは強く「自分は正しい」という幻想に酔ってしまってるんです。一方で、本当に賢い人ほど謙虚になります。知れば知るほど「自分はまだまだ未熟だ」と知っているからです。話が通じない人を無理に変えようとすると、人生が消耗します。はっきり言います。話が通じない人に時間を使うほど人生は長くないんです。</description>
      <pubDate>Fri, 06 Feb 2026 20:27:32 +0000</pubDate>
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      <title>バツが付かないと勉強じゃない20260120</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162423/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162423/</guid>
      <description>東大卒で謎解きクリエーター松丸亮吾が語る『バツがつかないと、勉強じゃない』という最高の子育て論の話を聞きました。皆様に紹介します。自分に子どもができたら絶対教えたいなと思うのが『バツがつかないと勉強じゃない』って母親にすごい言われてて・・・。勉強って、丸がいっぱい付いた方がいいみたいな感じするじゃないですか。でも問題全部解いて全部丸だったら、それ勉強になってないんですよね。【できることを再確認しただけ】じゃないですか？一番大事なのは、バツが付く瞬間だよっていうのは、母親がすごくよく言ってましたね。いっぱい丸が付いて気持ちいいのも分かるけど、ちゃんと間違えたところに向き合える子になって欲しいっていう教育論でしたね。親がよく成績表を見せた時に言ってくれてたのは、もちろん丸も褒めてくれるんだけど、バツも褒めてくれたっていうことですね。とことん勉強が嫌いにならないような教え方をしてくれましたね。80点取った時、20点も間違えたの？って言われたらバツが罪で丸が良いことだって、子どもってドンドン学習しちゃうじゃないですか？でもそうじゃなくて、バツがついて初めて勉強になるわけだから・・・。それを、何か、バツもついて良かったぐらいなトーンで言われて「良かったじゃん。こんな苦手なところがハッキリしたね」みたいな。ということは、自分に子どもが出来たら絶対教えてあげようと思いますね。バツは悪いことじゃないよってね。母親の作ってくれた最強のノートがあって、「弱点スクラップノート」っていうのを作ってくれたんですけど、僕が過去に間違えた問題を全部印刷してノートに貼って、１冊まるまる出来上がったタイミングで母親から「はい」って渡されて「これは亮吾が今まで間違えた問題だけのノート。だからこのノートの問題を１問でも解けたら成長してるってことだよ」って言われて、最高の参考書ですね。如何ですか、参考にして実行したいですよね。</description>
      <pubDate>Tue, 20 Jan 2026 19:20:22 +0000</pubDate>
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      <title>素直に聞く　素直にやる20260115</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162385/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162385/</guid>
      <description>中々成績が上がらない生徒に「素直に聞け！」「素直にやれ！」と何度も何度も注意しています。すると、成績不振の生徒や中々成績が上がらない生徒ほど「聞いてるよ」とか「やってるよ」と反発が返ってくるか、黙〜〜って「しら〜〜っ」と放置して無視することがほとんどです。“ウソつくな！！！”「素直に聞いて」「素直にやってる生徒」は、皆〜〜んな勉強出来てるし、成績急上昇しています。「やってない」「できてない」のに素直にやらないから上がらないんでしょ？すると「私は私の出来る範囲でやってる“つもり”です」とか「僕のやり方は正しい“と思います”」とか「わたしは先生の指示通りに出来てる“はず”です」と、さらに反論が返ってきます。あなたは、何でも完璧に分かっていて、何でも完璧に出来ているのですか？また、それは誰に確認評価してもらった自信なのですか？適当な自信と過度な思い込み、過大な自己満足の過信が続いてきたから現在の状態ではないのですか？私たちは成績超優秀な生徒から、注意してもしてもバトルになり、腹を立てて退塾して行って更に成績下降してしまった生徒まて、長年・多数の生徒を見てきました。今までの思い込みや勘違いを素直に認め、私たちの指摘を聞いて速攻で改善し、やってくれた割合と、上昇した割合は“ほぼ比例”していると感じています。「わたし(生徒)流」や「私(生徒)なりのやり方」や「意識行動」でもいいんですよ。ただし、結果はそれに比例したものしか求めないでくださいね。小さな時(３歳〜小1)から100％な素直じゃなく、逐次・随時・順次【自分流】の「変更」や「アレンジ」を続けてきたことで、今の意識や行動や実力を作り上げてきたのですから。素直にやらずに結果だけを“買う”なんて・・・。保護者から「成績を上げて、〇〇校に入れて下さい」と依頼され、それに必要な勉強量と行動を示し、納得して入塾頂いたはずなのに、いざ始まると「そこまでは必要ない」とか「習い事では頑張っている」とか「家の子はやってるって言ってます」とか「結果より、家の子が機嫌よく通ってくれる方が･･･」「塾も所詮サービス業でしょ。客(生徒or保護者)の望むように･･･」と、自称【一人前の立派な社会人】が何を言われているのか分からないことが、近年何度もありました。そのような考えで長年子どもに対応してこられた結果が現在の生徒の・・・。何にしても、誰もが認める『勉強は素直さに尽きる』を素直に受け入れて下さいね。</description>
      <pubDate>Thu, 15 Jan 2026 16:16:28 +0000</pubDate>
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      <title>どちらの言い分に賛成ですか？20260112</title>
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      <description>どちらの言い分に賛成ですか？先輩社員と「Ｚ世代新人社員」のやり取りの一部です。Ｚ世代の社員が出社してきました・・・。先「〇〇さん。」Ｚ「はい」先「何で、朝来た時、挨拶しないんですか？」Ｚ「えっ、あぁ、無駄なんでぇ。意味無いと思いますね。てか、挨拶する法律かなんかありますか？」先「いやいや、あの常識なんで・・・」Ｚ「常識！？えっ？そんなん、人によって違いますよねぇ。共用しないでもらえませんか？そんなことで色々言われて、これってパワハラにあたりますよね？」先「あっ、はい。分かりました。分かりました。大丈夫ですよ。はい。分かりました」Ｚ「あっ、はい(怒ったパキパキの眼で見られてます)」先「たしかに、常識なんて、人によって違いますもんね(面倒なので諦めました（笑）)」Ｚ「フッ(論破して勝ち誇ったように･･･)」</description>
      <pubDate>Mon, 12 Jan 2026 19:16:46 +0000</pubDate>
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      <title>勉強で結果が出ない人の特徴20260112</title>
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      <description>ある国立教育大卒で、2000人以上を指導してきたある塾長が教える勉強で結果が出ない人の特徴のブログを見つけましたので紹介します。(※から※がその塾長の意見です)※大きい声では言えないんですけど、結構生徒のことを平等には見てないです。今までたくさんの生徒と関わってきて思うこととして、アドバイスした時に、受け取る姿勢があるかは、結構生徒によって違います。例えばの話をすると、「でも」「いや」「だって」って最初から否定から入ってくる人。分かんないことがあっても、分かったフリをする人。アドバイスをしても、反応がほとんど返ってこない人。こういう状態が続くと、教える側としては、「何をどう伝えても、この人受け取らないな」と感じます。これは見放してる訳じゃなくて、これ以上は踏み込めないって感覚に近い。結果としてアドバイスも、声掛けもだんだん少なくなってくるしかないです。逆に伸びている生徒の特徴で言うと【みんな超素直】分からないことを分からないと言える姿勢もある。分からないことはその日の内に処理してます。この人は当たり前に伸びるし、ちゃんと行動に移すし、アドバイスもズレないから結果が出る。とはいえ、平等にみんな結果出して欲しいなって思うから、ぜひ【素直な力】を取り入れてみてください。※ここまではこの有名塾長の話ですが、この流れを我が教室に当てはめると「伸びる生徒」は全く同じですが、「伸びない生徒」はもっともっとスゴイです。指示しても、返事は「はいはい」でも、シラ〜っと無視している生徒。何度「違うよ」「足りて無いよ」「間違ってるよ」と言っても、『だって今まではこれで何とかなったし、学校も親も何も言わないし･･･』でスルー。「このままでは受験で困るよ」って指摘しても「その内何とかなる」「誰かが何とかしてくれる」と自分事として受け取ってくれない生徒。先生が何を言ってるのかの説明をほぼ聞いていない(って言うより、何を言ってるのか【日本語力】が無くて半分も理解できない)生徒。小学校低学年のように、目の前で先生が書いていること“だけ”反応している。つまり、先週のことは【終わったことだから関係ない】とすべて忘れている生徒。受験生が「それは未だ学校では出てきてない単語・問題だから出来なくても仕方ない」といくら訂正しても学校の単元テストや定期テストのように【黒板に書かれたものだけを覚えておくことが勉強】と信じて疑わない生徒が・・・。塾で何回説明しても、理由・根拠・ルール・文法・公式は「ふんふん」で聞き流し、答えだけを転記して満足している生徒。「ちゃんとし」「自分の事でしょ」「考えなさい」って親に言われても、その言葉の意味さえ理解できていない生徒。「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」「行っていれば」成績は簡単に上がると主張され、我が子の現実を理解できていない保護者、の子。この地域はかなり特殊です。小学校で「良く出来る子」で偏差値40〜43。中学校で平均点位の子で偏差値37〜38。クラス上位で平均85点取っていても偏差値50前後です。まずは、保護者にこの現状を知って受け入れて頂きたいです。そして、「他人への丸投げ傾向」を止め、家庭での指導パワーも考えてみて頂きたいです。</description>
      <pubDate>Mon, 12 Jan 2026 18:40:30 +0000</pubDate>
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      <title>放っといても良いですよ！20260107</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162326/</link>
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      <description>成績不振だったり、成績が伸び悩んでいたり、受験が近づいているのにジワジワ下降している生徒に、原因や改善方法を具体的に何度指摘しても実行せずに「放っとく」生徒が非常に増えています。そんな生徒たちの言葉を聞いていると、「今までは、このやり方で何とかなった」「学校ではこれで何も言われない」「私はこのやり方がいい」と、【だから上がらないんでしょ】の代表格のような言葉がポンポン返ってきます。当然の話ですが、学年が上がれば量もレベルも上がります。学校が変われば、それが格段に大きく変わります。いつまでも小学生のような意識とやり方で、中学・高校に対応できるはずがありません。勉強とは『今までの全ての知識を使って目の前の問題に対処する力を蓄える事』です。出来ない生徒に限って保護者も『学校の先生に聞きなさい』『学校の授業をしっかり覚えときなさい』と「分かること」よりも「聞いた事を覚えておいて書くこと」に重きを置いた指示をされてしまいます。さらに生徒の言い分を聞いていくと、「私はやってる」「学校では私より下の生徒がたくさん居る」「聞いていれば、その内できる・分かる」「今の単元や今回の範囲は出来た」等々の言い訳っぽいワードばかりです。「何で塾が偉そうに強制するの」「まあ、放っといても殴られないから大丈夫」「どうせ罰は無い」「私だけが損することはない」「別にクラブを止めさせられることはない」と現代の風潮を大人よりも敏感に知っています。「その内何とかなる」「最後には誰かが何とかしてくれる」っていう幼稚園と同等の意見も･･･。「私はきびしい塾で我慢してるから」「きびしい塾に入ったからもう安心」っていう何の根拠か分からない言葉も。それを保護者にお伝えすると「家の子はやってる」「家の子のやり方で･･･」「家の子が嫌がるやり方は止めて」「そんなに勉強勉強言わなくても」「こんなに細かく指示しなくても」「私の教育方針では」と色々な考えを拝聴します。でも生徒の現状は・・・。「好きな〇〇は頑張っている」と成績を上げて欲しいと求められた塾に言われても・・・。「勉強出来なくても私はチャンとした大人になってチャンとした社会人になれてる」とお母様に自叙伝を聞かされても・・・。次の反論の言葉が無くなったら「生きていてくれるだけで充分です」って私たちに言われても･･･時には「自分で考えて自分で行動出来る子になって欲しい」と言われますが、今までそのお手本を見せて無いし、小さな頃にその間違いを修正していないから今の行動ですよね。だから良いですよ。私たちがいくら指摘しても生徒たちが「放っといても」「無視しても」「塾を一歩出たら、分からんだろうから、やらなくても」「最後まで自分流を押し通しても」ただし「成績を上げて下さい」とか「あそこに入れるように」とか「せめて◇◇ぐらいには入りたい」とか「将来☆☆の仕事に就きたい」とかを絶対に言わないで下さいね。私たちに求めないで下さいね。親子の希望通りに「自分流」を押し通して出た結果ですから。「何で、もっと早く言ってくれないのよ」と言われても、言ってきました。でも【優しい塾】を所望されていたんじゃないのですか？正しい生徒を叱る人って見たことありますか？私たちは将来の夢に口出しするつもりはありません。現状でそれが叶うのか、手に入る可能性はあるのかしか思ってません。夢に届かない意識行動の時には指摘します。目標達成の道のりを間違っていれば指摘します。自分が変わらずにゴールやご褒美だけ求めるのは赤ちゃんです。大人でも子どもでも同じです。</description>
      <pubDate>Wed, 07 Jan 2026 18:59:24 +0000</pubDate>
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      <title>今年も気力を込めて･･･20260101</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162290/</link>
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      <description>明けましておめでとうございます。昨年以上に頑張りますので、今年もよろしくお願いします。年末にも申し上げましたが、「分かってやる」「生徒の意見を尊重」「生徒の主体性に任せる」「押し付けない」「子どもの考えや意見を尊重」等色々【素晴らしい言葉】は受け賜わります。私も理想や希望は、その通りです。しかし、小さな頃からお手本を見せたり、分かって無くて間違っていたら何度か修正してきた生徒なら信じて任せることは大事ですが、今まで【放ったらかし】で、分かっても無く自制のの練習をしていない生徒を更に【自由】の名の下に【やりたい放題】にさせるのです。その上「決して叱るな」「罰はダメ」「人前で恥をかかせるな」を通してきたので、生徒たちが「何をしてもしなくても」「放っといても」「無視してても」【絶対に罰は無いから楽ちん】を1000％認識しています。これって時代が悪いのですか？学校が悪いのですか？子育てが・・・・・・？新年を機に、改めて見直してみるのも良いかもしれませんね。毎度毎度偉そうにすみません。</description>
      <pubDate>Thu, 01 Jan 2026 15:41:56 +0000</pubDate>
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      <title>１年を振り返ると･･･20251231</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162283/</link>
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      <description>ついに大晦日。本日は冬期講習も無く、生徒たちも先生方もお家の用事や宿題にまい進していることかと思います。まさか、受験生や共通試験まで１年を切った高校２年生が「年末だぁ」「正月だぁ」「やったぁ、休みだぁ」と浮かれて無いと思いますが･･･。さて、今年１年を色々と思い出してみました。以前から「しつこい」くらいに、生徒が無視する、学力が伸びない・下がる・将来困る・保護者の対応が･･･、と何度も何度もお話ししてきましたが、ほぼフル登場と言える位の色々な事件がありました。「生徒がこんな行動をしたり、こんな言い訳をしたらご注意下さい」ってお願いしてたら、【もろ】ズバリの言葉を言ったらお母様が「家の子は頑張っている。これ以上は可哀そう」と退塾されました。「今までこれを許していたから生徒が慢心しています。進学したから、今までのやり方や量ではついていけなくなります」と事前に注意していたのに、生徒は『今までこれで私は優秀だった』と私たちの注意も無視し続けて、保護者が何を言っても「私は嫌！」と愚図って辞めた生徒と、未だに変化せずに下降を続けている生徒。「素直」って、生徒にも勿論必要ですが、保護者にも今までの経験とは違う現在の風潮を受け入れて頂くことも必要だと感じた１年でした。最後の最後まで「悪口」と「愚痴」ばかりですみません。新年も、今まで以上に魂と気力で、生徒と正面から向き合って、生徒の将来の夢を応援します。何卒、広い心でお許し頂いて、応援ください。よろしくお願い申し上げます。</description>
      <pubDate>Wed, 31 Dec 2025 14:31:18 +0000</pubDate>
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      <title>すべてに「何で？」って思う練習を・・・20251219</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162200/</link>
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      <description>教室で長年、多くの生徒を指導してきた経験から、「やっぱりなぁ…」の結論に到達しました。それは、学校でも、塾でも、家庭での会話でも、先生の話を聞いた後でも、『ふ〜ん』と、とにかく書くだけ書いて、テスト前にノートを見直して、そのまま書いた。丸だった。良かった。私はチャンと勉強してる良い子。分からない問題に突き当たると、「分からない」。先生に聞く。先生が“根拠を言いながら”式と答えを説明すると、その式と答えだけを書いて覚え、テストに書いて丸もらって満足している生徒。お母様も「分からんのんじゃったら、先生に聞いて来」「良う聞くんよ」「分かったん？分かったんならしっかり覚えとくんよ」と子どもに指示されることがあります。テスト直しを学校や塾で解説しても、用語・根拠・公式・組み合わせを説明して正解まで辿り着く説明しても、途中をスルーして【答えだけを赤ペンで書き写して終わり】で「次は大丈夫」と満足気な生徒。計算や図形題なども、「何で？」「どうすれば？」「だから？」「次は？」と根拠を説明しても理解せずに、先生の手順だけを聞いて正答だけを書き込んで満足し、すぐ後で類題(よく似てる問題)を出すと解けない生徒。これらに１つでも当てはまる生徒(保護者)は成績は上がりません。いくら『うん、分かった。次からは頑張るぅ』と言っても、学年が上がったり、模試・入試ではガタガタになっています。では、成績が上がる生徒の行動は、テストが返されて、丸になっている問題を持って来て「ここ先生の説明通りに書いたから〇になったけど、何でこうなるの？」とわざわざ説明を求めて来ますし、塾での説明中で話してる途中でも「えっ？今のどういう意味？」とか、説明すると答えじゃなく、根拠や何故そう考えたのかのキーワードや、自分が知らなかった日本語や、あれとこれの違うポイントを書き残しています。家に帰ってそこを再度メモを根拠に解き直すのだそうです。問題を読んでも「てにをは」の区別があやふやな生徒に、日常の家庭や学校での会話を聞いてみると、学校の友人とは「あれ・これ」や「流行りの単語」だけで会話が成立するそうです。家庭では、お母様から一方的に「早よ来」「起き」「食べ」「風呂入り」と会話ではなく【合図】や【号令】だけで生活が成り立っているそうです。自分の意見や学校からの連絡も、キチンと文章に出来なくて伝わらないと「もうええ、あんた、何言ようるか分からんけぇ、プリント出し」とか「〇〇ちゃん家に電話かけて聞く」で終わるので、頑張って会話の練習をする必要は無いそうです。本当にこのままの生活や意識で、勉強の成績が上昇できると思いますか？家庭で子どもが何かの行動をした時、しなかった時、勉強の答えを書いた時、保護者は「何で？」「どう思ったから？」と日常から根拠を聞いてください。理由を順序立てて聞いてください。成績が上がり難い生徒は、普段から根拠を基に階段を上るように順序立てて考える練習が出来ていないのが原因です。すべてが「何かこんな感じ」なのです。根拠の習慣は「歴史の人名や年号」「植物の名前」「特殊な英単語」以外の【全ての】勉強に使う行動です。えっ？まさか「勉強は聞いた事だけを覚えておいて書くことよ」と間違ったやり方を保護者が我が子に伝授してないですよね。まさかね。</description>
      <pubDate>Fri, 19 Dec 2025 18:53:45 +0000</pubDate>
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      <title>スマホと学力の関係性について20251216</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162180/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162180/</guid>
      <description>近年、話題になっている「スマホ依存生徒」についての発表論文がありましたので、ご紹介します。これも一意見としてお受け取りください。では以下です。News Picks Studios が脳科学の根拠をもって発表したことスマホの使用習慣と学力の関係性とは脳の発達に悪影響？スマホを使っている子の成績が低いというのは、世界中の人が理解していると思います。ただその原因が、スマホをたくさん使う子は「勉強をしない」とか「寝不足になっている」せいで成績が低くなっていると考えている人が多いと思います。間接的な影響として、生活習慣の乱れが成績低下に繋がっていると考えている人が多いようです。でも実際に実験をやってみたら、どれだけ勉強していても、ちゃんと寝ていても、成績が平均に届かないということが分かってきました。となると、やはりスマホの使用習慣そのものが直接学力に悪影響を与えているのではないかと考えられる訳です。おそらく脳の発達に悪影響が出ているんじゃないかというところが見えてきたわけです。脳に前頭前野というのがあります。いわゆる人間を人間たらしめているような脳の司令塔とも呼ばれる機能をもっている部分です。「物を考える」とか「理解する」とか「覚える」とかです。まさにお勉強で使う働きを担っているわけです。専門用語だと「認知機能」という働きを行なっている訳です。認知機能に対して、もう一つの面として今、「非認知能力」と呼ばれるような働きが注目されています。そういったところにも、実は前頭前野の働きが下支えをしてくれているということが分かってきました。例えば何かを「我慢する」、自分を「コントロールする」力というのが、まさに前頭前野の働きであるといわれています。それからコミュニケーションについても、「相手の気持ちを推し量る」とか「言葉を発する」とか「理解する」とかそういったところも含めて前頭前野の働きであるといわれています。こういったところにスマホの使用習慣が悪影響を与えているんじゃないかということが考えられている訳です。</description>
      <pubDate>Tue, 16 Dec 2025 18:17:57 +0000</pubDate>
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      <title>小学校の「つるかめ算」が・・・20251212</title>
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      <description>小学校の「つるかめ算」が分かっていない中学生が、中２の連立方程式が分かる訳がない「つるかめ算」はご存じですよね。「えっ?聞いた事がある?」社会で生きていく上で普通に使ってますけどね・・・。では簡単に解説します。問題　:　鶴と亀が合わせて20匹(羽?)居ます。足の数が68本の時それぞれ何匹(羽)居ますか?鶴の足は2本、亀の足は４本なので、差は２本ですよね。全てが亀だったとすると　４×20　=80　で足が80本になってしまいます。問題では68本なので　80−68＝12で12本分を鶴にする必要があります。違いが２本なので　　12÷２＝６　で６匹(羽)が鶴と考えられる訳です。確認します。4×14＝56　２×６＝12　56＋12＝68で問題に合います。答　鶴６羽、亀14匹　です。これを連立方程式に置き換えると鶴と亀の数が分からないので鶴をX、亀をYと置くと、X　＋　Ｙ　＝202Ｘ ＋ 4Ｙ ＝68連立を解くと　Ｘ＝６、Ｙ＝14　となり、つるかめ算より簡単に答えが出ます。つまり、勉強とはこれなのです。過去に習ったり学んだりしたことは、すべて完全に理解し覚えておいて、「それをさらに便利に簡単にする方法は無いか？」と新しく学んだ知識と合わせて理解し、問題に対して利用できる力を身に付けることなのです。近年の小・中(一部高校生も)学生は、一方的に聞くだけ。言われたことを書くだけ。単元が終わると全て忘れる。「あっ、やったことがある」「聞いたことがある」と赤ちゃんの【居ない居ないバァ】状態で『勉強やってる』『キチンとしてる』と過信しているから学力がダダ下がりになるのです。こんな簡単なことが【我慢】も【辛抱】も【継続】も出来ないで、「やってる」なんてウソまで言って【正直】でも【素直】でも無いから変化できないのです。３歳児でもできるこれらが、『中学生になると出来なくなる』のは何故でしょう？家庭でこれを話し合いすることが最重要事項ではないでしょうか？</description>
      <pubDate>Fri, 12 Dec 2025 16:34:37 +0000</pubDate>
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      <title>北野武監督が・・・20251210</title>
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      <description>北野　武監督が子育てについて述べているものを見つけました。最後の一言がスゴイです。刺さります。皆さま、参考にしてください。以下からです。神様が本当にいるのなら、貧しい子どもを助けてパンをくれたり、飛行機も落ちそうならフッと持ち上げたり、悪い政治家がいるのなら、すぐにブッ飛ばしてくれるだろう。だけど、そんな世界は神が作ったものであって、そこには「自由」がない訳だよ。悪いことをするのか、良いことをするのか、お前、どっち選ぶんだ？って、神様に言われて初めて人は自由だよ。だが、自由というのは、ある程度「枠」があって初めて成立する。子どもの教育でもそう。１番大切なのは、タガのはめ方と外し方。きつくはめすぎると枠は長持ちしないし、外しすぎるとバラバラになってしまう。だから誰かが、ある程度「枠」を作ってあげないと。親は、子が最初に出会う「人生の邪魔者」でいいんだよ。</description>
      <pubDate>Tue, 09 Dec 2025 19:25:49 +0000</pubDate>
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      <title>恐るべし！NHKの影響力！20251130</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162069/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-162069/</guid>
      <description>私は昨日「出雲大社」や「日御碕神社」「佐多神社」「八重垣神社」等に御詣りお参りしました。通常の土曜日ならこんなに混雑していないし、今までなら「ガラガラ(失礼)」だった処もいつもより大勢のお詣りでした。出雲大社なんか、「稲佐の浜」の駐車場なんて、いつもはガラガラなのに、第２駐車場まで入庫町でした。八重垣神社も通常の３倍くらいの人で、うわさの「鏡池」なんて、順番待ちです。理由はＮＨＫの「ばけばけ」で主人公が何度も恋愛占いする場面が登場するからです。松江、出雲周辺は、大変な人出でした。やっぱりＮＨＫで放送されると、こんなにも全国の人に影響を与えるのだなと感じた一日でした。【恐るべし！NHKの影響力！】を実感した日になりました。</description>
      <pubDate>Sun, 30 Nov 2025 21:33:03 +0000</pubDate>
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      <title>今日は「いい塾の日」です20251119</title>
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      <description>今日は「いい塾の日」なんだそうです。11月19日なので、19(じゅうく)は「じゅく」で【いいじゅく】になるそうです。単純な語呂合わせですね。でも日本人は、こういった言葉遊びが大好きですよね。言葉通りに「いい塾」に成れてるか考えてみました。「優しい」「生徒の希望通りに」「たのしい(単純に可笑しい)」「楽」の風潮の中で、世間の流れに反していることを沢山しているかもしれません。しかし、生徒たちの「大きな未来の可能性を決して潰したくない」気持ちだけは何処にも負けない気持ちで頑張っています。少しでも多くの方に「いい塾だね」と言って頂けるように、これからも頑張って参ります。改めて気持ちを引き締めて・・・。</description>
      <pubDate>Wed, 19 Nov 2025 09:46:56 +0000</pubDate>
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      <title>「やってるもん」について考えてみました20251115</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161956/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161956/</guid>
      <description>「分かってる」とか「出来てる」とか「素直にきく」など色々なきびしいワードがポンポン出てきますが、最も大切な【実行する】についても考えてみました。生徒たちに「説明を受ける時は〇〇のつもりで聞くんよ」「今日分かったら、家に帰って今日中に見直すんよ」「分かったつもりはダメよ。『何で』の根拠を独り言で言うんよ」「分かったら、一人で出来るまで、何問も解いてみるんよ」「『覚えろ』って言われたものは100回くらい声に出して、考えなくても出てくるくらい繰り返して、絶対覚えてくるんよ」「宿題は今日か明日中にはするんよ。来週の塾の日ではダメよ」「志望校に合格したいのなら、〇〇くらいやらんと、届かないよ」「言われても『放っといたら』とか『バレんだろう』ではダメよ。バレるから素直にやるんよ」「クラブや習い事を言い訳にしてたら、いつまでたっても成績上がらんよ」って、色々な状況や生徒の行動を見ながらたくさん指示しています。すると、成績が上がらない生徒に共通して同じこたえが返ってきます。それが、「分かってるもん。『やってるもん』」です。もちろん、やってたら結果が見え始めますから注意も指摘もしません。分かって無いから「やって無い」のです。本人は「分かってるつもり」「やってるつもり」「これぐらいで良いだろう」を続けてきたから現状の成績なのです。体験授業後、入塾時、面談時等に希望をお聞きし、現状をお伝えし、そのために何をどれ位どのようにやらなければならないか、塾は何をどれ位求めるのかも話して、納得頂いたはずです。もちろん、必死で泣きながら落ち込みながらも頑張った生徒は、ぐんぐん成績上昇して、志望校を手にしました。一方やっていない生徒ほど「やってるもん」「家の子の頑張りを認めてやってください」って言われますが、認めてあげることは簡単です。ただし、当然ですが届きませんよね。ＣＭなどで「優しく」「叱らない」「生徒の意向に沿って」「志望校を」とか言ってますが、そんな技があるはずありません。そんな【ウソ】や【綺麗事】に惑わされて楽な方法でごまかしてきたから、今、苦労することになっているのです。改めて言います。分かってたら行動しているはずです。やってたら出来てるはずです。出来てたら注意なんてしません。どこの世界に「チャンと言われた様に我慢して勉強して、いいかげんにしろ！このやろう」なんて指導者が居ますか？やってるかやってないかは、生徒が自分では判断しないでください。いくら生徒が「やってるもん」って家で言っても、結果が伴わないのは、意識と量が間違っているからです。お母さん！結果が欲しいですか？子どもの今日の機嫌良い笑顔が欲しいですか？私たちは“どちらかなら”叶えて差し上げられますが・・・・・・。</description>
      <pubDate>Sat, 15 Nov 2025 17:01:02 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>「素直な人ほど変化・成長する」について考える20251114</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161948/</link>
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      <description>《素直》って聞くと、どんな態度やイメージを持たれますか？「親が何かを言うと、『はい』って笑顔で返事する」「食事の時呼ぶと直ぐに来てくれる」「お母さんが何かを指示しても、決して口答えしない」「頑張るんよ」って言うと「うん、分かった頑張る」って笑顔で言ってくれる。「宿題は毎日キチンとやってる(と思う。確認してないけど)」「毎日、勉強するって言って１時間くらい机に向かっている」「毎日学校で黙って聞いて、先生が書いた通りにプリントに書いて提出している」等々の園児・児童レベルの素直な子中学校や高校で、授業で説明されたものだけをキチンと聞いて書いて丸貰ってる良い子。先生の板書を完璧にノートに転写している良い子。テスト前には、ノートと授業でもらったプリントを完全に見直して頑張る良い子。塾で間違った問題を先生に説明してもらって納得して答えを書く良い子。等々の小学校高学年レベルの素直な子。問題はここからです。いくら「素直に聞いても」「素直に習っても」「素直に教えてもらっても」、『用語』や『根拠』や『何故そうなるのか』を理解・暗記・利用するための演習が無ければ中学以降では(特に高校２年以降では)成長どころか急激に下降します。ご存じのように、小学校のテストは100％一言一句違わず教科書のコピーです。ましてや単元ごとの確認テスト状態なので授業に参加していれば100点取れて当然なのです。中学に成っても教科書やワークの説明された問題しかテストには出ませんので内容レベルは極端に低いのですが、小学校や前学年までの知識や経験を70％くらい利用するので、今までの知識を同時に利用する習慣が付いて無いと、【今習っている単元しか考えない】ので半分以下しか取れません。高校に至っては、授業は【内容の説明しか】やりませんし、テストでは【初見の問題しか出しません(近年では低位の学校では中学のように教科書まんまを出す所もありますが)】そこで、７割８割取れて初めて「頑張っている」と言えます。年齢や学年・進級・進学によって求める勉強や行動は変わって当然です。私たちはこの【現実】を知っていますので間違ったやり方や間違った意識で勉強している生徒や保護者に嫌われながらも「違うよ」と言うようにしています。そこで「どこが？」「どうすれば？」と必死で受け入れてくれた生徒や保護者は大きく変化・成長してくれました。しかし「そんなことはない」「今までは、このやり方で何とかなった」「このまま聞いてれば、その内何とか」「小学では出来る方」「中学では中の上」「高校の先生の説明通りを覚えたのに･･･」「このまま塾に行ってれば成績はその内上がるはず(保護者談)」「私は昔より倍も頑張っている(中３生で１〜２時間)のに、厳し過ぎ」「家の子の頑張りをもっと分かってやってください(保護者談)」生徒に注意しても「バレなければ」「親に怒られなければ」「クラブには行ける」「携帯は買ってくれる」「どうせ罰は無い」「自分に攻撃がくることはない」「叩かれなければ無視しとけば･･･」これらの生徒の現実を保護者はご存じありません。少し強めの言葉で「無視」していることを叱責すると、自分の行動は棚に上げて、家に帰って「私はチャンとやってるのに、先生は厳し過ぎる。もう嫌」となり保護者からお電話が･･･。これを「素直にやってる」と評価して、学校や塾に成績不振の責任を求めるのが今の風潮なのです。　　　　　　　　　　　　　　　　　　これって本当に【素直】って言えるのでしょうか？</description>
      <pubDate>Fri, 14 Nov 2025 17:42:45 +0000</pubDate>
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      <title>聞き飽きました？言い飽きました！20251107</title>
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      <description>教室のある地域の学力が異常に低いことは何度も何度もお話ししていますが、どうも、全国的にその傾向は高まっていて、どこも二極化しているようです。全国の教育者(教師や塾長)のブログや動画を見ていると、この地域ほどではないですが、やはり、「成績が上がる訳無い意識・行動の生徒」が急増中だそうです。私は10年位前から言い始めていますので、この地域は【流行の発信地】なのでしょうか？それとも私が【予言者】だったのでしょうか？冗談はさておき話を続けます。「そのやり方ではダメだよ」『そんなことはない』「それでは、復習や定着になってないよ」『そんなことはない』「まず、基本の用語を覚えよう」『覚えてるもん』「今日の英単語位は覚えてきてね」『覚えたもん』「(学校で50点位の生徒に)家でどれ位勉強してるの？」『えっ？すんごいやってるよ！宿題だけは絶対やってる！』「言われたやり方で言われたことをやってきてね」『やってるもん』「でも、先週注意したことをやって無いじゃん。何を言われたか分かってる？」『分かってるもん。バカにせんといて』「それでは受験にならないよ」『だから塾に来てるんじゃん』「何でこの塾に来たの？」『厳しく言って貰って、成績を上げたいから』「じゃあ言われた様にやってよ！」『私には私のやり方があるの。それをする。塾のやり方は嫌』「何で変わらないの？」『今までこれで何とかなってきたから･･･』「後で絶対困るよ」『そんな事は無いもん。親か先生が何とかしてくれるもん』どうですか？こんなやりとりが日常になってきました。これらの現状を保護者にお伝えしても、『そんな事は無い』『家の子は良い子です』『家の子の言うやり方でやってください』『先生が熱すぎ(口出し過ぎ)なんです。子どもがあんなの無理って言ってます』『塾も【所詮、習い事でしょ。お客様の喜ぶように】すれば良いのよ』『子どもが機嫌良く通ってくれる塾が最良の塾なんです』『えっ？３年も高い月謝で通わせたのに、合格はあそこ？』これらを平然と口に出されて「お叱り」を頂きます。一度でも見たり、一度でも聞いたら【すべて覚えておける】特殊能力の生徒(我が教室にも２人だけ居ました)なら別ですが、一般的な生徒なら、方法と量と定着方法は殆んど同じです。生徒一人一人をしっかり見て、その中の不足している部分と間違っているやり方を指摘して、修正方法を説明しています。『家の子を、もっと分かってやってください』っていうお叱りも何度も頂きましたが、【しっかり見て分かったから】指摘しているのです。初見の道路ですれ違った人に指摘なんてできません。結局、「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」「通ってるだけで」簡単に成績アップできると信じておられる方が、この様な要望(言い掛かり？)を言われるのでしょうか？単純な話をします。小学校からずっと、歳相応な「正しい意識」で「正しいやり方」で「正しい量」の勉強ができていれば、こんな成績にはなっていませんよね。他の塾では、生徒や保護者に言われるように「指摘せず」「注意せず」「強制せず」「優しく」「生徒の好み通りにして」「塾で説明するだけで」みんな、お望みの結果に届けてあげられているのでしょうか？我が教室の指導力が極端に低いのですか？おかしいなぁ。ご理解頂いてご協力頂いた保護者ん家の指示に従った生徒は、全員希望高校や希望大学に合格してるんだけどなぁ・・・？</description>
      <pubDate>Fri, 07 Nov 2025 22:29:36 +0000</pubDate>
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      <title>スーパームーンですねぇ20251105</title>
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      <description>皆さ〜ん、スーパームーン見ましたか？同じ満月でも今年の中では最も大きな満月ですよ。最も小さかった今年４月の満月より20％も大きく、30％も輝度(明るさ)が高いそうです。なぜ、そんなことが起こるのでしょう。月が地球を公転している軌道は真円ではなく、微妙に歪んでいます。その上、地球も太陽を公転しているので、月は公転している地球の周りを必死で公転しているのです。その中でも、最も地球に近いところを通過しているのです。つまり、スパイラルのように動いているので、多少は許してあげてください。難しい理論も少しは必要ですが、単純に「きれいな満月だなぁ」と眺めて心を浄化してください。ついでに団子と酒があれば良いのですが・・・。</description>
      <pubDate>Wed, 05 Nov 2025 21:17:50 +0000</pubDate>
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      <title>残念ながら・・・20251031</title>
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      <description>近年、成績に中々変化が見えない塾生で「おかしいなぁ？」「何でだろう？」と思える生徒が目につきます。そこで彼らに、直接、考えや行動を色々聞いてみて、原因が見つからないかと確認したり、随分前まで戻った問題を改めて解いてもらったりして、「私たちの指示」に従って、『正しい勉強』をしてくれているのかを確認してみました。成績の中々上がらない生徒たちに共通していたポイントをお話しします。「勉強って何？」「どうしてれば勉強してることになる？」「家でどのタイミングで勉強を終わってる？」って色々聞いてみました。「えっ？そんなん簡単じゃん。先生の説明を聞くこと」「言われた事や、説明の後で言われた答えを全部書くこと」「宿題が終わったら終わり」だそうです。つまり、「聞けば」「書けば」「丸をもらえたら」完璧に勉強しているんだそうです。分からない問題は『原因』や『内容』より、簡単なテクニックと式と答えを先生に聞いて、それを書き込んでテスト前に覚えておけば良いらしいです。だから、学年が上がれば段々【出来ないこと】が増加して、いくら必死で説明しても成績が上がらないんだと納得しました。他には、小学校低学年の時「全部出来てる。あなたスゴイ」って褒められて、その気になって、「勉強なんて簡単。先生が言った事“だけ”書いて丸もらえば･･･」って勘違いしたまま進級し、その時その時で「書いて」「丸もらって」「忘れて」「終わり」を繰り返し、５年生くらいで割合や比や複合の文章題や図形の応用で躓き「あっ、そこ嫌いだった」で放置。その後６年生の総合問題で「撃沈」。その結果、中１で「ａgのｂ％は？」で間違っても、カッコの結合法則や分配法則が出来なくても「聞いてたらその内出来る」でいつまで経っても小３の勉強法。クラブや趣味の習い事やスポーツを言い訳に、必要な量を勉強せずに「〇〇校をお願いします。可能ならその上の◇◇校を」と言われ、それだけの量とやり方を指示すると「厳し過ぎる」「私の頑張りを分かってくれない」「そこまでヒドク無い」と怒り出し拗ねる。中学で聞いた事だけ書いていた生徒が、ギリギリ進学高に合格すると「これで安心。国公立の〇〇大へ」と言われますが、中学の中程レベルの意識・行動・量・勉強法なので、高校ではジリジリ下降気味。でも本人は「もっと聞けば、言ってもらえば･･･」で変わる気が・・・？保護者も「ちゃんとやり」「しっかり聞き」「先生の言う通りにやり」と叱りますが、言葉の意味が分かってちゃんと出来ていた保護者は自分の時、結果が出たかもしれませんが、「ちゃんと」の認識が出来ていないか間違っている生徒にすれば「やってるじゃん」でいつまでも親子バトル。何でも【号令一発】で叶う子育てなんかありません。逆に保護者の思いや指示通りに出来ていて、それでも成績が伸びない生徒。塾や学校を悪く言われますが、親子で言葉の定義が間違っています。ちゃんとやってて、成績が伸びないことなんてありません。さらに、自学自習や確実な復習や理解の習慣が付いていない生徒を「あそこの有名進学塾に入れれば、家の子も確実に〇〇校に入れる」と間違われている保護者にも問題が・・・。歳相応の意識と行動をしていれば、確実に学力に成るように国のカリキュラムは出来ています。確実に実行して貰えれば確実に簡単に成績は上がります。生徒も保護者も素直に最低でも指示の80％以上を実行して頂ければ、要望にお応えできるのに・・・。言われた様にしなかったり、無茶な要望(カスハラ的な)を押し付けられたりのままで、御要望の結果が叶えられるなんて、そんな塾、残念ながら・・・。でもＣＭやチラシやネットのウソに騙されて「放っといてくれる優しい塾」が人気なんです。結果より気分良くさせて欲しいのかな？</description>
      <pubDate>Fri, 31 Oct 2025 22:02:41 +0000</pubDate>
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      <title>広島の公立高校受験の落とし穴!!20251031</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161840/</link>
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      <description>広島の公立高校受験の落とし穴!!広島市横川にある塾の「なるちゃん塾長」のコメントぬるい問題は一切でません。普通の事が普通にしか出来ない人ってのは、一切点が取れないんです。公立高校入試。今の広島県は？広島県の公立高校入試は、普通にやってると、とんでもない落とし穴が待ってるんです。広島の公立高校入試問題は、激ムズなんです。数学で「君は基本の公式出来てるかな、確認してあげよ」みたいな(学校の定期テストみたいな)問題は一切出ません。応用しか出ません。国語は「200字であなたの意見を書きなさい」みたいな問題も出るし、平気で60字70字の記述もガンガン出ます。平気で１ページ２ページの英語の長文を読んで「これが読めないと点数あげないよ」みたいな、穴埋めを埋めればOKとか、並び替えをすればOKみたいな(学校の確認テストみたいな)ぬるい問題は一切でません。難しい問題しか出ないので、「学校のワークはまあまあ出来てるし大丈夫だろう」っていう人はですね、一切点が取れないんですよ。ある意味「勉強しなかった、どん底の連中と点数が変わらなかったりする訳」ですよ。これが、クラスの超優等生ゾーンで俺はもう〇〇高校(偏差63〜68)に行くぞ、◇◇高校行くぞ、英文読むぞ、当然数学は応用問題解くぞ、国語は記述ガンガン書けるぞってなってれば点数が取れて、偏差値が高くって難関校に行くんだけれど、普通の事が普通にしか出来ない人ってのは、応用が出来ないので勉強してなかった奴とあんまり点数変わらないということになるんですね。「公立高校受験やりたい」「頑張りたい」「良い点取りたい」「そこそこの高校に行きたい」という人はですね、「学校のワークが出来る」とか「クラスの中の上で良い」とかですね、「基本問題が出来ればいいよ」じゃなくて、「難問でも解ける」「応用問題も出来る」「英文ゴリゴリ読める」「国語の記述なんか全然書いてやるぜ」っていうぐらいのトップレベルの学力を身に付けましょう。ちなみに、その学力を身に付けておくと高校に入ってからが楽なんです。今までの広島の公立高校入試はレベルが低すぎたんで、高校に入ってから困る人が多かったんですね。今の現状維持(学力もやり方も量も意識も)ではなくて、もっと高みを目指して勉強してください。以上は、広島県西部の学力高い地域の塾長の言い分でしたが、我が教室のある東部地区は全国でも有数の学力下位地区です。よって、学校のレベルもそれに比例して進行しています。したがって、上位の「出来る子」でも偏差値60くらいしか無く、学校の定期テストで80点以下の生徒は偏差値50はありません。ましてや平均点レベルの生徒は偏差値40以下なので、「じゃあ、塾に行けば･･･」「聞けば･･･」「習えば･･･」「教えてもらえば･･･」で、直ぐに簡単に学力が上がるなんて難しいのです。小学校からの９年間「せめて学校のワークくらい・・・」で安心しきってきたからです。まず、指導者の意図を理解し、100％それを実行し、演習を繰り返さないと実力にはならないのです。「私のやり方で･･･」「家の子の言うように･･･」「何でそこまで･･･」を主張しているような生徒・保護者では難しいことですし、高校では通用しないので、学力下降が予想できます。するとまた言われるのかな「私は悪くない」「学校の責任。学校が何とかしてよ」と。</description>
      <pubDate>Fri, 31 Oct 2025 18:21:09 +0000</pubDate>
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      <title>誓約書って何でしょう？20251016</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161734/</link>
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      <description>皆さん「誓約書」って、当然ご存じですよね。これまでに何度か目に触れたり提出したりの経験はお有りだと思います。しかし、この誓約書について「何が何だか･･･」のことが続出していると耳にします。かなり昔、私立学校に合格したら、別の学校(概、公立)の合格発表があるまでに「入学金」や「入学準備金」の名目で幾ばくかの金額や半額を私立学校に納めて、合格の権利と入学の権利を留保してもらっていました。しかし、いつの日からか「入学もしないのに金を取るのはヒドイ」と【払わないのが当然】の声が出はじめて、学校側も配慮？(泣き寝入り！)して取らない学校が出始めました。私学の立場で考えると「入ってくれるもんだと色んな準備をして待っていたのに、無しのつぶてで無視されて、次点の生徒も断ったし、準備の手間と費用を返せ」が本音だと思います。これと同様に、【専願】や【単願】で受験をし、優遇加点で合格を貰っておいて、『【専願】【単願】合格だから、必ず入学しますという誓約書を出してください』って求められたら提出しておいて、内緒で他の学校を受験して合格した途端「他の学校に行くから誓約書は無しで･･･」と言われる保護者が居られるようです。「いやいや、誓約書にサインして提出されてるので、それはできません」と言うと『家の子の人生を、そんな一方的な論理で強制するなんて、何を考えてるの？』と逆ギレされるそうです。「どっちがよ」とツッコミたいところですよね。近年では塾でも同様のことが度々発生しています。私どもの教室でも誓約書は頂戴します。モノを壊さない、時間前に来る、先生の指示に従う等々の生徒への約束に加えて、保護者に月謝のルール、欠席のルール、退塾時のルールを入塾申込時に必ず細かく説明しお願いしています。もちろん記名捺印を頂いて入塾頂きます。ところがルールを守って頂けない場合が、かなり有ります。月謝については「家計の都合」や「今月は特別な出費が･･･」が理解できますから、殆んど私から発言することはありません。しかし、欠席のルールについては「あの･･･ちょっと･･･お休みします。振り替えて下さい」と開始直前に電話を頂いても、先生も来て準備してますし、どうしろと？「家族全員で急に行かなくてはならなくなったので、今日は休ませます」と連絡頂いて［あぁ、親戚のどなたかが病気なのかな］と好意的に受け止めていたら、翌週生徒が「先週はファミレスとカラオケに行ったから休んだんよ」と教えてくれました。保護者が率先して【ウソの付き方】や【その場のごまかし方】のお手本を教えてどうするんですか？一番多いのが退塾時です。何の前ぶれもなく「今日でやめます」とか「先月で(？？？)やめます」等です。「イヤイヤ、もう今月は始まってますし、誓約書で説明しましたように･･･」と言うと『サインしないと入れてもらえないんでしょ？だからサインしましたけど、守る・従うなんて誰も言ってませんよ』『客が言ってるんだから何でゴチャゴチャ言うの？そんなこと法律のどこに決まりがあるの？あなたが勝手に言ってるだけでしょ』と逆に叱られます。「家の子が『もう行かん』『嫌』って動かないんです。仕方ないんです」とか「子どもが『楽しくないから･･･』と言うんです。子どもが機嫌よく通ってくれる塾が最良の塾ですから･･･」と、おもちゃ売り場で駄々を捏ねている子どもに負けた婆ちゃんのような理屈まで・・・。大体「言っても動かない･･･」って何ですか？生まれた時から？ず〜〜っと？その方が問題では？そこで親子で話し合いをして「素直」や「がまん」を教えるのが【子育て】では？普段から「ルールに従う」「納得できないのならサインの前に確認」をせずに、「とにかく【客】を前面に出して【屁理屈】で勝つ」の生活をされているからなんでしょうか？その意識で家庭内で何でも許してしまう生活を続けていれば、生徒も瞬間的な「感情」や「好き嫌い」が全ての判断基準に成り兼ねませんよね。</description>
      <pubDate>Thu, 16 Oct 2025 19:14:04 +0000</pubDate>
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      <title>「自由」「人それぞれ」と「ネット社会」の弊害20251008</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161686/</link>
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      <description>「自由」「人それぞれ」と「ネット社会」の弊害映画「俺ではない炎上」を観てきました。一言で言うと「ネット内の無責任が作り出した冤罪」を描いた映画でした。「自由だ」「人それぞれだ」「それぞれを認めろ」と言われだして長いです。確かに「自由」です。しかし、「誰に何をしても良いわけじゃありません」確かに「人それぞれ」です。しかし、社会のルールや他人に迷惑を掛けることでも何でも許されるわけではありません。確かに「多様性」「それぞれを認めて」いかなければなりません。しかし、各自が思ったり感じたことは何でも『思い通りに』『叶えてもらえる』こととは別物と思います。近年、「綺麗ごとの号令」の大合唱で、誰も指摘も注意もしなく(できなく)なってしまいました。一番の問題は、【全てを受け入れろ】の風潮の中で、やっている本人に自覚が無いことです。自分の頭に浮かんだことを全て主張し、相手の立場や事情や気持ちよりも、自分の気持ち・感情を満足させることが最優先になってしまっていることです。「私が教えてやらなければ･･･」「私が制裁を下さなければ・・・」と本人は思い込んでいて、さも「世界警察」のような振る舞いをしているのを見たことがあります。相手が聞かなければそこで止めれば良いのですが、この「世界警察」は更に過激な方策をこうじてきます。街中でのたばこのポイ捨てやごみのポイ捨てはダメな行為です。注意すべきです。しかし、それらを投げ付けたり無理やりカバンに押し込む行為は如何なものでしょうか。万が一、その人では無かったときには、平謝りしてでも許しを請うのでしょうか。私の知っている事例では、言い訳や誤魔化しや開き直りによる事後変更を堂々と主張し、少しも「詫び」の心が見えません。かなり以前、「松本サリン事件」ってのがありました。当時の世論やマスコミは、「犯人確定」として行動していました。事後、間違いだったことが判明しても「私たち“も”報道の在り方を考えるべきです」と他人事でした。現代でも、そのような『決め付け』や『正義ぶった』『偏向の』報道が続いています。「叩きやすい人」「反撃して来ない人」「無名人」を寄って集って叩くというのは、権力者に媚を売り、金持ちに擦り寄り、自分の損得や気分を最優先していませんか。【イジメ】の構造と何も違わないじゃないですか。話しをもどします。「自由」「人それぞれ」「多様性」の言葉の意味や本質を考えもせずに、自分の都合のよい方に捻じ曲げて使っている人が多過ぎです。典型的な言葉が「平等」と「公平」です。「努力もせず、結果だけは同じものをくれ」なんて、【私は〇ホです】と世間に言って歩いているのと同義です。更に、匿名性を利用して、ネットで無責任な発言を繰り返す。違っていても「知らんぷり」酷い輩は「ほら、私は前からそう思っていた」と手のひら返し以上で、恥という感覚も持ち合わせぬ、人とも言えぬ人を作り出しているのです。理解できていない人の匿名の発言や、根拠の無い他人への中傷発言は認めないべきです。</description>
      <pubDate>Wed, 08 Oct 2025 23:43:17 +0000</pubDate>
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      <title>残念に思うかもしれませんが･･･20251008</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161685/</link>
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      <description>ネット上に、非常に参考になる文章がありました。ある医師の判断「残念に思うかもしれませんが･･･、この子の治療はしません」これは、フランスから来日した建築家エミリーが、東京の病院で日本人医師から告げられた衝撃的な言葉です。息子のレオは、原因不明の失声症を患い、フランスの名だたる病院を巡っても治療法が見つからない状態でした。気晴らしの日本旅行中に再び発作を起こし、駆け込んだ病院で言われたのがこの言葉だったのです。一体なぜ医師は治療を拒否したのか？その真意を見ていきます。1.「あまりにも奇妙な処方箋」検査を終えた日本人医師がエミリーに渡したのは、薬でも診断書でもありませんでした。それは、病院の裏山にある公園への地図だったのです。「今からこの公園で、２人で遊んできてください。ただし、お母さんは彼を一切助けないこと、指示を出したり手伝うのもダメです。彼の後ろをついて行くだけにしてください」あまりにも医学的常識から外れた提案に、エミリーは困惑しました。しかし、藁にもすがる思いで医師の指示に従うことにしたのです。2.「見守ることしかできない母親」公園への道のりで、想像を絶する光景が展開されました。レオは道に迷い、水たまりで遊んで泥だらけに･･･。時には転んで崖下に落ちそうになることも･･･。その度にエミリーは、注意したり助けたい衝動に駆られましたが、医師との約束を守り、唇を噛んで見守り続けました。実は医師は、診察中のある光景を目撃していたのです。レオの靴紐が解けた時、レオが対応する前にエミリーが素早く結び直したこと。息子が質問に答える前に、エミリーが代わりに答えてしまったこと。3.「久しぶりの息子の笑顔」想定の３倍の時間をかけて、ようやく公園にたどり着いた時でした。おどろくことに失声症の症状も落ち着き、一度も泣いたり甘えたりすることもなく、レオ一人でゴールを果たしたのです。そして公園についたレオの顔には、満面の笑顔がこぼれていました。久しぶりに見た息子の心からの笑顔でした。翌日、再び病院を訪れた２人に日本人医師は言いました。「レオ君には問題ありません。でもね、私はあなたにこそ治療が必要だと思っています」そして、医師の真意が明かされます。「もう少しレオ君を信じて、彼の好きにさせてあげてください。愛するがゆえに心配なのは分かりますが、あなたは彼が失敗する自由すら奪っています」医師が見抜いていたのは、エミリーの過保護な愛情が息子の成長を阻害していることでした。失声症の根本原因は、母親に依存しすぎて自分で表現する必要がなくなってしまったことだったのです。感激のあまり号泣するエミリーに、医師は続けました。「私は彼の治療はしませんよ。なぜなら、本当の治療は母親であるあなたにしかできないからです」その日を境に、完治とはいかないまでも症状は大幅に改善。エミリーは今でも、日本人医師だけが本当の治療をしてくれたと感謝しています。真の愛情とは、時として手を離すこと、そして子どもが失敗する自由を与えることなのかもしれません。このように子育てとは、当人よりも周囲の冷静な人の方が把握できているのかもしれません。「そんなことはない！」「子どものことは私が一番･･･！」と周りに耳を傾けられずに拒否している母親には、改善は難しいのかもしれません。いかがですか？参考になりますよね。</description>
      <pubDate>Wed, 08 Oct 2025 23:41:33 +0000</pubDate>
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      <title>中秋の名月ですね20251006</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161671/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161671/</guid>
      <description>今日は、「中秋の名月」ですね。教室のある地域では、綺麗に晴れて、最高の月が見えてますよ。毎年、この時期になると「先生、チュウチュウの名月って何？」って小学生に聞かれたことを思い出します。こんなに暑いのに「何が秋だ」とお思いの方も居られると思いますが、旧暦(太陰暦)時代の風流です。旧暦の昔は、１〜３月を春(ほら、年賀状で初春の･･･って言うでしょ)、４〜６月を夏、７〜９月を秋、10〜12月を冬としていました。その秋の丁度真ん中、つまり、中秋は旧暦の８月15日にあたるので、「中秋の名月」となるのです。しかし、必ずしも満月ではありません。大体１〜３日ズレるそうです。今年は明日が満月です。では、皆さま、風流をお楽しみくださいね。</description>
      <pubDate>Mon, 06 Oct 2025 21:41:54 +0000</pubDate>
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      <title>能力低いなら人より行動しろ！20250929</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161630/</link>
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      <description>代々木ゼミナールの「数学ヤクザ」と呼ばれている荻野暢也先生の説教がネット上にありました。こういう人の主張は、時流やスポンサーに合わないと、メディアや出版では扱いずらいとされていますが、しごく真っ当な当然の教えを言われています。私(塾長)も同意見です。かなり昔から言い続けていますが【私が言っても誰も取り上げては頂けません】【有名人や立場が無いと、主張は抹殺されます】納得しました。何人かの生徒や保護者にお話ししてきましたが、納得して頂いた生徒・保護者は当然の急成長。成績不振の生徒・保護者は「はいはい、古臭い小言ですね。お客様に向かって失礼な･･･」と、それを庇う・許す保護者の風潮で、中々です。さて本題です。「遅刻を繰り返す生徒に注意している」場面です。『遅刻するなお前。分かったか先週も同じことをお前に言ったよな。でもお前は守らなかった。５分前に来いと俺は言った。でもお前は守らなかった。そうだよな。認めろ。おまえな、いや、もしかしたら一般的な話としてさ、金払ってるから何をしてもいいんだ。金払ってるから好きなときに来ればいいんだ。金払ってるんだから遅刻してもいいんだ。好きなことやってればいいんだ。もしそう思うんなら、来ないでくれ。いいか、俺は生徒を客だと思ってはいない。残念ながら思ってないんだオレは。生徒は生徒であって客ではない。オレに取ってはだ。いいか、だからお前がもし守れないんだったら来てくれなくていい。いいか？違うクラスか違う方へ移れ。分かったか？今お前、「はい」って言ったよな？じゃあ守れるんだな？二度と言わすなよ。みんな五分前に来てるんだ。他の用事は全部なくせ。他の用事を全てなくして周りの人間のために五分早く来るんだ。言ってる意味わかるか？お前の為じゃない。周りの人間のために行動しろと言ってるんだ。君らは今、どこに行っても金払ってるんだ。だから、わがままが通るんだ。でもお前が社会に出て金もらう立場になった瞬間、誰もお前のことなど相手にしなくなるぞ。だって相手にする必要は無い。便宜する必要全くない。嫌いだから向こういけバ〜カで終わりだよ。いやいや、バ〜カとすら言ってくれないだろう。完全無視だ。だからそうならないために、金払ってるうちに、まともな人間になるんだよ。自分のことより、隣に座ってる人間のことを考えるんだ。いいか。能力低いと思ったら、人より早くおきるんだよ。当り前なんだよ。そんなことは。そうしないと人並みじゃないんだから。自分で劣等感持ってたらその分人より早く起きる。ひとよりいっぱい行動する。ひとより働くの。当たり前なのそんなことは。それで人並みなんだから。俺はそう思うんだよ。』</description>
      <pubDate>Mon, 29 Sep 2025 20:31:56 +0000</pubDate>
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      <title>厳しくして成績を上げてもらえるって聞いたから20250926</title>
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      <description>近年、入塾の説明や問い合わせ時に「どこで、この塾のことを聞かれましたか？」って伺うと、大変、有難いことに「以前、ここの塾生だった子のお母さんと知り合いなんです」や「以前、ここの生徒だった子と家のお姉ちゃんが同級生で・・・」と過去の実績が数年後に口コミとして伝わっていることに感謝しています。さらに「厳しかったけど、我慢して続けたら、成績が上がって希望する学校に受かったって聞いたんです」と言われたことも。有難いことです。「自分では出来てる『つもり』だったけど、具体的にいつまでに何をするのかを指示してもらってすごく助かった」って聞きました。「家での行動を『えっ？、何で知っとるん？』まで言い当てられて、気持ちを切り変えて頑張れた」って言われたこともありました。さらに有難いことです。私のやり方が「優しい」とか「子どもの望むように･･･」の時代の風潮に逆行していることは自覚していますが、私が『うるせぇ！クソじじい！』って言われても、生徒の希望進路が叶うならと創業時より続けてきました。勿論、昔の学校の様に「蹴ったり」「叩いたり」「立たせたり」の暴力はありませんよ。でも、今だに「言うことを聞かなかったり、宿題をしなかったら、叩いてください」と言われる保護者も稀〜に、稀〜に居られますが、さすがにこのご時世、マズいですよね。ところが、やっぱり「時代が変わってる」のか「それでも何とかなってしまう軟な世の中」になったのか、【厳しい】＝【悪】の冷たい視線風潮に度々心折れ始めています。自分で勉強を頑張って進学された方や、教育指導に携わってこられたor携わっておられる方ならお分かりだと思いますが、「聞こう」「分かろう」じゃなく「分からせてみろ」「その内分かるだろう」の生徒が非常に激増中です。「私は悪く無いのに訳分からん。先生の教え方が･･･」と生徒が家で言うと、保護者が学校にクレームに行くこともあるらしいです。こんな「受け取り方」や「受け取る意識」では、いくら説明を繰り返しても中々残りません。そこで、「説明の聞き方」「「家での復習の仕方」「覚え方」を実行してくれるように話してます。ここが出来ていないと、いくら頑張っても「残らない」し「実力にはならない」ことはお分かりですよね。ところが、ところがです。ここからが「心が折れ始めている」原因です。入塾時に「我慢して指示を聞いて、実行してくれないと実力にはなりませんよ」とか「最初はキツイけど、習慣になれば急に成績は上がるから･･･」と言うと『分かってます』『勿論です』『やります』と生徒も保護者もお返事を頂けました。でも、「だって、クラブで疲れてるんだから、そこまで出来ん」「クラスのみんなはそこまでやってない」「他所の塾ではそんな事は言わないらしい」とか「家の子は“やってる”って言ってます」「家の子、家で“私を分かってくれない”って言ってます」とクレームが・・・。最もビックリしたのが、何を言っても全て無視して、決して実行してくれない生徒に「どうしてやらないの？何でこの塾なの？」って聞いたことがあります。その生徒曰く、『厳しい塾なので、入れば成績が上がるって聞いたから。でも私は私のやり方をします』でした。ここまで自意識が堅いと「？？？」です。逆に「聞いて、答えを埋めて満足している」生徒に家での復習を求めました。ご飯やお風呂の隙間で出来そうな時間を聞きました。その日の夜、お母様からお電話が・・・。『家の子、「もう無理。家やクラブや趣味のプライベートな時間まで指示するなんて信じられん」って泣いて帰りました。厳し過ぎませんか？』とお叱りを頂きました。また別のお母様から「高い月謝を払ってるし、塾も所詮“習い事”でしょ。もっと子どもの機嫌を取って行きたがるようにするべきでしょ」と。将来の結果より目の前の機嫌優先でしょうか？【厳しくして、成績を上げて下さい】は何だったんでしょうか？</description>
      <pubDate>Fri, 26 Sep 2025 18:55:07 +0000</pubDate>
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      <title>「放っとく優しさ」より「お節介」の方が･･･20250923</title>
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      <description>皆んなには認知されていないけれど、将来と事実の浸透のために色んな活動をされている方から何度か耳にした言葉があります。それは「やらない善より、やる偽善」です。ＳＤＧｓを世界に広めるために、委嘱大使として活躍されていた「ピコ太郎」さんも、同様の事を言われてました。周りから「鬱陶しい目」で見られても、「面倒臭いなぁ」と思われても「皆んなの機嫌」を損ねても、将来や、皆んなの「より良い未来」のためには、変人扱いや異端児扱いを受けてもやり続ける行為の事だと思いました。ガリレオ・ガリレイが地動説を唱えて、皆んなから「変人」「扇動」と言われ、逮捕されても地球が丸いことと動いていることを言い続けたから、今の科学があるのです。また、その説を信じてコロンブスが大西洋を横切ったからアメリカ大陸(正確には西インド諸島ですが)を発見できたし、西回り航路が実現できたし、世界一周旅行が可能になったのです。「何が正しいのか」なんて、時間が経過してみないと分かりません。しかし「バカだなぁ」とか「あの人、おかしいんじゃない？」って言われ続けてきた人を信じて誰かが達成したり、後日誰かが証明して見せたりして、やっと見直されて評価を頂けるのかもしれません。では、この様な人間関係を、私たちの仕事に『手前味噌満載で』お話ししてみたいと思います。現在の教室のある地域では、学力の低下が顕著です。データとして明確です。マスコミや〇〇支援機構が度々言う「生徒の個性」「生徒の考えで」「生徒の自由を」「大人の考えを押し付けない」「強制して型にはめない」を【すべて真に受けた大人】が「人それぞれ」「その内変わる」「家の子は頑張っている」「私の若い頃は･･･」と、その低下に拍車を掛けている様に感じます。その上、「クラブは頑張っている」「サッカーには積極的に･･･」「家の子は良い子」、と学力とは直接繋がらない色々な理由を言われます。当然です。好きでやってるんだから･･･。さらに、生徒の行動や勉強量を強制せずに、機嫌良く教えてやって『結果だけは保証しろ』的な発言や「家で言っても子どもが拗ねて動かないんです」と責任放棄に聞こえる発言も。間違っても「クラブや習い事、趣味や遊びを一切やらずに勉強だけしていれば良い」なんて考えは持っていない事だけは理解して読んでくださいね。だって私だって、中学時代に運動部で県大会に出場したくらい熱中していたのですから・・・。前述のように、生徒に歩み寄って保護者に従って(悪く言うと媚び売って)【優しく】とか【生徒が喜ぶように】とか【決して生徒を否定しない】を続けてきた結果、現況の生徒の学力になってしまいました。そんな中で中学生の保護者が「家の子、中学で平均点より高いから、〇〇高校(偏差52)へ入れて下さい」なんて来られますが、学校で平均点より少しくらい高くても、実状偏差は37〜38しかありません。当然です、全体が低いので定期テストの問題レベルが低すぎるのです。入試問題レベルでいうと大問１か大問２レベルです。とてもじゃ無いですが、本番では・・・。そこを逆手に取って「優しい」「決して叱らない」「一応教えた。結果は･･･」や「機嫌良く月謝を払って頂ければ…」の塾が乱立しています。確かに商売としては正しいと思います。中には優秀な先生ほど「いいじゃない。生徒が機嫌よく通ってれば。成績なんて。親もそれで良いって思ってるんだから･･･。どうせ変わらないよ」と露骨に言ってるのを聞いた事があります。私が【全ての生徒を変えてあげられる】なんて烏滸がましい考えはありません。しかし、皆んなが言いたがらない事実を告げて、生徒の将来の可能性を少しでも広く残してあげられたら…。これが【「放っとく優しさ」より、私の「余計なお世話・お節介」の根拠】です。</description>
      <pubDate>Tue, 23 Sep 2025 19:47:43 +0000</pubDate>
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      <title>何を根拠に「何とかなる！」って？20250916</title>
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      <description>学校の勉強に遅れているから「頑張れ」って言っても、やるべきことが出来て無くて、歳相応の責任感や行動が見えない生徒に「言われたことくらい我慢して実行しろ」と注意しても、「何とかなる･･･」「その時になったら大人が何とかしてくれる」と無視する生徒が増えています。何人もの「そんな生徒」に『何で、そう思うの？』『いつからそう思ってるの？』『それで、何とかなってる？』って聞いてみました。その答えが割と同じパターンでした。「だって、学校では叱られないもん」「だって、僕より成績悪い生徒でも何とかなってるもん」「別にクラブ停止になる訳じゃないし」「罰とかで叩かれる訳じゃ無いし」「「親は、欲しいものは買ってくれるし」「成績下がっても、僕だけ残される訳じゃなく、一緒に連れて行ってくれるし」「受験の時になっても、親と先生で可能な所や方法を決めてくれるし」「塾以外のどこも、そんなことは言わないから、塾がおかしいから放っとけば･･･」だそうです。正確に言えば『何とかなる』じゃなく『大人が何とかしすぎたから』子どもにすれば『ほ〜ら、何とかなったじゃん』が正しいんでしょう。【罰として叩け】とか【遊びや趣味を取り上げろ】って言ってる訳ではありませんが、学力・実力よりも、【素直】【正直】【約束】【我慢】【継続】などの人間力は一生の必須事項です。ここに関しては【絶対守る！】を周りの全員で教えるべきではないでしょうか。周りの家や、友達皆〜んながどうであれ、社会に出た時の必須事項だと思います。テレビや報道や行政の【きれい事】をまるまる信じないで下さい。キチンとこれらを求められているご家庭では、キチンと出来ている生徒が多いです。「いつも言ってるんだけど、やってくれないんです」と言われる保護者が増えました。当然です。学校や社会が許しているんです。一回や二回ですぐに従ってくれると期待しても無理じゃないですか？北のあの国みたいに『号令一発で全員服従』は無いと覚悟した方が・・・。保育所の保育士さんたちは、幼児の「自主的な行動を」とか「自分で･･･」を求められているそうです。今は行きたくもないトイレに強制的に行かせるとか、「この後〇〇があるから今の内に◇◇しておこうね」とルールや時間に合わせさせるやり方は【不適切保育】になるそうです。だから給食が始まった途端に「先生、おしっこ」とか別の何かが始まった途端に「先生、◇◇」って子が増えているそうです。我慢やストップを言うと、「ダメ先生」の評価だそうです。そのまま、生徒が小学校に入ると、授業が始まって10分くらいで「先生、トイレ」とか、「今は〇〇をしなさい」と指示しても「先生、◇◇しても良いですか」と勝手に立ち歩くそうです。昔はクラスに立ち歩き生徒は１人くらいだったそうです。現在はクラスに数人も居るそうです。勿論「トイレに行かさないで漏れさせろ」とか「水を飲ませるな」とか言ってる訳ではありません。何のための休憩時間だったのか。今はどの様な状況なのか。準備は？後何分我慢できないか？を教えずに、体験させずに、「自主性」だ「生徒の個性を･･･」だ「苦痛を感じない様に･･･」だ、と綺麗ごとだけ教えて、親も信じているから学校生活も、会社も「規律」とか「ルール」が無きものにされているのだと思います。話しを戻します。ここまで「生徒」の機嫌や「〇〇親」の機嫌だけを優先し、社会性やルール無視を「個性」とか「自由」とか「自主的な･･･」で括って許すから、生徒も自分のこととして考えずに「何とかなる」「何とかしてもらえる」と考えるのは当然だと思います。「親ごごろ」って何でしょう？我が子が「好き好き」「大切」「機嫌よく」だけですか？大切だからこそ時には【心を鬼にして･･･】が無くなってるように思うのは、私が年寄り過ぎる【老害】だからですか？</description>
      <pubDate>Tue, 16 Sep 2025 20:52:00 +0000</pubDate>
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      <title>「叱ります」って言うと、こんな目に・・・20250915</title>
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      <description>我が教室のチラシや教室前の看板には「私たちは叱ります」って書いてあります。当然叱る対象は「指示を無視」したり「他の生徒に悪影響がある」生徒です。勿論、殴ったり、出血したり、気絶するようなことはありません。それは現代では暴力です。それでも生徒の中には「僕は悪く無いのに怒られた」とか「今日、初めて忘れ物をしたら怒鳴られた」と保護者に言い付け、事実確認もせず真に受けた保護者から「お叱り」の連絡を頂いたこともあります。どこの世の中に「何も悪くない」のに叱る指導者が居ますか？「初めての忘れ物やミス」で叱る指導者が居ますか？何度も何度も注意して、「これ以上続くと【まずいな】と判断した時」しか叱りません。つまり、同じことを複数回継続しないと叱りません。逆に指示に従って素直に続けてくれる生徒を叱った人を見たことがありますか？「キチンと指示通りに作業して、キチンと覚えて来て悪い子だなぁ」と叱っている人を見たことがありますか？当然のことですが、一度も叱られること無く卒業していった生徒が大多数です。以前、どこかの女子中学生が「ここの塾、叱るんだって。そんな塾に行きたくないよね。誰が怒られるのが分かってる塾に通うんだろう」って言いながら教室前を通過していきました。それを聞いていた在籍中の生徒が「何か出にくいなぁ」と言いながら、批判してた生徒が見えなくなってから帰っていきました。批判していた生徒たちは『全員叱られる』もしくは『自分は間違いなく叱られる対象』だと自覚があったと想像できます。指示に従わない生徒、意図して従ってこなかった経験がある生徒、原因は生徒にあるのに「個々の生徒の･･･」「キチンと話せば必ず分かる･･･」「家の教育方針では･･･」「生徒の自主性を信じて･･･」等に守られて【ダメな事をダメと言わなかった結果】もしくは【間違ったやり方や間違っている考えを全て容認】してきた結果、「何でも思ったことはやっても良い」「許される」と間違った認識のまま中高生になった生徒が激増しているのだと思います。当然、今日までの人生で、殆んど叱られること無く「歳相応の認識」「歳相応の行動」「歳相応の人間力」「歳相応の学力」等の結果が得られている生徒なら【叱る必要】はありませんし、【叱る材料】がありません。なのに、そんな優秀な生徒の保護者ほど「言うこと聞かなかったら、厳しくしてやってください。どうしてもダメなら叩いても・・・(今の時代、難しいですね)」と言われますが、そんな場面は起こり得ません。逆に、思い通りの結果が得られていない生徒ほど「私はやっている」「私はできている」「私は悪く無いのに･･･」と主張しますし、直ぐに自分の事は棚(の奥か二階の押し入れの天袋くらい)に上げて、「先生が分かってくれない」「先生が厳し過ぎる」「古臭いことを言う」「学校では許されるのに･･･」と保護者に「自分に都合の良いことだけ」を訴えて、【仕返し】を画策します。生徒の現状を理解されてない保護者は「家の子に聞いたら、チャンとやってるって言ってます」とか「家の子が機嫌よく通ってくれるのが最良な塾です」「家の子をもっと分かってやってください」「私は注意してるけど、子どもが聞いてくれないんです(よくよく聞いてみると、号令一発で聞かなかったら二度目は無く放置みたいでした)」と言われます。酷くなると「私の教育方針と･･･」「私は子どもの意志と自主性を尊重して･･･」と言われます。再度申します。そのお考えを否定するつもりはありません。しかし、結果が思いと違うのなら、保護者も意識と行動を変えられる必要があるのでは？「間違いを全て正してあげる」なんて大層な事を言うつもりは有りませんし、出来るとも思っていません。結果が出ている生徒や実績があるのですから、私たちの知る範囲で出来る範囲で指摘してあげることが、子どもたちの将来に対しての【親切】や【協力】だと思うのですが・・・。「厳しく叱られたから、家の子トラウマになりそうって言ってます」のご意見の保護者さま。まず生徒にたった一つの指示や約束くらい我慢して実行することをご指導ください。</description>
      <pubDate>Mon, 15 Sep 2025 17:20:48 +0000</pubDate>
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      <title>批判、覚悟で言います20250907</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161484/</link>
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      <description>ネット上に、凄く分かり易いものがありました。皆様に、ご紹介します。批判、覚悟で言います。「頑張ります」って言う子を信じちゃダメ。甘やかしちゃダメ。ほとんど口だけだから。最近、多くの子どもから悩み相談があって、それに答えていくんだけど。「継続力」の話をしたんです。そしたら、皆んな「分かりました。めっちゃためになりました」「頑張ります」「モチベーション上がりました」とか言うんです。けど、蓋を開けたら皆んな１週間ぐらいで継続を辞め始める。理由を聞くと言い訳しか言わない。自分に嘘ついて、やらなかった理由を正当化しようと必死な子ばかり。挙句の果てには、それで落ち込んで「自信が持てません。どうしたら良いですか？」って。「何言ってんの？」って感じ。皆んな、気持ちや表面的な口先だけの言葉だけで物事を乗り越えようとしすぎ。頑張りますって何を具体的にどうやればいいの？それを考えもせずに、分からずに、「根性や気合で」って「言葉だけ」頑張りますって。そうやって今まで一時的にモチベーションが上がった時だけ頑張ろうってなって、その結果、１週間とかで止めちゃう。結局、何が言いたいかっていうと、子どもたちって、ほとんどの子が自分で具体的な解決策を考えようとしない。思考が止まってしまってる。誰かが教えてくれると思ってる。それが当り前になっている。そのくせ言葉の表面だけを受け取って、本当に【絶対にやりきる】はやらない。頑張ることは大切。けれど、何をどう頑張るかを自分で考える癖をつけていかないと、ずっと、誰かに「答えを教えてください」とお願いして、けど『教えてもらったことすらできなく』『できそうなことだけしかやらなくて』、自分のことを「どうせ自分は･･･」って嫌いになるっていうサイクルにずっと陥っていく。頑張り方間違えんな。頑張るってどれほど大きなことか考えて見ろ。</description>
      <pubDate>Sun, 07 Sep 2025 23:36:26 +0000</pubDate>
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      <title>「繰り返し〇〇してれば大丈夫！」……本当？20250901</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161450/</link>
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      <description>「あの有名な塾で、繰り返し問題集を解いていれば大丈夫」「あの有名な塾で、繰り返しプリントを解いていれば大丈夫」「あの有名な塾で、繰り返し説明を聞いていれば大丈夫」「今はよく分からないけど、繰り返し先生の説明を聞いていればその内分かる」「繰り返し聞けば習えば教えて貰っていれば大丈夫」近年、このようなセリフを度々賜りました(嫌味です)。勉強は「聞くこと」ですか？「書くこと」ですか？子どもが嫌がらないように「優しく優しく」してやることですか？勉強は「分かること」「それを覚えておくこと」「問いが何を求めているか考えること」「解にたどり着くためにどのように組み合わせるか考えること」です。ただ単に公式や答えを覚えるものではありません。ましてや、先生の説明を聞いただけで次回解ける訳がありませんし、分かりも覚えもせずに繰り返し問題を解いていれば『その内出来るようになる』なんて、絶対にありません。分かり易く悪口を言うと、頭が働いてなくても「〇〇時間も勉強してた」とか「週に3日も塾で習ってるから」と保護者が許しているから生徒が【これが正しい勉強法】と思い込んでいるのです。生徒も「自力で何とか･･･」と考えることをせずに「周りの責任」「他人任せ」にしておけば何とかなると誤解しているのです。勉強は作業ではありません。ただ繰り返しているだけで勉強が出来るようになるならば「毎日何時間も繰り返して説明と確認プリントをしている学校」で【出来ない】なんて有り得ません。その間違いを指摘してやることもせず、誰かに指摘されたら保護者が盾になって生徒の機嫌をとってやれば、更に形だけの「勉強してるフリ」の良い子ちゃんになってしまいそうです。世間には、それを逆手に取って「一方的に説明しっぱなし」「一人で坦々と問題解かすだけ」で【優しい塾】を演出している塾が多いです。では、今まで「間違ったやり方を続けてきた生徒」はもうダメなのでしょうか？今日、完全に理解してくれて、今日から意識も行動も変えてくれれば勿論戻れます。ただし、間違っていた期間と同じだけ時間が掛かります。我慢して苦労して今までの２倍３倍と頑張ってくれれば当然期間は短くなります。多くの皆様から【嫌われる】【鬱陶しいと思われる】【古臭いと言われる】のを覚悟でお話ししています。だって、縁あって私たちと出会った生徒の、夢と将来を少しでも手助けしてあげたいから･･･。</description>
      <pubDate>Mon, 01 Sep 2025 21:01:10 +0000</pubDate>
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      <title>事の重大さが･･･20250827</title>
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      <description>「家の子、小学校では、いつも90点取ってるので優秀です」「私はクラスでは良く出来る方だから・・・」「家の子、小学校で分からない事は無いって言いますから大丈夫です」「小学校の先生は、特別問題は無いって言われるから普通です」「家の子、中学ではいつも平均点ぐらい取ってるから普通です」「家の子、学校のテストで大体85点ぐらい取ってるので優秀です」「私は学校のテストで、いつも上位だ。だから受験にはチョコチョコっと教えて貰えば大丈夫」「私は○○高校(地域2、偏差46〜52)に受かった。だから、これからも学校の授業さえ聞いて学校のテスト勉強だけしておけば、国公立の●●大学くらいなら受かる」以前から何度も何度も申し上げてきました。「小学校のテストは、100点取れて普通です。先生の『問題無い』は授業の邪魔をしないし、取り立てて別指導が必要な問題は無いという意味であって、成績優秀という意味ではありません。教科書と寸分違わない内容を、授業から1〜3日後に間違えて「分かって無い」「覚えて無い」なんて、有り得ません。「中学校も同様です。昔の中学と違って、先生が叱れないため全体のレベルが急激に下がっています。地元の中学なら、85〜90点を取らないと【普通】ではありません。」根拠やルールや用語を理解してなくても、70〜80点取れるように「授業のまんま」をテストに出しているのです。優しい先生ならばテストの内容だけを日々の授業で説明しているのです。キチンとノートを見て全部覚えたら全員100点のはずです。それが平均点58点とか「何がなんだか」以外の言葉が出てきません。増してや、理科・社会なんかは、単元確認テスト状態にありますので、終わった途端に忘れていても、生徒は全部できたと思っています。それでは受験には使えません。極端なのは英語です。教科書の復習テストになっていますので、内容や文法の理解は希薄です。学校では90点の生徒でも模擬試験とかでは平気で半分以下の点数です。その意識のままで、そのやり方のままで高校に行って【楽しい学園生活】を優先し、勉強方法や取り組み意識を変えなければ、いざ受験となったら「もう戻れない」状態が心配です。「優しい塾」や「一緒に頑張ろうねの塾」のように気持ちの良い言葉を掛けてあげたいのですが、私はウソまでついて金儲けはしたくありません。ギリギリでも戻れる方法を示唆してあげたいのです。「そんなん、誰にも言われたことが無い。このジジイがうるさいだけ」と思われても仕方ありません。事実と、現状の事の重大さをお伝えしたいだけなのです。再度ハッキリ申し上げます。福山市の学力は、全国的にみて【低い】のです。その中での普通は当然【普通ではない】のです。「真ん中ぐらいの高校に行ってくれたら･･･」もよく聞きます。『真ん中』は、福山市内の高校リストの真ん中ですか？全国的な偏差値的な真中ですか？この「真ん中」を仰る方ほど「じゃあ大学は地方の県立の〇〇に」と言われるから困るのです。生徒だけではありません。近年目に付くのは保護者の問題行動です。「あそこは混むから、手前のここで良ぇじゃん」と関係のない場所や他人の土地で乗り降りや待機をしている人。そこで、エンジン掛けっぱなしで音楽も掛けっぱなしで、平気で窓からタバコやペットボトルを捨てる人。自分の損得や自分の楽さ加減で行動をしておいて、「良ぇじゃん、少々」とか「うるさいなぁ、チョッとぐらい」と主張される方。その姿は毎日子どもが見ています。それが普通で当り前だと認識しています。その価値観の生徒が、いくら「良い塾」「優秀な塾」「高い塾」に通っても、全員が素直に成績上昇するとは思えませんけどね。私学や高校でも『お願い』の形でそんな保護者に伝えておられますが、【どうせ見て無いし】【バレんかったら良い】の発想の方が問題なんですよね。こりゃこりゃ、又々、一人前の保護者様にまで失礼な事を申しました。申し訳ございません。</description>
      <pubDate>Wed, 27 Aug 2025 21:14:24 +0000</pubDate>
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      <title>「習った」から出来る！大丈夫！20250823</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161388/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161388/</guid>
      <description>成績不振の生徒や、受験前の短期間にチョコチョコっと聞いただけで何とかなると思っている生徒(保護者)が普通に平然と度々口にする言葉です。「あっ、それ、もう習った」「あっ、それ、やったことがある」「あっ、そこ、嫌いだった」「あっ、それ何か、聞いたことがある」です。そんな生徒は今まで「何か、よう分からんけど、先生が言ってるから、とりあえず書いて埋めておけば･･･」と行動してきた筈です。当然「やったぁ、丸もらった。もう完璧」と【勉強した気】になっています。勿論そのまま「終わったからもう必要ない。忘れてもよい」と忘却の彼方へ追いやった筈です。それを『違うよ』と教えてあげるのが【大人】の仕事のはずです。勿論、学校の先生は言い続けています。厳しくは言えないですけど。但し近年では「自由」とか「人それぞれ」とか「生徒に合わせて」とか「生徒のペースで」とか『結果よりも、休まず機嫌よく通ってくれる』ことを保護者も教育委員会も求めており、内容の広がりや深さを求めると「訳分からな〜い」の生徒と保護者が不機嫌になるので、先生も仕方なくシンプルな基本問題だけにしているのが現状です。それで「習った」「私(家の子)はチャンとしている」と主張されても……ねぇ。習う(勉強する)・習った(勉強した)とは、言われたことは好き嫌いに関係無く、全て理解できて(何かこんな感じは、有り得ない)いることであり、理解できないのであれば、その場で質問や再説明を求めれば良いはずです。昔と違って「分からんのんかぁ、お前はバカじゃけぇ無理よぅ。もう知らん」と突き放す先生なんて居るはずがありません。なのに「恰好悪いから」とか「その内分かる」と楽して通り過ぎて辛抱しない生徒が多過ぎです。勿論、「分かった」のならその一連の問題は、どんなに時間をあけても解けるはずなんですが、キチンと分かっていないうえに、覚えておく意識もないため、学校でその単元が終わると、綺麗〜にリセットです。だから、高校受験時に初歩の初歩から入れ直しをする必要が起こるのです。綺麗に消えていることを保護者にお伝えすると『そんな筈は無い。家の子学校のテストでは、いつも高得点だったのだから・・・』と叱られます。いくら叱られても事実なので仕方ないのですけどね。「習う・学ぶ・勉強する」とは、全て「積み上げ」「利用」でしかないのです。小学校の小数の計算と分数の計算が残っていないため、中１の文字式で躓きます。分数の計算ルールが残っていないので、中１の方程式で躓きます。割合や比や％が残っていないので中１の文字式ができません。(例えばAgのB％は？)です。小学校のグラフと中１の比例・反比例が残って無いので中２の一次関数はさっぱりです。図形の定義や面積公式が残ってないので、中２の図形単元はボロボロです。学校の基本中の基本になる問題が不安定なのに、受験の応用問題など解けるはずがありません。小学校で学んだ「百葉箱」。中学校では登場しません。しかし、高校入試には何度か出ました。高校も同様です。小学・中学で学んだことは、全て「分かって」「覚えておいて」「使える」前提で授業が進んでいきます。「聞いてたらその内に・・・」なんて絶対に無いのです。「学校がこの状態なので、平均点取ってても実力は・・・」と話していたら、『そんな出来ない子の話はどうでもいいから、良く出来る家の子(平均80点くらいの生徒)の話をして下さい』って叱られたこともあります。80点の実力がどれ位なのかを説明しているのに・・・。この様に、全てが繋がっています。スポットで単発の知識を欲しがる人が居られますが、基本が入っていないと使えないのです。失礼ですが、保護者の中に「聞けば」「習えば」「教えて貰えば」勉強なんか直ぐに･･･なんて思われてる方は【まさか、まさか】居られないですよね。</description>
      <pubDate>Sat, 23 Aug 2025 16:01:40 +0000</pubDate>
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      <title>家の子はチャンと聞いてるのに・・・20250822</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161379/</link>
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      <description>「家の子はチャンと先生の話を聞いてるし、先生の言われた様にチャンと書いてキチンと提出して100点取っているのですが、段々テストの成績が下がります。先生との相性が悪いのですか？先生の教え方が？」との趣旨の相談やご意見を多く頂きます。本当にこれを【チャンと勉強している】と思われているのでしょうか？もしこのやり方を保護者もされていたのなら、・・・・・・そうでしょうね&gt;我が教室では、このやり方を【保育所の塗り絵】と呼んでいます。勉強って「聞いて」「書いた」だけでは全く実力にはなりません、それで実力になるのなら、学校の授業に付いていけない生徒なんて居るはずがありません。『聞いて書いただけで良い』のなら、学校に通って聞いてる生徒は東大確定です。この勉強法は小学校２・３年で終了していないと、中学くらいになって慌てても、戻す(追いつく)のは【至難の業】になってしまいます。「聞く」「読む」は勉強ではありません。人として何かを受け取ったり教えを乞うたり知識を入れるためには「聞く」「読む」は最低限の行為です。 だから、ここまでは勉強では無いのです。人として最低限の行動をしているだけです。さて、ここからが本当の勉強のスタートです。「聞いた」ことや「読んだ」ことを、『何かこんな感じ〜』じゃなく、「どんな時に使う？」「ルールは？」「公式は？」「定義の用語は？」「以前習ったあれとは何が違うの？」と日本語で区別して【分かる】ことが最も大切です。『良う分からんけど、何か、こうしとけば･･･』の中・高生が多過ぎです。次に「次回登場したら絶対思い出せるまで」【覚える】ことです。その時だけ書いて終わったら忘れる生徒、２〜３回読んで「うろ覚え」で定期テストを通過して「私は頑張っている」の生徒が多過ぎです。次は、問題を読んで【考える】ことです。「問題が何を求めているのか？」「どうすればそうなるのか？」「自分の知っている事に当てはめれないか？」「知ってる形に変形出来ないか？」と【根拠】を口に出し、何故そうするのかを自分に説明しながら考えるのです。これは家庭学習でしか積み上げることはできません。「聞いたから･･･」「教えて貰ったから･･･」『次は解ける』ことは絶対にありません。更に次は、学校の単元テストや定期テストと違い、過去の知識と今日の新知識を同時に数個を使わないと解けない、応用・グラフ・文章問題への対応方法である【組み合わせる】力です。これも家庭で繰り返し新しい問題にチャレンジし、一人で身に付けるしかありません。間違えたプリントの問題を教えて貰っても、直しをして丸を貰っても、決して身に付かない力です。これをせずに「聞いたから」「直したから」「分かったから」で放置する習慣が学力低下になったのです。保護者の中にも「身に覚え」がある方も居られますよね。ここまでが勉強です。「えっ？答案は？」と思われたでしょう。以上までの勉強をしていれば、ホンの僅かの時間で一人で正解が必ず書けます。書くことは採点・評価をしてもらうためのツール・方法です。勉強ではありません。なのに、「チャンと聞いてる」「チャンと書いてる」「だから勉強を頑張っている」と主張する生徒＆保護者。勉強に入る準備と勉強のオマケだけを勉強と信じて【塗り絵】をしていたのです。現代の風潮として「個人の自由」とか「強制するな」とか「押し付けるな」と言われますが、【間違いを指摘してあげない事は本当の優しさですか？】【皆んなに実力を付けて欲しいと思うことは、余計なお世話ですか？】私達の教室は、この信念に基づいて日々活動しています。いくら鬱陶しがられても・・・。</description>
      <pubDate>Fri, 22 Aug 2025 19:36:57 +0000</pubDate>
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      <title>〇〇ぐらい(良えじゃん)！20250815</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161332/</link>
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      <description>長年、沢山の生徒たちと接していると「成績上昇の妨げになってるだろうな」と感じるワードを発する生徒が居ます。その共通する発言(本人は殆んど自覚がありません)は、「〇〇ぐらい良えじゃん」です。「だって、クラブで疲れとるんじゃけぇ宿題忘れぐらい良えじゃん」「折角の日曜なんじゃけぇ今日ぐらい遊んでも良えじゃん」「私なりに頑張っとるんじゃけぇ、私のやり方で良えじゃん」「文化祭(大会・運動会・修学旅行)の振替休日なんじゃけぇゆっくりしても良えじゃん」「仲良し皆んなでいくんじゃけぇ、断れんじゃん。一日ぐらい良えじゃん」「夏休みなんじゃけぇ、ガミガミ言わんでもこれくらいの勉強で良えじゃん」「学校での成績は普通なんじゃけぇ、勉強勉強言わんでも良えじゃん」「そんなにたくさん勉強せにゃぁいけんのんなら、▽▽高校ぐらいで良えじゃん」どうですか？こんな意識で今日まで来たから今の現実なんですよね。頭の良し悪しや今までの成績とは関係無く、指摘されたその日から「我慢して変わろう」と行動してくれた生徒は、皆〜んな目に見えて成績上昇していました。やり方の間違いや、必要量の不足を具体的に指摘しても「えっ、私はチャンとやってるよ。私のペースで良えじゃん」と言いますが、定期テストは目の前です。入試は応用問題しか出ませんよ。私のペースでは『間に合わない』から言ってるんですが・・・。最悪なのが「家でどうしてるかまでは分からないだろう」「塾を出てしまえばバレないだろう」「まさか残されたり取りに帰らされたりは無いだろう」「叱られたらその時だけ『はい』って言っとけば・・・」です。それで結果として成績が上がらなかったら、私たちが悪者です。夏休みや連休は遅れた勉強を取り戻すには最適な日なのです。何故なら、学校が授業の進行を止めて、遅れている生徒を待ってくれているのです。このタイミングを逃して、いつ追いつくのですか？その上、学校に行かなくても良いのですよ。行き帰りの時間、ホームルームの時間、掃除の時間等が丸々無くなるのですよ。そこで勉強しないで何をするのですか？遅れていたのですから、分かっていない事や覚えていない事、使い方の分からない事や何を指示しているのか分からない用語等、いくらでも見つけられるはずです。我が教室では、『毎日初歩から復習・確認し、少しでも疑問があれば毎日質問に来い』と指導しています。本当に毎日来る生徒は『目に見えて』実力上昇しています。言われたから嫌々飛び飛びで来る生徒は「やっぱり・・・」です。中には「お盆の期間くらい、勉強を忘れても良えじゃん」「正月休みぐらい、ゆっくりしても良えじゃん」「そんなに勉強勉強って言わんでも良えじゃん」「無理なら、行ける高校で良えじゃん」「別に勉強が出来んでも、社会に出たら困らんし…」と言われる保護者が居られますが、お盆のお墓参りやお正月の初詣、家族揃っての食事を否定している訳ではありません。それを言い訳にダラダラと数日を無駄に過ごすことを否定しているのです。そんな過ごし方や時間の使い方を【普通】として来た結果が今の生徒の実力なのです。趣味も習い事もスポーツも否定しません。同時並行で勉強もやって下さい。「１日１イベント」の人が増えています。「今日は〇〇があったから、勉強は良えじゃん」の考え方です。２４時間をキチンと分割して無駄なダラダラに意識を向けて修正して下さい。それを客観的に見れるのは私達の立場しかありません。その為のアドバイスならいくらでも･･･。</description>
      <pubDate>Fri, 15 Aug 2025 20:04:11 +0000</pubDate>
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      <title>もはや死語!?ママ語録20250811</title>
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      <description>長い事、ひとりごとを休憩してました。楽しみに待っていた下さった方、ごめんなさい(そんな人居るのか？)。楽しい話題を見つけましたので皆様に披露します。ママ語です。写メ(しゃめ)送って※「写メール」＝ガラケー時代の写真付きメール。今は「写真撮る」「画像送って」などが主流らしい。ジャンバー(ジャンパー)着て※昭和の定番アウター名称。今は「アウター」や「ブルゾン」と言うことが多いらしい。ビデオ撮って！※今は「録画する」を使うらしい。早送りして！※今は「スキップして」や「先に進めて」らしい。チャンネルを回して！※もはや死語。今は「変える」が一般的らしい。ケータイ・ケータイ電話どこ？※もちろん今は「スマホ」。ズボン※今は「パンツ」や「ボトムス」らしい。「パンツ」は世代差で誤解も・・・。メールするね※今はLINE・DMなど「メール」とは言わない人も多いらしい。〈おまけ〉「チンして食べて」※初期の頃の電子レンジの終了音が「チン」だったため、現代では安価なレンジかオーブントースターくらいしか「チン」音はありません。</description>
      <pubDate>Mon, 11 Aug 2025 15:41:23 +0000</pubDate>
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      <title>どうすれば良いのか、誰か教えてください20250710</title>
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      <description>余りにも問題が大きすぎて「私が何とか出来る」ことではないのは分かっているのですが、このままでは、教室での指導が難しくなることだけに留まらず、地域全体の学力よりも地域全体の人間力、延いては地域の安全をも脅かせかねないことになりはしないか心配です(そんな大袈裟な)それは何かと言いますと「子ども達が何を注意しても何を指導しても『放っとく』」ことです。本人が意図して分かって「放っとく」こともありますが、意図無く無意識に無自覚に「放っとく」ことが増えてきています。悪意(?)からワザとごまかしているのならまだ良い(?)のです。本人に自覚が有るのですから･･･。将来困ることも覚悟してやってるはずですから。近年増えていて困っているのが、意識や知識が【幼な過ぎ】て、注意されても指導されても「何を注意されてる」のか「何がダメなのか」が理解出来なくて、注意する方が疲れてしまうほど何度でも平気で『放っとく』生徒です。「何故聞かないのか」と質問すると「聞いてる」と答えます。「どうしてやらないのか」と質問すると「やってるよ」と答えます。これらの【誤解語】の生徒や【やってるつもり】【できてるはず】の生徒は、本当に幼いだけなので疲れても疲れても何度でも言い続けるしかありません。問題なのは『少し知恵が付いてズルくなった』生徒です。彼らに何度か注意しても従ってくれない時、理由を確認したことがあります。「これだけ何度も注意されても放っといて平気？」「何で放っとくの？何も感じない？」に対して「だって、今までこれで何とかなったもん」「だって、学校では何にも言われないもん」「だって、怒る人は母さんと塾だけだもん」「だってやらなくても、何にも罰は無いもん」「別に叩かれる訳じゃ無いし…」「宿題しなくてもチームの練習には送って行ってくれるもん」「成績が悪くてもクラブには行けるもん」「やらなくても欲しいものは買ってもらえるもん」「最後には先生と母さんが何とかしてくれるもん」が大半です。人生の20％も生きていないのに、何故、今後の人生まで想像出来るのか不思議です。更に近年増加中なのが、「私はチャンとやってるのに先生が怒る」「私は悪く無いのに先生が厳しい」「私の聞いた事だけ(式と答)で良いのに、先生は関係無い事ばかり(用語やルール)説明するから嫌だ」と帰って保護者に伝えると『えっ、そうなの？分かったわ、お母さんが言ってあげる』とか「私はキチンと勉強したいのに、先生は答えを言ってくれない。嫌だ、あの塾」って言うと『えっ？そうなの？どうする？○○ちゃんの望む様な塾に変わる？』『そんな塾やめる？』と、原因を確認もせず【子どもの間違った希望を100％叶えよう】と【迎合】される方が急増している事も事実です。後の「生徒の実力向上」よりも今の「決して叱らない優しい塾」「機嫌よく生徒に通ってもらう塾」「機嫌よく保護者に月謝を払ってもらえる塾」を目指している【儲け主義塾】の思う壺です。逆に「この生徒の◇◇が改善されないと成績上昇は難しいでしょうね。協力して改善していきましょう」と提案すると『失礼ね。私の子育てに問題が有るって言うの？もういいわ。今日で止めます』とか『私達も家で何度も注意してきました。それでも治らないのならもう無理です。この子の人生です。困ろうが浮浪者になろうが、思うようにすれば良いんです」と親がキレて投げ出してしまうことです。子育てなんて、我慢と落胆を繰り返す20年です。もっと困るのが、世相や風潮や流行を真に受けて『きれい事』を心から信じておられる方です。「私の教育方針は、子どもを信じてやって、子どもの思いを聞いてやり(ここまでは賛成です)決して怒鳴ったり叩いたり疑ったりしない心に優しい教育です」と申されます。生徒がいくら嘘ついても指示を無視しても、それを保護者に「お家で言って下さい」と伝えると「叱るのは私の方針と違います。家の〇〇ちゃんは、言えば分かってくれる子ですから･･･」と言われます。だから、嘘も平気になってしまったのかな？と・・・。ここまで色々説明すると【何が問題か】はお分かりですよね。誰か私達に方法を教えて下さい。</description>
      <pubDate>Thu, 10 Jul 2025 19:44:21 +0000</pubDate>
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      <title>これって、こうしとけば良い！20250709</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-161100/</link>
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      <description>近年の小・中学生にいくら「違うよ」って注意しても、具体的なやり方を説明しても、変わらずに生徒が言い続ける言葉があります。「えっ？これって、こうしとけば良いんでしょ」「学校の先生が『何か』こんなことを言ってた」「こうしとけば、丸くれるって言ってた」です。ヒドイ場合には「分からんから先生に聞きに行った(ここまでは素晴らしい)ら、先生が式と答えを教えてくれた。それを覚えといて書いて何でいけんの？」です。もちろん、これが全員ではありませんが、自分がやってる自覚が無かったり、修正してくれない生徒が多数派になっていることは事実です。殆んどの勉強には【根拠】【理由】があります。数学や理科は勿論、漢字や英単語にも理由や傾向があります。私の感じる「理由無く覚える」のは年号と人名・地名くらいです。算数の計算ひとつとっても、用語の意味とルールが有り、順序が決まってます。それを理解もせず、ルールに従いもせず『何かこんな感じ』で【とにかくやった(つもり)】【とにかく書いた(埋めた)】では学力は上がるどころかどんどん下降するに決まってますよね。後に社会人になって、「何かこんな感じ」でやった仕事が許される訳がありません。では、何故子ども達はこの【意識】や【やり方】を修正してくれないのでしょうか。まず、学校ですが、勉強は、生徒が主体的に責任を持って受け取ろうとしてくれるしかありません。一人一人の理解度や修正項目を先生が確認しながら授業するには、今の30倍の時間と労力が必要になります。「質問に行く」と言うけれど、理由や根拠の説明をしていては何時間掛かるか･･･。簡単に「こうなるんよ」で帰らせないと・・・。その上、「覚えるんよ」と指示しても、「は〜〜い」とお返事だけで覚えてくれなければ「どうすれば」良いのでしょうか？昔なら「立たす」「残す」「見せしめ」等の罰も可能でしたが、現代では不可能です。全て子どもに迎合です。更に保護者から「家の〇〇ちゃんがそんなことをするはずがありません。先生の指導力不足でしょ。担任を変えて下さい」まで起こります。いくら先生が必死で指導しても、放っといたり、無視しても罰はありません。欲しいものは全て与えてもらえます。時間さえ経過すれば自然と許して貰えます。生徒の人生の大半はそうやって生きてきました。じゃあ、先生はと言えば、事件や犯罪さえ起きなければ【目を瞑る】しかできません。テストも一般的なレベルで出題すると点数ガタガタが続出です。そこで問題レベルを簡単にし、出題問題を明確にし、式と答え(英語なら文章・単語)まで説明し、少しでも答えて欲しい対策をします。それでも平均点は中学で60点前後です。それでも学校は評価します。全体が低いので、少しくらい低くても【普通】なのです。小学校では「よくできる」が普通です。「がんばろう」があったら、相当意識しないと･･･。中学校ではほとんどの生徒が【３】です。テストで35点とっても80点とっても【３】が付いているのを見たことがあります。高校はもっとヒドイです。進学実績の下がっている高校は、通称『下駄を履かす』をしています。実力が下がっているので少しでも「推薦入試」で合格して欲しいので、怖いくらいの上乗せをしてごまかしています。気が付いていないのは生徒と保護者だけです。これらの証拠に、近年の小・中学校の学校目標に「自分で考えて行動する」とか「自分から進んで行動する」とか「将来を予想して自分で考えられる生徒」とか「責任を持った行動を」とかを見ます。これって『出来ていないから学校現場も困っている。だから、それを目標に』以外に何がありますか？子ども達が、こんな「生ぬるいごまかし主義」になってしまったのは何故でしょうね。綺麗ごとや行政任せではなく、みんなで考える必要があるのではないでしょうか。</description>
      <pubDate>Wed, 09 Jul 2025 17:16:55 +0000</pubDate>
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      <title>映画「でっちあげ」を観てきました20250628</title>
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      <description>先日、映画「でっちあげ」を観てきました。内容の細かい所は著作権とネタバレの関係でここでは語れませんが、現代の社会風潮や現代の学校管理職、教育委員会、マスコミの嫌な部分、ダメな部分を露骨に表現してあって、当事者の先生の気持ちが分かり「うんうん」と頷きながら観てしまいました。勿論、実話を少しだけ変えながら映画化してあるので、現代の社会をそのまま表現してあるのだと思いました。私達が必死で考えている「生徒のため」より、保護者の気持ちや行動を露骨に表現してあったので私の立場で観てしまいました。単純な報告ですみません。</description>
      <pubDate>Sat, 28 Jun 2025 17:17:28 +0000</pubDate>
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      <title>「できない子」に教えるのは･･･20250621</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160961/</link>
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      <description>「できる子」に教えるのと「できない子」に教えるのとでは･･･「勉強ができる」とか「勉強ができない」って言うと、「あの子は頭が良いからできる」とか「塾に行って沢山聞いてるからできる」と言われますが、生まれつき「頭が良い」とか殆んどありませんし、塾に行ってない子でも出来る子は居ますし、行ってても出来ない子もいます。出来る子を見ていると、先生の話を「何が？」「何を？」「どうしろと？」と真剣に分かろうと聞いていますし、聞いたことは全部覚えておこうとしています。もし、訂正や追加や改善の指摘をされたら即直しますし、とても反応が早いです。一方出来ない子を見ていると「先生が分からせてくれる」とか「何かこんな感じ」「その内分かる」「その内できる」「先生は何回でも言ってくれる」「自分は遣っている」「自分は悪くない」と入り口の【聞く】の段階で正しい意識で聞いていません。その後、ルールや用語も分かっていませんし、理解できていないので使えません。覚えることも１〜２度読んだ(見た・眺めた)から「私は覚えた」って主張します。理解のための時間、確実に覚えるための時間、使えるだけの演習量が足りていませんし、それらに取り組む意識も足りていません。つまり「できる子」や「できたい子」に教えるのは、先生1人に対し生徒が何人居ても、生徒が「聞こう」「分かろう」と思って聞いているので教える方は楽なのです。有名進学塾や、昔ながらの塾や昔の学校がその形で成り立っていたのはそのためです。では、その授業形態の塾に「出来たい」と思って無い生徒を「あそこは有名だから･･･」「いつも優秀な学校に合格してるから･･･」「家の子も沢山教えてもらえば･･･」と入れて、簡単に成績が上昇すると思われますか？先生も一方通行で流れる様に教える事には慣れています。聞いていない子への対応は苦手です。結果は・・・・・・です。「出来ない子」には勉強を教えるより前に、意識・行動・やり方・量の間違いを認識してもらって、それらが出来るようにならないと、いくら知識を入れてもスルスルと抜けてしまうのです。つまりこのタイプの生徒に教えるのは、まず何が足りていないのか何が間違っているのかを本人(時には保護者)に理解・自覚してもらうことがとても大変なのです。しかし、保護者の中には「勉強なんて、『聞けば』『習えば』『教えて貰えば』『通っていれば』『何度も聞いてれば』すぐに出来るように成るはず」って言われる方も何故か想像以上に居られます。なので学校での事実や進学時の事実をゆっくりとお話しします。しかし「そんな事は無い。私(家の子)は出来ている。何で私(家の子)には関係無い事をいちいち注意するの？」と叱られる事が非常に多いです。「言われた様にやってるもん」「すごく頑張ってるもん」って主張する生徒(保護者)も居ますが、今までの「間違った」やり方や量を基に主張するので、結果としてそれも間違いになってます。時には腹を立てて退塾されることもあります。それを逆手に取って「優しい塾」を【売り】にして、生徒の状況や後の事より、目先の儲けを優先する塾が増えてきました。また「できない生徒(保護者)」ほど『やさしい塾が良い』と飛び付いているのも事実です。このように「できない子」に教えるのは、通常の授業の２〜３倍の手間が掛かります。教える立場からすると、生徒の学びの意識が出来ている一斉授業の方がずっと楽なのです。しかし泣きながらでも我慢して従ってくれた生徒。その結果、生徒の希望する進路に進んでくれた時には「あ〜、生徒も保護者も私達も苦労した甲斐があった。良かった良かった」です。例外の笑い話をひとつ。「学校のテストでは、いつも高得点なんですが、模試では得点できない」って進学塾に通っても、やっぱり同じだと我が教室に来た生徒の話です。この生徒は「真面目ちゃん」です。学校の教科書・ノート等を完璧に覚える能力は高いのですが『それだけを勉強だと勘違い』してしまって、根拠や理由を理解していませんでした。それでは使えませんよね(笑)。</description>
      <pubDate>Sat, 21 Jun 2025 15:08:19 +0000</pubDate>
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      <title>生徒が幼い20250617</title>
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      <description>「生徒が幼い」って言うとどのように感じられますか？「赤ちゃんみたいな行動」「言葉が通じない」「中学生なのに、幼稚園児みたい」ですかね。あながち間違っていないですね。【歳相応】って言葉が「人それぞれ」とか「自由」の言葉のお蔭(?)で限りなく死語に追いやられていますが、私はこの【歳相応】の言葉が好きです。幼児期には幼児らしく「自分に素直」で「にぎやか」で「遠慮しない」子が歳相応です。小学低学年なら、少しだけ社会性と責任を認識しているはずです。毎日の生活のルール。学校のルール。時間を考えて動く。自己責任でやるべきことはやる等。掛け算九九や公式、四則演算、漢字等を自己責任で覚える。小学高学年は「いっちょまえ」の手前です。生活のルールや家庭での立ち位置。勉強の自己責任くらいは分かっている筈です。「10歳なら殆んど大人と同じことができるはず」と言われます。本当なら、ここで責任を取らせて責任を覚えさせるのが理想です。ですが、親が「家の子はまだ小さいから･･･」とか「そんなに無理させなくても自然に･･･」とか自分に言い訳して必要以上に手を出し過ぎて「全〜〜ん部」尻拭きをしてやるから生徒が「何でも親がやってくれる」「言い付ければ親が文句を言いに行ってくれる」と教え込まれます。中学生は大人ですか？子どもですか？もし子どもなら、何故嘘をついてでも欲しい物を手に入れるのですか？金も無いのに「打ち上げ」や「卒業旅行」に当り前の顔していくのですか？化粧道具を揃えるのですか？何故、叱られても素直に従わないのですか？もし大人なら、何故、自己責任で勉強したり、社会の他人(先生やボランティアの人)にあんな対応を？これも「家の子、まだ小さいから･･･」「家の子、私が居ないと何にもできないから･･･」「家の子、口数が少なくて自分では言えないから･･･」と理不尽なことでも、我儘なことでも、何でも「自分を頼ってくれることを親が喜んでいる」ことを子どもは知っています。なのに、親が嬉しそうに出しゃばって『全部叶えてくれる』のです。この頃に「責任は取らなくても、何でも親に『ねえねえ母さ〜ん』とゴロにゃんしていれば」叶えられることを学ぶのです。勉強なんて【面倒臭い】ことは程々にして、好きなクラブだけしていれば「まあ、頑張っているのだから･･･」と許して貰えることも知っています。小学と中学では勉強への意識と量がちがいます。しかし「私は今までこれでやってきた。母さんも良い子って認めてくれてる。だから私は間違ってない」のプライドも作り上げられました。問題はここからです。高校は今までとは別世界です。昔の学校のカリキュラムや内容量から考えると中学までが少なすぎるのです。しかし、大学受験は更に難化しています。つまり、高校は「大学受験予備校化」しているのです。昔の「青春の学園生活」をしていると受験には全く間に合いません。なのに「私は今まで･･･」とか「授業だけ聞いていれば…」とか「先生が何とかしてくれる」を生徒も保護者も信じていて、私たちの注意をまともに聞いてくれません。昔の受験生は、塾なんか行かなくても自己責任で勉強してました。ところが今は、小さい時に【歳相応】の責任と、ごまかした時の痛みを教えて無いので、子ども達が【何でも大人が何とかしてくれる】【大人は子どもの世話をするのが責任】と信じている場面を多く見ます。だからそのまま育った子供たちが【幼く】て、大学生や社会人になっても、信じられない位幼い事件が多発するのだと思います。</description>
      <pubDate>Tue, 17 Jun 2025 20:33:17 +0000</pubDate>
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      <title>主体的に学ぶ･･･20250617</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160935/</link>
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      <description>「主体的に学ぶ生徒を応援する」と文部科学省や教育委員会が盛大に掲げて数年経ちます。そのために「小・中学校の宿題を少なくするように･･･」とか「自分が興味を持つことを深く探求するための時間を確保し易くしろ」と色々考えて、配慮をしていたように聞こえますが、実態はほとんどの生徒と保護者が理解しておらず、「宿題が少なくてラッキー」とか「学校から言われて無いから遣らなくても･･･」と逆効果になっていることが多いそうです。全国学力テストの結果等から、福山市の学力低下は大きな問題になっていました。現場や市議会からも対応や修正の声が多く聞こえていました。しかし、生徒や保護者からは「そんな事は無い」とか「家の子は普通」と現実味が感じられませんでした。ところが、ここに来てやっと教育委員会にも認識の変化が見えてきました。市議会の質問に対して、教育長が『「主体的に学ぶ･･･」は一旦ストップし、新たな方針を検討する』と答弁していました。理由としては『「主体的に学ぶ･･･」を勘違いして間違った理解をしておられる方がとても多いから･･･』だそうです。「主体的に」を「自由に」とか「任せる」と認識し、【放っとく】保護者が増えていて、それが原因で生徒の学力低下が起こっていると判断したかららしいです。近年、こういった「誤解語」や「都合語」が増えています。「自由」⇒「何をしてもしなくても勝手」「自分に責任は無く、全て周りのせい」「人それぞれ」⇒「周りと同じ努力や我慢をしなくても同じ結果やご褒美を手にできる」「周りが何と思おうとも自分の気持ちを優先させて実行する」等。「学ぶ」とか「習う」の言葉を考えると、指導する立場と、指導して頂く立場があるはずです。しかし、指導に従わないのに、結果だけを要求する風潮があります。「家の子の成績が上がらないのは教え方が悪いからだ」「家の子の求めるように教えてくれさえすれば･･･」と間違っている部分の修正はせずに結果責任だけを言われた経験もあります。「意識が違っていると成績が上がり難い。指導に従ってくれないと･･･」と言うと、「何ぁに、人間は平等でしょ。人に上下関係なんて無いでしょ」と言われた経験もあります。知り合いの医院の先生にも聞いたことがあります。「今日の夕方からの飲み会に参加したいから、この熱と風邪を直ぐに治せ」と言われた。「無理でしょ。家でゆっくり寝てて下さい」って言ったら「ヤブ」と罵られた。と。これらが「主体的に･･･」に当てはまると思われますか？何んか、社会にある言葉を「自己都合に誤解」してきれい事を主張している人ほど「私(家の子)は主体的に学ぼうとしているのに、〇〇が･･･」と他人のせいにしているように感じるのは私だけでしょうか。</description>
      <pubDate>Tue, 17 Jun 2025 18:34:28 +0000</pubDate>
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      <title>情けは人のためならず20250612</title>
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      <description>超有名な「ことわざ」ですが、皆さんご存じですよね。蛇足ですが意味・解説として、「人に情けを掛けておけば、それが巡り巡って、やがて自分に良い事がまわってくる。だからどんな場合にも、人には親切にしておくべきだ」と言う意味です。今さらですね。失礼しました。話しはここからです。このことわざの話は度々出るのですが、私が接してきた生徒の95％、保護者の70〜80％が知りませんでした(正確に言うと、間違えた意味を理解して使っていました)。その解釈のほとんどが「他人に安易に情けを掛けると、その人が調子に乗り安直に人を頼るようになるのでその人の為にならない。だから他人には情けを掛けない方が良い」です。どうですか？綺麗ごとを言いながらも、他人を突き放し、自分の利益だけを求める現代を時代反映していると思いませんか？他人には情けを掛けてはいけないが、自分には【皆んなで】【優しく】【親切に】【手を掛けて】欲しいという風潮です。友達には「きれい事」だけ言いながら、「私の時には心配して」「アドバイスして」「助けて」って言ってる中学生を見ているようです。家庭でも同様です。親は仕事で時間が無いのに「送っていって」「あっ、忘れてた。今日提出じゃった。すぐ書いて」「何で洗濯できてないんよ〜」「えっ？言ったじゃ〜ん」と要求や親を責めるセリフは多いのに「だってクラブが･･･」「分かってるよぅ。後でするよぅ」とか「だって皆んなが･･･」「俺より低い奴は･･･」と自分には絶対責任追及をせずに【温情】だけを掛けて欲しいとの会話が多く聞こえます。私たちや学校現場で聞こえてくるのは「あの先生とは相性が悪いわぁ」「先生、宿題多過ぎるわぁ」「えっ、ズルいわぁ、そんなん習ってな〜い」「あの先生、厳し過ぎるわぁ。ちょっと宿題忘れたぐらいで･･･」「またテストの点数が下がった。平均も下がってるし、先生の教え方が悪いんじゃない？」です。我慢や努力は強制せずに、どうすれば『楽して知らない内に簡単に成績を上げて【くれる裏技】をやってくれるか』の与えられるものばかりを感じます。近年のお母様方の「優しく」とか「子どもの意志を･･･」とか「人並みに･･･」が・・・。『情けが仇』『情けも過ぐれば仇となる』になってしまってるんですかね(涙)私たちも、今後の成績推移や受験での苦痛・困難を考えて、色々話したり、時には叱ったりすると、生徒本人はもとより、保護者からも「放っといて下さい」「家の子の人生ですから」「家の子の望むようにしてやって下さい」なんて、考えられない仕打ちを受けたことがあります。まさに『情けを仇で返す』状態でした。情けって何でしょう？掛けない方が好まれる世の中なんですかね。世知辛い世の中ですね。</description>
      <pubDate>Thu, 12 Jun 2025 17:32:43 +0000</pubDate>
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      <title>その時になって慌てても･･･20250610</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160883/</link>
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      <description>“いざ”となっても･･･、その時になって慌てても･･･、間違ってるのに何を根拠に自信満々？近年、立て続けにご相談頂いた生徒(保護者様)のパターンをお話しします。小学校低学年で、先生の指示内容をキチンと理解もせず「何か、こんな感じ」と目の前の作業だけを形だけ終わらせ、「出来た出来た。私(家の子)は頑張ってる」と『保育所の塗り絵』状態の勉強で【勉強している】と通過してしまった生徒。小学校高学年で、過去の知識・経験・用語・ルールを利用して、目に見えないものを考え想像して(例;比例・割合・速さ)クリアしていく勉強を「分からない」とか「苦手」って言い始める。学校のテストで80点とか取っている生徒がそうです。当然です。勉強とは、頭を使う作業です。何も覚えず・考えず、ただ作業しているだけで『勉強している』と思っている生徒(保護者)のことです。勉強の基本や勉強への意識を身に付けるべき時期(小学期)に６年間も放置しておいて「後で教えて貰えば何とかなる」と思っても、まず「間違いを止めさせる」作業と「正しい作業を続けさせる」練習をする必要があるので、修正するのにかなりの時間(数年)が掛かります。そのままの意識とやり方のままで中学に入学すると、中学からは本物の『学問』になりますので、更に用語・根拠・ルール・定義が大切になってきます。小学レベルの基本と日本語が理解定着出来て無い生徒が、そのまま中学で『何となく聞いている』だけで上達できる訳がありません。(100円の5％が理解できていない生徒が、a円のb％ができる訳がありませんよね)そこで急激に成績が下降を始めて30点や40点を取り始めるのです。「教えて貰えば、家の子も出来るはず」とか「「頑張るって言ってますからやってくれるはずです」と受験の直前に来塾されますが、ただ【聞くだけ】で出来るようになるのなら、何故、学校で出来てないのですか？毎日朝から夕まで授業を聞いているのに･･･。塾で週に1〜2時間だけ聞いただけでは･･･。事実をお伝えして入塾頂いても、「言葉を聞く」「言葉を分かる」「根拠を考える」「確実に覚える」「問題をキチンと読んで理解する」「知識を組み合す」の必要性と練習をしていませんので、やっぱり聞いて書いて埋めて終わってしまいます。注意すると「僕(私)はやってるのに怒る。もう嫌だ。塾に行きたくない」となる。すると保護者が『そうなの？あなたに合う塾に変わる？』となり、結局何も変わらないまま塾だけが悪者です。退塾時に時々保護者が言われるのが「家の子自分で変わって頑張ってるんですよ。最近は真面目に家で教科書を読んでるんです･･･」と。私たちはその作業を求めましたか？そこまででは無いのですが、中学で70点〜80点程度得点をしていて、高校受験直前に短期的に受験塾に通い、瞬間的な知識やテクニックを得て高校に合格できた生徒に多く見られる話しです。学校の授業で忘れていたことや、よく分かっていないけれど解き方のテクニックだけで得点出来て合格してしまってますので本当の実力にはなっていません。その上「聞けば･･･」「習えば･･･」「先生が言った事だけ覚えといて書くのが勉強」と学校でも受験塾でも繰り返してきたので、相変わらず高校に入学しても「聞いていれば…」「先生が全部言ってくれる」を続けますのでジリジリ下降をおこし易いやすいのです(勿論、学校のレベルによって違いますが)。高校の勉強は、授業だけでは「必要な量の半分以下しか説明して貰えません。家庭学習で細部の確認と理解が無ければ実力にならない」っていうのは周知の事実なのですが、今まで９年間も【聞いて→書いた→出来た】勉強をしてきた70点80点レベルの生徒ですから、間違った過信から中々修正ができず、模試や大学受験で得点できず、慌てるか委縮して諦めるなんて場面も沢山見てきました。９年間で間違った過信とプライドを作ってしまったのです。結論を申します。小学校で80点レベル(60点なんて問題外)、中学校で50点以下(30点40点は問題外)の生徒(保護者)は、勉強以前の学習意識や学習習慣が間違っています。まずそこを大至急修正しないと、いくらお金や手間を掛けても結果には繋がりません。増してや「やってる」「聞いてる」と思っていても間違えてたから出来ていないのです。やり方や内容が間違っているのです。近年急増していて、とても困っているのが「日本語が通じない生徒(保護者)」です。小・中学校レベルの日常の言葉の定義や内容が理解出来ていませんし知りません。余りにも社会常識(世間のニュース)も知りません。これが国語と英語の長文が得点できない原因です。</description>
      <pubDate>Tue, 10 Jun 2025 13:55:20 +0000</pubDate>
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      <title>このやり方で正しい！20250608</title>
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      <description>「そのやり方ではダメだよ」「分かった“つもり”で放っといたらダメだよ」「それだけの勉強量では足りないよ」「覚えるっていうのは、2〜3回眺めただけではダメだよ」「公式は内容を分からずに“ただ覚えて”も使えないよ」「小学校のテストと、中学校のテストは違うよ」「中学のテストと、高校のテストは違うよ」「学校のテストと入試は“全く別物”だよ」「高校入試はテクニックで“何とかなる”こともあるけど実力では無いよ」「入試では“学校で習って無い”と思うような問題も出るよ」中学・高校に進学した生徒を見ていると、「あ〜あ、このままでは近々に成績下降が始まって、次の入試時には相当苦労するだろうな」って思える生徒がハッキリとたくさん見えるようになってきました。また、そのまま改善せずに2年3年と進級してしまった生徒が「授業が、訳分からん」となったり、『「〇〇校」「〇〇大」に行きたいのでお願いします』と本番の数か月前に来られて「うっ？」と困惑することが増えました。注意や話をした時の生徒の反応は、「分かってます(分かってる様には見えないけど･･･)」「やってますよ(やってないから注意してるんだけどなぁ)」「私は今まで、このやり方で『良い子』って褒められてきたから私は間違いない(それが現代の親子の最大の問題点)」「だって、今まではこのやり方で何とかなってた(そりゃそうでしょう。今まではランク下の学校だったんだから･･･)」「だって、学校の先生は何にも言わないよ(学校は教えるのが仕事。私たちは・・・)」「学校では、これで全然困った事が無い(近年、成績不振で留年や退学になった例を聞いたことが無いです。テストで20点や30点を取っても罰は無いです)」「先生に聞きに行けば大丈夫(先生は、その問題の解法と答えを教えて下さる。意識、取り組み方、改善方法の説明はやってもらえない。時間が無いから･･･)」　　です。現代の地元の学校のレベル低下は目に余るものがあります。小学校は【幼稚園化】していますし、中学校が【小学校化】しています。小学校のテストは授業で先生が説明されたまんまの一言一句違わないプリントです。100点取れて当然のレベルです。だから、自力でやるべき『九九』や『語彙変換』が出来ない生徒が増えているのです。あるお婆さまが参観日に参加して「最近の小学校は動物園か」と驚いたと言われていました。中学校でさえ、テストは教科書・サブテキスト・配布したプリントからしか出題しないことが多いのです。つまり、普通にきいておけば90点〜100点取れて当然かと。クラブに至っては、小学校ではボランティアの大人が全部準備し、クラブ中も児童の機嫌を取って楽しませるもの。中学校では、「結果よりも頑張る姿が美しい」と成績不振生徒も気兼ねなく参加できるように「綺麗事」や「甘言」を言うのが【良い指導者】と思われています。その意識・価値観のままで高校になっても【クラブを頑張っているから･･･】と勉強を疎かにしておいて、いざ入試直前では『国公立の〇〇大へ』なんてふざけている親子が多過ぎます。教室のある地域は、県内でも圧倒的に学力の低い地域です。だからこそ必死にお伝えしているのですが、話せば話すほど「偉そう」「家の子は違う」と儲け主義の優しい塾が持て囃されます。やっぱりわたしが間違っているのですか？偉そうなのですか？生徒の勘違いや間違ったプライドでの放置はありませんか？</description>
      <pubDate>Sun, 08 Jun 2025 14:06:18 +0000</pubDate>
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      <title>放っとくことは権利？20250607</title>
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      <description>「放っとけばその内終わる」「放っといてもバレない」「放っといても怒られない」「放っといても別に困らない」「放っといても欲しいものは絶対買って貰える」「放っといても必ず一緒に連れて行ってくれる」「放っといても叩かれることはない」「放っといても痛みは来ない」これを心から信じて完全に実行している子どもが激増・爆増中です。何故なら、学校も社会風潮も「きれい事」の浸透が進んでいるからです。「子どもの権利条約」を我が国も批准して30数年。その時に学生時代をすごし、義務の話は聞かず「権利」「自由」「子どもは当然大切にされる」を学校でガンガン聞かされた人たちが現在の親達なのです。「子どもは分かっている」「子どもは子どもなりに考えている」「子どもの意志を尊重して」「幾らでもやり直しはできる」「何時からでもやり直しは可能」と、声高に言われますが、本当に小・中学校で偏差値30〜40の生徒が、高校で60〜70に成れるとお思いですか？「テレビで言ってるじゃん」「映画の『ビリギャル』の例も･･･」と言われますが、何万〜何十万人に1つの出来事だからニュースや映画になるのです。それを「真顔」で伝えている新聞社・テレビ局の報道の人たち。皆んな高学歴ですよね。きれい事を上手に作文して配布している政府や行政の人たち。みんな高学歴ですよね。表舞台で【きれい事】を言ってる人でも個人の自宅に帰れば、厳しく「ダメなものはダメ」「間違いは間違い」と教えて、放っとか無いのです。「きれい事」は文字通り【絵空事】です。「その時になったら頑張ってくれるはず」「家の子も聞けば･･･教えてもらえば･･･」「家の子も塾に入れれば･･･」「いつか分かってくれるはず」「勉強出来なくても社会に出れば・・・」「絶対無い」とは言いませんが99.9％無いです。保護者の時代と違い、小・中学校では、決して注意しません(正確に言うと、先生たちは注意できません)何故なら、前記しましたように【甘やかして】【機嫌をとること】を【優しい子育て】とか【子どもの意志を尊重する新しい子育て】と誤解して信じ込んでいる保護者が多いからです。『社会性』『人間力』って何でしょう？これは政府が国民に配るものですか？「お天道様に顔向けが出来ない事は決してするな」と言われて育った年代は、もうダメですか？こんな言葉は死語ですか？再度言います。自分の義務や責任を「放っとく」ことに寛容な世の中でも良いのですかね？</description>
      <pubDate>Sat, 07 Jun 2025 20:22:36 +0000</pubDate>
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      <title>「文武両道」って？20250531</title>
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      <description>最近の成績不振生徒の保護者が「うちの子は文武両道で育てます」と言う風に言われます。「はっ？」ってキョトンとしてしまいます。「勉強とスポーツの両方をやれば、両方上手くなるはず」と言う意味で言われているようです。辞書によると、“文武両道に秀でる”「文芸と武道の両方に優秀な成績を修めること。または修めた人」とあります。“一芸に秀でる”と言う言葉もあります。「ひとつの事を一途に努力して、その事については、他に類を見ない位に上手い事」という意味だそうです。つまり、前記のような保護者は「両方を何となくでもやらせてれば、両方普通以上になれる」と期待と希望的誤解で使われているようです。昔のテレビドラマの「ルーキーズ」のように『勉強なんか関係ねぇ。毎日野球だけやってれば･･･』なんて、絶対に無いのです。何人かのスポーツ指導者と意見交換した時のことをお話しします。ある野球監督は「宿題やテスト勉強は絶対。やるべきことをやらずに練習に来ても上手くならないし、レギュラーには使わない」と宣言していても「宿題は帰ってからやれば同じことでしょ。休んだらレギュラーを取られるから･･･」と子どもより、母親が言い付けを守らない場合が多い。ある空手の師範は「入門すると礼儀作法が身に付くから･･･と、連れて来られる方が多いが、礼儀は気持ちや心から出るもの、本当にキチンと礼儀が出来てる子は本当に強くなる。逆に形だけで礼儀の気持ちが無い子は全然上達しない。私たちは競技人口を考えて一応受け入れるけど･･･」とあるバスケの監督は「ポジショニングとチームの全体を見ろ」と教えているが、「ディフェンスの子が、パスもせず、とんでもない位置からシュートをする。確認すると、親がワンゴール500円の約束をしているとのこと」と我が子と自分の体裁だけの保護者にウンザリと言われてました。テニスや野球やサッカーで世界的に活躍している選手を見て、『我が子もこうなってくれれば…』と親の希望や欲で強制していることも多いらしいです。小さい子に体験的にやらしてみると必ず「楽しい」「続けたい」って言います。何故なら今までの遊びと違う初めての感覚や楽しみに触れたのです。そのまま中学に入ってもクラブで続けていて「楽しい」って言います。当然です。結果も入賞も賞金も大会も求められていないのですから･･･。結果よりも「頑張る〜〜！」が何よりも生徒の自慢であり親の喜びなんです。そこで「だってクラブが〜〜」と勉強を疎かにしていても「クラブを頑張っているんだから･･･」と親はニコニコ顔で見て見ぬふりです。高校でもこの「遊びの感覚」「楽しいから」の中途半端な意識でクラブを続けていると・・・。そのままでは、勉強も中途半端。スポーツも中途半端。どちらも「多少経験がある」程度で終わってしまいます。近年のスポーツ有名校は偏差値が高い学校が多いです。昔の様に「朝から晩まで練習して、大会で名前が売れたら卒業」なんて無くなりました。世界に進出している一流のアスリートは皆さん優秀です。現地の言葉は直ぐに理解出来て、仲間ともコミュニケーションが取れています。通訳は契約やマスコミ対応にしか使っていません。「・・・じゃない選手」は短期間で帰国されている方が多いです。かの「イチロー」さんも高卒でプロに入ってなかったら、東大への合格も可能だったそうです。誤解を恐れずに言いますと「バカは一流のアスリートにはなれない」ということです。つまり【文】も【武】も“おまけ”や“残り時間”では決して出来るようにはなりません。</description>
      <pubDate>Sat, 31 May 2025 14:37:55 +0000</pubDate>
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      <title>何故、子どもに「我慢」を教えないの？20250531</title>
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      <description>「我慢」って話をすると、「何でもかんでも押さえつけるのではなく、子どもの意志を尊重してあげるのが今風・新しい・正しい」と言われる保護者が増えています。アメリカの大学での見解があります。＊＊＊＊【「我慢」というのは、いまを楽しむのではなく、「いまは我慢して、あとにいいことを取っておくこと」なんですね。1960年代にスタンフォード大学で心理学者ウォルター・ミシェル博士が行った「マシュマロ・テスト」という有名な心理実験があります。4歳の子どもの前にマシュマロを一つ置く。「いま食べてもいいけれど、15分待つことができたら、マシュマロを2個あげるよ」と言って立ち去り、我慢できるかどうかを見る。すぐに食べた子と我慢できた子とでは、その後アメリカの大学進学適性試験で、我慢できた子のほうが総合スコアで平均210ポイントぐらい高かったという。さらに10年後、20年後の追跡調査でも、社会的な成功の度合いが違ったという結果もあって、子どもは我慢できるように育てたほうがいいという話になったのです。このように日本人に限らず、私たちは幼い頃から、我慢することを教育やしつけによって教えられてきたので、多くの人たちは「いま我慢すればあとでいいことがある」と信じているわけです。】＊＊＊＊ここまで明確に答えが出ているのに、何故、素人が自分の勝手な思い込みだけで「我慢」を教えないのでしょうか。「いつまでもカワイイ私の〇〇ちゃん(冬彦さんみたい。古い!)」と思われている保護者子どもとの面倒を避けたいがために「子どもの人生なんだから･･･」と自分に言い訳をしている親自分の『楽』だけを優先して「言っても聞いてくれないんだから･･･」と逃げている親。これが本当に「カワイイ家の〇〇ちゃん」のためになっているのでしょうか？私には考えられません。</description>
      <pubDate>Sat, 31 May 2025 13:35:11 +0000</pubDate>
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      <title>子どもの性格？親の背中？20250530</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160808/</link>
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      <description>長年、多くの生徒や保護者と接してきた経験から、成績不振や成績下降傾向、成績伸び悩みのバックグラウンドに一定の特色があることに気が付いてきました。「私の子なんじゃけぇしょうが無いが」と言われる方も居られますが、親の学歴は関係ありません。ご自身は不本意な高校卒なのに、子どもは全員有名大学に入れられた保護者も居られます。もちろん、保護者に相当な勉強経験があれば、私たちの言ってることが伝わり易いことは間違いありませんけど･･･。大体の方は教育関係者じゃ無いので、ご存じ無くて普通です。学校の現状や、受験への取り組み、学習方法や内容レベルが、保護者の頃と全く変化していることをご理解頂くのが最大の仕事です。何故なら、「これ位なら･･･」「私たちの頃は･･･」「ダメなら先生が注意してくれるはず」「通知表が中の上だから･･･」で気付くのが遅れて、手遅れになってしまった例も沢山見てきたからです。生徒は生徒で現状の「甘々」の学校しか知りません。誰かが言ってあげないと甘々が普通だと信じてしまい、大学受験時や資格試験時に大慌てか、一気に諦めるしかないのが現状です。生徒に注意しても「甘々」の「きれい事」が日常なので、私たちがいくら真剣に話しても現実味がありません。生徒たちが使う言葉で「分かった」「今度こそやる」「今日から変わる」で本当にやってくれるのは、そこそこ成績の良い生徒です。１〜２度注意して、本当に分かって意識が変わってやってくれるのならそれまでの長い学校生活で変わっているはずです。本当に学力の低い生徒は「〇〇を◇◇して、今日中に覚えてくるんよ」とか「試験勉強はこうやってするんよ」と具体的に指導しても、「うん分かった。やる」とか「やったもん」って答えてくれますが、ほとんどやってません。何故なら「分かる」とか「やる」の言葉の定義が間違っているからです。「覚えるんよ」と指示すると、１〜２回読んだだけで覚えて無くても「やったもん」「覚えたもん」と平気です。では、何故子ども達はこうなっているのでしょうか。文部科学省や教育委員会の指針に従って現場は「仕方なく」動いています。現場の思いや問題点とは別の考えで一方的に指示されるからです。さらに、その中での【きれい事】や【叩きやすい立場の人の事ばかり】をマスコミが大々的に報道します。仮に間違えていても殆んど訂正などしてくれません。その証拠に、自分たちは【超】有名大学を卒業していなければ入れない会社で仕事をしているのに、報道では「勉強なんて･･･」「人生やり直しはいくらでも･･･」とスポンサーの顔色ばかりの報道です。こうして、子ども達やその保護者に『受けの良い』内容ばかりを報道するので、考えていない視聴者は丸々信じ込んでいます。基本的に、大々ニュースなんて【めったに起こらない出来事】だからニュースなんです。それを「ほら、だから家の子も学校なんか行かなくても頑張れば東大に･･･」とか「学校で落第生でも、本人がその気で頑張れば〇〇高校へ･･･」と。「だって、テレビで言ってたよ」とか「ネットで見たから間違いない」なんて、信じがたい発言をされる保護者まで・・・。保護者の毎日の言動や行動の判断、優先順位、周りへの対応を子どもたちは見ています。毎日刷り込まれていってます。当然子ども達も同じ判断をすることが増えてきます。保護者が「家の子も聞けば･･･」「習えば･･･」「教えて貰えば･･･」「その内何とか･･･」「私と揉めずに機嫌良く･･･」の行動をされていると子どもも・・・。最近増えているのが「親の叶わなかった夢や趣味を子どもに･･･」です。野球やサッカーでレギュラーに成れなかった自分の悔しさを、子どもに託している場合があります。考えられて託されている場合は生徒は勉強と両立出来ています。しかし、勉強より【夢の実現が優先】の場合は･･･。「兄弟姉妹の上の子は成績良かったので、私の子育ては･･･」と言われる方も居られます。子どもは一人一人性格は違います。たまたま上の子が自分で大きくなったのでは？「子どもがその気になるまで待つしかない。子どもの人生だから私たちは･･･」の方！もし、いつまでもその気にならなかったら、死ぬまで子守りをされる予定ですか？「毎日の時間管理」「約束」「優先順位」「丁寧さ」「言行一致」は子どもの価値観に影響を与えます。昔から「子は親の鏡」「親が変われば子も変わる」と申します。　　　又々失礼致しました。</description>
      <pubDate>Fri, 30 May 2025 15:33:48 +0000</pubDate>
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      <title>私の個人的な考えですが・・・20250528</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160788/</link>
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      <description>朝日新聞の報道によれば、2025(令和７)年５月27日に以下のような判決が出ました。【　朝日新聞社 によるストーリー広島市立工業高校（広島市南区）の校長が「明日から学校に来させないでください」などと生徒の保護者に告げたのは、適正な手続きを経ない処分だったとして、元生徒の男性（19）が市に慰謝料約230万円を求めた訴訟の判決が27日、広島地裁であった。光岡弘志裁判長は学校側の対応について「適切な手順や対応を欠く」として、市に20万円の支払いを命じた。判決によると、2021年に入学した生徒は[B]授業中にタブレットゲームをしたり、教師に「死ね」と発言したりするなど、問題行動を繰り返した[/B]。翌年9月に校長が生徒の母親と面談。学校の指導の限界を感じ、「明日から学校に来させないでください」と伝えた。これを受け、生徒は転校した。判決後、[B]元生徒は「もう、通っていた高校にいけないと聞いたときは、本当にショックでした。そこから、私の生活は大きく変わってしまいました。私の高校生活を取り返すことはできませんが、これを機に、学校による不適切な対応が少なくなればいいと願っています」とのコメントを出した[/B]。市教育委員会の担当者は取材に「主張が認められず残念だ。（問題行動がある）生徒との協議にも影響が出てくる」と述べた。　】高校は「義務教育」ではありません。生徒本人が「社会性を習得し、学びを望む」ことを目的に就学するはずです。なのに、授業を聞きもせずゲームをし、教師に「死ね」などと発言をする。つまり、学校の授業の進行に悪影響を及ぼし、同じ教室で授業を受けていた他の生徒の【学ぶ権利】を邪魔しておいて、「高校に行けないと聞いてショックだった」とか「私の高校生活を取り返すことはできない」などと【傍若無人】で【わがままな甘え】な主張をするのはどうかと思います。ひょっとして、【親の見栄え】で『一応高校ぐらいは･･･』と進学を強制して･･･(あわわわわ、これは聞かなかったことに・・・)。学校側も他の生徒の【幸福追求権】を守る責任があります。学校は【しつけ】や【子育て】を行なう場ではありません。それらは、入学前に身に付けておくべきものです。「高校に入学すれば、学校が何とかしてくれるだろう」なんて、学校は「保育所」ではありません。生徒・保護者の身勝手な勘違いです。学校側も一方的に退学を宣言したものではありません。保護者との面談をしています。続けたければ早急に行動を改めて学校の方針に従っていれば可能だったはずです。「方針には従わないが、自分の主張は聞いて欲しい」を赤ちゃんだと言っているのです。その上「学ぶ権利」を剥奪された訳ではありません。転校出来ている訳ですから望む高校生活は行なえた訳です。自らの行動の反省は無く、周りや大人への「不満」だけを主張する人が多過ぎませんか？「子どものしたこと」とか「子ども相手に大人げない」との意見もありますが、幼児や児童のような「幼子」ではありません。中学・高校生は赤ちゃんではありません。百歩譲って「未成年」だとしても、もう理解できる年齢です。「大人には何をしても許される」との風潮が蔓延しすぎです。何が原因でしょうか？誰がそうさせたのでしょうか？私なりの意見はありますが、この場での発言は止めておきます。「自由」「権利」「人それぞれ」をたくさん耳にしますが、「わがまま」「利己主義」の間違いじゃないかと思うこともあります。だから「尊敬語」とか「敬う」との国語の話をすると「人間は平等だ」「人に上下は無い」なんて訳の分からない主張をする人がたくさん出てくることになるのかな？また、そんな主張を認める(今回の判決のような)考えを【今風】とか【新式】と持て囃す風潮に疑問が・・・。やっぱり「人間力が学力に！」の私の主張に、賛同者と批判者が大きく分かれるのはここからくるのかなと思います。</description>
      <pubDate>Wed, 28 May 2025 14:31:03 +0000</pubDate>
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      <title>「親心」について20250526</title>
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      <description>この仕事をしていると「親心」や「親バカ」「優しい親」「物分かりの良い親」等について色々考えさせられます。もちろん「親心」は、大切な愛する子どもの将来を考えて、優しさも厳しさもどちらもを使って自分(親)が居なくなってもしっかりと生きていけるように育て見守ってあげることです。「親バカ」は子育ての途中で起こる色々な場面で、厳しくしてあげられるのは親だけ、甘やかしてあげられるのも親だけの現象の、子どもを信じる親の姿を滑稽(多少の皮肉も込めて)に言い表したものです。ここまでの親に反論も否定の気持ちもありません。問題なのはこの後です。「優しい親」って何でしょう？子どもの状況に応じて、厳しく対応するのも親ですし、優しく受け止めてやるのも親です。その中で、子どもに【ウケが良い】事だけを集中的にしてやると子どもが笑顔で穏やかに居てくれます。「優しい」「嬉しい」って子どもに言われると「嬉しくて幸せな気持ち」になり、親子喧嘩や言い争い等の面倒から逃れられるのでしょう。そればかりを集中的にしてあげる親御さんが居られます。そのことでしょうか。更に「物分かりの良い親」ですが、子どもが全て正しくて何でも大人並みにできる子なら、子どもが言うことを全て認めて「ＯＫ」してあげれば良いのですが、【とにかく、何でも、内容を考えずに】「ＯＫ」してあげる親御さんも居られます。とんでもない例をひとつ。定期試験発表中に子どもが「友達とカラオケに行ってくる」と言うと「あっ、そう。気を付けてね。お金ある？」と止めもせず、お小遣いまで与える親は本当に「物分かり･･･」でしょうか？さあ、ではここからは私の仕事の場面に当てはめてみましょう。勉強のやり方が甘い生徒に「今後は、公式や用語の細部まで確認しながら説明できるまで時間を掛けて勉強するんよ」と指示したら、本当に素直にやってくれました。すると急激に成績上昇してくれたのは良かったのですが、頑張り過ぎて「疲れた悲壮な顔つき」になっていきました。お母様から「根を詰め過ぎて病人の顔つきになってきました。少し休憩させても良いですよね」と相談がありました。慌てて生徒と面談して一週間の時間配分を変えました。これこそ、本当の『親の目』だと思いました。他に、何度注意しても適当で止めていた生徒をキツク叱って帰らせたら、21時過ぎにお母様に連れられて泣き顔で謝りに来ました「ごめんなさい。今度こそ言われた様にやります」と。お母様曰く、「本人が誤魔化していたので家で子どもと色々話して約束を決めて来ました」と。立派な親の対応だと思いました。一方、何度話し合っても何度指示しても絶対にやってくれない生徒を叱ったら、お母様から「子どもが帰って来て、私はチャンとやってるのに先生が認めてくれないと言うんです」との電話が、翌週「子どもがもう行きたくないと動かないんです。だから今日で止めて他塾に変わります」と再度電話が…。「子どもの気持ちを尊重してやる」って言われていましたが、そう？他に「今日説明した言葉と公式だけでも絶対に覚えて来るんよ」と毎回言っても絶対にやってくれない生徒。家で泣きながら親に「こんなにやっても怒られる。もう絶対塾には行かない」と言うと、親は「ここまで泣く程だから、この子にはしんどいんかな。もう出来んでもえぇ、止めさせろ」だそうです。他にも、数学や国語のやり方が違っていた生徒に何回か説明して、ようやく平均くらい出来るようになったので、後少しで志望校が確定すると思い更に何度か説明すると「家の子は良く出来てる子です。出来ない子みたいに何度も言わなの手も･･･。子どもが迷惑がっています。しつこく説明せずに欲することだけ(直ぐに答えを)教えてやって下さい」とお叱りが・・・。何が正しいのか分かりません。でも私はこのやり方しか知りません。20年もやってきたので･･･。</description>
      <pubDate>Mon, 26 May 2025 17:39:16 +0000</pubDate>
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      <title>「罰」について･･･20250520</title>
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      <description>この国では、約束(契約)を守らなかったり、ルールを破ったりすると「罰」を受けます。大昔の欧州のような「鞭打ち」や「貼り付け」「暴れ馬による引廻し」なんて酷い仕打ちはありませんが、成人以降は何らかの「罰」が待っています。ですが、未成年には相当凶悪な犯罪以外は「お咎め」はありません。「未だ幼い」からとか「今後の改心が期待できる」とかの『少年法』の考えは理解できますが、だからって何でもかんでも【許してやれ】の風潮に疑問を感じています。「家の子、未だ小さいから･･･」と言われる中３生の保護者。「その内、分かって自分でやる気になるから･･･」と言われる高校生の保護者。「家の子は頑張っているのに、先生の教え方が･･･」と言われる受験生の保護者。宿題をやって来ない生徒について保護者に伝えると「子ども相手に大人げ無い」絶対に約束を守らない生徒の実状をお伝えすると「家でも言ってるんですけどねぇ…」「自分でやる気にならないと・・・」と保護者は放っとくことも。「ご家庭でも強く注意して下さい」とお願いすると「家の教育方針と・・・」と叱られました。「殴れ」とか「暴力容認」とか「食事を与えるな」とか「寝かすな」「追い出せ」「押し入れに閉じ込めろ」「柱に括り付けろ」「何も買い与えるな」って言ってるんじゃありません。誰よりも子どもが可愛いのが親です。子どもを甘やかしてやれるのも親だけです。しかし、子どもの将来を考えて厳しくしてやれるのも親だけなのです。「体罰禁止」「子どもの意見を聞いてやれ」「子どももキチンと考えている」「大人の考えを押し付けるな」「子どもは親の所有物では無い」等々のご意見(綺麗事・甘言)は沢山、耳に入ってきます。言うのは自由ですし、否定するつもりは有りません。しかし、その【きれい事】を【真に受けて】【信じて】【実行】されている保護者も居られます。それで、上手くいってる(子どもの性格・成長に合っている)のなら良いのですが、家庭でも学校でも塾でも、問題行動をとっている生徒の保護者ほど前記の【きれい事(保護者の憧れなのかな)】を言われます。出来てる・叱ってる・やってる保護者ほど「私たちの何が問題なのでしょうか？」「私たちはこれで良いのでしょうか？」と相談に来られます。話を最初に戻します。子どもは「放っとけば良い」「何をしても怒られない」「何もしなくても許される」「親の指示を無視してもクラブには行かせてくれる」「指示に従わなくても欲しいものは買ってくれる(買って貰えるではありません)」「勉強なんか関係無く、携帯は直ぐ買ってくれる」と【何をしてもしなくても、絶対に自分に罰や痛みは来ない】と教えられて信じて生きてきました。保護者は「周りの皆んな(どこで調査したの)が持ってるから、家の子だけ持ってなかったらイジメられる」とか「まぁ、今日び、普通だから」「勉強が全てでは無い」「人並みに」と自分を納得させて与え続けます。当り前の【素直】【正直】【我慢】の練習をさせずに、中学・高校生になって「親の言うことを聞いてくれないんです」とか「学校の先生との相性が･･･」なんて・・・・・・・・当然でしょう！少し、厳しく叱ると「親が厳し過ぎる」とか「私を分かってくれない」とか「むしゃくしゃした」「どうにでもなれと思った」と言い出します。当然の練習をさせずに、何でも放っといて、嘘ついても許される生活を送ってきたのです。そりゃあ、そうでしょう。近年の十代後半から二十代の荒っぽい犯罪が多いのも、これらの「罰無し」環境から、突然「罰有り」世界に放り込まれて戸惑いと鬱積からくるのではないでしょうか？まぁ、私ごときの意見なので、聞き流して下さい。失礼なことを言いました。ペコリ</description>
      <pubDate>Tue, 20 May 2025 19:08:59 +0000</pubDate>
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      <title>「いや、あの、ちょっと・・・」って20250515</title>
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      <description>多くの生徒や保護者とお付き合いさせて頂いていると、ルールや約束を「どうしても」変更したり、「今回だけ」と動かしたりする場面が何回か発生します。約束やルールを守ることは『当然』ですし、教室も先生も生徒も保護者も、その約束の上で予定を建てて行動をしています。生徒や保護者の中には「お金を払っているお客様」なんだから、『何でもあり』だとのご意見もありますが、「市場の損得の値切り」と違って、ルールや約束を守ることが学力への入り口です。例えば、説明を聞いただけでは英語は上達しません。説明された文章の日本語的な違いを区別し、英語表現の違いを熟語や連語から区別して覚えておく必要があります。勿論、英単語を覚えることは言わずもがなです。とすれば、忘却曲線の理論から言うと、塾から(学校からでも同じです)帰ったら【直ぐに】【その日のうちに】復習をする必要があります。しかし、その日は体育祭の後だったり、サッカーの試合から帰ったばかりだったら、翌日の学校のために体力を回復する方が優先的です。その時はチャンと事情を伝えて先生に納得して貰って、翌日まで待ってもらうことは否定しません。また、修学旅行中に宿題や暗記物が出来るとは思えません。事前に正直に申し出て、当該週は免除してもらう方が正しいと思います。ところが、ところがです。平日、何にも無い時に急に友達とマクドに行く約束をしておいて「どうしてやってないの？」と聞くと「いや、あの、ちょっと・・・」では納得できませんよね。「月曜日の授業を振り替えて下さい」と言うので、どうしたのか聞くと「いえ、あの、土・日が文化祭なので・・・」と言います。「土・日なら関係無いでしょ」と確認すると「いえ、ちょっと・・・」でゴニョゴニョ。それでも更に確認すると、「月曜日に【打ち上げ】で仲良しと遊びに行くから・・・」が理由でした。最悪だったのは、お母様から夕方(授業開始30分前に)「すみませんが、家族全員で急遽出かけなきゃならなくなりました。今日の授業を振り替えて下さい」と電話がありました。私も一般的な大人です「家族全員」と「急遽」のワードで『ああ、親族に何かあったのかな…？』と納得して「変わったことですか」と聞くと「えぇ、ちょっと･･･」でした。「大変ですね、お気を付けて」と電話を切り、慌てて先生に連絡を入れて先生には納得して頂きました。後日、生徒に「大変だったねぇ。何があったの？」と聞くと「えっ？何が？」との反応。「この前の授業を急に休んだでしょ」と言うと「あぁ、あれは、お父さんが早く返ってきたから家族でファミレス行って、カラオケに行くために休んだんよ」と何ごともなかった態度でした。私は「えっ？親が嘘のつき方の手本を見せたの？」と呆れましたが、その日は黙認しました。私も先生方も普通の大人として生活しています。当り前に病気や不幸や家庭の用事は理解できます。キチンと理由を言ってもらえれば受け入れて送り出せます。しかし、しかし…………です。生徒も保護者も【ダメな事は分かっている】のです。だから理由が言えないのです。でも、「甘え」や「わがまま」が止められないのです。だから【ちょっと・・・】となるのでしょう。過去「ちょっと・・・」と理由を言わなかった生徒や保護者で成績が上がった生徒は居ません。当然です。正当な人間力の基となる「素直」「正直」「我慢」「継続」の半分以上をごまかしているのですから・・・。</description>
      <pubDate>Thu, 15 May 2025 16:50:12 +0000</pubDate>
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      <title>成績不振の特徴と変わり方20250507</title>
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      <description>経験上、生徒や環境に特別な理由が無い限り、成績不振になる生徒の特徴が見えてきました。「何となくこんな感じ」と小1から、人の話をキチンと聞く習慣が付いていない。「勉強とは話を聞いて書くこと」と単純作業を勉強と思っている。勉強なんて「聞けば」「教えてもらえば」出来ると、自分の責任は一切無いと思っている。「自分は書いた」「自分はやった」と「自分は･･･」「自分は･･･」と人の話が聞けない。「日常から【読書】や【会話】や【音読】をしていない」ので日本語が使えない。国語の点数では無く、「話を聞く」「意見を伝える」等の内容理解が【日本語力】なのに…。日本語力が弱いと将来の数学・理科・社会・英語等、全ての教科で苦労する。『詰め込み教育は良くない』とのきれい事を盾に、漢字や英単語を覚えない。「覚えたもん」って言うけれど、２〜３回眺めて、その時だけ【覚えたつもり】注意しても指示しても「やってるもん」と絶対に受け入れずに自分を主張する。「今度こそ変わる」「今度こそやる」と言うけれど、本人の【つもり】なので何にも・・・。等々、キリが無いのでこの辺で･･･。最大の特徴は年齢・学年が上がると共に「知恵」と「悪意」で【素直・正直・我慢・継続】を自身が減らしていっていることなのです。じゃあ、そんな行動をする生徒に100％責任が在るのかというと、それだけじゃ無いと思います。「でしょ。学校の先生よね」と直ぐに他人事にされる保護者も・・・。最大の原因と考えられるのは「家庭での会話の無さ」です。って言うと「そんなこと無いです。家では子供とコミュニケーションは取れてます」と直ぐにお叱りを頂きます。「会話」とは根拠・理由・気持ち・詳細な内容をお互いの口から説明する行為です。「早よ来！」「食べ！」「起き！」「早よ寝！」は会話では無く号令です。子どもが「言葉足らず」や「説明不足」の時に、必要以上に先回りして掬い取ってやってませんか？子どもは「あぁ、何となく言ったら、分かってくれる」と更に説明しなくなります。さらに勉強だけに特化して話すと、「勉強(宿題)終わった？」「今日、無いもん」「あっそう、じゃあ良いわ」の会話。数年前に文部科学省のお達しで「自ら進んで学びたい生徒の時間的邪魔をしない施策」で小・中学校の宿題を半分以下に減らしたのです。その上、子ども達の習い事の時間に配慮して学校は、宿題は【どこの何を復習すれば良いのかのキッカケ】としての扱いになっています。それなのに「宿題をしたのなら安心」なんて有り得ません。学校は社会人に成るための練習の場です。社会人になっても、全て細かく指示されて、言われた事しか求められませんか？そんな訳きゃあありません。過去の経験や知識から、解決策を考えて実行する力を求められます。なのに学年や学校が上がっても「今まではこうしてた」とか「学校では言われてない」とか「先生は怒らなかった」とか「何か、良う分からんけど、こうしとけば･･･」なんて、小学校12年生ですか？それ以前に「子どもの意志を尊重」とか「人それぞれ」とか「家の子もその内･･･」なんて【きれい事】を勘違いして受け入れる風潮を真に受けている保護者の責任では･･･？それで、自ら進んで結果を出してくれている生徒なら保護者は正しいです。じゃ無い場合は･･･。再度言います。生徒や環境に特別な理由が無い限り、小学校では100点。中学校では80〜90点取れて【普通】です。50点40点30点と下降を続けているのに放置している人ほど「聞けば･･･」「習えば･･･」「教えてもらえば･･･」「行かせれば･･･」と言われます。じゃあお聞きします。甲子園常連校に行かせれば全員がプロになれますか？コンクール優勝の人に習えば、全員が世界的･･･ですか？それが「優しい塾で、家の子の言うように･･･」に繋がって･･････本当に生徒は変わりますか？厳しい言い方ですが、全ては大切な子どもの将来のためです。必要なことは絶対必要なのです。</description>
      <pubDate>Wed, 07 May 2025 19:25:46 +0000</pubDate>
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      <title>「頑張る」ための覚悟が･･･20250505</title>
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      <description>「頑張る〜」「今度はやる〜」「僕はやってる〜」「私なりに出来るだけはやっている〜」等々。中々成績が上がらない生徒や、成績が下降を続けている生徒が使うセリフです。成績がアップしている生徒や成績優秀者は誰も注意しませんから絶対に使わないセリフです。『やって無いから』『分かって無いから』『結果として成績も上がらないから』注意するのですが、本人たちは「やってる【つもり】」「分かってる【つもり】」「出来てる【はず】」と軽く考えているので、誰が何を言っても『口先だけで･･･』反発して終わりです。【つもり】って何でしょう？本人が勝手に思って勝手に許しているだけでしょ？【自分なりに】もよく使いますが、どうして何でも自分が判断して自分が認可するのですか？これから30年も50年も社会人になっても、ずっと何でも自分だけで判断して認可するのですか？【出来る範囲】の限界は、いつ分かったのですか？じゃあ、周りの人は合格できても、私は範囲の外なので諦めるのですか？社会の風潮が【何でもゆるしてやれ】【子どもの気持ちが最優先】になっているので出来ていない子ども達ほどその風潮を最大限に利用しているように感じます。いや、利用しているから出来ていないが正しいのかもしれません。もちろん、自殺するまで追い詰めてやってはダメですし、引き籠っては元も子もありません。しかし、【きれい事】を後ろ盾にして、【やらなくても結果は人並み以上を欲しがる】風潮はどうでしょうか？『今度こそやるんよ』「分かってるよぅ。絶対やるよぅ」で、またまた前回と同じ。『先生の言うことを素直に聞いて絶対やってる？』「私はそんな悪い子じゃないよ。私なりに出来る範囲でやってるよ」で今までと何にも変わらない。「覚悟」や「ケジメ」ってワードは死語なんでしょうか？子ども達やお母様方に言わせると「何それ、このＩＴ全盛の時代に精神論ですか」となります。でも、何でも同時に何個でも「幾らでもやりたい事はやらせて」「やりたいだけやらせる」なんて不可能なんです。学年や学校が上がれば上がるほどやるべき事に時間と手間が掛かり、趣味や習い事を優先するなんて無理になるんです。だから、新しい習い事や新学年・新しい部活動に入って活躍し、尚且つ勉強も多く・深く・確実に行うためには【覚悟】が要るのです。安易な気持ちのまま「何とかなるでしょ」なんて始めると、楽しいこと好きな事に時間と手間を掛けてしまいます。人間て弱いものです。その証拠に、成績が良い生徒ほど部活動が終わると「サッサと下校」します。成績不振者ほど無駄話をしながらダラダラ着替えます。その上校門の外でいつまでも無駄話を続けます。ここに出てくる言葉が「ケジメ」です。好きな事ややりたい事には精一杯。終わったらサッと切り替えて次の事。この一段落の切り替えを「ケジメ」とすべきなのです。宿題と携帯とおやつとテレビを同時にダラダラもダメですよね。ケジメが無さ過ぎです。「そんなん、親も仕事してるんだから見てられないでしょ」って何人にも叱られました。常に家庭に居て24時間監視が可能な保護者がどれくらい居られるのでしょうか？今や少数派では無いでしょうか？じゃあどうすれば・・・。一方的に命令し、「私の子どもなんだからやってくれてる【はず】」と放っとくから何も変わらないのです。しっかり意見を言い、しっかり子どもの思いも聞き、実行可能な【仕掛】や【ルール】を作るしかないのです。当然、保護者も少しだけ変化やチェックの時間も必要になります。誰かを頼って協力してもらうことも大切でしょう！　過去、私も色々相談に応じてきました。これが成長や成功のための【覚悟】だと言ってるのです。「その内何とか･･･」とか「家の子も大きくなれば･･･」なんてありません。</description>
      <pubDate>Mon, 05 May 2025 17:09:56 +0000</pubDate>
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      <title>心を開いてくれた!?20250430</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160613/</link>
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      <description>根拠は無いのですが、私の20年の経験からだけの話をします。塾に通って来てくれる生徒には大きく３パターンありました。ある生徒は自分の事、学校での事、家庭での事、部活での事、時には人間関係の悩みや恋愛の相談も。授業以外に自分から色々話してくれましたし、私や先生に意見を求める生徒も居ました。「先生〜。お腹すいた〜」「今日、暑かったから水が無くなった。水頂戴」とおやつや飲み物を要求した生徒も何人か。教室の入り口に、生徒や先生や色んな方から頂いたお菓子が置いてありますが、そんな子はそれも「先生〜。これ貰っても良いの〜？」と嬉しそうに選んで持ち帰ってくれます。すると、段々親しくなって、勉強の質問も増えてきます。すると、当然どうなるか･･･。その子のお母さんによると「家でお父さんと喋ってる量より、塾長と喋ってる時間の方が多いと思います。多分、主人より家の子のことを理解してくれてるかも…」と嬉しいお話まで。人との会話が苦手な、おとなしい生徒も居ました。質問すると何でもほとんど答えてくれますが、自分からはほとんど喋りません。先刻の入り口のお菓子も、自分から要求はしませんが、こちらから薦めると、嬉しそうに選んでました。これを続けていると、その生徒の考えや性格も少しづつ分かってきて、その後の指導やアドバイスにも色々役立ちました。その生徒からも質問の量が少しだけ増えてきました。ほとんど喋ってくれない生徒も居ました。聞いても黙っているか「別に･･･」とか「それは･･･」とか「いえ、ちょっと･･･」で殆んど情報は入りません。最悪のパターンは「お母さんが、個人情報だから、家の事は外で喋るなって！」です。当然、授業も他人行儀な言葉で進んでいきます。生徒からの質問も、解き方の根拠より解法やテクニックだけを単語で欲しがり坦々と終わってしまいます。言葉は悪いですが「放っといて」や「関係ないじゃん」に感じてしまいました。結局、学習方法や学習量も聞き出せず、生徒の実態が分からないので一般的なアドバイスを一方通行でするしかありませんでした。ここまで話を聞いてどう思われましたか？「喋らない生徒はもうダメだ」「ムダ話が出来ないと伸びない」なんて決め付けて言ってるのではありません。あくまでも私の経験の感覚です。近年の子ども達の多くは「学校で先生が喋った事だけが勉強」「聞いたことだけを覚えておけば勉強は出来る」「今聞いたことを今書いて(つまり目の前の作業)〇もらえれば今後も優秀」の生徒が増加しています。何故なら、それさえも出来なくて、ゴソゴソ・キョロキョロの生徒が激増で、小学校の先生は、「自ら進んで興味をもって知りたがる」授業をやりたくても、授業にもテストにも適応出来ない子が多いのです。そんなレベルの授業とテストなのに、保護者はその得点に騙されて「家の子普通」「家の子スゴイ」と勘違いしてしまってます。それを中学・高校になっても続けていると、自分の勉強方法や実力を勘違いしてしまいます。自分は凄いのだから「もっと知識だけを･･･」「もっとテクニックだけを･･･」と指導者を【知識マシーン】の【道具・ツール】と認識してしまいます。そりゃあ、私たち(塾長だけかな？)レベルの人間と『和合』したいなんて思いませんよね。一方、いつまでも何でも話したり聞いたりしてくれる生徒には、受験の直前まで「手を変え、品を変え」アドバイスを続けてあげられるので、ギリギリまで学力は伸びてくれました。「お金を払ってるんだから、家の子に合わせて勉強だけを説明してよ。家の子の事も先生の好みも関係無いでしょ」との保護者も居られました。そうです、その通りです。個人の自由です。過去の多勢の生徒を思い出してみて、気付いたことをお話ししただけです。余談ですみません。</description>
      <pubDate>Wed, 30 Apr 2025 11:53:06 +0000</pubDate>
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      <title>できる事はのばして、できない事には目をつむろう」について</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160607/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160607/</guid>
      <description>『生徒が得意で「できる事」は、大人も認めて、できるだけ協力してのばす方が良い。逆に、苦手なことは無理やり強制せずに、目をつむってあげる優しさが欲しい』この言葉は度々耳にします。確かにその通りです。得意な事を適当に中途半端で止めさせるより、もっともっと高いステージに挑戦させる意識を育ててあげる方が良いのはよ〜〜く分かります。逆に、もともと苦手で出来ないことを無理して落ち込んでしまうのは良く無いです。運動の苦手な子に、スポーツを強制し、できない事を苦に【思い詰めて】【自殺】まで追い込んでしまうのは最悪です。では、ここで問題提起です。何度注意しても英単語を覚えて来ないとか、文法の日本語の違い(〜〜ます　と　〜〜ました)を意識して読まず、英語の成績がダダ下がりの生徒にも「苦手な事は強制せず･･･」は当てはまるのでしょうか？他にも、分数の文字式と分数の方程式の解き方の違いや定義・用語を理解せずに数学の成績がダダ下がりになった生徒にも「苦手な事は強制せず･･･」は当てはまるのでしょうか？間違ったやり方を信じて、注意しても絶対に変えずに意地を張り通して成績がダダ下がりの生徒にも「苦手な事は強制せず･･･」は当てはまるのでしょうか？指導に従って本人も頑張って努力してもできないことはあります。そこを必要以上に攻め立ててやるのはダメです。しかし、やり方や意識が間違っていて、本当は我慢してやれば出来るのに、その能力もあるのに、それらの原因を放置して「出来ないから･･･」と許してやることも【優しさ】なんでしょうか？もし、生徒が頑張らなくて放っといて出来てないなら、そこをキチンと指摘してやることが【優しさ】じゃないでしょうか？生徒を普段からしっかり観察してあげて、性格や行動も可能な限り確認したうえで【嫌われるのも覚悟の上で】話してあげることが【優しさ】じゃあないでしょうか？何でもかんでも「許して」「受け入れて」「努力せずに楽に」できる目の前のことだけをやらせるのが本当の【優しさ】なんでしょうか？「優しい」「叱らない」を売り文句にして、生徒をしっかり見つめもせず、目の前の問題の解法テクニックだけを教えて、目の前で〇が取れるだけの教え方の塾や先生が「優しい」とか「良い先生」って持て囃されることに繋がっているのではないでしょうか。そんな指導を続けるから、間違えてるのに、自分を過信して『プライドだけが高くて素直じゃない生徒』が増えてしまっているのではないでしょうか？何が原因だと思われますか？</description>
      <pubDate>Tue, 29 Apr 2025 17:41:25 +0000</pubDate>
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      <title>ほとんどの生徒が「分からない」と言いません！20250428</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160599/</link>
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      <description>『「分からない」って言わないのだから「分かってる」んでしょ！良いことじゃない！』って言われる皆さまからの声が聞こえてきそうです。その通りです。本当に全員が全部分かっていて「分からない」って言わないのなら理想です。塾とすれば、そうなるように･･･そうなって欲しくて「面倒臭がられながらも」指導しています。塾生や体験授業を受けてくれた生徒、中学校で生徒たちと接してきた経験、塾に説明を聞きに来られた生徒、カウンセリングを行なった生徒等、大勢の生徒たちと接してきた経験から、原因や生徒たちの感情・感覚を考えてみました。大きくは、生徒の性格・感情がそうさせている場合と、【分かる】【分かっている】の定義に疑問がある場合の２つに分類できると思います。性格・感情から「分からない」と言わない生徒の1つは、授業中に周りの生徒に聞かれたり、「えっ？そんなことも分からんの？」と思われるんじゃないかと勝手に思い込み、「とにかく黙って聞いていれば、その内分かる」や「多分、先生が、もう一回くらいいってくれるはず」とマイナスの思考をする生徒です。２つ目は、「多分、こんなことを言っている」「あぁ、何だ。これだけを覚えておけば良いんだ」「だって今まで(小学２年から)ず〜っと、このやり方で高得点を維持してきたんだから･･･」「自分は、良い子で正しい勉強方法だから、多分分かっているはず」との【過信】なのか【勘違い】なのか【思い込み】なのか分かりませんが、多分プライドでしょう。定義の場合です。「分かっている」って、何をどこまで理解して覚えている状況でしょうか？生徒と接して授業をしていると、生徒の理解度や生徒が「分かる」と理解している言葉の定義や本当にどれくらい「分かっている」のかが手に取るように見えるようになってきました。体験授業や入塾間近の生徒に「どこか、分からんところある？」って聞くと、ほとんどの生徒が「無い」と答えてくれます。「じゃあ、この問題できるかな？」と(少し意地悪ですが)ほとんどの生徒が【苦手】としている問題を尋ねると十中八九「分かりません」となります。ヒドイ場合には、中学２年生に小学校５年生の単元を聞いて『これ分かる？』って尋ねると、「うん分かるよ。そこ嫌いだったから、もう忘れたけど･･･」と。これは【分かる】に該当しますか？「分かる」と「知っている」「聞いたことがある」「やったことがある」は大きく違います。先刻問題が解けなかった生徒に説明すると「知ってるよ」「分かってるよ」と自信満々に答えます。当然です。過去習った問題を聞いているのですから･･･「やった」「聞いた」に決まってます。「分かっている」とはその単元に登場する用語や公式を理解・暗記し、次回の初見問題のときに組み合わせたり利用したりできるまで残っていることです。周りに説明できることです。この状態を100だとすれば、理解度を説明するのが簡単です。30以下の生徒は「分からん」と言ってくれますが、これは一般的には【さっぱり】と呼びます。40くらいの生徒は「分かってる」「知ってる」って言います。これは生徒の中では「何か、こんな感じ」と理解しているだけなのです。60くらいの生徒は周りの30の生徒に説明できていますが、これは先生が説明して下さった式と答えを滔滔としゃべっているだけなのです。理解内容は一般的には【多分こんな感じ】なのです。これ位でも定期テストでは、そこそこ高得点がとれてしまうので本人はもちろん、保護者も気付けません。80〜90の生徒も同様です。クラスで最上位の得点なので本人的には【私は完璧】【自分はすごい】【自分は･･･自分は･･･】です。でもこれでは入試や大学受験では使えません。だってこれは【先生が言ってたから･･･】勉強で自力ではすべてには対応できていません。ワンアドバイスで解けてしまうので「ほら、やっぱり自分は正しい」となって私たちが困ってしまいます。ここで素直に更に上を目指してくれるか「だって学校では･･･」「だって今までは･･･」と受験直前になって頭を抱えているかは生徒の性格・感情次第です。そのままで目標に手が届いた生徒の方が少数派なのです。大変なのです。私たちが一番手を焼いているのが30の生徒と、この80の生徒なのです。</description>
      <pubDate>Mon, 28 Apr 2025 19:43:03 +0000</pubDate>
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      <title>良い子って？20250426</title>
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      <description>「良い子」って言ったことはありますか？「良い子」って聞いたことはありますか？「良い子」って何ですか？「子」って単語が出てきますので「親」もしくは「大人」が「子ども」の事を指して呼ぶ語彙だと思います。では、「良い」って何でしょう？単純な発想ですが、幼い小さな子供が、キチンとご挨拶ができたり、「ストップ」を告げると直ぐに止めてくれたりすると「良い子だねぇ〜」と褒めたりします。では、17歳の男子が同じことができたら、やはり「良い子だねぇ〜」と褒めますか？(えっ？褒めます？こりゃ、まずい方と出会ってしまった。涙涙)一般的にはそんな人は居ませんよねぇ？では、その生徒が18歳まで趣味も少し我慢して必死に勉強し、ケンブリッジ大学に合格したらどうですか？当然「おめでとう」「良く頑張ったねぇ」「良い子に育ってくれたわ」って感覚になりませんか？その通りなんです。年齢や立場によって「良い子」の基準や「求める行為」の難度やレベルは、一般的には変わっているのです。変わっていなきゃダメなんです。ここからが私の問題提起です。＊中学に入学したのに、いつまでも何でも先生が言ってくれる、やってくれると『待ち』の子を「家の子良い子なのに、先生と合わない」って言われる保護者は稀有な考えですよね。＊中３になったのに、学校の板書以外は見たことも聞いたことも無い生徒が、模擬試験で志望校判定が悪いことを取り上げて保護者が「学校の教え方が悪いんじゃない？どうなってんの？公立のくせに･･･」となる。＊「知らない人に個人的なことは言うな」「個人情報はできるだけ喋るな」と小学校入学時に言われた生徒が、中３になっても、質問にも答えてくれない・・・・・・「良い子？」＊小学で、先生が言ってた事だけを聞いて書いて、それだけをプリントに書いて埋めて100点取ってた生徒。保護者は毎回「すごいねぇ」「偉いねぇ」「良い子ねぇ」と褒め称えたので、中学になってもその「何となく勉強」を続けている生徒は良い子？＊中学校で「聞いたこと」「見たこと」だけを丁寧に覚えておけば高得点が取れたので、【家の子は良い子。チャンと勉強している】【私は頑張っている。私は良い子】と信じていた生徒が、模擬テストでガタガタな得点を取ると『家の〇〇ちゃんは良い子なので、チャンと勉強しています。塾の教え方が悪いんじゃないですか？』の保護者。＊中学で高得点。高校受験は進学塾でテクニックだけを一方的に聞いて何とか受験突破。「ほら、家の子頑張り屋の良い子だから◇◇高校にまで受かったわ」「私は頑張ったから◇◇高校に受かった。これからも同じように頑張ろう」・・・・・・本当に歳相応の「良い子」？こんな話をすると「だって小学校の先生は良い子ですよって言ってたわよ」と言われる方が居られます。当然です。学校の先生が不必要な発言をするとマスコミの餌食です。「だって〇〇塾の先生は・・・」当然です。一斉塾や進学塾は、生徒個別の問題点を指摘することはありません。その暇もありません。「個別の▽▽塾でも何にも･･･」必要なことを言って退塾されるぐらいなら、笑顔で放っといた方が得の方針を前面に打ち出している塾ですから・・・。少しだけ悪口を・・・。「良い子」の最悪な使い方の例として学校や進学塾の「私の授業の邪魔をせずに黙ってじっとしていてくれる良い子」や「私の言い付けや私の好みをキチンと理解して私を怒らせない【私に都合の】良い子」的な事をポロっと言われる保護者。年齢や立場や状況によって求められる【良い】は変わります。当然「良い子」の定義も。いつまでも小学１年生の「良い子だねぇ」を言ったり信じたりは・・・。</description>
      <pubDate>Sat, 26 Apr 2025 18:22:21 +0000</pubDate>
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      <title>「生徒に合わせた指導」って？20250422</title>
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      <description>「生徒に合わせた指導をします」ってＣＭやチラシでよく目にします。それを受けてか、もっと前からなのか分かりませんが「私に合わせた指導をして下さい」「家の子の言うように合わせてやって下さい」と、私たちにも要望を頂きます。もちろんです。個別指導や家庭教師の仕事はそこですから！生徒の理解度・スピード・学習意識・行動に合わせて生徒別に指導計画を作り指導します。ところが、指導していると「私はそれは嫌。私に合わせてくれるんじゃないの？」と生徒。「家の子、家に帰って、先生が私の意見を無視して先生のやり方を押し付けるって言うんです。家の子に合わせてくれるんじゃないんですか？」と、保護者。私たちにすれば「？？？？」となるご意見を頂戴します。入塾時に「学校の授業が段々分からんようになったと言うんです。どこから何が原因か分からないから、何とか学校についていけるようにして下さい」って言われたから、先生皆んなで色々考えて、その生徒に最適な指導計画を作っています。つまり、その生徒の間違っているやり方、間違っているタイミング、間違っている量を少しづつ修正してもらって、確実に学校での立ち位置を【中の上】以上にすべく頑張っているのです。沢山有る塾から我が教室を選んで頂いて、安くない月謝を払って毎週通って頂いているのです。私たちも「必ず要望に応えられるように･･･」と必死です。ところが、ところがです。明確な問題点を発見し、何が問題かを生徒に話し「今日からここをこう変えるよ」と宣言して授業を続けると、前述の「家の子に合わせて・・・」の電話です。何人かに色々話して「何が嫌」かを確認してみました。結論は明快でした。「私は今までもチャンと勉強してきた。私は悪くない。私は間違ってない。学校の先生や前の塾の先生の教え方が悪いから私の成績が悪くなった。だから、私のやり方は【変えずに】成績を上げて欲しい」が主張です。その生徒の保護者も同意見でした。私は悪く無くて、私は間違って無かったら、ここまで成績は落ちていません。どこかに間違いや不足があるから下がったのです。もしくは今はギリギリでも１〜２年後には確実に下がります。しかし、保護者は「家の子に聞いたら『チャンとやってる。私は悪くない』って言ってます。だから、家の子の言い分を聞いて家の子に合わせてやって下さい」となる訳です。非常に困った生徒の例を少しだけ。小学生が小数点の付いた掛け算・割り算が分からないって言うので、教科書通りに何度か説明しました。それでも「分からない」って言うので別のやり方で説明すると何問か解けました。その夜、保護者から「学校と違うやり方は嫌だ。学校通りでやって欲しいと子どもが言ってます。今後は学校通りで・・・」との要望が･･･。もう１つ、中１生徒の保護者です。「家の子が分かるまで、何度でも同じところを何度でも分かるまでず〜っと説明してやって下さい」と。『じゃあ、１か月でも２か月でも同じことを繰り返せば良いのですか？』と確認すると「はい、家の子が納得するまで･･･」(その生徒は英語の単語を覚えないし３人称主語が分からない。数学も文字式の加減乗除が作れないので、ほとんど次に進めませんでした。勿論、宿題や復習はやってくれません)その保護者から「３年も塾に通わせれば〇〇高校くらい(偏差60)受かりますよね」と。驚驚驚。生徒の出来る事出来ない事、得意な事不得意な事、出来てる事間違っていることを見抜き、生徒個別に的確な指導をするのが正しい塾の形だと信じています。何でもかんでも【生徒に合わせる】の名の下で機嫌を取って甘やかすのが【生徒に合わせる】として誤解され持て囃されている現状。生徒の誤解を見抜ける力も無い先生が成績を無視して甘やかしても責められることなく、とにかく生徒の人数集めに執着している【儲かる塾】を好まれるこのご時世って何でしょう？</description>
      <pubDate>Tue, 22 Apr 2025 20:36:52 +0000</pubDate>
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      <title>プライド(誤判断)からの無視？20250422</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160549/</link>
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      <description>ず〜〜っと以前から「近年の生徒たちは、私たちの指示や注意を平然と無視する」とお話ししてきました。「えぇ〜っ？」と思われる方も居られると思いますが、当然と言えば当然です。「生徒の気持ちを優先して･･･」「大人の考えを押し付けるな」「人それぞれ･･･」「個性」「自由」「家の子を信じて･･･」「家の子は決して･･･」「頑張っている」「先生が生徒に大人げない」「体罰は絶対ダメ」等々、生徒がどれ程間違った勉強法や行動を取っていても『生徒に罰は･･･』『生徒を認めて･･･』の社会風潮や行政のきれい事(現実に学力が下がっている)をそのまま信じている生徒や保護者が自らを過信しているからだと思います。教室開校当時の生徒の『無視』は、本人の「楽」「別に･･･」「何とかなる」等の悪意(言い方は悪いですが)や我がままによるところが大きかったと思います。大人や親や先生も厳しく注意していました。当時の生徒は「自分で決めた自分の意志」で無視して思い通りに振る舞っていました。ところが、十年くらい前になってくると、「先生は叱らない」「親も、あなたの思うように･･･と、許してくれる」「別に罰は無いし…」「先生から攻撃してくるはずはない」「最後には親が何とかしてくれる」「別に勉強は出来なくてもクラブには行けるし携帯は買ってくれる」等の自分に都合の良い理解が当然の風潮になり、何でも楽して放っとけば良いとの風潮になりました。以前からの「悪意の無視」の存在も継続しつつ、「甘ちゃん」や「赤ちゃん」的な【幼い無視】が急激に台頭してきました。そして、近年の「無視」です。生徒たちの学力の低下が現実の数字となって見え始めて数年が経ちました。決して先生たちの指導力不足やサラリーマン教師が増えているのではありません。教科書も、あれ程カラフルで分かり易く工夫されています。しかし、下降しているのです。何故でしょうか？勉強とは、聞くことから始まって、利用して組み合わせられるようになることが目的です。しかし、近年の生徒たちを見ていると、分かって覚えて利用すること無く「何かこんな感じ」「こう書いとけば良いんでしょ」「(少し形が変わると)こんなん習ってない〜」と【埋めて】【丸をもらう】【私は書いた】【先生は、これしか言わなかった】ことに意識の大半が向かっていて、数年後に使える事よりも、目の前の高得点や丸を獲得して【褒めて貰う】ことに注力しているのです。学校でも、多くの生徒が先生の指導に従ってくれなくて平均点が目に見えて下降しています。すると保護者から「先生の教え方が悪い」とかのお叱りが増えます。先生にすれば、平均点を上げることと、生徒の授業態度向上のためにテスト問題を異常に簡単にしています。さて、ここからが問題なのです。本当の実力以上の得点が『図らずも』取れてしまっているので、自分(我が子)の実力を過信・過大評価しているのです。事実、学校のテスト93点でも模試で偏差45なんてのもありました。何故なら、「何故そうなるのか」や「用語の理解」等の【根拠】が雑で「先生がこう言ってたからそう書けばよい」との小1レベルの勉強意識を継続しているからです。【違うよ】と具体的に修正事項を指導するのですが、「そんなことは無い」「学校で、あんなに高得点なんだから、私は正しい」と中々受け入れてくれません。その後、この生徒が運良く第一志望の高校に合格できてしまったら最悪です。高校になってもこの「聞いて・そのまま書けばよい」「分からなければ聞けば良い(根拠や理由では無く、答えやテクニックを)」を続けているのですから、大学受験は大変です。こんな生徒たちは「私は頑張っているのに･･･」と言いますし、こんな生徒たちの保護者は「何であの高校に入ったのに学校はチャンとしてくれないの」とか「家の子〇〇高校ですよ。何で国立の◇◇大学じゃないの」「もっとちゃんと塾でやらして下さい」とのお叱りまで。高校無償化の影響で、ほとんど届きそうにない公立高校にチャレンジ(と言ってますが、現実はギャンブル)で受験しておいて、ギリギリや定員割れで合格してしまえば余計、私たちの言葉は邪魔ものです。これは全国的な傾向なんでしょうか？それとも教室のある地域の「地域性」なんでしょうか？</description>
      <pubDate>Tue, 22 Apr 2025 14:15:15 +0000</pubDate>
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      <title>誰がそうした？何がそうした？20250417</title>
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      <description>塾内の生徒の成績について考えてみました。急激に上昇して、後の受験でも目標を手に入れてくれた生徒。ゆっくりだったが確実に上昇してくれて、最後には夢を手に入れてくれた生徒。中々変化が見えなかったのに、あるキッカケで急激に上昇してくれた生徒。前学年までは【学校の】テストでは良い点数だったが、進級・進学後に塾に来るようになったがほとんど変化の見えない生徒。【学校の】定期テストや確認テスト(休み明けテストを含む)では高得点なのに、模擬テスト等では「あれれっ？」の得点しか出来ない生徒。学年が上がれば上がるほどジリジリと下降している生徒。進学した途端に、その都度、急降下している生徒。何も変わらず、保護者が痺れを切らして退塾していくパターンの生徒。との生徒については申し上げることはありません。有難いし嬉しいかぎりです。の生徒については、私たちも色々と最大限の声掛けはしますが、本人はもちろん、保護者がほとんどご理解頂けません。の生徒については、以前から何度も何度もお話ししていますように、いつまでも「小学校勉強法」を続けている生徒です。「今まではこれで･･･」「学校ではこれで･･･」「誰も叱らないから･･･」「学校では〇をもらった」「私はちゃんとやっている」と、学年が上がろうが学校が上がろうが、「聞いた」「書いた」「埋めた」「終わった」「忘れた」の【作業勉強】を中学・高校になっても続けていることが大きな原因と思われます。何故、何を根拠にそう思っているのでしょうか？大問題なのはの生徒です。近年、大激増中です。の生徒と同様に「私は今までは･･･」が原因の多くにあると思いますが、の生徒を増やしているのは、地元の学校のテスト内容やレベルだと考えられます。地元の小・中学校には当然ですが入学者選抜試験(通称入試)はありません。よって、学力レベルや学習姿勢を確認することなく希望すれば全員入学できます。それは憲法や法律に規定されていることですので、全く異論はありません。問題はここからです。学年が上がれば、勉強方法や内容や量や理解・暗記量も増加します。しかし、の生徒が激増しているので、学校側としても苦慮されています。テストの平均点や生徒への対応を考慮し、テストへの出題方法やレベルをドンドン下げて皆んなが少しでも多く答えられるように変えています。小学校に至っては、先生方には失礼な言い方ですが「毎日、テストの答えを黒板に書いて教えている」状態です。近年では、高校でもその傾向があるそうです。普通に授業を聞いて覚えておけば小学校で100点、中学校で90点が取れて普通なのです。しかし、中学校で85点や90点。良い時には95点取れてしまうと本人は勿論、保護者までもが【家の子天才】【家の子、すごい勉強できる】と勘違いしてしまうのです。その後、中学や高校に進学しても【私はスゴイ】【私は賢い】と過信していますので、私たちがいくら『違うよ』と現状を説明しても、【聞く耳を持って】くれません。逆に、【自分は出来てるのにゴチャゴチャうるさい塾】【もう嫌だ。塾変わる】となります。その後、希望の実力と進路を手にされたのなら私たちの余計な口出しですが、多くの生徒の追跡調査では、『やっぱりな』が多かったです。模擬テストや入試のような【初見】や【応用】問題には太刀打ちできないのがその証拠です。それで「私は出来てるので、国立の〇〇大学ぐらいは当然」「私は学校では良い点なのに、何であそこしか受からないの。この塾ダメね」と言われても・・・。このプライドと過信は、いつ、誰によって身に付いたのでしょうか？早急に気付けないと、社会人になっても「自分はスゴイ」「私はそんなレベルのことをするために入社したのではない」「もっと責任のある仕事をやらせろ」にならなければ良いのですが・・・。の生徒は皆さんのご想像通り、途中で素直に受け入れて実行してくれた生徒です(笑顔)</description>
      <pubDate>Thu, 17 Apr 2025 19:04:51 +0000</pubDate>
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      <title>「権利」についての見聞  20250413</title>
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      <description>皆さんは「right」と言えば「権利」と訳せ！「権利」と言われれば「right」だよ！と当然のように教わって育ってきたと思います。もちろん私もです。しかし、近年「権利だ」「自由だ」「人それぞれだ」と自らの【利】だけを主張する使い方に辟易・うんざりしていました。ところが今日、ある勉強会に参加した時、驚くほど新鮮な情報を聞きました。昔から言われていたらしいのですが私は知りませんでした。ご存じの方は聞き流して下さい。江戸時代に鎖国を行なって途絶えていた外交が、明治時代に再開されると、外国語の翻訳語が次々に作られました。その中で啓蒙思想家の西周(にしあまね)が「哲学」という言葉と同じころ、英語の「right」を「権利」と翻訳したのです。当時は「力ずくで得る権利」という使い方をしたようです。しかし、かの「福沢諭吉」は翻訳不可能としたそうです。もとより、「right」は『右』であり『正しい』です。つまり、まっすぐな正義としての訳になるはずだったのです。福沢諭吉は「権利」ではなく「権理」と訳すべきだと主張したのです。その根拠は、権力や権限は、道理や公共の福祉に基づいて行使されるべきものであり、個人の利益や欲望に基づいて主張されるべきものではないという考え方にあります。福沢諭吉は「right」の概念を権利では無く「権理」あるいは「権理通義」などと訳し用いています。「通義」とは文字通り「義に通ずる」意味で、すなわち(道)理を意味します。つまり天下公益、現代的に言うなら「公共の福祉」に適う＝理に適った社会の在り方を追求するために必要な権力・権限こそが「right」であるといっているのです。現代多くに使われている「権利」には『自分の利益や欲望を満たすために他人や社会に対して要求する』が大きく含まれていると感じていましたし、【利】は損得や自分だけが手にすればよいとの考えを感じて違和感を感じていました。近年、必要以上に主張される方の使い方に違和感を感じていたのは、この個人だけの【利】だったのです。しかし「権理」「権義」と聞いて「あ〜ぁ、私だけが間違っていたわけではなかった」と安心しました。かと言って、西周氏を批判・否定しているのではありません。現代人が、色々な言葉を自分の都合だけで歪曲して使っていることを憂いているだけです。例えば、自由や多様性もその一つです。この話は、また別の機会に・・・。</description>
      <pubDate>Sun, 13 Apr 2025 23:02:28 +0000</pubDate>
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      <title>分かってる！やってる！20250412</title>
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      <description>私たちと『ご縁』があって、指導している生徒の中でも、中々変化が見えない生徒の話です。「このやり方ではダメだよ」「今日からはこうするんよ」「授業はこう聞くんよ」と毎回、具体的に指示しても、【分かってるよ！】と返事は良いのですがやってくれません。「今日からは絶対にここまでするんよ」「家に帰ったら最低でもこれはするんよ」「聞いたら終わりじゃ無くこれをして終わるんよ」と毎回、具体的に指示しても【やってるよ！】と返事は良いのですが、そのようには見えません。勉強って何んでしょう？何をどのようにどれ位やれば良いのでしょうか？流行りの「人それぞれ」や「個性」「自由」でも良いのでしょうか？当然、小学校入学時(近年では一部、幼稚園でも学習するそうですが･･･)から大学卒業までの16年間(勿論、その後の約60年以上も学びは必要です)、学びのレベル・内容・量・スピード・深さは急激に変化します。小学入学時には全てが初めての経験です。如何に先生の指示や内容を「素直に一生懸命」聞いて【確実に行動する】かを求められています。(九九や計算・漢字を見ていると分かりますよね)小学高学年になると、それまでに学んできた知識や経験を思い出し、組み合わせて利用できる力を求められてきます。公立の中学受験で生きてきた経験から自分の言葉で表現・解決する力を問われるのはそのためです。しかし、授業で先生が全部説明するのが当り前になっているので「先生が言った事【だけ】を聞いて書いて「〇をもらう」ことが勉強だとの間違った認識の生徒が登場します。さらに、この辺りで、「どうせ叱られないから･･･」とか「こんな感じで許される」とか「親にバレさえしなければ･･･」と【ズルいごまかしの力】が身に付きます。中学になると「小学校の知識は全部身に付いている前提」で授業は進みます。しかし近年は、それが出来ていない生徒が激増で、小学並みの「授業で全部説明」が必要で、習った事だけをテストに出し、教科書と少しでも違う問題は「習って無〜い」となり、生徒自ら理由や根拠を理解し【考えて利用する】ことが出来ない生徒が激増です。なので「これはこうやるんよ」「次からはこれはダメだよ」と言うと『分かってる！』。「言われたようにやらないと、成績は上がらないよ」と言うと『やってるよ！』と返事が･･･。これで本当にやってますか？出来てますか？そのままで高校生になると、高校でも「何でもかんでも先生が全部言ってくれる」「それだけを書いとけば大丈夫」との生徒が･･･。大学受験が視野に入っているならば当然それではダメです。しかし、学校の定期テストでそこそこの点数を取っている生徒ほど「頑張る〜」と一人で過信して有名大学や国公立大学を求めます。無理に決まってます。高校では全部は説明できません。必要な知識の４割も説明して頂けたら「御の字」です。その証拠に、受験に必要な英単語は8000語と言われています。しかし、学校の授業で登場する英単語は2000〜2500語だそうです。本当に「聞いて書いたから【やってる】」のでしょうか？大学は「言わずもがな」です。(この言葉を知らない高校生も多いです･･･涙)社会人になっても「他人ごと」のように【私が出来ないのは教え方が悪いから･･･】とか【そんなん習って無い】【私なりに頑張っている】なんて言う人に・・・。『頑張っている』の言葉に騙されて、何でも許してしまっているのは大人です。子どもたちは何時『頑張っている』を言えば何でも許されるのを学んだのでしょうか？私の調査では「保育所のお遊戯会」や「幼稚園の発表会」です。覚えようが、適当にサボろうが、参加しさえすれば【頑張ったねぇ】と褒めてご褒美が貰えたからです。分かった【つもり】や、やってる・出来てる【つもり】はダメです。必ず誰かに確認して貰って「違うよ」って言われたら素直に聞き入れて実行して下さいね。</description>
      <pubDate>Sat, 12 Apr 2025 14:53:05 +0000</pubDate>
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      <title>最近、多く見掛ける「塾選びの間違い」20250407</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160430/</link>
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      <description>塾に通ったり、塾を選んだりする目的は何ですか？「友達が欲しい」とか「遊び友達が皆んな行ってるから仲間外れにならないため」とかの特殊な理由じゃない限り、ほとんどの人が「成績を上げたい」「分からないことを分かりたい」「実力をつけたい」等ではないでしょうか？実は、これらを叶えるのは簡単なことなんです。但し、個々人によって掛かる時間に多少の差があることと、生徒の性格によって適切な形態があることはご理解下さいね。生徒の現状を把握して、意識の間違いを指摘して修正してもらい、やり方の間違いを指摘し、正しいやり方に変更してもらい、不足分を明確に表記して増やしてもらうだけです。簡単です(ところが中々・・・涙)。現実に、中学時から「甘え」や「ごまかし」を注意し続けて意識変革が出来た生徒は、偏差値が15〜20も上がって、有名大学に進学してくれました。逆に考えれば、間違った意識のままで「有名な進学塾」に通っても、間違ったやり方のままで「優しくテクニック」だけをいくら聞いても、不足分を埋めずに「マイペース」で続けて通塾しても、目先の増加や瞬間的な微増はできても、結果的にはほとんど上昇しませんし、数年後には今よりも下がっていると思います。間違いの例を少しだけお話しします。＊自らの責任で、分かるまで『絶対』に聞き続ける・考え続ける習慣の無い生徒が、一斉形態の進学塾に通っても・・・。＊基礎学力が付いていない生徒が「高いレベルの中で聞けば、勉強出来るようになる」と難関進学塾に通っても・・・。＊根拠や用語を理解も覚えもしない生徒なのに、目の前の問題の解法テクニックだけを坦々と教えてくれる塾に通っても・・・。＊間違いをいくら注意しても、絶対に自分のやり方を変えない生徒が「怒らない・優しい・私に合わせて」くれる塾に通っても・・・。＊わがままな生徒が【決して叱らない優しい塾】を売りにしている塾にいくら通っても・・・。＊「私のやり方」や「私の･･･」「私は･･･」と絶対に自分を変えない生徒が、『厳しい塾や叱る塾は絶対に嫌』と自分を甘やかしてくれる塾にいくら通っても・・・。＊「放っといても」「無視していても」「宿題なんか適当にやってる振りをしていても」大人は決して怒らないし、自分に痛みは来ないと思ってる生徒と、「行かないよりは･･･」「その内、少しでも･･･」と思っている保護者が、いくら有名塾に通っても・・・。＊今までは放っといたけど、受験だから、簡単に成績上げてもらうために【一応】塾にでも･･･。＊「有名だから･･･」「ＣＭで良く見るから」と内容を確認もせずに選んでしまう保護者。＊「ここはあそこより安いから、ここで頑張って」と内容よりも値段だけで選ぶ保護者(家庭の家計事情で仕方ない場合は除きます)。最近、多く聞く間違いの典型的なパターンが、教室の方針や空気感、我が子をどうして欲しいのか、どうしてくれるのか、を確認しもせず「そんなん、スマホでホームページみたら、全部、分かるじゃん。何でいちいち時間掛けて私が行かんといけんの？」とか「子どもが友達に聞いて選んで来たんだから、最適に決まってるじゃん。通うのは子どもなんだから･･･」と。保護者の価値観を、子どもも敏感に感じ取ってマネして実行してますね。生徒が間違っていたり、中途半端な行動をしているから現状の成績なのです。それを変えずに「更に優しく機嫌を取ってくれる塾」を望まれているみたいですね。「お金の有効活用」「本気で子どものため」に反していると感じているのは私だけでしょうか？またまた失礼な発言をしていますね。これだから沢山お叱りを頂くんですね。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Mon, 07 Apr 2025 20:07:08 +0000</pubDate>
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      <title>頑張るって言っとけば・・・20250406</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160422/</link>
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      <description>「しっかり頑張るんよ」「うん、分かった。頑張る〜」「よく頑張ったねぇ」「今度こそ頑張る」「家の子、頑張るって言ってます」「私の頑張りを認めてくれない」「あれ程頑張ったのに、ダメだった」「私のやり方で頑張ってみたい」「とにかく頑張る」これらのセリフ、言った事や聞いたことはありませんか？３歳児が、お遊戯会で「頑張るぅ〜」って言ってるぶんには『カワイイ〜！』って思いますが、中学・高校になっても、ま〜〜だ「分かったよぅ。次は頑張る」とか「お願いよ。頑張ってよ」と言っている生徒・保護者を見ると不思議な感覚になります。この人たちは、『頑張る』をどんな意味で使っているのでしょう？『頑張る』とは、文字の意味から考えると、【頑(かたく)なに頑(がん)として意地や意志を張り続ける】ととれますよね。ある辞書によると「自ら決めた結果に到達するまで、その努力や行為をやり続けて止めないこと」とあります。つまり「頑張ったのにダメだったぁ」はあり得ないのです。頑張ったのなら到達しているわけですから。じゃあ、上記の人たちは「頑張る」をどんな意味で使っているのでしょうか？私が見てきた経験から考えると、「うん、分かった」では『本当に分かってるのぉ？』と更に詰め寄られそうなので、少し大げさな「頑張る」ってワードを使っとけば許してもらえそうだし、親も喜ぶだろうなと生徒は分かっています。その証拠に「頑張ってるのに出来ない」とか「次こそは頑張る」とか、やってもないのに「頑張る」を連発するじゃないですか。訳が分からないのは「結果はどうでもよい、頑張る姿が美しい」って真面目な顔して言っている大人が居ることです。頑張ったら結果が出ます。頑張る姿は頑張っているから見えるのです。「結果が出なくても良い頑張り」って何ですか？ちなみに、本当に結果を出してきた生徒たちは「頑張る」なんて言いません。何かを指示したり注意したりすると「うん、分かった」とか「うん、今日からそうする」ってシンプルです。本人の心にストンと落ちたから「頑張る」なんて装飾語なんて必要無く、『やる』しか無いのです。「やれるだけの事はやった」がまさに「人事を尽くして天命を待つ」ですね。こんな内容を書いていると「本当に頑張っているのに、本人の気持ちとは裏腹に、実現出来ない子も世の中には居るんですよ」とすぐにお叱りを頂きます。それは知っています。私が言ってるのは、到達できるのに『本気で腹をくくらない』甘ちゃんや甘々保護者の話です。【自殺するほど追い詰めろ】なんて思ってません。言ってません。「出来るはずの生徒」「甘やかさずに叱咤(しかり励ますこと)をすべき親」が【逃げ】や【言い逃れ】の為に使っている「頑張る」「頑張った」について述べているのです。</description>
      <pubDate>Sun, 06 Apr 2025 23:07:31 +0000</pubDate>
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      <title>時代・風潮なんですかねぇ？20250404</title>
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      <description>むか〜し昔、(これをLong long agoで習いました?　Once upon a timeで習いました? これで年齢が分かりますね（笑）)成績不振なのに指摘しても話をしても絶対に従わない生徒が居ました。何かを言うと口答え。約束的な指示はシラ〜と無視されました。意図をもって、意識して自信をもって無視されました。ある意味「腹のすわった根性のある」抵抗でした。10年くらい昔には、口答えはするし、無視もするけど、「悪いことをしている。間違っている」のを分かった上で『楽したい』『ちょっとだけ抵抗を･･･』が分かる「チョイ悪を演じている生徒」スルーが多かったと思いました。しかし近年、特に多く感じるのが【指示に対して口答えはしないし返事は良いが、シラ〜と無視して従ってくれない】生徒です。その傾向として２つのパターンを見つけました。１つ目は、その場で口答えなどをして嫌われたり悪い子と思われるのは絶対に嫌で、だからと言って自分のやり方や考えを我慢して変えたり従ったりするのはもっと嫌。その場は放っといて家に帰って「私はちゃんとやってるのに、塾は色々文句ばっかり言う。塾嫌だ」と、自分の間違いや従わないことは棚に上げて親に言い付ける。保護者は保護者で「そぅ？じゃあ止める？塾変わる？」とか「じゃあ、私が言ってあげる」「家の子を認めてやって下さい」「家の子を分かってやって下さい」最悪の場合「お金払ってるのは私ですよ。私の要望を･･･」と、生徒は何でも親に言ってお願いすれば叶えて貰える【甘えん坊ちゃん】。保護者も我が子を溺愛し、寸分も疑いを持たずに何でも叶えてやりたい。勿論、どちらも自覚はありません。２つ目は、「できてる」「やってる」「分かってる」の言葉が分かっていないか、定義が間違っているパターンです。小学校低学年レベルの理解習得レベルです。小学校低学年から小学校高学年、さらに中学1・2年から中学３年、その後の高校生と大学受験生。第１段階から６段階まで生徒の年齢も対応できる能力も学習内容もスピードも求められる行動も急激に変化します。極端に言うと50倍や100倍くらい増加します。(細かい説明は別の機会にさせて下さい。)しかし、生徒も保護者も「今まではこれで･･･」とか「だって、これで･･･」とか「小学校では成績上位だったのに･･･」とか「中学のテストでは良い点だったのに･･･」とか主張します。『学年が上がったり、進学すると、今までのやり方では通用しなくなるんだよ』と注意しても「分かってるよ」「やってるもん」「これで良い」「これで何とかなる」「私は頑張る」(何をどうするの？)「将来も困らない」って結局何も変わらずに時間だけが経過します。その件を保護者にお伝えして生徒への声掛けをお願いしても「家の子、やってるって言ってます」「家の子、分かってるって言ってます」「だって今までは良い点が取れてたから･･･」と保護者までもが・・・。何故か【楽】や【損得】があるみたいです。以前だったら、お家で何度も何度も話し合いをして、説得されたり、クラブやゲームとの交換条件を出されたり、時には強制して親の権限で・・・が多くありました。私たち(と言っても随分昔ですが)の頃は、塾や学校で先生が叱った注意したと分かった途端に親から「お前が100％悪い」と再度(もっときつく)叱られたものです。１つめの自信は、いつ・どこで・何を切っ掛けに出来上がったのでしょうか？２つ目の用語・定義の理解は何歳で自分の思う完全が身に付けれたのでしょうか？「子どもは分かっている」「子どもはチャンと考えている」「子どもを信じて何が悪い」「子どもの自主性を」「家の子だけは・・・」と、色々言われますが、それで理想の結果が得られて、将来、社会に出ても困らない人間力が身に付いているならば、私たちが【とやかく】言うことは失礼なことです。しかし、しかしです。何故こんな話をわざわざ・・・?!</description>
      <pubDate>Fri, 04 Apr 2025 20:31:58 +0000</pubDate>
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      <title>学校が絶対(至上)主義？20250402</title>
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      <description>こんな標題を書くと「お前は、学校や先生を下に見ているのか？」と又々お叱りを頂きそうですが、勘違いしないで下さい。決して、学校や先生を否定しているのではありません。では、ひとり言を始めます。公立の地元小・中・高校生とその保護者の意識や行動、私たちへのお言葉を聞いていると「？？？？」と感じることが増えてきました。それは「学校絶対(至上)主義」です。昔の学校の常識と、近年や直近の学校の状態は、当然のことですが変化しています。「体罰禁止」や「生徒に合わせて」「生徒の意向を」「人それぞれ」「個性」の号令の下、現在の地元小・中学校は「生徒が聞いてようが無視してようが」注意することが出来なくなっています。これは先生の能力の問題では無く、勘違い保護者の「家の子は特別」「家の子はやってる」「家の子は良い子」がきっかけに「学校で躾を」「学校が責任を持って受験まで」の【何でもかんでも他人任せ】【何でもかんでも他人への責任追及】がそうさせている様に感じます。小・中学校の授業でも、先生の説明を聞かず、暗記などの指示にも従わずテストの点数が低いと『先生の教え方が悪い』とか『先生との相性が･･･』と又々責任追及が始まります。先生方も生徒の成績アップが望みです。するとどうしても(心苦しくても)クラス全体の点数アップの方法を考えます。しかし、公立の小・中学校には色々な生徒が居ます。素直な生徒、呑み込みが早い生徒、逆に言っても言っても従わない生徒、時間の掛かる生徒。保護者も同様です。では先生はどこに向けて指導をするかと言えば、かなりの下位者に照準を合わせたレベルの授業しかできません。その結果が現状の小・中学校で行われている「式も答えも全部説明した【まんま】しかテストに出さない」です。つまり、生徒は全てのテストの答えを知っているはずです。なのに「小学校で80点」とか「中学校で平均点58点」て何でしょう？これで小学校で90点95点取ってるから「家の子は優秀」、あゆみ(通知表)が「よくできる」なので「家の子は良く出来る子」と『中学受験します。〇〇中学(偏差68)を』と、私たち(塾)に「責任取って」って言われても・・・。高校受験を目指している中学生でも「何か、こんな感じ」「よう分からんけど、先生がこう言ってたから、こう書いとけば･･･」「この単語の後ろにはいつもこれを書いとけば･･･」と我が教室でも中々成績が上がらない生徒ほど、このセリフを口にします。「学校で習っていない問題が出た」と模試などで言いますが当然です。入試や模試は初見の応用問題が出ます。それを、学校の【まんま】を勉強だと思っている生徒や保護者。我々の指摘を「大袈裟なことを言って儲けたいと思っている悪者」「家の大切な〇〇ちゃんを悪く言う業者」として悪意の口コミが・・・。一番困っているのが、大学受験を見据えた高校生がこのやり方と意識を継続していることです。当然ですが、高校の授業は小・中学校と違って、全部は説明してくれません。説明している時間もありません。授業で聞いた知識を組み合わせ、問題で求めているゴールに辿り着く方法や道筋を自力で考える力を求めています。「聞いたから」「教えてもらったから」『次は大丈夫』『入試の時には大丈夫』なんてあり得ないのです。何度も何度も自力で繰り返し演習して、直ぐに思い付くまで繰り返し自学するしかないのです。何も考えなくても自転車に乗れるのと同じです。なのに、「学校のテストでは〇〇点とれている」「進路は学校が何とかしてくれる」「あの進学校なので」とか、クラブが忙しくて時間が取れないと言い訳する生徒をフォローするように「青春の思い出にはクラブが不可欠。私(母親)もそうだった」とま〜〜た学校と塾の責任です。残念ながら私たちの「違うよ」の忠告を無視して自分の考えを押し通す人(生徒or保護者)ほど、「えっ？」ほどの高いゴールを求められます。どうしてだと思いますか・・・・・・？最近、私立の中・高校の先生ともお話しする機会が増えました。学力だけでは無く「理念や教育方針や校則にまでクレームをつけて、ゴールだけは絶対保証しろ」の方が増えているそうです。「だって学校で･･･」と学校を絶対と言いながら、学校や塾の指示には従わないで責任を求める。こんな方々は、何が【絶対(至上)】なんでしょうね。　　私が思うに・・・・・・。</description>
      <pubDate>Wed, 02 Apr 2025 16:33:13 +0000</pubDate>
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      <title>そんな極端な･･･！20250328</title>
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      <description>指導していて、中々指導に従ってくれない生徒やその保護者に現状や原因を報告をし、家庭での声掛けをお願いすると、時々返ってくる「えっ？」って思うセリフがあります。「このままでは、学力は上がりませんよ」『勉強が全てでは無いでしょう？元気に生きてれば・・・』「指示に従ってやってもらわないと、志望校には届きませんよ！」『低いレベルの学校しか入れない子は死ぬしか無いのですか？』「やり方や意識を変えないと、学力は上がりませんよ！」『学力が低い子は、生きてる価値が無いのですか？』他にも、知人や保護者からお聞きした職場での会話もあります。「そのやり方では、時間ばかり掛かって間に合いませんよ！」『えっ？何ですか？私のやり方を否定するんですか？』「そのやり方では、お客様に迷惑が掛かりますよ！」『えっ？何ですか？イジメですか？』「それは、看護学校で習ったやり方と違いますよね。危険ですよ注意して下さいね」『えっ？何ですか？私を否定して除け者ですか？退職に追い込むつもりですか？』『えっ？何なの。私の意見を受け入れられないの？男尊女卑？離婚しかないわ！』『何か私ばっかり責めてられて･･･対等じゃないわね。もう無理ね。離婚しましょ』社会・大人・職場の現場でもこんな発言をする方が居られるようです。家庭でもこんな経験をお持ちの方も居られるようです。心からこんな事を思われているのでしょうか？本気でそうしようと思われているのでしょうか？私も状況を色々詳細にお尋ねしてみると何となく傾向が見えてきました。この様な極端な発言を相手にぶつけられる方は、【自分を過信して相手の言葉や指導を素直に受け入れず、この様な発言を続けている間は、決して変化も上昇も出来ない場合が多い】です。更に、【兎に角勝ちたい！勝った満足が欲しい！極端な“死ぬ”とか“辞める”とか“離婚”の言葉を使うと相手は驚いて黙ってくれることを知っていて、少しでも優位に立ちたい】事を無意識だとしても知っていて実行しているようです。勉強出来ないから、学力が低いからを理由に『価値が無い』とか『もうダメ』とか言ったことはありませんよね。希望や要望を告げられたので、到達できたりゴールできる方法や改善点をお話ししているだけです。職場の後輩を陥(おとしい)れてダメにして追い出そうとする人が居ると思いますか？なのに何故、聞き入れもせず、変わろうともせずに、自分を主張して勝とうとされるのでしょうか？心にもない極端を口にしてまで「とにかく勝てれば良い」の気持ちは、どこから生まれるのでしょうか？昔から『負けるが勝ち』って言葉があります。その場は相手の言い分に負けた気になるかもしれませんが、素直に受け入れて大きく成長する方が、どれ程自身の将来のプラスになることか・・・。</description>
      <pubDate>Fri, 28 Mar 2025 19:42:31 +0000</pubDate>
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      <title>子どもに聞いてみます！子どもに確認します！20250327</title>
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      <description>近年、塾で指導していたり、入塾時の話し合いの時に度々耳にする言葉です。「このままでは志望校に届かないので、指導方法や量を変えましょう」『どうするか、子どもに確認してみます』「数学だけじゃ無く、英語の方が心配ですよ」『英会話に３年も通ってるので子どもは自信があると言ってます。子どもに聞いて返事します』「学校のテストの点数を過信しないで下さい。入試では使えませんよ」『どうするかは子どもに任せてますので子どもに聞いてみます』「授業を聞いただけでは学力になりませんよ。家庭での学習時間を見直してください」『子どもに聞いたらやってるって言ってます。大丈夫です』「何も変えずに今まで通りのやり方では学力は上がりませんよ」『塾に通うのは子どもなので、子どもが納得してやってくれないと･･･。聞いてみますけど･･･』「聞いた・書いた・埋めた・終わった・忘れたは勉強ではありませんよ」『だって、今まではこのやり方で何とかなってました。変えるなら子どもに聞いてみないと･･･』教室がオープンした当時には時々しか耳にしなかったセリフが、ここ数年で半数を超える割合になってきました。何故でしょう？一番気になるご意見が『変えるなら子どもに・・・』です。何も変えなければ、結果も何も変わりません。現状で充分な状態の生徒なら別ですが、届いていない生徒や現状が不振な生徒は、夢や志望校にも届きません。誰でも変化や追加作業は嫌です。しかし、今まで間違っていたり不足していたから現状なのです。ならば変えたり追加することは最低条件です。保護者が現状に満足なら別ですが、子どもの将来や夢の為に多少の無理や我慢を説得すべきではないでしょうか。「子どもの人生です。子どもの意見を･･･」とか「通うのは子どもだから、子どもが一番」とか「無理強いすると家の子、動かなくなるんで…」と子どもの機嫌や顔色を優先してやることが立派な親子関係でしょうか？今まで『すべて許し続けてきた結果』が現状なのです。親も苦心してでも変わってみましょう。二番目に気になるのが「今まではこれで・・・」と「学校のテストでは・・・」です。学習量と学習スピードと内容は進級や進学によって増大します。その上、複雑さや利用・組み合わせは「聞けば･･･」「習えば･･･」では当然無理になってきます。小学校や中学校の授業で説明された通りをテストに記入することを勉強と勘違いし、それによって得た得点を実力と思い込んでいる生徒。もちろん、子どもは短い経験しか無いので、生徒が判断を誤ることは多めにみるとして、子どもの言い分を丸飲みしてしまう保護者はどうでしょう？生徒に丸投げして責任逃れをしているだけじゃないでしょうか？「子どもは分かっている」「子どもは考えている」と言いますが、間違っていたなら訂正・修正の言葉を掛けたり、少しは強制することも『子育て』ではないでしょうか？「言っても聞かないんです」「嫌だったら動かなくなるんです」と言われる方も居られます。それは今まですべて子どもの思い通りにさせて、間違っていても子どもが嫌がったら許してきた経験からですよね。「子どもの意見を聞いてやる」ことは大事ですが、「子供の意見を全部受け入れる」ことが正しいかどうかは、お分かりですよね。保護者なら･･･。大人なら･･･。</description>
      <pubDate>Thu, 27 Mar 2025 20:32:07 +0000</pubDate>
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      <title>子どもは“チャンと分かっている！”20250316</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160267/</link>
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      <description>『子どもは、大人が思っているよりも、チャ〜ンと考えています。大人の考えを押し付けたり口出しをするよりも、子どもの判断に任せる方が良い』この様な言葉を耳にし始めてかなりの時間が経過しました。確かに、昔に比べて、色々な事象や経済的他で色々な立場の人が増えました。家庭環境も色々で、当事者の大人より、冷静な子どもの目からの判断の方が真実を捉えていることもあります。最も可哀そうなのは「家庭環境からくる貧困」や「ヤングケアラー」等の子供の権利の剥奪です。子ども本人は「我慢している」ことも知らずに坦々と生活しています。こんなに【状況が完全に理解出来て、自分の行動をコントロールできている子ども】は素晴らしいです。ある意味「大人以上にチャンと分かって」います。問題はここからです。私がいつもいつも指摘しているポイントと同様です。【チャンと分かっている子ども】は素晴らしいですし、大人が下手に口出しをすべきでは無く、子どもの考えや意見を尊重するべきだと思います。しかし、何か「良い意見」や「良い例」が出ると『それを全ての子どもに当てはめよう』としたり、『家の子もそうに違いない』との誤解の方が多くなり、【じゃない子ども】の意見を全面的に受け入れて許す風潮ができていきます。『子どもの意見を無視しろ』って言ってるのでは無く、子どもの意見や行動をキチンと判断し、間違っている意見や行動には大人が毅然と修正してあげる必要があるのではないでしょうか。例えば、「スポーツを真面目に頑張っているから時間が無い。だから勉強時間を減らすしか･･･」とか「だってクラブの練習時間が・・・」とか「学校の先生がこうやってたから、(よく分からないけど)こう書いとけば･･･」とか「学校ではこれで怒られないから、これで間違って無い」とか「聞いた・書いた・丸もらった・終わった。だから、終わった事はもう忘れてもよい」とか「今までこれで何とかなったから、これからもこのやり方で充分」「中学校で平均点より上だから優秀(平均で偏差40以下の学校で)」とか「沢山聞いていたら(自分で考えなくても)成績は上がる」とかです。冷静に見てキチンと判断をされる大人ならば、これらの考えでは将来困ることは容易に想像できたことと思います。「習っているスポーツで身を立てる」とか「今後の生計は、保護者や家業が責任を持ってくれる」「何とかなる。死にはしない(何とかはなりませんけど)」を将来設計されているのなら別ですが、ほとんどの生徒は進学を希望されます。それも【周りの友人よりも、少しでもレベルの高い進学先】を望まれます。【誰も注意や叱責をしなかった(正確に言うと出来ない社会風潮だった)から、間違った行動や間違った常識を定着させてしまった子ども達がたくさん居ます。ならば、学習に必要な意識や行動をある程度教えて強制することも場合によっては必要なのではないでしょうか。だって小・中学生が５年後10年後の苦労など知っている訳がないのですから。生徒の現状をしっかりと観察し、生徒個別に必要なことを指摘すると【チャンと分かって無い人ほど】「厳し過ぎる」「私を分かってくれない」「私の頑張りを認めてくれない」(子)とか「家の子をもっと分かってやって下さい」「子どもの人生だから、子どもの思い通りに(余りにも無責任)」(親)のご意見を頂きます。「チャンと分かっている」の判断は、現状と将来まで加味して判断すべきではないでしょうか。</description>
      <pubDate>Sun, 16 Mar 2025 20:14:58 +0000</pubDate>
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      <title>そんな人、居らんやろ！20250310</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160202/</link>
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      <description>こうして「塾長のひとりごと」で、日々の事件(?)や出来事をお話ししていると、親しい友人や成績上昇中の生徒の保護者、他府県の知人や学校の先生方から度々言われる言葉があります。それが【そんな人居らんやろ！】【こんな非常識な大人は・・・】【こんな幼い・わがままな中学生は居らんやろ！】【何で文句言うぐらいなら、塾来るの？】【受験するなら、学校より塾の判断の方が正確でしょ！】【こんな失礼なセリフを、本当に他人に言う人が居るの？】等々です。私は、この仕事を始める前は、全く違う業界に居ました。ですから、大卒直後から「どっぷり」と業界に居られて、先輩方から色々教えを受けてこられた方々と違うのは、『すべて私が体験・経験したこと』限定の話だということです。入塾頂いた生徒・保護者だけでなく、入塾の説明を求められたり、指導方針を聞きに来られたりしただけの方も含まれています。その証拠に登場した個人の氏名も私の中では明確ですよ。もちろん、【絶対】【絶対】【絶対】【絶対】個人が特定されるような情報は書きませんし、今後もそのつもりはありません。何例かを総合化したり、余りにも目に余る事象を何例かお話ししているだけです。時には、あるお母様の対応の問題点が書かれた紙を面談に来られていたお母様にお見せしたことがありました。そのお母様は「あぁ、よくいらっしゃいますよね。そんな方。私はそんなことはしないけど･･･」と笑っておられました。別のお母様に、生徒の行動や意識に勘違いや思い込みがあり、それを盲目的に許している保護者の姿を描いた紙面をお渡ししました。そのお母さんは「全部読みました。あんな当り前の事をいちいち言われても･･･」と不満げに言われました。ここまで言うと「感の良い方」ならお分かりですよね。実はその例は、そのお母様のことだったのですが、私は「あなたのことですよ」なんて【絶対】【絶対】【絶対】【絶対】言える訳ないので『笑顔』で流しました。この現象は「我が教室だけ限定」的に起こっているのか、「地域の特性(地域性)」なのか「我が教室(正確に言うと私が)だけが信用されて無くてそんな考えの方が集中している」のか未だに分かりませんが、全て事実です。(もし、これだけの話が架空で作れるのなら、私は小説で生計が立てられるかもしれませんね(笑）)内容やレベル(程度って言うと失礼になりますので･･･)は「ひとりごと」がスタートした2010年と直近では大きく変わっています。と言うことは、社会全体がそうなってそんな方が増えているのか、どんな言動にも寛容になっているのか(じゃあ、余計エスカレートするじゃないですか)分かりませんが、初期の頃を読み直してみると、結構ほんわかしていました。しかし、直近５年くらいの内容は激変していました。それは何を意味するのでしょうか？近年「人それぞれ」って言葉が多量に使われます。当然、人はそれぞれ違います。生徒も保護者も同じ人は居ませんし、家族・兄弟でもそれぞれ違います。ならばゴールも人それぞれで良いはずです。しかし、前述のような生徒・保護者ほど周りの人と比べて相対的に優位なゴールを求められます。分かり易く言うと「練習方法は間違っているのに、お金を払っているんだから絶対一流選手に」と同じことですよね。他には指示には従わないし、多大な迷惑を掛けていても、それを叱られたことだけをクローズアップして「厳し過ぎる」と叱られます。「そんな人、居らんやろ！」〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いいえ。残念ながら・・・・・・。</description>
      <pubDate>Mon, 10 Mar 2025 15:43:32 +0000</pubDate>
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      <title>分かってます！やります！20250310</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160201/</link>
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      <description>入塾の時に志望校までの差が大きかったり、学校での成績不振の生徒や保護者には、「今までと同じ気持ちで、同じやり方でやっても何も変わりませんし、成績は殆ど変わりませんよ。私たちが指示したことを真剣に受け止めて、キッチリ実行して下さいね」と、お願いしています。当然のように生徒からは「分かってます」「やります」「変わります」と返事が返ってきますし、保護者からも「やらせます」「今度こそやってくれると思います」「私も言いますので･･･」と賛同を頂けます。入塾後に「えっ？そうなんですか？今まで誰も言ってくれないから･･･」と、一つ一つ指示を忠実に実行し、毎日の生活や時間の使い方、学校での授業の受け方、復習の仕方を「苦労して我慢して」頑張って変えていった生徒。当然のことですが、確実に成績アップし、進学後も意識して同様の学習姿勢を続けてくれたのでスルスルと成績アップし希望の進路を手中にしてくれました。一方、何度指示しても指摘しても具体的な方法を説明しても「はい、分かってます」「やってます」と返事は良いのですが、『変わってきてるなぁ』とか『頑張ってるなぁ』と感じることができない生徒も増えています。何度指示しても返事だけで行動が見えない生徒に聞いたことがあります。２パターン居ました。１つ目は、本人的には「やってる」つもりだったのですが、今までの学校での経験や周りの友達の行動と比べて『こんなもんだろう(これ位で許されるだろう)』との思い込みで簡単に受け流していた生徒です。つまり、「やる」とか「わかる」の意味が自己流で「多分・何かこんな感じ」で思い込んでいたのです。これらの生徒は嫌われてもウザがられても何度も何度も言い続けて、現実の模試結果などを見せると少しずつですが実行してくれます。時間は掛かりますし、上昇スピードはゆっくりですが確実に成長してくれます。２つ目は、何を言われても誰に言われても返事だけで行動に移らない生徒です。理由は、言ってる意味や内容が理解出来なくて「多分こんな感じ」や「何か言ってた」位でやらないのに、「私は言われた様にやってる」と主張する生徒。他には「やらなくても別に罰は無い」「放っといても責められない」と知っていてわざと放っておいたりスルーしたりする生徒。何度も何度も無視するので【強めに叱責】すると、『恐い』とか『厳し過ぎる』と言い出します。そんな生徒の保護者ほど全面的に生徒の言い分だけを信じて居られます。初めて注意する時に突然怒鳴る人なんて見たことがありますか？小学校でよく起こる「私は悪く無いのに突然先生が怒ったと保護者に言い付けて、保護者が怒鳴り込んでくる」事件。絶対に初回から怒鳴る人なんて居ません。それまでに何度も何度も繰り返し注意されたのを無視された結果、これ以上待つと他者に迷惑や危険がある時しか先生は怒鳴りません。つまり、原因は生徒の意識なのです。塾でも同様のことは起こります。無視して従わない生徒。自分のやり方を過信して、今後に支障があることが強く予想される生徒ほど、保護者が「家の子は・・・」とか「恐いって言います」と言って来られます。私たちも【結果】が欲しいです。自分たちのプライドを守るための自慢がしたい訳ではありません。生徒を悪者にして作り話をして、何の得があるのですか？【結果】が得られますか？生徒が分かってくれて、やってくれてたら絶対に叱りません。分かって無いし、やって無いから何度でも注意するのです。その上【ウソを言うことが平気】な生徒が激増中です。これを許したり矯正することも学校や塾の仕事ですか？こんな生徒の原因は何か、言わなくても分かりますよね。</description>
      <pubDate>Mon, 10 Mar 2025 15:41:48 +0000</pubDate>
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      <title>何とかなる！20250306</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160167/</link>
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      <description>「私は今まで、これで何とかなった」「家の子は今まで、このやり方で何とかなった」【ここからは、レベルも内容も格段に変わりますよ。意識を変えないと…】「大丈夫です。何とかなります」「大丈夫です。家の子は何とかしてくれるはずです」【このままでは受験の時に困りますよ】「大丈夫。今まで何とかなったんだから、今度も何とかなる」「大丈夫。『どうしても』の時には母さんか先生が何とかしてくれるから…」「大丈夫。その時になれば、家の子はきっとやってくれます」「学校以外で塾にこんなに通っているんだから、きっと大丈夫。何とかなるはず」「こんなに〇〇年も通わせてるんだから、絶対に▽▽校ですよ。責任もって下さいよ」【時間や回数ではなく、やり方や量を意識して下さいね。ギリギリなんだから…】「分かってるよぉ。やってるよぉ」「分かってますよ。子どもに聞いたら『チャンとやってる』って言ってます」その後ギリギリでも合格した生徒「ほ〜ら、やっぱり私のやり方で何とかなった」「合格出来たんだから、今度は高校が何とかしてくれるでしょ」「やっぱり家の子は頑張ってた」志望校レベルを下げて合格した生徒「ほ〜ら、やっぱり何でも何とかなるんよ」「とにかく家の子が行ける学校ができた。何とかなって良かった(責任云々を言われてた方)」「何とかなる！」って言葉が、私には未だによく分かりません。「勉強が全て」「学力さえあれば」「ハイレベルに合格さえすれば」なんて、絶対思ってません。頑張ったから届いた。理想に向かって我武者羅に頑張った。目標に向かって自分に正直に努力した。本人の行動と周りの手伝いの結果が本当に納得できる後悔の無い結果じゃないのかなぁ？合否が全てでは無いんじゃないのかなぁ？なのに「何とかなる」「何とかなった」って何なんだろう？これからも、悩み続けます。</description>
      <pubDate>Thu, 06 Mar 2025 18:06:34 +0000</pubDate>
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      <title>プライド　20250306</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160163/</link>
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      <description>“本当に高い”プライドは、人を地道にさせるアニメ「ちはやふる」での名言です。でも私たちの日常では中々高いプライドを持っている方には出会えません。反対に中途半端なプライドは、人を楽や華やかな見た目に向かわせる薄い軽いプライド(自己過信)は、人を傲慢に他人を見下す行動に向かわせるこんな生徒や保護者とは沢山沢山出会いました。長年の多くの方との出会いから学んだ事実です</description>
      <pubDate>Thu, 06 Mar 2025 10:55:42 +0000</pubDate>
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      <title>家の子に合わせた指導を・・・20250305</title>
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      <description>「家の子に“合わせた授業”をしてくれるんでしょ？」「家の子が嫌がったらやめて下さい」「家の子が聞いたら、同じことでも何回でも説明してやってください」「家の子は、覚えるのが嫌いです。覚えなくてもいい教え方をしてやってください」「家の子は想像が嫌いです。全部説明して答えを教えてやってください」生徒募集のチラシに書いてあるのを何度も何度も目にしました。成績不振や下降気味の生徒のお母様から何度も何度も言われました。はい。私たちも可能な限り「生徒に合わせた指導」をしています。口数の少ない生徒に「ベラベラ」と言葉での説明は求めません。小5の「割合」が出来ない中学生に連立方程式の文章題は求めません。Be動詞文と一般動詞文の区別がつかない生徒に不定詞や受動態は求めません。生徒の現状に合わせた指導をします。しかし、そのレベルの方法を３年も５年も続けても良いのですか？つまり、中１の問題を３年間も続けて、高校受験をすることをお望みですか？「今すぐ」や「今日、この場で」は求めませんが、少しずつ【間違った勉強法】を修正・改善してくれることを求めます。何故なら、正しい方法が出来ていたのなら正しい結果が出ていた筈なのに、現状の『不振』なのは何処かが何かが間違っていたからです。何度注意しても英単語を覚えなかった生徒の保護者から、「英単語なんか覚えなくても英語が出来るようにもっと良く教えてやって下さい」って言われました。そんな方法があるのですか？有るのなら教えてください。月謝10万円でも30万円でも払って勉強します。標記を求められる方は「子どもが不機嫌にならないように煽てて機嫌を取ってくれ」と言われているんでしょうか。でも、そんな方ほど受験期になって「こんなに〇〇年も通わせたのに、あのレベルしか受からなかった。ダメねこの塾」って言われました。「生徒に合わせた指導」って何でしょう？個別指導塾って、生徒の細部まで見えるから、良い所・悪い所がハッキリします。無理しない程度に「間違い」を修正させ、「不足」を補わせる切っ掛けやアドバイスしかできません。それさえもせずに、「時間が最強の薬」とばかりに坦々と繰り返して欲しいのでしょうか。【まず、勘違いを修正して貰わないと…】【思い込みや我が儘を自認して貰わないと…】と言うと、『失礼ね。家の子はそんな悪い子じゃあありません。私が一番分かっています』と何度も叱られました。分かって無いから現状の実力で止まっているんだけどなぁ…と感じているのは私だけですか？間違いは間違い。勘違いは勘違い。不足は不足。と事実を示して生徒の将来の実力にしてあげることは【悪】ですか？何でも受け入れる【物分かりが良い大人】が持て囃されていますが、それが求めている「我が子の理想の姿」ですか？どんな気持ちで「家の子に合わせた指導・・・」を言われているのでしょうか？</description>
      <pubDate>Wed, 05 Mar 2025 19:44:32 +0000</pubDate>
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      <title>過信と勘違い20250303</title>
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      <description>「家の子は、小学校では出来る子だったから、中学でも安心」「家の子は、塾に行きさえすれば直ぐに成績はあがる」「家の子は、小学校で全部『良く出来る』なので、国立の●●中学ぐらい楽勝でしょ」「家の子は成績上位なので、あの有名進学塾に行きさえすれば確実にあの〇〇高校合格」「家の子は良い子なので、間違っても厳しい塾に入れる必要は無い」「私はクラスでも上位。私のやり方は間違っていない」「家の子の勉強方法は完璧」「家の子は良い子なので、家の子の言い分は大抵正しい」「私のやり方は絶対正しい。だって今までこれで充分だったから…」「私(母)も若い頃あんまり勉強してないけど、今は別に困って無いし、誰にも迷惑かけて無い」「最新のＩＴを使った最新の塾ほど簡単に成績が上がる」これらの意見や主張を度々耳にすることが増えました。「上位だから…」と言われても、教室の地域は、全国的には学力下位地域です。その中で多少「出来る子」でも全国的な偏差値でみると【普通】なんです。もっと失礼な話をすると、地元の学校で「平均くらい」の普通の子は実際には「将来の受験時に不安になる生徒」の場合が多いのです。何度も何度もお話ししているように、現在の地元の小中学校の授業は、お母様方の時代とは違います。テストの答えを毎回説明しているような状態なのです。ですから、分かって無くても「何かこんな感じ」とか「先生がこう書いていたから覚えとけば良いや」で高得点が取れてしまうのです。だから、図形問題で右向きの図形で説明したのに左向きの図形をテストに出すと、「習って無〜い」って解けない生徒が多いのです。小１時期は、言われたことを完璧にやる素直さが求められます。小２時期には「数の概念」や「会話の言葉」が求められます。掛け算九九を自発的に自己責任で完璧にすることも当然です。小３〜小４は色々な用語と作業の意味の蓄積です。大問題なのはここからです。小５では関数・比・速さ・割合等の地獄の単元が待っています。これらは、それまでの知識の総合力を求められます。小６ではそれらの発展形や併用形を求められます。勿論、中学の数学は、それらが理解出来てる前提で構成されています。「聞いてたら、その内分かって来るでしょ」なんて人が居ますが。中２の連立方程式の文章題で急に下降するのはそれが原因です。小学校と違って、中学では全部は説明してくれません。小学校を90％とすると、中学校は70％程度です。だから「何かこんな感じ」や「多分、こう書いとけば…」は下降に向かうのです。そのまま小学・中学の【覚えとけば・・・】の勉強を続けていると、後で戻るのが大変です。もちろん高校受験も応用問題や記述問題ばかりなので大変苦労します。学校のテストの点数はひとつの目安でしかないのです。テストの点数で受験校を確定はできないのです。万が一合格できても、高校では40％くらいしか説明はありません。昔の自分を思い出してみてください。突然【さっぱり苦手】の科目が増えませんでしたか？「今まではこれで…」とか「家の子はやってくれるはず」「子どもに聞いたら、チャンとやってるって言ってます」は大抵「思い込み」や「過信」が多いのです。この様な【事実】をお話しすると「何〜に偉そうに･･･」とか「家の子は別」「あそこの塾は優しく大丈夫と言ってたのに…」と何度もお叱りを頂きました。でも、勘違いと過信を修正して頂くことが、子ども達の成績アップの最短距離なのです。私は、生徒たちの将来に可能性を広げたいだけなのです。</description>
      <pubDate>Mon, 03 Mar 2025 22:09:07 +0000</pubDate>
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      <title>小学で80点、地元中学で50点は･･･　20250222</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160046/</link>
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      <description>「家の子、小学校でいつも80点は取ってます。だから優秀なんです」「家の子、小学校で大体90点以上取ってきます。時々80点の時もありますが…」「家の子、中学のテストでいつも平均の60点はキープしています。だから普通です」「家の子、中学のテストで大体全部50点位です。だからチョッと習うと直ぐ上がる筈です」「家の子、中学のテストでは大体40点台です。でもそれ以下の生徒が何人も居るらしいです。だから受験までの〇〇ヵ月通塾させますから最低でも▽▽高校へお願いします」度々お聞きしたお母様方のご意見です。経験上の一般論のお話しをします。中学受験だろうと、大学受験だろうと、合格可能性を計るのは【偏差値】です。一時『偏差値教育は悪だ』との風潮がありましたが、一般入試受験がある限り偏差値は無くなりません。何故なら、今の立ち位置と目標との【差】を的確に表してくれるものだからです。偏差値は「一夜漬け」で数点上がったからといって、同時に数ポイント上がるものではありません。逆に点数は同じでも、偏差値が上昇していることもあります。大切な部分は、『母集団』となる生徒が『同じテスト』を受けていることです。つまり、『学校のテストで〇〇点』は当てにはなりません。何故なら、各学校の先生が、問題のレベルも聞き方も調整出来るからです。これらの現状から考えると、最低でも「小学校では95点〜100点」「中学校では80点〜85点」が取れるかと…。理想は小学で毎回100点、月に1回くらい95点。中学では90〜95点です。では、根拠をお話しします。最低でもの点数を取っている生徒の偏差値が、小学で40。中学で42〜45です。じゃあ、理想の点数を取っている生徒は、小学で45前後。中学で50〜54位です。中学で平均点位をキープしている生徒は偏差値37〜38しかありません。俗に言う【普通(?)の高校】には受かりません。じゃあ、小学校で80点以下、中学校で50点以下の生徒は何が問題で、どうすれば良いのでしょうか？細かいことは生徒個別に原因と対策が違いますので、全部は申し上げられませんが、大きくは『勉強』の認識が間違っていますし、『やり方・量』も間違っています。カリキュラムは「歳相応」に「順次」「積み上げる」ように作られていますが、近年の「叱られない」「罰が無い」「親に言い付ければ文句を言ってくれる」が前面・全面に出て、『とにかく放っとけば大人が何とかしてくれる』の意識の生徒が多数派です。その証拠が「平均点」を取ったら偏差値45〜50は有るはずでしょ？何で現状は40以下なの？先生が、生徒に合わせてテストのレベルを下げているからでしょ。じゃあ、生徒の何のレベルに合わせて下さっているのか・・・。これが、私が言い続けているものです。偏差値30や40の生徒が「聞けば」「習えば」「教えて貰えば」「行かせれば」直ぐに実力アップになるとお考えですか？先ず、毎日の生活と意識を改善しないと、いくら『優秀な生徒』でも入っていきませんし、使えません。この事実をお話しすると「何〜に、偉そうに」「そんなこと無いわ。家の〇〇ちゃんは…」「あっちの▽▽塾は『大丈夫ですよ〜』って言ってくれたのに…」って叱られます。この地域の【事実】を受け取って頂けることからコツコツと指導しています。</description>
      <pubDate>Sat, 22 Feb 2025 18:03:29 +0000</pubDate>
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      <title>塾選びを間違ってしまってるのは…20250217</title>
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      <description>ほぼ１年前に掲載した内容のリバイバルです。年度終わり・新年度始まりのこの時期、入塾を考えられたり、塾選びをされている人は多いと思います。(受験生には、受験まで9か月から10か月しかありませんので少し遅いのですが・・・)塾に通う目的は明確ですよね。「成績不振なので少しでも早く取り戻したい」「段々と成績下降気味なので、何処が何が間違っているのか教えて欲しい」「頑張っているけれど中々思い通りにならない。どこを変更すれば良いのか教えて欲しい」「学校では質問し難いので、丁寧に説明して欲しい」「自分的にはそれなりに満足しているけれど、もっともっと上のレベルを目指したいので更に沢山の知識を与えて欲しい」等々が大方の目的ではないでしょうか？勉強なんて、極端な言い方をすれば「学校の授業」と「家庭での自習」だけで充分可能なのです。現代のカリキュラムや教科書はそれくらい良〜〜く出来ていますつまり、塾なんて特別な生徒にしか必要ないのです(それを仕事にしている私が言っちゃあダメですね)。正しい勉強のやり方と取り組み意識は、小学校に入学してから「先生の言う通りにやる」→「ガムシャラに覚える」→「用語を細部まで区別して理解する」→「公式やルールを細部まで理解して覚える」→「問題の状況を理解して、知ってる知識のどれを使うのかを考える」と学びました。中学以上では、この小学校までのやり方に量と内容が複雑に絡み合うだけです。それを「サボって」「ごまかし」続けた人が段々「苦手」「嫌い」になっていったか、間違ったやり方を思い込んで続けた結果、段々方向がズレていったとしか考えられません。もちろん、性格的に他人をかき分けたり競り勝ちたい人と、自分のペースでコツコツ頑張りたい人が居ることも事実です。だから、塾も一斉塾(集合授業スタイル)、個別指導塾、パソコン・通信教育タイプと色んな形態があるのです。学校で声を上げて質問ができない生徒が、一斉タイプの進学塾に入っても、分からないことも質問できないのですから「あの有名進学塾に通ってるから安心」っていう自己満足に終わるかもしれません。逆に競り勝ちたいタイプの生徒が、ゆっくりタイプの塾に入ってしまうと、「少し、じれったい」と感じるかもしれません。取り組み方や量に間違いがあり、ごまかし続けて来た生徒には、勉強の知識よりも、「やり方」を修正してあげることが優先です。間違ったままで、いくら知識を与えても、またまた何処かに消えて残りません。時間の使い方や優先順位を間違っている生徒には、ご家庭と協力し、毎日の生活リズムを作ってあげることが優先です。一番間違っているのは、生徒の実力や性格、学習方法と量を無視した、大人の都合や間違った判断基準で塾を決めていることです。「あっ、ここ、テレビでよく見る有名。安心(何が？)」「あっ、ここ、去年〇〇ちゃんが通ってるって言ってた」「ここは、◇◇への合格実績が良いのよね。家の子も安心(何で？)」「クラスの大勢が通ってるから大丈夫(何が？)」「家の子が選んで来た塾だから、家の子に一番合ってるはず(何で？)」「家の子、頑張るって言ってるから、どこでも同じ」よく、よ〜く、度々聞いた言葉です。「あそこは厳しいから嫌」「あそこは怒らないから良い塾」「あそこは〇〇高校に沢山…」「このＩＴ全盛の時代に、まだ紙？」一番間違っている言葉はこれらです。生徒の現状と指導方法がマッチしてないと望んだ結果は得られません。希望的思い込みは間違いを生みます。何が必要で何を強制して学力を伸ばすのかは大人が判断するべきなのです。生徒の口コミやネットの書き込み、きれいなホームページで判断せずに、教室で指導方針を確認されることが最優先で最重要ではありませんか？</description>
      <pubDate>Tue, 18 Feb 2025 18:58:38 +0000</pubDate>
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      <title>塾選びの基準――今昔の比較　20250217</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160008/</link>
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      <description>昨年、11月5日のリバイバル掲示です。この仕事を始めて、早いもので20年も経過しました。当時、この地域に「塾」と言えば「一斉塾」「集団指導塾」「くもん」くらいしか存在がありませんでした。「個別指導って何？」の説明が最初の仕事でした。当時から「生徒と正面から向き合って間違いを正し、保護者とも色々話し合って、生徒の将来に役立つ指導」をしたいと思っていました(ちょっと大袈裟で独り善がりですね)。当時からの先生がたも賛同して(本心と信じたいです)頑張って頂きました。当時も、成績が低い生徒は沢山居ました。しかし、わざわざお金まで払って勉強しに塾に来るのですから、本人も覚悟の上、今までのやり方を修正し我慢を重ねて、確実に成績を上げたいと先生の指示に従っていました。本音で先生と会話し、何とか妥協点を見つけて改善していました。保護者も、入塾前の説明に大勢お越し頂いて、「きびしいですよ」とか「色々、細かい注文を付けますよ」に対して『当然です』『願ったり叶ったりです』と生徒の「嫌じゃあ」とか「先生が怒る」に対しても『あんたが先生の言うようにせんけぇじゃろ。あんたが悪い』とお家でフォローして頂けていました。不登校の生徒も居ましたが、数回来ただけで嫌がった時には、車で無理にでも連れて来られていました。お陰でその生徒は、クラブにも入り友達もでき、大学にも行ってくれました。もちろん、全員が成績上昇してくれたわけではありません。意地や信念を持って反発し、決して宿題はやって来なかった「ど根性生徒」も居ました。当時から「子どもの･･･」「子どもが･･･」「親は仕事で･･･」と【出来なくなるだろうなの対応】や【過剰なきれいごと】の態度を示されていた家庭の生徒は、残念ながら「中々結果に･･･」もありました。しかし、それは少数派で、「あんなに叱ったのに、今から思い出すと素直だったよなぁ」の生徒が多かったです。厳しく指導もしましたが、生徒も保護者も本気で正面から「辛くても変わりたい」と向き合ってくれました。その証拠に、当時、叱っても叱っても耐えて結果を掴んでくれた生徒は、大学や社会人になっても時々遊びに来てくれます。時代は変遷し、平成の終盤から近年。つまり、ここ数年の話です。色んな保護者やお母様がたに意見や考えを聞く機会があると出来るだけ拝聴してきました。塾選びの基準を聞いた時に「あ〜ぁ、でしょうね！」と愕然と同時に落胆を覚えました。「新しい」「有名」「最新のパソコン・ＩＴ機器」「優しい」「叱らない」「宿題が無い」「子どもの納得する(嫌がらない)教え方」「子どもの意見を尊重してくれる」等々でした。後半の「叱ら･･･」から「･･･尊重してくれる」に至っては、結果が出ている生徒(現在の小・中学では２割程度)なら納得ですし、非常に嬉しいことですが、結果が出ている生徒や保護者はこんな発言はされません。これらの発言はほとんど結果が出せていない生徒と保護者です。小学・中学になっても幼稚園並みの「優しく」とか「自由」とか「無限の可能性」の言葉の下で『好きなように(悪い言い方をすると放置)』させてきた結果で、問題が表面化していても生徒本人も保護者も我慢や修正がきかなくなっているのでしょう。改めて気付かれた保護者が『厳しく注意して頂けるって聞いて連れてきました。何卒よろしくお願いします』と入塾されても、昔と違うのは親子の会話です。近年、よく起こるのが、問題点が見つかって生徒に今後のやり方や改善箇所を具体的に指示して２〜４か月。突然、保護者がお越しになられて「今日でやめます」です。事情と経緯をお聞きすると、生徒が「私を分かってくれない。私を悪くばかり言う。だからもう行かない」　保護者「と、言った後、いくらお願いしても動いてくれないので、仕方無いです」「そう？じゃあ他に変わる？」って言うとやっと動いてくれたので･･･。　何でお願い？これって、おもちゃ売り場で駄々捏ねて居る３歳児と同じですよね。「子どもが自分で選んだ塾が、この子にとって最適な塾」も度々聞きます。そりゃあ、生徒は楽で変化しなくてもよい所を【あえて】選びますよね。子どもの将来の為の我慢・素直・継続の訓練とその結果の成績より、【無理してでも塾に通わせた】気持ちと形、子どものプライドの方が基準になってるんだなぁと感じました。</description>
      <pubDate>Tue, 18 Feb 2025 18:47:50 +0000</pubDate>
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      <title>学校のテストの点数は・・・20250217</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-160007/</link>
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      <description>昨年、11月3日に表示したリバイバル版です。「家の子、小学校のテストでは、大体90点〜100点なんです。あゆみ(通知表)もほとんど【よくできる】で優秀なんです。だから〇大付属福山中(偏差68程度)を狙ってます。お願いします」「家の子、小学校のクラスでは出来る方なんです。だから今(夏休み明け)からチョコチョコっと教えて頂いて、〇〇中の特進コース(偏差50程度)へお願いします」「夏休み明けに小学校の仲良しさんが中学受験をするって聞いて帰って、家の子も同じ中学に行きたいって言うんです。学校の実力は普通(テストは殆んど75点〜95点らしいです)なので、何とか今からでも同じ中学にお願いします」「家の子、中学のテストでは大体平均点は取れています。だから普通レベルの〇〇高校(偏差48程度)へお願いします」「家の子、中学では大体80〜85点を取ってくるんです。だから『今までより少し頑張るから最高位の〇〇高校(偏差62程度)へ行きたい』って言うんです。お願いします」「家の子、小学校から【英語】は良く出来るって褒められてきました。だから中学からは数学だけで充分です。将来は〇〇高校(偏差62程度)を考えていますのでお願いします」「家の子、中学校のテストではいつも35点〜50点位なんです。今から(４月)入塾させますから最低でも〇〇高校(偏差45〜47程度)へお願いします」「家の子、中学校のテストでは大体90点以上を取ってます。余裕で〇〇高校(偏差62程度)位入れますよね。将来は国立大学以外考えていませんので、必ず〇〇高校には入れて下さい」以前から何度もお伝えしていますが、地元の小・中学校のテストでは実力は測れません。教室のある地域は県内でも有名な成績不振地域です。学校の先生が悪いのではなく普通レベルの授業をしても、生徒がついてこないのです。必然的に授業レベルやテストのレベルを下げざるを得ないのです。勉強はルールや用語や単語を理解して覚えておき、問題に応じてそれらを組み合わせて答えに辿り着く作業です。ところが、現在の学校の授業は、テストの解き方と答えを板書で解説しているようなものです。つまり完全に覚えておけば、分かって無くても小学では１００点、中学では90〜95点は取れるはずなのです。つまり、正しい学習意識と学習方法を身に付けていない状態で、高得点しているのです。やる気満々で自ら疑問を持ち知識を取りに行く位の生徒なら半年や１年で偏差値を10位上げることは可能ですが、「何かこんな感じ」とか「よう分からんけど、これはこう書いとけば良いんじゃろ」の生徒は、まず【やり方】からの修正が必要なのです。「有名な進学塾に行けば、テクニックを教えてくれて、直ぐに上昇する」とか「あぁ、大丈夫ですよ。うちに来ればみんな成績アップしますよ」と優しいとか儲けを第一に考えているところでは、上昇出来る生徒は【一握り】だけです。地元小・中学校のテストは、授業の単元確認テスト状態で、通知表の評価を決める素材になってしまってます。出来て当然。ほとんど書けて当然なのです。点数では受験の実力は測れないのです。因みに、前出の生徒の予想偏差をお伝えします。あくまでも長年の経験からの予想です。個々の生徒の実力は、授業か模擬テストで測ってみるまで分かりませんが・・・。は偏差40かな？１年やそこらで、偏差を30近く上げられますか？は42〜3かな？４か月でどこまで届くか。は可哀そうですが35位かと。もっと早めに対処してあげないと・・・。は、偏差37〜38位かな？中学テストの平均は全国の平均ではないですよ。は45位かな？一見優秀に見えますが、問題のレベルが･･･。は英語の偏差は50以下です。だって文法よりも、ノート丸覚えなんだもの…。はとっても可哀そうです。偏差30〜32ですね。早めに対処しないと高校受験なんて･･･。でも偏差53〜57しかありません。これが現実です。学校のテストの点数で安心や過信をしていると後々の落胆が大きく・・・。丁度時間となりました。その原因と対応・改善方法のお話は別の機会に・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 18 Feb 2025 18:45:14 +0000</pubDate>
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      <title>キチンと「違うよ！」って言えてますか20250210</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-159924/</link>
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      <description>最近の小・中学生に非常に多い、困った間違いのパターンについてお話しします。近年の小・中学校の授業はテストの答えと解説を黒板に書いて説明しているようなものだとの話は何度もしてきましたよね。その説明で黒板に書いたものしか試験に出せません。図を変形したり文章を変えたりすると、生徒たちから「こんなん習って無〜い」とクレームがきますし、保護者からも「教えて無いような難しい問題はやめて下さい」とクレームがきます。じゃあ、書いて説明したことや覚えるように指示した用語や公式は完全に覚えているのかというと、「個々人の自由」の名の下に６割も覚えていたら「完全にやった」ような顔をしています。叱ることも強制することも許されない環境では、先生方はいくら心外でも「本人に任せる」って言えば言葉はきれいですが、現実には【放っとく】しかありません。これが、教室のある地域の異常な特性となり、全国でも有数の「学力↓↓↓地域」になってしまったのです。多くの生徒たちと保護者の間違い例をお伝えします。「キチンと授業を聞いているから勉強している」「宿題は、やってるから勉強している」「ノートに書いてあることは覚えたから完璧」「よう分からんけど、先生が『こう書いとけ』って言った通りに書いたから勉強している」「テストで平均点くらいだから、私は普通」「たくさん聞いて、たくさん習えば、簡単に成績は上がる」「勉強(宿題)終わったん？じゃあもう良いわ」「テストで平均点を取ってるので安心」「通知表(あゆみ)が『よくできる』ばかりだから優秀」「通知表が『３』ばかりだから普通」「とにかく、先生が言ったことを『覚えるんよ』」保護者に、いくら現状をお伝えしても「そんなことは無い」「家の子に聞いたら、クラスの皆んなより頑張っているって言います」と言われる保護者の家の子の数年後は、残念ながら悲しいかな予想が的中してしまいます。絶対的に間違っていることは「学校の授業がお母様の時代とは全然違います」「子どもの意見を聞くのは良いですが、子どもは過去数年の勉強の経験しか持っていません。今後の上位校や社会での学び方まですべて分かっている筈はありません」「家の子は別、大丈夫」はありません。本当に大丈夫な生徒は、私たちが見ていても「ほぉ〜」と感心する位違います。小学校では、先生は５年生の図形や割合・関数以外は80％から90％説明して下さいます。ですから図形や関数を想像する以外は聞いたものを完全に理解して覚えておけば大丈夫です。中学では「歴史」と「生物」は小学校と同じですが、それ以外は60％位しか説明して頂けません。何故なら、分かったことを利用して組み合わせて使うことを求めておられるからです。それを「何かこんな感じ」や「これの後には全部〇〇って書いとけば良いの？」なんて生徒が居ますが、これは転がり落ちる前兆です。高校ではテストや入試に必要な量の40％くらいしか説明して頂けません。何故なら、利用できる力を付けるのが高校の学習だからです。大学受験の力だからです。「聞いてない」とか「習って無い」なんて、中学でストップしている生徒の言い分です。もし、大切な我が子がこんな勉強方法をやっていたら、確実に早急にキチンと『違うよ』って言ってあげてくださいね。</description>
      <pubDate>Mon, 10 Feb 2025 19:39:12 +0000</pubDate>
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      <title>何が違うんだろう？20250130</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-159833/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-159833/</guid>
      <description>今でも年間に数回のセミナーや講習会を受けていることは以前からお伝えしていますよね。自分の考え方や主張を全国の成功者の先生方の意見と照らし合わせて勉強しています。先日も東京で塾経営に成功し、全国の多くの塾や学校のコンサルをされている先生のセミナーを拝聴しました。その先生が言われる主張は明快です。わざわざお金まで出して子供を塾に行かせているのは親だ。親が塾に求めているのは子どもの成績上昇だ。自分(塾)の情熱を信じて、ガンガン指導しろ(つまり成績をコミットしろ)。１か月も見ていると「あっ、この子、指示に従わないな」「この意識では上がらない(コミットにならない)な」「これでは、塾の指導方針が疑われるな」と思ったら、夏期講習などの提案書を渡さなければよい。渡さなければ本人が気付いてやめていく。やる気が無い生徒や指示に従わない生徒でも何でも受け入れて、生徒や保護者の機嫌を取りながら(ある意味『嘘』や『綺麗ごと』)集客至上主義や儲け至上主義では、広告宣伝の得意な大手塾との競争になり、価格合戦で廃校にするしかない。現実に大手チェーン塾は短期間で開校→繁盛→閉鎖撤退を繰り返している。自分の信じる熱意ある指導で結果をコミットしろ。でした。変な「勘違いヤロー」の「自画自賛」の「独り善がり」ですが、私たちはその考えで20年も頑張ってきました。ところがこの数年で、この先生の言われる事とは逆の反応をされる保護者と生徒が激増です。現実に、悪評名高かった塾が、以前の教室を廃校にし、名前や場所を変えて新規に開校してたくさんの生徒や保護者が物珍しそうに集まっているのを何度もみてきました。「ＩＴ全盛の世の中で、パソコンじゃない原始的な授業はダメね」「新しい塾は、新しい指導で、絶対に家の子も成績が上がるはず」「あっ、テレビで有名な塾ね。安心！」「あっ、クラスの友達がたくさん通っている塾でしょ。安くて得だし、安心」「勉強するのは子どもなのに、何で私たちにまで色々言ってくるの？」「学校で良く出来る子なのに、何で偏差値は上がらないの？教え方が悪いんじゃない？」「色々言われても金出してるのは私たちだから、放っとけば・・・」「子どもの行動や意識はお願いしてないでしょ。勉強の成績だけ上げてよ」「とにかく行かせてれば、その内何とかなるでしょ」「ボロボロなのは知ってるわ。でもまぁ、行かないよりは成績は上がるでしょ」「家の子、こんなに何年も通わせたのに(途中で何度も保護者には問題点を伝えました)、結局〇〇レベルにしか合格出来なかったわ。この塾ダメね」この状態で、信じる指導を続けても全国の他塾と同様に生徒や保護者の信頼や素直さは得られるのでしょうか？成績上昇(結果)をコミット出来るのでしょうか？全国の常識と、私の周りの常識と何が違うのでしょうか？いつから私のやり方が非常識な我が儘になったのでしょうか？どなたかご指導頂ければ有難いのですが・・・。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jan 2025 21:56:36 +0000</pubDate>
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      <title>やったぁ！凄いのを見つけた20250123</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-159769/</link>
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      <description>今日、本屋さんでスゴイ本を見つけました。これです。私が20年前から生徒たちに言い続けてきた事を、全国の有名塾の先生達が共同で書かれた本にほとんど書いてあります。受験して終わりじゃないよ。進学しても使える勉強法。社会人になっても使える勉強法何か分からんけど「こう書いとけば･･･」はダメよ。日々の意識と行動が3か月〜1年後に実力になるよ。等々。私が日ごろから疎まれながら言い続けて来たことが、当り前の様に書かれています。嬉しいです。皆さんも是非とも御一読下さい。近くにお住いの方には貸し出しも致しますよ。あ〜〜〜ぁ！良かった！</description>
      <pubDate>Thu, 23 Jan 2025 20:52:52 +0000</pubDate>
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      <title>学力上昇の障害になっているかも…20250123</title>
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      <description>「若い頃は、クラブに熱中するのも大切だから、少し位勉強が疎かになっても・・・」「学校にはキッチリ行って、授業はキチンと聞いているから大丈夫」「学校のテストは平均点より上だから、勉強できている」「小学校の時には少し不安だったけど、中学から塾に行かせれば大丈夫」「中学で成績上位だったから、家の子の勉強方法は間違ってない」「学校の先生が言ったこと『だけ、覚えとけば』勉強なんて簡単」「昔は、塾なんか行かなくても学校だけで受験は大丈夫だった」「私は、ほとんど勉強しなかったけど、こうしてチャンと『まともな』社会人に成れてる」「分からなかったら先生に解き方を聞いて覚えておけば・・・」「家の子は良い子だから、勉強が出来ない訳が無い」「親は二人とも有名大学卒なので、その遺伝子の家の子が出来ない訳がない」これらのセリフを言われる保護者が時々(年々増加傾向にありますが･･･)居られます。本当に、この様な考えで結果が出ている場合は『失礼しました』とお詫びするしか無いのですが、現代の学校の授業や子供たちの環境ではこれらは通用しません。保護者方の若き時代だったら幾つか通用した考え方や内容もありますが、ほとんどは現代の子ども達の学力上昇の障害になっていると考えられます。ましてや、子ども達が学校で先生の指示を無視したり放っといたりしてるなんて想定に無いご意見ですよね。「人それぞれ」とか「自由」とか「生徒それぞれの個性」を主張されて、どんな場面でも誰に対しても上記のセリフを主張される方が居られますが、「自由」で成績が上がるなら、ほとんどの生徒が有名大学に合格できているはずです。【成績(勉強)が全て】とは言いませんが、上記セリフは子ども達が勉強をしなくてもよい言い訳のフォローになっています。躾(しつけ)や家庭の事情や家庭内のルールにまでとやかく口出しをするつもりはありません。素直・正直・我慢・継続・歳相応の力の【人間力】は各家庭のやり方の見せ所ですから・・・。この部分こそ保護者の大切なお役目ですので最大の主張をヨロシクお願いします。しかし、「勉強できるようにしてやって下さい」とか「成績を上げてやって下さい」と塾に来られたからには私たちの仕事は「正しい勉強の意識とやり方を教える(実行させられるかどうかは生徒と保護者次第ですけどね)こと」です。ここまでお話しすると「子どもの行動や性格には触れずに成績だけ上げて」とか「子どもの好むやり方で成績を上げて」って言っては実現が不可能だとお分かり頂けますよね。学校の先生方は「公」の立場の方々です。行政の指示に逆らったりクレームが来そうな行動や指導は出来なくなっています(悪く言うと武器を持たずに戦争をして勝てと言ってるのと同じです)塾も同様です。指示や約束を無視しても、叱責せずに黙っている塾が『優しい良い塾』と評価され沢山生徒が集まって、間違っていることを間違っていると言う塾は疎まれます。本当に生徒の学力上昇を手伝う事と邪魔することが何かは、お分かり頂けますよね。</description>
      <pubDate>Thu, 23 Jan 2025 19:48:10 +0000</pubDate>
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      <title>２月２日!?　20250119</title>
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      <description>今年の節分は２月２日です。節分は２月３日が当然と思ってきましたが、立春や夏至などの日が年々によって変わるので立春が２月３日になれば節分はその前日なので２月２日は理論的には納得できますが・・・。この歳になると成人の日は１月15日。敬老の日は９月15日。体育の日は10月10日っていう観念が引き摺っています。何故、立春が変わるのかの説明は省略しても良いですよね。万が一、ご質問があれば資料請求のページから!</description>
      <pubDate>Sun, 19 Jan 2025 14:06:47 +0000</pubDate>
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      <title>何がそこまで違えさせるのかな？20250117</title>
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      <description>私も、仕事として生徒たちに色々注意したり指示したりしますし、時には保護者にも勘違いの訂正をさせて頂くこともあります。過去20年の塾経営の経験と、しばらく学校現場に参加させて頂いた経験から、生徒たちの実態や問題点、現状の行動が数年後の将来に及ぼす影響の予想も出来るようになりました。しかし、そこで満足してしまっては、私自身が「勘違い野郎」になってしまいますので、定期的に色んな先生のセミナーに参加したり、書籍から現代の教育についての知識を頂いています。そのセミナーの先生方は全国でセミナーを開催されていますので、全国のことを細かくご存じですし、何が普通で何が問題かも良〜くご存じです。セミナーの中で「将来の〇〇のためには今から◇◇の訓練が必要ですと保護者に提案すると断る人なんていない」と何度かお聞きしましたし、話し合いや日本語表現能力(国語の点数ではありません)のキチンとしている生徒は必然的に成績は良く、偏差値70以上の生徒は「放っといても」しっかり勉強する。と言われていました。(この地域に何％居るのかなぁ？)さぁ、ここからが私が疑問に思ったことです。たとえば、数学のグラフの座標や図形の切り口等、一人で変化を想像しながら問題に取り組むとか、理科の天体やイオンの問題で、途中で「今、何が起こっているのか」を繰り返し演習してみて、一人で『思い付く』練習をするのが勉強です。しかし、「本人が直ぐ分かるように教えてやって下さい」とか「分からないのなら、解説してやって下さい」とか「タブレットなら動画で分からせてくれるのに･･･」とまで言われてしまいます。初回だけ分からせる為なら動画も良いでしょうが、その後は問題の文に沿って自分の中で少しずつ動かせる練習が必要なのです。分かったから終わりではないのです。何故なら、本番の入試会場では動画のサポートなんて無いのですから・・・。「言えば」「聞けば」「習えば」と保育所か小学低学年の授業のように「先生が全部読んで、先生が全部解説して、先生が全部答えまで到達」して生徒はそれを書写したら「まぁ、すごい。良く出来たわねぇ」と花丸をつける授業を【良い授業】と言われる保護者が何と多いことか･･･。文部科学省や教育委員会の言う「自ら進んで疑問や問題点を見つけ、理論的に科学的に調べて解決する力」とは真反対の【機嫌を取って文句を言わせないようにする授業】を求める生徒・保護者の何と多いことか。英語にしてもそうです。『点数を上げるために【もっと良いように】教えてやって下さい』と平然と言われる方が居られますが、学校の授業で使われる英単語数は1994年には中・高で2900語程度だったのが、2020年には5000語になっています。単語を『覚える努力』や『覚えておく』努力をせずに【もっと良いように･･･】と言われても・・・。今、言った数は授業で使用する数です。大学入試では更に1500語から2500語が追加で必要だとも言われています。つまり学校は、最低限の量で、勉強に向かう意識と方法を教えてあげることしかできないのです。そこからは文科省の言うように『自ら進んで学ぶ生徒を応援する』だけなのです。「学校にはキチンと行っている」とか「ノートはキチンと書いている」とか「提出物は全部出している」なんて学校の最低量の典型なのです「学校に行かせてるんだから学校で完璧に･･･」は無いのです。「小学校では良く出来る方」とか「中学校では平均より上。だから賢い、だから中学受験で〇〇中へ」とか「高校は◇◇高校で、その後は必ず国立の●●大学へ」と平気で私たちに要望(クレーム！)の方が居られます。高校や大学なんて全国との競争です。いくら私たちだけに言われても。全国的にはこんなクレームなんて殆ど無いらしいんです。どうして、この地域だけ平気で「文句さえ言っとけば何とかなる」とか「塾の先生の指導にクレームを･･･」の風潮が出来てきたのですかね？何がこの地域と全国との「この違い」を作ったのでしょうか？どなたか教えて下さい。</description>
      <pubDate>Fri, 17 Jan 2025 19:15:33 +0000</pubDate>
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      <title>「そんなことはない」「私は分かってる」20250111</title>
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      <description>小学生が「そんなことはない。だって今までこうやってきたもん」小学生が「わたしはちゃんとやっている。だって学校の先生はこれで良いって」小学生が「私の勉強のやり方は正しい。このやり方でいっつも“〇”だったもん」小学生が「この前、間違ったところも、先生の説明で分かったから、次は大丈夫」中学生が「学校のテストで平均点位だから私は普通。私のやり方は正しい」中学生が「私は学校で上位。だから高校は〇〇に行って、大学は国立の◇◇が安泰」高校生が「中学では授業のノートを完璧に覚えたらテストで毎回上位。高校もそれで頑張る」保護者が「家の子は学校で『良く出来る』しか取らない。だから国立の◇◇中学へ･･･」保護者が「家の子は学校のテストは優秀。だから家の子の望むことだけ教えてやって」保護者が「家の子は素直でやる時にはやるんです。それまではゆっくりと・・・」保護者が「性格ややり方は個性なので触れないで、勉強だけ言ってやってください」保護者が「私だって殆ど勉強しませんでしたけど、こうやって普通の大人に成れています」保護者が「受験に【滑り止め】なんて許しません。気合と根性で絶対に▽▽校へ」保護者が「勉強が出来ない子は生きてる価値が無いのですか？将来は無いのですか？」沢山の方々と色んなお話しをさせて頂いて色んな意見や考えをお聞きしています。私がすべて分かっていて、すべて正しいなんて思っていませんが、沢山の経験や多くの人の実績を見て来て「考え」「行動」「結果」の関係性も学びました。それは『誰でも自分が経験したり見たり調べた範囲からしか判断材料を持っていない』ということです。そうすると、その範囲内だけですべてを判断してしまうか、その都度周りに意見を求めて判断するかしかないのです。小学生が「自分の勉強方法は正しい」って言ってたのに中学になって成績下降とか、高校受験しか経験ない保護者が子どもに「あんた、気合と根性で国立大学一本勝負」なんて聞くと複雑な気持ちです。「勉強が出来ない子は生きてる価値･･･」の意見も正しいです。私も『勉強が全て』『勉強さえ出来れば・・・』なんて思っていません。勉強の中身なんて、社会人になった時には役に立た無いものも沢山あります。理科や社会は役立つことは多いですが、数学なんて「連立方程式」や「因数分解」「微分・積分」なんて専門家にならない限り役には立ちません。知ってても買い物で割引もしてもらえません。じゃあ「勉強なんて全くやらなくても良いのか」と言うと、【それは絶対に違います】。何故なら、勉強が出来た方が「なりたい職業」に近づけます。また、資格試験を受ける時に勉強の方法を知っているので「少しだけ楽」に取れます。何より社会人になって「新しいこと」「初めてのこと」「分かってなかったこと」を学ぶときに「学び方」や「聞き方」や「使い方」を理解するのが速いです。つまり、会社で『あいつは呑み込みが早いなぁ』と認めてもらえ易いです。改めて標題にもどります。誰でも経験したり学んだ範囲からしか判断できません。小学生が「私は正しい。これからもずっとこのやり方で･･･」なんてあり得ないのです。大人も同様です。経験が無いのに、全部「分かった気」「分かってるつもり」が多いのです。この事実だけは認識しておいた方が・・・。あっ、私のことでしたか？ごめんなさい(ペコリ)</description>
      <pubDate>Sat, 11 Jan 2025 17:46:40 +0000</pubDate>
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      <title>“もの分かりの良い”母親 20250106</title>
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      <description>「子どもの希望を叶えてやりたい」「子どもの気持ちを大切に･･･」「子どもが気分良く･･･」「子どもがやりたいって言うんだから･･･」「子どもが嫌だって言うんだから･･･」と何でもかんでも(子どもの為にならなくても)すべてを叶えてあげる保護者を多く目にするようになりました。確かに「子どもが最優先」とか「子どもの夢を･･･」とかを思うのが親です。私でも人並み(以下だったかも…)に思ったこともあります。でも、嫌われても、喧嘩してでも子どもの思い(我儘)と反対でも【親の責務】としての「子育て」「しつけ」としての【苦言】も必要なのでは無いでしょうか？「私は、しょっちゅう言ってるんですけどね」「だって、子どもが〇〇(趣味や習い事)の日数が減るから塾に行きたく無いって言うんですもの」「だって、子どもが『やってる』って言って、部屋に入らせてくれないんですもの」「だって、言っても子どもが動かないんだもの…」「だって、『もう嫌』って言い出したらいくら【お願い】しても動いてくれないんです」大丈夫ですよ。それでも結果が出ているのなら･･･。しかし、結果が出ていない生徒の保護者ほど「だってぇ…」「でも…」「子どもが･･･」と言われます。「何が問題か」「どこを変えれば最短で･･･」を具体的に指導すればするほど「子どもが嫌がるんです。あのやり方はやめて下さい」と言われます。そりゃそうです。生徒が今までやってきたやり方と違う方法を指示しているのです。変化させるのは誰でも「嫌」です。「しんどい」です。しかし、結果を変えたいのなら「やり方」や「量」や「意識」を変える以外に方法はありません。何にも変えずに「行けば･･･」「聞けば･･･」「習えば･･･」「教えてもらえば･･･」を言われる人も居られますが、そんな筈は・・・。私たちが、どれ程努力しても「厳し過ぎる」とか「家の子はそこまで･･･」とか「勉強が全てでは無い」と更に叱られます。入塾時の面談では、「厳しく具体的に注意してもらえるって聞きました。◇◇高校へ必ずお願いします」と言われていましたが、私たちはどうしたらよいのですか？生徒が変わってくれないと、勿論何んにも変わりません。しかし、今までは「まだ小さいから･･･」とか「学校では平均くらいだから･･･」と放置していた保護者も認識を変えて頂く必要があると思います。生徒の将来を考えるならば、現在の【普通】は本当は【普通ではない】のです。「もの分かり」なんて個人の感覚・感情以外の何でもないのです。最後に悪い例を幾つか・・・。＊試験発表中に友達とカラオケに行くといったら「気を付けてね」と小遣いまでくれるもの分かりの良い母親。＊「私のやり方と違う」と言って、塾を３〜５か月で転々とする生徒と「あなたが通うのだから、あなたの納得する塾に当たるまで･･･」と何でも許す親。＊「宿題なんか無くても成績が上がるように『もっと良いように』教えてやって下さい」と保護者「もの分かりが良い」って何でしょうねぇ。</description>
      <pubDate>Mon, 06 Jan 2025 20:38:01 +0000</pubDate>
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      <title>令和７年も宜しくお願いします20250104</title>
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      <description>明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。皆さん、如何お過ごしですか?私はゴロゴロの「寝正月」を過ごした後で、今日から始動です。受験生が模擬テストに来ます。頑張ります。</description>
      <pubDate>Sat, 04 Jan 2025 08:28:56 +0000</pubDate>
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      <title>令和６年も有難うございました。20241231</title>
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      <description>令和６年も今日で終わります。今年も１年お世話になりました。有難うございました。この「ひとりごと」でも色々意見や思い(悪口だと言われたこともあります)を綴ってきました。ここ、数年の社会や人々の変化が大きすぎて、ネタに困らなかったことは喜ぶべきか嘆くべきか。これからも、何て言われても「事実を事実として」伝えていきたいと思っています。(まさか、嘘や誰かを貶める作り話はダメでしょう。あと、過剰なきれい事や煽ても)では、来年もよろしくお願いいたします。</description>
      <pubDate>Tue, 31 Dec 2024 15:44:39 +0000</pubDate>
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      <title>わかったつもり　20241223</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-159497/</link>
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      <description>最近、西林克彦先生著の「わかったつもり」と言う本を見つけました。先生は、文章の読解についての専門家なので、読解力についての内容を書かれています。大筋を言うと(言っても良いのかな？先生、ごめんなさい)、簡単な文章は、さらっと流し読みをしただけで結果は別として分かった気になる。複雑な文章でも文法のルールが理解出来ていれば必ず「わかる」人には「わかる」「わかったつもり」「わからない」がある。もちろん、「わかる」が理想だが、「わからない」がおこることは仕方ない。一番問題なのは「わかったつもり」だと。「わからない」よりも問題だと。わからなければ、「再度見直し」たり「聞いた」り「調べた」りするが、『わかったつもり』は本人は【完璧】と自負しているので決して調べないし聞かないし修正もしない。当然のように放っておく。最悪だと。これを勉強に置き換えて地元の小・中学校で考えてみます。以前から何度も何度もお話ししていますように、現在の地元小中学校の授業は「出来て当然」「分かって当然」「テストで満点取れて当然」の授業です。と、言うことは小学校で90点、中学校で80点以下の得点は正しいのでしょうか？正しいやり方や正しい努力をしていれば、正しい結果が出ているはずではないでしょうか？ましてや、小学校で80点、中学校で60点を取っておいて、自分のやり方に間違った自信を持っている生徒に、たかだか3・4か月で偏差値を20も上げることなど「？？？」以外に申し上げられません。実際には「分かっていない」のに、「何かこんな感じ」「多分こんな感じ」と【わかったつもり】が当り前のようになっていて、そのやり方を過信して続けてきた結果ではないでしょうか？最近では、「人それぞれ」「各人の自由だ」「個々を認めろ」等の風潮の中で、勉強以外でも、大人でも子どもでも「私は、分かっている」「「私は、知っている」「私は、やっている」「私は、出来ている」「私は、間違って無い」「私は･･･」「私は･･･」と、周りを確認することや周りの意見を聞くことを必要としないどころか、自分の意見をキチンと主張すること“こそ”『新しい時代の形』と勘違いされている方が多く居られると感じます。「わかったつもり」だけでは無く、「分かった気」「やってるつもり」「出来てる気」「出来てるつもり」等の「とにかく私を・・・」が増えていると感じているのは私だけでしょうか？「聞けば･･･」「習えば･･･」「教えてもらえば･･･」「行けば･･･」「行かせれば･･･」「その内に･･･」「やらないよりは･･･」を言われる方が居られますが、勉強も社会生活も同じです。それでは正しい『わかった』は手に入り難いと思います。もっと主張の強い方は「私(保護者)の若い頃は･･･」「勉強が全てでは無い」まで主張されます。何を求めて《“学習”塾》へ？結局「わかった」は、【素直にルールと指摘を受け入れて】「見たり」「聞いたり」「読んだり」した結果に得られるものだと思います。</description>
      <pubDate>Mon, 23 Dec 2024 18:04:32 +0000</pubDate>
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      <title>「迷惑を掛ける」ってどんな意味？20241217</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-159437/</link>
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      <description>「迷惑」って何でしょう？有名な辞書によると「困り苦しむこと。難儀すること」「他人からやっかいな目にあわされて困ること」とあります。皆さんはどうですか？迷惑を掛けていませんか？迷惑を掛けられていませんか？どんな場面で「迷惑だなぁ」と感じますか？もちろん、「非人道的な行動」や「社会ルールとかけ離れた行動」に出会った時には、殆どの人が【眉を顰める】のではないでしょうか？では、通常の生活や活動の中で「迷惑だなぁ」と感じるのはどんな場面でしょうか。「決まりやルールを守らずに自分勝手な行動をされたとき」「突然、こちらの都合も関係無く、無理な要求をされたとき」「イレギュラーな時間にイレギュラーな手間やイレギュラーな作業を求められたとき」「その場の周りの人々を不快にさせる行為をしたとき」等々ではないでしょうか？残念なことに、これらの行為を行なっている人たちの大多数は「自分が周りに迷惑を掛けている」との自覚が無く行動しているそうです。もちろん、自覚があった上でやられたのでは【悪意】でしかないので【最低の行為】です。では、私たちの場合で考えてみましょう。例えば、病院の先生の言い付けを守らないで、注意や指示に反する行動をしておいて、中々治らないとして「あそこの医者はヤブじゃダメじゃ」と吹聴することはどうでしょう？学校の先生が「これは、今日、絶対に覚えて来るんよ」と指示したものを無視・スルーして英語の点数が悪いのを「あの先生の教え方が悪い」「先生の指導力が･･･」はどうでしょう？塾で、「今までのこのやり方をやめて、これからは絶対にこうするんよ」の指示を無視し続けるので強く注意すると「私の頑張りを分かってくれない」とか、宿題を無視し続けて【周りの生徒の悪い見本になっている】のに「宿題なんか出さなくても勉強出来るように“もっと”良いように教えて欲しい」は、周りの生徒への迷惑じゃないですか？上記生徒の保護者から「家の子に聞いたら、チャンとやってるって言います。もっと家の子を分かってやって下さい」はＯＫですか？「最低でも〇〇高校へお願いします」って言われる保護者にこれをお伝えすると「まぁ塾に行かないよりは･･･、勉強をやらないよりは･･･」って言われますが、これはどうでしょう？「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」「行けば」「行かせれば」で保護者は放置。「あの塾に」「あの学校に」「あの指導者に指導してもらえば」で生徒も保護者も指示には従わず結果だけは“絶対”と求めるのは？近年の傾向として「権利」とか「お金払ってるのに」とか「パワハラ」とかで、「何を言っても許される」「何をやってもやらなくても許される」の風潮があります。自分に向けられたら「攻撃」や「悪評の吹聴」に繋がるのに、自分から周りには「当然の権利」なんですかね。その意識と行動そのものが【迷惑】の代表選手ですね。あっ、またまた叱られそうです。先に謝っておきます。ごめんなさい！</description>
      <pubDate>Tue, 17 Dec 2024 19:33:35 +0000</pubDate>
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      <title>「私は･･･」「家の子は･･･」20241216</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-159420/</link>
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      <description>生徒が度々口にするセリフです。「私は、言われたようにやっている」「私は間違っていない」「私は分かっている」「私は知っている」「私は悪くない」「私のやり方は間違っていない」「私の頑張りを分かってくれない」「私は先生の話をキチンと聞いている」「私は宿題をキチンとしている」また、それらを口にする生徒の保護者が度々口にされるセリフです。「私はキチンとやってます」「私のやり方は間違っていないです」「私は子どもの事は完全に分かっています」「私は知っています」「私のやり方が悪いって言うんですか」「私の対応が間違っているって言うんですか」「家の子をもっと分かってやって下さい」「私はちゃんと聞きました」「私は、いつも言っているんですけどねぇ…」「私はキチンと対応しています」これらのセリフの個々について良し悪しのコメントをすることはできませんが、長年の経験上のお話しをします。成績優秀生徒や成績急上昇生徒、そしてその保護者様は殆ど使われないセリフです。勉強だけで無く、これからの長い人生において学び続けることは必要ですが【前記セリフ】は『頂上』『ゴール』『終了』『完全』の状態を意識されている内容のように聞こえます。自己を守って生きていくことは必要ですが、新しいことや改善方法を全く受け入れずに、今の自己を守り続けることで大きく変化する今後の長い人生に対処できるのでしょうか？子どもを守ってやることは保護者の責任でしょう。しかし、何も経験や苦労や我慢をさせずに、『最強の鎧』を着せてやって保護者の手の中で子どもの思い通りにさせることが守ってやることなのでしょうか？結果は不問なのでしょうか？「人それぞれ」「各家庭の自由」「個人個人の性格や価値観」って言われればその通りです。私がとやかく口を出せるレベルではありません。しかし、求められる結果は個々の価値観とは違う世間相対的な価値観「成績」とか「合格」とか「成長」です。ならば、「完全にロボットや奴隷になれ」とは言いませんが、ある程度は世間の価値観と相対的に見比べて修正する必要が大切なのでは・・・？月謝を頂いて「成績上昇」を希望されてお預かりした大切な生徒たちです。大切な「ご縁」です。今は苦しくて泣いてしまっても、数年後には、その生徒の笑顔が見たいのです。『人間力が学力に！』です。</description>
      <pubDate>Mon, 16 Dec 2024 19:12:07 +0000</pubDate>
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      <title>事実を伝えると叱られる20241210</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-159361/</link>
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      <description>「耳当たりの悪いことはなるべく聞きたくない」「耳障りな事を聞くと暫くテンションが低いまま」「出来るだけ嫌な事からは目を背けたい」当り前のことです。誰でもそう感じると思います。嫌な事、しんどい事をたくさん言って攻めて欲しい体質の人なんて、極々少数派だと思います。昔から使われてきた言葉など(禁止用語ですが)で言うと、「あなた、デ☆ね」や「あなたブ〇ね」「お前はバ◇だ」等は、できれば聞きたくありませんし、言う方も、社会風潮から躊躇するのが当り前になっています。じゃあ、何でもかんでも事実を言わずに『きれい事』や『言葉を濁して』有耶無耶にすることが正しいのでしょうか？例えば、病院で「血圧が150mbで高いですね」と言わずに、「血圧はどう思われますか？」と患者の意向を聞いて対処してあげることが正しいのでしょうか？「尿酸値が高いです。このままでは痛風になりますよ。食事に気を付けて･･･」と言わずに「玉子やイクラや明太子はお好きですか？まあ、食事は個人の自由ですからねぇ」と自己判断に任せてあげることが優しさですか？このままでは『資格試験』に不合格確実なのに『頑張れ〜！可能性は０％では無い』と最後まで事実を告げずに失敗した後で『頑張ったのに残念だったねぇ』と綺麗事の慰め言葉を掛けてあげる方が優しさですか？(現在では、そんな塾や専門学校が【優しい】と持て囃されています)誰に聞いたって『そんなんオカシイじゃん。分かっとるんなら何で早めに言うてくれんのん』と言われると思います。当然です。手間と時間とお金を掛けて、わざわざ病気や不合格を求める人なんて居ないですよね。さ〜〜ぁ、私が不思議なのはここからです。どうして「学校」や「塾」が事実を伝えると「失礼な」とか「何〜に、偉そうに」とか「そんな事は無い」とか「もう結構です、あっちの〇〇塾に行きますから･･･」なんでしょう？更に「小学校の通知表では、ほとんど【よくできる】だから家の子はスゴイ」とか「小学校の先生は【心配無いですよ】って言ってるから大丈夫」とか「小学校のテストでいつも80点以上だから、家の子は出来る方」とか「中学校のテストではいつも平均点より上、だから実力は中の上」とか実力の判定が【思い込み】や【イメージ】なのに一方的にマウントを取られる方。更に更に困るのが「だ〜か〜ら〜！わざわざお金出して塾に通わせるんですよ。何とかするのが塾(学校)の仕事でしょ」「あっちの塾では【頑張ろう】だけで、そんな失礼な事は言われなかったわよ。ここ、ダメね。自分たちの力の無さを生徒の責任にして、たくさんお金を取ろうとしてるのね」まで言われてしまいます。一番困るのは「厳しそうだから無視して、優しい方に行こ」です。最初に戻りましょう。下品なコンプラ的に許されない暴言を発したのなら非難されて当然です。当然、普通の大人ですから初対面の方に「べらんめぇ」調で喋るなんてありません。病院で言ったら、症状の原因と数値・現状と対処法をお伝えしているだけです。何故、塾では許されないのでしょうか？間違いを修正し、望む結果や上昇を求められているのではないのですか？“流行り”の【優しい】【叱らない】塾で全員の生徒が修正できるとは思えません。私たちは毎年毎年の学校や生徒たちの実状を調べ・確認することを長年続けてきました。それを「そんな事はない」と非難されるのは、事実より【聞こえの良い綺麗事】が良かったのかな？事実をお伝えすると叱られるのですから・・・(涙)。</description>
      <pubDate>Tue, 10 Dec 2024 20:19:18 +0000</pubDate>
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      <title>学校で習ってないから・・・20241206</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-159323/</link>
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      <description>最近の生徒たち(時には保護者も)が度々口にするセリフがあります。何度「違うよ」と注意しても聞いて(受け入れて)くれないセリフがあります。そのセリフが「これは学校で習ってないから出来なくても仕方ない」「これは学校で言われて無いから、知らなくても良い」「学校ではこれ位しか言われない」「学校ではこれでも許してくれる」「学校では、私(僕)より下が居る」「僕(私)(家の子)は平均点より上だから優秀」「小学校の授業で分からないものは無い」「小学校のテストでは、いつも大体90点」何度もお話ししていますが、近年の小・中学校の授業はテストの式と答えを黒板に書いて解説しているようなものです。テストも単元確認と『通知表』を付ける為の指標です。そのテストも平均点が60点前後に成るように(そうしないと教育委員会・校長・理事長に叱られるから･･･)調整して【信じられないくらい易しい問題】しか出していないのです。中学校は勿論、小学校にいたっては【教科書ズバリ】のテストです。何故40点や60点が(小学校で80点と同等です)が起こるのか分かりません。成績優秀者や成績上昇中生徒は、注意すると「えっ？そうなん？」「知らんかった」と受け入れてくれて、徐々にその勘違いや自己満足は修正してくれます。だから受験や今後の授業の進行にも付いていけます。しかし、問題なのは「･･･じゃない生徒」「･･･じゃない保護者」です。さぁ、出ますよ。伝家の宝刀・枕詞が！「そんなことは無い」「私の努力を分かってくれない」「家の子を分かってやってください」「失礼な」「生徒それぞれの･･･」・・・・・・の後ろに色々言われます。「だって学校ですよ」「学校で教えない事を試験に出すなんて…」「ズルい」等々です。じゃあ、「学校で習ったこと」「学校で先生が言った事」は全部できるの？「習って無い」って生徒が言う問題を確認すると、黒板の板書から『図形が反対に向いていた』とか『数字が変わっていた』とか『定義を逆から聞いてきた』のレベルです。これは「習って無い」のですか？「分かって無い」のですか？言われたことだけ「何も考えずにそのまま書く」なんて【保育所のぬり絵】と同じじゃないですか。「学校のテストでは・・・」「学校のクラスでは・・・」「学校の先生は・・・」って学校学校って言われますが、そうやって何でも責任やクレームの対象になるので、学校側とすれば「皆んながじっと座っていられるレベル」の授業に限定し、言われたことを「やる」か「やらないか」は文字通り【自由】な扱いにするしかないのです。他に「学校のテストの点数が上がる」を売り文句にしたり、それを保護者が過大に求められる傾向にありますし、塾選びの基準になっているとも聞きます。学校のテストの点数なんて「出る問題は分かっている」のです。そこだけ集中的に繰り返し演習すれば簡単に上げることは出来ます。生徒も今までは「聞いたら終わり。後は提出物を埋めるだけ」から少しだけ勉強に触れている時間が増えるのだから残って当然です。これらの行為が本当の「勉強」「学力」「実力」になるのでしょうか？今後も使えるのでしょうか？あっ、又々「個人の自由でしょ」って叱られそうですね。失礼しました。</description>
      <pubDate>Fri, 06 Dec 2024 21:02:55 +0000</pubDate>
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      <title>犬の件、ご心配おかけしました20241205</title>
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      <description>先日、我が家の「愛犬」が脳梗塞になり、色々大変だということを呟きました。おかげ様で、約１か月で95％回復しました。最初は後遺症も覚悟して下さいと言われたのですが、それも無く、多少の「あれっ？」くらいで何もなく生活できています。ただ、当初、水も飲まない、食べ物も口にしないで、体重ダダ減りで色々なおやつや高級食事を少しずつ与えて乗り越えました。その弊害で、今まで食べていた安い物等は「プイッ」で一切見向きもしなくなりました。分かり易く言うと「我がまま美食家」になってしまった事が後遺症です。これは時間を掛けて、少しずつ我慢させて慣れさせるしかないですね。気を寄せて頂きまして有難うございました。</description>
      <pubDate>Thu, 05 Dec 2024 21:01:49 +0000</pubDate>
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      <title>成績アップを保証します？20241116</title>
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      <description>「うち(塾)に来れば、誰でも成績は上がりますよ」「生徒の望むように、優しく指導します」「生徒や保護者の要望にはすべてお応えします」「成績アップ保証」って、チラシ等に書いて生徒集めをしている塾、たくさん目にするようになりましたね。定期テストで30点だった生徒が次回のテストで突然85点になったとチラシやホームページに書いてある塾、これも度々目にするようになりましたね。「あそこの塾はハイレベル校への進学実績がすごいから、家の子も必ず･･･」「家の子が嫌がる塾(厳しく指導)は悪い塾」「家の子が選んで来た塾が(どんな指導方法でも)良い塾」「あそこの塾は親の私にも偉そうだから、気持ちよく月謝を払えない」「この塾、子どもの成績不振の責任が私にあるように言うのよ。失礼ね」「いちいち塾を見てまわるなんて面倒臭いわね。チラシやホームページで分かるじゃない」って、「成績アップ」と逆行する言動をされる保護者。前記の塾の行為は、宣伝効果を考えれば確かに１％でも発生すれば、それを書いても虚偽ではありません。経営努力としては正しいと思います。しかし、誰からもチェックが入らないからって「誰でも･･･」や「すべて･･･」や「･･･保証」は言い過ぎですし、「保証」なんて出来るはずがありません。そんな特殊な方法があるのなら、私も入塾させて頂いて学びたいと思います。前記の保護者の発言を聞いていると、自分も生徒も楽をして簡単に結果だけ得られる「イメージ」や「甘言」を丸々信じて受け入れているように感じます。前記のような、生徒の現状も原因も何も関わらず「私たちは教えた」「成績は生徒次第」「私たちに責任は無い」の『儲け主義塾』ならいざ知らず、一般的な真剣な塾や、私どもの塾(自画自賛)は絶対にこんなセリフを公言しません。正確に言うと公言できません。勉強が出来る出来ないには必ず原因と理由があります。それは本人の意識・行動・量・勘違い・わがまま等の場合もありますし、家庭での対応や許容(悪く言うと甘やかし・放置・勘違い)が原因の場合もあります。そこを改善せずに、ただ知識だけを説明・注入してあげても入っていきませんし、残らないので無駄な時間になってしまいます。成績上位生徒は、その部分は出来ていて学校の授業量やレベルでは自分の求める満足に届かないので「もっともっと」と難位な知識を求めているのです。だから一斉授業形式の進学塾でも更に学力に磨きがかかるのです。一方、成績不振生徒や伸び悩み生徒は、自分で「これ位なら･･･」「今までこのやり方で･･･」「学校の先生はこれでも叱らないから･･･」「だって、私はこの方が楽だから･･･」「母さんは、これでも叱らないから･･･」と何かにつけて【言い訳】や【言い逃れ】を続けてきたから伸びないのです。楽をしてできる筈など無いのです。『学問に王道無し』と言われ続けていることがすべてです。そこを変えないで「来れば･･･」「行かせれば･･･」「叱られなければ･･･」で、実力が変わる訳がないのです。「自由」とか「人それぞれ」「権利」「パワハラ」の名の下に「受け入れ」とか「素直」「辛抱」「繰り返し」「継続」の、勉強の基本の「き」を求めずにどうすればアップするのでしょう？「行ってる」「行かせた」の自己満足だけで、結果を求めずに最後には「勉強が全てでは無い」「これがこの子の運命」と又々別の言い訳を言い続けるのが現代のトレンドなんですか？塾もそれに乗っかった方が良いのですか？私は、これからも「人間力が学力に」を信じていきます！</description>
      <pubDate>Sat, 16 Nov 2024 17:13:48 +0000</pubDate>
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      <title>大変なことが・・・　20241110</title>
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      <description>我が家に愛犬「そら♀」が居ることは何度もお話ししましたよね。彼女は15歳と３か月になります。人間の年齢で考えると80歳くらいの「おばあちゃん」です。今回も仕事終わりに散歩に連れて行き、喜んで走り回っていました。帰って来ていつも通りに餌を与え喜んで食べていました。深夜、通常の就寝の時間まではいつもと全く何も変わった様子はありませんでした。翌朝、何と食事を嘔吐しているじゃありませんか。声を掛けても寝そべっています。「どうしたのかな」と思いながらも「まぁ、歳だから眠たいのかな」くらいしか思いませんでした。昼頃、見に行ってもやっぱり動きません。異変を感じ、無理やり起こして立たそうとしましたが、足に力が入らないらしくフニャフニャと転んでしまいました。頭も右に傾けて身体も右へ右へと流れていきます。ビックリしていつものクリニックに電話しても自宅に連絡しても不在です。「困った困った」で初めての動物クリニックに電話して状況を伝えると「直ぐに連れて来て下さい」で慌てて行きました。先生の見立ては「脳梗塞で視界がぐるぐる回っているようになってるから、立てないし船酔い状態で食べれない」でした。点滴と注射を受けて帰りました。何にも食べてくれないし水も飲めないので毎朝点滴と注射に通っています。５日経って少しだけ歩けるようになってきましたが、まだ水は飲めません。水分補給用の「ちゅ〜る」でごまかしています。まあ、徐々にですが改善が見れますので飼い主の責任として暫く頑張ってお付き合いします。話は変わりますが、私の親父も86歳の時脳梗塞で半身不随になって車椅子生活になりました。人間も犬も年齢には勝てない「同じ動物だなぁ」と思いました。「お袋も親父も愛犬も・・・・・・私は幾つの命を送らなければならないのかなぁ」と感じている今日この頃です。</description>
      <pubDate>Sun, 10 Nov 2024 20:01:51 +0000</pubDate>
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      <title>塾選びの基準――今昔の比較  20241105</title>
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      <description>この仕事を始めて、早いもので20年も経過しました。当時、この地域に「塾」と言えば「一斉塾」「集団指導塾」「くもん」くらいしか存在がありませんでした。「個別指導って何？」の説明が最初の仕事でした。当時から「生徒と正面から向き合って間違いを正し、保護者とも色々話し合って、生徒の将来に役立つ指導」をしたいと思っていました(ちょっと大袈裟で独り善がりですね)。当時からの先生がたも賛同して(本心と信じたいです)頑張って頂きました。当時も、成績が低い生徒は沢山居ました。しかし、わざわざお金まで払って勉強しに塾に来るのですから、本人も覚悟の上、今までのやり方を修正し我慢を重ねて、確実に成績を上げたいと先生の指示に従っていました。本音で先生と会話し、何とか妥協点を見つけて改善していました。保護者も、入塾前の説明に大勢お越し頂いて、「きびしいですよ」とか「色々、細かい注文を付けますよ」に対して『当然です』『願ったり叶ったりです』と生徒の「嫌じゃあ」とか「先生が怒る」に対しても『あんたが先生の言うようにせんけぇじゃろ。あんたが悪い』とお家でフォローして頂けていました。不登校の生徒も居ましたが、数回来ただけで嫌がった時には、車で無理にでも連れて来られていました。お陰でその生徒は、クラブにも入り友達もでき、大学にも行ってくれました。もちろん、全員が成績上昇してくれたわけではありません。意地や信念を持って反発し、決して宿題はやって来なかった「ど根性生徒」も居ました。当時から「子どもの･･･」「子どもが･･･」「親は仕事で･･･」と【出来なくなるだろうなの対応】や【過剰なきれいごと】の態度を示されていた家庭の生徒は、残念ながら「中々結果に･･･」もありました。しかし、それは少数派で、「あんなに叱ったのに、今から思い出すと素直だったよなぁ」の生徒が多かったです。厳しく指導もしましたが、生徒も保護者も本気で正面から「辛くても変わりたい」と向き合ってくれました。その証拠に、当時、叱っても叱っても耐えて結果を掴んでくれた生徒は、大学や社会人になっても時々遊びに来てくれます。時代は変遷し、平成の終盤から近年。つまり、ここ数年の話です。色んな保護者やお母様がたに意見や考えを聞く機会があると出来るだけ拝聴してきました。塾選びの基準を聞いた時に「あ〜ぁ、でしょうね！」と愕然と同時に落胆を覚えました。「新しい」「有名」「最新のパソコン・ＩＴ機器」「優しい」「叱らない」「宿題が無い」「子どもの納得する(嫌がらない)教え方」「子どもの意見を尊重してくれる」等々でした。後半の「叱ら･･･」から「･･･尊重してくれる」に至っては、結果が出ている生徒(現在の小・中学では２割程度)なら納得ですし、非常に嬉しいことですが、結果が出ている生徒や保護者はこんな発言はされません。これらの発言はほとんど結果が出せていない生徒と保護者です。小学・中学になっても幼稚園並みの「優しく」とか「自由」とか「無限の可能性」の言葉の下で『好きなように(悪い言い方をすると放置)』させてきた結果で、問題が表面化していても生徒本人も保護者も我慢や修正がきかなくなっているのでしょう。改めて気付かれた保護者が『厳しく注意して頂けるって聞いて連れてきました。何卒よろしくお願いします』と入塾されても、昔と違うのは親子の会話です。近年、よく起こるのが、問題点が見つかって生徒に今後のやり方や改善箇所を具体的に指示して２〜４か月。突然、保護者がお越しになられて「今日でやめます」です。事情と経緯をお聞きすると、生徒が「私を分かってくれない。私を悪くばかり言う。だからもう行かない」　保護者「と、言った後、いくらお願いしても動いてくれないので、仕方無いです」「そう？じゃあ他に変わる？」って言うとやっと動いてくれたので･･･。　何でお願い？これって、おもちゃ売り場で駄々捏ねて居る３歳児と同じですよね。「子どもが自分で選んだ塾が、この子にとって最適な塾」も度々聞きます。そりゃあ、生徒は楽で変化しなくてもよい所を【あえて】選びますよね。子どもの将来の為の我慢・素直・継続の訓練とその結果の成績より、【無理してでも塾に通わせた】気持ちと形、子どものプライドの方が基準になってるんだなぁと感じました。</description>
      <pubDate>Tue, 05 Nov 2024 20:48:40 +0000</pubDate>
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      <title>学校のテストの点数は・・・20241103</title>
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      <description>「家の子、小学校のテストでは、大体90点〜100点なんです。あゆみ(通知表)もほとんど【よくできる】で優秀なんです。だから〇大付属福山中(偏差68程度)を狙ってます。お願いします」「家の子、小学校のクラスでは出来る方なんです。だから今(夏休み明け)からチョコチョコっと教えて頂いて、〇〇中の特進コース(偏差50程度)へお願いします」「夏休み明けに小学校の仲良しさんが中学受験をするって聞いて帰って、家の子も同じ中学に行きたいって言うんです。学校の実力は普通(テストは殆んど75点〜95点らしいです)なので、何とか今からでも同じ中学にお願いします」「家の子、中学のテストでは大体平均点は取れています。だから普通レベルの〇〇高校(偏差48程度)へお願いします」「家の子、中学では大体80〜85点を取ってくるんです。だから『今までより少し頑張るから最高位の〇〇高校(偏差62程度)へ行きたい』って言うんです。お願いします」「家の子、小学校から【英語】は良く出来るって褒められてきました。だから中学からは数学だけで充分です。将来は〇〇高校(偏差62程度)を考えていますのでお願いします」「家の子、中学校のテストではいつも35点〜50点位なんです。今から(４月)入塾させますから最低でも〇〇高校(偏差45〜47程度)へお願いします」「家の子、中学校のテストでは大体90点以上を取ってます。余裕で〇〇高校(偏差62程度)位入れますよね。将来は国立大学以外考えていませんので、必ず〇〇高校には入れて下さい」以前から何度もお伝えしていますが、地元の小・中学校のテストでは実力は測れません。教室のある地域は県内でも有名な成績不振地域です。学校の先生が悪いのではなく普通レベルの授業をしても、生徒がついてこないのです。必然的に授業レベルやテストのレベルを下げざるを得ないのです。勉強はルールや用語や単語を理解して覚えておき、問題に応じてそれらを組み合わせて答えに辿り着く作業です。ところが、現在の学校の授業は、テストの解き方と答えを板書で解説しているようなものです。つまり完全に覚えておけば、分かって無くても小学では１００点、中学では90〜95点は取れるはずなのです。つまり、正しい学習意識と学習方法を身に付けていない状態で、高得点しているのです。やる気満々で自ら疑問を持ち知識を取りに行く位の生徒なら半年や１年で偏差値を10位上げることは可能ですが、「何かこんな感じ」とか「よう分からんけど、これはこう書いとけば良いんじゃろ」の生徒は、まず【やり方】からの修正が必要なのです。「有名な進学塾に行けば、テクニックを教えてくれて、直ぐに上昇する」とか「あぁ、大丈夫ですよ。うちに来ればみんな成績アップしますよ」と優しいとか儲けを第一に考えているところでは、上昇出来る生徒は【一握り】だけです。地元小・中学校のテストは、授業の単元確認テスト状態で、通知表の評価を決める素材になってしまってます。出来て当然。ほとんど書けて当然なのです。点数では受験の実力は測れないのです。因みに、前出の生徒の予想偏差をお伝えします。あくまでも長年の経験からの予想です。個々の生徒の実力は、授業か模擬テストで測ってみるまで分かりませんが・・・。は偏差40かな？１年やそこらで、偏差を30近く上げられますか？は42〜3かな？４か月でどこまで届くか。は可哀そうですが35位かと。もっと早めに対処してあげないと・・・。は、偏差37〜38位かな？中学テストの平均は全国の平均ではないですよ。は45位かな？一見優秀に見えますが、問題のレベルが･･･。は英語の偏差は50以下です。だって文法よりも、ノート丸覚えなんだもの…。はとっても可哀そうです。偏差30〜32ですね。早めに対処しないと高校受験なんて･･･。でも偏差53〜57しかありません。これが現実です。学校のテストの点数で安心や過信をしていると後々の落胆が大きく・・・。丁度時間となりました。その原因と対応・改善方法のお話は別の機会に・・・。</description>
      <pubDate>Sun, 03 Nov 2024 14:03:33 +0000</pubDate>
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      <title>「『勝ちたい！』人」が増えています20241101</title>
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      <description>ひと昔前の「受験戦争」や「24時間闘えますか？」の時代ほどではないですが、学生にとっては進学や受験は常に周りとの競争ですし、社会人になってからも、社内での重要度や他社との競争に勝ち残ることを求められる場面が続きます。そういった中で「『勝ちたい！』人」が増えていることは、社会経済の将来や学習環境の発展のために素晴らしいことだと思います。かと言って、負けた人や勝てなかった人はダメだとか、価値が無いなんて全く思ってないですよ。(今まで、散々この手の話をするとすぐにこんな口撃をされてきたので・・・念の為)では、「勝つため」にはどうすれば良いのでしょう？「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」と『孫子の兵法』に書いてあるように、まず、相手や周りの「やり方」や「実力」を詳しく見て、自分の「現状」と「やり方」との違いを考えて分析し、その差を埋めるべく努力や練習をすれば良いのですよね。口で言うのは簡単ですが、これが中々辛い作業なんです。かく言う私も何度も何度も挫折して勝てなかった分類の人間です。そんな辛いのを覚悟の上で「『勝ちたい！』人」が増えているって聞いて喜んでいたのですが、どうも実状は違うようです。もちろん、本格的な「勝ち方」を求めて、日々「我武者羅」に「遮二無二」に「必死」で努力や練習を続けている人も居ます。後日、確認すると、そんな人たちは「勝ち」を手にしていました。私が「あれっ？」「それでは・・・」と感じているのは別パターンの方々です。それは、『勝ちたい！』気持ちは誰よりも強いのに、『孫子の兵法』は実践しない人達です。それは何かと言えば、「そんな事は無い」「私はやってる」「クラスの“みんなが”そうだから・・・」「学校では(お母さんは)これでも許してくれる」「何とかなる(誰かが何とかしてくれる)」って、決して自分の不足を認めないし、誰かの“せい”にする生徒たち。もっと問題(上がらないな)と感じるのは、「理不尽でも、自分が間違えてても、とにかく他人を『口撃』して留飲を下げる」「自分の行動を棚に上げて、口コミや井戸端で悪口を吹聴する」「よく知らないのに、自分や家族への意見は『すべて悪口』として無視してしまう」「比べる相手の悪口(作り話)を言ってでも、相手を下げて自分が上の様に見せる」「結果より、『自分の立場』や『聞こえ』だけを守って、勝った気になって満足する」「何〜に偉そうに。私はお金を払ってるのよ。気持ちよく払いたくなる対応をして」を日々実践して子どもに見せている人の方が問題では無いでしょうか。それで、自分の思う「勝ちのゴール」に到達できなかった時には「まあ、勉強だけがすべてではないから・・・」「別に出来なくても死ぬ訳じゃないから・・・」と又々傍若無人な納得をしてしまわれるか、「あの先生(塾)ダメね」と更に口撃が始まります。最初に戻ります。本気で勝ちたい人は「素直に聞いて実行」して、結果を手にしています。出来ていない人ほど「実行」より「つもり」が先行しています。指摘されたら「あぁ、そうなん」と一回だけ素直に聞いて実行すれば、絶対勝てるのにねぇ(涙)</description>
      <pubDate>Fri, 01 Nov 2024 20:12:43 +0000</pubDate>
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      <title>中１ギャップの明確化20241022</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158849/</link>
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      <description>ある有名な塾(森塾)の指導方法を説明するサイトに興味深い内容を見つけました。私が何年も前から言い続けてきた内容と同じです。一部分だけコピぺさせて頂きますのでご覧ください。中１になる前の重要ポイント【背景と現状の課題】全国の先生方から、・小学校で習った英単語が「話せるけど書けない」まま中学校に進学してしまう・・・・小学校では英文法をちゃんと学習できていない・・・・以前と比べて中１の1学期の定期テストの成績が下がっている・・・・小学校での算数が理解できていないまま中学校に進級してしまう・・・といったお悩みをたくさんいただきます。もう少し具体的にお伝えしますと、■英語・小学校で習った英単語を書くことができない・・・。中学校の教科書では，平均580語が小学既習単語として処理されてしまっています。小学校で学習したフレーズを「文法として」理解できていない・・・。小学校で“Where did you go this summer?”　“I went to the mountains.”などのフレーズを学習しますが、アクティビティで登場するのみで「動詞の過去形」は習いません。中学英語での文法指導の早期化や内容の圧縮が目立つ・・・。助動詞canや疑問詞whatなどが1学期のテスト範囲に含まれるようになりました。さらに、指導時期が早まったことにより、扱われる文法事項が圧縮され、1章あたりに習う文法事項が増えました。■数学小学校で習った内容の定着が弱い・・・。通分・約分や計算の順序のきまりなど、生徒は「やり方は知っている」状態であるにも関わらず、「言葉や内容を分かる練習」の定着が不安定で計算ミスを起こしてしまいます。中1 数学は文章題が多いですが、文字式の単文立式であっても、テストでの正答率が低い。図形の公式は中学校でも学年・分野問わず出題されますが、小学校では五月雨式に習うので、まとめて問われたときに混乱してしまう生徒が多いです。ねっ？ごもっともでしょ？</description>
      <pubDate>Tue, 22 Oct 2024 16:30:31 +0000</pubDate>
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      <title>端末重視で学力低下20241022</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158848/</link>
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      <description>今日(10月22日)の読売新聞の１面に衝撃的な記事が出ました。『教科書「紙」に回帰　端末重視で学力低下』です。ＩＴ先進国のスウェーデンでは、当然のようにデジタル教材や端末を利用した指導が20年前に始まり、2006年に端末を配備して指導する方法が導入されました。その結果を検証した内容です。ノーベル生理学・医学賞を選考している機関の研究所の教授が「ダメ」だと声明を出したのです。私たちが「考えない」「記憶に残らない」「分かった気」「覚えた気」になっていると訴え続けていたことを裏付けた発表になっています。『デジタルは全てダメ』と言っているのではありません。学びたくて知りたくて、もっとやりたい生徒には簡単に知識が手に入るツール(道具)としては良いでしょう。しかし、一方的に与えられた端末に一方的に送られたデータは食べもしない食材のように、気持ちは満腹になって、奥に追いやられて腐ってしまいます。スウェーデンの大臣も軌道修正を明言しています。さて、日本に目を向けてみましょう。国は「全ての教科書をデジタル化･･･」とか「国語の教科書までデジタル化」と信じられないことまで言い出しています。その上、「最新のＩＴ技術を使った塾が最良の塾！！！」「パソコンを使わないで、まだ紙で指導するのは古臭い」と信じて疑わない「？？？」な保護者が激増中です。私たちは【現場】で生徒を毎日見ています。【机上の空論】で会議をしている役人や【イメージ】や【憧れ】で他人を誹謗中傷する人たちとは違うのです。私たちは毎日・毎週・毎月検証会議をしながら効果を確認しているのです。【ゆとり教育】と同じ轍は踏んではいけないのです！！！。</description>
      <pubDate>Tue, 22 Oct 2024 16:22:07 +0000</pubDate>
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      <title>スーパームーン見ました？20241017</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158798/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158798/</guid>
      <description>今日は満月です。一年で一番月が地球に近いので、いつもより20％大きく見える「スーパームーン」と呼ばれています。満月は午後8時23分頃なんですが、教室の地域は雲に覆われてボンヤリにしか見えません。「残念(古い)」やっぱり、夜空はキレイで夢がありますよね。</description>
      <pubDate>Thu, 17 Oct 2024 22:50:38 +0000</pubDate>
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      <title>私には、このやり方が・・・20241012</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158739/</link>
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      <description>「私には、このやり方が合っている」「私は、このやり方の方が楽」「私は、このやり方の方が好き」「私は、今までこのやり方でやってきた」「私は今まで、このやり方で出来ていた」「個人の自由」「人それぞれ」「個性」が叫ばれる現代、それぞれの生徒が何らかの主張をします。それは良いことなんですが、成績不振や成績伸び悩みの生徒ほど、これらを声高に大音量でしつこくいつまでもアピールします。『で、その結果、成績はどうだった？』です。英単語の暗記ひとつとっても「人それぞれ」です。全人類に適合する「たった一つの秘法」なんて存在しません。だからみんな試行錯誤しながら苦労しているのです。今、すごいヒントが出ましたねぇ。『試行錯誤』です。前記でも言いましたが、英単語の暗記ひとつでも、人それぞれなんです。他の科目でも当然多種多様な勉強方法があるはずですし、それぞれの方法を使い分けなければならないはずです。ずっと言い続けていますが、現代の地元小中学校の授業は「テストの答えの解説をしている」状態です。だから子ども達も「よう分からんけど、こう書いといたら良えんじゃろ」「先生がこうしとけって言ったから･･･」で意味も分からず覚えて・書いて、テストが終わると忘れて『出来た〜』『私、天才』です。「暗記を悪」と言っているのではありません。暗記するしかない単元や部分もあります。漢字や英単語や年号や人名などは暗記しか対処できません。しかし、地理や政経、物理や地学まで授業ノートを覚えて「書いて終わり」にプライドを持っている女子生徒が多過ぎです。成績不振の男子生徒に至っては、何度「これだけは覚えろ」と注意しても「覚えた」とか「学校では自然と覚えられた」「知らない内に覚えていた」と決して【覚える作業】をしてくれない輩まで居ます。確かに、我が教室にも過去２人だけ「一度でも聞いたら、一度でも読んだら覚えられる」との特殊能力を持った生徒が居ました。当然彼らは世界史・日本史等は毎回満点です。漢検なども「考える」のでは無く、参考問題集をすべて暗記して簡単に進級していきました。これは特殊能力であって、皆んなが真似できるものではありません。保護者にも居られます。「家の子、今まではず〜っと良い点を取ってきたんです。家の子のやり方は問題無いと思います。やり方は今のままで、知識とテクニックだけ教えてやって下さい」とか「家の子、小学校まではクラスで上位でした。中学になった途端、理数が下がってきました。先生との相性が悪いのか、先生の教え方に問題が・・・」とか色々言われますが・・・。最悪なのは「家の子、色々話しても絶対に自己流のやり方に拘るんです。他のやり方は絶対に受け入れてくれないんです。ですから、家の子の言うようにして、家の子の好むやり方であそこの高校に入れてやってください」です。何がなんだか・・・。中学でもそうなんです。今後、高校になったらどうするのですか？高校では根拠やヒントを基に、組み合わせたり逆から辿ってきたりしかできない科目が軒並みです。とてもじゃないですが、大学受験には･･･。当然、社会人になったらパターンなんてありません。日々が経験の組み合わせです。何故、日々の勉強を「終わらせた」「埋めた」の作業で『やってる』と信じ込んでいるのでしょうか。誰の指示？誰の指導？誰の好み？客観的な私たちが「違うよ」と言ったら違うのです。【言い返して勝とうとする】のも違うと思いますよ。</description>
      <pubDate>Sat, 12 Oct 2024 12:47:34 +0000</pubDate>
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      <title>ルールを守る国にします？20240929</title>
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      <description>少し前に行なわれた政党の党首や代表、総裁の選挙で度々耳にした言葉の話です。「ルールを守る党にします」「ルールを守る組織にします」「ルールを守る国にします」です。マナーやエチケットと違い、「ルール」って決まりでしょ？絶対に守らなきゃならないものでしょ？言うなれば法律でしょ？それを何で今さら「守る組織に・・・」？　ですか？改めて公言するということは、守っていない事の証明・宣言ですよね。この国は、いつから法律を守らなくても許される国になったのでしょう？最近の流行りは、高学歴の人が「私は、あの決まりに納得していないので守る気はありません」とか、伝統ある私立学校に子どもを入学させておいて「あの伝統はおかしいです。あのルールも納得できません」と言う保護者。校則や会則を完全に無視しておいて「自由を制約する」と喰って掛かる人が多くなりました。「自由」って何ですか？「規則」って何ですか？「悪法も法」って言葉があります。どんなに気に入らなくても、どんなに反対でも、法や規則として存在している限りは【守るのが当然】です。嫌なら気に入らないのなら、皆んなと協力して改正すべきです。無視して【やりたい放題】は犯罪者です。「自由」って何をしても良いことですか？法や規則の規定の中でなら、個々人の選択が許されることですよね。「自由」って、何でもわがままにやって良いことじゃないですよね。最近の「自由」「人それぞれ」は、何でもかんでも、「自分の好きなように」「自分のわがまま通りに」「他人の気持ちは関係ない」を言うみたいです。我慢・辛抱・継続・苦労って死語ですか？言葉だけじゃなく、意識も行動も「死語状態」ですか？人間力も国力も組織力も全てがそこから始まるはずなのに・・・。当然、学力もですよね。ルールに従って我慢して繰り返すことで学力になりますよね。『人間力が学力に！』を教室の根本にしていますが、ここは間違ってないと、ずっと信じています。</description>
      <pubDate>Sun, 29 Sep 2024 22:24:43 +0000</pubDate>
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      <title>上手い人の名言です。20240929</title>
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      <description>ある有名なドラフト野球選手の言葉です。『いくらドラフトで指名されるようになっても、基本をすっ飛ばして応用にはいけないので上手くなった今でも毎日基本は繰り返してます。基本が出来ていない人ほど、楽して簡単に応用のテクニックだけを欲しがりますね。』これは、野球やスポーツだけでは無く、すべての事に通じてますよね。勉強が出来ない人も同じように欲しがりますよね。</description>
      <pubDate>Sun, 29 Sep 2024 20:46:34 +0000</pubDate>
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      <title>〇〇ランキング　１！20240927</title>
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      <description>「〇〇ランキング１です」「顧客満足度１です」「◇◇の▽▽ランキング１です」って、ネットの何とかサイトや個別のホームページにたくさん書いてあります。「食べ〇グ」や「商品使用感想サイト」にも色々書きたい放題書いてあります。悪口を言う人によると「テレビＣＭ」を制作して放映する料金よりも、大量の【サクラ】に少額の手間賃を払って【星】を付けて貰う方がずっと安価なんだそうです。ネット上に宣伝のためにたくさんある「ランキング１」も、広告会社が恣意的にアンケートをする人を絞り込み、意図した結果になるようにしているのが多いそうです。ひどいのは、思い通りの結果にならなかった場合には、集計するデータそのものを操作している会社もあるそうです。検索エンジンで検索してみると、代金を払って意図的に上位に表示される(一般的にスポンサーサイトと呼ばれる)ものが『塾』では無茶苦茶多いです。名前の前にマーク(記号)があるので分かるのですが、ご存じ無いとそのまま受け入れられるのでしょうね。サイトにも意図的な情報が混在(恣意的な方が多いかも…)しています。『ＪＲ福塩線、駅家駅に近い塾情報(我が教室の直近です)のサイトを見てみると、一番近い塾と２番目に近い塾、我が教室等は全く表示されずに、５番目に近いＣＭで有名な塾が最初に表示され、次には７番目に近い塾が表示されます。その次は、駅から５も離れた塾が表示され、次は８も離れた教室が表示されます。２番目に近い塾は、市内に何教室かあり、進学に実績のある塾ですが、それでも表示されません。こういった現象は、ネットが中心になる前は、中古車の情報誌(カーと言えば〇〇)等で横行していたと聞きました。記者が取材に来た時に、幾ら払ったかが評価に反映されていたそうです。昔なら「ＪＡＲＯ(日本広告審査機構)」ってのがあったのですが、これらは民間のテレビ・新聞等が中心となり自己規制していたので当時は効果があったのですが、今は匿名性の高いネットの情報を【鵜呑み】にしている人が多すぎる為、規制の対象外になり、ネットの広告は【書いたもの勝ち】【ウソや誇大】も指摘しようがない現状です。我が教室に資料請求や問い合わせを頂いた方に「一度、雰囲気や実態を見に来てください」とお願いすると『ネットの情報とパンフレットで、教室の良し悪しくらい判断できるから訪問なんて無駄な時間』とお叱りを受けました。ネットや雑誌がすべて【うそ】だと言っているのではありません。幾つかの情報源を調べるか、自分の目や耳で正しい情報を仕入れるしかないと言っているのです。「口コミはダメ」って言ってるのではありません。「口コミで良い生徒がたくさん来てくれたこと」も事実です。しかし、世情が変化していることも事実です。匿名性をよいことに誹謗中傷の何と多いことか。また、実態とかけ離れた耳障りの良いきれい事で客寄せ(騙しまでとは言いませんが･･･)をするＣＭやチラシ。「あなただけに特別に」「今だけ緊急で･･･」「良い情報は内緒にして自分だけの得にする」「悪い噂は風よりも早く・・・」などがそうです。「自分のことは棚に上げて、相手のちょっとした事を、これでもかと誇張して吹聴する」のが誹謗中傷に該当します。今更、ネット社会をやめるなんて不可能です。ただ、子どもを指導する立場にある「分別あるべき大人」が一番感化されてるような気がするのは私だけですかね。</description>
      <pubDate>Fri, 27 Sep 2024 19:28:26 +0000</pubDate>
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      <title>笑い話(パロディ)をいくつか・・・20240923</title>
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      <description>昨日、いくつか笑い話を聞きました。笑い話かと思っていたら「言ってる人は本心」だそうです。昔から言われている諺・名言・世間常識のバロディです。「いつまでも、有ると思うな、親と金」のバロディ【いつまでも、親は居るけど金は無し】「親孝行、したい時には、親は無し」のパロディ【親孝行、したくも無いのに親は居る】【親孝行、する気は無いのに、義親は来る】【親孝行、する気は無いのに、まだ家にいる】【親が終活を始めた。「これからは世話になるから」と子どもに通帳と印鑑を渡したら、翌日老人ホームのパンフレットが数種類子どもが持って来て、選べと言われた】嘘みたいな笑い話かと思って聞いていたら、30〜40代の若夫婦が本当に言ったりやったりした話だそうです。寂しい、世知辛い世の中ですねぇ(涙)</description>
      <pubDate>Mon, 23 Sep 2024 20:56:05 +0000</pubDate>
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      <title>「違ってきてますよ！」って言っても・・・20240922</title>
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      <description>塾説明や入塾説明、入塾後の１か月面談、その他問い合わせで一番困っていることの話をします。「そんなことないもん」っていう生徒の言葉と、「そんなことはありません。家の子はチャンとやってます」のお母様の言葉です。「聞いてる」って何ですか？「やってる」って何ですか？「覚えた」って何ですか？当然、「聞くこと」「やること」「覚えること」よ！ってお叱りを受けそうですが、じゃあ何をどこまでどれ位聞いていたら「聞いてる」ことになるのですか？音の空気振動が鼓膜を揺すったことが脳に伝わったらＯＫですか？つまり、何を喋っているのかどうしろと言っているのかは関係なく「音が聞こえた気」になれば「聞いてる」との認識ですか？「やってる」も「覚えた」も同様ですか？それこそ昔(すみません。随分です)は、先生の『覚えて来い』は絶対でした。神の声でした。先生の知識量を自慢するための生徒への意地悪では無く、生徒が次のステップに進むための必須条件だと本人も親も分かっていました。だから誰も反発はしませんでした。覚えて行かなければ１時間立たされるとか、覚えるまで残されるなんて当然でしたし、当り前の様に受け入れていました。では、これらを現代の学校で見てみるとどうでしょう。素直に「先生は『何を』『どうしろ』と言っているのかを分かろうとして(当り前の事ですね)聞いている」生徒と、「何かこんな感じ」「ダメならもう一回言ってくれる」「分かるように言わない先生が悪い」と主張する生徒。「やってる」も「覚えた」も同様です。形だけです。ふり・ポーズだけの生徒が多いです。当然、前者は結果がついてきます。後者はほどほどの結果か、ダメダメの結果しか出ません。家庭で「何で、こんな点数なの？」と聞くと後者の生徒は「自分は悪くない」と主張します。当然です。生まれて今まで、その行動の責任を取らされたことがないのですから・・・。それをダメな事だと思っていませんから・・・。更にそれを指摘すると「パワハラだ」「生徒の主張を聞いてやれ」「強制は良くない」「先生の指導力不足」と更に生徒の【何となく適当学習】を許容することを求める世情風潮です。人間は言葉を持ってとてつもなく進歩してきました。言葉にはすべて意味があります。その意味を考えずに【黙って座っていれば勉強は出来るようになる】なんて、誰がいつ教えたのでしょうか？許したのでしょうか？「分かろうとして聞く」「分かったら確実に覚える」「指示されたら出来るまで繰り返しやる」これ以外に方法があるのですか？その意識と行動を身に付けていない生徒に「教科の内容と簡単に解けるテクニックを教えてやって下さい」「家の子は、聞きさえすればできるはずです」と「優しい塾」「叱らない塾」「「黙って聞いているだけで成績上昇塾」を求められる保護者が激増中です。生徒の意識や行動や、時には素直さも【昔とは違ってきてますよ】とお伝えすると【だから最新式のＡＩを使った学習を･･･】と言われますが、「分かる」「覚える」「やる」のどこにＡＩの入る余地があるのですか？結果が現れているのに、まだ受け入れて頂けないのは、保護者も昔と違ってきていて「金の力」や「お客様立ち位置」で居られるからなのかなぁ？きれい事や耳障りの良い宣伝文句を使うのは簡単です。生徒たちの「これからの数十年先の人生の基礎を担っている」自負があります。「金さえ貰えれば」「教えた」「結果は知らん」のような無責任な指導だけはしたくないのです。【厳しい】と言われている塾ほど経営的に下降しているのも、昔とは違ってきているからなんですかね？</description>
      <pubDate>Sun, 22 Sep 2024 23:48:15 +0000</pubDate>
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      <title>いつの情報？誰からの情報？20240918</title>
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      <description>「〇〇高校より、◇◇高校の方が偏差値高いでしょ」「▽▽高校は、全国的にもかなりの上位でしょ」「中学で□□点くらい取ってたら、余裕で◎◎高校位入れますよね」時々、保護者から言われるセリフです。もちろん、正しければ賛同しますし、同調します。私だって、何でもかんでも反論したり自己主張する訳ではありません。例えば、学校のレベルや偏差値なんて、数年で変化しますし、私学なんて、経営方針が変われば簡単に合格者や点数をを変えてきます。その結果として、進学実績も随分変化してきます。私たちは、それを確認し、集計し、進路指導に使うことが仕事です。「何年経っても変わらないまま」なんてあり得ないのです。そこで、「違いますよ」「今はこうですよ」とお話しすると、「そんな事はない」「私は知ってるんだから…」「騙されないわよ」「私たちにヒドい作り話をして授業数を増やして儲けようとしてるんでしょ」と、色々な反論を頂きます。それとなく根拠をお聞きすると、「だって、昔からそうでしょ」とか「私の学生時代から…」「仲良しの〇〇ちゃんのお母さんに聞いた」とか「クラブの先輩が入れたから…」とか「長男の時(7年前)にそうだったから…」と、根拠が薄いのに【思い込み】や【偏った信じ込み】をお持ちでした。最悪なのは、その間違いを今年受験する子に「あそこよりこっちの方が良いのよ」と押し付けてしまうことが起こってしまってることです。近年増えているのが「生徒の性格や勉強法に合っていない塾選び」です。生徒たちの勉強方法を見ていると４パターンくらい見えます。素直に一生懸命『根拠は』『何故』『分かろう』と本来の勉強をしている生徒。『何かこんな感じ』『先生が言ってたから』『多分こんな感じ』の学校のテストレベルだけを何とか処理してテストに臨んでいる一見【真面目な子】「よう分からんけど、何回か聞きょうたらその内分かるじゃろ」の全て受け身のタイプ。「何にゅう言うてんか訳分からん。別に勉強が出来んでも〇〇はやらしてもらえるけぇ」とか「少々、勉強ぐらい出来んでも、高校も小中学校みたいに何とか入れてもらえるけぇ」と保育園児並みの意識と行動。「あの有名進学塾に行かせてるから安心」って保護者を何人も見てきました。確かにタイプの生徒なら安心でしょう。しかし、の生徒は一方的な説明の授業では【学校と同じ結果】しか得られないはずです。ですが、それをお伝えすると「失礼な。そんなこと無いです。家の子に聞いたら【頑張る】って言ってます」と又々叱られました。タイプの生徒なら、どんな形態の学校や塾でも成績アップは期待できますが、困るのは最近ののお母様がよく口にされる「【最新のＡＩ】を使ってるから安心」とか「コンピューターを使うから最新式。安心」とか「このＩＴ全盛の時代に【紙】？」です。(文科省も教員もタブレットの弊害は口にしているのに…)『生徒の現状とタイプ』を説明しても『まず、何を急ぎ修正すべきか』を説明しても、「そんなことは無い。家の子は勉強のことだけ言って貰えばすぐに出来ます」って言われるんですが…。それって、いつ、誰に何の話で言われたのでしょう？それはお母様が思われているだけですか？生徒が言ってるからお母様もそう思われているのですか？【だから・・・です】人の話の内容を聞き取る習慣が・・・。我が振りを見返して事実を受け入れる習慣が・・・。特定の仲良し(俗称;ツレ)の言葉しか信用しない。同様の友達のお母さんの言葉を100％信じる。で来られたのかな？失礼ですけど、「特定の意見だけを信じて・・・」は怖い事件に繋がってますよ。「塾なんて、儲けのために誇大に嘘しか言わない…」を言われる方。何と悲しい出会いしか経験されていないのでしょう。ご同情申し上げます。</description>
      <pubDate>Wed, 18 Sep 2024 20:47:07 +0000</pubDate>
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      <title>中秋の名月！20240917</title>
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      <description>今日は、中秋の名月なんだそうです。正確には、明日が満月になるそうですが、限りなくまん丸い大きな月が昇ってきました。昔、小学生に「今日は、中秋の名月だよ」って説明したら、「えっ？チュウチュウのメイゲツ？何それ？」って言われたことを思い出しました。季節とか風情とかを愛でることが少なくなり、国民皆んながスマホの画面を見ている嫌な世の中になってしまいました。私は、正月・節分・土用・お盆・年の瀬などの日本の季節や文化を感じてくれる「人間っぽい生徒」に育って欲しいのですが・・・。「家で話題に出ない？」って聞くと、「別にママもパパも何にも言わない」って答えです。寂しいなぁ。少数派の行事を大切にしてくれている生徒。「塾で言われた」って家庭で話題にしてくれている生徒。この生徒たち”だけ”が成績上昇しているのは何故かな？とまたまた僻んで思う私でした(涙)</description>
      <pubDate>Tue, 17 Sep 2024 18:49:34 +0000</pubDate>
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      <title>今、求められている「優しい〇〇」とは？20240910</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158380/</link>
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      <description>「優しい彼氏が欲しい」「優しい先生が良い」「優しいお母さんが･･･」「優しい夫と…」と、毎日、多くの場面で耳にします。「優しいって何ですか？」とお尋ねすると、「荷物を持ってくれる」「私に負担を掛けない」「何でも許してくれる」「決して否定しない」「全てを許して受け入れてくれる」と返ってきます。ちょっと「〇がおかしい」のかな？と思われる特殊な答えが「何でも買ってくれる」「何でも許してくれる」「試験発表中でも友達とカラオケに行くって言ったら許して小遣いをくれる」まで出てきました。大昔なら年寄りに「お前は天皇陛下か」「お前は女王様か」と叱られたもんですが、「天皇陛下」や「女王様」のほうが常識があり控えめですよね。話を戻しますが、本当の「優しさ」って何でしょう？相手の為を思って、嫌われても疎まれても「ダメなものはダメ」「甘えやごまかしは後に苦労するよ」と教え続けるのが「優しさ」じゃないでしょうか。将に、親が子どもに持つ感情が、最高の「優しさ」なんじゃないでしょうか。ところが、最近の「優しいお母さん」を自負しておられる方の行動をみていると、「何にも注意しない」「何でも許す」「何でも思い通り」を通し、【子どもに好かれよう】【子どもと揉めたくない】【疲れてるのに面倒は嫌】【だって責任は〇〇にある】と見なかったふりをして、放置しているように見える人が多いです。【全部丸投げ】【全部金で買う】なんて最悪の方も居られました。「甘やかす」と「優しい」は対極にあるとは言いませんが、「厳しい」と「放置」は対極だと思います。近年の「成績不振」と呼ばれている生徒の大半が、この「優しい」を求めていますし、この生徒にしてしまった「〇カ親」ほど「私は叱ったり怒ったりの古いタイプの子育てはしません」と言われます。「もっと家の子を分かってやって下さい」「もっと家の子をチャンと見てやって下さい」って言われた方も多く居られました。見て、問題点が分かったから注意しているんでしょ。今日、初対面の道端で出会った生徒を突然注意するほど、私は「変人」と思われているのでしょうか「楽しい授業って何？」って聞くと「先生が面白い」「難しい話はしない」「笑わしてくれる」等の答えが返ってきます。間違っても【授業】ですよ。吉本の漫才やルミネのコントを見ているんじゃ無いはずです。要は、考えたり覚えたりしなくても、時間さえ経過すれば解放して楽にして貰える「保育」や「子守」を望んでいるようです。本気で勉強を経験された方にすれば、本来の「楽しい授業」とは、何かぼんやりしていて苦手だった単元が、別の言い方や別方向からのアプローチをしてもらって「何〜〜んだ。そういうことか！分かった〜！」となった瞬間だと思います。つまり「楽しい授業」は【分かりたいと】【自主的に】【意識を集中】した生徒なら全員が手に入れられるものなのです。ここまで説明して見えてきましたか？成績不振の生徒とその保護者ほど、「優しい塾」「優しい先生」「楽しい塾」を最大の要望事項とされますが、だから成績が・・・。「だって子どもが・・・」「言うようにしないと行ってくれないから・・・」もだから成績が・・・ですよね。高校・大学・社会人として「一人前」の「普通」の人になるための練習期間が義務教育期間だと思います。将来では自分も困り、周りにも迷惑を掛けてしまう事も、今(義務教育期間)なら取り返しがつきます。苦労や我慢や責任をとる経験を今だからこそ、させてやってください。お願いします。</description>
      <pubDate>Tue, 10 Sep 2024 22:01:28 +0000</pubDate>
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      <title>私(家の子)の性格や実力は、私が一番・・・20240909</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158353/</link>
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      <description>「私のことは、私が一番分かっている」「自分の行動は、自分が一番分かってるし、出来ている」「家の子の性格は、私(母親)が一番分かっている」「家の子の行動は、私が一番分かっている」生徒や保護者から、よ〜くよ〜く聞く言葉です。「私のやり方は“絶対”正しい」「私の声掛けや子供への注意は充分」これも、何度も何度も聞きました。ただし、これを口にされる方で、結果が伴っていた方は、ごく一部の方だけでした。「私は真面目な性格で、何でも言われた通りにやっている」と言っている生徒が、根拠や内容は分かっていないのに、先生の説明した通りに「ここの後ろにはこれを書いておけば良い」と保育所の塗り絵の様なやり方を実行していた。「今日は、〇〇があった(昼間２時間程度)ので、勉強する時間が無かった。仕方ない」これは、クラブや行事を言い訳にする生徒が、一番使うセリフです。「家の子は、素直で正直で嘘ついたことがありません」ってお母様が言われますが、近年は母親の前では【良い子】を演じて、他人(教師や塾講師)の前では【わがまま】な生徒が増えてるのは何故でしょう？「あれ程話し合って、納得してくれたはずなのに、『嫌』となったら絶対に動かなくなるんです。何故でしょうね？いくら頼んでも動かないんです」何が何だか・・・。頑として動かないのは、意地を張って、時間が経過すれば許してもらえることを経験上知っているからですよね。それ以前の問題で、何で親がお願いして子どもに『動いて頂かなきゃ』いけないのですか？「私は真面目に授業を聞いて、板書のノートを覚えてキチンと勉強している。私の勉強方法は正しいのに成績が上がらない。あの先生のせいかな？私と先生の相性が悪いのかな？」と主張する生徒。成績が上がらないのは【私は絶対に正しい】が間違っているからです。正しければ正しい理想の結果が出ます。思い込みで、正しくないやり方を続けていませんか？聞いてるだけ。書いただけ。覚えただけ。では、小学校低学年なら【正しい】でしょうが、中学生では【大間違い】ですよね。「私はいつも言うんですけどねぇ…」「私は何度も言ってるんですがねぇ」と言われる方が居られます。それで何か『私の求めているように』変わりましたか？お母さんは多分言ってるんでしょう。でも子どもが聞いてくれる時に言って無いんです。伝わらなければ・・・。『塾で何度注意しても、家庭でのやり方を細かく指示してもやってくれません。ご家庭で一度話し合いの時間を取って下さい』とお願いすることがあります。後日生徒に「保護者とどんな話し合いになった？」と聞くと「えっ？別に。先生の言うてんようにするんよ」と言われた。とか「別になんにも・・・」も居ました。「別になんにも・・・」のお母様にお尋ねすると「だって、話し出すと露骨に不機嫌な嫌そうな顔をするので諦めました」と言われました。別のお父様は「本人がやる気にならなければ、親が何を言っても無駄だから、それまで待つ」と言われました。それこそ、今流行の「自由」です。「人それぞれ」です。「各家庭の考え」です。でも、本人は「私が一番・・・・・・」と思われていても、私たちから見て『そりゃあ、無理だろうな』と思う結果ですよね。意地を張って「私は…」「私は…」と言い続けずに、少しだけ別の考えを聞いてみるのも変化のキッカケでは・・・。</description>
      <pubDate>Mon, 09 Sep 2024 19:02:50 +0000</pubDate>
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      <title>私は分かっている！私は正しい！20240906</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158333/</link>
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      <description>日々、生活していますと、この言葉は『普通』に使いますし、耳にもします。当然のことですが、99％の人がそう思っています。だって「私は間違っている」「私は分かっていない」「私は出来ていない」「私はダメだ」と毎日ず〜っと自己否定を思い続けていたら、生きる希望も生きる気力も無くなってしまうでしょう。死んでは何にもなりません。生きていればこその可能性があるのです。だから「人それぞれ･･･」とか「自由」とかの言葉が生まれたのだと思います。但し、現代社会において大きな問題が起こり始めています。「自由」「人それぞれ･･･」の名の下で、『わがまま』『自分勝手』な振る舞いをして、周りや他人に【迷惑】を掛けても何にも感じないどころか、「何でいけん(ダメ)の？」と「自由」を錦の御旗として社会性を無視した行ないをする人が増えています。例えば、学校や子供会や放課後クラブで他人に迷惑を掛けている子どもの親ほど「私はちゃんと躾ている」「私はキチンと言っている」と言われますよね。小学校低学年レベルで、キチンと正しい勉強をしていない生徒の保護者ほど「先生の指導が悪い」とか「先生との相性が･･･」と言われますよね。「家族仲良く」と言いながら「子どもと揉めるのが面倒臭い」と放置して放っとくことをイコールだと勘違いしている保護者のなんと多いことか。特殊な例ですが、深夜大通りで大音量をたてながらバイクを走らせている若者。注意やクレームを伝えると、言葉に出来ないような仕返しを受けたと聞きました。これは極端ですが、本人たちは「自由」と信じてやっているのかな(？)と・・・。何で10代でそんなにお金を持っているのかなとも思います。私たちの仕事の範囲で言えば、生徒の現状を理解し、改善点を見つけ指摘し、成績を上げたり合格させたりが仕事です。目標は理想は100％達成です。しかし、時には見込みが甘かったり、力不足で達成できなかったこともあります。それらも含めて【結果がすべて】です。毎日が反省と改善の日々です。生徒たちもそうです。勉強については「結果がすべて」です。正しい意識で正しいやり方で正しい量だけ繰り返していれば、正しい結果に繋がっているはずです。なのに、「私は分かっている」「私はやっている」「私は間違っていない」と主張する生徒ほど伸び悩んでいるのは何故でしょう？その後、授業で説明していると「えっ、こういう時には全部、こう書いとけば良いの？」と『埋め方』『終わらせ方』『やったっぽい方法』を聞いてくる生徒のなんと多いことか・・・。『終わらせ方』を覚えたって、何の役にも立ちません。でも「私やってるもん」や「私は宿題終わったもん」に最大限利用してきたから伸び悩みの結果に結びついたのです。これについて「違うよ」と指摘すると【そんなこと無いもん】【私は正しいもん】【私は分かってるもん】の生徒が激増中です。入塾時に体験授業をして、志望校(ゴール)をお聞きしました。現状とゴールまでの差をお話しし、残りの期間から毎日どれ位の修正と勉強をしなければならないかをお伝えしてあります。1か月授業を細かくチェックして、確認後、保護者にも生徒本人にも出来てる事と不足していることをキチンと伝えています。すると、伸び悩んでいる生徒ほど保護者から電話があるか、お越しになられて『家の子「ちゃんとやってるのに先生が怒る」と嫌がってます。厳し過ぎるんじゃないですか？』とお叱りを頂きます。厳し【過ぎる】って何ですか？何と比べて【過ぎている】のですか？今まで（正しい）と自分だけが思ってきたこと、今まで（分かってる）と思ってきたやり方が間違っていたのです。なのに、まだ「自分を主張して他人を攻撃して自分の考えを通そうとする」これは前述の「錦の御旗」族とどこが違うのですか？現実に注意したり、指摘したり、方法例を説明すると「えっ、そうなん。知らんかった。誰も教えてくれんけぇ」と直ぐに受け入れて実行してくれた生徒や保護者は早期に結果を出してくれました。プライドなのか過信なのか「今まで甘やかされて何とかなったから」なのか知りませんが、勉強も社会人としても、家庭人としても、主張ばかりで素直じゃない人ほど結果が出ないことを更に【大声で他人のせい】にしますよね。正しくない、分かってない出来て無い人ほど【大声で】【自信たっぷり】に。</description>
      <pubDate>Fri, 06 Sep 2024 19:23:21 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、言っても聞かないんです！20240903</title>
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      <description>何度も何度も同じ場面に遭遇するので、２回目の掲載です。前回と同じですが、微加筆です。「家の子、言っても聞かないんです！」成績不振の生徒のお母様の多くが口にされるセリフです。「言っても聞かない･･･」とはどうゆうことかと言うと「ダメだ」と言ってもやめない。「必ずやれ」と言っても無視(?)放置(?)して黙り込んでしまうことらしいです。考えられる原因として、親は「言ってるつもり」「チャンと指示しているつもり」でも、「チャンとするんよ」「先生の言うてんようにするんよ」レベルの言葉足らずで伝わってないか、子どもも内容が理解できない「キチンと･･･」「しっかり」「自己責任」「自分の事･･･」等の漠然とした言葉を使っている場合。仕事は大変だし身体もしんどいし「これ以上家でゴタゴタしたくない」「子どもと揉めていがみ合いたくない」との気持ちや「一々面倒臭い」「何とかなる」との気持ちで親が言わない場合。「放っといても最後には親や先生が何とかしてくれる」と子どもに認識させ、間違いをキチンと認識させないで、「もぅ〜！私が居ないと何にも出来ないんだから･･･」嬉しそうに手を出し続けている親。事、ここまで至っても「子どもの意識が･･･」とか「やる気が無いのは子どもの責任･･･」とか言ってる方が居られます。ぼちぼち、原因が見え始めましたよね。「子どもは大切にされる存在」「大人は子どもを怒らない」「放っといても罰は無い」「何でも許してくれる」「どんな状況でも(皆んなそうならと)やりたい事(クラブ・ゲーム・外食・携帯)はやらせてくれる」と小さい時の経験を錦の御旗に何年経っても甘えて舐めてる生徒。「体罰はダメ」「怒られたらパワハラと言えば良い」と母さんが言ってた。「何度でも許してくれるのが大人」「何をしてもしなくても守って貰える」「罰とか私だけ無しなんて絶対に起こり得ない」と3歳5歳の時にプリンス・プリンセスとして、何でも許してきたことを年齢や学年が上がっても修正しなかったことが原因。『ダメなものはダメ』『〇〇は悪いこと』と教えて、無視する３歳児なんて見たことありません。ズルい楽な知恵が付いてしまってからの修正や自分より身体も力も強くなった子を従わせるなんて出来ませんよね。そこまで放っといて「言っても聞かないんです」って言っても・・・。ここまで言わずに直さずに来たんだから、言わなかった人が周りの何倍も苦労するしか・・・。勉強でも一緒でしょ？今まで楽して放っといて来た生徒は、受験の直前に同級生の何倍も苦労するしか・・・。勉強も子育ても同じです。何にもせずにいつか誰かがなんてありませんよね。昨日、テレビで幼児の成長を研究している先生の話を聞きました。「三つ子の魂、百まで」を言われてました。</description>
      <pubDate>Tue, 03 Sep 2024 19:01:45 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり、分かってくれる人が!!!!20240903</title>
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      <description>今日、たまたま遭遇した嬉しかったことです。長く教育業界で活躍されて来られた、私より大先輩のかたから、「ちょっと教えてもらえますか？」と本当にたまたま聞かれたのです。「この業界に長く居るのですが、現場の実態が見え難くなっています。学校の先生にも聞き難いことなので・・・」と。「ショックかもしれませんが、本当のところをお話しします」と前置きをして色んな実状をお話ししました。「だと、思いました。私もここ数年の動きに疑問を感じてました」と賛同頂けました。私自身も、ここ4〜5年の変化がひど過ぎると以前より感じていましたので、「やはり大先輩は肌で感じておられたのだなぁ。凄いなぁ」と尊敬の気持ちでいっぱいになりました。「IT全盛の時代に…」とか「ＡＩやタブレットを使わないのは古臭い」と言われながらも、「聞く」「分かる」「覚える」ほどアナログな作業は無い。と「究極の勉強は教科書をもらったら、一人で家で出来るようになる」とお話しすると『その通り』と賛同頂いて嬉しくてルンルン(古いなぁ)で帰ってきました。「古臭い」とか「厳し過ぎる」とか「頭おかしい」って言われながらも僅かでも賛同いただける方が居られる間は【頑張ろう】と思った出来事でした。</description>
      <pubDate>Tue, 03 Sep 2024 18:50:04 +0000</pubDate>
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      <title>「普通」「中」の学力って？20240830</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158254/</link>
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      <description>以前より、「家の子、中の上です」とか「私は、普通です」の認識が間違っていることは何度も何度もお話ししてきました。学力は全国(時には世界)が基準です。だって、小６や中３で受ける「全国学力テスト」の結果から学校や教育委員会や県の教育行政に変革を求めたり、大学入試の為の「共通テスト(昔のセンター試験や共通一次です)」だって、東京の一か所で作って、全国の生徒に解かせて判定しているじゃないですか。そう考えると、地元の小・中・高校の多数は【普通じゃ無い】ことになってしまいます。日常の授業で普通より【上】のレベルの学力を求めたり、普通より【上】の学力が無ければ入れない学校は、教室のある地域では、高校で国立の〇〇高校、県立の◆◆館高校くらいです。中学では国立の〇〇中学、市立の◇◇中学、私立▽▽中★コースくらいです。こんなに沢山の高校や私立中学がありながら、たったこれだけなのです。分かり易く言うと「頑張って中学受験して、ここに入ったんだから私(家の子)は賢い。だから国立の◎◎大学へ入れるのが学校の責任」とか「中学で普通だった。だから皆が行く普通の高校に入った。私(家の子)は高校で頑張るから国立の◎◎大学位には入れるはず」をすごく沢山耳にします。塾に説明を求めて来られる方が、「だって学校では･･･」「だって平均点より…」「だって毎回のテストで…」「だって通知表では･･･」を言われます。今、使われたワードがすべての【間違い】の始まりなんですが、素直に「あっ、そうなんですか、知らなかった」と言われる方のお子さんは簡単に成績上昇をします。何故なら、間違いを指摘すると素直に聞き入れて修正する日常を送られているからです。ところが、何と逆の人の多いことか…。とにかく主張して言い返して【勝つ】ことを目標の日常を送られているのでしょう。中々厄介ですし、あまり事実を伝えると、怒って「プイッ」と突然の退塾です。細かく説明します。小学校のテストは100点が当り前です。人間ですから時々はミスもしますが、１か月に１枚くらい95点のテストが限界です。それ以下の点数では「分かってないな」「覚えて無いな」が当てはまります。つまり、クラスで「良く出来る」と言われている程度では、偏差40程度しか無いのです。先刻の【上】の生徒は１年に１枚くらいしかミスしません。通知表の「よくできる」なんて何の保証にもなりません。(まぁ、がんばろうよりは良いですけどね)近年の中学の授業は「テストの答えを黒板で説明している」と考えた方が分かり易いです。そして、そのまんまの問題をテストに出すのです。つまり、問題も解法も答えも知っている問題しか出ないのです。言うなれば「授業をキチンと聞いていたかな」「ノートをキチンと取っていたかな」の確認テストなのです。昔人間の私たちから見ると「テストじゃ無いじゃん」と感じてしまいます。つまり、80点以上取れないと「お前、勉強してなかったじゃろ」と言えると思います。偏差50位の生徒なら85点から90点は取ってきます。それを平均点(大体いつも60点弱。偏差37〜38)より良かったから「私(家の子)は中の上」と言われて、偏差47程度の高校を9か月程度で求められるのですが、皆さんなら可能ですか？平均点80位の生徒が、「私はクラスで良く出来る方。ちょっと塾に行けば直ぐに◆◆館高校ぐらいには行ける」と言いますが、偏差で15も違う高校へ半年では無茶です。学力以前に学習習慣がキチンと身についてませんし、私たちの指示も『形だけやった』勉強で通り過ぎようとしてしまいます。その証拠が中学の通知表です。５段階評価はご存じですよね。そこで「【3】だから普通」と言われますが、そのレベルの校内評価で「普通」ですよ。分かり易く言うと35点でも80点でも【３】が付いてます。最低で【４】、理想は【５】じゃないと先刻の高校は無理です。「私(家の子)、英語は得意！学校ではいつも95点くらいでトップ」と言ってた生徒に模擬試験を受けてもらうと35点〜50点で偏差40〜50なんてことも度々ありました。そりゃあそうです。学校の授業で教科書本文だけの説明を受けて、教科書内の単語だけ覚えて、穴埋め問題でも答えは知ってるんです。単に埋めれば95点です。中３の生徒でtakeの意味をきいたら平然と「撮る」って答えました。中1でtake a pictureしかtakeを見ていないからです。当然、英語の基本のキ、６文型も知りません。そりゃあ、年々点数が下がるでしょうね。理科も同じです。小学校からずっと、単元確認テストしか経験が無いので、『終わったことは全て忘れる』で中３です。「百葉箱って？」聞くと「何かこんな感じ」です。注意事項を聞くと、ほぼ100％忘れています。とにかく、学校に行って、黙って座って、書いて帰る。分かっていようがいまいが、指示を守っていようがいまいが、とにかく【怒られなければ私(家の子)はＧｏｏｄ】の風潮・地域性です。だから、中学・高校に行っても、「ただ聞いているだけで出来るようになる」と信じている生徒・保護者が全体の平均を下げているのです。出来て無い生徒の保護者ほど「クレーム」や「要求」が多いとも聞きます。本当の「普通」「中」は地域とは関係ない筈です。日常生活と繰り返し・積み上げが「普通」じゃないと普通の学力も中々…。</description>
      <pubDate>Fri, 30 Aug 2024 21:12:16 +0000</pubDate>
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      <title>毎年、同様のことでトラブルが・・・20240828</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158225/</link>
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      <description>なぜか毎年夏休み前から２学期にかけて、こんな言葉で同様のトラブル？(勘違い？理不尽なクレーム？謂れのない罵倒？)が起こります。「家の子は、小学校でいつも90点は取ってます。だから〇〇中学(偏差60)へお願いします」「家の子は、小学校で大体95〜100点です。優秀です。だから◇◇中学(偏差68)へお願いします」「家の子、小学校で大抵60〜70点取ってます。だから成績は中の上。余裕で私立の◎◎中学位は…」「小学校で30〜50点でも、塾で教えてもらえ“さえ”すれば、家の子でも直ぐに成績は上がるはず…」「家の子、小学校の通知表は殆ど『よくできる』です。だから今(９月)から◇◇中学へ・・・」「塾で教えてもらえば、確実に〇〇中学くらい入れますよね」「『友達が受験するから私もしたい』と言うんです。学校では普通なので、私立の◎◎中学くらいは何とでもなりますよね」「学校では注意されたことが無いのに、塾は厳し過ぎるって子どもが言うんです。家の子の嫌がることはしないで『勉強だけを教えてやって』頂けますか？」「分からなかったから塾で聞いて家で復習してるのに(眺めてるだけ!)、同じ問題を何回も間違えるって先生に注意された。私は頑張っているのに・・・」「中学では、今までクラブ三昧でテストは35〜40点(偏差30弱)くらい。クラブを引退したから受験に向けて勉強頑張る。友達とクラブを続けたいから最低でも〇〇高校(偏差47)へ入れて下さい」「中学のテストでは、いつも平均点(偏差37〜38)くらい。だから一番大勢が行く普通レベルの◇◇高校(偏差44)位は余裕ですよね」「中学のテストは殆ど75〜80点(偏差45〜48)だったのでクラスの中では成績上位です。将来の大学受験に有利な◆◆高校(偏差61)へお願いします。今までよりもっと頑張りますので・・・」「…と言われて基本を確認しながら指導しても、家庭で自習・復習ができない。気になるのは『こんな時には全部▽▽って書いとけば良いんですよね』を注意してもとまらない」「勉強方法や量・意識の間違いを指摘しても『はいはい』で改善されない。1〜2か月経っても改善されないので注意すると、保護者から『家の子、頑張っているんです。厳し過ぎるんじゃないですか？もっと家の子を分かってやって…』」と意味不明(半年で偏差を15も上げないといけないのに)な連絡が･･･。「中学の英語のテストは、いつも90以上だったので、英語は完璧です。◆◆高校のレベルです。だから数学だけをお願いします。(で、模擬テストを受けてもらうと35〜48点偏差48)」「理科や社会はいつもテストで80以上だったので全部分かってます。受験勉強は必要ありません」中堅の中高一貫校の大学受験生に時々起こる問題例(高校1年後期〜高校2年の中期)です。「私は、小学校の時、頑張って〇〇中学に合格した。中学校以降もずっと同じように頑張ってきた。なのに段々成績が･･･。私は悪く無いはずなのに…。」「中学・高校と同じ先生の指導に従って、同じように頑張ってきた。だから、これからも同じように頑張っていれば、国立の◆◆大学位、何とか入れる“はず”」現在の地元小・中学校や中堅私立中高一貫校の実状をご存じの方ならば(ご存じ無ければお尋ね下さい。別途お話しします。)、上記の沢山のご意見や要望が如何に無茶かお分かり頂けますよね。また、ご自身が苦労して高校受験や大学受験をされた方なら、上記の要望が如何ほど無茶で笑えるか賛同頂けますよね。と言うことは、言って来られる方は・・・・・・。なのに、地元の塾選びの現状は「怒らない」「優しい」「宿題が無い」「新しい」「テレビCMで有名」「最新式のコンピューター指導」「仲良しが多い」「どんな要求でも『はい』って受け入れてくれる(最終的に叶わないのは不問にできるらしいです)」が最優先です。事実をお話しして、望むゴールに可能な限り届かせてあげたい気持ちよりも、生徒や保護者を煽てて、機嫌をとって、気分良く月謝を払い続けて頂ける対応をしている塾ほど【儲かっている】のは、仕事としては正しいのでしょう。でも、羨ましく眺めている私は、「僻み根性」でしょうか。毎年、繰り返し同様の問題が発生するのは、何故なんでしょうね。地域性？分かんないんです。一番分からないのが、中学で平均点位の生徒の保護者が「家の子普通だから普通の高校で」の意味です。</description>
      <pubDate>Wed, 28 Aug 2024 18:48:53 +0000</pubDate>
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      <title>夏休みの宿題について20240821</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158142/</link>
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      <description>先日来より何人かのお母様のお話を聞くチャンスがありました。その事のお話をします。のお母様の話やっと今日(8月17日)夏休みの宿題が終わったんですよ。「偉いですねぇ」と子どもさんに声を掛けると「いえいえ、夏休みの宿題は子どもと同時に、親に課せられた宿題ですから当然の苦行ですよ」と言われてました。この人、すごいなぁ。偉いなぁと感心した場面でした。のお母様の話ま〜だ、休みはたっぷり残ってるじゃないですか。自分でたてた予定通りにやってる”はず”だから私は黙って何にも言いません。家の子は大丈夫です。は〜ぁ、まぁ、思い通りにいけば・・・、はい。のお母様の話私も仕事があるんです。夏休みだからって子供に付きっ切りなんてできないんです。宿題をキチンとするように計画や行動も指導するのが学校でしょ。最近の学校はどうなってんの？です。最近どころか、昔から躾や子育てを担当してくれる学校なんて無いですよね。保育所ならトイレや着替えや食事の指導をしてもらえる場合もありますが・・・。中学にそれを求めるなんて・・・。失礼ですが、これらのお母様の意識・対応が生徒の学力に比例していることは・・・・・・ま〜〜た、余計な事を言ったと叱られる。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Wed, 21 Aug 2024 17:08:53 +0000</pubDate>
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      <title>結果がすべてですよ20240819</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158112/</link>
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      <description>予想していたよりも素早く、「何で、こんな時だけ返事が速いの？」と思うスピードで、早速ご意見(?)クレーム(?)を頂戴しました。ありがとうございます。「結果を考えず、頑張る姿が美しいんでしょ」「子ども達の頑張っている気持ちを大切にしてやりたい」「学生時代や若い時には、結果を考えずに突っ走るから素晴らしいんでしょ」等々です。その通りです。言われる言葉に間違いはありません。私もそう考える“場面も”あります。ただし、「じゃあ、その結果は、すべて満足して受け入れられるのですね」の条件が付きます。「受験や学校の成績」「友達の〇〇ちゃん、近所の◇◇ちゃんよりも何で家の子がこのレベルの学校なの？」との色々な思いを、直接もしくは暗黙に回り道して私たちに伝えてこられた経験もあります。「頑張ったんだから…」「私は家の子を100％信じて」で、どんな不本意な結果でも全て受け入れられますか？近年は「家の子は…」「私たちは…」「お金を払ったのに…」「あの塾ダメね」「先生の進路指導が･･･」「宿題をするように指導するのも先生の･･･」と、何でも他人や周りのせいにして、文句だけ言い続けて思い通りにする風潮がありますよね。『だからですよね・・・』と思ってしまいます。じゃあ、逆に「勉強してる」「頑張ってる」って人にお聞きします。「何を」「どのように」「どれくらい」やってるからの自信ですか？近年、多いのは「聞いてる…」「間違えた問題の答えは聞いた」「書いた」「宿題は自分の出来る範囲でやった」「知らない英単語はしょうがない」「〇〇時間“も”机に向かってた」を主張する場面が激増です。ひどいのは「学校に行ってるのに勉強ができないのは先生の･･･」「クラスの平均より上なのに、何で〇〇高校を受けられないの？」等です。基準や比較する対象を間違えているので『違うよ』と指摘すると「そんなことは無い」「失礼な」「私が学生の頃は…」と更に厳しい言葉で反論が返ってきます。「私の学生の頃…」は時代も環境も根本が違ってきてるので置いときますね。「聞いてる」「書いた」は、私が度々使う『保育所の塗り絵か』です。「書いたから何なの？」「埋めたから何なの？」「答えが分かったから何なの？」先生が黒板で説明した『そのままズバリ』がテストに出るのは、地元の小・中学校だけです。当り前の「テスト」は初見の問題がどれほど解けるかを観るものです。受験の問題で、過去問とそのままズバリや先生が一度説明した問題が出ることはありません。つまり、「聞く」「書く」は勉強ではありません。勉強をするための準備運動です。家庭で「理由や根拠が分かる」「用語や単語を覚える」からが勉強のスタートです。『学力が上がる』とはその知識を使って、初見の問題が解けるようになる力が付いたことです。いつまでも幾らでも永遠に聞き続けている生徒は「勉強している」とは言わないのです。一方的に説明を受けたら全員が成績アップするのなら、東京のスタジオから衛星回線を使って授業をしてもらえば、全員【東大】合格ですよね。さあ、ここまで言うと「勉強が全てでは無い」と又々反論がきます。じゃあ、何故、私たちに「勉強を求められるのですか？」あれほど強気で反発や無視していた生徒が突然「あぁ、もう私は無理だ。私はやっても上がらないんだ」と急に心がポッキリと折れてしまう子が増えました。意地を張るだけ張って、我儘を許すだけ許して貰ってきたので、素直に聞いて我慢をする習慣が無いのでしょうか。頑張る姿勢や頑張る心は大切です。もちろん、全てが思い通りの結果になるとは限りません。しかし、アドバイスや指摘に対して本気で意識して本気で行動したかどうかは「結果」に表れますよね。</description>
      <pubDate>Mon, 19 Aug 2024 14:03:09 +0000</pubDate>
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      <title>結果がすべてですよ20240819</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158100/</link>
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      <description>題名だけ聞くと、ものすごくキツい言葉ですね。でも、社会の事実がそうなんですよね。社会人になっての営業成績も、会社や事業の経営も、学校での勉強も、受験もそうですよね。だから、「失敗したら、もう人としてダメだ」とか「勉強だけ出来ていれば、人として大成功」なんて言ってませんよ。もちろん、「運」とか「環境」とか「タイミング」のような外部要因が影響することもあるでしょう。しかし、それは微々たる可能性で、外から見ていると「あぁ、やっぱりな」と感じる行動や意識がたくさん見えます。「私は私なりに頑張ってます」「私は今までこれで何とかやってきました」「私には、このやり方が合ってるんです」「だって、学校ではこれ位で優秀な方だから・・・」「だって、今までよりも勉強(時間だけ)してるもん」「勉強ばかりじゃ身体に悪いから、たまには気分転換を・・・」と多すぎる気分転換や外出。「もっと沢山聞けば(書き込めば)もっと出来るように・・・」「このまま、続けて塾に行ってれば成績上がるはず」「だから、高いお金払って塾に行かせてるんでしょ。必ず〇〇高校に合格させて下さいよ」「家の子に合わせて教えてくれるって言ったじゃないですか」「勉強、勉強では効率が下がるから・・・」と、やっても無いのに休憩の先回り。「家の子はキチンとやってますよ。もっと、家の子を分かってやって下さい」その通りです。おっしゃる通りです。人それぞれです。自由です。しかし私たちは、生徒の現在の実力(学力)は分かっています。そして、目標としている志望校のレベルも知っています。到達しなければならない学力の差も分かっていますし、残されている時間も見えています。試験の前日までにギリギリ到達できれば安心して頂けますか？そんな人は居ないでしょう？残された時間と、日々『出来ていくもの』との競争です。当然、人間ですから忘れていくのも計算に入れながら・・・。私たちは毎回・毎日、具体的にやり方とやる量を指示しています。時には日々の家庭での生活の時間や学校での生活まで口をだします。何故なら、間違ったやり方や意識のままで何年も来てしまったから現状なのです。正しい結果を出すためには、正しいやり方を実行するしか無いのです。間違った意識や間違ったやり方、間違った量や間違った時間の使い方では正しい結果は出ないのです。だから【結果がすべてです】と申し上げているのです。生徒や保護者がすべて正しいのなら、正しい結果が出ているはずだからです。理想の結果に届いていないのなら、正しいやり方が出来ていないのです。「聞いたら…」「書いたら…」「埋めたから…」「先生が言った式と答えを赤ペンで書いたから…」【次は出来るはず】と『保育所の塗り絵勉強法』を信じて実行している生徒の何と多いことか・・・。『見えないから』『バレなければ…』『叩かれないから』『罰は無いから』と何にも変わらず【楽】をしている生徒の何と多いことか・・・。自力で思い付いて、自力で組み合わせて、自力で対処・解決できる力を学力といいます。これは、教科・科目が違うだけで、社会に出てからも使える力ですよね。間違っているのに「とにかく沢山書いたから偉い」と生徒を煽てないで下さいね。</description>
      <pubDate>Mon, 19 Aug 2024 07:38:46 +0000</pubDate>
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      <title>受験生におくります！20240808</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158017/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-158017/</guid>
      <description>聞けば･･･教えてもらえば･･･金さえ払えば･･･の意識を多くの受験生に感じます。そこで「古臭い言葉」ですが、現代にも通ずる言葉を皆さんにおくります。『努力したものが成功するとは限らない。しかし、成功する者は皆努力している。』(ベートーヴェン)『努力をしても報われない奴はいる。ただ成功した奴は、必ず努力をしている。』(長州力)『努力をしても報われるとは限らない。しかし、努力をしなければ決して報われない。』同じ内容ですが、大切なことですね。続けて【死語】や【流行遅れ】【古臭い】と言われても変わらない言葉です。我武者羅(がむしゃら)遮二無二(しゃにむに)一心不乱(いっしんふらん)必　死(ひっし)夢や目標のある人！できてますか？</description>
      <pubDate>Thu, 08 Aug 2024 14:20:19 +0000</pubDate>
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      <title>放っとけば・・・20240804</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-157965/</link>
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      <description>「あ〜っ、面倒臭い!放っとこう!」近年の生徒たち(成績上位者か一部の躾の厳しい家庭の生徒以外)の多数が口にします。「放っとく･･･」って何でしょう？どんな心理状態になれば「放っとく･･･」のでしょう？長年の経験から、出会ったパターンをお話しします。一番多くて分かり易いのが「今までこれ位で何とかなったから」と「放っといても別に罰は無い」です。そりゃあ、やるべきことをやらずに通り過ぎられるのだから楽です。文部科学省のお達しで「自ら進んで学びたい生徒を支援する」の方針に従って、学校の宿題の量やレベルが数年前の３〜５分の１になっています。当然、学校の宿題だけをやっていたのでは「勉強出来ない子」が確定します。その宿題さえもやらずに放置しているのです。保護者は「宿題やったの？」と聞くべき所を「勉強終わったの？」と間違い発言をした上、チェックもしないので成績不振生徒にとっては放っとき放題が可能な神対応保護者です。その後、この放っておいた事がバレても、「勉強とクラブは全くの別物でしょ」とか「青春時代にスポーツをしないなんて…」とか「勉強だけが人生では無い」とか「他の子“皆んな”がやってる(持ってる)のに家の子だけが無かったらイジメに遭ったら可哀そう」とか「今日はお父さんが早く返ってくるの。勉強なんかより、家族の団欒の方が優先よね。早く準備しなさい。出かけるわよ」等々。自分の叶えられなかった青春の楽しみや、子どもの為なら何でもしてあげる“優しい親”に憧れておられるのでしょうか？憲法の三大義務の一つや、学生の最大の義務よりも、生徒が【放っといた】ご褒美に、欲しい物や楽なものを望めば何でも与えてあげたい保護者にも問題があるのでは・・・？もちろん、学校の先生は宿題を忘れても、指示した公式や単語を覚えて来なくても怒りません。当然罰もありません。体罰なんてやろうもんなら新聞ネタです。「生徒の状態や生徒の望みに合わせてやる」「生徒の望むペースでゆっくりと何度でも」「「･･･しなきゃなんてない」「生徒の気持ちに寄り添って」等々の言葉が巷で氾濫しています。自分を卑下して自分を追い詰めて追い込んで【自殺】以外の選択肢が無くなるほど生徒を全否定することは絶対にダメです。そんなことは私ていどの人間でも分かってます。しかし、我慢や努力や苦労を経験させずに、先に先に「楽な方法」を与え続けることが子ども達の将来にとって明るい経験になるのでしょうか？広い世の中には本人は何の努力も我慢もしなくても、お母様も親子のバトルや嫌な思いもせずとも、金銭的にもコネクションも環境的にも将来の受け入れもすべて安泰なものをお持ちならば勉強や我慢など不必要でしょうが、申し訳ございません。私はそのような経験が有りませんので理解できません。では、具体的に生徒たちがどうやって「放っといた」のかをお話ししましょう。成績不振生徒は「毎日学校に行ってるもん」「授業時間は黙って座ってるもん」「先生の話は聞いてるもん」「『書け』と言われたものは書いたもん」だから【勉強してるもん】って自信満々で答えてくれます。「偉い、偉い、小学１年ならね」と答えてあげます。勉強は「聞く」のも「書く」のも当たり前です。それが終わってから『分かる』『覚えておく』を自分で済ませて初めて【スタートライン】に立ちます。それをしてないと次に学習することが理解できないし利用できないからです。『やれ』と指示したことの30％位だけやって「やってるもん」って生徒が居ますが、だから次の単元が更に出来ないのです。じゃあ指示量を10倍にすると10倍やってくれるのかと言うと逆に限りなくゼロになります。「やったか？」「やってるか？」と言うと笑顔で「はい」と返事はしてくれますが、後日確認すると「何〜〜にも変わって無い」なんてことも何度も経験しました。「時間切れ」になるまで黙っておくつもりなんですかね。それこそ「人生の時間切れ」にならなければ良いのですが・・・。出来ないのは先生の教え方が悪い。相手は子どもなんだから･･･と言われる方も居られますが、受験や成績の結果を求めないのであれば生徒の好みに寄り添ってあげることができます。パッと見て出来ることだけしかやらない生徒が「自分なりに･･･」とか「私の努力を認めてくれない」と言いますし、保護者も「家の子なりに･･･」と言われますが、これから出て行く社会は「･･･なりに」やれば何でも叶うのですかね。綺麗事をまともに受け取り過ぎな人ほど「何とかなる」「誰かが何とか･･･」と【放っとき】ますよね。</description>
      <pubDate>Sun, 04 Aug 2024 22:44:33 +0000</pubDate>
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      <title>さっ、さっ、３７℃？20240729</title>
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      <description>皆様、お暑うございます。毎日毎日、とんでもない異常な暑さに耐えています。今日15時頃、教室の玄関に提げてあるある温度計を見ると何と【３７℃】を指していました。「えぇっ?」と２度見してしまいました。静岡や他所で40度や41度を記録したとニュースで言ってましたので、私が文句を言ってはいけないのでしょうが、やっぱり３７℃は異常です。高い電気代も考えず、命を考えてエアコンに頼ってます。皆様もお気を付け下さい。</description>
      <pubDate>Mon, 29 Jul 2024 21:13:18 +0000</pubDate>
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      <title>勉強してる！20240725</title>
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      <description>「私(僕)は、勉強してるもん！」成績不振や年々成績下降している生徒が当り前の権利の様に使う言葉です。「じゃあ、勉強って何ぁに？勉強してるって言うけど何をしてるの？」って聞くと、認識のレベルと成績のランクが比例しているように思います。幼稚園で幼児教育を受けた生徒は特例として置いといて話を進めます。一般的には小学校１年生から勉強は始まります。「毎日学校へ行く」「決められた時間内着席しておく」「声が聞こえたらそっちに気持ちを向ける」から勉強は始まります。次に「先生の言ってることを隅々まで聞く」「言われたことを言われた様にする」ノートに〇や直線を何回も書いて持って行きましたよね。説明を聞いて、言われたヒントを基に考えて書く⇒⇒〇をもらう⇒⇒出来た。また別の新しい事を言われます。又々考えて書きます⇒⇒〇をもらう⇒⇒出来た。　　です。１年生は大体こんなもんです。ルールや決まりや指示に従って行動することしか求められていません。２年生から言葉や現象が起こり始めます。言葉の意味を理解して覚えておいて、起こったり求められている現象に、知っている知識を当てはめて使うのです。簡単なことです。誰でも出来ます。ここまでで「?????」の人は、言葉や現象の用語理解が不足しているか間違えて理解しているのです。さあ、３年生からが本当の勉強です。その証拠に「理科」や「社会」も教科に参加してきたでしょ？今まで言われてきた「聞く」「言葉を分かる」「覚えておく」「ルールを守る」を実行する時がきました。今までに勉強したことは全て使います。全て覚えておかないと対応出来ない問題が始まります。出来て無くても「知ってたけど間違えただけ」「直して“〇”もらったから、もう大丈夫！」と言い始める生徒がこのころから出始めます。「知ってる」「聞いたことがある」「やったことがある」と『出来る』『使える』は全く別物なのです。４年生からは、皆んなが大嫌いな「小数」や「分数」の応用が始まって、５年生では、その後の『数学』の基礎となる「割合」「比」「関数」「速さ」「濃度」などが始まります。６年生では過去５年分の総復習と中学校への準備が始まります。「終わったことはもう忘れても良い」では無いのです。当然、中学校では、今まで小学校で得た知識は全て分かって覚えて使える前提で授業は進みます。ここで、生徒の成績は大きく分かれます。分かろうともせず、覚えようともせず、「聞いた」「書いた」「埋めた」「丸になった」「怒られてない」と小学１〜2年生レベルのやり方を続けても「私はチャンと勉強している」と信じている生徒。もちろん、中学では、そんな意識の生徒にも“罰”はありません。放っといてもらえます。「宿題をやって来い」って叱ると、学校で友達や先生に質問して、自分は全く考えずに言われたままを転記して平気で提出する生徒がこれです。「何となく」「多分こんな感じ」「先生がこう言ってた」「ノートにはこう書いてあった」と分かってもないのに、ただ丸暗記でテストに向かい、それなりに得点出来ている生徒。以前から言っているように、学校のテストは授業で喋った“まんま”しか出ないので、これでも高得点できてしまうので勘違いしてしまうのです。このタイプの生徒が大勢なのです。早めに勘違いを修正してあげる必要があるのです。しかし何故か生徒も保護者も「そんなことは無い」と受け入れて頂けません。ここで修正しておかないと、大学進学を視野に入れている高校の授業には対応できないのです。そんなことは明白なんですけどね。小学低学年の「目の前の作業だけ」をして、時間かせぎ(?)している生徒ほど「勉強している」「頑張っている」「その内、何とかなる」って言います。こんなになるまで誰も気付かなかったのですかね？</description>
      <pubDate>Thu, 25 Jul 2024 21:50:50 +0000</pubDate>
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      <title>私、英語は得意です！20240724</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-157838/</link>
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      <description>「私(家の子)、英語は得意です。学校でのテストの点数は一番良いです。大丈夫です」かつて何人もの生徒や保護者に言われた言葉です。素晴らしいです。良いことです。羨ましいです。何故なら私は苦手で苦労したからです。戻れるなら中学生に戻って、私もこれを言ってみたいです。入塾時の面談や体験授業、教育相談の時に度々言われました。「だから数学だけを教えてやって下さい。英語は完璧なので数学だけで〇〇高校(偏差60以上)には入れると思いますので・・・」も何度も言われました。しかし、いざ簡単な質問や簡単なプリントをやってもらうと英語がボロボロ(?)なことが多かったです。学校のテストで93点。塾の模擬テストで35点。偏差値も35〜42なんて場面を何回も見てきました。「このテストが難し過ぎる」「入塾させようとして、わざと難しいテストを受けさせた」なんて悪口(?)も何度も言われました。何故、こんな行き違いが起こってしまうのでしょうか？以前から何度もお話ししていますように、現在の地元小・中学校の生徒のレベルが低すぎるのです。学力のレベルだけでなく、素直さや我慢などの【人間力】のレベルも低いのです。先生がいくら必死に教えても「何かこんな感じ」や「だから、こう書いとけば〇なんでしょ」と『違うよ』と何度注意しても分かってくれません。無視・スルーしてくれます。先生が黒板で説明した内容と「数字」や「単語」を変えただけで【こんなん習って無い】【ズルい〜】となるのです。つまり、毎日の授業は、定期テストの答えを黒板に書いて写させているだけなのです。英語も教科書や配布プリント・サブテキストの印刷そのまま出るのです。単語も授業で見た・聞いたもの『だけ』なのです。(中３になってTakeを「撮る」って言ってる生徒は沢山います)虫食い問題も本文を知っているのですから、誰でも埋めれるのです。逆に聞きますが、ここまで【ドンズバ】問題で、平均点が58点なんて、どう考えたら、どう受け止めたら良いのでしょうか？この問題で30点40点なんて、『わざと？』としか聞けませんし、70点80点なんて『保育所の塗り絵の方が完璧にやってくれました』状態じゃ無いかとおもいます。実際に中２・中３(中３でこの状態で来られると辛いのですが･･･)の生徒が、中１レベルのbe動詞文、一般動詞文の文法の基礎の基礎、英語の「いろはのい」を分かって無い生徒が大半です。そんな状態ですから、「人称代名詞の目的格」や「不定詞の形容詞的用法と副詞的用法の日本語の違い」や「接続詞のWhen」の話をすると「？？？？？(何ものぞ)」の顔をされます。「学校のテストで〇〇点だから・・・」を生徒も保護者も主張されて私たちを攻撃されますが、学校の現状から考えると、単元確認テストかノート確認テストの状態なので取れて当然なのです。受験や模擬テストは全国の当然のレベルを求めてきます。それが普通だからです。「私は正しい」「私は間違って無い」「私は分かっている」を思い込んでいるから、学校のテストの現状が受け止めれないのでは無いでしょうか？ここまでお話ししても、「そんなことはない」「家の子はそこまで・・・」「じゃあ、塾に行かせさえすれば直ぐに・・・」「家の子も聞けば・・・」「家の子も習えば・・・」を強く主張されるお母様が居られますが、『お母様、ご自分の時はどうでしたか？』英語も言語です。日本語が危うくなっている現代、そんなに「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」なんてことが可能かどうか。ゆっくり考えて頂ければ分かりますよね。英語が、一番時間が掛かります。文法も単語も作文も書き換えも言い換えも全部ですから・・・。</description>
      <pubDate>Wed, 24 Jul 2024 19:42:19 +0000</pubDate>
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      <title>とにかく言い返して勝とうと・・・20240723</title>
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      <description>生徒たちが言います。「いや、そんなことはない」「僕はやってる」「今までは、これで何とかなった」「学校の先生は、これで許してくれた」「母さんは、これで良いって言った」正しく無いから指摘したのに、何故言い返して勝とうとするの？正しく出来ていたのなら、何故今の実力なの？最悪なのは「はい、はい」と返事だけで無視して放っとく生徒(放っといたら母さんか先生が何とかしてくれるから･･･)が激増中！意識・行動が正しくないのに、一方的に知識だけを入れてやれば成績が上昇するのなら、何故学校の授業で成績が上がらないの？保護者が言われます。「そんなことはない」「家の子はやってくれる」「家の子に聞いたらやってると・・・」「家の子の言うように･･･家の子に合わせて･･･」「お金払ってるんだから、塾が何とかしてくれるんじゃ・・・」「プロなんだから、成績を上げるのが先生のしごとでしょ」「失礼な！一々私たちの“せい”にせずに、塾で何とかしてよ！」本心で、そう思われてますか？残念ながら、上記「言い返し生徒」と「言い返し保護者」は同じ家庭の場合が多いです。生徒が黙って放置する生徒の場合は、保護者の主張がもっと多くなります。生徒が大人を“舐める”くらい「そんなことは無い」「俺は間違って無い」を全身からアピールする場合は、保護者が「もう、家の〇〇ちゃん、言い出したら聞かないんです」「言っても動かなくなるんです」と完全に子どもに負けてます。何故なら、何でも子どもの思いを叶えて煽ててやった結果です。出来てる人は「えっ、そうなんですか？知らんかった」とか「学校とかでは言ってくれないから･･･」とか「じゃぁ、これからはどうしたら良いですか？」と更に厳しくても受け入れようとして実行されます。だって、そうしないと、結果に結びつかないことを知っておられるからです。とにかく言い返して勝とうとする人は、苦労して積み上げてきた経験をお持ちじゃ無いか、「お客様は神様」とか「金を払えば何でも手に入る」とか「消費者は偉い」とか「言わなきゃ損」の風潮を真に受けて、『口先だけで短時間に楽して手に入れよう』の傾向が見えます。ただ、そのタイプの人が多数派になっている現代、「変えなきゃ」「直さなきゃ」が正しいのか、「常に多数派が正しい」「そんな時代じゃあ無い」を信じて受け入れるべきなのか・・・。政治家や行政は『自分に批判さえ無ければ将来のことなんて』の姿勢ですし、その風潮を逆手に取って「優しい」とか「何でも受け入れる」を【売り】にして、結果や将来を考えず、商売としては抜かりない塾が大勢に成り始めています。私も、言い返されるようなワードを口にしない方が良いのでしょうか？その方が優しいと言って貰えるのでしょうか？どなたか、何が正しいのかご教示ください。お願いします。</description>
      <pubDate>Tue, 23 Jul 2024 20:41:48 +0000</pubDate>
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      <title>家の子は、そこまでひどくない。中の上！20240720</title>
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      <description>「家の子は、そこまでひどくない。中の上くらいです」受験直前に少し難しい志望校を求めてお越しになられる方や、学校の定期テストの点数が毎回安定的に下降している生徒の保護者が度々使われるセリフです。何を根拠にいつごろからそのように思われたのでしょうか？原因を考えてみました。「家の子は60点取っている。半分が50点なので半分より上。だから成績は中の上」って言われる小学生のお母様。《数字的には100の半分は50ですが、小学校のテストは、教科書の単元確認テストです。100点が普通です。80点でも心配事です。60点は日常の意識と行動からのやり直しを考える必要があるのでは・・・？》「平均点取ってるってことは、真中ってことでしょ？全然ひどく無いじゃない？」《平均点は母集団によって意味が全然違います。クラスの平均は受験の成績や可能性とは一切関係ありません。高校受験は全県中学生が母集団です。大学受験は全国の受験生が母集団です。お住いの狭い範囲だけで判断されると、とんでもない間違いが起こります。もし、ご存じ無いならば、お尋ね頂ければ…。とにかく言い返して勝てれば受かる事なんて・・・。です》「家の子なんか比べものにならないヒドイ成績だった先輩の〇〇君があの高校に受かったんだから・・・」《何故、そんなに〇〇君の成績に詳しいのですか？受験時の〇〇君の実力を確認されたのですか？直前の半年で周りの10倍勉強したかも。特殊暗記能力を持っていたかもしれませんし…。それまでの意識や行動を、家族全員で変えたかも…。別の方向から考えると「家の子、全然勉強せんのんよ」も各家庭によって1時間で“頑張った”の評価もあるでしょうし、３時間でも“少ない”の評価になるでしょう。60点を“普通”と評価する家庭もありますし。80点を“低すぎ”と評価する家庭もあるでしょう》「だから塾に入れて受験をさせようと思っているのです」《塾に入れさえすれば、塾が何とかしてくれると主張される方が多過ぎです。本人が意識して今までの誤りを正し、新しい指示を100％遂行してくれないと理想の成績上昇は望めません。100％行動してくれている生徒に希望のゴールを叶えてあげるのが塾の責任です。有名監督のチームに入れさえすれば、指示に従わない誰でもプロ選手になれますか？「入れれば」「行けば」「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」成績が上がるなんて誰が言ったのですか？逆に、「無理なら上がらなければ何処でも良かったけれど、聞かれたから一応理想を言っただけ。とりあえず受験前に塾に入れてやったから親の責任は果たした」を口にされた方が居られましたけど、その価値観、私の辞書にはありません。ごめんなさい。理解できません》「『受験まで、あと50日。まだ間に合う』ってあの塾のＣＭでも言ってるじゃない」《すべては生徒の状態と生徒の行動と希望のゴールとの距離だけです》「私(お母様)だって、学生時代に30点や40点取ってましたけど、こうやってキチンと一人前の大人になって、誰にも迷惑を掛けずに生きてます」《お母様。本当に小学や中学の時に30点を取ってましたか？もし、そうなら相当頑張って取り返されたか、放置してきて自覚が無いだけじゃないですか？高校の苦手教科(数学・物理等)で取って、追試で何とか･･･なら分かりますが。現代の小学校なら100点、中学校なら80〜90点が“普通”です。》如何でしょうか？何が“中”で何が“そこまで”かご理解頂けましたでしょうか？何度でも実態をお伝えします。お聴き取り頂いて、少しでも早めに生徒の将来の為・・・です。</description>
      <pubDate>Sat, 20 Jul 2024 19:15:56 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、言っても聞かないんです！20240719</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-157770/</link>
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      <description>「家の子、言っても聞かないんです！」成績不振の生徒のお母様の多くが口にされるセリフです。「言っても聞かない･･･」とはどうゆうことかと言うと「ダメだ」と言ってもやめない。「必ずやれ」と言っても無視(?)放置(?)して黙り込んでしまうことらしいです。考えられる原因として、親は「言ってるつもり」「チャンと指示しているつもり」でも、「チャンとするんよ」「先生の言うてんようにするんよ」レベルの言葉足らずで伝わってないか、子どもも内容が理解できない「キチンと･･･」「しっかり」「自己責任」「自分の事･･･」等の漠然とした言葉を使っている場合。仕事は大変だし身体もしんどいし「これ以上家でゴタゴタしたくない」「子どもと揉めていがみ合いたくない」との気持ちや「一々面倒臭い」「何とかなる」との気持ちで親が言わない場合。「放っといても最後には親や先生が何とかしてくれる」と子どもに認識させ、間違いをキチンと認識させないで、「もぅ〜！私が居ないと何にも出来ないんだから･･･」嬉しそうに手を出し続けている親。事、ここまで至っても「子どもの意識が･･･」とか「やる気が無いのは子どもの責任･･･」とか言ってる方が居られます。ぼちぼち、原因が見え始めましたよね。「子どもは大切にされる存在」「大人は子どもを怒らない」「放っといても罰は無い」「何でも許してくれる」「どんな状況でも(皆んなそうならと)やりたい事(クラブ・ゲーム・外食・携帯)はやらせてくれる」と小さい時の経験を錦の御旗に何年経っても甘えて舐めてる生徒。「体罰はダメ」「怒られたらパワハラと言えば良い」と母さんが言ってた。「何度でも許してくれるのが大人」「何をしてもしなくても守って貰える」「罰とか私だけ無しなんて絶対に起こり得ない」と3歳5歳の時にプリンス・プリンセスとして、何でも許してきたことを年齢や学年が上がっても修正しなかったことが原因。『ダメなものはダメ』『〇〇は悪いこと』と教えて、無視する３歳児なんて見たことありません。ズルい楽な知恵が付いてしまってからの修正や自分より身体も力も強くなった子を従わせるなんて出来ませんよね。そこまで放っといて「言っても聞かないんです」って言っても・・・。ここまで言わずに直さずに来たんだから、言わなかった人が周りの何倍も苦労するしか・・・。勉強でも一緒でしょ？今まで楽して放っといて来た生徒は、受験の直前に同級生の何倍も苦労するしか・・・。勉強も子育ても同じです。何にもせずにいつか誰かがなんてありませんよね。</description>
      <pubDate>Fri, 19 Jul 2024 18:48:56 +0000</pubDate>
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      <title>僕はチャンとやってる！出来てる！20240715</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-157723/</link>
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      <description>昨日の女子生徒の特徴と違う男子生徒について考えてみました。小学校高学年から中学生の男の子で、「小さい時にはスゴく出来たのに･･･」と保護者に言われながら、成績が急に下降し始めたり、中々伸びない生徒の傾向が見え始めました。やっぱり、女の子とは全く別の傾向です。多分、第一子か長男として、周りから手を掛けて目を掛けて一生懸命に育てられたのでしょう。周りの同学年の子より勉強もスポーツも何でも良く出来る幼稚園生と小学低学年を送られたことと思います。「すごい」「良く出来る」「一番」の周りからの声掛けに、本人も保護者も「安心」と同時に『満足』を感じておられたことでしょう。ここまでは、何の文句の付けようがありませんし、ご立派だと私も拍手を贈ります。幼児期は、尻込みせず積極的にチャレンジし、何でも興味を持って『出来よう』とすることの手伝いが必要です。その時に積極的にチャレンジしたからこそ、周りの子よりも「良く出来た」のです。小学校入学後にも、学校の先生が話したことを「完全に出来よう」と繰り返し、運動も「皆んなが出来ることは僕もできる」と頑張った結果、運動も「良く出来る子」になりました。ここまでは生徒も素直に良く頑張ったと思います。問題はここからです。子どもも10歳にもなると成長しています。今風に言うと「二分の一成人式」です。知恵がつきます。同時にズルい知恵も成長します。逆に、そうならなかったら心配です。学校の勉強も小１時に求められていたのは「どれだけ素直に従えるか、繰り返せるか」です。小２時になってもその「延長線上」にあり、九九が完璧なら粗ＯＫです。小３から少しだけ複雑になります。今までに学習してきたことを完全に分かって覚えていることが前提です。この時になっても「素直に作業」だけで「勉強している」と勘違いしている生徒が現れ始めます。小４から勉強は激変します。同じ建物で同じ先生が教えてくれますが、全く別物と考えた方が良いのでは無いかと思うほどの激変です。巷で「中１ギャップ」や「高校ギャップ」は話題になりますが、本当は「小４ギャップ」が存在しているのです。その時、目にも見えない分数や、答えが動き続ける関数が登場するのです。「何か先生が、こんな感じを言ってた」や「こうやってれば良いんでしょ」とここに至っても【終わらせる勉強】を続けていると取り返しがつかなくなるのです。更に小５では「割合」「速さ」「単位」「〇〇算」などの訳の分からない想像算が満載になります。事ここに至っても「今まではこれで何とかなっていた」「僕が分からないのは先生の教え方が･･･」「家の子、先生との相性が･･･」「家の子、今までと同じ様に頑張ってるのに･･･」と自分と我が子を間違った過信をしている姿をたくさん見て来ました。これらの考えや行動を改めずに、そのまま中学に入学してしまうと頭書のような取り返しのつかない生徒になってしまいます。何とかなった生徒は、ウザがられても言い続けた保護者と、出来てる友達を見て気が付いた生徒本人へのご褒美です。「だったら塾にでも行かせれば･･･」と言われる保護者も居られますが、正しいやり方をやらないのに塾に行かせても、時間とお●の無駄です。「私は注意してるんですが、聞いてくれないんです」って言われる方もおられます。そりゃそうです。もう13歳です。反抗期真っただ中です。身体も大きくなって、母親では敵わなくなっています。その上、何年も子どもの行動や意識や家庭内での立ち位置を『賞賛』してきたのです。自分に相当な自信を持ってプライドの塊になっています。そんなに易々と素直には聞いてくれませんね。どうですか？こんな状態のまま受験直前まで「その時になれば何とか･･･」と放置しますか？少しでも少しでも少しでも早めに修正を始めた方が・・・。またまた、余計なことですかね。失礼しました。</description>
      <pubDate>Mon, 15 Jul 2024 19:27:03 +0000</pubDate>
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      <title>「うん、頑張る〜！」20240714</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-157712/</link>
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      <description>問い合わせや体験授業、入塾相談にお越し頂ける保護者・生徒の中で、成績不振や伸び悩み、受験直前になって焦っておられる方に「ある特徴」を見つけました。もちろん、数ある学習塾の中から我が「ワセイク駅家」を選んで頂けていることは感謝しかありません。私の「変なおっさん(クソジジイと言う人も･･･)指導方式(本人は大真面目ですよ)」をご理解頂けたのですから余計に感謝です。しかし、この「ある特徴」を実践されている方々は中々厄介で、注意しても指摘しても響かないと言いますか、実践して頂けないと言いますか、最後には私たちに「厳し過ぎる」との批判まで頂いてしまいます。そのある特徴の言動とは・・・・「うん。分かった！私頑張る〜！」です。「頑張っているんなら良いじゃないか」と思われるかもしれませんが、じゃあお尋ねします。「頑張る」って何ですか？どんな意識や考えを持てば？どんな行動ができれば良いのですか？私たちを苦しめているのは、こんな会話が日常的にされているからです。親「分かったぁ？今度こそ頑張るんよ」　　子「うん。分かった！頑張る」塾「今度こそ、やり方を変えて、やって来てね」　　子「うん。分かった！頑張る」塾「今までのやり方や時間では、志望校に届かないよ」　　子「うん。分かった！頑張る」学校「あの志望校には、未だ届かないね。もっともっとだよ」　　子「うん。分かった！頑張る」塾「何回も注意してるけど、指示したようにやって来ないよね」　　子「うん。今日から頑張る」塾「『頑張る』は何度も聞いたけど、家でどれ位頑張ってるの？」　　子「うん。今日から頑張る」子「私は頑張ってるのに、先生は認めてくれない」子「私は私の出来る範囲で頑張っているのに・・・」親「家の子に聞いたんですが、家の子は頑張っているって言うんです。なのに先生は認めてくれないって言うんです。どうしてですか？」親「そりゃあ、先生方は『賢い』ので直ぐに勉強が出来たのでしょうが、家の子は家の子なりに･･･。分かってやって多少は許してやって下さい」ここまでで「？？？？」のワードが幾つか出てきました。「頑張る」ってなんですか？　何をどれ位意識して行動したら「頑張っている」ことになるのですか？「頑張る」って言い続けていれば、実力が付いて志望校に届くのですか？注意しても、し続けても決して従ってくれなかった生徒の保護者ほど「長いこと高い月謝を払ったのに、成績が上がらず志望校に届かなかったのね。この塾ダメね」と口コミで言われるのは何故でしょう？その親の定義も、生徒と同じ「口先だけの言い訳」「言い逃れ」の頑張るなんですかね。【頑張る】の定義は、あの広辞苑にも載っていますし、用法も載っています。上記の生徒たちの言ってる「頑張る」とは懸け離れています。いつから、こんな「頑張る」が許される通例になったのでしょうか？私には思い当たる原因はあるのですが、根拠の検証が出来ていないのでこの場では・・・。ただ、何でもかんでも「許してやれ」「分かってやれ」「待ってやれ」を言ったりしたりの人が「新式の良い人」と持て囃される風潮でしょうね。テストや受験も「待ってやれば･･･」「分かってやれば･･･」「許してやれば･･･」点数が上がる時代が来ると良いですね。「厳しくし過ぎて自殺されたり引き籠られたりよりは良いでしょう？」と言われます。『その通りです』しかし、本当に頑張ってる生徒は「頑張る」の言葉を口にしません。ただ「やる！」だけです。社会人になっても「頑張る」って言い続けていれば、許される会社ばかりの社会になると良いですね。</description>
      <pubDate>Sun, 14 Jul 2024 22:49:17 +0000</pubDate>
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      <title>犬の散歩で思う事20240630</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-157542/</link>
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      <description>我が家には、愛犬「そら」が居ます。彼女(?)は、間もなく15歳の誕生日を迎えます。人間でいうと80歳間近です。私の生活時間(仕事が終わるのが遅いから･･･)の都合で、散歩は夜遅くになってしまいます。そこでのことをお話しします。夜、教室の業務が終了後、30分〜40分かけて近所の路地から一級河川の土手を歩きます。私は反射テープ付きのベストを着、点滅灯付きの手提げ袋を持ち、懐中電灯も持って万全の態勢で歩いています。なぜなら、夜の土手道は離合も出来ない位狭いのに、何故か猛スピードで車やバイクが来るのです。時には無灯火の自転車が脇を通り過ぎてビックリです。その散歩の最中に思うことがあるのです。一つ目は、糞の放置が多すぎることです。土手という環境のせいでしょうか？道路上や少しだけ草むらに入った所にゴロゴロです。誰も見ていないから？誰か分からないから？罰を受けないから？(正確には罰はあります)これって、成績の伸びない子供や人間力に疑問符の付く子どもに見える「バレなければ･･･」「怒られなければ･･･」の特徴と同じですよね。大人が、こんな悪い「お手本」を見せてしまうのですから、そりゃあ、子ども達にとっては「当たり前の事」か「当然の権利」くらいになってしまっているのでしょう。ちなみに、私は一度も放置したことはありません。何故なら「餌」「水」「寝床」「監督」「治療」「糞」等の『人間の子供を育てるのと同じだけの義務を覚悟』しないと動物を飼う権利が無いと思っているからです。ただ、私が「放置糞」を拾って歩くには限界がありますので、我が家の犬が同じところで糞をした時にしか取ってません。ごめんなさい。放置糞の人たちは、近年流行りの「おもちゃ犬」や「飽きたらポイ」のペット思想なんですかね？二つ目は、狭い路地での「猛スピード」と「ウインカー無し」です。確かに夜の遅い時間です。薄暮の時間とは違い、人通りは少ないかもしれません。しかし、私だけでは無く、時々ウォーキングやジョギングをされている方も居られます。もし、カーブ等で草や雑木で見えなかったら…と思うと怖いです。次に「ウインカー無し」ですが、先程「離合出来ないくらいの道幅」と言いましたよね。私は自己防衛のつもりで、早くから広い所で待っています。凄いスピードで来られて逃げようが無いのがお互いに嫌だからです。交差点や橋の向こうに車が見えたらこちら側の手前で止まって待ってます。すると突然ウインカーも無く右左折して行かれます。「何のために待ってたのかな？」と思いますが、まぁ安全を守れたので良しとしますけど・・・。以前、私以外の方が同様の状況になっている場面に遭遇したことがあります。その方が「何でウインカーを切らんのじゃ？」と聞かれていました。ドライバーの言い分は「私はいつもここで曲がるんじゃ。こんな時間に誰かが居る訳じゃ無し。何で無駄にウインカーで知らせる必要があるんじゃ」でした。人が居ようが居まいが進路変更をする前のウインカーは必要です。明らかな道交法違反です。でも、こんな【自分の言い分だけを主張していても許される風潮】は何でいつから出来てしまったのでしょうね。大きなお世話ですか？そうですね。又々余計なことを・・・。</description>
      <pubDate>Sun, 30 Jun 2024 23:01:11 +0000</pubDate>
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      <title>成績が上がる生徒・難しい生徒20240623</title>
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      <description>以前から何度も『「聞けば･･･」「行けば･･･」「習えば･･･」「教えてもらえば･･･」って思っている人は、成績は上がりませんし、一時的に上昇しても直ぐに下降に向かいます』と話してきました。「じゃあ家の子、ずっ〜とダメだったからもうダメね。無理ね」と極論で諦める方が居られます。逆に、「家の子、宿題や提出物は遅れ気味だけど、学校のテストではいつも平均より15〜20点くらい上が取れてるから直ぐに何とかなるわね」と、変に安心される方が居られます。現代の小・中学校のテストは、「事前の授業で、テストの式と答えを説明している」状態だと何度もお話ししています。つまり、間違った意識や間違ったやり方をしていても、「試験発表期間中に集中して覚える力」を持っている生徒は、前記位の点数は簡単に取れてしまいます。だって100点取れるだけの説明を受けて、答えまで全部知っているのですよ。逆に75点や80点しか取れないのは覚え方が雑だからです。と言うことは、習って3日後の小学生なら80点とか、習って1か月の中学生なら60点しか取れない生徒は、【終わったことは忘れても良いこと】の生活意識を持ってきたか、ハッキリ言って【授業を聞いていないですね】としか言えません。そんな「適当」や「放っとけば良い」「後で親が何とかしてくれる」「何とかなる」「別に殴られる訳じゃ無いし」で【ごまかし】続けていては、今後の人生でどうするのでしょうか?先刻から何度も言っていますが、現代の小・中学校では、誰もが簡単に「良い点数」が取れるような授業が行われています。なのに下がり続ける生徒は、日常に問題が有るようにしか思えません。昔の小学校でも中学校でも、先生が手書きでテストを作られていた頃なら、「あいつは賢いから･･･」とか「想像や閃きが苦手」とかの理由で多少の差が付いても納得できますが、今の「答えを100％知っているテスト」で何で?としか思えません。ただし、高校受験、高校の授業、大学受験では今までの小・中学の授業方法やテスト勉強方法は殆ど通用しなくなります。このことも何度も何度も皆んなに言い続けていますが受け入れて頂けません。学校でも「適当に自己流」塾でも「自分流でほどほど」の生徒が生まれて初めて【見たことも無い問題を解かされる】のです。その時になって「知らな〜い」「こんなん習ってな〜い」って言っても遅いのです。「優しい塾」「生徒のやり方に合わせてくれる塾」が人気ですが、一方的に喋って説明してくれるだけで、結局、生徒は適当に放置するのなら【学校と同じ】じゃないかと思います。すごく失礼な言葉を使って分かり易く言います。ただ単にやり方を知らずに成績が悪い生徒(通称;●★)は、やり方さえ変えれば簡単に成績が上がり始めます。しかし「放っとけば･･･」「黙っとけば･･･」「自分流で･･･」「自分のペースで･･･」で素直に頑張らず意地を張る生徒(通称;人間力が★◆)の生徒は、これからも本人の【変えたい気持ち】が湧かない限り変われません。ま〜〜た、こんなに“大”“失”“礼”なことをハッキリ言ってしまった。マズいなぁ。ま〜〜た「頭おかしい塾長」とか「偉そうなクソじじい」以上のお叱りを頂くんだろうなぁ(涙)</description>
      <pubDate>Tue, 25 Jun 2024 14:29:10 +0000</pubDate>
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      <title>今年もしっかり・・・</title>
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      <description>今年もアロエの花が、しっかりきれいに咲き始めました。冬場は霜にあたらないようにハウスに入れ、夏場は水を切らさないように水やりをしました。手を掛けてやれば、必ず良い結果が・・・。自然界の鉄則ですね。人間も同じように結果が･･････あわわわわ、又々余計な事を言って叱られるところでした。</description>
      <pubDate>Sun, 23 Jun 2024 20:23:55 +0000</pubDate>
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      <title>これ位なら大丈夫！何とかなる！20240531</title>
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      <description>仕事も勉強も苦手(出来ない)な人(生徒も保護者も)の多くに話を聞くと「あっ、そこ苦手だった」「そこ、嫌いだった」「訳分からんかったから放っといた」と言われる事が多いです。「放っといたら何とかなりましたか？」と、お尋ねすると「はい、何とか成りました」と言われる方が多く、「後で死ぬほど苦労したので、必死で勉強し直しました」と言われる方が少数ですが居られました。勉強なんて一生です。学ぶ行為は一生続きます。学校を卒業してしまえば、もう何にも新しく学ぶ必要は無いのですか？「もう、これで良い」「何かこんな感じ」「多分、これぐらい」でも学校は卒業できたでしょう。しかし、学びは死ぬまで続くのです。学生時代に「何か･･･」「多分･･･」「これなら･･･」が当り前として過ごしてしまったら、その後の人生は、現状に満足して自己過信に従って少し間違った方向に進んでいても気付かずに過ごしてしまいそうです。実績があり、知識も豊富で立派な方に何かの役員をお願いすると「えっ、私は自信無いです」「私は良く知らないです」「私には荷が重いです」と言われる事が多いです。相応な知識をお持ちなのに、もっともっと高い成功を求める意識をお持ちなので、いつまで経っても「これで良い」が思えないのでしょう。一方「何か･･･」の方に多いのが「あっ、私分かるよ」「あっ、私出来るよ」「私、やったことある。簡単よ」と簡単に引き受けて頂けます。実態を見ていると、やはり「何かこんな感じよ」「こうしとけば良えんよ」「こんなもんよ」と、ちょっと『？？？？』なことを度々耳にしました。皆んなが敬遠しがちな職務を引き受けて頂けるのですから、大変有難い方々なのです。これは間違いのない事実です。間違ってもそこを責めているのではありません。本来の職務と仕事内容を正確にはご存じないのに「何か･･･」「多分･･･」「これなら･･･」と自信を持って進められる考えは、いつ頃手にされたのでしょうか？を話しているのです。他に、会社で管理職をされている方とも、私の年齢的には度々お話しする機会があります。義務を果たさず、要望に従ってくれない人ほど、権利や自由を口にするし、初期に許された『既得権』を何年経っても更に求めてきます。「職務」「業務」「責務」等の【義務】を求めると、「私はやってるのに･･･」「私は出来てるのに･･･」「そんな法律がどこに・・・」的な口答えが更に返ってくるそうです。やっぱり【学ぶ】って生涯の仕事ですよね。学生時代から「将来にも使える学び方」をキチンと身に付けておきたいです。我が教室の基本方針は「人間力が学力に！」と「将来にも使える学び方」です。受け取る側にとっては一番「鬱陶しい」言葉だと思いますが、大事な事なので、いくら「鬱陶しい」「古臭い」「偉そうなジジイ」と言われても可能な限り続けていきたいと思っています。こんなこと言うから余計「偉そう」とか「頭おかしい」って言われるのかなぁ(涙)</description>
      <pubDate>Fri, 31 May 2024 22:13:55 +0000</pubDate>
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      <title>その言葉の目的は・・・？20240525</title>
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      <description>一般論として普通の“大人”なら、特別親しい人や特別因縁のある人、特別迷惑を掛けたり掛けられたりした人じゃ無い限り、他人には殆ど使わない言葉があります。その中の何個かを、ここ数年に『言われた』ことのお話しをします。(本当に口に出された言葉です)生徒に何度注意しても無視して、従ってくれないので保護者に「お家で再度お話し頂いて、結論を教えて頂けますか？」とお伝えしました。その後一か月、生徒に何の変化も無く、生徒からも保護者からも何のお返事も無いので、保護者様に連絡をして、「先日お願いしました話し合いの件、どうなりましたか？」とお尋ねしたところ『えっ？しましたよ』とぶっきら棒に！「あっ、ではその内容を教えて頂ければ…」に対して『子どもは先生達に遠慮があるみたいで言い難いらしいです』「では、お母様から教えて頂ければ…」『えっ、何でいちいち塾に報告せねゃぁいけんの？もうええじゃん』と何がどうなったのかの経緯も結論もお話し頂けません。「でも、このまま済し崩しの我儘を通させたら生徒の為にならないし、塾のルール的にも問題が・・・」と話し合いを持ちかけた時、【うるさいわねぇ！通ってるのは子どもかもしれんけど、お金を出してるのは私なんだから、私の決定がすべてなんです。もう放っといて！】と、捨てゼリフの様に電話を切られてしまいました。他にも、何かの要望を伝えたり変更を申し出たりする場面てありますよね。そんな我儘が通用するはずが無い内容を生徒本人に言わせ、「家の〇〇ちゃんが自分の気持ちを素直に言ったんだから、認めてやって下さい」とか「〇〇ちゃんがやってくれないんなら行きたくないって言ってますんで辞めさせます」は、近年の「優しい」「物分かりの良い」親としては正しい態度なんでしょうか？「ルール的に無茶でしょ」とか「他の生徒に示しが・・・」を要求されて、【私はキチンと要望を伝えたのに、いつになったらやってもらえるのかしら…】と言われた方も・・・。他に近年「増えてるなぁ」と感じる会話もご紹介します。成績不振の生徒のお母様と他の同様の生徒のお母様の立ち話やコーヒーショップでの会話です。「学校が〇〇してくれんから、◇◇してやったんよ」「塾が私の言うように〇〇してくれんから、◇◇してやったんよ」「◇◇って言ってやったんよ」「・・・だったら〇〇を頂戴って、取ってやったんよ」分かりますか？【・・・してやった】って言葉。これってケンカや仕返し以外の何物でもないですよね。当然、話し合いや代替や代償として渡したり受け取ったりすることはあるでしょう。しかし、「言ってやった」「してやった」は、これらには該当しないのでは？単なる「気分良く」「腹立ちを収める為」「全てが自分“だけ”の価値観」を満たすための行為ですよね。仮に学校や塾にそれをされたのであれば、目的は何だったのでしょう？本来の【子ども】の結果など意識に無く、その時その時のお母様(お客様・お金さま)の気分が・・・。塾としては途中退塾は嬉しく無いですし、申し訳ない部分もあったのかもしれませんが「立つ鳥、跡を濁さず」ってことばは昔から聞きますが、どうも「辞めるんだから、関係無い」とばかりに【捨て台詞】を言って帰られる方も増加中です。これらも『腹いせ』なんですかね。少なくとも、この様な態度・行動を経験されて来られた家の子供の成績が・・・・・・あっ、マズいマズい。又々いつもの癖で余計なことを・・・。失礼しました。</description>
      <pubDate>Sat, 25 May 2024 19:31:35 +0000</pubDate>
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      <title>カスハラについて考える　20240523</title>
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      <description>「ＮＯと言えない日本人」とか「我がままを言わず、周りに合わせる国民性」「横並びを好む国民性」「相手の気持ちを考えて、無茶な主張をしない国民性」と言われて久しいです。しかし最近、普通に生活していても「ファミレスで大声でクレーム(私には言い掛かりにみえますが)を言っている人」「スーパーで理不尽な交換や値引きを要求している人」「役所で『お前の給料は儂が払っている』と奴隷に言う様な要求を言っている人」その他色々を頻繁に目にするようになりました。警察の取り締まりや役所の税金徴収、病院の指示、学校や保育所の対応(塾も入れて下さい)に、自分の感情と少しでも違うと、自分の不手際は高っか〜い所の棚に上げておいて、ＳＮＳにボロボロの言い分を投稿されることを数々聞きました。昔(いつの頃？誰を基準？)は、「人の振り見て我が振り直せ」が当然でしたので、反論するにしても、ひと呼吸置いて反論されていました。しかし、最近は何でも要求し、それが100％叶わないと間髪入れず激情形で問題を大きくする方が増えていると感じます。いつからこんな「言わなきゃ損」とか「言って、叶えば儲けじゃん」とか「別に、知らない人に気を使わなくても、私“だけが得”出来たら何と思われても構わない」って風潮が【普通】になってきたのでしょうか？約30年前に日本も「子どもの権利条約」を批准し、学校で「権利権利」と権利ばかり教えられました。その後「個性」「自由」「人それぞれ」「多様性」「子どもの将来」の言葉のきれいな部分だけをマスコミで取り上げられ、それを真に受けた人々が「正しい要求」では無く【何でも要求】を信じて育ち、社会人と成り『義務は果たさなくても、権利だけを要求しても平気』な人々が増えていきました。その上【客】とか【金払ってる】がすべての判断の頂点に君臨する風潮に繋がっているように感じます。さて、標題の「カスハラ」ですが(カスハラの説明は必要ですか？カスタマーハラスメントの略です。お客様の立場を利用して、理不尽な要求をすることです)事業所や役所に無茶なクレームや要求をしておいて、叶わなければ「怒鳴る」「拘束する」「長時間妨害をする」等の事例が頻発し、条例や社内規定でその様な事態には明確に拒否の姿勢を示すことを決めるところが増加中と聞きます。当然だと思います。遅過ぎたくらいだと思います。もっと早くに対応していたら、ここまでエスカレートしなかったかも知れません。カスハラの考え方としては『第三者に理不尽な要求をすること』は全て定義に入れるそうです。私が度々、言葉の定義や言葉の意味を理解せずに「自分の感覚・感情だけ」で社会に潜んでいる人が多い話はしてきましたが、ここで質問です。【理不尽な】とありますが、理不尽とは何でしょう？辞書には(；道理をわきまえない事。道理と違う事をする事)とありますが、その前に、前述した『権利のみの日本人』は道理を理解されているのでしょうか？「感情」や「損」「得」「楽」で価値判断をされている方々に私たちがいくら「違いますよ」とお話ししても、「何〜に！失礼な！偉そうに！」と火に油を注がなければ良いのですが・・・。他の業種のことは分かりませんが、教育関係の理不尽の多くは、「指示に従わない」「宿題をして来ない」「公式や単語を覚えない」のに、それを注意すると「月謝を払ってるんだから、何とかしてよ」「何か月も高い金を取りながら成績が上がらない」となり、ＳＮＳの口コミに「ここはダメ」と投稿され星が減ることです。逆に生徒がいくら従わなくても注意もせず、保護者のご機嫌をとっている学校や塾は星が増えるのは何でかなぁ？「ほら、やっぱり私は間違って無いでしょ」のお言葉(捨て台詞が多かったですが)通りでしょうか？</description>
      <pubDate>Thu, 23 May 2024 18:54:02 +0000</pubDate>
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      <title>勉強方法が・・・20240521</title>
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      <description>我が教室では「勉強方法が正しくないと将来困るし使えない！」って教えています。ご存じのように、小学校初期段階の勉強は単純な作業が多いですし、一単元で使う知識も一つ(時々二つ)です。なので、内容理解も使い方も出来ていなくても『聞いた』『(ノートかプリントに)書いてあった』の感覚で何となくその時だけの短期の知識で書けば〇がもらえました。そこで「出来てる」「すごい」と必要以上に褒めすぎると、本人も「勉強ってこんな感じなんだ。何〜んだ、簡単じゃん」と、間違ったままを過信して、その後、何度指摘しても、注意しても修正できません。何故なら近年は「個性」とか「個々のやり方」とか「自由」とか言葉ばかりが先行して、【我慢】して【素直】に【他人の言葉を受け入れる】ことができない生徒が激増しているからです。小学校では単純な知識をその場だけ【素直】に受け取って、それを作業していれば終わりでした。言葉ややり方や注意点を正確に覚えておいて2〜3年後に利用するなんて『稀』でした。ところが、中学に入ると、小学校の知識は『すべて残っている』前提で単元が進んでいきます。小学校の割合や小数・分数の計算は出来る前提の授業になっています。当然学年が進んでいくと「もっともっと」その組み合わせ感覚が必要になります。今回のテストの点数が悪くても「次、頑張る〜」って言って、たまたま次はアップするなんてことは間々あります。何故なら、次の単元は、前回のテストと使用する知識が違う場合が多いからです。悪口に聞こえるかもしれませんが『たまたま上がっただけ』なのです。この「聞いた」→「書いた」→「出来た」→「終わった」→「忘れた」を小学校からず〜〜っと続けてきて、【何とかなった】経験が、その後の【地獄】を招くのです。小学校から地元の中堅中学を受験する時には「ある程度忘れている知識の再入力」をすれば簡単に合格出来てしまうのです。(間違わないで下さい。このやり方ではハイレベルの中学は無理です)中学受験で何にも変えずに合格してしまった生徒は、そのままの意識ややり方を続けますので３年後６年後に困るのです。中学は地元に進学した生徒は、もっともっとです。小学校と意識・やり方が同じなのですから、内容が高度になれば成る程、想像通り苦戦になります。意識を変えて【素直】【我慢】【修正】をしてくれた生徒は、そこから急激に上昇します。当然です。今までの「勉強じゃないやり方」から脱却したのですから・・・。その後、高校受験が待ってます。本当に私たちの指摘した注意を意識して実践してくれた生徒は安定の上昇です。しかし、運良く実力よりも上の高校に合格してしまった場合が悲惨です。高校の授業や大学受験に使う知識は、今までと比べ物にならない位の激変です。『進学校』と呼ばれている学校に入ってしまうと、それが顕著です。中学で取れていた点数とは比べ物にならない位の点数に唖然です。でも、その点数にも段々慣れてきて平気になります。「学校が何とかしてくれる筈」なんて幻想はやめて下さいね。そんなことが出来るならば、「全員東大合格」が可能になります。何度注意しても「私はやっている」「ええじゃん少々」「何とかなるよぅ」と意地を張り通していたけど、高校は少し無理して有名校に入ったのに、やっぱり意地を張り続けて下降＆下降を繰り返し、大学受験後に「長い間あそこに行かせたけど、ここしか受からなかった。ダメねこの塾」と保護者からお叱りを頂いた生徒も居ました。「将来でも使える勉強方法」を度々発言していますが、この大学受験や資格試験を想定しているのです。</description>
      <pubDate>Tue, 21 May 2024 20:14:00 +0000</pubDate>
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      <title>他人の話をキチンと聞く人は・・・20240518</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-157048/</link>
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      <description>『賢いって？』と聞くと「知識が豊富で勉強ができる」「テストの点が良い」と答える人が多いです。『じゃ、そうじゃ無い人って？』と聞くと「その反対」とほとんどの人が答えます。じゃあ「頭が良い」って何ですか？「博識って？」「偏差値」って言葉が次々に出てきますが、何がなんだか・・・ですよね。「暗記」って言葉がありますが、当然「覚えている」ことです。過去、我が教室にも居ましたよ。特殊能力の持ち主が。「一度でも目に触れたり耳で聞いたことはほとんど覚えている」って生徒が。たしかに『歴史』や『漢字』はいつも満点でした。じゃあ、この生徒が数学も完璧かいうと「全く」です。つまり内容や使い方は完全には理解出来てなくて、知識としての答え方だけを「文字通り」覚えているのです。しかし、今までの小・中学校のテストや入試では、この「暗記」が大きな得点源となっていました。しかし、超有名大学を卒業しておきながら、「？？？」と感じる人にその組み合わせや応用を質問すると「えっ？そんなん習ってません」と平気で答える人もそれなりに居られました。つまり、昔の「賢い人」の中には、「自分がテストに答える力」は素晴らしいけれど、「他人に教える力」や「使う力」に少し難があった人が居たことも事実です。本人も「暗記量が人間の力」だと勘違いして傍若無人に振舞っていた人が居たことも事実です。そんな「テストに答える能力」や「テストの穴埋め知識」偏重ではなく、前後の事実から組み合わせを考え、記述・論述での解答を求める問題に『入試変革』されています。じゃあ、「暗記」は全く必要無いのでしょうか？そんなことはありません。永遠に不要にはなりません。社会生活や会社業務の中では「機械」が代わりをしてくれることも多いですが、学校や地域コミュニティの中では絶対に必要です。わたし的には、「用語」を理解し、決まりと共に暗記(ここで暗記です。理解した後です)し「理由」「根拠」を基にして応用や解決や取りまとめを考え出す力などの色々な力の一つとして絶対必要だと思います。時々、地域に居られるじゃないですか。最終学歴は大したこと無い(失礼！絶対に見下しては無いですよ)のに、地域で皆んなから頼られたり、困りごとを解決してくれたり、揉め事を両者の意見を聞いて、上手く解決して下さる「有難い存在の人」が！そんな場面に遭遇すると「この人凄い」「賢っ！」って思いませんか？私はしょっちゅう感じてます。じゃあ「賢い」って言われる人と「じゃない」って言われる人の違いは何かな？と観察していたら、何となく少しだけ見えました。「賢い」って呼ばれる人たちは【ヒトの話】をよく聞きます。勿論すでに知ってる事もありますが、何分の一かでも新しい事を見つけるように【良く聞きます】。「何で？」って理由も確認しながら確実に【吸収】しようと聞いています。だから、状況がはっきり理解出来て、知ってる知識も確実なので解決策や対処法が思い付くのでしょう。スゴイです。一方「じゃない」人たちは、何でも中途半端です。聞くのも覚えるのも「何か、こんな感じ」「多分、こんな感じ」「ええじゃん、少々」と全ての知識と対処方法が【雑】なのです。だから意見を言うと「違うよぅ」と否定されると「じゃあ、もう知らん」となってしまうのです。これって、小さい頃からの「勉強方法」や「学び方」と同じじゃないかなと思いました。『先生の説明や教科書の解説を完全に受け取って理解し、確実に暗記し、根拠を持って対処方法を考える』これさえ出来れば、学校の勉強も地域コミュニティでの勉強も完全でしょう。意識したいですよね。子どもはもちろんのこと大人がね。</description>
      <pubDate>Sat, 18 May 2024 19:14:10 +0000</pubDate>
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      <title>何がそこまでさせるの？ 20240516</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-157021/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-157021/</guid>
      <description>最近の、成績不振生徒やじり貧生徒に多く見られる特徴を見つけたので書き出してみます。何の根拠が有るのか分かりませんが、異常なくらい「自分に自信を持って」いるのです。学校でも塾でも「私は正しい」「私は分かっている」「私は間違ってない」「私はやってる」と主張してくるか、気に入らないことを強く強制すると、後で保護者から電話で生徒の意向を伝えてこられました。先生がいくら用語の理解を確認しようと「これって何ぁに？」「これってどういう意味？」と聞いても、公式や英語の６文型や時制に対して「ここを覚えないと次に進めないよ」と、ず〜〜っと同じ説明をしていても自分流のやり方を続けるか、「学校では、そこまでやらなくても、今までこれで何とかなったので、これからも何とかなるはず」と何にも変えずに【無視】し続ける生徒がいました。「だってぇ、勉強の成績や宿題は、やってもやらなくても、良くても悪くても、クラブや携帯やゲームや小遣いには影響ないもん」って露骨に言った生徒まで居ました。指摘や注意をすると「完全無視」をするか「異常に不機嫌」になるのです。「そんな事無いもん」って言いますが、明らかにそこが不振のポイントなのに・・・。それを保護者に伝えて、生徒と話して家庭内でのルール作りをして下さるようにお願いしました。後日、生徒に「どんな話になった？」って確認すると「別に、何にも言われて無〜い」とか「先生の言うてんようにするんよ」とか「チャンとするんよ」とだけ言われたと教えてくれました。はっきりと言葉にして生徒を叱られるお母さんにお聞きしたエピソードもあります。「何を注意しても、一度言い出したら聞かないんです」「約束を破ったので罰の話をすると、動かなくなるんです」「もうええ。学校も塾もクラブも行かん。辞める」と閉じこもる。「何でもかんでも強制して、私の気持ちを分かってくれない」と喋らなくなるんです。「ありのままの私を認めてくれないのなら私の存在の価値は無いから・・・」と脅迫するんです。お母様の言葉の中に『？？？？？』のものもありました。「周りの【皆んな】が持ってるなら、家の子だけイジメの対象になると可哀そうだから･･･」「勉強が出来ないからって、趣味や娯楽を認めないのはどうかと・・・」「女の子なんだから、おしゃれに興味を持つのは当然だから・・・」「先生たちが古臭さ過ぎるんですよ。時代は変わってるんだから･･･」「いつも話しに出てくる友達と同じ点数だから良いかなっと思ってます」「人それぞれ得意不得意があるから、家の子はクラブを頑張れば勉強は少々・・・」「本人がやる気にならないといくら手間や金を掛けても無駄だから、それまで黙って待ちます」「大人の考えを強制するのはどうかと思います」「この子の人生だから、親は口出しをせずに、黙って見守ろうと･･･」すごく優しくて素敵に聞こえますけど、殊、勉強に対しては『？？？？』です。塾を始めた20年前には、ほとんど(めったに)耳にしなかった生徒や保護者の言動ですし、保護者も「ダメなものはダメ」としっかり話し合いをされていました。いつから、何が原因で、誰がそうしたのか分かりませんが、人間力や学力が二極化していることだけは事実のようです。私の分析や考えも少しはありますが、ここで結論の様に述べると又々お叱りを受けますので･･･。参考までにお聞きになりたい方が居られましたら(そんな人居るのかなぁ？)どうぞ遠慮なく。</description>
      <pubDate>Thu, 16 May 2024 18:03:40 +0000</pubDate>
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      <title>何でかなぁ？ 20240513</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156986/</link>
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      <description>ここ10〜15年で急に増えてきた生徒の行動や、生徒・保護者の言葉があります。それこそ毎日毎日『何でかなぁ？』と悩みながら対応しています。成績伸び悩みや成績不振生徒の人数割合の増加と比例していると感じているのは私だけでしょうか？原因や対応方法を知っておられる方はご指南頂けませんでしょうか？学校や塾で何度注意しても宿題や提出物を持って来ない。覚えるためには、何度も声に出して書いて【覚えるまで】やれって言っても覚えて来ない。注意は一度で聞くどころか、何回注意してもスルー。期限や定時が守れない。〇〇は持って来た？　(間髪入れず)「忘れました！」「分かってるって。しつこいなぁ」で、やっぱり変わらない。「もう嫌」「行かん」「休む」とドタキャンは日常茶飯事。保護者が『あんた。聞いてるの？』に対して、「私はチャンと聞いてるのに･･･」と不満顔。保護者が『言ってもやらないんです』『気に入らないと、動かなくなるんです』も度々聞きます。直前になって、部屋から出て来ないんです。急に「もう、塾、辞める。今日は行かん」と言ってますと電話が･･･。『厳しくしてやって下さい』と言われて入塾頂いたので、何回も無視する生徒にキツ目の言葉で指示すると、『家の教育方針と違います』『私はゆっくりと話して分からせたいのです。大声で指令しないで下さい』『子どもが嫌がる言い方はしないで下さい』と電話が・・・。えっ？どうして欲しかったの？『言っても聞かないんです。小さい頃は、あんなに素直な子だったのに･･･』『宿題終わったの？』と聞いたら必ず「終わった」って言うんです。でも塾や学校から連絡が･･･。『チャンとやるんよ』って言うと、「やってる」って言うんです。『チャンと聞いてる？』って聞くと、「チャンと聞いてる」って言うんです。何度注意しても、本人が【やる気】にならないので、【やる気】にならなければ放っとくしか無いですよね(もし18歳までならなかったら…？)親の仕事は、何が有っても子どもを見守ってやるだけしかできません。(いつまで？)別のパターンでは、勉強は、学校や塾で『聞けば』『習えば』後でも何とかなるけど、〇〇教室(野球・サッカー・テニス・ピアノ等)は、一回でも休むと置いていかれるから・・・。家の子が好きで「頑張る」って言ってるのに、何で一々口出しするんですか？私は過去過ぎますが、保護者たちの世代ではどうだったでしょうか？塾の先生たちに聞いてみると私と同じ感覚で同じような経験を経てきています。私たちの世代では、学校の先生が指示したことや命じたことを「やらない」「放っとく」なんて選択肢は絶対にありませんでした。大人(親・近所のおっちゃん・親戚のおっちゃん・先生)が言ったことを放っといたり、自分流で適当にしたり、嘘でごまかしておくと、後でとんでもないことが待ってて・・・。私は決して暴力を推奨している訳ではありませんよ。勘違いしないで下さいね。と、私には考えられない生徒(保護者も)の言動に毎日が「？？？？？」の繰り返しです。だから、「こうしたら？」とアドバイスすると『古臭い』とか『体罰は･･･』『皆んながやってるから･･･』『そんな時代では無い』『お金払ってるんだから、我慢しなくても成果を･･･』と、もっと「？？？？？」。ここまで話を聞いて、解決策や私へのアドバイスがありましたら、ご指南下さい。他所で「何でも許して、機嫌をとる」「保護者の要望には何でも『はい、分かりました』と否定しない」「生徒が喜ぶように何でも放っといてやる」「言うようにしてやると友達を連れて来るので儲かる」を実践されている教室を聞きます。ひっとして、私が気が付いていないだけで、そのやり方が正しい解決法だったのですか？【ま・さ・か？】</description>
      <pubDate>Mon, 13 May 2024 20:17:51 +0000</pubDate>
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      <title>できる範囲で･･･　20240508</title>
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      <description>「〇〇は絶対やれ！」「〇〇はやってくれなくちゃ」「◇◇は変わらなきゃ…」って言うと、返ってくる言葉が想像できるようになってきました。大人でも子どもでも近年増加傾向なのが、「勉強がすべてでは無いでしょう？」「成績が悪い子は、将来がないのですか？」「出来る範囲でやってるじゃないですか！」「出来る人はやる！出来ない人は仕方ない。どうしてもなら他人に頼む」「この子なりに頑張ってるんだから、分かってやって下さい」「▽▽(スポーツや趣味)は頑張っているじゃないですか」と、やらないことを前提で言い訳して通り過ぎようとされます。最悪のお言葉が「成績が悪い子は生きてる価値が無いのですか？」です。そんな事を言う人が居るはず無いじゃないですか！「出来る範囲･･･」って言葉は最近度々耳にします。職場でも仕事でも平気で口にする人も居ますし、家族のお世話でも「面倒臭いから･･･」「何で私が･･･」が本心なのに「出来る範囲でやったけれど、これ以上はプロに･･･」とほとんど支援をしない人を多く聞きます。「出来る範囲･･･」を否定するつもりはありません。無理に無理を重ねて体調を崩し病気になったり、他の事が何にもできなくなっては元も子もありません。しかし、努力や我慢や改善を全くせずに指示を逃れて楽するためや、上手な言い訳ができればどんな結果でも責任転嫁できるからと口先だけできれいごとを続けている人が多いです。スポーツでも勉強でも同じです。何も考えずに、目の前の簡単に出来そうなことだけやっておいて「自分の出来る範囲で頑張ったのに･･･」「私も自分の範囲で頑張ったのに認めてくれない･･･」を何度も何度も聞きました。何も変わらず何も努力や我慢もせずに現状だけでできることをやったことは頑張ったとは言いませんし、成長や上昇なんてありえません。つまり、ちょっとだけ無理して、ちょっとだけ我慢して、ちょっとだけ挑戦してやったことを「出来る範囲で頑張った」って言うはずです。それ以前に、「頑張った」とか「出来る範囲でいい」は周りが励ましや慰めで言うセリフで、本人が口にすると『言い訳』や『逃げ口上』にしかなりません。「これ以上子どもに言うと喧嘩になるし、家の中が修羅場になるし、何を言っても動かなくなったり、学校辞めるとか塾を辞めるって言われると困るから･･･」との言葉が近年では多かったです。この言葉には多くの『？？？？？』が混入しています。「喧嘩」っていうことは、親と子どもが対等に言い合いしてるってことですか？何故その年齢になるまで制止してこなかったのですか？「修羅場」ってその子は３歳位から傍若無人に振舞ってきたのですか？「動かない」って趣味や好きな事やお出かけや食事もですか？「辞める」って完全に脅し・脅迫じゃないですか？これらって、幼児がおもちゃ売り場で駄々こねて、手足バタバタしてるのと同じじゃないですか。それで大人が根負けして仕方なく言いなりで買ってやるのと同じじゃないですか。子どもが小さい時に『出来る範囲』でダメなものはダメと制止してこなかったからでは･････････？「出来る範囲」って何でしょう？結果やゴールやご褒美は人並み以上を念頭に置いて、自分は殻から出ずに周りに対して「やってるよアピール」して、「許して下さいアピール」の人が多くないですか？でも、まぁ、病気になられたら私も責任取れないしなぁ……複雑(涙)</description>
      <pubDate>Thu, 09 May 2024 19:43:53 +0000</pubDate>
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      <title>「聞いてる」から勉強してる！20240504</title>
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      <description>最近、何人かのお母様から相談を受けました。要約すると、「家の子『チャンと勉強してる！』って言う割に、成績は上がるどころか下がり傾向なんです。私が教えることも出来ないし、何が原因なんでしょうか？」が多数でした。私が「何をしているから『勉強してる』って思うのですか？」と訊ねると、ほとんどの方が「チャンと聞いてるから･･･」と答えられました。続けて「では、『聞く』とはどうなったり、どうしたら『聞いてる』ことになりますか？」と聞くと、「えっ？聞いてること･･･？？？(この人、何言ってるの？顔)」「では、何かをやりながら他所を見ながら、おまけで音が鼓膜に届いただけでも『聞いてる』ことになりますね？」と聞くと、ほとんどの方が「それはダメでしょ」言われます。そうなんです。大人の常識的理解として「聞く」とは、相手の話してる言葉と内容を理解して、相手の言いたい事を受け取ることですよね。ところが近年の小・中学生は「チャンと聞きなさい」と言われるだけで【確認】も【聞いてない時の罰】も無いことをよ〜くよ〜く知ってます。だから、音信号が鼓膜を振動させただけで、自分は完璧な対応をしていて、あとは大人が何とかしてくれるはずと信じています。その証拠に、声を掛けて直ぐに一度で行動してくれる子がどれ位居ますか？必ず数回声を掛けるか、段々声量アップをするしかありませんよね。さらに、「聞こえさえすれば、勉強は完璧ですか？直ぐに成績アップし、それを維持できますか？」答えは『ＮＯ』です。勉強は「聞く(読むも含む)」→「分かる(一人で再度解いてみるを含む)」→「覚える」→「使えるための練習」を繰り返すしかありません。近年の小・中学校で展開されている授業を見てみますと、テストの問題・解答の解説を毎日の授業でされているように思います(先生の悪口を言っているのではありません)。つまり、聞いて(分かっていなくてもノートに写して)、覚えておくと100点もしくは高得点が約束されているようなものです。なので、成績不振の生徒に取って『聞いていることが勉強の全て』と誤解しているのです。では、先刻説明しました行動は、この流れ中でそれぞれどれ位の割合と考えれば良いでしょうか。私が考えるに「聞く」は全体の10％程度かと思います。続けて内容や別の単元や別の用語との区別、どんな時に使えるのかとの「(理解)分かる」が20％。「覚えたつもり」や「もう分かったから次は大丈夫」では無く、今後どんな場面でも使えるように繰り返し「覚える」が30％。あとは、どんな問題でも、いくら時間が経過していようが思い出せて使えるまで「繰り返しの演習」が40％だと思います。なのに「聞いたから勉強している」って主張しても、成績がアップするはずがありません。生徒たちは「いつ」「誰に」「どのタイミングで」そんな間違いを教えられたのでしょうか？また、指摘・注意・指導しても、平気でスルーや無視をする生徒が増えているのは何故でしょうか？保護者が注意しても「子どもが動かないんです」や「もう知らん！塾、やめる」「もうええ！学校行かん」と家庭内で冷戦状態になったり暴れたりすることを防ぐために、子どもの言い分を全部受け入れている家庭も多いとか･･･。成績に直結する仕事をしている学校や塾はどうするべきなのでしょうか？</description>
      <pubDate>Sat, 04 May 2024 19:25:04 +0000</pubDate>
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      <title>ゴールデンウィークですねぇ20240502</title>
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      <description>ゴールデンウィーク、ゴールデンウィークって世間は浮かれてますねぇ。「最長10連休」なんて言って、海外とかにVACATIONで行かれている方もおられるのでしょう。残念ながら、私は、そんなに長い休みは頂いたことが無く、この仕事を続けている限り無いと思います(引退して毎日が日曜日になれば･･･休める？でも、その時には身体が動かなかったりして･･･)ところで、ゴールデンウイークって名前、どこで付けられたかご存じですか？有名な話ですからご存じの方も多いかも。昔むか〜し、娯楽が映画くらいしか無かった時代、この五月の連休は、娯楽を求めて大勢の人が映画館に押し寄せたらしいです。そこで映画業界の人が「金ががっぽり儲かる一週間」でゴールデンウィークと呼んだらしいです。その言葉が当り前になり、日本中が呼び始めたそうです。しかし近年、ＮＨＫだけは呼ぶことを止めました。理由は、田植えで忙しい人。観光地で忙しくて家族でお出かけ出来ない人。連休で休みが取れない業種の人。この人たちにとっては【ゴールデン】ではなく、ＮＨＫにクレームが入ったそうです。そこでＮＨＫは『大型連休』と呼ぶことにきめて、ゴールデンウィークとは呼んでいません。今度、気を付けて聞いてみてください。些細な知識でした(てへ、ペロ)</description>
      <pubDate>Thu, 02 May 2024 19:48:22 +0000</pubDate>
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      <title>地元の方々の認識に･･･　20240429</title>
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      <description>仕事柄、地元の小・中学生の保護者さまとは日常的にお話しする機会があります。以前から何度か「この地域は、少し全国との認識に違いが･･･」とお話ししてきましたが、将にそれに当てはまる内容の話を何度も言われています。地域外の遠方から引っ越して来られた方や、一度県外や遠方に出られて帰郷された方には簡単にご理解頂けることが、ずっと地元地域にお住いの方にご理解頂くのは、少し時間が掛かることがあります。たとえば、「家の子、小学校で、いつも大体80点くらいは取ってるので普通」とか、「家の子、小学校のテストで毎回95点か100点取ってくるから優秀」とか、「家の子、小学校で『よくできる』を取ってるし、先生から『安心して下さい』って言われるから優秀。国立の〇〇付属中は確実」とか、「家の子、私立の◇◇中(偏差40程度)に受かったから、もう大学受験まで安心」とかです。他に地元中学の例です。保護者の場合、「家の子、学校では成績が悪いの。でも塾に行かせれば直ぐになんとかなるはず」「あそこの有名進学塾に行かせれば、家の子も▽▽高校くらい簡単に･･･」「家の子、テストで平均点くらいをいつもキープしているので、普通の高校に行ける」「家の子、テストで毎回80点くらい取ってくるので優秀。あの〇〇高校は安心」「家の子、地域で2番手の高校(偏差40後半〜50位)なんですが、この塾は教えることできますか？」「地域2番手の〇〇高校に合格できたから、もう国立大学は確実！」「家の子、クラスでも優秀な方だから◇◇高校(偏差40中〜40後)で安泰」生徒の場合「学校の宿題はキチンとやって、ノートは完璧だから、受験も大丈夫」「テストなんて、先生が説明したことだけ書いとけば点取れるから簡単」「学校のテストではいつも85〜95点。なのに塾のテストは習って無い問題を出すし、難しすぎる」学校のランキングや学校の偏差値の認識が少なくて、30年くらい昔の保護者様の時代の記憶からアップデートされてないことがあります。地元小・中学校のテストのレベルが「出来て当然」「小学で100が普通、中学で90以上が普通」になってるのに、説明すると「そんなことは無い。失礼な」と叱られます。中学で平均点なら偏差値30台後半しか無いのに、家の子の実力は普通で普通の高校に行けて、大学もそこそこ知名度の有る大学くらいは可能との認識。私立中学でも中堅高校でも、入ってしまえば通っていれば「後は学校が何とかする責任が･･･」と言われます。それって、有名監督のチームに入れば誰でもプロ選手や確実に大リーグと同じ価値観ですよね。高校も同じです。普通って何ですか？大学受験は全国との競争ですよね。つまり地元地域の学校順位なんて何の価値も無く、偏差値と授業内容がすべてですよね。偏差値で言うと、最低でも50を越えていないと入れない高校は２校しか無く、他の15〜20の高校は偏差45〜30くらいです。30の高校で話を聞くと、方程式の基礎やbe動詞文一般動詞文の基礎からやり直すか、中一レベルのプリントを別に作って、教科書を見て転記さえしていれば正解で、とにかく卒業までもっていくと言われてました。本当にこれが「普通」なんでしょうか？偏差40位の高校に入って「頑張れば、地元の市立大学や県立大学くらいなら･･･」と言われる方が居られますが、本心から言われているのなら「はい、頑張って下さいね」としか言えませんし、ご存じなくて、勘違いされているのなら「少しだけ私の話を聞いて下さい」です。この保護者の勘違いや生徒の「甘ちゃん」「舐めてる」を逆手に取って、『あ〜〜っ、うちで頑張れば大丈夫ですよ』と淡々と授業を消化し、結果は何も変わらず卒業させるタイプの塾が『優しい』とか『要望を聞いてくれる』と持て囃されているのが【地元の認識の間違いの最たるものかな】と感じています。間違いをお話しすると【変な塾】【厳し過ぎる塾】【古臭い塾長】と更にお叱りを受けます。やっぱり「耳障りな事でも言い続けて」認識を変えて頂くことの難しさを感じています。</description>
      <pubDate>Tue, 30 Apr 2024 13:16:35 +0000</pubDate>
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      <title>郷に入れば郷に従え　20240424</title>
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      <description>「郷に入れば郷に従え」昔から使われていることばです。新しい知識やルールを学んで、早く地域のコミュニティに参加する最善の方法だと思います。日本の文化(良し悪しは別として)を表す言葉として最良の言葉だと思います。近年では「個々を尊重」とか「人それぞれ」とか「多様性(間違って使っている人が多いですが)の時代」の言葉に流されて、伝統のルールや皆で守ってきたことまで中止になったり、有名無実になってることを多く目にします。では、自分たちで新しいルールややり方を作り上げるのかというとそれも見えません。とにかく、他人が決めたルールを守りたくないための都合の良い便利言葉として使われている気がします。逆に良くないことでも、友人や周りの人たちがやっていると、「皆がやっているから･･･」と「私は自分を殺してでも皆んなに合わせられるのよ」的に、便利に使い分けています。「学校ではこうしてるから・・・」「学校ならこれで良いから・・・」と然も我慢して従っているかのように発言しますが、では、学校で指示された事柄は、全て実行するのかというと、「嫌」や「面倒臭い」ことは知らんぷりして放置している場面も度々目にしました。私たち「塾」は、もっと簡単です。「金払ってるんだから･･･」の言葉の中に「だから優しくしろ」「だから強制するな」「だから機嫌とれ」でも「結果は必ず出せ」「気に入らなければやめれば良い」「他にいくらでも変わりはある」で転々とされる方も沢山見て来ました。親がそれをすると、子どもはそれがルールだと学びますよね。「個性」も同様です。個性とは、個々人が持つ特性・性格ですよね。「個性を認めて個性を伸ばせ」って多くの人に言われますが、個性の中には「良いこと」も「悪いこと」も両方含まれていますよね。それを、「個性」の名の下に、何でもかんでも許して認めろって、ご都合主義の無茶理論じゃないでしょうか？話を戻します。今まで生きて来た・やってきたルールを変えることは「嫌」ですし「しんどい」「面倒臭い」ですよね。でも、現実に実績が出てるやり方や考え方は実績が出てるんです。「我慢してでも、一度は受け入れろ」が『郷に入れば郷に従え』の本当に言いたい意味なんじゃないかと思います。</description>
      <pubDate>Wed, 24 Apr 2024 22:02:51 +0000</pubDate>
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      <title>「違う」って言ってるのに･･･　20240424</title>
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      <description>小学生や中学生の勉強を見ていると、最近の生徒の勉強に対する取り組み方法や意識・時間の使い方にすごく疑問を感じています。塾を開校した頃には、そこまで思わなかったですし、間違ったまま続けている生徒は少数派でした。また指摘すると直ぐに修正してくれる子が多かったので、余計意識に残らなかったのかもしれません。しかし近年は、指摘すると「塾長は文句が多い」とか「うるさいなぁ」とか「古臭い」とか「私を悪くばっかり言うから塾やめたい」なんて言葉まで直接耳にすることが増えました。保護者に状況をお伝えすると「子どもに聞いたら『チャンとやってる』『キチンと聞いてる』って言ってます」とか「子どもが通うのだから、子どもの意志を尊重して･･･」と言われることも増えています。「チャンとやってる」とか「私は分かっている」とか「キチンと聞いてる」って、誰に確認したのでしょうか？何を根拠に何をやってるからそう思うのでしょうか？保護者も「子どもに聞いたら『やってる』って言ってます」って言われますが、何のどこを確認されてのお答えなんでしょうか？同じ学校や同じ先生、同じ塾でも成績が二極化してきているのは何故でしょう？確実に結果を出せている生徒、継続的に上昇維持している生徒は、見ていても【違うよ！】の部分が少ないですし、仮に指摘しても直ぐに受け入れて修正してくれます。成績が思い通りにならなくて悩んでいる生徒ならまだ見込みが・・・。しかし、色々混合で間違えている生徒ほど「自信」と「プライド」を持っているのは何故でしょう？小学１年生と、小学５年生と、中学３年生で勉強方法が同じ訳がないじゃないですか。更に、高校生になると(特に受験校・進学校って言われる学校)とんでもなく変わってしまいます。その時に慌てても遅いのです。一番多い間違いが「授業を聞いてる」「宿題をやった」を勉強だと思ってることです。「聞いてる」って何でしょう？音が耳に届いていたら「聞いてる」ですか？大人の普通の解釈なら「内容が理解」出来ていて初めて「聞いてる」だと思うのですが・・・。つまり「聞いてる」から、後は放っておいても「その内」出来るだろうと思っている訳です。次が「宿題をやってる」から勉強と思っていることです。宿題の紙は教科書を虫食いにして「写せば(写経と同じです)完成する」様に作られています。「これを埋めたから勉強ができるようになる」と認識しているようです。たしかに昔(30〜40年前)はそうでした。しかし、現在の学校は、文科省のお達しにより、宿題を減らさざるを得ないのです。つまり、宿題は勉強では無く、勉強をする範囲とポイントを知らせるためのモノなんです。その後の自主勉強が勉強なのです。次は、「聞いた」「教えてもらった」「出来た」で放置して、１週間後には消えて無くなっていることです。先刻も言いましたように、「分かって」「残す」ための家での作業を勉強と言うのです。【今日、出来たから、次もできる】なんて、間違いの最高峰です。塾で先生が問題を一緒に読み、ポイントから状況を書き出し、書きながら立式し、計算の流れを解説し、答えまで辿り着く説明をしています。これを「うんうん」と言いながら眺めて、答えだけ転記して「嬉しそうに」書いて終わる生徒がいます。先生は書きながら説明していますので、数分掛かりますが、生徒が自分の頭の中だけでやれば数十秒の内容です。思考の順序のお手本を解説しているのです。出来ない子ほど「聞いてる」「分かったから次は大丈夫」って言います。答えが知りたいだけなら解答をコピーして渡しますし、学校の宿題の答えを聞いて書いただけで「出来る子」になる訳がないでしょ！聞いて、満足して、放置する一貫の流れをず〜〜っとやってるから現状なのになぁ…。「学校の先生は何にも言わない」「学校だったらこれで許される」「周りの友達と同んなじだから大丈夫」を最前面に出して反論してくれますが、何を言っても結果は変わりません。素直に聞けないのは、何の自信とプライドがあるからなんですか？それを根拠に「私(家の子)は普通」を言う人ほど、高校や大学は〇〇を･･･、と言われます。特に大学のレベルは全国との競争です。通っている学校の普通は関係ありません。</description>
      <pubDate>Wed, 24 Apr 2024 17:34:02 +0000</pubDate>
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      <title>私は「ちゃんと」書いたのに･･･　20240422</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156767/</link>
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      <description>宿題や提出物やテストの答案の記入にはルールがあります。答案には記入の条件が付いています。「単位を書け」とか「条件に変換して書け」とか色々です。提出物も宿題も求められた形で満行にして書けとか条件が付きます。一番大切なのは「読める濃さ」「読める大きさ」「読める字」で「正しい日本語」で書く必要があります。近年、多いのが、「氏名欄」が７もあるのに２位の小さい字で端っこに書く生徒。「芸能人のサインのつもり？」って言う「読めない字」の生徒。単位がポイントなのに、単位を書かずに「えぇじゃん、分かるじゃん」って言う生徒。最悪な場合は、連立方程式の答えで片方だけ正解で、他方は不正解なのに、「半分合ってるんだから半分点数を頂戴」って言う生徒。「書いたじゃん」「やったじゃん」「良いじゃんちょっと位」「私は頑張ったのに」「私の頑張りを認めてくれない」と、ルールに従って素直に行動することよりも、【私】を主張して『許してもらう』ことや『その場を通り過ぎる』ことに意識があり、そこに注力していることが気になります。私たちも『個性』や『上手・下手』があること位認識しています。しかし、絶対ダメなことや、将来困ることは早めに認識して修正して欲しいので注意しています。書くことだけでなく、会話や行動でもこの傾向は見られます。「言ったじゃん」「聞いてるじゃん」「自分なりにやったじゃん」「覚えたじゃん」って、何でも『自分は正しい』とか『自分は間違ってない』と主張しさえすれば許して庇ってもらえると勘違いして、大切なポイントを軽く受け流している生徒ほど『伸び悩み』状態です。「書いた」は、相手が読めて理解出来て用を成さなければ意味がありません。「言った」は、相手に伝わらなければ意味がありません「聞いてる」は、相手の意図と内容がくみ取れなければ意味がありません。「分かってる」は、内容を理解してそれが出来なければ意味がありません。学校では、いくらスルーしてても攻撃や反撃が来ないのを知ってるから【とにかく口答えして終わらせる】をしていませんか？多くの「優しい」を売りにしている塾も同様です。私たちは、鬱陶しがられるのを覚悟で注意を続けています。保護者さまに、生徒への「注意や声掛け」をお願いしても、本当に言って頂けたのかな？と思うことがあります。これも生徒と同じです。伝わらなければ言って無いのと同じです。言っても生徒が受け取って行動しなければ、言って無いのと同じです。あっ！又々余計なことまで・・・・・・。いつもすみません。</description>
      <pubDate>Mon, 22 Apr 2024 21:08:01 +0000</pubDate>
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      <title>「やってる！」って言う人　20240421</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156755/</link>
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      <description>誰かに何かの行動確認をすると、ほとんどの人が「やってるよ」って答えてくれます。「やってないよ」とか「やらんよ」と平気で答えられる人は、求められた行動の意図や内容を理解できてなくて、放置していても問題を感じず、自分自身の中にある優先度が低い人か、悪意を持って、そのまま放置している場合しか考えられません。では、「やってるよ」「やったよ」と答えてくれる多数の人々の中でも、結果にバラつきがあるのは何故でしょう？ある人は、求められている量の120％出来ていても、まだ不安げです。別のある人は、求められている量の80％しか出来ていないのに自信満々です。「性格の問題よぉ」「個人の自由よぉ」「人それぞれじゃけぇ(出た出た、最近こればっかり)」で自己肯定したり、寛容に聞こえて実は見て見ぬふりをしていたりが実態だと思います。すると、100％以上やった人が「頑張ってバカを見た」「頑張っても認められない。損！」となり、我慢の連続となるか、「次からはしない」とマイナスの決断をしてしまいます。必要量に達してない人は「ほ〜ら、こんなもんよ」と独り善がりの判断をしてしまうか「これ位やっといて、後はウヤムヤで時間切れ」と『上手なごまかし方を体得した』となり、ドンドン目標とする達成量が減少していくでしょう。だから【負のスパイラル】で違いの溝は、より深く・大きく乖離していきます。これらの認識は、出来てる人は、敢えてゴタゴタや不協和音を作りたくないので「やっていない他人」に注意をしませんし、出来てない人は、自分に自信がありますので「できていたり」「分かっている」他人に確認もしませんし、仮に指摘されても聞き入れません。この現象は、地区のコミュニティや町内会。地域の任意団体。ＰＴＡや子供会。学校のクラス行事担当等でも度々見られます。町内会やＰＴＡの役員の成り手がいなくて、高齢化集団になったり、同一の人が何年もやらざるを得ない、最悪の場合は「解散」なんてのもよく聞きます。これらが、一部の社会生活だけならまだ良いのですが、この行動や考え方が勉強の基礎・基本に関係しているとしたら、『個人の自由』や『性格』だけで片付けてしまっても良いものでしょうか？将来困っても「これが運命」「勉強が全てでは無い」や「教え方が悪い」で済ませられますか？「やってる」「できてる」の判断ってどうやっているのでしょうか？自分の経験や周りの色々を見てきて知っている知識で判断する人。誰かに現状を伝え、次の手を聞いたりアドバイスを求めた上で判断する人。自分の思い込みや決め付けで「分かっているつもり」ですべてを自己判断で決めている人。周りや友人の「楽な方法」を聞いて、「楽」「得」で決めている人。ぐらいでしょうか？これらの判断の方法って勉強のやり方にそっくりなんです。充分『できている』人ほど「もっと確実に･･･」とか「このやり方で…」とか「見落としは無いか？」と何度も何度も確認をし、周りの人にも意見を求め、周りのアドバイスにも真摯に向き合って素直に受け入れ、行動し、更に上を目指します。ところが『できていない』人は、最初の説明や用語理解が甘い(雑)ので、事案を進めていけばいくほど、本来のゴールと方向がズレ始めています。更にスタート時から自分でゴールやレベルを決めてしまっているので、周りの意見が耳に入り難いです。聞き入れるのは、「もう、これ位でいいんじゃない？」っていう、自分の考えに賛同してくれる「楽」「得」なものだけを聞き入れてしまいがちです。昔から【他人を２割低く、自分を２割高く評価する】という言葉があります。社内の人事評価などで「おれの方があいつより仕事が出来てるのに、あいつは上司に取り入って評価された」との話をよく聞きます。前述のセリフを当てはめると、相手が120％、自分が90％の実績でも、相手が96％、自分が108％だと思い込んでいますよね。現実には30％も負けているのに…。これって、【性格】で済ませても良いことなんでしょうかね？子供だけじゃなく大人も･･････おっと、又々余計な事を･･･。失礼しました。</description>
      <pubDate>Sun, 21 Apr 2024 22:36:15 +0000</pubDate>
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      <title>口数が少ないおとなしい“良い子”20240419</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156736/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156736/</guid>
      <description>教室に「体験授業」に来られた時や「塾の説明を求めて」来られた時、もしくは入塾後に、ほとんど自ら言葉を発しないか、こちらからの質問に対しても返事や反応をしてくれない生徒が年々増加傾向にあります。「学校で友達と雑談する時もそうなのか？」「学校の先生に呼ばれた時の返事もそうなのか？」「先生に質問された時の答えもそうなのか？」「家庭で親や兄弟と会話する時もそうなのか？」と色んな場面を想定して確認してみました。「友達との雑談…」の時は、普通の会話　or　聞き役。「学校での返事…」の時は、普通の声の大きさ。「先生に質問された…」の時は、塾での返事や声の大きさと同じくらい。「家庭での会話は…」の時は『黙って放っておくか、単語で“好き嫌い”だけを言えば、親が次々と単語を投げかけてくるので“頷いておけば済む”か、私の好みに合わせてくれるので何とかなった』そうです。これらの事象を保護者にお伝えすると、往々にして「そうなんです。家の子おとなしくて良い子なんです」とお答え頂けます。何に対して誰に対して良い子なんでしょうかね。もちろん、本当に口数が少なく、ほとんど自らは発言しないけれど、成績優秀生徒や成績急上昇の「良い子生徒」も居ました。しかしそのような生徒は、必要な場面や本当に疑問が解決していない場合、理解が出来ていないときには、こちらがびっくりする位の声量で明確な単語を使って発言をしてくれました。増加傾向にある生徒の多くは、質問しても黙ったままで、じっとしていることが多いです。予定や行事について聞いても「分かりません」「母さんが･･･」で認識できていない場合が・・・。勉強内容や用語・公式について現状の理解レベルを質問しても、黙って固まっています。「学校やクラブでは普通に会話できるのに、何で塾では黙ったままで反応しないの？」と聞いたことがあります。「初めての人や他所の人とは恥ずかしくて会話ができない」の生徒の気持ちは理解できました。理解できなかったのは「分からんから塾に来ているんだから、聞かれても答えられるわけない」とか「下手に答えて、間違えとったら怒られる。損じゃん」「黙っとけば、時間が経ったら、先生たちが勝手にしゃべりだす」でした。「覚えて無い」「やり方の方法・指示に従わない」的な【損得優先】の生徒や、「出来ないのは教え方が悪い」「金払ってるんだから、塾は優しくするのが当然」「大人から体罰やパワハラは絶対にしてこない」と、誰に教えてもらったのか分からないような【権利偏重】の主張をする生徒まで居ました。「質問をされたら返事をしろ！」と言ったら、首を縦横に動かすだけの生徒も居ました。「何で…何を…」って聞いて、『返事』って言うと「はい」ってとんちんかんな反応の生徒。状況理解や状況判断ができない生徒は、往々にして日本語が苦手です。学年が進んで進学すればするほど独力で文書を読み取って組み立て直す必要が起こりますし、記述で解答しなければならないことが増え始めます。普段から言葉を聞き取ったり言葉を組み合わせて使ったりしていないことから、語彙力や日常の常識語を知る機会が減っているのだと思います。ステージの上で弁論しろとは言いませんし、クラスで一番のおしゃべりになれとは言いませんが、やはり反応や受け答えのスムースな生徒ほど成績上昇が容易いですし、社会に出てからも仕事がスムースに進むのではないでしょうか？</description>
      <pubDate>Fri, 19 Apr 2024 20:41:15 +0000</pubDate>
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      <title>私は「やってる！」って人20240414</title>
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      <description>何かを注意したり、説明したりすると「分かってるもん」。何かの指示をしても実行が感じられなかったり、やった形跡が感じられないことを注意したり、説明したりすると「やってるもん」「できてるもん」。って、別々の場面なのに打ち合わせをしたように共通の反応が返ってきます。今まで何度も何度も、お話ししていますが、このやり取りは何故起こっているのでしょうか？「分かる」「やってる」「できてる」って何でしょう？これらのセリフを私たちに投げかけてくる人たちには、もう一つ共通点があります。「私の努力を分かってくれない」「私の気持ちを分かってくれない」「人それぞれ」「個性」「個人の自由」「私なりに」等、チェックできない根拠の無い言葉も付属で付いてきます。「分かってる」って何がどう認識できてたら「分かってる」ことになるのでしょうか？「やってる」「できてる」も同様です。「やってる人」や「出来てる人」と比較して明らかに『出来ていない』『やっていない』のが目に付いたので「嫌われる」「鬱陶しがられる」のを承知で指摘しています。私たちの場合も、出来ていない生徒には注意しますが、出来始めた生徒には回数や頻度やレベルは減っていますよ。絶対に【そんなことない】のに、指導者が自身の威厳を保つために作り話までして、生徒を悪者にして指摘することがあると思われますか？もし、あると思われる方は、ここで話は終わりです。お付き合い下さいまして有難うございました。じゃない方、続けます。やっている・出来ているのであれば結果も望むようになっているはずです。望む結果が得られていないのであれば、何かが間違っているか何かが不足しているのです。それを外部から指摘されたのです。自分の思い込みや勘違いを素直に認めてみるのが一番の近道だと思いませんか？常に自己否定をしながら生きていけなんて言ってません。そんなこと出来るはずがありません。常に自分を否定したり自分を卑下したままで生きていくことなんてできませんから…。指摘された部分をよくよく聞いて現状の自分と比較するか、素直に不足部分を認めるかして欲しいだけなのです。なのに「分かってる」「やってる」「できてる」って主張して、認めようとしない人は何に縋っているのでしょうか？私が想像するに、「今までこれで何とかなった」「今まではこれ位で許された」と『分かってる“つもり”』『やってる“つもり”』『できてる“はず”』と、言葉の本当の意味を知らずに今日まできたか、自分をごまかして甘やかして許しているかしか考えられません。「今まではこうやって言い逃れすればよかった」「作り話でその場逃れをしても、自分に罰や痛みがくることは無い」と少しだけ悪意をもって【わざと】言い訳をしている人も少数だけは居ると思います改めてお尋ねします。「聞いてる」「分かってる」「やってる」「できてる」って、何をどれ位どのようになればそういえるのでしょうか？再度言います。言葉の持つ意味通りなら、それなりの結果が現れているはずですよね。私が出会ってきた人たちで、これらのワードを主張された人ほど、勘違いか出来ていないか足りていない人でした。簡単な話です。指摘されたら、思い込みを外して、素直に再度、行動をするだけです。近年は、生徒よりも…………あっ、又々失礼なことを口走りそうに・・・・・・ごめんなさい！</description>
      <pubDate>Sun, 14 Apr 2024 22:42:42 +0000</pubDate>
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      <title>塾選びを間違ってしまってるのは…20240409</title>
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      <description>年度終わり・新年度始まりのこの時期、入塾を考えられたり、塾選びをされている人は多いと思います。(受験生には、受験まで9か月から10か月しかありませんので少し遅いのですが・・・)塾に通う目的は明確ですよね。「成績不振なので少しでも早く取り戻したい」「段々と成績下降気味なので、何処が何が間違っているのか教えて欲しい」「頑張っているけれど中々思い通りにならない。どこを変更すれば良いのか教えて欲しい」「学校では質問し難いので、丁寧に説明して欲しい」「自分的にはそれなりに満足しているけれど、もっともっと上のレベルを目指したいので更に沢山の知識を与えて欲しい」等々が大方の目的ではないでしょうか？勉強なんて、極端な言い方をすれば「学校の授業」と「家庭での自習」だけで充分可能なのです。現代のカリキュラムや教科書はそれくらい良〜〜く出来ていますつまり、塾なんて特別な生徒にしか必要ないのです(それを仕事にしている私が言っちゃあダメですね)。正しい勉強のやり方と取り組み意識は、小学校に入学してから「先生の言う通りにやる」→「ガムシャラに覚える」→「用語を細部まで区別して理解する」→「公式やルールを細部まで理解して覚える」→「問題の状況を理解して、知ってる知識のどれを使うのかを考える」と学びました。中学以上では、この小学校までのやり方に量と内容が複雑に絡み合うだけです。それを「サボって」「ごまかし」続けた人が段々「苦手」「嫌い」になっていったか、間違ったやり方を思い込んで続けた結果、段々方向がズレていったとしか考えられません。もちろん、性格的に他人をかき分けたり競り勝ちたい人と、自分のペースでコツコツ頑張りたい人が居ることも事実です。だから、塾も一斉塾(集合授業スタイル)、個別指導塾、パソコン・通信教育タイプと色んな形態があるのです。学校で声を上げて質問ができない生徒が、一斉タイプの進学塾に入っても、分からないことも質問できないのですから「あの有名進学塾に通ってるから安心」っていう自己満足に終わるかもしれません。逆に競り勝ちたいタイプの生徒が、ゆっくりタイプの塾に入ってしまうと、「少し、じれったい」と感じるかもしれません。取り組み方や量に間違いがあり、ごまかし続けて来た生徒には、勉強の知識よりも、「やり方」を修正してあげることが優先です。間違ったままで、いくら知識を与えても、またまた何処かに消えて残りません。時間の使い方や優先順位を間違っている生徒には、ご家庭と協力し、毎日の生活リズムを作ってあげることが優先です。一番間違っているのは、生徒の実力や性格、学習方法と量を無視した、大人の都合や間違った判断基準で塾を決めていることです。「あっ、ここ、テレビでよく見る有名。安心(何が？)」「あっ、ここ、去年〇〇ちゃんが通ってるって言ってた」「ここは、◇◇への合格実績が良いのよね。家の子も安心(何で？)」「クラスの大勢が通ってるから大丈夫(何が？)」「家の子が選んで来た塾だから、家の子に一番合ってるはず(何で？)」「家の子、頑張るって言ってるから、どこでも同じ」よく、よ〜く、度々聞いた言葉です。「あそこは厳しいから嫌」「あそこは怒らないから良い塾」「あそこは〇〇高校に沢山…」「このＩＴ全盛の時代に、まだ紙？」一番間違っている言葉はこれらです。生徒の現状と指導方法がマッチしてないと望んだ結果は得られません。希望的思い込みは間違いを生みます。何が必要で何を強制して学力を伸ばすのかは大人が判断するべきなのです。生徒の口コミやネットの書き込み、きれいなホームページで判断せずに、教室で指導方針を確認されることが最優先で最重要ではありませんか？</description>
      <pubDate>Tue, 09 Apr 2024 17:51:52 +0000</pubDate>
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      <title>春満開ですねぇ！20240407</title>
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      <description>今日で、春期講習が最終日を迎えます。私学の入学式や始業式、大学の入学式はすでに終わっている学校もありますが、公立の小・中・高校は来週からです。何か、完全に「春」って感じです。同時に、遅れ遅れって言われていた【桜】がきれいに咲き揃っています。教室の近くにある老舗(？)の「服部大池」の土手も満開できれいでした。今朝、見て来ました。</description>
      <pubDate>Sat, 06 Apr 2024 16:02:50 +0000</pubDate>
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      <title>言葉の意味(定義)が分かってない？ 20240405</title>
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      <description>成績不振生徒や実力伸び悩み生徒、また、その保護者によく見られる現象が『言葉の意味を間違って理解して使っている』です。例えば「勉強する」です。何をどうやって何がどれくらい出来れば「勉強をしている」ことになるでしょうか？「勉強やった！」「勉強終わった？」って、日常よくよく聞くワードですが、ここが間違いの入り口です。(勉強の定義の説明は長くなりますので別の機会に･･･)　ここで【勉強】として使っているのは多分【宿題】ですよね。現在の小・中学校で【宿題】としている内容や量は勉強ではありません。『自ら進んで学習する生徒を応援する』との文科省と教育委員会のお達しにより、限りなく宿題を減らしています。現在宿題として出しているものは、家庭学習をする生徒のために、今日の授業単元とキッカケを知らせているだけなのです。だから、宿題だけやっていても、勉強をしていることにはなりませんし、学力は下がり続けます。その上、最近の学校は、宿題を出す先生は「悪者」ですし、もうすぐ「体罰」に区分されそうな勢いですから･･･。他にも宿題を出さない塾もあるそうですが、『自ら進んで･･･』の生徒以外は、通わせても中々・・・。勉強の方法と内容については、別途、塾教室にお尋ね下さい。次は「聞いてる」です。「あなた、学校や塾で先生の言うことをチャンと聞いてる？」「私は、先生の言ってることをキチンと聞いてる」「先生の説明を聞いてる」って日常よくよく聞くワードです。「聞く」って何ですか？音の振動が鼓膜に当たって、脳で認識できることですか？「何かこんなことを言ってた」「多分こんな感じのことを言ってた」と漠然と所々のワードが聞き取れたら「聞いてる」ですか？「そんなこと無いもん」とクレームが来そうですが、近年の「伸び悩み生徒」の「聞いてる」を見ていると、先生が用語やルールや根拠の説明を丁寧に一つ一つ書きながら説明しても、『ボ〜〜』と聞いて答えまで辿り着いたら答えを書いてお終い。つまり先生は、この問題の解き方を【バカ丁寧に】順を追って説明して見せてくれただけ。だから、次に同様の類題をだすと「分から〜〜ん」「こんなん習って無〜〜い」となるのです。塾でも学校でも先生は分かってます。習って無い問題を出すはずがありません。また、先程の手順の紙を生徒に渡して「この順に、自分で理由と根拠を思い出しながら再度解き直してみるんよ」と指示しますが、伸び悩み生徒は「やったもん」とか言いながら、実は「眺めた」「見た」だけで内容までは踏み込んでいません。だから残って無いので翌週も同じことの繰り返しです。これを叱ると「厳しい塾」。これを放置しておくと「優しい塾」と人気に大差が生まれるのです。他に「やってる」とか「頑張る」とかありますよね。以前、地元の中学校で「結果を考えてはいけない。頑張る姿が美しい」と度々生徒たちに言われていたことがありました。生徒たちはどう受け取りますか？「あ〜ぁ、頑張ったら点数は悪くても良いんだ」と思いますよね。成績中の上の生徒も「形だけで楽に過ぎる」ことを覚えますよね。だから全体の学力が急激に下降した時期がありました。これは、本当に『やってた』のでしょうか？「家の子に聞いたら『やってる』って言うんです。親が子どもを信じてやらないでどうするんですか？」と言われる方も居られます。信じる場面と根拠を確かめて信じているのかな？と思います。「子どもを信じて、見守りたい」と言われる方も居られます。これも、きれい事に聞こえます。待って、見守って時間だけ経って、間に合わなくなっても『信じてやったから･･･』と納得できますか？『塾で、いくら言っても聞いてくれません。一度、お家で親子で色々話し合って下さい』ってお願いすることがあります。家庭での話し合いを確実にやって頂けた場合と、生徒との間で、言葉の定義を確認された家庭の生徒は、その後、急激な変化を見せてくれます。生徒どころか保護者自身が「勉強」「聞く」「分かる」「やる」「変える」「変わる」の定義をご存じなかったり、「だって、素直に聞いてくれないから、話し合いにならないんです」と言われる保護者。じゃあ、塾の私たちはどうすれば？近年は、子ども達だけでなく、大人や保護者年代の方々の中でも、言葉の定義や使い方を理解されていない方が多く見受けられます。例えば【情けは他人の為ならず】って分かりますか？</description>
      <pubDate>Fri, 05 Apr 2024 19:22:05 +0000</pubDate>
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      <title>ルールを破っても･･･20240403</title>
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      <description>ルールを守っていますか？一般社会ではルール(決まり・約束)を守るのが“普通”ですよね。でも近年は、大人でも「自由だ」「個性だ」「人それぞれだ」等々、自論(ある意味屁理屈、ある意味わがまま)を然も権利の様に大声で主張する方が増加しているように感じます。ルールって、皆んなが不快にならず、円滑に過ごせるように決められているはずです。それを「自分だけ思い通りに気分良く」勝手に変更し、「多様性だ」「個々の考えを認めろ」「そんな時代じゃあ無い」と皆んなが思い通りやり始めると社会が段々荒廃していきます(もう、していると言う人もいます)大人の社会ではルール、マナー、エチケットと色々有りますが、マナーやエチケットなどは個人の自由に任され過ぎて既に崩壊が始まっているように見えます。ルール(法律・条例)でも、罰則規定が無いものは、『別に守らなくても、罰金無いし･･･』と平然と口にする大人が多過ぎです。例えば、自転車乗車時のヘルメット着用は子どもやお年寄りは割と守られていますが、じゃない大人の着用割合はどうでしょう？この規定は【義務】ですよ。【ｍｕｓｔ】ですよ。でも、罰則規定が無いから、ほとんどの人が『無かったこと』にしていますよね。じゃあ、これらを子どもについて考えてみましょう。宿題忘れ、持参物忘れ、提出期限忘れ等々、学校でも塾でも普通に発生しています。まだ、これらは『形』がありますので注意もできますが、『公式を覚えて来い』『いついつまでにやれ』『家で再度解いてみろ』なんて、何の形も証拠も有りませんので、子ども達の言いなりです。昔なら「立たせる」とか「居残り」とか普通にありましたが、現代は何をやっても全部【体罰】【虐待】との批判を頂きます。下手に強めの注意をすると、直ぐに保護者からお叱りの連絡がきます。もちろん、無視せずにルールを守ることが【当然】と思っている生徒も居ます。当然のように成績アップや成績上位をキープしています。お家でも、親子会議や家族会議でキチンと話し合いをして全員が守ることが【普通】に生活されています。一方、きれいに「聞き流し」て、スルーして、『出来るところからやった』『自分のペースでやった』を主張する生徒は、やっぱり目に見えて上達の障害になってますし、【今までの経験だけの自分流】や【これ位なら許される流】が変わらなければ、進学すると徐々に(急激にの生徒も居ました)下降でした。生徒に確認すると、「だって今までこれで何とかなったもん」(なって無いから今の実力でしょ)とか「別に母さんは何にも言わんもん」って言います。これらの現実を保護者にお伝えすると、出来てる生徒の保護者は「えっ？もし、そんなことがあったら直ぐに言って下さい。家でルール化して、破ったら罰です」と真剣に直ぐ対応されます。一方中々変化してくれない生徒の保護者にお伝えすると「いつも、言ってるんですけどねぇ」(子どもに聞いてみると、別に何にも言われて無いとか、チャンとやるんよだけ言われただけ)」ですし、「下手に言うと機嫌が悪くなるので、家では叱らない」とか「決めるけど(親が一方的に言っただけ)、守ってくれない」「私も忙しくて」「私の人生を全部子どもに使うわけにはいかない」ってお答えが多いです。何でもかんでも「怖がらせて」【恐怖政治】をやるべきだとは言いませんが、「放っといても」「無視しても」「約束を守らなくても」「相手の言い分を聞いてなくても」、要望や楽しみは全部叶えて貰えるとしたら、大人の私たちでも【楽な方を選び】ますよね。増してや人生経験十数年の生徒たちが「あっ、これでは将来困るぞ」と自主的に辛い・苦しい方を選んで進んでくれることは殆ど無いように思います。携帯電話やテレビゲームの使用時間や使用料・課金等が放任状態の家庭ほど何でも放置が起こっています。これらの価値観は、子どもだけの責任では無いように感じます。</description>
      <pubDate>Wed, 03 Apr 2024 20:48:54 +0000</pubDate>
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      <title>あのお母ちゃんだから･･･20240330</title>
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      <description>私たちが長年子ども達を見ていると、子ども達の成長や性格・成績形成に大きく影響を与えているのは、やはり「お母様」だなと感じています。もちろん「お母様がすべて」と言う訳ではありませんが、現在の我が国の子育て事情と家庭環境を見ていると、どうしても大きな影響力を持っていることは否定できないでしょう。夫婦の力関係や嫁姑の力関係。夫婦の勤務時間や収入差。単身赴任やシングル等。勿論、原因が複雑に絡み合ってることは理解した上で、やはり、お母様を見ていると何となく・・・。大きく分けると３パターンが見えてきます。１つ目は、過保護(いつまでも可愛い〇〇ちゃん)タイプです。・・・・・中略・・・・・・２つ目は好みのタイプです。・・・・・中略・・・・・・３つ目は従属的タイプです。・・・・・中略・・・・・・最近よく聞くのは、「上の子はこうやったら良い子になったのに、この子は何ででしょうね」「上の兄姉はキチンとできたので、私の子育てに間違いは無い」と主張されるパターンです。全く同じ対応はされて無いはずですし、環境も少しずつ変わっていた筈です。何より、全く同じ性格の子なんて居ないのですから、全ての子が初めての子育てですよ。周りの家族が『子育てに協力的でない』パターンも耳にしますが、やはり他人や機関に相談したり、話を聞いたりして、修正することが大切ではないかと思います。もし、私でも宜しければ、僅かでも協力させてもらいますけど･･･。お母様が「聞く耳をお持ちである」ことが前提ですよね。今日の内容は、ここに該当するお母様を完全に敵に回すことも想像できますので、途中を沢山省略しました。もし、万が一聞きたい方はお越し頂くか連絡下さい。差し上げます。これらの例は、現実に体験したことですので実名を挙げることもできますが、まさかそれはやりません。</description>
      <pubDate>Sat, 30 Mar 2024 18:04:35 +0000</pubDate>
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      <title>本気で変わろうとした生徒は･･･20240330</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156487/</link>
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      <description>「自分が変わらないと何も変わらないよ!!」「今までと同じじゃあ、今までと同じ結果しか出ないよ!!」と、言い続けています。当然のことですが、何も変えずに何となく過ごしてきた生徒や保護者ほど『変わろうとしている』と言いますが、そのようには見えません。スタート地点の成績なんて関係ありません。私たちの指示や注意をどれだけ真剣に受け止めて、本人たちがどれだけ本気で変わろうとしていたかが、すべて結果に表れます。*小学５年から不登校だった子が、高校は特進クラスに合格し、大学卒業後には夢を叶えてエンジン設計の仕事をしています。*中学から高校に掛けて不登校気味だった生徒が出席日数不足で転校し、高校卒業認定試験を経て大学に合格し、現在は公立保育所で先生をしています。*学習障害で「暗記」が大の苦手だった生徒が、毎日自宅で周りの生徒の５倍の時間を掛けて覚え、高校は進学校に合格し、今は夢だった『職人』として生きています。*小学時代は「やんちゃ」が取り柄の生徒。保護者が無理やり中学受験をさせたら、周りの生徒にビックリして本気で勉強を始め最終的に『医学部』に・・・。*「野球が大好きだから一生続けたい･･･」と絶対に塾をサボらずに国立大学に合格し、職場に野球部のある大会社で仕事をしている子。*中学時代にごまかしたり放っといたりが日常だった生徒。随分叱って泣かせもしましたが、改心して公立大学に合格し、小学校の先生をしています。*宿題や提出物を放置することが普通だった中学生。初めて本気で他人に怒られたのが塾長らしく、その後真面目な受験生になってます。*何となく中学受験をして私学に通っていた中学生。勉強に対する考えが間違っていることを指摘し続けていたら、公立大学に合格できました。*「頑張っている姿が･･･」「周りに嫌な思いをさせないように･･･」「本当は〇〇だけど、母さんが･･･」と気を使い過ぎて、形に拘っていた生徒に『意地悪な対応』をして本心を聞き出し、勉強のやり方や取り組み内容を指導し続けて、有難く国立大学に合格。等々、本気で変わろうとしてくれた生徒や保護者たちは、皆んなが憧れるような進学先を手に入れてくれたり、なりたくても中々成れない夢の職種について頑張ってくれています。これらは、本人たちが本気で変わろうとしてくれた結果です。一方、【振り】だけして内心は何も変えて無い生徒。見えて無いからバレないだろうと、塾を一歩出れば全て無かったことにしたり、やったように見える形だけ作って来る生徒。塾に行ってるから、友達よりたくさん勉強してるから、その内上がるだろうと舐めている生徒。「私の気持ちは･･･」「私の考えは･･･」と言い訳ばかりで、結局今までと何も変えない生徒。別に無理して頑張らなくても今まで通りクラブには行かせてくれるから･･･の生徒。別に無理して頑張らなくても今まで通り携帯は使い放題だから･･･の生徒。別に無理して頑張らなくても今まで通り家から追い出されないから･･･の生徒。別に無理して頑張らなくても今まで通り先生と親が何とかしてくれるから･･･の生徒。このような「生徒の気持ちを優先に･･･」の流行りの言葉を利用して我がまま放題の生徒満載です。時には、不登校の生徒に内緒で本心を聞いてみたのに、保護者が勝手に先回りして分かり過ぎてやっていた事が原因で生徒も楽に乗り続けていたパターンもありました。保護者も「私の子育てを否定するの？」とか「じゃあ、私に原因があるって言うの？」ってケンカ腰で聞いて頂けないこともたくさんありました。「高いお金を払ってるんだから、塾で何とかしてよ！」の方も居られました。本当に保護者の対応が完璧なら、何故、生徒がこの成績なのでしょうか？本気で結果を変えたいのなら、苦労や恥も覚悟で、本気で行動を変えないとですよね。</description>
      <pubDate>Sat, 30 Mar 2024 16:00:54 +0000</pubDate>
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      <title>本心から“出来たい”と思ってます？20240329</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156484/</link>
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      <description>「〇〇になりたい」と思ったら、必死になって練習しますよね？たとえば、プロ野球選手になりたかったら、毎日筋トレやロードワークをしたり、自宅で素振りをしたり、練習日にはコーチや監督の指示を必死で聞き、嫌でも何でも言われた様に繰り返しますよね。保護者も「〇〇にならせたい」や「〇〇になりたいのを叶えてやりたい」と思ったら、同様ですよね。食事に気をつけたり、練習の環境を整えたり、面倒でも練習時間に合わせて生活の時間を変えたりしますよね。適当に金だけ出して“放っとき”ませんよね「行ってるから、何とかなる」「行かせてるから、何とかなる」「行ってるから、その内上達する」「行かせてるから、その内上達するはず」「監督が何とかしてくれる」「有名な指導者だから、家の子でも何とかしてくれるはず」　　とは思わないですよね。間違っても、「お金を払ってるお客様なんだから、私は何もしなくても･･･」「私は何も変えなくても･･･」なんて絶対思わないですよね。じゃ、何で、勉強が苦手・不振・下降気味の生徒や保護者ほど上記のようなセリフを口にされるのでしょうかね？逆に考えれば、こんな意識や優先順位をお持ちだから学力だけが中々改善できないのかなぁ。以前、親の夢が破れたので子どもに【野球命】の生活をさせておられる親子が居られました。ここまでは私が意見を申し上げることではありません。しかし、我が教室に連れて来られて、我々に色々言われた内容に多くの疑問符が・・・。生徒は中２でした。学力は抜け穴だらけで確実な出来るのは小２レベルまで。勿論基礎からゆっくり説明し、一つずつ確実に作業をして復習と宿題を指示して帰しました。翌日、お母様から電話がありました。「家の子毎日、自主錬で忙しいので家ではそんな時間はありません。宿題なんかもっての外です。復習や宿題なんかしなくても出来るように、授業を【もっと良いように】教えて下さい」です。その後「塾の日の塾の時間になるとお腹が痛くてトイレから出られないんです。もっと優しくしてやって下さい」と追い打ちが・・・。偏差値30台の中３の生徒と保護者が「塾に来させるから野球で有名な〇〇高校(偏差値60台)に入れて下さい」と来られたこともありました。これは極端な例ですが、成績が伸び悩んでいる生徒や保護者は同様のものを感じているのは私だけでしょうか？塾でいくら注意をしても決して従わずに無視する生徒。自分流を変えずに今まで通りを続ける生徒。見えなければバレなければ良いと思っている生徒。「先生の説明を聞け」って叱ると『聞いてる』って、途中や根拠や解き方のヒントは相変わらずスルーして答えだけを書いて満足してしまう生徒。「家の子に確認したら【チャンとやってる】って言ってます」「家の子は良い子です」「私だって色々用事があるんです」「私だって色々子どもに注意しています」「私の人生を全部子どものために使う訳にはいかないんです」と何度生徒の塾での問題行動や家庭での行動の改善をお願いしても、「言ったのにやらない」とか「言うと機嫌が悪くなって部屋に籠る」とか「親は子供がその気になるまで【見守るしかない】んです」「勉強が全てでは無いです」と『あぁ、原因はここだな』と思われる行動をされる保護者まで･･･。何かを成し遂げたり、何かに成りたければ本人が本心から思って本気で行動するしかないはずです。もちろん家族や親の協力があると、それが少しだけ早まります。私たち塾がしてあげられることは「間違いを指摘してあげたり」「少しだけ近道を教えてあげたり」「どうすればもっと確実に届くかの方法を言ってあげること」しかできません。「お願いしたんだから･･･」で本人も保護者も何も変わらなければ結果も中々変わりませんよ。</description>
      <pubDate>Fri, 29 Mar 2024 21:26:51 +0000</pubDate>
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      <title>先生の話をよく聞くんよ！20240327</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156467/</link>
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      <description>「学校で、先生の話をよく聞くんよ」「分からんかったら、先生の話を書いて帰るんよ」「しっかり聞いて、それを覚えとくんよ」これらの言葉は、お母様方が小さい子や成績不振の生徒に声掛けされているのをよく耳にします。「その通り」です。勉強の基本は【学校の授業】です。私もそう思います。しかし、ちょっと待って下さい。「よく聞く」って何ですか？　何をどのようにすれば「よく聞いた」ことになるのですか？　先生の話を最後まで「うんうん」って聞いて、答えを書いて、丸をもらって『ニコッ』の生徒をたくさん見てきました。授業の板書を何の疑問も無く覚えて書いて丸になったから満足している親子もたくさん見てきました。確かに【丸】になることは良いことです(少なくともバツになるよりは･･･)が、それが元となり、受験や高校の授業についていけなくなった生徒も何人もみてきました。「塾長のひとりごと」でも何度も指摘してきましたが、近年の地元小・中学校の授業は、テストの答えを説明しているような感じです。小学校では、ほぼ100％説明します。だから『100点取れて普通』と言っているのです。中学校では90〜95％説明します。だから80点以下だと『不安レベル』だと申しているのです。一斉授業(学校や有名進学塾)の形態では、先生が一方的に説明するしかありません。分からない生徒が居たら「何でですか？」と質問するしかありません。気が弱かったり、少し遅れ気味の生徒は『恥ずかしくて』質問できません。だから理由も分からず根拠も無いまま「ノートに書いて」「覚えて」「記入するだけ」になるのです。それで【丸】になってしまうから勘違いするのです。たとえば、我が教室では、用語や問題に対して根拠や理由を説明します。『だから、こうするんだ』と理解していないと、逆から聞かれたり、応用して利用する必要のある問題に対応出来ないからです。小学・中学の算数・数学の授業中の例です。「この問題はどうゆう状況？」「何が分かってる？」「何をして何を答えろって言ってる？」「そうだね！」「じゃあ、何をすればそうなる？」「次にこうなる為にはどうすればなる？」「そうだね！」「じゃあ、答えに辿り着くために最後に何をする？」「で、この書き方で良い？」と箇条書きにしながら順を追って説明している場面を見ます。ここが分かれ道です。改善して急に成績アップする生徒は、答えよりここの説明を大切にします。途中に自分が覚えて無かったワードやルールが出てくると書き込んでいます。そして自宅で一人で自分に説明しながら再度順を追っています。根拠や流れが理解できて、頭の中で何をどのように考えていけば良いのかのお手本を目の当たりにしたのです。先生が書きながら5分も掛けて説明しましたが、一人で頭の中で考えれば20〜30秒のことです。これを繰り返すことを【先生の説明を聞いている】とか【聞いたことを覚えておく】と言います。ところが、改善に時間が掛かる生徒や最悪下〇する生徒を見ていると、先生が説明している間『ボ〜』と眺めていて、答えまで辿り着いたら、その答えだけを記入して嬉しそうにしていたり、先生が書いた説明の紙をもらって帰って、また「そのままを覚えよう」としています。それでは、今までと何も変わりません。今までと変化させたいから塾に来ているのではないのですか？今までと同じことをしていては何も変わらないと思います。「今までは、これで何とか・・・」って生徒も居ますが当然です。今までは、これからよりも簡単だったのですから・・・。保護者も「聞きなさい！聞きなさい！」と、『聞けば分かる』『聞けば出来るようになる』と信じておられる方が居られます。「家の子は、チャンと聞いてるって言ってます」を主張される方も居られます。現状の学校の問題点を理解して、将来への対応も考えている私たちを少しは信じて下さいね。</description>
      <pubDate>Wed, 27 Mar 2024 20:22:03 +0000</pubDate>
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      <title>学校のテストなんて･･･20240319</title>
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      <description>地元の小学校や中学校の話しです。「家の子、小学校のテストでいつも80点くらいは取ってるから安心です」「家の子、小学校のテストでほとんど90点くらいですから、良く出来る方です」「家の子、小学校のテストで毎回半分くらい取れてるから真中くらいだと思います」「家の子、中学校の定期テストでいつも平均より少し上だから中の上」「家の子、中学校の定期テストで80点“も”取るので出来てる方だと思います」「家の子、中学校の定期テストでいつも90点も取ってるので“〇〇高校なんて余裕”です」「家の子、中学校の英単語テストで、いつも満点取っているので単語や暗記は完璧です」地元小・中学校のテストの得点に対する多くの生徒と保護者の考えだと思います。一言で言い切ると、『ほとんど間違っています』『だから実力が伸びないのです』小学校のテストは「教科書準拠」って言ってますが、完全に教科書そのままです。もっと分かり易く言うと、教科書の付録の別紙状態です。つまり、先生は毎日テストの答えを黒板で説明しておられるのです。その1日〜3日後にテストを配って書かせているだけなのです。だからキチンと黙って聞いて宿題していただけで100点取れて当然なのです。なのに80点とか半分とかって、キチンと聞いていないのか、今までの知識が消えていて、目の前の言葉しか使っていないのが明らかです。中学校の定期テストも同様です。教科書やサブテキスト、配布されたプリントに載っている問題(そのまま)しか出題されないのです。キチンと聞いて、キチンと宿題して、キチンと試験期間中に復習していれば、100点取れて当然です。まあ人間ですから『忘れ』や『勘違い』『誤字』が起こる可能性がありますので90〜95点有れば充分でしょう。それを『平均だから普通』って、誰が言ったのですか？何の普通ですか？図形の形を少し変えたり、文章や与えられたグラフを少し変えたら『こんなん習ってな〜い』『先生ズルい』と生徒。『習ってない問題を出すなんて･･･』と保護者まで。生徒たちに言わせると、【習う】【教えてもらった】とは途中式も答えも全てを言って貰って【そのまんま覚えておけば丸をもらえる】状態を言うらしいです。小学校1〜2年生から成長してませんよね。英単語テストでも同様です。「次回、これとこれの５個をテストするから覚えておいで」と指定された５個だけしか出ません。休憩時間にトイレから帰って2分も有れば覚えられます。テストが終わったら直ぐ忘れて、その日の授業中でも出てこなくてもＯＫなのです。もちろん、語尾変化や時制変化なんて別の単語としてテストしないと覚える必要なんてないと思っていそうです。これで「暗記は完璧」って言えるのでしょうか？保護者の時代は、先生が独自に問題を作っておられました。本当の意味で「理解度」や「知識の定着」を見ることができました。しかし、現代では、少しでも変えると「こんなん習ってな〜い」と生徒が言い出し、それを真に受けた保護者が・・・云々・・・です。根本の『習う』の意味が『分かる』『使える』ではなく、丸々言って貰って本人の努力なしに「そのまま」書けば丸になったり合格することを「良い教え方の先生」と言うらしいです。だから高校受験や高校の授業が「？？？？」となるのは当然です。地元小・中学校のテストは、単元確認テストに成り下がっています。その時の「通知表」を書くための資料でしかなくなっています。その点数を見て我が子の実力や受験校を判断するのは非常に危険です。休み明けの確認テストや復習テストも同様です。実力は外部の【模擬テスト】でしか測れません。学校のテストの点数を何よりの至上目標にされる保護者(それに付けこむ儲け主義の塾)が居られますが、当り前に聞いて、当り前に行動してくれれば、ほとんどの生徒の点数は上がります。</description>
      <pubDate>Tue, 19 Mar 2024 14:17:55 +0000</pubDate>
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      <title>スタートが遅い！20240311</title>
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      <description>塾に通う目的は、大きく分けて3つあるでしょう。一つ目は学校の内容に満足せず(？)もっともっと豊富な知識や多彩な解法を知りたくて求めて、新しい指導者につく場合です。二つ目は成績が思わしくなくて、補習や学び直しが目的です。三つめは受験に向けて、しっかりとした学力を身に付けて志望校合格を手にするためです。の「もっともっと」の生徒に期限やタイミングはありません。知りたい気持ち、上を目指す気持ちはいつでも、いつまでも持ち続けて欲しいと思います。の成績が思わしくない生徒(成績不振？)の場合、気付いた時、感じた時、直ぐに始めないと、更に更に成績が下降してしまいます。「何かこんな感じ」「先生がこう言ってたから･･･」「ええじゃん、これ位で･･･」「私より下の人居るし」と、間違った意識と行動で過ごしてきたことが『成績不振』に繋がったと考えられます。保護者も同様に、「その内･･･」「頑張るって言ってたし･･･」「未だ受験まで2年有るし･･･」「通知表は３だし･･･」と先送りが通常になってしまってます。カリキュラムは過去の単元が分かって無いと今の単元は分かりません。今の単元が分かってないと次の単元なんか「？？？」です。つまり遅くなればなるほど【戻れなくなる】のです。その上、親が塾を考えても、子どもは『できるだけ行きたくない･･･』が普通です。子どもに「どうするん？」と聞いても、子どもは「・・・」と保留・放置・先送りをします。それをしてきたから現状の成績なのです。成績表は小学校ではギリギリ問題無ければ「よくできる」です。クラス内で上位(トップや優秀ではありません)ならば「よくできる」が付いています。小学校では上位1〜2割か、下位１割で無ければ『３』が付いています。つまり35点〜80点の生徒は皆んな『３』なのです。『３』は決して【普通】では無いのです。嫌がる子でも早めに「お尻を叩いて」やり直しを始めないと･･･。さての受験のためです。よくあるパターンが、友人が「夏期講習に行って受験する」ことを夏休み明けに聞いて【私も受験する】の子供の言葉を聞いて「じゃあ塾にでも･･･」と秋から・・・。中学受験は１月初です。残り3〜4か月です。元々成績優秀な生徒なら別ですが、前記のような「普通」の生徒が３か月で「何とか･･･」は・・・・・・分かりますよね。高校受験も同様です。中３の１学期中間が終わって、慌てて「〇〇高校へ･･･」とか「クラブが終わったので９月から塾にでも･･･」が多過ぎです。１学期に入塾しても残り8〜9か月です。クラブ引退後なら5〜6か月です。これで「何とかなる」や「あの進学塾なら･･･」と考えている生徒や保護者。つまり『「行けば」「習えば」「聞けば」「教えてもらえば」直ぐに成績なんて上がるはず』と考えているからですよね。近年では、大学受験も高校受験も日程が少しだけ早まっています。やることも増えています。だから大手塾や大手予備校では以前の新学期(４月スタート)や(3月スタート)を止めて(2月スタート)や(1月スタート)に変更しています。つまり、現状と必要量を分かっているから【逆算】で動き出すのです。「出来る生徒」「出来る親」ほどこの逆算をされます。「出来ない生徒」ほど行き当たりばったりや少しでも先送りをします。「その親」ほど「子どもが言うんだから･･･」でそれを許して手遅れになります。行動やスタートは少しでも早めにして下さい。「家の子は･･･」は独り善がりじゃなく、他人に確認してもらって下さい。生徒の将来と希望のモノを手に入れることが何よりも大切なのです。</description>
      <pubDate>Mon, 11 Mar 2024 17:48:33 +0000</pubDate>
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      <title>今年の入試が終わりました20240308</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156236/</link>
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      <description>今年も入試のシーズンが終わりました。塾にとって、入試の結果は二番目に重要な仕事です。毎年のこととは言え、いつまで経っても慣れません。連絡が入るまでドキドキしています。ひょっとすると、本人や保護者よりもドキドキしています。結果は、全員、第一志望校に合格してくれました。良かった良かった(ほっ)大学受験生は今年も優秀で66％が国公立大学に合格してくれました。これで累計してみると約半数近くが国公立に合格してくれました。有難う有難う。感謝です。今日からは、次の入試と次の定期テストに向けた動きが始まります。(はぁ〜)いつに成ったらゆっくりできるのかなぁ。なんちゅう仕事を選んじまったのかなぁ。</description>
      <pubDate>Fri, 08 Mar 2024 16:32:46 +0000</pubDate>
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      <title>１年前より余計風当りが･･･20240306</title>
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      <description>2023年04月09日 日曜日に『 私(塾長)はおかしいの？』と、以下の「ひとりごと」を書きました。改めて読み直してみると、近日では当然のように言われますし、更に「優しく、子どもの求めるように、家の子は･･･、何かあったら誰が責任を･･･、私だって忙しいんです、何故私の人生を子どもの為に･･･」と私には理解できないような言葉も増えました。まあ、参考までに昔の文章を読んでみて下さい。「あの人、頭おかしいんじゃない？」「あの人、考え方がおかしい」「あの人、自分のことをどれだけ高く評価してるの？」「あの人、塾ごときが偉そうに･･･」「あの人、塾のくせに上から命令して･･･」「あの人、私(お母さん)のことを批判して･･･」　　　　等々。たくさん言われて、言われ慣れて(涙)、それでも、『縁』あった生徒(や保護者)の将来と社会に出ても使える実力を私たちの第一目標にして、たくさんの批判も聞こえてないふりをして耐えてきました。確かに、経営的には逆効果です。近年の　　　(中略)　　　を『売り文句』にして集客をガンガンしている塾があります。『儲け主義』や『商売』としては正しいのかもしれません。しかし、せっかく我慢して頑張っているのに、結果が出ないのは生徒はもちろん、保護者も私たちも辛いです。長くこの仕事をしてきて、開塾当時と今とでは、生徒・保護者の考えや内容が変わってきていると実感しています。当時の成績不振生徒は、本人の意識・行動が原因のことが多かったように思います。現在の 　(中略)　　なんてセリフを聞くことは少なかったと思います。(大きく中略)最近、私がよく口にする言葉が「私はガリレオ・ガリレイみたいに、一生懸命に主張すればするほど、嫌われて疎まれて処刑・抹殺されてしまうのかなぁ」です。私(塾長)を認めて褒めて欲しいなんて求めてません。でも、私のくだらない自論や独り善がりでも、冷静に聞いて受け入れて、何割かでもチャレンジや実行をして頂けているご家庭の生徒は、大半が成績上昇や志望校を手にしています。少し、ハッキリと厳しい言葉を発しているかもしれません。少し、昔ながらのやり方(今流行りのＩＴや裏技を教えるやり方はしない！)を強行しているかもしれません。しかし生徒たちに「長い将来にまで使える学習方法」を習得してもらうことが希望であり目標なのです。「教えた」「言った」「できないのは生徒の責任」「やらないのは生徒の責任」「授業しているから結果は知らない」「授業しているから金をもらうのは当然」で生徒を放っておくことが、今流行りの【やさしい】【自由】【厳しくない】塾なんでしょうか？こんなことを一生懸命言っているから私は「おかしい」って言われるのかなぁ？※途中にたくさん登場する(中略)はここではとても書けません。興味が有る方で怒らない方は申し付けて下さい。原本を差し上げます。</description>
      <pubDate>Wed, 06 Mar 2024 17:08:44 +0000</pubDate>
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      <title>体験授業後に事実をお話し･･･20240304</title>
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      <description>私たちの教室では、体験授業を大切にしています。何故なら、その直後に保護者と生徒本人に「現状・実態」をお伝えし、生徒の考え取り組み方、保護者の認識・今後の協力度合いを私たちも理解して、これからの生徒の成長に最大限の環境を整え、大人たちも協力して生徒の目標の為に認識を一つにし、頑張っていくためです。後々思い出してみますと、現状が自分たちの思いと違っていたけれど、最終的に激上昇した生徒の場合は、保護者が「えっ？そうなんですか？知らないって怖いですね。これで良いものかと･･･」と細部まで質問され、直ぐに考えを変えて頂けました。生徒も保護者とキチンと話し合いをして、入塾直後から指示に従ってくれ、学校での授業の受け方や生活のリズムまで変わっていきました。一方、成績が芳しくない(分かり易く言うと【上がらない】 or 【下降】する)生徒の場合、保護者に現状をお伝えすると『でしょうね』『だから連れて来たんです』でまるで他人事。生徒にいくら色々話して指示をしても、ほとんどスルー・無視される事が多いです。生徒のこの行動を保護者にお伝えしても「ちゃんとしぃよ」とか「先生の言うことをきくんよ」でお終いです。その後、生徒に聞くと「塾に入ったんだから、通っていれば、その内に自然と出来るようになる」と生徒自身も他人事です。さらに保護者にお尋ねすると「私は何度も注意するんですけどね…」とやはり、どこか他人事に聞こえます。このタイプの親子が卒業時に取られる態度もどこか似ています。「家の子を分かってやってくれなかった」「子どもの望むようなやり方じゃ無かった」「高い月謝を払って何か月も通わせたのに、ちっとも成績が･･･」と一方的な【捨て台詞】を･･･。過去、最も『？？？？？？』な反応をされた保護者の例をお話しします。体験授業の直後に「〇〇は出来ましたが△△と◇◇を忘れていたか出来ませんでした」とお伝えすると、急に顔色が変わり「そんな事はありません。失礼な！学校では《よくできる》って言われてるのに･･･｣と怒って帰られました。同様に直後にお伝えすると「えっ？じゃあ家の子が頑張って無いって言われるんですか？もう良いです」とやはり怒って･･･。同様に「このやり方を続けていると、学年や学校が上がると出来ないことが増えてきますよ」とお伝えすると「そんな事は無いです。小１の時よりも今の方が出来ることは増えました」と。私は「？？？」以外ありません。「単純に授業のノートだけを覚えていては、模試や入試で困りますよ」とお伝えすると、「中学校のクラスでベスト３なので家の子は間違って無いです」「いやいや、家の子、そのやり方を嫌うんです」「だって、〇〇教室の練習があるので勉強時間が･･･」これらの生徒が高校に進学後にどうなったか･･･。見たく無いですが何人も見たり聞いたりしました。現状をお伝えしただけで、何故、叱られるのでしょうか？褒めて煽ててご機嫌を取って欲しかったのでしょうか？現状の地元の小学校・中学校のレベルは酷いです。これは先生に問題が有るのではなく、指示に従わなくて宿題さえもやらずに成績不振の生徒を擁護する行政と保護者に起因します。小学校のテストなんて100点取れて当然です。「クラスで上位」と自慢している生徒でも、偏差値的には40レベルです。中学校の定期テストも同様です。問題も答えも全て知っているのです。90点を越えて当然です。だから平均点を取っても偏差値的には30台後半です。「そんなことは無い」とケンカ腰で言われる方。そんなに現状の教育をお分かりなら「何故、お宅のお子様はこのレベルなんですか？」こんな教え方をして下さい。それは家の子嫌がるので止めて下さいと言われる方「そこまで【お詳しい】のでしたら、【お家塾】で指導された方が成績アップに･･･」塾は「サービス業」だと言うことは分かっています。ただ、ご機嫌取りに注力する(流行りの、ブームの、人気の〇〇け主義)塾が生徒の為の正しい方法なんでしょうか？古臭いと言われようが、厳しいと言われようが、生徒の望んだゴールまで向けて導いて届かせてあげることが【一番のサービス】だと思うのですが・・・・・・望まれてないんですか？やはり、聞こえの良いＣＭを見せて、結果よりも『機嫌よく月謝を払って頂ける』システムの構築が【現代風】なんですかね・・・・・・(涙)</description>
      <pubDate>Mon, 04 Mar 2024 18:45:45 +0000</pubDate>
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      <title>成績は飛行機？20240228</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156114/</link>
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      <description>成績(勉強)は飛行機と同じです独り立ち(離陸)できるまでは長い長い練習の継続(滑走)が必要ですしかし独り立ちしてしまうとあっと言う間に高く高く舞い上がっていきます長い練習の継続をせずに短時間で独り立ちをしてしまうと失速(勘違い)して墜落してしまうのです下降(着陸)する時も同様です気が付かない内に、ゆっくりゆっくり下降を続けていて気が付いた時には地面(ビリ・不合格)が目の前に見えてビックリです全てが見えているのは(本人でも保護者でもなく)管制官(先生)だけなのです</description>
      <pubDate>Wed, 28 Feb 2024 13:33:36 +0000</pubDate>
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      <title>周りへの考えが･･･20240227</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156109/</link>
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      <description>「自分の行動が、周りの人へ悪影響を与えたり、周りの人に迷惑を掛けないように・・・」私たち(古い)世代は当然のように、このような言葉を言われて育ってきました。近年、このような言葉を発言すると「何で、周りばかり気にしなければ･･･」とか「自分は自分。周りとは違う」とか「何でもかんでも周りに合わせなくても、私を尊重して」と色々な意見を頂きます。「何でもかんでも自分をころして、周りに合わせろ」って言ってるのではありません。『自分の行動が周りの人たちにどんな不快感を与えているか』『自分の行動が無意識の内に周りに迷惑を掛けていないか』想像・推考しろって言ってるんです。「自由だ」「個性だ」「人それぞれだ」と何でもかんでも【個】を大切にする掛け声が大きくなり、「唯我独尊」や「傍若無人」が当然の権利の様に振舞う人が増えてきました。【個は無視して周りに合わせる】ことだけを求めているのではありません。この国で住み、地域で生活していくのであれば社会や周りやルールを無視してはいけないと思うんです。行政には法律や条例があり、地域にはルールがあり、家庭にも決め事や約束がありますよね。当然、勉強にもルールがあります。勉強の場合には「ルールは絶対」であり「ルールを覚えてルールを守り、ルールに従って行動・思考する」ことが絶対です。ところが近年、教室の地域で学力低下や成績不振が大きく目に付き始めて観察していると、これらが出来ない生徒(保護者も居られます)が激増中です。指示をしても「無視」作業や提出や返事を求めても「放っとく」行動や理解度の確認を行なっても「顔色を変えずに嘘」期限や締め切りに対しての意識が甘い(これは大人も多いですね)成績低迷の生徒たちからは、これらの行動が当然のように見えます。「これらの行動をどう思いますか？」と聞くと、『そりゃあ、ダメじゃろう』と皆んなが皆んな答えてくれます。現実に行なっている生徒自身に聞いても同じ答えを言ってくれます。しかし、平気でこんな行動をするのです。それも「何も後ろめたさを感じていない」様に「平気」の様に見えてしまうのです。逆に成績急上昇中の生徒は「気にしすぎる」ので『少しくらいは気を抜く日をつくれ』と心配で言ってしまいます。何でこんな行動が【当り前の権利】になってしまったのでしょう？私が考えるに、今までそれをやっても(無視しても、楽しても、放っといても、嘘ついても)何もお咎めや罰が無かったから『周りに迷惑を掛ける』という感覚や概念が身に付いていないのだと思います。嘘ついても宿題をやらなくても好きな事(趣味やクラブ)には行かせてもらえる。期限を守らなくても先生や親が裏で何とかしてくれる。先生の指示を無視し続けても痛みや損は無い。親に言い付けられても「ちゃんとするんよ」の一言だけで「ネチネチ」は言われずに携帯やゲームは自由放題。『宿題が終わって無ければ夕食もテレビも後回し。約束を破ったら1週間〜1か月は何らかの禁止事項を課せられたり一人だけで留守番』の私の子供の頃の罰は、暴力や虐待だったのでしょうか？イヤイヤ、それで先生や親を逆恨みしたことなどありませんでした。学校で「ビンタ」された事など、絶対に家では言いません。言えば家でも二回目が待っているからです。自由や個性を否定しているのではありません。「ルールを守って社会生活を送る」「他人に迷惑を掛けない」当り前のことが出来ない人が社会に出れますか？社会には「違反」「罰則」「賠償」「謝罪」が当り前に存在します。いつ教えるべきですか？</description>
      <pubDate>Tue, 27 Feb 2024 17:45:33 +0000</pubDate>
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      <title>考える習慣を・・・20240226</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156087/</link>
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      <description>一昔前から「詰め込み教育反対！」「偏差値教育反対！」って『人間は機械ではない。単純な暗記ばかりを求めるな』と色々な団体から批判があり、教育や子育ての現場が「自ら進んで取り組む生徒」「自ら、疑問を持ち考える生徒」を目指して努力をしてきました。しかし、詰め込みどころか、最低限に必要な事さえ覚えていない生徒や知っている知識や経験を基に利用して解決することさえ(ある意味幼児以下)出来ない生徒が増えています。*小学校高学年になってジリジリ成績が下降している生徒に「そのやり方はダメだよ」と注意すると【だって、今までは、これで何とかなった。褒められた】と言います。そりゃあそうでしょう。今までは低学年です。やってることも求められていることもレベルは低かったのです。今まで(幼児レベル)通りやって、高学年レベルにまで対応できるはずがありません。*中学生で、定期試験では高得点の生徒に、少しだけ形を変えたり、逆から求めさせる問題を聞いてみると「え〜〜っ、そんなん習ってな〜い」って言います。模擬試験を受けると「塾のテストは難し過ぎる！」と半分も解けません。だと思います。地元中学校の授業とテストを確認していると、毎日の授業は「テストの答えを事前に解説していて、テストはその授業で説明した【そのまんま】を出している」のですから･･･。生徒たちは、意味も根拠も無くノートを覚えて【まんま書く】ことを【勉強】と勘違いしています。理由も分からず書いて丸をもらったから「勉強してる」と思っている生徒にとって、少しでも形が変わったものは【未知との遭遇】でしょうし、それを新たに説明しても、またまた理由はどうでもよく「単純に覚えよう」とします。「分からないから教えて！」って言う子に説明していると『ごちゃごちゃはいいから、早く答えを言ってよ』って顔をする生徒が居ます。保護者からも「分からないって言うから教えてやって下さい」って言われるから説明すると、「学校と違って先生が教えてくれないって言ってます」と後で電話が･･･。子どもの成長に合わせて「考えること」を求めていますか？考える習慣を話していますか？このようになる原因を作っている保護者も居られます。*「家の子、何も出来ないんです」って言われます。何も出来ない人が社会に出てどうやって生きていくの？出来ないの？説明していないからなの？やらせてないからなの？*「言ってもやらないんです」「全部自分の思い通りのことしかやらないんです」とか「嫌いなことを強制すると怒るんです」と言う方まで･･･。そりゃあ、今までそれを許してきたからでしょ？号令や合図で意図は分からなくても動いてくれたから満足したのは誰ですか？サーカスや水族館ではありませんよ。宿題や約束を履行しなくても、好きな事や友達との外出、「皆んなが持ってるから･･･」で買ってもらったり、全て許してもらえるのを知っていたら誰だって(私だって)やりませんよ。「何を･･･」「何故」「どのように･･･」を普段から考えさせる習慣を求めてないからです。*時々居られるお父様の乱暴な理論。「本人がやる気にならなければ無駄だ。放っとけ」「無駄だから塾もやめさせろ」「いつか痛い目に遭えば気付く」です。残念ながら、現代は福祉制度や子供への制度が恵まれていて(これを恵まれていると言って良いのか疑問ですが･･･)困りません。気付きません。気付いた時には取り返せないくらい遅すぎます。最もヒドイ理論は「儂も全然勉強せんかったけど、こうやって誰にも迷惑を掛けずに一人前にやっている。だから子どもにも『勉強勉強』と言う必要は無い」です。じゃあ何故塾に入れたのですか？嘘ついて、無視して、放っといて、決して私たちの指摘やアドバイスを受け入れず「そんなことはない」「私は今まで(10年間)このやり方できた」「家の子は、レベルの高い、あの〇〇高校に入れた賢い子よ」と今まで通りの『聞いた』『書いた』『学校の授業では･･･』を押し通し、今まで積み上げてきた実力を、たった3年間で取り崩した生徒も見てきました。あの〇〇高校に入ったからこそ、今までのやり方では通用しなかったのです。当然の結果です。その生徒と保護者曰く。「先生との相性が･･･」「何なのあの学校は、進学実績を信じて通わせたのに･･･」「高い月謝出して塾に通わせたのに、ダメねこの塾」でした。思い込みや目の前の好みや感情だけで失敗した例を沢山見てきました。だからこそ今言っておきたいのです。【日ごろから考えることを習慣にして下さい】</description>
      <pubDate>Mon, 26 Feb 2024 20:26:17 +0000</pubDate>
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      <title>･･･過ぎて追い込まないで！20240222</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156031/</link>
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      <description>♪「しなきゃなんて無いさ、しなきゃなんて嘘さ」♪最近、テレビで度々流れているＣＭ(?)広報(?)です。追い詰められたり、自分を追い込んで自殺したり精神疾患になるのを防止する目的らしいです。とても大切なことですし、私も賛成です。頑張って頑張って限界まで頑張っても、たった一つのミスを指摘されて更に自分を追い込んで自分の責任と思ってドンドンマイナス思考になって病気になる。そんなん、ダメです。自殺はダメです。誰かに聞いてもらうことや、誰かに愚痴ることは大切なことです。一人で何でも抱えて解決なんてできないです。ここまでの話は、当り前の人の当り前の行動の当り前の価値観に対して、私なりの考えや賛同の意見です。問題なのはここからです。やってる人ほど「もっと、もっと･･･」って思ってしまいます。頑張ってる人ほど「もっと、もっと･･･」って頑張ります。逆に、最低限のことさえもやって無い人ほど「やってるもん」「できてるもん」「限界だもん」「出来る範囲で良いじゃん」「人それぞれじゃん」「個性じゃん」「テレビでも責任を感じすぎるなって言ってるじゃん」って言います。「クラブで疲れているのに宿題なんか無理」とか「どうして、何に役立つか分からない勉強をしなきゃいけないの」とか「私は頑張って毎日学校に行ってるのに、それ以上をまだ求めるの？」とか「私の気持ちや私の頑張っている姿を認めてくれない」とかの、訳の分からない主張だけは次々に出てきます。生徒だけではありません。宿題をしない生徒、時間や締め切りを守れない生徒、幼稚園生レベルの行動や責任感の生徒の現実を保護者にお伝えすると、「だから、私にどうしろって言うんですか？」とか「私も仕事が忙しいんです」とか「私には私の人生が･･･、すべての時間を子どもに使うのは･･･」とか「人それぞれ、できる範囲で･･･」とか、私には理解のできない反応を言われる人が。もっと信じられない人は、「一々子どもの行動はいいから、勉強だけ教えて成績を上げてやって･･･」とか、「通うのは子どもだけど、お金を払うのは私なんだから、私の勝手でしょ」の人まで･･･。改めて標題の話に戻ります。頑張って、追い詰められて、おかしくなり始めそうな人、「もっとしなきゃ」なんて思わないで！まだまだ、私の責任だ！って休みも睡眠も削って頑張っている人、「誰かを頼ることは正しいですよ」頑張っても無いし、やってもないのに「やってるもん」「出来てるもん」って言い訳ばかりで先送りして周りの責任にしている人、「しなきゃ！」「最低限のことぐらいやらなきゃ！」「頑張らなきゃ！」です。</description>
      <pubDate>Thu, 22 Feb 2024 14:15:55 +0000</pubDate>
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      <title>中高一貫校の功罪？20240220</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-156009/</link>
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      <description>近年「中高一貫校」が増加しています。私学は勿論の事、公立中高一貫校も増加傾向にありますし、大学の付属中高一貫校も昔からあります。入学試験偏差値が60台後半から70台の学校ならば、元々勉強する習慣や勉強のポイントを理解していると思われるので今回の話題からは除いて考えて下さい。何故、義務教育の中学校と「じゃない」高校を一緒にして「一貫校」にしているのでしょうか？勉強の習慣付けの小学校は置いといて、教科の基礎を学ぶ中学校と大学受験に向けた教科の発展・利用を学ぶ高校を隙間無く食い違い無く学べるのは効率的だと思いますし。少しだけ前倒しで学ぶことで時間的にも効率的だと思います。ただ、近年の「入学希望」の保護者や生徒に「動機」や「理由」を聞いてみると「高校受験をしなくても良いので楽」とか「同じ環境で同じ先生に見てもらえて安心」とかが多いです。時々聞く「マズい」のが、「中学受験を頑張って入ってしまえば、後は学校が何とかしてくれる」とか「今まであなたは小学校で優秀(クラスで上から30〜40％)だったんだから、これからも多分大丈夫」です。先程も書きましたが、小学校は勉強の習慣付けと社会性を身に付けることが主です。難しい学問は学習しません。先生に言われたことをいかに素直に受け入れて実行できるかです。逆に考えれば全てを素直に受け入れて実行できていればクラスでトップ３には絶対に入れています。なのに、クラスで30％の生徒が、中学からは人が変わったように我武者羅に「取りに行く」学習をするでしょうか？中学はもちろんのこと、高校からは、内容は複雑になり、スピードも上がります、高校の先生も今までのように「手取り足取り」対応しては下さりません。なのに生徒たちは「去年までの先生が今年も教えてくれるのだから、同じようにやってれば何とかなる」と舐め切った気持ちで行動し、成績を激下降させた生徒を少々？沢山？見てきました。前述の高偏差の生徒は別として、分かり易く言うと一般的に「小学校しか知らない」生徒が、「同じ建物」で「同じ先生」とず〜〜っと過ごすことしか経験してないんです。誰かが【違うよ】と具体的に注意してあげないと【小学校の価値観】で過ごしてしまいますよね。「人それぞれ」とか「色々な価値観」とか「個性」って言いますけど、ある程度の経験をした大人じゃないと判断はできないと思います。つまり、せっかく中高一貫校のメリットと『功』を求めて受験・入学したのに、キチンと理解してキチンと話し合わないと、せっかく入れた中高一貫校が逆効果の『罪』になってしまいますね。</description>
      <pubDate>Tue, 20 Feb 2024 13:42:29 +0000</pubDate>
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      <title>もう一つ8年前の物もありました20240214</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155950/</link>
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      <description>前回文と同様の内容ですが、こちらはもっと「えげつなく(今風の言い方ではエグイ)」変化しています。やはり当時の原文のままに転載させて頂きます。『私たちは、ただの「道具」ですか？１月の中旬現在の今、受験が始まっています。続々と志望校の試験に向かい、結果も続々と出ています。今の所、全員受験した学校には合格しています。何ヶ月も「無料」の自習室を使い、「無料」で質問教室で教え、「無料」で結構な量の資料やコピーを生徒の要望によって渡してきました。全ては、生徒の学力向上を考えての事です。なのに、なのにです（またまた愚痴ですみません）「この、無料質問教室を月1000円って言ったらどうする？」と生徒に聞くと、「来ん（来ないの意）」の一言です。「何で質問するのにお金を払うん？」と、塾の存在を全否定する発言まで…。更に、我教室の先生方は特に人間味に溢れている人ばかりで、生徒の受験結果を、「我が子」の事の様に心配して、発表日には何度も何度も私に「まだ連絡はありませんか？」とメールをして来、心配しています。なのに、なのに、なのに、結果連絡をして来る生徒は僅かです。別の日の登塾時に聞くと「えっ？連絡せんといけんの？」と、私たちの存在や心配は眼中に無い様子。「お家の人が、電話しときって言わんかった？」と聞くと、「別に…」とか「塾にはええ（しなくても良い）じゃろ」の答えだったらしいです。たしかに私たちはサービス業です。サービス業とは、金銭対価を頂いて、相応の効用や満足などの役務行為を提供する業務です。されど、無制限かつ無償で全ての要望・要求に応え、便宜を計らうのがサービスとは思いません。最近の「言わなきゃ損。言って叶えば儲けじゃん」や「金払ってるんだから客でしょ。金払ってるんだから客が偉い」の風潮には「うんざり」です。私たちは生徒と一緒に闘っている同士だと思っています。結果を生徒・保護者と一緒に「喜び・悔やみ」たいと日々思っています。特に教育の基礎は「人間作り」です。キチンと、「素直」「正直」「相手の考えを分かる」を身に付けないとダメだと思っています。なのに、家庭で「損・得・楽」の価値観話を最優先にされたら、成績向上も中々・・・です。私たちは「生徒の結果は考えず、ただ勉強を一方的にだけ教えて、集金だけを考えていれば良い」ですか？（まぁ、そんな塾が多いのも事実ですが…）そんな簡単な事で良いのなら、事前にハッキリそう言って下さい。私たちは直ぐに「機械」「道具」になりますから…。そんな事を本当に思っている人が、私の周りに居ると思うと「寂しい」ですね。』いかがですか？あなたの周りにこんな方は居ませんか？だからこの地域の学力は以上に下がっているのですね。</description>
      <pubDate>Wed, 14 Feb 2024 20:37:24 +0000</pubDate>
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      <title>14年も前の資料が出てきました20240214</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155949/</link>
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      <description>当時、時々お越しになられる「変わった方」に対してのコメントでした。改めて読み直してみると、今でも内容は通用します。ただ、困った事に現在は、その「変わった方」の割合が増えていることです。参考までに・・・・・・当時の原文のまま転載します。『ただの道具ですか？教室に来られる多くの保護者の中に、時々いらっしゃる不思議な方のお話しです。日常の学習習慣が無い生徒に「家でも〇〇は最低するように」の様な指示を出すと、生徒に「それはしなくても良い」とか「それは多すぎる」とか家庭で指示を出し直されます。平均的な同学年の生徒より我がままや甘えが多く指示を無視したり「やった振り」をする生徒を強く注意すると、「家の子を分かってくれない。家の子の事は私が全部分かっている。それは放っておいて下さい」等のクレームがあります。挙句の果てには「本人が自分で頑張れると言ってますので今日で止めます」までおっしゃいます。確かにお金を払う方と受け取る側。お客様とサービス業です。お客様の要望を可能な限りお聞きするのが仕事かもしれません。しかし、私たちが行なっている業務は「教育」です。間違いを指摘・修正するのが仕事です。要望やわがままを「はいはい」と全て聞いて、一日保護観察だけして、結果は考えなくても良いのをご希望なら「高級保育所」か「デイサービス」をご利用下さい。本当に生徒の実力に成り、生徒の将来のプラスになる対応を、自信を持って行なっています。信じて素直に実行してくれた生徒だけが、素晴らしい結果を手にしています。生徒の希望そのままを全部叶えてあげられるのは、ほんの一握りの自覚ある生徒だけです。日々の学習の補助（質問・確認）や試験前の環境作り（自習室の利用）。勉強方法の確認。教材・時間選択のアドバイス等「プラスの為のツール（道具）」として利用して頂くのは嬉しいです。しかし我々を、受験直前の「一応塾」や「子どもを塾に行かせた満足」の為の入塾や、「一応勉強っぽい事をしてやってる」の、結果より気軽に利用しただけのただの道具としての扱いでは、三者の誰も喜ばない結果が想像できます。私たちは、全国的な基準と照らし合わせて日々研究しながら意見しています。そんな私たちよりも「教育的指導」にお詳しいのでしたら、生徒を他人に渡さず、お家で指導された方が、安価で良い結果が…。』何故、この様にお考えになるのか……未だにわかりません。</description>
      <pubDate>Wed, 14 Feb 2024 20:32:07 +0000</pubDate>
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      <title>私の予言と同じ内容の本が･･･(涙)20240212</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155921/</link>
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      <description>先日、書店で面白い本を見つけました。「中学生、中間・期末テストの勉強法」です。日常の授業の聞き方。ノートの取り方。覚え方。テスト勉強の仕方。等が、こと細かく書いてあります(ネタばれですかね？すみません)。私は10年以上前から、生徒たちの意識と行動、保護者の意識と地元学校の先生の対応に色々疑問を持っていました。保護者面談や入塾相談でお母様方から言われる次のセリフに違和感がありました。「家の子、頑張ってるんですが、点数が上がらないんです。勉強の仕方が分かって無いのかもしれません。覚え方を教えてやって下さい」です。頑張ってるのに点数が上がらない？……何をどう頑張っているんだろう？覚え方を教えてやって下さい？……教えたら直ぐに覚えられるの？今まで漢字はどうやって覚えてきたんだろう？中学校の先生に聞いた話だと、授業で生徒たちが説明しても用語を理解せずに解き方も理由や根拠無しに「こう習ったから･･･」と何となく『空覚え』でテストに向かうから、徐々に平均点が下がり、授業にならないからテストレベルを下げていると嘆いておられました。「聴く」「分かる」「覚える」なんて、教えて簡単に出来ることではありません。出来たいと心に決めて、色々試して繰り返して、必死で出来るまでやり続けるしかないのです。聴いて教えてもらったら直ぐに出来るのなら、ピアノで直ぐにコンクールに、野球で直ぐに甲子園に、サッカーで直ぐに国立に行けます。スポーツや習い事では「そんなバカなことが･･･」と理解頂けるのに、どうして勉強となると、そんな不合理な要望が出てくるのでしょう？成績不振生徒や伸び悩み生徒、成績下降傾向生徒の共通点は『素直じゃない」「考えない」「楽をしようとする」「継続できない」と、「甘ちゃん・赤ちゃん」です。やってないのに、素直に従ってないのに、「母さ〜ん。私はやってるのに先生が怒る。成績が上がらない」と嘘までついて自分を正当化して親を味方につけようとすることです。更にそれを真に受けた親が、クレームや金の力で相手を抑えつけることです。成績上昇生徒や改善中生徒の保護者はそんなことはしません。指導者と息を合わせて生徒に対応し声掛けをしています。本の悪口を言っているのではありません。本の内容は正しいです。こんな本が必要とされる世の中に嘆いているのと、私が口で言っても信じてもらえなくても、有名な人が言うと、完璧に有難がられる【落差】【扱いの身分差】が身に染みているだけです(涙)(涙)(涙)。</description>
      <pubDate>Mon, 12 Feb 2024 16:02:54 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>公立高校の志願倍率20240211</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155917/</link>
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      <description>先日、教室周辺の公立高校の志願倍率が発表されました。以前や昨年は、0.9〜1.1倍くらいだった学校が、1.47倍や1.28倍になったり、逆に以前は1.4倍や1.3倍が慣例だった学校が0.58倍や0.76倍になっています。もちろん、学校努力(企業努力？)の成果で人気が高まった部分も否定しませんが。全体を冷静に眺めていると別の傾向が見えてきました。ある保護者の意見をきいてみると「家の子、学校のテストで天才的な点数(85〜95らしい)を取ってくるから当然じゃない？」「家の子、平均点位をキープしてるから、あそこで当然じゃない？学校の先生も止めなかったし･･･」「別に、最悪落ちても、私学も補助が出て、公立と変わらないからチャレンジ！」「万が一入れたら、良い大学に行けるから”得”じゃない？」でした。別に、中学校の先生に少しだけ話を聞いてみると、「少子化で、私学が99％位合格を出したから、生徒も保護者も出したい放題。これで大量に不合格が出て、どんな高校生活を送るのか･･･」「学校のテストの点数は当てにならないのに、生徒も保護者も勘違いして･･･」だそうです。私の意見で解説しましょう。確かに学費の面では心配が無くなったので「チャレンジ」は良いことかもしれません。「先生が止めなかった･･･」に関しては、学校の先生は、自論で止めると『責任問題』になるので「無理だろうな･･･」と思っても【止めれません】先生が悪いのではありません。塾の先生も、儲け主義の塾は、合格実績が手に入るので、少々無理でも受けさせます。親身な塾では『止め』ますが、近年の保護者は聞き入れて頂ける方が減少傾向です。それで不合格にでもなろうもんなら「あそこの塾、ダメね」です。「学校のテストの点数での判断･･･」ですが、学校の先生は、偏差値がありません。知らないのではなく、校内に偏差値を測る教材やテストがないので分かりません。その上、近年の生徒の全体が下降傾向にありますので、10年〜20年前のテストに比べて、異常なくらい簡単になっています。学校で説明した問題そのまんましか出題しません。だから90点や95点取れて普通なのですが、平均点が60点弱というのは何でしょうね？授業聞いてる？テスト勉強してる？だから、90点取れてる生徒でも、少し数字や図形を変えると解けません。「ずる〜〜い」って言います。それを基に我が子の立ち位置や志望校を決めるのですから、入試問題は解けませんよねぇ。教室の開校当時はテストで75点あれば偏差値50はありました。最近は、テストで90点とっても偏差値50に届かない生徒もいます。そりゃあそうです。分かって無くても「ノートをまんま」覚えているだけですから・・・。ちなみに平均点位の生徒で偏差値37〜38です。その後、万が一合格出来ても「正しい勉強の仕方」を身に付けて無いまま高校に入ってしまいますので、入学後の姿が目に浮かびます。まぁ、私が色々言うと、又々『うるさいなぁ。放っといて！』と叱られますから、今日は感想だけで・・・。</description>
      <pubDate>Sun, 11 Feb 2024 19:43:06 +0000</pubDate>
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      <title>Teach(ティーチ)とCoach(コーチ)について2024</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155851/</link>
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      <description>先生(指導者)が生徒(被指導者つまり教わる人)に指導する方法について考えてみました。何かを誰かに教えて頂く時、「指導してもらう」と「教えてもらう」の言葉がありますよね。例えば、学校・塾・ピアノ教室などの場合『先生』って呼びますよね。スポーツ系では『コーチ』って呼びますよね。これって、何が違うのでしょうか？何かを【習いたい】【出来たい】と思うのなら、知識が必要なものは知識を与えて頂いたら、自ら復習し繰り返し演習すれば出来るようになります(一般的にはね)。理解しよう・復習しよう・出来るまで繰り返し演習しようと思わなかったり実行しなかったりしたら、当然出来ることなんてありませんけどね。スポーツ・運動系でも、教えてもらったら、自ら考えて、一人で練習を繰り返せば可能なはずです。しかし、出来てるかどうかは外からカメラ等に撮って見直すか、誰かに確認してもらうしかありません。こちらも、自ら練習を繰り返さなければ出来ることなんてありませんけど、知識系に比べて、結果が見え易いので、練習はしているのか、やり方に間違いが無いかの確認が周りから出来易いのです。ここまでの話の流れで思ったことがあります。教えてもらって出来るようになりたいのであれば、知識系は、知識を与えられたら一人で演習して出来るようにするのが当然。運動系も教えてもらった後、一人で練習するのは当然ですが、本当に出来ているか誰かに確認をしてもらう必要があるようです。つまり、出来てるか正しいかは誰かのチェックを受けるのが必要で、これは、知識系でも取り入れれば、かなりの結果上昇が見込まれます。しかし、何故か殊勉強に関しては、出来ていない生徒・保護者ほど「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」「行かせれば」「学校のプリントだけを覚えておけば」「家の子は･･･」「家の子に限って･･･」と言われます。たしかに、スポーツやピアノほど直ぐに結果が目の前に見えませんから『勘違い』されやすいかもしれませんが、模擬試験や入試の結果には明らかに露骨に無慈悲に出てきます。特に、思い込みのままで入試の結果に出てから後悔しても、もう戻れませんよね。つまり「Teach」は、受け取った生徒が『確実に一人で演習して定着する』前提の【知識だけを一方的に与える】行為です。受け取る生徒が、自主的に必死で受け取ることが前提です。一方「Coach」は、効率的な受け取り方や正しい練習の仕方をも指導し、受け取った生徒が、確実に練習して実力になっているかまで確認する行為です。多くの学校や塾(特に今流行りの“優しい塾”)では、「Teach」しかできません。知りたくて、出来たくて前のめりの生徒なら良いのですが、近年激増中の『聞いただけで「出来てる気」になっている生徒』では、後々「あ〜〜ぁ」や「やっぱり･･･」の結果しか期待できません。スポーツも頑張っている生徒が、スポーツのコーチには厳しく言われても求められても「歯を食いしばって」耐えて練習するのに、何故か勉強となると指示を「無視」したり、注意を「スルー」したり、酷い時にはお母さんに言い付けて、「厳し過ぎるって言ってます」と保護者から塾にクレームまで・・・。自主的な前向きの生徒は「Teach」で頑張れば良いのです。もっともっと知識を吸収して下さい。しかし、「伸び悩み」「不振」「下降気味」「勘違い」の生徒には「Coach」じゃないとダメなのですが、何故か「Coach」が必要な生徒と保護者ほど「楽」「放っといて」「優しく」を求めて、その上結果も【上々】を求めるのは何故でしょうね。</description>
      <pubDate>Tue, 06 Feb 2024 14:19:46 +0000</pubDate>
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      <title>地域性？　にしては違い過ぎる！　何で？20240206</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155850/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155850/</guid>
      <description>先日、セミナーに参加して、現在の全国的な教育の流れを学んできました。もちろん、先生は東京からお越しで全国2000の教育機関と話した経験をお持ちの方です。その中で言われていた内容で、我が教室の現状との違いを感じ「えっ？」「あれっ？」と思ったことをお話しします。近年、都会地域では、「生活力」「生きていく力」「人間力」を育む学習を『お金を払ってでもやって欲しい』と塾に求める方が増加しているそうです。勉強・学力・知識だけなら学校でも本でもネットでも得られますし、それでは周りの「下位層」と何も変わらず、これから社会に出て60〜70年生きていく力にならないからです。我が教室では、下位層生徒の保護者ほど「学校の勉強さえできれば･･･」「余計な事は言わずに勉強だけ教えてやって下さい」「家の子の望む様にしてやって下さい」と言われますが、素直・正直・我慢・継続の人間力さえ身に付ければ、必然的に学力も付き、社会性も学び、生きていく力になると思うのですが･･･。目先のハエを追うような「付け焼刃」の学習指導だけを求められるのは何故でしょうか？これを「地域性」と呼ぶのでしょうか？じゃあ、何故、こんな希少な稀有な「地域性」がこの地域に起こっているのでしょうか？それとも、我が教室にだけ「この様な特殊な要望」が集まっているのでしょうか？広島県全体は、もともと「優秀県」です。10年位昔は、全国5〜8位ぐらいを行き来していました。ところが2023年のデータでは、広島県は全国26位です。真ん中より少し下です。広島市を中心とする県西部地域の学校を見てみると、全国的にも『優秀校』と言われる高偏差値校が沢山あります。私立も国立も県立も市立もです。県東部地域にも国立校はあります。なのに県全体が26位になってしまうのは何故でしょう？もう、言わなくても分かりますよね。じゃあ、何故そこまで県全体を左右してしまうほどの地域になってしまったのでしょうか？私の感じている考えをお話しします。もちろん、私見ですので「偏見」も「思い込み」も「失礼」も込みの『独り善がり』の意見です。福山市近郊は、昔から「自由」「権利」「生徒の望むように」の風潮が強い地域です。「生徒が望むのに、学力が低いというだけで希望する高校が受験できないのはおかしい」との理論で、「総合選抜制(複合選抜制)」がおこなわれた事実もあります。望むのであれば、頑張って学力を付ければ良いだけのことですが、その根底さえも否定する暴論です。その後も「生徒が望む様に･･･」「生徒の実力にあわせて･･･」「勉強だけが全てでは無い」「家の子じゃ無くて、先生に問題が･･･」との暴論まで飛び出す現状が地元小・中学校にあります。その小学校で「良く出来る子」と言われていても、偏差値にすると40位しかない子が私立中学にでも合格しようもんなら『家の子はスゴイ』『家の子は勉強できる』『将来有望』となるわけです。小学校で優秀な生徒なんて、学年で1〜2人くらいしかいないのが現状です。そんな子は当然、受かるべき学校に入学しています。同様に、地元中学では、その時だけ聞いて書いて終わって忘れるルーティンが完成し、定期テストも授業で教えたものを「そのまま」出しても平均は50点台です。それを偏差値にすると30台後半なんです。それでも本人も保護者も、75点取ったら「私は優秀」「家の子は優秀」となるわけです。授業と少しだけ変えた問題を出すと「習ってない問題を出した。ズルい」となる訳です。これで学力が上がれば、誰も苦労しないですよね。また、【それが普通】【これが普通】と信じて疑わないママ友が、お互いに情報交換をするのですから、余計に下降しますよね。【負のスパイラル】にならないことを望みます。「本当の勉強とは何たるか」を分かっておられる保護者は黙って自分と我が子だけを律するので、引き込まれたりしません。これが他地域での普通なのですが・・・。【良のスパイラル】や【良の口コミ】です。これらは、この地域特有の勘違いなんでしょうか？当然、その後の高校や大学もその実力が反映されますよね。すると、責められるのは「学校」と「塾」なんですが、指示に従わないで責任追及だけするのも地域性なんですかね。</description>
      <pubDate>Tue, 06 Feb 2024 14:17:21 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>本人の「やる気」があってこそです20240118</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155618/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155618/</guid>
      <description>前回書いた「本人のやる気がないと無理」的な文章への続きです。「いくら指導しても」「いくら注意しても」本人が本気でやる気になってくれないと学力の上昇は中々叶わないと話しましたよね。保護者面談や入塾相談の場で成績不振生徒について聞かれたのでお答えすることがあります。すると、それに反論(?)か賛同(?)か分かりませんが、保護者からこんな反応を頂くことがあります。「子どもがやる気が無いから、家で叱っても無駄」「子どものやる気が出るまで待つしかない」「子どもがやる気が無いから、塾に行かせても無駄」最悪の短絡的なお言葉が「子どもがやる気が無いから、無駄金になっている塾をやめさせます」じゃあ、こんどは私から質問と反論をさせて頂きます。「何で、この歳までやる気が出なかったんでしょうか？」「いつになったら、やる気が出るのですか？」「もし、ずっ〜〜とやる気が出なかったらどうするんですか？」「他の生徒たちがやってた間に、やる気が出なかった期間の勉強の取り戻しはどうするの？」「塾を止めて、本気でやらなくなった期間の遅れは、どうやって取り戻すの？」こういう質問をぶつけると、又々再質問したくなるような、こんなお答えが返ってきます。「そこから頑張れば･･･」「その時に、塾にでも行かせて、授業を聞かせれば戻れる」と言われます。それって「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」「行かせれば」どんな状態の子でも【直ぐに勉強なんて出来るようになる】って考えですよね。現実に、そんな生徒はどれぐらい見てこられましたか？また、我が子がその割合に入れる根拠は何でしょうか？更にエスカレートしてくると、最後に出てくる言葉は大抵同じです。「勉強が全てでは無い」「勉強できなくても死なない」「私だって普通に生活できている」です。その通りです。別に「勉強が全て」とか「勉強できない人は生きている価値が無い」なんて言ってません。『どうすれば、勉強ができるようになりますか？』『今の状態は、何が勉強に対して問題ですか？』と聞かれたので勉強についてお答えしただけです。それ以外のことについて、「絶対、私の考えにひれ伏して従え」なんて、考えてもいません。但し、「いつか気が付くよ」「いつか頭を打つよ」「いつか痛い目に遭えば分かるよ」と言われる方が居られますが、その考えは少し古いです。現代の【権利】【自由】はすごく整備されていて、間違いや出来ないことを指摘したり理由にしてはいけない社会整備が行われているので、中々「頭は打ちません」し「痛い目にも遭いません」しかし、立場や収入に差が出ることは間違いありません。何でも許される社会だからこそ、【いつか･･･】【その内･･･】なんて無いのです。少しでも早めに家庭での環境作りが大切なのです。「えっ？じゃあ、やり直しは出来ないってこと？」って言われますが、それこそ、前回書いた「本人の本気とやる気」が全てです。</description>
      <pubDate>Thu, 18 Jan 2024 15:43:16 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>本人の「やる気」があってこそです20240117</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155614/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155614/</guid>
      <description>「やる気のある生徒を後押しします」「生徒の学びたい心を応援します」「多様な学びの場を提供します」「学校は楽しいって生徒たちに言われるように・・・」って、行政やマスコミは度々公言しています。そり通りです。すばらしいことです。「若い時の失敗や間違いは、いくらでもやり直しができる」この言葉もその通りだと思います。私も出来るだけ応援したいです。以前、話題になった映画『ビリギャル』や、近年話題になっている学生時代にヤンチャして退学したり、悪友と遊び歩いて学校に行かなかったことを後悔し、20歳を過ぎて小学校の勉強からやり直し、大学に挑戦している人を手伝っている塾もあります。素晴らしいことだと思います。チャレンジしている本人も立派です。応援したいです。しかし、よくよく読んで見たり、よくよく聞いてみると、「あっ、やっぱりなぁ」と思います。応援や手伝いは、本人の行動がおこった後にしかできません。「ビリギャル」のモデルになった人も、学校の時間以外は、ほとんど塾で過ごしていたそうです。友人と遊びに行っても、その途中で勉強し、翌日には必ず課題は提出していたそうです。「やり直し受験」を手伝っている塾でも、生徒は1日10〜15時間くらい勉強するそうです。授業は1〜3時間で、それ以外は自習です。誰の強制もありません。学校の「楽しい」「面白い」もそうです。自分からやる気の生徒は、「出来た」「分かった」「説明が的確」に楽しさや面白さを覚えますが、『じゃない生徒』は単純に「遊ばせてくれる」「放っといてくれる」「何もしなくて楽」「先生がギャグを言う」「友達がふざけた」を楽しかった、面白かったと認識しています。そりゃあ、『じゃない成績』になるでしょうね。その上、家でも『何もやる気が無い』のなら、『じゃない』が加速するでしょうね。「行政が後押ししてくれるんじゃないの？」「家の子を応援して教えてくれるんじゃないの？」「今までは勉強してこなかったけど、やり直しで中学からは塾に行かせるので何とかして頂戴」これらの「ことば」には何か間違いはないですか？本人は、現状を理解して、今までの意識と行動を改めて『やる気』になっているのですか？ご家庭でも、今までの対応を改めて、子どもに目を向けて応援して頂けるのですか？こう、お尋ねすると、間髪入れず「もちろんです」「頑張るって言ってます」と返ってきます。意地悪なので再度お尋ねします。「やる」「頑張る」って何をどうすれば「やった」ことになりますか？何故、ここまで意地悪かと言いますと、何も変わらないのに「分かってるもん」「やってるもん」「失礼な」と主張した生徒・保護者が多かったからです。現在の成績に関係なく、本当に「変わりたい」と思って決心した生徒・保護者は、アドバイスすると直ぐに実行して、「つもり」や「ふり」はありません。増してや、指示をスルーなんて絶対起こりません。短期間に偏差値10upでも可能です。現実に実現した生徒を何人も見てきました。言葉ではなく「本気」「やる気」「素直」「我慢」「忍耐」「継続」は本人の心が決めることですよね。</description>
      <pubDate>Wed, 17 Jan 2024 20:53:14 +0000</pubDate>
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      <title>どうしてでしょうね？20240117</title>
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      <description>近年の生徒たちを見ていると、大多数の生徒が「習い事」をしています。私たちの頃と比べて(あっ、すみません。年齢的に私だけかも知れませんね)、たくさんの時間とたくさんのお金を使っています。ある意味羨ましくもあり、ある意味贅沢だなあと感じています。生徒たちから耳にする習い事は「サッカー」「野球」「テニス」「水泳」「空手」「ピアノ」「習字」「そろばん」「塾」ですかね。みんな楽しそうに(一部はお母さんに強制されて仕方なく行ってる生徒も･･･)通っています。そこで気が付いたことがあります。習い事の「監督」や「コーチ」や「お師匠さん」や「先生」の言われることは『神の声』であり『絶対』なんですね。野球の監督の言われたことなら、自分の生活や家族の予定よりも「練習」や「素振り」や「走り込み」が優先で、急に予定が変更になっても、何の躊躇いもなく従いますよね。サッカーや野球の練習時間が迫っていたら、生徒の宿題が終わって無くても、「早くしなさい。遅れるわよ」と宿題は放ったらかしでも送迎されますよね。お母さん。テニス教室から「突然、空きが出来たから来る？」って言われると、塾や家庭の予定が有っても、直ぐに向かいますよね。ピアノや習字の先生が「来週の練習の日は先生の都合が悪くなったから、〇〇曜日に来てね」って言われると、塾に「来週の〇〇曜日はピアノが入ったから、来れん。変えて！」って当り前の様に言いますよね。空手の道場では、入る時、始まる前、終わりの時、出る時、キチンと大きな声で挨拶しますよね。監督やコーチや先生が「やりなさい」って言った事は【必死】でやりますよね。【素直】に従いますよね。口答えしたり、反発したり、無視したりなんて、絶対？やりませんよね。その上、結果が出なかった時、野球ならレギュラーに成れなかった時。空手なら試合で勝てなかった時。ピアノならコンクールで入賞できなかった時。『仕方ない。私の練習が足らなかったんだ』と、自分の(我が子の)練習量を省みて納得しますよね。問題はここからです。何で塾は違うんですか？もちろん素直に従ってくれ、嫌な事も我慢して継続し実行してくれ、結果を手にしている生徒も居ます。自分の勘違いや思い込みに気が付き、アドバイスに従って生徒の希望を手にされた保護者も居られます。なのに、なのにです･･･、成績の伸び悩み生徒や、「何で、こんなになるまで･･･」の状態まで放っとかれた生徒、注意していたのに「進学してガタガタになった」生徒、ほど私たちの指示や注意や指導を無視しますよね。程々でやめますよね。その上、結果が思い通りにならなかったから「教え方が悪い」とか「あそこダメよ」とか「家の子は頑張ってたのに･･･家の子の責任ではない(旨)」を言われますし、現実に言って来られた方も居られました。これは「学校の先生」も同じだそうです。「指導力が･･･」とか「家の子を分かってやってくれてない」とか「頑張って入ったのに、何であのレベルの〇〇校なの？」と言われるそうです。これって、毎回休まず練習に参加したのに、「何で、家の子レギュラーになれないの？」「何でコンクールで入賞できないの？」「何でスカウトされないの？」と同レベルですよね。今後、生きていくために必要なものへの指導は【軽視】されて【お聞き入れ頂け】なくて、【趣味】や【遊び】に近いものには必死になるのは何故でしょうね？私たちのやってることや言ってることって、そんなに価値の無い戯言なんでしょうか？あっ、だからか！叱らず、注意せず、責任を感じない【優しい儲け主義塾】が人気で選ばれるのは・・・！</description>
      <pubDate>Wed, 17 Jan 2024 14:21:07 +0000</pubDate>
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      <title>「人間力が学力に！」を裏付けるように･･･20240112</title>
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      <description>教室の看板テーマと言いますか、私たちの指導の根幹になる言葉が「人間力が学力に！」です。以前より、何度も生徒の態度や対応、言動全般について色々とお話ししてきましたが、過去の約20年間に接してきた生徒や保護者の様子や言動や結果を思い出し、分類してみると、やはり、今まで言い続けてきたことは大きくは間違っていないことが分かりました。大きく分けると３つに分類ができます。一つ目は「その場だけ」「作業だけ」「聞いているふりだけ」「やっているポーズだけ」「言われても放っとけば良い」「書いたから･･･」「行ったから･･･」の頭が動いていない形だけ学習の【幼稚園の塗り絵】生徒、もしくは【お母さんに怒られなければ良い子】生徒の幼児もしくは大人を舐めてる系生徒。二つ目は、日常や家庭での会話が少な過ぎて、「日本語が分からない」生徒です。これを言うと「そんなことは無い。家ではチャンと会話が出来ている」と言われますが、「〇〇をしなさい」「早くお風呂に！」「ご飯だから来」「寝」に対して「はい」で会話ですか？「どうするん？」「要らん」が会話ですか？会話とは、相手に伝えようと、語彙を組み合わせ、相手の心情を理解しようと確認しながらやり取りをすることです。会話では登場しない語彙を読み取れたり書けたりする総合力が「日本語力」です。【号令】や【記号選び】は日本語力とは言えません。三つめは他人と接しても、「どうせ、叱られないから」「どうせ、親にはバレないから」と家と外では態度や言葉を変える生徒と、「学校に行ってるから･･･」「塾に行かしてるから･･･」「その内･･･」と、確認もせず、全部「丸投げ」にして家では声掛けや修正がされていない大人の場合です。ここまで書くと「超高成績の生徒は、皆んな人間力が高いの？」と直ぐに反論を頂きそうですが、そんな内容は言ってません。私たちも過去２〜３人の特殊能力の生徒に接しました。一度でも見たり聞いたりしたことは「全て覚えている」のです。日本史や世界史などはいつも100点です。教科書や模範解答のまんまです。応用力は少し疑問が残りますが、理系も暗記で何とかなってしまいました。何度注意しても「組み合わせて考える」とか「宿題をやってくる」は守ってくれませんでしたが、最終的には誰もが憧れる有名校に合格していきましたので、本人も保護者も「自分は(家の子は)正しい」と信じています。特殊能力生徒じゃ無いけど成績上位の生徒の話をします。一つ目の事項を一言で言うと【素直】です。指摘や指示をすると、必ず実行してくれます。極端に言うと「学校でこう習ったからこう書いたらテストで丸になったけど、何でか説明して」と確認に来るくらい前向きです。この、【素直】と【前向き】の割合と成績上昇は比例しました。ポーズやふりは上手でも、「素直」や「確認」や「家庭での復習」が【見えないからバレない】と雑だった生徒は上昇が鈍いです。二つ目は、指示しても「何かこんな感じ･･･」とか「これぐらいで･･･」とか「だってぇ」と間違った理解をしてそのまま続けます。早く自覚しないと日本の教科書や参考書、試験問題は全て日本語です。その力ではいくら説明を読んでも聞いても理解出来る訳がありません。「先生の説明を聞いてたら、その内分かる」と言われる大人が居られますが、その方は、昔、出来なかった人じゃないかなと想像します。社会に出ても同じです。指示や契約や商談は日本語です。「何かこんな感じ」では、機械も壊れますし、家も傾きます。三つ目を保護者にお伝えすると「そんなに毎日毎日、一々確認できない」「毎日子供に言ってたら、空気がギクシャクして楽しくない」「大きくなれば、本人も気が付いてやるはず」と言われます。だからこうなったのでしょう？子どもの価値観は３歳(５歳の説も)から14までで決まってしまいます。その間、「王子様」「お姫様」で放置しておいて、何を切っ掛けに18歳で変わるのですか？主題に戻ります。人間力って何でしょう？「素直」「正直」「我慢」「継続」「歳相応の行動」「歳相応の知識」です。幼稚園生ならほとんどの子どもが持っています。15歳で身に付いていない可能性があるのなら、生徒もご家庭も、大至急、慌てて、自分の事として、今すぐ、苦労して、身に付ける努力をして下さい。アドバイスとお手伝いは幾らでもさせて頂きます。但し「失礼な」「そんなことはない」は無しですよ！</description>
      <pubDate>Fri, 12 Jan 2024 19:20:25 +0000</pubDate>
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      <title>少しだけ休憩でした20240111</title>
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      <description>冬期講習も終わり、新年度の準備もまだ、年末年始の諸作業も一段落で今日は昼間に少しだけ余裕が出来ましたので、岡山市へお出かけしてみました。皆さん、「えびめし」って知ってますか？近年は「冷凍食品」でも売られていますのでご存じですよね。以前から、岡山市内を車でチョロチョロしていると、「えびめしや」と言う店に、いつも大行列が出来ています。大体、日曜日に通過していたので、休日の家族連れなのかなと思っていました。そこで、平日の少し時間をずらして行くとどうかなと考えて、突然行ってみました。13時頃に店に到着すると、店の外に行列はありませんでしたが、店内には20人ほどの席待ちのお客さんです。半分はサラリーマン風の人で、残りはマダムのランチタイムに見えました。私も名前を記入して順番待ちでしたが、私の後からも次々と入店されて一杯になりました。作り方は、真っ白いピラフのような物を大きなフライパンで作り、真っ黒いソースのような物を入れて更に煽ると出来上がりです。私は「オムえびめし」を食べました。やはり、地域によってそれぞれのグルメがあって楽しいです。『だから？』と言わないで下さい。しょうもない無駄話でした。</description>
      <pubDate>Thu, 11 Jan 2024 20:50:57 +0000</pubDate>
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      <title>1000号になりました20240109</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155522/</link>
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      <description>「塾長のひとりごと」が今回のこれをもちまして1000回に達しました。平成24年4月からコツコツ書き続けてきました。最近は悪口も増えましたがスタート時は生徒の事、天気の事、時候の件、観光の感想、グルメ情報と色んなネタで頑張りました。これからもコツコツ書き続けていくつもりです。もちろん「独り善がり」も多くなりますが、お付き合いください。宜しくお願いします。深〜〜〜く、礼！！！！</description>
      <pubDate>Tue, 09 Jan 2024 17:55:36 +0000</pubDate>
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      <title>何故叱られたの？20240109</title>
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      <description>「私は何にもしてないのに、突然先生が怒った」「私はチャンとやってるのに、先生が厳し過ぎる」「私は、チャンと聞いてるのに、先生は叱る」「家の子、チャンとやってるって言ってます。何で、そんなに厳しく・・・」「出来ない子でも分かるところからって言ってたじゃないですか」何故、先生は叱ったのでしょうか？何故、先生は厳しくするのでしょうか？その先生は、誰にでも突然怒る人なんでしょうか？チャンとって何をどれぐらいでしょうか？聞いてるって？やってるって？一般論の話をします。何もしていないのに、突然他人を叱る人なんて見たことがありません。初見の人や道を歩いている他人を突然叱る人なんて居ません。必ず原因があり、必ず経緯があります。先生たち(特に我が教室の先生たち)は、経験豊富です。何が原因で学力不振か、どうすれば・何を変えれば学力が上がるかを知っています。更に、先生同士が打ち合わせや情報交換をしていますので、独り善がりではなく、確実な指導計画を作っています。「チャンとやってる」「キチンと聞いてる」って誰に確認しました？私(成績不振生徒自身)が思っているだけじゃないですか？本当にちゃんとやってて、キチンと聞いてて、言われた様に従っていたら、【成績不振】なんてなりません。学校での成績優秀の生徒を思い出して下さい。意外と塾にも行ってないのに一人で成績を維持していますよね。だって、「何にも出来ない」「何にも知らない」初心者の生徒に、学校の先生はコツコツ毎日説明と指導を繰り返し、『出来る子』にしているじゃないですか。あれだけの日数と時間を使って、チャンとやって、キチンと聞いて出来ない事なんて考えられません。考えられる要因は「チャンとやってない」か「キチンと聞いてない」か「量が足りてない」か「間違ったやり方を続けていた」かしかありません。間違ったやり方とは、「私、それ嫌い」と放置したり、「何かこんな感じ」って適当に終わらせたり、「覚えなきゃならない項目」を『学校の先生は叱らないから・・・』とキチンと覚えもせず、そのまま通り過ぎてきたからだと思います。そんな間違ったまま来てしまった成績不振生徒ほど、「うっさいなぁ」とか「ええじゃん少々」「私は悪くない」「分からせるのが先生の仕事でしょ」「優しく何回でも教えてくれるって言ったじゃん」って、結局自分に原因があって『叱られた』ことが理解できなくて、受け入れられなくて、自覚が目覚めないままが続くのです。学校の先生は大変『優しい』です。生徒や保護者の「叱らないで」「生徒を認めて」「生徒を分かって」「生徒の要望を･･･」を実現するために、優しく優しく【放っといて】下さっています。それを【当り前】だと勘違いしているのです。勉強は、ローマ皇帝が叱られたように「学問に王道は無し」です。間違っていたり不足していては絶対に成果は上がりません。その穴を埋めるために具体的に指示したり指摘したり、暗記を強制したりしています。それを軽く聞き流して、言われた事さえも記憶から追い出して、何度繰り返し注意されても無視してきたのです。初めて忘れてた生徒を叱る先生なんかいません。何度も何度も繰り返したからです。≪叱られて当然≫です。生徒や保護者の『成績を上げて』の要望ために先生方は必死なのです。その上、そのまま「放っといて」いては、生徒のためにならないのです。「叱らない塾が良い」「優しい塾が良い」「放っといてくれる塾が良い」「家の子が望む塾じゃないとダメ」と成績不振生徒やその保護者ほど言われます。原因はどこですか？原因は誰ですか？何故叱られたのですか？素直に一回で行動していれば決して叱られていません！</description>
      <pubDate>Tue, 09 Jan 2024 17:28:04 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、一人では何にもできないんです20240108</title>
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      <description>生徒に「明日の〇〇は何時から？」とか「今週で、予定があって来れない日は？」とか「今日の忘れ物は明日持って来てね。大丈夫？」「来週の模擬テスト、遅れないでね」と、生徒の行動や行事を確認しながら指導の予定を立てたり指導したりしています。そこで「その日、大丈夫です」「別に何にも無いです」等、生徒にＯＫを貰って、そのつもりで準備していると「いつまで待っても来ない」「当該時刻になって保護者から電話」「翌週になって『何で来なかったの？』と確認すると、あっ、忘れ取った」とか「えっ？だってクラブの大会があったから･･･」と、何のために予定確認をしたのか分からない事態が度々おこります。近年の子供たちが『異常に大切にされ過ぎて、他人に迷惑を掛けることに何ら心痛が無い』ことも一因だと考えられますが、周り(他人)の話をキチンと聞いていないことや、自分の予定さえも他人の責任として理解していない・覚えていない場面が度々おこっています。逆に、近々の２週間から１か月の予定が頭に入っていて、確認すると即答してくれたり、何んにも言わなくても、テストや行事予定日から逆算して準備してくれる生徒がいます。それができる生徒は比較的学力の高い生徒が多いです。と言うことは、前記のように予定や義務が頭に入っていない生徒は、・・・・・ということですかね。考えてみればそうでしょう。他人の話をキチンと聞かない。内容を理解して飲み込んでいない。覚えていない。シュミレーションできない。何でも人のせいにする。困ったら何でも「母さ〜〜ん」で解決。そりゃあ、その結果以外はおこりませんよね。常から、学力不振生徒の原因をお話ししていますが、色々がそれと合致しています。何故、この生徒たちはスケジュールを理解せず・覚えず、「放っといて」「迷惑かけても気にせず」行き当たりばったりの生活を続けているのでしょうか。私が長年の塾活動の中で経験した事例から分析するに、生徒たちはそれでも何とかなったからです。学校では、行事予定を事前に知らせ、印刷物で配布し、更に前日には再度声掛けまでします。声掛けをせずに生徒が忘れていると、生徒の保護者からクレームが入るそうです。「そんなん覚えているわけ無いでしょ。子ども相手に！」という感じらしいです。塾でも同じ(本当はもっとヒドイです。何故なら『私はお金払ってるお客様』の意識が根底にあるため)です。生徒が忘れていて来なかった時に、生徒からではなく、保護者から電話があります。「〇〇があったのを忘れていたようなんです」とか「「呑気なんですよ。家の子」とか「何とかなりませんかねぇ」とかです。何でそうなったかと言えば、それを生徒にやらせずに、恥を掻かせずに、責任を取らせずに、何でも大人の力で【知らない内に、何とかしてやった】結果だと思います。やらせて苦労させて失敗をさせて責任を取らせないと誰でも覚えませんよね。「二度と嫌だ」と思ったら、自覚も意識もしますよね。やらせていない人ほど「私が居ないと何〜にも出来ないんだから・・・」と言われます。都はるみと岡千秋の「浪速恋しぐれ」なんて、現実にはおこらないですよね。</description>
      <pubDate>Mon, 08 Jan 2024 15:50:23 +0000</pubDate>
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      <title>「やってるもん！」･･･「本当に？」20240105</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155482/</link>
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      <description>指示されたこと命令されたこと周りの皆んながやっていて必要なことやらなければ達成できないこと直ぐには結果や形に見えないけれど、やらなければいけない事「やる」とか「やらされる」とか「嫌だけどやらなきゃ」と、毎日生活していると、色んな場面や対象に【やる】ことは無限にありますよね。それを実行している途中を「やっている」って言いますし、終わったことを「やった」と言います。問題はここからです。何をどれくらいどこまでやったら「やった」ことになるのでしょうか？誰かに見ていて決めてもらえば楽なのですが、それも中々叶いません。スポーツジムや水泳や陸上トラックのように、回数や基準があれば数えられますが、回数で確認できない「やる」ことはどうやって判断しますか？ほとんどの「必要な事」は『必要なだけ』やれば『必要な結果』が得られるはずなんですが・・・。求めるゴールに到達できなかった時、「次はどうすれば？」とか「どこが違ってる？」と直ぐに更に確認してきたり、質問してくれる人は、短時間で目指していた結果を手に入れています。他方、結果が出ていなかったり、求められた状態になっていない人に「足りてないよ」とか「間違っているよ」と指摘した時の反応は何故か大体同じパターンです。「やってるもん」「できてるもん」「そんなことないもん」「私は分かってるもん」「私は・・・・・・」と自分に【自身】を持っています。でも、それは【誤解】【勘違い】です。やっていないから指摘されたのですやっていないから望む結果が出ないのです出来ていないから現状の実力なのですやっていないから、子どもが・・・間違っているから、子どもが・・・足りていないから、子どもが・・・「・・・つもり」「・・・はず」「だって・・・」の割合がスゴく多いと思います。なのに「自由だ」「平等だ」「権利だ」の言葉が前面に出てくるのです。これは子どもも大人も同じです。いつも思います。人間力ってなんでしょうね？</description>
      <pubDate>Fri, 05 Jan 2024 21:07:40 +0000</pubDate>
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      <title>結果を求められたから・・・20240101</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155452/</link>
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      <description>塾に通われる目的は大きく分けて２通りあると思います。一つ目は、成績優秀だが、さらに上のレベルや上の学校を目指したい生徒・保護者。二つ目は、成績不振なので、原因を追究し、改善ポイントを明確にし、最初に目標設定した実力・学力・進学先まで引き上げて欲しい生徒・保護者だと思います。長く通ってくれている生徒は、途中で何度か保護者面談や生徒との現状分析と目標の設定し直しを行ないますが、入塾間もない生徒とはそれができていません。入塾時に現状分析を行ない、目標までの距離を明確にし、それを修正する方法と距離を埋める方法と量を明確にお伝えし、必ずそれに従って頂くことを納得して頂いた上で入塾を決めて頂いています。当然、機械や物ではありませんので、スピードや結果が予想・予定通りにいかないこともあります。途中途中で現況や生徒の行動の報告や相談が出来ていればよいのですが、タイミングが悪く、報告や相談が出来ていない場合もあります。予定通りに生徒が頑張ってくれて、ご家庭でも声掛けなどでご協力頂けて予定通りに変化できたら万々歳です。もちろん、予定以上に頑張ってくれて、期限より随分早く目標に到達した場合には、新たな目標設定をするのか確認面談をしますが、現状通りなんて無く、ほとんどの場合は新目標を設定します。困るのは、期限は迫っているのに少しだけ目標に届きそうにない場合と、生徒が指示通りに行動してくれなくて、ご家庭でもご協力頂けず、ほとんど変化が見えない場合です。の場合は、新しく「もっともっと」の行動指標を示すか、目標設定の変更をするのか話し合いを行ないますが、ほとんどの場合、「もっともっと」の結論に至ります。困るのは、頑張れば何とかなりそうなのに、最近増加傾向にある「繊細ちゃん」が「もうダメかも」「私には無理」と先に先に負けて待っている場合。さらに、それを私たちには内緒で、家庭内だけで「じゃあ、もう良いか。ダメもとで良いからやれるところまでやってごらん」と結論付けられている場合です。私たちは聞かされていないので、以前以上に「頑張れ頑張れ」と発破を掛けてしまいます。繊細ちゃんは耐えられなくなって折れるか折れる一歩手前です。結局私たちが「生徒を分かってやらない」として叱られて終わりです。の場合は簡単(最苦労)です。スタート時に決めた期限や目標は決して修正がありません。しかし、生徒は指示や指導をことごとく無視するか、自分の好みのやり方や量に勝手に変更して、予定に従ってくれません。当然実力が予定通りに上昇しないので何度か保護者とも話し合いをしてご協力をお願いします。ご家庭でご協力頂けているのに生徒が無視しているのか、ご家庭も何も変わらず生徒も何も変わらずなのか分かりませんが(本当は少しは分かってます。それは・・・言えません)やっぱりその後も同じです。目標は変わらないのに期限は迫ってくるので、生徒への対応や量は厳しくなります。すると、「家の子を分かってくれない」とか「家の子に合わせて、簡単な所を何度もやってくれるんじゃないの？」とか「家の子、厳し過ぎるから嫌だって言うんです」と、退塾になったら私たち泣くしかないですよ。態度や協力が無くて、成績が上がらない生徒の受験が近づいて保護者とお話しした時、言われて一番落胆するのが「目標は、聞かれたから一応言ってみただけ。無理なら無理で、別に最初から〇〇校でも良いかなと思っていた。言ってみて叶ったら儲けかと思っていた(アメ横の値切りか？)」と、『そりゃあ、ご協力頂けないわなぁ』と納得と言うか、落胆というか、腹も立たないくらいの・・・・・・です。私たちは結果を求められたら【全力で】応えようとしています。どこかの「教えたけど生徒が従ってくれないから知らない」って気楽に放置している塾とは違います。だからこそ、私たちにも、もっと親子の決定事項の連絡を下さいませんか？知らされて無ければ、以前の情報を信じています。すると、嫌われるんです。これも、私たちの努力不足ですか？それを言われるとちょっと耐えられないかも・・・。</description>
      <pubDate>Mon, 01 Jan 2024 22:02:56 +0000</pubDate>
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      <title>挨拶は必要ない？20240101</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155447/</link>
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      <description>先日、近所の同年配のおじさんと話していて、「ええ年したおじさんが、年末年始の挨拶ひとつまともにできない。それを指摘すると「パワハラだ」と反論するとのことでした。我が教室では、入室時、退室時に挨拶することを求めています。当り前のことですが、黙って「のそ〜〜っと」入って「のそ〜〜っと」出るなんて、空き巣の様ではありませんか。特に、年末の最終授業の時には命令して担当の先生に「年末の挨拶と『よいお年を』」を強制しています。こんな基本的なことを「初めて言われた」と言う生徒が居ます。ご家庭では挨拶の習慣が無いのでしょうか？昔、「別に他人に気を使って頭を下げる必要は無い」とか「知らない人と話すな」を主張された方が居られました。塾の先生ですよ。知らない人ですか？気を使えって言ってません。人として最低限の「礼儀」と「ケジメ」を覚えろって言ってるんです。家庭でも喋らず動作だけで食事も帰宅も出発もアクションされているのですか？「分かるか」「理解できるか」は別として、動物園の飼育員の方々でも、担当の動物たちに声掛けをしておられます。一般の家庭では無音でゴソゴソ生活されているのですか？「家の子、まだ小さいから･･･」と言われる方も居られます。小さいからこそ「恥ずかしい」も「照れ」も無く出来るのではないですか？教えず、やらせず『その内できる』『大きくなったら…』を言うから、標記の「非常識なおじさん」になってしまうのでは・・・？叱らない・注意しない・我慢させない・何でも許すような社会を【良】とする風潮がありますが、今後の社会では、もっともっと求められる「社会性」や「コミュニケーション能力」をそんなに軽んじておいて、社会が悪い・周りが悪い・家の子を分かってくれなんて考えだから、段々とこの国が・・・。私が天下国家を語る資格や立場には無かったですね。失礼しました。</description>
      <pubDate>Mon, 01 Jan 2024 17:03:15 +0000</pubDate>
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      <title>どれくらいから「私はできている」って20240101</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155445/</link>
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      <description>「私はやっている」「私はできている」と自分に自信たっぷりな人を見ます。時には「私は完璧」と何を根拠に誰に確認したのかと思うような言葉を言われる人も居られます。必要だったり求められるものが10だとして、８くらいやったら「私はやった」「私はできた」と満足どころか周りに自慢までしている人が居ます。逆に10や11では不安そうにして12くらいまでやらないと満足しない人がいます。これは、子どもでも大人でも同様です。勉強でも仕事でも、近年話題の町内会の役員の仕事でも同じです。よくよく見ていると、８の人たちは他人(周り)のことを見ていないですし、確認をしないですし、自分の感情優先の人が多いです。「これで良い」「これくらいで充分」「皆んな何かこんな感じだった」と人の話を聞かないし、注意や指摘を受けようもんなら「うるさいなぁ」「だまれ」「分かっとる」「人それぞれ」「しつこい」と暴言迄吐く人まで居ます。一方。12の人は、他人(周り)をよく見ていますし、アドバイスや確認をすごく大切にします。心配性なのか自信が無いのか自分が安心したいがために「もっと･･･もっと･･･」と完全を求めます。他人の説明や話をしっかり聞きますし、理由や根拠を確認します。自分が納得するまで徹底的に繰り返します。ある意味、間違いや忘れや不足は起こりません。さぁ、あなたはどちらですか？今、流行りの「人それぞれ」「多様性」「個性」を主張することが先進的と言われる世の中ですから、判定はできませんが、家庭で大人がやっていたら、子どもも「それが普通」になって、同様の価値観を持ちますよね。ブレーキが掛からないんだから、エスカレートしますよね。そこで、私たちのような立場の人間から「指摘」されたり「改善」を言われると【感情を害された】のですから無茶苦茶立腹です。無茶苦茶反撃・攻撃です。間違いや不足は他人(周り)じゃないと見えません。分かりません。勉強も同じです。間違いや不足を放置し続けたから年々実力に差がついて、高卒時に大きな違いとしてみえるのです。それを学校や塾の「せい」にされても・・・、行政の対応の「せい」にされても・・・。【迷惑】ですよね。そのまま大人になっても同じです。仕事で間違いや不足があっても、「自分は間違っていない」とか「私はできている」とかで改善されなければ、会社にも同僚にもお客様にも【迷惑】が掛かっていますよね。さぁ、改めて確認です。「私はできている」「私は知っている」「これくらいで良い」はどれ位の割合から口にしても良いのでしょうね。やっぱり「偏差値」のような分かり易い基準があると良いですね。</description>
      <pubDate>Mon, 01 Jan 2024 15:22:21 +0000</pubDate>
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      <title>謹賀新年！20240101</title>
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      <description>明けましておめでとうございます。今年も引き続き宜しくお願い申し上げます。新しい年(歳神様)をお迎えし、めでたさと期待を胸に浮かれています。「新年、明けましておめでとうございます」って挨拶をすると、「明けまして」と「新年」が重ね言葉になるからダメって言われますが、最近は、何が起こったから目出度くてお祝いをしているのかはどうでもよくて、雰囲気だけで騒いでいる人が多いですね。ハロウィーンなんて典型で、何で騒いでいるんだろうと思うくらいですから、重ね言葉で「ヤイヤイ」言わないようにしています。初詣に行っても、神様にお礼とお願いをすることが私なんかは目的ですが、夜中に神社に行って、イカ焼きやロングフランクを食べてスマホで会話をすることが目的になっている若者をたくさん見ました。時代の流れかも知れませんが、直接、私に関りが無い人にまでチョッカイをだすようなことはしません。(誰にでも文句ばっかり言ってる人って言われますが･･･)「ふ〜〜ん」と見て通り過ぎます。と、周りをすごく観察して「人の振り見て我が振り直せ」を意識して生きてます。新年早々、こんな悪態を衝いてるから、やっぱり「変わり者」とか「変な奴」って言われるのかなぁ？でも、社会に興味が無くなって、自分の損得ばかりで生きている人が激増しているからこんな「我がまま」や「バレなければ」の社会になったのでしょう。やっぱり間違いは間違いだと指摘して差し上げることが『年寄り』の仕事だと思っていますので、今年も頑張って【耳障りの悪い話】をしっかりと書いていきたいと思っています。何卒、お付き合いください。</description>
      <pubDate>Mon, 01 Jan 2024 13:37:31 +0000</pubDate>
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      <title>今年もお世話になりました20231231</title>
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      <description>12月31日です。授業が12月29日までありましたので、昨日と今日でバタバタと年末年始の雑用をしています。歳相応に親戚・近所のお付き合いや対応もありますので余計バタバタです。仕事の方は、私はあまり変わっていない「つもり」なんですが、周りの社会風潮や生徒たちが大きく極端に忙しく変化をしていますので、今までより余計に「頭おかしい」とか「非常識に厳しい」とか「失礼な･･･」を言われていますが、流行の「機嫌取り」や「黙って放っとけば金になる」や「生徒の結果より目先の見た目」に絶対に迎合しない気持ちで「古臭い」を続けています。お母様方の意識や求めるものもかなり変化していまして、「言わなきゃ損」から始まって、「私はやってる」「私は間違ってない」「聞けば習えば行かせれば･･･」「別に勉強が全てでは･･･」は昔に比べて多数派になってますし、「家の子は・・・」を言われる割には「我が子を分かって無い」お母様が増えていることも実感しています。こんな事を平気で言うから嫌われるんですかね。正しいことをキチンと主張すると殺されるんですかね。私は「ガリレオ・ガリレイ」ですか？ガハハハハハハ。な〜〜〜んて無茶苦茶わがままな意見を平気で言うから世間の風潮と乖離しているんですかね。でも、損得よりも、生徒が求めてくれるなら、可能な限り無料でも何とかしてあげたい元々の気持ちだけは変わって無いんですよ。なんて、年末の最後まで言いたい放題の人間ですが、来年も変わらずご愛顧を賜りますようにお願い申し上げます。今年も一年間ありがとうございました。良いお年をお迎えください。(深かぁ〜〜くペコリ)でもまだギリギリまで悪口は書くつもりですけどね。(テヘペロ)</description>
      <pubDate>Sun, 31 Dec 2023 10:56:18 +0000</pubDate>
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      <title>少々ええ(良い)じゃん！20231227</title>
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      <description>生徒たちと接していると度々(？)耳にする言葉が沢山あります。「ええ(良い)じゃん！少々！」「ちょっと位許してぇやぁ」「そんなに細かいことを言わんでも･･･」「何かこんな感じ」「多分こんな感じ」等々です。本当は、全部「褒められた言葉ではない」のですが、まあ『･･･こんな感じ』は今回は置いておきます。問題は『少々』『ちょっと位』『細かいこと』です。社会人になって、日常の生活の中では、我慢や妥協や効率が優先されますので許される言葉です。カレーの辛さやラーメンの麺の堅さ、洋服のサイズや化粧の濃淡など、個人の好みですし、その日の気分で「ご自由に！」ですよね。しかし、社会人でも業務としての「見積り」や「研究」「実験」「契約」「納期」「期限」等には使ってはいけない言葉ですよね。正確性と絶対性が必要な部分です。学校の勉強も同じです。用語やルールや公式に『何かこんな感じ』なんてありません。一文字でも違ったら『バツ』です。なのに子どもたちは「ええじゃん少々」って言います。「ダメだ」って言っても「ちょっと位、許してぇやぁ」と言います。どこまでが「少々」でどこからが「大々」になるのでしょうか。どこまでが「ちょっと」で何を越えたら「たくさん」になるのでしょうか。更にダメ出しをすると「今までの学校の先生は許してくれたのにぃ(ぷぅ)」となります。おそらく、この生徒は、日常の生活が「大体」で送れているのでしょう。何をしても何をしなくても「まぁ、少々は・・・」で許されているのではないかなと想像します。用語や定義は絶対です。一文字でも変わっていれば別物です。英単語にしてもそうです。一文字でも違っていれば『バツ』です。社会や理科も同様です。一文字でも違っていれば別物です。そこを意識せずに何となく受け流す習慣を続けていては、上がるものも上がりません。日常生活の中にもたくさんあります。ルールや決まりは絶対です。自分流にアレンジして使ってはダメです。家庭内のルールも同じです。「学校から帰ったら手洗いうがい、着替えをして即宿題」って決めたとしましょう。何故、小学高学年や中学になると、宿題よりもスマホが優先になるのでしょう。こんな生徒たちが「ええじゃん、少々」って言って成績下降していきます。「学校や社会で生徒を・・・」と色々スローガンはありますが、現実には無理です。下手に強制するとマスコミの餌食です。これらの躾の部分は家庭でしかできません。「私だって仕事があるの。専業で見てられない」と言われることもあります。当然です。近年「専業主婦(夫)」なんて少数派です。だから、話し合って【家庭内ルール】を作る必要があるのです。その時その時の親の状態で「許したり」「叱ったり」するから、上手にごまかすことが上達するのです。家庭内ルールは絶対です。当然違反者には『罰』があります。これは大人も子供も平等が良いですね。</description>
      <pubDate>Wed, 27 Dec 2023 21:00:35 +0000</pubDate>
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      <title>子どもに聞いてみます！20231227</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155392/</link>
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      <description>保護者面談や入塾説明、生徒の要改善の報告をしていると、度々耳にするセリフです。「一方的な塾の言い分を全ては信じず、両者の言い分を確認する」「通うのは子どもだし、やるのも子どもだから、本人の意思ややる気を確認」「家の子、クラブやスポーツが『楽しい』って頑張ってるから忙しいのよ。運動は大切でしょ」「親が勝手にレールを敷いて走らせるのではなく、本人の自主性を尊重する」「親が勝手に申し込んでも、子どもがやらなかったら無駄だから聞いてみる」「塾の指示や要求が、我が子のやり方や感情と合っていないかを確認する」保護者に確認すると、上記のような理由・言い分があるようです。素晴らしいです。子どもの気持ちを分かってやって、子どもの意志を尊重する子育ての鑑です。ただし、それで生徒に結果が出ているのなら、最高のお手本です。残念なことに、結果が芳しくない生徒の保護者『ほど』上記のセリフを言われます。私たちは毎週・数回生徒と接しています。今までもたくさんの生徒の行動と結果を見てきました。その経験を基に自習・テスト・講習会参加・作文添削等を提案しています。この生徒が現状になった不足点を補う目的で提案しています。どこぞの「儲け主義」の塾のように、余分にお金儲けがしたくて提案している訳ではありません。家庭で一人で、もしくは集合授業の中で、学習時間の不足改善や規則的な学習方法習慣を自ら一人で実行出来ているのなら提案しません。試験的に短期間だけでも私たちの「目の届く所に居させて」キチンと指導したいのです。「学校のテストでは平均点だから普通」とか「通知表は３だから普通」って言われていますが、受験ではそれは通用しません。世間一般の学力があってこその『普通』なのです。文章読解力や記述力・要約力が無いので、文章題や作文添削をお勧めすると「家の子、そういうの嫌がるんです」と言われます。嫌がってやらずにきたから国語だけに限らず、英語も数学も理科も社会も出来ないのに、保護者とすれば「子どもの意志を汲んでやった」とご満足なんでしょうか？夏期や春期の講習会を提案すると(我が教室は強制はしません)、「家の子に聞いたら、宿題があるし、家で勉強するから通常だけで良いって言ってます」って言われますが、今までも家で宿題はやってたんでしょう？【分かる】【覚える】【使える】ことよりも、取り合えず宿題のペーパーを埋める・終わらせることだけしかしなかったから今の実力なのです。講習と自習スペースを上手く活用して、早急に復習と学習姿勢の修正をしないと近々に苦労が待っています。「嫌い」「面倒臭い」「これで良い」「今までこれで･･･」と自分の感情と好みだけで間違った勉強方法をやってきたから今の実力なんです。それを「子どもに聞いてみます」なんて、又々子どもの意向や感情を聞いていたら、【嫌】って言うに決まってるじゃないですか？子どもの間違いを正してあげるように話して聞かせるのが『親の仕事』じゃないんですか？子どもの現状と将来を考えて、ある程度道案内をしてあげるのも『親の仕事』じゃないんですか？成績の良い生徒の家庭では、度々話し合いやバトルがあるって聞きますけどね。それとも「私は何でも子どもの気持ちを分かってあげる良い親」「私は子どもを尊重して強制しない良い親」を目指されているのですか？もっと悪口っぽく言うと、「子どもと揉めるのが面倒くさいから、子どものせいにして放っとけば良い」「私が悪いんじゃない。この子の責任」と思われてはないですよね。………………まさか!?!?!?!?</description>
      <pubDate>Wed, 27 Dec 2023 14:03:23 +0000</pubDate>
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      <title>もう、勉強は終わったの〜？20231219</title>
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      <description>「もう、勉強は終わったの？」「終わったのならゲームしても良いわ」保護者から、よくよ〜く耳にするセリフです。「終わった･･･」って何ですか？何がどうなったら終わったことなんですか？当然、生徒も「もう、勉強終わったも〜ん」とか「え〜ぇっ、勉強終わったのに、ま〜だするの？」と、「プリントを埋めた」とか「宿題は書いた」で【完璧】のように主張します。子育てや教育に熱心なお母様方には『釈迦に説法』かもしれませんが、再度申し上げます。【勉強は作業ではありません】【勉強に終わりはありません】日常の勉強は、素直にキチンと「聞く」ことは当然として、内容や使い方、どんな場面で使えて注意することは何か、など単元の主旨を理解し、演習を繰り返してどの方向からの問いにも対応できるようになって、それまでに分かったことを暗記できて終了です。それを、「学校の先生がこう言ってた」とか「学校ではこれで怒られない」とか「家の子はチャンと宿題してるのにテストの点数が上がらない」とか「先生の教え方が･･･」なんて言ってるから学年が上がれば上がるほど成績が下降するのです。中学になっても、小学校の時の分数のルールや割合の計算、比例や角度の単元を理解出来ていないために、文字式や比例・反比例、分数の方程式、図形や証明をいくら学校で丁寧に説明しても分かる訳がありません。英語でも同じです。基本の６文型が分かっていない生徒に、三単現や進行形、受動態や完了形をいくら丁寧に説明しても分かる訳がありません。そのまま「今まではこれで何とかなった」と小学・中学の授業で、「聞いた」「ノートを書いた」「宿題は出した」と作業だけで理解もせず、黒板に書かれた問題しかテストに出ない勉強方法を変えずに高校に進学して、ガタガタに成績下降した生徒を何人も見てきました。素直じゃ無い生徒は、何度注意しても【自分のやり方】に過大な自信があるので【無視】を続けます。その保護者も「家の子はチャンとやってるって言ってます」って受け入れて頂けませんし、「これが、この子の運命なんです」って訳の分からない言葉まで言われます。結論を申しますと、勉強は作業ではありません。更に、現状の地元小・中学校の授業を聞いたり宿題をしただけでは『勉強した』ことになっていません。日常の意識ややり方を変えずに、さらに塾に来て「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」「行かせれば」なんて無理ですよね。現状の小・中学の生徒なら、毎日の家庭学習は、学校の授業時間の半分以上を目標にしたいですね。当然、高校生なら宿題以外で最低でも4〜5時間の家庭学習が目標です(平日はクラブで無理なら土日に借金を返して下さい)。もちろん、作業だけはいくらやってもダメですよ。頭が動いて考えていないと・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 19 Dec 2023 14:17:59 +0000</pubDate>
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      <title>指導方法が悪いって言われても、実績が･･･20231216</title>
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      <description>成績不振の生徒や、日常の勉強方法を間違えている生徒や、時には「人として･･･」の生徒たちにも毎日たくさん接しています。そんな生徒たちには、絶対に放置せず、具体的に注意や訂正指示や行動指示をしています。今まで、そんなことを言われたことが無いのか、最初は嫌そうな顔をしたり、平気で無視したりの生徒が多いです。もちろん、ほとんど注意的なことは必要なく、知識やテクニックだけを話していれば、乾いたスポンジの様に全部吸収してくれる生徒もたくさんいます。ですが、何度注意しても、何度指示しても、何にも変わらず無視したり、スルーしたりで変化をしない生徒が居ることも事実です。こちらも「人の子」、無視が続けばイライラもします。段々口調が厳しくなることも事実です。続けて注意・指導を続けていると保護者から来訪やお電話を頂きます。「家の子、言われた事をチャンとやってるのに先生が怒るって言うんです」「家の子、マイペースなので許してやって下さい」「家の子、私のやり方を分かってくれないから、塾が嫌だって言うんです」「家の子、塾が厳し過ぎるから嫌だって言うんです」って内容です。塾にとって最悪の内容もあります。「家の子、塾の日になると、お腹が痛くなるんです。合わないのかなぁと思っています」「『個別』って言うから家の子に合わせて優しくしてくれるんじゃないのですか？」「家の子を分かって認めて、成績を上げてくれるんじゃないんですか？」「もう良いです。家の子に合わせて教えてくれるって言うから入ったのに、止めます」ってのもあります。意味が分からないのが、「受験生になりましたので、こんな無名の塾じゃなく、有名な〇〇進学塾に変わります」「ここのレベルじゃ成績が上がらないので、家の子の志望校に合わせた◇◇予備校に変わります」この様な【ご意見(理不尽なクレームとも取れますが･･･)】を頂いた生徒のその後を聞くと(同級の生徒から情報が入ります)、大抵が成績不振のままか、「やっぱりね」の進学をしています。変わらず、やらず、機嫌だけとって成績が上がるなら、日本中の生徒が皆んなそこに行って東京大学を目指せますよね。素直に聞いて、変わって、頑張ったら成績アップに決まってます。事実、我慢と苦労で成績アップして、志望進路を手に入れた生徒は沢山います。高校進学なら、地域で「難関」と呼ばれる高校に70％以上の生徒が合格しています。「お前なんか、行ける高校は無い」って言われてた生徒でも、耐え抜いて地域の中堅高校に入っています。偏差値の高低を言わなければ、最後まで耐えてくれた生徒は99％第一志望校に合格しています。そのまま耐え抜いて、続けて通塾し、大学受験で国公立大学を手に入れた生徒は約４割。誰でも「あ〜、知ってる」って言われる難関・中堅私立大まで合わせると、約６割の生徒が結果を出してくれています。当然と言えば当然です。正しい勉強方法ができている生徒に必要なのは、今以上の知識だけです。少し間違っている生徒には、勉強方法の微修正と今までの取りこぼしの単元の補充です。学習意識と学習姿勢を根本から間違って成績不振になっている生徒には、勉強の知識の前に、日常の生活・行動を分かってもらうしかありません。ですが、根本を間違っている生徒や保護者ほど沢山のお叱りと悪口に該当する口コミを頂戴します。「言えば･･･」「行かせれば･･･」「教えてもらえば･･･」と言われる保護者様。それだけで成績上昇した生徒をどれくらい見てこられたのですか？もしかして、あなた様がそれで成績上昇を手に入れられたのですか？再度お尋ねします。結果より「機嫌を取って」通わせて、「気分良く月謝を払う」塾をご希望ですか？将来にまで役に立つ学習姿勢や学習方法を身に付けて、結果を手に入れる塾をご希望ですか？私たちは【頑張った生徒】には、可能な限り【希望の結果】を手にして欲しいのです！！</description>
      <pubDate>Sat, 16 Dec 2023 15:13:19 +0000</pubDate>
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      <title>お叱りを頂きました(涙)20231207</title>
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      <description>最近の「ひとりごと」は『お母さんばかり責めている』『お母さんを敵視している』『全部、お母さんのせいにしている』との感想(クレーム？)頂きました。そのように感じられたのならお詫びします。私の文章力と表現用語が未熟なため、真意が上手く伝わらなかったと反省します。私の気持ちとしては、子どもに対して、考えられて正しい対応や態度をとられているご家庭では、現状で生徒の理想の結果が見えていますし、将来(中学・高校での成績)もほとんど心配なく上昇してくれるだろうと思われるので、指摘することも無く話題に載せていないのが現状です。その上、このような対応をされている保護者たちは、たまたま「これはこうされたら･･･？」と軽くアドバイスをすると「えっ、そうなんですか？分かりました。子どもと話し合ってみます」と、直ぐに素直に聞いて頂けて参考として利用頂けます。一方、成績不振生徒、中々上昇しない・できない生徒、今は何とかなっているけれど、今後の苦労が予想できる(指導歴約20年の経験からです)生徒をよくよく観察し、色々質問してみると、家庭での保護者の対応に「？？？？？」や「×、ダメ、ムリ、そりゃぁ」の対応・行動が見えてきます。その上、我が教室の大きな目標として「求められたゴールに確実に到達させてあげたい」「最後には、生徒一人でも勉強していける実力を付けてあげたい」と思い、考えや行動に問題があれば、急ぎ修正し、キチンと行動できているかを確認してあげるところまでを仕事と考えています。指示・指摘・注意・アドバイスをすると「そんなことありません」「失礼な」「家の子は･･･」「優しく･･･」と激しいご意見を頂く保護者のお家の生徒は、往々にして「そんなことないもん」と口答えしたり不平不満が顔に出る場合が多いです。どんなにアドバイスをしたり注意をしても、無視したり、楽な違うやり方をしたり、行動ややり方を変えてくれない生徒のお家の保護者のことを色々生徒に聞いてみると、お家での保護者も「何となく･･･」とか「多分･･･」とか「これ位なら･･･」と対応や日常が生徒に似ていることが多いです。結果よりも、「行かせてる」「行ってる」「優しく」「行ってるからその内」や「家の子が･･･」の気持ちを満足させてくれてゴールに届かなくても【塾は教えた。結果は生徒の責任だから･･･】の塾が大人気で儲かっている塾っていうのは時代の求めなんでしょうか？【まぁ、私は行かせた】【家の子は頑張った、結果は運命、しょうがない】で満足されているのも時代の求めなんでしょうか？勉強する力は一時のものではありません。目先の受験やテストだけを通過する力ではありません。これからの人生で、ずぅ〜っと必要な力なのです。子育てと同じですかね。「母親が悪い」とか「母親の全責任」が言いたいのではありません。間違いや勘違い行動をしている生徒の多くの場合に見える保護者様の勘違い行動の例を紹介しているのです。『他人の振り見て我が振り直せ』の参考にして頂きたいのです。逆に考えれば【親の振り見て子の振り決まる】です。謙虚に自信を持って【子どもに親の背中を見せつけて】やったらいかがでしょうか？こんな事を書くと「またまた偉そうに･･･」と更にお叱りを頂くのでしょうかね？重ねて、ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Thu, 07 Dec 2023 12:02:12 +0000</pubDate>
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      <title>他人(ひと)の話を聞かない20231203</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155123/</link>
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      <description>勉強の基本や、成長の基本は簡単です。基本の基本は２つです。それは「他人の話をキチンと(正確に)聞く」と「素直に受け入れて実行する」です。近年の「学校の先生の教え方が･･･」を主張して成績が伸びない生徒の様子をよく見てみると、他人の話を聞いていません。「何かこんな感じ」「多分、こんな感じ」「よう分からんけど、多分こうしとけば･･･」と、叱られないし罰が無いことをいいことに「思い込み」と「適当」でしか聞いていません。もっとヒドイ生徒になると、用語やルールや公式を「面倒臭い」とか「その内･･･」と、『聞かない』どころか、分かろうとも「何だろうな？」と考えようともせず【放っといても罰は無いから･･･】と放置し続ける習慣になってしまっています。そりゃあ、勉強ができる訳がありませんよね。大昔から「学ぶ」とは、「他人が決めたルール」を「他人から説明してもらって」それを聞いて理解して覚えてその通りに実行してきました。前記生徒たちに言わせると「聞いてる」「やってる」って言いますが、前述の様に「何かこんな感じ」と適当に聞き流す習慣になってしまってますので分かる訳も無く、万が一覚えても正確では無く、「放っとく」ことが当り前になっているので確実に実行できないのに「私はやってるのに分かってくれない」となる訳です。それは大人も同じです。成績不振生徒の保護者に「この生徒の問題点は〇〇ですよ」とアドバイスすると、『そんなことは無い』『失礼な』『もっと家の子のことを分かってやって下さい』と即答のようにお叱りを頂きます。私が正しいか間違っているかは別として、私の話をキチンとは聞いて頂けません。その上「だから塾にお願いするんです」「教えて貰えば、家の子はやってくれるはずです」と言われます。聞いて無くて分かって無い人が、言われた様に行動できますか？じゃあ、その保護者は、ご自分の学生時代に「聞かずに」「分からずに」「覚えずに」「素直に行動せずに」とも、塾や家庭教師を利用しさえすれば簡単に成績アップが実現できたのでしようか。羨ましい！自分や我が子を【悪く言われる】ことが、気分が良いはずがありません。そんなことは分かってます。誰だってそうです。私だってそうです。でも、目的や大願のためには大人でも子どもでも、今の自分の考えと違うことでも我慢して受け入れて、今までと違うことをしなければ何も違う結果は起こらないと思います。屁理屈や無視で今までと同じことをしていれば、当然何も変わらない今までと同じ結果の繰り返しです。近年、保護者の中で度々目にする方に「とにかく勝ちたいだけの人」が居られます。生徒の今後のことよりも、とにかく「今、自分が思った事を全部叶えたい」「自分の思ったことは全て認めて欲しい」「自分のことを全て評価して欲しい」と「ああ言えば･･･」「こう言えば･･･」と辻褄よりも理論よりも感情的に【勝ちたい方】です。いやいや、子どもの成長と未来のことですよ。自分の感情が優先ですか・・・・・・？間違っていたらごめんなさい。まさか、お家で子どもに対してもそのやり方を・・・・・・？そりゃあ、子どももそうすることが正しいと・・・・・・。釈迦に説法ですね。本当に失礼なことを言ってますね。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Sun, 03 Dec 2023 23:40:32 +0000</pubDate>
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      <title>何故、腹が立つの？20231128</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-155050/</link>
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      <description>私たちが教室で指導していると、「ぷぅ」とした顔で黙り込んで動かなくなる生徒が居ます。それを耳にされた保護者からお叱りの電話を頂いたり、面談でお母様に生徒への対応の微修正をお願いすると、突然不機嫌になられるお母様も居られます。最悪の経験は、「何ですか偉そうに！もう結構です。今日でやめさせます」と言われた方も居られました。私たちの目的は何でしょう？生徒や保護者を怒らせて、不機嫌にして追い出して仕事を減らして楽になることですか？絶対、違いますよね。現状と将来への問題点を見つけ出し、出来るだけ早めに修正できるようにアドバイスをすることですよね。じゃあ、何故生徒や保護者は腹を立てて反抗的な態度になるのでしょうか？「私は、やってる」「自分は、正しい」「家の子は、家ではやっている。出来ている」「学校ではこんなに高得点なのに模試では何で･･･？」「私の対応が悪いの？」「私の子育てが間違っているって言うの？」「人それぞれの考え方があるの！」その通りです。「私たちが全て正しい」「私たちは神だ」なんて言うつもりはありません。どこかの国のトップのように「煽てろ」「褒めろ」「崇めろ」なんてつもりは【これっぼっち】もありません。やっていて、正しくて、出来ていて、間違っていなければ、希望の結果になっているはずですから。成績優秀、自立・自己責任の生徒の保護者から、上記のお言葉を頂戴することはほとんどありませんから･･･。「思い通りに成績が伸びない」「何故だか成績が不振だ」の生徒の要望か、その保護者の「私ではどうにも出来ないから･･･」の『成績を上げてくれ』との要望に応えるために必要な【苦言】を嫌われるのを覚悟で正直に伝えているだけです。つまり、間違いに対して「間違っています」と伝えているだけなのです。学校だけなら無料なのに、塾や家庭教師や通信教育に多額のお金を支払われている目的はなんですか？生徒自身が日常から正しく頑張っていて、合格判定もＡが取れている生徒が、直前の確認と自分を安心させるための支払いは大切なお金の使い方だと思います。しかし、結果が出ていなくて学校でも成績不振、自分の感情とやり方は決して変えない、志望校レベルにもまだまだ遠く、学習のやり方と量を変える必要がある生徒ほど「有名受験塾(一斉タイプ)」や「決して叱らない・優しく優しく機嫌を取ってくれる塾」を好む傾向にあります。保護者も「家の子が通うのだから･･･」「子どもが選んだ塾が最良の塾」とか「あそこに行けば必ずやってくれるはず」と修正や改善とはならないタイプの塾を好まれる傾向にあります。自分のお金を自分の好みに使われるのは当然です。安さだけを求めず大好きな雰囲気を満喫したいから少しだけ高めのお店に行かれることも理解できます。しかし、子どもの教育費に使うお金もそれで良いのですか？「私は子どもが選んだ塾に行かせた優しい親」「私は子どもの為に、高いお金を払う為に頑張っている良い親」で良いのですか？教育費は目的や結果を叶えるために大人がしっかり考えて使うべきでは無いでしょうか？昔「一応塾」なんて言葉がありましたが、それを逆手にとって、結果や改善よりも、生徒や保護者の機嫌を取って、気分良く月謝を払い続けてもらうことを大目的にしている塾が増加していることも事実です。改めてお尋ねします。お金を頂いている塾は、何を目的にどうなるための行動をすべきなのでしょうか？改善のために必要な事実をお伝えすることが「ご立腹」の最大の原因になってしまってますか？じゃあ腹を立てている人の言い分を正しいとして、私たちが改善すれば生徒の成績が改善できますか？</description>
      <pubDate>Tue, 28 Nov 2023 12:33:43 +0000</pubDate>
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      <title>家の子はそこまでは･･･20231123</title>
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      <description>「家の子は、そこまでヒドくありません」「家の子は、そんなにレベルは低くありません」「家の子は、日本語には問題は無いと思います」「家の子は、普通の学力です」「家の子は、聞けば出来るようになります」「家の子は、塾に行けば、必ずやってくれます」こんなセリフや会話を言ったことや、聞いたことはありませんか？問い合わせ相談や、体験授業後の現状報告や、入塾確認相談や、入塾後１か月報告面談で、生徒の現状や学校の現実をお話しすると、「そこまで･･･」の生徒の保護者ほど上記のような『お言葉』を頂戴します。近年の多くの生徒たちを見ていると、教室近郊の小・中学校で【普通】と思われる生徒は、クラスで上位3〜5位の点数を取っています。もちろん【良く出来る】と思われる生徒はクラスで1〜2位。学年でもそれ位です。となると「平均点くらい」や「〇〇が苦手」「よく分からない」「段々点数が下がっている」の生徒は、すでに「そこまで･･･」の域に入り始めています。この「ひとりごと」で何度もお話ししていますが、現在の小・中学校で平均的な生徒は、すでに「そこまで･･･」の入り口なのです。では、クラスで下位とか不振と言われる生徒のレベルは如何ほどなんでしょうか？不安です。「学ぶ」とか「習う」とか「教わる」の基本は、読む・聞く・実行することです。読む・聞くは日本語力が基本です。用語が理解できなければ、学力は上がりません。当然「やる」「止める」「聞く」「言われたようにする」も日本語力の影響です。『言われたようにやるんよ』「うん、やってるよ」『家の子、やってるって言ってます』の会話。沢山沢山聞いてきました。溜息。もう一つは「素直」です。言われたようにやらないと上がりません。この【ように】が理解できるのも日本語力です。「やる」ってなんですか？「聞く」って？「覚える」って？何をどれくらい、どこまで、何をすればやってる事になるのですか？やってくれない生徒たちと会話してると、日本語が「？？？？」の場面にたくさん出会います。「家ではどんな感じですか？」ってお母様に確認すると、「大丈夫です。家では普通に会話出来てるので･･･」と言われます。よくよ〜く聞いてみると「やり！」「行き！」「来！」「食べ！」「風呂入り！」と、ほとんどが【号令】でした。これらは会話とは呼べません。こんなふうに言葉が分からない生徒が、学校や一斉塾に行っても･･･。増してや「何かこんな感じ」や「これ位で･･･」の生徒が学校や一斉塾に行っても･･･。ここまで会話や言葉の定義が分かってないのは、もっと早く、もっと小さいうちに分かっていたのではないですか？「その内」「いつか」「受験の前に塾でチョコチョコっと教えてもらえば･･･」と思われていたのなら、それは誰の責任でしょうか？更に言えば、言葉が分からない　＋　自己流　＋　我がまま　＋　甘え　＋　放置　の生徒ほど「やさしい」とか「怒らない」塾を好みます。そりゃあそうです。強制されずに今まで通りのやり方を許してもらえるのですから･･･。最も【楽】な対応です。何を求めて塾を選ばれますか？「とにかく行ってくれれば」　or　「確実に成績アップ」ですか？</description>
      <pubDate>Thu, 23 Nov 2023 19:13:55 +0000</pubDate>
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      <title>信用できる基準は･･･？　20231121</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154959/</link>
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      <description>「学校では中くらい」小学校の先生に「安心して下さい」って言われた「仲良しの〇〇ちゃんよりは点数が良い」「小学校のテストで、いつも80点以上」「中学校の定期テストで平均点位だから、〇〇高校(偏差50弱)は可能」「中学校の定期テストでいつも90点位だから、◇◇高校(偏差60)」は安心」面談の時に「〇〇さんの少し不安な部分は◇◇ですね。◎◎の教科の学習方法を検討し直すか、毎日、塾に自習に来るか、塾の授業数を増やすかの検討が必要ですね」とお話しすると、保護者から返ってくる返答の代表です。さらに、「私たちの時も、毎日学校に行ってるだけで普通の成績でしたよ」「私たちは、宿題をやっただけで、普通の実力になりましたよ」「テストの真ん中の50点より30点も高いんですよ。優秀です」「学校の授業を完璧に理解してるから90点取ってるんでしょ」「塾は、時間を増やして金儲けがしたいから上手いこと言って･･･」と、またまた理不尽な・・・。いつの話ですか〜？誰の情報ですか〜？現代の情報からみて違うから「違う」って言ってるんです。そんなに自信をお持ちなら、ご自身で生徒と向き合われた方が高い成果が得られるのではと考えてしまいます。何度も何度もお話ししていますが、現代の小学校と中学校は、テストの為の解説を毎日の授業で話しているような状況です。小学校のテストは「準拠」と言いながら、準拠ではなく、ズバリ「教科書まんま」のテストなのです、国語の長文なんて三分割してテストするくらいです。昨日今日の３日分の記憶があれば100点保証です。中学校も遥か昔の先生手作りのガリ版刷りテストなんて博物館級です。教科書・プリント・サブテキストに載っていて、学校で解説された問題しか出ません。普通に授業を聞いて普通におぼえておけば皆〜んな95点か100点です。人間ですから「忘れ」や「勘違い」を加味しても、80点を下回るなんて起こり得ません。つまり、本来の必要な理解が無くても「先生が何かこんなことを言ってた」「良ぅ分からんけど、こう書いとけば･･･」で85点や90点は取れてしまうのです。つまり、分かって無くてもノートを見て「何かこんな感じ」と覚えておくだけで、すごい成績が取れてしまうのです。この勉強方法や意識を修正せずに、万が一志望高校に入れても入学後直ぐに頭打ちの苦労を体感します。昔、昔〜〜し、こんなことがありました。「家の子、数学の応用問題が苦手らしいので、そこだけ教えてやって下さい」『模擬テストを見ると英語も分かってないですよ』「そんなことは無いです。学校では良い点数ですし、本人も自信を持っていますので･･･」『学校では点数取れてますが、文法の細部が分かってませんよ』「そんなことはありません。失礼な」そのまま、数か月が経って、受験の直前になって「家の子、数学は出来るようになったけど、英語の点数が下がり始めたので、来週から数学を止めて、英語を教えて志望校にお願いします」と言われました。『いや、そんなに急に言われても･･･。後２か月しか･･･。だから、春にお話ししたのに･･･』「何〜〜に、その言い方。偉そうに。いままであれ程月謝を払ってきたのに！」「もう良えわ。あそこの〇〇塾なら今からでも大丈夫って言われたから･･･」「今日でやめます」たしかに、私たちは「サービス業」です。しかし「黙って座れば直ぐにピタリと・・・」なんて水道修理のＣＭみたいなことは不可能なのです。現状を理解させ、不足を説明し、内容を理解させ、必要事項を覚えさせ、何度も応用問題を解かせて使えるようにしないとダメなのです。一朝一夕では無理なのです。だから、12年も16年も学校に行って繰り返すのです。今だに「来月のテストで点数を上げて志望校に･･･」なんて親御様がおられますが、現在の生徒の実力を測るのは、学校のテストや先生のお言葉ではないのです。本当の実力は模擬テストの偏差値しか信用できないのです。</description>
      <pubDate>Tue, 21 Nov 2023 16:22:33 +0000</pubDate>
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      <title>その保護者の対応では･･･20231113</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154860/</link>
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      <description>今回は、非常に非常に非常に失礼なものになりそうです。私が見ていて「これでは生徒は自立できないな」とか「このお母様の対応では、生徒は変われないな」と感じたり、本当にそうなってしまった例をお話しします。読後に立腹し、周りに当ったり塾にクレームを言わないと治まらない可能性の方は、この段階で読むのを止めて下さい。全て私が見たり言われたり経験した事例です。もちろん個人名は分からないと思います。では、始めます。「子どもに手を掛けてやった量と、愛情の量は比例する」と言われていたお母様。何でもかんでも手と口を出し過ぎて、中学・高校になった男子生徒は全てを舐め切って、親と話もしなくなって、反発の連続で不登校に。対応を塾に求められる結果に･･･。「あなたはママの宝物よ。あなたが居なくなったらママも死ぬわ」と言い続けられたお母様。幼児や幼稚園時に子どもを安心させるには良い対応でしょうが、小学高学年や中学になった生徒は、親を舐め切って「何をしても許してくれる」平気でウソを言って義務を放置するようになってしまいました。「私は、兄姉と同じように育てたのに、何でこの子だけこんなに勉強できないの？私は間違っていない。原因はこの子にある。私は知らない」と言われるお母様。仮に全く同じ対応をしたつもりでも兄弟姉妹が増えていたのです。少しだけ手が届かないことが増えてはずです。それに、上のお子さんと同じ様に下のお子さんにも適当に接していたのなら、やっぱり原因はお母様？お母様に従わずに自分で考えて動いていた上のお子様の自立がスゴイですね。「私は子どもの事を考えて、色んな塾を探してあげてるのに、何で成績が上がらないの？もういいわ」と入塾３か月で無理やり退塾を申し出られるお母様。やっと正しい勉強方法が身に付き、不足していた復習と自習が出来始め、私たちの指導に非常に素直に従えるようになってきました。『さあ、これから』という時の退塾です。目的も方法もご理解頂けなくて、『塾に入れれば直ぐに成績は･･･』なんて･･･。その後も塾を転々とされたと聞きました。被害者は生徒です。私は分かっている。私は出来ている。私の対応は正しい。私の判断は間違ったことがない。的な旨の言葉を度々言われていたお母様。少しだけお母様の対応を変えて頂くようにお話をしたら「もう良いです。今日でやめさせます。こんな塾無駄です」と後ろで止めておられたお父様や生徒本人の言葉を遮って出て行かれました。可哀そうに。生徒はお母様の顔色ばかり・・・。「クラブを頑張っているのだから、勉強勉強って言わないで下さい。私も学生時代にクラブを頑張って、こんなに立派な大人になりました」と言われるお父様・お母様。私たちに何を求めて入塾を？「本人にやる気が無いのなら、お金の無駄だ。止めさせろ！別に勉強なんてできなくても、俺もこんなにチャンとした大人になれた」と、お母様の反対を押し切って退塾を宣言されたお父様。やる気が出るのに何年も掛かってしまったら、その間の成績下降はどうやって取り戻すのですか？それで、生徒本人が、将来、なりたい職業が見つかった時に、本当にその職業を目指せるのですか？「塾にお願いして入塾したんだから、もう安心。これで私たちは何もしなくても塾が何とかしてくれる」と言われるお父様お母様。高々週に1〜2回塾に来ただけで「何が何とか･･･」でしょうか？学校での生活と家庭での勉強が何より大切です。ほとんどの時間を過ごすのは家庭です。私たちに出来るのは、アドバイスとポイントの説明だけです。他にも色々ありましたが、今回はこれくらいで・・・。「親が変われば子も変わる」「あの親の対応が変わらない限り･･･」です。本当に失礼致しました。</description>
      <pubDate>Mon, 13 Nov 2023 21:07:29 +0000</pubDate>
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      <title>優しい塾と叱る塾･･･20231112</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154853/</link>
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      <description>近年、「何をしても叱らない塾」「宿題を忘れても叱らない塾」「指示を守らなくても叱らない塾」等を総称して『優しい塾』と呼んで【大人気】です。成績不振の生徒たちに聞くと「優しい塾が良〜い」とか「楽な塾が良〜い」とやっぱり【大人気】です。そんな生徒たちのお母様にもお聞きすると「通うのは家の子だから、家の子の好きな塾や気に入った塾が最良の塾」と仰います。まあ家庭の方針ですし、月謝を払われるのですから、私なんかが口を挟むことでは無いですけど･･･。じゃあ、【優しい】って何ですか？どんな行為が【優しい】に該当しますか？何をしても許してくれること？何をしなくても許してくれること？何を求めても全て与えてもらえること？どんなことをしても叱られないこと？何でもかんでも褒めてくれること？嫌な事や面倒臭いことは強要しないこと？これって、近年の社会情勢や多くの学校で、ほとんど叶えて貰えていることですよね。もちろん、これですべての生徒に、社会性も学力も身に付くのだったら、こんな理想郷はありません。しかし、そんな理想郷の理想像のような生徒はドンドン少数派になり、近年の多くの生徒たちはコミュ力や学力に問題があることが顕在化してきました。「多様性」と呼ばれるものとは別次元の「我がまま」「我慢できない」「必要でもやらない」等の言動が顕著に見えて、【歳相応】の理解ができていないことから、学力の安定的な下降がおきています。それでも「家の子は違う」とか「家の子だけは大丈夫」とか「家の子は何とかなる」と言われる保護者が増加しているように感じるのは私だけですか？我が教室だけでしょうか？「家の子は塾に行けば･･･」「塾で習えば･･･」「塾で教えて貰えば･･･」「有名塾に行きさえすれば･･･」「進学塾で言って貰えば･･･」を口にする保護者や、それを信じて【優しい塾】を所望する生徒が増加しているように感じるのは私だけですか？我が教室だけでしょうか？もう一度確認します。【優しい】って何ですか？どんな行為が【優しい】に該当しますか？自分が向き合っている目の前の相手のために、嫌われようが嫌がられようが面倒臭がられようが、今やるべきことをやるように指示し、やらなかったり約束を守らなかったら注意してやる、叱ってやるをしてでも、目の前の相手の間違いや不足を補正する手伝いをしてあげることではないでしょうか？子ども達の将来の成りたい大人像への、手助けや近道を教えてあげることではないでしょうか？それって【親】以外に居ないですよね。私たち(他人)がしてあげられることなんて僅かです。つまり、何でもかんでも許す行為をする人は「目の前の人が完璧で、その人とだけ向き合ってる場合」か「目の前の人に興味が無い人」なのか「目の前の人がどうなろうとかまわないと思っている人」じゃないと、そんな行動は出来ないように思います。「私は子どもが大切です」とか「私は子どもを愛しています」と言われる方が増えていますが、それは子どもでは無く【私の大切な“物”】であり【私の愛する“物”】なのではないでしょうか？だって一般的に、子どもには【将来】があり、【目指すもの】があるはずです。親が居なくなってもそれは続いているはずです。「楽」して「嫌われなく」て「関わらなく」て「放っておいた」ことが『後悔』にならないことをお祈りします。</description>
      <pubDate>Sun, 12 Nov 2023 23:42:33 +0000</pubDate>
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      <title>性格？それとも日本語力？20231109</title>
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      <description>「先生の言うことをチャンと聞くんよ」「注意されたらチャンと守るんよ」「毎日、家で〇〇時間は復習するんよ」これらのセリフは日常、度々耳にします。これらのセリフを口にされた方も多いと思います。さ〜〜て、これらのセリフを生徒に言って、実行してくれた経験は何％ぐらいですか？直ぐに「はい」とか「分かった」って毎回言ってくれるとは思いますが、「分かった」ってなんでしょう？生徒は「チャンと聞いてる」って言いますが、「チャンと聞く」って何ですか？何をどこまでやればチャンと聞いてることになるのですか？また「分かった」って言いますけど、「何がどこまで理解できて、何をどこまで行動」できたら、『分かってるな』と認識できますか？もっと言うと「これをここまで読んで、理解したらこれをこうやって解いてきてね」と指示することがあります。翌週、それを見て愕然とします。本当にやって来てくれる確率はスゴク少なめです。本人はやった気満々です。ここまでお話しして、どう思われましたか？生徒に問題がありますか？私たちの指示に問題がありますか？もちろん、私たちが悪いなんて言いませんよぅ。だってこれを書いてるのは私なんだから・・・。但し、普段の会話から「この子、日本語が分かってないな」とか「普段、学校や家でどんなやり取りをしてるのかな」なんて場面に度々出会っています。別日に生徒やお母様に日常の様子を聞くと「早よ来！」「〇〇止め！」「早よ食べ！」「風呂入り！」等々だそうです。『ちゃんと家では会話が出来てますので、日本語は大丈夫です』と言われるお母様！これは会話ですか？これは【号令】【合図】じゃないですか？サーカスで見るやつですよね。そりゃあ「チャンとやり！」って指示しても、「チャンとやる」の日本語の定義や意味・内容が分かっていないので、出来る訳がないですよね。指示や要求をしたら、子どもの口から何を、いつまでに、どのようにやるのかを確認する方が良いですね。他に、こんな生徒が居ました。「進学したら、今までと違って、毎日〇〇時間は自宅学習をしないと、学校の授業についていけなくなるよ」と指示すると「はい」って返事をしてくれました。後日の授業で基本が「あれっ？」ってことがあり「ちゃんと家で〇〇時間やってる？」って聞くと、「はい」って言ってくれます。それからひと月後にさらに「？？？」が続出したので「本当に〇〇時間やってる？」って聞くと「はい」って返事です。おかしいなぁと感じて翌週「毎日、家で何時間勉強している？」って聞き方を変えてみると『△△時間です」と指示の２０％でした。これって、日本語の問題でしょうか？「スルー」「放っとく」の性格の問題でしょうか？と現場では、保護者の想像できない問題と闘っています。だから、よく言われる「塾に行けば」「聞けば」「習えば」「言ってもらえば家の子も･･･」は、この様なスタート前の問題を持っていない生徒に対してしか当てはまりませんね。辛い・・・涙</description>
      <pubDate>Thu, 09 Nov 2023 19:59:21 +0000</pubDate>
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      <title>これさえやれば成績は･･･20231109</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154818/</link>
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      <description>「東大生が教える！私はこうして東大に入った」とか「東大生の親がやった10の子育て！」とか「このノートで成績アップ！」とか「簡単に成績アップする〇〇学習法」とか「本番まで残り〇〇日。まだ間に合う！」とか受験生や成績不振生、その保護者にとっては、一瞬でこころを掴まれる言葉のＣＭや書籍がたくさん目に入ります。もちろん、結果が出た人が書いたり結果が出た人が作ったり、結果が出た人が起業されたのでしょうから、全てを”嘘”と言うつもりはありません。元々、標準以上の実力をキープしている生徒がやった「裏技」だから結果に結びついたのでしょう。物心ついた頃からず〜〜っと、保護者の管理の下、一度も成績下降を経験していないから出た結果でしょう。元々自分で考えて、好成績をキープしていた生徒が使っていた「ノートの取り方」をそのまま使って、誰でも効果が出るとは思えません。自宅で、独りでコツコツ正しい勉強をし、ほぼ志望校レベルの実力を有し、最後の確認が欲しい生徒や、最後の一押しが欲しい生徒なら、ほんの数週間で『間に合う』でしょうが、今まで『まともに勉強したことが無い』生徒や、学習習慣の付いてなく、偏差値で10も15も不足している生徒が数週間や数か月で、間に合う訳が無いですよね。じゃあ、何でこんな書籍やグッズやＣＭがまかり通るのかというと、「私は出来てる」「私は分かっている」「家の子はやってくれる筈」「お金さえ払えば、何とかなる」「失礼な！そんなことは無い」「私は間違ってない」なんて【きれい事】や【煽て】を欲しがったり、それを言う人を『良い人』とする風潮が蔓延しているからだと思います。もちろん、その結果、全体の平均や結果が下降傾向となり、ドーナツ化的な中間層のいない『１強９弱』状態に向かっています。今まで「正しい意識」で「正しいやり方」をせず「正しい量」だけやって来なかったのに、そんなに簡単に成績を上げられるのなら、日本中の受験生が皆んな、高校３年の夏までしっかり遊んで、そこから急にその『裏技』を使えば、皆〜〜んな東大生になれますね。「あそこの塾は厳し過ぎるから嫌だ」と子どもが嫌がるからといって「そう？あなたが通うのだから、あなたの気に入る塾に変わろうか？」と、子どもの言い分を全部過信して、転々とさせた親も同罪です。例えば、宿題をやってこない生徒を注意したら、誰が間違っていますか？何度注意しても公式や用語を覚えない生徒を注意したら、誰が間違っていますか？遅刻したり忘れ物が続く生徒を注意したら、全部塾が悪いですか？【こうすれば成績が上がる】という、ハウトゥー物が氾濫していますが、受け入れる全ての意識や条件が整っていないと無駄になります。それよりかは、私が嫌われながら、変人扱いされながら、クソジジイ扱いされながらでも何年も書き続けてきたこのブログの方がず〜〜っと実効性がありますよね。何故なら[B]【これさえ止めてもらえば･･･】【これさえ自覚してもらえば･･･】【これさえ我慢して実行してもらえば･･･】[/B]時間はマチマチですが、確実に成績上昇する方法を例を用いて書いているからです。(どんだけ自画自賛するんじゃ。恥ずかしく無いんか？)最悪のことを一つだけ書いておきます。自分は何も変わらず出来てるつもり、子どもにもキチンと話もせず注意もせず放任して、「そこに入れさえすれば家の子も･･･」と全てを他人のせいにしてしまう保護者。更に最後には「これがこの子の運命だったのよ」とか「勉強がすべてでは無い」と更に上から覆い被さって来られる方。もう、ここまでいくと無理かなぁ？</description>
      <pubDate>Thu, 09 Nov 2023 14:38:40 +0000</pubDate>
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      <title>学校のテストの点数は･･･20231104</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154758/</link>
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      <description>塾で指導していると、「小学校のテストでは良く出来るんです」とか、「小学校のテストではいつも褒められるんです」とか、「中学校のテストでは、いつも平均以上です」とか、「中学校のテストでは、いつも90点以上なので問題無いです」とか、「中学校のテストでは、いつもクラスの1〜2位なので、文法は分かっています」とか、いくら「違いますよ」と説明しても、何度も何度も私が責められてきました。小学校のテストは、「教科書準拠」では無く、「教科書のコピー」なのです。もっと分かり易く言うと、テストの解説と答えを毎日の授業でやっているのです。国語などの長文は、生徒にとっては長すぎるらしく、３分割にして３回テストをおこないます。つまり、2〜3日まえに聞いた解説や漢字を覚えていないなんて、すでに生徒の授業態度に問題はありませんか？その上、前回出題された問題や単元は二度と出題されませんので、理科・社会・漢字などは【忘れ放題】なのです。それで「家の子、８０点“も”取ってるんです」とか「大体いつも、９０以上なんです」なんて、成績不振の証明の分類です。小学校のテストなんて100点とって普通です。まぁ、人間ですから、勘違いや忘れで95点取ることもあるでしょうが、それも学期に1〜2回が限界です。60点なんかを取って来る児童は、学習姿勢かその他の何かを見直した方がよろしいかと･･･。次に中学校のテストです。超高レベル受験校でない限り、地元の私立公立中学校も小学校と大差無いです。地元中学の毎日の授業も、テストの解説と解答の説明のようです。問題も教科書とサブテキストと配布したプリントから95％出ます。初見の問題は、図形の向きが逆に向いているレベルの違いです。これで100点取れないのが不思議です。これで平均点が50数点と言うのだから「何が何だか」です。社会や理科は小学校と同じで、単元だけ予告された範囲限定のテストなので、いざ中３になって過去範囲全ての模擬試験を受けてビックリです。「私、社会は好き」って言ってた生徒が「もう、無理！」って突然セリフが変わります。さぁ、問題の英語です。教科書の本文を一行ごとに文法説明と日本語訳を聞きながらノートに書いていきます。テストでは『教科書そのまま』出るのですから、内容理解なんか殆ど必要ありません。『まるまる覚えておけば』ほぼ解けます。つまり、几帳面に覚えた生徒は満点に近い点数が取れます。それでも平均点が50点台なのは何故でしょう？この状況では「私は英語得意」とか「家の子、英語力がある」となってしまいますが、英文法の細かい理解が出来ていないので、学年が上がっていくと、ドンドン英語の点数が下がります。中３の模試を受けてビックリして慌てて習おうとしても、中々時間が足りません。細かい違いと利用が出来なければダメだからです。これは理科・社会も同様です。中３で複雑な単元を習いながら、過去の全てを【やり直さなければならない】からです。過去、「学校ではいつも93〜97点位取ってるから英語は得意。塾で習う必要は無い」と言ってた生徒が、模試を受けて30数点とか偏差値40台なんて何人も見てきました。生まれて初めて中３を経験している生徒より、かれこれ20年も受験生を経験している私たちの方が、多分正しいと思います。つまり小・中学校のテストの点数を過信している生徒・保護者(特に保護者)が多過ぎだということです。昔のテストと違って、現代のテストの目的は、通知表を付けるための評価の差をつける根拠の数字が欲しいだけ(学校の先生ごめんなさい。悪意はありません)になってしまってます。これが、現代のテスト点数のカラクリです。「そんなことは無い」とか「失礼な。家の子は違う」と私を目の敵にせずに、少しだけ「えっ、そうだったの？」と信じて下さいね。</description>
      <pubDate>Sat, 04 Nov 2023 14:41:01 +0000</pubDate>
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      <title>家の子“だけ”は別！20231026</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154659/</link>
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      <description>「学校では中々成績が上がらなかったけれど、あそこの進学塾(一斉塾)に行けば、家の子も必ず成績アップできるはず！」『いえいえ、学校の授業方法で伸びなかったのだったら、一斉タイプの塾で成績が上がるとは…』「そんなことはない。家の子“だけ”は別です。家の子はやってくれる“はず”です」「ええじゃん、自由でしょ」「人それぞれだから決めつけないで！」入塾問合わせや進路相談の中で時々耳にするセリフです。もちろん、我が教室に入塾頂けなかった(我が教室は個別指導なので、選択肢にも入れて頂けなかったはずです)生徒の保護者の中には、このように考えられた方は多いと思います。もちろん自由です。そこを否定しているのではありません。近年、人の話を聞きながら、ノートを取ったりメモを取ったり、理解したり考えたりと、大勢の中で幾つもの事を同時進行で出来る生徒が激減しています。「聞く時は聞くだけ。ノートは後で別の時間を取ってもらう」という、小学校の授業が定着した結果だと思います。その結果、セミナーとかでもメモをとることができず、説明会が終わってしまうと内容が残っていない人が増えました。塾の授業で説明しても、３分後にも残っていない生徒が増えました。昔は、聞きながら理解し、聞きながら考え、疑問はその時質問し、大切なポイントはメモし、ノートも板書(先生が黒板に書いたもの)にプラスして自分の思う大切な部分を独自に書き込むなんて普通に出来ていました。さて、最初の例の解説に戻ります。現在の地元小・中学校の授業を見ていると、テストの答えと立式、解説を日常の授業でやっているようなものです(先生ごめんなさい。悪口じゃ無いですよ)。その、極限まで分かり易く説明してもらっている授業を理解したり暗記したりできない生徒が、ハイスピードで知識を一方的に投げかける一斉塾で、自力で受け取り続けることができるのか…？と思います。しかし、お母様の意識には「有名」とか「進学塾」とか「〇〇ちゃんも合格した」とか「◇◇校に◎人受かったの言葉しか入ってないのだと思います。分かってます。それこそ自由です。ご家族で話し合われた方向で行動なさって下さい。しかし・・・。他にも、「別に、高校受験で無理をしなくても、現状のレベルで行ける高校でも良いんじゃない？家の子、高校に行ったら頑張るからって言ってるし。頑張れば公立の〇〇大学ぐらいなら行けるんじゃない？」『えっ、高校のレベルに合わせた授業が行われますし、学校によっては、単元が省略されている教科書を使用しますので、共通テストで困りますよ』「そんなこと無いです。家の子“だけ”はやってくれると思います」「自分からやる気にならないと月謝が無駄だから、やる気になるまで放っとこう」「いつか気付くだろう」「いつか頭を打つだろう」なんて方も居られます。『気付かなかったらどうするのですか？放置のまま何年も経過したら、その間の勉強はどうするのですか？小・中学の知識無くして、高校受験や資格試験は有り得ませんよ』「そんなことは無い。家の子は必ずやってくれます。それに、思春期の一時的な無気力か、反抗期の当て付けかもしれませんし…」『いえいえ、反抗期で態度や口答えは悪くても、やるべきことは分かっているはずですから、勉強だけはやるはずですよ』「いや、家の子“だけ”特別かもしれません。家の子“だけ”は後でもやってくれるはずです」「とにかく、学校のテストの点数さえ良ければ･･･」「家の子は学校のテストで高得点だから受験は安心」『いえいえ、前にも言いましたが、学校のテストは入試とは違います。自分で考えて使えなければ･･･』「そんなことはありません。こんなに高得点なんですよ。何でこれ以上、塾にお金を払う必要があるんですか？他の人は知りませんが、家の子“だけ”は大丈夫です」『それで、入試はギリギリ、高校で苦しんだ生徒をたくさん見てきたんだけど…』どうでしょうか？個人の自由ですけれど、家の子【だけ】はあまり考えない方が良いのでは？</description>
      <pubDate>Thu, 26 Oct 2023 21:00:19 +0000</pubDate>
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      <title>やる気が無いから･･･20231020</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154590/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154590/</guid>
      <description>「やる気が無いから、成績は上がらない」「やる気が無いから、親も見ていてイライラする」そうですね。私も、その意見は分かります。「やる気が出るまで、何を言っても無駄だから放っとく」「やる気が無いから塾の月謝が勿体ない。だからやめさせる」家庭内のお金の事だから一概には言えませんが、何年でも『放っとけば』やる気は出るのですか？その間に身に付かなかった習慣や学力や歳相応の常識はどうやって取り戻すのですか？「家で叱っても、口ごたえばかりで全然聞かないから、本人が気付いて頭を打つまで放っとく！」放っとけば気付くのですか？気付かなければいつ迄放っとくのですか？現代の社会制度や社会風潮では、放って於いたら、ほぼ気付きませんよ。頭を打ちませんよ。学校で勉強が出来たり、コミュ力や正直・素直力のある子供たちって、放っておいたら、知らない間に【やる気】が出て、行動したのでしょうか？受験で難関校に合格出来た生徒は、全員誰からも注意されずに一人で【やる気】を出して、自ら進んでガリガリ勉強したのでしょうか？私も長いこと生きてますし、長いことこの仕事をしていますが、そんな子は１人か２人しか見たことがありません。今の我が教室の優秀な生徒でも、何にも言わなくても、知らない内に自ら進んで勉強に取り組んで、暇さえ見つけたらガリガリ勉強している生徒なんて居ませんよ(あっ、万が一居たらゴメンね)。勉強なんかより、趣味のこと、テレビ、ゲーム、友達との雑談、ダラダラ寝る、お菓子を食べる等が楽しいに決まっています。大人でも子どもでも同じだと思います。もちろん、何にでも【やる気】があって、何にでも全力で取り組んでくれるのが理想ですが、そんな神の様な生徒なんて千人や万人に一人ですよ。私だって先生たちだって、勉強は『嫌』でした。『面倒臭い』でした。ここからが大切なのです。だから【放っとく】の？【やらなくても何とかなる】の？【絶対に先生は攻撃して来ない】から子どもが無視し続けていても子どもの意志に任せるの？お父さん。お母さん『きれい事を言ってるんじゃないですよ』昔と比べて、学校の授業レベルや対応は、驚くほど【ご機嫌取り】ですよ。高々十数年しか人生経験が無いのに、知らない事の方が多いのに、何でも尊重してもらえるのだから･･･だから子ども達は【大人(親、先生)を舐め切っています】。ルールや義務を果たさなくても、何でもやらせてもらえるし、何でも買ってもらえるのだから･･･。【好き】か【嫌い】か【できる】か【苦手】かなんて関係ありません。嫌いでも苦手でも、やるべき事やルールには守る以外の選択肢は無いのです。そこを理解させるための話し合いや、やらない時の強制や罰を【子どもに嫌われてでも】やることが親の仕事ではないでしょうか？私、古臭いですか？間違ってますか？偉そうですか？</description>
      <pubDate>Fri, 20 Oct 2023 19:00:43 +0000</pubDate>
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      <title>誰の責任？誰が原因？20231019</title>
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      <description>何度注意しても話し合いをしても、宿題をやらなかったり、提出物を持って来なかったり、期限を守らなかったり、指示を無視したり、決まりをスルーしたりする事案の生徒が全国的に増加傾向にあります。注意したり指示をした時には「はい」って返事をして、いかにも実行してくれそうな期待を持たせてくれるのですが、いざとなったら「何にもしてくれない」「何にも変わらない」が当然の権利のような生徒が増加中です。子どもが指示を無視することが続くので、保護者に連絡をすると「私も、いつも言ってるんですけどねぇ」と言われますし、後日、生徒に『お母様からどんな注意をされたか』を聞くと「う〜〜ん、別に･･･。あっ、先生の言うこと、チャンと聞くんよって言ってた。それだけ」です。これは誰の責任？何が原因？でしょうか。何度注意しても、絶対に公式やルールや用語を覚えてくれない生徒に『覚えないと、次の単元で使えないよ』と強めに注意をしたら、１時間後にお母様から電話があり、「家の子のことを分かってやって下さい」「個別なんだから、家の子のペースに合わせてやって下さい」って叱られたんですが、これは誰の責任？誰が原因？宿題や提出物が終わっていないのに、サッカーや野球・バスケの送迎＆外食、携帯やゲームは買ってもらい放題。それで「家の子、何度言っても宿題をしないんです」は誰の責任？何が原因？「私も仕事があるんです」「私にも私の人生ややりたいことがあるんです」「シングルなので、私が稼がないと生活が･･･」じゃあ、共稼ぎの家庭や、シングルマザーの家庭の子は、皆んな『問題行動？』これは誰の責任？何が原因？「公立の学校に行かせてるのに、学力が上がらないのは学校の責任」「近所の〇〇ちゃんと同じ小学校に行ったのに、何で家の子だけ出来ないの？学校の先生の躾責任はどうなってるの？」これは誰の責任？何が原因？「色んな塾に行かせたけど、ちっとも家の子【良い子】にならない」「お金、払ってるのに、塾は何をしているの？」これは誰の責任？何が原因？お父様が「自分がやる気にならなければ塾はお金の無駄。だからやる気になるまで止めさせて放っておけ」と癇癪をおこすご家庭。やる気にならなければ何年でも放っておくの？戻れなくなるほどの意識と学力になって塾に来られても……。これは誰の責任？誰が原因？ここまで読んで、『うん。分かる分かる。そりゃあ、お母さん大変よね』『普通に学校に行かせてるのに、家の子をしっかり見てくれないからよ。行政の責任』『どうにもならないから塾に行かせたんでしょ。何〜に偉そうに。金払ってるんだから何とかしてよ』『躾や意識や行動はどうでも良いでしょ。個々の自由でしょ。放っといて！勉強だけ教えてやってよ』など、賛同の意見を思われた方。（笑）（笑）（笑）（笑）（笑）『歳相応の躾は子育ての一環』『子どもと喧嘩してでも分からせるのが親の仕事』と思われた方。私と同じで、「古臭い」って言われてませんか？で〜〜〜も、私は尊敬します。</description>
      <pubDate>Thu, 19 Oct 2023 14:57:34 +0000</pubDate>
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      <title>えっ？まさか！家の子が？20231013</title>
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      <description>お家で「先生の言うことをチャンと聞くんよ」「言われたことは覚えとくんよ」「キチンと挨拶するんよ」「言葉遣いに気を付けるんよ」等々、色んな声掛けをされていると思います。もちろん、「家の子は、キチンと守って、実行しているだろう」と信じておられるはずです。先生の説明や指示をキチンと聞いて、確実な実行をしてくれれば、当然のように短期間で成績は上昇をみせます。つまり、成績の上昇を実感してくれている生徒は、かなりの部分を実行してくれています。ただし、現代の風潮もあるでしょうが、情報過多のこの時代。取捨選択をしないと、全てを聞いて全てを受け入れて、全てを実行していたのでは時間も身体ももちません。内容の正しさを考えて、正しく取捨選択してくれた生徒は明らかな上昇。自分の感情・好き嫌い・損得・楽苦で選択した割合が高まれば、成績上昇と反比例します。成績上昇している生徒でもこんな感じです。成績が上がり辛い生徒(近年はこの部分が多数派です)や成績下降生徒の現状をお知らせします。「えっ？まさか！」「えっ？家の子が？」「外ではそこまでだったとは」と思いながらお読み下さい。まず挨拶です。成績上昇している生徒は、元気良く挨拶して入って来ますし、帰りも誰も見ていなくても元気に挨拶して出ていきます。反対に、上昇できない生徒は、黙〜ってコソコソと入って来て、ノソノソと机に着きます。こちらから声を掛けないと黙ったままです。恥ずかしい生徒も居るでしょうが、他所の家に黙って入ることを容認されてきたのでしょう。「まあ子どもじゃけぇ良えが」「知っとる子なんじゃけぇ」はありえません。次に言葉使いです。敬語がキチンと使える生徒は『稀』です。対等(タメ語)ならまだしも、「何〜に、金払ってる塾に気を遣うの？」的な生徒も。「先生は目上だから、敬語が必要だよ」と言うと、【えっ？人間は皆んな平等でしょ】と宣う生徒まで。これは保護者に言われたことも･･･。次は聞き流すです。細部の意味が違う用語や文章。必死で説明しても「何かこんな感じ」で聞き流し、「分かった？」って聞くと「うん」と言ってくれます。直後に再登場しても又々間違える。無視・スルーです。「このやり方は間違いだよ」と注意しても直さない。「その意識では今後も同じことが起こるよ」と何度同じ失敗をしても直さない。「しっかり考えて、自分はどう思うのかをお家の人と話をして来てね」と指示してあっても、考えても無く、もちろん話し合いなぞ何ものぞ。何度も何度も繰り返すので、ゆっくりしっかり話し合いをすると、ほとんどの生徒の言い訳は「学校では許される」「今まではこれで何とかなった」「家で親からは怒られない」「どんなにスルーしても大人から攻撃されることは無い」「余計な事は親に黙っていればバレない」です。「生活・態度・成績に変化が見えなければ、生徒に変化が無いからだ」とお家では気付けないですかね。慣れてきたり、学年が上がると段々エスカレートしてきます。そうすると「私はやってるのに、塾は叱りばっかりする。もう嫌じゃ」「優しい塾じゃないと、やる気にならない」となります。親は、「何〜に、金払ってるのに偉そうに、母さんが言ってあげる」とか「子どもと話し合います」と言いながら「チャンとしぃよ」と号令一発で終わらせたり、「そうなん？じゃあ、あなたに合う塾に変わったら？」とか「やる気が無いなら、お金が勿体ないから塾やめたら？」とか、突然お父さんが出て来て「言うても分からんのなら、放っとけぇ」と言うと、生徒にはラッキーとなる。いつ、どのタイミングで「やる気」や「素直」に成れるのでしょうね。これは全部、子どもだけの責任でしょうかね？</description>
      <pubDate>Fri, 13 Oct 2023 20:55:40 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱりね！･･･でしょうね！続き20231011</title>
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      <description>色々、沢山、これでもかと、不振の原因と考えられる例をお話ししていますが(実は、悪口にしか見えないとの陰口も･･･)、勿論、何年も何年も続けて来てくれている生徒の多くは、初めの頃に比べて、全然行動指図はしていません。何故なら・・・って分かりますよね。我慢して、キチンと自分で自分をコントロールできているし、保護者にも、3か月ごとに現状をお伝えすると、お家でGoodな声掛けをして頂けているので、成績はGoodな方向に向かっているからです。では、悪口(あっ、間違い！)悪い例のお話を続けます。中学１年の最後に入塾してきた生徒の話です。当時クラスの平均より少しだけ上くらいの実力でした。毎日の生活や時間の使い方、復讐のやり方をキチンと指示し、短時間でも毎日塾に質問に来るように言いました。当時の目標が偏差43の高校でしたが、実際には53の高校に合格しました。「高校では、中学の自宅学習の時間の3〜5倍するつもりにならないと落ちて来るよ」と指示しました。ところが、入学してしまうと「賢い高校に合格出来たんだから、学校が何とかしてくれる」と中学時より学習時間が減ってしまい、予想通りに･･･。叱ると「別に、僕はここに(53の高校)行きたかった訳では無い。親と塾が行かせたのだから、このままで良い」と。素直な気持ちを親に伝えろと指示したところ「変わる気は無い」と言ったそうです。すると保護者は「そう、じゃあ塾が勿体ないからやめ！」が答えだったそうです。これ以上下がると、彼の希望職種は手が届かなくなる筈です。でも「その時になれば何とかなる」と彼は言ってました。中学受験をするからと入塾してきた生徒の話です。小学校内で中程の実力でした。１年間頑張らせて、何とか偏差48位で合格出来ました。すると、全く勉強をしなくなって成績ガタガタ下降です。生徒曰く「とにかく勉強を頑張って中学に合格できれば未来が手に入る」と親から言われて頑張った。僕は頑張って合格した。あんなに賢い中学に合格したのだから(偏差45で？)これからは学校が何とかしてくれる」だそうです。話は変わります。「お互い様」とか「あなたは頑張っていたよ」とか「まぁ人それぞれだから」は周りが慰めや励ましや妥協の言葉として使うものですよね。ところが、近年、激増中なのが、保護者が自分で自分のために使われる場面が･･･。たとえば、「家で子どもと話し合って下さいね」とお願いしても、「勉強するのは子どもじゃけぇ」とキチンと話して頂けない保護者の話です。宿題や期限や約束は守れなくても、携帯や娯楽や外出やスポーツや欲しい物は全て叶えてやるのです。「それでは、知恵が付いて誤魔化すのが増えて段々困りますよ」とお伝えすると「まぁ、先生はそう思うんじゃろうけど、『人には色々な考えがあるけぇなぁ』『人それぞれ、考えが違うけぇなぁ』」と言われました。「人それぞれの考え･･･」を否定するつもりはありませんが、私たちには【勉強の力】を求められたのです。「人、それぞれ」などありません。過去の長い経験から「人それぞれ･･･」を自分から言われる人って、ほとんど「出来て無い人」「間違ってる人」が自己防衛のために主張されることが多いですね。その後には「やっぱりね！」「・・・でしょうね！」が必ず起こります。金を払って客になれば、どんなことをしてもしなくても、何でも叶うのですかね。頑張らずに、機嫌をとって、長く金を貰ったもん勝ちなんて、卑しい教育方針だけは持ちたくないのですが・・・(涙)</description>
      <pubDate>Wed, 11 Oct 2023 19:00:08 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱりね！　･･･でしょうね！20231011</title>
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      <description>生徒たちに、普段の言動のどこが間違いか、何が問題か、何をどのように意識して、毎日何を意識してどう行動すべきかの話は沢山します。塾なのに、何故か勉強以外の「人間教育」や「躾」っぽいことをするのが私(塾長)の仕事のようになっています。生徒との毎日のやりとりの中で、私が絶対に求めるのが『正直』と『素直』です。「何〜んだ、当り前の普通じゃないか」と思われたかもしれませんが、今の社会、これが出来ていない生徒(親たちも居ます)が非常に多く目に余ります。何故なら、「個性」とか「多様性」とか「人それぞれ」の言葉の都合の良い部分だけを利用して、とにかく自分が【楽】か【得】か【いかにも恰好良い】かどうかを優先して、嫌なことや面倒臭いことは放っておいて、やってる『フリ』、出来てる『つもり』で、指示や約束は【無視】や【スルー】を続けていれば何とかなる環境が普通だからです。学校では、聞いてなくても「聞いてるもん」と主張すれば許される。やって無くても「やったもん」と嘘つけば許される。不利なことを求められたら「黙ってじぃ〜〜っと、時間が経つのを待っていれば許して貰える」塾で「家でチャンと覚えてくるんよ」と言われても、『見て無いから分からない』『少しの時間耐えたら、また１週間、逃げられる』と生徒の何よりの権利が【放っとけば許される】なのです。その根拠は「叩かれない」「怒鳴られない」「罰で残されない」「何かを止められない」「私だけ特別に損することはされない」といくら悪いことをしても、罰や攻撃が無いことを知っているのです。だから、暴力を推奨しているのではありませんよ。ダメなものはダメと幼少期から教えて無いことを責めているのですよ。「まだ小さいから･･･」と言われる保護者も居られますが、何歳なら小さくないのですか？中学や高校生は、【まだ小さい】のですか？私の経験では、10歳なら、そこそこの言葉が理解出来て、そこそこの我慢と行動ができますね。保護者も同様の行為者が増加中です。「私は言ってるんですが、子どもがやらないんです」「子どもがやる気が無いので仕方ない。やる気が出るまで待つしか･･･」もし、ず〜っとやる気が出なかったらいつまで待つのですか？そんな方に５年後にお会いすると「まぁ、勉強が全てではないからね」と言い訳か、自分への慰めか･･･。「今は、思春期で反発するから暫く待って、収まったら改めて･･･」と言われる方。その間に、戻れないくらい下がったら、どうやって取り返すのですか？反発は反発で受け入れても、勉強をするかしないかは別問題では？親も我慢ができないので、繰り返し親子で話し合いが出来ないんじゃないかな？【号令一発】で聞いてくれなかったら【もう知らん。勝手にせぇ。塾もやめてしまえ】と生徒にとっては『最高のご褒美』を直ぐに与えてしまうので、生徒も知恵が付いて・・・。100％全ての事象が該当するとは言いませんが、やっぱり生徒と度々ぶつかっても改善されない場合には、保護者とお会いすると同様のことを言われます。そしてある日突然「今日でやめさせます」とルールも将来も関係無く一方的な発言を！そこで登場するセリフです。『やっぱりね！」「･･･でしょうね！」</description>
      <pubDate>Wed, 11 Oct 2023 17:37:44 +0000</pubDate>
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      <title>･･･と思う！･･･のはず！･･･のつもり！20231009</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154450/</link>
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      <description>「人、それぞれ」「人には色々な考えがある」「別に、どんな考えでも自由でしょ」そりゃそうです。その通りです。それぞれの人生ですし、自己責任で周りに迷惑を掛けないのであればどんな「お考え」を持たれても･･･。しかし、近年は『自由』の名の下で、迷惑を掛けても何も感じなかったり、家族への対応を間違ったり、将来(数年後〜数十年後)に困るのに『今さえ楽なら』の行動をしている場面を度々見かけます。成績不振の生徒たちは「まだ大丈夫、何とかなる」「大丈夫、その時になれば･･･」「誰かが何とかしてくれる」「今までは、これでも何とかなった」と、やってる『つもり』出来てる『つもり』これで良い『はず』で、他人の意見など聞き入れるつもりがありません。また、「えっ？何でこんなになるまで放っておいたの？」って思う生徒を連れて来られた保護者のお言葉を聞くと･･･、「そこまで、酷いとは思って無かった」「普通に学校に行ってるから･･･」「その内、何とかなると･･･」「これ位なら、まだ大丈夫だろう」「私(お母様)だって、昔、学校で〇〇点位しか取れなかったよ」(何十年昔の話ですか？今の学校のレベルは･･･)最悪の保護者の言い訳は「私だって忙しいのよ。子どもの事だけを見てられないのよ」「だって、言っても聞かんのじゃけえ、もう知らん。どうにでも･･･、自分の人生じゃけぇ、自分で困れば･･･」「私には私の人生があるし、私だってやりたい事が･･･」なんて事を口にする方まで・・・。最初に言ったように「人には色々考えがある」「何を思おうが自由」です。その通りです。しかし、それが正解か、最良か、ベター(ベストは中々･･･)か、独断では分かりません。最良を選ばれている方や上手くいっている方は『誰かに相談』したり、『周りの誰かを参考』にしたりして、自分の考えを確認したり、自分の行動を修正されています。もう一方の方を見ていると、誰かを参考にするどころか、「そんなことはない、私は分かってる」「私は、やっている」「私は、出来ている」「私は、間違ってない」と、誰かに相談したり確認したりが【極端】に不足しています。「私は･･･」「私は･･･」と、私がどのような人生を過ごされようがご自由です。しかし、勘違いや手遅れになって困るのは誰ですか？大切な大切な子どもではないのですか？意地を張ってると「ろくなこと」がありません。「人の振り見て我が振り直せ」ですね。あ〜ぁ、またいつもの「釈迦に説法」でしたね。すみません。</description>
      <pubDate>Mon, 09 Oct 2023 14:13:29 +0000</pubDate>
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      <title>今まではこれで･･････20231005</title>
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      <description>前回の「今まではこれで･･･」で否定的意見をダラダラと書きましたが、『あなたのブログには、いつも具体的な説明が不足している』『あなたのブログには、具体的な解決策が不足している』と教室の信頼している先生からお叱りを頂きましたので、追加の説明を･･･。保育所や幼稚園の塗り絵などでは、塗る物も塗る色も先生が全て指示してくれて、何も考えなくてもその場で聞こえたことだけを形だけやっていれば「よく頑張ったねぇ」と褒めて貰えます。そのことを「頑張った」とか「やっている」と定義してしまって、何も変えずに、誰からも何も言われずに小学校に入学してしまっても【今までは･･･】が通用しますか？小学校低学年では、全てが新しいことを習います。先生が全て教えて下さいます。しかし、それを全て覚えておいて、同時進行で何個もの指示を全て実行することを求められます。なのに、保育所時のように、その場の言われた事だけを形だけ消化して【満足】している生徒が【今までは･･･】が通用しますか？小学校高学年になって、低学年時に学習した用語やルール、行動指針(宿題は家に帰ったら直ぐやる。前日までに準備品の確認をする)等は【出来て当り前】の状態でスタートします。新たに利用方法を学習し、併用方法を自分で考えることを求められます。増してや、関数や植木算などは、一人で想像して一人で立式して一人で辿り着くことを求められます。そこで、【今までは･･･】の理論で目の前の事だけ消化している生徒が通用しますか？まだ【待ってれば先生が言ってくれる】【今までは出来たのだから、その内できる】と思っている生徒が通用しますか？【何とかなる】と放置している保護者の下で、生徒が何とかしますか？さぁ、ここから中学生です。『中１ギャップ』と呼ばれるくらい、小学校と中学校では、全然求められるレベルも量も違います。今までは、「聞いて」「言われたことだけ書いて」「終わっていた」生徒では話になりません。小学校レベルのことは、分かっていて、覚えておいて、使えて当然からスタートです。「聞いた」→「書いた」→「終わった」→「忘れた」では、一か月後に直ぐに困るのです。終わった単元は「分かって」「覚えていて」「出来て当然」からのスタートなのです。我武者羅、必死、に意識して行動しないと、「その内できる」ことなんて絶対ないのです。プラス、高校受験は、応用問題と併用問題しか出ません。学校の定期テストの点数なんて余り当てにはなりません。さ〜て、高校生です。中学までの勉強で、先生の説明を基にすると、高校の先生の説明量は25％〜40％です。基本とポイントを説明したら自分でどう使えるかを考える力を付けて欲しいからです。だって、高校のテストで授業で習った通りが出るなんて見たこと無いですもんね。だから、中学に比べて、単元の確認と使い方の家庭学習の時間が、中学時の3倍〜5倍必要だと言い続けていますが、成績不振生徒ほど『舐め切って』中３時の半分なんてのが時々居ます。本人曰く「その内、何とかなる」だそうです。さぁ、ここまでお話ししてどうですか？生徒もそうですが、保護者も考えを変えて、ご協力頂かないと、生徒も変われません。生徒の成長と状態に応じて、対応を絞めたり緩めたりする必要があるのです。保護者の学歴や学力なんて関係ないのです。人としての人間力の問題なのです。近年は「私は出来ている」「私は知っている」「私は分かっている」「私は正しい」を口にされる保護者が増加傾向に感じます。結果が出ているのなら『その通り』です。そうじゃ無いのなら、保護者も『今までのこの考え･･･』を変える必要が…………。じゃあ、その方法は…………個別に全く違います。面談後に私たちが適切に提案します。</description>
      <pubDate>Thu, 05 Oct 2023 20:36:32 +0000</pubDate>
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      <title>今まではこれで･･･20231005</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154412/</link>
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      <description>「私は今までこうやってきた」「僕は今まで、これで何とかなった」「今まではこのやり方で点数は取れたのに･･･」「今まではこれでも怒られなかった」「家の子、今までは良い子だったのに、新しい担任との相性が･･･」「私は今まで、子どもにはこれで接してきた」「今までは成績上位だったのに、進学した途端･･･」こんな言葉を使ったことはありませんか？こんな言葉を子どもが使っているのを聞いていませんか？口から出さなくても、思ったことはありませんか？このセリフを使っている生徒(保護者)で、成績上昇したのをほとんど見たことがありません。そりゃあそうです。今まで(過去)は、年齢も内容も求められるものも低いです。その経験を根拠に、上昇・変化を求められているのに拒絶しているのです。分かれ道はここです。「違うよ」と一言注意してあげると、「えっ？そうなん？じゃあ、どうすれば？」と聞き入れる素直な気持ちをもっていれば、直ぐに改善・変革するに決まってます。「そんなこと無いもん」「私(家の子)は間違って無いもん」「今までは、これで何とかなったもん」では、徐々に対応できなくなって当然ではないでしょうか？失敗した人の例をお話ししましょう。「今までは、学校に行って聞いてる『だけ』で、何とか点数は取れていた」と言う小学校６年生。「先生が言ってる事『だけを書いておけば』丸がもらえた」と幼稚園レベルのことを主張する中学生。「分からなければ、全部(式も答えも)先生に説明してもらって、覚え解けば受験も大丈夫」と言う中学生。「宿題も復習も公式の暗記も用語の区別も、いくら先生が指示しても、放っておいても何とかなった」と言ってる中学生。「中学受験で合格(偏差45をギリギリ)したから自分は賢いし、有名中学なんだから、『学校が何とかしてくれる』」と、毎日、学校に行って座ってただけで、成績が下がり続けて、止めていった中学生。「入塾時に比べて偏差値を15も上げて、有名高校に合格した途端、『もう大丈夫、高校が何とかしてくれる』」と勉強時間が中学時よりも減り続けて、目に見えて成績下降した高校生。「本人がやる気にならなければどうにもならないので、待ってます」と彼此８年も放置して今になって『何とかして･･･』と言われる保護者。「生徒が返事だけで、決して我慢・行動をしないので『やる気が無いなら成績を下げて困れば良えが』」ときれい事を言われる保護者。「家の子、小学・中学とず〜〜っと成績上位だったから、家の子のやり方を信じてます」と言われる保護者。根拠は何ですか？「お兄ちゃん、お姉ちゃんと同じように育てたのに、この子だけ成績が伸びない。この子のやる気の問題で、私の今までの子育てに問題無い」と言われる保護者。どうですか？どこかで見たり聞いたり、時には言ったりしていませんか？外から冷静に眺めていると気付くのかもしれませんが、こんな言葉を言ったり行動したりしている人が激増中なのです。勉強の方法や意識や行動は、2000年も前からハッキリしています。それを行なっていれば結果は当然のように･･･。出来ていない人ほど「そんなことは無い」「私は･･･」「だって今までは･･･」「失礼な。家の子は･･･」と言われますね。自分が変わらず、他人のせいにして、周りに文句ばかり言って、金の力で何とか、もうお願いしたんだから…………云々。の親子。だからですよね。じゃあどうすれば…………？簡単です！話し合いの後で、私たちが提案します。</description>
      <pubDate>Thu, 05 Oct 2023 16:50:32 +0000</pubDate>
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      <title>卒業生の嬉しいアドバイス20231004</title>
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      <description>中学・高校時代に「取っ組み合い」に近いバトルまでしながら本気で正面から付き合ってきた元生徒が、高校・大学と頑張り、大学４年生になり、進路(皆んなが望む様な採用試験がある仕事です)が決まり、挨拶がてら顔を見せに来てくれました。手土産にお菓子まで持って。私も、お祝いの真似ごととして、以前からこの生徒が好きだったキャラクターのぬいぐるみをプレゼントしました。その時に、その生徒に聞いてみました。「なあなあ、最近の子供の風潮として、優しく許して、決して叱らない塾や先生が良い人で、そこが選ばれて人気があって生徒が集まってるよなぁ？」『うん。そうじゃね』「うちみたいに、本気で叱って本気で教えて生徒の甘えを止めさせる指導はダメなんかなぁ？」『う〜〜ん』「うちも変えていかんと、ドンドン生徒や親から疎まれて貧乏するんかなぁ？お前、どう思う？」すると予想外と言うか、私の味方というか、意外と冷静な的確な答えが・・・『塾長が、金が優先で金が欲しいんなら〇〇塾みたいに変えたら？じゃ無いんだったら今まで通りで変える必要は・・・』でした。確かに、経営的なことを優先すると集客が第一です。しかし、私は(講師の先生方にも苦労を掛けていますが)貧乏を受け入れて生徒の将来や結果をず〜〜っと優先してきました。その証拠に、この生徒も親子喧嘩以上のドタバタバトルをしました。しかし、結果をだして、こんな生意気な正論が言える子になってくれました。もう少しだけ持論を維持していこうかと思った今日でした。お金と命とどちらが先に無くなるか分かりませんけどね(涙)。</description>
      <pubDate>Wed, 04 Oct 2023 20:45:40 +0000</pubDate>
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      <title>「素直に聞く」って？20231004</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154400/</link>
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      <description>成績不振な生徒や、中々上がり難い生徒やその保護者とお話しする機会が多くあります。教室が始まった約20年前はハッキリしていました。普通に教えたり普通に指示したりすると簡単に成績アップしてくれる生徒が多かったです。中々上がらない生徒は自分の意志(信念？根性？)で従いませんでしたし、口答えの塊でした。でも、そんな生徒たちと何度も何度もぶつかりながら話し合いを続け、生徒が何かを感じてくれた瞬間から、そんな生徒もスルスルと上昇してくれました。つまり、素直に聞いてくれる生徒は短期間で変化し、強情な生徒とは時間は掛かりましたが、少しずつでも変化してくれました。ところが、近年の生徒の特徴は、言葉の定義が間違っている上に、表面だけ取り繕って時間だけ浪費している生徒が多いと感じています。勿論、昔同様に、素直に聞いて考えて、行動や時間の使い方を変えてくれた生徒は短期間に大きな変化を見せてくれています。しかし、最近、目に付く生徒の行動は「聞いてる」「分かってる」「やってる」が、どう見ても全ての言葉の前に【私は】、後ろに【つもり】が付いている生徒が多いです。つまり「【私は】やってる【つもり】」です。結論として、やっても無いし、分かってもないし、聞いてもないけど【私はやってるんだから、認めて許してよ】との反応が多いです。「違うよ。これを、こうやって、ここまでやらないと、やったことにはならないよ」と具体的に何回も指摘すると「うるさいなぁ。私の頑張りを認めてくれない」と不機嫌に・・・。他にも、何かを指示すると「はい」って素直(っぽい)に返事をする生徒が激増です。じゃあ、理解して素直に実行してくれているのかというと、放っといてスルーして、今までと何にも変わらない場合が多いです。それとなく聞いてみると、「先生に何かを言われたら素直に『はい』って言うのよ。それが良い子なんだから･･･」とお母さんに言われているから、素直に従っているらしいです。まさに、「はい」の意味や「素直」の意味や「良い子」の意味を分かっていません。表面だけ、恰好だけで『頑張っている』を主張しているのです。ただ、とにかく、その「表面だけ」「見た目だけ」「その場だけ」の返事を求めているのは、その生徒の保護者のようです。「本当に分かっているのか」「本当に聞いているのか」「本当にやっているのか」は毎日の家庭生活の中で見えているはずです。『私もいつも、言ってるんですけどねぇ』と言われる方に、「言いっぱなしではダメですよ。チェックをしないと･･･」と言うと『しょうが無いでしょ。私だって忙しいんだから･･･』と【言ったから･･･】を理由に責任は終わった旨のことを言われます。学校では叱りません。責任を取らせません。教育困難な成績下位者を基準に授業をしています。その中で「普通だから･･･」「皆んながそうだから･･･」と許すことは【やさしい】【物分かりの良い親】でしょうか？「分かってやれ」「許してやれ」「生徒の望むように･･･」の綺麗ごとの風潮だけを信じて、放っといてやることが、本当に生徒の将来にプラスになるのでしょうか？成績超上位者の実力は、昔に比べて格段に上昇しています。一方、成績不振者の実力は異常なくらい下降しています。極端な言い方をすると【一強九弱】【二強八弱】状態です。その中の「平均的な子」は本当に【普通】ですか？「素直じゃ無い」「ちゃんと聞いてない」って保護者にお伝えすると「子どもに聞いたら、チャンとやってるって言ってます」のお答えが増えています。さ〜〜て。この子が「チャンと聞いて」「チャンと分かって」「チャンとやってくれる」ための指導は、本当に私たち【塾】の仕事でしょうか？あ〜〜ぁ。また「お願いしたんだから･･･」と「私はいつも言ってるのにやってくれないんだから、私はどうしようも･･･。もう知らん」が聞こえてきそうです。だれの将来のためですか？大至急、素直に聞かなきゃいけないのは・・・・・・</description>
      <pubDate>Wed, 04 Oct 2023 18:42:58 +0000</pubDate>
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      <title>放っとけば･･･20231003</title>
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      <description>「放っとけば何とかなる」「放っとけば許される」「放っといても罰は無い」「放っといても塾を出てしまえば忘れてもらえるはず」「放っとけばその内分かるだろう」「放っとけばその内出来るだろう」「放っといても大きくなれば分かるだろう」近年の生徒・保護者が時々?度々?しょっちゅう?口にしている(思っている)セリフです。子供たちは、日々の生活の中で「叱られない」「罰が無い」「痛い思いをしてない」「何を言われても結局親が何とかしてくれる」に慣れ過ぎていて、とにかく【楽】【その場だけ】が当り前の環境になっています。当然、誰でも【楽】や【面倒臭く無い】が大好きです。しかし、生きている内に、それだけではダメだと気付くのです。それに気付いて、歳相応の我慢が出来ていった生徒が成長(成績アップ)が手に入るのです。我慢が出来なかった【幼い子】や自分は特別で許されると思っている【プリンセス(プリンス)】ちゃんが、伸び悩みか今後の下降となるのです。保護者もそうです。「その内できる」ことなんてありません。教えて練習させないと無理です。「その内分かる」ことなんてありません。分からなくても気付かなくても許して貰える風潮が蔓延しています。「その内、頭を打つよぅ」と言われる人もそうです。頭を打たないようにしてやることが【先進的で優しい】と言われているのです。【打たない】ことが前提です。「家の子、まだ小さいから･･･」と言われる保護者が居られますが、じゃあ何歳なら小さくないのですか？以前、体重100越えの中３生の保護者が「家の子、まだ小さいから･･･」と言われてました(笑)。10歳の子なら、相応の理解や我慢はできます。その証拠に、中学受験コースは小４から始まりますよね。出来ないのは、やらせてない方に責任があるのか、素直じゃ無い子に問題があるのか…。暴力や虐待を容認するつもりはありませんが、痛みが無くて責任を取らされないのに、自主的に我慢ができる仏の様な人間が多数派とは思えません。上記の「放っとけば･･･」を文字通り放っといたら何が起こるかの例をお話しします。まずは、期限や締め切りに対する認識が甘くなります。締め切りや期限が守れない大学生や社会人は排除されます。最悪なのは「相手は子どもなんだから、何度も言ってやって下さい」とか「良ぇがぁ、少々」とか「子ども相手に細かい」と連絡して来られる保護者も居られます。だから、だからです。だから、そうなったのです。別の例は、ケアレスミスや計算ミスが治りません。ケアレスミスや計算ミスが起こるには原因があります。そこを見つけて指摘して改善の指導をしても受け入れて実行してくれないと、その間違った方法が定着してしまいます。後々では余計に手間と時間が掛かります。「良ぇじゃん。分かっとったんじゃけぇ」とか「家の子、直しをさせたら、自力で直ぐに直せたから大丈夫」と言われる保護者が居られますが、それこそが「その内」の典型であり、それが原因ではないでしょうか。近年の「放っとく子」の特徴として、返事は「はい」もしくは「うん」と良い子らしく【受け入れた風】をしてくれますが、直後にには自分で「損得」もしくは「苦楽」等を感じるらしく、家に帰った頃には、やっぱり放置しています。保護者も「いつも言ってるんですが…」と言われますが、同様だと思います。結局、皆んな「見栄え」「見た目」でごまかしているのです。「言いっぱなし」「聞きっぱなし」「返事しっぱなし」「放置しっぱなし」で皆んな『ぱなし』なんです。面倒臭いですけども、確認とチェックが無いのが原因ですかね？</description>
      <pubDate>Tue, 03 Oct 2023 14:35:53 +0000</pubDate>
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      <title>中秋の名月！20230929</title>
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      <description>皆さ〜〜ん！中秋の名月、見ましたか？教室のある地域では、ほぼ雲無しの快晴状態で、バッチリ、しっかり、はっきり綺麗に見えました。冬の青白い満月もきれいですが、やっぱり昔から秋の月を褒める意味が分かりますね。</description>
      <pubDate>Fri, 29 Sep 2023 21:41:40 +0000</pubDate>
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      <title>家の子を分かってやって･･･20230928</title>
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      <description>「子どもの気持ちが分かる」「私は子どもの気持ちを理解しようとしている」「私は家の子の性格を理解している」「私は家の子の行動を理解している」親の鑑です。スゴイです。素晴らしいです。日常の生活の中で、意識して子どもの長所や頑張りを見つけて、助言して、伸ばして結果を出しておられるのです。やっぱりスゴイです。何かの折に、私もお話を伺って参考にさせて頂きたいです。しかし、お話を伺いたいような『成功(言い方が悪いかな？)』されておられる方は、「私は子どもの気持ちを分かってやってます」とか「私は子どもの性格を分かってやってます」って言われませんよね。だから、中々お伺いするチャンスが無いのです。『あっ、この子すごいなぁ』とか『あっ、このお母さんの対応はスゴイな』と思ったお母様にお尋ねすると、『え〜っ？私は、大したことはやってませんよ』と言葉少なめです。逆に、「この子我がままだなぁ」と思う子のお母様は「家の子、自己主張が強いだけで良い子なんです。言えばやってくれるはずです」と言われます。「絶対、素直に従ってくれないなぁ」と思う子のお母様は、「私は子どもの自主性に任せているんです」と言われます。「この子、幼稚園や小学1年の時から、勉強方法が変わっていないな」と思う子のお母様は、「家の子が求めるやり方で、優しくゆっくり教えてやって下さい」と言われます。「覚えて来い。分かるまで10回でも20回でも読んで見ろ」と指示しても放っておいても平気で【やったもん】とやった形跡の無い生徒のお母様が「だからお願いしたんです。教えてやって下さい」です。宿題や指示や当然のこと(例えば試験期間中に試験勉強)をせずに放っているのに「でも、この子、クラブは楽しそうにいくんですよ」とか「監督に、頑張ればレギュラーにって言われたから休ませる訳にはいかない」と欠かさず送迎するお母様。「あ〜ぁ、この子、小さい時から、何にもしなくても放っておいてもらえることを知っているな」と思う子の親御さんが、「いつか気付く」とか「その内困る」とか「本人がその気にならなければ変わらないから、私はそれまで言わない」とか言われる方が居られますが、生まれてこの方、指摘も困った事も苦労も痛みも無く、やりたい事や欲しい物だけ求めていれば「人並みに･･･」と何でも与えて貰った子が「いつ、気付きますか？」「いつ困りますか？」「いつ痛みを感じますか？」このような反応をされる親御さんほど「家の子を分かってやって下さい」とか「家の子の望むやり方で･･･」とか「家の子が厳し過ぎから嫌がるんです」とか【分かってやってビーム】をバンバン出されます。生徒の不足点や間違いや勘違いや問題点が分かったから、向上に向けて修正指示を出しているだけです。それを『家の子を分かってくれない！」って言われても…。【分かる】って、何でも、どんなことでも、全て許して、思い通りにさせることですか？私たちも、言えば生徒に「嫌われる」「ウザがられる」「下手すると止めていく」ことは分かっています。だから、そこには一切触れずに淡々と説明だけして月謝だけ貰っている塾も知っています。縁有って出会った生徒の成績向上を願って、注意することは悪ですか？成績向上を願って指摘することは、お母様の子育て方針に反するのですか？勿論、元気な子やおとなしい子、理屈大好きっこやコツコツタイプ。生徒は色々です。だから、生徒をしっかり見て、生徒に合わせて修正指示をすることを心掛けています。問題点が多い生徒ほど指摘する量も多くなります。当然ですよね。あ〜〜ぁ。こんな当たり前の基本中の基本でも、ハッキリ書くから嫌われて「ダメ塾」と言われ貧乏経営になるのかな？でも、嘘のきれい事を口先だけで言える塾にだけはなりたくは･･･。</description>
      <pubDate>Thu, 28 Sep 2023 23:30:37 +0000</pubDate>
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      <title>何故この地域の学力が･･･20230924</title>
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      <description>生徒が自ら興味を持ち、それを自分から調べたい学びたいと思う気持ちを大切にするために、小・中学校の宿題を可能な限り無くし、生徒の思いに応えてあげる時間を確保するために文部科学省や教育委員会が学校に指示を出してから少し期間が経っています。もちろん、その時間を上手く利用し、自ら調べたり繰り返したり復習をして完全に自分のものにしている生徒は学力がぐんぐん上がっています。上昇している地域と下降気味の地域がはっきりと二分化していることがデータからも読み取れます。しかし、この地域では、上昇グループは少数派です。多くの生徒や保護者は「宿題は終わった。だからもう他はしなくてもよい」「宿題さえしておれば、普通に勉強ができる」と誤解して、必要な学習時間と学習量が不足して、ドンドン学力下降している生徒が多数派なのです。なのに「学校では普通。真ん中くらい。だからこのままで何とかなる」と誤解に勘違いを上乗せし、さらに戻れない位の勉強方法・量が固定・定着してしまっています。勘違い生徒が多数居る学校の「普通」「真ん中」ってどれ位の実力か想像つきますよね。この事をお話しすると、「そんなことは無い」「失礼な」「家の子は違う」と叱られることの方が多いです。勘違いお母様の塾選びを見ているとそのことがよく分かります。「家の子は成績上位。だから家の子に合う塾はあの有名進学塾しかない。他はダメ。レベルが低すぎる」と生徒より偏差値10以上うえの授業が行われている塾に入れて安心している。「家の子は成績は中の下。だから、優しく叱らないでゆっくり繰り返してくれるあの塾が最適」と正しい学習習慣が出来ていない生徒を、宿題をしなくても単語を覚えなくても叱らない塾に入れて安心しています。最悪なのは、「厳しい塾は嫌」とか「優しく何度でも言ってくれる塾が良い」と正しい学習のための「我慢ができない」「指示に従わない」生徒が選んで来た塾を『家の子が気に入った塾が、家の子にはピッタリなはず』と生徒のために逆効果な塾を嬉しそうに選択されるお母様です。また他には、塾に行かせてても中々成績が上がらないどころか、少しずつ下降している生徒がいます。塾の先生をしているくらいだから先生は勉強は分かっています。出来ていたはずです。じゃあ先生の指示に従えば成績は上昇するはずです。率の大小はあるにしても･･･。それでも上がらない生徒は、生徒のレベルに合っていないか、生徒が素直に行動出来ていないことが考えられます。私もそんな生徒をたくさん見てきました。私が見た幾人かの生徒は、生徒自身が「成績が上がりたい」と思っていなかったことです。生活のリズムや勉強のやり方や量、意識や行動を変えもせず、努力もせずに【上がったら良いなぁ】と考えていることです。お母様も【行かせてるから、その内上がるはず】と考えていることです。私も開校からず〜〜っと、間違っている生徒には具体的に毎日の行動の指示をしてきました。開校当時には、多くの生徒が素直に我慢して従ってくれていました。嫌々でも勉強姿勢を変更し、少しずつでも成績アップしてくれました。しかし、近年は、文頭の勘違いが蔓延し、『自分は間違ってない』『自分はやっている』『家の子はできているはず』と従ってくれる生徒が減少中です。これは、他塾に聞いても同様のことが起こっているようなので、塾の問題では無く、【受け入れ側の常識】に変化が起こっていると考えるのがふつうでしょう。話を戻しましょう。文頭のこの地域の学力がこのようなのは、親も生徒も「知らない」「勘違い」が原因でしょうが、それが進行しているのは、素直に受け入れて頂ける方の割合の問題ではないでしょうか?あっ、またまた叱られる内容を叱られる言い方で……忘れて下さい。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Sun, 24 Sep 2023 23:30:31 +0000</pubDate>
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      <title>地元小・中学校で成績が･･･20230922</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154255/</link>
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      <description>「地元小・中学校で、成績(テストの点数)が良いので、家の子(私は)受験は安心！」これは、教室のある地域で生徒・保護者両方から度々耳にした言葉です。『いや〜、学校のテストと受験の結果は、100％リンクしている訳ではありませんよ』とお伝えすると、「え〜っ、何？家の子がバカだって言うの？」とか「学校では、私がクラスで一番計算が速いよ」とか「学校の先生は、『良い子』だって褒めてくれるのに？」「〇〇塾は、『テストの点数を上げれば･･･』と言ってるのに？」と、ここでも、色々沢山のお叱りを頂戴します。私の意見の根拠をお話しします。近年の、地元小・中学校の定期テストは、事前の授業で問題を解説し、式も答えも全て生徒に教えてからテストをするのです。つまり、テストの答えを先に教えておいてテストをするのですし、範囲だけに限定していますので、覚える範囲もハッキリしています。教えた教科書・ノート・プリントそのまましか問題は出ません。つまり、素直にノートとプリントを真剣に覚えていさえすれば95点から100点が取れるシステムになっているのです。勿論、真面目に覚えない生徒は問題外ですが、真面目に覚えてテストで95点取った生徒でも、内容が完全に理解できているかは不安です。分かっていなくても「この問題はこう書いておけばよい」と模範解答があるのですから。事実、学校で95点や100点しか取っていなかった小学生が模擬テストを受けてみると、偏差値40〜45なんて普通に起こります。中学校で90点や95点を取っている生徒が、模擬テストで偏差値50前後なんてことも普通に起こります。増してや、理科・社会なんかは、単元ごとの確認テスト的な定期テストなので、試験が終わると即、頭から消えて、いざ受験の時にはほとんど残っていないなんてことも度々見てきました。英語なんて、ページと本文が確定しているので、文法理解が僅かでも95点取れてしまうのが怖いくらいです。近日、高校の入試説明会に参加することが多いとのお話しをしていますが、学校のテストの点数から志望校を決めることが多いと思いますが、各校の英語の試験で、文法の理解があやふやで失点したり、数学で、2〜3の単元を複合的に併用する問題が手付かずなんて現実に起こってしまうらしいです。万が一合格出来ても高校で、そんな勉強を続けてしまうと、1年も掛からずに成績ガタガタは当然だと言われていました。改めて話をまとめます。地元小・中学校でのテストの点数は、学力の1つの目安でしかありません。点数が95〜100点の生徒の偏差値が35なんてことはありません。逆に点数が50〜60の生徒の偏差値が60なんて見たことがありません。しかし、95点〜100点取れている生徒は、必ず偏差値60あるのかと言われると『ＮＯ』です。本当の学力や実力は聞いたことだけを覚えて書けば得られるものでは無いからです。教室のある地域だけの限定の話かもしれませんが、他地域の先生たちと話していると余計にそれを実感します。内申点(評点)もそうです。ある学校の先生が、この地域の生徒を平均「３」だから合格にしたが、高校の授業についてこれない。この地域の中学の平均点で、偏差値はいくらか？にお答えしたら「あ〜〜っぁ、それは納得。そういうことか」と言われてました。なぜ、この地域の多くの方が、事実を素直に受け入れて改善をしようとして頂けないのでしょうか？もちろん、理解して実行して全てが上手くいっている方は、周りを巻き込んで声を上げることをされないから目に見えずに落ち着いて居られるから目立たないだけなんでしょうが…。「失礼な」「偉そうな」「そんなことは無い」「家の子は大丈夫」は特に大きな声で聞こえるからスゴク大勢に見えるのは何故でしょうね。</description>
      <pubDate>Fri, 22 Sep 2023 14:05:23 +0000</pubDate>
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      <title>勘違い？地域性？20230921</title>
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      <description>近日、入試説明会や学校説明会で色々な学校や他地域の先生などにお会いすることが続いています。そこで、色々聞けば聞くほど教室のある地域の地域性の【特異性】を感じました。地元公立小・中学校での平均点生徒の偏差値が普通より低すぎること。地元で人気の(普通と呼ばれる)高校の偏差値が、何故か大学受験に向いていないレベルであること。「もう安心」「これで大丈夫」「家の子、天下を取った」と言われる高校が、中の下や中の上レベルであること。『探求』とか『生徒の望む学習』を言われて久しいですが、何も望まず、何もせずとも、ただ毎日過ごしていれば何とか進学できて、何とか合格して何とかなる方を望んでいる生徒・保護者が、何故か多数派であること。[B]正しい意識と正しい行動をされている生徒・保護者は、問題無く行動も学力も手に入れて、周りに何ら知られなくても進学・合格・資格を手にしているから目立たないらしいです。[/B]意識や行動に問題がある生徒・保護者ほど周り(学校や塾)に沢山の発言をされますので、現状や問題点が浮き彫りになっているようです。広島市や他府県から転勤して来られた方とも何人かと話しました。この地域では今までと違って「何か、普通の会話ができない」「初対面の私に、随分年下の方が言葉使いが荒い」「私だけの特別扱いを当然の様に求める」等、やっぱり「異常(？)」とも思える例をたくさん受けていると伺いました。やはり、他所から突然入って来られると、少しの違いを敏感に感じられるのでしょうね。その方たちに、学校の現状や塾での反応をお話しすると『でしょうね』と言われてしまいました(涙)。生徒たちも、高校や大学が関係してくると、今の生活圏から外に出て自分の「異常」さに気付くのか、更に社会人になって全国を(世界を)相手にし始めて周りが排除してくれるまで気付かないのか……。少しでも早めに修正や訂正を始めるなら、[B]「何が普通」で、「何が勘違い」かを他人の意見を求めなければ出来ないのでは？[/B]勿論、私たちでも良ければ、幾らでも「何が普通か」のお話をさせて頂きますけど……。これだけ通信や情報や交通が発達したら、地域性なんて大至急修正しとかなければ、生きていけなくなるのではないでしょうか？って、言えば言うほど、またまた「失礼な」「偉そうな」「そんなことはない」「私は普通」「私は分かっている」「私は出来ている」「家の子は別」と10倍くらいお叱りを頂くんでしょうかね？先に謝っとこう！「いつも、すみません」</description>
      <pubDate>Thu, 21 Sep 2023 20:10:13 +0000</pubDate>
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      <title>良い対応？きれいごと？20230921</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154247/</link>
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      <description>近日、色々な学校の先生や、塾の先生や、何故だか経済学の先生にまでお会いしてお話をお聞きする機会がありました。生徒たちに指示を出しても、「体罰反対」や「子供の意見を尊重しろ」のムードを背景に、生徒が「無視」や「スルー」することが日常のことになり、改善や上昇以前の問題に頭を悩ましていると聞きました。「子ども達は分かっている」「子ども達もチャンと考えている」「子ども達の人生なんだから大人が勝手にレールを強制するな」と言われ始めて久しいですが、明らかにその言葉をまともに受け止めた生徒・保護者に結果が出始めています。何をしても何にもしなくても、決して叱られることも無く、罰も無く、欲しい物ややりたいことは全て叶えられる「楽園」「ユートピア」のような10数年の人生の中で、素直に【苦労】や【我慢】を自分で分かって、自分で考えられる生徒がどれ程の割合で育つでしょうか？どうすれば許される。ここまでは怒られない。(嘘でも)こう反応しとけばバレない。と考えるのが普通ではないでしょうか？これに対して、学力が下降しているのは『指導方法に問題がある』とのきれい事報道を真に受けて、自らは子育て・確認を放棄して、「家の子はそんなことは無い」「まだ小さいから･･･」と小学・中学の間やりたい放題に自由にさせておいて、中学・高校になって、突然【がむしゃら】【ムキに】【自ら】頑張れるとは思えませんし、まだ見たことがありません。「そんなことはない」「こんなにコンピューターが発展している社会で」「そんな古臭いやり方を」と言われますが、世界の学生の学力比較調査では、日本は年々下降して、今や100位以内に2校しか入れない位悲惨です。国別の「世界競争力ランキング」では1990年前後の世界１位から年々下降を続け、今やアジアの近隣国に全て負けて、世界34位まで突き落とされました。企業人の中に「受け身意識」や「責任意識の減少」「当事者意識の欠如」「何でも周りのせい」が十分に浸透し、予定通りの下降一直線です。これは、子ども達や若者達だけの責任でしょうか？これらの「きれい事」を誰よりも信じて、誰よりも我が子に実践し、家族総出で実践している人が増加しているからではないでしょうか？当然「昔ながら」の【苦労】や【忍耐】を実行し、日本の底力を支えている人たちが居ることも事実です。そんな人たちが居てくれるからまだ34位で止まっているし、国が破綻せずにギリギリ耐えていられるのです。しかし、分かっていない人や出来ていない人ほど、「そんなことはない」「私はできている」と言う親子が居るのが、悲しいけれど事実です。これは、悪口ですか？私も「頑張れ〜頑張れ〜」「大丈夫だよ」ときれい事を言って煽ててあげることが、塾の優しさですか？それを求める方が激増した結果が……………………ですよね。</description>
      <pubDate>Thu, 21 Sep 2023 19:22:04 +0000</pubDate>
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      <title>普通？平均？問題無い？20230915</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154191/</link>
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      <description>「家の子は普通です」「家の子に問題はありません。平均的な子です」「家の子は何も問題無いです。小学校で言われましたから･･･」保護者から度々、何度も、会話の枕詞のように言われます。そうです。多分普通なんです。多分平均的なんです。多分問題無いんです。じゃあ、今度は私から質問良いですか？何に対して普通・平均的・問題無いのですか？体格ですか？運動能力ですか？発育ですか？人間力ですか？学力ですか？コミュ力ですか？もう一つ質問良いですか？「・・・です」って言い切られましたが、どこかで確認できたので自信を持たれているのですか？私の考えでは、何かの基準があって、将来必要な資格試験や業務遂行・家庭生活に必要な知識・能力の中点近くを「普通」とか「平均的」と思っています。発育や体格や運動能力に関しては、個人差とタイミングが、かなりの部分を占めますので私が言えることではありません。しかし、人間力や学力については、ある程度の指針や基準がありますので、本当に「普通」なのか「平均」なのか判断ができます。例えば、「人間力」って何でしょう？歳相応の行動や判断・知識・責任感などの比べる相手は全国に1500万人も居るわけですから、親の「･･･はず」や「･･･であって欲しい」ではなく、『〇〇歳なら、これはしないよね』『〇〇歳なら最低でもこれは出来るよね』が言えます。学力はもっと明快です。一時、忌み嫌われた『偏差値』があるからです。全国の同学年の生徒たちと比べて、その生徒がどの立ち位置に居るのかを数値で表したものです。大人数の模擬テスト等で、分母の大きな判定が一番信用できます。将来の受験や進学の基準になるもので、ごまかしは効きません。学校の平均点のような、小さなグループの真中の数字を表しただけの、信頼性も信ぴょう性も無い数字よりも、ずっと使えます。「家の子、学校の平均点くらいだから安心」と言われる方が居られますが、今後、一生、学校の校区から出て活動することは無いのですか？高校受験は当然として、大学受験は全国の同級生が相手です。就職の時にも、その学校の偏差値は会社側も皆んな知っています。と、すれば、『普通』や『平均的』を主張するためには、偏差値50が全ての基準じゃないのですか？東大や京大の飛び抜けた高偏差だけを求めるつもりはありません。彼らは別格です。普通が良いのです。普通が何よりです。では、現状の地元小・中学校の平均的な実力は・・・。小学校で「良く出来る」と言われている生徒で、偏差値40〜45くらいです。「すごく良くできる」の学年トップクラスで偏差値55〜60(時々70くらいの子も居ますが…)です。地元中学校で定期テスト平均点くらいの子が、偏差値37〜39(教室のある地域の話です)くらいです。「クラスで上位」とプライドを持って鼻高々の子でも偏差値50〜55くらいです。60を越えている生徒なんて一握りです。話を戻します。「家の子普通！」って、親なら皆んな思いたいです。でも、現状を知って、不足している部分を補ってやり、間違っている部分を訂正・修正してやり、本気で日本国内の「普通」「平均」にしてやることが、本当の親の仕事では無いでしょうか？又々偉そうな事を言い切ってしまいました。失礼しました。</description>
      <pubDate>Fri, 15 Sep 2023 20:59:33 +0000</pubDate>
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      <title>子どもの事、見てます？20230914</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154169/</link>
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      <description>「お母さん。子どもの事、見てますか？」「お母さん。子どもの性格、分かってますか？」こんな言葉を掛けると、大多数の方に「何〜に、偉そうに！失礼な！」「毎日見てますよ。何ですか！」「自分の子どもの事ですよ。誰よりも分かってますよ！」とお叱りを頂き続けて十数年経ってしまいました。係わったどんな生徒でも、全員の成績をぐんぐんと引き上げるスーパー塾に成れたら理想ですが、まだまだ夢半ばです。しかし「お金だけ頂いて成績は二の次･･･」って言う、放置塾にだけは成りたくないと日々苦悩・激闘をしています。この「塾長のひとりごと」にも、事実・現状を書けば書くほど「失礼な！」「何〜に、偉そうに！」「訳の分からん塾に、偉そうに言われたくない！」「えっ？じゃあ、私が悪いの？」「そんなことは無い。家の子はそこまでヒドく無い」と露骨なお叱りの方が増えてきています。聞いて頂けたり、相談して頂けたり、受け入れて頂ける方のほうが少なくなっていってます。この「〜ひとりごと」には、間違っている例。勘違いの例。これさえ直して貰えれば必ず改善される例を書いてきました。誰かを批判したくて書いている訳ではありません。学校や子供の現状をご存じない方や勘違いをされている方は仕方ないです。専門家ではないので。しかし、間違っているのに『私は知っている』『私は分かっている』『私は出来ている』と矛先がこちらに向かうことが増えました。勉強を聴く習慣や態度が出来ていない生徒を「〇〇ちゃんが行ってるから、家の子も必ず上がる」と受験・進学専門の一斉塾に通わせている方。行き帰りや、授業中に無駄話や別のことをしているのを見たことはありますか？聞いた・書いた・終わったからと、家で定着・復習していない生徒を！宿題が終わってもないのにゲームをしている子に「あんた、宿題、終わったん？」「うん。終わったよ」「そう。じゃあ良いわ」と確認をしもせずに許している方。夏休みもあと少しになっているのに、宿題をやりもせず、答えを写して〇して「終わったぁ」って言っている我が子を放っている人。定期試験中で、クラブが無く、時間に余裕があるので自由に遊んで、提出物の答えを写して終わらせただけの我が子を「試験勉強してるのに成績が上がらない」と擁護している方。「母さんにバレなければ、怒られなければ他所で何をしていても見えないから･･･」と母親の顔色だけを気にして、話した内容など聞いていない生徒を放置している場合。保護者が「子どもと話し合ってみます」と言われます。聞こえは良いですが、子どもは「うん、分かった。今度はちゃんとする」と【神妙な顔して返事だけしておけば許される】と内容の理解や次回からの行動など考えていません。本当に理解している生徒は、直ぐに変化が見えます。「も〜〜う、何回言っても聞かないんだから･･･」と言われる方も居られますが、そんな子は聞いていないどころか、会話の内容そのものが多分理解できていません。「子どもを信じるのが親の務め」と言われますが、分かって努力している子は、トコトン信じてあげて下さい。先生や他人どころか、親までもスルーして楽してその場逃れが許される世の中です。表面だけでなく、もっと、しっかり見てあげて下さい。しっかりと、性格や行動を確認してあげて下さい。ここまで、はっきり書くから嫌われるのかなぁ？だから「あそこじゃ無くても、塾はいくらでもある」って言われるのかなぁ？ま〜〜た、お母様の怒りに火を点けて、生徒が減らなければ良いけど…。</description>
      <pubDate>Thu, 14 Sep 2023 20:50:59 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱりな！　でしょうね！ 20230907</title>
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      <description>中学受験が終わると、突然の電話で「受験が終わりましたので、今日で塾をやめます」と言われることがあります。もちろん、各家庭のお考えですので、私たちに否定したりする権利はありません。しかし、「何故だろう」「この生徒、本当に大丈夫かな？」と思う生徒の保護者ほど、競うように急いで電話してこられます。「学校で中の上」が自慢だった生徒＆保護者。教室のある地域の地元小学校で中の上では偏差値40前後です。その生徒に短期間で受験に対応できるギリギリの知識をねじ込んで、ギリギリ私立中学に合格させた途端に、「家の子、あの〇〇中学に受かったんですのよ。すごいでしょ。やっぱり家の子頭良いわ。もう安心。後は〇〇中学が何とかしてくれるわ」的な旨の話をされます。高校受験においても、同様のことはあります。「家の子、中学校では中の上。だから◇◇高校(偏差55位)くらい充分に可能」と度々聞きますが、教室のある地域の地元中学校で平均点くらいの実力では、偏差値37〜39くらいです。どれ位の期間にどれ位の勉強をすれば『届く』と考えられているのでしょうか。正しい取り組み意識と正しいやり方、正しい量が定着出来ていなかったから偏差37〜40位で留まっていたのではないでしょうか？いくら知識を大量に与えても、「残す」「覚える」「組み合わせる」「使う」が円滑に出来ていなければ実力アップには時間が掛かるのではないでしょうか？「そんなことは無い。家の子は頑張るって言ってますんで…」との反論も多数回頂きましたが、それこそ「頑張る」の定義と認識の違いで、結果は私たちの予想通りのことが多数でした(涙)。もちろん、苦しい中、我慢と努力を続け、本人たちの努力で目指すゴールに辿り着いた生徒もたくさん居ました。生徒・保護者は勿論でしょうが、私たちも安堵と喜びを感じていました。通塾中には知識・テクニックは勿論ですが、間違った勉強方法を指摘して、今後続けて欲しい勉強方法を指導することにも注力しています。当然、それを理解し、必死に改善してくれた生徒たちは、その後の成績は目に見えて上昇しています。他にも気になることが。受験に合格し、直ぐにやめていった生徒たちの言い分は「今まで、これで何とかなった」「受験で勉強したので自分は賢くなった。もう大丈夫」が多かったです。当然ですが、受験して進学したのに、今までの意識・やり方・量で何とかなったり、大丈夫だったりなんてありません。求められるレベルは急激に上がります。継続して塾に来てくれた生徒でも、完全に「燃え尽き」状態や「合格で将来は保証された」状態になって、以前以上に【楽が一番】【学校が何とかしてくれる】【塾が何とかしてくれる】で、進学後に急下降した生徒も、不本意ですが見てきました。(それって、有名監督のクラブに入れば、確実にプロになれると同じ考えですよね)進学前に、「進学したら、これ位のことが必要になるよ。だから、普通に付いていくだけでもこれ位やらなければダメだよ。今までみたいに『形だけ』『宿題だけ』では、絶対に付いていけなくなるよ」は、ず〜〜っと言い続けてきました。頑張って意識と生活を変えた生徒は、進学後安定的に上昇傾向にあります。当然です。「分かってるつもり」「何とかなるつもり」で従ってくれなかった生徒はジワジワ下降して低値安定です。原因はハッキリしています。間違いを指摘しているのに修正をしてくれないからです。そのことを保護者にお伝えしても「本人がやってるって言ってます」「本人の気持ちが大切です。私たちは本人の気持ちを･･･」って、結局退塾していきます。例外として時々「塾やめたけど成績は下がってないよ」と自慢する生徒が居ます。よくよく聞いてみると塾で注意された「意識」や「行動」を実行してくれているからです。ある意味、私たちへの賛辞ですね。</description>
      <pubDate>Thu, 07 Sep 2023 17:06:33 +0000</pubDate>
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      <title>お母さん！その対応では･･･20230905</title>
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      <description>過去、「あ〜ぁ、この対応では、この生徒は潰されるな」とか「お母さん、そりゃあ、やりすぎでしょ」とか「えっ？何が大切なの？子ども？お母さん自身の立場？」と感じた保護者の対応をたくさん見てきました。「あっ、このお母さんの対応や対処の仕方、すごいな」とか「このお母さん、子どものことをしっかり見てるな」とか「グッドなタイミングで叱ってるな」と良い対応もたくさん見てきました。後日(当然、長期間指導するので、見れますし、退塾しても、他の生徒から様子は聞けます)確認し直すと、予想は粗99％当たっています。何が問題で何が良い対応なのかを実名付きでも説明できますが、さすがに実名はマズい(笑)ですから、行動例だけお話しします。最近話題の「ヘリコプターペアレント」は、何でも何時でも子どもに同行し、いつでも手助けができるように近くで見守っているのです。ヘリが上空でホバリングしているような状態ですね。ベビーシッターのように、将来がどうなろうと、機嫌をとってケガをさせないように何でも手をだす人。甘やかし過ぎで、子どもが我がままになったり、我慢が出来ない子にしてしまったり、平気でウソをついても自覚のない子になったり「嫌だから･･･」「面倒臭いから･･･」と無視・スルー・放置に無頓着になったりが、多く見られました。逆に独裁者のように、全てを自分の感情や今の気持ちで判断され、子どもの意見も配偶者の意見も目の前で全否定される方も居られました。当然、子どもは【お母さんの顔色が人生のすべて】になってますよね。いくら指導しても、指摘しても「だって、お母さんが･･･」で改善できません。『私は学歴が低いから･･･分からん』と言われる方も居られますが、そんなもの関係ありません。人間の対応や善悪なんて、勉強とは別問題です。毎回、言い続けていますが『人間力が学力に!』です。ズルいのが「子どもが言うんだから･･･」「言っても聞かないんです。仕方ない」「やる気がないのなら無駄だから知らん」「注意しても変わらないのならもういい」「子どもの人生だから、子どもの思うように(って小・中学生に言っても分かる訳がない)」です。これらは、親の責任を放棄して言い訳にしか聞こえません。親と子では、立場も考え方も違うのです。何度も話し合って喧嘩もして本気で向き合った結果が欲しいのです。その子が親になった時に「自分の親は、本気で向き合ってくれたな」という思い出が、次世代の子育てに繋がっていくのです。最後に最悪の言い訳をお話しします。「私には私の人生があるのです。そんなに子供のことばかりに時間と労力を掛けてられないのです」生活費のためや介護のために、不本意でも子どもを後回しにすることは理解できます。でも、これを言われたお母さんは、趣味や子供の頃からの夢やマスコミの「きれい事」を優先されていました。３人居られました。名前は言えませんけどね(笑)。「人それぞれ」ですから、全てを私の価値観に合わせろとは言いませんが、【だろうな】とか【でしょうね】の結果をたくさん見てきたことも事実です。頑張って苦労して結果を出しているお母さん。お気持ちは分かります。でも、20年後には子どもと笑い話になります。私も可能な限りお手伝いします。あと少しです。</description>
      <pubDate>Tue, 05 Sep 2023 17:14:28 +0000</pubDate>
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      <title>我が子の実力は･･･20230905</title>
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      <description>色々なお母様方と何度もお話し(雑談？井戸端？)させて頂く機会があり有難いです。しかし、その内容の間違いと思い込み・勘違いをその場では訂正させて頂けない(私も空気が読めますので･･･)ので、この「ひとりごと」の場で指摘させて頂きます。一番多い間違いが「生徒の現在の実力」の認識です。地元の中学校に通ってる生徒のお母様が「家の子は平均点より少し上だから、実力は中の上。だからあそこ(一斉形式)の進学塾に行かせれば〇〇高校(偏差55程度)程度なら確実に受かる。家の子も頑張るって言ってるし…」です。解説します。まず、地元の中学校で平均点位の生徒の実力は偏差37〜39くらいです。その少し上程度ですから39から41程度でしょう。そのレベルの生徒が【一斉塾】で成績アップできるとは思えません。何故なら一斉の形は学校と同じです。そこで自力で聞き取り、理解して、覚えて、使えるのなら、学校でもっともっと点数が取れているはずです。極端な言い方ですが、今の地元中学校の授業(学校の先生、悪口ではありません。ごめんなさい)は、テスト問題の解説と式と答えを黒板に書いているようなものです。初見の問題は粗ありません。これは生徒たちにも確認したので間違いありません。とすれば、ノートを全て覚えれば100点のはずです。なのに平均点58.6とかは何故でしょうね。この環境で65点とっている生徒が、一斉の進学塾の授業形態に対応できるとは思えません。スピードも内容もレベルも・・・。いくら「頑張る〜〜」と言っても、何をどれくらいどこまでやることが「頑張る」ことなのか理解できていない生徒には無理なのでは？もし、万が一「行けば」「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」『成績はすぐ上がる』との認識を生徒 or 保護者が持たれているのであれば、それが最大の間違いです。その上、「実績の進学塾」とか「〇〇ちゃんが行って、◇◇高校に受かったから･･･」で塾選びをするなんて、もっと間違いが増しますね。「通うのは子どもだから、本人が行きたいって言う塾が最良。行かないよりは絶対良い。結果は別に考えない」なんて、【一応塾】の典型じゃないですか。塾選びは生徒の性格と勉強のやり方を確認し、足りない所を補充して、ダメな所を注意してくれる、そこにお金を払うから価値があるのです。生徒の機嫌を取ることを目的にしている保護者が多いです。教室の方針と考え方、空気感を確認して【子どもの為に何をしてもらえるのか】で選ぶのが普通では？「安いから･･･」とか「有名だから･･･」とか「〇〇ちゃんが･･･」で選んでる保護者の子では、そりゃあ…………(失礼)。増してや「何でいちいち行かなくては？ネットで見れば分かるわよ！」と言われている保護者の子では実力は･･･(またまた失礼)思い込みや自己過信や30年も昔の常識で、大切な子どものチャンスを潰さないで、子どもの将来を最優先にして頂きたいですね。</description>
      <pubDate>Tue, 05 Sep 2023 15:11:11 +0000</pubDate>
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      <title>意地を張る　20230903</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154034/</link>
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      <description>「自分の考えをしっかり持って、意地くらい張れないやつはつまらない」若い頃、何度か言われた言葉です。意地を張り通すには度胸と忍耐が要ります。下手に意地を張ってしまったがために、一人で遠回りしたり、寝る間もなく苦労した経験もあります。「意地を張り過ぎると、ロクなことが無い」これも、ある程度の年齢になって気付きました。その通りです。引き際です。負けたのではないのです。周りの知恵を頂いたのです。つまり、「意地を張る」とは、『自分が一生懸命考えたプランを、自分の信念で絶対実現するぞ』の時に『たった1人でも実現する覚悟』の時に張る(出す)ものです。ところが、近年は【簡単に】【手軽に】【根拠も無く】張っている意地をたくさん見かけます。宿題が終わってないのに「やったもん」「絶対じゃもん」「私はこのやり方が一番合うんじゃもん」「そんなことないもん。絶対覚えたもん。今、出てこんだけじゃもん」「私は、覚えられん体質(そんな下戸みたいな体質があるん？)なんじゃもん」「学校では、良く出来る方じゃもん。私のやり方は絶対正しいもん」「私は間違ってないもん。皆〜〜んなやってるもん」「そんなこと無いもん。将来も困らんもん」「その時になれば何とかなるもん。今までこれで何とかなったもん」「最後には親が誰かと何とかしてくれるもん」「そんなことは無いです。家の子はやってます」「子どもに聞いたら、やってるって言ってます」「家の子、いちいち指示されたり、注意されるのを嫌うんです」「えぇっ、それは厳し過ぎませんか？」「通うのは家の子なので、子どもの言うように･･･」「失礼な。私の育て方が悪いっていうんですか？」事実をお話しすると「意地を張って」否定の言葉を返された例です。これって本当に「意地が張りたかった」のですかね。何でもかんでも、とにかく言い返して勝ちたかっただけなのでしょうかね。意地なら見返してやるくらい頑張って苦労して耐えて実現していないと・・・。生徒も保護者も、自分が責められないための布石を打っているだけでは？やっぱり近年のは「意地っ張り」じゃなく、何でもかんでも言い返して勝ちたいだけで、結果や想いよりも、【勝った】っていう感覚を得られれば【本末転倒】でも【満足】している人が多いですね。簡単な勘違いやミスなら「あっ、そうなん？知らんかった」って素直に受け入れれば良いのでは？人間なんだもの。ミスの1つくらいは・・・。自分の信念や生き様は、『意地』から見えます。「とにかく勝ちたい」「うるさいなぁ。放っとけ放っとけ。無視無視」をする人は、それが生き様なんでしょうかね。</description>
      <pubDate>Sun, 03 Sep 2023 15:15:14 +0000</pubDate>
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      <title>同意見の方に会いました20230830</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-154000/</link>
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      <description>先日、あるお母様とお話しする機会がありました。その方には、歳の離れた3人のお子さんが居られます。その方が言われるには「どの子もそんなに特別優秀ではなかったけれど、末っ子が特別問題だ」でした。昔から「上の子はおっとり。二番は変わってる。末っ子は活発でわがまま」と言われてきました。もちろん例外はありますよ。念のため。(私にクレームを言われても･･･)しかし、そのお母様が問題視されているのは、下の子は上の子達と違って、言っても言っても無視するし、約束は守らないし、宿題をしてないのにゲームを始めるし、大人の言うことをことごとく無視することだそうです。子どもだから、ある程度は覚悟していたが、ことごとく無視しても何とも感じていないようだし、当然、学校の成績も下降一筋一直線の旨のことを話されていました。私が「どうしてでしょうね？」と聞く前に、お母様の方から『学校や社会が叱らないし、罰が無い。我慢してでも嫌いなことをやったり、遊びをやりたくても我慢して勉強なんて当たり前の習慣が身に付いていない。いくら家で私が叱っても、当然のようにスルー＆無視される。こんなんで、これからの社会はどうなるんでしょうね』と言われていました。私も常々「暴力や傷害は大問題だが、子ども達に【罰】や【責任をとらせる】が無いのだから、子ども達が歳相応や我慢や当然や凡事を身に付けるわけが無い。誰がいつ教えるのか。誰が【すべて許す】を求めているのか。成人して社会に出ると、当然のように罰も責任も求められます。その時、知らんぷりして逃げ出す子を求めている人が居るのか？」と言っていますが、内容は違っていないように感じました。きれい事や優しい言葉。耳障りの良い言葉。は思いっ切り取り上げて頂けます。聞こえも良いです。行政も、原因が分かっているのに言葉を濁して「指導法を新しく検討を･･･」とその場逃れ。原因を作っている『〇カ親』『ダ〇親』は嬉しそうに「ほ〜〜ら、やっぱり私じゃなくて学校の責任でしょ」と満面のドヤ顔。こんな一部の「分かってらっしゃる方」(私も端っこに入れて〜)の声は届かないのでしょうかねぇ？再度言います。私は暴力や傷害を推奨している訳ではありません。自分が子どもだったらどうするかな？と考えた時。何でも許されて、欲しい物が与えられ、罰が無いのなら、絶対に絶対に我慢して勉強なんてしませんよね。</description>
      <pubDate>Wed, 30 Aug 2023 17:50:56 +0000</pubDate>
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      <title>何で？どうしたいの？20230827</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153965/</link>
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      <description>近年、年度途中で退塾していった生徒の傾向が類似していることに気がついたので少しだけお話しします。指示しても、アドバイスしても、注意しても、返事だけは「はい」と気持ち良いくらい良い子風を見せるのですが、その後に顔を合わせても何も変化無し。やるべき事も何も変わらずに「形だけ」で出来る宿題だけは持参してくれます。しかし、「覚えて来い」や「再度一人で順序立ててやってみろ」とか「あれとこれの違いを解き直して理解してみろ」などは決して手を出しません。つまり、小学生低学年か成績不振中学生並みの「形だけ学習」から変わってくれません。指示に従ってくれませんので、成績は下降傾向です。教えている側も何度も繰り返す指示を無視されているので注意も厳しくなります。それでも「意地」なのか「プライド」なのか分かりませんが、『無視』『スルー』は変化がありません。正面から向き合って「どうしてこの塾を選んで来たの？」と聞くと、「厳しくしてくれる塾じゃないと成績が上がらないと思って･･･」と返ってきました。「じゃあ、厳しく注意された事には従わないと変われないよ」と再度聞くと「僕(私)は変わる気は無い(的な)です」との返事です。「でも、変わらないのなら、厳しくして貰う必要は無いのでは？優しい〇〇塾にでも行った方が･･･」と言うと、「あそこは緩すぎてダメです」と返ってきます。「でも、聞かないのであれば、同じでは？」と再々度聞くと「厳しい塾に居ないと成績は上がらないけれど、僕(私)は変わる気は無い」と断言されてしまいました。他には「何とかなる」や「少々は別に構わない」「誰か(親)が何とかしてくれる」も激増中です。私たちは、どうすることがベターですか？もちろん、お母様方にもお伝えしますが「私も注意するんですけどねぇ…」とか「あぁ、そうなんですか？本人がそんな気なら無駄ですねぇ」との反応が・・・。その後、一か月くらいで突然「退塾します」と電話連絡が･･･。他にも、無視する生徒のパターンが・・・。受験の予定や進路希望や模擬テストの結果や学校の成績表等を持参するように何度言っても、その都度「あっ、忘れた」とか「お母さんが持ってる」とか「お母さんが見当たらないって言ってた」と決して持参してくれない生徒が居ます。勿論、的確に進路対策の指導が行き届かないので、成績下降気味です。「家庭や学校で進路についての話があったら、必ずその都度内容を教えてね」とお願いしていても、決して話してくれません。知らない間に親子で(後で聞くと粗、親の意向で･･･)決めて、願書を出していたり、推薦入試の面接が終わっていたり、特別枠の入試を選択していたりで、ある日突然「もう、入試が終わったので今週で止めます」とお母様から電話連絡が･･･。後で生徒から微かに耳にしたのが「長く塾に行かせたのに、成績が上がらなかったのだから、この塾ダメね」とお母様が言っていたそうです。授業計画も個別な相談対応も何もできませんよね。私たちが100％悪いのですか？道具扱いにするにしても、少し酷過ぎでは･･･？と、私たちに何を求めておられるのか、どうして欲しかったのか、「黙って通って座ってるだけで、思い通りの結果を･･･」と本気で期待されていたのかなぁ。それは無理です。私たちの力不足なのかなぁ？少しだけ考えてみます。</description>
      <pubDate>Mon, 28 Aug 2023 08:39:23 +0000</pubDate>
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      <title>損？得？高？安？新？旧？20230822</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153904/</link>
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      <description>少し前、私の仕事をご存じ無いお母様方の集まり(集会？井戸端？)の内容を耳にする機会がありまして、会話内容を聞いていました。その時に、ご自分の意見を言われている方や、友人が言っていた意見を披露されていた方が混在していました。黙って聞いているだけの方と、精一杯主張したい方に二分(にぶん)されていました。主張されている方の多くの主張内容は「家の子、全然勉強せんのんよ」と「あそこの〇〇は高いよね」と子どもの塾の話が多かったように思います。そこで、主張されていたことの例を少しお話しします。「あそこに新しく、パソコンを使う最新の塾が出来たんだって。家の子行かそうと思うの」「同じ『個別指導』って書いてあるのに、何でこんなに料金が違うの？安い方が良いじゃんねぇ」「あそこの塾、昔からあるから家の子行かしたけど全然成績が上がらなかったわ。やっぱり最新式じゃないとダメね」「いちいち話を聞いてまわるなんて邪魔臭いわ。パンフやホームページを見れば分かるでしょ。このＩＴやネット全盛の時代に古臭い」どうですか？当り前の「勉強とは…」をお分かりの方は、矛盾点や間違いがお分かりですよね。「そうそう」とか「そりゃあそうでしょ。何か変？」と思われた方、勉強が出来ている生徒の保護者に、少しだけご意見を聞いてみられたら如何でしょうか？もちろん、井戸端から【すぅっ〜】と外れられる方も居られました。聞いているだけで【薄笑い】状態の方も居られました。当然でしょう。分かっておられる方からみれば「何〜に、バカなことをいってるの？」でしょうね。全く同じことで料金が違うなら安い方が良いに決まってます。やり方や手間が違えば料金が違うのは当然です。何でもかんでも「損得」や「高い安い」「楽苦」「最新・古臭い」で判断する【癖】では、勉強の結果と逆行しますよね。特徴やメリット、空気感はネットでは見えませんけどねぇ。私はそんなにまちがってるのかなぁ？</description>
      <pubDate>Tue, 22 Aug 2023 19:48:56 +0000</pubDate>
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      <title>分かってるもん！やってるもん！20230817</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153847/</link>
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      <description>毎日、生徒たちの指導に携わっていると、生徒たちや保護者の勘違いというか、認識間違いというか、日本語の内容の誤解にぶち当たっています。私たちは、出来るだけ『具体的な指示』を心掛けています。出来るだけ『具体的な言葉』を使うようにしています。『今、直ぐに』『必ず』やらなければならないこと。『できれば･･･』『将来的には･･･』やって欲しいこと。区別をつけて声掛けをするようにしています。もちろん経験上、直ぐに素直に完全に実行してくれれば、1〜2か月後には、実力上昇が明らかに見えてきます。しかし、上昇どころか、現状のまんまや下降する生徒がいます。分かり易い最大の原因は『指示の無視』と『スルー』です。『無視』の理由は、「面倒臭い」「うるさいなぁ」「偉そうに･･･」「自分はそこまで酷くない(誤解)」「放っといても、罰がくるわけではない」が多いです。『スルー』の理由は、「何とかなる」「将来も何とかなる」「今まではこれで何とかなった」「誰かが何とかしてくれる」が多いです。これを保護者にお伝えした時の反応は「え〜っ、信じてたのに」や「まさか、家の子が･･･」「いつも、言ってるんですけどねぇ」と「家でも言ってるけど変わらないから、私(母)はもう知りません」や「だから、塾で何とかしてもらおうと･･･」と色々なパターンが。ですが、私たちが感じる近年の増加傾向にあるのが「誤解語」「誤理解」「認識の甘さ」です。指示してもやって来ない生徒や半分以下で止めている生徒に、「指示したこと分かってる？」って聞くと『分かってるもん』って答えます。「言われたようにやってる？」って聞くと『やってるもん』って答えます。何をどこまでどれくらいやったら『やってる』ことになるのでしょうか？どのように認識して、どういう行動になれば『分かってる』ことになるのでしょうか？間違っていても、認識が甘くても、あえて過少に認識しても、どこからも罰がこなくて、欲しい物ややりたいことは与えてもらえます。つまり、分かってる「つもり」、やってる「つもり」、これ位で良い「はず」ですね。保護者の認識にも「誤認」があります。「学校で習えば･･･」「学校で普通なら･･･」「学校に行ってるだけで･･･」「私たちの頃は･･･」です。これらの細かい説明は別の機会に・・・。近年の地元の公立小・中学校のレベルの現実を認識して下さいね。「家の子に聞いたら『やってる』って言ってます」「子どもは『分かった』って言うのに、テストの点数が･･･」とか「学校の定期テストは良いのに、塾の模擬テストはイマイチ。塾の教え方が・・・」と言われる方。保護者にも誤認識がありそうですね。以上の件を一括りにして「日本語が理解できていないですね」ってお話しすると、必ず「失礼な！」か「家では日常、困ってないですが…」が返ってきます。これも誤解語ですね。「日本語が理解できる」ってどういうことでしょうね。【つもり】【はず】を許してやれ・認めてやれって風潮ですが、認めて許してやっても、入試の時にちゃんと加点して貰えるのなら･･･。</description>
      <pubDate>Thu, 17 Aug 2023 14:09:04 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、嫌がるんです･･･20230813</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153813/</link>
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      <description>成績不振の生徒や、成績伸び悩みの生徒に、その問題点を指摘したり注意したりして、今まではやらなかったやり方や、今までは放っておいたことを強制してやらせています。中には、今は、そこそこ「出来る子」なんだけれど、先生に聞いたことを書くだけ、習ったこと『だけ』しか覚えて無い子。しかし、このやり方を続けると、中３から高校生時に必ず困るし、後悔することが起こるであろう生徒に、変化や意識変革を求めたりします。すると、生徒たちが家に帰ってお母さんに話すのでしょう。すぐ後にお電話を頂くか来塾されます。「先生、家の子に〇〇を言いましたよね。家の子、それは嫌がるんです。言わないで下さい。」「先生、家の子に〇〇をしろって言いましたか？家の子、それは嫌がるんです。もう言わないで下さい。」「先生、家の子に△△のやり方をしろって言いました？家の子、今まで◎◎のやり方でやってきたので、新しいやり方は嫌うんです。もう言わないで下さい」「先生、◇◇の単元が苦手だから教えて欲しいと言いましたが、家の子、学校の先生と言い方が違うから嫌だって言うんです。学校と全く同じ言い方をしてやって下さい」もちろん、私の考えが完璧なんて思っていませんし、生徒にも色々なタイプや性格の子が居ますので一律のやり方に全てを縛り付けようなんて思っていません。しかし、明らかに【勉強】に逆行する行為くらいは分かります。例えば、英単語をコツコツ覚える行為をせずに、英語の成績を上げて欲しいと言われましても･･･。それを求めずに成績を上げろって言われましても･･･。「子どもの言い分や好みを叶えて喜ばしてやりたい」っていう親の気持ちは分かりますが、間違いを修正・訂正せずに続けてきてしまったから現状の成績になったのも事実ですよね。「余り強く言って、子どもが拗ねて、まったく勉強しなくなるよりかは･･･」と言われるお母様も居られました。そのお気持ちも分かります。だから、その気持ちや親子関係の【足元をみて】、間違ったままのやり方で、いかに長く通わせて『結果より月謝』の塾が増加しているのも事実です。親が子どもに与えてやるべきは、揉め事の無い楽しい親子関係と子どもの自己満足の笑顔ですか？親子喧嘩や不穏な空気になってでも、10年後・30年後に自らの考えや力や耐える心で自活してくれる子にしてやることですか？嫌がるから庇って守ってやることが、本当に子どものためになっているとお思いですか？子どもが我慢してでもやらないから、親が金を出して「楽」に叶えられる方法を教えることですか？そんな方ほど「普通に高校を出て、普通に仕事して、普通に飯が食べられれば･･･」と言われます。やりたい事。なりたいもの。苦労してでも我慢してでも我武者羅に手に入れて望む将来にむけて生きていくなんて人生は、必要ないのでしょうか。単に飯(餌)さえ食べられれば良いのでしょうか？「子どもの気持ちや嫌がることを全く塾に言うな」と言っているのではありません。お家での様子をお知らせ頂けることは有難いことです。ただ、やるべきことが不足しているから成績が伸び悩んでいるのです。それを庇ってやることが、本当に「今の家の子に必要なことかどうか」は冷静に普通に考えられたら…。中学・高校を自分も経験してきた大人なら･･･。と、思うのですが・・・。私、そんなに間違ってますか？(近年、沢山、何度も、色々『頭おかしい』とか『偉そう』って言われ過ぎて自信喪失気味です)</description>
      <pubDate>Sun, 13 Aug 2023 14:41:53 +0000</pubDate>
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      <title>教えてもらうって？20230811</title>
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      <description>『分からないことは、そのままにせずに、必ず聞いて・確認して・分かってから書いて「〇」をもらってね』と、ず〜〜っと生徒たちに言ってきました。当り前のこと過ぎて、当り前の大人にとっては「何〜に、今更当り前のことを大仰に･･･」と思われるでしょうが、これが当り前でなくなってきているからお話しをします。生徒が「宿題が分からない」と聞きにきました(放っとかずに来ただけで偉いです)。問題を見て、問題の内容を聞きましたが説明できません。問題内容を説明して「何を使う？」「次はどうする？」と順次聞いていきましたが、「暖簾に腕押し」です。答えの直前まで説明して『続きは出来るはずだから家でやってごらん』と帰らせました。夜に(後日のこともありました)お母様から電話があり、「分からんから聞きに行ったのに、教えてくれんかったと子どもが言ってます。どうして教えてくれないのですか？」との内容です。その生徒も保護者も、答えを書いて丸をもらえる状態にしてくれることを【教えてもらった】と認識していました。子どもにすると「何をごちゃごちゃ言ってるの？良いけぇ、早く、式と答えを言ってぇやぁ」との気持ちだったようです。なぜなら、今の小・中学校では、何も考えて無くて、分かって無い生徒でも、【とにかく、写して、出して、丸してもらう】と許されるからです。根拠や理由や用語や定義や組み合わせなんか求められない(語弊があります。先生は求めています。多くの生徒が従わないだけです)し、やらなくても罰が無いから、楽な方法を選択しているのです。その証拠に、授業で説明されたものとそっくりな少しだけ変化した問題は『習ってな〜い。ずるい』となって出来ない子が・・・。当然、そのまま高校に行ってガタガタになる生徒が・・・。式と答えを言って書かす「幼稚園の塗り絵」を求めているレベルを「高校過程と呼んでも良いのでしょうか？まずはその勘違いを修正しなければ、次に何を説明しても出来るはずがありません。何度も指摘して注意して基本姿勢を確立しようとすると、私たちの思いと逆の御言葉を頂きます。「優しい塾が良い」「怒らない塾が良い」「説明を聞くだけの塾が良い」「進学コースで聞いてれば直ぐに難しい問題が解けるはず」です。保護者も「家の子が通うんだから、家の子が好む塾が一番」「家の子が嫌がったら元も子もないから」と言われます。それって、一応通わせた。結果は求めないと同意では？説明もせず、淡々と問題集を解かす塾が多いです。間違えた原因を指摘せず「次、頑張ろうね」と間違いを繰り返させる塾が多いです。何故かって？そりゃあ、一々指摘されたり一々指示されて変化を求められるよりも、生徒にとって『楽』だからです。保護者にとっても「機嫌よく通ってくれているから･･･」と『楽』なのです。本当に生徒の将来を考えて、嫌われる覚悟で指導すると、もっと嫌われます。結果より、生徒の機嫌をとっていると好まれて人気がでます。どちらが集客に繋がるか、誰でも分かりますよね。あっ、またまた貧乏塾の僻みでした。すみません。</description>
      <pubDate>Fri, 11 Aug 2023 18:58:12 +0000</pubDate>
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      <title>何んか･･･多分･･･、頑張る･･･20230809</title>
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      <description>「伸びる子」「時間が掛かる子」のお話をしました。その中で、皆さんでも気付く「時間の掛かる子」目印があります。それは、「何んか、こんな感じ」「多分、こうだった気がする」「うん、分かった。頑張る」「え〜っ、私、頑張ったのに･･･」を口にする子です。数学も英語も理科も社会も国語も、勉強には「定義」「用語」「ルール」があります。数学の証明問題では、一文字間違えただけで、延々と書いた答えがバツになります。英語も、一文字のスペルミスが長々と書いた文章全体をバツにします。公民の裁判単元に至っては、一文字間違えると全く逆の立場や結論になってしまいます。ですから、先生の説明や教科書の説明を意識して正確に完全に聞き取る・読み取る意識と習慣が必要なのですが、小学校低学年の頃から学校で叱られないからとか、「あっ、分かってたのに勘違いした」と言い訳して『楽』して通り過ぎることが許されると信じていた子が「伸び悩み」の習慣を付けてしまったのです。学校の先生の指示内容を聞いても、お母さんの伝言を聞いてもいつも「何んかこんな感じのことを言ってた」で平然としています。多分も同様です。常日頃から正確に確実に聞く意識と習慣が無いので、「多分、これで良いと思う」と常に何となく通り過ぎようとします。英文法等がよい例です。冠詞が付くのはどんな時？「Ｓ」が付くのはどんな時？単数のＹｏｕと複数のＹｏｕはどこで見分けるの？一文字でも、一単語でも間違うとバツです。後で言い訳をする癖は早めに直しましょう。英会話では、多少の文法ミスでも通じますが、書き問題が主流の入試では命とりとなります。勘違いやうろ覚えも実力の内です。最後に、何か指示したり注意したり、暗記や復習の指示、面談時に具体的に行動の指摘をすると『うん。分かった。頑張る！』って簡単に言う子がいます。これを言う子の殆どは頑張りません。「頑張る」って何ですか？何をどれくらいやれば頑張ったことになりますか？分かって使っている小・中学生がどれくらい居ますか？これを言う子のほとんどが、後で出来なかった時に「私、頑張ったのに〜」って言います。「頑張る」の定義につきましては別の機会にお話しします。子ども達が「頑張る」の言葉と出会ったのは「幼稚園のお遊戯会」です。何も出来なくても覚えて無くても泣き続けていても、ステージに上がって降りて来さえすれば『偉いねぇ！頑張ったねぇ！」と終了時に褒めてもらった時です。年齢と共に大人が対応や求めるレベルを変えれば良かったのですが、いくつになっても「頑張る」って言えば褒めて貰えることを子ども達は覚えたままなのです。伸びる子は「何んか」「多分」を使いません。もちろん「頑張る」も使いません。自分の勉強です。自分の受験です。自分が上昇したいのです。頑張って当然だからです。「やれっ！」って指示すると【やります】って返ってきます。これは、「頑張ったのに〜」の言い訳を自分で断ったのです。「やる」か「やらない」かしか無いからです。</description>
      <pubDate>Wed, 09 Aug 2023 20:19:10 +0000</pubDate>
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      <title>伸びる子と伸びない子の違い20230808</title>
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      <description>子ども達の行動を見ていると「あっ、この子は伸びるな」とか「この子は時間が掛かるな」というのが何となく分かります。もちろん個人差はありますし、機械的に画一的にはいきませんが・・・。現在の実力が高いか低いかは関係ありません。短期間で偏差値を20近く伸ばした生徒もいるくらいですから。伸ばした生徒はどんな子かといえば、分かろうとして説明者の言葉一つ一つを一生懸命に聞く。今までのやり方と違っていても、素直にやってみようとする。大人の指示や周りとの約束は守ろうとする。自分が恰好悪くても嘘はつかない。折角のチャンスなので絶対に変わろうと思っている。つまり、歳相応な力が身に付いていると思われる行動ができています。一方、「時間が掛かりそうだな」と思う子は、前記の「伸ばした生徒」と対照的です。いくら一生懸命に説明しても「何かこんな感じ･･･」でフワァ〜としか聞いていない。返事だけは「はいはい」とするが、「面倒臭い」とか「私それは嫌い」とやらずに放っておく。言い訳や作り話で、約束は「なし崩し」や「自然消滅」を目指している。自分に都合の悪いことは黙って隠す。見た目や恰好良さが優先。「やってるフリ」はとても上手になっている。とにかく放っとけば、誰かが何とかしてくれるし、最後には何とかなると思っている。いくら無視したりスルーしてても、「大人は絶対に許してくれる」と思っている。いくら無視したりスルーしても絶対に私に罰や危害が与えられることはないと思っている。子どもには子どもの考えがあるので、大人の考えを強制しないで欲しいと思っている。先生は、自分が偉いことを自慢したいので、宿題を出したり暗記を強制していると思っている。その宿題も暗記も「何かこんな感じ」と勝手に自分で判断して途中止め。つまり、変えて伸ばしてもらえる人の指示を全て受け入れて全て実行しようとしている生徒と、今までの自分のやってきた『楽さ加減』を継続して「何とかならないかなぁ」とまだ変わろうとしない生徒の違いです。高高十歳程度で、それを理解出来て自ら行動できる子どもなんてほとんどいません。「まだ小さいから･･･」「その内分かってくれるはず･･･」「その時がきたら、私(母)が言えば･･･」と放置して我慢と辛抱を覚えさせるタイミングを逃したのは何が原因でしょう。改めて言います。現在の学力は関係ありません。人間力(素直・正直・歳相応・我慢)を身に付けている生徒は、必ず成績は伸びます。もちろん現状の学力と目標ゴール学力の差に見合うだけの時間は必要ですか・・・。人間力を付ける努力もせず、「聞けば･･･」「習えば･･･」「教えてもらえば･･･」「行かせれば･･･」「入れれば･･･」『家の子は頑張ってくれるはず』なんておこるはずはありません。「教えればどんな子でも上がる」を売り文句にしている塾や家庭教師は………ここでは言えません。</description>
      <pubDate>Tue, 08 Aug 2023 17:25:30 +0000</pubDate>
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      <title>学ぶ姿勢の今昔･･･20230802</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153692/</link>
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      <description>師(先生・指導者・師匠等の全般)からの「御言葉」や「知識」「経験」「技術」を知りたくて、見たくて、聞きたくて、一つのことも見逃さず、一言も聞き逃さず、全てが出来るように成りたくて「誰か」に教えを請い、指示やお手本通りに行動することを『学ぶ』と呼ぶはずです。昔(と、言っても高高40〜50年前です)は、指導者の指示や命令や指導を【無視】したり【スルー】したり【程々でやめる】なんてありませんでした。「覚えて来い」って言われると夜中まで掛かっても必死で覚えました。「〇〇をやって来い」と言われると、何時間掛かってもやり遂げました。大人や先生の言葉は『絶対』でした。ところが、20〜30年前くらいから、「子どもの権利」とか「自由」とか「平等」とかの言葉を『誤理解』した人たちが、先生たちを悪者にし、子ども達の「怠け心」をくすぐり、「叱らない・強制しないこと」を『近代的』とか『最新の･･･』と誤宣伝しました。もちろん、子ども達は「喜んで飛びつき」ました。おかげで急激な学力下降が始まりました。「練習中は気合で水は飲むな」とか「うさぎ跳びで石段を往復」のような間違いを修正するなと言っているのではありません。宿題や単語の暗記は指導者の威厳とプライドのための指示でしょうか？子ども達の今後の『学び』に必須の知識と分かっているからこその師からの指示ではないでしょうか？もちろん、保護者や家族は叱責や注意をし続けていました。ここ10年以内の現状はどうでしょうか？先生の指示よりも、自分の好みや都合が優先で、覚えたかどうかよりも、言い訳や口答えで如何にしてその場を通り過ぎるかが大切なことであり、それを注意したり叱責する指導者を「暴力的」とか「軍隊式」とか「旧社会的」などと批判して話を逸らすことが主流になっています。例え話をすると、学校の先生から罰や居残りの武器をすべて取り上げ、優しい口調で淡々としゃべることだけで生徒全員の成績を保証しろと言っているようなものです。説明を聞かなかったり、指示に従わなかったり、やることをやらずに生徒の成績が上がらなかったら子どもの行動より「先生の指導力不足」と総攻撃です。もちろん、素直に聞いて、必死に覚えて、我慢を重ねて理解を続けている生徒(つまり成績上昇者)も居ます。何故でしょう？これは、大人や師の言葉を無視したりスルーしたり放置したりすることは「有り得ない事」と物心ついた頃より植え付けられた環境の御蔭ではないでしょうか？「家の子はそうよ」と言われる方が多いですが、実際に学校の中で、そこまで必死な生徒が何割居るでしょうか？「返事だけしておいて、黙って放っとけばバレない」って思っている生徒が大半なのではないでしょうか？そこを見抜いて確実に指導してやることが子育てではないでしょうか？「殴れ」とか「食事を与えるな」とか「自由を与えるな」と言ってるのではありません。「揉めるのは嫌」「面倒臭い」「言えば分かる」「家の子は大丈夫」「普通に学校に行っているから･･･」と、『多分大丈夫だろう』と自分に言い聞かせ、後にどうにもならなくなったら「別に勉強がすべてでは無い」とか「普通に飯が食えれば…」と更に自分を何でも許していませんか？苦労も我慢も何もせず、与えられるのが当り前の権利になっている生徒。教えてもらうことが当り前の権利になっている生徒。しかもその中から、自分の好みや辛楽でチョイスできる生徒が、自ら進んで学ぶでしょうか？子ども達にとって「怖い存在」がないのです。「我慢」する必要がないのです。「私がこうだった」という保護者の経験を、何も言わなくても子どもが実行している可能性は？どう思われますか？</description>
      <pubDate>Wed, 02 Aug 2023 15:59:51 +0000</pubDate>
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      <title>じゃぁ、どうすれば･･･？20230801</title>
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      <description>毎回毎回、ここで現状(言いたい放題って意見も)をお伝えしています。すると少しだけお言葉も頂戴します。私の”思い”と違うものもあります。「何〜に、偉そうに・・・」「こんなＡＩ全盛の時代に・・・」「普通だから良いでしょ」「私だって忙しいのよ。子どものことだけをやってる訳には･･･」「私(保護者)のことを言われているようで嫌だわ。だったら他の塾に・・・」です。誰かの悪口や批判がしたくて書いている訳ではありません。現実の学力よりも、「学校で・・・」「近所の〇〇ちゃんと比べて･･･」「平均だから・・・」で、後になって取り返しがつかなくなって生徒の将来の選択肢を減らしたく無くて書いているのです。「勉強が全てでは無い」も言われます。その通りです。社会人になってからの「人間力」が全てです。素直に聞く。可能なかぎりの我慢と努力をする。年齢と立場相応の判断と行動ができる。(資格や昇級したいなら)座学の訓練も・・・。会社や家庭やご近所での立ち位置のためです。「じゃあ、どうしたら良いの？」これは生徒一人ひとり、家庭それぞれ、保護者の対応それぞれによって原因が違います。私たちは、一人一人を細かく観察し、先生たちで話し合って分析し、少しずつ行動指標を示すようにしています。「じゃあ、私たち(保護者)はどうしたら良いの？」簡単です。ここで【ダメな例】【止めて下さいの例】【間違っている行動例】【間違っている意識の例】として紹介していることは、即刻やらないで頂ければ半分は改善したのと同様です。『･･･つもり』や『だってぇ…』はダメです。後の上昇方法は、ベテランの講師陣が確実に対応できます。もちろん、人間力の「いの一番」である【素直に聞く】が大前提ですよ。</description>
      <pubDate>Tue, 01 Aug 2023 18:57:04 +0000</pubDate>
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      <title>家の子は普通！・・・本当？20230731</title>
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      <description>「家の子は普通です」「家の子の学力は普通です」「家の子の勉強方法は普通です」「家の子の勉強量は普通です」「家の子は学校の中では普通に見えます」「家の子の行動は皆んなと同じです」これらの発言やご意見を批判するつもりはありません。しかし、ここからが“大”問題なのです。「だから、〇〇高校(偏差が15不足)にお願いします」「だから、〇〇中学(偏差が25不足)か◇◇中学(偏差が18不足)へお願いします。ダメなら▽▽中学(偏差が10不足)でも我慢します」「だから、普通の高校(偏差が10不足)に行けば、頑張るって言ってますから、公立の◎◎大学(偏差が20不足)ぐらいは行ってくれるだろうから・・・」これが“問題”で無くて何ですか？全国学力テストの結果を見ても、広島県は中程度です。その県内で、「福山市」は断トツのビリです。ぶっ千切りのビリです。市議会の質問題材にあげられるほど問題なのです。の状態の中で“中”って、本当の中ですか？小学校で『普通』『中』って状態で、簡単に中学受験できますか？そんな学力で、簡単に高校受験が上手くいけますか？正しい勉強方法や正しい勉強量。正しい説明の聞き方や応用方法の経験が身に付いていない状態で「塾に行けば･･･」「教えてもらえば･･･」受験には簡単に合格できて、「予備校に行けば･･･」「専門学校に行けば･･･」誰でも簡単に資格が取れて、採用試験に受かって、大学が安泰だとお思いですか？さらに細かいことを言うと、現状の地元小・中学校の授業とテストの実状は、テストのための授業であり、「聞いた･･･」「言われた･･･」「習った･･･」ことだけ理解できていなくても書ければ「〇」で得点になります。本当の実力になって、外部テストや模擬テストで【普通】の得点が取れるのは一部の生徒だけなのです。「計算が速いから算数は得意」とか「英会話を習っているから英文法は大丈夫」なんて勘違いの代表です。生徒に注意をすると「やってるもん」「わかってるもん」「これで良いもん」と拗ねるからと、黙って放任している保護者。学校で、テストの点数が我が子より低い生徒が沢山居るからと安心しきっている生徒・保護者。普通って何でしょう？何についての普通でしょう？誰に確認をした普通なんでしょう？将来や何年も先のことまで、すべて知っている生徒なんて居る訳がありません。現状の「半径2」の生活圏から一生出ずに生きていく予定の方は問題ありませんが、一般的にはそうはいかないでしょう？思い込みや、プライドを捨てて、一度素直に私たちの話を聞いて下さい。</description>
      <pubDate>Mon, 31 Jul 2023 18:12:21 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、負けず嫌いだから･･･20230726</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153613/</link>
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      <description>この言葉を最近よく聞きます。良いことだと思います。しかし「負けず嫌い」と「勝ちたい」が微妙に違っていて、勘違い(履き違い)をされている保護者と生徒が非常に多いです。負けず嫌いは読んで字の如く「負けたくない」ので勝てる方法を考えたり、勝つための努力をします。本気で勝つために最大限、自身が頑張ります。理想的です。一方「勝ちたい」人は、勝った(と、本人が満足しさえすればよいので)気持ちが欲しいので、現実を変えたり本当に努力して実力アップをする“つもり”はないのです。中学１・２年位までは、生まれつきの「天性」で、運動や勉強が周りの子より少しだけ抜け出ている子がいます。その、「勝ちぐせ(勝って当然)」が努力や我慢を忘れさせてしまいます。一番多いのが、根拠も無いのに、誰かに「良く出来る」とか「すごいね」って言われた栄光を胸に自分を過信している子です。そんな子たちに聞いてみると「今まではこれでずっと成績が良かった」が自信になっているようです。他に「私はクラスで１番できる」と自信を持っている小・中学生に「何でそんなに自信を持ってるの？」って聞くと、「クラスで計算が一番早いから･･･」とか「漢字テストがいつも１位か２位だから･･･」と、基礎的な小学低学年の根拠でした。ただ勝ちたいだけの人の場合、他人や周りが「〇〇に行ったら上手くなったよ」とか「〇〇塾に行ったから■■に合格したよ」って聞くと、自分の性格や勉強法とは全く違っているのに“とにかく”〇〇塾に行きたがります。他に「もっと上手くなりたい」とか「もっと強くなりたい」って言って、ただ単に〇〇教室とか〇〇塾に行ってれば、周りが他人が何とかしてくれて、出来なくても周りの責任にできることを知っています。「私、あれ嫌ら〜い！」とか「あれ、苦手〜！」と言ってれば、親が金の力で何とかしてくれる(本当は何とも出来ないけれど)ことも知っています。段々年齢が進んでいくと、現実が見え始めます。「分かってるよ」「やってるよ」と努力も無しに結果だけを求める感情だけが残り、嘘や誤魔化しが増加します。言い負かされることが我慢できないので、とにかく言い返して勝ちたい「気が強いだけ」の子になってしまったのも見たことがあります。最悪、この状態で大人になると、挫折して「どうせ、私なんかダメよ」とか「これが私の運命よ」と投げやりになるか、まったく逆に、他人や周りの自分より優れている人を悪く言って評価を下げて、相対的に自分を高く見られようとする人もそれなりに見てきました。これって、ある意味、犯罪の一歩手前ですよね。昔から言われている「自分を２割高く評価。他人を２割低く評価」は、僻み(ひがみ)妬み(ねたみ)嫉み(そねみ)を生み、人事評価ミスや社内いじめの元になっていました。改めて言います。「負けず嫌い」は良いことです。勝つための最大限の努力や苦労をするのですから。指導や指示に対して自分の感情よりも【素直】に【我慢】をしてくれますから・・・。ですが、近年は「ただ勝ちたいだけ」「勝つ快感が欲しいだけ」で努力を怠る人が増加中です。冷静に性格や行動を確認してみられると良いかと思います。子どもだけではなく、保護者もね。あっ、またまた余計な一言を・・・・・・。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Wed, 26 Jul 2023 15:01:58 +0000</pubDate>
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      <title>これで許される！20230722</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153561/</link>
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      <description>最近の小・中学生と接していて、多用されるワードがあります。「これで許される」「これなら許される」「これ位で許される」です。これらの言葉の前には「母さんだったら･･･」「学校だったら…」「普通は･･･」が付きます。お母様方が「家の子はそんなズルいことは考えて無いと思います」と言われますが、ズルいんじゃなく、それが普通の生活が続いているので、それが普通の感覚になっているのです。現代の子ども達の多くは、自分の為や将来の為なんて考えている子は少数派です。殆どの子は『許されるため』に毎日何となく生活しています。学校の先生は、色んな生徒に対応しなければならないので、学力も動作もどうしても下位を基準に対応しなければなりません。仕方のないことです。普通(世間・友人の親)は、責任も義務も「絶対良くしてやりたい」の気持ちもないので、適当なきれいごとで済ませますよね。ところが、親は違うはずです。愛情も大切さも本当の意味での責任もあります。なのに子どもに「お母さんだったら、これ位で許してくれる」「これ位までは怒られない」を感じさせているのです。ある意味「完全に舐められている」のです。では、何故子ども達はそれ位「舐めて」も大丈夫と感じているのか？考えられる原因は、お母さんが感情に任せて、叱ったり・「もぅ、次はだめよ」と許したりしているからです。当然、子どもは機嫌の良し悪しで報告したり放置したりを選択します。他の原因は「あなたは大切な宝よ」とか「お母さんはあなたが大好きよ」と必要以上に過大な言葉を掛け過ぎている可能性です(勿論、大切や大好きを思うなと言ってはいませんよ)。「母さんは、私のことが大好きだから、絶対に怒らないもん」って言った小学生が本当に居ました。次に考えられるのが、「家の子、まだ小さいから出来ないかもしれません」「家の子、まだ小さいからその内出来る筈」「家の子、まだ小さいのに、そんなに負荷をかけても･･･」「子どもには無限の可能性が･･･無茶な負担を掛けても･･･」です。以前、中３で身長175体重135の生徒のお母様とお祖母さまが「家の子、まだ小さいから･･･」と言われてました。だから、絶対に生徒は宿題や英単語を覚えて来ませんでした。何歳が小さくて何歳からならできるのですか？「小さい･･･小さい･･･」で許し続けていたお母様が、高校生になった我が子が「言うこと聞かないから、私はもう知らん。勝手にし！」って怒られていましたけど、それって子供だけの責任ですか？更に考えられる原因は、「あんた、宿題終わったん？」って聞くと子どもが「うん、終わったよ」って答えます。「あぁ、そう。じゃあゲームしても良いわよ」と口先だけで何にも確認やチェックをしないお母さんです。「そんなん、答え合わせなんかできないわよ」って言われたことがあります。答え合わせは学校と塾の仕事です。本当にやってるか、言葉に嘘はないのか、ズルいことを覚えていないかをチェックして欲しいのです。「子どもが私に嘘をつく筈が･･･」「私だって忙しいの･･･」のお母さんの言い訳や口先だけを子どもが見て覚えているのです。「ある年齢になったら、その日から突然出来るようになる」なんて聞いたことがありません。勉強は少しくらい後からでも戻れます。しかし、意識や考え方や生き方は時間と今までの生活が全てです。上辺だけの取り繕い方を上手に使える子どもにだけはなって欲しくありません。「三つ子の魂、百まで」「子は親の鏡」度々偉そうにすみません。</description>
      <pubDate>Sat, 22 Jul 2023 17:58:24 +0000</pubDate>
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      <title>学校のテストの点数が高いから･･･20230718</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153519/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153519/</guid>
      <description>「家の子、学校で〇〇点も取っているので優秀です」「家の子、学校で平均点位取ってるので普通です」「私は、学校のテストで、いつも〇〇点位取るので受験は大丈夫」これらは、普段から日常的に言われている言葉ですし、多くの方が何の疑問も思わず受け止められていると思います。確かに、小学校で60〜80点とか中学校で30〜50点とか取っていては回復に多大なる時間と手間と意識改革が必要であり、一言で言うと「受験はどうするの？」状態です。では、その少し上小学校で毎回85〜95点や中学で55〜75点位の生徒はどうでしょうか？多くの保護者は『中の上』と判断されるでしょう。しかし、実態は偏差値にして37〜42位の実力です。昔、昔か〜〜し(保護者の子ども時代)なら、学校のテストである程度実力を測れました。しかし、現在ではあまり当てになりません。何故なら授業中に見たり聞いたりしたものしかテストに出ないからです。つまり、実力では無く、習った答えを書き写しているだけなのです。そこを逆手に取って「テストの点数を〇〇点以上上げます」と大量に生徒を集めている塾もあります。私たちも「受験は関係無く、今の学校の点数だけ上げて」って言われると非常に楽ですし有難いです。しかし、実力にならない勉強を繰り返して誰が得するのですか？後になって苦労するのは生徒自身です。そこで冒頭の言葉です。確かに小学で70点や中学で50点の生徒に比べると「良く出来る」生徒かも知れませんが、何度も申し上げているように『受験で使えないのは実力ではない』のです。例をあげると「学校で英語93点を取ってるから英語は得意」って言っていた親子が、塾で模試を受けて貰うと38点なんてことがありました。別の生徒で、学校で英語95〜98点取るので親子して絶対の自信を持っていたのですが、模試を受けてみると偏差値は50位です。「もっと聞けば、もっと覚えれば」と言ってますが、教科書以外の文章が読めない書けないでは、これから先はもっともっと苦労するのは本人です。「塾は特別「悪く」言って、騙して、余分に月謝を取ろうとしてるんでしょ」と言われた方も居られました。余程酷い塾にしか関わってこられなかったのか、褒めて煽てて持ち上げて機嫌をとってくれるのが塾だと思われてきたのか・・・。それこそ【そんな上辺だけで塾が長続きする時代ではない】です。もっと凄いのも聞きます。「普通に高校に行って普通に仕事に就いて普通に飯が食えたら･･･」って。普通って何かを確認すると、すごく低い基準でした。「高校を卒業さえしていれば・・・」とも言われますが、子どもが「なりたい仕事」や「やりたい資格」に出会った時、取り返しが付かないことにだけはしないで下さいね。今後一生、地域内でしか生きていかないのが決まっている人は、まだ良いのですが、少し活動範囲が広がっただけで、自分の知識の狭さや実力の無さを実感してきた生徒をたくさん見てきました。事前にお知らせしましたよ。しっかり話し合ってくださいね。えっ、それこそ放っとけ？個人の自由だ？　失礼しました(ペコリ)</description>
      <pubDate>Tue, 18 Jul 2023 16:41:38 +0000</pubDate>
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      <title>勘違い?　個人の自由?20230717</title>
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      <description>最近の世の中(この言い方が既に年寄り？)で言い方や使い方によっては、本来の意味とは違っている言葉が当然の様に使われていますよね。使っている本人はどの様な認識で使われているのか聞いてみたいです。例えば「要望」や「お願い」です。生徒の保護者が、学校や管理職に会って、自分の意見や改善要求(時には理不尽な･･･)をしたり、行政に向けて同様のことをした時に使われます。そして後日「あの教頭先生、どうなってるんでしょうね。要望したのに全く変わらないわね」と度々言われています。えっ？要望って伝えることをしたってだけで、叶うかどうかは相手の事情や内容によるのではないでしょうか？「話し合い」も同様につかわれます。自分が思ったことは、相手に言えば、どんなことでもすべて叶うと考えられているのでしょうか？これは「要求」「ごり押し」「押し付け」「家庭内での尻に敷かれている状態」と言います。個人的なことで申し訳ないのですが、ご本人は「おしゃれ」でされているファッションなんでしょうが、余りにも過重で他の服装と合ってなくて、年齢的に(失礼ですよね。放っといてですよね。すみません)少し無理がある恰好をされている場合があります。完全に「個人の自由」ですから、どんな格好をされても良いのですが、やはり周りの他人は特異な目で見ていますね。この過剰な状況を「ケバい」と言いますね。多少の困難に突き当たっても、同時に沢山の問題に見舞われても、負けずに心が折れずに他人のせいにすることも無く何とか解決しようとしたり、笑顔で毎日を過ごされている人が居られます。こんな方を「芯がしっかりしている」といいます。しかし、最近は、兎に角何でも他人のせいにして、兎に角口答えして言い返して、何でもかんでも通り過ぎて自分の意見を通してしまう方が増えています。本人たちは「芯がつよい」と言われますが、単に「気が強い」もしくは「心臓に毛が生えている」ではないでしょうか？他にも、どんな状況でも何が原因でも、自分の好みや嫌な事から逃げられることをしっかり言える人が多くなっているように感じます。子どもがやっていたら、保護者が「家の子はキチンと言えて、イジメられずに済むわ」って喜んで言われますが、これって単に『わがまま』って事じゃないんですか？仕事上、学校や教育のことについても少し触れてみましょう。「家の子は学校でも成績でも普通」って言われることが多いです。普通って何ですか？「周りの皆んながそうだから･･･」とか「学校で平均点前後だから･･･」が多くの理由ですか、皆んながやっているから良いことならば、全体のレベルが低い母数や全体の規律が乱れている団体の真中が普通なんですかね？平均ってほとんど意味を持ちません。合理的な偏差値や模試正答率くらいしか合理的じゃないのでは？「普通」って言ってる保護者が、普通であって欲しいとの希望的言葉ではないでしょうか？他に最近増加傾向にあるのが、保護者が生徒の説明に使われる「家の子、口数が少なくておとなしい良い子なんです」です。口数が少ないのはおとなしいことですが、問題は何故、口数が少ないかです。最近増加傾向なのが「日本語が苦手」な生徒です。場面や状況に必要な的確な日本語が使えなかったり、自分の心情を表現できなかったり、相手が言っている言葉が理解出来なくて、「放っとけば又、次を言ってくれる」的な語彙力が原因の生徒と、「面倒臭いなぁ」「邪魔臭いなぁ」「放っとこう」と思いながら聞いた生徒が「下手に言い返したら余計色々言われて面倒だから･･･」と無視やスルーを決め込んでいる場合です。本当におとなしい生徒は、必要な場面では、こちらがビックリするくらい大きな声で、ポイントを言ってくれます。じぁあ、そうじゃない生徒は誤魔化そうとしている「我がまま生徒」なんじゃないでしょうか？「自由」とか「人それぞれ」とか「個性」とか「法律に反しなければ･･･」とかの社会の流れを否定するつもりはありませんが、中には、それによって周りや他人に迷惑を掛けていることも多くなっています。それこそ「思っている」と「思い込んでいる」は違いますよね。「人の振り見て我が振り直せ」って言葉もあります。参考にしてみられては？あっ、今流行りの「言い換え」とか「気配り」を考えられるのであれば、上記の例を逆に使われれば良いかと･･･。又々余計なことを・・・。すみません。</description>
      <pubDate>Mon, 17 Jul 2023 18:31:14 +0000</pubDate>
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      <title>もう知らん！勝手にせぇ！20230712</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153455/</link>
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      <description>我が子が嘘ついて禁止したことを繰り返したり、嘘ついて誤魔化してやるべき事をやらなかったり、それを何度も何度も話し合ったり注意しても又々同じことをやった時『もう、お母さん知らんよ！あんたの事じゃけえ、勝手にし！』ような言葉を発したことはありませんか？大切な我が子のことであり、子育てに全責任のある親御さんでも我慢できずに『思わず』発してしまうこともあるでしょう。私たちも塾で何度も思いましたし、その内の何回かは現実に発しました。しかし、本当に放置したことは限りなくありません。だからこそ、そんな生徒のご機嫌や好みに沿わないので反発されたり退塾されたりの仕打ちにあってきました。そんな時、保護者から「他所の塾や学校では、絶対にそんな言葉は言いません。ここは少し厳し過ぎるし、押し付け過ぎなんじゃ無いですか？」とお言葉を度々頂だいしました。本気で考え、本気で指導し、本気で向き合って本心から叱ると、必ず突き当たる難敵です。何校かの学校の先生と、こんな現状の話をしたことがあります。先生方は口を揃えたように「学校という立場上、『知らん』とか『勝手にしろ』とかは絶対に言えない。かと言って、いくら指摘や注意をしても従わなかったり、反発したりする生徒や保護者が多いのも事実。放っとくことはしないが、どうにも出来ないことも事実。塾は強く指導出来て羨ましい」と・・・。塾からすると、学校が羨ましいです。だって、突然の退塾や罵倒など無く、結果を求めることも無く、卒業まで黙って楽しく通ってきてくれるのですから。「もう知らん」の【もう】がキーワードです。【もう】と言うからにはそれまでに度々何度も同様の繰り返しがあった筈です。その都度スルーされたから【もう】なのです。「指導や指示や注意には従わないけれど、月謝を払っているだけで結果を上昇させろ」が生徒と保護者の思いなのでしょう。それが可能かどうかは、自分の学生経験を考えれば大人なら誰でも分かることでしょう？それを逆手に取って、叱らない・優しい・宿題が無い・何でも生徒や保護者のアズユーライクを売りにしている塾が激増中です。勿論、それを望んでいる保護者が増加しているので市場のニーズに適した最高の経営方針です。但し、教育サービス業にとって大事なのは『生徒の学力上昇と将来までも使える学習方法の指導」です。そこを投げ捨てての経営は・・・・・・・・・・・・おっと、私が他所様をとやかく言う資格は無かったです。昔の人が言いました。「言われている内が華。言われなくなったらもう終わり」どうですか？何を言われても、どんなに腹が立っても、耐えて我慢して憎しみの目をこちらに向けてでも『頑張った生徒』の素晴らしい結果を沢山見てきました。なんで現代の世の中は、間違ってる・素直じゃ無い・我慢できない・我がままな親子の機嫌を取ることにご執心なんでしょうか？あっ、またまた余計な一言を・・・。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Wed, 12 Jul 2023 20:50:29 +0000</pubDate>
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      <title>もう、死語なのかなぁ？20230712</title>
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      <description>成績不振生徒や伸び悩み生徒、現在下降まっしぐら生徒たちと共に学んでいると、「えっ？これらって既に死語なの？」って思う言葉があります。それは「絶対」「必死」「我武者羅」です。そんな子ども達に確認すると「知ってるよ」「使ってるもん」って言ってくれますが、どんな場面で使っているのかを詳細に確認すると、呆れる使い方です。例をお話しすると、宿題が終わっていないのにゲームをしていて、母さんにバレて叱られた時の言い訳などに使うそうです。「あんた、宿題してないのにゲームしてない？」「終わったもん。嘘じゃないもん。絶対やったもん」だそうです。『絶対』ってワードはこんなに軽いワードだったのですね。子ども達にとっては、ワードの意味や本質よりも、「どうすれば･･･何て言えば･･･許してもらえるか」「見逃してもらえるか」「楽が出来るか」が大切らしいです。私たち(って言っても私より皆さん、ず〜〜っと若いでしょうが)の頃って「宿題は絶対やるもの」「先生が覚えて来いっていったら、必死で絶対覚えていくもの」「自分が目標を決めたら、他には目もくれずに我武者羅に毎日やるもの」と『やるべき事は何が何でもやる』が当然でした。先生の指示や命令や決まりを無視やスルーなんて概念は、子どもにも親にもありませんでした。だって、「宿題」や「覚える」は誰のためですか？先生の自慢？先生の嫌がらせ？生徒の今後の勉強や人生に必要だから指示しているのに・・・。ところが、現状は「やらなくても怒られない」「やらなくても罰は無い」「放っといても買ってもらえる」「終わって無くても遣らせてもらえる」「宿題をやってなくても野球(サッカー)の送迎はしてもらえる」ので、子ども達の生活に『絶対』とか『必死』なんて概念が出来る訳がないのです。その上、子どもが望んだものは親が先回りして「金の力」や「誰かのせい」にして何でも叶えてくれるので、我武者羅なんて有り得ません。万が一失敗しても「結果はどうでも良いの。頑張る姿が美しいのよ」と頑張ってもいない子供をさらに励ますなんて「何が何だか･･･」の対応まで見られます。昔は(だから何年前の話だい？)宿題が終わってなければ、自己責任だと言われて、夜中までやらされました。欲しい物がややりたい事があれば必死で実現しました。「あいつに勝ちたい」と思って、遊びや趣味を諦めて、我武者羅に練習しました。「終わっていないのなら、寝ずにでもやれ！」って指示したら、お母様から『子どもの成長には、睡眠はとても大切です。変な指示は止めて下さい』とか『遅くまでやっても疲れたら無駄だから、一区切りついたら寝なさいねって言われたから、やって無いけど寝た』って子供まで居ました。「宿題をやってないのに、どうして外食に連れて行くの？」って質問したら、『子どもの為には食事は大切。我慢させるなんて…』って言われました。何〜に言ってるの？帰りに弁当でも買って帰れば？『家族が揃って食べる食事は、子育ての環境に一番大切』って言われました。何年も一人で弁当を食わせろなんて言ってません。親が子供も全員で揃って食事するテレビドラマの場面に憧れていただけでしょ？宿題を終わらせる『躾』をしたら、毎日実現できますよ。どうですか？絶対とか必死なんてワードは、自身の心のワードです。『遣らなくても許してやる』『まだ小さいから･･･』なんて綺麗事を言ってると身に付かないワードです。私の経験上、10歳の子なら、かなりの我慢や忍耐は出来てます。あなたのお子さんはどうですか？「三つ子の魂、百まで」や「人の振り見て、我が振り直せ」ってスゴク良い諺だと思いませんか？ま〜〜〜た【古臭い】【古典】って言われますね。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Wed, 12 Jul 2023 12:15:38 +0000</pubDate>
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      <title>家の子は頑張っているのに･･･20230711</title>
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      <description>私たちなりに精一杯頑張っていますが、止めて行ったり、継続して来てくれていますが、成績が上がるどころか下降を続けて、段々心の不平不満が大きくなっている生徒と保護者の話をします。小・中学校時にそれなりにクラスの中以上の位置に居て、授業は何となく聞き、宿題はそれなりに終わらせ、試験期間中はノートとプリントを何となく眺めて終わり。塾では、不正解だった問題の途中式や答え、文法と答えを「ふんふん」と聞いて、答えを書いて『まる』を貰って満足。終了。学校の後も、塾の後も、「何故そうするのか？のルール・用語・キーポイントを再度確認して、一人で思い付くまで再度解き直すんよ」と何度も何度も指示(時には叱責)してきました。それでも改善が見えないので「ちゃんと言われたようにやってるか？」と聞くと『やってる』って言い切って、それ以上は話になりません。後日、何気ない風に「家での勉強は何してる？」って聞くと、すんなりと『宿題だけ』って答えてくれました。細かいステップの説明は省略しますが、これで成績アップできますか？普通の大人なら分かりますよね。次に、何度用語の説明をしても「分かりました。次は･･･」と言いますが、30分後には全く同じ間違いを繰り返していた生徒の話です。通常の教材・授業・問題集は用語・ルールの解説・使用法があり、次に確認・必修問題があり、最後に練習問題がある構成になっています。その生徒は何度注意しても、は適当にスルーして、直ぐにに取り掛かり、後日「分かりません。教えて下さい」と言ってきます。ページを１枚戻るとヒント(答え)があります。何度注意してもです。本人曰く、「ちょっとでも多く、問題を解いて『頑張った』と思われたい」と答えました。小学校３年生レベルの勉強方法です。お母様に、それを伝えると「最近、机に向かってる時間が増えたんですよ」と言われていましたが、生徒に確認すると「解くのに時間が掛かるから･･･」と結局の作業はせずに、今まで通りだけを繰り返していました。何度注意しても「多分、変わらない」と生徒は言い切っていました。他には、何を説明しても、何度説明しても、何度注意しても、「言葉を聞いていない」「言葉が分からない」「家で復習しない」「覚えて来ない」なのに、本人は『やってる』って言います。細かく確認すると「やる」の意味は、ノートや教科書をカバンから出して広げること。「覚える」の意味は、1〜2度読んで「覚える作業をした」こと。「分かる」の意味は、式や答えが丸になったこと。もしくは「分かったん？」て聞かれたときに『うん』って言ってゆるしてもらうこと。とにかく「何が楽」で「どこまでなら怒られない」か「罰や反撃が来ないか」と大人を舐めた、綺麗事のど真中で生きている生徒なのです。「学校では許される」「学校の皆んなはやっている」「今までこれで何とかなった」がその生徒の口癖でした。学校に行って、ただ座っていれば何とか普通に進学できると思われている保護者はまさか居られない(本当は居るんですけどね)と思いますが、成績不振生徒は、本当に信じてします。勉強時間と勉強量とやり方・意識は小学低学年と高学年と中学と高校では全然違うんですけどね。その話は、また別の機会に・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 11 Jul 2023 19:09:03 +0000</pubDate>
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      <title>ＳＮＳで興味深いものを見つけました20230706</title>
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      <description>予備校の講師が「俺はお前が嫌いだ」と言っていました。その理由は？ＳＮＳの動画を見ていたらこんな内容が出ていました。予備校の講師だと思いますが、かなり過激で古い内容だと思います。調べたら代ゼミの「荻野暢也先生」でした。言っていることは「なるほど」と思いました。もちろん、今、そんなことをすると問題になるかも知れませんが・・・。その内容は連続して遅刻してきた生徒に対しての言葉でした。本人に向かって「そこ、メガネのお前。俺はお前が嫌いだ」と、言っています。言葉だけを聞いているとひどいですね。その内容は予備校の講座に毎回遅刻して来るので注意したようです。そして、今回も同じように遅刻してきたので、それに対して指摘しているのです。「たまにしか授業にこない生徒」「遅刻して来る生徒」は来ないで欲しい・・と言っています。他にも「お前。そこの女。お前も来て欲しくない」その後の言葉がすごく腑に落ちました。今こんなことを言ってくれる先生はいないと思います。「金払っているから何をしても良いんだ」とか「金を払っているから好きな時にだけ来てもいいんだ」とか「金を払っているから遅刻してもいいんだ」なんてことは絶対に無いんだ。俺は「生徒は客である」と思っていない。俺にとっては生徒は生徒なんだ。君らは今どこに行ってもお金を払っているんだ。だからわがままが通ってるんだ。でも、お前が社会に出て金をもらう立場になった瞬間、誰もお前のことを相手しなくなるぞ。だって相手をする必要がない。便宜する必要全くないからだ。「お前嫌いだから向こうへ行けバーカ」って当り前のように言われるぞ。いやいや「バカ」すら言ってくれないかもしれない。完全に無視されるんだ。辛いぞう！そうならないために、お金を払っている今の内にまともな人間になるんだ。塾というのは教育サービス業です。ビジネスですから、そこにお客さんがいないと成り立ちません。だから、保護者や生徒の要望に何でも応えようとする風潮があります。ですが、ただのサービス業ではないのです。その前には「教育」がつくのです。だからこそ、お金を支払っているうちに「お金を支払ってもらえる子」に育てていく必要があるのです。これは、親の子育ての『絶対条件』です。「先生や社会が何とかしてくれる」なんて絶対に無いのです。「家の子、理解が遅いので、家の子でも分かるように家の子に合わせて説明してやって下さい」こういった要望に対して、ある程度対応することは必要かも知れません。でもそれは最初だけです。これをずっと続けていたらどうでしょうか？仕事をするようになって、新人になって仕事をスタートしたとします。その時分から無い時でも「うちの子は自分からは質問しないので、上司の方が家の子に質問はないか、分からないことは無いか聞いて上げてください」ってお母さんが言いに行くのですか？たとえば受付をしていてお客様が来られました。色々言われたましたが、言われていることが分かりません。お客様の言われていることが分からなくても、質問しないでそのまま仕事を進めるのでしょうか？学校というのは「社会の縮図」です。例えば「いじめ」です。学校では大問題になりますが、社会ではどうでしょう。ネットでの非難中傷。これもいじめです。仕事の理解が遅い人は「こいつ、やる気が無い」と切り捨てられます。そういったことにも自分で対処していかないといけないのです。だからこそ、お金を支払っているときに色々少しずつ経験して将来の為に学んでいくのです。今、勉強はできなくても、次の人生への成長の糧。先生に色々言われたら、それも子どもの成長の糧。部活の人間関係で悩んだからそれも成長のための糧。勉強と他のことの両立ができなかったらそれも成長のための糧。時間が足らなくて勉強の時間が取れないのも成長のための糧。なのです。ぜひとも、すべてを子どもの成長の糧にしてくださいね。お金や時間をムダにしない学校生活や塾生活を！長期休暇の自習や講習会は逆転できるチャンスです。「どこを・何をやっていいのかわからない」というときはまず相談です。お母さんと子の思い込みで勝手に決めつけるから失敗するのです。</description>
      <pubDate>Thu, 06 Jul 2023 14:18:27 +0000</pubDate>
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      <title>保護者は気付いていない･･･　20230705</title>
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      <description>「あんた、チャンと聞きょうるん？」『聞いてるよぉ』「今度こそ分かったん？」「母さんの言ってる事分かってるん？」『分かっとるよぅ』「本当。それなら良いけど」「今度こそ、チャンとやるんよ」『分かっとるけぇ、やってるよう』何度も何度も何度も度々度々度々耳にする会話です。生徒は自信たっぷりです。この生徒の言葉を100％受け取られたお母様から「家の子とチャンと話をしたら、分かってやってるって言います。家の子はやってる筈です。先生の教え方の方を工夫をして下さい」と言われたこともあります。じゃあ、聞くって何ですか？ある小学生に確認したことがあります。その生徒曰く「先生の話してる声が耳に届いていること」『内容は？』って聞き直すと、「それは関係ない。チャンと席に座って聞いているかどうか」と答えてくれました。この程度の認識ですが、お母様は「家の子は聞いている｝」と思われているのです。じゃあ分かったは？これも、ある小・中学生に確認したことがあります。自分では解けなかったものを、先生が黒板に式と答えを書いてくれて、自分のプリント(ノートの場合も)に写して『丸』をもらえたら【分かった】に該当するそうです。つまり、根拠や理由や思考なんぞ一切関係なく、正答で埋めることができることを【分かった】と言うらしいです。これでは「保育所のぬりえ」と同じですよね。少し程度の良い生徒でも「先生の説明を聞いて、何かこんな感じ」と根拠や説明できなくても『〇』にさえなれば【分かった】に該当するらしいです。では「やる」「やってる」って何ですか？出来ていない生徒、成績不振生徒、伸び悩み生徒が殆ど使う言葉が「私はキチンとやってる」です。キチンとやってて、何で成績不振なの？じゃあ成績良好な生徒は「キチンとやってない」の？と、言葉の定義や何をどれくらい、どのようにやることが「やる」「やってる」に該当するのか分かってないし、保護者も分かってないのに「分かってる」「やってる」と言われます。これって「分かってる[B]つもり[/B]」「やってる[B]つもり[/B]」ですよね。とにかく「文句を言って」「口答えをして」「権利か金か立場を利用して勝つこと」で間違いを正当化している場面が多過ぎです。聞くって、相手の意図を聞き取って、前知の知識との違いも聞き取って、細かい一文字まで区別して受け取ることです。「何か、こんな感じ」なんて言ってる親子は無理無理です。分かるって、何に使えて、どんな場面や目的に使えて、どんなキーワードに該当するのかを自力で認識し、利用して初見の問題に対処できることを「分かった」って言います。答えさえ合えば良いなんて認識では、一生使えません。ましてや「聞いたらできる」なんて軽すぎる認識の親子には無理無理です。じゃあ覚えるってなんですか？前述の分かったモノをキチンと分類し、3年後にでも使える状態にしておくことを「覚えた」っていいます。「チャンと昨晩覚えたもん。たまたま今日、出てこんだけで･･･」とか「あっ、そこはもう終わったから忘れた」なんていってる【単元テスト対応勉強法】はダメダメになるためのやり方です。じゃあ「やってる」って何でしょう？正しい意識で正しいやり方をし、正しい量だけやっていれば99％結果はでます。結果が出て無い場合は、どれかが間違っているのです。そこを指摘して修正するお手伝いをするのが私たちの仕事です。私たちの指摘を受け入れて「我慢・辛抱・苦労」をしてくれた生徒は、全員結果が出ています。つまり、結果が出ない生徒は「何かを間違っているか求めただけをやっていない」のです。必要量を【やっていない】のです。『聞けば・習えば・教えてもらえば・塾に行かせれば、直ぐに勉強はできるようになる』なんて考えている保護者が、まだ居られることが驚きです。まさに「きれいごと」の被害者です。私たちは「きれいごと」は嫌いです。事実をお伝えします。本当に結果が欲しければ・・・・・・・・・です。文字通り「チャンと聞いて頂けるのなら」幾らでもご説明させて頂きます。</description>
      <pubDate>Wed, 05 Jul 2023 19:15:10 +0000</pubDate>
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      <title>保護者は気付いていない･･･　20230704</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153356/</link>
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      <description>前回にも色々説明(悪口？)させて貰いましたが、他にも、保護者は気付いていなかったり、「そんなつもりはない」と悪意は無いけれど、やっていたり、子どもに騙されていることが沢山あります。成績不振生徒に10指示しても、3〜5しかやってくれません。楽で簡単なものだけやって、本当に必要なものは放置します。見つけて注意してもなお放っときます。何故なら、子ども達は「大人は怒らない」「自分に危害は加わらない」「決して損や罰は無い」ことを、よ〜〜〜く知っているのです。昔なら(と言っても、私の時代とお母様の時代では違いますが)、先生や親に言われたことを「やらない」とか「放っとく」なんてことは絶対にありませんでした。何故なら、大人や先生は絶対的存在で、無視や放置の対象に入って無かったからです。「いつ何時までにこれを覚えて来い」って言われたら、夜中まで掛かっても覚えましたし、「持ってこい」って言われたら絶対に前日からピリピリして準備していました。ところが、現代の子ども達は知っています。「無視しても怒られないことを･･･」つまり、大人が舐められているのです。原因は、怒らないことを求めている「きれいごと信者」の大人たちなのです。「怒る親」にとっては『いい迷惑』ですね。私たちも度々叱ります。すると、やらない・従わない生徒ほど「言い方が気にくわない」とか「私の頑張りをわかってくれない」と『屁理屈』まで登場して、ひどい時には退塾していきます。余談ですが、けんか腰でプイッと止めていかれた保護者さま程、後日どこか(スーパー等)で見かけると、慌てて隠れていかれます。何故でしょう。別に私が罵詈雑言を掛けるわけでは無いのに…。そんなに気になさるのなら、何故あの時あそこまで言って『とにかく勝って』止めたかったのでしょうね。そんなこんな色々で、そんな態度を取られる方のお子さんは「やっぱりな」の生徒が多いと思うのは私の偏見ですかね。いつもいつも失礼ばかりです。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Tue, 04 Jul 2023 17:49:32 +0000</pubDate>
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      <title>保護者は気付いていない･･･20230704</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-153355/</link>
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      <description>「家の子は、注意したら必ずやってるはず」「家の子が、まさかごまかしている筈は無い」「私が言っても分かってくれないのだから、友達か先生に問題が･･･」と度々耳にする言葉です。小さい時(5歳〜10歳位)に「あなたはスゴイ！」「あなたは何でも上手」「あなたは何でも知ってるのね」と子供を過剰に褒めて(煽てて)きたことが、生徒の自己過信に繋がり、後に何を注意しても自分を過剰に信じているので修正してくれる筈がありません。もっと酷いと、日本語の定義そのものも勘違いしたままで「勉強している･･･」「分かっている･･･」「やっている･･･」と、いくら注意しても修正できない場合があります。他に、「お母さんは、あなたが大好きよ。宝物よ。あなたが居なくなったら母さんも死ぬわ(ちょっと極端ですか？)」と、幼児期に大切に大切にコミュニケーションを取られていた方(勿論、小さい子には必要な大切なことです)、幾つまで続けられましたか？小学校に入学し、周りの友達の『ズル』を目にし、少しずつ真似を始めた頃、勉強の大変さや面倒臭さから逃げて少しでも『楽』を手に入れるため「母さんは、私のことが大好きで大切だから、ちょっと位誤魔化しても怒られない」と母さんの前だけは上手く嘘をつくことを考え始めているのです。他には、「子どもには子どもの人生がある。私があれこれ言う権利は無い。あなたが納得したんなら、あなたの思うようにすれば良い」と言われる方が居られます。たしかに、一々過干渉をして、全てを親が決めることは間違っています。しかし、高々十数年しか人生経験していない将来や社会生活を知らない子供の意見をそんなに受け入れても良いのですか？例えば「勉強」や「塾」等は、『楽』な方を選択するに決まってるじゃないですか。家の子だけが「苦労」「茨」「将来の為」の道を選ぶと思う根拠は何ですか？色々言いましたが、「暴力で恐怖を･･･」とか「一々チェックして干渉を･･･」とか「24時間専業主婦で･･･」を言っているのではありません。子どもも成長とともに知恵が付きます。逆に知恵が付かなければ不安です。子どもの年齢相応と学力現状を考えて、親も態度・反応を変える必要があるのではないでしょうか？「私は間違って無い。私は出来ている。私はやっている」では、成績不振の生徒の反応と同じではないですか？周りの経験者や有識者の意見を聞いてみることも有効では？</description>
      <pubDate>Tue, 04 Jul 2023 17:06:17 +0000</pubDate>
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      <title>今年も花が咲きました20230630</title>
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      <description>皆さん！なんの花かご存じですか？我が家で育てているアロエです。アロエの花なんか見たことが無いって言われる方が多いので参考までに・・・。我が家では昨年と今年と連続で咲いてくれました。</description>
      <pubDate>Fri, 30 Jun 2023 20:47:44 +0000</pubDate>
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      <title>普通って何？20230630</title>
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      <description>「家の子は普通です」「家の子は普通なのに、悪く言って月謝を沢山取ろうとしている」「普通の子が行く〇〇高校に行けば、公立の□□大学ぐらい入れる」「無理して難しい高校へ行かなくても、普通の高校で頑張ってくれれば良い」「地元の中学校で平均点取ってて何が悪いの？普通でしょ？」「周りの皆んながやってるから、家の子も普通」「学校で『普通』って言われてるのに、普通じゃ無いって何？」色々言われましたよね。「私も、そう思う」って方も居られましたか？私の知っている思っていることをお話しします。学力の普通って何ですか？一般論ですが、中の中ですよね。数値にすると偏差値50じゃないですか？現在の教室周りの地元中学校で定期テストが平均点位の生徒の偏差値は37〜39位です。でもクラスの平均点だからクラスでは真中です。クラスでは普通です。だから、クラスでは特別心配ないです。でも特別褒められたりもしません。「だったら普通なんでしょ」と叱られそうですが、今後ず〜〜っと、現在の中学から出ないのなら大丈夫です。おそらく、高校受験をされますよね。ひょっとすると、大学受験をされるでしょうし、その後の就職試験や資格試験、公務員試験を受けられる人もいるでしょう。と、なると、必ず現在の地元中学から出て、他校や県全体や全国が戦う相手になるでしょう。その新しい対戦相手も現在と同じ人たちですか？受験先のレベルや相手の実力、自分の現状を知らずに「頑張ってるんだから･･･」とか「家の子、普通なのに、あそこがおかしい！」って言ってれば、何でも叶いますか？大体、「家の子は普通」って言われる方ほど、将来の希望や受験校をお尋ねすると「ええぇぇ？」って言葉を失うレベルを当然の様に口にされます。「塾に行かせてお金払ってるのに･･･」とスーパーの野菜の様に言われます。野菜でも、気候や外観・大きさ・時期によって価格(数字)が変わりますよね。学力は、野菜の育成より時間が掛かります。比較対象は全て全国です。「別に普通に会社に入って、普通にお給料もらって普通に生活できれば、それで良いじゃん。勉強が全てでは無い」って言葉も何度も頂きました。その通りです。勉強が全てではありません。成績不振だからって逮捕はされません。ポイントは、その生徒が将来どうしたいのか？です。例えば「医師免許」を取りたい子や「司法試験」に合格したい子が偏差値37で可能でしょうか？金さえ払えば直ぐに成績や資格は手に入りますか？思い込みや狭い井戸の中で判断せずに、私たちプロに確認して下さいって言ってるんです。(逆に綺麗ごとや美辞・おだてで金を沢山取り上げる塾が増えているのも事実ですけど・・・。)早くからコツコツと実力を積み上げていた生徒の力は本物です。いざ望む将来が見つかった時の可能性が高まります。事実を受け入れずに、思い込みだけで、直前に「金と文句」で何でも叶うことはありません。何が普通か出来るだけ早くに確認された方が・・・。</description>
      <pubDate>Fri, 30 Jun 2023 20:48:27 +0000</pubDate>
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      <title>家の子を分かってやって下さい！20230628</title>
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      <description>生徒たちと毎日接していると、考えも及ばない言葉を掛けられることがあります。その中の幾つかのお話をします。「家の子を分かってやってください」「家の子の気持ちを考えてやって下さい」「家の子の言い分を受け止めてやって下さい」「家の子の考えを尊重してやって下さい」云々　　です。については、入塾1〜2か月頃に、指示に従わない生徒、宿題をやって来ない生徒、やり方が根本的に間違っている生徒に具体的に指示しても従ってくれないから注意すると直ぐに掛かってくる電話で言われます。「家の子のことを知らないくせに･･･」って言われますが、初日に叱ってません。子どもの行動や癖が分かってきたから注意したのです。つまり「分かってあげた」から注意したのです。については、幾ら注意しても絶対に無視するので、少し強めの注意をすると掛かってくる電話でよく言われます。とについては、勉強のやり方や取り組み方を「間違ってるよ」と修正方法や勘違いポイントを話しても、完全スルーで自己流を変えないで成績不振のままを継続している生徒に注意したら掛かってくる電話の概要です。これらの電話の方々は、何を求めておられるのでしょうか？間違っていることを話して聞かせることはダメなんでしょうか？私たちは間違った知識とやり方を指摘して、成績アップの手伝いがしたいだけなんです。現状のままで、何も変えずに、塾にだけ行かせておけば直ぐに成績アップするとお考えなのでしょうか？「家の子は絶対に間違ってない」とでもお考えなんでしょうかね。間違って無いのなら何で成績不振なんでしょうか？それとも、家で子供と言い争いになることを避けておられる(事前に予防？)んでしょうか？それって、今後の成績なんかどうでも良いから、とにかく「家の可愛い〇〇ちゃんの機嫌をとって欲しい」と言う意味なんでしょうか？不適切かもしれませんが、それってつまり「放っといて！」という内容ですよね。子どもの勘違いや間違いを庇い続けた結果が現状だとの認識はありませんよね。まさか、お母様が「考えや行動なんて関係無い。勉強を説明して貰えさえすれば、直ぐに勉強なんてできる」なんて考えられてはおられませんよね。同様の内容で「家の子と先生の相性が悪いから成績が･･･」って言われる方も居られますが、そんなことは僅かな微々たる例です。常に毎年「家の子に相性ピッタリの先生」が当たるなんてありえません。先生の性格も生徒の性格もバラバラです。それでもやる子はやりますし、やらない子はやりません。つまり出来る子は先生が誰であれ、出来ています。何度でも言います。私たちは生徒をしっかり見て、生徒の問題点が見えたから指摘して、改善して成績アップして欲しいだけなんです。良い所や食べ物の好みまで口出ししているつもりはありません。一番嫌で嫌いな勉強についての指示なので、とにかく「言い付け」て、逃げているから改善せずにきてしまったのです。</description>
      <pubDate>Wed, 28 Jun 2023 20:58:47 +0000</pubDate>
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      <title>判断ミスをしたのは？20230622</title>
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      <description>「きれいごとは嫌いだぁ」と言い続けている私ですから、生徒や保護者、入塾相談の方とお話しして、聞かれたり間違った主張をされると真実をお話しします。すると毎度の事、「失礼な！(保)」「じゃあ、私が悪いんですか？(保)」「放っとこ放っとこ無視無視(生)」の洗礼を受けます。別に何度でもお話ししますが、このブログさえもご覧頂けない方は、何年経っても事実を知ることが出来ないので、今回はここでお話しします。例と誰の判断ミスかを忖度無しでお話しします。「勉強なんて、学校で先生が言ったことだけを書いておけば良い」(生徒)「ノートに書いてないことをテストに出すのはズルい」(生徒)「小学校ではいつも80点以上を取るし、先生は『心配ないです』って言うから、成績優秀。受験は簡単」(保護者の大ペケ)「中学校で、クラス上位の点数だから実力は充分」(生徒＆保護者)「地元の中学校で平均点くらい取っている。だから私(家の子)は普通」(生徒＆保護者)「高校は中くらいの子たちが多い〇〇高校(偏差40)に行ければ普通」(生徒＆保護者)「無理して難しい高校に行かなくても、高校になって頑張ってくれれば公立の□□大学ぐらいなら入れる」(保護者)「小学校時期から本気で勉強させなくても、スポーツを頑張っているんだから中学では勉強してくれるはず」(保護者)「中学ではクラブが楽しいって頑張っているんだから、まぁ勉強は中３でクラブが終わってからでも塾に行かせれば･･･」(保護者の大ペケ)「家の子は学校では中くらいだし、自分から積極的に出来る子だから、有名な受験塾に行かせよう」(保護者)「私は、先生の指示に完璧なのに成績が上がらない。だから、せめて塾は優しい怒らない塾に･･･」(生徒)「通うのは子どもだから、子どもが選んで来た塾が子どもには最良な塾」(保護者)「同んなじ『個別指導』なのに、何でこんなに料金が違うの？安い方が良いじゃん」(保護者)「〇〇中学・□□高校準拠授業って書いてあるから、家の子に最適。安心」(保護者)「地元の学校の子がたくさん行ってるし、ＣＭやチラシで有名な塾だから安心」(保護者)等々、まだまだ沢山言われましたが覚えてません。これらの「お言葉」は正しいのですか？私は判断ミスだと思っているのですが・・・。理由や根拠や現状をキチンとお話しすると、判断ミスをする人は殆ど「そんなことはない」「私は知っている」「〇〇ちゃんのお母さんが言ってた」「私の友達はみんな言ってる」「娘の友達はみんなそうだから･･･」と判断ミスの根拠を言われます。キチンと反論します。「だから判断ミスをしているんです」教育現場に居られたり、そういう仕事をされているのならかなり内容をご存じでしょうが、現場を経験されていない方が「何を根拠にそんなに自信たっぷりに･･･？」と思うことが多いです。だって、本当にご存じな方や、知らなければ色々な人に聞きながら方向修正をされている生徒や保護者様は、確実に上昇されていますし、確実にも指標に到達されているからです。とにかく口答えして勝ちたい方ほど「まぁ、これが家の子の運命だったのよ。別に勉強だけが人生じゃないし。人並みに仕事して金を稼いでくるんだから別に良いじゃない」って言われますけど、あの時私たちに向かって言われた「絶対〇〇高校に」とか「家の子が嫌がるから」とか「私は何度も言ってるんですけど」とか「高い金を払っているのに･･･」は何だったんですか？勘違い？判断ミス？無知？知ったかぶり？何れにしても、子どもの将来に大きく影響します。私にとって『縁あって出会った生徒の悲しむ顔は見たくない』が大きな原動力とモチベーションになっています。今日も「嫌われても」「鬱陶しがられても」「うるせぇクソじじいって言われても」耐えて続けているのは「縁あった」からです。</description>
      <pubDate>Thu, 22 Jun 2023 23:05:26 +0000</pubDate>
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      <title>家の子は、塾に行きさえすれば・・・20230611</title>
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      <description>「家の子は出来る子なんです。だから塾に行きさえすれば〇〇中学(偏差68)に確実に合格できる」「家の子は良い子なんです。なぜか学校の成績が悪いから塾に行って教えてもらえば・・・」「家の子、学校の先生が言ってる事が分からないって言うんです。だから塾に行かせさえすれば・・・」「家の子受験生なのに、今までほとんど勉強してなくて、学校のテストも平均点以下なんです。だから塾にでも行かせれば□□高校(偏差55)に行けるはず」「家の子、強制されるのを嫌がるんです。塾でも『宿題』や『英単語』を強制しないで下さい」「家の子、仲良しの〇〇ちゃんと同じ学校に行きたいって言うんです。だから〇〇ちゃんと同じ塾に行かせれば同じ高校に・・・」「家の子、中学校の成績は良いんです。だから苦手な科目だけ教えてもらえば直ぐ完璧に･･･」「家の子、勉強は苦手だけど野球は好きって言うんです。だから受験直前に塾にでも行かせれば･･･」いかがでしょうか？本当はまだまだあるんですよ。近年は激増傾向ですね。これらを読んで「うんうん。分かる分かる」ですか？「え〜っ、どこがおかしいの？」ですか？この様な発言をされる方に、色々現実をお話しすると「えぇっ、家の子は違いますよ」とか「いえ、家の子は大丈夫と思います」って、地元の小・中学校の現実をどうしても受け入れて頂けないことが多いです。ひどい時には、「何ぁに偉そうに！色々な塾から選んで来てあげたのに･･･」とか「客がお金払ってるんだから、要望に応えれば良いでしょ」とか「えっ？無理なんですか？あそこの▽▽塾の人は『あ〜っ、分かりました。頑張りましょうね』ってすんなり勧誘されましたよ」って・・・。もっと自己嫌悪になるのは「失礼ねぇ。自分のところでは成績を上げられないからって、言い訳ですか？」です。たしかに、学校では教えない情報や知識の話もします。目先の知識や点数にはなると思います。しかし、それらがすべて実力になって、何年後かの実力として使えるかどうかはその生徒の「受け取り方」と「残し方」で大きく違ってきます。我が教室では、そこの部分についてもお話しします。目の前の点数には間に合いませんけど・・・。信じて素直に従って続けてくれた生徒の数年後の笑顔もたくさん見てきました。逆に、「細かいことを色々しつこいなぁ」「勉強だけ言ってくれれば…」とスルーし続けたり、退塾していった生徒の数年後もたくさん見てきました。私たちの言っている勉強方法が「唯一無二」だと言っているのではありません。勉強をするための「準備」が出来ていない生徒と保護者が激増している現状が多すぎるのです。「優しい」「怒らない」「人それぞれ」なんて素晴らしい言葉でしょう。決して否定するつもりはありません。では、ゴールも受験も「人それぞれ」で良いのですね。何故かここだけは周りの皆んなより『ちょっとだけ上を･･･』と「それぞれ」では無く「周りと比べて」を求められます。じゃあ、途中過程も「周りと比べて･･･」が必要なのではないですか？直前に「塾に行かせさえすれば･･･」「塾に行きさえすれば･･･」何度もたくさん聞いてきた言葉です。自力で出来ていた生徒が、直前に他人の意見や確認が欲しくて【ただ行くだけ】は価値があります。しかし根本が出来ていない生徒が【ただ行くだけ】は「儲け主義塾」の美味しい「鴨」では？有名監督の野球部に入れば、「家の子」も必ず甲子園のレギュラーになれますか？</description>
      <pubDate>Sun, 11 Jun 2023 23:48:33 +0000</pubDate>
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      <title>「安い塾」にはウラがある20230604</title>
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      <description>「何で、ここの月謝は、あそこと比べて高いの？」「高っ！塾の月謝なんて〇〇円ぐらいでしょ！」「同んなじ個別指導で、何でこんなに違うの？」「こんなＩＴ全盛の時代に、原始的な紙と人での指導？」こんな金銭的なご質問(クレーム？)を時々頂きます。また指導方法にたいしても、こんなご質問(クレーム？)を頂きます。「ここの塾は何でそんなに厳しいの？あそこの塾は優しいのに・・・」「何で宿題があるんですか？クラブで忙しいのに・・・」『文句があるんなら、お代は要らねぇ！とっとと帰れ！二度と来るな！』って言うレジェンド頑固おやじが経営しているラーメン屋や、三ツ星レストランのような一人数万円からの店と同様の『言い値』とは言いませんが、一般的な経営には当然、根拠・訳があります。現代の日本で高価なものと言えば「貴金属」「レアメタル」「希少食品」「骨董品」そして【人件費】です。高い高いと言われる水道光熱費なんて「それなり」なんです。と言うことで、月謝は原価・経費・利益から決まります。一人の先生が20人の生徒から5000円もらって授業すると、10万円の売上です。個別指導塾で一人の先生が1〜2人の生徒に教えるとして、幾らの月謝なら納得ですか？家賃や電気代などの経費は殆ど変わりませんよね。もっと言えば、教室長が一人だけ在室して、後はパソコンやプリントだけで指導していれば初期経費だけで、ランニングコストなんて殆ど不要です。つまり、一人の先生が沢山の生徒を見れば見るほどコスパが良くなり塾の利益になります。他に、指導方法には、各教室それぞれの考えがあります。指導者は、それぞれの指導経験と経営を考える上で「何を一番重要視するのか」が違います。「集客」「知名度」「利益」「人気」「生徒の目の前の成績」「生徒の将来の実力」色々です。「宿題が無い塾」「優しい塾」「テレビＣＭとチラシが命」等がそれです。でも、指導者は皆んな知っています。宿題が無いと生徒が自宅学習をしないことを。生徒がいくら宿題を忘れても先生が「叱らない」「優しい」態度を喜ぶことを。では「優しい」とはなんですか？「褒めること？」「煽てること？」「何をしても叱らないこと？」「何もしなくても叱らないこと？」これではダメなことは指導者は皆んな知っています。でも、成績不振生徒や甘々保護者ほどこの方法を望みます。表面だけの優しさを！お客様のご希望を叶えることは経営と利益には鉄則です。利益を優先すると【生徒の実力や結果は二の次かな？】となるのです。我が教室は「ダメなものはダメ」って言います。「宿題を忘れたら叱ります」。何故なら、「成績不振」や「あと一歩の成績」の原因が分かっているからです。「何でも良いから、勉強だけ出来れば･･･偏差値だけ良ければ･･･」なんて思ってません。生徒たちの今後の人生(中学・高校・受験・社会人･･･)でも使える基本的な勉強姿勢の話をします。担当の先生たちも「本気」です。「本気で叱り「本気で注意」します。でも「出来れば褒めてくれます」。来月の定期テストの答えだけを聞きたい生徒には苦痛かもしれません。でも、せっかく繋がった『縁』です。生徒たちの将来が最優先です。先生たちも同意見です。私、個人の気持ちとしては、「私もお金が欲しい」です。でも、目の前の「やりがい」や「縁」を大切にすると、損得を考えていては出来ないことが沢山あります。自習・質問スペースがそうです。恰好良く言うと「TOKYO MER」の喜多見幸太チーフや「JIN-仁-」の南方仁先生のような気持ちで毎日を過ごしています。恰好を付け過ぎですね。すみません。舌ペロリ。</description>
      <pubDate>Sun, 04 Jun 2023 22:01:23 +0000</pubDate>
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      <title>最高の満月ですね20230603</title>
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      <description>皆さ〜〜〜ん！満月見えてます？教室の有る地域では、台風の雨も上がり、ピーカンな晴れの空です。夜、出歩く時も、電灯が無くても見えるくらい明るいです。秋の「中秋の名月」よりも大きくてきれいです。正確には今日から明日に変わる月が見えていない時間が満月なんですが、まあ、空気がきれいな晴れの夜なので、今日を満月としましょうよ。年間で、月が近づいたり遠ざかったりして、大きさが変わりますが、今はとっても大きいです。未だの人。絶対見上げて癒されて下さいね。</description>
      <pubDate>Sat, 03 Jun 2023 20:48:38 +0000</pubDate>
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      <title>保護者の行動と生徒の反応は･･･20230529</title>
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      <description>最近(近年も含めて)の体験授業や何度注意しても何も変化しない生徒の話です。成績不振生徒に、具体的に「今度はこうしろ」とか「二度とこんなことをするな」と注意して叱責してやらせることがあります。何度か注意しても「無視」なのか「勘違い」なのか「自己評価を過信」なのか分かりませんが、行動してくれないことがあります。勿論、すぐに実行してくれる生徒は短期で改善が見えますが、上記の無視生徒は当然、何にも変化が無いどころか、下降することが大半です。その状況を保護者にお伝えすると反応が両極です。前記の上昇生徒の保護者はご想像の通りです。成績不振生徒の保護者が２極なのです。一方は「そうなんですか。すみません。知りませんでした。子どもとしっかり話し合ってみます。これからも言って下さい」と生徒の将来を第一な反応を頂けます。ところがもう一極の方は「はい、子どもに言ってみます」とか「子どもに聞いたら、チャンとやってるって言ってます」とか「そんなに悪いことばかりでは家の子は、やる気が･･･」と生徒と同様に私たちが悪の標的です。体験授業で小学生がプリントの60％〜80％しか出来なかった時に、保護者と生徒を同伴で何が原因で現状の何が不足しているかをお伝えすると、先刻の保護者様と同様の二極の反応です。「そうなんですか？そりゃあ大変。知らなかった。学校の先生は言ってくれないから･･･」の反応の方はまだまだ学年が低いので、直ぐに上昇します。しかし、もう一方の保護者さまの反応は、私には理解できません。「何？そんなはず無いです」「家の子は学校では超優秀なんです」「だから塾に入れれば〇〇中学(偏差68)に入いれるんじゃ？」と言われます。後日「子どもに聞いたら、厳しい塾は嫌だと言うので▽▽塾へ」とか「□□塾なら〇〇中学の実績があるから･･･」と言われました。保護者様(生徒もですが･･･)は、何を根拠に、そんなに自分の考えや行動に自信(過信？誤解？)をお持ちなんでしょうか？専門家じゃ無いのですから、『知らない』ってことは当然ですし、恥ずかしいことじゃ無いのでは？地域の実状や生徒の実状や改善点をお伝えすることは間違っているのでしょうか？それよりも、「きれいごと」や「気分良く･･･」なるように『美辞麗句(ある意味嘘？)を言うことが、近年の保護者の多くが望まれている流れなのでしょうか？変な事を言ってすみません。</description>
      <pubDate>Mon, 29 May 2023 21:57:16 +0000</pubDate>
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      <title>生徒の学年によって･･･20230526</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152842/</link>
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      <description>生徒の学年によって「やること」は変わるのに･･･「聞けば・・・」「習えば・・・」「教えてもらえば・・・」「段々と慣れてくれば・・・」「習った式と答えをしっかり覚えておけば・・・」そうすれば、もっと難しい問題でも楽々解けるようになる！小・中学生の『中の下位』〜『上の下位』の生徒がよく口にします。本人が自信たっぷりに思っている勉強への取り組み方です。ある意味正解ですし、ある意味『将来困るだろうな』の考え方です。この生徒たちは、「勉強とは習った通りを書いて丸をもらうもの」「全部丸になるようにしっかり家でも復習(?)するもの」「お母さんに『すごいね』と褒めてもらうもの」と信じて頑張っています。ある意味『とっても良い子』たちです。しかし、このやり方で、学校のテストで点数が取れて【しまう】ので、本人も保護者も「私(家の子)はすごい」「私(家の子)は頑張っている」「私(保護者)の対応は正しい」と、信じて疑いません。確かに小・中学の定期テストだったら『良く出来る子』『何も心配ない子』と言われるでしょう。何故なら「分かってなくても」「自分で閃かなくても」「理由や根拠を理解してなくても」とにかく【学校の黒板の通り】を書けば点数になるからです。しかし、入試や高校の授業では通用しません。入試は、すべて【初見】の問題です。「こんなん習って無〜い」「ズルい問題！」って拗ねていれば許して貰えるのですか？高校の授業は、用語と基本問題と利用範囲を説明するだけです。その知識の何をどのように、何と何を組み合わせて使うのかを自力で演習して独力で思い付くまで自宅で繰り返すしかないのです。足らないものも同時に補うしかないのです。それを、今までの「先生が教えてくれた事だけを全部覚えておけば･･･」学習を続けていれば、結果は……………………見えますよねぇ。学校のテストで点数を取るのは「最低条件」です。だって、単元を細切れにして「確認テスト」みたいに、答えまで知ってる問題なのですから。生徒に「それぐらい分かれ」って言っても仕方ないです。将来が予側できることはないのですから。しかし、テストが出来ているからって「だから家の子は・・・」って保護者。何を根拠にそれを・・・？ひょっとしてご本人もそうして来られた・・・？小学校の分数。単位のケタの変更。速さの問題。割合。比。出来ないままで中学生になって、関数の問題が出来ないのは「塾の教え方が悪い」って言う保護者。「あ〜ぁ。そこ、もう終わったから関係無い。あの単元キライだった」って言う生徒。今、最重要でやるべき作業は、『分かって無いことを指摘されたのなら、大至急、その単元を今日中にやり直すこと』です。自力でやるのか、誰かに聞くのかは関係ないです。今日中が大事なのです。英文法を理解せずに、単語を覚えずに「学校の細切れテスト」で何となく点数が取れている生徒。学年が上がったら・・・・・・。結果の予想ができます。もう戻れませんよ！頑張っている！聞いている！その内･･･。は絶対にありません。</description>
      <pubDate>Fri, 26 May 2023 20:51:56 +0000</pubDate>
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      <title>成績不振生徒の原因行動20230516</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152731/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152731/</guid>
      <description>「真面目に学校に行ってるのに成績が上がらないんです」「学校では『良く出来る子』って言われるのに模擬試験では偏差値が･･･」「塾に長〜〜く通わせてるのに成績が上がらない」「教えてもらったら直ぐ出来るのに、一人でやると・・・」等々、成績が伸びない生徒(保護者)が度々口にされるのを受け承りました。生徒や保護者何百人と話をして何となく分かってきた生徒(保護者)の認識をお話しします。一番初段階は、「自分(我が子)が出来ていないことを知らない」です。「小学校でいつも80点を取ってくるから普通」「小学校で周りと同じだから普通」「小学校で先生に『心配ない』って言われたから普通」「中学校で平均点取ってるから普通」「中学校で平均75点取ってるから良く出来る子」等々です。失礼ながらハッキリと申しますと、上記５例では、すでに成績不振なのです。何と比べて判断し、将来どうしたいのと考えて、それと比べてどうなのかが全てです。たぶん何とかはありません。酷いパターンは「友達が言ってた」とか「子どもの友人のママ友が言ってた」なんて、何の根拠も無い「戯言」を本心から信じておられる方も居られます。中級段階は、『今までの経験』から思い込みや適当が多すぎる生徒です。『〇〇を◇◇のやり方で▽▽できるまで覚えて◎◎分くらい□□出来るまで繰り返して来るんよ』と指示したとします。◎◎分せずに、「分からんじゃろ」と適当で止める。◇◇のやり方をせず、ノートを眺めて分かった気で止める。□□出来て無いのに分かった気で止める。覚えて無いのに「やったもん」でごまかそうとする。こんな「足りない」「意識が中途半端」「口先だけでごまかそうとする」行為が成績アップに繋がると考えている生徒が居るんですよ。まさか保護者でこれを思っておられる方なんて居られないですよね。上級(最悪級)になると、心と日常の行動の問題です。「何を言われても放っとく」「苦言や嫌な事は無視」「口先だけの返事で実行しない」「別に私はやりたくて勉強していないと他人事」等々です。本人は「やってるつもり」なんでしょうが、認識が小学校時の「楽々クリア」や「プリンス・プリンセス」で自信満々のままなのです。好きや嫌いは思っても良いですが、その気持ちを行動に出してはダメです。つまり、指示や指摘に素直に耳を傾けて、素直に謙虚に聞き入れて、素直に実直に行動してくれている生徒は、みんな成績アップしています。分かります？すべてに【素直】の言葉が入りますよね。何度もお伝えしていますように、私たちだけの力で簡単に成績が上がる訳ではありません。生徒(保護者)が私たちのアドバイスを理解して、直ぐに素直に実直に実行してくれることが大前提です。「生徒は努力しなくても、うちに来ると誰でも直ぐ成績アップ」なんて宣伝をよく見ますが、全部【ウソ】です。私たちに出来ることは、最短で近道を通って辿り着ける方法を教えるだけです。基本は生徒(保護者)の認識と行動です。と、こうやって『間違いパターン』をお伝えすることも指導の一端かと・・・。偉そうにすみません。</description>
      <pubDate>Tue, 16 May 2023 17:16:25 +0000</pubDate>
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      <title>人の振り見て我が振り･･･20230505</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152596/</link>
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      <description>長いこと日本人をやって、色々な仕事と立場を経験してきました。その経験をもとに色々考えてみると、諺(ことわざ)って凄いですねぇ！長い間の生活の知恵から生まれたのでしょうが、一つの出来事に裏表(?)両方からのものもありますが、ほとんど『的を射ている』なあと思います。その中で、私が生徒や保護者に時々使うのが【人の振り見て我が振り直せ】です。ご存じの通り、「他人の言動で良いところ、悪いところを自分に照らし合わせて常に考え、自分を磨くのが良い」という戒めの言葉です。度々言ってますが、周りの言葉や情報を素直に、精一杯受け取ることをされている方は、当然実行されていますので改善・改革・進歩・上昇のスパイラルを続けておられます。しかし、逆向きのスパイラルを続けておられる生徒・保護者から言われた言葉を紹介しますと、「そんなに毎日毎日人の顔色を見ながら生活しないといけないの？」「他人は他人。私は私。それぞれの個性を大切にしないと･･･」「人とは違う。人それぞれを認め合える社会が新しい考え方」「何で、他人の真似をして、自分を抑えないといけないの？」「別に、関係ないでしょ」何か、的外れな返答に聞こえませんか？自分を全て殺して、何でもかんでも奴隷的に従えって言ってませんよね。もっと素直に周りに意識を持ち、良い所や良い方法を真似してみたら？の意味で、目に余る言動は意識して自分は行なわないようにしましょう。の意味ですよね。全部、自分は間違っていないと思っているから、何かを言われただけで腹が立つのでしょうか。とにかく何とかかんとか理屈を言って「言い負かそう」「勝とう」とされます。こういう方に『反省』ってワードを使うと「失礼ね。私は失敗や間違いなんかしてないわよ」って叱られます。反省は「良きも悪しきも省みて思いを巡らす」ことですよね。何〜〜んか。言えば言うほど喧嘩になりそうです。自由。個性。人それぞれ。の言葉を自分にだけ都合良く解釈・利用されている人。時代の最先端と呼ぶべきか、我儘と呼ぶべきか。屁理屈を言ってすみません。</description>
      <pubDate>Fri, 05 May 2023 15:25:35 +0000</pubDate>
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      <title>塾の位置づけは低いの？20230504</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152590/</link>
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      <description>「クラブや習い事と同時に頑張れる」との『謳い文句』で、個別指導塾が華々しく拡大していって20年が過ぎようとしています。塾がカリキュラムや時間を一方的に指定して、生徒たちがそれに合わせて通塾していた「一斉塾」「集合塾」に比べて同時に頑張れるので、個別指導塾が自然に拡大していったのも頷けます。当時は本気でクラブと勉強を両立させたいと思っていた生徒が沢山居ましたので、それも納得です。近年・現在はどうでしょう？「〇曜日と◇曜日は何々があって、▽曜日と□曜日は何々があって、◎曜日は何々があるので●曜日の◆◆時しか空いてません。だから●曜日の◆◆時にお願いします。」習い事やスポーツを頑張っているのは分かりますが、義務的に色々通っているだけで、本気でそれの上達を望んでいるのか疑問に思える生徒や保護者が増えているように感じるのは私だけでしょうか？また、「子どもが楽しいって喜んで通っているので･･･」と勉強よりも優先して送迎している保護者は、本当に両立できているとお思いなんでしょうか。「クラブ、クラブで毎日過ごし、隙間の僅かな時間で簡単にチョイチョイと成績を上げてくれ。」「だって、野球の練習は毎日行かないとレギュラーになれないから･･･」「だって、サッカーの練習には毎日行かないと、周りの人に負けるから･･･」「だって、私(お母様)が応援してるんですよ。何でダメなの？」って言われる保護者も居られますが、このパターンで両立はありませんね。他にも「ピアノの先生がいつもの日は急に用事が出来たから〇〇曜日に来いって言うから塾の日を変えて下さい」とか「習字の先生が、２学期からは曜日を変えるって言ってるから塾の曜日を変えて」とか「学校の先生が突然明日の放課後に〇〇をするから、全員残れって言うから、明日塾来れません。変えて下さい」とか「監督が、急遽練習試合を決めたから今週のテスト受けれません。何とかなりませんか？」とか「主人が、急に早く帰れるらしく、久しぶりに外食に行くので、今日の塾を振替えて下さい」とか色々です。もちろん、『事情があるときには可能な限り「振替授業」を行ないます』と入塾時に説明していますので努力します。ですが「塾はどうせ変えてくれるんだから、言わなきゃ損でしょ」的な申し出が増えていると感じているのは私の僻みですかね。毎日の業務の中で生徒・保護者の優先順位を考えてみました。学校が１番は理解できます。じゃあ２番は？クラブ？　スポーツ？　娯楽？　ピアノ？　習字？　スイミング？それぞれの指導者が変更や新たな指示を出すと、その割を食うのは塾みたいです。ピアノや野球の指導者は選ばれし賢者で、塾は“どこにでもある商店？”“いくらでも選べるし聞いてくれなければ変わればよい存在”“塾ごときの先生が偉そうに言うな？”なんですかね。学校が１番、クラブが２番、３・４・５番が習い事で塾は7番くらいかな？だって、他のものは先生に従うしかないけど、勉強は塾がダメでも学校が何とかしてくれるから・・・ここまでの主張は、ほとんど卑屈な僻みです。分かってます。ごめんなさい(ペコリ)</description>
      <pubDate>Thu, 04 May 2023 20:14:38 +0000</pubDate>
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      <title>知らない人ほど自信満々？20230504</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152589/</link>
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      <description>「そんなこと無いもん」「分かってるもん」「大丈夫だもん」「偉そうな！失礼な！」こんな数々の口答え(?)反論(?)罵倒(?)にも慣れてきた(涙)今日この頃、色々な過去の事例を見直してみて、少し気付いたことがあります。それは『知らない人ほど、経験が無い人ほど、出来てない人ほど、自分を過信して、自信満々な態度や見下した態度だ』ということです。例えば、「小学校まではそれで何とかなったかもしれないけど、中学校ではそれではダメだよ」に対して『そんなこと無いもん。大丈夫だもん』と、あなた何歳？「そんな、根拠も無く、ノートをただ覚えるやり方では、学年が上がっていくと通用しなくなるよ」に対して『大丈夫だもん』って、あなたは未来が見えるの？「あなたは、現在、平均レベルより少し遅れているよ」に対して『そんなことは無いもん。僕より酷い生徒がいっぱいいるもん』って、何を基準として？私は、あなたたちが生まれる前から、この仕事をして、その後その生徒がどうなったのかも沢山見てきました。見たくなかった場面もありましたが・・・。生徒でこんなやりとりをたくさんしていますが、保護者にも同様の方が居られます。「大学なんかにいくより、専門学校に行く方が●●療法士の資格は簡単に取れる」「私立大学は絶対に無理。国公立大学に行ってくれれば支払いが半額で済む」「塾で公立高校受験に成功したんだから、このまま塾に続けて行かせていれば国公立大学も安心」「塾に行かせさえすれば大学も簡単に志望校に受かるはず(大学に行った経験が無い保護者様)」「国立大学でも県立高校でも【気合】さえあれば受かる」「〇〇高校に入ってしまえば国公立大学は確実」「大学は、東京に行かせなければ価値が無い」どうですか？ご存じの方や経験をお持ちの方が聞いたら『？？？？』となりそうなご意見でしょ？でも、これに対して丁寧にご説明をしたんですが「そんなことは無い」「私は知っている」と頑なに聞き入れては頂けませんでした。もちろん、その後の成り行きは・・・・・・ご想像の通りです。どうして、ご存じない方や経験の無い人が、ここまで自信を持って他人に反撃したり、意見をスルーしたりできるのでしょうか？これは、個人の性格の問題でしょうか？ご家庭での日常なのでしょうか？あ〜〜〜〜っあ！こんな生徒や保護者様が増加中だから、この地域の学力が年々・・・・・・なんでしょうかねぇ？</description>
      <pubDate>Thu, 04 May 2023 17:48:50 +0000</pubDate>
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      <title>私、あの人キライ！20230429</title>
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      <description>「私、あの人偉そうだから嫌い」「私はチャンとやってるのに怒るから、あの人は嫌」体験授業で成績不振の原因が明確に見えた生徒や、入塾間もない成績不振生徒から度々言われた言葉です。私たちの指導方針は「目の前の問題の答えを教えることではなく、将来にも使える正しい勉強の仕方を教える」ことです。当然、何も考えずに『ボ〜〜』っと聞いてるだけ。全部『式と答え』を言って貰って書くだけの生徒には指摘や注意をします。何故なら、そのやり方を何年続けても成績向上は見込めないからです。キチンと聞いて、要点を理解し、ルールに従って行動してくれれば、直ぐに変化や結果が表れます。勿論、人にとって『変化』は辛いし嫌なものです。ですが、「現状を何も変えずに、結果だけを変えてくれ！」なんて、できるはずがありません。具体的に改善箇所だけを指摘し、関係無いところは別に変化を求めているわけではありません。なのに「私はチャンとやってるのに、あの人偉そうに怒るんよ」とか「今までは学校でこれで良かったのに、私を悪く言うのよ」とか「はいはい。聞いてるフリでもしとけば、その内何とかなるでしょ」とか酷い時には「家の子の嫌がることは言わないで下さい」とか「家の子の望むやり方で教えてやって下さい」と、塾に行かせれば、聞けば、習えば、教えて貰えば直ぐに成績アップを信じておられる保護者まで・・・。間違った意識ややり方を続けてきたから現状の実力なのに、改善を求めると、嫌がって、指示した人を悪者に・・・。学年が上がれば、内容もやり方も難易度も変わります。学校が上がれば、自己責任量や理解・定着に必要なやり方や時間も変わります。それを「私はやってるのに・・・」とか「今までこれで何とかなったし、学校では褒められた」とか「家の子は出来てます」「家の子はやってるって言ってます」では・・・。つまり、今まで「思い通り」に「機嫌をとって」「ペットを褒めるように」「煽てて」「気分良く」「やりたいことだけ『頑張ってるんだから』の美名の下でさせてきたからそうなったのでは？出来てないから改善を求めると、生徒は「嫌だ」「キライ」と拒否し、保護者は生徒の求める「優しい」「怒らない」「機嫌よく･･･」の塾で妥協する。つまり「あぁ、成績向上を求められていなかったんだな。子どもが機嫌よく塾に行ってさえいれば･･･を求められていたんだな」「求められている塾の姿は、結果より気分良くお金を払って頂ける塾なのかな？」「成績不振生徒のお母さんはそんなんが良いんだ」と理解している今日この頃です。またまた、日々反省です。(溜息)</description>
      <pubDate>Sat, 29 Apr 2023 11:56:16 +0000</pubDate>
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      <title>夢と目標の違いは？20230424</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152478/</link>
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      <description>「夢は諦めなければ必ず叶う」とか「夢に向かって頑張る」とか「甲子園出場が夢です」とかテレビやマスコミや甘々のお母様がよ〜〜く言われます。でも、「家の子、高校で全国大会に出るのが夢で中学のクラブを頑張っているんです」と言われているお母様。その生徒は「絶対達成」なんて思わずに、毎日ダラダラとクラブにただ参加しているだけなんですが、本当に叶うのでしょうか？「いいでしょ！放っといてよ！夢を見るぐらい自由でしょ！」と又々怒られてしまいました。確かに夢を否定するつもりはありませんし、絶対叶わないっていうつもりもありません。しかし、何も考えず、何も具体的な努力も無しに、ただ、参加しているだけで叶うものなんですか？だったら、高校球児なんて、ほとんどプロ選手になっていますよね。現在、大活躍の「大谷選手」は、小さい頃から具体的に目標設定をし、更にそれを達成するための具体例を考え、毎日実行してきて今の彼の実力を手に入れました。ただ参加していれば叶うのなら、有名監督の居る有名校に入れば全員大リーガーですね。憧れと夢と目標の違いをお分かりなんでしょうか？憧れは、根拠も無く思い描くことです。小さな幼児が「ケーキ屋さんになる」とか「お花屋さんになる」とか言ってるのと同じレベルです。どうすればそれに成れるのか、何が必要か等、何の知識も準備も努力もせずに思い描いているだけです。到達を求めないのであればどうぞどうぞ個人の自由です。しかし、夢は、いつになるのかどのレベルでなれるのかは見えないけれど、いつ、そのチャンスが訪れてもいいように、弛まぬ努力や練習を継続し、訪れたチャンスに他のものすべてを投げうって進んでいくものです。「しんどいから･･･」とか「誰かが手伝ってくれれば…」なんて言い訳していては手に入らないものです。さて、目標です。期限とレベルが明確なものです。「２年後には甲子園に出る」と決めると、期限は2年後の予選大会までです。「間に合わなかった」は無しです。レベルは県内のどの学校よりも上のものを身に付ける必要があります。受験の目標も同じです。いつまでにどのレベルかが明確です。さて、改めてお尋ねします。本当に目標をもって生活や練習をしていますか？「クラブに行ってるから･･･」「塾に行ってるから･･･」では、夢も掴めないのでは？「本気」や「絶対」の気持ちを見せて下さい。私たちはいつでも皆んなに本気なんですが、【暖簾に腕押し】状態の生徒ほど「夢は叶うって言われたよ」とフワフワしています。(涙)</description>
      <pubDate>Mon, 24 Apr 2023 21:14:52 +0000</pubDate>
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      <title>やってるのに上がらない･･･20230422</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152449/</link>
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      <description>「僕(私)は、昔と変わらず勉強しているのに成績が上がらない」「僕(私)は、チャンと勉強しているのに成績が上がらない」「僕(私)は、言われたようにやってるのに、成績が上がらない」「僕(私)は、毎日宿題をやっているのに成績が上がらない」「僕(私)は、授業をキチンと聞いているのに上がらない」「僕(私)は、ノートやプリントを書いているのに上がらない」「僕(私)は、提出物を出しているのに上がらない」「僕(私)は、小・中学校では良かったのに高校では上がらない」「僕(私)は、試験前はスゴく勉強してるのに成績が上がらない」「僕(私)は、学校では『良く出来る』って言われるのに、模試の点数が上がらない」どうですか？上がらない人(生徒も保護者も)ほど、こんなセリフを堂々と言われます。説明します。今までと同じやり方では絶対に下がります。何故なら、学習レベルや学年が上がっているのですから。「チャンとやってる」って誰が言ったのですか？チャンとやったら必ず上がります。方法も量も時間も内容理解も全て「やってる【つもり】」でしょ？「言われたように･･･」も同じです。言われたようにやってる【つもり】です。根拠が何にもありません。次が、生徒にも保護者にも一番多い間違いです。毎日学校で「聞いてる」「書いてる」「出してる」「宿題してる」で『出来るようになる』んだったら、日本中の99％の生徒が『出来る子』です。これらは最低限の入り口です。この次が勉強です。もし、保護者がこれをされていたのであれば、失礼ながら…………そりゃあそうでしょうね。小学校１年は毎日作業しているようなものです。小学校２年は自分で覚えて自分で考えることを求められ始めています。３・４年は90％以上説明してもらって、今、聞いたことを書けば〇です。５・６年から過去の知識の併用と、見えない関数や割合を同時に考える必要が出てきます。しかし、これでも学校レベルは対応できますが、模試ではボロボロでしょうね。中学からは学校での説明が少しずつ減少しますが、学校の定期テスト問題は授業をした先生が、全て答えを喋っているので、80点を下回るとマズいでしょう。学校では「良く出来る子」と言われていても偏差値はまだまだでは？問題の高校です。今までは90〜80％も答えを教えて貰う授業でしたが、ここからは、自分で理解し、自分で覚えて、自分で想像しなければ殆ど(入り口の計算くらいしか)できなくなります。学校で説明して貰えるのは30〜40％です。この激変をいくら事前に説明しても「分かってるわぁ」「今まで何とかなったんじゃけぇ」と『花のＪＫ』や『青春の時間』を満喫して半年後、「訳分からんようになったぁと生徒は言いますが【当然でしょう】ね。最悪な生徒と保護者は「僕(私)は、頑張っても上がらないんだから、勉強に向いていない。もう諦めてしまおう」「家の子も、私もこんなに頑張っても上がらないんだから、多分勉強に向いてないのよ。向き不向きがあるから、そうゆう運命なのよ」と、正しく無い取り組みの結果を正当化してしまってます。私たちは、間違っているものにはハッキリと「間違っている」と言います。本人や保護者が正しいと思っているのは「私が･･･」と「･･･つもり」です。素直に受け入れて頂けさえすれば……。ま〜〜〜た、「偉そうに･･･！」と言われそうですね。</description>
      <pubDate>Sat, 22 Apr 2023 17:49:30 +0000</pubDate>
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      <title>他人の意見は無視すれば･･･20230420</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152427/</link>
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      <description>仕事上、子どもへの対応が間違っている場合、勉強方法が間違っている場合、勉強時間が間違っている場合、勉強とは？聞くとは？分かるとは？「やる」とは？の言葉の定義が間違っている場合には、生徒に(近年は保護者にも)具体的にお話しして、修正や改善をして頂くようにしています。「あぁ〜。そこまではしてなかった」「学校では私以下の人が居るから、まだこれでも良いと思っていた」「見えてないから、バレないと思っていた」「今まではこれでも何とかなったから、これでも良いと思ってた」と、素直に聞いて受け入れて改善点を相談してくれる生徒。「こうなら出来るんですが、これではダメですか？」と具体的に意見・相談をしてくれる生徒・頂ける保護者。当然、目的を理解しているので、改善意欲もありますし、他人の意見を聞いて「少しでも考えてみる」気持ちがありますので、短時間で何らかの改善が感じられます。一方、性格なのか何なのか分かりませんが、何をどのように説明しても、例を挙げても、将来どれ位困るかを経験を基に話しても「そんなことは無い」「はいはい、って言っとけば良い」「やってる(つもり)」「出来てる(つもり)」「分かってる(つもり)」「バレなければ良い」「家までは来て怒らないから･･･」「私(保護者)じゃ無く、悪いのは子ども」「だって子どもが･･･」「悪いのは学校でしょ」「悪いのは行政でしょ」と、兎に角他人の言葉を受け入れる気持ち・習慣が無い生徒(近年は保護者も増加中)は改善・改革・上昇など起こりません。分かりやすい言葉で言うと『無視』『スルー』です。そりゃあ、そうでしょう。「習う」「学ぶ」の基本は、他人の言葉を聞いて理解して実行することです。日常から「何かこんな感じ」「多分こんな感じ」「もう、うるさいなぁ。バレんようにこうしとこう」「偉そうに･･･」「失礼な！」と他人の言葉を【聴く】意識と習慣が無いと学べませんし、変われません。社会の中でも大人になっても周りから『こいつ、ダメだ』と思われます。大人はみんな口には出しませんが、思われている人は沢山居られます。当然、その言われている本人は全く気付いていませんけどね。子供は宝。子供には無限の可能性が･･･。の言葉を否定するつもりはありませんが、過大に勘違いして無限に『放任』して、最低限の義務や我慢を強いていないように感じます。自由・権利・個性の言葉が確立すればするほど勘違いの人が増えているように思う私は、やっぱり「古臭い」「頭おかしい人」ですかねぇ(涙)</description>
      <pubDate>Thu, 20 Apr 2023 22:17:04 +0000</pubDate>
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      <title>お客様は神様です？20230419</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152409/</link>
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      <description>三波春夫さんがステージで言った言葉として有名になったのか゛この「お客様は神様です」です。これは『私のステージをわざわざ見に来て頂いた目の前のお客様方は、舞台歌手の私にとって神様と同じ大切な存在です。一生懸命に歌わせて頂きます』の意味で言われたそうです。しかし、近年はこの言葉が過大に誤解解釈されて独り歩きしているようです。「客だから何をしても良い」「客だから何を言っても良い」「お客の方が全部正しい」「お金さえ払えば大切な客だ」「金を払っているのだから立場は客が絶対優位」「言わなきゃ損」「何とかなったら得」「周りは知らない人だから、何と思われても良い」「言ったら、昔、〇〇の店では何とかなったから･･･」等です。だから、スーパーやファミレスで怒鳴ってクレーム(私から見ると言いがかり)を言っている人がいますよね。日本は「恥の文化」「穢れの文化」があるから、美しい街と人が形成されたと言われています。いつからこんな恥知らずな非常識な人が増えたのでしょうか?これも「人それぞれ」「自由」「個性」なんでしょうか?もちろん、塾にも来られます。それを話すと生々しくなりますので他の例を!知り合いの開業医の先生から聞いた話です。風邪で発熱した患者さんが来られて診察しました。薬を飲んで家で大人しくしているように指示すると「今日の夜、飲み会がある。夕方までに治してくれ」と言われたので「それは無理です」と断ると「無理なんかぁ。ヤブ医者じゃのぅ。儂ゃぁ客ど」と言われたそうです。どうですか?言葉は違いますが同様の内容を言われる『大人』が多くないですか?塾でも学校でも飲食店でもスーパーでも。本人たちは自分の事を本当の神様くらいに思っているのですかね。近年は、迷惑行為に対して毅然と断る会社・店が増えていることを嬉しく思い「まだまだ日本はキチンとしている人もいる」と安心している私は、やっぱり「頭おかしい」ですか?</description>
      <pubDate>Wed, 19 Apr 2023 16:46:42 +0000</pubDate>
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      <title>怒られるから嫌！20230419</title>
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      <description>勉強(習い事全般)の基本は『聞け』『やれ』『やめろ』『〇〇してこい』等の指示を理解して従って行動することです。当然です。当り前です。基本中の基本です。「ギフテッド」の子どもは別枠です。それ以外の一般の生徒で、これ以外の方法があるのなら教えて欲しいくらいです。体験授業や入塾相談、在塾中の生徒の友人などの口から(保護者からの方が多いかな？)度々聞くセリフが「怒られるのは嫌」「怒る塾なんかおかしい」です。ここで皆様に質問です。【怒る(正確には叱るですが)】ってどんな時に行ないますか？ちょっとでも悪いことをした時？理想の言動から少しでも逸脱した時？親(先生)の虫の居所が悪い時？そんな訳きゃぁ無いですよね。普通の大人なら「何回目かの約束を破られた時」が正解だと思います。つまり、「怒られる」っていうことは、何度か注意や約束をしているにも係わらず、それを無かったことにして、またまた同様のことを平然と行なった結果に被る『自業自得』のことなのです。なのに、近年の不振生徒や伸び悩み生徒、「赤ちゃん」生徒や「甘やかされ」生徒、時にはプリンスorプリンセスとして何でも聞いてもらってきた生徒ほど、『怒られるから嫌』っていいます。ここまで書いている内容から考えると、誰でも分かりますよね。「生徒が怒られる」のは９９．９％生徒に原因があります。それを指摘して、何とか将来の夢を叶える力をつけてあげたいとすると、そうです、嫌われて生徒が来ないのです。「あそこの塾は怒らないよ」「あそこの塾は宿題忘れても怒らないよ」「あそこの塾は優しいよ」と成績不振の生徒ほど「怒られないこと」を優先します。優先したから指導の意味が無くなって成績不振になったのに･･･。不振の保護者も同様です。「怒らないで下さい」「優しくして下さい」「強制しないで下さい」「家の子嫌がるんです」をお客様の優位な立ち位置で当然のように仰る方の子は、指導に手こずります。もっと酷いのは「覚えなくても何度でも同じことでも何度でも、覚えなくても何度でも、同じことでも何度でも、優しく繰り返し教えてやって下さい。そして、〇〇高校へお願いします」と言われる方が居られます。聞こえは良いです。現実に(そんなウソを)をチラシに書いて集客している塾も沢山あります。理解できない方に噛み砕いて説明します。中１の入り口の単元・ルール・公式・単語を何度説明しても覚えてくれなくても何度でも説明して3年後に確実に〇〇高校に合格させろって言っているのですよ。保護者がそこまで子どもの機嫌を取って「勉強して頂いている」「塾に行って頂いている」を子どもに分からせる(子供にバレている)から、舐めて従わなくなったのでは……？【殴る・蹴る・血が出る・跡が残る】は暴力です。知ってます。しかし、「ダメなものはダメ」「間違っていることは間違っている」と教えてやることが子育てであり教育であると思いますが……やっぱり私が間違ってますか？</description>
      <pubDate>Wed, 19 Apr 2023 16:11:55 +0000</pubDate>
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      <title>普通の小学校から国立大学へ･･･20230419</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152404/</link>
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      <description>今日は、私が以前から尊敬しているある先生の理論をお借りして、皆様にお話しします。少し長くなりますが、大事なことですから読んで下さいね。「小学校の勉強は国立大学に入るようになっていない」というお話です。普通の人が大学受験が終わったとき「何で早く教えてくれなかったの？」ということがたくさんあります。実は「小学校の頃に知っていたら違っていた」と思うことです。それを知っていたら「子どもにさせた」内容です。例えば、その1つが「学校の勉強は大学に入るためにはなっていない。逆に入りにくくなっているカリキュラムである」ということです。小学校低学年の勉強というのはすごく簡単すぎます。特に「普通の子」であってもペースがゆっくりです。多分このペースだと「大学受験ではどこかにしわ寄せ」がきます。それに、小学のテストは「平均点が80点」として作られているので「本当の実力がわかりにくくなっている」のです。さらに学級担任の先生との面談では「特に問題はありません」と言われます。これは学校の先生が問題ではなく「そういう仕組み」なのです。学校の先生も「国立大学入れるため」の授業ではないので「特に問題がない」と言うしかないのです。それでも学校の先生が「成績が心配」というときは、「著しくまずい状況」のときだけなのです。そのため、本来身につけないといけないことが身についていなくて中学に入ると、「中学に入って急にできなくなった」というようになるのです。本当は「小学校のときからできなかった」のにです。小学生から「国立大学に入るため」に知っておかなければならないことがあります。塾という業界の入っていろいろ知らないことを知ることが出来ました。その1つは「教科書」です。通常教科書と言うとみんな「知っています」と言います。子どもが小学生や中学生ならみんな持っているので見たことがあると思います。「教科書は何種類ありますか？」と聞くと「さあ」となるかも知れません。実は通常中学では科目によって違いますが、それでも「5-6種類」です。例えば国語で言うと出版社は以下の通りです。【小学生】東京書籍　学校図書　三省堂　教育出版　光村図書出版　　　　教科書は「5種類」です。【中学生】東京書籍　学校図書　三省堂　教育出版　光村図書出版　同じく「5種類」です。そして、レベルはたった1つです。それでは高校に入るとどうなるのか？以下のようになります。【高校生】&lt;国語総合&gt;東京書籍　三省堂　教育出版　大修館書店　数研出版　明治書院　筑摩書房　第一学習社　桐原書店&lt;国語表現&gt;東京書籍　教育出版　大修館書店　第一学習社　京都書房&lt;現代文A&gt;東京書籍　三省堂　教育出版　大修館書店　第一学習社&lt;現代文B&gt;東京書籍　三省堂　教育出版　大修館書店　数研出版　明治書院　筑摩書房　第一学習社　桐原書店&lt;古典A&gt;東京書籍　三省堂　教育出版　大修館書店　右文書院　筑摩書房　第一学習社&lt;古典B&gt;東京書籍　三省堂　教育出版　大修館書店　数研出版　明治書院　右文書院　筑摩書房　第一学習社　桐原書店高校に入ると「教科書の種類」が増えているのがわかると思います。中学までが１種類だった教科書も複数になります。「30種類くらい」になります。そして、絶対に抑えないといけないポイントは「教科書のレベル」です。高校に通ったことがある人のほぼ全員が知ってる教科書は一校分だけです。転校している人は少ないので、多分「自分の高校」の経験しかないと思います。親も「進学校」に通った経験のある人は「進学校の教科書」を思い描くでしょうし、「職業高校」に通った親御さんも「職業高校の教科書」のイメージしかないのです。ですが「中学の教科書は同レベル」に対して「高校の教科書はレベルがバラバラ」なのです。当然ですが「偏差値６３の高校」と「偏差値４３の高校」では使う教科書が違います。そして、内容も全く……というほどレベルが違うのです。例えば、「偏差値43の高校」で言うと「中学校の教科書を少しだけアップ」したレベルです。つまり「大学受験」には向いていないのです。もちろん「学校の授業だけで国立大学に入ることは不可能」です。なぜなら「試験に出るレベルの内容を習っていない」からです。実際に「偏差値38の高校」から高3になって「大学に行きたい」となった子どもが、そのために予備校に言ったときの感想です。予備校の講師の話を聞いて「宇宙語を聞いているみたい」と言っていました。当然ですが予備校では「高校で習っている前提」で話をしますので「偏差値38の高校」では、その基礎すら習っていないのです。これを知っていると「高校選びはとても大切」ということがわかってきます。高校で使う教科書も実は「レベルAランク〜Dランク」に分かれていて、実際に実力で国立大学に入ろうと思ったら「Aランクの教科書を使っている高校」からでないと入れないのです。「そんなのは外からでは分からない」というときは「高校のＨＰ」か「直接電話で聞く」をして下さい。例えば、レベルがわからなくても「偏差値62の高校　が××という名前の教科書」を使っていることと「偏差値４５の高校　が××という名前の教科書」と同じ教科書を使っているのかがわかります。というのは全体的な偏差値が違っても「英語コース」とそれに特化している高校では「英語の教科書だけはレベルが高い」ということもあるからです。こういったことを知っていると「高校選び」というのがとても大切であるのがわかってくると思います。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　コピペ</description>
      <pubDate>Wed, 19 Apr 2023 14:32:19 +0000</pubDate>
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      <title>私(塾長)はおかしいの？20230409</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152262/</link>
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      <description>「あの人、頭おかしいんじゃない？」「あの人、考え方がおかしい」「あの人、自分のことをどれだけ高く評価してるの？」「あの人、塾ごときが偉そうに･･･」「あの人、塾のくせに上から命令して･･･」「あの人、私(お母さん)のことを批判して･･･」　　　　等々。たくさん言われて、言われ慣れて(涙)、それでも、『縁』あった生徒(や保護者)の将来と社会に出ても使える実力を私たちの第一目標にして、たくさんの批判も聞こえてないふりをして耐えてきました。確かに、経営的には逆効果です。近年の　　　(中略)　　　『売り文句』にして集客をガンガンしている塾があります。『儲け主義』や『商売』としては正しいのかもしれません。しかし、せっかく我慢して頑張っているのに、結果が出ないのは生徒はもちろん、保護者も私たちも辛いです。長くこの仕事をしてきて、開塾当時と今とでは、生徒・保護者の考えや内容が変わってきていると実感しています。当時の成績不振生徒は、本人の意識・行動が原因のことが多かったように思います。現在の   　(中略)　　なんてセリフを聞くことは少なかったと思います。(大きく中略)最近、私がよく口にする言葉が「私はガリレオ・ガリレイみたいに、一生懸命に主張すればするほど、嫌われて疎まれて処刑・抹殺されてしまうのかなぁ」です。私(塾長)を認めて褒めて欲しいなんて求めてません。でも、私のくだらない自論や独り善がりでも、冷静に聞いて受け入れて、何割かでもチャレンジや実行をして頂けているご家庭の生徒は、大半が成績上昇や志望校を手にしています。少し、ハッキリと厳しい言葉を発しているかもしれません。少し、昔ながらのやり方(今流行りのＩＴや裏技を教えるやり方はしない！)を強行しているかもしれません。しかし生徒たちに「長い将来にまで使える学習方法」を習得してもらうことが希望であり目標なのです。「教えた」「言った」「できないのは生徒の責任」「やらないのは生徒の責任」「授業しているから結果は知らない」「授業しているから金をもらうのは当然」で生徒を放っておくことが、今流行りの【やさしい】【自由】【厳しくない】塾なんでしょうか？こんなことを一生懸命言っているから私は「おかしい」って言われるのかなぁ？※途中にたくさん登場する(中略)はここではとても書けません。興味が有る方で怒らない方は申し付けて下さい。原本を差し上げます。</description>
      <pubDate>Sun, 09 Apr 2023 23:27:04 +0000</pubDate>
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      <title>失礼な！家の子は普通です･･･20230408</title>
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      <description>体験授業の後や面談の時に、親御さんに生徒の問題点と改善方法、現状の立ち位置をお話しするようにしています。すると、反応は「真っ二つ」に分かれます。「そうなんですか？じゃあ、どうすれば･･･」とか「やっぱり！先生、ビシビシお願いします」の反応の親御さんの子どもは、お家でもしっかり話し合いと改善を決められますので、成績上昇のパターンが多かったです。逆に「そんな事はないです」とか「失礼な！家の子を悪者にして」とか「悪く言って、沢山の月謝を取ろうとしているのね」とか「だから、塾に行かそうと思ってるんでしょ。うるさいわね」とかのお叱り反応(悪く言うと反発？)の方は、「こん塾なんかありえないわ」的な反応で殆ど入塾頂けません。ここまでは、皆さんも想像できるでしょう。問題はここからです。「失礼な！家の子は普通です」「そんなこと無いです。クラスでは中の上です」「学校では平均的な子です」「中くらいの高校で頑張るって言ってます。3年後には国立に･･･」「普通の学校で良いんです」って言われる方が問題(心配)なんです。質問です。学校で普通って何ですか？どれ位が普通ですか？テストで平均点をとることですか？通知表でオール３をとることですか？今、地元の中学校で平均点を取っていても、偏差値に換算すると37〜39位しかありません。全体が余りにも低いので、いくら平均以上を取っても、偏差値換算では40少々しか無いのです。同様に、前記の中学生が受けるのですよ。「普通の高校」ってどのレベルの学校を求められているのでしょうか？地元の近くに公立高校は10校ほどありますが、合格偏差値が50を越えているのは2〜3校程度ですよ。中程度と言われている上位5〜6位の高校では、国公立大学への進学は、かなり凄く、かなり我武者羅に頑張らないと厳しいかと･･･。じゃあ、逆に「上位高に入ってしまえば国公立は安心？」かと言うと、地元小・中学校で『聞けば・習えば・黒板通りを書けば成績優秀』に慣れてしまっている多くの生徒たちが、高校に入って目に見えて苦労している姿を沢山沢山見てきました。つまり、教室のある地域の普通は、全国を対象にして見ると、決して普通では無いのです。と言うより教室の地域では、周りの友達から「スゴイ」「賢い」って言われるレベルと、模擬テストで全国と比較した偏差値がそれなりに無ければ【普通】では無いのです。だから、塾に行っただけで急に実力アップなんて無いのです。それが可能な生徒は、ほんの一握りだけなのです。まずは【認識】と【日常の行動】を改めて、小学校時期からコツコツ確実に積み上げるしかないのです。すごく怖ろしいことを簡単に言ってすみません。</description>
      <pubDate>Sat, 08 Apr 2023 22:07:45 +0000</pubDate>
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      <title>授業時間延長は「悪」？20230401</title>
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      <description>塾ですから、我が教室にも「授業時間」という決まりはあります。〇時◇分から▽時◎分のようにです。勿論、先生方も時間を見ながら授業内容を微調整しながら定時丁度に終了するようにしています。その事についての話です。月謝を頂いているので「適当に早く終わらせる」なんて絶対にダメです。更に、生徒が分かってくれなければ意味がありません。「ついでに、ここまで」とか「これだけは説明しておかないと･･･」とかの状況で、『ピッタリの時間で･･･』は中々難しいのです。「生徒の反応が遅かったので、思ったより時間が掛かった」なんてこともあります。勿論、理想は毎回ピッタリ始めてピッタリ終わることでしょうが、人間のやることです。中々思い通りにはいけません。申し訳ないです。しかし、これに対しても色々と反応を頂きます。10分位終了時間が遅れたら時のことです。「まだですか？いつまで待たすんですか？」「これから行くところがあるんです。早く終わらせて下さい」「何で予定通りにできないんですか？」と中に入って来られて、お叱りを受けました。勿論、事前にお聞きしていれば、何とでも調整することは可能でした(極端な言い方をすれば、時間を短くすることも･･･)。なのに、生徒自身も何も言わなかったどころか、この後何があるのかを知らないことも多くあります。何人かに聞いた経験では、多いのは「スポーツの練習」「家族の外食」「お母様の買い物」です。確かに、生活はそれぞれですから「何でも塾を立ててくれ」とは思いませんが、分単位でスポーツ時間を守るのなら、生徒の出席時間や、宿題も守って頂きたいものですよね(あっ、余計なことを･･･すみません)。子どもに予定や時間管理をさせず、全部お母様がされているんでしょうね。子どもは『神輿に乗せられて連れて行かれるだけ』の状態らしいです。だから、自分のスケジュールをシュミレーションもコントロールも出来ない『赤ちゃん的な中学・高校生』が増えているんです。逆に、10分くらい前に来られて、15分遅れでも「じ〜〜っと待たれている(申し訳ありません。気を付けます)方」も居られます。そんな方ほど『無料で延長して頂いてありがとうございます』と言われます。別にお礼や感謝が欲しい訳ではありませんが、機械や映画ではありません。生身の生徒を相手にしています。理想通りにピッタリを保証はできません。ただし、自転車で1人で帰る女生徒をいつまでも引っ張ることはダメです。分かってます。それを、前記のように「お叱り」を頂くと【じゃあ、毎回早く終われば良いの？】と反発心を持ってしまう私は「悪」ですか？「我がまま」ですか？「偉そう」ですか？って、愚痴を言ってる段階で偉そうですね。ごめんなさい。ペコリ。</description>
      <pubDate>Sat, 01 Apr 2023 19:39:21 +0000</pubDate>
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      <title>宿題は勉強時間ではありません！20230330</title>
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      <description>「宿題は勉強ではありません」って言うと、直ぐ『えっ、じゃあ、宿題はしなくても良いの？』って言われる保護者と生徒が居られます。「もう、勉強(宿題)は終わったの？」「今日、宿題は無いもん」「そうなの？じゃあ遊んでも良いわよ」よく(度々)聞くやりとりです。宿題は、今日の授業の復習をするキッカケです。どこの範囲をすれば良いのかの基準です。何をどこまでやれば良いのかを先生が教えて下さっているサービスです。だから、宿題だけを終わらせたから【勉強した】【勉強してる】なんて意識や考えを持っている生徒(保護者も)は成績不振なのです。ましてや、3年ほど前から、文部科学省と教育委員会の「生徒の自主的に学ぶ姿勢を応援する」との意向により、『生徒の自主勉強時間の邪魔をしないように･･･』との意味から、宿題量が０％〜30％位に減らされています。なのに、「宿題は無い」って言ったら「じゃあ遊んでも･･･」なんて、不振にするための行為としか思えません。宿題は、今日の授業の範囲を示す指標なのです。それを全部終わらせてからが勉強なのです。小学校低学年なら、宿題の後に、「今日習ったのは何が出来るのか」「「どの言葉と、どのルールを覚えておかなければいけないのか」程度の復習で良いと思います。小学校高学年なら、学校では基礎基本しか教えませんので、家で完全に理解して、次の単元でも絶対に使えるまで覚えておく必要があります。中学生も同様に、基礎基本しか授業では教えません。でも、入試や模試では応用しか出ません。根拠・理由が説明できるまで内容を復習して理解して暗記するまで家で繰り返すしかありません。さあ、高校生です。もう、ここまで来ると「宿題を云々･･･」なんて言ってるレベルではダメダメです。授業で聞いた内容は、今日中に確認して出来る(分かったとかレベルで止めるから後日困るのです)まで家で繰り返しておかないと、翌日の授業で早速困ります。つまり、学校の授業時間と同じくらいの時間が必要なのです。平日に不足したのなら、土日に取り返して下さい。ご理解頂けましたか？宿題は勉強ではありません。今すぐから、今日中に、何よりも優先してやらなければならない内容を示して頂けているだけなのです。つまり、宿題さえも完璧に出来ない生徒は、学校で授業を聞いていない証明なのです。さらに言えば、小・中学校のテストは【出来て当然】なのです。だって、言いましたよね「基礎・基本しか教えて無い」って！そこで「60点だ」「80点だ」とか言ってるのは「分かっていない証拠」です。少なくても「受験では使えません」よ。これもまた「そんなことは無い」とか「失礼な！家の子は違う」とか「だって、まだ受験生じゃないから･･･」とお叱りを頂くのかなぁ(涙)</description>
      <pubDate>Thu, 30 Mar 2023 21:37:18 +0000</pubDate>
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      <title>懐かしいって思う人!?20230330</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-152129/</link>
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      <description>私は、久しぶりに時間に余裕ができ(春期講習中に何を言ってるんだ)たので、以前から興味の有りました「大崎下島の御手洗地区」に行って来ました。江戸時代から昭和初期の建物がたくさん残っていて、『懐かしい』感覚満載です。皆様も興味が有りましたら行ってみて下さいね。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Mar 2023 20:01:24 +0000</pubDate>
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      <title>「知ってる分かってる」って？20230319</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151996/</link>
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      <description>「出来ない、伸びない、変わらない生徒(ボロクソに言うなぁ)」達から度々(しょっちゅう？毎回？)出てくる言葉が【分かってる】【やってる】【出来てる】【知ってる】【これで良い】です。出来る子や伸びる子に「違うよ！」って言うと、「えっ？〇〇じゃないの？じゃあ、◇◇の時にはどうするの？」と自分の認識を確認し、何が違うのか、どこを間違っているのかを確認し、認識や思い込みを必ず修正しようと素直に行動します。ところが前出の伸びない子たちは、「楽」だからか、それで「学校では何とかなってる」からなのか、「素直じゃ無い」からなのか、「違うよ」って言うと必ず冒頭の言葉が返ってきます。「聞いてる」ってなんですか？音の空気振動が鼓膜を刺激して何かが伝わって来たと認識すればよいのですか？日本の授業を日本語で伝えているのです。何か、どうして、どうすると内容を区別認識ができていないと『聞いてる』とは言えないと思うのですが・・・。「分かってる」ってなんですか？この問題の答えが分かって『〇』になれば良いのですか？近年のテストの式と答えを授業で説明し、内容や意味が理解できていなくても、そのノート内容を全て覚えておけば今だけ『高得点』がとれるから「分かってる」って言う生徒が激増中です。「何ができる？」「あれとどう違う？」「どんな時に使用する？」と説明できなければ「分かってる」なんて日本語の定義にはありません。「何かこんな感じ」とか「多分、こう書いとけば･･･」とやってる生徒とは別世界の言葉です。「やってる」ってなんですか？求められた内容や必要な量。時には嫌な嫌いなやり方の作業を勝手に自己判断で止めずに、結果が出るまで『やり遂げた』ことを「やってる」といいます。自分を誤魔化したり、親や先生を誤魔化すために使っている「やってる」は【やってるつもり】【やってるふり】といいます。「できてる」ってなに？こんな簡単な日本語はありません。できてたら正しい結果が見えているはずです。「自分はやってるし、できてるのに点数が伸びない」って言葉も度々聞きます。出来ても無いですし、やっても無いです。日本語が分かっていません。再度言います。「日常の生活で困らないから、日本語は分かっている」って人が多いですが、それは日本語会話では無く【号令】【合図】といいます。日本語には定義があり、内容が有り、機微が有ります。何かこんな感じなんて日本語はありません。これをお伝えすると「そんなことは無い」ってお叱りを頂く保護者も居られるのですが、多分、その保護者も子どもと同様の状態か、同様の学生時代を送られたのかと……。又々失礼なことを言い過ぎました。ごめんなさい。お許し下さいませ。ペコリ。</description>
      <pubDate>Sun, 19 Mar 2023 23:32:59 +0000</pubDate>
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      <title>「犬の糞の放置」に反応が･･･20230316</title>
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      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151950/</guid>
      <description>先日「犬の糞の放置」についての話を書きました。早速、その内容に反応(賛同・激励の言葉)を頂きました。その方が言われるには「自分にとって得か損かでしか考えない人が･･･」「自分さえ良ければ周りや他人に興味が･･･」「言葉ではみんなの幸せが･･･と言いながら、自分の事だけ･･･」指摘や注意をすると「どこで決まったん？」「誰が決めたん？」「何の法律に書いてあるん？」「それはあなたが思ってるだけでしょ」「人それぞれの考えがあるから･･･」「それはおかしい。私は〇〇を卒業してるから、私の方が正しいのよ」と、とにかく『屁理屈』を続けて【マウント】を取って来る人が激増中だそうです。私もそこを言い続けていますが、やっと同じ感覚の方から賛同を頂けたように思います。(正確に言うと、同じ感覚の人は、変な事を言わないし、変な行動をしないで、黙って正しいことを行なっているので気が付けません。間違っていたり、変な考え・行動をしている人ほど『食って掛かってこられる』ので、よ〜く、しっかり、バッチリ認識出来てしまう悲しい現実です。)昔から「お天道様に顔向けできないようなことはするな」とか「人様に後ろ指を指されないように･･･」と言われて【人の道】を教わってきました。しかし、自分の損得や自分の立場や自分のプライドを最優先にされて来られた方は、真っすぐ自分の見たい方向だけを見て生きて来られました。だから「振り返る」とか「他人のフリ見て･･･」なんてされないので、後ろを見なければ「後ろ指」なんて気付くはずなんて無いですよね。だから平気で「指されたことなんかない」と言われます。このような事をこのように話していると、「はいはい。じゃあ先生は、さぞ立派なお方なんでしょうね。私たちと住む世界がちがうんでしょうね。」と、言われます。私が立派とか出来てるなんて言ってませんよね。自覚なく周りに迷惑を掛けている方の話をしているだけなのですが、何かその方の『癪』に触ったのでしょうね。「えっ、そうなん？」と話を聞くどころか、更に攻撃の手を強めて来られました。その方は、何故そんな考えや行動が当り前になってしまったのでしょうか？社会やコミュニティで生活してきたのならば、何度も周りと会話や指導を受けるチャンスはあったはずなのですが･･･。そこでも、「素直に人の話を聞く」という学びの基本をされなかったのでしょうかね。『人の話を素直に聞く』は学びの基本中の基本です。もちろん『違うよ』と言われれば違うのも基本中の基本です。「自分は･･･」「自分は･･･」と受け入れないできたから修正がきかなかったのかな？でも、その方の子どもは、親にそっくりになってることが多いですよね。じゃあ、子どもは「素直に受け入れている良い子」なんですかね？何か、理解不能なモヤモヤな結論ですみません。</description>
      <pubDate>Thu, 16 Mar 2023 00:09:08 +0000</pubDate>
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      <title>犬の糞の放置･･･20230313</title>
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      <description>我が家に愛犬「そら」が居ます。もうすぐ14歳です。娘が「私が世話する」って貰って来てから私が13年半毎日散歩に行っています。いつの間にか私が責任者になってます。雨の日も雪の日も毎日です(正確には高熱で寝込んだ3日と、足が腫れて動けなかった3日の計6日は行ってません)コースは一級河川の土手がメインです。そこで思っていることです。放置糞が多すぎです。生き物ですから、必ず糞はします。私は毎回、必ず処理してます。「動物を飼う」っていうことは、そこまでの責任を取るってことだと思っています。「可愛い。可愛い」とおもちゃやフィギアとして飼っているのでしょうか？「誰も見ていないから平気」と思っているのでしょうか？これが年々増加しているように感じるのです。「誰も見ていないから･･･」なのか「誰も文句を言わないから」なのか「逮捕されないから」なのか分かりませんが、現代の社会風潮によく似ていると思います。交差点の信号を待つのがジャマ臭いと歩道やコンビニの駐車場を突っ切る人。駐車場が混むからと、無関係のお家の入り口前に止めて平気な人。もっと凄いのが、我が教室の直ぐ近くの塾の送迎に、我が教室の駐車場を平気で何度も利用する人。「下手に注意すると、こちらに危害がくる」とか「こっちは悪くないのに延々と悪口を言われる」とか「何が何でも自論を押し通す」とか同じだと思いませんか？全員が放置している訳ではありません。キチンと考えてキチンと行動されている方も居られます。ここも、社会の縮図のようですね。「バレなければ･･･」「怒られなければ･･･」「罰が無ければ･･･」「将来や正義より、今だけが良ければ･･･」って生徒が激増中だって話は何度もしましたよね。そりゃあ、家庭でこんな意識や価値観を毎日毎日植え付けられれば子どもは、それを見習うのが･･･ですよね(涙)</description>
      <pubDate>Mon, 13 Mar 2023 22:45:44 +0000</pubDate>
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      <title>プリンス？神様？20230311</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151888/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151888/</guid>
      <description>近年、どんな指示をしても、どんな話をしても、どんな約束をしても、どんなことをしても、ニコッと笑顔で「はい」って良いお返事をして『徹底的に無視』する小・中学生(少数ですが高校生も)が増加中です。生徒たちに色々聞いてみると、本人たちに悪意は少なく(ここがポイント)今まで生きてきた環境で【これで何も困らなかったから･･･】が生徒たちの価値観・感覚であり、原因のようです。学校で、宿題を忘れても、提出物を忘れても、先生の「止めなさい！」を放っといて続けても、放課後児童クラブで指示に従わなくても、子供会の役員の注意に従わなくても、通学路の交通指導員を舐め切って話しかけても、どれにも【罰】はありませんし、【責任】は取らされませんし、もちろん絶対に【攻撃】されることなんてありません。「子どもは地域の宝」の言葉を、正に都合良く真に受けて、自分のことを【大切なプリンス　or　プリンセス】と勘違いしているようです。【大人は子どもの為だったら絶対に腹を立てずに、何度でも何時でも奉仕して許してくれる奇特な存在】との認識があるようです。それを子ども達以上に【真に受けて】、「家の子は普通」「家の子はそんな変な事は考えて無い」「家の子はその内やってくれる」「家の子は分かっている」と、子どもとの遣り取りを【面倒臭がって】放置している保護者。子どもを過信しているのか、自分の無知を認知していないのか「家の子は大丈夫。だって本人に聞いたら【大丈夫】って言ってたもん」と先送りして手遅れになって学校や行政のせいにする保護者。最悪なのは、生徒の行動や意識の改善や確認などせずに、家庭教師や塾を転々とさせ、【金の力】だけで何とかして、自らは嫌な思いをせずに通り過ぎようとする保護者です。子どもは大切です。そんな事は分かっています。知っています。だから甘やかすのですか？だから自由(放っとく)にさせるのですか？これから、自分が手伝ってやれなくなっても、子どもが自力で真っ当に生きていける「力」と「意識」を嫌われても嫌がられても付けてやるのが、本当の『子育て』じゃないのですか？放っておいた結果が、先日、21歳になっても、回転寿司屋での迷惑動画を撮りネットにアップして逮捕された後「この行為が犯罪になるとは思わなかった」と言うような無知で幼過ぎる人を作ってしまったのではないでしょうか？「必要な金と食事(餌)とを与えているから･･･」を主張される方も居られますが、それは『子育て』とは言いません。じゃあ、何と言うのか？ここでは書きません。聞きにお越し下さい。いつもいつもストレートに嫌われる内容ばかりを呟いてすみません。ペコリ。</description>
      <pubDate>Sat, 11 Mar 2023 18:04:49 +0000</pubDate>
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      <title>いくら学校のテスト点が良くても･･･20230308</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151839/</link>
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      <description>最近、「いつも小学校で95〜100点取って来るんです。だから〇〇中学(偏差68〜60)へお願いします」とか「大体80〜90点なんです。それ以下はあまりありません。だから■■中学(偏差50〜40)へお願いします」と来られる方が増えました。期間にもよりますが、結論から言います。『無理です』現状の地元小学校の授業を見ていると、テストの答えを毎日黒板に書いて解説している(先生、ごめんなさい。悪口ではありません)ようにしか見えません。逆に考えると、出る問題と式と答えを知っていながら、80点しか取れないなんて、【聞いていない】としか思えません。中学校もそうです。生徒が段々「無視」が上手くなり、必要な事も聞いてない覚えないが普通になり、【何かこんな感じ】でしか勉強をしなくなっています。教室のある地域の地元中学で平均点くらいを取っている生徒(親も)が「私は普通。だから〇〇高校(偏差44〜48)へ」って来られますが、無理です。だって実力偏差は37〜39くらいしかありません。「学校で、80点平均だから■■高校(偏差50くらい)へ」って来られても、昔(10年位前)ならお受けしましたが、今は難しいですね。もっと可哀そうなのが、学校で90点位取っている生徒です。本人も保護者も「私(家の子)くらい出来る子居ない。だから絶対◎◎高校(偏差58〜61)には入れる」って信じています。ここが分かれ道です。中学校も小学校化しているので、教科書・ノート・プリント・サブテキストに載ってる問題しか出しません。つまり、ほぼ98％知っている問題です。そのまま出しますので「分かっていなくても【覚えているだけで】解けます」しかし、少しでも変形させると「こんなん、習ってな〜い」とクレームです。つまり、英文法や理科の根拠など分かっていなくても『頑張って覚えている生徒』は「そこそこ」取れてしまうのです。保護者様の頃の先生手作りの時代や、お兄ちゃんお姉ちゃんの頃と随分違うのです。これは先生の手抜きなのでは無く、近年は下位者が多すぎて、正規の実力テストをしていては0点が続出するからなのです。よって85点や95点の生徒でも「真面目に暗記をして得点できている〈だけ〉の場合は、分かっていないことが予想されますので、模試や入試では使えません。つまり、今の小・中学校の生徒は、初見の問題に対応出来ない生徒が多いのです。学校のテストの点数を過信しないで欲しいのは、こんな根拠があったのです。高校も少しずつその傾向が出始めています。進学実績をつくる為に「推薦入試」や「ＡＯ入試」を勧める傾向にあります。そこに必要なのが成績評点(通称；成績表)です。所謂『ゲタを履かす』学校が増えてます。評定平均が4.8なんて生徒も居ました。その子は「じゃあ、東京大学に行けるのか？」と言うと『とんでもない』が答えです。どうですか？「学校のテスト点数至上主義」で過大な期待をせずに、冷静に模試の結果や、私たちの意見を受け入れて下さいね。</description>
      <pubDate>Wed, 08 Mar 2023 21:33:31 +0000</pubDate>
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      <title>接頭語？接尾語？20230303</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151750/</link>
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      <description>成績不振者や、学校の「甘え」の中で「自分は違う」と勘違いして何にも変わろうとしていない生徒(保護者も一部含まれることもあります)の言動に、又々共通項を発見してしまいました。勉強でも、学校の予定でも、家庭のことでも、保護者の確認事項でも、ほとんどに共通して、話始めに「何か･･･」「多分･･･」「こんな感じ･･･」っていう言葉が付きます。これは『枕詞(まくらことば)』ですか？『接頭語(接頭語)』ですか？意味を持たないけれど必ずつける慣用のもの(例；かぼそい　の”か”)勉強中に用語や公式を聞くと、必ず「何か･･･」って答えます。正確に理解・暗記している生徒は接頭語なんて無く、ストレートに答えます。次に「だって学校では･･･」「だって学校の先生は･･･」「その言葉では･･･」「そのやり方では･･･」「私は覚えたけど・覚えたのと違う聞き方だから･･･」「それは私には関係ないから･･･」「だって子どもに聞いたら、そう言うから･･･」と返事や受け答えの後にこんな言葉が付いてくると、「･･･」の後に何が隠れているか分かりますよね。そうです「だから私は悪くない」の言葉が接尾語のように付いてきます。つまり、入り口の理解が『雑』なのが少しだけ自覚があるので、予防線を張る「接頭語」をつけて、理由を言ってる体をとりながら、責任転嫁の「接尾語」を付けて言い逃れをしているのです。言葉に音としては出てきませんが「・・・」の後に付けて頂ければ会話が成り立つと思います。何んか……叱られない・楽にごまかし続ける『知恵』を身に付けて生きていくの、【しんどく】ないですか？逆に言えば、何でも誤魔化し続けていても許される環境で、成長を望めるのなら、私もそんな環境が良いなぁ。どなたか、そんな「理想郷」の場所を教えて頂けますか？</description>
      <pubDate>Fri, 03 Mar 2023 21:10:53 +0000</pubDate>
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      <title>個々を認めろって言われても･･･20230227</title>
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      <description>「個々の考え方を認めろ」「人、それぞれの考え方」「個々によってやり方が違う」「生徒それぞれのやり方がある」って言われて久しいです。勿論、言われる通りです。人、それぞれに得手不得手はあり、ゴールや目指すところは違うのでそれぞれのやり方でゴールして頂ければ最良です。ですが、それは、正しい知識と実力を持って、基本を身に付けていることが前提です。近年、基礎・基本を無視して、スタートから【全て個人の好みで良い】風潮が激増中です。スタートは用語・ルール・やり方のレクチャーを受けて、基本が出来たら自由に応用して個々のゴールに向かえば良いと思います。今、すごいことを言ったんですよ。まずレクチャーを受ける(つまり説明や守るべきルールを聞いて出来ていることが前提)ことが必要なのです。なのに、なのに、「私は分かっている」「私はやっている」「私は間違っていない」「私は知っている」「私は出来ている」「私は正しい」「私を分かってくれない」「私を認めてくれない」と、全てを『自由にやりたい放題』で許して欲しい生徒が激増中です。基礎でキチンと説明や話を聞いて分かっていないのだから、当然、結果に結びつきませんよね。なのに「私は、このやり方が【性に合ってるから】と人の話や注意を聞きません。だから、今の実力なのです。正確に人の話を聞ける人は、それなりの結果にたどり着いています。これは、子どもも大人も同じです。知らない・出来ていない・間違っている・周りに迷惑を掛けている人ほど「私は･･････」「私は……」を連発します。逆かな？ず〜〜っと連発し続けて、聞かない習慣が、現状を作ったのかな？個々は認めます。それぞれのやり方も認めます。まずは、入り口の話をキチンと聞く、気持ちと習慣が前提条件です。</description>
      <pubDate>Mon, 27 Feb 2023 21:06:32 +0000</pubDate>
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      <title>ちょっとした違いが･･･20230225</title>
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      <description>長年、生徒と濃厚な取っ組み合い的なこの仕事をしていると、出来る(成績アップする)子と、上昇し難い(or　横這い？下降？)の子の意識や行動の違いが沢山沢山見えてきました。上昇している子は、決めたら「絶対にやる」ための方法を考えて、絶対にやり遂げます。適当に「これくらいで･･･」なんて大っっ嫌いです。時間を無駄にせず我武者羅にやります。絶対とか必死なんて当たり前の言葉なので特別なことではありません。一方、「やってる」「頑張ってる」「分かった」って言ってても成績が上がらない生徒の特長は、「絶対」って言う概念が薄い。「必死」や「我武者羅」っていう体験が無いということです。出来ない子は「何かこれくらい」「多分こんな感じ」「これなら･･･」と妥協では無く【適当にごまかす】のです。周りも自分自身も･･････です。家庭も家庭です。それを見て「まぁ、この子なりにやっている」「まぁ、人並みに･･･」「これが普通･･･」と、人並みでも普通でもないのに妥協して、最後には「まあ、これがこの子の運命だから…」と満足してしまうのです。運命って、そんなに手軽で気楽なものなのでしょうか？医者にも行かず薬も飲まず、我慢も養生もせずに死んでも「運命」って満足ですか？一般的には【放置】【見放した】と言うのでは･･･？変わりたいのなら必死に行動し、絶対やり遂げる意思が必要では？お手伝いやアドバイスは、周りからいくらでもできます。しかし、本人と家庭が必死と絶対の意識を持って取り組んで頂かないと……。又々、叱られそうです。嫌われそうです。生徒が来なくなりそうです。ごめんなさい。お許しを･･･。ペコリ。</description>
      <pubDate>Sat, 25 Feb 2023 17:09:02 +0000</pubDate>
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      <title>何で？その言葉を認めて･･･20230225</title>
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      <description>最近、多くの保護者や、塾生ではない方とお話しする機会がありました。その時に何回か耳にした言葉(私なら絶対に口にしないセリフ)を言われました。私が勝手に決めると、子どもが怒るんです。相談して決めても、気に入らないと子どもが動かないんです。子どもは「やってる」の一点張りなんです。子どもが「私は頑張ってるのに分かってくれない」と泣くんです。通知表の点数が２か３ばかりだから、まだ何とかなると･･･。学校で平均点くらい取ってるから、〇〇高校(偏差50強)に行きたいと･･･。学校のテストで35点平均位だが、本人は□□高校(偏差40中)しか行かないと言ってるので塾で指導してやって下さい。等々です。１つずつ「クソジジイ」「古臭い」「頭おかしい」と言われて久しい私が反論しても良いですか？とですが、子どもにも感情や考えはあるでしょうが「子どもに不足している」「子どもに必要だ」と親が判断して、将来のためにやらせようと思ってるのに、子どもに怒られて『仕方ない』と引き下がっていて、子育てと言えますか？小さい頃より「何でも叶えて」「何でも許して」きた結果が、今の「子どもの方が立場が上」では無いですか？頑張れお母さん。とですが、本当に「やってたり」「頑張って」いれば、簡単に結果が出ているはずです。結果が出ていないのは「間違っている」か「足りないか」「比べる基準が間違い」だからです。小学校低学年のやり方と量を続けていて、中学で「やってる」は勘違いも甚だしいです。「クラスの友達と比べて･･･」と言う生徒も居ますが、クラスのレベルは普通なんでしょうか？を一括して反論します。教室の近くの地元中学の定期テストで平均点を取っていれば偏差値37〜39位です。と考えると、通知表も35点〜80点位あれば【3】が付いてます。現状が低すぎるのに何を『希望的判断』をして、自己主張をして『拗ねて』いるのでしょうか？また、何でそれを許しているのでしょうか？もっと酷いのは、塾を休んだり、学校を休んだり、宿題をしなかったら、親が「お願いだから行って(やって)」なんて、何でお願いまでしているのですか？何があったんでしょうか。「知らないんだから･･･」と言われます。だったら、いくらでもご説明します。素直に聞いて頂けますか？現状認識が間違っているんだから･･･。あっ、ま〜〜た失礼を言い過ぎました。ごめんなさい。ペコリ。</description>
      <pubDate>Sat, 25 Feb 2023 15:18:56 +0000</pubDate>
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      <title>あ〜〜っ!!腹の立つ!!20230221</title>
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      <description>ここ最近の2週間くらいの愚痴です。ちょっと聞いて下さい(いつも愚痴ですね。ごめんなさい)仕事も近所付き合いも町内事業も色々です。子育ても親の介護も一段落したこの頃、少しでも経験や知識で恩返しを思い、仕事にも地域行事にも積極的に介入しています。少しだけ自画自賛させて下さい。仕事面では、『塾ですから勉強のみを教えていれば･･･』との他塾とは違って「人間力が学力に」をコンセプトに、日常の生活や「できない理由の排除方法」の指導や、原因の分析・改善方法の具体的改善ポイント等を何度も何度も生徒に指摘・指導しています。すると、返事は非常に良いのですが、あっさり・きっちり・ばっちり・すっきり無視・スルーされます。本人に聞くと「いや、あの、ちょっと･･･」と口を濁すか「いえ、ちゃんとやってます」との勘違い組ばかりです。時には強くキツく叱ると、直ぐに「止めます」か「うるさいなぁ」で保護者からのコールが・・・。その保護者でも、面談をして現状と塾の対応と家庭での対応の話をすると「いえ、私はやってます」「家の子、それ嫌がるんです」「そんなことは無いです」「「家で子供に確認しないと、私が勝手に決めると怒るので･･･」「将来〇〇校へ･･･」とお聞き頂けているのかな･･･と。そんな方ほど、後日「あの塾ダメね。〇〇年も行かせたのに、全然成績が上がらなかった」「子どもの気持ちを分からずに厳し過ぎる塾」と口コミどころか言いふらされます。近所の事業でも、数人の役員と何度も話し合い、事前に想定して準備をして臨むのですが、会議に参加しなかった方から後日「あれはおかしい。納得できない」とか、会議では聞いても『別に何も･･･』と言っていた人が、終わった後で『あれは間違い』とクレーム(文句)を言いに来られたり･･･。「だったら、事前か当日に言ってくださいよ」とお願いすると、『私はそんな出しゃばりではない』と、さも私たちが出しゃばりで、自分たちが控えめのような言い草。そんな近所の方々やご理解頂けない保護者方の口癖が『人には色々な考えがあるから･･･』『もう、そんな時代では無い』です。そんな事たぁ、百も承知で活動しています。可能な限り色々なタイプの人の立場や考をくみ取って、可能な限り理想のゴールに近づけるように何人かと考えて頑張れば頑張るほどそんな方々の反感が･･･。何とか良い方向に変えてあげられれば(少し傲慢ですか？)と思えば思うほど…………です。「じゃあ、どうすれば？」とか「じゃあ、あなたがやってくれれば？」と言うと、『そんな、私なんか･･･』とか『いえいえ、私は出来ないからお金を払ってお願いして･･･』となります。必死になればなるほど頑張れば頑張るほど準備をすればするほど我慢して、何度も何度も声掛けをすればするほど【嫌われる】【おかしい】とかのご評価を頂けます。毎回、同じことを言いますが、キチンと考えて、キチンと行動されている方も居られます。もちろんキチンとした結果が出ています。キチンとしていない人の方が【声が大きく】聞こえるのは何ででしょうか？キチンと話し合いや相互理解や周りとの協調活動ができる人が少数派に感じる今日この頃。何でかなぁ？変な愚痴愚痴に愚痴愚痴とお付き合い頂きましてありがとうございます。いつもすみませんねぇ。</description>
      <pubDate>Tue, 21 Feb 2023 12:03:50 +0000</pubDate>
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      <title>今まではこれで何とか･･･20230212</title>
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      <description>又々成績不振者の話です。毎回毎回ですみません(ペコリ)私がいつも、ここに書いている内容を意識して『止めて貰えさえすれば』殆どの生徒さんが必ず成績上昇に向かうと思っています。ごめんなさい。話を戻します。成績不振の生徒、伸び悩みの生徒、下降気味の生徒、そしてその保護者。多くの人とお話しさせて頂きましたが、多くの人の口から出てきたセリフが「だってぇ、今までこれで、何とかなってきた」です。「今まで･･･」を細かく確認すると、小学校低学年の授業の聞き方。勉強の仕方。学習量。学習時間。最も共通していたのは【学校の宿題を済ませたので、勉強は完璧】ということです。そんな訳無いじゃないですか！小１より小３。小４より小６。小学校より中学校。学習する内容も量もレベルも求められるものは急上昇、急増加です。知ってる知識やルールを複数個組み合わせて、求められているゴールにどうすれば到達するかを「考える力」を付けるのを『勉強している』といいます。学校で先生が、黒板に書いたものだけを覚えておいて、それを書いて取れた点数だけでは、「実力がある」とは言えません。理由や根拠を理解し、【初見】の問題が解けて初めて「実力がある」と言えます。しかし、先生が授業で黒板に書いたものを、理由もなく覚えて書いて、自分は勉強していると『過信』している生徒・保護者が多いです。だから、少しだけ変化された問題を出されると「習ってない」「分からない」「ズルい」と平然と言い出します。話を始めに戻します。「･･･これで何とかなった」と言いますが、「今、何とか成りさえすれば、後は野と成れ山と成れ」ですか？学校のテストでそれなりの点数が取れさえすれば、実力に成らずに、高校や受験時に困っても「私が悪いんじゃない」ですか？当然、学年や学校が上昇すれば、「今まで･･･」と同じ意識と行動ではダメダメになるのは、誰でも分かることです。それを『今までと同じ意識・やり方･･･』で、何故満足しているのですか？更に言うと、「小学校で私(家の子)、いつも80〜90点とってるからチャンとやってる」とか「中学校で私(家の子)は平均点より20点も高いから超優秀」って度々聞きました。現状の地元の小学校では、100点取って普通です。80点では何処かに何かに不安が残ります。地元の中学校では80以上で普通です。時には90取っていても分かっていないこともあります。科目によっては黒板とノートだけで90を越えることもできます。平均点レベルの生徒の偏差値を聞いてビックリして下さい。再度、失礼なことをはっきり言います。何とかなるために毎日学校へ行ってるのですか？とにかく何とかなって落第しさえせねば満足ですか？「今まで、これで何とかなった」の考えは、成長も伸長も諦めた人の使うセリフです。年齢・立場・状況は日々変わっているはずです。「今まで･･･」で何とかなるはずがありません。もし、万が一これを口にしているご家族が居られましたら、早急に話し合いを・・・。</description>
      <pubDate>Sun, 12 Feb 2023 21:55:57 +0000</pubDate>
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      <title>若い時に流さなかった汗は･･･20230210</title>
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      <description>「若いとき流さなかった汗は、年老いて涙に変わる」これは野球の野村監督の名言のひとつです。毎年シーズンオフに解雇されるプロスポーツ選手が、異口同音に「もっと頑張っておけばよかった」と言うのを聞いて一番感じることです。「いつの時代も同じ。チャンスのときにやらず、ピンチのときに気づく」と。親にとって「子どもに苦労させたくない」という気持ちはあると思います。当然、私も親ですから「子どものためにしてあげたい」と思うことはあります。そして、「出来れば苦労をさせたくない」とも思います。ですが「その苦労はいつの時の苦労の話ですか？」ということです。ずっと楽々通る子はいいですが、「つらい思いをして勉強」している子や「必死に取り組む勉強」をやっている子は、「何でこんなことをしないといけないの」と思います。また、「楽に暮らしている子」を見ると「いいな」と思うかも知れません。結果の出ない20代、30代では、毎日毎日働いていても結果が出ない。やっているのに「実にならない」ということがあります。「同級生たちが大きな自動車に乗っているのに･･･」とか「友達は毎週、楽しそうに遊び歩いているのに･･･」と思いながら、土日も関係なく働くこともあるでしょう。「嫌だ！こんな生活」と苦しむこともあります。ですが、「若いときの汗」が、今ようやく結果につながったと感じてる人も多いはずです。「朝から晩まで働いた体の汗」「仕事を成功させるためにかいた頭の汗」どちらも「今の生活」を支えています。若いときにやったことが「今の時代を生き抜く力」になっています。「子どもに苦労させたくない」というのはいつのことですか？10代？20代？30代？それとも50代？もし、「自分が亡くなってから苦労させたくない」と思うなら、「若いうちの汗」をかかせるべきです。これは「体の汗」もありますし、「よく考える」「必死で耐える」という「頭の汗」でもあります。あなたは「子どもの人生の『いつ』に苦労させたくないですか？」そのためにいつ「苦労」させますか？</description>
      <pubDate>Fri, 10 Feb 2023 16:38:28 +0000</pubDate>
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      <title>他人のフリ見て･･･20230205</title>
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      <description>「他人(ひと)のフリ見て我がフリ直せ」大昔から使い古されるくらい言われている言葉です。これを言うと必ずと言って良いほど【出来ていない人ほど】返ってくる言葉を色々聞きました。「何でも横並びが良いのか？」「個性だから･･･」「人には色々考えがあるから･･･」「そんな時代では無い」等々です。何でも周りに合わせて自分を殺し、我慢し、横並びが良いと言ってるのではありません。何でもかんでも頭に浮かんだものを全て個々に個別にやりたい放題にやっても良いんじゃないよと言いたいのです。個性なら他人に迷惑を掛けても良いのですか？色々な考えがあれば、映画館で騒いでも良いのですか？自分では気が付かないから間違っていてもやってしまっているのです。やってしまっている人ほど「私は間違っていない」「私は誰にも迷惑を掛けていない」「私は常識人だ」と、平然と言われますし、堂々とされています。そりゃそうか。本人に自覚が無いのだから・・・。そこで、前出の「他人のふり見て……」です。自分を過信せず、常に謙虚に学び続ける。常に前向きに成長を続けるためには、時に周りを見回して、周りの間違いや迷惑や嫌なものを見て、自分と突き合わせて自らを振り返って欲しいものです。これは、私を含めて全ての人に当てはまるのでは無いかなと思います。勿論、これからの人生が長い子ども達には是非実践してほしいです。近年では、自己過信の中年女性が目に付くのは私だけでしょうか？あっ、こりゃまたまた大きな失言でした。訂正してお詫び致します。お許し下さい。ペコリ。</description>
      <pubDate>Sun, 05 Feb 2023 23:11:44 +0000</pubDate>
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      <title>子どもは将来の財産20230205</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151366/</link>
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      <description>「子どもは私たち家族の宝」「子どもは地域の宝」「子どもは将来の宝」その通りです。私もそう思います。私も、曲がりなりにも最低でも反面教師でも何を言われても良いですが、一応「人の親」であり「孫がかわいい爺」です。「宝」だから大切です。ここまでは異論は無いとおもいます。問題はここからです。だから『どう向き合いますか？』です。「大切だ」「かわいい」「将来は無限の可能性が･･･」と何でも思い通りに許して思い通りにやらせて、ある意味「ペット」「フィギィア」「おもちゃ」「趣味の物」のように甘々に甘やかして扱われる方がおられます。宝物の将来的価値を考えているのかな？と、疑問になる行動です。具体的に言うと、「本人が欲しがれば何でも与えて」「何でも遣らせて」「嫌がれば何でも止めさせて」「何でも許す」。ひどいときには本人はそこまででは無いのに、親がムキになって送り迎えと応援。で、本業の学校や勉強は？と言うと二の次三の次。「その内、気が付いて分かってやる気になれば･･･」とか「ダメなら塾にでも行かせれば･･･」と又々趣味の習い事と同じ発想を。「甘やかすな」とか「希望を聞くな」と言ってるのではありません。カレーが好きでもハンバーグが好きでも納豆が嫌いでも良いのです。ただ、出された食べ物は必要だから出されたのです。嫌いでも食べる子にしたいですね。話を戻します。大切な「将来の宝」です。「日本を世界を支えてくれる可能性の宝」です。だからこそ、社会性や忍耐力や発想力や、時には泥臭い我慢を体験して身に付けておいて欲しいのです。「宝だ」「大切だ」「個性だ」「個人の考えだ」「個々の価値観だ」と綺麗な言葉で【過剰に煽て挙げられて】【調子に乗り過ぎた子供】が増加中です。本当に、このような「お調子者」「わがまま」が将来の世界を作ってくれるでしょうか？権利と義務をキチンと話し合って分からせて『考える力』を付けてあげることが大人の仕事ではないのでしょうか？時には叱ることも必要なのでは･･･？あっ、また余計な事まで・・・ペコリ</description>
      <pubDate>Sun, 05 Feb 2023 22:49:10 +0000</pubDate>
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      <title>綺麗な満月です20230205</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151363/</link>
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      <description>綺麗な満月ですねぇ。冬の清んだ夜空に浮かんでいる、少し小さな青白っぽい月。「スノームーン」って呼ぶらしいです。毎日のゴタゴタや、バタバタやイライラから解放されるようで、とても落ち着きます。感謝です。</description>
      <pubDate>Sun, 05 Feb 2023 22:48:46 +0000</pubDate>
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      <title>♪春なのに〜♪〜20230204</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151357/</link>
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      <description>節分を過ぎまして、立春です。暦の上では春ですね。冬の代名詞星座の「オリオン」も真南から通り過ぎました。でも、まだまだ寒い日が続きそうです。三寒四温(受験生なら分かる言葉です)の日が続き、段々春になるのでしょうね。しかし、しかし、２年生が本気になりません。今年の共通テスト(昔のセンター試験。もっと昔の共通1次です)も終わって本人たちの共通テスト本番まであと11か月、私学前期まで12か月、国公立前期まで13か月弱です。『受験は２年の夏に始まる』昔から使い古された言葉です。何年も指導してきた私たちもそう思います。なのに、本人たちは「ま〜〜だ２年生じゃん。３年になったら頑張るし……」って言います。大学受験でそうですが、高校受験もです。私立は1/10前後です。公立高校も２月末になりました。３月ではありませんよ。中学受験に至っては、年明けすぐです。なのに「一番おかしい」人が小６の秋に「頑張りますから〇〇中学へ･･･」と来られます。私たちの気持ちや焦りをご理解頂けますか？は〜〜〜っぁ！(溜)</description>
      <pubDate>Sat, 04 Feb 2023 19:44:08 +0000</pubDate>
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      <title>多分〇〇だろう！〇〇のはず！20230202</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151321/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151321/</guid>
      <description>間違った学習方法や間違った行動をしていて、成績不振・成績下降の生徒や、本人的には「私、頑張っているのに･･･」の生徒に『間違っている』ことを指摘すると殆どの生徒から返ってくるセリフが「そんなことはない」「私は分かっている」「私は知っている」「私は出来ている」等々です。「何で、そう思ってるの？」「誰に言われたの？」「理由は？根拠は？」って確認していくと、これもまた殆どの生徒の返事が同じです。「私が考えた」「私がそう思った」「今までそれで何とかなった」「だってぇ、私はその方が向いてると思ったから･･･」と、根拠・理由など無い【本人の勝手な想い込み】でした。お母様方にも同様の事例が沢山あります。「家の子はやってくれます」「家の子はそんなことはありません」「家の子は得意です」「家の子には〇〇の様に言って貰わないと･･･」「家の子は▽▽は嫌がるので止めて下さい」「家の子、学校で〇〇点も取ってるので実力はあります」「学校で優秀なので〇〇校を受験させます」等々です。生徒たちと同様に根拠をお聞きすると「えっ？違うって言うんですか？失礼な！」「私が言ってるんですよ！」「一番近くで見て、誰よりも分かってやってる私が･･･」と、根拠や理由など無く、全部【私】の思い込みでした。もっと根拠の無い、頭を抱えたい主張が『兄弟(姉妹)の上の子は優秀なんです。だから[B]私の考えや子育てに問題はありません[/B]。この子だけ何か別の原因が･･･」と100％の自信と言いますか100％の勘違いと言いますか……誤解があります。勿論、今流行りの「人には色々な考えがある」とか「人の考えを尊重しよう」を否定するつもりはありませんが、根拠や実績の無い思い込みを「独り善がり」とか「我がまま」って言うんじゃないですか？「褒めて育てろ」「個人の考えを尊重しろ」「他人(親)の考えを強制するな」等々色々言われています。その言葉そのものを否定するつもりはありませんが、言葉の内容や意味をも自己流に歪曲して受け止めて自分を過大評価している可能性はありませんか？大人も子供も同様ですが、根拠や実績や結果が伴っている考え・行動・発言は尊敬しかないですが、結果が芳しく無いのに『そんなことは無い』と周りの言葉を受け入れない気性が成長や上昇を妨げているのでは無いでしょうか？自分を過信して意固地になっている姿は、子どもも大人も見ていて……………悲しいです。もっとも間違っていると思うワードは、「そんなことは無い」「お金払ってるのに(客に向かって･･･)」「(私は客よ)失礼な」「今までこれで何とかなった(なってたら問題は起こって無い)」「(結果が思惑通りで無いと)やっぱりここはダメね」です。日常、使ってませんか？私も含めて、思いかえす時を持ってみませんか？</description>
      <pubDate>Thu, 02 Feb 2023 10:31:33 +0000</pubDate>
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      <title>意図的？無意識？20230131</title>
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      <description>この仕事をしていると、当然ですが、子ども達と毎日接しています。当然、「今度〇〇を持って来てね」「今日帰ったら、絶対〇〇してね」「もう、絶対〇〇は、せんといてね」「口だけではダメだよ。絶対◎◎までやってね」云々の指示や注意をします。子ども達は99％「はい」って肯定的な返事をしてくれます。また、「今まではこれで誤魔化せたかもしれないけど、今後は無理だよ。勉強時間を増やしてね。やり方を変えてね。今から本気でやろうね」とか「来年は受験生だよ。今まで適当に返事だけで放っといてきたけど、もう待ったなしだよ。やってる？」って聞くと「分かってる。やってる」って返事をしてくれます。さて、ここからが私の疑問点です。子ども達は本当に分かって本心からやってるのに『出来てない』のでしょうか？「はい。分かった」って返事だけしておけば、やらなくても許して貰えて、攻撃されないから、意図的に言うなれば「嘘」を言ってるのでしょうか？バレないこれで大丈夫大人は子どもの為に頑張るのが仕事放っといても叩かれない等の言葉は、意図して誤魔化してきた生徒たちから何度も聞きました。素直に聞いてくれる生徒でも、こちらの真意・本意・意図・具体例までを理解して分かってくれてる生徒は…………残念ながら少数派です。「何かこんな感じ」「多分これくらい」「まぁ、これ位なら･･･」「これで、やったことにして･･･」と自分の価値観や自分の判断で、私たちの「日本語」を努力して【分かろう】としてくれる生徒が減少傾向です。「成績不振」や「出来ない」生徒が増加中なのはあちこちで聞きますが、先生の対応云々よりも、生徒たちの日本語理解能力(自分から知らない語彙を聞こうとする習慣)や【怒られないから放っといてもＯＫ】という、甘えと舐めた気持ちが大きなウェートになってきていませんか？これって、知らない間に無意識にやっているのでしょうか？成長とともに、ズルい知恵がついて、意図的にやっているのでしょうか？毎日、この疑問との闘いです。</description>
      <pubDate>Tue, 31 Jan 2023 18:08:27 +0000</pubDate>
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      <title>弟子の準備が･･･20230129</title>
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      <description>『弟子の準備が出来れば、師は現れる』これはチベット密教にある言葉だと先日教わりました。最初から、常日ごろから、指導して頂ける立派な方や教えて頂ける方はあなたの側に居て、時には少しずつ指導アドバイスを送って頂けていたのに、指導を受ける『弟子』のレベルや心構えが出来ていないために、その方の言葉や教えに聞く耳を持てなかったし、全く聞いていなかったし、もちろん従ってみるなんて出来なかった。しかし、弟子が苦労を重ね、本気で悩み、「あぁ〜っ、どうすれば良いのだろう」と本気で悩み、本気で学びたい意識や心構えになった時、今まで側にいても、見ようともしなかった人や、見えていても「価値」や「有難み」を感じていたかった人の行動や言葉が、染み入るように入ってきて、自らに当てはめて素直に受け入れられるようになることを表してします。つまり、「自分は正しい」「自分は分かっている」「自分は出来ている」「これで良い」などの思い込みだけで生活している状態の人には、素晴らしい【師】がすぐ側に居ても気付けないことへの戒めの言葉です。勉強に置き換えると、「私はやってる」「私は出来てる」「私は･･･」「私は･･･」と全部周りが悪いと思ってる生徒。「行かせてる」「金払ってる」「何〜に偉そうにと上から目線のプライド」。「先生との相性が･･･」と有りもしない持論の保護者。最高の『師』が直ぐ側にいても、教えを受け取ることは出来なさそうですね。私も師の指導が受けられるように、意識や行動を見直して、いかなきゃと自戒しました。</description>
      <pubDate>Sun, 29 Jan 2023 16:50:24 +0000</pubDate>
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      <title>その内、出来るように･･･20230129</title>
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      <description>成績不振・成績下降中の生徒やそんな状態を気付いておられない(悪く言うと何年も放置されている)親御さんが当り前の顔で(ある意味平然と･･･失礼)言われる言葉があります。それは「その内できるようになる」「その内、気付く。いつか分かる」です。作業・技術的なものは繰り返しや訓練や経験から上達することは充分考えられますし、期待もします。しかし、それを短時間で簡単に手に入れる方法がありますか？何か近年、何でも「権利」と「お金」で簡単に手に入れたい傾向にあるようです。そんな職人技は信用できないかな？一方、勉強に関しては、『その内･･･』なんて言葉は【絶対】通用しませんし、起こりません。何故なら、スタート時に用語とルールとやり方を理解・暗記して、年々積み上げていくことが必要だからです。「聞いたから･･･」「書いたから･･･」「丸になったから･･･」「半分も正解だったから･･･」で、目の前の作業をこなして終わりにして、全く理解も暗記もしていない生徒が、次のステップで『できる』なんて【起こるはずがありません】。その証拠に、小学校の小数・位・桁・分数・比・割合が理解・暗記できていない生徒が、中学校の文字式・方程式が理解できますか？比例・反比例・座標が理解できていない生徒が、1次関数が使えますか？be動詞文一般動詞文の６文型が理解出来ていない生徒が、受動態や完了形が理解できますか？can文をbe able toに書き換えできますか？小学校時に間違ったやり方をしていたのに、なまじっか成績成績が良かった生徒。「勉強とは、学校で説明を聞いて、言われた作業をしていれば良い」を信じておられた保護者。どうでしたか？時が経てば経つほど出来なく分からなくなったでしょ？これを取り戻すのは非常に大変なのです。周りの皆んなが何年も積み上げてきた知識と経験を、簡単に「権利」と「お金」で取り戻そうなんて・・・。サボって放置してきた年数分だけ必死に我武者羅に生活と意識を変えないと、不公平ですよね。つまり、小4〜中2まで誤魔化してきた生徒は、これからは周りの皆んなの６倍意識と時間を掛けないと(今までの自分の６倍では無理です。だって10割の6倍は600％です。10％の６倍は所詮60％しかありませんから)ダメですよね。以前から何度もず〜〜っと言ってきましたが、「行けば、聞けば、習えば、教えて貰えば、出来るようになる」と考えている生徒は、変われません。また、それを主張される保護者様。あなた様はそれで出来ましたか？勉強は、ダラダラと学校や塾に通って「その内・・・」では無理です。先生に個別に指摘・指導されたら、絶対に無視やスルーをせずに、素直に受け入れて実行して下さいね。私たちは指摘・指導してあげることしかできません。結果はあなたの心が決めてくれます。</description>
      <pubDate>Sun, 29 Jan 2023 16:10:11 +0000</pubDate>
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      <title>「今度こそ変わる」って言っても･･･20230125</title>
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      <description>入塾時や「教育相談」で度々おこることをお話しします。成績不振や生活態度が思わしくない生徒や不登校(気味も含む)や意識や行動は幼いのに態度だけは家で一番デカい生徒の話です。生徒から自身の気持ちや考えを聞き、保護者も交えて話し合いをした後で殆ど「で？これからどうするの？」って聞くことが殆どです。すると殆どの生徒が「これからは、今までとは変わる」「これからは言われたことは守る」「指示されたことはやって来る」「毎日、覚えて来る」と、如何にも理想的な答えを言ってくれます。お母様も「この子がこう言ってるので、今度こそやってくれると思います」と満面の笑顔です。ここまでは何の問題もありません。私としても有難いことです。さぁ、翌日以降です。態度不良の生徒は、返事こそしてくれますが、後は何も変わりません。だって、返事さえしておけば絶対に「罰」や「攻撃」や「損するような扱い」は無いことを逆手にとって、大人を舐めていますから・・・。度々それを繰り返すので、本人に確認すると「塾に来んと成績が上がらん。けど、だりぃ(面倒臭い)のんは嫌。多分、嘘や放置は治らん」と平然と言ってくれます。成績不振者は「やれ」って言ったら「やった」って言います。「覚えろ」って言うと覚えたって言います。出来ないから「理由や根拠」を教えると、答えだけを覚えて来てくれます。何故なら、今まで学校の授業で黒板に書かれた答えだけをノートに転記して、それを眺めて「勉強した気」になっていたからです。小学校1年生なら『良い子』でしょうが、少し形や数字を変えると「習っていない問題でズルい」となります。段々と「出来ない」「分からない」ことが増え続けるだけです。意識が幼い生徒は、「皆んながこうしてる」とか「先生は良いって言った」とか「私より出来ない人が･･･」とか「今まではこれで･･･」と、言い訳と自己擁護を繰り返しています。だから、小学高学年から急激に成績が下降を始め、中学では戻れなくなっているのです。最後に「態度がデカい」所謂【プリンス】【プリンセス】ちゃんです。近年の不登校生の原因の多くがこれだと言われています。小学低学年までソレなりに出来たことを周りは過剰に褒め、本人も過剰に過信を積み上げ、ある日、クラスメイトと比べた時に「落胆」するか「別の言い訳を作って」勉強や通学から逃げてしまうのです。つまり「私のやり方と先生の相性が悪い」とか「クラスの皆が私を見下す(そりゃあ、実力も無いのに王様としては扱ってくれないわな)」とか言って、突然勉強をやめる・逃げる。されど、過去の栄光のプライドは残っているので『自分が本気を出しさえすれば直ぐに･･･』と根拠のない自信を・・・。さて、ここからが本題です。上記全ての生徒に共通していることが、「日本語が理解出来ない」です。たとえば「〇〇をやって来い」って言っても、やって来てはくれません。本人は「やった」って言いますがこちらが求めた1％から10％です。「覚えて来い」も同様です。家で1〜2度読んだら『覚えた気』になって、自信満々で「やったよ」と来ます。1％やった生徒は忘れています。10％やった生徒は『暗唱』はできますが、内容をキッチリ覚えていないので問題に『使えません』つまり「やれ」とは何をどれ位やるのか、「変わる」とは何をどれ位変えなければならないのか、「絶対やって来いよ」も絶対とはどこまでの責任を持つのか、まったく分かっていません。本人は「やってる」って言いますし、保護者も「子どもに聞いたら、やったのに先生が怒るって言ってます」って反撃。10年掛けて学校で積み上げるべきことを「怒られなかった」「何とかなった」で1％で誤魔化し続けてきたのです。そりゃあ10％もやれば10倍やった気になっているのでしょうが、私たちは歳・学年相応の勉強を求めます。そりゃあ初日から100％を求めるなんてしませんよ。それは無理です。しかし、1か月たっても2か月たっても慣れてくると「やっぱり1％に戻る」のは何ででしょう。何度でも注意はします。しかし、成績が上がらない生徒の共通点は《素直じゃない》ことです。いくら「今度こそ変わる」って言っても、本人が変わろうと覚悟や努力や変化をしないと……です。</description>
      <pubDate>Wed, 25 Jan 2023 20:52:56 +0000</pubDate>
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      <title>素直じゃないからぁ･･･20230112</title>
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      <description>今日の「ネタ」は、聞くとメチャメチャ肚が立ちます。別に『うそ』は書いてませんけど、当てはまる方ほど激高状態で怒鳴込みの一歩手前か速攻退塾(これが一番困る)の可能性くらいハッキリ書きます。そこん所を理解して読んで下さい。良いですか？始めますよ。お母様方の常識的な学力や学習姿勢と現状のそれらとが「か〜〜んなり」違っています。そこを指摘して勘違いを直して頂こうとすると、殆どの方が「そんなことはない」って言われます。子ども達にこれを言うと、帰ってくるセリフパターンは少ないです。「自分より下が沢山居る」「今までこれで何とかなった(怒られて無い)」「母さんが良いって言った」です。本当に分かって頂きたい(子供の実力安心なお母様方以外です)お母様方に同様な内容を……「お宅のお子さん、口だけで誤魔化して、キチンと学校の説明を聞いてませんね」に対して「そんなことは無い。失礼な」「今の地元の小学校で80点は問題ですよ」に対して「そんなことは無い。失礼な」「今の地元中学で平均点では、ご希望の〇〇高校は難しいですよ」に対して「何〜に、失礼な！家の子をバカみたいに言って！自分の指導力の無さを棚に上げて！」「地元中学で英語や数学を90数点取れてても、授業でやった問題しか出ないのだから決してあの□□高校に入れる実力(偏差値)はありませんよ」に対して「そんな筈がある訳無い。余分に月謝を取ろうとして大げさに悪く言ってるんでしょ」と、露骨にスルーされます。何か、テレビＣＭで言ってるように「まだ間に合う」とか「直ぐに△△点アップ」とか「やればできる子」とか気楽なセリフや「お母さんは悪くない。学校の責任！」とかの『う〇』を言って『お〇て〇」欲しいのでしょうかね。そんな事は無いことを、大切な生徒やその保護者に作り話までして言うなんてことをしますか？『う〇』まで言って、金儲けをしたいほど未だ落ちぶれてはいませんよ。だから、「この生徒に、このやり方では･･･」「この生徒に、あの塾では･･･」「この生徒には、もっとこの教科を･･･」と思う生徒を、【子供が嫌がりますから、結構です】とか【家の子は必ずやってくれますから･･･】とか【家の子は学校では上位だから、あの有名な進学塾じゃないと･･･】【私(お母様)は、これ位で何とかなったから･･･】と、『本心から結果を求めておられるのかなぁ』の思い込みの判断をされる場合が多いです。生徒が「素直」に従ってくれないパターンは山ほど経験してきましたけど、最近は「お〇様」が素直じゃなくて、生徒のブレーキになっているパターンも度々目につくので、怖くて怖くて・・・。毎回言いますが【素直に・しっかりと聞いて頂いて、生徒の成績アップに繋げておられる保護者も沢山居られる】ことは忘れないで下さいね。</description>
      <pubDate>Thu, 12 Jan 2023 22:28:09 +0000</pubDate>
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      <title>電気代がぁ･･･20230110</title>
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      <description>昨年から、色々・諸々・度々値上がりの嵐です。食品から燃料・その他すべてと言ってもいいくらいです。皆さん。生活費のやり繰りお察し申し上げます。しかし、値上げができない業界もあるのです。先日、私立学校の先生と話していたら、「年間支払い予定を公表しているので、途中で変更できない」って嘆いておられました。塾も同様です。経費一覧を表にして配布してありますし、値下げ合戦やサービス合戦の業界で、値上げなんて口にできません。教材も運賃も光熱費もパニックです。泣いているのは先生方と経営者だけです。例えば、電気代です。夏場、とんでもなく暑くて、使用量が前年同月比で2割アップで料金が2割アップ。合計で4割アップでした。今月、使用量は「我慢に我慢して」1割減に抑えました。しかし、単価が4割5分アップで支払いは4割アップです。私の教室では、すべて請求書が来ますので『チャンと』目に見えます。今、流行りの、請求書無し(ネットで見てね)で自動引き落としのご家庭では、【気づかない間に】とんでもないことになっていませんか？同情いたします。</description>
      <pubDate>Tue, 10 Jan 2023 13:32:07 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、まだ小さいから･･･20230108</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151006/</link>
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      <description>「家の子、まだ小さいから、その内……」の現状はお話ししましたよね。「小さい･･･」とか「幼い･･･」を感じさせるのは行動だけではありません。実は『日本語が分かっていない』のです。こう聞くと「え〜〜〜っ？そんな訳無いじゃん」って思いますよね。これを何回か保護者にお伝えすると、殆どの方に「そんなことありません。家ではチャンと会話が成立しています」と叱られます。では、実際の例をお話ししましょう。『学校で勉強をするって何？何をすれば勉強していることになるの？』って聞くと、「学校で座って聞いてる。先生が黒板に書いた言葉や答えをノートやプリントに書く」って答えます。『それで完璧？』って聞くと「うん(自信満々に)」です。つまり、勉強は、先生がすべて式と答えを言ってくれるので、それを邪魔せず聞いている【良い子】であれば、勉強していることになるらしいのです。幼児期に「良い子にしとくんよ」を守っているので、ある意味良い子です。他にも「分かった」とか「やってる」とか「覚えた」とか「出来てる」とか「先生の教え方が嫌」とか「私はやってるのに先生が怒る」なんて色々あります。最後の2つなんて、私たちが度々お叱りを受ける典型パターンです。細かい説明を書いてると「とんでも」な量になりますので省略しますが、一例で「分かった」は【大人は、内容が理解出来て、使い方が区別・理解できて、次からは類題は完全に･･･】と思っていますが、子どもたちは《この問題の式と答えが分かった》という意味で使っています。だから、テストで少し変形させると《習って無い問題を出してズルい》となるのです。他の事をお聞きになりたければ、教室にお越し下さい。何が原因かと生徒たちと会話していると、日常学校や家庭で日本語での会話が行われていないのでは･･･？と行き着きました。「早よやれ」「すぐ来い」「風呂入れ」「出せ」「あっち行け」「うるさい」等の単語や号令・命令で会話していませんか？言葉には「内容・意味」があり「理由・根拠」があります。「直ぐ来い」にも「何で」や「どうして」があり「目的」があります。それは一切伝えなくて、ゴールの形だけを伝えるので、子どもたちは内容や目的は考えずに形だけの「やったるフリ」や「やったつもり」で終わってしまうのです。これは「家の子、まだ小さいから･･･」ですか？このままでは「小さくなくなっても」同じですよね。あ〜〜〜あっ、これでまたまた「偉そうな」「失礼な」ってお叱りをうけるんだろうな(涙)</description>
      <pubDate>Sun, 08 Jan 2023 21:00:50 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、まだ小さいから･･･20230108</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-151001/</link>
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      <description>「家の子、まだ小さいから･･･」この言葉は、お母様からよく(度々)聞きます。しかも、『出来ていなければならない年齢なのに、出来ていない生徒の親』ほど言われます。何歳が小さくて、何歳から小さくないのですか？親にとっては子どもは幾つになっても子どもです。かわいいですし「永遠に守ってやらなければ･･･」と思うのは当然です。でも考えて下さいよ。子どもが亡くなるまで責任を持って絶対守ってやれるのですか？一般論では、多分親が先に亡くなります。その時に、子どもは誰に守ってもらうのですか？その時に「ひとりでも」「自力で」生きていけるようにしてやるのが親の務めでは無いですか？当然、生まれて直ぐに何でも出来る子なんて居ません。でも3歳くらいから理解できて繰り返せば出来ることが一気に増えてきます。やってはいけないこと。例えば「うそ」「放置」「約束違反」「周りに迷惑」「周りに危害」等は、この段階で止めておかなければ、後ではなかなか･･･。その時によく聞くのが『私は何度も注意するのに、家の子、ちっとも聞いてくれないの。私は言ってるのに･･･』です。本当に初期に注意しましたか？幼稚園・小学校時期に『まだ小さいから分からないだろう。もう少しすれば、その内、分かるはず』って先送りをしませんでしたか？逆に、知識や技術を必要とするものについては、繰り返せば『その内』出来る事が多いです。九九や英単語やパスやキャッチボール(特にスポーツ系で親が経験者の場合)は叱って叱って(時には暴力的に)強制しますよね。さきに書いたように、「うそ」「放置」「約束違反」をしない子になっていれば、必ず繰り返し繰り返し練習をし、出来るようになってくれます。つまり、勘違いして(中には勝手な思い込みで)逆を求めているのです。心と生活の訓練が先で、技術や知識の訓練は後でも可能なのです。それを、知識や技術だけを金の力で他人に丸投げして、心の力を家庭で訓練していないから、いくら指導しても上達が遅いか、時間と金だけが･･････の結果になってしまうのです。最悪の場合「やってるフリ」に誤魔化され、下降している子まで出現です。この考え方が、私が提唱している『人間力が学力に！』です。勉強よりも、正直・素直・継続・繰り返しが優先です。「そんな事は無い」「家の子は･･･」を直ぐに言われる保護者の子供ほど、これらが…………です。</description>
      <pubDate>Sun, 08 Jan 2023 11:53:58 +0000</pubDate>
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      <title>福山市長に密着！20230106</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150976/</link>
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      <description>映画「福山市長に1日密着してみた」を観てきました。2022年12月9日にツイッターで公開された予告編が、540万回再生を記録して、早くから話題になっていました。福山城築城400年のお祝いの一環で作られたみたいです。福山市も意外と(失礼ですね)柔らかい思考が出来ていますね。よろしければ、皆様もご覧になって観てください。50分の短い映画なので、お気軽に！福山の見たことがある場面ばかりです。</description>
      <pubDate>Fri, 06 Jan 2023 13:25:28 +0000</pubDate>
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      <title>お母様の子供時代とは変わって･･･20230104</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150955/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150955/</guid>
      <description>指導していて「従わない」「当たり前の行動をしない」等の『何を目的に塾に来ているの？』の生徒のお母様に、生徒の実状をお話しすると・・・「先生！私も、子供の頃には、そんなもんでしたよ」とか「でも家の子、毎日、学校の宿題をやってますよ」とか「中学校のテストでは60点【も】取ってきますから･･･」とかご自身の学生時代を基に、自分の子供の状態を評価しようとされる方が居られます。お母さん！何年経っていますか？それ以上に、社会情勢がどれほど『甘ちゃん』になっていますか？暴力や恐怖政治が良いとは言いませんが、現状の学校では、叱れない、罰はダメ、嘘を言っても許せ、権利は子どもにだけ認められ、指示や決まりは無視されても、結果だけは求められる様な『歪んだ』社会状況ですよ。お母さんの時代、「覚えて来い」って言われたら、覚えて行くのが当り前でした。しかし、現状は、1or2度眺めただけでも「覚えたもん」「やったもん」「先生が、私の努力を認めてくれない」と文句だけは言って「覚える」っていう結果は放置。「コツコツ繰り返す」なんて何ものぞ。「できないのは先生の教え方が悪いから･･･」と考える生徒が多数派。先生たちは、すべての武器を取り上げられて、フル装備の生徒たちに立ち向かえって言われているようなものです。しかも、「指導力」の美名の下、完全な結果は求められます。と、すれば先生はテストの問題を簡単にせざるを得ない。これは先生が可哀そうです。よって、現状地元小学校では100点取って「普通」。地元中学では85〜90取って普通って位まで学力の全体低下が起こっています。普通って偏差値50のことを言ってますよ。この変化は、この塾を始めた頃と比べても、大きく違います。当時の地元中学では、75点取れたら普通でした。と、考えると、現状がいかに「普通じゃないか」を分かって下さい。と、言うことは、お兄ちゃんお姉ちゃんが居る生徒は、お兄ちゃんの時と同じ点数を取ってきていれば、明らかな実力低下が起こっています。たかだか10数年でもこんなに違うのです。お母さんの時代の価値観で『勝手な判断』をせず、私たちに相談して下さいね。余談ですが、「塾に相談すると、必要以上に授業を取らされて、余計なお金を取られるから相談したくない」って方が過去に何人も居られました。確かにそんな「儲け主義」の塾も存在します。そんな時に私たちは「過去、余程ひどい塾にあたってきたんだなぁ。運が悪かったのか、選び方が悪かったのか･･･」と思っています。(失礼な余談でした)</description>
      <pubDate>Wed, 04 Jan 2023 18:10:05 +0000</pubDate>
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      <title>家で勉強を教えるって･･･20230104</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150951/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150951/</guid>
      <description>教育相談や入塾問い合わせ、保護者面談で時々(度々？)耳にするセリフが「家で私(お母様)が毎日、勉強を教えています」「分からないって言ったら、お姉ちゃん(中・高生)に教えて貰っています」「大丈夫。分からない所は無い！分からなかったら、直ぐに母さんが教えてくれるから･･･」です。最初は「家族の協力体制がキチンと出来ている羨ましい家庭だなぁ」と聞いていました。しかし、よくよく聞いてみると、教える人が問題文を代わりに読んで、式を立て、途中の計算式も書いて見せ、答えまで出して子供に書かせ「分かった？」って聞くと、子供も「分かった！」って答えて両者が満足している場面が多く聞こえました。もちろん、指導経験をお持ちの保護者様の家庭での指導を否定しているのではありません。子どもは子どもで「分からない問題は無かった。全部宿題やプリントは埋めれた」と喜びますし、親は親で「私は放っとかずに、チャンと子供に向き合ってる」「子どもも『分かった』って言ってるから次は大丈夫」と喜んでいます。子どもにとって「分からない問題は無い」とは、「宿題のプリントのすべての答えが書けた」との意味で、自力で書けたかどうかは関係無いのです。これでは、次に同様の問題に対峙したときに、またまた出来ません。何故なら、問題を理解する力もポイントも分からず、内容を式の形にする立式の力もつかず、その上、計算力の確認も出来ていません。このやり方を『家で教えている』と思われているのなら、最初から『解答』を渡して写させた方が解説も付いているので早いのではないですか？だから、我が教室で生徒に教えると「塾の先生はなかなか答えを言ってくれなくて時間が掛かる」って生徒の声が時々聞こえるのです。保護者も「早く出来るテクニックや裏技を教えてやって下さい」って言われる方も居られます。今日の宿題を全て埋めて終わらせれば満足ですか？今日のプリントや問題の答えが『まる』になれば安心ですか？今後の模擬試験や入試の時にも隣でアドバイスしますか？今後は「たった一人で答えられる力」を付けてくれないと困るのです。学校のテストではそこそこの点数を取る生徒が、塾で模擬試験を受けると想像以上に失点します。生徒や保護者からは「ここの問題は難し過ぎる」と言われます。これは、普段の小・中学校の授業や定期テストが前述の「式と答えを説明する授業」が多いからです。これは「学校の先生の責任」ではありません。解けない生徒が「先生の説明が分からない」と言い、それを聞いた保護者が「先生の教え方が･･･」と、『簡単に答えを欲しがる生徒』とそれを擁護する保護者が多すぎるからなのです。だから小・中学校では「良く出来る子」との評価だった生徒が、何故か高校生になった途端に『激下降』するのは、この勉強方法の間違いが原因なのです。用語・ルール・問題の求めている状況を理解して、知っている知識や公式をどのように組み合わせれば対応できるのかが実力なのです。「その内に付く力」では無いのです。生徒が求めるままに、直ぐに答えを教えてくれる人を「優しい先生」と呼び、何度でも答えを言ってくれる塾を「分かりやすい塾」と呼ぶ人が多いですが、それでは実力になりません。根拠・理由を基に順序だてて考える力を付けてやらないと意味がありません。つまり、我が教室の対応は、前述の先生を求めている生徒・保護者にとっては「金ばっかりとって、子供が嫌がる、変な塾」なのですね。(涙・涙・涙・涙・涙・涙・涙・涙)</description>
      <pubDate>Wed, 04 Jan 2023 14:36:47 +0000</pubDate>
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      <title>謹賀新年20230101</title>
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      <description>あけましておめでとうございます。旧年中は色々と「愚痴」「わがまま」「独善」にお付き合いくださいましてありがとうございます。本年こそ、もっともっと「気合」を入れて、本域で「愚痴」って参る所存に存じます。何卒よろしくお願いします。何んか、毎年のことですが、正月らしくない正月です。カレンダーの関係ですかねぇ？掃除や準備や片付けが終わらない内にカウントダウンでした。まぁ、こんな私でも平等に時間だけは過ぎていくんですね。歳をとるのは喜びか？嘆きか？とか言ってますけど、よろしくおねがいします。</description>
      <pubDate>Sun, 01 Jan 2023 17:51:38 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、学校の成績が･･･20221214</title>
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      <description>「私は、小学校のテストでは〇〇も取っているから頑張っている」「私は、小学校のテストでほとんど出来ているから〇〇中学に受かる」「私は、中学校で平均より10点も上だから優秀。〇〇高校が可能」「私は、まだ中2だから、来年になってから頑張れば何とかなる」「私は、まだ中2だからクラブを頑張りたい。中3になったら塾に行って勉強すれば良い」これらのセリフを子ども達がよ〜〜く口にします。結論から言います。全て間違ってます。昔と違って、地元の小・中学校のレベルは激烈低空飛行状態ですよ。そのレベルの平均と比べて勝っていたから『どこら辺が優秀』なのですか？少なくとも全国模試の偏差値50でなければ『普通』なんてセリフは該当しません。そりゃあ、『どこでも良い』とか『将来は仕事にも就かなくて…』と将来像を描かれているのなら別ですが、受験や就職や、もっと先の資格試験の時に「あ〜ぁ、もっとしっかり勉強しとくんだった」と思う時が来ますよ。「家の子、学校のテストで〇〇点だから超優秀」「家の子、学校のテストの点数が上がったから頑張っている」「家の子、学校のテストで良い方だから△△高校に受かる」「あの塾に行ったら学校のテストの点数が上がったから良い塾」これらは、成績不振生徒のお母さん方ほど口にされるセリフです。私たちの子供時代(あっ、古過ぎるか。失礼!)お母様の子供の頃の学校と、現在の学校の内容・対応は全く違いますよ。昔は、「覚えて来い」って言われたら、絶対覚えて行くのが当然でしたよね。覚えて来ないやつの成績が悪いのは「自業自得」としていましたよね。ところが今は、先生が指示しても「放置・無視」が当り前で、それを叱ると「暴力教師」「厳し過ぎる教師」「自分の指導力の無さを子どものせいにする無能教師」と言われてしまいます。必要なものを覚えてくれないのだから、当然全体の学力は低下します。そこで以前と同様のテストをするとどうなりますか？ご想像の通りです。すると先生が責められるのでテストのレベルを下げるという【魔の負のスパイラル】です。その上、テストの点数に拘る保護者に対応するためには、テストの問題を毎日の授業で解説していくしか無いのです。生徒たちにとって「習って無い問題」は「黒板で解説を聞いていない問題」なのです。小学校で100％。中学校で90％以上の学校のテストがそうなっています。こんな状態で、学校のテストの点数さえ良ければ安心ですか？これは、「学校の先生が悪い」って言ってるんじゃないのです。先生方の武器をすべて取り上げて、『優しく・口だけで成績を上げろ』って言ってる周りの責任なのです。私たちも、学校のテストの点数だけ上げれば良いのなら『指導が楽』です。だって、基礎レベルの出る問題は分かっているのですから…。でも、受験では使えませんよ。受験の問題はすべて『初見』ですからね。本当の実力です。「子どもが大丈夫って言うから信じてた」ってお母さん。だって「公機関が運営している学校だから多分安心」って思ってたお母さん。お母様が専門家で実態をご存じならば問題ありません。しかし、現実は違います。「塾は偉そう」とか「金を取りたいから大袈裟に･･･」とかじゃ無く、もう少し私たちの言葉を素直に聞いて頂けませんか？</description>
      <pubDate>Wed, 14 Dec 2022 19:32:10 +0000</pubDate>
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      <title>簡単に成績を上げる方法は･･･20221211</title>
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      <description>そんなもんはありません。私は聞いたことがありません。ってか、”2000年以上前の皇帝でさえ叱られた”位、ありません。ところが近年、「我が塾に来れば、誰でも直ぐに成績上昇」とか「最新のＩＴやタブレットや電子機器を使えば直ぐに･･･」とか「残り50日でも間に合う」とかの甘言(ある意味嘘)を真に受けた生徒や保護者が『今更こんな時期に…』『こんな状態の生徒をあのレベル校に…』と来塾されます。とんでもない場合には、10月11月になって、「どこかの塾に行かせたいので比較検討しています。パンフレットを送って下さい」と資料請求のメールが入ったりします。勿論、成績上位で合格圏内にある生徒の『最終確認』や『不安解消』のお手伝いなら、いくらでもさせて頂きます。しかし、「金を払うんだから…」とか「家の子をバカにしないで…」とか「不安を煽って、お金を余分に取ろうとしているんでしょ」的な無茶な言葉を発せられる方の場合、生徒の実力は不安しかありません。事実を丁寧にご説明し「ゴールを変更しないのであれば、やり方の量と内容を超ハイレベルに」「ゆっくり生徒に合わせるのであれば、ゴールの再検討を･･･」とお話しすると、『何〜に、自分たちの指導力の無さを棚に上げて』とか『テレビやチラシで何処の塾でもできるのに、此処は無理なの？』と更に追い打ちを・・・。この御考えの方は、何処かで短時間で簡単に成績を上げる方法を御覧になられたのでしょうか？それとも、ご自身がそのやり方で急激な成績アップを体験されたのでしょうか？だから、無知な私に叱咤・指導を下さっているのでしょうか？私が知らないだけで、そんな最新のスゴイ技術が開発されていたのなら、私の勉強不足です。ごめんなさい。しかし、私の経験を最大限つぎ込んで、生徒に合わせて最高の指導をしていることは嘘偽りがありません。これは、信じて頂くしかありません。最後にもう一度言います。「簡単に、短時間で楽して、成績を上げる方法はありません」</description>
      <pubDate>Sun, 11 Dec 2022 22:07:59 +0000</pubDate>
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      <title>辛抱と我慢は･･･20221210</title>
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      <description>先日、お寺の住職さんを囲んで、懇話(談話?)会がありました。その時に出てきた参加者のお話しです。最近(この段階で“おっさん”て言われそうです)の若者に指導や話をすると必ず「我慢ですか」と言われます。『我慢』では無く『辛抱しろ』って言うと「同んなじでしょ」って口答えされる。「辛抱と我慢では大きく違うのになぁ」と自分を責める場面が度々登場する。「寂しいなぁと感じる今日この頃」との話でした。たしかに、『辛抱』と『我慢』では、対象と心持ちが違います。我慢は、自分のためではなく誰かの指示・命令に従って、自分の好みや意志を押し殺して、相手や周りに攻撃的な気持ちでするものです。「・・・してやってんねん」「しょうがないから、・・・してやろう」「仕方ないから・・・はしないで於いてやろう」と、何でも「自分」が「相手」のために『してやる』ものです。一方、辛抱は、自分のために今は逃げられないし、反発する根拠も無いが、自分の知識や地力を蓄える間は、『黙って』『素直に従って』『受け入れて』『言われるやり方でやってみる』ことです。つまり、すべては自分のためであり、足りていない部分を埋めるまで、将来の自分の活躍の場面に向かって黙ってコツコツ続けるものです。何でもかんでも「自分の思い通り・・・」を権利のように教えられて育った人。自己主張をすることが「新式」、自分を抑えるなんて「そんな時代ではない」と生活している人。何でもかんでも周りや“他人のせい”にしていさえすれば、我が儘が叶えられると育ってきた人には考えられない言葉だと思います。今のあなたの心は『我慢』ですか？『辛抱』ですか？一度ゆっくり考えてみませんか？</description>
      <pubDate>Sat, 10 Dec 2022 20:47:42 +0000</pubDate>
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      <title>生徒の「何かこんな感じ」の原因？20221130</title>
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      <description>生徒たちが「何か、こんな感じ」とか「多分これなら」とか「今まではこれで…」とか「良く分からんけど、たぶんこうしとけば…」と度々口にして、正確な用語・ルール・公式・文法を覚えてくれない事は何度もお話ししてきたと思います。私たちは、今後の高校・大学・社会人でも困らないように『分からなければ聞きに来て』『勝手に思い込まないで』『自分で決めずに必ず確認して』と言い続けています。素直に受け入れて実行してくれる生徒は、確実に学力上昇してくれています。ところが、何度言っても言っても「放っとけば…」「何とか…」「ダメなら又言ってくれる」「その内…」「母さんが、多分それで良いんちゃうって言ってた」ととにかく正確に確認せずに思い込みや独断で突っ走る習慣が付いている生徒は、中々成績が上昇してくれません。そりゃぁそうです。勉強(すべての学びのことです)って、初めての知らないことを、他人の説明の言葉を正確に聞いて、完全に理解して、一人で正しく使えるための訓練です。「訳分からん」「何かこんな感じの事を言ってるんじゃ？」「多分こうしとけば…」「あっ、何か聞いたことがある」「あっ、昔やったけど忘れた」「普通こうだから、これもこうしとけば」と適当にやってる社員を信用して信頼して大切な仕事を任せますか？子どもたちも同じです。初めての訳分からん、興味も無い、入り組んだ言葉、何個も組み合わせて考えることが『好きな人』なんて「少数派」に決まってます。私も趣味やテレビの方が楽で良いですよ。でも、その『嫌なことを我慢した訓練』が学卒後、社会人として役に立ちました。生徒たちにも何とか『我慢』『苦労』を身に付けて欲しいです。ところが近年、怖ろしいことに気が付きました。成績不振生徒や、中々成績が上ってこない生徒に、塾の休みの日や欠席ルールや塾に持って来て欲しい物を説明したり、ルールを書面にしてお渡ししても、ほとんど応じてくれない生徒がいます。講習会の提案・確認書類を渡すと、前文も説明も注意書きも読まずに、求めている書き方・内容と違う様に記入して持ってきてくれます。「どうして、こう書いたの？分からなかったら聞いてねっていったよね」と生徒に確認すると『だって、お母さんがこれで良いってお母さんが書いたんだもん』とか『お母さんが塾なんだから、こっちの要求を書いとけば良いんよって言ってたもん』とか『塾の書類なんか、こんな感じよ。前の〇〇塾でも出したことあるしって言ってた』の答えが目立ちます。《な〜〜〜んだ！そりゃあ、生まれてからずぅ〜〜っと「何かこんな感じ」「ええじゃん。これで」「細かいことに面倒臭い人」と自己流を押し通す環境(保護者)で育って、生徒だけが細かいルールを守れるわけが無いか》と、悲しい納得をしてしまいました。</description>
      <pubDate>Wed, 30 Nov 2022 21:03:25 +0000</pubDate>
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      <title>私の言い分を裏付ける本が･･･20221127</title>
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      <description>昨日本屋で、とても怖ろしい本を見つけました。「算数の文章題が解けない子供たち」という本です。公機関が依頼して、研究者の数人で研究・実地検証・集計を行なった結果本です。結論から言いますと、私が以前から「子どもたちは問題を読んでいないし、日本語が理解できていないし、『何かこんな感じ。ダメなら先生かお母さんが何とかしてくれる』『自分が無理して別に頑張らなくても･･･』と思っていますよ。お母さんは『そんなことは無い』『家の子に限って･･･』と言われますが、事実でした」です。本の「ネタばれ」になるとマズいのですが、少しだけ証明された内容を紹介します。関係者の皆様、少しだけお許し下さい。「1週間後」の意味が分かる小学2年生は50％以下。小学5年生の問題です。　250ｇ入りのお菓子が、30％増量して売られるそうです。お菓子は何ｇになりますか。Ａさん　250　×　0.3　＝　750理由･･･75だと減ってしまうから後ろに”0”をたした。Ｂさん　250　÷　0.3　＝　800理由･･･ふつうなら　×　だけど、×　だと減ってしまうから　÷　にして増やした。いかがですか？キチンと分かっている人からすると「訳が分からん」ことでしょう？でも、このＡさんＢさんと同タイプの生徒が学校に大量に居るのです。何でこうなってしまったのか？日常会話を家庭で「まともに」行なわず、合図と命令だけで会話をしているから。出来ないから保護者からクレームがくる。仕方なく先生が一から十まで説明するのが当然になりそれで『〇』が貰えるなら、楽な方が良い。と、考えるのが普通だと思います。少なくとも私はそう考えました。他にも「びっくり」したり「吹き出したり」「頭を抱えたり」する事実が次々と・・・。ほらね。やっぱり、「学校で普通」や「学校では優秀」は、全然安心できませんよと言ってた私の意見の裏が取れたでしょう？自慢ではなく、落胆と頭を抱える結果になってしまいました(涙)</description>
      <pubDate>Sun, 27 Nov 2022 22:02:14 +0000</pubDate>
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      <title>まだ何とか･･･、そこまで酷くは･･･20221124</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150415/</link>
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      <description>近年の体験授業や問い合わせ・相談で多いパターンのお話をします。小学生が３か月前〜１年前の内容を聞くと、「えっ？そこはもう済んだ。嫌いだった」と言い訳してボロボロ。学校では「良く出来る良い子」との評価でお母様は「ホクホク」そこでそんな偏差値が40前後の子を連れて来て、今度の△△中学(偏差68 or60。しかも後5か月 or 3か月)をお願いします。中学３年生なのに、等式のルールや関数の座標の示す意味が曖昧。学校のテストで30台〜40台。中学２年生なのに、等式と文字式の区別が「？？？」。文字式を作れない(例えば、ａｇのｂ％は？)　分数の計算があやふや。英語は主語と動詞と名詞の区別があやふや。中学1年なのに、小５の割合・比・速さ・原価売価がボロボロ。仮に出来てる生徒でも。分数と整数の混ざった計算に不安があり、英語の文法のｂｅ動詞文と一般動詞文の区別が「？？？」これでも、生徒は「学校の先生の説明は良くわからん」「そんなん(定期テストの出題)授業で習って無い」「僕(私)は真面目に授業を聞いている。提出物も出している」「だって〇〇(スポーツ)があるから・・・」「(点数はボロボロでも)〇〇(スポーツ)は絶対休まんよ」と自分の行動や意識に寸分も間違いがあることを認めてくれません。保護者は保護者で「その内、自覚して頑張ってくれる筈」「ボロボロになったら(30点を切ったら。本人が行きたいって言ったら…)塾にでも行かせれば何とかなる」「まぁ最悪、受験の前になったら塾に行かせれば普通の高校に…」生徒は生徒で「ここは厳しすぎる。あそこは優しい。友達(同レベル)も□□塾に行ってるから、そこなら我慢して行く」「あそこは宿題が無い」「自分の言うように、ゆっくり何回でも怒らずに説明してくれる」「クラブを続けながら塾に行く時間が取れる」と危機感は全くありません。つまり、[B]「まだ、何とかなるだろう」「まだ、そこまで酷くは無いはず」[/B]との親子の甘えと勘違いがあるのです。私も、何度となく「何で、あと1年前に(あと3年前に)相談してくれなかったのですか？」「これ位なら大丈夫って、誰に言われて安心していたのですか？」「学校のテストの点で安心だって、誰に言われたのですか？」って聞きました。すると、「だって私は専門家じゃ無いから知らんよ」と何度も叱られました。「知らないからこそ聞きに来て欲しいのです」「話したら絶対入塾しろ」って言ってるんじゃありません。取り返しがつかない位のレベルや時期に来られても、希望は聞いてあげられませんし、場合によってはお断りして皆が辛い思いをするだけでしょう？お母さんの時代と学校の状態が違うのです。お母さんの時代と生徒の質がちがうのです。お母さんの想像と学校の授業方法がちがうのです。お母さんの認識と学校のレベルと進学実績が違うのです。「まだ…」「だってぇ…」「子供が…」「クラブを頑張っているから…」「塾に行けば･･･」「家の子は絶対やって…」この言葉を自分への言い訳や慰めにしていませんか？ここまで露骨に言うとま〜〜た、言われますね。「クラブもせずに勉強だけしてれば良いの？」「勉強がすべてでは無い」「行った高校で、人生の全てが決まる訳では無い」って。そんな事は私だって人の親です。知ってます。自分を甘やかして子供の将来の選択肢を減らしても上記の言葉は言えますか？またまた、余計な事を沢山言いました。ごめんなさい(ペコリ)</description>
      <pubDate>Thu, 24 Nov 2022 14:38:28 +0000</pubDate>
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      <title>家の子は･･･そんな事は･･･20221120</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150379/</link>
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      <description>「家の子は必ずやってくれるはずです」「家の子は良く出来る方です」「家の子は小学校の先生に褒められるんです」「家の子は中学校で90点も取るので〇〇は得意です」「家の子は中学校で90点も取るので〇〇は完璧に理解しています」「家の子はクラブと勉強を両立しています」「家の子は今度こそやるって言ってくれました」「家の子は頑張る子です」「家の子は嘘は言わないです」何度も何度も聞いたセリフです。このセリフを親御さんが口にしていたのに、本当に『出来て』『成績上昇』した生徒は数えられます。ここで、一つ一つ全部指摘や反論することは不可能ですが、本当に『やってて』『聞いてて』『素直に変わってる』生徒なら、必ず成績アップしています。『家の子、まだ小っちゃいから』とか『その内分かる筈』とか、事実を受け入れて頂けない方も居られます。「そんな事無い」って指摘すると、「えっ、そうなんですか？私は知らないから…」と熱心に聞いて、実行する話し合いを家庭でやって頂いた親御さん。その家の子は必ず成績upしています。「あんた分かったん？ちゃんとするんよ」と、全部子供の「せい」にして、お母様は何〜んも変わらないパターン。これは、結果はお話しなくても分かりますよね。今日びのこのご時世。医者でもお客様に気を使いながら言葉を選びながら喋らないとダメな御時勢、私ごときが指摘しようもんなら「失礼な」「偉そうに」「そんなことは無い」の反論？口答え？反撃？勘違い？が数倍で返ってきます。そんなこと無いのに、何で結果が出ないのですか？そんなこと無いなら、どうして模試であんな点数なんですか？生徒が思い通りに成績アップしないから塾に来たんじゃないんですか？生徒の成績に不満や不安があって塾に来られたんじゃないんですか？結果を変えたいなら、やり方も変えないと・・・。何も変えずに『塾に行かした』という事実だけで安心しているのですか？それでも、しつこく指摘を続けると返ってくるセリフが・・・「別に、勉強だけが全てじゃ無いし」「勉強よりも健康が大切だから、スポーツが優先」「聞かれたから志望校は一応言ってみたけど、最初からダメなら□□でも充分だと思ってたし・・・」生徒に現実を教えて、保護者にも現実をお知らせして、今後の人生にも使える方法の指導をすることは、社会の大勢は求めてないのですか？目先の学校の点数や目先の中学・高校入試の薄っぺらいテクニックを優しくご機嫌取りをしながら教える塾が大盛況ですよね。あっ、これを全部正直に言うから叱られるのか・・・反省するべきかな？</description>
      <pubDate>Sun, 20 Nov 2022 23:52:11 +0000</pubDate>
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      <title>親の知らない中学生の実態…?…20221113</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150293/</link>
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      <description>ここ数年の中学生の入塾と問い合わせと体験授業の傾向の話です。生徒やお母さまのお話を要約してみますと、「学校では、分からないことは無いです」「学校のテストでは〇〇点取っているので優秀です」「学校のテストでは〇〇点とっているので□□科は得意です」「学校の通知表は３なので普通です」「学校では、自分(家の子)よりヒドイ生徒が居るので、自分はまだ安心」「学校の先生との相性が悪いのでよく分からない。だから塾に【行けば】【聞けば】【習えば】【教えてもらえば】自分(家の子)も直ぐに成績は上がる」「学校では、あれだけの点数が取れるのに、塾で模擬テストを受けるといつも点数が悪い。塾はワザと難しい模擬テストを受けさせて、授業を増やして儲けようとしている」「英語は、塾よりも、専門家の先生が居る英会話教室で習った方が上達する」等々です。一つ一つ解説や反論をした方が良いですか？分かってる方は何も言わなくても笑って読んで頂いていますよね。もし、「えっ?どういうこと?訳分らん。」って方は塾にお越し下さい。丁寧にお話しますので……。大体成績不振の生徒の原因は大きく分けて2つです。一つ目は、小学低学年から高学年で急に勉強方法が変わっています。小学校から中学校、さらには高校では、自分で覚えたり理解したり演習したりを計画的に積み重ねていかないと、「今まではこれで何とかなった」なんて言ってると、直ぐに目に見えて模試の成績が下降していきます。近年の小・中学校の授業は、単元ごとに細切れにして、テストの解説と答えを教えているようなものです(学校の先生ゴメンナサイ)。出来て当然です。生徒たちはこれを「勉強」だと勘違いしているのです。だから２〜３年前の知識は全部どこかに行ってしまっているのです。中学生で「割合」や「み・は・じ」や「分数のルール」が丸々抜けている子も珍しくありません。中２生に「aグラムのb％は？」って聞くと、約半数はできません。当然です。「終わったことは忘れても良いこと。過去をくよくよしない。あぁ、あそこ嫌いだった」を当然の権利のように言ってる子(親)が多いからです。地元小・中学校の現状はかなりのものです。親御さんたちの頃とは随分違います。「その内何とか…」は絶対起こらないくらい全体の平均学力は低いのです。父さん母さんのご存じの『学校』『勉強』と現在のものは大きく変化しているのです。二つ目は、知らないのにマウントを取りたがる方です。ここからは、お父様・お母様の『悪口』に聞こえます。切れやすいタイプの方は読むのを止められた方が……。ご自身が進学や偏差値を意識した経験の無い方が「そこまで勉強勉強って言わなくても、私の人生では困ってない」とか「無理して難しい高校に行かなくても、簡単な高校で頑張っても、結果は同じ。成りたい職業に就ける」とか「塾は勉強のことしか言わん。家の子は野球を頑張っているのに…。」と言いながら、志望校は実力のず〜〜〜っと上を要求される。それを面談や報告書でお知らせすると、「偉そうに…」とお叱りを受けます。『ご存じ無い』ことを責めているのではありませんし、ご家庭の考えや方針を否定しているのでもありません。報告や相談の機会を持って、将来のことや妥協点を皆んなで決めていきたいのです。それをさせて頂けている家庭の生徒は、成績上昇しています。「金を払っているのだから、お前たちは黙って言うことを聞け」に困惑しているのです。塾に求められているのは勉強のはずです。将来の進路や進学先や生徒の夢の実現のはずです。それを「勉強は程々で、生徒の望むようにして、結果は保証しろ」的な発言をされると、私たちは何を目指して指導すれば・・・。父さん母さんのそんな発言を子供たちは上手く「隠れ蓑」に使っている場合もあるのです。いつもいつも『偉そう』で『言いたい放題』で『独り善がり』ですみません(ペコリ)</description>
      <pubDate>Sun, 13 Nov 2022 23:32:42 +0000</pubDate>
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      <title>ご心配をおかけしました20221107</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150220/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150220/</guid>
      <description>先日(10/27)に「悩んでます･･･」と私の行動や言葉・対応について呟きましたが、あるお母様から「先生、まだ悩んでるんですか？止めちゃあダメですよ。私も読んで【そうよなぁ】と自分に思い当たるとこが無いか考えとるんじゃけぇ」と励ましを頂きました。私も、あれから何人かの心許せる方に相談し、教室の先生方にも意見を求め、『独り善がり』の決心をしました。＊間違った事を言っているわけではない。＊生徒のために･･･生徒の将来のために･･･が大前提。＊世間の『きれい事』が現在の学力低下を招いている。＊100人に１人でも、受け入れて頂けたり、認めて頂けたり参考にして頂けるなら･･･。＊お金は欲しいが、金のために自分に嘘をつきたくない。＊創業の根底を否定されて逃げたくない。云々正しいか正しくないかなんて分かりません。評価は生徒たちが社会に出た後や私が死んだ後にされるでしょう。その時には私には聞こえません。自己満足でも独り善がりでもよいです。毎日の生きがいとして悪口や暴言も受け入れながら頑張ってみようと思いました。と、言う結論になり頑張っていきます。これからも宜しくお願いします。あっ、もし、少しでも賛同頂ける方は、「ちょっとおもしろいジジイの意見が読めるよ」と、この「ひとり言」を誰かにお勧め頂けると励み(誰がハゲやねん)になります。ありがとうございます。</description>
      <pubDate>Mon, 07 Nov 2022 22:21:41 +0000</pubDate>
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      <title>塾に行くのを嫌がるんです・・・20221106</title>
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      <description>時々、お母様から相談(?)クレーム(?)を頂く話です。「家の子、学校やクラブや○○(スポーツの習い事)の時には嬉しそうにニコニコ行くんですが、最近、塾の日にはダラダラしてなかなか動かなかったり、嫌がって渋々行くんです。優しくしてやって下さい。子供の求めるようにしてやって下さい」です。過去を思い返して思い当たることが少しだけありました。その生徒たちの行動は大体同じでした。それは、歳相応の理解や我慢や学習行動がなかなかできなくて、「まず、そこを改善しなければ・・・」と学習計画を立てて保護者にもお伝えしていた生徒たちです。勉強は歳と共に段々複雑になり、理解し覚えて過去の知識や経験を複数利用して自力で筋道立てて解決していく技術です。聞いたり言われたりした１つのことだけを目の前で作業して終わらせることではないのです。しかし、その生徒たちは聞いてもいない、分からない用語が登場しても放置、とにかく説明がゴールに到着して先生が『答え』を口にしたらそれを書いて満足してしまうやり方を変えないのです。(私はそれを幼稚園の塗り絵と呼んでいます)何度修正を指示しても「変えない」「やらない」では叱責が厳しくなるのは当然です。だって、本人からも保護者からも「塾に行ってるのに成績が上がらない」「私は(家の子は)頑張っているのに」と言われるのですから・・・。じゃあ、何故クラブやスポーツはルンルン(古い!)で行くのか？それは１つには、『自分が好きで選んだ』ものだからです。好きなのですから行くのは当然ですし、やるのも楽しいでしょう。勉強は「嫌いなもの」「面倒臭いもの」「強制して押し付けられたもの」の代表選手です。前向きにやる気に成らないのは当然と言えます。その上、勉強は結果が数字で出てしまいますし、絶対に結果を欲しがります。しかし、スポーツや趣味は「頑張った」「別にプロに成る訳ではない」と結果を求めず日々を過ごすことしか求めてないので叱られることも無い。学校は叱りませんし、放っておいてくれます。だから学校には行きますが結果は望むようになりません。塾に結果を求めると『改善点』を求めます。当然嫌がりますよね。そこで登場するのが結果に目を瞑って「何度でも説明」「決して叱らない」「生徒に合わせて超ゆっくり」「強制や宿題は無し」の優しい塾です。やっぱり『社会の求めに対応する』方が、商売としてお金がたくさん頂けるのですね。</description>
      <pubDate>Sun, 06 Nov 2022 23:00:28 +0000</pubDate>
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      <title>学校のテストで〇〇点も取ってるから・・・20221106</title>
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      <description>「小学校のテストで80点取ってるので家の子は良く出来る方」「小学校のテストで大体90点取っているので超優秀なんです。だから有名な□□中学を･･･」「小学校のテストで平均より上なので中学受験を･･･」何がなんだか・・・！？90点ですか？そりゃあ、『中の下』ですね。「中学校で平均点より10点も上だから、優秀な方」「中学校で、平均点80点だから、あの□□高校(偏差55)へお願いします」「中学校で、英語のテストはいつも90点くらい取ってるから得意。別に塾に行く必要は無い」「英会話教室(○○Ｊr？)に行った方がプロに習えるので得」またまた、何がなんだか！？もう、「訳が分からん」とはこのことです。現在の地元小学校や地元中学校の実態を全くご理解頂けていません。ところが、このような発言をされる方に「違いますよ」と説明すると『そんな事は無い』とか『失礼な･･･』とか『放っといて！金を取りたくて大袈裟に悪口を･･･』なんて悪口を言われたことは数知れず･･･。うそを言って入塾頂いても、生徒の実力にならなければ意味がありません(近年は、生徒の結果より、保護者に機嫌良くお金を払って頂くことを第一にしている塾も多いと聞きます)嫌われても良いので、事実をお知らせします。地元小学校で先生に「普通」って言われて80〜90点取ってくる生徒は偏差値で40前後です。クラスで１〜２番くらいの生徒でも偏差50はありません。何故なら、小学校の授業は、テストの答えを解説することに注力しているからです。これは先生に問題があるのでは無く、自分で覚えておいて考える習慣が付いていない生徒たちに由来するのです。地元中学も同様です。授業で説明した教科書・プリント・副教材から90％以上出題します。つまり生徒たちは、ほぼ答えを知っている問題を「試験」として解いているのです。「分から〜ん」って言ってる生徒たちはどうしていたのでしょうか。小学校と同様で、先生に問題があるのでは無いのです。例えば、中学で英語92点取って「英語は得意」って言ってる中３生が模擬テストを受けると38点だったことがあります。学校で英語95点とってる中１生が模擬テストを受けると50点だったことがあります。本人とお母様は「塾のテストは難し過ぎる」と言いますが、そんなことはありません。学校のテストは、範囲が限定されています。授業の”通り”に出題されます。覚えておけば”ほとんど”書けます。模擬テストは違います。分かって覚えていないと書けません。つまり、入試や将来に使える実力は模擬テストじゃないと計れないのです。逆に言えば、模擬テストの点数や偏差値が本当の実力なのです。「家の子は皆んなより頑張っている」とか「学校で○○点取ってるから･･･」とかで、安心しないで下さいね。もちろん、私たちへの攻撃も少しだけご遠慮頂けると非常〜〜に有り難いです。贅沢ですか？すみません(ぺロ、ペコリ)</description>
      <pubDate>Sun, 06 Nov 2022 21:53:23 +0000</pubDate>
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      <title>悩んで悩んでます・・・20221027</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-150094/</link>
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      <description>事実を沢山知って頂きたくて、この「ひとりごと」に沢山の事例を紹介してきました。誰かを攻撃したいのではなく、勘違いや認識間違いに気付いて、生徒の成績アップに繋げて欲しかったのです。10000人に一人の特殊な成功例よりも、「これさえ止めてもらったら･･･」とか「勘違いしてるよ。本当は〇〇だよ」を伝えて、地域の全体を底上げしたいと考えていたのです。勿論、分かっている人、出来ている人、知っている人からは、「当たり前で、皆んな出来ていることを書いても無駄じゃない？」ってお言葉を頂くこともありました。「一部の出来てる子と沢山のその他の子。一強多弱で真ん中が居なくなった」とは、先日教材会社の展示会で聞いた話です。私だけが言っている「悪口」や「虚言」では無いようです。しかし、出来ていない人や分かって無い人、勘違いの保護者、完全間違いの保護者、幼すぎる生徒、我が侭な生徒、きれい事大好き保護者からの『口撃』が日に日に多く聞こえてきます。「偉そう」とか「何様？」なんて日常茶飯事です。間違いや勘違いは生徒にも保護者にも「事実」をお伝えして、少しでも早く修正して上昇して欲しいと思っています。「きれい事」や「ウソ」や「煽てる」で、結果よりも長い期間月謝を払って頂けるようにしている某塾。商売としては非常に正しいのでしょうが、我が教室の創業の理念に反します。高校生や社会人に成ってでも使える意識や勉強方法を伝えているつもりです。ちゃんと「出来てる」生徒にまで、文句を言って責めるなんて有り得ません。キチンと「子育て」や「家庭での対応」をされている保護者に意見するなんて失礼なことはしません。なのに、問題有りの生徒ほど、勘違いされている保護者ほど、次々と「逆効果」な要望(クレーム？)が・・・。「家の子は出来ているのに、文句ばっかり言って半年も月謝を取っておいて成績が上がらない」とか「家の子の望むように家の子のペースで分かるまで何度でも同じ所を･････････で、〇〇高校には絶対合格」とか「中学校で平均点より10点も高いのに、叱るっておかしいでしょ」とか「家の子は、聞けば、習えば、教えてもらえば、直ぐに成績なんて上がるはず」なんて一例です。話し合いや協力要請に対して、「放っといて。勉強だけが全てじゃ無い」とか「ここまでがこの子の人生なのよ」は、残念ですが仕方無いです。ですが、その後「家の子は悪くないのに、怒ったり私にまで偉そうなのよ。自分たちの指導力の無さを棚に上げて・・・」と世間に虚偽の『流布』までされる保護者までおられます。地域の現状と学校の現状。希望される進路と現在の実力との差を少しでも早く知って頂いて、改善方法を相談・協力することは間違った指導で「偉そうな」指導なんでしょうか？「塾長のひとりごと」に沢山の問題行動例を書き込んだり、面談にお越しになられた方に「何が問題なのか」を伝えることは、『社会を混乱させる暴挙』なんでしょうか？このまま、この指導方針を続けることや、このまま「塾長のひとりごと」を書き続けても良いもんかどうか。勤務して頂いている先生方も私の同類と思われて迷惑を掛けているのか？現在来てくれていて、「頑張って成績アップ出来ている生徒」に迷惑や恥ずかしい気持ちを持たせているのでは無いかと悩んでいます。誰か、教えて〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜！！！！！！</description>
      <pubDate>Thu, 27 Oct 2022 21:00:40 +0000</pubDate>
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      <title>家の子には優しい先生を・・・20221011</title>
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      <description>「優しい先生が良い」「厳しい先生は苦手」「ちょっと宿題を忘れただけで厳し過ぎる」「何回でも教えてくれたら良いじゃん」「楽」とか「面倒臭い」とか「格好だけの勉強」をして成績不振になっている生徒が度々口にするセリフです。子ども達が口にするのは、ま〜〜だ許せます。だって、子ども達はまだまだ人生十数年です。幼稚園・小学校で優しく『子守り』された経験しか無いからです。叱らず・責任も取らさせず、とにかく時間の経過だけを『良し』とされてきました。悪く言えば、義務や責任なんてものの存在さえ考えず、欲しいもの・手に入るもの・要求は叶えてもらえるものとの認識・経験だけで「地域の宝」などと『きれい事』の中だけで育ってきました。大人は子どもに優しく・親切にするのが当然の存在。攻撃・反撃なんてされる事は絶対にない存在。嘘を言おうが、指示を放置していようが絶対に叱られたり厳しくされるなんてある筈がありません。叩かれるなんで絶対ないのです。だって「暴力だ」「体罰だ」「パワハラだ」「人道無視だ」って、大声さえ出していれば、周りは全員見方です。自分の『悪事』は全て棚の上です。賛成や許容はしませんが、「子ども達なら仕方ないのかなぁ」と思います。しかし、親はどうでしょう？数十年の人生経験をお持ちでしょうし、自身も「勉強」や「忍耐」を経験して来られたはずです。その方たちが成績不振の子どもの求めるままに「家の子、厳しいのは嫌がるんです。優しくしてやって下さい」って要求ですよ？初日から「厳しく」「叱って」「怖い先生」と思われたい人なんて居ません。誰でもみんな、生徒と楽しく話して過ごしたいと思って先生をしているのです。成績優秀や成績上昇中の生徒は、殆んど叱ることなく卒業していきます。「何で？」って？当然でしょう。成績上昇に必要な指示と要求をクリアして来るんですよ。叱る・厳しくする必要がどこにあるのですか？その逆で「叱られる」「厳しくされる」生徒は、指示の内容を理解せず、時には無視して「何かこんな感じ」とか「私なりにやってる」で、楽して誤魔化している場合が多いのです。先生たちも何回も授業を繰り返して、生徒の「癖」や「悪習慣」が見えたから注意して叱っているのです。生徒たちの改善や上昇のキッカケを作ろうとしているのに、お母様の「子どもが言うんです。厳し過ぎるって。優しくしてやって下さい」のお言葉は、その変化の邪魔になっていませんか？親としての「優しさ」は甘やかして何でも叶えてやることじゃ無いですよね。多少嫌われても、子どもに「将来の生きる力」をつけてやることですよね。子どもの「甘え」や「わがまま」を諫めるというなかで、一緒になって他人に求めるなんて・・・。説教染みてごめんなさい(ペコリ)</description>
      <pubDate>Tue, 11 Oct 2022 10:58:12 +0000</pubDate>
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      <title>気が付かない大切なこと(少し長いです)20221003</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-149773/</link>
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      <description>[B]中学・高校に進学してすぐに起こる勘違い[/B]これで成績下降決定です中学・高校に進学した生徒の中で、受験期の注意や反省を心に留めて「二度と同じ失敗や苦労をしないぞ」と過信や自己満足を否定し、徐々に成績アップを手に入れてくれる生徒と、進学した途端に成績が下降を始め、2学期末には「あ〜ぁ、私は勉強には向いてない」と早々に次の進路を諦めて、「楽しく」「やりたいことだけ」に注力し、楽しい学園生活だけに終始している生徒たちの考えや行動の間違い例をお伝えします。[B]私は学校の授業をちゃんと聞いているのに…[/B]当たり前です。授業さえも聞いていない生徒は問題外です。授業は時間をたっぷりかけて、基本と注意事項をしっかり説明してくれます。それを“てきとう”に聞き流して出来るようになるはずなんか無いです。[B]宿題はキチンとしているのに･･･[/B]宿題をやった「だから何なの？」宿題はやって当然です。学校の先生は、復習のキッカケを言って下さっているだけです。宿題を終わらせて、そこから復習が始まるのです。今日の授業の内容や用語・ルールを確実にしておかないと、明日からの授業に差し支えが出てくるのです。宿題さえもやらない生徒は、問題外です。文部科学省の「自ら問題・興味を持ったことを自ら調べる生徒に手助けをする」旨の方針に従って、ここ数年、宿題が激減しています。だから余計に「宿題第一主義」の親子は成績下降なのです。[B]学校のテストでは良い点が取れる。こんな問題は習っていない[/B]小学校のテストは、教科書準拠の確認テスト(悪い言い方をすると、教科書の付録)です。しかも、先生は、テスト問題の答えを授業で説明しているようなものです。だとすると、出来て当然です。100点取れて当然です。中学でも、テストは授業の確認テスト状態です。授業で使用した「教科書」「サブテキスト」「配布プリント」からしか出ません。つまり、授業を聞いているだけで、分かって無くても「80点を下まわる」なんて起こり得ません。「見た事がある」「答えを知っている」テストで良い点が取れるのは当然です。１〜２問、少しだけ変形させた問題をだすと、生徒たちは「ズルイ」「習ってない」なんて言うのです。入試の問題は「全て初見」です。これらが解けて、初めて実力です。分かっていると言えるのです。学校のテストは、実力を測るメジャーとしてはレベル不足なのです。最低限のレベルなのです。[B]今までは、これで何とかなった･･･[/B]勉強は「何とかなれば、出来て無くても良いんですか？」進級・進学していくと、内容も量もレベルも進化・増加・複雑になっていくことは当然です。レベルを上げたいから進学するのですから。それを今までの「低レベル」と同じやり方や量を根拠に「だって･･･」って何ですか？高校は、義務教育の中学とは別次元です。なのに、中学流のやり方・量で勝手に満足しているなんて･･････。レベルの階段を昇っていくことが目的では無く、「今・今日怒られなくて、楽する事」が目的ですか？[B]だってクラブが･･･[/B]「クラブがあるから勉強時間が無い」って言う親子が居られます。クラブは授業中にはありません。クラブには最終下校時間があります。時間が無いはずがありません。つまり、「楽」したり「逃げたり」「ごまかしたり」するための『言い訳』の材料になっているだけです。スポーツクラブやクラブチームも同様です。「宿題や勉強なんか終わらなくても良いから参加しろ！」なんてチームは聞いたことがありません。それでも行かせるのは、親の認識が間違っているからです。スポーツじゃ無く、ゲームでも両手を挙げて応援しますか？過去の生徒の殆んどは、勉強できる生徒はスポーツも出来ますし、キャプテンや生徒会役員も出来ています。要は、本人のと保護者の認識と、意識・時間の使い方の問題です。[B]こんなに勉強しているのに[/B]それは、生徒と保護者の認識間違いです。これだけ専門家が細かく分析し、カリキュラムを作り、順序立てて学校教育が行なわれているのです。正しい意識を持ち、正しいやり方で正しい量・時間だやっていれば、必ず出来ているはずです。出来ないのは、そのどれかが間違っているか足りて無いのです。過去の何年かの過ごし方が原因のこともあります。平気で嘘を言う生徒も激増中です。何故かと言うと･･････････････････別の機会に。[B]「聞けば」「習えば」「行けば」「教えてもらえば」･･･[/B]成績不振や伸び悩みの生徒もしくは保護者が度々口にされるのが、これらの言葉です。「私(家の子)は塾で授業を聞けば出来るようになる」「私(家の子)も塾で習えば直ぐに出来るようになる」「私(家の子)も塾に行けば直ぐに出来るようになる」「私(家の子)も塾で教えてもらえば直ぐに出来るようになる」【そんな訳きゃあ無いでしょう】学校で、アレだけ時間を掛けて習った事を修得できていないのですよ。そんなに時間をも超越する裏技があるはずがありません。繰り返しワークを解かせて慣れさせる方針の塾もありますが、私たちは「間違った意識と行動」を指摘し「正しいやり方と量」を具体的に指示しています。「そんな事は無い」「家の子は特別」なんて言葉を言われる保護者も居られます。だから、今の実力なのです。</description>
      <pubDate>Mon, 03 Oct 2022 12:55:39 +0000</pubDate>
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      <title>当たり前なのに理不尽？20220930</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-149741/</link>
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      <description>成績不振や伸び悩みの生徒を指導する時に度々起こることです。「何でかの理由をしっかり聞くんよ」「何かこんな感じで、表面だけ聞くんじゃないよ」「今日帰ったら、家で絶対覚えてくるんよ」「今日こそ宿題をしてくるんよ」「高校生なんじゃけぇ、中学生みたいに家での勉強時間が１時間とかはダメよ」原因はここにあるのだから、生徒のやり方や性格が分かったら早くから指摘・指示を行ないます。初回から厳しく・きつく・大声で言うなんて非常識はありません。初めのうちは、優しく小声で笑顔で指示します。勿論、生徒も「はい」って返事をしてくれます。これが２度３度、２ヶ月３ヶ月経っても同じことを同じ様に従わずに、いつまで経っても「はい」で済ます生徒がいます。いわゆる「スルー」「無視」「聞き流す」です。当然、私たちも叱り方が厳しく・きつく・大声になり始めます。すると、生徒は『初めて言われた内容』のような顔をして、不服そうな表情になったり、泣き出す子もいます。翌日くらいに、保護者から「家の子、チャンとやってるのに先生が怒った。塾に行きたくないって言ってます」との電話が入ることも･･･。初回から、ガンガン叱りつけたり怒鳴ったりするような『変態の先生』なんて居ません。絶対実行してくれないと『変化』『上昇』を叶えて挙げられないことしか求めていません。なのに、優しい時には『気軽に』無視しといて、叱られたら泣く。『赤ちゃんか？』とか『今まで家でどんな対応を･･･』と思ってしまいます。勿論、１〜２回で直ぐに実行して成績アップや受験合格確実の生徒も居ます。定期テストで３０点アップを普通に手に入れている生徒も居ます。しかし、前記の『無視』『泣く』『保護者の電話』等の生徒・保護者ほど「こんなに何ヶ月も来てるのに･･･」とか「志望校は〇〇って言ってあったのに･･･」とか「何で塾に言ってるのに、テストの点数が下がるの？」なんて《訳の分からない・理不尽なお言葉》を頂戴します。従ってくれないし、成績アップに逆行していれば段々厳しく叱りますよね。お家でもそうですよね。当たり前のことを当たり前に求めると、クレームや『まるでイジメ』の様に言われます。何か、理不尽な扱いです(涙)</description>
      <pubDate>Fri, 30 Sep 2022 22:21:52 +0000</pubDate>
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      <title>地元小・中学校の実態を・・・20220925</title>
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      <description>地元の小・中学校の実態や学力の話は過去に何度もお話しさせて頂いていますが、なかなか届いていないようです。小学校「学校では上位です」「テストではいつも80点以上で時々100点も貰ってきます」「先生にはいつも褒められています」「だから将来は〇〇中学か最高の□□高校へ･･･」中学校「学校では平均くらいだから普通です」「平均より１５点も高いので賢いです」「80点も取ってるので□□高校(偏差60位)へ行きたいです」「無理してレベルの高い高校へ行かなくても、△△高校(偏差42位)くらいで頑張ってくれれば、国立の◎◎大ぐらいはなんとかなるのでは･･･」「家の子、学校で中の上なので■■高校(偏差48位)へ行きさえすれば将来の進学は安心」色々書きました。[B]全て、間違っています！！！[/B]保護者の常識や日々耳にする「きれい事」が蔓延して、地元の小・中学校の実力は異常なくらい下降しています。先生方の指導力不足ではありません。何度も言います「きれい事」と「甘やかし」がそうさせています。小学校で８０点とっている生徒は、中学受験はありません。小学校で６０点とっている生徒は、日々の生活から考えて下さい。中学校で８０点とっている生徒は、大学受験は選択範囲が限定されます。中学校で４０点とっている生徒は、高校受験での選択は限定されます。将来、国公立の大学を目指したいのであれば、中学で９０点くらいの実力で高校受験をしないと、目指せる高校には入れません。もちろん、絶対はありません。しかし「家の子だけ特別に頑張ってくれる」もありません。「クラブを頑張っているから･･･」を言い訳にする生徒・保護者もいます。勉強できてる生徒は、クラブはクラブ。勉強は勉強。と、どちらも気持ちを切換えて頑張っています。言い訳をしているから下降気味なのです。自分で勝手な思い込みをしないで、信用できるプロに相談して下さい。きれい事やごまかしをせず、嫌われるのを覚悟で、正直に言いましたよ。信じるか信じないかは『あなた』次第です。</description>
      <pubDate>Sun, 25 Sep 2022 22:45:39 +0000</pubDate>
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      <title>可哀そうだけど、ごめんなさい・・・20220925</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-149657/</link>
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      <description>先日、小６の女の子の体験授業を賜りました。自覚している自分の実力を聞いてみると「学校の勉強で分からない事は無いし、ほぼ出来ている」との事でした。話していても礼儀正しいし、自信に満ち溢れた表情です。そこで、学校レベルの基本問題と、偏差40〜45レベルの私立中学の過去問のプリントを掻い摘んでやって頂きました。結果は、基本問題はたしかに70〜80％できます。しかし、文章題や応用問題(基本を逆から聞く)は問題の求めている内容が理解できませんでした。過去問は半分以下でした。単純な計算は出来ましたが、文章題・割合・分数を利用する等の問題や応用・併用問題は全滅でした。終了後、保護者に「学校ではクラスで上位だし、先生からは『良い子』の代表の様に褒められる子でしょうね」とお訊ねすると、(自慢げに)「そうなんです。この子はスゴイ。一番できる。安心してと、いつも褒められます」と嬉しそうに言われました。そこで「受験したいとのことですが、現状は偏差40前後です。どこを目指されていますか？」とお訊ねすると「国立の〇〇付属(偏差68位)か公立の□□中(偏差60〜62位)です」と言い切られました。『えぇっ？･････････』で固まっていると「受けるのは自由でしょ」と言われましたので「勿論ですが、理・社もありますし、現在の算数の実力で受験までの日数を考えると、ちょっと･･･」と申しました。「否、[B]家の子はやります[/B]。」と自信満々で言い切られましたので「お母さん。レベルやランクや内容は誰に聞かれたのですか？」とお聞きすると「ネットです」と更に自信満々です。『申し訳ありませんが、お受けした限りは、合格させてやりたいのですが責任が持てそうにありません。他を探して頂けたら･･･」とお断りしたら「入れてやらないと言うことですか？」と叱られました。「９月から塾に入れる予定だったのが少し遅れてるだけでしょ」と追い討ちを言われました。確かに、テレビや映画では僅か半年や１年で合格を手に入れる結末は目にします。しかし、現実の受験企画は、夏休みなど１日10時間位、平日でも３〜５時間勉強して、偏差値１０位上げる事に四苦八苦しています。今回の場合、偏差値を約30上げる必要があるのです。しかも３〜４ヶ月で・・・。とにかく「受けてみた」の勲章が欲しかったのでしょうか？「塾なんだから、言わなきゃ損」と思われたのでしょうか？本心から「家の子はすごく賢い。聞けば・習えば・教えて貰えば・塾に行かせれば・必ず大丈夫」と思われていたのでしょうか？素直な生徒には可哀そうなことをしてしまいましたが、お断りするしか思い付きませんでした。他に何か良い対応がありましたら、資料請求ページから教えて頂けませんでしょうか？今後の活動に取り入れたいです。宜しくお願いします(ペコリ)</description>
      <pubDate>Sun, 25 Sep 2022 21:42:34 +0000</pubDate>
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      <title>そりゃあ、そうなるわな!?　20220915</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-149533/</link>
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      <description>先日「指示に従わない」「平気で嘘を言う」「人によって言い訳を変える」「自分のやり方を絶対変えない」を何度注意しても改善が見えないどころか、慣れてきて更に磨きが掛かってきた生徒の対応について、生徒に「保護者に塾で言われたことを伝えて、これから何を変えていくのか話し合って来い」と叱責しました。この生徒には、以前から同様のことがあり、保護者を交えて３者や４者面談を行なってきました。一週間後に何事も無かった様に塾に来て、平然と席に着くので「話し合ったのか？」と聞くと「話し合った。頑張れと言われた」で終わりでした。一般論で考えるとそんな筈は無いと思い、更に一週間待ちました。それでも何も反応が無いので、休日にお宅に電話してお母様に経緯と事実をお伝えし、「今日、１日あるので話し合って頂いて、対応を考えて頂けませんか？夜にでもお越し頂いて結果を教えて下さい」とお願いして夜を待ちました。夜、来られて開口一番「自分の事なんじゃけぇ、自分で考えて自分で結論を出しと、子どもに考えさせました」と。それで結論を聞くと「子どもが『多分、これからも嘘を言うし、無視は直らん。このままだと思う』と言うし、親はどうにも出来ないし、ここまで少しでも学校の成績が上がったので、もう大丈夫だと思うので、塾を止めさせます」との結論でした。解説が必要ですか？担当の先生にそれを伝えても、担当では無いが隣で毎週見ていた先生たちも「？？？？？？？？？」「なんだかなぁ？」でした。私が度々「塾長のひとりごと」に書いている事象の典型的なものですよね。それを伝えても言っても叱責しても、本人は「自分は違う」と思っていることが一番の問題なんですよね。生徒も･･･保護者も･･･。</description>
      <pubDate>Thu, 15 Sep 2022 17:24:07 +0000</pubDate>
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      <title>やっと皆んなが現状を・・・20220915</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-149532/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-149532/</guid>
      <description>近日、一部の公立と私立の中・高校の学校説明＆入試説明会が続いていて参加しています。そこで、驚くべきことが次々におきています。今までだったら「子ども達は自分なりに考えている」とか「言えば分かってくれる。繰り返すしか･･･」とか「対応する先生の力を上げるしか･･･」とか「保護者と学校が力を合わせて･･･」とかの、私の[B]毒舌風[/B]に言うと『きれい事』を並べて、多くのお客(生徒)を確保することに注力していました。しかし、今年は「生徒が、平然と顔色ひとつ変えずに嘘を言う。それを保護者に伝えると保護者が庇う。学校を責める」とか「平気で指示を無視する。放っといても平気。怒られないのを知っている。それを保護者に伝えると、学力が上がらないのは学校の指導力のせい」とか「小学校や中学校の『分かってやれ・許してやれ・個性だ』理論の下で、社会性やルールを守る意識が育っていない生徒が入学してきて、授業が成立しない」とか「学校や教育委員会の『過去は責めない。今だけを見てやれ。合格出来さえすれば･･･』の方針に対して、『入学から３年間。指導して社会に出せるようにしてやるのが仕事』と認識している学校との認識に大きなズレが」これらの内容は、私が数年前からここで言い続けてきた内容です。「きれい事を言うな」「親の認識が甘い」「何でも他人のせいにする風潮」「それでこれからの数十年の人生が遅れるのか」と、私が言うと『頭がおかしい』とか『独り善がり』とか『子どもを分かってやってくれない』とかの暴言を賜ってきた内容そのままではないですか。数年前から肌で感じていた「人として･･･」が、学校現場で表面化してきたのでしょう。格好良く言うと『やっと世間が私に追いついて来た』のでしょうか？言いすぎですか？自己過信ですか？すみません。自重します。ペコリ。</description>
      <pubDate>Thu, 15 Sep 2022 16:44:15 +0000</pubDate>
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      <title>中秋の名月20220911</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-149473/</link>
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      <description>皆様。中秋の名月はご覧になられましたか？教室の地域では、昨日は雲が多すぎて、私は見えませんでした。だから、今日、一日遅れの名月鑑賞です。満月を十五夜と呼びますよね。今日十六夜の月を何て呼びますか？そうです。いざよいですね次を立待月。その次を居待ち月。さらにその次を寝待月と呼ぶそうです。昔の人は風流ですし、月の出が30〜40分遅れることを知っていたんですね。スゴイ。私も柄にも無く、「仏壇に供えるため」なんて言い訳を作って、おだんごなんぞを買ってしまいました。最後には自分で食べてまたまたリバウンドです。</description>
      <pubDate>Sun, 11 Sep 2022 20:40:49 +0000</pubDate>
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      <title>物価高騰！塾に影響は？20220909</title>
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      <description>値上げ！値上げ！のニュースが毎日聞こえています。食料品・身の回りの雑貨、影響が無い物を探すのが大変なくらいです。燃料の高騰、急激な円安、原材料の値上げ、物流費の値上げ、生産経費の値上げ･･････理由を聞くと「仕方ないよなぁ」と我慢するしかありません。教室としては、食品等に影響はありませんが、身の回り雑貨等に影響があります。一番影響があるのが『電気料金』です。今年は特に暑かったので、例年よりエアコンの使用量が増えました。それでも、ギリギリ我慢しながらの使用だったので18％の増加で止まりました。しかし、請求額を見てびっくり。何と６０％もアップした金額です。毎日のお買い物なら安い物で代替を考えることも可能ですが、「公共料金」は言われるまんまです。「先生方の通勤に掛かる経費も･･･」と考えますが、そこまでの余裕がありません。ごめんなさい。見て見ぬ振りです。学校や塾などは、年間の経費が事前に公表されているので簡単に値上げなんて出来ないし、『値下げ合戦』の中で値上げなんて口には出来ないし。しっかり儲けたいなんて言いません(本心は私もお金が欲しいです)必要経費が賄えるだけ頂きたいのと、安定した運営がしたいだけです。皆様はどんな工夫をされていますか？何か良い知恵がありましたら教えて下さい。航空会社の「燃油サーチャージ」なんて制度は塾には無いですかね？涙・涙・涙・涙・涙・涙・涙・涙</description>
      <pubDate>Fri, 09 Sep 2022 08:00:51 +0000</pubDate>
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      <title>ハラスメント？ハラスメント！20220906</title>
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      <description>パワハラ、モラハラ、セクハラ･･････。何やら、ハラスメントの種類が多すぎて、何がなんだか、始めて聞くものもあります。ハラスメントって何？辞書によると、ひとを悩ませたり苦しめたりすること。嫌がらせ。とあります。勿論、性的なことなんて、個々の価値観や許容範囲が違いますので、好みでは無い人に、露骨な会話や強制は明らかなハラスメントでしょうね。しかし、掃除が好きな人が掃除をしない人に「たまには掃除をしろ」って言う事は嫌がらせでしょうか？確かに悩ませたり苦しめているかもしれませんが･･･。じゃあ、いくら注意しても仕事場のルールを守らず、ダラダラ何となく来ている社員を叱ることは「パワハラ」ですか？何でもかんでも「ブーム」になると『言った者勝ち』の風潮がありませんか？素直にやりたくない人が「あっ、〇〇ハラスメントだぁ」とか我慢ができない人が「パワハラだぁ」とか言ってる方が多いと感じるのは私だけでしょうか？「病欠」や「退職」を本人では無く他人や親が電話してくるなんて、報告の義務違反としか思えないのは、私が古いからですか？何でも「最新は･･･」とか「そんな時代じゃ無い」とか「個人の自由」で有耶無耶にして来た結果が、現代社会の乱れになっているように感じています。教育業界でも「モンスターペアレント」と言うことばが流行りました。医療業界でも、開業医に「今日の夕方までに風邪を治せ。夜、飲み会があるから。無理か？ヤブ医者じゃのう」とモンスターペーシェントが来るそうです。近年の教育業界では、嘘つく、約束なんて何者ぞ、嫌ならやらない、宿題なんて存在しない、怒るとパワハラ、機嫌をとって、勿論体罰はダメ、金を払ってるんだから結果は保障しろ、無理ならネットに書くぞ。何てのが日常茶飯事です。子どもに言わせると「絶対に罰や反撃は無いし、最後には親が何とかしてくれるから」だそうです。そりゃあそうです。体罰の定義を訊ねると「子どもが苦痛に感じるかどうか」なんだそうです。宿題や暗記なんて「苦痛の最たるもの」ですよね。きれい事とご機嫌取りの最たるものですよね。これは「カスタマーハラスメント」になるのですか？親がするとそうでしょうが、生徒が「親の衣を着る・・・」なので新型の『ステューデントハラスメント』なんでしょうか？「ティーチャーハラスメント｝ですか？結局、我が侭で、やらない人が何でも「ハラスメント」と名付けるので無限に増えているのですね。[B]真面目にコツコツ正直にやることが、一番バカを見る世の中にだけはなって欲しくないです。[/B]</description>
      <pubDate>Tue, 06 Sep 2022 17:31:32 +0000</pubDate>
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      <title>親が先回りして許すから・・・20220902</title>
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      <description>「成績を上げて下さい」「勉強が出来る子に･･･」「勉強のやり方を指導して下さい」「受験で〇〇校に入れて下さい」云々入塾の時に私たちに要望される内容の代表例です。勿論、仕事ですから全力で！それを沢山の生徒に体感してもらって喜んで欲しくてこの仕事を選びました。入塾前に現状・実状をお話しし、今後どのように指導していく予定かもお話しします。今まで不足していたであろう『負荷』も『我慢』も『継続』も伝えて求めていきます。スタートからフルスロットルで300％を求めるなんてしません。生徒の現状を見ながら、達成可能な120％くらいを求めます。さ〜〜て、ここからが分かれ道です。今までの生活と強制的に変化が生じます。我慢しながら苦労しながら何とか言われたことを消化していると、そのやり方や量が当たり前になって当然のように毎日可能になってきます。当然、結果として望みは叶いますよね。ところが、やり方に変化を求めると「だってぇ、今までこれで何とか成ったから･･･」量に変化を求めると「だってぇ、これで学校のテストは上位だったのに･･･」と、反論してくれればまだ分かりますが、『しら〜〜っと、放っといて指示の３割位で後は放置。これを繰り返しているのでいつまでたっても単元が終わりません。先生もイライラして、やっていない宿題全部を課題にすると「多すぎる」と生徒や保護者からクレームが・・・。元を辿れば原因は何？「読んで来て」って言っても平気で無視。「これだけでも覚えて来て」って言っても平気で無視。「これだけは絶対やって来て」って言っても平気で無視。繰り返していると、ある日突然「塾の日になると、子どもが体調不良を訴えて行くのを嫌がるんです。厳し過ぎるんじゃないですか？」「子どもの将来を考えると、止めさせる事が最良の判断かと･･･」と電話が・・・。別のある日突然「家の子には、そこまで成績やレベルの高い学校は求めてません。勉強だけが全てではありません。ダメなら△△校でも良いんです。」と生徒の前で私たちに言われます。最初に私たちに言われた求められたもの、私たちが説明した内容はどこに行ったのでしょうか？何をどのように考えて塾に求められていたのでしょうか？絶対に無いとは思いますが「私はお金を出して塾に行かせた。出来ないのは子どもと塾のせい！」また「子どもは何も変えなくても、知識だけを与えられれば直ぐに成績は上がるはず」また「別に勉強なんて出来なくても私はチャンと就職できて、[B]立派な[/B]社会人になれて誰にも迷惑を掛けていない。学歴なんて・・・」なんて思われてる親なんて居られないですよね。子どもの現状や将来を考えずに「ハードル」を下げたり取り除いたりを簡単にやってしまう方が多いのを感じています。</description>
      <pubDate>Fri, 02 Sep 2022 13:55:39 +0000</pubDate>
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      <title>無知なのは誰？上手に利用して？20220901</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-149340/</link>
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      <description>夏休みが終わりました。２学期に向けて生徒募集活動が活発化しています。我が教室もご多分に漏れず折込チラシを用意しています(近くの〇〇〇塾の様に資金力が無いので回数は少な過ぎですが)。それらのチラシを見て、以前聞いたお母様方の会話を思い出しました。「〇〇中学　□□人合格」「■■大学　◎◎人合格」って書いてあると、『やっぱりすごいねぇ。あそこに行かせると□□人も〇〇中学に合格できるんよ」「だったら家の子でも行けるよね」との会話。イエイエ！この地域に何教室在るのかご存知ですか？それら全てでの数でしょ？ここの教室だけでそんなに合格してる訳がないでしょ？ましてや、本校の受験熱は相当高いし･･･、こことはレベルが違うでしょ！と、突っ込みたくなりましたが、大人の対応(？)で我慢しました。中２男子数学３５→８５点。中３女子英語４０→９０点　云々、が多数列記してあるチラシ。全国展開のチェーン塾の本部で印刷しているチラシに、教室名だけを入れて折込しているチラシを見て「あそこの塾に行ったら、私(家の子)も直ぐに点数アップ出来る筈」といわれている保護者(生徒)。突っ込むのもバカらしい位の理解ですよね。こんな勘違いをしてもらえるのを分かって、上手く逆手にとって嘘のチラシ(言葉が悪いですね。ペコリ。誤解してもらい易い表現のチラシ編集)をすることは、商売としては正しいのかもしれませんが、それで結果が出なくても、教えている先生の気持ちは･･････？私は耐えられません。勉強も商売も正直が大事だと思いますがね。近年は「正直者だけがバカを見る」「正直者だけが損をする」「ギリギリのズルを思い付くのが賢い証拠」なんて風潮が強いのが気になります。こんな屁理屈は「負け犬の貧乏塾の遠吠え」ですかね？はい、すみません。</description>
      <pubDate>Thu, 01 Sep 2022 11:05:12 +0000</pubDate>
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      <title>一目で分かる、成績下降のきっかけ20220901</title>
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      <description>昨日、某高校の教頭先生とお話しするチャンスがありました。その先生の話を要約してお話しします。生徒が校則を破っている現場に別の先生がモロに出くわしました。生徒も先生の存在は分かりました。翌日当人を呼び出して、「昨日〇〇をしていたよね」と温和に聞いたそうです。すると「いいえ、してません」と顔色ひとつ変えずに平然と嘘を言うそうです。そんなことはないでしょ。昨日、会ったよね。と言うと、「いいえ、間違いでは･･･？」と平然としているそうです。仕方なく保護者にお越し頂いて、事実をお伝えすると、「そんな筈はありません･･･」「家の子は･･･」「個人の自由で、学校が強制することでは･･･」「だって私は･･･」と、云々云々と色々言い訳や反論を続けられたそうです。学校が、「〇〇の良し悪しの議論では無く、『人として、社会人として』嘘や言い訳を親が庇って見逃してやることが最良の子育てですか？」と正すと、やっと保護者も認めて、チャンチャンと終わったそうです。私どもの教室でも同様の事を感じています。平気で「嘘」を言ったり、直ぐバレるような「作り話」をしたりが頻発しています。「勉強した？」に対して「やったよ」《の言葉の定義や理解の違い》レベルでは無く、場面や相手に応じて、数分後(舌の根も乾かない内にの言葉通り)に違う嘘を言います。「何をしてもしなくても叩かれないから･･･」とか「罰や見せしめにはされないから･･･」の幼児発想の子もいますが、「人それぞれの考え」とか「立場は平等」とか「嫌なら母さんに言い付けて止めれば良い」のきれい事を駆使して策略を講じる生徒まで登場しています。そんな生徒の話を聞いたり、保護者にお会いしてお聞きすると、ご家庭で、そんな会話やそんな対応が日常化しているんだろうなを感じます。保護者にお会いすると、まず最初にその様な単語が登場しますから。あっ、前出の先生の言葉に、もう１つすごいのがありました。「子どものためなら、少し位自分が痛くても、しんどくても、恥ずかしくても、子どもの将来を考えた対応をするのが親、子育てだと思うんですが･･･。どうも最近は違ってきてますねぇ」と言われてました。私もそれは感じています。「私は悪く無い」「私は間違って無い」「私はちゃんと出来ている」「私を責めないで･･･」と、子どもへの影響より、私の立場や私の見栄えを守ることを優先する親が増えてますよね。それって、『自分の損得・苦楽だけで判断している子ども』と何にも変わらないじゃないですか。親に成れて無い人が「権利」や「金」で力を得てしまってルールを乱しているのか、親がこうだから子がこうなって問題が表面化しているのか・・・。何んか、スッキリしませんねぇ(涙)</description>
      <pubDate>Thu, 01 Sep 2022 10:31:06 +0000</pubDate>
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      <title>・・・と思いたい！・・・と信じたい！20220827</title>
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      <description>「家の子は、そこまで酷くはない」「このまま、塾にでも行かせれば何とか･･･」「自分はそこまで酷くない」「自分のやり方は間違って無い」「私の子どもへの対応は･･･」「今までこのやり方で･･･」生徒も保護者もこれらの言葉を度々使われますし、私も何度も耳にしてきました。「･･･と思いたい」「･･･と信じたい」と思うのは生徒でも保護者でも分かります。特に「親ばか」の心から出てくる言葉だと思います。しかし、厳しい嫌われる言葉を発します。正しくて間違って無い生活や行動や勉強をしていれば、「信じたい･･･」なんて祈るような言葉を使わなくて済むような結果になってます。つまり、前述の言葉を多用している段階で、自分に対する甘え・誤魔化し・逃げを許しているのです。他人の言葉や事実を受け入れて、自分の現状を認め、早期の改善を決意すれば、必ずや早期の改善が叶います。ただし、「･･･つもり」とか「･･･ふり」とか「･･･てくれるはず」なんて甘えの最たるものです。できていないのならば周りのできている人を信じて、自分を変革することです。自分は殆んど変わらず、目先の知恵やテクニックだけで何とかしようとする人が多すぎです。「うちに来れば大丈夫ですよ･･･」と甘言を言ってくれる人の一番ありがたい『餌食』『獲物』ですよ。少し、キツ過ぎる言葉を使いましたね。ごめんなさい(ペコリ)</description>
      <pubDate>Sat, 27 Aug 2022 21:26:46 +0000</pubDate>
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      <title>今までこれで何とかなったから・・・20220819</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-149167/</link>
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      <description>成績が下降傾向にあったり、何度注意しても改善・修正がされない生徒の口癖のひとつに『今までこうやってきた。』「今まではこれで良かった｣があります。子ども達に言わせると「だから、このままで良い」「だから間違っていない」「だから私は悪くない」「だから先生の･･･」と続くらしいです。一言で処理します。【そんな訳あるかい！】子ども達も学年が進級しています。学習している内容も複雑になっていきます。理解したり覚えたりする内容・量も増えています。同時に使用しなければならない知識や技術も増えています。なのに５〜６年生になっても、１〜２年生と同じやり方・時間で『出来るようになる』と思っている子ども達。「だから、あなたの成績が上がらないのです」小学校のテストは、教科書の単元確認テストです。実力テストでは無いのです。その上、学校の授業は、テストの解説をしているようなものです。出来て当然！　１００点取って当たり前！　１００点取って初めて「授業を聞いていた」となるのです。８０点とったら「８割も出来ているから充分」と言われる保護者が居られますが、３日前の授業が理解・暗記が出来ていないのに、どうして来月の授業に夢がもてるのですか？「分かってたけど、計算ミスしただけじゃん」って言う生徒も居ます。計算ミスする生徒を見ていると、「するべくして」計算ミスをしています。ルールや注意を守らずに、自己流や思い込みで「速さ命」でやっています。これからの長い年月、ずぅ〜〜っとミスを続けるのでしょうか？早く意識させないと、時間が相当掛かりますよ。以前小５から計算ミスを指摘し続けた生徒が、随分少なくなったのは高２でした。この子はかなり成績上位の子でした。それでもこんな掛かりました。これは本当の話ですよ。「聞いた」「書いた」「埋めた」「やった」「出した」「〇だった」と、小学校低学年の意識ややり方や量のままで中学生になって「ガタガタ」になってから入塾された生徒を、どれほど沢山見てきたでしょう？増してや、その中途半端なままで高校に行っても「だって今まで･･･」「私は優秀だから〇〇高校に受かった」と小学生的な「今までこれで・・・」を続けているのです。そりゃあ、２学期くらいから「何か？？？？？？」って言ってるのが目に見えます。保護者も同じです。「家の子はちゃんとやってます」「宿題はキチンと終わらせてます」「学校では普通です」「先生には、特別何も言われてません」と安心して、子どもには「勉強終わったん(一生終わりません)」「宿題やったん？(作業?)(確認は?)」「出来たん？(分かった・覚えたではなく?)」と日々の変化や歳相応は考えずに、「毎日、えさを与えて時間の経過だけを見ているだけ」ではありませんか？子ども達に『違うよ』って何度注意しても近年は「無視」「スルー」「放置」する生徒が激増です。何故なら、それこそ「今まで、それで怒られたことが無いから」と「別に放っといても、叩かれないから･･･」だそうです。保護者にお伝えして、「あっ、そうなんですか？知らなかった」と直ぐに対応・変更をして頂ける方の子どもは、短期間で修正ができています。逆に「私は言ってるのに子どもが･･･」とか「家の子はそんな筈は･･･」とか「学校の先生との相性が･･･」とかなんだかんだと言い訳をされる保護者。子どもさんにそっくりですね。あっ、すみません。失礼を申しました。とにかく、「今までこれで何とかなったから･･･」は、求められている内容変化と段々離れていってますよね。これは勉強も仕事も同じですよね。大人も子どもも同じです。</description>
      <pubDate>Fri, 19 Aug 2022 19:11:46 +0000</pubDate>
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      <title>暑っついですねぇ〜〜20220815</title>
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      <description>台風や前線の影響で、大雨や浸水等の被害に遭われている地域の方々には申し訳無いのですが、教室のある地域では、連日３４〜３６℃の猛暑・酷暑でヘトヘトです。教室は、現在「お盆休み」の最中です。近年は「夏休み」と名称を変更したり、時期を変更したりの地域もあると聞いていますが、我が教室ではまだまだ「お盆休み」と呼んでいます。帰省をする地域では無く帰省して来られる地域だからでしょうか、まだまだ『田舎』や『故郷』『里』の言葉がピッタリの地域です。我が家もご多分に漏れず、お墓があり、仏壇があります。数日前に草取りをし、１２日には墓を綺麗にし花を供えて準備しました。お客様は１４日か１５日だけのことでしょうが、管理・準備する(地域では『墓の守り』と呼びます)者にとっては、行事の数日前から準備・後片付けと用事はてんこ盛りです。そんな中、私は普段は出来ない事務処理と机やパーティーションを動かしての掃除をするために教室に来ています。やっぱり、普段やっていても、隅や脚の下には「消しゴムカス」が残っているものです。と、言うことで、暑いですが頑張りましょうね。</description>
      <pubDate>Mon, 15 Aug 2022 16:36:26 +0000</pubDate>
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      <title>親が変われば・・・20220813</title>
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      <description>「親が変われば、子も変わる」という言葉は、昔、むか〜しから言われている有名な言葉です。子どもは、ひとりで勝手には育ちません。必ず成長の過程でその環境や対応を見て学んで育っています。だから「子育て役の人(殆んどの場合は親ですよね)」が、子どもの現状と自分の対応を正しく認識して、問題点を謙虚に認識し対応・変化をすれば必ず子どもも変化・改善してくれるはずです。では酷い場合を紹介すると、学校に行かせてるから学校が何とか･･･塾に行かせさえすれば･･･私の指示に問題は無い私の行動には全く問題は無いだって〇〇(スポーツ)を頑張っているから･･･だって、この子には勉強は向かないみたいだから･･･と全部他人や周りの責任にする人。もっと進むと、だって仕事が･･･だって□□が･･･そんな事は無い！失礼な！と、とにかく『全否定』から始まる方が居られます。当に、これが子どもが「お手本」にしている対応なのです。ここまで酷くは無いのですが、近年たくさん見かけて、一番困っているのが次のようなパターンです。子どもに「チャンとするんよ」「先生の言うようにするんよ」「今度はできる？」「やってちょうだいよ」と、現状を正確に認識できていない上に、『〜〜〜ぱなし』の保護者です。「言いっ放し」「指示しっぱなし」「怒りっぱなし」で確認をしないのです。指示したことを、子どもが理解して行動しているのかを確認もせずに、「私は言った」「私が言ったのに無視するはずが無い」とどこかの国の独裁者のような思考をされています。これをお伝えすると、「私らは、勉強も答え合わせもできません」と言われますが、誰もそんな事はお願いしていません。指示や叱責の後、「チェック」をしないと、子ども達は「はいはいって言っとけば、後は放っといても許してくれる」と認識するに決まっているじゃないですか！その後で、「も〜〜っう、私は言ってるのに、この子がやってくれん。私は悪くない」と、訳の分からないセリフまで･･･。全ての判断基準や自己肯定が自分だけなのです。これらもひっくるめて、まず親が自分の生活と行動をチェックしてみるのです。そこで「嫌」ですし「面倒臭い」ですし「しんどい」ですが、少しだけ変えてみるのです。そうすると、初掲の「親が変われば子も変わる」が実現できるのです。悪い例として紹介した保護者は、「この親が変わらなければ子も変わらない」っていう、またまたお叱りを受ける失礼な言葉の例になってしまいそうです。</description>
      <pubDate>Sat, 13 Aug 2022 19:03:26 +0000</pubDate>
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      <title>成績伸び悩み生徒の親が・・・20220730</title>
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      <description>「成績伸び悩み生徒」の親が、一番分かってないこと・間違っていることをお話しします。学校の授業は分かるって言ってるから大丈夫宿題は終わったって言ってるから大丈夫学校では普通だって言ってるから大丈夫学校では平均より上だって言ってるから期待大あの有名な塾に行かせてるから安心皆んなが行ってるから安心塾に行かせてるんだから塾が何とかしてくれる今度から「ちゃんとやる」って言ってるからやってる筈「先生の言ってるようにやる」って言ってるからできてる筈「今までとは意識や行動を変えていく」って言ってたから変えてる筈私は注意したんだからやってる筈今度こそ約束したんだから約束を守ってくれる筈今年は受験生なんだから今年こそは自己責任で実行してくれる筈ひとつでも当てはまったり思ったりしたことがありますか？だから、子どもの成績が伸び悩んでいるのです。本当に成績上昇している生徒は、こんな現象を巻き起こしていませんし、その子の保護者も、独り納得して自己完結していません。聞きっ放し・言いっ放し・書きっ放し・任せっ放し・預けっ放し『〜〜ぱなし』が普通になっていませんか？確認・再チェックの習慣・意識が親子共に無いのです。子どもの指導は本人・先生・家族の三者で同時に同じ方向に向いてやるしかないのです。やり方はご相談下さい。但し、絶対に“同時”に“同じ方向”ですよ。</description>
      <pubDate>Sat, 30 Jul 2022 16:42:03 +0000</pubDate>
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      <title>ほら、やっぱりね(涙)20220729</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-148916/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-148916/</guid>
      <description>全国学力テストの結果が発表されました。広島県全体と、教室のある地域との点数の比較も発表されています。残念ながら、学校別の結果は公表されません。各学校と、教育委員会等の公的機関にだけ知らされます。教室のある地域の結果ですが････････････予想通り(涙)のブッチ切りの県内最下位です(涙涙涙溜息溜息)。広島県が全国と比べても中の下です。その中でのブッチ切り･･････です。勿論、いつも直ぐに来るクレームに、事前にお答えしますが「全員が低い」訳ではありません。高い生徒も居ますし、指導や指摘に「素直に従って」「気付いて」「変化して」くれた生徒(保護者)は改善しています。ここからが、いつも私が口にする悪口(別にそんなつもりは無いのですが、そう言われ続けて18年)です。「そんか事は無い」「私は成績上位」「学校でよく出来る方」「学校の先生は大丈夫と･･･」「私は平均より10点も上」「今までこれで何とか･･･」「家の子は･･･」「家の子が言うには･･･」「だってクラスの中の上･･･」「悪く言って月謝を余計に･･･」と、言い続けても信じて頂けなかった生徒・保護者。数字は恐いですよね。「クラスの中では･･･」「これなら･･･」「これ位で･･･」「何をしても殴られなければ･･･」の生徒たち、後悔して、しんどい努力をして、我慢して素直に従ってくれないと、成績も人間力も戻れないことになりますよ。「親ばか」の言葉があるように、我が子が一番。我が子を信じて。我が子を･･･。です。しかし、『間違っている我が子』や『間違っている親の知識』を必死で大至急修正してやることが本当の「子育て」であり、本当の『親ばか』では無いでしょうか？間違っても『バ〇親』にはならないで下さいませ。ま〜〜た、余計な失礼発言でしたね。ごめんなさい(ペコリ)</description>
      <pubDate>Fri, 29 Jul 2022 16:24:42 +0000</pubDate>
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      <title>可哀そうだからって言えば余計に・・・20220725</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-148857/</link>
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      <description>最近、「そこまでやらすと可哀そうだから･･･」「まだ小さいのにそこまで求めるのは可哀そうだから･･･」「野球を頑張ってるのに勉強もガンガンいうのは可哀そうだから･･･」「勉強勉強で娯楽が無いのは可哀そうだから･･･」の保護者の言葉をよく耳にします。時には、少数な例ですが、「発達障害だから可哀そう･･･」「親が離婚して、シングルだから可哀そう･･･」というのまでありました。小４の子どもが約束を破っても「まだ小さいから厳しく言うのは可哀そう」中１の子どもが発達障害(例えばADHD)だから、宿題を忘れても約束が守られなくても「だって可哀そうた゜から･･･」勿論、厳しく「叩け」「殴れ」「罵倒しろ」「暴力で従わせれば良い」なんて言うつもりはありません。「娯楽」や「休憩」や「趣味」を全否定するつもりもありません。３歳〜５歳の子なら、殆んどの子どもができる「素直」「正直」「我慢」ができていないのに、何故、親が先回りをしてご褒美だけを用意したり、手綱を緩めることを先行するのでしょうか？そりゃあ、知恵が付いてくる年齢になると「どれくらいで許される」「これなら怒られない」「家の親は、そこは許してくれる」と【ズルい】知恵を身に付けますよ(笑)発達障害やシングルの家庭を理由にされる方についても思うことは、「で？このままで数年後に社会人になった時に、今のままで良いの？」です。発達障害は親も子も環境も誰も悪くありません。だから誰かを責めるつもりはありません。しかし、この子もいずれ社会人になるはずです。その時に「しょうがない」「この人は特別･･･」って許して貰える環境ばかりですか？伝言や契約やルールを無視しても許して立場や給料を保証してくれる企業ばかりですか？「閃き」「緻密」「寡黙」等の苦手なものを絶対に出来ろなんて言いません。これらは仕方ありません。しかし、社会人としてのルールを絶対に守る『練習』だけは今からしておかなくてどうするのですか？シングルの家庭の子を「親の都合で寂しい思いをさせて可哀そう」と言われます。勿論、子どもに責任は無く、寂しい思いをさせていることや不自由をさせていることは事実でしょう。だから、何をしても何もしなくても「許して」良いのですか？「寂しい思いはしたけれど、母さん(父さん)はキチンと育ててくれた」と社会人になった子どもに思ってほしいです。子どもに厳しくするのは何故でしょう？基本的な考え方として、一般的に親は先に居無くなります。残された子が正しく社会の中でキチンと生きていける「力」や「考え」を植え付けてやれるのは【親】だけなのです。自分が居なくなった後の子どもを考えて、色々を身に付けてやるのが『子育て』です。「仲良し親子」や「物分かりの良い親」が言われ始めて久しいですが、親と子どもの考えは違っていて当然です。立場も年齢もちがうのですから・・・。子育ては「ご飯」や「お金」や「娯楽」を与えて「機嫌をとる」ことだけでは無いのです。それらだけをしているのを「飼育」と言います。もっと酷い人のは「放置」と言います。「無関心」と言います。動物園の飼育員さんを見てみて下さい。長時間で過酷な作業をされていますよ。</description>
      <pubDate>Mon, 25 Jul 2022 15:43:21 +0000</pubDate>
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      <title>途中退塾生のその後・・・20220721</title>
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      <description>夏休みが始まりました。学校が「止まって」「待っていてくれる」このタイミングが、復習と次学期への準備と不明・不安定・理解していない単元の復習の最適期なんです。受験生については、この夏休みをどう過ごしたかが今後の全てと言っても過言では無いでしょう。２年生も、昔から「受験は２年の夏から始まる」と言われるように、このタイミングで勉強方法や習慣、やり方・量の見直しをやっておかないと、後では取り返しがつきません。頑張って下さいね。さて標題の件ですが、毎年、途中で「私はちゃんとやっているのに怒るから嫌」とか「学校のテストの点数が上がってるので、家の子は悪くない」と学期途中で突然退塾される方が居られます。勿論、同じ学校の同級生が居ますので、その後の当該生徒の様子は耳に入ってきます。それまでは「聞いてる」「書いてる」「宿題やった」「授業では出来てた」と小学校低学年レベルの学習方法しかやってなかった生徒です。塾で今までより多くの時間学習し、「用語」「ルール」「根拠」を少し教えて貰ったのです。学校のテストレベルなら、簡単に上昇するに決まってます。そのレベルで自信を持ち(過信ですが)、くだんの「私はちゃんと･･･」とか「家の子は･･･」です。またまた急下降に決まってます。当該学年の最低限の勉強を当然にやっていれば、下がる筈がないのです。「個人の自由」とか「この子の望むように･･･」とか「子どもはそれぞれ･･･」とか色々言われますが、素直で正直で我慢できる『普通の生徒』であれば、誰でも簡単に上昇できます。「凡事徹底」って言葉をご存知ですか？日常の当たり前の事をキチンとやり遂げることです。よく言われる「普通のことを普通にする」と何ら違っていませんね。</description>
      <pubDate>Thu, 21 Jul 2022 19:44:17 +0000</pubDate>
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      <title>〇〇しとけば”いい”って？20220713</title>
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      <description>成績不振生徒と、意識・行動の改善に随分時間の掛かる生徒を見ていると、共通して発する言葉があります。放っとけば“いい”黙っとけば“いい”内緒にしとけば“いい”バレなければ“いい”これで“いい”これ位で“いい”これなら“いい”です。何が“いい”の？　何に対して“いい”の？　どうなる予定が“いい”の？これらは“良い”なの？　どうでも“いい”なの？“良い”って言うくらいだから、何か改善して進歩して成長する予定なのでしょうか？誰かが好んで喜んでくれるのでしょうか？他にもシリーズがあります。聞いてるじゃん書いたじゃん埋めたじゃん、終ったじゃん素直に聞いた(返事した)じゃん(学校・塾に休まず)行ってるじゃん見えてないんだからやった“ふり”でもいいじゃん生徒たちは何を求めているのでしょう？今を何も変えずに、結果・ゴール(ご褒美)だけは他者より良いものが欲しいのですか？母さんや学校の先生に“バレ”さえせねば、楽でラッキーなのでしょうか？まだまだシリーズがあります今までこれで何とかなったから、これからも何とかなる“はず”今まで、このやり方で褒められていた。だからこれからもこうやっとけば褒められる“はず”(学校の先生・友達は)こんな感じで良いって言ってたからこのまま何も変えなくても良い“はず”私は今(中1)までこのやり方で良い点を取って来た。だからこれからもこのやり方で良い“はず”どうですか？これらは子ども達が「たった一人で発見した技」でしょうか？「誰かのお手本を参考にした技」でしょうか？また、「誰かに承認・後押しをされた」のでしょうか？「独善で突き進んでいる」のでしょうか？中には「ここぞ儲けのネタ」と利用している学習機関もあるかもしれませんが、殆んどの場合は『毎日の生活の中で知らず知らずに身に付けて』います。他者や周りの環境は「放っといて」、我が家だけでも親子で意識や生活ルールを見直して下さい。相談頂ければ、教室でもアドバイスをさしあげますが、それさえも『放置』『振り』をされると･･･。</description>
      <pubDate>Wed, 13 Jul 2022 17:05:54 +0000</pubDate>
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      <title>間違った塾選びの例20220709</title>
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      <description>新年度始まりや、夏休み前にパンフ・チラシ・問合せ電話・来塾等の入塾前の塾選び作業が多く行なわれています。その中で、我が教室にも興味を持って頂いて電話や来塾頂けるのは有り難いことです。成績優秀者が、更に一段上を目指して「知識を追加してくれることだけ」を求めて受験塾や競争主体の塾に行くことや、ある程度できてる生徒が、今学期の確認ともう一段の進歩の為に夏期講習だけに参加することは来期への準備として素晴らしいことだと思います。しかし、お話しをお聞きしたり、来塾された方の言い分をお聞きしていると、「？？？？？？」の内容が多く、勘違いと言うより「そりゃ、無茶じゃろう」とか「それが可能なら、成績不振者なんて居らんじゃろ」の内容が激増しているので参考例として書いてみます。【小学編】家の子、地元の小学校で中の上(毎回のテストで80点位)なんですが、今(小６)から〇〇中学(偏差60〜68)にお願いします。家の子、大勢の中ではやる気にならないので、個別で子どもの望むペースで強制をしないで教えてやって下さい。えっ？□□塾なら何十人も〇〇中学に入れるのに、ここでは無理なんですか？(前出の生徒)何でこんなに料金が違うの？同じ個別って書いてあるじゃない(1:1塾、1:2塾、1:数人塾、一斉塾の時間外対応、プリント学習塾、パソコン塾)と、内容や指導方針は関係なく、安い塾が『良心的』で高い塾は『悪徳』と言われる方。【中学編】学校で平均より少し下なんですが、夏休みだけ「チョコチョコ(５教科で各２〜３回計１０回程度)」っと教えてやって貰えませんか？(それで簡単に上がるなら、学校で上がってます)家の子、クラブの他にクラブチームで〇〇〇も頑張っているんです。練習で疲れているし、時間が無いので宿題は無しにして貰えますか？料金表だけを何十枚も集めて比較して決定されている方。「友達が〇〇塾に行っているし、優しいし、宿題も無いって言ってるから僕も〇〇塾に行く」と子どもが言えば、子どもの状態や問題点など関係無く、そこの塾の方針も知らずに『自分で選んで行く気になってるのがこの子にとっての最良の塾」と無駄金になる可能性。平均点より少し低い位(偏差35?)だから、仲良しと同じ高校(偏差45〜50)に行きたいから、夏期講習で追いつかせて下さい。「塾に行って方針や考え、我が子の実状や問題点を聞かないのですか？」とお訊ねすると、『そんなん、チラシやネットや友達の評判を聞いたら分かるわよ』とＪＡＲＯに言い付けたくなるような塾を優先される方。【高校生編】家の子、〇〇高校(偏差50〜54)に受かったんですが(地元中学では雲の上扱い)、お宅(ワセイク)でも教えられますか(可能)？(我が教室がバカにされてるのか、受かった高校を超過大評価しているのか)家の子、〇〇高校(前出)に受かったんですが、どこの大学に入れてくれますか？(電話で･･･生徒も知らない・実力も知らない)お母様「〇〇高校(前出)に入ったので、広島大学は間違いないですよね。」私「えぇ〜〜っ？」お母様「だってぇ地域1の△△高校(偏差58〜61)なら東京大学を求めますが、2の〇〇高校ですよ」私「それは･･････溜息、溜息」家の子、休まずに何年も通ったのにどうして□□大学レベルしか入れないんですか？と言われました。２年ほど前から、覚えない・根拠無く書いて終わり・出来ない言い訳・お母様との休み毎の外出が足を引っ張ってることを事有る毎にお伝えしていたのですが「家の〇〇ちゃんに聞いたら、そんな事は無いって言ってましたわ」と叱られました。どうですか？我が教室が【最良】とも【だれでも簡単に成績が上がる】とは申しません。生徒それぞれに原因と対処方法が違います。生徒の性格も違います。言い難いですが、親御さんの対応や認識にも関係します。有名な指導者や有名な箱(学校や塾)に入れれば家の子も･･････はほぼありません。もっと酷いのは、聞けば・習えば・教えてもらえば・行かせれば、簡単に成績なんて上がると言われる方です。生徒の意識・行動、保護者の意識・対応によって全然違います。もっともっと「あ〜〜ぁ」な方は、あそこは有名、口コミサイトに載ってた、家の子の友達皆〜んなあそこに行ってる、あんなに出来なかった近所の〇〇ちゃんもあの〇〇塾で高校行けたんよ。もっともっともっと酷いのは「無理して難しい高校へ行かんでも、簡単な高校で頑張ってトップになれば、近所の私立大学や県立大学くらい行ってくれるはず。家の子も『うん、頑張る』って言ってたし。もう、何がなんだか････････････</description>
      <pubDate>Sat, 09 Jul 2022 18:03:07 +0000</pubDate>
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      <title>「分かった〜」って言うけれど・・・20220707</title>
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      <description>勉強って、まず人の話を隅から隅まで一言も逃さず聞く。何を言ってるのか、何に使えるのか、あれとどう違うのか、用語や公式の意味は･･･と分かる。分かった事を「何かこんな感じ」にならないように「多分大丈夫」は絶対に無いと思って必死に何度も覚える。問題を見て考える何をどうしろと言ってるのかを考えて、必要なものを思い出す。同時に何と何を使うかを考えて組み合わせる。注意事項に沿って使う(書く)。です。は勉強ではありません。スタートラインの手前です。とが基礎です。ここが完璧なら、他は全くやらなくても６〜７割は解けます。ところが、教室のある地域の成績不振者や上昇に時間が掛かる生徒たちは、学校や塾でしたものしかテストで出せないのです。それ以外を出すと「ずるい」とか「だまし」って責め立てます。つまり、問題を解説し式を見せて答えに辿り着いたものしかテストに出せないのです。つまり、教科書「まんま」を全部説明して問うと、６割しか答えられないのです。覚えて来るように指示して次回その部分のプリントを解かすと、ちょっと目を放すと「分からんかったから教科書を確認していた」とカンニングをするのです。とにかく「書くこと」「埋めること」「終らせること」が最良の勉強で最強の勉強で最も一般的なのです。その生徒たちの保護者も「勉強やったん？」「書いたん？」「終ったん？」と作業を求めます。「もし、分からんかったら、塾や学校で聞くんよ」と指示します。するとその子どもたちは「ここが分からん」と聞いてくれますが、理由や根拠や用語の話をすると「？嫌？嫌？」の顔をします。何故なら、彼らは「分からん」に対して求めているのは「直ぐに式と答えを教えて書き込ませる」ことが正しいと信じているからです。親も「聞け」「聞け」と言いますが、我が子が理解もせず丸写しで書き込んで終らせてるなんて思って無いのでしょうか。最悪の親は「私が注意してるんだから、家の子が従わない筈が無い」と事後チェックを怠る方･･････の子は、やっぱり伸び悩みです。聞くだけで書けて「良い子」って言われたのは、小学校１・２年くらいまでです。そこで親が子どもを見るのを止めているのです。子どもも「今までこれで何とかなった」と言いますが、学年が上がり、中学・高校に行っても【それで何とかなる筈が無い】と分からないのでしょうか？だから小学６年で「あれ？」となり、中学２年で「何かこんな感じのことだったよなぁ」となり、高校で「訳分からん」と下降まっしぐらしか起こらないのです。「家の子が求めるように教えてやって下さい」と言われる方が居られますが、「より高度な用法・用例を求めているのか」「答えがほしいのか」を明確にして頂かないと、私たちはとを説明することが最も実力になると思ってますので・・・。後で生徒が家に帰って「今日、塾で、分からんから聞いたのに、先生は教えてくれんかった」のクレーム展開になる･･････のは嫌ですから(涙)</description>
      <pubDate>Thu, 07 Jul 2022 22:31:08 +0000</pubDate>
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      <title>余談です(笑)長いです(ペコリ)20220705</title>
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      <description>いつもいつも生徒や保護者の悪口(？)ばかりでは嫌われる(既に嫌われている！)ので、今日は全く仕事には関係の無い無駄話です。少し長いので勘弁して下さい。報道でよく使用される“隠語”の意味を解説します。あくまでも、私調べですので、クレームは受け付けません(笑)。全身を強く打って･･･大き目の交通事故や鉄道事故に多く使われる。身体に大きな損壊があり、原型を留めていないほど酷い状態。もはや治療は不可能な状態で、ほぼ確実に命を落としてしまうか落としている状態。頭を強く打って･･･身体と同じで、頭が陥没や欠損などで原型を留めておらず、もはや治療が不可能な状態。殆んどの場合、即死している可能性が高い。軽傷軽いケガの程度で1ヶ月以内に治るもの。命に別条は無い。軽症は病気の症状が軽いものでケガとは限らない。重傷軽傷よりも程度が重いこと。全治1ヶ月以上のケガなど。例えば全治2ヶ月の骨折は重傷となる。重症は病気の症状が重いことでケガとは限らない。重体かなり命の危険がある場合に使う。病気でいう重篤や重態にあたる。保護「無事保護された･･･」の場合には、健康状態などが問題無く見つかったことを表す。「保護された」だけの場合は心身にケガなどのダメージはあるものの命はある状態を表す。発見捜索して見つかったことは同じだが、亡くなった状況であることを示している。心不全で亡くなる心不全とは心臓が何らかの理由で血液を全身に送り出すことが出来なくなる状況。心筋梗塞や心筋症・弁膜症・不整脈などが原因で命をおとしてしまう場合の総称。病名では無い。つまり「心不全で亡くなった･･･」は死因がよく分からない場合や、正確な死因を隠したい時に使う。例えば自ら命を絶った場合や、愛人宅での突然死などの世間に知られるのがマズイ状況などで使われる。性別不明の遺体･･･原型が分からないくらい損壊した身体の時に使う。前出の身体を強く打ってよりもヒドイ状態。白骨化している場合や腐敗が進んですぐには判断が難しい場合に使う。「死後一定期間が過ぎている」や「損壊が激しい」も同様のこと。暴行する・乱暴する合意が無く性行為が行なわれた犯罪。男女ともに使われる。殴る・蹴るなどの暴行字の通り、殴ったり蹴ったりして相手に危害を加えること。性的な意味は無く暴力のみと考えられる。飲食店勤務居酒屋やレストラン勤務はそのまま使われるが、キャバクラ嬢やホステスだった場合、世間のアングラなイメージを考慮して「その様な仕事をしていたのだから仕方が無い」的な職業差別を持たせないように、被害者がバッシングを受けないように、聞いた人に抵抗感を持たせないように使われるようになった。遺体亡くなっている人の身元が判明していることを指す。死体身元がはっきりしない人。特別に「身元不明の遺体」の表現になる場合もある。折り重なるように･･･２人以上の死体が同時に発見された場合に使う。一方がもう一人の身体・衣類などを掴んだ状態で発見されることを言う。みだらな行為いわゆる淫行のこと。暴力や乱暴とは違い合意があった上で行っている行為。但し成人した大人の場合は使われずに、相手が未成年である時に使われる。(例として教師が生徒に淫らな行為を･･･等)青少年保護育成条例などに登場する言葉で、相手の合意が無い場合や相手が青少年の場合に、騙していたことが発覚すれば「暴行」とされる。わいせつな行為性行為まではいかなくても、相手に同意なく性的なことをする状況。セクハラや痴漢が該当する。無理にキスしたり、裸の写真を撮るなど相手を辱める行為が該当する。いかがわしい行為何かしらをしていたらしいが、説明や線引きが難しいからボカしたり、卑猥すぎるからボカそうとする時の説明。因みに性的行為のレベルの軽い順にすると、いかがわしい行為＝わいせつの一歩手前。わいせつな行為＝性交無し。ふしだらな行為＝わいせつに、品の無さがあった行為。みだらな行為＝性交あり･･････参考までに(笑)</description>
      <pubDate>Tue, 05 Jul 2022 14:05:48 +0000</pubDate>
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      <title>変わらない・変われない生徒20220704</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-148593/</link>
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      <description>沢山の「誤解している？」or「意図的に･･･」指導・指示に従わなくて成績が変化しない、もしくは直ぐには少しだけ上がっても、短期間でリバウンドもしくは、受験直前に下降続きを経験した例をお話しします。これらの話を生徒・保護者にすると、「そうなんですか？知らなかった」とか「クラスの皆んなの話を聞いて安心していた」と受け入れて頂けた人は当然のように改善されていきました。しかし「私はそんなことは無い」とか「家の子は大丈夫」と速攻で反論して来られた方や、「受験までの間だけでも聞いてる”ふり”をしておけば･･･」の生徒・保護者の末路は・・・。では、下降を続けた例を列記してみます。＊注意や指示をすると、「はい」と返事は良いのだけど、聞いていないし、直す気も無い。返事をして聞いてる良い子を演じているだけ。＊書け！控えろ！等の簡単な指示や表面だけは従うが、本心から「何のため」「その後どうするの」を分かろうとは・やろうとは思ってくれない。＊勉強や生活改善への優先順位を離しても、「だってクラブが･･･」「だって野球が･･･」「勉強やってるから良えじゃん」と本人の好みや今までの優先度を絶対に変えない。そこを指摘しても、後日確認すると、やっぱり無視して自分の思いを優先させて変わろうとしていない。「結果は決めたまま」で相談や報告をしているのです。＊勉強も、好きな科目や簡単に終われる科目”ばっかり”やって、嫌い・苦手な科目をいつまで経っても放置。本人曰く「その内やる」「その気になれば直ぐにできる」これでは何〜〜にも変われません。晩秋まで「嫌い・嫌い」で放置しておいて、年末から「映像授業」の塾に行き、結局何も変わらなかった受験生も居ました。無理ですよね。＊自宅勉強にしても、内容や目標達成よりも、「あれを書いた」「あれが終わった」「〇〇時間もやった」と小学生の宿題レベルを繰り返している。＊塾で聞いたりしても、「今度こそ分かった」「だから次は出来るはず」「もう安心」と一番ダメな『■■ぱなし』勉強を続けています。「聞く」のは最低限です。分かるのはスタートです。その後「覚える」と「使えるまで一人で演習」が勉強ですが・・・。＊本人に何度「やってるのか？」「何が分かった？」「どう考えてどうするのか？」「今度こそ実行しろよ！」と何度も何度も何度も話しても従ってくれない生徒は「やっぱり･･･」な結果です。本人は「分かってる」「出来てる」「やってる」【つもり】なのですが、細かく確認してみると日本語の言葉の意味が理解できてなかったりします。それをも指摘すると「そんなことは無い」と猛反撃されるのは生徒より保護者の方が多いです。意図して放置・無視・スルーする生徒にも確認すると、「だって今までは･･･」「学校では･･･」「別にクラブは止めさせられないし･･･」「攻撃されないし･･･」と、現代の《きれい事社会》にどっぷりの象徴のような答えが返ってきます。これらの【悪い例】に１つでも当てはまる生徒は、変化に中々の時間が掛かります。勉強を受け入れる、勉強を聞く「土作り」からしないとダメだからです。ましてや複数個該当する生徒は、今直ぐに、意識も行動も180°どころか540°変える気にならなければ、私たちの知っている『最悪の将来』を経験することに成りかねません。残念なのは、これらの事実を一番ご存知ない(実感が無い)のは、成績が伸び悩んでいる生徒より保護者だということです。あ〜〜っ、またこれを言うと「絶対なん？」「全員が？」「失礼な！」「偉そうな！」と叱られるのでしょうか？先に謝罪しておきます。ごめんなさい(ペコリ)</description>
      <pubDate>Mon, 04 Jul 2022 17:44:18 +0000</pubDate>
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      <title>じゃあ、そうすれば？20220630</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-148542/</link>
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      <description>”縁”あって、我教室を選んで頂いて、”縁”あって成績アップと人間力アップのご協力をさせて頂くことになり、私たち講師全員、毎日・毎回全力で生徒・保護者に接しています。勉強のやり方、良い点、悪い点、勘違い等、知ってる限りの知識と経験を基に、時には「鬱陶し」がられても、「喧し」がられても、数年後・数十年後を見据えて、本人が気が付いていない部分や、知っていても「見て見ぬ振り」をしている部分を話し続けています。勿論、「嫌々」でも「仕方なく」でも「嬉々として(そんな人居るか！)」聞き入れて従ってくれる生徒や保護者のお家では、明確に結果に繋がっています。ところが、「はいはい言うて、聞いてる振りしとこう」とか「これ位でバレんじゃろう」とか「返事だけしてここに居れば自分もその内…」とか「そんな事は無い。私はやってる、出来てる」とかの無視・スルーや「だってぇ〇〇が･･･」とか「学校の先生は･･･、母さんは･･･」と言い訳三昧の生徒。「権利」「自由」「そんな時代では無い」「お金を払ってる客よ」「人それぞれ･･･」「人には色々な考えが･･･」「勉強が全てでは無い」「だって家の子はバスケを頑張っているから･･･」「私も色々忙しいんよ」と、言い訳なのか、反論なのか主旨も意図も的外れなことを言ってこられる保護者。内容や結果なんかどうでも良く「とにかく勝ちたい」方なのかなと思いました。もっと酷い場合は「私はこれで生きてきて何も困らなかったし、誰にも迷惑は掛けてない」「何〜に偉そうに！■■塾に言われたのなら我慢もするけど、ここみたいな小っちゃな訳の分からない塾に言われたく無い」まで言われたことがあります。(そんなに信用出来ない小さな塾に、何で大切な子どもを預けたのでしょうね)ここまで言われたら、私たちも個人の自由くらいは理解しているつもりなので「[B]じゃぁ、そうすれば･･･[/B](そうされれば･･･)」と言うと、子ども達は『ニコッ』として満足します。保護者は「火に油･･･」状態で、更にヘコむ言葉が返ってきます。経験が無い・知らない・出来て無い人ほど「私は知っている」「私はできている」「私は間違ってない」と言われます。小さな頃から他人・周り・先達の言葉や行動を、見ず聞かず適当に通り過ぎてきた結果が今なのです。だから、今の自分の知識・器が最大域なのです。だから、それしか知らないのに自信満杯なのです。これは、子どもも大人も同じです。「他人の話を聞かない人」って、常に自信満々なので、自分の見ている前しか見て無いのです。「私は他人に『後ろ指を指される』ようなことはした事が無い」と言う人が居ますが、後を振り返らないのだから、実は何本も指されていても、気付かずに生活しているだけかもしれませんよね。「私は、誰にも迷惑は掛けていない」と言われる方も居られますが････････････まぁ、これは私たちの仕事なので・・・(涙)。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Jun 2022 11:36:54 +0000</pubDate>
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      <title>親の知らない“子ども”の心理認識20220624</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-148458/</link>
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      <description>注意しても中々変化や我慢や努力に至らない生徒(当然、成績は伸び悩みです)と、それを「何ででしょう？」って言ってる保護者の理解状態と心理状態を、長年で沢山の生徒の経験から予想してみましょう。親【ちゃんとするんよ】【言われたようにするんよ】これは、「ちゃんと」と「言われたように」の用語の意味を子どもが理解していると希望的誤解をして声掛けをしています。その上「私が一度言えば、直ぐに理解して、その様に実行してくれる“はず”」との理想を持って言っています。生徒《分かった。“何かこんな感じでもやっとけば良いだろう》《えっ？やってるじゃん。まぁ良い。“はい”って言っとけばこの件は終わる》塾『お母さん。子どもが指示内容を理解出来てるか顔色を見ながら言葉を言い換えて指示して下さいね』『言いっ放しには注意して、確認を怠らないで下さいね』親【やってるわよ。私だって忙しいのよ。専門家じゃないから知らないわよ。だから塾に行かせてるんでしょ、いちいち私に言わないでよ。ひょっとして家の子を必要以上に悪者にしてもっと月謝を取ろうとしているのかしら･･･(過去、余程酷い塾にしか行って無かったのかな)】生徒《今までこれで何とかなったから、とりあえず返事だけしとけば･･･。どうせ母さんはチェックしないから、とりあえず“分かった”と言っとけばもう怒られない》別の話しです。言っても言ってもやってくれない生徒に、色々機嫌を取って“本音トーク”をして聞きだしたことをお話しします。塾『塾で今求めている事はゴールじゃ無いよ。言われたら直ぐにやらないと次ができないよ。いつまでもここを繰り返していると次に進めないうちに時間が過ぎてしまうよ。“うるさいなぁ”とか“変わる気がない”と思っているなら他所の怒らない塾に変わるか、ここを止めたらどう？』と注意した時の話しです。生徒は「はい、分かりました。やります」って言いながらも何ヶ月たっても変わらない場合の内容予想です。生徒《分かってるよ。うるさいなぁ。これぐらいで良ぇじゃんかぁ。今までだったらこんな感じで何とかなったし、許された。自分よりヒドイ奴はたくさん居るし、これくらいなら学校では“優秀な方”。塾の先生は色々言うけど、このままで何とか届くはず。ダメでも“頑張った”って言えば親も許してくれるはず》《しつこく言われても放っといて時間が経過すれば、その内許してくれるはず。放っといても殴られたり攻撃されたり、クラブを止めさせられたりは無いし、私だけ〇〇を買って貰えないことなんて絶対ない(母さんが言ってた。今日日の世間一般ではみんな持ってるからって)から･･･》《もし、叩かれたら「暴力だ」と直ぐ止めれば良い》《いくら止めろって言われても、“止めません”って居座り続けた方が得だ。親からも怒られないし、この厳しい塾をやめて優しい塾に行くと成績が下がるかもしれない(お化けが出るかもの感覚)。自分は従うつもりは無いが、所属しているだけで自分も実力が上がるはず(有名監督の野球部に入れば、自分も甲子園に行けるしプロ選手にもなれるかもと同じ)。》これは親にもあるようです。【家の子も、有名な〇〇塾に行かせれば、必ず■■高校に入ってくれる筈】【〇〇塾に入れたんだから、もう安心。私がいちいち言わなくても・・・】【まさか、家の△△ちゃんが無視したり、放っとくなんて考えられない。増してや、先生の指示や言葉の日本語が理解できないなんて有り得ない。だって、毎日チャンと会話が成立してるし・・・】どうでしょうか？薄々気付いて居られた方も、そうじゃ無かった方も、ご自分の経験と世間の常識とが大きく変わってきています。“素直”に聞いて、ご自身も意識・行動を変える指針にして頂けたらと思います。</description>
      <pubDate>Fri, 24 Jun 2022 14:52:37 +0000</pubDate>
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      <title>自覚が無い人へのヒント20220623</title>
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      <description>毎回毎回、愚痴なのか悪口なのか両方なのか独善なのか自己満足なのか分からない「ひとりごと」にお付き合い下さいまして有難うございます。私が悪いのか、多くのネタを提供してくれる〇〇が悪いのか･･･今日も飽きずに続けます。さて、成績不振の生徒と会話をしていると、共通する「枕詞」を使用しています。「たぶん」「何か良く分からんけど」「こんなかんじ」「今やってます」「どっか行った」「明日もってきます」「そんな事は思ってない」「面倒臭い。怒られんなら放っとこう」解説します。は、幼稚園児と同じです。「分かろう」とか「出来たい」なんて思ってません。『終わらせる勉強』『怒られない勉強』の典型です。他人の話を分かろうとして聞いてません。音の振動が鼓膜に当って努力しなくても何となく理解できた「感覚」だけで行動しています。それでも今まで何とかなった(実はなってない。親が許してご褒美だけは与えてきた)と思っている。意識行動は小学低学年。プライドとズルイ知恵だけ成長している。は、指示や命令を覚えてません。本当は全〜〜部放っといたのに、この言葉を言えば怒られずに許してもらえる事を知っています。は、まさにそれが原因で現状があるのに、自覚が無く、『自分は出来ている』と過信しているか、『そんなことがあるのかないのか』の知識は無いけど、とにかく「そんなことは無い」と言っとけば、それ以上は攻めて来られないことを知ってタップリ利用している。近年激増中のです。文字通り成長はありません。同様なことが保護者にもあります。そんな事はない」「私はいつも言っている」「家の子は口数が少なくて大人しい良い子」「日本語は分かってると思います」「家の子はそうでは無いと思います」「家の子はそんな悪気は無いと思います」「失礼な。そんな事言われたく無い」「偉そうに･･･もっと家の子を･･･」解説要りますか？まぁ、一応。は、『そんな意識だからそうなった』他人が気付いているのですよ。聞かないなんて・・・。は『つもり』『〜ぱなし』です。変化・結果が無いと言った事にはなりません。は、語彙の定義が理解できていないのです。勉強って何をどれ位やってどうなることですか？「やる」とはいつ・何を・どれ位・どうなるまでやることですか？そこが親子共々「多分･･･」なんです。はコメントしません。は塾に何を求めておられるのですか？大切な我が子の将来と成長と結果ではないのですか？機嫌をとって気持ち良く無駄金を払って頂けるような「べんちゃら」「甘言」「きれい事」ですか？あ〜〜っ、だから近年新設される塾はその方針が多いのか！またまた、いつもながら失礼しました。</description>
      <pubDate>Thu, 23 Jun 2022 12:29:36 +0000</pubDate>
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      <title>塾選びの近況20220618</title>
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      <description>『はい、早稲田育英ゼミナール福山駅家教室です』「あの〜、ちょっとお訊ねするんですか・・・」の後に続く質問は「授業の形態はどのように…」「月謝はいくらですか？」「希望の曜日は相談できますか？」「一度、見学に行かせてもらっても…」「体験授業って可能ですか？」教室が開校してから頂く電話での問合せの一般的(逆にこれ以外有るの？)な会話です。長く長〜〜く、こんな感じの繰り返しでした。ところが、ここ２〜３年内に、問合せの言葉に大きな変化が見られます。「あの、家の子〇〇高校(偏差50位)なんじゃけど、おたくでも教えられる(可能)？」「家の子、〇〇高校(偏差50位)に入ったんじゃけど、おたく(ワセイクのこと)なら、どこの国立大学に入れるかな？」「あそこの塾(集団塾)は５教科なのに、何でおたく(ワセイク)は２科で高いん？」「同んなじ『個別』の看板で、何で料金が２倍違うの(パソコン学習塾と比べて…)？」これらは、ま〜〜だ、問合せを頂けるので、説明(訂正)できますから良い例です。知り合いの方々何人かに、本音の部分を聞いて教えて頂きました。「あそこの方が有名だから安心」「あそこは宿題が無いから良い」「あそこは『やさしい』って子どもが学校で聞いてきた」「あそこの塾は、チラシに『絶対成績アップする』って書いてあった」「あそこの塾は、有名人がＣＭしてるから安心」「あそこの塾(生徒数200位の集団塾)は〇〇高校に10人も合格したらしい。だから家の子も安心」えっ？えっ？えっ〜？と思い、更に「行って話しを聞かないの？」「我が子の現状確認は？」「教室の方針や空気感は？」と質問すると、「そんなん、チラシやホームページで分かるじゃん」「子どもが選んで来たんじゃけぇ、最良の選択に違いない」だそうです。そりゃあ、こんな親御さんに来られると、色々トラブルが想定できますが、ビジネスとしての塾は、こんなん(失礼しました)でも来て頂かないと・・・。いつから、こんな『勉強なんて、金さえ払えば、どこでも直ぐに出来るようになる』『どこに行かしても同じ。安い方が得』の風潮・常識になってしまったんでしょうかね。だから、どこぞの■転〇司のホームページイベントや、飲食評価サイトみたいな『嘘でも何でもやりたい放題』をやった人が儲かる世の中になったのでしょうね。ちなみに、塾業界にも評価サイトってあるんですよ。私は「へんこつ」人間なのでサイトにお金を払ってません。だから、評価は低いですし、掲載そのものが無いサイトもあります。これは、「ひがみ」なのかなぁ(涙)？</description>
      <pubDate>Sat, 18 Jun 2022 17:59:20 +0000</pubDate>
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      <title>多様性の時代だから・・・20220613</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-148293/</link>
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      <description>「多様性の時代だから、私のやり方も認めて下さい」「多様性の時代だから、家の子の気持ちを優先してやって下さい」「多様性の時代だから、暗記をしない生徒も認めて下さい」「多様性の時代だから、勉強しない子も認めて下さい」等々・・・確かに「多様性を認めよう…」の時代です。勉強が全てではありません。スポーツは出来ないけど芸術が好きな子もいます。勉強は苦手だけれどもピアノは上手な子もいます。好きなもの・出来ること・やりたいことを本人の希望で精一杯努力して苦しくても我慢して一心不乱に頑張っている子の姿は私たちも感動しますし、応援していきたいです。しかし、本気で頑張っている人で、その言葉を『言い訳』の材料に使っているのを見たことがありません。我慢しない・コツコツ練習をしない・勉強しないで高得点を欲しがる・楽して良い格好や見栄えを得たがる人ほど「多様性の時代…」とか「人それぞれ…」とか「個性を…」を使います。同様に義務を果たして無い人ほど『権利』を主張します。公平・平等の意味を知らない人ほど自分”だけ”が得をするように『平等』を叫びます。私たちの仕事「勉強」もそうです。やり方が間違ってても、必死でやってる。自分で考えに考えて必死でやってる人は、失敗しても権利や多様性を言いません。勿論、結果が出ている生徒も権利を言いません。「言ってもやらない」「平気で嘘ついて放っとく」「注意を無視する」「楽して結果(格好良いご褒美)を欲しがる」人の特徴として口先だけで主張をします。昔(いつ頃の昔か知りませんが)は、この様な行動は「村八分」や「仲間はずれ」や「コミュニティからの疎外」という実害がありました。しかし、現代は言葉通り「多様性」を受け入れるようになりました。それに無理やり無賃乗車して利用している人が増えているのです。これは「大人」も「子ども」も同じです。正確に言うと「大人が見せている家」ほど「子どもも堂々とやって」ます。「権利」や「多様性」や「人それぞれ」は全ての我が侭を何でも聞いてあげるツールでは無いのです。</description>
      <pubDate>Sun, 12 Jun 2022 23:15:04 +0000</pubDate>
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      <title>勉強できることが全てではない！20220610</title>
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      <description>「そう言われますけど、勉強できることだけが人間の全てではありませんよね」成績不振生徒の保護者から度々言われた言葉です。『そんな事たぁ、あんたに言われんでも分かっとらぁ』と、心の中で思っていますが、そこは大人の対応。「ぐっ」と我慢して、「それはそうなんですが・・・」と続けます。保護者様の言われる様に、「勉強が出来ないからって、死にません」「勉強が出来ないからって、生きていけます」「勉強が出来ないからって、逮捕されません」「勉強が出来ないからって、法律に反しない限りは、皆んな平等です」「しかし、将来の夢の選択肢が・・・」とか「座学の訓練がされていないと・・・」なんてハイレベルの話はまた別の機会の話として・・・入塾の時に何て言われましたか？「成績が思うように上がらないので、成績を上げてやって下さい」「勉強のやり方を教えてやって下さい」って言われましたよね。そこで私も、「毎日の生活」や「勉強方法」「意識の間違い」「家庭での対応」など、「成績アップの障害になっているものを具体的に指摘していきますね」とお話ししたはずです。「はい、分かりました。お願いします」旨のお返事を頂けてスタートしたはずです。暫く生徒の行動とご家庭の反応を見せて頂いた後、少しずつ問題点を具体的に指摘していきます。生徒には何度か繰り返し注意しても実行(従わない)時には少し強めの叱責をする時があります。いくら生徒に注意しても、ご家庭がそれを許してしまっているため、改善がみられない(妨げになっている)時には、保護者にもお話しをすることもあります。すると、冒頭のお言葉を頂くのです。(涙、涙、溜息)私たちには「勉強の成績を上げてくれ」との依頼ではないのですか？それとも「成績は二の次で良いから、子どもの機嫌をとってやってくれ」の依頼ですか？失礼な言い方をすると、「家や学校の行動」や「意識」や「やり方」を何にも変えなくても、金さえ払えば直ぐに成績急上昇を想像されていたのですか？それって、勉強なんて「行けば」「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」「行かせれば」「金さえ払えばなんでも手に…」の考えをお持ちなのが見え隠れしていませんか？自分たちの意識や行動は『絶対に間違っていない』と思われているのですか？もしそうなら、毎日通っている学校で何故成績上昇ができないのでしょうか？本当に間違っていないのであれば、それなりの正しい結果が得られている筈です。保護者の勘違いや対応の不足が原因の場合も沢山見てきました。誰でも自分のことを指摘されると「カチン」ときます。だから速攻「言い返して」「口ごたえ」をして勝てば良いのですか？「大切な子どものため」に「自分が気が付いていなかったこと」を少し見つめ直してみるのが今の大切なことではないでしょうか？だって、昔の人が言っていたのを聞いたことがあります。「子は親の鑑」「子は育てたようにしか育たない。親に似てない子はマンガの子」いつもいつも失礼な事ばかり言ってごめんなさい。</description>
      <pubDate>Fri, 10 Jun 2022 13:50:11 +0000</pubDate>
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      <title>一般論としての成績が下降する生徒像20220529</title>
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      <description>素直じゃない正直に言わない継続ができない我慢ができない「違うよ」と指摘しても日本語が通じていない「自分はできている」と過信している「これでできている」と過信しているその場逃れを続けている確認をしない一生懸命・必死・絶対という概念が無い。何でもほどほど・・・怒られないから大丈夫と思っている嘘ついても無視しても怒られないと思っている攻撃はされないと思っている絶対に叩かれないと信じている大人に何かされたら「体罰」「虐待」と言えばよいきつく怒られたら行かなければ止めれば良いこれらは、過去の問題生徒に言われた言葉です。家の子はやっている筈家の子は出来てる筈家の子が嘘をいうはずがない家の子はそんなに酷く無い治らないのは塾(学校・指導者)が悪い(私たちはチャンとできている)何でも人(周り・家族・社会)のせいにして、絶対に自分は変わりたくない家の子の気に入るように・・・家の子が嫌がるならやめさせれば・・・嫌がることから遠ざけてやることが子どものために最良の選択これらは本当に保護者に言われた言葉ですもちろん、こんな生徒や保護者ばかりではありません。何回も泣きながら帰ってきたけど、「あなたが足りてないから頑張ってみるんよ」とフォローされたお母様。「今まで、一度注意しただけで守らなかった」と毎日声掛けを頑張ったお母様。「ここまでやったけど、先生これで良いの？」と毎日確認に来る頑張り屋の生徒言われたことは「今日中に絶対やろう」と誰も見て無くても一人でやりきった生徒絶対に嘘を言わない「やってない」「忘れてた」「昨日は面倒臭かった」と素直に認めて、今日から必ずやって成績が急上昇した生徒。「面倒臭い」とか「学校の先生はこれでも許してくれた」を指摘してからは絶対にごまかさなくなって成績が急上昇した生徒。事実、こんな生徒も居てくれました。皆んなが「しんどかった」ですが、本人もご家庭も私たちも全員win-winでした。単純な話なんです。人として当たり前の事を我慢して、当たり前にやって続けるだけなのです。私にできることは「うるさいクソジジイ」「デブ・ハゲ」「偉そうに…」と言われながらも客観的に見えたものを、嫌われながらも指摘してあげることしか出来ないのです。</description>
      <pubDate>Sun, 29 May 2022 22:53:17 +0000</pubDate>
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      <title>分かることと出来ることの違い20220529</title>
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      <description>近年の「成績不振者」の特徴に『分かった』＝『出来る』と勘違いしている部分があります。先生「分かった？」生徒「うん。今度こそ分かった」で、プリントやテストでは同じミスの繰り返し。先生「今日、分かったのなら、家で復習して覚えとくんよ」生徒「今度こそ大丈夫よぅ(で復習しないで放置)」先生「前回、復習して覚えとくように言ったよねぇ？」生徒「おっかしいなぁ。分かっとったんじゃけどなぁ」で、又々同じことの繰り返し。学習態度や生活態度の間違ってる生徒に「説教」をして、先生「今度こそ分かったんか？」生徒「分かりました」の直後に、又々同じ行動を・・・。つまり、『分かる』＝『できる』と信じて疑わないのです。今まで、ず〜〜〜っと、そうやってきたから成績不振なのです。保護者にも同様の考えの方が居られます。親「子どもは分かったというのですが、テストでは取れないのです」親「学校のテストでは取れるのに、模擬テストではさっぱりなのです」親「真面目に聞いてるのに先生が怒ると子どもが言うんです。優しい先生に変えて下さい」親「子どもは授業で分かってると言うのですが、点数につながらないのです。あの先生の教え方が・・・」親「野球(サッカー)の練習が忙しいので、家で宿題なんかしなくても良いくらい、塾でしっかり分からせて下さい」ね？心当たりがあるでしょ？言ったほうですか？聞いたほうですか？私たちは、このような噛み合わない会話を『日本語が分かって無い子(親)』と呼んでいます。そしたら、当然、またまた、そうそう・・・・・・叱られました。</description>
      <pubDate>Sun, 29 May 2022 18:00:30 +0000</pubDate>
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      <title>この子は伸びるな！この子は無理だな！20220519</title>
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      <description>長年この仕事を続けていると、「あっ、この親の対応は良いな。この子は伸びるな！」とか「あ〜っ、この子は難しいな。時間が掛かりそうだな。この親が分かってないな！」ってことが、色々みえてきます。100％では無いですが、保護者・生徒と何度か面談し、意識や行動の話し合いをした後、経過観察をしていると、90％以上の確率で当ってしまいます。「自分はそんなことは無い！」との反論や、「自分はできてないのかな？」との自己否定・不安のご相談も頂きますが、多くの場合、逆の自覚を持たれていることが多いですねぇ(涙)『我が子がかわいい』『我が子が一番』『我が子が大切』当然です！！！可愛いと思っていない親なんて、何万人に一人の「頭のおかしい」犯罪を犯すような人だけです。じゃあ、「可愛がる」とか「大切にする」ってどうすることですか？人形やペットや趣味のグッズのように「可愛いカワイイ」って抱え込んで甘やかすことだけですか？大切だから「我慢」も「苦労」もさせず、何でも聞いて甘やかして受け入れてやることですか？現状の社会風潮やマスコミや学者の論調は、そうすることが「先進的」で「現代風」で「やさしい」「子どものためになる」ものが多いと感じます。「自殺したら…」「引き篭もったら…」と言われますが、そんな状態にある子供こそ、皆んなで協力してそれ相応の対応をする必要があるのであって、学校の全生徒にそんな対応をするから全体がそんな風潮になって、全体が下降傾向なのです。親も、「遅れまい」として「もの分かりが良い親」を求めて何にもやらない・言わない親になってしまっているのではないでしょうか。子の将来を考えて「心を鬼にして」対応されたり、塾で叱られて泣いて帰った子に「今、あなたは変われているのよ。もう少し頑張ってみようね」とフォローと後押しをされて、子どもの自信に繋がったパターンも沢山見てきました。逆に「私はやっている」「私はできている」「私は頑張っている」と中学生なのに、小学校低学年レベルの『作業を終わらせるだけの勉強』をしている子を「この子が私たちに嘘を言う筈が無い」とか「この子の性格から考えて、もっと優しくしてやることが必要」とか、極端な方は「こんなに厳しくする所から離してやることが、我が子にとって最良の方法だ」まで言われた方が居られました。「だって私は勉強は分からんけぇ」と言われる保護者。逆に「私が若い時には、そんなに勉強勉強って言われて無い」って言われる保護者。色々言いましたが、保護者の学力で、子どもの学力が全部決まってしまう訳では無い筈です。保護者が「私、勉強はして来んかった」と言いながら『人として、それはダメ』とか『社会に出たら通用しない』を前面に子育てをされている保護者の家の生徒は、ほとんど成績アップです。やっぱり『人間力』なのです。当たり前のことが当たり前にできる力。当たり前じゃないことは、当たり前に我慢できる力。もっと大切なことは「素直さ」です。「人それぞれ」とか「人には色々考えが…」とか「そんなことは無い」とか「だって私にも都合が…」と、何かにつけて言い訳やくちごたえをする生徒や保護者が・・・。アドバイスや知らなかった事・気付いていなかったことは、一度は受け入れて、話し合って修正して実行する。これらが勉強だけでなく、色々な場面にも生かされてくるのではないでしょうか？いつもいつも「偉そう」で、すみません。</description>
      <pubDate>Thu, 19 May 2022 13:12:09 +0000</pubDate>
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      <title>しっかり聞いている！20220517</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147896/</link>
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      <description>前回「聞いている『つもり』」「やっている『つもり』」について現状をお話ししましたが、今回は、その原因や対応について考えてみたいと思います。「しっかり聞く」について、私たち(時代錯誤かな?)の頃の「聞く」とは、先生や大人が話している事を「聞かない」とか「適当に聞き流す」なんて発想はありませんでした。ですから、しっかり聞いて帰らなければ家で親に「あんなの責任。もう一回聞きに行ってきなさい」なんて叱られていました。授業内容についても「出来ないのは聞いていない方が悪い。もっと真剣に集中して聞け」と叱られて、夜遅くまでやらされていました。つまり、子どもでも責任を取らされていました。「やる」についても、やっているかどうかは毎日チェックされて、やっていなければ、やるまで外に出して貰えなかったし、寝かせてもらえませんでした。つまり、しっかり内容を理解してその様に行動する以外の選択肢は与えられなかったので、「聞け」「やれ」と言われれば、結果は予想がついた訳です。しかし、現在の小・中学生(一部高校生も含みます)は、一方的に叱られるなんて環境で育っていません。社会風潮は、分かってやれ、許してやれ、この子の個性だ、人それぞれの考えを尊重なんて過度な物分りの良さを言い放ち、学校や教育委員会・文科省は、「バカな保護者」の理不尽なクレームに振り回され、ヘタに対応しない方が問題が起きないことになっているし、その「バカな保護者」は、『子どもに聞いたら「チャンとやってる」「キチンと聞いてる」って言ってます。家の子は悪くないです。先生(学校も塾も)の言い方や指示の仕方が悪いじゃないですか』『子どものことなんだから、そんなに完璧に出来る訳無いです。何度も言い直したり、前日にペーパーを再配布したり、子どもの気持ちに寄り添って教えるべきでしょ。全くもう、先生がサラリーマン化して困るわ』なんてのも聞きます。つまり、幾つにになっても『子ども扱い』して、責任を取らせない扱いをして欲しいということなんでしょうかね。だから、何度注意しても従わない生徒に、少し厳しく注意すると「家の子には厳し過ぎる」とお叱りを受けるのでしょうね。子ども達もそれをよく知っています。放っておいても絶対に攻撃や罰は来ない。とにかく母さんに言いつければ・・・・・・です。あっ、そう言えば、そんな方たちに共通することがもう1つありました。勉強なんて「聞けば」「習えば」「行かせれば」「教えてもらえば」本人の苦労や努力なんて古いやり方をせずとも「簡単に出来るようになるはず」って旨の言葉を何度か耳にしました。だから、あなたも、あなたのお子さんも・・・・・・なんでしょ？あっ、余計なことか。失礼しました(ペコリ)</description>
      <pubDate>Tue, 17 May 2022 15:02:15 +0000</pubDate>
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      <title>しっかり聞いている！20220517</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147895/</link>
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      <description>子ども達に「学校の授業をチャンと聞け」「塾の先生の説明をキチンと聞け」「お家で、お母さんやお父さんの言ってること(指示・注意)をしっかり聞け」「人の話をキチンと聞け」って、度々注意しています。すると返ってくる返事は一様に『聞いてるもん』です。子ども達に学校で指示された事をキチンとやれ塾の先生の指示した作業をキチンとやれ指示した内容を確認してしっかりやれ暗記や復習を言われただけやれって、度々注意しています。すると返ってくる返事は一様に『やってるもん』『できてるもん』です。でも、現実は「ついさっき言った事も分かっていません」「何度指摘してもやってくれません」が現状です。もちろん、この様な生徒の成績が上がることは難しいですし、中には下降傾向の生徒も居ます。どういうことでしょうか？大人の人なら「聞く」ってどうすることでしょうか？当たり前の解釈なら「言われた内容を理解して、その内容を自らの意識に落とし込み、その内容に沿った行動に結びつける準備」ではないでしょうか？ところが、俗に「聞いていない」って言われる子ども達の現状を見ていると、「音波としての振動を鼓膜で感じた」だけで、『意識も聞くための行動も、増してや内容を吟味しているとか内容を理解しようとか勿論その行動はどうすれば可能か』なんてことには全く関知していなくて、事実として「聞いた」と言っているのです。同様に、「やる」という行為にしても、内容・意識・時間・到達レベル等、相手が何をどの様に求めているのかではなく「私はやっている」で終わっています。そりゃあ、いくら周りが頑張っても・期待しても「成果」も「結果」もでないでしょうね。考えられる原因についてのお話しは次回・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 17 May 2022 14:16:51 +0000</pubDate>
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      <title>またまた言われました〜〜涙20220512</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147839/</link>
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      <description>またまた言われてしまいました〜〜(涙)『厳し過ぎる』『家の子のためにはならない』です。「聞いてる」「書いた」「丸になった」「覚えて来た」「えっ？今はそこじゃ無い」と小学低学年的な行動と意識の生徒に、何度も『違うよ』と注意を続けていました。「覚えた」って言っても、その表は覚えたかも知れませんが、文中では使えません。式と等式の「名前」は分かったかもしれませんが、問題を見て、それがどちらかは瞬時には判断できません。その上、２週間後には忘れています。スタート時に状態と問題点・改善点・対処法を細かくお伝えしました。保護者からは、早めに学校レベルになって欲しい旨の要望がありましたので、「じゃあ、少し厳しく言いますから、我慢して頑張って行きましょう」とお伝えすると「分かりました。頑張ります」と生徒・保護者から返事を頂きスタートしました。講習会等の話です。必要以上の荒稼ぎが目的では無いので、数学は通常の授業と宿題で何とかしようと通常授業だけにしましたが、英語は入口の基礎の基礎が入っていなかったので、通常回数プラス２回を提案すると、保護者から「何で英語のプラスが必要なのか？何で数学はやらないのか。根拠は？」と電話が入りました。現状と進度、それに掛かる時間等を説明し、その時には納得(?)して頂きました。後で聞いた話では、本人と保護者にすると「英語は出来ている。数学が苦手。なのに英語をプラスして数学が無いのは納得が…」だったそうです。当然、その後のテストでは、数学はそれなりに、英語は微増だけの結果です。私たちの予想は間違ってはいませんでした。どうも、生徒と保護者の言い分では「数学は計算は殆んど解ける。応用や関数や図形題が解けないから苦手。教えて欲しい。」一方英語は「学校の教科書の本文の訳や単語の意味は授業で聞いたので分かるし書ける。大丈夫！」だったらしいです。私たちにすれば「計算が出来てもその次が出来ないのは分かってないのと同じ。ただし、一センテンスが短いので説明して繰り返せば…」。一方英語は「教科書本文は授業で説明・解説するので分かって当然。保育所の塗り絵とは意味が違う。模試やプリントで使えなければ分かって無いのと同じ」認識なんですが、その親子は『学校の授業さえ聞いていれば良い子。それで点数が伸びないのは教える方が悪い』のだそうです。そりゃあ、私たちが求めているものは「とんでもない高レベルの問題」になりますし、それをやってくれないからと注意すると「厳し過ぎる」ってなるでしょうね、いつから小学校低学年方式の「授業で先生が説明した『まんま』を書けば『勉強してる』ことになるが中学でも高校でも導入されることになったのですか？これらの「世間の勘違い」を指摘すると、『頭、おかしい』とか『古臭い』って言われることが続いているのです。私も「優しい」「楽しい」「嬉しそうに通っている」と言われる様な「結果」の事など考えずに機嫌だけをとって、「お月謝を沢山頂ける良い塾」を目指した方が良いのでしょうか？そんな行動でお金を受け取るなんて、多分、私の精神が壊れ始めるんじゃないかな？前記の保護者の最後の言葉が・・・・・・「家の子のことを思うと、止めさせることが最良だと思う」でした。塾の経営・運営責任者としては、『止める』の言葉はビクビクものですが、これからも「独り善がり」と「思い込み」を信じて、耐えてみようかと思いました。本音は、涙　涙　涙　涙　涙！ですよ。でも、「強がり」ます。</description>
      <pubDate>Thu, 12 May 2022 13:26:51 +0000</pubDate>
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      <title>何だかなぁ？やっぱりねぇ！20220510</title>
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      <description>前記「ひとりごと」で理不尽なお叱りと、不可解な短期退塾のお話しをしました。今回は、その続きです。我が教室も他塾と同様に、体験授業・面談・相談・入塾・授業・その他と、教室内規定やルールがあります。入塾の手続き・月謝や雑費の納入・退塾のルール等、入塾時に保護者様に書面でお願いし、確認のサインを頂いてからスタートします。ところが、短期で突然の終了連絡をされる保護者様には、一定の共通点があります。それは、説明した内容をご理解頂けていないことと、ルールを守って頂けない方が半数以上おられます。勿論、「嫌われ役の塾長」ですので、それも覚悟で一言お願いはするのですが、「えっ、そうでしたっけ？」と聞き入れて頂ける場合は僅かです。授業計画や定期テストまでの日数などを逆算して授業計画を立てていますので「今日で止めます」なんて言われても私たちも困りますし、生徒も困るはずです。だから、申し出から退塾までに一定の期間を入塾時にお願いしてあるのです。しかし、突然、「今日の授業から行きません」とか「今週で止めます」なんてのが多いのは短期退塾の保護者です。酷いのは、すでに先生が来て準備しているのに、突然電話で「先週で止めさせてください」なんて『？？？？？』もありました。お家で生徒とどんな遣り取りがあったのか分かりませんが、そんな時には、保護者が感情的です。何で私たちが「中てつけられてるのか…」と思うこともあります。「子どもが嫌がって部屋から出て来ないんです」と言われることもありますが、「好き」や「楽」や「思い通り」を叶えてきたから我慢せず、言えば何でも叶えられると子どもが行動して来た結果、今の実力なのでは？小学４年レベルの知識が入って無い生徒が３ヶ月来ただけで、「３ヶ月も通わせたのに成績が上がらないから無駄だった。止めさせる」もありました。これって『「行けば」「習えば」「教えてもらえば」「遣らせれば」直ぐに勉強なんて出来るようになる』との発想が無ければ言わないですよね。そんなことが有る訳無いのは普通の大人なら皆〜〜んな知ってますよね。自分を過大評価して過信している生徒・保護者。(知らないのに自分は全部分かっているつもりの人)人の意見を素直に聞くことが苦手な生徒・保護者。兎に角、金の力(誰に言ってるの、私は客よ)で押し付ける人。何でもゴリ押しで、聞いてくれるまで(屁理屈を)言い続ける人。こりゃあ、他所でもそれをして来て、我が教室でも行ない、今後他所に行っても、やっぱり同じことをするんだろうなぁ。これは、子どもの責任？保護者の責任？他所の商売上手な塾に比べて、素直に引かず、平気で言い返す我が教室が「最も嫌いな最悪の塾」だったかもしれませんね。これらは、私が反省するべきですか？(う〜〜〜ん。ペコリ)</description>
      <pubDate>Tue, 10 May 2022 22:49:29 +0000</pubDate>
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      <title>何だかなぁ？やっばりねぇ！20220510</title>
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      <description>年度変わりになり、生徒の出入り(退塾・卒業・入塾等)と問合せ・体験授業がバタバタの時期です。先日、在籍７８ヶ月の生徒が卒業していきました。他にも在籍７０ヶ月の生徒も大学に進学して卒業して行きました。この子は、小学時代に、学校や近所で「神童？」「すごく良い子」と評価され、本人もお母様もその気になって過信していました。勿論、ボロボロでは無いのですが「神童」と言われる程では・・・。なので、小学と中・高の勉強方法の違いを何度も説明し、本人もお母様も意識を修正し、結果的に、皆様ご存知の大学を手にして卒業していきました。他にもう一人の生徒は、中学時期に入塾して来、お母様は高校受験終了と同時に退塾させる予定でしたが、本人の強い希望により、高校入学後も塾を継続し、本人の予想より上の大学を手に入れました。勿論、今でも３〜５年位続けて来てくれている生徒たちは、殆んど成績アップを実感してくれていると独善・自己満足しています。一方、「どうしたくて入塾したんだろう？」と思いたくなる程『短期』で退塾していった生徒も居ます。最短で１ヶ月、３〜８ヶ月で「怒られた」とか「厳し過ぎる」とか「私はやってるのに…」とか「家の子の性格を分かってくれない」とか「家の子には向かない指導方法」とか「５ヶ月も通わせたのに成績が上がらない塾」って言われて突然の電話連絡で退塾された人もいます。全て担当の先生と確認会議をすると「宿題をして来ない」とか「説明を聞いて答えを書いて終わり」とか「ルールや用語を覚えない」とかの原因がハッキリしていました。３ヶ月に一度は授業報告書をお渡ししていましたし、問題点については保護者に何度か連絡させて頂いていたはずです。実は、この理不尽(？)なお叱りの割合が激増中です。ここ３年の内の入塾者の７割がこのタイプです。生徒の「宿題を…」とか「覚えて…」は全く関知せず、『金を払ったのに成績が上がらない』とか『子どもが嫌がるので仕方ない』との理由が大半でした。勿論、３割の生徒は「泣きながら(？)でも耐えて(？)」上々の結果です。開校時には僅かだったはずなのに、何がこれをまねいているのでしょう？幼稚園か小学校の低学年レベルの「学校に行ってる」「授業を聞いてる」「提出物を出してる」なのにテストの点数が下がった。家の子は頑張ってるのに成績が下がるのは「先生の教え方が悪い」が当たり前の考え方になってしまったのでしょうか？だから、宿題をしなくても覚えて来なくても、生徒の望む「優しい」「叱らない」塾が激増中なんでしょうね。経営的には当然です。しかし、社会的責任や縁有って出会った生徒や保護者の将来は…？文部科学省やマスコミの『きれい事』を体現している親子と、人として当然の生活を送られている親子の言動に対して、「そりゃそうだろうなぁ」の結果が続いています。事実をハッキリお伝えする、この指導方針は「ガリレオ・ガリレイ」と同様に、社会から抹殺されてしまうのでしょうか？</description>
      <pubDate>Tue, 10 May 2022 15:43:36 +0000</pubDate>
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      <title>拡散希望？閲覧希望！20220505</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147761/</link>
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      <description>愛読(?)者の皆様(本当にそんな奇特な方居るのか?)いつもありがとうございます。最近、段々「厳しい」内容や「独り善がりの独断的」内容が多いととのお声も頂き、自分でもそれは感じております。ただ、悪意からでは無く、本当に年々状況が悪化しているからです。教室をオープンさせた17年前頃は、成績不振の原因は、生徒の怠け心８〜９割。保護者の勘違い・過保護１〜２割と感じていました。しかし、ここ１・２年の感覚では、生徒の怠け心・大人を舐めてるが３〜４割。保護者の過保護・きれい事・甘やかし・自己過大評価が６〜７割と感じているのです。そこで、異常な事実を正面からお伝えすると、頂けるお言葉は「何〜に！偉そうに」「ちょっと勉強ができるからって…」「勉強だけが全てでは無い」等々です。逆に、出来ている生徒のお母様の紹介の保護者から「私のことだったりして…。知らずに、こんな風な事やってたら怖いから、教室に顔出せない」との電話が・・・。そんな事は決してありません。お気軽にお越し下さい。色々問題ありの生徒の保護者からは「厳しくして下さい。でも家の子の嫌がる事はちょっと…」「家の子は、そこまで酷く無いから大丈夫」「家の子は、そんな事は無い」「私(保護者)は、そんな事は無いから原因は子どもに…」です。問題ありの方は置いて於いて、キチンとされている保護者の皆々様。このまま、現実を知らずに「過信」「安心」していて、社会の「きれい事」に流されたまま、将来お子さんの進路選択時に後悔しませんか？私は、縁あって出会った子ども達・保護者の皆様方の将来の進路の幅を少しでも広く残して差し上げたいのです。狭めるだけ狭めておいて「残念でしたねぇ」とか「あの時に…」は嫌なのです。だから、少しでも多くの方に現実を知って頂きたいのです。嫌われたり、偉そうにと言われることも甘んじて受け入れます。入塾や宣伝の目的では無いのです。地縁のある皆様に現実をお知らせする事が大切だと考えているのです。だから、お願いします。賛否はあるでしょうが、少しでも知り合いの同年輩の方に、このＨＰアドレスと「塾長のひとりごと」を拡散して頂け無いでしょうか？何卒何卒宜しく御願い奉り申し上げます(深く深く礼)</description>
      <pubDate>Thu, 05 May 2022 23:56:19 +0000</pubDate>
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      <title>報・連・相について20220505</title>
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      <description>「報・連・相」ってご存知ですよね。言わずもがなの「報告、連絡、相談」のことですよね。社会人だろうが、学生だろうが、適正にこれを行なうことは社会生活を行なう「人」として必須のことですね。人として「すごいなぁ」と思う方々は、適確にこれを行ない、ミス無く、周りに迷惑も掛けず、慌てることも無く、事後処理にパニくることも無く尊敬の一言です。塾生の成績優秀者もこれらに倣っているのか、お家で口煩く言われているのか、私たちに対しても、キッチリ報連相してくれますので、慌てず計画的に指導ができています。しかし、しかしです。「じゃない生徒(失礼)」たちは、これらが殆んどできません。正確には「出来ない」のか「やりたくない」のか良く分かりません。模擬テストの結果や定期テストの結果を「必ず」持参するように指示してあっても、聞くと「あっ」や「忘れたぁ」が日常です。学校や家庭で「イレギュラー」が発生したり、遅刻・欠席の可能性の連絡も半分あれば良い方です。先生たちは待ちぼうけです。進路選択や個別面談、学校からの指示、家庭での家族会議により変更が起こった時に、私たちに連絡が無いと、私たちは「古い情報」を信じたままで指導を続けます。これこそ「無視」かな？「私たちは只の道具」かな？です。もちろん、上記を『やったじゃん』と主張する大人も子ども達も居ますが、必要なタイミングじゃないと無かったのと同じです。報・連・相の内容が間違っていた場合に、指示し直して、対処する時間が残っていないと「全く意味をなしません」。人によっては『事後報告』をして置いて『ちゃんと報告したじゃん』って自信満々な人が居ますが、何が何だか・・・。『君に任す』って言われたから、「全く報・連・相をする必要が無い」って人も居ます。進度・スピ−ド・アウトライン・進め方・発想等は「人それぞれ」だから任せたし、「育てる」ことを目的に『やらせてみる』のが目的で、丸投げとは意味が違います。こうした、相手の『意図』と『言葉の本当の意味』を分かろうとせず、自己流の解釈で進めて、失敗すると指示した人(先生や指導者)の責任にして反省しないから今のこの実力なのです。もう、何でも全部繋がっていますね(涙)大人でも子どもでも同じですね。あっ、子どもは背中を見て行動してるので、そりゃそうか。</description>
      <pubDate>Thu, 05 May 2022 17:17:54 +0000</pubDate>
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      <title>賢いってなんですか？20220502</title>
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      <description>「賢い」って何？　「バカ」って何？すごい言葉から始まりましたよね。心証やお考えにそぐわない場合はごめんなさい。でも皆さん。本当はよく分かって無いのに使ってませんか？「賢いって何ですか？」って聞くと、多くの方が「学校のテストで良い点を取る」とか「賢い(高偏差)学校に入った(卒業した)」って答えます。じゃあ、その点数や学校を手に入れた人で、「世間常識が無い人」とか「日常生活に支障が出る人」とか「悪事を平気で行なう人」とか「その場逃れの嘘を平気で言う人」とか「周りを見下して迷惑を掛ける人」でも『賢い人』って信用して付き合っていけますか？信じて付いていけますか？逆に「バカってどんな人ですか？」って聞くと、「学校のテストの点数がガタガタな人」とか「受験に失敗した(偏差の低い学校にしか入れなかった)人」って答えが殆んどでは無いでしょうか？じゃあ、もうその人は信用できないんですか？その人と付き合う価値は無いですか？学生時代の点数はガタガタだったけど、大人になったら素晴らしく信用できて、仲良くしたい方もたくさん居られます。ちょっと極端ですかね。では、「賢い」と「バカ」の違いは、テストの点数と学歴だけなのでしょうか？中学くらいで賢い人生かバカな人生か決まってしまって、残りの人生はそのまま老後になってしまうのですね。もう、変われないの？勉強だけがすべてなの？私の「独り善がり」か「偏見」かもしれませんが、学歴はなかなか修正できませんが、過去の点数なんて、いくらでも取り戻せますよ。但し、原因をキチンと分析し、「思い込み」や「わがまま」などのマイナス要因を修正改善することが大前提です。「一度でも目に触れたものは全て覚えている」なんて特殊能力を持っている人(過去、我が教室にも居ました)で簡単に点数が取れてしまう人は別物として置いて於いて、大抵の「賢い人」は素直に人の話が聞けます。「何かこんな感じ」って適当にごまかしません。コツコツ時間を掛けて自分のものにします。嘘をつきません。一方、点数の低い人は「人の話を適当に聞き流し」ます。「何かこんな感じ」って正確ではありません。面倒臭がって直ぐに止めます。それをごまかす為に「嘘」も平気です。その上「優しく」とか「宿題は無しで」とか「お金払ってるのに」なんて平気で言い出します。だから点数にならないのです。つまり、素直・正直・我慢・継続のできる人間は自然と点数に繋がるのです。一方、我がままや自己流をゴリ押しする人は、中々点数に繋がらないのです。「私は勉強に向かないんよ」なんてごまかし言葉は無しですよ。中学くらいの勉強は、全員ができるように作られているのですから。これは、大人になって社会人になっても続くし、見えてしまうので少し怖いです。心の原因を隠して、変な理屈を主張して、正当化してしまう人になってしまうのです。多分、中・高時代にそうしてしまったのかなと思います(余計な事でしたね。失礼しました)。これが、我が教室の主張している「人間力が学力に！」です。まずは自分を過信した主張より、指摘された原因を素直に受け入れて、正直に実行してみませんか？</description>
      <pubDate>Mon, 02 May 2022 00:49:21 +0000</pubDate>
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      <title>連休ですね。どうしてますか？20220430</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147710/</link>
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      <description>春の大型連休が始まりましたね。テレビでは大勢の人が旅行に出かけています。福山市は人数比にしてコロナ感染者が多すぎて、私は自宅(正確には違います)でゴソゴソしています。実は、普段はできない事務作業に没頭しています。邪魔が入らないので捗ります。例年でしたら、どこかで小・中学生が電話してきて、「質問に行っても良いですか？」となるのですが、今年は全くありませんでした。喜ぶべきか悲しむべきか・・・まぁ、宣言や処置の無い久しぶりのお休みです。皆様、予防策を徹底してお楽しみください。</description>
      <pubDate>Sat, 30 Apr 2022 22:24:09 +0000</pubDate>
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      <title>そこは、もう終わったとこ・・・20220420</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147575/</link>
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      <description>「お母さんに聞かんといて！卒業証書と引き換えに、学校に返してきたから…」こんなセリフをよく耳にしませんか？もしかしたら、言ったことがある人も居ませんか？長年触れる事無く忘れてしまったということはあると思います。勿論、照れ隠しや「言葉の綾」で言ってしまうこともあると思います。社会の年号や理科の器具名、植物の器官名を忘れてしまったなんてことはあるかもしれません。中学・高校の『超嫌いな数学の解法』を忘れたなんてのもあるでしょう。しかし、本当に『小学校レベル』の算数の理論や公式を忘れてしまうことがあるでしょうか？メートルとセンチメートルの換算や分と秒の換算を忘れるなんてあるでしょうか？ところが、今の小・中学生には『当然のように』『権利のように』本当に実在するのです。中学２年生が面積公式を忘れていたり、割合や単位を理解していなかったりなんてビックリするくらい実在するのです。その生徒たちに聞くと「あ〜っ、私、そこ苦手だった。嫌いだった。でも、もう終わったから関係無い」と答えます。『何で？』とさらに訊ねると、「だって、お母さんが、悪い点数で、終わったことは仕方ないから、次からはしっかり聞くんよと言ってたもん」だそうです。その理論は「卒業証書と……」と同じ理論です。誰かが教えたのでしょうか？日々その考えの中で、それが自然になってしまったのでしょうか？ご存知のように、勉強は「小学１年から全てが繋がって」います。前回の単元が未達のままで次をいくら聞いても理解できません。もちろん「その内分かるようになる」こともありません。その証拠に「英語が苦手だった〜〜」と言われるお母様方の原因は「コツコツ覚えることをしなかった」か「中１の時の文法をしっかり理解せずに、何かこんな感じ…で通り過ぎた」しか考えられません。出来なかったら、分からなかったら『次はしっかり聞きなさい』じゃ無く「分かるところまで戻る」「出来るところからやり直す」しかないのです。学校のテストは『単元確認』の目的でそこしかやってくれません。だから、好きな単元の点数は高く、嫌いな単元の点数は低くなります。次のテストで点数が上がったから頑張ってる訳では無いのです。だから子ども達は「その時だけ聞く」のが「やる」のが「終わらせる」のが勉強だと信じているのです。本当に頑張ってる生徒の点数は継続的に上昇します。えぇ〜〜〜っ？まさか今「えっ？そうなの？」って思ったお母様は居ませんでしたか？だから子どもの成績が下降傾向なのです。受験の直前に「聞けば…」「習えば…」「教えてもらえば…」「行かせれば…」「やらせれば…」とは、絶対に思わないで下さいね。だからなんですよ！　　　　　お母さん！　　　　失礼しました。</description>
      <pubDate>Wed, 20 Apr 2022 17:34:00 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>あなたの属している組織は正常ですか？20220412</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147465/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147465/</guid>
      <description>あなたの属している組織(会社・学校・グループ)は正常ですか？その組織は周りの顔色を気にせずに正しいことを正しいと言えますか？その団体(組織・グループ・会社)の常識と世間の常識は一致していますか？ひたむきで誠実に行動(活動・働く・勉強)をした者がキチンと評価されていますか？自分の損得や楽や見栄えのためだけに行動(活動・働く・勉強)していませんか？正しい行動(活動・働く・勉強)は自分の決めた目標に到達するためにやるものです。ひいては周りや世の中のためになるためにするものです。その大原則を忘れたとき、人は自分の損得のためだけに動くようになります。自分の損得のためだけにする行動は、内向きで卑屈で醜いだけの作業になります。そんな人ばかりになると組織も腐ってきます。組織が腐れば世の中全体も腐ってきます。今日のように世の中が自分だけの損得や嘘やきれい事ばかりで腐っていても、決して自分の正しい行動だけは忘れないでいて頂きたいと願います。</description>
      <pubDate>Tue, 12 Apr 2022 11:06:21 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>凡事徹底(ぼんじてってい)　20220412</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147464/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147464/</guid>
      <description>「なんでもないような当たり前の事を徹底的に行なうこと」または「当たり前の事を他の追随を許さないほど極めること」という意味です。何かを大成するのには才能が必要だという人もいますが、なんでもないようなことを極めるほどやりこむことで高みに到達することもできます。どんなジャンルでも当然「基礎を極める」大切さは同じです。しかし、この「当たり前を徹底する」ことは意外に難しく、根気と精神力がなければすぐに三日坊主になってしまうでしょう。自分はこうなりたいという目標をしっかりと立て、その目標を必ず達成できると信じて、あきらめることなく努力を積み重ね続けられる意思が不可欠なのです。「やってるつもり」「できてるはず」「これ位で…」「周りはこれ位…」「これでバレない」なんて思ってる輩には無理な次元なのです。</description>
      <pubDate>Tue, 12 Apr 2022 11:03:46 +0000</pubDate>
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      <title>その評価はどうでしょう？20220406</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147376/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147376/</guid>
      <description>「私は分かっている」「私は出来ている」「私は頑張った」「私は間違っていない」「僕は優秀な方だ」「家の子はよく頑張っている」皆さん、度々耳にする言葉ですよね。もしかしたら、自分で言ってる人も居ませんか？これらの言葉は『評価』ですよね。評価は『周り』や『他人』がする(してくれる)ものです。それを、自分で勝手にするなんて・・・。皆さん、毎日の生活の中で、判断や行動や我慢を続けておられるでしょう。その都度、自分を卑下し自分を責めていたのでは、生きていけないでしょう？だからと言って、自分で勝手に評価して、過信している人が居るのも事実です。それも増えているのは、間違った判断や間違った行動をしてしまった人や、異常な『過大評価』をしている人なのです。間違った行動をしている人。間違った判断をしている人。周りに迷惑を掛けている人。ほど自己評価が高いのです。周りの顔色や皆んなの空気に『振り回されて』『顔色ばかり窺え』って言ってるのではありません。自分の意見や考えや行動が間違っていて、周りに迷惑を掛けていないかを、周りの誰かに確認した方が良いのでは無いかと言っているのです。ところが、間違った判断や間違った行動をしていながら、自分を過大評価している人ほど「私は、人様に後ろ指を指されるような事はしていない」と言われます。周りに聞いたり、振り向いたりをせず、自分を過信して突き進む癖になっているので、そりゃあ、万が一指されていても見えないでしょうね。また、「私の”ツレ(仲間)”に聞いたらＧＯＯＤだって言ってたもん」と、井の中の蛙状態の方まで・・・。自分の知識や経験を増やしたければ、「耳に痛い」言葉を言われるかもしれませんが、年長者や経験者の詳しい人に聞かないと分からないと思いますよ。私自身も、周りの方に色々聞かれると偉そうに色々と評価してお答えしていますが、自分の事になると、できるだけ誰か２〜３人の声を頂くようにしています。こうした「周りの言葉を素直に受け入れて考えてみる」ことと、「自分の言動を冷静に振り返ってみる」「できていなければ反省して、即行動」の意識は、『勉強ができるようになる』に繋がっているのですね。昔の人は良い事を言っています。「人の振り見て我が振り直せ」です。</description>
      <pubDate>Wed, 06 Apr 2022 20:41:23 +0000</pubDate>
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      <title>正直は悪？正直は罪？(愚痴です)20220405</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147358/</link>
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      <description>今日は100％愚痴です。読んで頂いても得るものはあまりありません。それでも、読んで欲しい私は「わがまま赤ちゃん」ですか(笑)将来の進路希望を伺ったので「今のままでは無理です。これこれこう変えないと…」とお伝えしたら『そんな事はは無い。家の子はやるって言ってます』って怒られた。将来の志望高校や志望大学を聞いたので、教室の周りの小・中学校の現状とレベルをお伝えしたら『勉強が全てではない』と怒られた。小学校が宿題を出さなくなったのに、『学校が出さないのだからやらなくても…』と放置して知らんぷりの保護者に「違いますよ」と指摘したら『じゃあ、私にどうしろと？』と怒られた。春休みの宿題を『提出する義務が無いから…』とやらない小学生。保護者は『どうせやらないから放っといた』と平気で他人事。家では甘やかすだけ甘やかして放置して、躾は塾に求める「〇〇親』。「少し、子育てについてご相談が…」と言うと『失礼ね。チャンとご飯も食べさせているし、服も学校もお金も与えてます』と動物園の【飼育】レベルの反論が来ました。露骨に何度注意しても、平気で無視するし、指示もやって来ないし、自宅でこれこれをやって来てねと約束した事も無視するので保護者にお伝えしたら、『少し、厳し過ぎるんじゃないですか？』と攻撃された。『どうせ大人は絶対に叩かないし攻撃して来ないから…』を露骨に口にする生徒。この事をその保護者にお伝えすると『私も、いつも注意するんですけどねぇ…』『先生の言う事をチャンと聞くんよ』で生徒は『うん』でお終い。その後も同じことの繰り返し。その後『何ヶ月も通わせてるけど、成績が上がらないから止めます』と最悪の連絡が・・・。宿題を忘れても叱らない。覚えて来なくても叱らない。説明を『何かこんな感じ』と聞いていない。それでも絶対に注意しないでお客様(特にお母様)の機嫌を取って、「大丈夫ですよ。頑張りましょうね」ときれい事(嘘？)を言ってくれる塾を【優しい塾】と言うそうです。勉強は素直と我慢と苦労と繰り返しの結果です。そんな事は、古代ローマ帝国時代から言われています。それを「このＩＴ全盛の時代に…」とか「お客様の要望に応えるのが客商売でしょ」と根底を覆す事を平気で他人に言える人たち。この様な保護者が激増で、こんな生徒が学校に70〜80％も居ます。皆んながしているから、全て正しいのなら、ガリレオ・ガリレイが処刑されたのは正しかったのですか？将来の希望を叶えるためには、絶対に練習期間が必要です。直前に「習えば…」「聞けば…」「教えて貰えば…」直ぐに【出来る】のなら、誰でも皆んなプロ選手です。分かっている常識人の保護者。素直に我慢している生徒。そのタッグを組んだ日常の生活。これらの結果が全てを証明してくれています。正直にお伝えすると「失礼な塾」「偉そうな塾」「厳し過ぎる塾」「無名なくせに偉そうに…」と敬遠されます。私は本気です。本気で生徒の力になりたいと塾を始めました。本気で生徒と向き合い「原因」「改善法」「対処法」を提言しています。嘘やきれい事を言わず、お客様の機嫌を取ろうとしない【正直】は罪ですか？悪ですか？「受験の結果より、気分良く金を払いたくさせる塾」が良い塾ですか？ご存じ無い方に、真実をお知らせするから「頭おかしい」って言われるのかなぁ？じゃあ、どうすれば・・・・・・？？？？？？？　分からん(涙)</description>
      <pubDate>Tue, 05 Apr 2022 12:54:50 +0000</pubDate>
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      <title>優しいって？厳し過ぎるって？20220403</title>
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      <description>最近、「あそこの塾は優しい」とか「ここの塾は厳し過ぎる」って言葉をよく耳にします。同様に、あの先生は優しいとか〇〇ちゃんのお母さんは優しい。△△先生は厳しいとか家のお母さんは厳し過ぎるって言葉も聞きます。優しいとか厳しいって何でしょう？正しい意識を持ち、正しい行動ができて、正しい結果になっていれば賞賛の言葉と同時に、ご褒美を与えたり許したりします。誰も厳しく叱らないはずです。逆に決まりやルールを守らず、指示や約束を無視して「バレなければ…」「見つからなければ…」「怒られなければ…」の行動をしていれば、その人の将来を憂慮して指摘してさしあげたり、時には叱責したり、何度も続くようなら怒ってあげるのが人としての優しさではないのでしょうか？なのに何を勘違いしているのか、何にしてもどんな場合も全て「許して」「認めて」「褒めて」あげるのが大人の『優しさだ』『心の広さだ』『先進的だ』と主張する大人や「きれい事論者」が激増しています。それを聞いた親たちも、さも「そうすることが最新の正しい子育てだ」と盲信し実行し、誰かに反論や指摘をされると「そんな事は無い」「家の〇〇ちゃんは…」と無理無理な反論や無視を続けました。そして学校などにもそれを要求しました。すると、それを主張している親の居る家庭では、子どもは生まれながらに「当然」「権利」「既得権」を与えられているので、嘘や屁理屈を駆使して自らの『楽』を満喫します。さて、塾の話に戻します。優しくしてあげることは簡単です。むしろ優しくしてあげる授業が私たちにとって一番楽です。なぜならば、原因を探る必要も、次の一手を考える必要も、繰り返し同単元の授業をする必要も、生徒が確実に一人で正解に辿り着く思考過程や実力を付けてあげることを『最優先』にする必要も無いからです。淡々と授業を消化していればいいのですから。ルールや用語を覚えてくれなくても、指示を無視しても、極端に言うと宿題を全くやらなくても[B]放っとけば[/B]良いのですから・・・。もし、それで成績向上や実力向上ができると考えている大人は、その人が正しい勉強をせずに今まできてしまったのでは無いかなと思います。勿論、子どもは経験がありません。大人が親が注意・指摘して『今』修正してやるしかありません。指示に従って、嘘やごまかしをせず、コツコツ頑張った生徒は、確実な実力を付けてくれています。反対に、「家の子はやっている筈です」「家の子が嘘を言う筈がありません」と間違った行動を擁護すると全く逆の結果です。子どもが「優しい塾が良い」って言うんです。子どもが「ここの塾は厳しいから、よく分からない」って言うんです。何度もいわれてたセリフです。だから「優しい」と「有名」だけを売り物にしている塾が選ばれることは商売としては正しいです。しかし、我が子の学力を最優先に考える親にとって「子どもが求める優しい塾」は正しい選択かどうか・・・。私だけの独り善がりですかね。すみません。</description>
      <pubDate>Sun, 03 Apr 2022 23:59:34 +0000</pubDate>
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      <title>過大評価？自信過剰？20220401</title>
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      <description>皆さん、毎日の生活で、自分の思いや考えや決断に自信を持って生活されていますよね。毎日、四六時中、自分を否定して卑下して追い詰めて生きている人は居ませんよね。もし居たらダメですよ。思い詰めて「自殺」してしまいますから、必ず誰かに相談して下さいね。さて「自信を持て！」と言った直ぐで「お前、何を言ってんねん」と言われそうですが、近年、「知らない」「分かっていない」「間違っている」「出来ていない」生徒や保護者ほど、自身の知識や判断を過信して、自身の能力や行動を過大評価する傾向にあります。周りや他人の言葉やルールを素直に聞いて受け入れ、誤魔化さずに継続する能力が学力につながり易い事は、誰も否定できないと思います。しかし、近年の子どもたちは、褒めてと言うより「煽てて」「過剰に賛美されること」に慣れすぎて、『出来ていない』のに『自分は出来ている』と自信過剰や自己過大評価の生徒が異常に増えているように感じます。その上、注意や指摘を受けても「罰」や「攻撃」や「痛み」や「損」を受けない事をよ〜く、よ〜く知っているので、聞く耳を持たないどころか、気軽に簡単に「無視」や「スルー」や「放置」をします。ゆっくりと話をしても、「そんな事は無い」「私の周りでは…」「私より下の人が…」「学校の先生は…」「今まではこれで何とかなった」と、とても狭い井戸の中だけで生きてきたことを分かろうとしてくれません。「知らない、広い井戸の外の別の世界がある」事を話すと分かってくれた生徒は簡単に変化して成績アップしてくれます。保護者も同様です。「私は分かっている」「私はチャンとできている」と言われる方ほど、知らない、出来ていない、結果が出ていないことが多く見られます。「声を掛けた」「いつも言ってる」「チャンと子育てしている」について、いくつか質問すると必ず『私は出来ている』『私は分かっている』と反論が・・・。声を掛けても、言っても、子どもが実行してくれなければ子育てでは無いですね。号令一発で何でも聞いてくれる子どもなんて、少数派ですよ。殆んどの子どもは「勉強」は嫌いです。でもやるしか無いのです。だったら、やっているかのチェックをする仕掛けを作るしかないのです。「学校の試験の点数が上がったから、すぐ何でも許す」と言う保護者が居られますが、それは危険です。単元が変われば直ぐに10点や20点の違いは起こります。学校のテストなんて「単元確認テスト」に近いものです。暫く何回かの結果に注意を払ってからの判断にするべきなのです。保護者も子どもも同じです。自信過剰や自己過大評価では今後の成長はありませんね。諺に「人の振り見て我が振り直せ」が有りますし、「人に後ろ指を指されない様な行動を…」ってよく言われます。自信過剰になると、人の振りを見ませんし、後を振り返らないので「後ろ指」を指されてても『気が付き』ませんね。私も含めて一度振り向いて見ましょうね。</description>
      <pubDate>Fri, 01 Apr 2022 17:41:55 +0000</pubDate>
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      <title>家庭での親の係わりが・・・20220331</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147298/</link>
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      <description>他所の塾と比べて「[B]失礼な位[/B]、生徒の家庭での生活まで聞くし、立ち入って指示する」って話はしましたよね。勿論、各家庭と各個人に色々な考え方がありますので、それについて『良し悪し』を申し上げるつもりはありません。しかし、私たちに求められている仕事は「生徒の学力向上」です。それについての考えは「一家言」あります。長年、多数の生徒や保護者と出会わせて頂きました。賛同して、変化して成績上昇してくれた生徒。反発して、最後まで無視し続けた生徒。「家は関係無いでしょ。とにかく勉強だけ教えてやってよ」とお叱りを頂いたお母様。等々。「長年の経験」なのか「統計的に…」なのか私の特殊(？？)能力なのか(そんな訳ゃぁ無いわな)、最近は『ほぼ』と言うか相当な確率で生徒の家庭での行動や家庭での保護者の対応が見え始めています。また、日数が経過し、生徒と色々な場面や対話からこれが確信と言うか裏づけにまでなってきています。学校の現状が保護者の頃とまったく違っていて、具体例を基に色々とお話しすると、保護者のお家での対応が変化し、生徒も変化に素直に応じてくれて、短期間に『急上昇』なんて生徒も何人も見てきました。逆に「家の中の事は放っといて！」・・・「失礼ね！私はチャンとやってるわよ！」・・・「あなたたちは勉強だけ教えていれば良いのよ！」・・・「私はいつも言ってるのに、子どもがやらないの」・・・「だって、仕事も家事も忙しくて時間が・・・」・・・については、何もコメントしません。皆さんで感じて下さい(笑)については、一度言っただけ、言いっ放しの傾向が強いです。チェックや確認や出来ていないことを生徒に見せ付けないので、結局『放置』や『無視・スルー』が常態化しているのです。については、皆んな仕事や用事はお持ちです。私だけ特別なんてありません。今日び、専業主婦で一日家に居る方の方が珍しいです。極端で失礼な例ですが、シングルマザーの家庭で、親子でしっかり話し合って、ルールを作り、しっかり成績上昇なんて普通にありました。どうですか？お家での係わり方ひとつで、結果は早くも遅くもなりますし、希望が叶ったり無理だったりもなります。私たちの係わりは、ほんの些細な影響しか無いのです。皆様「お母様方」の影響がとても大きいのです。結果を出されている家庭には、必ず秘訣があります。真似すれば、同様の結果が得られるはずです。勿論、私たちに相談やお訊ねがあればお答え(お応え?)します。ただし、『そんなことは無い。失礼ね！』はご遠慮下さいね(笑)。</description>
      <pubDate>Thu, 31 Mar 2022 22:03:54 +0000</pubDate>
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      <title>本当にそれで安心？20220327</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147236/</link>
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      <description>私たちが「今までの勉強方法や量を変えないと、このままでは成績不振で受験になりませんね」とお伝えすると、ほとんどと言って良いくらいの頻度で『そんなことはない』の言葉が返ってきます。何んでそう思われるのかを色々と聞いてみると、小学校の先生に「心配要りませんよ。普通ですね」と言われた。とか、小学校でいつも80点位を取ってくるからとか、地元中学校で、いつも平均点位を取ってくるから普通の学力とか、地元では上位(偏差40台後半)クラスの高校に受かったので、国立の〇〇大にお願いしますとかの、首を捻るどころか、唖然として困り顔に成らざるを得ない事を言われます。教室の存在する地域の実情をお伝えします。小学校のテストは、ほぼ教科書のままです。しかも学習して２〜３日後のテストです。100点取れて普通です。それ以外は原因をしっかり確認していないと後々で困ります。現実に、中２になっても、小５の単元が理解出来ていない生徒の何と多いことか…。先生の「普通……云々」は、あくまでも今のクラスの中ほどだと言うだけの事で、学力が中だと言ってるものではありません。同様に、地元の中学で平均点を取っても、偏差値換算すると37〜38しかありません。つまり、地元の中位層の高校には、残念ながら無理なのです。同様に、前記の「〇〇大へ…」の方ですが、余程のガリ勉生活を続けないと実現しないということです。事実を認識している私たちの意見を「そんな事は無い」とバカにして否定して、『お仲間のママさん』や『気楽な言葉を掛けて、とにかく入塾させようとする教室」の甘言だけを信じたままで、大丈夫ですか？入試が終わった後で「力、及びませんで…」とか「最適な学校なんでしょ」と無理無理納得させるのでも良いのでしょうか？『厳しくすることだけ』を推奨しているのではありません。地元の事実を知っておいて頂かないと、生徒が将来「目指したい」職業や学校が見つかっても『無理』と諦めるのだけは避けたいのです。せめて、その日までに『選べる』『目指せる』レベルの本当の意味の『中以上』の学力を身に付けていて欲しいのです。優しくしてあげる方が私たちも『楽』です。でも、本当の学力を手に入れるために妥協はしてはダメなのです。改めてお訊ねします。あなたの、今の認識と実力で、本当に『大丈夫』『安心』ですか？</description>
      <pubDate>Sun, 27 Mar 2022 16:39:59 +0000</pubDate>
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      <title>言ったもん勝ち？20220326</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147232/</link>
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      <description>「私は分かっている」「私は知っている」「私は正確に知っている」「私はやっている」「家の子はやっている」「私の対応は正しい」「家の子はスゴいハイレベルだ」「勉強なんて塾に行けば簡単に・・・」「勉強なんて習えば直ぐに・・・」これらのセリフは度々(？)よ〜く(？)しょっちゅう(？)お聞きします。勿論、生徒からも保護者からもです。そして、これらを口にする方に一様に共通していることが『生徒の学力が不振(？)下位(？)』ということです。間違っているのに、自分を正当化するためなのか、自分を過信しているのか、自分を慰めるためなのか「世間の常識のような顔をして」言われます。「違いますよ」とか「本当はこうですよ」とか「それでは後々困りますよ」と申し上げると「そんな事はない」「誰にも言われた事が無い」「私(家の子)は別」「悪く言って、お金を沢山稼ごうとしている」「『はいはい』だけでやらない(スルー・無視)」が非常に多いです。最も酷いのは「何〜に、偉そうに！お金払ってるのに…！黙って私たちの言う様にやってくれれば良いのよ！」です。私たちの仕事は「生徒の学力上昇」と「将来の学習姿勢を会得させる」ことだと認識しています。間違っていますか？ところが、「お母様の機嫌をとる」「生徒の機嫌(間違ってる)をとる」「今だけのきれい事で煽てる」を求められる生徒・保護者が激増中です。それでは成績は上がらないのは、勉強をしたことがある人なら誰でも知っていることです。その言動をされるゾーンをターゲットにして、大量に集客して、大量に集金して、ウハウハの塾が有る事も知っています。「お客様の望みを叶えて差し上げる」のは、『商売』としては正しいのかも知れませんが、学力という観点から考えると・・・。何が当たり前か、自分の身近だけの当たり前に惑わされていないか、周りの意見やアドバイスを素直に受け入れる心が勉強の基本です。「あの塾長は偉そうよ」「あの人、頭おかしいよ」「あの人、何〜に？」長年、言われてきましたので、少しだけ慣れてきました。でも、泣きながらも耐えて頑張ってきた(と、お母様が言われていました)生徒は、今年も全員「ＧＯＯＤ」な結果を掴んでくれました。この事実を信じるか信じないかは自由ですけどね。</description>
      <pubDate>Sat, 26 Mar 2022 21:44:35 +0000</pubDate>
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      <title>成績下降のスパイラル20220323</title>
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      <description>多様性の時代人それぞれの価値観子どもを理解してやれ子どもの考えを受け止めてやれ怒るな・強制するなもっともです。私もそう思います。子どもはチャンと分かっている子どもはチャンと考えている人それぞれに向き・不向きがあるこの辺りから少し「？？？？」となります。言えば分かってくれるはず約束は守ってくれるはず「はい」って言ったから、やってるはずはいはい。突っ込み所満載です。体罰はダメ。叱るな。怒るな。許してやれ。待ってやれ。キチンと話せば、皆んなやってくれるはず。と、言われ出して久しいです。勿論、それで出来ている子ども達も居ます(かなり小数になっていますけどね)しかし、多くの子ども達は「怒られない」「叱られない」「罰が無い」「痛みが無い」「大人から攻撃してくることは絶対に無い」「結局許してもらえる」と知ってしまいました。三度の飯より勉強が好き。友達と遊ぶより、テレビを見るより、ゲームをするより勉強が好き。なんて子ども、今までの人生で何人見てきましたか？人口の何％居ましたか？勉強は嫌い。面倒臭い。が普通の感覚だと思います。しかし、中学までは好き嫌いでは無く、強制なのです。出来ない、やら無いは無いのです。しかし、前記の「放っとけば、放っといても怒られない」と思っている子どもが、自ら進んでやりますか？「覚えろ！」って命令しても「覚えたもん」って主張はするけど、何にも残って無い。「覚える」の定義が分かっていない。「やった」って言えば怒られないから…。これも、人それぞれなの？今まで放置ばかりで、勉強量が全く足りていない生徒に「毎日これだけやって、毎日質問に来い」って言ったら、「分からない事や質問は無い」って言われました。その後の宿題やテストの間違いを指摘して「今度こそ毎日質問に来い」って言うと、「水曜日は来れません」って言いました。理由を確認すると「月・火曜頑張ったから１日休憩して、木・金曜頑張ったら土・日曜は当然休み」だそうです。権利と自由を間違えて使っていませんか？この子達は、いつ、この間違った権利と自由を認識したのでしょう？誰がいつ教えたのでしょう？「僕は言われた様にキチンとやってる」「家の子は、チャンとやってるって言ってます」「やってるのに先生は怒りばっかりする。嫌だ。止めたい」と、退塾していって、後日とんでもない偏差値の下降を耳にした生徒が居ました。暴力はダメです。虐待はダメです。こんな事は皆〜〜んな知っています。でも、今の『全てを許して美名(きれい事)の下でウヤムヤにする』風潮で良いのですか？皆様が「それで良い」「子ども達の思うとおりに…」と思われるのなら『私は』構いません。しかし、『このままで、何も変えずに、成績アップして、志望校に絶対合格』なんて「戯れ言」は言って来ないで頂きたいです。きれい事や理想論は絶対守って維持しながら、結果やご褒美だけは現実論なんてあるはずが無いのですから…。大人のきれい事と生徒の甘え・ごまかし・放置のスパイラルが加速していることを考えて欲しいものです。あっ、また偉そうに「天下国家」を論じてしまいました。失礼しました。</description>
      <pubDate>Wed, 23 Mar 2022 20:27:40 +0000</pubDate>
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      <title>結果を出す姿勢・結果が出ない姿勢20220320</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147141/</link>
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      <description>今年の受験生の結果報告はしたと思いますが、やはり「成績が上がり易い生徒」と「成績が上がり難い生徒」が居るのは事実です。教室の考えとして「人間力が学力に」があります。素直に聞いて、完全に分かって、我慢して実行して継続する。たったこれだけのことです。幼稚園生でも小学生でもできることです。なのに・・・・・・・何故かできていない中・高生の多いことか！原因は生徒の意識と行動が中心ですが、お母様の考えや日常の対応が影響していることも多いです。例えば、教室の現在の高校生は、全員「中学」からの継続です。中学時に色々注意して相談して勉強スタイルを作りました。何とか一生懸命に努力して変化して自分のスタイルを作りました。高校受験が終わっても、変わらずそのスタイルを続けました。当然、実力になっています。逆に受験の直前に「行けば、入れば、習えば、教えてもらえば、成績アップする」と考えて入塾しても、今までと何も変えず「私(家の子)に合わせて優しく教えて・・・」を求める人がいます。勉強スタイルと日常ができていないので中々成績アップは難しいです。「受験が終わったから、もう塾には用は無い」と即刻、退塾させるお母様も居られますが、後日風の噂では、中・高校では成績ダ〇ンまっしぐらだそうです。そりゃぁそうです、甘ちゃんのままで上級学校に入ったのです。授業に付いていけるはずが・・・。中２で入塾して、行動や勉強姿勢・意識の修正を数ヶ月続けていると「私(家の子)はやっているのに叱ってばかりだ。嫌だ」と途中で退塾されることも。これも、殆んどの場合は〇〇〇まっしぐらです。何年かに1人、退塾後に成績アップした話を聞きます。「止めても勉強できるじゃん」と言われましたが、よくよく聞いてみると、教室で注意したことを実行してくれていたのです。と、色々言いましたが、長年続けて来てくれて、勉強姿勢を確立してくれた生徒は、確実に『結果』を掴んでくれています。長年来てくれても、言い訳や誤魔化しを続けて変革してくれなければ、そりゃあ成績はダ〇ン…です。勿論、短期間来て、親も生徒も変わらず、聞いただけで結果を求める人、通称「一応塾」そりゃあ無理でしょう。それを「金づる」としてメインターゲットにされている塾が多いですが・・・・・・ここは、コメントは控えます。人間力と姿勢・意識・行動を重視して指導しています。素直に受け取って我慢して実行してくれた生徒は、皆〜〜んな上々の結果を手にしてくれました。これからも、この指導は続けていきます。塾長の口癖を改めて。「素直に聞いて、実行してくれた生徒は、志望校に入れてやる」</description>
      <pubDate>Sun, 20 Mar 2022 23:51:01 +0000</pubDate>
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      <title>無事、終了しました20220320</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147140/</link>
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      <description>今年の受験シーズンも無事終了しました。１月初めの中学受験を皮切りに、私立高校、私立大学、公立大学、公立高校、公立大学後期と、毎年のことですが長丁場です。さすがに大学は、全てが合格とはいきませんでしたが、中学・高校受験は『全員第一志望合格』を達成してくれました。生徒たちの頑張りに感謝です。大学も、私的には９８点の結果をだしてくれたと感謝しています。「何で？」の結果も1つありましたが、他は、実力を充分に出してくれたと思います。毎年のことで「慣れているでしょ？」と言われますが、毎年毎年「身体に悪い」です。本人よりビクビクしている自分が居ます。だからと言って、「ホッとしてゆっくり」してる暇は無く、新年度が始まってしまいます。はぁ〜。</description>
      <pubDate>Sun, 20 Mar 2022 22:38:29 +0000</pubDate>
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      <title>家の子は〇〇だから・・・20220313</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147048/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147048/</guid>
      <description>生徒が体験授業や入塾してくると、まず、生徒の性格や意識、日常の行動をできるだけ掴もうと努力しています。私たちなんかより、何年もずぅっと生活を共にされてきたご家族の方が理解されているはずですよね。私たちが「この子はマイペースで、学校でもボンヤリしか聞いていないな」と感じて体験授業後に報告面談をすると、「家の子、チャキチャキで、他人との競争を好みます。だから個別より一斉塾で競争を…」と私たちの認識と逆の意識をお持ちです。「この子はしっかりしているな」と思ってると、『この子は、自分で考えてやら無いんです』と言われます。よくよく確認すると、お母様が事前に話すこと無く、突然、思いつきの指示をされることが多いようです。「この子は、甘ちゃんだな」と思って保護者にお伝えすると、『そんな事ないんです。私の方が忘れてることが多くて…』と、注意すべき方がそれでは・・・。「自己流を押し通すので、もっとお家でルール決めをしないと、このままでは・・・」や「注意や指示をしても、スルーしたり、放っといたりすることが多いですね」とお伝えすると、『そんな事ありません。家の子は言えばやってくれるはずです。注意は聞くはずです。指示は守るはずです』で、怒って退塾されていかれます。私たちが、余計なこととは思いながら「お子さんをもっとしっかり見てあげて下さい」って言いますと、ほぼ「失礼な。見てますよ」と怒って帰られます。じゃあ、なんで、こんなになるまで放っとかれたのかなと疑問に思います。何が普通で、何歳なら何ができるのか。周りの子達はどうなのか。全国的にはどうか。を意識して頂きたいです。学校で「大丈夫ですよ」とか「普通ですよ」は何と比べてか分かりません。思い込みや希望的観測、親バカの過保護の判断は、後々で後悔します。大体、冷静に子供を見ていない方ほど『分かろうとしていない』ですし『人の話を素直に聞かない(私は絶対正しいと信じている)人が多い』ですね。私たちが100％正しくて完璧とは言いませんが、多くの同世代の子ども達やその家庭を見てきました。少なくとも２〜３人の子供しか見た事が無い保護者より冷静に見れていると思います。相談頂ければ、いくらでも応じるのですが・・・。大丈夫な方ほど相談に来られて、「え〜っ、大丈夫？」の方ほど、『偉そうに…』と怒って帰られます。さっきも書きましたが、他人の言葉を受け入れる素養が無いから子供もそうなったのでは…？またまた、失礼を言ってますね。ペコリ。</description>
      <pubDate>Sun, 13 Mar 2022 16:03:59 +0000</pubDate>
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      <title>塾選びのポイントは？20220313</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-147047/</link>
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      <description>新年度が近づき、塾を考えられている方も多いと思います。我が教室がオープンした頃には、この地域には「個別指導」塾が無く、一斉(集団授業)塾　=　塾　という感覚がありました。「個別って何ですか？」の問合せばかりの時代が懐かしい…。時は経ち、個別指導乱立の時代が到来しました。そんな中で、「同んなじ個別なんじゃけぇ、安い方が得じゃん。そっちにし！」のお母様の声を度々耳にする様になりました。看板は「個別指導」になっていても、指導方法は全く違う事をお知らせしたいと思います。「個別指導」を名乗る根拠は、『前方にある黒板(古い！今はホワイトボードが主流)を使ってする授業では無い』が前提です。それ以外は個々の自由です。先生１人が個々に生徒１〜２人に指導説明しているもの。先生１人が生徒３人〜６人位を指導しているもの。先生１人で１０人前後の生徒の中をグルグル廻っているもの。先生１人が管理して、生徒はパソコンやプリントや問題集を１人で解いて答え合わせをして確認してもらうパターン。昔の「寺子屋」スタイルで、机を「コの字型」に並べ、中で先生が監督しているもの。要するに、先生１人あたりの手間に対する売上(生徒数×月謝)が大きくなれば、月謝を安くできますよね。他に、ただ問題を解かし続けているところ。一方的に説明して、知識を押し付けているだけのところ。まず、学び方・意識・行動の間違いの修正に取り組んでいるもの(我が塾はこれに重きを置いています)と、本っん当に色々あるのに、選び方が雑すぎると思ってきました。安いから・・・有名だから・・・ＣＭでよく見るから・・・友達が沢山行ってるから・・・子供が選んできたから・・・塾に行かせる『目的』は何ですか？楽しく通ってくれれば良いの？行かせている事で満足・安心？結果は、時の運？そんなバカな！！！楽したいサボりたい生徒を、楽しく強制しない塾に行かせて何をきっかけに勉強しますか？間違った自信で間違った方法を繰り返している生徒に、淡々と繰り返しをさせて、いつ気付きますか？子供の実情をしっかりと把握し、何が必要で、我慢させてでも何をさせる必要があるのかを考えて塾選びをしないと、毎月の月謝をドブに・・・ですよ。親の「希望的願望」や「思い込み」や「勘違い」で塾選びをされている方の何と多いことか・・・。失礼しました。</description>
      <pubDate>Sun, 13 Mar 2022 12:37:21 +0000</pubDate>
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      <title>ゆっくり、この子に合わせて・・・20220303</title>
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      <description>もうすぐ新年度を迎えます。近隣の塾さんも、新年度生募集のチラシを積極的に新聞折込にされています。我が教室は貧乏なので、他所様と同様に「何度も何度も」とはいきませんが、少しだけ募集広告をさせて貰いました。有り難いことに、問合せや体験授業の申込があり、授業をさせて頂いています。そこでの保護者との会話です。「この生徒さんは小学校３・４年程度の計算や用語やルールが身に付いていませんねぇ。これでは中学校の授業も定期テストもかなり厳しいでしょう？」『そうなんです。テストはガタガタなんです』「まずは自宅で基礎から、しっかりやり直した方が良いんじゃないですか？」『でも、どうして良いか分からないし、塾にお願いしたいと…』「そうですか。では基礎からこの子のレベルに合わせてじっくりと…」『はい。この子に合わせて、ゆっくりやって下さい』「そうですね。確実な学力を…」『はい。この子に合わせて頂ければ、次回の期末テストでは高得点が…』「えっ？」『その後、〇〇高校(偏差50程度)にも可能ですよね』「・・・」いかがですか？『ゆっくり、この子の実力に合わせて…』勿論、個別指導ですから可能です。『〇〇高校へ…』勿論、何をどれ位やれば合格できるか分かってます。『じゃあ、それを・・・』そこが【無茶】なんです。今まで、皆んなが６年も７年も掛けて積み上げてきた実力を、置き去りにしてきたこの子だけが、何で１〜２年で追い越せるのですか？仮に、私たちが求める量と深さとスピードと時間を実行してくれるのならば可能かもしれませんが・・・。この状態の生徒では、まず学習習慣、学習のやり方、説明の聞き方、毎日の覚える訓練等々々々、時間が掛かることが予想されます。『今までを取り返して欲しい』って言われれば可能です。ゆっくりじっくり確実に進めます。『ここまで実力を上げて欲しい』と言われれば可能です。しっかり計画を立てて確実に進めます。けれど、『ゆっくり、この子に合わせて進め。短時間でこのレベルにまで到達しろ』って言われると、そりゃあ無茶でしょう。それが可能ならば、皆んな小学校から８年間、全く何もせずに、受験の直前に１年間だけ≪金さえ払えば≫何でも叶うことになってしまいます。コツコツ頑張った生徒が『バカを見ます』小学レベルの小数や分数や割合を放置したまま中学に入学し、そのまま努力もせずに塾に行かせさえすれば、家の子のペースで『何とかなるはず』と思ってる方。何がなんだか・・・。これが、本当にいらっしゃるから怖い話なんですよね。私は、はっきり「無理です」って言うから嫌われるのです。他所の□□□塾みたいに、「あ〜ぁ！大丈夫ですよ！頑張りましょうね」って受け入れると、もっと金持ち塾になれたのかなぁ(涙)</description>
      <pubDate>Thu, 03 Mar 2022 19:21:42 +0000</pubDate>
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      <title>原因は何だと思います？20220220</title>
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      <description>過去、途中で退塾していった生徒や、保護者が強制的にやめさせていった生徒が少なからず居ます。この中で、「こりゃぁ、ダメだ(失礼)」と納得での退塾生や、ご家庭の経済的理由で仕方なく退塾していった生徒。彼らは仕方なかったり可哀想だったりの想い出として私たちの記憶に残っています。しかし「えっ？今っ？」とか「何でそんな可哀想な…」とか「こりゃぁ、この子が可哀想だな」の対応も見てきました。「今まで、毎回赤点スレスレで通過してきました。来月の期末で平均〇〇点取れたら□□株式会社に推薦書を書くと学校に言われました。今日から一ヶ月でお願いします」と来られた親子。私たちは最大限やれることをやったつもりです。翌月退塾されました。これは原因は何でしょう？将来はどうなるでしょう？ただ、学校に行って授業を聞いて、適当に済ませたフリをしていた中２生徒。連立方程式の仮定や解説、理由を全く記入しなかった子に、コツコツ繰り返し説得し、やっと自力で綺麗な解答が書ける位素直になったある日、「３ヶ月も塾に行かせたのに、学校の成績が殆んど変わらない。お金の無駄だからやめさせます」と突然の退塾宣言。突然連れて帰られました。講師皆んなで「あの子、これから楽しみだねぇ」と話してたのだけれど…あれからどうしたのか…。「優しく」「子供の意見や気持ちを聞いてやる」「何でも受け入れてやる」を信条に子育てをされた親御様。子供が段々成長し、我が出て意地を張り続けると、理由も無く「言っても動かないんです」とか「部屋から出て来ないんです」とか言って、行きたいと言えば即叶えてやる。辞めたいと言えば即叶えてやる。いつ頭を打つのだろうと心配になります。道理や筋道を教わっていないので将来を分かっている筈の無い子供の意見が全て通るなんて…。別に、「家の子、私よりもしっかりしているんです。だから私が子供に注意されたり…」と仰るお母様が…。その生徒は、学年が上がっても中学に行っても、いつまでも何度注意しても、小３の「良くできる子ねぇ」だけにしがみ付いてプライドだけで下降していってる生徒。可哀想。多分高校で地獄を見るはず…しか…。勉強の習慣も素直に努力することも、本来の１２歳や１５歳になれていない生徒。私たちは勉強だけでなく、取り組み姿勢や考え方も同時に指導するようにしています。ギリギリやっと受験に合格しただけであれば、上の学校で短期後に授業さえ分からなくなります。(事実、６月に出戻りした生徒も居ます)生徒は「どうしようかなぁ」と迷っているのに、『受験も終わったし、キリが良いから止めなさい』と主張される方、後で聞くと「勉強は試験やテストの前にチョコチョコっと教えてもらえば出来る。塾に行けば直ぐに成績アップ。次の時には又、直前に塾に…」とお考えのようです。だから子供が……です。語弊や誤解や炎上や失礼を覚悟の上でもう1つ。それなりの地位。それなりの収入。それなりの現状。それなりの環境を手に入れておられる保護者様。具体的に言うと職場での高地位やワンマン経営者や家庭内での全ての決定権を掌握されているお母様。本当は子供の現状や学校の現状や自分たちの拘り自分たちの言動を理解出来ていないのに「号令一発」で全て従わせようとされる方も居られます。一度でも約束を破ると、激怒の上、即刻退塾に向かわれます。こんな生徒？保護者？を少なからず見てきました。原因は何だとお考えになりますか？昔から「子は親の鑑」と申します。「親が変われば子も変わる」とも申します。しかし近年。時代が最近になれば成るほど、「この親が変わらなければこの子は変われない」とか「この親が変わらないから、この子はダメに成る」と思える場面に沢山遭遇しています。各家庭に考え方があるので、私たちが命令できることでは無いことは良〜〜く分かっています。しかし、折角「縁あって」学力向上のお手伝いをすることになったのです。知識だけをひけらかすのなら印刷物やパソコンでも出来ます。人として、将来も羽ばたける生徒になれるお手伝いがしたいと思うことは、私たちの『思い上がり』ですか？たぶん、そうなのでしょうね。ごめんなさい！！！！！</description>
      <pubDate>Sun, 20 Feb 2022 23:14:25 +0000</pubDate>
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      <title>素直じゃない・・・20220216</title>
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      <description>近年の生徒たちに多く見られる現象が「素直じゃない」です。勿論、素直で一生懸命で我武者羅で我慢強い生徒も沢山居ます。そんな生徒たちは、自分の希望や夢に「確実に」近づいてくれるので、私たちは「お手伝い」位しか必要ありません。勉強(習い事や修行も含みます)は、先人の知識や技術を好き嫌いに関わらず、全てを受け入れる事から始まります。基本的な知識や技術を身に付けた後に、自らの考えや工夫によって進歩・発展させていけば良いのです。ところが、成績不振者ほど、この「素直に」「全てを」の部分をやらずに、直ぐに自分流を欲しがるのです。「人それぞれ」や「個性」や「家の子の気持ちを…」のきれい事を真に受けて、我慢や努力をせずに、指導者の知識や技術を受け付けないのです。今風の言い方をすると、「ＩＴ全盛の時代に」「チマチマ作業せずに」「苦労させずに」「簡単に」「楽に」「出来る方法をやらさない」のは、前時代的な間違った要求なのだそうです。『間違っているよ』と指摘すると、返ってくる返事は２つに限定されます。「そんなことは無い」か「無視〜〜〜」です。そんなことが無いのなら、どうしてこの不振生徒は、いつまでも不振なのでしょうね。頑張ってる生徒に「間違ってるよ」って指摘する先生が居ますか？出来ている生徒に「間違っているよ」って指摘する先生が居ますか？これらの生徒は、今までそれでも許されて、自分の要求は満たされてきたのかもしれません。これらの現状を保護者にお伝えすると、こちらからのお返事も２通りに限定されます。「私はいつも言うんですけどねぇ。この子がやってくれないのです。」と放置型。「そんなに厳しくしなくても、スポーツやクラブは頑張っているのだから…」の過去の自分の夢を託し型。これでは、子供も変わりません。一度本心から家庭で話し合って下さい。私は、どちらを選ばれても従いますので…。</description>
      <pubDate>Wed, 16 Feb 2022 16:04:40 +0000</pubDate>
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      <title>成績不振生徒(親)の間違いワード20220209</title>
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      <description>我が教室にも、地元の小・中学生が沢山来てくれています。「本当はこの生徒は早めに対処してあげた方が…」の生徒は来てくれません。本人やお母様方にそれとなく聞いてみると『だってぇ、学校で平均点前後取ってるし…』とか『学校の先生が、普通ですって言ってるから安心』で、「塾なんて」必要無いんだそうです。だから、成績不振で戻れなくなったのです。色々説明する前に、はっきり言っておきます。専門家じゃ無いので、ご存知無いのでしょうが、地元の小・中学校の普通は、国内全体で見ると「下層生徒」なのです。で、その生徒や保護者様たちに話しをすると、度々返ってくるセリフが、またまた共通しているのです。＊塾に行けば・行かせれば、習えば・教えてもらえば、聞けば・言ってもらえば、『直ぐに』勉強はできるはず。『直ぐに』成績なんて上がるはず。＊受験が近いから、「まぁ、受験までの間だけでも塾に行かせるかぁ。受験が終われば『もう必要無い』から止めさせれば良いから…」と、数ヶ月前に突然来られる親子。＊通うのは子供だから、子供が選んで子供が行きたいって言った所が子供に最適な塾。＊怒らないで、優しく子供が嫌がらない様に対応してくれる塾が良い塾。＊「家の子は家の子なりに頑張っている。それを認めて…」(じゃあ、家の子なりにやりさえすれば、どんな試験も合格させてくれるんですか？)＊学校の教え方と違うと子供が嫌う。学校と全く同じ言い方で学校と同じ教え方で分からせて欲しい(だったら学校で分かるでしょ涙。だから別のやり方で…)普通に(何が普通か分からない時代ですが…)考えたら、こんな考えや言葉を言ってるから成績が不振なんですが・・・。こんな方たちは更に言います「家の子の成績が悪いのは、学校(行政)が悪い。」です。最高に失礼で無礼で一方的に偉そうに言います。こんな事を言っておられる保護者は、自分が学生時代に、こんなやり方をされていたんですかね？自分の意見や考えに固執せずに、周りの意見や考えを見たり聞いたりすることが「学び」なんですけどね。</description>
      <pubDate>Wed, 09 Feb 2022 11:43:18 +0000</pubDate>
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      <title>言っても聞かない・・・20220203</title>
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      <description>近年、「家の子。何度言っても聞かないんです」とか、「何回指示しても、無視するんです」とか、「気に入らないと、動かないんです」とか、「部屋から出て来ないんです」とか、「いくら話しても、全く聞いていないんです」とかのお言葉を耳にします。私たちが授業していても、何度同じ注意や指摘をしても、絶対に自分流のやり方を変えなかったり、聞いただけで放置し、絶対に実行しない生徒が増加中です。いつも事前にお断りをしますが、特別な事情や理由を持っている生徒の話とは別で、一般論としての話しですよ。どうして、何度も何度も言ってもやらないのでしょう？私たちの経験上、親は言ってるつもりですが、「言いっ放し」で確認もチェックも無く、「号令一発」で、子供は何でも絶対従ってくれると勘違いしている親。子供は子供で、やらなくても、やってない事を責められたり責任を取るまで次の事をやらせて貰えないなんて経験をしていなく、仮にやって無くても、クラブもゲームも携帯も、ご褒美は周りの友達と同様(時にはより良い物を)に与えられる。つまり、我慢しなくても、努力しなくても貰えることだけは与えられるので、「何で我慢や苦労をする必要があるんだ」状態。動かない・出て来ない生徒は、「小さいから…」「その内分かるはず…」「家の可愛い〇〇ちゃんだから…」と、ず〜〜〜っと許してきて、大きくなって知恵が付いて仕返しされているのです。「おもちゃ売り場」で、ひっくり返って手足バタバタしてたら毎回買ってもらえた子が、大きくなって急に「我慢」や「苦労」を買って出るなんてあるはずありません。つまり、「そう成るべくしてそう成った」……と言うと、申し訳ないのですが……。３歳児や５歳児が、無視したり、スルーしたり、閉じ篭ったりして、やらなかったなんて見たことありますか？親が苦労して我慢して何度も何度も、子供と共に「しかけ」を作って、繰り返して変わってくれるまで頑張りましょうね。私たちは、可能な限りサポートしていきますから・・・。少しでも早めに動き出しましょうね。だってぇ、何か変な法律の改正(改悪)案が出てますからね。親でも、子供を叱ると逮捕されますよ。「言うこと聞かんこんなバカは知らん！」ってキレるお父さん。仕方ないじゃないですか。キレるのは、逆効果ですよ。</description>
      <pubDate>Thu, 03 Feb 2022 21:03:30 +0000</pubDate>
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      <title>どうして、こんな事に・・・。だ・か・ら！20220201</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-146439/</link>
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      <description>塾にお越しになられる目的や理由は色々あります。成績優秀で、更に上位を目指して、難関校や上位校への進学を考え、将来の理想に向かって、更に力を付けたくて通うことを考えている生徒。頑張っているが、中々思い通りに成績が伸びなくて、何をどう変えれば成績が伸びるのかを聞きたくて、新しいやり方を学びたくて来た生徒。何となく学校に通っていて、段々成績が下がりだしたので、「塾でも行けば成績が上がるんじゃないか」と安易な方法として来た親子。今まで(小学校や中学校)こうやってきた。これで何とかなった。私(僕)は成績は良かった。私(僕)のやり方は間違っていない。多分何か特別な裏技があるはずだ。それを教えてもらいに行こうと来た生徒。クラブや趣味だけに熱中してきた結果、勉強はサッパリになった。けどクラブは絶対に止めたくない。何んか簡単に成績を上げる技は無いかなと、楽な方法を求めて来た生徒。小学校の授業は分かるし小学校のプリントはできる。でも模擬テストや他の教材の問題は「分からない」。だから、学校のやり方を変えずに学校と同じで、出来るようにして欲しいと来た生徒。聞いたことがあるセリフばかりですよね。が問題無いのは誰でも分かります。も素直に従ってやり方や生活の時間まで変える気持ちになれば、直ぐに成績アップです。は人生経験の少ない小学生の言い分を「そうだそうだ」「あなたは悪くない」「じゃあ、あなたの…」と何でも子供の言う通り(我まま通り)を真に受けて、叶えてやっている親に問題があります。「そうじゃ無いんよ」「今までやって来なかったやり方を塾の先生がやってくれてるんよ」と子供の経験値を上げてやるための声掛けをするのが親の仕事ではないのですか？問題なのはです。「行かしたから…」「お金払ったんだから…」「聞けば習えば教えてもらえば家の子だって…」なんて有り得る訳がありません。「受験までの３ヶ月だけでも…行かせて、その後は何とかなるでしょ」なんて最悪な考えの方の保護者まで居られます。生徒も、「叱られない」「クラブや趣味を止めさせられない」のを良い事に、何を言われてもどんなに指摘されても「放っとけば良い」「返事だけしとけば良い」と考え、家と学校と塾とに、それぞれ別の言い訳ををして、その場逃れをして「楽」している生徒。いくら叱られても、知らんぷりして、家では「うん、言われた様に頑張ってるよ」と格好つけて時間稼ぎをしている生徒。叩く。殴る。怒鳴る。体罰を与える。昔ながらの強制方法を「完璧な指導法」と言うつもりはありません。しかし、「嘘ついても」「騙しても」「無視しても」、本人に責任を取らせないで、望むものは与え続ける現状の「きれい事風潮」が、徐々に生徒たちの平均学力を下げていることは間違い無いと思います。こんなことを言うと直ぐに、「じゃあ追い詰めて不登校にすれば良いのか？」とか「自殺したら誰が責任を取ってくれるんだ」とか「勉強だけが全てではない」と毎回お叱りをうけます。じゃあ、昔の人たちは皆んな「不登校生」や「自殺者」ばかりだったのでしょうか？学力を委託されたんだから、塾は勉強のことを言うのはあたりまえじゃないのですか？経験上、親の対応量や親の変化量が、生徒の成績上昇量に比例している場合が多いです。お父さん・お母さん。まずは少しだけ、他人の考えも受け入れて、少しだけ自分たちが変化してみることも考えてみませんか？私たちは、相談頂ければ、いくらでもお手伝いしますから・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 01 Feb 2022 18:15:02 +0000</pubDate>
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      <title>習い事の止め時は？20220126</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-146330/</link>
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      <description>皆さん、「習い事」ってしてますよね。子供にもさせてますよね。特に小学生には、ほぼ必ずと言って良いほど何らかの習い事をさせてますよね。多く聞くのが「スイミング」「習字」「そろばん」「ビアノ」「野球(ソフトを含む)」「サッカー」「武道」「英会話」等々でしょうか？特殊な所で「トランポリン」「楽器」なんてのも聞いた事がありますし、週に８回行っているなんてのも聞いた事があります。ところで皆さん、それらはいつまで続ける予定ですか？「子供に継続を教えるため」「子供が楽しいって言うから…」「何年も行ってるから…」等々、お母様の言い分は色々あるでしょうが、金銭的負担もありますし、子供も成長して、やるべき事・やらなければならない事・生徒の状態によっては、どこかで止める必要が発生します。「将来、幼稚園の先生になるから、ピアノは止められない」とかの明確な理由がある人まで全て『無駄だ。止めろ』と言ってるのではありません。始めた理由は何ですか？どうなる事が目標でしたか？その目標は達成できましたか？無理そうですか？それによって、本当に必要な事柄や時間を犠牲にしていませんか？過大な期待で惰性で通っていませんか？中には「勉強よりも楽しいから…」「宿題しなくても…」を理由に通っている子供を、嬉しそうに送迎している保護者も沢山見ます。「せっかく長年通っているから…」を理由にされる方、師範や職業にできそうですか？子供は今後の人生の予想はできません。知りません。今だけの感情で判断します。「子供が続けるって言ってるから…」だけを信じて良いのですか？本当に『今必要』な現実を『親なら』冷静に判断するべきではないでしょうか？受験生が本番直前に、習い事やスポーツに必死になり、宿題さえもやらない現実を見て来ました。「勉強だけしていれば、他の事は不要」って言ってるのではありません。続けて行ってる(子供は頑張ってるって言います)だけで満足して、必要な他の事を疎かにしていませんか？続けて行かせてる(家の子、頑張ってる。チャンと行かせてる私って良い親って思って)だけで、何も考えずに満足していませんか？「子供には無限の可能性が…」って言われます。その通りです。しかし、無限の金銭と無限の時間と無限の体力が続く訳ではありません。ダラダラと沢山続けておられる家庭と、絞り込んで集中された家庭では、明らかに生徒の学力に差が・・・。家庭の判断ですから、私が決定はできませんが、生徒に聞いてみると理由は殆んど２つです。「母さんが止めさせてくれない」って言う『嫌嫌組』「だって、勉強しなくても母さんが行かせてくれるから…」の『楽しいだけ』組何なんですかねぇ？</description>
      <pubDate>Wed, 26 Jan 2022 14:27:21 +0000</pubDate>
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      <title>何んかこんな感じ・・・20220123</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-146284/</link>
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      <description>教室では、生徒に注意したり、指示したりする時には、必ず「具体的」に「量」と「内容」を指示します。何故なら、「何んかこんな感じ」とか「多分こんな感じ」とか「これ位やったら…」と間違った判断で間違った勉強を繰り返しても、なかなか効果が出ないからです。しかし、それでも、それなのに、「何んかこんな感じ」「多分こんな感じ」の勘違い生徒は勿論、「これ位やったから…」「これ位なら怒られない」「これならバレない」の悪意で手を抜く生徒までもが続出しています。保護者にお伝えすると「いつも言ってるんですがねぇ」と言われるので『どのようにお話ですか？』とお訊ねすると「塾で言われた様にするんよ」とか「チャンとするんよ」だそうです。何をどの様にどれ位やれば「チャンと」やったことになるのか…。「言われた様…」が何を指しているのかを生徒は認識できているのか…。でも、まだ良いんですよ。こうして指摘したり注意したりを繰り返すと、少しずつ、段々とでも変化や改善が見えてくれば…。毎日〇〇時間勉強して、毎日□□を確認するんよと指示して、本人は「やってる」と言うが、全く変化の見えない生徒。何度指摘して考え方を教えても、単語も式も答えも、先生が言うまで知らんぷりして待っている生徒。単語や計算ルールや用語を覚えていないし、何度説明しても、その問題以外の類題は「分からない」と先生が説明するまで放置。「さっきのやり方で自分で考えてみ」と先生が言っても、黙って待っている。ヒントだけ教えて待っていると、家に帰って保護者に「分からんから聞いたのに、先生が教えてくれない」だそうです。簡単な公式を何個か「覚えて来い」と指示しても、覚えて来ない。聞くと、「覚えたもん。今はちょっと出てこんけど…」です。それを保護者にお伝えすると「家の子、頑張って自分の部屋に居ましたよ。覚え方を教えてやって下さい」だそうです。間違っているのか、常識的な日本語の理解・認識が違うのか、テキトウに放っとけば、やらなくても決して攻撃や反撃や罰は無い学校と家庭の「甘やかし」が当たり前なのか。勉強や今後の生活に「何かこんな感じ」なんて、ある筈がないです。それを許し続けている環境から変えるしかないですね。</description>
      <pubDate>Sun, 23 Jan 2022 20:20:16 +0000</pubDate>
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      <title>きれいな満月ですねぇ20220118</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-146216/</link>
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      <description>今年最初の満月だそうです。ウルフムーンって言うらしいです。７月の、地球に一番近く一番大きく見える「スーパームーン」の反対で、最も遠く一番小さく見える「マイクロムーン」って言うらしいです。近いときは地球から約３５万７０００で、今日が４０万１０００と約５万違うらしいです。でも５万って言っても実感無いですよね(笑)。いくら歳をとっても、まだまだ知らないことばっかりですねぇ。これからも、しっかり勉強します。皆様、しばし心を満たして下さいね。</description>
      <pubDate>Tue, 18 Jan 2022 20:18:14 +0000</pubDate>
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      <title>最近の小・中生の特徴です20220115</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-146171/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-146171/</guid>
      <description>近年の「子供は分かっている」「子供は子供なりに考えている」「分かってやれ」「待ってやれ」「許してやれ」の風潮。たしかに、その言葉が本当なら、すごく良いことだと思います。しかし、やはり子供は賢い(？)(ずる？)です。その言葉や風潮を逆手に利用するのです。「他人が何を言ってるのか」「他人がどうしろと言ってるのか」「どうすれば、それが出来るのか」「何を変えろって言ってるのか」を考えもせず、「自分は正しい」「自分は分かっている」「自分は出来ている」と、信じ込んでいて、周りに意識を向けることができない。だから変化も改善も無い。行動としては、「本気にならない(勉強だけでなく全てに…)」「何かこんな感じ」「返事さえしとけば…」「怒られなければ…」「叩かれないし、罰は無いし、攻撃されないから…」と、ごまかしの心が見えないように体裁だけ繕う。親も、「いつも言ってる」「私は分かってる」「私は出来ている」と、今までの生活やリズムを何も変えずに[B]『号令一発で、皆んな従うはず』[/B]を続けています。「そうなんですよねぇ。私も家でいっつも言い続けて大変なんです」って言葉の大袈裟な方ほど、実態は…………子供と同じで『体裁』だけです。本当に頑張られている方は、子どもだけでなく、自分の生活や行動や時には意識まで変えて、子供と向き合っておられます。言葉だけで言い続けるのでは無く、話し合って、そうするしかない『しかけ』を作るのです。『ルール』を決めるのです。やらなかった時の『罰』も必要です。約束を破っても罰が無いから護らないのです。(例えば、宿題してなくても、野球やサッカーには遅れず送迎してやる)勿論、頑張って、我慢して苦労して変えた家庭では、結果も出ています。頑張っておられます。「分かってやれ」「体罰はダメ」「子供は子供なりに…」「人それぞれ考えが…」「親の人生を子供の為に犠牲にするな」耳障りの良いきれい事が氾濫しています。たしかに楽です。悩みや挫折をしなくても済みます。しかし、やったり、思ったりした事の結果が今なのです。人間を変えるのです。楽して、他人に丸投げで叶うはずがありません。大人も子供も『本気で』『素直に』『謙虚に』取り組もうではありませんか？ちょっと、大きく出すぎましたね。すみません(ペコリ)</description>
      <pubDate>Sat, 15 Jan 2022 11:50:21 +0000</pubDate>
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      <title>塾に行かせているのに・・・20220115</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-146169/</link>
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      <description>少し前の話です。「私(僕)は勉強している、勉強はできている、学校の成績は上位！」って思っていて、いくら「それは違うよ」「それでは今後の勉強は困るよ」と注意しても聴かなかった生徒の話です。その生徒は、小学の低学年方式の、「言われたことだけ書いて終わり」「学校で、全て(式から答えまで)言ってもらった事しか『習った』と思っていない」「公式や単語を覚えていない事が原因でも『分からない』と全てを言わせようとする」答えを言わずに流れと考え方とヒントだけを言うと、家で「塾で分からないと質問したのに教えてくれない」と母親に言う。と言う様な生徒でした。勿論、何度も何度も諦めずに注意しました。その都度「はい、分かりました」と良い返事です。お母様から、家では殆んど勉強しないとの事だったので「塾の自習室を利用しては…？」と提案すると、時々塾に来るのですが、分からない所は、とにかく「答えを欲しがる」のです。その他の時間は「漢字をノートに写して書いて埋めているだけ」や「タブレットに出てくる計算を途中式も無く答えた実績だけ残して終わり」とにかく「やった」「頑張った」「終わった」で自分を過大評価しています。お母様にそれをお伝えしても、「子供と話し合っても、自分の事はしっかり分かってる様なんです。時には私(母)より、しっかりしていることもあります」と言われて、絶大なる信頼をされています。その後、生徒に「お母さんとどんな話をした？」と聞くと、「しっかり頑張るんよと言われた」それだけだったそうです。教室では、３ヶ月に一度「授業報告書」を保護者にお届けしていますが、その時の表紙に、私と担当講師の思いや、現在の生徒の問題点や改善方法を記述するようにしています。そこに、具体的に細に渡って通常の２〜３倍量を何度か書かせて頂きましたが、ほぼ変化はありませんでした。そのお母様から突然「塾に行かせてても成績が上がらないので止めさせます」「何か別の方法を・・・」と連絡がありました。私は、「ですから、何度もお伝えしているように、やり方と意識の変革が無いと、今後はもっと下がり続けますよ」とお伝えすると、「なぜか本人が『やる気』になってくれなくて・・・」とのお母様。ここまで、認識と価値観が食い違っていては、会話も成立しないし、これ以上言っても喧嘩になるだけだと思い止めました。でも、後で「あそこの塾ダメよ。家の子通わせて頑張ったのに、成績がちっとも上がらなかったのよ」と悪口・悪評の口コミや井戸端話になるんでしょうね。反論や訂正の機会を与えられない、「言った者勝ち」の近年の悪い風潮ですよね。(涙)</description>
      <pubDate>Sat, 15 Jan 2022 10:38:11 +0000</pubDate>
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      <title>叱られた生徒の反応・・・20220111</title>
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      <description>「人間力を学力に！」「私たちは叱ります」この言葉は、我が教室の根底にあり、今でもずっと実践しています。だから、今でも生徒たちの間違いを修正したり、指導するために「叱って」います。その時の生徒たち(保護者も含めて)の反応をお伝えします。ベター順です。えっ、そうなん？どこがダメ？じゃあどうすれば？と細かく聞いて、その瞬間から意識して「変わろう」との行動をする生徒。「はい、分かりました」と素直に聞いてはくれるが、「何んかこうしとけば…」と適当に自分流だけをしたり、求められた事を全部はせずに、自分が簡単にできそうな事だけやって「全部やってます」とその場をごまかそうとする生徒。「はい、分かりました」と素直に聞いてはいるが、聞いたから分かった。書いたからできた。次は大丈夫と、『聞いただけ』『書いただけ』で本人は『やってるつもり』『できてるつもり』で注意された事を書いて帰って、家で見直して覚えて来いと言っても、その日はやるが、翌週は元の木阿弥の生徒。「私はやってるのに先生が怒る」とか「あの先生嫌」とか「何んか訳分からん難しい事ばかり言う」と家で親に言ったら、保護者が「何〜に言うてるん、あなたの為に言ってくれてるのに…」と実行する方法を一緒に考えてしっかり声掛けをしている親子。「はい」と返事はして『素直に聞いてる良い生徒』を演じてはいるが、何〜〜んにも変えずに、俗に言う「無視」をして、今までと何んにも変えずに平然と「頑張ります」と口だけで結局他人事の生徒。「私はやってるのに先生が怒る」とか「あの先生嫌」とか「何んか訳分からん難しい事ばかり言う」と家で親に言ったら、保護者が「あなたの為に言ってくれてるのよ、先生の言うようにするんよ」と一度だけ言って、後は放置している親子。「私はやってるのに先生が怒る」とか「あの先生嫌」とか「何んか訳分からん難しい事ばかり言う」と家で親に言ったら、保護者が「えっ、そうなん。じゃあ塾に言って、変えて貰うようにするわ」もしくは「勉強するんはあなただから、あなたが楽しい塾に変わる？」と子供の言う事を盲目的に受け入れるか、『私は子供の意見を一番に受け入れる良い親！』を演じている親。ですかね？が問題外は誰の目にも分かるでしょ？もちろん、本人たち(親にも子にも)に指摘しても、全く自覚が無いどころか、反論、反発、罵詈雑言です。最も多いお叱りの言葉が「何〜に偉そうに、お金払ってるのに…」です。近年、とが激増中です。の生徒は学校やニュースで許されているので「当然の権利」の様に、自覚無くやってる生徒が目に付き始めました。の生徒も、少しエスカレートすると直ぐにに転落です。「え〜〜っ、まさか」って思われているでしょうが、こんな酷い現状があるから、教室の地域の地元小・中学の学力が下降傾向なんだと、変に納得している今日この頃です。皆さん、人の振り見て我が振り直せですよ。一度、冷静に自分の行動と突き合わせてみて下さいね</description>
      <pubDate>Tue, 11 Jan 2022 22:50:16 +0000</pubDate>
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      <title>親が変われば・・・20220107</title>
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      <description>「人の振り見て我が振り直せ」「親が変われば子も変わる」昔からよく聞く言葉です。普段、生徒たちを指導していて「その通りだなぁ」と感じている言葉です。生徒も保護者も、自分を過信しすぎて、周りを見る「謙虚さ」が無くなっている人は、誰かに何かを指摘されると、とても鬱陶しく感じます。その結果、自分の取っている行動の問題点が見えなくなってしまって、誰かが注意しても決して改善できない状態になっています。特に、子ども達は、家庭や保護者の意識・対応・考え・行動・価値観だけしか見ずに生活しています。いくら学校で友人の行動を見ていても、家での価値観は絶対です。何故なら、今後の自分の生活と生きる糧が掛かっているからです。だからこそ、保護者が、子供に「人の問題点を家でしっかりと教え、振りを直してあげる必要があるのです。じゃあ、保護者はどうでしょう？権利・自由の美名の下、何でもやりたい放題言いたい放題の世の中です。その上「拝金主義」「お客様は神様主義」の美名の下、「金さえ払えば、金さえ持ってれば何でも思い通りになる」との意識をお持ちの大人が激増中です。いくら金を積んでも手に入らない物もありますよね。子育て・躾がその最たるものの１つだと思います。成績不振どころか、言ってもやらせても成績下降必至の生徒も居ます。いくら指摘しても、その指示の反対の対応をされる保護者が居られます。その時には「親が変われば・・・」では無く、[B]「あの親が変わらなければ、この子は変われない」「あの親が分かってくれなければ、この子は変われない」[/B]と思ってしまいます。でも、これをそれとなく「オブラート」に包んで面談でお伝えすると、返ってくるセリフは大体同じです。[B]「そうそう、そういうお母さん、よく見ますよね。私も、あれはダメだと思います」と他人事です。決して自分のことだとは・・・。[/B]大変失礼なことを、平気で言っている私なのです。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Fri, 07 Jan 2022 17:56:40 +0000</pubDate>
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      <title>謹賀新年20220101</title>
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      <description>明けましておめでとうございます。昨年”も”色々お世話になりまして、ありがとうございました。今年”も”もっともっとご迷惑やご不快を押し付けますが、何卒宜しくお願いします。皆様、どんな新年をお迎えですか？私は、食って飲んで寝の悪スパイラル正月です。受験生の質問電話が入ったらまずいので、少し「シャキッ」としないと…。少しだけ真面目なお正月にします。</description>
      <pubDate>Sat, 01 Jan 2022 18:25:23 +0000</pubDate>
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      <title>年末のご挨拶20211231</title>
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      <description>コロナコロナで大変な年でしたが、今年も無事終了しそうです。年始直ぐから受験が始まります。「年末年始に自分で勉強して、どうしても質問があれば、塾長の携帯に連絡して質問に来い」って言ってありますが、何人から電話があるでしょうか？勿論、分からないことや出来ないことが無いことは理想ですが、最悪なのは「全くやらずに遊んでた」と「分からない事でも放置放置」の生徒です。ギリギリまでチャレンジ心は失くさないで欲しいです。では、愛読者の皆様、今年も一年間お付き合い頂きまして有難うございました。来る新年も、今年以上に「へんなジジイ」全開でまいりますので、何卒ご理解お付き合い下さい。宜しくお願いします。では、良い年をお迎え下さい。</description>
      <pubDate>Fri, 31 Dec 2021 16:03:31 +0000</pubDate>
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      <title>放っとけば・・・20211231</title>
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      <description>近年、お母様方との入塾前相談で時々耳にする事です。「私はしつこく言うんです」「私は何回も言うんです」「言っても言ってもやらないんです」それは、言うだけではないですか？言った後で、確認していますか？仕事で居ない間でも、帰ったら確認できる『しかけ』を作ってますか？やらなくても、ご褒美やクラブ・スポーツは無条件に許してませんか？以前、首を傾げるパターンをお聞きしました。宿題をしばらくしていない事が学校(塾？)から知らされました。その夜、「あんた、何考えとるんよ。バカじゃないの？分かったん？次からはチャンとやるんよ。分かったら早く着替え！今日はお父さんが早く帰って来るからファミレス行くし」って出かけたそうです。宿題をやらずに嘘ついて内緒にしていたらご褒美が貰えた最悪の対応ですね。他には、言っても言っても聞かないから、「もう知らん」って放っといたら、本当に何にもしなくてボロボロなんです。とか人として、最低限の礼儀とか行動ができていない子のお母様に、「失礼ですが、子育てされてますか」って無礼にも言ってみると、「本当に失礼ねぇ。当然よぉ。ご飯も食べさせているし、服も買ってるし、お風呂にも入れてるし、学校にも行かせてるし。」だそうです。それは、子育てとは言いません。それは[B]『飼育』[/B]っていいます。動物園の動物でも、同じ事をしてもらってます。「知らん」とか「私は悪くない」とか「私はやってる」は個人の思い込みです。本当に出来ていたら、ここまでになっていない筈です。</description>
      <pubDate>Fri, 31 Dec 2021 15:50:52 +0000</pubDate>
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      <title>絶対読むべき重要なお話しです20211217</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-145821/</link>
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      <description>早期発見!＆早期対応です。生徒の言い分です。「私はまだ、平均点より少し低いだけだから…」「私より低い人がたくさん居るから…」「次の試験ではもっと頑張るから…」「だってクラブの練習が忙しいから…」「受験生になったら本気でやるから…」保護者の言い分です。「次の試験では頑張るって言ってくれたから…」「私は注意してるのに…」「先生は『普通』って言ってくれたから…」「今は〇〇(スポーツ)をやってるから仕方ない。その内…」「受験生になったら頑張るって言ってるから、今は黙って…」「テレビＣＭでも、受験直前でも間に合うって言ってるから…」中学３年生になって、来塾された時に「ちょっと無理だなぁ」と感じた生徒に話を聞いたら、教えてくれたセリフの実態です。教室のある地域の、地元中学の実態を余りにもご存じ無い保護者が多すぎです。平均点を取っていても偏差値にすると、37〜８位なんです。英語の定期試験で、毎回70〜75点位を取っている生徒が、模擬試験を受けると偏差値39でした。偏差値37がどれ位のレベルかご存知ですか？「おバカタレントランキング」とか「おバカな有名人の出身校」がネット上でたくさん掲示されています。真偽の内容や個人名についてはコメントしませんが、そこで用いられている偏差値が必ず「偏差値39〜33」位のカウントダウンで行なわれています。つまり、偏差値39は「おバカ」に分類されるレベルなのです。なのに、「まだ大丈夫」とか「家の子より低い子が居るから安心」は正しい判断でしょうか？癌と比べることが正しいかどうかは分かりませんが、どんなものでも『早期発見・早期対処(治療)』が大切ですし、早期で安心な治癒に繋がるのではないでしょうか？偏差値37になってしまった原因を明確にし、その原因を取り除いて新たな生活を始めないと、手遅れになってからでは文字通り『取り返しがつかない』ことになってしまいます。１つだけアドバイスです。こうしたタイプの生徒には「優しい」とか「我慢しなくても…」とか「厳しくない」とか「宿題が無い」とか「一方的に教えるだけ」とかの塾では、余程の本人の大変革が無い限り中々戻れないことも同時にお伝えしておきます。</description>
      <pubDate>Fri, 17 Dec 2021 12:36:56 +0000</pubDate>
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      <title>勝ちたい？負けず嫌い？20211207</title>
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      <description>「負けず嫌い」って言うと、皆さんどんなイメージをお持ちでしょうか？頑張り屋頑固気が強い喧嘩っ早いですか？良いイメージ悪いイメージ半々ですかね？でも、負けるのが嫌だから、負けないように、情報を集め、最大限の努力をするので、良いことだと私は思うんですよね。ところが、近年多くなってるのが、『とにかく勝ちたいだけ』の人です。負けたくないのは皆んな同じだと思うのですが、立場は守りながら、努力はしたく無く、何が何でも、とにかく相手より、時には少し汚い手を使ってでも、勝つまで口先を使って、時には嘘も混ぜながら…、相手が「はいはい、分かりました。もう良いです」と許すまで…、徹底的に『勝ちにいく』ことを目標にしている人が増えましたよね。子供も大人も。子供にすれば、自分が我慢や努力をしなくても「勝て」ば何でも与えてもらえるので…。大人にすれば、「私の人間力が周りより一段上」を自認できるから…？とにかく、無茶だろうがゴリ押しだろうが『勝つ(快感？)ことに最大の喜びを見い出す人が増えています。結果より、今の面子や目の前の快感が欲しいのでしょうね。最近多いワードが「何〜に！偉そうに」「平等なのに上から…」「金払ってるのに…」「あの人、頭お〇△□いんだから、放っとき放っとき」です。昔、お祖父ちゃんお祖母ちゃんに良い言葉を言われました。「負けて勝つ」「御天道様に顔向けができんようなことだけは…」古臭い?古臭いよね。失礼しました。</description>
      <pubDate>Tue, 07 Dec 2021 19:27:23 +0000</pubDate>
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      <title>そんな事はない！20211207</title>
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      <description>「そんなことはない」以前から、この言葉については何度も何度も私の意見をお話ししてきました。生徒に「あなたの勉強意識は間違ってるよ」「あなたのやり方は間違ってるよ」「あなたの勉強量ではダメだよ」と言うと、返ってくる言葉です。以前は、こんな言葉を使うのは「世間知らずの」「気持ちの幼い」「わがまま」「今が良ければ…」の生徒だけでした。何度もバトルをして何人もの生徒を手伝ってきました。しかし近年、段々と増えているのが、保護者でこの言葉を言われる方です。「〇〇さんのやり方は、小学校のやり方です。今後はこうして下さい」「『頑張るんよ。先生の言われるようにするんよ』では理解できてないので、もっと具体的に話し合って下さい」「返事だけでは無く、本当にやってるか、時々見て下さい」「学校で普通でも、受験の実力にはなっていません。優先順位を…」等々。この時に返ってくるのが前期の言葉です。そんなことは無いのなら、何故、現在の状態なのでしょうか？そんなこと無いのなら、なぜ変化しないのでしょうか？金だけ払って、他人に丸投げして他人に責任追及だけしていれば「何か改善が…」得られるのでしょうか？「知らないから…」「専門家じゃないのに…」「最初の子だから知らんのに…」だから、私たちがお伝えしているのです。「そんなことは無い」は、相手を全否定して、全てを拒絶する言葉です。改善や変化が必要なのは、大人も子供も同じです。親が素直に変わろうと努力している姿を見て、何にも思わない子は居ません。子供を変えたかったら、親も考えや日常の態度・行動を少しだけ変えることです。その為には、全否定するのではなく、話の中に可能なものがないかを見つけることです。生徒も同じです。現状を続けることが、一番楽です。でも現状ではダメだから変化を求めて塾に来たんでしょ？なのに何も変えないなんて…。「そんなことが」目に付いたので言ったのに「そんなことは無い」なんて、有り得ませんよね。と、言うことで、今後は絶対に使わない言葉として決心しておいて下さいね。</description>
      <pubDate>Tue, 07 Dec 2021 17:02:59 +0000</pubDate>
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      <title>人それぞれの考えが・・・20211205</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-145663/</link>
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      <description>「人には、人それぞれの考えが…」「皆んなの考えは、皆んな違って当たり前」「それぞれの考えを受け入れるのが先進的」「全ての人の考えを受け入れて叶えることが優しさ」「各家庭の思いや各個人の思いを尊重すべき」等々。沢山のご意見や声を聞きます。勿論、その通りだと思います。決して否定するつもりはありません。しかし、これらの言葉を使っている人たちは、本当に皆さん、正しく使っているのでしょうか？ブームやきれい事の「上っ面」だけで使っている人は居ないでしょうか？それぞれ違う考えを主張して、それぞれ違う決定をして、それぞれ違う行動をする。これによって起こった全ての結果をそれぞれが受け入れて、それぞれが全ての責任を考える。もっともだと思います。素晴らしいことです。しかし、言葉の「上っ面」だけを上手く・美味しく利用している人が激増中です。他人の考えは受け入れない。他人の意見は聞かずにスルー自分の損得・好嫌が最優先我慢なんて何ものぞ思い通りに成らなかったら「〇〇のせい」これらを実行している人も上記の「人には色々考えがあるから…」を胸を張って使われます。ここからが私の「ひとり善がりな自論」です。色んな人が居て、色んな考えや価値観があって、色んな行動をすることは当然のことです。日本は自由の国です。個人の考えや財産を尊重します。しかし、法やルールを歪めてまでの自由は許してない筈です。義務や我慢や妥協が出来ない人が、場面が増えています。自由というのは「他人に迷惑を掛けない」「他人に責任を押し付けない」ものだと思います。他人に平気で迷惑を掛けていても「私は間違っていない」とか「誰にも迷惑を掛けていない」を主張する人が激増に感じます。何が迷惑なのか？この状態では何がダメなのか？相手は(周りは)何を嫌がっているのか？を考えずに自由を語れるのは『ＵＡＥ』の首長だけです。何が正しいか正しく無いかも「人によって違う」と思います。しかし、人に迷惑を掛けてるか掛けてないかは絶対に自分の価値観では無いと思います。何でこんな話をしているかと言えば、最近、「ちょっと、それは違うんじゃ無い？」とか「それは無茶だ」とか「そんな我が儘を何で当然のように求めるの？」と仕事や月謝では割り切れない事象が連続して起こっているからです。なんじゃあ、結局自分の『鬱憤晴らしかぃ？』てか？そうです。すみません(てへ、ぺロ)</description>
      <pubDate>Sun, 05 Dec 2021 22:57:55 +0000</pubDate>
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      <title>勉強している「フリ」をしている20211117</title>
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      <description>成績不振生徒の「何度注意しても、中々改善しない生徒の原因」の中に、『フリ』があります。勉強している「フリ」って言うと、またまた「家の子。そんなに悪い子じゃありません」ってお叱りを受けそうですが、「フリ」にも色々あります。は悪気のあるフリ。は悪意の無いフリ。は勘違いのフリです。は、皆さんが想像通りのフリです。「勉強する」と言って部屋に入り、隠れてマンガを読んだりゲームをしたり、宿題は答えを写して全てを埋めて終わらせ、提出物は催促されるまで放置して、罰の期限ギリギリに提出して何とかセーフ。『今の面倒から逃げても、将来は何とかなる』のり行動をしている「フリ」です。は、真面目っ子の女子に多いパターンです。綺麗に綺麗にノートをカラフルに整理したり、何度も何度も漢字や単語を書いてはいるが、覚えるために書いているのではなく、「沢山書いて褒めてもらうために書いて」いるような子です。提出物やプリントも、大人や先生の「気に入る完成度」が最大の目標です。が問題なのです。本人も、保護者も「知らない」し、「間違って」いるし、「出来て」いないのに、自分のやり方や考え方を過信してしまって、いくら周りが修正しようとしても、聞き入れずに間違ったままを続けているのです。外からの『見た目』や『費やす時間』だけはタップリ使うので、結果としては勉強したつもりになっているのです。ましてや、本人は「今まで、こうやって来た」とか「学校ではこれで良いって言われた」とか「自分より酷い生徒はもっといる」と自信とプライドで中々修正に応じません。厳密には「フリ」にしかなっていないのです。「あまり勉強時間を取らなくても成績優秀」とか「スポーツ命なのに成績優秀」とか「ギリギリに受験勉強を始めたのに、難関校に合格」の特例ニュースを聞くと、『自分も(我が子も)そうなれる』と信じている生徒(親)が多すぎるのです。たまたまの珍しい出来事だからニュースになるのです。めったに起こらない珍事だから風の噂に乗るのです。全〜〜〜ん部ひっくるめて「勉強しているフリ」と呼びます。じゃあ、どうすれば？教室に来て聞いて下さい。但し、素直に従う意識が無いのに(聞いているつもりもダメです)『何とかして下さい・・・』は無理ですからね。偉そうですか？ごめんなさい(ペコリ)</description>
      <pubDate>Wed, 17 Nov 2021 16:13:12 +0000</pubDate>
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      <title>お母さん！子供を見てます？20211109</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-145283/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-145283/</guid>
      <description>「家の子、頑張っているのに、勉強が分からないって言うんです」「家の子、家で結構勉強はしてるんですが・・・」「家の子、学校では中の上なんです」「家の子、先生の言われた様にやってるんですが・・・」「家の子、勉強は楽しく無いが、クラブは楽しいって言うんです」「これだけ塾に来させているのに、何で成績が上がらないのですか？」「真面目に宿題はやってるのに、何で成績が上がらないのですか？」「学校のテストはそれなりに取れるのに、どうして模試では…？」云々教室に、上記のような質問やご意見(クレーム?)を頂きます。我が教室では、年に４度、授業報告書に塾長の感想・意見書(時には悪口?)を付けて保護者にお渡ししています。勿論、頑張っているいる生徒や指示したように正しい学習法を実施して成績アップしている生徒にはそれなりの評価と今後の新たな行動を。成績不振者や意識・行動が間違えていて成績が中々上昇しない生徒には、意識の間違い、行動の間違い、勉強方法の間違い等、原因を細かく指摘し、改善のための今後の行動方法も伝えています。時には、学校の現状を保護者がご存知無い時にはその説明もお伝えしています。どうしても伝わらない時や、緊急を要する時などには保護者にお越しいただいて、じっくりお話しし、お伝えすることも度々です。でも、でも、でも、殆んど改善されないばかりか、時間が経過すればするほど戻り難くなる生徒がいます。「お母さんから何か話があった？」と聞くと、『先生の言う事を聞くんよ』だけだったとか『何か言ってたけど忘れた』とか『別に何にも・・・』まで居ます。時には『分かってます。家の子はチャンとやってます』とお叱りを受けることや、『ここ、ダメね』と思われたのでしょうか、他の塾と平行して通うようにされた保護者も居られました(後日談;結局他でも成績不振で止めたとか…)学校の現状や成績レベル、偏差値や現状等、現場に居られない方が知らない事は、いくらでもお伝えします。それを「そんな事は無い」と全否定されると、手の施しようがありません。「私たちの若い頃は・・・」も通用しません。現場の現状は、現場の私たちを信じて頂くしか・・・。家庭で親は放っといて、行かせれば、習わせれば、教われば、金さえ払っとけば・・・。こんな考えの方ほど、『私は誰よりも、家の〇〇ちゃんを見ています。分かってやっています。失礼な！』とか『家の〇〇ちゃんを悪く言って、授業コマを増やして金儲けをしたいだけなんでしょ』とか『自分たちの力不足を子供や私たちのせいにして・・・』なんて、[B]乱暴な意見[/B]を言われます。はぁ〜〜(涙)自由な時代とは言え、少し自由すぎませんか？</description>
      <pubDate>Tue, 09 Nov 2021 16:35:00 +0000</pubDate>
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      <title>あの、お母さんが変わらなければ・・・20211102</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-145178/</link>
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      <description>以前から何度も「他人の話を聞かない」「なのに自分は出来てると思っている」「勘違い自信(必要以上のプライド)で反論」の価値観の方が増えている話はしていますよね。それは、日常の生活だけでなく、職場やご近所、家庭や子育てにも当然影響を及ぼしています。昔から「子は親の鑑」とか「子は育てたようにしか育たない」って良く聞きますよね。勿論、例外として「トンビが鷹を産んだ」って言葉もありますけれど、何でもそうですが、例外はあくまでも例外で、確率が低いから話題として伝わっていくのです。「あの塾に行ってただけで、宿題もしなかったのに〇〇高校に受かったのよ。家の子も…」なんてのが例外の良い例(?)ですね。話が逸れました。生徒を見ていて「あぁ、今までこれをやり続けてきたから疑問にも思わないんだなぁ」とか「そりゃあ、家でこんな状態を許しているから、変わらないわなぁ」とか「お母さん、この子を何歳だと思っているんだろう？」と思うことが度々です。「家では度々注意するんですけどねぇ」と言われるお母さん。言うだけ言って、言いっ放しでチェックをしない。一度言うと、我が子は一発で聞いて実行する奴隷の様に思っている。私は独裁者の様にプライドを持ってる？何度も言うのが子育てでしょ！「だって、家の〇〇ちゃんは・・・」といわれるお母さん。いい歳の子供をいつまで幼児扱いするんですか？10歳位なら、かなりの理解や我慢ができるのですよ。させて来なかったから、こんな「甘ちゃんの我まま」になったんですよ。それに、他人に向かって我が子を『ちゃん』で呼ぶなんて・・・、母さんの常識を・・・です。さらに、「プライドと上から目線の生徒」のお母さん。家で、そんな話を「子供の前で」していますよね。するなと言ってるんではありません。何にも分かっていない子どもに、他人を見下す言葉だけを聞かせると、子供はそれを自分の立場だと理解して行動しますよ。生徒にも色々言ってますが、お母様方にも「オブラード」に包んでお伝えしているつもりです。前記の『他人の話を聞かない』人は、変わりませんよね。「このお母さんが変わらなければ、この子は変わらないな」とか「お母さん。言ってる事とやってる事が、全然違うじゃん」と思うことや「お母さん自身が『出来てる』ってプライドが有り過ぎてるなぁ」と思うことが増えてきています。何か、お母さんの悪口ばっかり言ってるから、ま〜〜〜た、嫌われるのかなぁ？あっ、勿論、チャンとされてるお母さんの方が多いんですよ。当たり前ですけどね。</description>
      <pubDate>Tue, 02 Nov 2021 17:37:41 +0000</pubDate>
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      <title>えぇぇぇぇぇぇっ？20211101</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-145164/</link>
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      <description>先日、とんでもない言葉を言われました。「私の成績が上がらないのは、学校で今やっている単元じゃ無い所を塾でやらせるからだ」「私が求めているようにしてくれないからだ」です。その生徒は、数学の申込で通塾しています。「じゃあ、他の教科は？」というと、全部同じレベルの点数です。具体的に言うと(あっ、個人が特定されるから限界が…)計算の基礎が何ヶ月やっても残らないし、区別がつかない。だから応用や文章題は『何ものぞ』。代入もままならない(そりゃそうだ。計算の基礎が…)のに関数と図形題を教えてくれないから成績が……と言われて。本人曰く「勉強とは、聞いて・書いて・丸を貰うもの。私は毎日学校に行って聞いている。それ以外に『塾まで』来ているのに成績が伸びないのはおかしい。全部丸になるように教えるのが先生の力」だそうです。英語のテストや社会のテストも見る機会がありましたが、「単語が全く…」や「教科書を見直ししていない」状態です。「そりゃそうだ」の点数です。以前から保護者にもお伝えしていたのですが、「本人がやる気が無いので仕方ない…」だそうです。他に、中受をする生徒が、何度言っても「家庭で問題を解いてみずに、塾で解こう」とします。「家庭で探して解いて覚えないと、試験で使えないよ」と、何度も叱っていますが、いつまでも同様の繰り返しです。「だって、分からん問題は、塾で聞きと母さんに言われたもん」が本人の言い分です。その内、資料棚の周りをゴソゴソしているので「何？何を探してるの」と聞くと、「もっと、簡単に答えが分かる本無いかと思って…」だそうです。私が「あるよ。ほら、解答集」と渡すと、「えっへっへ、さすがにそれは…」と言っていましたが、でもその生徒が求めているのは当にそれですよね。「〇〇と△△と□□は、必ずセットで聞かれるから、セットで覚えておくんよ」と指示すると、「はい」と返事は良いのですが、その問題集に載っていた〇〇だけ転記したらお仕舞いにしました。そこで「□□は何？」と聞くと「えっ？」で終わりです。またまた叱ることが増えました。お母様も、「指示に従っているかどうか」よりも、「塾に行っているので、何とかして貰える」の方が大切そうで、何度言っても覚えて来ない生徒なのに、ご褒美やプレゼントは必ず「人一倍(いや、人三倍・五倍・十倍)高いものを」されるので、生徒は、頑張らなくても、返事さえしていれば「ご褒美はもらえるもの」で、「最後には母さんが何とかしてくれる」と認識しているみたいです。皆さんなら、どうやって成績を上げますか？何か『簡単で良い方法』がありましたら教えて下さい。絶対ですよ。本当にお願いしますよ(ペコリ)</description>
      <pubDate>Mon, 01 Nov 2021 20:46:35 +0000</pubDate>
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      <title>あなた、歳いくつ？20211101</title>
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      <description>「だってぇ」「だって、母さんが・・・」「えぇっ？何で塾がそこまで…」「はいはい、(一歩出たらバレんから、無視無視)」教室をオープンした頃と、生徒の態度と質が激変しています。昔も、成績不振者は居ました。いくら叱っても従わない生徒は居ました。しかし、彼らには彼らなりの理由が明確でした。信念(？)を持ってサボっていました。でも、しっかりと色々話し合いをして納得できると突然頑張りだしたのも彼らでした。勿論、元々素直な生徒は当然成績上昇ですが、この彼らも、基礎を入れ直すと、突然の成績上昇でした。ところが、現在の成績不振者に共通している意識・行動があります。それは「大人を舐めてる」ことです。「子供は地域の宝」「大人は、決して子供に攻撃しない」「子供には無限の可能性が…」「先生はサラリーマン化しているから、どうせ…」「金、払ってるのに偉そうに…」「私が望んでいるようなやり方で…」これらを露骨に口にする生徒も居ました。幼い生徒が知っている訳がありません。家庭で大人が口にしているのを聞いていたとしか思えません。一部、正しくもあり正しくも無し。人、それぞれの価値観がありますので、勿論これらのセリフを否定するつもりはありません。しかし、「現実」と「きれいごと(他人事)」を勘違いしている生徒(母親かな？)履き違えている生徒(母親かな？)が、非常に増えています。「基礎・基本を理解しないで覚えないでも、聞いただけで読んだだけで、テストで１００点取れるようにして欲しい」「やってるかどうかは生徒が判断する」し、そこをフォローするのが『金を受け取っている』塾だ。「塾が求めた内容・量の３割もやった。これで充分」と思っている。努力はしたくない。我慢はしたくない。出来るだけ短時間で。でもゴール(ご褒美)だけは、周りよりも『良い物』を。こんなことを思いながら(現実に口にする人も…)いくらお願いや注意をしても無視して、何も変わらない。生徒のあなた。そんな上から目線で『歳、いくつですか？』そんな、低次元のことも出来ない生徒のあなた。『歳、いくつですか？』そんな事ができると考えている保護者のあなた。『歳、いくつですか？』その態度・言葉が「大人としても普通」と平気で思っている保護者のあなた。『歳、いくつですか？』出来ない。知らない。非常識。我がまま。こんな人ほどしっかり保護される。変な世の中ですね。本当に頑張っている。必死で聞いている読んでいる。人の話を良く聞く。我慢の連続。こんな人がもっともっと救われる世の中は、もう来ないのでしょうか？</description>
      <pubDate>Mon, 01 Nov 2021 17:18:53 +0000</pubDate>
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      <title>だから、自己流では・・・20211021</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-144992/</link>
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      <description>近年、学校の教科(特に数学)を『自己流』でやって、成績不振どころか、急下降している生徒が目に付きます。勿論、指摘しますし、注意も改善法も言います。しかし、一向に改善しませんし、更に下降しているように見えます。「自己流は絶対ダメ」とか「奴隷の様に従え」って言ってんではありません。どんなものでも基礎基本や定義・原則があります。それをクリアしてからなら「自己流」で羽ばたいてくれれば良いのです。スピードアップしてくれれば良いのです。基礎基本を聞きもせず、ルールを覚えもせず、最初から『自己流』をすることを「ダメ」と言っているのです。例えるなら「陶工」に弟子入りして、土のこね方もキチンと出来ない弟子が、未来アートを目指すようなものです。では、何故、こんな「自己流」の生徒が増加しているのか？少し考えてみました。「個人の自由じゃん」「人それぞれじゃん」「人には色々な考えがあるから…」「だってぇ、こっちが楽だから…」「家の子、こっちが良いって言うんです」「子供には自由に…」「無限の可能性が…」「何〜に、偉そうに…」「何〜に、失礼ね」「お金払ってるんだから、要望するように…」何か、私なんか「原始時代の遺物」のように言われます。でも、基礎基本が出来なくても、発展問題に対応できる生徒が何％居るのですか？こう言うと、また「失礼ね。うちの〇〇ちゃんはやってくれるわよ」と何度も言われて、結果ダメダメになっていく生徒をたくさん見てきました。「△△塾に行っていた□□ちゃんは、それでも何とかなったわよ。この塾ダメね」も何度も言われてきました。結果は…………。子供の「我まま」や「自己流」や「唯我独尊」を許し続けた環境にも大きな責任があると思いますよ。</description>
      <pubDate>Thu, 21 Oct 2021 17:18:05 +0000</pubDate>
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      <title>｢この親の対応」では・・・20211009</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-144818/</link>
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      <description>今回は、非常に独り善がりで失礼な内容です。何を読んでも腹を立てずに読み飛ばして下さいね。かと言って、本当は、腹を立てる方ほど、しっかり読んで欲しいし、腹が立たない方は、笑い話のネタにでもして欲しいのですが…。「この親の対応」と書きましたが、「この、親の対応」と「この親、の対応」とでは、意味が違ってきます。「この、親の対応」からお話しします。自分の都合や好みや思いで子供に対する(必要以上につつく)。やりすぎの親。やってもないのに「自分はやってるつもり」の親。「チャンとやるんよ」「しっかりやるんよ」「先生の言うようにやるんよ」「自分のことでしょ」「責任をもって」と何も具体的で無く、子供に全部責任転嫁して、「私はいつも言っている」と親の責任を回避している親。本人たちにも思いや言い分はあるのでしょうが、「少し引いてみて、周りに相談して少しだけ変えてみたら上手くいくのに…」と思ってしまいます。次に「この親、の対応」です。子供を過信し過ぎている親。親自身が、勉強の何たるか以前に、社会常識が無い親(大変失礼ですね。ペコリ)。人の話を聞かない親。言ってる事、お願いした事と常に逆々をする親。「子供に聞いてみます」とか「子供が嫌だって言ってます」とか「子供が頑張るって言ってます」と子供を過信しているか、物分りの良い親を演じている親。「怒ったら、部屋から出て来なくなるので…」と、今までの自分の対応ミスを、子供の責任にしている親。ルール、時間を守らない親の子や、物を大切にしない親の子は、やっぱり「似て」います。「変わってる」「分っていない」「できていない」行動を取られる親の特徴は、思い込みが激しく、人の話を聞かない。自分の都合ばかりを一方的で、自分都合ばかりで判断する。それらが原因で、子供がその場その場で言うことやることが違ってきても、またぞろきれい事の理論で言い訳して、絶対に勝ちに行く(今風の言い方で『マウントを取りたがる』)です。「この生徒に何度言っても、この親の対応ではなぁ。家に帰ると元の木阿弥だなぁ」とか「注意してもしても、親が許すし、親が率先して買ってやるんものなぁ」「この親が変わってくれないと…」が、現実に数人居ます。昔の言葉に「親が変われば子も変わる」「あの親にしてこの子」「子は親の鑑」と言うのがあります。「この親、の対応」の方。一度振り向いて下さいね。とか言っても、マウント取る方は、振り向くことが何より嫌いなんですよね。キチンと「振り返り」の出来てる方ほど、他人の言葉を良く聞いておられます。(じゃあ、お前の家庭や子供は、さぞ完璧なんだろうな！も、マウント族に度々言われました)色々失礼ばかりを言いました。バカなジジイの戯言と思って下さい。ごめんなさい(深々とペコリ)。</description>
      <pubDate>Sat, 09 Oct 2021 13:07:44 +0000</pubDate>
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      <title>親の知らない子ども達の現況・・・20211009</title>
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      <description>勉強嫌い面倒臭い楽したいどうしたら母ちゃんを騙せるかどうしたら母ちゃんにバレないか先生恐い宿題しなきゃ小遣い欲しい〇〇買いたいいつの時代も、子供の考える事なんて同じです。でも、昔(いつ頃の時代じゃ？)は、「怒られる」「バレたら…」「怖い！」「痛い！」の心理や現実がブレーキや自制心を作っていました。しかし、近年の子ども達には『まったく』ブレーキの効かない子が激増中です。教室を始めた頃の子ども達の性質とは別物と感じています。原因は２つあると感じています。１つ目は、親子関係の変化です。「家の〇〇ちゃんが…」とか「家の子に聞いたら…」とか「まさか家の□□ちゃんに限って」とか「家の△△ちゃんが嫌がるんです」と、過保護(親ばかじゃなく、バカ親ですね)の域を超えた可愛がり様ですね。学校や塾にも、機嫌を取って『行って貰う』『お願いして…』を度々見かけます。怖いものが無いんです。大人を舐めきってますよね。自分の天下だと思って生きてますよね。ブレーキなんて・・・。２つ目は、世情といいますか、世の中の環境です。何十万人に一人の「殺すまで虐待するバカ親」「周りを気遣う心を持たずに育って、自分の欲望だけを満たすバカ親」の『せい』で作られた変な法律や、「子供はちゃんと分かっている」とか「子供は強制せずに自分で判断させて育てる」とか「体罰反対」とかのきれい事を行政もテレビもマスコミも展開し、バカコメンテーターが真面目にきれい事を言うと、また「バカ親」がそれを真に受けて子供を叱らないどころか、学校や他人にクレームに行く。これらの行動が子供にプラスになるかどうかが分からないから「バカ親」って呼んでいるんです。宿題しなくても、忘れ物をしても、提出物を出さなくても、指示を無視しても、約束を守らなくても、学校で他人のものを盗っても、何をしても絶対に「罰」や「仕返し」や「痛み」や「攻撃」や「責任」が来ないのです。そのうえ、将来、進学や社会性に困っても、「金の力」や「「親のゴネ」で何とかなってしまうんですよ。そりゃあ、子ども達は「自分が思ったことは、どんなことでも全て思い通りになる」と過信して当たり前ですよね。「子供は地域の宝」とか「社会で子供を育てよう」と持ち上げておいて、その実『放置』しているんですよ。そりゃあ、「自分はプリンス・プリンセス」と勘違いして、無視(スルー)するに決まってますよ。それを早めに気付いて修正・訂正するのが親の仕事なのに、親が率先して「家の子は、ま〜だ、小っちゃいから」とか「その内分る時が…」と放置しておいて、いざ困ったら、学校や塾の責任と言う。子供の現状は、親の現状でもあるんですね。偉そうに「自論」「偏見」を述べて『すみません』</description>
      <pubDate>Sat, 09 Oct 2021 11:31:49 +0000</pubDate>
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      <title>身分？目上？平等？20211006</title>
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      <description>「平等」の名の下で、全く勘違いな言動をされる方が増えていると感じています。平等とは、身分的な上下は無く、憲法で保障されている機会を対等に手にすることができることですよね。つまり、上下関係で他人に辛くあたることは無く、機会を手にすることは保障されているが手に入れて自分の物になることまでは保証されていないということですよね。そこで、最近のお母様に多いのが「目上」の概念を理解されていない方です。目上とは、先生(教えを請う方・指導を請う方)・お師匠さん・監督・コーチ・上役職等の方々のことだと思います。年齢は関係無く、上記の立場の方は目上の方ですよね。だから、敬語や返事やご挨拶を意識することを昔から教わってきましたよね。勿論、時代が変化して、無茶なパワハラや付け届けや丁稚・奴隷の様な扱いは問題ですが、『習う』とか『教えて頂く』『指導を願う』という意味では変わってませんよね。だから、私たちも『先生』だから、大切に敬えって話ではありません。私たちも、そこまで時代錯誤なプライドでは生きていません。けれども、ものには限度があります。平等な時代かもしれません。対等な立場での社会生活かもしれません。けれど、「平等」「対等」を口にして、権利主張をされる方ほど「公平」でも「真摯」でもありません。ましてや「謙虚」なんて言葉は全くお持ちでは無いのかと思います。何かと言うと直ぐに「何〜に、偉そうに！」とか「金払ってるのに…」とか「誰に言ってるの？客よ！」との態度に変わる方が居られます。塾なんてどこにでもあるわ代わりの塾なんていくらでもあるわ私が金をだしているのよ家の子の要望を・・・私は客よそうです。塾もサービス業です。知識と経験を切り売りしています。最大限の効果を出せるように日々努力をしています。その上、お金を頂かないと立ち行きません。私もお金は欲しいです。大切です。しかし、これらのセリフを言われる方は、他に知識や力をお持ちではないのでしょうね。何でも金の力で解決して来られたのでしょうね。だから、私たちにまで上記の様なセリフを。勿論、皆さん全員が、こんなセリフを口にされる訳ではありません。ここまで子育てを放棄して於いて、特別成績不振の生徒を連れて来て、尚且つ「無茶苦茶な要求」を「短期間で」「楽に」「即効性を」求められるのです。金の力ってすごいですねぇ。何でも直ぐに手に入るんですねぇ。羨ましい。私も、もっとお金がたっぷりある家に生まれたかったです。今とは違う人生を送っていたかもしれませんねぇ。</description>
      <pubDate>Wed, 06 Oct 2021 15:29:13 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>教えて下さい？20211006</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-144768/</link>
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      <description>成績不振の小・中学生。これらの生徒を連れて、お母様も共にお越しになられます。そこで発される「言葉」の意味が近年変わっているなと感じています。それが「勉強を教えて下さい」です。勿論、それが仕事ですので、私たちは全力で立ち向かいます。ですが、私たちが間違っているのか・・・。どうも、「勉強を教えて欲しい」＝(イコール)「自力で出来るようになる」では無いみたいです。自力で「勉強が出来るようになる」とは、単元の意味が分かって、どんな場面で何に使えるのかが分って、用語・ルール・公式を覚えて、問題が何を求めているのかを考えて、自分の知っている知識の数個を思い出し、組み合わせて使うことです。つまり、単純な作業ではないのです。自らの頭がフル回転しないとできないのです。だから、授業でも、必要以上に全部は言いません。「何が分かってる？」「じゃぁ、どうすればできる？」「何を使う？」等、できるだけ生徒に考える習慣をつけて貰うようにしています。ところが、授業を暫く受けた後に、お母様から苦情の電話が…。子供が「塾のあの教え方は嫌だ」「私はチャンとやっているのに先生は黙ってる」「塾ではキチンと教えてくれない」って言うんです。もっとしっかり説明してやって下さい。と・・・。教えるって、式や答を全部言って、全部書かせて、全部埋めさせて、花丸をつけて終わらせることですか？どこかの塾のように、答を生徒に渡して転記させて〇をさせて終わらせたり、どこかの英会話教室の中３コースのように「分からない？ここはこう書くのよ」と全部答を書かすだけで時間を終了させたりを望まれているのですかねぇ？だったらご希望通りなので良いですが、今後の学校生活では絶対使えませんけど、良いんですかね？教室の自習・質問スペースでも同様のことが起こります。宿題や受験勉強で分からないことがあったら「聞きにおいで」と言ってます。すると、生徒によっては、「宿題や提出物の『答』を早く言え！」的な態度を取る生徒がいます。そこで、前記の指導を「何で？」「だから…？」とやると、生徒が家に帰って「あの塾、嫌だぁ。僕チャンと聞いてるのに、ちっとも教えてくれない」となるらしいです。そこで「あなたが間違ってるわよ」と話して頂けるお家の生徒は変わる余地があるのですが、またぞろ苦情の電話がある生徒は・・・。そんな「子供の望む答だけ指導」を求めるお母様って、ご自身の学生時代には、どうされていたのでしょうか？あっ、関係無かったですね。失礼致しました。</description>
      <pubDate>Wed, 06 Oct 2021 14:11:35 +0000</pubDate>
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      <title>皆さ〜ん！見ました？20210921</title>
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      <description>皆さん。見ました？とってもきれいな満月ですよ。「中秋の名月」だそうです。愛犬「そら」の散歩ですが、懐中電灯が要らないくらいに明るいですね。私は、年から年中(雨の日も雪の日も欠かさず)仕事終わりに犬の散歩に行きますので、年間の月と星を見続けています。やはり、冬の空気が「ピン」としている時の月や星はとてもきれいです。でも、「オリオン座」が真南に近づいてくると、受験シーズンが近づいていることを実感して気が重くなりますけどね。あっ、中秋の名月の話でしたね。やっぱり、綺麗でした。皆さん。一日遅れでも良いですから、ご覧下さいね。</description>
      <pubDate>Tue, 21 Sep 2021 23:48:45 +0000</pubDate>
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      <title>こんなになってから・・・？20210915</title>
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      <description>小学校５年生で、学校のテストで５０点なんです…。「頑張る」って言ってますので、普通にしてやって下さい。小学校６年生で、学校では普通(とお母様曰く。学校で60〜70点取っている)なんです。〇〇中学を受験させますので…。小学校ではよくできる方(80〜85点取っていた)だったのに、中学では急に成績が下降(中１定期テストで40〜60点)。元に戻して下さい。14年間、塾などには行ってません。学校では良くも悪くも無く普通って言われてます。来年は受験生です。中２の３学期から塾に入れますので△△高校へ行って、将来は◎◎大学へ行って欲しいと思ってます。今まで野球一筋で来ました。勉強よりクラブ優先で来ました。学校の定期テストは40点平均です。クラブも引退したので入塾させますので、本人希望の野球で有名な〇〇高校へ入れて下さい。論外；高校(偏差45位)３年まで、サッカー一筋で一度も塾などには行ってません。学校でも勉強より練習を優先して来ました。何度も補習や追試を受けました。これから(夏休み)は、しっかり塾に来ますので、国立の□□大学(偏差60強)に入れて下さい。どうですか？だけは、生徒の意識・行動、保護者の意識・行動如何によっては可能性がありますが、他は、まずまず可能性が低いです。論外の高３生に到っては、何がなんだか・・・？「聞けば」「習えば」「教えて貰えば」「塾に行かせれば」どんなことでも叶うのなら、日本中の生徒が皆んな、高３まで遊ぶだけ遊んで、そこから塾に行けば「全員東大生」が叶いますよね。学習習慣。日常の行動意識。長年の積み上げ。知識の利用方法。これらが身に付いてない生徒が激増中なんです。学校に行かせてたら保護者も分っていた筈です。「私らプロじゃないから分る訳が無い」って方が居られますが。小学で50点。中学で40点が普通か普通じゃないか位は分るでしょう？それこそ、分からないなら、一人で思い込まずに、誰かに聞くべきでしたね。こんな状態になってから連れて来られて「難しい…旨」をお伝えすると「何〜に。無理なの？ダメな塾ね」と罵倒される私たち。私たちのどこに責任が・・・？無責任に引き受けて、お金だけ頂いて、『残念でしたね』ときれい事を言う方が親切なんですかね？ここまで「放置」していた理由を聞きたい位です。時間や家庭生活をも超越するような指導なんて無いんです。</description>
      <pubDate>Wed, 15 Sep 2021 16:33:54 +0000</pubDate>
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      <title>家の子にかぎって・・・そんな筈は・・・20210915</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-144442/</link>
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      <description>前回の『話を聞いていない』の続きです。前回の生徒よりは少しだけ上位の生徒の話です。少しは意識を持って聞いていますし、家で復習して『覚えて』きています。しかし、覚えて来ていても『使えない』んです。近年(ここ数年)の生徒の多くに見られる傾向ですが、『同時に複数個の知識を使う』とか『順を追って、処理していく』とか『知ってる知識の何を聞かれているのかを考える』が出来ない生徒が非常に多いのです。何故なら、学校で「今、この単元をやっている。だからこうしなさい。できた？まぁすごい！偉い偉い！」と、前後の事など関係無く、目の前のたった１つの事だけを終わらせる事を生徒は『勉強している』と思い込んでいるからです。学校の批判をしているのではありません。それさえも出来ない遣らない生徒が多すぎるのが原因だからです。だから、問題が解けない生徒が止まっているので、「ここにこれが書いてあるから、あれとあれを使うんよ」と言うと『あっ！』って言います。つまり、知っているけど完全に分りきっていないので出てこないのです。私は昔から、この現象を『保育所のぬり絵』と呼んでいます。まさか？と思われるかも知れませんが、想像以上に多いのですよ！(笑)</description>
      <pubDate>Wed, 15 Sep 2021 12:46:06 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>家の子にかぎって・・・そんな筈は・・・20210915</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-144441/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-144441/</guid>
      <description>子供の傷害事件やいじめ事案の時に度々耳にする言葉です。今回は、そんな恐い内容ではありません。しかし、ある意味保護者にとっては『怖い』話です。近年の(十年前に比べて数年以内の話です)小・中学生の多くに見られる傾向です。他人の話を聞いていて、１回で内容が聞き取れる生徒が非常に減少しています。昔は「偉い人(先生や講師や指導者)」の話は、一言も聞き漏らさぬ様に意識し、『分かろう』と思いながら聞いていたのですが、近年の生徒たちは、聞き逃しても「後で母さんが何とかしてくれる」「どうせペーパーをくれるんでしょ」「分るように言わなかった人の言い方が悪い」「ダメなら塾で聞けば良い」の様に、自分に責任や罰が来ないことを知っているので適当に聞き流すのです。分り易く言うと、「何かこんな感じのことを言ってた」の聞き方レベルで『チャンと聞いていた』と保身の主張するのです。これは学校や塾の授業でも再現されます。教室での授業でも、基礎的な入口単元を何度説明しても言った傍から「出来ない」「反対のことをする」「自己流でアレンジする」が続出しています。「家で、もう一度やり直してみるんよ」と指示しますが、分かっていないので、翌週も同じことの繰り返しです。正確に聞く意識が無く、分ろうと思ってなく、あれとこれの違いを分ろうと思ってないので、何度繰り返しても同じことの繰り返しです。その証拠に、成績不振生徒は、聞きながらメモを取ったり、ノートを書いたり、プリントに要点を書き込んだりが出来ません。聞くなら聞くだけ。書くなら書くだけ。それも、自己流のアレンジしたり、省略したりの走り書きが多いです。保護者にこれらをお伝えすると、「先生のご意見は分りました。家で子供と話し合ってみます」と言われます。そんな子のお母様の対応も似ています。「家の子に聞いたら、『チャンと聞いているけど、先生の説明がよく分からん』と言います。子供に合わせて分るように言ってやって下さい」もとくは「『チャンとやるんよ。しっかり聞くんよ。自分のことじゃけえね』と注意しましたので、今度はやってくれる筈です」です。それで変わるのだったら、今までの時間で変わってます。変わらないからお伝えしたのに・・・。学校では、これらの行動がもっともっと前面に出ている筈です。そりゃあ、成績が上がる筈が・・・・・・・・・です。</description>
      <pubDate>Wed, 15 Sep 2021 11:59:49 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>家の子は普通！本当に普通？20210910</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-144367/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-144367/</guid>
      <description>こんな話題を出すと、必ず「じゃあ、普通って何ですか？」「あなたに強制されたくありません」「人、それぞれの価値観で」「日本は自由の国」とかの色々なお言葉を頂きます。もちろん、それを全否定するつもりはありません。しかし、こんな『きれい事』最優先の方ほど「〇〇中学へ…」とか「△△高校へ」とか「できれば国立大学へ…」と人それぞれとは反対の「ご褒美結果」を求められます。ゴールは高嶺が欲しいのに、途中はどんな状態でも許す。それで塾に連れて来られて、金の力で「何とかしろ」と言われても…。だから今回は事前に現状をお知らせしますね。聞いてビックリして下さい。後で短期間で云々言われても無理だって分かっておいて下さいね。教室のある地域の話しです。小学校の普通って、毎回のテストで100点取ることです。教科書準拠(って言うより、教科書まんま)の授業をして、テストの答を授業で教えて、それでも出来ない方が不思議ですよね。なのに「家の子、学校でいつも80点取ってくるんです。良くできる方なんです」って方が居られます。いいえ、もう、すでに少し心配な子ですね。60〜70点の子なら、勉強以前に根本からの意識と生活を改善する必要があります。中学の普通って、定期テストで全科平均で80〜85点が普通かな？「クラス平均とか学年平均を上回った」って自慢する方が居られますが、クラス平均程度では、高校受験で「〇〇高校へ」って求めないで下さいね。選べる高校は僅かですから・・・。中３の夏で「平均が30〜40位なんですが、頑張りますから△△高校へ…」と偏差値で15〜20も上の校名を出して来られる方が居られます。「ちょっと難しいかなぁ…」と言うと「何〜に、無理なの？◎◎塾なら可能なのかしら」と叱られる方も。「じゃあ、毎日最低でもこれをして、言われたことは絶対って約束できますか？」って入塾しても、学習習慣が無いから殆んど従わない。そりゃそうだ。やらずに来たからこの実力なんだ。数年でたまに、顔色変えて必死でついて来る生徒がいます。当然、成績は上昇しますが、「何でもっと早くに始めなかったの？こんなに辛い思いをしなくても良かったのに…」と可哀想になります。いいですか？もう一度いいますよ。教室のある地域では、地元小・中学校の平均では、将来、全国とは闘えませんよ。地域で「普通」と呼ばれている高校でも、全国とは闘えませんよ。「そんなん、私らプロじゃ無いから知るわけ無いじゃん。偉そうに…」と何度も何十回も言われてきました。だから、今回はハッキリお知らせしましたよ。家の子は普通じゃありません！！</description>
      <pubDate>Fri, 10 Sep 2021 17:26:58 +0000</pubDate>
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      <title>大人を舐めている20210910</title>
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      <description>近年の小・中学生の多くに見られる(地域性かなぁ？)特徴が、自分を過大評価し、大人を舐めていて、何でもかんでも『思い通り』にしよう(できる？)とする価値観です。苦労をしなくても結果は周りよりも良いのが欲しい。我慢しなくても周りより上手く(たくさん)出来るように成りたい。「出来ない」とか「知らない」を周りに知られないで通過したい。大人の話や注意を聞かない(無視・スルー・放っとく)。非常に失礼な態度をとっても、叱られない(攻撃・反撃はされない)事をチャンと知っている。何で１０歳前後の子ども達がこんな理不尽な非常識を身に付けたのでしょうか？もちろん、『そのように育てたから』です。学校？いいえ違います。先生方に何度も話を聞きましたから。権利・自由・人それぞれの言葉を振りかざして、他人に迷惑を掛けていても何も感じない(迷惑を掛けていると自覚が無いのかな？)大人がお手本を見せて、それを許してきたのですから当然「その通りに育った」のです。単語・英語の６文型・数学の計算ルール・図形の面積公式・小数点の計算ルール。これらを覚えないで学力が上昇する方法が有るのなら教えて頂きたいです。生徒に何度「今日こそ絶対にこれだけは覚えるんよ」と帰らせますが、やらない生徒は何度繰り返してもまたまた間違えます。保護者にお伝えすると、「家の〇〇ちゃんに確認したら、チャンとやってるって言ってます」とか「家の〇〇ちゃんはそのやり方は嫌いだって言ってます」とか「何でも強制しないで、家の〇〇ちゃんに合わせたやり方を教えてやって下さい」と言われます。この様に過剰に守られて、異常でも非常識でも何でも親に言い付ければ親が『思い通り』に叶えてくれるんですよ。つまり小中学生が「世の中で自分が一番正しくて、自分の好みで思った通りに何でも叶う」って思ってるのを親や祖父母が叶えてくれるんですよ。そりゃあ、他人の大人なんて「聞くに値しない」ですよね(涙)って、こんな事を言ってても、現実にそれをしている生徒や保護者ほど『自覚』が無いのです。何故なら、こうした注意やヒントさえも聞いていないのですから・・・。</description>
      <pubDate>Fri, 10 Sep 2021 16:29:13 +0000</pubDate>
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      <title>出来てる人ほど・・・出来てない人ほど・・・20210908</title>
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      <description>今回は、勉強のことだけではありません。一般生活も含めての話です。時間にルーズな人ほど指摘すると「そんなことはない」って言います。約束を守らない人ほど指摘すると「そんなことはない」って言います。復習ができていない生徒ほど指摘すると「そんなことはない」って言います。暗記ができていない生徒ほど指摘すると「そんなことはない」って言います。キチンと子供を見ていない人ほど指摘すると「そんなことはない」って言います。他人のことを「舐めきって」いる生徒＆親ほど「私はキチンとできている」っていいます。逆に出来ている人ほど必死です。出来ている人ほど「テストで〇だったけど、何でか分からないから、もう一回教えて」って言います。家庭でキチンと出来ている保護者ほど、「私は△△だと思うのですが、先生はどう考えられますか？」って他人の意見を受け入れられます。これって、本当は逆なんです。キチンと説明や意見を聞く習慣や意識があるから勉強や社会生活ができる人になったのです。キチンと説明や意見を聞く習慣や意識が無いから勉強や社会生活がトラブルや不都合や失敗の続出になったのです。勉強も生活も社会性も、そういった元々の『人間力』なんですね。偉そうにすみません(ペコリ)</description>
      <pubDate>Wed, 08 Sep 2021 23:36:39 +0000</pubDate>
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      <title>そう習ったから・・・20210830</title>
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      <description>近日、生徒に指導・叱責していると、チョコチョコ聞こえる言い訳(？)のセリフに『そう習ったから…』があります。数学でそっくりな２問を解いて、１問は正解、他問は不正解。それも信じられない解法。「何でこうしたの？」って聞くと「そう習ったから…｣小学４〜５年の解法に中１の計算方法を同時に使う問題で間違えるので「何でこうしたの？」って聞くと「そう習ったから…」英語の基本問題で語尾の変化やＳを付ける付けないで間違えるので「何でこうしたの？」って聞くと「そう習ったから…｣そんな訳は無いんです。そんな教え方をしている訳が無いんです。それが、自分にとって「一番楽」だから、『勝手に、そう聞いた事にしているだけ』なのです。だから、こんな生徒は、学校の定期試験では８５点や９０点取るので「自分は完璧」と誤解しています。その後、塾で模擬試験を受けてもらうと「３５点」しか取れません。そこで登場する言い訳も「親子で」共通です。『ここの問題は難しすぎる』違うわ〜！学校の試験は「授業でやったまんま出る」ので、分かって無くても答えられるだけです。行動などでも同様です。「勉強終わった？」「全部書けた？」生徒は「終わった〜」「全部出来た〜」「完璧〜」って答えます。勉強に終わりなんてありません。全部書いたから偉いのではありません。分ったか、一人で考えたか、覚えたかが大切なのです。それを、家で「作業」は終わったか？を聞いているのです。そりゃあ、「こう言われたから…」「こう習ったから…」の生徒が育ちますよね。本当は分ってない生徒ほど、勉強の根拠を「こう習ったから…」と言います。成績アップする生徒は「だってぇ、〇〇を□□しろって言ってるから◎◎しかダメじゃん」ってハッキリと理由・根拠を言います。『だってぇ「こう習ったから」知らんよう、私は悪くないよう』と喧嘩腰でプライドを押し付けてくる生徒は……ですね。</description>
      <pubDate>Mon, 30 Aug 2021 22:56:20 +0000</pubDate>
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      <title>中学生の学力とは・・・20210828</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-144162/</link>
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      <description>皆さ〜〜〜ん！中学生が「勉強している」「勉強ができるようになった」って、何がどれ位できれば、そう思いますか？学校で授業を聞いている学校の宿題をやっている提出物を出している提出物を自分でやっている定期試験の点数が５０点定期試験の点数がクラス平均定期試験の点数が７０点定期試験の点数が８０点学力確認テストで偏差値が上昇入試過去問が７割解ける近年の地元中学生についてお話しします。からまでは、問題外です。「小学校、低学年か！」って呼んでいます。からは、素直な生徒が、素直に継続してくれたら誰でも成れます。素直に従ってくれないのに「塾に行かしたんだから…」と言われる人も居ますけど、「そんなん絶対無理」です。は、少しだけ行動や意識に修正が必要です。でも、これも、コツコツ毎日従ってくれれば、確実に可能です。とは少しでは無くて、沢山の意識変革が必要です。元々「出来ていた生徒」は問題無く可能ですが、元々は平均点くらいだった生徒は、大きな変革が必要です。私は「180°じゃなく、540°ぐらい変わる意識になってね」と言ってます。ここで、本題に戻ります。「勉強が出来る」とは、どのレベルですか？やで納得・満足する方は少ないでしょうが、やで偏差値50から55の高校が確実に手に入ると思っている生徒(保護者も)が多すぎです。学校の定期試験の点数を上げるのは意外と簡単なんです。語弊がありますね。言った日本語を理解して、覚える指示に従ってくれれば、割と誰でも定期試験の点数『だけ』は上げてやれます。だってぇ、範囲もレベルも聞き方も分かっているんですよ。そこだけ指摘して、指示しとけば、取れるでしょう？ここからが大問題なのです。学校の定期試験の点数が少し上がったからって、「自分は実力が付いた」「家の子は実力アップした」『もう受験も安心!!!!!!!』って勘違いしている人が多いです。ここが私たちの苦労ポイントです。正しい意識で正しいやり方で正しい量をやれているのならＯＫです。しかし、定期試験だけで模擬試験がアップしていないのは、何かが間違っているからです。仮に高校受験で合格出来ても、入学して数ヶ月後に『う〜〜ん、訳分からん』が目に見えてます。と言うことで、中学生の持っているべき実力のレベルを、思い込みや「昔は…」では無く、正確に知っておいて下さいね。</description>
      <pubDate>Sat, 28 Aug 2021 17:32:12 +0000</pubDate>
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      <title>生徒の学力不振の原因は・・・20210817</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-143994/</link>
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      <description>成績不振の生徒を見ていると、原因が幾つかの括りに分類できることに気が付きました。勿論、私は大学の専門家でも学者でもありませんので、現場で生ものの生徒や保護者と接してきた経験だけで申し上げます。ですから、該当率９５％位との前提をもって聞いて下さい。大きく分けると、以下の４点です。親が「何が勉強か」「どれ位が普通レベルか」を知らない。親も子も、テレビや評論家の「きれい事」を信じ切っている。家庭での大人の接し方に問題がある。いくら注意しても、子供が無視する。について説明します。「ちゃんと聞くんよ」「勉強終わった？」等、『勉強を作業』としてしまう考え方。「小学校では普通です」「小学校で70点も取って来ます」「中学で平均点位ですから普通です」等の現状のレベル認識の間違い。塾に行かせて「聞けば」「習えば」「教えて貰えば」すぐに成績は上がるとの『そんなはずが…』の認識。について説明します。「小さい頃は何よりもスポーツが…」「子供には無限の可能性が…」と冷静な判断無しで行動。「子供は褒めて育てる」って言って、甘やかし放題。「自由」「個性」の言葉を根拠に我がまま放題。責任感どころか、約束を守る意識さえも無い。「やるのは子供だから、子供の選んだ塾がこの子に最適な塾」と、宿題をしなくても叱らない「金儲け塾」に行かせて「私は、子供の気持ちを最優先に考える良い親」を信じている。については、余り言うと「何〜に、偉そうに」とか「失礼ね」とか「そんな事はないわよ」とか「じゃあ、私に仕事を辞めて、ず〜っと子供を見とけって言うの？」って、またまた叱られそうですから少しだけに・・・。子供は「号令一発」では聞きません。従いません。守りません。それを「私は、いつも言うんですけどね」と一発で聞かそうとしていませんか？大切なのは、子供が聞くための『仕掛け』を考えることと、チャンと出来ているかどうかの『チェック』を繰り返すことです。もし「私はチャンとやっているのに…」と思われるのなら、家庭の中に、その私以外にそうではない考えや価値観をお持ちの方が必ず居ます。例えば、お母さんが叱っても、昼間はお祖母ちゃんがユルユルだとか…。叱る時には怖いけど、普段のお父さんは甘々だとか…。お母さんが今日は叱ったけれど明日は許すだとか…。『多分大丈夫なはず』では無くて、必ず有ります。思い込みは止めてチェックしてみて下さい。については、『教えを請う』『指導を請う』に、「指示や指摘に従わない」とか「実行しなくてもよい」なんてワードや考えが存在するはずがありません。ましてや、指導者の指示以外をやって、ベターな結果が出ることがあるはずがありません。なのに平気で無視して何も感じないのです。何故なら「その方が楽だから…」とか「それでも何とかなったから…」「自分には決して攻撃は来ないから…」が理由なのです。何ともなっていないのに「何とかなっている」と思うのは『それでも許して本人の希望を叶えてやっている人が居る』からなのです。つまり、の延長線上の出来事なのです。小さな頃から、約束を『絶対』守ることを求めましたか？「まだ、小さいから…」と何でも可愛い可愛いで許してきていませんか？小さい時に守れない子供が、大きくなって知恵が付いてから従うはずがありません。以上のどれかが該当するはずです。他人からの眼が一番冷静です。思い込みを止めて、冷静に他人に相談してみて下さい。大人の面子より子供の将来の方が大切ですよね。普通の親ならば・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 17 Aug 2021 20:31:11 +0000</pubDate>
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      <title>子供に勉強を教えるって？20210810</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-143899/</link>
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      <description>成績不振の生徒の「宿題」や「提出物」が中々終わらない、分からない、出来ない時「どうしてますか？」とお訊ねすると、殆んどの方が「私かお祖母ちゃんが教えてます」とお応えになります。この「教えてます」が問題なのです。よくよ〜〜く聞いてみると、「教える」では無く「終わらせる手伝い」をされているのです。具体的に言うと、算数の問題を大人が読み、式と答えを大人が言い、「分かった？」と子供に聞いて、それを記入させて「教えた」としているのです。勿論、子供は「うん。分かった」と答えます。当然です。この問題の『式と答』が分かったのですから…。大人も「私は、放っとかずに、キチンと教えてやった」と満足感も得られます。全てが丸ぁるく収まった様に見えますが、これを続けてきたから成績不振なのです。当然です。成績不振の生徒にとっては、考えなくても、我慢しなくても『丸になる結果』が手に入るのです。苦労して考えるなんてしなくなります。教室から出した宿題の場合、通常解けないであろうレベルの問題を「全問正解」して来る訳です。当然「おかしいな！」と再度一人で解かせてみます。勿論解けません。「自分でやった？」と生徒に確認しますと、ほぼ「うん」と答えます。何が問題なのかを説明します。自力で解けるようになるには、説明を正確に理解し、用語の内容を理解し覚え、問題文の状況と意図を理解し、覚えている事柄を何個か組み合わせて立式し、正確に計算することです。これを「何かこんな感じ…」と適当に誤魔化し、考えて立式することを大人がやらせないのです。できる様になるはずがありません。宿題は「現在の理解内容を確認」するためと、今日指導した内容の「繰り返し定着」を目的に出しています。絶対に「罰ゲーム」や「先生が自慢するため」ではありません。生徒はそれを、塾から帰った当日にやらず、完全に忘れ去った後の塾に行く直前にしているのです。大人は、確認や定着の邪魔をしているのです。聞けば、習えば、教えてもらえば、勉強は出来るようになる……………………筈はありません。大人の皆さん。あなたはそうやって「出来る子」になられましたか？それで「出来る子」になった人は居ないと思いますよ。教えるのなら、「何がわかった？」「どうすればそうなる？」「何を習った？」「どうすればそうなる？」「計算する時の注意は？」と、決して答を言わないで下さい。「そんな、難しいことが、素人の私に出来る訳が無いでしょ」と言われる方が居られます。だから、塾の授業時間だけでなく、別の日や別の時間に質問や定着のために「塾の自習スペース」を利用して下さいとお願いしているのです。</description>
      <pubDate>Tue, 10 Aug 2021 12:05:40 +0000</pubDate>
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      <title>勿体ない？そんな事ない？20210801</title>
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      <description>近年、入塾後、短期で突然退塾される生徒が頻発しています。勿論、塾の対応が100％だとは申しません。しかし、我が教室は、塾の方針説明・体験授業・原因分析・対応計画・指導・フォローアップと、入塾までに時間を掛け対話を行ない、生徒・保護者共に納得の確認をしてからで無いと入塾頂いていません(だから、ちょっと偉そうって言われるんです)。当然、方針や対応はオープン時から変わっていません。つまり、該当生徒が生まれる前からこの指導をしています。入塾時に「厳しいよ」とか「命令は絶対よ」とか「ウソや誤魔化しは許さないよ」とか「塾に入れば何とかして貰えることなんて、絶対ないよ」と厳しい言葉を沢山投げかけて確認をします。当然ですが、出来てる生徒には厳しくしませんよ。言っても「やらない」生徒だけですよ。勿論、生徒も保護者も「勿論です。良〜〜く話し合って来ました。この子も『頑張る』って言ってますので厳しくして下さい」と言われることが多いです。しかし、入塾から３〜４ヶ月(過去最短は１ヶ月未満)で突然の退塾です。それも、電話でお母様から……「子供が、もう行かんと動かないんです。聞くと『私はやってるのに先生がしつこく叱る。あんなんおかしい』と部屋から出て来ないんです。だから、今日でもう…」と決定です。良くよ〜〜く聞いてみると、今までも他の塾や習い事・学校・クラブ・友人関係等、何でも『私は正しい』『何で私が…』と自分を押し通して来たし、保護者もそれを全て許して来たそうです。何でも「やってるつもり」「できてるはず」「こうしろと言われた」と、自分の感覚が正解だったそうです。「だって、子供が動いてくれないんで…」とか「勉強するのは子供なんで、本人が嫌がるものは、向いてないのだから…」と大抵の保護者は言われますが、２〜３才からそうしてきたのでしょうか？それを話し合いもせずに、許し続けてきて完成された考え・行動ではないのですか？何でも子供の言い分を許してきたから、思い付きや感情で「王様」「神様」の行動が『権利』になってしまったのだと思います。そんなに短期で転々としていたら、結局何も身に付かないし、先払いや購入品が全て『無駄』になっている筈です。勿論「気持ち」も「時間」も「信用」も全てが『無駄』になっているんじゃないかなぁ？私は『勿体ない』と思うのですが、皆さんはそうは思われないのかなぁ？子供の要望を叶えてやったことで「元は取った」のかなぁ？私が「貧乏塾長」だから、価値観が違うのかなぁ？</description>
      <pubDate>Sun, 01 Aug 2021 23:09:42 +0000</pubDate>
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      <title>土用の丑の日です20210728</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-143731/</link>
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      <description>今日は「土用丑の日」です。夏場の暑さが身に堪える時期です。皆さん。「ウナギ」食べました？美味しい国産のウナギは、最も高値の日です。私は・・・私は・・・なんと、なんと食べました〜〜〜！しかも、国産！薩摩川内産の一尾物です。身が厚く、ほくほくでした。勿論、ビールも一緒です。最高でした。何年ぶりだろう？以前食べたのはたしか「中国産」だったような・・・お察しのように、貧乏塾の塾長が、そんな高価な贅沢をするはずが無いですよね。実は、ある生徒のお母様が「沢山頂いたから…」とお裾分けして頂けたのです。家族で少しづつ分けて食べればいいのに、私の顔が浮かんだのだそうです。生徒も「塾長なら多分食べるよ。あげたら…」と後押しをしてくれたらしいです。幸せだなぁ！やかましい、うるさい、偉そうなジジイを思い出してくれるなんて・・・。やっぱり、皆んなに嫌われながらも、頑張っているのを分かってくれてる生徒が、僅かでも居てくれること。これがあるから、いくら「儲からない塾」でも止められないんですよ。ウナギじゃ無いですよ。生徒の後押しとお母様の気持ちにですよ(笑)</description>
      <pubDate>Wed, 28 Jul 2021 23:13:55 +0000</pubDate>
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      <title>どうして鰻なの?20210727</title>
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      <description>「どうして丑の日なのに、ウナギなの?　丑の日なら牛肉じゃないの?ほらっ、29日は肉の日だし、11月11日はポッキープリッツの日じゃん」って小学生に聞かれました。単純なことですが、「疑問を持つ」ってすごい事ですし、それをまた直ぐに聞けるのも立派です。大人なら、理由も知らずに『あたりまえじゃん』と信じていることに疑問を持つ事を、これからも褒めてあげたいです。勿論、質問には答えました。「丑」と「牛」は関係無く、「土用」と呼ばれる暑い期間があり、すべての日にちを昔から「十二支」を当てはめて呼んできた。その組み合わせが「土用・丑」になっただけ。つまり、もっとも暑くて体力が奪われる時期。そこで、昔の学者の「平賀源内」がビタミン豊富な「ウナギを食したら?」の気持ちを込めて「土用丑　鰻を」とウナギ屋の店先に書いたと言う言い伝えが・・・。信じるか信じないかは、あなた次第です。あっ因みに「鰻の旬」は冬です。脂がたっぷり載った物が美味しいそうです。脂が殆ど抜け落ちた夏の鰻はそうでも無いそうです。私は、高くて、どちらも食べれないから関係無いですけどね。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Jul 2021 10:07:06 +0000</pubDate>
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      <title>塾に求められているものは・・・20210720</title>
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      <description>「塾に何を求められていますか？」的な質問をすると、殆んどの人が「成績アップ」とか「受験合格」を言われます。当然です。塾は、学習の手助けや補助的説明や出来るだけ短距離で確実な成果を出す『手伝い』や『協力』をする場所です。成績優秀で、更に高みを目指している生徒には、「これでもか…」の知識と演習を。少しの『つまづき』に苦労している生徒には、原因を分析し、改善方法をアドバイス。当然、成績優秀者や、「何が何でも〇〇に受かりたい」生徒は(ほど？)どんなに量や手間や苦労や我慢を求めても、必ず耐えて「結果を手に入れて」くれます。そんな子の保護者も「遠慮せず、ビシビシ厳しく叱ってやって下さい」と言われますが、生徒本人が「その気」なので、言われるほどビシビシする必要がありません。逆に、ビシビシやる必要があって、厳しくする必要があって、量をやらせる必要があって、我慢をさせる必要があって耐えて、約束を守って、『逃げ』や『ごまかし』を止めさせる必要がある生徒ほど、レベルの酷さに比例するくらい従いません。もちろん、今まで、そうやって過ごしてきたのに、何も苦労も我慢もせずに叶えられて過ごして来れたのだから、聞くわけがありません。生徒は、聞くことを求められてこなかったのですから。生徒は、聞かなくても可愛がられてきたのですから。保護者が「どんな塾が良〜〜い？」って聞くと「優しくて、楽しくて、怒らなくて、宿題が無くて、成績が上がる塾」って答えます。そんなもんが有るのなら、学校なんか不要です。でも、それを売りにして「うちに来れば、どんな子でも成績アップします。安心して下さい」って言ってる塾ほど人気です。何故、そんな塾を求めるのか？そんな子たちの保護者の意見は、「私は何度も注意した」「子供はチャンとやるって言った」「公式や英単語の覚え方が分からんから出来んと言った」「私はチャンとやってるのに先生が怒る所ではやる気にならんと言った」です。何故、子ども達がそんな言葉を平気で口にするのかといえば、当然です、そう教えられたからです。そんな対応をしたからです。家族の誰かがそれを許しているからです。酷い保護者になると、「私は、無理してお金を払ってまで、子供の望む塾に行かせている良い親」とか「私はキチンと分かっている。出来ている。だから、私には触れずに子供だけを変えて」とか「プロに任せたのだから、一々家にトラブルを報告せずに、塾で何とかしてよ」まで、ありました。家族が「何も変わらず、何も我慢せず、他人に丸投げで、金と楽で何でも手に入る「素晴らしい国、ニッポン」に成ったんだなぁと、力が抜けました。これを『育児放棄。子育て放棄』と言わず、何て言えば良いのですか？それでも塾は、金を払っている保護者の機嫌をとりながら、気持ちよくお金を払って頂けるように気を払い、そのお子様の機嫌を損ねて保護者様に「チクられない」ようにしながら、成績を短期間で急激に上げなければ存続出来ない時代になったんでしょうかねぇ？それ以前の問題で、他人の私たちに何を求めているのですか？</description>
      <pubDate>Tue, 20 Jul 2021 18:06:57 +0000</pubDate>
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      <title>他人を頼るって？20210717</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-143557/</link>
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      <description>「他人を頼る」って言葉を聞いて、どのように感じますか？楽？　ラッキー！　私が苦労しなくても良い！　何とかして貰える！のプラスな感覚ですか？迷惑を掛ける。騙される。金を余計に請求される(余程、悪い業者にばかり当ってきたんですね。ご同情申し上げます)。バレると恥ずかしい。「私は知ってる(分かってる)のに、何で他人なんかに…」のマイナスの感覚ですか？高度経済成長の頃「お客様は神様です」とか、バブル期の頃「賢い消費者」「消費者は何でも知っている」とか近年の「個性」「一人一人の人生」「人それぞれの考え方が…」の言葉に踊らされて(ある意味騙されて)、言葉の認識やレベルを間違って思い込まれている方が非常に多く居られると思います。前記の「賢い…」や「消費者…」なんて、完全に『煽て』『機嫌取り』の最たるものだと思います。プロや現場の人よりも詳しくて良く分かっている素人なんて居る筈がありません。「だろう」や「多分」の方は時々居られますが、殆んどの方は素人です。その素人が「知ってるもん」「分かってるもん」「他人は当てにならん」と、勝手な判断をして、傷口を広げたり、取り返しのつかない状態にしてしまったのを沢山みてきました。そこで、「プロ」や「(良く)知っている他人」を頼るしかないのです。「丸投げをする」や「全責任を求めて、自分は何もしない」ことを『頼る』だと思ってる人が居られます(こんな人が高額請求の人なのかな？)が、だからダメダメになるのです。ニュートラルな気持ちで素直に内容を聞いて、思い込みを捨てて冷静に現状を受け入れ、何をどこまで手伝って貰えるのか、逆に自分は何をどこまで責任を持ってやるのかをじっくりと話し合って、頼んだり頼まれたりするのを『頼る』と言うのだと思います。何も努力をせずに、結果の保証だけを求めるのではありません。間違っても、都合の良い事や耳障りの良い部分だけをつまみ食いすることではありません。実は、前述のダメダメを求める方と、沢〜〜〜山、出会ってきました。その都度「この人偉そう」とか「頭おかしいんじゃ無い」とか「家の子、そこまでは…」とか「そんなこと、私は分かっている」と爆批判・爆見下し・爆冷たい目に会ってきました。理想の完璧なお手伝いは無理かもしれませんが、正しく「頼って」頂けた方には、損得抜きで最大限のお手伝いをさせて頂いてきたつもりです。ところが、「正しく」頼ってこられる方は、そんなに「手間」と「時間」が掛からないのです。「正しくない」「頼り」を求められる方は、逆に『無限』に手間と時間ばかり掛かって、結果に中々近づけないことが多いです。ここまで喋ると、「頼る」も「勉強の結果」も、正しい方、正しい生徒しか理想に近づけないのですね。何だったんだろう(涙)</description>
      <pubDate>Sat, 17 Jul 2021 19:36:30 +0000</pubDate>
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      <title>何とかなるの？20210715</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-143525/</link>
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      <description>受験生や成績不振生の、成績の変化の分かれ道が「絶対にやる」か「返事だけでスルー」しているかです。「自己責任だから・・・」とか「自分の将来を考えて・・・」とか「自分のことでしょ」とか、子供に声掛けをしている保護者を見かけますが、それを理解できて、自分からそんな行動ができる生徒は「成績不振」にはなりません。問題は、今までの「自分の間違い」や「気づかなかった」や「甘え」を素直に認め、直ぐに確実に素直に行動してくれる生徒と、具体的に何度も指示や注意をしても「返事だけでスルーする生徒」や「表面だけ良い子」を演じて親を誤魔化しているが、心では「面倒臭いなぁ」と『放っとく』事が当然の様に、『悪いことをしている』と思ってもいない生徒との違いです。表面だけ取り繕っている生徒や、形だけやってる「ふり」をする生徒の実情を保護者にお伝えすると「そんなことは無い」って殆ど否定されます。「家の子がそんな・・・」とか「私が確認したら、キッチリやってると・・・」と何でも子供を丸信頼なんです。疑えって言ってるんじゃ無いです。大人なんだから、もっと冷静にしっかり観察して下さいっていってるんです。酷いパターンになると、塾はそう言いますけど、学校の先生は「良い子」だと言ってくれます。毎日毎日見てくれている学校の方が、週１の塾より家の子の事を良く見てくれているはずです。塾は、厳しいことを言って沢山授業を取らせてお金を取りたいだけでしよ。まで言われると『勝手にせぃ』って腹の中では思ってます。勿論、口には出しません。大人ですから。正しい勉強量を10だとします。入塾時に2〜3しかやっていない生徒に、何度も何度も注意してやっと６位やってくれだしたら、突然、本人がやる気を失います。素直じゃなくなります。確認すると、今までの3倍くらいの点数が取れ始めました。本人はもちろん、友達や親までも「すごい」「賢い」「絶対受かる」「雲の上」と勘違いしてしまいます。まだ、届いていないので、もっともっとを求めると、突然退塾していきます。お母様に確認すると、「この子の人生です。この子の思いを尊重してやります。この子はよく頑張りました」だそうです。勘違いや誤解を訂正してやるのが「子育て」じゃないのですか？親子してもう、受験に受かった気満々です。そんな意識ややり方や量では、進学先でもすぐに下降線です(多分)私が１７年の経験で色々話してあげると、「あぁ、そうなんですか。誰も言ってくれないから…」と素直に従って頂ける親子は(今まで)全員成績が上昇してきました。「そんなことは無い」とか「そこまでは…」と親子してスルーしてしまわれたら、結果は、〇〇〇です。最後まで「良いんですね？」と嫌われ役を務めます。「大丈夫です。これくらいで何とかなりますから…」と聞き入れては頂けません。私は最後まで悪者のままです。再度確認します。[B][/B]『本当に何とかなると思われているんですか？』[B][/B]</description>
      <pubDate>Thu, 15 Jul 2021 23:13:25 +0000</pubDate>
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      <title>そりゃあ、無理だわなぁ！20210714</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-143501/</link>
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      <description>「家の子、学校の授業が分からないって言うんです」「家の子、頑張っても学校のテストの点数が上がらないって言うんです」って、こんな内容の「お言葉」と共に、何人も当教室にお越し頂いています。その後に繋がる「せりふ」は決まって『だから、しっかり教えてやって下さい』です。その後、暫く授業を行なってみると、多くの生徒に『共通する』原因が見られます。学校の授業が分からないのは、『聞いていないからです。』「そんなことは無い」と、本人からも保護者からも(必ず)攻撃されます。一般的に『聞く』とは、「分かろうと意識・自覚」して「言葉の意味と、文脈から、内容を飲み込む」ための作業です。しかし、成績不振者は「努力をせず意識もせず、自然に耳に入って来た音に反応し、努力をしなくてもたまたま頭に残っていた事だけを転記して『頑張っている〜』と満足している」のです。分かろうともせず、聞こうともせず、分からない出来ないのは『教え方が悪い』と主張しているのです。この、子供の言葉を100％いや1000％信じ切って、自分では確認も対処もせず「この子が悪いんじゃない」と「親として(ある意味暴言)」と発言されます。何だかなぁ？次に、テストの点数が上がらないことについてです。先刻書いたように「聞いていない」上に、「覚えていない」のです。「覚えるための意識も努力も苦労も我慢も時間も無い」のです。その証拠に、小学校で『強制』ができないので、九九の６・７・８の段が苦手な中学生が激増中です。学校でも塾でも家庭教師でも「聞いた」「分かった」「多分、次は大丈夫」で終了しています。「違うよ」「ダメだよ」といくら言っても「そんなことは無い。今まで、これで誰からも怒られていない」だから成績不振なのです。大丈夫では無いのに、学校も家庭も誰も「責めなかった」のです。放っといても「自然と」「知らない間に」覚えていることはないのです。教えた直後に「覚えたもん」って口ごたえする生徒がいますが、当然です。どんなに意識しなくても「10分や15分」は誰でも覚えています。ポイントは「３年経っても残っているかどうか」が全てです。次第に忘れていくのも人間です。だから再度「覚え直す」作業をするのです。これを復習というのです。子ども達の言う「復習」とは、ノートやプリントを眺めているだけなのです。私はこれを「思い出に浸っている」と呼んでいます。本当の復習は「何故そうした」「ここでは何故そう考えた」「先生は何故こちらの方法を選んだ」「先生は、何故これを使う事を思いついた」と理由と根拠を思い出し、用語とその根拠を併せて飲み込む作業を復習と呼ぶのです。つまり、習ったのに掛かった時間と、同じ時間が復習には掛かるのです。それを「教えてやって下さい」「聞けば家の子も…」「教えれば家の子も…」「習えば家の子も…」と、子供の意識も行動も確認せずに、勉強は単なる作業だと勘違いされていませんか？まさか、お母様が学生時代にそうされていたんでは……？そんなことは無いですよね。失礼申し上げました。失言です。お許し下さい。</description>
      <pubDate>Wed, 14 Jul 2021 17:19:25 +0000</pubDate>
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      <title>成績不振の原因は2つ?   20210705</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-143347/</link>
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      <description>これまでも成績不振者について色々話してきましたが、突き詰めて突き詰めて分析していくと大きな原因は「２つ」に集約できるのかな?と思ってきました。1つ目は、『無視(スルー)』をすることです。先生の説明を無視。親の指示を無視。指導者の叱責を無視。ルールを無視。何故なら、無視していても、従わなくても困らないからです。別にバツが有る訳でも無い。宿題していないからってクラブやスポーツや外食に行かせてもらえないわけじゃ無い。「世間並みに」の言葉の下、何でも買って貰える。親子してテレビの綺麗事を心底信じている攻撃される訳でも無い。晒しものになる訳でも無い。自分にマイナスが来ないのに、苦労や我慢を進んでする子供が居ますか?親も「家の子、ま〜だ小さいから…。その内に…」で手遅れにしておいて、「私はチャンと言ってるのに…」と他人事。『三つ子の魂、百まで』です。小さな時から『絶対に「放っとく」は許さない』をさせていないのが原因です。2つ目は、「日本語が分からない」です。これを言うと、すぐに「そんなことはない。友達とも会話できてるし、毎日生活に困ってない」って反論がきますが、それは、犬の「おすわり」「よし」「まて」やサーカスの「行け」「飛べ」と同じ『動作に対する号令・合図』です。言われた方は、「何故か」「目的は」「その次に」なんて考えもせず、ただ動いただけなのです。親も、それを見て、「私の指示なら従ってくれるのね」とご満悦です。日本語には一つ一つ意味があって、それに続いている言葉もあり、反対語もあり、定義があります。それを「何〜んか、こんな感じ」を親子でするので、いくら説明しても、指導者の言葉が入らないのです。あれ程分かり易く(別の言い方をすると、くど過ぎる)書いてある小・中学の教科書を読んでも『訳分から〜ん』って言ってるのが証拠です。これらは、塾や学校で何とかするなんて無理です。何故なら、毎日の生活と大量の時間、生活の中での逼迫した必要性を本人が感じてくれないと気付けないからです。アドバイスやお手伝いは出来ますが、最後には生徒と保護者の『本気度』がカギになります。それを自分たちで努力はせずに、他人に「金」や「権利」で丸投げする意識が、成績不振を招いているのです。今回は、少し『荒っぽい意見』になりました。ご立腹の方も居られるでしょうね。お詫びいたします。</description>
      <pubDate>Mon, 05 Jul 2021 12:39:05 +0000</pubDate>
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      <title>強制退塾について……20210702</title>
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      <description>早速のご意見です。賛同してるから入塾したんでしょ理解してるから入塾したんでしょ完全にあなたと同じになれる訳ないでしょえっ?何〜に。要望や意見も言ってはダメなの?等々です。賛同とは、同じ考えになったことです。当然間違った考えは無くなってる筈です。では、なぜ違う行動をされるのですか?理解って、内容に納得してその通りにやることです。「理解している『つもり』」や「分かってる『けど』」は、理解や賛同にはなりません。良い考えだから、子供をそこに入れてしまえば・・・あの人は沢山の優秀な生徒を輩出している立派な指導者だから・・・この様な、箱や指導者の中に入れてしまえば、『家の子も絶対に立派に・・・・・・』なりません!!!!!!!!!こんな「バカ親」が多過ぎです。親と本人の意識と行動が全てです。指導者は「分からせてやる」ことと「手伝ってやる」ことしかできません。実行は本人の結果です。親は何も変わらず今までの生活をし、子供も家に帰れば、今までと同じ。それで今までと違う結果になるのなら、世の中『激変』すぎて、身がもちません。変わりたかったら、親も子も、今までと変えるのです。今までと同じ事を同じように同じだけやれば、今までと同じ結果しか出ません。変えた量だけ、変化の量になります。「私は変えたのに変わらない」って方が居られます。それは「変えた『つもり』」で何も変わってません。それを大人の世界では『わがまま』と呼ぶのです。意識した親。努力してる親。協力して頂ける親。連絡・報告して頂ける親。皆〜〜んな、子供に変化が見えます。だって、私にも仕事が・・・当然です。今日び、専業主婦で24時間子供に対応している人が何％居ますか?いいわけでは何も変わりません。「勉強だけがすべてでは無い」「学力の低い子は、生きてる価値が無いのですか」「はいはい、さぞ、先生のお子さんは立派なんでしょうね」これを「負け惜しみ」「棄てゼリフ」「とにかく勝ちにいく」と言うのです。私は、そんな話は何にもしていません。生徒の変化と上昇のことしか言ってません。親が、そんな価値観だから・・・・・・なんですよ。</description>
      <pubDate>Fri, 02 Jul 2021 09:55:08 +0000</pubDate>
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      <title>強制退塾について…20210702</title>
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      <description>ある方のブログを継続して拝見しています。その方の意見の中に「すご〜〜く」賛同できる物がありましたのでお話しします。「オープンチャットに参加するのと、自分で主催するのとでは、随分対応や気分が違う」というものでした。ただ参加している立場だと、雑多な意見が混じり、中には理不尽な発言や理不尽な要求をする人が登場して、本来の目的と違う場になってしまう状況(所謂&quot;荒れる&quot;)になってしまいます。自分で主催していると、理不尽や他人への攻撃をする人を強制的に退会させたりできますし、キチンと話し合いができる方のみ参加して頂くこともできますよね。その方もある事業をされているので、仕事にもその考えを適用して、事前にしっかり話し合いをした方としか仕事をしないので、お金以上の手伝いとか話し合いが出来て、円滑に順調に過ごしているそうです。それを私の仕事に置き換えてみました。事前にしっかりと話し合い・・・・・・ここについては、可能な限り実施しているつもり。考え方の同じ・・・・・・今、一番困っているのがここです。お金を頂いて仕事としてやっている以上「商売」と考えると、多少考えの違うものも受け入れないと・・・とは思うのですが。根本的に違っていて『学力が下がることはあっても、絶対に上がることは無い』と思われる価値観と行動と無責任さをお持ちの保護者。その方が『金の力』と『ごり押し・無茶な理論・綺麗事』で要求ばかりで少しも話し合いにならない・・・。自分の考えと違うものを排除することは、独り善がりになって、成長を妨げると言う方も居られますが、そこは、常識の範囲の「井戸の広さ」ですよ。他の生徒への悪影響にもなっている。これは、ネットの『荒らし』と同じと考えて良いのではないでしょうか?とすると、「強制退塾」も止む無しが許されるのでは・・・の結論です。近年は、「知らない」「自分は経験が無い」「自分はやっていない」「出来ていないのに自信がある」人が、『金の力でお客様様様』的な態度や、意味も知らないのに『権利・平等・対等・我が家族だけを大切に』を振りかざして、兎に角他人を攻撃する「それでも大人?」的な親と子が激増中です。必死でお金以上の対応をしている(と思っているのは自分だけかも)つもりなのに、協力どころか、逆の対応をしておいて『結果だけは最高を要求する』のを、お相手する事に疲れています。商売として、仕事として考えるから「排除」できないのであれば、最低限の経費さえ払えれば、『趣味の世界』と考えて『非常識』や『理不尽』を排除することなら可能なのかな?と考えることもあります。でも、私にも生活があり、支払いもあり・・・涙涙ましてや、ま〜〜た、こんなことを平気で言うと「あの人、頭おかしい」とか「独善」とか「独裁者」とか、今以上に評判が下がりますよね。今でも『最悪じゃねぇ?」って言われてるのは知ってるけど・・・。</description>
      <pubDate>Fri, 02 Jul 2021 09:21:29 +0000</pubDate>
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      <title>角煮そばを食べました20210625</title>
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      <description>先日、テレビで紹介されていた「角煮そば」を食べて来ました。大きめで超厚めの角煮が、とろとろに煮込まれて入っていました。肉の味が、しっかり付いているので、そばの出汁は薄味でした。岡山県美星町の中世夢が原の駐車場にある『夢味庵』です。興味があれば、皆さんも一度ご賞味あれ。美味しいですよ。</description>
      <pubDate>Fri, 25 Jun 2021 14:45:01 +0000</pubDate>
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      <title>家で叱ると、とんでもない事に・・・20210621</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-143111/</link>
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      <description>成績不振の小学生(学年は中学生ですが、意識は小学生も含みます)を連れて来られた時に、保護者(特にお母様)が言われる言葉に「家で私が叱ると、気絶するんです」「叱ると過呼吸になるんです」「叱ると『頭が真っ白になって何も聞こえなくなる』って言うんです」「何度言っても、直後に反対の行動や、今まで通りのことをするんです」って聞きます。私は医師ではありませんし、検査士でもありませんので、医学的な『診断』はできませんが、原因の半分くらいは予想できます。「発達障害」「学習障害」「精神・神経系の疾患」の場合も有りますので、これらの例は、あくまでも私の「独善」です。該当するパターンの生徒(２or３人？)と交流して、原因を探し出して、対応して、改善できた生徒も居ます。「過呼吸・・・」の生徒ですが、今まで優しく優しく過剰に大切に育てられました。何でも「〇〇ちゃんはどうする？」とか「一人で留守番は可哀想・心配」と連れ歩かれました。勿論、叱られた経験など殆んど無く、何でも「まだ小っちゃいから…」で許されて来ました。入塾しても、先生の言葉を聞き流したり、指示を平気でスルーしたので叱責しました。最初は平然と「薄ら笑い」で聞き流していましたが、途中で急に泣き出して過呼吸に…。対処して落ち着かせ、再度話を聞くと、『とにかく怖かったぁ。節分の鬼くらい怖かったぁ』と、内容よりも『ただ、怖かったことで泣いた』んだそうです。他に「頭が真っ白に…」の生徒ですが、他人の話を聞く時に、常に「何かこんな感じ」「多分こんな感じ」と自分が楽なことしか聞かずに、聞き流すことをしています。なのに、「はい」「分かりました」「頑張ります」と『良い子のフリ』の返事だけは良く、「どうすれば怒られないか」を最優先にしてきました。面倒臭いことは聞き流して放置してきたのです。すると、「怒られる」なんて、最大の面倒臭い・嫌いなことです。相手が怒り始めると、思考と耳のスイッチを切ってしまうのです。だから、後で質問されると、何にも残ってない状態になるのです。それを大人が「真っ白」と綺麗な表現に変えているだけなのです。と、普通では考えられない出来事が起こるのは、『今までは許してもらえた』『こんな事をすれば許してもらえる』、幼児のような『怖かった』が原因でした。年齢と共に、子供も成長してくれないとダメですが、年齢と共に親も態度や対応や求めるレベルを成長させないとだめですね！</description>
      <pubDate>Mon, 21 Jun 2021 20:37:14 +0000</pubDate>
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      <title>本人は分かってない20210610</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142911/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142911/</guid>
      <description>先日、テレビで大変興味深い言葉を聞きました。「親の、過剰な愛情(通称;過保護)は、はたして子供に対して『正義』なのか？親が、子供の学ぶ機会を『奪って』いるだけではないか？」というのがありました。私も、そう思います。教室でも「私は誰よりも、子供のことを考えています」とか「私がしてやらないと、家の〇〇ちゃんは、何〜〜にも出来ないんだから」とか「子供に手を掛けてやった量と、愛情の大きさは比例する(って言う、何がなんだか…)」の人までいました。死ぬまで子供のお世話をするつもりなんでしょうかね？自分は嬉しいのでしょうが、周りには「大迷惑人間」にしかなりませんよね。こんな「勘違い親」が激増しているから、自分のことを「王子様・お姫様」と思っている小・中学生が激増しているんですよね。久々に、テレビのコメンテイターから『まともな言葉』を聞きました。でも、その人、私と同類で、大衆からは疎まれているんですよね。涙</description>
      <pubDate>Thu, 10 Jun 2021 20:54:09 +0000</pubDate>
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      <title>叱っても聴いていない理由20210606</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142838/</link>
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      <description>今まで色々話してきましたが、それを象徴するような文章がありました。過去に掲載した覚えがありますので、記憶にある方も居られると思いますが、ご勘弁を下さい。わがままな生徒や意識の幼い生徒に多く接していると、時々理解できない言葉を発することがありますそのひとつが「その事はもう怒られた」です。すぐには意味が理解できませんでした。よく聞いてみると、「その事は以前、先生にキツく怒られた。その時に私は黙って聞いて、ちゃんと“はい”って言った。だからその事はもう終わった。また同じ事を蒸し返すのか？」という意味だそうです。学校の授業の「単元」と同様に、その件は終わった。だからもう関係ない。忘れてもよい事。との認識だそうです。初めは、呆れて言葉がありませんでした。しかし、よ〜く考えてみると、一度注意すると、直ぐに修正できる生徒に比べて、何度注意しても、時にはキツく叱っても、何度でも同じ事を繰り返す生徒が居ました。その生徒たちにとって、叱られることは、単元と同様のことだったのです。当然大人にとっては、『注意する⇒再度同じことをする⇒叱る⇒再度同じことをする⇒キツく叱る⇒直る(変わる)⇒注意を止める』と、叱るとは、注意したことを実行してくれるまで何度でも言い続けるとの認識が、当たり前のことですよね。しかし、余りにも社会性を持てていない幼い生徒や、その場逃れで誤魔化し続けて生きているわがまま生徒は「ま〜た、同んなじこと言ってる。それはこの前ちゃんと怒られてあげたでしょ。何回もしつこいなぁ」となるらしいです。どうやって分からせましょうかねぇ？困った困った！どうですか？納得でしょ？</description>
      <pubDate>Sun, 06 Jun 2021 23:21:23 +0000</pubDate>
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      <title>・・・が言葉が分からない？20210606</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142837/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142837/</guid>
      <description>教えても聞いていない注意しても聴いていない具体的に指示しても、やらない返事だけで、気軽に無視他人(私たち・大人たち)を見下している事の重大さが分からない最後には親が何とかしてくれると思っているこんな生徒が激増している話は、何度も何度もしつこいくらい呟いてきました。これらを助長・推進・受忍しているのが、マスコミやコメンテーターの『現場を知らないきれい事』です。また、それらが「きれい事」だということが考えられない人たち(母親？)です。最近、よく耳にしますよね。ネットに書いてあった。テレビで言ってた。連れ(この人たちは、何故かこう呼びます)が言ってたから間違いない。だから、子ども達も「無視しても攻撃されない」「後で親か先生が何とかしてくれる」「大人は、自分たちの為に、喜んで奉仕してくれている」と、自分を『地域の宝』の言葉通りに過信しています。それで、これらを続けている生徒が、中学に上がった途端(まだ、２〜３ヶ月ですよ)に、ズルズルと成績下降しています。原因は、上記のきれい事と過信です。それらをお母様にお伝えし、具体的に話し合いのポイントをお伝えし、お帰り頂いて、後日結果報告を頂きました。今の塾だけで成績が下がるなら、進学率で有名な〇〇塾と併用したいそうです。とか家の子に確認したら、「私はチャンとやっている。塾は厳しすぎるだけ」って言ってます。子供の気持ちをわかってやって下さい。とか子供に伝えたら「私のやり方や考えを全否定するような塾は、許せない。そんな風に思われている塾には、もう行きたくない」って言って動かなくなりましたから止めさせます。これらの答えが一番多かったです。生徒が素直じゃ無く、大人を舐めて、自己中なのは、それを肯定して、許して、可愛いと思っている環境に問題があったのです。じゃなければ、お母様自身が、私たちのお伝えしている「言葉」が理解できない状態にあると思われます。これは、全ての「お母様」の悪口を言っているのではありませんよ。あくまでも、前記の様な行動を繰り返す生徒の話です。誤解の無き様に・・・ペコリ</description>
      <pubDate>Sun, 06 Jun 2021 23:06:09 +0000</pubDate>
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      <title>習い事を転々とするんです・・・20210605</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142828/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142828/</guid>
      <description>近年、入塾したけど、短期間で退塾してしまう生徒が増えました。保護者にお話しを聞くと「そうなんです。家の子、昔から習い事や塾を転々とするんです。突然『もう行かん』と頑として動かなくなるんです。少しでも思い通りにならなかったり、先生に何かを言われたり、自分の価値観ややり方と違うことを言われると、何の前触れも無くそうなるんです。でも、学校や習い事の先生には『良い子』って評判は良いのにどうしてか分からないんです。」と言われます。私には、分かります。やられた経験があります。解り易く「厳しい言葉」を使うと、『良い格好しいの生徒』です。本心や家庭内では、我が侭で自分流と自分中心を貫き通すのに、他所では、「良い子」「かわいい子」「良く出来る子」「素直な子」と幼稚園時代から築き上げてきた「理想の自分像」を守り続けているのです。だから先生から何かを言われると『はい』ってすっごく素直に返事はするけれど、覚えてない守らない。それを何度も注意されると腹が立って「うるさいなぁ、もう嫌」と思うけれど、顔には出さずに良い子のままで家に帰り、次回の日に突然『もう、行かん』となる訳です。本人は「悪い事」や「人として…」や「迷惑」なんか思わずに、兎に角、お母さんに「絶対嫌」の一点張りで動かなければ、暫くすると許されるのです。初めての時には分からないでしょうが、２〜３度同様の事件が起こったら、気付くべきです。それを「そうなの？仕方ないわねぇ。じゃあお母さんが電話しとくわ」とするから繰り返すのです。入る時に、前回のことを持ち出して、しつこいくらい何度も確認する。突然止めたら「二度と〇〇はしない」くらいの話し合いをしていないのです。「この子は、難しいんです」と庇うような言葉を言われる方が居られますが、生まれた時からずぅ〜〜っと、難しい子なんて居ません。それを許し続けたから平気で何度も繰り返すのです。それを許し続けて、次の学校も職場も転々としている生徒を聞いたこともあります。ドンドン学力が落ちていき、志望校のハードルが急降下した生徒も見ました。我がままを抑えきれなくて、他人の物に手を出してしまった人も聞いたことがあります。まさか、まさかですが、『私は〇〇ちゃんの思いを全部叶えてやっている「良い親」』なんて思って無いですよね？「絶対合わないもの」を死ぬほど我慢しろって言ってるんではありません。事後検証をしない家庭が多いって言ってるんです。言いっ放しで確認やチェックやフォローをしない親が増えてますよね。何故？どうして？何が？を良く話し合っておかないと、必ず繰り返します。言葉にせずに感情だけで判断する習慣になっているからです。我が教室でも、２〜５ヶ月で止めていく生徒は、殆んど前塾も同様に止めています。簡単に投げ出す生徒は、簡単に雰囲気だけで入りたがります。親は「やっとやる気になってくれたのね」と喜びますが、そこで「努力もしなくても褒めて煽てて」もらえたら続きますが、逆の場合は直ぐに飽きてしまいます。今まで、しっかり向き合って来なかった責任だと思って、これから我慢して向き合ってくださいね。昔、むか〜し、「積み木くずし」って小説・ドラマがありましたが、仕方無いですよね。親の責任です。</description>
      <pubDate>Sat, 05 Jun 2021 19:36:12 +0000</pubDate>
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      <title>そりゃあ、そうなるわな！20210605</title>
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      <description>成績不振者と成績下降者についての話しです。私たちの頃は(すみません。昔むか〜しの話です)、学校で、先生の指示を聞かなかったり、宿題をしなかったり、忘れ物を放っとくなんてことは『絶対に』無かったです。何故なら、家でも「先生の言うことは絶対だ」とか「大人が命令したことは絶対だ」とか「約束を守らなかったのだから〇〇は無し」とか「指示に従わないのなら、今度は□□をするよ」との、無視やスルーを許認可する風潮は無かったからです。しかし、現在はどうでしょう？無視しても罰は無い放っといても罰は無いやらなくても攻撃されない指示に従わなくてもスマホは買って貰える宿題なんかしなくても、スポーツの送り迎えはしてもらえる「家の子なりに…」「家の子の個性を…」「勉強だけが全てでは無い」との綺麗事論母親のご意見まで・・・。こんな『好き嫌い』や『その気になったかどうか』や『面倒臭いのは嫌』で、子供の言い分を全て容認しておいて、誰が我慢して我慢して大人の言葉に従いますか？親も親で、一回言ったから「私は言った」とか、一方的に指示だけ言い捨てて「言ったのにやらない」って言いますが、それで従う子供がいますか？指示は『言うこと』が大切なんじゃなく、チェックすることが大切なんです。言いっ放し、聞きっ放し、産みっ放し、金出しっ放しで「チャンとしてる」って人が多すぎです。テレビのコメンテーター(大学教授や超エリートや超お金持ち)が、「家の子は怒らなくても、キチンと話せばやってますよ。子供を怒るのは間違い」とか綺麗事を言ってますが、親も家庭も子供も全てそんな経歴と環境だから、今の地位に居て、きれい事が言えるのでしょう？全国民が同じ環境な訳が無いのに、それを解って無い一般人ほど「家の子も・・・」と言います。だから・・・・・・です。そりゃあ、そうなるわな。そりゃあ、そういう結果にしかならないわな。それでも、『金の力で何とかしろ』って人が増え続けているのは何なんでしょう？だからでしょうね。それでも、ま〜〜〜だ困らない国「日本」。何て良い国なんでしょう？我慢した私はこんなに困ってるのに・・・。</description>
      <pubDate>Sat, 05 Jun 2021 17:59:40 +0000</pubDate>
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      <title>気付いて無いんでしょうが・・・20210528</title>
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      <description>本人は、お気付きでは無いのでしょうが、最近生徒のお母様やそのお仲間の方々の会話を聞いていて、気になるワードに気付きました。「〇〇されたから、□□してやった」「〇〇って言われたから、□□って言ってやった」「〇〇をやってくれないから、□□を取ってやった」「〇〇に文句を言ってやって、おわびに□□を送るようにしてやった」です。やられたら、やりかえす目には目を・・・色々、リベンジや反発の方法や気持ちはあるでしょうし、私も知らずにやってる事がありますので全否定はしませんが、気になるのは『〜〜してやった』の部分です。されたから『した』なら分かりますが、『してやった』は、正当(？)な反発では無く、自分の腹の虫を収めるための「やつあたり」か「はらいせ」か「鬱憤晴らし」にしか思えません。ましてや、最後の「物」が関わる強制は「詐欺」か「脅迫」になりかねません。話を進めまして、これらの言葉を塾に向けられる方が居られます。子供を塾に入れる目的は何なのでしょうか？私の常識から言えば、子供の成績アップか、子供の不安解消だと思うのですが、どうも「自分の満足」のための塾に見えてしまいます。「私は、子供をチャンと塾に行かせている『良い母親』」「私は、子供が嫌な思いをしたら、キッチリ仕返しをしてやる『良い母親』」「私は、正当にお金を払っているのだから、塾から私の行動をとやかく言われたら、キッチリ反論できる『賢い消費者』」との感情があるのでしょうか？成績不振の生徒の多くに見られるのが、目的よりも、自分の感覚・感情を優先されているお母様が多いのが、私の永年の経験から感じています。勿論、統計ですから「絶対」では無いですよ。こんな話をすると「絶対なん？」「全員なん？」「証拠は？」って喰いついて来られるのも前述のタイプの方なので一応付け加えておきます。失礼しました〜。</description>
      <pubDate>Fri, 28 May 2021 10:34:21 +0000</pubDate>
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      <title>知らないのなら、知らないからこそ・・・20210524</title>
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      <description>最近の小・中学生に多いのが「知らないのに…」「友達の間違った情報なのに…」自分に都合の良いことだけを自分に都合良く信じて、他の情報や意見やデータを示しても『自分は間違っていない』と絶対に聞き入れない・修正しないことです。また、同様に保護者にも「ママ友の〇〇さんが言ってた」とか「学校の先生が『良い子』って言ってた」とか「小学校でいつも60点〜80点取ってるから優秀」とか「中学校で平均より10点も高いから良く出来る方」とか「家の子がそんな筈は…」と20年近く古い常識・情報を基に子供や自身を過信しておられる方が多いです。仮にも私たちはプロです(と、自分では思っています)。現状をしっかり確認して、現在の生徒たちを数値から分析管理して、心を込めて人として『叱って』ます。お母様に「間違ってますよ」とか「これは常識ですよ」とお伝えすると『そんなこと、私たちが知るわけないでしょ。偉そうに…』と言われますが、私たちは偉そうにしたいのではありません。事実を基に生徒の為の最良の対応がしたいのです。「知らないのなら聞いて下さい」「間違っていたのなら修正して下さい」意地を張り通して、誰が得をするのですか？『勝った』と気分が良くなることが何よりも至上の生きがいって方が増えているのも聞きますが・・・。前記の生徒の成績についての記述を簡単に説明しておきましょう。＊ママ友さんの意見。「類は友を呼ぶ」って諺もあります。話半分で聞かないと、自分だけが損をしますよ。＊小学校のテストは100点取れるように作られていますし、授業もそれに沿って行なわれています。60点しか取れない方……大至急対処しないと、戻れなくなりますよ。＊地元中学校での平均点。この実力の生徒は大体偏差値で38〜39が現状です。優秀でもなんでもありません。逆に将来の進路に難問が…。＊「まさか家の子が…」最もよく聞くセリフです。そのまさかが起こっているから現状なのです。私たちは、家来が殿に接する様に、持ち上げて持ち上げて欲しいなんて思ってません。事実を知って、生徒の為に最大限の意識と行動をお願いしたいだけなのです。いつの頃からか、「言わないと損」「権利だから」「先生も生徒も平等でしょ」が生徒の常識になって、お母様方もそれに追随しておられる方が増えてます。知らないのなら、素直に聞いて下さい。聞いたら受け入れて下さい。自分の「カン」と生徒の「カン」と自分の感情を過信しないでくださいね。</description>
      <pubDate>Mon, 24 May 2021 18:17:56 +0000</pubDate>
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      <title>子供の勉強は母の都合で？20210523</title>
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      <description>「クラブがあるから・・・、他の習い事があるから・・・、一斉塾の決められた時間割では通えない。だから個別指導塾じゃないと・・・」以前は、こんな言葉を聞くことが多かったです。有り難いことです。「先生が一方的に喋っているのを聞くだけでは、私はそのスピードについていけないから・・・、前年の理解出来ていない単元があるから、次の単元を説明されても・・・。だから個別指導塾じゃないと・・・」もっともです。そこが個別の特徴です。有り難いことです。この様なお言葉やご意見ご相談にお応えするために、当地には未だ珍しかった「個別指導塾」をオープンして１７年目になります。多くの生徒に本質を理解してもらって、新たな進路に進んでもらいました。ところが、時代が変わったのか、ＣＭやチラシの甘言を鵜呑みにして、『客だから、金を払えば、どんな要求も簡単に叶えられる』と信じている生徒・保護者が激増しているのです。典型的な事例は入塾の曜日・時間の選択理由です。成績不振生徒の「月曜からガンガン勉強したくない」とか「続けて毎日勉強なんて無理」とか「折角の休みなのに、何で土曜日に勉強すんの？」は無視するとして、時々耳にする保護者の「月曜は、祝日があるから、外食や旅行の可能性が・・・」「土曜日は、お父さんが早く帰って来たら、お出かけする可能性が・・・」「〇曜日は、私が□□があるから、食事の段取りが悪くて・・・」分かりますか？子供の勉強する機会を奪っていたのは、この保護者の「自分の思いを全て叶えたい気持ち」だったのです。週初めって言いますが、すでに一日学校に行って帰った後ですよ。それに、月曜の祝日が、年に何回ありますか？そんなに外食や旅行に度々？土曜日も同じです。学校が休みだからこそ、生徒自身が勉強の予定を作れますし、時間管理や予定管理の練習になるのです。再度聞きます。そんなに外食や旅行に度々？「〇曜日はちょっと・・・」良く良く聞いてみると、お母様のテニスとかテレビとかが多いです。生徒がそこが良いって言ってるんです。お母様はお母様で行きたい所に行って、生徒は生徒で勉強すれば良いのでは？子供の都合も、全てお母様の思いに強制するから、勉強するタイミングを逃してきたのでは・・・？これは、言い過ぎで失礼しました。正当な理由無く「〇〇は嫌だ」とか「夏休みや冬休みだけ、□□にして！」と、時々要望が入ります。生徒に理由を聞くと、「知らん。母さんが頼みって言った」です。それら殆んどは『お母様の都合』でした。。「親の都合を塾に言ってはダメなの？」って言われそうですが、自分の予定を自分で責任持って管理している生徒、もしくは管理できるようになった生徒は、成績アップしています。親の思いつきの予定変更に振り回されている生徒は「？？？？？」です。大人でも子供でも、予定は事前に分かる筈です。瞬間の思い付きや好みで行動する人だから…………………ごめんなさい。やめときます。</description>
      <pubDate>Sun, 23 May 2021 22:20:29 +0000</pubDate>
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      <title>入塾後、直ぐに・・・20210514</title>
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      <description>教室では、入塾前に(細かいなぁ、面倒臭いなぁと思われる位)意識や行動やルールについて話しをします。納得頂けない場合には、泣く泣くお断りする場合もあります。逆に考えると、入塾頂いた方は、生徒も保護者も納得頂いたということになります。ところが、入塾後、１〜２ヶ月で、色々な食い違いが生じ、３〜４ヶ月後に「退塾」の申し出がくることがあります。「そこまで我慢するとは・・・」とか「家の子が嫌だって言ってます」とか「思っていたのと、何か違う・・・」が多いです。正当な理由のように聞こえますが、それは入塾前に全部お話ししたことです。「我慢を求めます」に対して「分かってるよぅ。出来るもん」と簡単に思っていた生徒が、今までの人生でやったことが無いレベルの要求に耐えられなかったとか、子供に求めたことが無い親が、「そうかそうよね、嫌なら止めたら…」が事実のようです。よくよく聞いてみると、短期で退塾される方は、他塾を転々とされているようです。自分は何も変えずに努力せずに我慢せずに、簡単に成績だけを上げてくれるものが『塾』だとの定義の親子にとっては、行く先々が全て「しんどい」でしょうね。ましてや「我が教室」です。どこよりも我慢や変革を求めます。そりゃあ、しんどいでしょう。入塾間もない生徒ほど手が掛かります。成績不振生徒ほど手が掛かります。急激に成績アップしてきた生徒は手が掛かりません。長期間、通って来ている生徒は手が掛かりません。何故なら、私たちの注意を理解して、実行しているからです。本人に自覚があるからです。保護者も理解して頂いて、家でも声賭けを頂けているからです。だから、「勿論、成績アップ」です。じゃあ、短期で我が侭で退塾した生徒は、成績は？？？です。「人には色々な考えがあるから・・・」とよく聞きますが、考えは自由です。結果は当たり前のことしか起こりません。「子供の気持ちを最優先」言葉は綺麗です。だから、成績が・・・。またまた一言多かったです。</description>
      <pubDate>Fri, 14 May 2021 09:13:42 +0000</pubDate>
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      <title>毎年、同様の口喧嘩20210505</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142322/</link>
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      <description>「そんなこと無いもん」「チャンとやってるもん」「分かってるもん」新入塾の子ども達や受験間近に体験授業や説明を聞きに来た(母)子に多いセリフです。教室のある地域では、こんな言葉を言われると殆んどの塾が、『ハイハイ。分かりました。頑張ろうね』と、聞き流す(放置する)と聞いたことがあります。そんなこと無いのなら、どうして先生に指摘されたの？チャンとやってたら、どうして貴方だけできないの？分かってるんなら、どうしてやらないの？これらに対して、子ども達の返事は、共通なモノが多いです。「周りの皆んながやっているから」「学校では、これで許されるから」「今までこれで、何とかなったから…」「これ位なら、怒られなかったから…」です。出来てる子の真似はせず、出来てない子と比べて優越感に浸る。百歩譲って子ども達は仕方ありません。まだ十数年しか生きていないのだから・・・。近年、激増傾向にあるのが「面談中にお母様がこれらのセリフを口にされること」です。言葉の定義のご理解が無いのか、自らが経験が無いからなのか、学校現場の現状をご存知無いからか、とにかく文句言っていれば何でも叶えられるとお思いなのか(近年は、このタイプが多い？)欲しいのは、「子ども達の実力」じゃないのですか？『ハイハイ……』とスルーされて、最後に『残念でしたねぇ、力及びませんで…」が嬉しいですか？腹が立っても、最初に事実を告げられて、親子で一緒に努力して「確実な結果を子供に」与えてあげられる方が良いですか？私たちは後者が優しさだと思っています。ま〜〜〜た、今年も同様の「口喧嘩」を生徒(一部のお母様)とやるのかと思うと、気が重いです。えっ、何ですって？「腹を立てさせずに、確実な結果を・・・」ですって？そんな「楽」や「無茶」を大人が口にするから、子供が真似をするんですよ！</description>
      <pubDate>Wed, 05 May 2021 16:45:35 +0000</pubDate>
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      <title>あの〇〇が変わらなければ・・・20210504</title>
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      <description>「家の子(中１)、一人では何にも出来ないから私が…」「家の子、集中力が続かないから、何十分も強制しないで…」「家の子、我が侭で口答えばかりで全然勉強しないんですが、きつく叱ると折れてしまうので、優しく優しく説明してやって下さい」「家の子、中学になったら学校が疲れた疲れたって言うんです。塾の曜日と時間を検討して貰えませんか？｝「家の子、新しく習い事を始めたので、塾の時間を〇〇曜日の□□時に変えて貰えないと続けられません。それ以外の日も全て別の習い事で埋まっていますから…」「(子供が嘘をついていても、塾の指示を無視していても)家の子、塾の▽▽の指示が嫌だって言うんです。あれは価値無いと思うので止めて貰って、別の方法で成績を上げて下さい」「家の子(中学生)、まだまだ小っちゃいので、塾で指示された事が分からないし覚えられないらしいのです。子供に言わずに、私に電話して頂けますか？」「家の子、クラブが第一で、勉強は期待していないんです。子供の夢を叶えてやるのが親の責任なので、勉強を強制しないで下さい(後で本人に確認すると、高校になったら練習が厳しくなるので加入するつもりは無いとのことでした)」「家の子、２１時まで頑張るとお腹が空くので、これを渡して下さい(と、１８時頃に持参されました。生徒は『もう、恥ずかしい』って鞄に入れてました)」どうですか？色々居られるでしょう？こんな方々は「サービス業だから、客の要望を全て叶えて当然でしょ？」「私を満足させて、気持ちよくお金を払いたくなる様にして」と言われますが、私は殆んどの場合、嫌な顔や退塾を覚悟して、ハッキリと「問題点と原因」をお話しします。以前、ある中学の教頭先生２名と別々に話す機会がありました。どちらも共通して言われたのは「いくら子ども達に注意して話して聞かせても、〇〇が自分の感情で許してしまうので、当然子ども達は守りません。先に〇〇の指導が必要なんですが、実際には無理ですもんねぇ」でした。さあ、ここまで来ると『あの〇〇』には何が入るか確実に分かりましたよね？そうです！〇〇は『母親』です。私たちの教室にも、元々のポテンシャルは高いのに、「甘やかされて」「褒められて」「何でも叶えられて」「何をしても許されて」段々レベルダウンして行く子達が居ました(正確には今も少しだけ居ます)。その時の私(たち講師陣)は心の中で思っています。『あの親が変わらなければ、あの生徒は中々伸びないよねぇ』と。暴言ですかね？失礼しました(ペコリ)</description>
      <pubDate>Tue, 04 May 2021 18:35:00 +0000</pubDate>
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      <title>母親が決めてしまう？20210504</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142311/</link>
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      <description>最近、度々耳にするのが「お母さんが娘の進路を決めてしまう」です。どういうことかと言うと、子どもの性格や得意科目には関係無く、自分の所属している業界の中の職種を色々勧める(その中でしか選択させない)のを聞きます。勿論、その仕事が「ダメ」だって言ってるんじゃありませんし、苦手でもチャレンジして辿り着くってのも大切だと思います。しかし、その子の性格に向いているのかではなく、毎日の自分の生活の中で、周りを見て『あっ、あの仕事、楽そうなのに意外と給料良いじゃん』の感覚なんです。例えば、福祉系のお母様は福祉系が多いです。ナースのお母様は、ナースか医療系ですね。別の医療系のお母様だと、検査技師・レントゲン技師・心療系ですね。最近は「薬剤師」が人気なんだそうです。勿論、就職率と給料を考えれば理想ですが、理科や数学の「大っ嫌い」で「想像が嫌い」な子に向く職業とは思えませんがね。「親の仕事を継ぐ」とか「家業を継ぐ」ことを否定しているのではありません。どこかに就職するのなら、母親と同じ系の職業で無くても子供の性格を考えた方が・・・。「余計なお世話」でした？「誰よりも子供の将来の幸せを考えて」でした？失礼しました〜。</description>
      <pubDate>Tue, 04 May 2021 10:19:20 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>「そんなこと無い」なら・・・20210501</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142286/</link>
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      <description>生徒に「言われたようにやって無い」とか「先生の話を分かろうとして聞いて無い」とか「絶対に覚えようと思って覚えて無い」とか言うと『そんなことは無い』と口答えされることが多いです。保護者に「お子さんが、単語を覚えて来てくれないんです」とか「公式を覚えてきてくれないんです」とか「言ったようなやり方をしてくれないんです」って言うと『そんなことはありません。家の子”チャンとやってる”って言ってます』って答えが返ってきます。じゃあ、私たちが「作り話」の「大嘘つき」だということですか？注意しなくても、自ら正しい意識で正しいやり方で正しい量をやっていたら、正しい結果が出ている筈です。何かが間違っていたから満足のいく結果になっていないのでしょう？そこを指摘したら「自分は絶対に間違っていない」的な口答え。「家の子に限って・・・」的な口答え。私たちは「在りもしない『粗』を作り出して、『誇大に指摘』して、『少しでも多くの月謝を頂く』為の悪言者なんですかね？「塾に行く」「塾に行かせる」とは、何を求めているのでしょう？『我慢や努力や苦労をせず、行けば、聞けば、習えば、教えて貰えば、誰でも直ぐに成績急上昇』を想像・期待されているのでしょうか？子どもは未だしも、お母様はそれで成績急上昇されたのですかね？「だから家の子も…」と思われているのでしたら………ごめんなさい。私たちの力不足です。でも、私たちの知っている聞いている範囲では[B]、『そんな事はありません』[/B]やったぁ！！初めて口答えをしたぁ〜〜！</description>
      <pubDate>Sat, 01 May 2021 19:59:00 +0000</pubDate>
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      <title>何でこんなになるまで？20210423</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142144/</link>
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      <description>〇〇中学に入れて下さい。最低でも□□高校以上に入れて下さい。開口一番、こんな言葉で来訪される方が居られます。入塾面談の最中に上記の言葉を言われる方も居られます。勿論、受験は「ミズモノ」です。『絶対』なんてありません。どこかの儲け主義塾のように「大丈夫ですよ。頑張りましょう」って言ってあげたいのですが・・・・・・、ある程度の学習習慣・最低限度の知識・言葉の理解力・時間があれば、ま〜〜だ可能性はあります。しかし、学校で６０点位しか取れていない。先月の学習内容を忘れている。掛け算九九が不安定。四則演算が「何ものぞ」。勉強よりも野球が大事。「絶対」の約束も平然とスルー。の小学生。面積公式が不安定。用語・ルールは「何か聞いたことはあるけど…」小学時の事は殆んど「？？？？？」定期テストは平均３０点くらい。通知表は１や２がズラ〜〜っと。「分かったぁ。頑張るぅ」でアッケラカン。「生活や意識ややり方を真反対に変えないとダメだよ」と言ったら『うん、分かったぁ頑張るぅ』とニコニコ顔。言葉が通じてないことを保護者に伝えますが、それでも、今より偏差値で１５〜２０上の高校を求める中学生。生徒の成績アップのお手伝いをするのが私たちの仕事です。勿論、過去の経験と知識を使って『最大限』の努力と協力をします。しかし、個人の価値観のコントロールと時間を超越するようなお手伝いは不可能です。生徒も生徒ですが、保護者はここまで何にも感じて無かったのですかね？それとも、「塾に行かせさえすれば何とかしてくれる」と思われていたのですかね。悪口を言えば「金さえ払えば、何でも手に入る」の考えが何処かにあったのではとさえ感じます。もし、それが可能なら、誰もが皆んな８年間、全く我慢をせずに自由にして、最後の１年間に金を積めば「誰でも学力は買える」ことになってしまいますよね。私の気持ちとしては[B]『何で、こんなになるまで放って於いたのですか？』[/B]です。塾に行かせる経済的な・・・子どもを信じて・・・言い分は色々あると思いますが、経過した時間は戻せないんです。その時その時に最大限の対処をしておくしか無いのです。塾にも行かず、高成績を維持している生徒もいます。誰でも可能なのです。そう成らなかった原因を素直に分析してみれば良いのです。あっ、これを言ってしまうと、私たちの仕事が無くなるのかぁ？失礼しました。</description>
      <pubDate>Fri, 23 Apr 2021 15:33:19 +0000</pubDate>
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      <title>習い事を沢山させているお母様20210423</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142138/</link>
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      <description>近年、我が塾を訪れる小学生の中で「習い事が週に５個〜８個」なんて子が増加中です。スイミング・習字・そろばん・ピアノ・く〇ん・サッカー・野球・武道　等々、これに学習塾を加えようとされているのです。お母様の言い分としては、『子どもには無限の可能性が・・・』そんなことは、今さら言われなくても「私ごとき」でも知っています。『だって、子どもが楽しいって言うんですよ』当然です。お金を払って機嫌をとって遊んで貰っているんですから…。素晴らしい結果を残しているのなら別ですが・・・。『子どもが止めたくない。頑張りたいって言うんですよ』当然です。毎日何をやろうかと考える必要も無いし、勉強をする必要も無いし、お母さんに「頑張っているわねぇ」と褒められることを期待しているのです。「止めたい」って言うと、「何で？」「あなたが行きたいって言ったんでしょ」「飽きっぽい性格ねぇ」と悪口を言われる事も知っています。『武道は、礼儀が身に付くから・・・』本気でやってる子はね。勉強でも武道でも同じです。表面だけ真似ゴトをしていて、何が本質が理解できますか。ある武道教室の師範と話す機会がありました。「商売として誰でも受け入れる。しかし本当に”ものになる”子は一握り。礼儀も殆んどの子は形だけ。心から出来ているのは、その一握りの子だけ」だそうです。『家の子は大丈夫。家の子は素質が…』そんな子は、何でも結果が出ています。何でも中途半端な結果の子は、意識もやり方も中途半端なんです。『家の子は別。他所の子とは違うわ』何を言ってるんですか？貴女の子ですよ。想像して下さい。週に８個の習い事の子。毎日１〜２個の掛け持ち。そんな家庭ほど、突然の思い付きの外食やお出かけが度々。塾にも、絶対に理由を言えない「家庭の都合」の欠席が度々。つまり、大人の好みや都合に子どもが振り回されているだけでは？これ位で止めときます。だって「僻むな！貧乏人！」と、またまた立ち直れないお言葉を頂戴しそうなので・・・。</description>
      <pubDate>Fri, 23 Apr 2021 10:19:11 +0000</pubDate>
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      <title>子どもの言葉を分かって？20210418</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142054/</link>
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      <description>今、学校では〇〇しても怒られません。今、学校では△△すれば、何となく通過できます。子ども達にとって、文句を言う(叱る・損する)人の前でだけ「良い子」を演じていれば、何とかなってしまうのです。子ども達の「頑張る〜」とか「やってるぅ〜」の言葉の意味をご存知ですか？成績不振(もしくは伸び悩み)者の入塾説明時に、教室ではこんな辛辣な(失礼な?)言葉を掛けることが度々あります。子ども達は「頑張る〜」とか「分かったぁ」とか「言われた様にやるぅ」の言葉を頻繁に(毎回？)使います。もちろん、本心から使っている生徒も居ます。しかし、多くの成績不振者は、言葉の重みや本当の意味を知らずに理解せずに、親を安心(その場のごまかし？)させるために、『気軽に』使っているのです。でも、成績不振者の親は、この言葉を「魔法の治療薬」の様に嬉しそうに受け取っています。何度注意しても目の前でその「ダメ」な行動をする生徒。当然、教室では繰り返し注意します。何度か続くと保護者にもお知らせします。ここからが分かれ道となります。家で「何が問題か」「今日からはどうするのか」をじっくりと話し合って頂けた家庭では、生徒に急激な変化が見られます。「そんなことはありません。家の子に確認したら『ちゃんとやってる』って言ってます」とのお返事の家庭の子。変化どころか、益々エスカレートする道を・・・。色々話していると、お母様自身が「頑張る」とか「やる」の言葉の定義を理解されていないのでは？との疑いが・・・。習い事を次々に増やして、時間的にも肉体的にも目一杯にしておいて、その習い事を理由に復習や宿題をやってこない生徒の保護者。「子どもに確認したら、全部頑張りたいって言ってますので…」と子どもの使っている「頑張る」とお母さんの「頑張っている」の定義が『保育所のお遊戯会レベル』に感じてしまいました(失礼)作業や動作を指示しても、殆んど従わないけど、返事だけ「良い子」の生徒のお母様に現状をお伝えしました。「まだ、家の子、小さいから…」と何でもかんでも無茶でも『お母様が出張って来られる』…………中学生の保護者。生徒は、塾では注意されても、家では褒められるので、教室を一歩でるとスルーです。大人の・他人の言葉が非常に軽いのです。こんなことを色々言ってると「こんな多様性の時代に…」とか「個性を認めない我がまま塾」の言葉を沢山頂けます。多様性を前面に出されるのであれば「画一性の頂点」にある学校の成績を絶対条件にされることに矛盾をかんじます。「個性」を前面に出されるのであれば、個人の特性なので「長所も短所も」全〜部受け入れて下さい。私たちに結果を求めるのは矛盾です。言葉を音として聞き流す・言いっ放す風潮が強すぎます。やはり、上昇している人って、言葉を真剣に聞いてます。言葉を真剣に考えてます。自分と言葉を突き合わせて確認しています。これは子どもも大人も同じです。私はまだまだです。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Sun, 18 Apr 2021 22:25:47 +0000</pubDate>
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      <title>多様性の時代？20210415</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-142020/</link>
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      <description>「多様性を認めよう」との言葉をよく聞きます。生活スタイル・ジェンダーレス・夫婦別姓等々、例をあげれば限が無いくらいに色々な考えやスタイルがあります。私もそれらを否定するものではありません。何もかも画一的に強制されて自分を見失っていく人生はダメです。そんな簡単なことは「私ごときレベルでも」分かります。しかし、しかしです。何でもそうですが、新しい言葉や考えが登場すると、必ず「歪めて」「自分勝手に」「間違った権利に」偏用する方が現れます。その間違ってる方ほど「他人に」「間違ってるように」「強制的に」使われます。私たちの教室にも来られます。「勉強より、クラブに汗している方が青春らしい。勉強は二の次」との潔い考え方は多様性の中に入っていることは分かっています。しかし、しかし、我慢をしなくても成績を上げる指導を・・・クラブ優先で、宿題をしなくても出来るように・・・学校の評定が「１」や「２」だけども、今までの生活を変えずに『〇〇高校』へ・・・覚えるのが嫌いだから、英単語等が簡単に分かる裏技で英語の成績アップを・・・本当にやる気があるのか口先だけなのか、親では分からないので、塾で話し合って進めてくれれば・・・厳しく指導して貰える塾って聞いたから連れてきました。でも家の子だけには厳しくしないで、自由に望むようにしてやって下さい。『そんな事が出来るはずが無い』と反論すると、「何〜に、このＩＴ全盛の時代に・・・」「何〜に、古臭い、時代錯誤の考え・・・」「何〜に、金払ってるお客に対して・・・」「何〜に、じゃあ勉強だけしてれば良いの？バカは生きてる価値が無いの・・・？」等々の暴言が。終いには「何〜に、この多様性の時代に・・・」と『？？？？？』となるこじ付けまで。これらは多様性って言うんですか？思うのは自由ですし、自分が考えて自分の責任で自分がやるのは自由だと思います、周りに迷惑を掛けないのなら「自由で多様性」だと『私でも』分かります。しかし、前出の『お言葉』は、私の認識では「我がまま」としか感じないんですが・・・。私、間違ってますか？どなたか教えて下さい。</description>
      <pubDate>Thu, 15 Apr 2021 11:03:04 +0000</pubDate>
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      <title>勉強をした経験は？20210330</title>
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      <description>先日から１ヶ月近く、体験授業の申込や料金及び内容の問合せ、「子どもには確認してないが親が塾を捜している」的な連絡を連日頂いています。勿論、仕事ですから我が教室を選んで頂けることは大変嬉しいことです。「小５です」とか「中１です」けど、どうも心配です。って言われると、こちらも相談にのれますし、改善方法や時間はあります。ありがたく受け入れます。しかし、「４月から中３です」「今まで塾とか行ったことが無いんです」とか「今まで、勉強しろって言ったことが無いんです」とか「小学校では先生に『良い子』って褒められてたのに中学校になったら勉強しなくなったんです」って方が大多数です。体験授業を受け入れて実力と現状を確認します。「で、どこの高校に行きたいの？志望校は？」って聞くと、口を揃えて〇〇高校(偏差値50くらい)を答えます。体験授業をした結果実力は偏差値30弱から40弱。「頑張ります」「言われたようにやります」「素直に従います」「絶対やります」この言葉を一様に聞きます。しかし、「頑張る」「やる」「従う」「絶対」の言葉の重みや定義をスルーして来たから現状の実力でしょう？もちろん、全てを「経験から…」と切り捨てることはしません。しかし、現状の中学校を見ていて、当たり前に学校に行って、当たり前に授業を聞いて、当たり前に宿題をして、当たり前の試験期間の努力をしていれば……ここまで実力が下がることは…。「やってるつもり」「従ってるはず」「頑張ってる(幼稚園の定義)」って言葉だけでスルーして「頑張っている姿が美しい」とのきれい事を信じた結果が今でしょう？その上「家の子、頑張るって言ってますから大丈夫です」「家の子ならは必ずやってくれます」終いには「何〜に、高い金払ってるのに…」とか「家の子はもうダメだって言うの？失礼な！」まで言われます。お母さん。自身の学生時代はどうだったですか？何にもしないで毎日学校に行ってるだけで成績がアップしましたか？今まで、殆んど勉強をしてきていない生徒が、「塾に入れさえすれば、直ぐに偏差値10も成績アップするでしょうか？」「優しい先生となら・・・」とか「相性の合う先生となら・・・」と当然の様に言われる方も居られます。そんな訳ゃあ無いでしょう？全てが個人の好みに全て適合するような人生を歩んで来られたのですか？勉強なんて「面白くない」「面倒臭い」「しんどい」「我慢」の典型的なものです。それを真剣にやり遂げた人だけが「勉強できる人」になれるのです。簡単にお金で学力が買えると子どもに教えても良いんですか？何〜んて、少し言葉が過ぎましたね。ごめんなさい(ペコリ)</description>
      <pubDate>Tue, 30 Mar 2021 22:02:02 +0000</pubDate>
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      <title>どうして欲しかったの？20210330</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-141769/</link>
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      <description>先日、「〇〇ちゃんに教えてもらったの。ここなら厳しくして、よく見てもらえるよと言われたので来ました。お願いします」の、生徒とお母様。勿論、我が教室の方針と指導方法を説明して、現在の勉強方法と意識の間違いを具体的に話して了解して入塾頂いた人。何度注意しても「だって〇〇だから」とかたった１０個程度の公式を覚えて来いって指示もスルー。勉強時間が確保できない理由を「毎日の朝練・昼練・夜練があるから…」と言うので地元の中学校に確認すると『そんな訳があるはず無いでしょ。このクラブ時間をセーブしろって時代に…』てきな確認を頂きました。それでも改善どころかエスカレートするので強く叱責したら、お母様から「子どもが言われた通りにやってるのに怒られる。あんな所は無理って言ってます。優しく接するか、関わらないで下さい」って連絡が……。関わらないで指導するなんて「どうすれば……？」で、無理ですとお伝えすると「じゃあ、止めます」と簡単な反応。その他、色々言われたりされたりの事例や、子どもの嘘の言い訳。沢山たくさん有りますが、ここで全部は書けませんし、あまり具体的だと特定できるので・・・。もし、興味がお有りでしたら、教室までお越し下さい。井戸端会議レベルでお話ししますよ(笑)。</description>
      <pubDate>Tue, 30 Mar 2021 20:37:18 +0000</pubDate>
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      <title>あぁ〜！やっと終わったぁ20210316</title>
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      <description>今年の受験が終わりました。中学受験と高校受験。全員合格できました。さすがに、大学受験は全てが第一志望って訳にはいかないですが、その生徒も進路が決まって、春からは一人暮らしです。終わって「ほっ」としたい所ですが、もう次の受験が始まっています。もう、一年を切っているんですよね。少し位、ぼんやり「燃え尽き症候群」を味わいたいのですが……、因果な仕事を選んだものだと、この時だけは思います。一方、まだまだ『クラブ命』で「クラブ引退したら頑張る」とか「子供が頑張っているんだから…」とか「私は、スポーツを頑張ることは大切と思うわよ」と認めているお母さん。「子供の望みを叶えてやるのが親の務め」と訳の分かんない理論展開の方まで…。「クラブ…クラブ」と言ってる人ほどボロボロで、「クラブはクラブで頑張るし、それ以外の時間は全て勉強」と、しっかり分かっている生徒は成績上昇中です。さぁ、塾の新年度の始まりです。また今日から「うるさいおっさん」や「面倒臭いクソじじい」に戻ります。</description>
      <pubDate>Tue, 16 Mar 2021 15:59:01 +0000</pubDate>
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      <title>小学校で日本語を・・・20210314</title>
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      <description>近年の小・中学生(特に成績不振者)で思うことは、「日本語の定義」が私たちの認識と随分(正直言うと全然)違うところです。「こうしろ」と言うと、その何分の一かだけ、やったことにする。「覚えろ」って言うと、覚える行為だけやり掛けて、覚えてない。「分かるまで、何回も読め」って言うと、１〜２回読んで「何回読んでも分からん」って言う。「覚えるまで、声に出して50回言え」って言うと、２〜３回言って終わり。勿論、翌日には覚えてない。「絶対こうしろ」って言うと、『絶対やったもん』って言う割には、殆んどやった形跡無し。一般的には、絶対の定義は100％のこと。頑張るっていうのは、出来るまで必死になること。「やる」って言うのは100％言われたことを実行すること。と、私たちは思っていました。ところが、学校で「怒られない」「立たされ無い」「攻撃されない」「罰が無い」ことを良いことに、自分が苦労する用語の定義が「やった『つもり』」に変更されています。お母様にそれをお伝えすると、対応が真っ二つです。「そうですか。気が付きませんでした」とか「これが、今の普通かと思ってました」の反応の方は子どもも順次変わってくれます。変わらない子の場合は、「そんなことはありません。チャンとやってます」とか「子供に確認したら『やってる』って言ってます」とか「態度は個性だから関係無いでしょ。そんなことは良いから、しっかり勉強を教えて下さい」って言われる家庭の子。ごめんなさい。いくら努力しても「何とか」してあげることはできません。結局「絶対」とか「やる」の言葉の定義をキチンと学校で押し付けて頂かない限り、私たちには手が出せなくなりそうです。子ども達には勿論なんですが、そんな子たちのお母様方に指導して頂ける学校はどこかに無いのかなぁ？なんてことを思うのは我が侭で上から偉そうですか？そうですよね。ごめんなさい(ペコリ)</description>
      <pubDate>Sun, 14 Mar 2021 22:47:00 +0000</pubDate>
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      <title>アァ〜〜っ、イライラする〜！20210311</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-141406/</link>
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      <description>今日のは、完全に鬱憤晴らしで。悪口になります。読んでると、気分が悪くなります。読まない方が良いです。責任もてないです。それ位のイライラです。↓↓↓↓↓↓↓↓良いんですね？始めますよ。厳しくして欲しいから…と来られたお母様。担当講師が生徒に色々指示や注意をしても、綺〜麗に無視を続ける生徒に講師が困っていたので、私が出張ってキツメの説教をしたら、その時には良い子ぶって「ハイハイ」と返事をしておいて、家で母親に嫌だと訴えたらしいです。するとお母様が即刻電話で「家の〇〇ちゃんはキチンとやってると言ってます。塾長は家の子に関わらないで下さい」と言われました。厳しくして欲しいから…はどこに行ったんですか？確認提出の書類を生徒に期限の３週間前に渡しました。１週間前に口頭で確認し、３日前に再度書面で確認督促しました。期限に持参が無いので確認すると、明日持って来ますとの答えです。その後無しの礫。こちらは、教室全体の都合で動き出しますよね。数日後、お母様から電話があったので、それをお伝えすると、「それって、親に電話してくるのが筋じゃないですか？」と言われました。ハァ？先日ある中学の管理職先生と話したとき、最近「子供のため」と言いながら、親が自分の好みや見栄で勝手にルールを歪めて無茶な運営をすることがある。学校としても、キチンと要望・意見をするが、聞いて貰えない。子供は親が許可するので嬉しいばかりだが、親の意識が変わってくれないと学校としても・・・と言われていた。全く同意見だ。それと同様のことを自慢のように言われてました。ひょっとして、この方のことかな？違うことを祈りますが・・・。意見や要望・クレームを全てダメだと言っているのではありません。キチンと出来ている方、キチンと知識をお持ちの方、子どももキチンと聞けている方の意見は「もっともだ。注意しないと…」と思い私たちも受け入れて考えますが、上記の様な方の意見は、言ってることとやってることが違いすぎることと、言葉の内容・遣い方に違和感や疑問符ばかりが…。あ〜〜〜ぁ、マズイ。個人名を言ってしまいそうだ。絶対ダメだ。ここで止めます。私も１６年以上やってますが、今日のイライラは、ワースト３に入りますね。気分を害された方、ごめんなさい。許してください。(ペコリ)</description>
      <pubDate>Thu, 11 Mar 2021 23:09:42 +0000</pubDate>
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      <title>学校の勉強は何のため？20210311</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-141390/</link>
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      <description>近年、成績不振生が低年齢化していると感じています。生徒に「勉強してる？」って聞くと必ず「してるよ〜！」って返ってきます。「じゃあ、何をしてるから『勉強してる』って思う？」って聞くと、毎日学校へ行ってる授業中、じっ〜と座ってる先生の話を聞いてるノートを書いてるプリントやってる宿題やってる(終わらせてる)　っていう小学生。提出物は出してる班で教え合ってるテストで平均点くらいを毎回取ってるテスト直しは全部記入した毎日勉強はキチンと終わらせている(？？？？？)って言う中学生。学校の先生に大丈夫ですよって言われた毎日宿題は終わらせている参観日にも普通に手を挙げている「分からないことは無い？」って聞くと「無い！」って言ってます先生の言ったようにノートに書いてます。っていう保護者。以上を簡単にまとめると聞いた、書いた、習った、教えてもらった、終わらせた。だから勉強はしている。だから勉強はできる。これで出来ないのは「教え方」が悪いからだ。に聞こえます。だからですかねぇ？近年、増加傾向なのが「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」「行かせれば」直ぐにどんな無理でも手に入ると思っている親子が多いのは・・・。中学受験の数ヶ月前 OR 直前に来られて「〇〇中学に…」と全然無理なことを要求されること。高校受験の数ヶ月前に来られて、小学４年以降の内容に『抜け落ち』や『虫食い(逆です。虫食い位しか残っていないのです)』の生徒を「△△高校へ…」と言われますが、でも「最後までクラブ優先で」を求められます。本当の実力なんて求めて無いんです。付け焼刃の目の前のハエを追えれば良いみたいです。そんな人ばかりが社会人として「当たり前の顔」をして「平等な権利」を求めるから『やらなかった者勝ち』の変な歪みが起こっているのです。習うとは分かって使える(行動できる)ことです。考えることができることです。言葉が分かることです。知らない・分からないことが分かることです。とにかく『文句だけ言って、無理やり思い通りにする』人が多すぎだと感じるのは私だけですか？それとも、私が変人だからですか？(やっぱり……溜息)</description>
      <pubDate>Thu, 11 Mar 2021 10:53:22 +0000</pubDate>
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      <title>人間力よりも・・・私の・・・20210309</title>
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      <description>我が教室の第一の考え方に「人間力が学力に！」があります。歳相応の我慢。歳相応の苦労。歳相応の経験。歳相応の継続。歳相応の判断。等々です。近年「飯が食える人間に」の言葉をよく耳にします。私たちの言い分も同様です。勉強だけできてもダメです。スポーツだけできてもダメです。社会で生きていく適応力と自己コントロール力が必要です。「個人の考え…」とか「個性」って言葉を言い訳に使う人が多いですが、周りに迷惑を掛けてでも押し通す行動は「個性」とは言いません。「我がまま」とか「自己中」と言うのです。当然、親は、この「人間力」をつけてやることが「子育て」の中心になるはずです。しかし、近年「だって私が…」とか「他人のあなたには関係無い」とか「各家庭の考えが…」と何が何でも自分の考えを押し通す方が増えています。子供が我がままで周りに適応していなくても「母親にだけ上手に甘え」て「上手に従っているフリ」をすると、嬉しくてしょうがない気持ちで何でも聞いてやる親のことです。つまり、自分の機嫌をとってくれる「奴隷」か「ペット」を従えているようなものです。子供も分かっているので「そうすれば、許してもらえるので、外と家では違う対応をして、嘘をついてでも母親の顔色を見る」ことをします。こんな人間力の欠落した子供を「家の〇〇ちゃんは、やってくれます」「家の〇〇ちゃんが分からないはずはありません」「そんなことは…私が許可しました」と庇いに庇っていて、結果だけを求めて「喧嘩腰」で来られる方が居られます。本人は自覚がありません。も〜〜う、私たちはどうすれば……？</description>
      <pubDate>Tue, 09 Mar 2021 09:46:15 +0000</pubDate>
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      <title>「口コミ」の功罪!?!?20210305</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-141270/</link>
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      <description>「口コミ」って言葉に、皆様はどのように反応されていますか？「食ログ」とか「グルメ情報」とか色々ありますが、皆様どれ位の信用度と利用度でしょうか？さて、この仕事をしていると「口コミ」は大切です。大手塾のように広告宣伝費が僅かしか使えない身にとっては、『皆様の評価』が大きな宣伝になっていることは事実です。新聞折込やホームページ等でも知って頂く事は可能ですが、一歩踏み込んだ内容まで伝わるのは、やはり「口コミ」です。我が教室の「他所とちょっと違ったポリシーと他所とちょっと違った対応」をご理解頂いて、「成績アップ」とか「受験合格」とか「生活が変わった(これは専業ではありませんよ)」とかの評価を頂いて、弟妹や知人に話して頂けることで教室も成り立っています。これらは大切で有り難いことで、これからも、その信用を損なわないようにしていこうと、いつも思っています。しかし、しかし、ここからが「功罪」の「罪」の部分です。「あそこの塾、厳しく叱って、良く見て、成績を上げてくれたわよ」との高評価の口コミを聞かれてお越し頂いた方が、「家の子は注意されたり、叱られたり」は嫌います。増してや「〇〇(スポーツ)を頑張っているのでそちらを優先でお願いします。と申込に来られました。「そんなことでは成績は・・・」と言うと、「分かってます。聞いてます」と必ず良い返事を頂きますが、入塾後に度々トラブルに…。よくよく周りから状況を聞いていくと、「有名コーチ」「有名塾」「有名学校」に入れさえすれば、それだけで、必ず上位の結果(例えば甲子園)が得られるとの考えをお持ちの方。我が子の実情を全く理解していなく、世の現状も理解できていないのに「私は知っている」「私は分かっている」「私は出来ている」『そんな家の〇〇ちゃんがやらない、できない訳が無い」と思われている方。とにかく子供とバトルをするのが面倒で、何でも子供の言い分を『丸呑み』してしまう方。等です。こんな方々ですので、子供に注意すると、直ぐにクレームが…。どんな要望でも受け入れないと、突然の「退塾」の電話が…。その上「あそこの塾、偉そうに色々言うけど、家の〇〇ちゃん、成績がちっとも上がらなかったからダメよ」との風評や口コミが…。プラスの口コミは中々広がってくれません。時間をかけて信用を積み上げていくしかありません。しかし、マイナスの口コミは有る事無い事無い事無い事…と面白可笑しく直ぐに伝わります。ましてや、自分のことは棚に上げて、これ見よがしに悪口として吹聴されます。「口コミ」だけでなく、「ネットに書いてあった」とか「テレビで言ってた」と何にも考えずに全〜〜〜部受け入れる時流ですが、どうなんでしょう？私は、自分の目と耳と感覚を信じたいです。</description>
      <pubDate>Fri, 05 Mar 2021 20:02:03 +0000</pubDate>
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      <title>できない子の親の特徴は・・・20210304</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-141251/</link>
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      <description>って、題名で書き始めると「ドキッ」とされて、「私も当てはまるのかしら」と思われる方は、大丈夫です。じゃない方のほとんどの場合は「私は関係ない」とか「そうそう、そういう人よく居るわよねぇ。私は違うけど…」と思われます。十数年もこの地域で続けていると、とんでもなく色んな方々と接しています。具体的にはここでは絶対に言えません。「…だろうなぁ」とか、「そりゃぁ、そうなるわなぁ」とか体験授業＋１〜２回の授業で見えてきます。お叱りを受けるのを覚悟して一つだけ例を上げると、話すとき「喧嘩腰」です。「私」と「子供」は絶対に間違って無いらしいです。「私は分かってる」らしいです。子供が自分の都合で「嘘」を言うことなんて絶対に無いらしいです。子供の好みや意見に合わせてあげる事が最高の子育てみたいです。私の性格ですから、結構ズバリと原因と改善策をお伝えするのですが………××です。ここまで聞くと「えぇ……？」と思われるでしょうが、本人に「自覚」は無いようです。他にも…やっぱりこれ以上は書けません。お知りになりたい方は教室に遊びにお越し下さい。いくらでも例をお話しします。私の経験談ばかりですが「事実は小説よりも奇なり」です。</description>
      <pubDate>Thu, 04 Mar 2021 22:48:41 +0000</pubDate>
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      <title>にっ、日本語がっぁ・・・20210228</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-141170/</link>
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      <description>今までのやり方ではダメだよ。必ず、〇〇のようにやるんよ。今日中に絶対□□をするんよ。もう、二度と、「これ位で良い」なんて思わないんよ。明日は△△をして来てね。と、成績不振の生徒が入塾してくると、結構細かく(面倒臭く？)現状を話して、今日からの改善方法を話します。一発で100％実行できるとは思っていませんので、１ヶ月位は「少しずつだろうなぁ」と腹の中では思っています。当然、少しずつでも我慢して、努力して、変わろうとしてくれた生徒は大きく変化を見せています。しかし、近年増えているのが、返事だけは「はい」と何の躊躇いも無く良い返事をしてくれるのに、きれ〜〜〜いに無視して、全くやってくれない生徒です。用語やルール公式を覚えていなかった生徒に、授業後「今日、分かったことを今日中に覚えて来ないと、今日の授業と次の授業が無駄になるんよ」「家で100回、声に出して覚えるんよ」と指示して帰らせます。しかし、次回覚えてません。「キチンと指示通りやった？」と聞くと「いいえ」と正直にいってくれれば、ま〜〜〜だ次の対策も考えれます。しかし、例によって「はい」と良い返事はしてくれるのに、全く行動した形跡の無い生徒が増えています。指示したことの３０％でもやってくれれば次の指示が出せるのですが、何を求めているのか、何をしろと言ってるのか、どれ位の量・時間をやれと言ってるのか、バレて無いとでも思っているのか、何度指示しても、全く変わらない生徒がいます。それを保護者にお伝えしても、「家の子、家では勉強してます」とか「本人に確認したら、完璧にやってるって言ってます」の反応です。最悪の場合には「頑張っているのに、塾の先生は分かってくれないから塾を止めたい」と言ってますので、今日で止めさせます…まで。定義が違うのか、日本語の理解が違うのか、時々混乱してます。勉強は、全て他人が決めて、他人が言って、他人が書いて他人が求めたゴールに到達させるものです。自己満足で途中やゴールを設定できるのではありません。なのに、相手の言い分(内容もゴールも)を理解して、それに向けて行動できないなんて・・・。日本語が理解出来ないのかな？と思うこともあります。するとさらに、「そんなことはありません。家では普通に会話できてますし、友達ともしゃべってますから・・・」と言われます。あぁ、だから、日本語力が・・・。と、確認しました。</description>
      <pubDate>Sun, 28 Feb 2021 22:43:55 +0000</pubDate>
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      <title>何でかなぁ？20210228</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-141155/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-141155/</guid>
      <description>私たちの教室は、そこそこ交通量の多い道路に面しています。車も自転車も人も、そこそこ通ります。電車等を利用する人も通行する、いわゆる「住宅街のメインストリート」です。そこで、朝も昼も夜も夜中もそれなりに人は通ります。そこで、以前「ポールを折って逃亡」事件を何度も呟いたと思いますが、塀の当て逃げもここ数ヶ月で２回もありました。近日の出来事では、「盗難」です。教室の入口に、生徒の緊急用に「予備傘」を傘置場に置いています。ここ１０日ほどで２回雨が降りましたが、翌朝気が付くと１本、次の時気が付くともう１本と無くなっています。勿論、貸し出し用ですので、「貸して」って言われると二つ返事で「どうぞ」って応えます。しかし、声掛けも無く、返却も無しです。当人は「ちょっと借りただけ・・・」かもしれませんが、これはれっきとした「窃盗」です。最近は、言葉を綺麗に置き換えて、罪を軽減(うやむや・ごまかし)する傾向が強いです。ちょっと借りた……窃盗・万引き・置き引き・詐欺個性・自分の意見をハッキリ言える……わがまま熱中する・周りが見えなくなる……自己中頑張っている……他人の忠告を聞かない・楽なことだけして、我慢はしない等です。家庭や学校の狭い範囲内だけなら殆んど迷惑はありませんが、その価値観をそのまま社会に持ち出さないで欲しいです。って言うと直ぐに「人には色々考え方があるから…」とこれも綺麗な言葉に置き換えて・・・。結局、他人にいくら迷惑を掛けても「自分だけが良ければ・・・」を正当化するためだけの言葉の置き換えはどうかと・・・。我がままと窃盗を同列に論じてはいけませんが、私の気持ちを呟いて「鬱憤晴らし」をしました。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Sun, 28 Feb 2021 12:01:50 +0000</pubDate>
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      <title>怒られないんなら・・・20210225</title>
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      <description>最近の小・中学生の意識の代表的なものに「今までは怒られなかった」とか「今までは困ってない」「今までは許された」があります。入塾時に分かった問題点の改善を具体的に指示し入塾頂きます。その後も随時、問題点を指摘し、改善方法を具体的に指示し続けます。しかし、ここからが問題です。殆んどの生徒は『はい』って良い返事をして「良い子」を演じてくれます。しかし、殆んどの生徒が指示に従いません。端的に言うと「無視」するのです。「放っとく」のです。何度も繰り返す生徒に確認したところ、本人は「自分はキチンときいている」「自分は言われた様にやっている」だそうです。中には指示に全く従わず、今までの意識・やり方・量・時間の使い方を全く変えない生徒まで居ます。本人は「素直に聞いてる」「塾に行って勉強している」「注意されたから聞いた」と自信満々です。「何で指示に100％従わないのか？」と聞くと、「やってるつもり」の勘違いヤロウはさて置いて、だってぇ……「今まではこれで困らなかった」「今まではこれで許された」「学校ではこれで先生は何も言わない」「母さんも「はい」って言っとけば許してくれる」中には「やらなくても、叩かれることも無いし、立たされることも無いし、残されることもない」「大人が子供に攻撃することはない」「自分が出来ないのは教え方が悪いから…」「母さんが『先生との相性が悪いから仕方ないね』って言ってた」子供は地域の宝子供は日本の宝別に否定するつもりはありません。しかし、だから大切に育てることと、無制限に甘やかすことをするのですか？それが『当然』と認識されている大人への非難は後日にしますが、勉強が出来ない生徒ほど「放っといて」も平気です。悪気もありません。当然の権利ですし、今までの人生経験の全てです。怒られなければ「何でも許された」のです。怒られたら「母さんに言い付けて、反撃して貰えはいい」んです。何でもかんでも権利と損得が横行しています。「交通ルールは守らなくても、当ったら車が100％悪いんだから大丈夫。払ってもらえる」と教えたお母様を知っています。それでも親ですか？損得よりも、「痛み」や「死」を教えるべきじゃないですか？誰がこんな現場にしたのでしょう？現場を無視した『きれい事』を推進しているマスコミ・コメンテーター・文科省・教育委員会ですか？もちろん、キチンと教えている保護者も居られます。キチンと責任を持っている生徒もいます。当然、理想的な結果を手にしています。暴力や虐待はダメです。しかし、子供に気を使いすぎて「腫れ物にさわる」ように大切にしすぎた結果、子供は「何をしても、しなくても怒られない」ことを手に入れたのです。それでも「お金を払っている」とか「塾に行かしている」とか、「自分はチャンとやっている」と、又々々々々々々々々権利を振りかざして悪者にされるのは私たちなんでしょうね！何でこの仕事を選んだんだか…。始めた頃には、こんな「理解不能」な考えをする人は珍しかったのになぁ(溜息)</description>
      <pubDate>Thu, 25 Feb 2021 16:20:16 +0000</pubDate>
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      <title>できない生徒(の親)口癖！20210224</title>
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      <description>あなた(お子さん)の成績が上がり難い原因は〇〇ですね。自覚は無いかも知れませんが、あなた(お母様も)は、知らずに□□をしていますよ。「仕方ないよ」って言いますが、皆んな我慢して変化させてますよ。と、「嫌われながら」「疎まれながら」「偉そうなと言われながら」『変な塾』『頭おかしいオヤジ』の面目躍如の言動を日々続けております。その中で、変化して成績急上昇している生徒。渋々誤魔化しながら、ゆっくりゆっくり上昇している生徒。色々です。ここからが本題です。中に必ず(？)居る(居られる)のが、『そんなことは無い』との返答をしたり、口には出さないが、シラ〜〜っと『無視(無かったことにする)』方々です。私たちは、毎日一緒に生活している家族ではありません。将来の運命を共にする家族でもありません。「縁」あって、学力向上のお手伝いをしている他人です。その私たちの目の前で起こった事実を伝えると「そんなことは無い」ってどういうことでしょう？「楽したい」とか「経験が無いから、将来困る事をしらない」生徒ならいざ知らず、社会経験も人生経験もお持ちの親御さんが「そんなことは無い」って、何を言ってるんだか・・・？事実を認めない。間違いを認めない。自分の思い込みだけで生活している。とにかく勝ちたい。努力や変革をせず、口先や文句だけで何とかしてきた。等、色々原因や過去はあるでしょうが、それが原因で子供の現状と将来に不安があるのです。(ここまで言うと、更に「勉強が全てでは無い」とか「勉強できない生徒は生きてる価値が無いのか」と又々暴言が聞こえてきそうです)皆んな、自分で考えて、自分に自信をもって生活しています。しかし、間違えることも多々あります。大人になると、中々注意してくれる人が居なくなります。だからこそ、『おせっかいオヤジ』の言葉を聞いてみることも少しは自分を見つめ直すキッカケになるのでは……？因みに、人の言葉を素直に聞ける人、柔軟に変化変革が出来る人は、勉強ができ易いです。だって、他人の言葉やルールを受け入れることが、勉強のスタートですから。逆に、気が強くて勝ちたくて絶対に受け入れなくて、自分を押し通す人ほど大人も子供も勉強が…………、すみません。これ以上は……ペコリ。</description>
      <pubDate>Wed, 24 Feb 2021 11:06:08 +0000</pubDate>
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      <title>できない、変わらない、原因は・・・20210212</title>
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      <description>「そんな事は無い！」「素直じゃないと上昇できないよ。言われたようにやるんよ」「やってるじゃん」「できてるじゃん」成績不振生徒(orその保護者)との典型的なやり取りです。私たちは「生徒を好き嫌いで上昇させる下降させる」なんて、考えたこともやったこともありません。縁あって、我が教室に来てくれた生徒たち全員の成績上昇しか考えていません。つまり、苦しみモガいている生徒の問題点や間違っているポイント、勘違いのポイントを出来るだけ具体的にピンポイントに指摘して改善方法を示唆してあげることが最大の指導だと考えています。ですから、我が教室では、集客の為や収益の為の「おだてる」とか「べんちゃら」とか「きれい事」は敵だと思っています。担当の講師や周りの講師、そして私を交えて、できるだけ「細部の問題点」を洗い出し、具体的に指摘・報告するようにしています。つまり、私たちが指摘したことは、事実として目に付いて行なった行動が全てです。そこで「そんな事は無い」との返答。じゃあ「どんな事ならある」のですか？「やってるもん」「できてるもん」「分かってるもん」じゃあ「誰がそう言ったの？」「誰に確認してもらったの？」「何でその結果が表れないの？」「お母さん。お家で「〇〇な対応をしていませんか？それは□□に変更して下さいね」に対して、「そんなことはありません」「私はキチンとできてます」「私は絶対やってます」「子供に問題がある筈です」「何〜に、偉そうに…」「お金払ってるのに…」とのお答えのお母様。ひとまとめにしてお答えします。言葉の内容が分かっていないのです。自分では分かってるつもりなのです。自分だけが分かってるつもりなのです。自分だけが出来ているつもりなのです。「違う」って言ってるんですから、違うのです。「出来てない」って言ってるんだから、できて無いんです。「つもり」や「はず」が大人も子どもも成長を妨げているのです。一言で言うと『素直じゃ無いんです』「素直」にすると、直〜ぐに変化できるのに・・・。と、私も含めて、皆んなで振り返ってみましょう。</description>
      <pubDate>Fri, 12 Feb 2021 15:51:51 +0000</pubDate>
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      <title>変える事より隠すこと？20210202</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-140722/</link>
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      <description>最近の「中々、成績がアップしない生徒」に多い傾向です。「あなたは〇〇をするからダメなんだよ。△△を意識しないと…」「あなたは、自分では気付いていないだろうけど、□□は変えないとダメだよ」「あなたは、やってる『つもり』、できてる『つもり』だと思うけど、実は変わっていないよ。だって以前と同じ間違いをしているよ」と問題点を具体的に指摘して、暫く様子を見ています。勿論、生徒は「はい」とか「分かりました」とかの返事は最高です。しかし、何度話しても、何度指摘しても、何度叱っても、具体的な行動指示までしても、全く変化せず、上昇や改善が見えない生徒がそこそこ居ます。その生徒に、ズバリ本心を聞くと、「変えるのは面倒臭い。」「変えるのはしんどい。」「変えなくても今まで何とかなった。」「頑張っているから何とかなると思った。」「バレ無ければ良いと思った。」「母さんは「頑張ってるね」と褒めてくれた。」「その内なんとかなると思っている。」「本人は遣ってる、出来てるつもり。」「だって今までそれで「頑張ってると」と言われたから…。」との心で、結局何にもせずに「放っておいた。」が本心だそうです。これで、結果だけは求められるんです。子供は仕方ないです。お家で「机に向かっているだけ」とか「やってるフリ」とか「長い時間、机に向かっているから…」で褒めているお母様。お願いしますよ〜。それをやってきたから、今の実力なんです。塾から指摘したら、もっとじっくり子供を見て下さいよ〜。失礼しました。</description>
      <pubDate>Tue, 02 Feb 2021 23:57:43 +0000</pubDate>
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      <title>must? may? 　違いますよ！20210126</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-140584/</link>
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      <description>近年の小・中学生の特徴に「〜ねばならない」と「〜てもよい」をしっかりと意識・区別できない生徒が増加しています。学年が下がれば下がるほど、その傾向が高まります。(内緒ですが、実は、そのお母様にも同様の事が言えます。ここだけの話しですよ)今さらですが、「しなければならない」「絶対にしてはいけない」「してもよい」「しなくてもよい」はご存知ですよね。英語的な違いも勿論ですが、人として、社会で共同生活を営む上で、絶対に意識して守らなければならないことです。なのに、「良えじゃん」とか「少々」とか「未だ小さいから…」とか「家の子、それ苦手なんです」と、無理を通すいい訳をする人が多いです。未だに「何がどう良いのか」分からないのですが・・・。もっと酷い言い訳は、「人には色んな考えがあるから…」とか「個性」とかの詭弁まで登場します。ルールに決めてある言葉は絶対なんです。個人によって絶対に歪めてはいけないのです。嗜好品の甘さを決めるのとは意味が違うのです。ルールと嗜好品の区別もつかないから「人には色んな・・・」の言葉が出るのです。この「何でも許す」傾向が、地元小・中学校の学力低下に繋がっていると思うのです。極端な例ですが、交通ルールは「must」ですか？「may」ですか？「must not」ですか？「don`t have to」ですか？当然、殆んどの人が分かってますよね。これらに「良えじゃん」や「人には色々…」なんて人はいませんよね。じゃあ、何で社会生活で、周りに迷惑を掛けることは『平気』もしくは『何とも感じない』んでしょうかね？困った困った。</description>
      <pubDate>Tue, 26 Jan 2021 10:19:14 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり私たちは只の道具？20210114</title>
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      <description>新年になり受験も本番。ぼちぼち結果も出始めて、私たちも悲喜こもごもの日々です。その中で、毎年若干居られるのが、私たちを「ただの道具」や「お金で動く機械」の様に思われている方々です。当然、受験指導や進路指導のため、夏や秋に、生徒の現状や今後への課題。志望校への考えをお訊ねする面談へのお誘いを行なっています。大概の保護者はお越し頂けますし、私たちの考えを聞いて頂けますし、お家の意思も教えて頂けます。しかし、来られない、連絡も無い、生徒も知らないって言う、何時・何処に願書を出すのかも分からない。しかし、『今すぐ書いて！』と「推薦書」等の塾への要望は突然持参されます。しかし、その推薦によって受験した結果のお知らせは頂けません。勿論、お金を頂いて、勉強の指導をしています。成績向上を目指しています。「機械仕掛けの流れ作業」はしていないつもりです。大手塾のような「教えたから出来ろ。出来ないのは生徒が悪い。私たちは悪くない」のつもりはありません。途中も結果も親戚同様(ひょっとすると、それ以上かも)に心にあります。その生徒の将来を第一に考え、受験までと、直前と、合格後を考えて授業計画を立てて指導しています。『受験が終わったんだから、後は知らん』なんて絶対しません。しかし、受験も終わり、合格発表後になっても、結果報告はおろか(合否は講師が生徒にこっそり聞いて知っています)今後の予定を言って頂けません。経験上、最悪の場合には「受験も終わったので今日で止めます」と突然、電話が入るか、「お母さんが止めろって言うから、今月で止めます」と生徒が授業の時に突然口にします。私たちは、お金を頂いて勉強を教え、成績アップを目指すサービス業です。「金払っているんだから、成績を上げて当然でしょ。」「金払って受験をお願いしてるんだから合格させて当然でしょ」と言われると当然、最大限の努力をしています。しかし、私が以前から言ってるように「聞いたら…」「習ったら…」「教えてもらったら…」「やらせたら…」勉強はできると思われている方。つまり『金で学力を買おう』とされている方。それが可能なら、生徒皆〜〜〜んなが『東大』に合格できますよ。勉強も受験も、本人・指導者・保護者がタッグでやるしか無いのです。度々相談に来られたり、塾の考えを聞かれたり、保護者の考えや選択を教えて頂ける家庭の生徒は、確実に成績上昇をして、合格に向かってまっしぐらです。しかし、その逆の行動を取られる保護者の家庭の生徒は・・・。『任せている』と言えば聞こえは良いですが、『金だけ出して放置している』が現状ではないですか？話を戻します。私たちは「道具」ですか？「機械」ですか？色んな考えの人が居ることは分かっています。もし、そう思われているのなら、スタート時にハッキリ言っておいて下さい。少しでも『落胆』が減りますので…。</description>
      <pubDate>Thu, 14 Jan 2021 14:12:32 +0000</pubDate>
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      <title>ごめんなさいが言えなくて・・・20210103</title>
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      <description>新年早々、ドラマのようなタイトルでスタートです。忘れ物をした。先生の指示を忘れていた。宿題をやっていない。「覚えて来い」って言われたのに、面倒臭かったのでやっていない。「〇〇休みの宿題、終わったのか」に対して、『終わったよ』実は嘘。どうせ、直ぐにバレルのに。賢い子は、早めに「ごめんなさい、嘘ついていました」と言えます。ところが、何だかんだと、言い訳や作り話をして、いつまで経っても認めないで『意地を張る』生徒が居ます。時間が経てば経つほど立場や信用に影響が出るのに・・・。これらは、生徒の話しですが、お母様にも同じ様な方が居られます。たった一度「すみません」って言えば済んで、次から何でも言えるのに・・・。一度の謝罪ができないばかりに、塾にお願いや変更が言えなくなって・・・。自分が意地を張ったばかりに、子供の意向が伝えられない事態に・・・。意地を張って「捨てゼリフ」で退塾したばっかりに、どこかで見かけたら、隠れるような態度を取られたり・・・。「ごめんなさい」簡単な言葉ですが、非常に大きな意味を持つ言葉です。「プライドを持つな！」と言ってるのではありません。プライドが持てなければ、自信を持って前には進めません。しかし、プライドが勝ちすぎると、自分で自分を縛り付け、自分で自分の進路を狭め、自分の進路や成長を塞いでしまうこともあります。最近、よく目にする行動に、絶対に自分の落ち度を認めず、「人それぞれの考えが…」ときれい事を言ってその場を逃げ切り、新たに話が可能な相手を探して、転々として自己満足をしている人です。おとなでも子供でも同様です。正直に間違いや落ち度を認めて、一度だけ「格好悪い思い」をしてしまえば、元に戻れて周りにも許して貰えるのに・・・。そこまで「格好良い」に拘る理由はなんだろう？『絶対に負けない人生』でも求められてきたのかなぁ？</description>
      <pubDate>Sun, 03 Jan 2021 21:57:57 +0000</pubDate>
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      <title>謹賀新年！20210101</title>
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      <description>明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。本年も、相変わらずのご指導ご鞭撻並びに、広〜〜い心で、私めの「ひとりごと(愚痴＆悪口？)」にお付き合い下さいます様にお願い申し上げます。さて、皆様はどんな新年をお迎えですか？私は、０時になった途端に、氏神様に初詣に行きました。例年だったら列を成して、密の状態だったのですが、今年は「幸先詣」とか「分散詣」との声掛けで、境内には、世話方や役員の方々の人数の方が多かったです。それ以外は、何もしない「サイレント正月」や「ステイホーム」を実行しました。受験生の正月は、合格発表日まで来ませんが、皆様はどんなお正月だったですか？</description>
      <pubDate>Fri, 01 Jan 2021 17:45:27 +0000</pubDate>
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      <title>年末のご挨拶20201231</title>
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      <description>今年もあと１４時間弱となりました。冬期講習真っ只中の教室も、さすがに今日は「ご勘弁を…」とお休みしています。この仕事を始めてから、世間の皆様の「年末の…」「連休の…」「お休みだから…」がめっきり減少している私です。では、今年最後の「ひとりごと(悪口？)」です。１年が終わってみて、今年一番感じたことは、『子供の実力(人間力・学力)は、お母様のプライドに反比例する』ということです。お母様の「私は正しい」が元で、子供が間違ったやり方を継続。お母様の「私は知っている」で、子供の判断が一昔前の基準で。お母様の「私はやっている」で、子供が何でも他人のせいの子に。お母様の「私はできている」が、子供のお手本で『出来ていないのに有耶無耶にする子』に。僭越ながら、こんな私めが指摘すると、『そんなことありません』とか『失礼な…』とか『子供の成績も上げられないくせに…』と途中退塾されていかれました。改善するためには原因を発見するしかありません。原因を改良するか取り除くしかありません。なのに、その行為を決して許しては頂けません。受け入れて頂けたり、ご協力頂けたりしたお母様のお家の子は、改善して、成績上昇中で笑顔が増えています。退塾していった生徒の情報は限りなく少ないのですが、分かっている限りで「塾を止めて、全く勉強をしなくなった」とか「誰も叱らなくなったので、余計に我侭になった」とか「塾に入った時よりもかなり下のランクの高校に行くことが決まった」を聞きます。「私が原因のように言われて許せない」とか「何で、お金を払っている私が我慢をしなくちゃいけないの？」と、まだ続けて来たがっていた生徒を、無理やり止めさせたお母様も居られました。と言う、私の偏見と思い込みの話で今年を終わりたいと思います。今年一年、皆様には、私の変人呟きにお付合い頂きまして感謝しております。来年も、更にパワーアップして頑張って『悪口』を言い続けていく所存です。懲りずにお付合い頂きます様にお願いいたします。では、皆様。良いお年をお迎え下さい！</description>
      <pubDate>Thu, 31 Dec 2020 10:14:53 +0000</pubDate>
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      <title>少々ええじゃん！20201222</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-140045/</link>
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      <description>「ちょっとぐらい・・・」「別にええじゃん！」「少々・・・」「細かい事にをうるさい」何かを指摘・注意をすると、返ってくる返事の中に、結構な割合で含まれているセリフです。「面倒臭い」「何とかなる」「私は悪くない」の人ほど・・・。「できていない」「やる気がない」人ほど・・・。その後に更に追い討ちのセリフがオマケで付いてきます。「何〜に、堅苦しい・・・」「古臭い・・・」「細かい事ばかり・・・」更に厳しい言葉が・・・。「小さい人間」「丸ごと受け止める器が無いのか・・・」何か別の方向に向かってませんか？もう、お気付きの方もおられますよね。そうです。これらの殆んどは『保護者』のお言葉です。生徒が口にするセリフもありますが、それは、お手本がお家にあるからです。『とにかく、自分は間違ってない』『何が何でも【目の前のこと】に【私が】【勝つ】事だけが大切(快感)』に感じてしまうのは私の偏見ですか？それとも、本当に「器が小さい」ですか？出来ない人ほど、やってない人ほど、知らない人ほど、楽したい人ほど、『私は出来ている、やっている、知っている、我慢している』と自身を過大評価して、誰にも聞かずに独自に間違った判断をして、結果に不満があると他人のせいにされますよね。私も言い返したいです。『どっちがやねん！』あっ、大人げ無かったですね。すみません(ペコリ)</description>
      <pubDate>Tue, 22 Dec 2020 15:47:58 +0000</pubDate>
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      <title>バレなければ・・・20201216</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139964/</link>
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      <description>これまで「変なおじさん」の私が何度も話しても・注意しても、まだまだ「バレなければ良い」「怒られてないから良い」「別に困ってないもん」と、『素直に従うとか、苦労してでもやって来るとか、家でやってみる』を実行できない生徒が急増しています。「我慢や苦労をしてでも、今日、絶対に家でやり直すんよ」の指示に、『家の中までは見えないので、バレないと思った』とか『やった、読んだけど、私は苦手・嫌いだから、出来ない。もっと簡単に出来る方法を・・・』まで言い出します。お母様が『あなた、宿題終わったの？(やったの？とは聞かないのです)』に対して「うん。終わったよ」と、やっても無いのにチェックされない事を知ってるので嘘を言って終わり。そこを責めると「家の子はやったって言ってます。家の子が嘘を言うはずがありません。教え方が・・・」と盲信で庇う行動をとられます。仮に後でバレても、欲しい物は買ってもらえるし、お出かけには一緒に連れて行ってもらえます。それでも我慢する子供がいますか？バレ無ければ、何をしても良いのですか？バレ無ければ、信号無視しても良いのですか？バレ無ければ、人の物を黙って持ち帰っても良いのですか？罰を受けなければ店の物を黙って持ち帰っても良いのですか？誰も見ていなければ、どんな事をしても良いのですか？ルールはルールです。『悪法も法』です。絶対嫌ならば、無視するのでは無く、『改正』に向けて、指示者と話し合う必要があるのです。法律ならば、改正するための行動をおこす必要があるのです。無視、スルー、放置、『放っとくこと』を教えたのはだれですか？身近に『お手本』は居ませんか？勉強も、スポーツも同じです。「無視・自然消滅・なし崩し」で、上達したなんて聞いたことがありません。</description>
      <pubDate>Wed, 16 Dec 2020 15:49:50 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>分かってやって下さい20201215</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139959/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139959/</guid>
      <description>近年の成績不振の小・中学生の保護者様から、よ〜く耳にする言葉が「分かってやって下さい」です。勿論、生徒の実情や性格、やってることや不足していること、間違っているやり方等を発見し、そこを修正して成績向上を目指すのが私たちに課せられた仕事です。ところが、「家の子、厳しく言うと嫌がるんです」「家の子、気が弱いので、叱ると直ぐ泣くんです」「家の子口数が少ないので、返事をしなくても叱らないでやって下さい」「家の子、頑張っているんですが、英単語の覚え方が分からないって言うんです」「家の子、歴史は好きなんですが、覚えるのは苦手って言うんです」最終の、極め付けは「家の子、成績は悪いですけど、本当は良い子なんです」どうでしょう？[B][B]『そんなん、知らん！どうでも良い！勉強だけ出来れば良い子』なんて絶対思いませんが[/B]、[/B]私たちに課せられた役目は何でした？「分かってやって優しくしてやることですか？」「どんな行動をしていても、許して見守って何年でも待ってやることですか？」ある程度の期限までにある程度の成績にしてあげることじゃ無いんですか？それを全て許してきたから『現在の実力』なんでしょ？それをやってくれる『金儲け塾』に行かせたから、現在の実力なんでしょ？それを早めに気付いて、修正してやるのが「躾」でしょ？「この子には、将来に無限の可能性が・・・」とマスコミの綺麗事に乗せられて「放置」してきたからでしょう？私たちの仕事は「保育士」ではありません。私たちの仕事は、生徒と正面から向き合って、問題点を具体的に指摘して、現状を修正・打開する手伝いをしてあげることです。ご家庭の協力無くては不可能に近いです。当然、その「妨げ」になるのなら、お母様の問題点も「失礼を承知で」指摘させて頂きます。「預けたんだから、塾が何とかしてくれる。私の仕事はこれで終わり」なんて考えは、絶対に有り得ません。</description>
      <pubDate>Tue, 15 Dec 2020 23:01:54 +0000</pubDate>
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      <title>子は親の鑑？20201204</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139791/</link>
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      <description>昔から、「子は親の鑑」と申します。子供を見ていると、その子の親が家でどんな行動をしているか、どんな考えをしているかが分かるという意味ですよね。他には「この親にして、この子あり」も同様の意味です。近年増加中と感じるのが「あの親にして、あの子あり」「あの親だから、この子になった」です。問題行動を起こす、もしくは指示を軒並みスルーする生徒の現状・実状をお母様にお伝えするために面談をする機会を作ったり、逆に電話を頂いたりするのですが、この時のお母様の対応で、生徒の行動の根拠が見えることが多いです。私が、必死で問題点をお伝えしているのですが、「それのどこが問題なんですか？」と、逆に叱られたり、「あぁ、そうですか。帰ってゆっくり子供と話し合ってみます」で、後日生徒に聞くと、『別に、お母さん、何んも言わんかったよ』とか、『子供に聞いたんですが、そんなことは無い。先生に言われたようにチャンとやってるそうです。』とか『先生が怒るから、塾変わりたいって言ってますから、今月でやめさせます』の電話を頂く始末です。「どうすれば勉強ができるようになるのか」をご存知ないのか、「分かっていない子供の言葉を過信しすぎているのか」真実は分かりませんが・・・。大切な子供を、「信じられない他人」に丸投げして自分は知らんぷり。後は、『私は間違っていない』とお母様のプライドを主張すれば終わり。何んか、問題行動の子供をみているように感じたのは私だけでしょうか？たぶん、そうでしょうね。だって私はかの有名な「変なおじさん」ですから・・・。</description>
      <pubDate>Fri, 04 Dec 2020 19:44:12 +0000</pubDate>
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      <title>バレなければ・・・20201202</title>
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      <description>分からなければ・・・バレなければ・・・怒られなければ・・・これらは、学力不振の生徒がよく使う言葉です。正確に言うと、口からは出さないけれど、確認すると必ずこれらのどれかを認めます。注意されても、指示されても、指摘されても、何でも良いんです。とにかく、『どうすれば、やらなくても損がおきないか』を考えているようです。つまり、学校の先生も塾の先生も、どうでも良いんです。自分に利害のある「お母さん」の反応だけ気にしていれば。分からなければ、バレなければ、怒られなければ、その上「貰えない」とか「食べれない」とか「やらせてもらえない」の『損』が発生しなければ学力なんかどっちでも良いんです。正確に言うと「自分は望んでいない」んです。努力はしなくても「お母さんが喜んで何かを買ってくれる成績」が手に入れば・・・。つまり、自分のためにでは無く、お母さんの満足のための点数が欲しいのです。「覚えるまで夕食はお預け！」を求めると『虐待』になるのだそうです。だから、覚えなくてもゲームはやらせてもらえるのです。私の主張は、食事を食べさせるなと言っているのではありません。終わるまで、家族全員が我慢して、口だけのごまかしではなく『絶対』にやらなければ、家族みんなに迷惑が掛かる事実を体験させろと言っているのです。「勝手が悪いから早く食べて後でやって」なんて言うから、後でも良いんだと、先送りをおぼえるのです。忘れ物や期限遅れをさせて、『恥』を掻かせて下さい。「私が恥を掻く」とお母さんが先回りをするから、子供が「我関せず」になるのです。可哀想ですが、お母さんも一緒に恥を掻いて、子供と一緒に『晒し者』になって、子供に責任を感じさせて下さい。成績上昇している生徒は、ここの所が分かっています。出来ています。親も何回も教えています。親が子供を過信していません。しかし、成績不振、もしくは上昇しない生徒の殆んどは、正直に「苦労」を覚える前に、上記のような『ごまかし』を覚えてしまっています。５歳から１０歳くらいで、どうして教え込まなかったんでしょうか？「可愛い。可愛い」でしょうか？「まさか、家の子が・・・」でしょうか？小学高学年や中学になって、知恵がついてしまってからでは、親の細かい指示は無視されるのに・・・。</description>
      <pubDate>Wed, 02 Dec 2020 23:46:01 +0000</pubDate>
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      <title>なにも泣かさなくても・・・20201127</title>
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      <description>塾で指導している時に、ときには生徒を泣かしてしまうこともあります。「泣かすまで叱らなくても…」と言われる方も居られます。それは、私も分かっています。「おとな気ない」感情論で叱っているのではありません。長くこの仕事をしていて、思い返してみると、泣かした生徒は大きく分けて２パターンですね。１つ目は、皆様ご想像の通りです。何でもかんでも「可愛い、可愛い」で何をしても何もしなくても「良いよ良いよ」と優しく言いなりに許されてきた生徒です。初めて大人が怖い顔をして、厳しい言葉で強い口調で迫ったのです。単に「怖かった〜」で泣いたパターンです。つまり、赤ちゃんが大きな音にビックリして泣くのと同じです。２つ目は、我がまま意地っぱりです。ダメな意識や行動をしている生徒に、事実を積み上げて一つ一つ確認して、「どのように考えているのか」「この様に変えなさい」等の話をした時に、完全に無視して、何の反応もしない生徒や質問しても黙り込んだままの生徒。逆に『そんなこと無いもん』『私はやってるもん』『分かってるもん』と、「とにかく言い返して、その場だけ勝つ」をやってきた事が原因の生徒。何を言っても、優しく聞いても、順序だてて話しても、とにかくそれを続けます。今まではそれで許してもらってきたのでしょう。しかし、私は「変なおじさん」です。そこで緩めては元通りです。もう一歩踏み込むと…………泣き始めます。泣く位なら、優しく言ってる内に、早めに反応すれば良いのにねぇ。もちろん、意地を張らずに、１〜２回の遣り取りで素直に認めて聞いてくれる生徒も居ます。その生徒たちは、成績上昇も早いです。当然です。前から申しておりますように「素直」と「正直」は、成績上昇への絶対条件です。できれば、お家でも「我慢」と「継続」を経験させてやって欲しいです。勉強知識を受け入れるための人間力形成に必要です。</description>
      <pubDate>Fri, 27 Nov 2020 15:28:03 +0000</pubDate>
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      <title>色んな考えの人がいるから・・・20201122</title>
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      <description>「色んな考えの人が居るのだから、お前の考えを押し付けるな！」この言葉は、日頃から親しい人々に何度も言われ続けて１６年が経ちました。勿論、人それぞれの生活があって、人それぞれの人生が違い、人それぞれの考えがあることは理解している『つもり』です。しかし、我が教室に『結果』を求めて来て頂いているのに、「色んな考え」で間違った(と、私は思ってますが…)意識や行動されている方を「色んな考えがあるから…」とか「お金を頂いているお客様に意見するなんて…」とか「叱って、止められたら、売上が…」と、『知らんぷり』を決め込んで、お金だけ頂く事なんて、私には[B]できません！[/B]「価値観や考えが違うのは分かっている」前提で読んで下さいね。単語や公式を覚えて来ない生徒に「絶対覚えて来るんよ」と指示しても、覚えてないんです。「やった？」って聞くと必ず「やった！」と答えます。他に、受験生に学習時間の不足や不正確さを指摘し、本人だけでは無く、お母様にもその事実をお伝えし、家庭での生活リズムや時間の使い方を話し合って頂くようにお願いしても…………変わらないんです。他にも…………きりが無いのでこれ位で。その後、生徒に嫌われながらも、お母様に鬱陶しがられながらも何度も何度も話しましたが、変わりません。経過を振り返って原因を考えました。最大の原因は「言葉の定義」の違いです。「やってる」の言葉ひとつをとっても、どこまでやったら「やった」ことになるのか…。勿論私たちは『結果』が欲しいです。合格が欲しいです。しかし、生徒やそのお母様によると、内容は別にして、やるという「行為」でやってると決めているみたいです。他には「家の子なりに頑張っている」も大切みたいです。それでも、結果(合格)だけは必ず欲しいようです。だって、子供も私(お母様)も頑張っているんだから……です。これらを「違うよ」「間違ってるよ」「〇〇のようにしないと変わらないよ」と話しても、成績が上がらない生徒とお母様の返事は共通しています。『そんなことは無い。私は分かっている。私は出来ている。私は間違っていない。塾が変なんだ』です。再度の話し合いの後で「えっそうなんですか？」とか「分かりました」と家で親子バトルをされた生徒は、成績アップできています。それでも、変わらない方ほど、『結果』を欲しがります。これでも、「色んな考えの人がいるから・・・」と知らんぷりするしかないのですかね？これで、結果が出なくても、月謝だけ頂いていると、我が教室のような「小っちゃい、資金力の無い塾」は大資本の塾や宣伝上手な塾に潰されてしまいます。色んな考えは認めます。但し、個人の家庭内だけにして下さい。他人に『迷惑をかける』のは、自由でも権利でも無いと思いますので・・・(涙)お願いします(ペコリ)</description>
      <pubDate>Sun, 22 Nov 2020 21:10:19 +0000</pubDate>
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      <title>将来の職業について・・・20201122</title>
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      <description>子ども達と進路相談をする時に「将来、何んになりたいの？」と聞きます(当然ですよね)。そこで、答えられる生徒は減少傾向にあります。中３や高２で「えぇ〜！全く思い浮かばん」と言ってる生徒もいます。考えた事が無いことや考える必要が無かったので、早めに考える方が良いですよね。この生徒たちも問題なんですが、最近、増加傾向にあるのが、これからお話しするパターンです。文系とか理系とかお聞きになられたことがあると思いますが、一つ目は、これを完全に無視して、親の思いだけで進路を強制するパターンです。「就職率が良いから…」とか「就職に有利！」とか「〇〇は将来性が高い」と子供の性格や実態と全く違う方向の選択を強制するパターンです。ヒラメキや空間認識が苦手な生徒に、「頑張って聞けば出来るようになる！」と理系の数学や理科を受講させて、『地獄の２年間』を送らせて、いざ受験となると、成績不振で不利になるパターンです。２つ目は、「どんな職業があるのか分から〜ん」と言う生徒に、母親の仕事(もしくは、その関連業種)だけを勧めるパターンです。母親がナースだとします。すると、医者やナース、もしくは検査技師、レントゲン技師だけに絞り込んで、他の職種を否定する場合です。母親が介護士の場合、やはり介護士、社会福祉士、ケアマネだけに限定し、他の職種を否定することです。勿論、ナースや介護士を否定・非難している訳ではありません。絶対に。言いたいことは、日常・小さい頃から、子供が「なりたい」「できる」仕事を一緒に考えてやることです。途中で、何度も変わります。４歳位に「花屋さんになりた〜い」なんて普通です。それに何度も何度も付き合ってやることで、子供の思考や嗜好が分かってくるのです。忙しいと思いますが、しっかり向き合ってあげて下さいね。</description>
      <pubDate>Sun, 22 Nov 2020 11:59:53 +0000</pubDate>
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      <title>何を根拠に、そんなに過信しているの？20201120</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139554/</link>
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      <description>「〇〇中学を受験します！」と、教室を訪ねて来られる保護者は多いです。何回か授業を行なった後、生徒の現状をお伝えし、志望校に合格するための不足している知識や実力をお知らせし、「今日から毎日■■位勉強して頂かないと志望校の合格に届かない事」もお話ししました。「お家で生徒と考え方やこれからの生活・時間の使い方について話し合って下さい」とお願いすると、「分かりました。しっかり話し合います」とお帰りになられました。しかし、その後の授業でも生徒の行動に変化が見えません。公式や用語、漢字や名称等、今日の授業の内容を解き直して、必ず覚えて来るように毎週繰り返し指示していますが、やっぱり変化が見えません。ある日、生徒に気持ちを聞く時間を取りました。生徒曰く「私は、キッチリ勉強している。言われた様にやっている。小学校でも上位に居る。学校ではこのやり方で良いって言われた。その上、学校の他に『塾』にまで通って勉強している。こんなに頑張っている」だそうです。その事を保護者にお伝えすると、「だから、塾にお願いしているんです。しっかり指導してやって下さい。お願いします」だそうです。何度かこんなやり取りをしていて気付きました。生徒の意識は「勉強とは、学校で言われた事を書くこと。次を言われたら次の内容を終わらせる事。黙って聞いているのだから良い子で勉強している。『習った通りに、そのまま』聞いてくる紙がテストだ。お母さんに望んで良い子にしていれば、小学校に入学出来たように『誰でも』中学にも合格できるはず」と感じました。お母様は「家の子は学校では成績は上位。学校の先生も『良い子』『心配ない』と言っていた。だから、高い金を払って塾に行かせているので『受験合格』は間違いない。勉強は『聞けば…、習えば…』分かる。『教えてもらえば』できる」と、しっかり信じておられる様に感じました。余りにも学校の現状・実情をご存知無いうえに、我が子の実情を理解されていない場合が多いです。実情をお知らせすると「えっ？そうなんですか？しっかり子供と話し合ってみます」と言われる家庭の子供は、少しずつ変化しています。しかし、「そんな事はありません。家の子は違います」とか「だからお願いしてるんでしょ。高い月謝を取っておいて、成績が上がらないのを子供の責任にするんですか？やっぱり受験塾として有名な△△塾じゃないとダメね」と、生徒が指示に従わなかったことや、指導した内容をスルーした事は全て塾の指導力の無さとの言い方で、『金さえ払えば、お客さんだから、どんな要望も叶う』との言い方でした。教室のある地域では、地元小学校で「普通の子」は中学受験生としては成績不振者です。クラスでは出来ているほうや、先生が「良い子」「心配ない」と言っていたからといって、成績上位とは言ってません。私たちは、何が出来ていればどれ位の実力で、どうすれば成績があがるか、このレベルならどこに合格できるかを分かっているつもりです。十年少々しか生きていない生徒が知らないのは仕方ないです。しかし、子供が間違っていたらしっかり話し合う事は親の仕事じゃないのですか？その上、親も子も「知らない」「勘違い」ならば、素直に修正することで上昇していって欲しいですよね。いくら説明しても「そんなことは無い」と自分や子供をそこまで信じ込める根拠は何でしょうね。</description>
      <pubDate>Fri, 20 Nov 2020 15:44:50 +0000</pubDate>
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      <title>飽食の時代？20201118</title>
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      <description>「衣食足りて礼節を知る」と言う有名な言葉があります。生きるための最低限に必要な衣食が不足していると、生きることに精一杯で「礼節」や「優しさ」「社会性」を考える余裕などあるはずがありません。では、現在の私たちの周りはどうでしょう？勿論、社会が裕福になって、優しさ・思いやり・ボランティアと心が豊かになっている人も多くみられます。しかし、裕福になって「自らが努力しなくても、次々に与えられることが当たり前」になってしまったことを『過去の人々の努力の結果』とか『日々感謝しながら、自らも努力を続けなければ…』では無く、『与えられて当たり前』『〇〇してもらう権利がある』『お金を払っているのだから、無条件に無限に要求して当然』と、権利・権利・権利と、権利の意味を考えもせず、何でも直ぐに権利を口にしたり態度に出されたりする方が増えました。権利は、自らの義務と同時に同等に対等に背中合わせに持っているはずです。しかし、義務については「えっ？何〜に、それ。別に良いじゃん！」と権利だけを主張する世代が有ります。その世代の方々がまさに今「小・中学生の親世代」なのです。日常、権利だけを主張して、とにかく「文句を言っていれば、要求が叶う」生活をしているのです。それを毎日見ていると、無意識に子供も学んでしまいますよね。その上、叶わなければ、又々お母様が出張って叶えてしまうのです。子供は、先生や大人の言葉なんか聞かなくなりますよね。そこで又、お母様が出張って「教え方が悪い」…………です。そりゃあ、結果は言わずもがなですし、地元の学校のレベルも言わずもがなです。勿論、衣食が足りていようがいまいが、素晴らしい礼節をお持ちの方が沢山私の周りに居られることも言っておきます。この「ひとりごと」に書くことは、余りにも「私の辞書に無い思考・行動」「少数派」をアップしていることをお知り於き下さいね。</description>
      <pubDate>Wed, 18 Nov 2020 15:08:15 +0000</pubDate>
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      <title>成績が上がるためには・・・20201113</title>
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      <description>以前から何度も何度も同じことを言ってます。古くからの愛読者の方(だから、そんな人、本当に居るのか？)は、ま〜た、同じことを言っている。と思われるかもしれませんが、やはり経験を重ねれば重ねるほど確信になっています。成績アップには「素直」「正直」「コミュニケーション能力」が必要です。素直は、出来ていないこと、間違っていること、勘違い等を指摘された時、上辺だけのごまかしをせず、受け入れて行動することです。これが出来ない生徒が最も多いです。正直は、自分に都合の悪い事や、面倒臭いことをごまかさず、またごまかした事を嘘を言わず認める。心と上辺が違う「良い格好」をせずにキチンと言うことが必要なのです。教室を一歩出ると「見えていないからバレないだろう」と思っている生徒が多いですが、私たちを舐めないで頂きたい。それ位はキチンと見抜いています。コミュニケーション力は、相手の言っている内容を完全に理解する努力と、自分の考えや思いを正しい言葉で正確に相手に理解してもらえるように伝える能力です。つまり、歳相応の『日本語力』です。「何かこんな感じ」「多分こんな感じ」で相手の言葉を適当に聞いたり読んだりするから、勉強が分からないのです。正確に伝える努力をしないから、「語彙力」も「文章構成能力」も培われないので記述力も読解力も付かないのです。これを言うと「えっ、家の子、普段、キチンと会話してますよ」と言う方が居られますが、日常の会話は記号やシグナルだけでも通じます。日本語力とは別物です。単純な話です。３歳から５歳児でも、出来てる子は居ます。小学校５〜６年の生徒にも、凄くキチンと出来ている子もいます。つまり、『歳相応の総合的人間力』が無いと勉強の成績は上がりません。勉強だけ出来ていれば人間力があるかと言えば、それはあまり期待できません。しかし、人間力が備わった生徒は、短時間でかなりの上昇が見られました。これって、社会人になった時の「充てにされる人」「信頼される人」によく似ていますよね。</description>
      <pubDate>Fri, 13 Nov 2020 22:28:44 +0000</pubDate>
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      <title>気が強い・・・20201113</title>
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      <description>近年多いのが「気が強い」生徒です。「えっ？負けないように頑張るのがダメなの？」って言われそうですが、「負けん気が強い(負けず嫌い)」と「気が強い」は見ていて違います。「負けん気が強い」生徒は、常に冷静に周りと自分の状況を観察しています。そこで、自分の強みと弱みをしっかり理解しています。「何が伸びれば勝てるのか」をキチンと認識しているので、どんなに苦しくても勝つためですから、耐えてやっています。一方、「気が強い」だけの生徒は、『とにかく勝ちたい』のです。『何でも良いから勝ったと思いたいだけ』なのです。『常に優位に居たい』のです。『自分は分かっている』し『自分はできている』し『自分が間違っていることなんか無い』ので、何を注意しても、『聞き流す』し『こんな感じだろうと自己流を変えない』し、何度も同じ注意をすると、目に見えて不機嫌になります。でも、決して自己流は止めないので、進歩が遅いです。それで時間だけが経過すると「私、もうダメだ。私なんか無理だ」と急に『折れ』ます。これも、特徴ですが、折れてる事も「みえみえ」なのに、虚勢を張ってま〜〜だ優位に立とうとします。どうですか？これは、大人でも子どもでも共通じゃないかなと思います。周りに居ませんか？周りの人にに「文句」ばかり言ってる割には、そんなに能力や人望の無い人。えっ？お前だろうって？そうですね。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Fri, 13 Nov 2020 21:51:03 +0000</pubDate>
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      <title>適当でも何とかなる20201109</title>
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      <description>時間を守らなくても平気。予定の紙を出さなくても平気。学校や他人に言われた予定を報告しなくても平気。大事な予定を覚えて無くても平気。テストや集合時間を忘れていても平気。遅れたり、行かなかったり提出しなくて、学校や周りから督促が来ても「すみません。どうすれば良いですか？」と、本人では無く、親が出てきて何とか解決してしまう。指示や約束や予定を聞いても、日本語(何を言ってるのか、何を求めているのか、本題は、主題は、ポイントは)を理解しようとせず、上辺の『音』だけで「何か、こんな感じ」と聞いて帰っても、親が何とか連絡して解決してしまう。本人にそれをさせずに、「親が嬉しそうに振り回されてやっている」日常の「自己責任」の生活でもそうなのだから、『大っ嫌い』な勉強を「必死で聞いて、理解しよう」なんて思うはずがありません。「も〜〜う！家の子、何回言っても適当なんだから…」って言いますが、小さな頃からそれを許してきたのです。大きくなっても、手を出し続けたのです。注意して変わらなくても、要求には応じてきたのです。「子供は地域の宝」「子供のために地域で奉仕」と『怒らない』『注意しない』『何でも叶えてやる』をした結果、大人の言葉に価値が無くなっているのです。「約束を守らなかったら、自分で責任をとるまで要望には応えない」をやってないのですから・・・。そりゃあ、勉強なんて・・・。そりゃあ、</description>
      <pubDate>Mon, 09 Nov 2020 20:55:35 +0000</pubDate>
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      <title>子供の人生だから・・・20201107</title>
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      <description>「子供が選んだ子供の人生。勉強しようが、遊んで過ごそうが、上の学校を目指そうが、楽して行けるところを選ぼうが、子供に任せて、親は口出ししない」このセリフを最近、続けて聞きました。確かに、１８歳や２０歳の子供の進路や職業選択を親が決めて、強制するのは「いかがなものか」と思います。子供の人生です。可能な限り子供の意思を尊重してやるべきだ思います。しかし、小・中学生の親がこれを言うのはどうでしょう？私は、親のきれい事だと思います。まだ、数年しか生きていない。まだ勉強らしい勉強もしていない。将来の人生を考えたことも無い。そんな「何にも分からない子供」が正しい判断ができる訳がありません。「できれば楽したい」「楽しく過ごしたい」「今の快感しか求めない」のが通例だと思います。その上「何とかなる」「親が何とかしてくれる」「先生が何とかしてくれる」「私が悪いんじゃ無い」と逃げ続けてきた子供たちが多いんですよ。そんな輩に「自分で決めなさい」って言っても、勉強や苦労や我慢を求めてくるような子供なんて居ません。自分の好みを求めるのが常識です。なのに、親は口出ししないなんて・・・。自分で判断できる年齢や状況になるまでは、ある程度親が話して聞かせて苦労や我慢を強制しないとダメですよね。なのにしないのは、「放置」「放任」と言われても仕方無いと思います。小学・中学でそれをやると、「子育て放棄」「育児放棄」になる場合も考えられます。キチンと話して、分かって考える力が付くまでは、親が持ち上げて将来の『選択肢』を残しておいてやるしか無いと思います。「本人なりに頑張っているんだから・・・」の言葉は、本当に頑張った結果の生徒だけに使って下さいね。</description>
      <pubDate>Sat, 07 Nov 2020 19:09:51 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>聞く！確認する！20201030</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139189/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139189/</guid>
      <description>知ってる人ほど再度確認をします。分かっている人ほど再度確認をします。出来ている人ほど再度確認をします。偉い人ほど再度確認をします。なぜかと言うと、「完全」「安心」や「間違って迷惑を掛けたくない」との心掛けから、以前より確実な行動や学習を行なってきたからです。だから、無意識で確実な積み上げが、多知識の偉い人になったのです。反対に知らない人ほど「私は知っている！」と思い込みで行動します。分かってない人ほど「私は分かっている！」と思い込みで行動します。出来てない人ほど「私は出来ている。これで間違って無い」と思い込みで行動します。そんな人ほど「違ってるよ」と指摘すると『何〜に、偉そうに…』と逆に叱られます。そんな人ほど「こうすれば出来るよ」とアドバイスすると『えぇ〜っ♯？私なりのやり方があるのにイチイチ五月蝿い…』と逆に叱られます。なぜかと言うと、「過信」「楽」「見栄え」「面倒臭い」「人には色々な考えがあるから…」「だってぇ。△△さん(同様の方)は、それで良いって言ってたもん」との『訳分からん』理屈から周りや他人のことより、とにかく自分の感情を優先してきたおかげ(？)です。確実な行動や確実な学習を行なわずに何となく通り過ぎてきたからです。だから、無意識の内に、確実な積み上げをして無いので「知らない」「知識の〇〇」人になったのです。この「〇〇の人」ほど、自分は『中の上』。自分は一切間違って無い。自分は他人に後ろ指を指されるような事は何一つ無いと、兎に角他人を攻撃します。他人を無視します。(金の力で何とかしようとします)さ〜〜〜て、ここで問題です。これらの話は大人の話でしょうか？子供の話でしょうか？正解は・・・・・・・・・・・・・塾長にお問合せください。</description>
      <pubDate>Fri, 30 Oct 2020 15:36:27 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>久しぶりに楽しかったです20201029</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139178/</link>
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      <description>教室のルール的に「基本５週目は休み」は以前からお伝えしてあったと思いますが、色々な行事や生徒たちの日程的に、本当に休めるのは、この１０月の末しかありません。しかし、今年は、定期試験と漢検の日程の都合で、今日しか休めませんでした。そこで「１０月２９日は完全に教室を閉鎖します」と生徒たちに宣言して久しぶりのお出かけをしました。好きな寺社めぐりです。以前から気になっていた神社と久しぶりに参詣したかった神社のハシゴをしました。早朝に出発して、約12時間で500の行程でしたが、疲れも感じず、楽しい１日を過ごしました。やっぱり、教室に篭って雑用に追われているようではダメですねぇ。キッチリ切換えて、リフレッシュすることを覚えました。さぁ、また明日から「うるさいオッサン」に確実に戻ります。ピース！</description>
      <pubDate>Thu, 29 Oct 2020 19:44:13 +0000</pubDate>
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      <title>感謝！700回目のひとりごと20201027</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139147/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139147/</guid>
      <description>本日、この「ひとりごと」が第700号になります。色々「面倒臭い」この私に、長い事お付き合い下さいまして。ありがとうございます。当初より愛読者でいらっしゃるＭ様、Ｔ様を初め、皆々様ありがとうございます。感謝しかございません。こんな挨拶していると、「今回が最終回？」って思われるかもしれませんが、そ〜〜んなことはしません。これからも「面倒臭い」や「頭大丈夫？」を全開で呟いてまいりますので、何卒「呆れず」に「見放さず」にご愛顧賜りますように、隅から隅までずずず〜ぃと、御願い奉りまする〜。ペコリ！</description>
      <pubDate>Tue, 27 Oct 2020 20:49:24 +0000</pubDate>
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      <title>塾に何を求めて？20201022</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139054/</link>
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      <description>長年、塾をさせて頂いていますが、時には「私たちに何を求めているのだろう？」と言う場面に出くわします。本来なら家庭でされるべきの「躾」や「甘えの修正」を求められることもあります。塾本来の仕事とは違いますが、教室の方針である「人間力が学力に」に通ずる部分がありますので、精一杯お手伝いしています。しかし、ここからが分かれ道。私たちとしっかり話し合いをして、塾と家庭で協力すれば、成果も早く大きいのですが、「お願いします」と言われた筈なのに、私たちの指示を否定して、子供に「そこまではしなくても良いのよ」と指示される方、「あなたはそんなに悪い子じゃないから、塾の言う所まではやらなくても…」と今までと同様を指示される方。どうして欲しいの？塾本来の仕事についても、生徒の実情・現状をお伝えしても、家庭での日常や行動の相談の為に面談をお願いしても、お越しになられないか来られて話しても、その後何にも変化無し。生徒に聞くと「別に何にも言ってなかったよ」です。受験の直前に来られて、「毎日の行動を指導して従って頂けるなら」の条件で入塾頂いたのに、全くの無視。生徒に聞いてみると「受験が近いから塾に行け。受験が終われば必要無い。勉強は試験で良い点数を取るためのもの。」と家で言われたと、ウスウス・恐々想像していたズバリの答えが返ってきました。進路指導にしても「現状が変わらなければ〇〇を受験。後少し頑張れば◎◎が可能に。このまま我が儘を続ければ△△しか合格の可能性が。」とお伝えすると、「もう、良いです。そこまで勉強ができる子を求めて無いので…」何も変化しない事を望まれたり、最悪の場合には「あっ、そう。〇〇には受かるのね。じゃ、もう良いわ」と直ぐに止めていかれる方まで。生活態度・意識が「王子さま・お嬢様」として育てられている小学生。学習方法や時間・量の修正指示を何度繰り返しても改善がされない生徒。勿論、最高峰の中学には合格できる筈もありませんが、中の下位の中学なら可能性大です。しかし、その「お金払って入れてしまえば、何とかしてくれる」の塾に対する意識で私立中学に入れてしまって、自分は何の努力もせず、全て学校の責任にして、半年後に急激な成績下降をした生徒を何人も見聞きしてきました。ただ、こんな生徒のお母さま程、私たちに意向や考えや予定を決して教えては頂けません。ある日突然「こうすることに決めました」とか「明日からこうして下さい」とか「今日で止めます」とか宣言されます。勿論、これらの行動が、生徒のためにならない事は、賢明な方ならお分かりだと思いますが、こんな行動をされる方は『誰の意見も聞き入れず、全て自分の知識と自分の感情だけで決定する』ことをされます。だから、生徒も変化できないのかもしれません。現在も、若干名「保護者が何も言って来られないし、生徒も保護者も何も従わない、当然、生徒の大きな成績上昇も見られない」子が居ますが、「金を払ってるんだから、どう使おうと自由」「試験が終わったのに勉強させる意味が分からない」「家の子も私もチャンと考えて分かっている」と『塾は、受験のためのツール』『使い捨て』との行動をされそうだと恐る恐る見ています。残念ながら、毎年この予想はかなりの高確率で当たるから嫌なのです。縁有って、共に過ごした生徒たちが、墜ちていくのを見す見す見ていなければならない立場に毎年歯痒い思いです。</description>
      <pubDate>Thu, 22 Oct 2020 14:37:08 +0000</pubDate>
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      <title>目が笑ってない20201021</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139036/</link>
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      <description>日々の指導の中で、生徒に苦言を呈することは度々です。本人は「やってるつもり」「出来てるつもり」「これ位で良い」「今まではこれでも良かった」「学校ではこれで…」と自信たっぷりです。生徒同士や友達との会話を聞いていても、何かを言われたりされたりしても「えぇっ、だって、こうじゃない？」「私はこれで良いと思ってる」と、絶対に自分の意見を曲げない生徒。その友達曰く、「あの子、周りが『違う』と言っても、絶対に認めないんよ」だそうです。その子に何度注意しても、行動を変えないし、「絶対に今日中にやるように…」と指示してあった事も無視して、やってないので強く叱責したら「私はもうダメなんじゃ」「私には無理なんじゃ」と突然の『悲劇のヒロイン』。最近、このパターンの「自称、『私はすごく良い子』」が増えています。その中のある生徒に、再度注意した時のことです。「はい」と素直に返事はしてくれたのですが、その目が全く笑っていないのです。むしろ『分かってるがなぁ。やるって言ってるじゃん。何度も何度もしつこいなぁ』と感じてしまったのは私の思い込み、悪意、偏見でしょうか？「はい」と返事をすること[B]だけ[/B]を大切に「良い子」や「素直に従ってる子」を求めてきたのは誰なんでしょうね？</description>
      <pubDate>Wed, 21 Oct 2020 12:14:02 +0000</pubDate>
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      <title>子どもの躾って？</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-139029/</link>
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      <description>子どもの「躾」って何でしょう？私が、当地で「塾」を始めて16年になりますが、当初の「悪ガキ」や「できない子」と現在の子どもたちの『質』が変わっているように感じています。当時の成績不振者は、全く勉強をしない(本人もやっていない自覚あり)か、中1で躓いたのを放置していたのが原因の生徒が多かったように思います。ですから、やっていなかった生徒には、強制的にやらせれば上昇しましたし、中1躓き組には、基礎から説明し直せば上昇してくれました。しかし、現在の不振者はトコトン不振ですから、やり直す時間が足りません。どこかの「教えたから、生徒が出来ないのは、塾の責任じゃぁ無い」塾の様に割り切れば良いのかもしれませんが、それは言いたくありません。じゃあ、成績中位者は？と言うと、これらが昔の成績不振者と同様です。「やってるつもり」「できてるつもり」「何かこんな感じ」「これ位で怒られない」「返事をしているので良い子」と注意や指摘をしても、上辺だけの取り繕いでスルーします。お母さまに色々お聞きすると、「私はチャンと躾しました」と言われます。内容は何についての事を言われているのかと尋ねると「返事・着替え・トイレ・食事」と保育所レベルの事を言われます。その上、それは、保育所で先生方がして下さったことで、実質的には、ご家庭ではされていませんでした。『「躾」は学校でしてくれるもの』と理解できないセリフを言われる方は置いといて、動作・行動・食事等は、躾では無く、人として生きていく最低限のことです。動物が「狩り」や「逃げる」を教えるのと同様です。躾は「内面」の事です。他人とのコミュニケーション能力や理解力、話を素直に聞き、素直に受け取り、正直に行動する・できる能力です。上辺だけの「良い子ちゃん返事」。返事だけで意識や行動を変えない過信。出来てもいないのに、更に低い連中と比べての自己慰め。これらを「違うよ」「できてないよ」と注意しても、『人それぞれだから…』とか『私は頑張ってるのに分かってくれない』との口ごたえ。その上保護者まで来られて「家の子を分かってやって下さい」「そんな筈はありません。私の目から見ても、頑張ってます」人それぞれ。色んな考えの人が…。個性。皆んなと同じ。全部、もっともらしく聞こえますが、躾をしていない事への慰めに聞こえます。勿論、人それぞれです。私だって、それ位は分かっています。しかし、「じゃあ、それぞれの結果で妥協して諦めて…」は無く、他人よりも高いご褒美を欲しがるでしょ？躾って何でしょうね？</description>
      <pubDate>Tue, 20 Oct 2020 23:14:37 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、頑張ってますよ！20201015</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138952/</link>
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      <description>受験が近付いています。多くの受験生は顔色が変わって頑張っています。しかし、何度話し合いをしても生活改善ができず、成績向上に向かっていかない生徒が小数居ます。１つは、小・中学校の「基本だけ学習」で「できる」「３」の評価があり、本人も学校と塾に『行っているだけで』学力はアップすると信じていますし、それを保護者にお伝えしても「でも、〇〇ちゃんも塾だけで合格できたから、家の子の方がまだ・・・」と家庭の協力どころか、私たちの指示を「程々で良いのよ」と、途中止めを許してしまっている場合です。２つ目は、長時間、机に向かっていることで「頑張っているから…」や、親が仕事で不在の後の会話「勉強したの？」「うん。したよ！」「そう、じゃ良いわ」で済んでしまうことで、『どうすれば上手く誤魔化せるか』を学んでしまったパターンです。これらを、保護者にお伝えすると「だって、私たちにも仕事があるし…」とか「だって、私たちでは勉強は教えられないし…」と叱られます。仕事を辞めろとも勉強を教えろとも言ってません。24時間監視をすることなんて不可能です。指示を正直に行なっているかをチェックする仕掛けを家庭で作るしか無いのです。ただ長時間、時間潰しをしていないか、必死感を持ってやってるかを後姿でチェックするしか無い」のです。「家の子は家の子なりに頑張っているのです。分かってやって下さい」とか「まだ時間はあります。私は子供を信じています」言われる方も居られます。私は分かってやれますが、受験は分かってはくれません。私も信じて待ちたいですが、受験は信じても待ってもくれません。大人が「言い訳をして庇う」から、生徒も変革のチャンスを無くしたのです。こんなに失礼にもズゲズゲ言うと、ま〜〜〜た「あの人、勉強勉強って、勉強のことしか言わんねぇ。勉強だけできたら偉いとでも思っとるんかね」とまたまた言われそうです。塾ですから勉強のことを言います。志望校を聞いたのなら、当然、そこを目指します。勉強のことだけ言ってません。当に、こうやって「心構え」と「行動」について言ってます。「勉強が出来ても、人間力の無い人はダメ」が開校以来の私の口癖です。事実を認めないで、言い訳や誤魔化しや悪口を言う人が当に、人間力…………………………………………………………止めときます。余計批判の的になりますから。</description>
      <pubDate>Thu, 15 Oct 2020 16:08:03 +0000</pubDate>
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      <title>良かったぁ！分かって頂けたぁ！20201013</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138932/</link>
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      <description>直前の「ひとりごと」の内容の『真逆』の嬉しい出来事が起きました。塾「ま〜た、嘘つきか？」生徒「分かりました」母親「チャンとするんよ」生徒「うん。分かった」塾「ま〜た、嘘つきか？」生徒「分かりました」母親「チャンとするんよ」生徒「うん。分かった」塾「ま〜た、嘘つきか？」生徒「分かりました」母親「チャンとするんよ」生徒「うん。分かった」と、何度も何度も同じ事を繰り返していた生徒のことです。お母様にも何度もお越し頂いて、現状とこのままでは来年が…をお話ししていたのですが、お母様も、そこまで子供が「上っ面だけの返事」をしているとはお分かりになっていなかったようで・・・。今回は、生徒にもお母様にも、失礼を承知で現状を全てお伝えし、子供にも「良い格好」をせずに本心で話し合うように伝えてお帰り頂きました。本日、生徒が授業日でも無いのに「自習・質問」に来ましたので『お母さんと、どんな会話になった？』と確認しましたら、キチンと本心を話していて、ウソを言った様子は感じませんでした。その後「お母さんからの指示と約束は？」と聞くと、「もう、適当な言い訳は許さんよ。他は良いから、塾長の指示は絶対100％実行せんと、あんたダメになるよ」と釘を刺されたそうです。だから、昨日から真面目に復習して、今日は予定外なのに質問に来たそうです。お母様にも、失礼なことをズバズバお話ししたのですが、怒ること無く、子供の外での行動を理解して頂いて、私の意図をご理解頂けて有り難く感謝の気持ちです。生徒も、今までの人生で、一度も経験したことが無い「きれい事で許して貰えない」を理解できたようで、分かってくれた事への喜びと、今後への期待で・・・笑顔で帰しました。私の様な「おかしいんじゃ無い？」と言われるような失礼な事実をズバズバ言う人間の事でも、キチンと聞いて、理解して、行動を変えて頂けた事実。感謝とともに、これからも「頭おかしい」と言われながらも頑張って続けたいと「独り善がり」に一人で入り込んだ次第です。</description>
      <pubDate>Tue, 13 Oct 2020 23:12:59 +0000</pubDate>
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      <title>子供の学力より・・・20201013</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138924/</link>
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      <description>私はやっている⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒やってたら出来てます私は聞いている⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒そうです。音だけはね。先生の教え方が悪い⇒⇒⇒⇒⇒⇒クラス全員がダメダメならばね。できる様に教えて欲しい⇒⇒⇒⇒言われた様にやらないで出来ることはありません。「教えてもらえば」できるはず⇒⇒自己流を止めて、正しい意識で正しいやり方をしないと無理です。「有名な〇〇塾」に行けば成績が上がる⇒⇒⇒多分、今より出来ないことが増えます。家の子はそんなに酷く無い⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒事実は点数に表れます。家の子は「頑張って」います⇒⇒⇒⇒⇒⇒じゃあ、今のままの自己流で良いじゃないですか。「聞けば」「習えば」分かるはず⇒⇒⇒⇒分かろうとしなければ分かりません。家の子は「良い子」です⇒⇒⇒⇒「悪い子」なんて言ってません。何について思われていますか？出来ない子供には、出来ない原因と理由があります。そこを指摘しても、子供は中々理解できません。怒られない日常から「悪意」や「わざと」では無く、平気で「スルー」や「無視」をします。何故なら今まで何年も、学校も親もきれい事でそれを許してきたからです。本人は出来ない方法・行動をとっているとは思っていません。ただ、「怒られない」「楽な」行動をしているだけです。子供に聞いたら「僕(私)はやっている」と言っています。だから家の子は、やってる(やってくれる)筈ですと言われるお母様。じゃあ今までと同じ事を続けられたらよろしいかと。意識も行動も何も変えず、「聞いたら」「習ったら」「教わったら」できるのなら、もう、学校で出来ているはずです。特別「楽」に学力が上がる方法は『無い』と2000年以上前に証明されています。子供の実情を理解せずに、「希望的観測」や「願望」だけで子供を見ていては、重要な部分を見落としますよ。私たちが必死で説明しても、「いえ、もう結構です。子供が嫌がってますから」とか「そこまで勉強・勉強を望んでませんから」と、『聞く耳』を持って頂けなかったお母様についてです。最後に非常に失礼な事をいいます。これらを言われた方は、「勉強なんて出来んでも生きていける」「勉強なんて出来んでも、就職はできる」と、子供の学力よりも、苦言の無い平穏な生活を求められているのですかね？失礼にも程がありますね。ごめんなさい。ペコリ。</description>
      <pubDate>Tue, 13 Oct 2020 21:46:32 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>止まった時を進めたい！20201013</title>
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      <description>今日、私は、朝に突然思い立って、岡山県久米南町の「時切稲荷神社(通称;とっきりさま)」にお参りして帰ってきました。生徒たちが中間試験や受験勉強や体育大会の練習でバタバタしている時に、「お前だけ何をのんびり遊んでいるんだ」と叱られそうですが、その謂れを聞いて、とても興味が湧き、お参りせずにはおれなくなって、突然の小旅行となった訳です。佇まいは写真の通りです。浄土宗の開祖「法然上人」の生家の跡地に建てられた「誕生寺」が管理されていて、大切な物や忘れられない物、立ち直るキッカケが欲しい人が「〇〇時までに□□を見つけて下さい」とか「◎◎時までに▽▽を下さい」のように『時を切って』何かをお願いすると、不思議と叶えて下さったり、止まってた時を動かすキッカケを下さったりするそうです。人間も長年生きていると、色々キッカケが欲しいこともあるもんです。信じるか信じないかは「あなた次第」ですが、少しだけ心の引っ掛かりを解くキッカケになればと思いました。度々「趣味の話でしょ」をアップしまして申し訳ありません。「だから何なの？」と突っ込まないで下さい。ペコリ。</description>
      <pubDate>Tue, 13 Oct 2020 16:25:48 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>面倒臭い？面倒臭い！20201006</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138805/</link>
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      <description>最近の「成績不振者」の特徴として『面倒臭い』があります。細かい積み重ねが面倒臭い。じっと我慢しているのが面倒臭い。我慢して他人の指示に従うのが面倒臭い。宿題が面倒臭い。漢字や英単語をコツコツ覚えるのが面倒臭い。期限までに終わらせるのが面倒臭い。等です。だって、『とにかく面倒臭い(分かりやすい言葉で言うと「だり〜ぃ〜」です)』と放って置くと、締め切りや限界がくると、先生や親が話し合って、『何とかしてくれる』からです。自分は悪態を吐いていれば、何とかなってしまうのです。誰が我慢して、努力して、苦労して繰り返して自力で到達しようとしますか？決して、生徒のその行動を肯定・擁護しているのではありません。生徒たちは何処から学んだのでしょう？子供を注意しても「一発」では聞いてくれない。子供に指示しても「一発」では従ってくれない。毎日毎日、子供の確認や相手「ばっかり」はできない。私は「先日もう注意した」「だから私は責任放棄はしていない」私だって仕事があるの。私だって家事が忙しいの。旦那は「全然」手伝ってくれないし…。毎日毎日、子供中心の生活は出来ない。私にも私の生活がある。どうですか？こんな事を思ったことはありませんか？当然ありますよね？仕方ないです。で〜〜も〜、子供を放っておくことは出来ないから仕方なく「イライラ」の小言生活が続くのです。問題はそこからです。そこで「仕方ない」と続けるお母さんの背中を子ども達は見ています。反対に「も〜う！知らん」と止めて放置しているお母様です。結局「面倒臭い」のです。何度も繰り返すのが面倒臭いのです。泣かれるのが面倒臭いのです。イライラして時間を取られるのが面倒臭いのです。自分のやりたいことが出来ないのが腹が立つのです。子供の意思を尊重して・・・。子供の思いを聞いて・・・。と言えば聞こえは良いですが、一発で思い通りになってくれる子供なんて居ません。旦那に求めるように「子供」に求めないで下さい(そんな家庭ばかりじゃ無いか？失礼しました！)。「全てを親が決めて押し付けろ」と言ってるのではありません。長い人生を分かって無い子供に、色んな話を聞かせてやって下さい。色んな考えを教えてやって下さいと言っているのです。最後に悪口です。「やっていない」「放っておく」「面倒臭い」「きれい事」をされる親御さんは、自身がそれを経験せずに育ったか、知らないのに「私は分かっている」と誤解されてる方が多いですね。例外の方、大変失礼言いました。ペコリ。</description>
      <pubDate>Tue, 06 Oct 2020 10:42:58 +0000</pubDate>
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      <title>「良い子」を演じて・・・20201005</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138788/</link>
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      <description>「良い子」って何でしょう？最近の小・中学生の生徒に、「良い子」を演じる生徒が激増しています。勿論、小さな頃から、お母様に「良い子にしていなさい」「〇〇ちゃんは良い子ねぇ」「どうして分かってくれないの？いつから〇〇は悪い子になったの？」と、とにかく『自分の思い通りの行動をしてくれる子』イコール『良い子』の定義で接してこられました。もちろん、それも一つの「良い子」の形です。しかし、善悪を考えず、とにかく母親の顔色を見て、『母親が』怒ってなければ『良』との考えを持っている生徒が増えました。「歳相応」の判断や我慢や行動はどうでも良いのです。悪く言えば、外面を良くし、嫌な事や自分の思いと違う時には、その場はスルーして、後で母親に「ゴロニャァーン」と甘えて見せれば、「まぁ、やっぱり家の〇〇ちゃんは、可愛い良い子ね」なる訳です。塾でも度々あります。生徒が指示に従わないので強い口調で注意したら、その場は「はい、分かりました。やります」と言って帰ったと思うと、後でお母様から「家の子、先生の指示は絶対嫌だ。もう塾に行かないって言ってます。私が説得しても無理なので止めさせます」と当夜電話連絡が。「あなたのその考えは間違っているよ。少しずつで良いから□□のの方向に我慢して変えてね」と本人やお母様にお願いしたところ、後日、「私は分かるんですが、本人がどうしても嫌だって言うんです。だから、もう塾には行きたくないって言うんです。私も本人の意思を尊重してやりたいので止めさせます」って後日電話連絡が・・・。その場では「良い子」を演じて、後で自分の無知と我が侭を押し通す子。また、それを抑えられない。説得できない。若しくは、嬉しそうに受け入れる。自分の意見をキチンと言葉で言えない。心とは裏腹に、格好をつけて良い子とは思われたい。でも自分は我慢はしたく無い。となると、電話やネットが便利ですよね。顔が見えないので気軽に言いたいことを言っても相手が何を感じても関係ない。まさに『携帯社会』『ネット社会』の弊害のひとつですかね？</description>
      <pubDate>Mon, 05 Oct 2020 15:59:04 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>平均点取ってるのに成績不振者？20201005</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138787/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138787/</guid>
      <description>以前から何度もお伝えしているのですが、未だに…というより、増加傾向にあるのが「平均点を取っているからといって、平均的な実力では無いのですよ」と言うことです。教室のある地域の地元小・中学校の話です。何故か、ここ２０年位の間に、「頑張る姿…」とか「本人なりに…」とか「勉強だけが全てではない」とか「子供が出来ないのは先生の実力不足」というような『綺麗事』に守られて、当然本人が努力すべき「暗記」や「日本語理解力」を許し続けた結果、学校のテストで平均点前後をとっても、偏差値40前後という悲惨な事態を招いています。更に、その平均点前後の生徒が入れる中・高等学校を「普通の学校」と呼ぶのです。それで、大学は「必ず国公立に入れてやって下さい」と塾に来られるので、私たちにすれば『何がなんだか…？」の状態です。確かに「平均」と言う言葉の響は「普通」のニュアンスを持っていますが、あくまでも「平均」です。上位者だけの平均は高く、下位者だけの平均は低いのです。狭い地元の範囲内だけの価値観で思い込まないで下さい。特に大学は「全国との競争」です。中１・２年で「普通だから大丈夫」とか「本人の希望するような塾で」と度々聞きますが、『勉強に対する意識と行動が間違っている』生徒が選んだ好みの塾が、果たしてその子の為になるのかどうか・・・。賢い保護者ならお分かりですよね。これらを説明会でお伝えすると、度々浴びせられた『お言葉』が、「そんなことは無い」「私はチャンと知っています」「〇〇ちゃんのお母さんが言ってました」「□□ちゃんも、それで良かったって言ってました」と、半径２位の知識で叱られました。酷いときには、「先生は、勉強のことしか言わん」ですが、入塾の時に私達に求められたのは、当に「勉強の実力アップ」ですよね。我が教室では、必ずプラスアルファで将来でも使える考え方と勉強方法をお伝えしています。オマケで勝手に行なったことは評価されないどころか、悪意にとられるのですね。お願いです。何が普通か？現状はどうか？を私たちは知っているつもりです。お母様方がお考えよりも、中１ギャップは大きいです。後からでは取り返しができません。一刻も早く、生徒の現状を確認して下さい。</description>
      <pubDate>Mon, 05 Oct 2020 14:57:45 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>中秋の名月見ました？20201001</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138728/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138728/</guid>
      <description>今日の月は「中秋の名月」だそうです。とても綺麗な満月です。広島県地方は、雲ひとつ無い快晴です。愛犬「そら」の散歩の間中見ていました。懐中電灯が要らないくらい明るい月です。見られていない方は、後日でも見られたら？少しでも名残が・・・。</description>
      <pubDate>Thu, 01 Oct 2020 22:38:09 +0000</pubDate>
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      <title>今春の学校臨時休校の影響20200925</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138617/</link>
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      <description>今年の春は、「新型コロナウイルス感染症」の影響で、全国の大半の学校が休校になりました。およそ３ヶ月の間、一部の双方向授業を実行していた学校を除いて、プリントや配布物や動画配信で「お茶を濁した」学校が多かったと思います。休み明けの実力テストのデータが、ここに来て出始めています。６月の段階では、ダラダラと誤魔化して「何にもやらなかった生徒」と「自主的に教科書を読んで自学した生徒」で、大きな差がついたそうです。そして、夏休み明けのテストでは、その生徒間の差が『より開いた』とのデータが出てきました。そりゃそうでしょう？時間が短いので、先生方も嫌々スピードアップで駆け足授業です。普段から『分かろう』として授業を聴く習慣が付いていない生徒は、理解できないまま通り過ぎている筈です。その逆の生徒は、休校中に前年の復習と、今年の予習をしていたのです。正規の授業が『復習』になっているのですから…。本来、学習は「自ら進んで学ぼうとする姿勢」が必要なのです。新学習指導要領でも、大学改革指針でも明記されています。嫌々、義務化で渋々勉強している生徒ができるはずが無いのです。何でも学校や行政の責任にして、子供の問題点に目を瞑っている保護者の子が、出来るようになる訳が無いのです。責任を、環境や指導者のせいにしているようではダメなのです。こんな人たちのお決まりのセリフは、「家の子(私)は、聞けば分かる」「家の子(私)は、習えばできる」「家の子(私)は、教えてもらえばできる」「家の子(私)は、出来るクラスに入ればできる」「家の子(私)は、あの有名先生に習えば上達する」です。「自ら進んで学ぼうとする態度」と真逆の思想ですよね。</description>
      <pubDate>Fri, 25 Sep 2020 12:47:30 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>そりゃあ、そうだろう！20200924</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138611/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138611/</guid>
      <description>生徒を何ヶ月も指導していて、何度も具体的な問題点を指摘し、具体的な修正点を指導し、絶対に止めて欲しい日常の勉強を指示しても、中々改善されずに、成績が上昇してこない生徒についてです。その事を保護者にお伝えし、ご家庭でも指導や注意をして頂きたくお話しをする機会を作りました。その時の話です。「あっ、そうですか？それは子供に聞いてみます」「あっ、でも先生。子どもは〇〇と言ってます」「えぇ〜っ？先生。子どもは家ではチャンとやってますよ」「先生。家の子。毎日△△時間も机に向かってますよ」「私は、家の子供はやってくれてると信じてます」「子供は、そのやり方より、◎◎のやり方の方が良いって言ってます」「子供に言ったら『分かってる』って言ってます」と、私たちが「そうじゃ無いですよ」と説明しても、信じて頂けません。聞いて頂けません。当然、信じて頂けないのですから、ご家庭での行動や話し合いをお願いしても、私たちの願っている方向と違う結論に到達して丸く(？)治まっています。生徒は生徒で、保護者が「信じているよ」「頑張ってね」と以前と同様に応援してくれるのだから、自信を持って「過信」し、自信が「プライド」になる位に『邁進』してしまいます。自分は正しい⇒間違っていない⇒塾が極端・異常⇒子供も私たち(保護者)と同じ考え⇒このまま頑張れば⇒夢のゴール！の図式が成り立っているのですかね？じゃあ、何で塾に来ているんですかね？信用できない私たちに、大切な子供を預けて・・・。信用できない私たちに、受験のための勉強を聞いて・・・。それ以前に、「そんなに自分たちが間違っていないのなら、何でここまで何ヶ月も成績が上昇しないのでしょうね？」「話し合い」や「妥協点」ってワードが感じられない事が、最も辛い日々です。また、いつもの癖で言い過ぎました？ごめんなさい。ご容赦ください。</description>
      <pubDate>Thu, 24 Sep 2020 20:59:13 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>えっ？　初対面なのに・・・？20200924</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138609/</link>
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      <description>我が教室では、先生と生徒の会話に敬語は求めません(勿論、自主的に使ってくれる生徒を止めはしません)。無理な敬語を求めると、質問や思い付きを発言してくれなくなるからです。私たちも、友達のように対等に会話します。しかし、面談やお迎え等に来られた保護者や大人には当然のように敬語と謙譲語は使います。勿論、先生同士の会話も大人ですから・・・。しかし、しかし。近年多いのが「えっ？この人とは、今日、初対面なんだけどなぁ」の方(生徒も保護者も)が上からの言葉使いをされる方が増えました。体験授業に来た生徒と授業していると、小６や中２位の生徒が「えぇ〜っ、それ、知らん。これ嫌い。こんなん嫌」と学校でも言ってるんだろうなと思われる言動です。もっとビックリするのは、電話や来塾で問合せや資料請求される保護者に同様の行動をされる方が居られることです。小学高学年から中学の保護者ですので、３０代後半から４０代後半だと思いますが、「(こんにちはも無く突然)資料頂戴」「えっ？何で？」「えっ？いけんの(ダメなの)？」「(皆様に〇〇とお願いしているのですがに対して)ウチはええわ(私は結構です)話はいらんけぇ、パンフ見りゃぁ分かるけぇ。早ようしてぇやぁ(早く出して)」で帰られる方が増加傾向です。たまさか、その方が後日「体験授業」に来られると、予想通り(失礼)に大変な生徒を連れて来られます。勿論、生徒も同様の行動をとります。状況が理解できない。自分の(子供の)立ち位置・状態が分からない。他人の話や説明を素直に聞かない。自分は何でも分かっていると思い込んでいる。違うと言われても、「プライド」からなのか「お客だから何でも許される」からなのか、絶対にくちごたえして聞こうとしない。これらは、全て勉強を教わるスタンスと同じです。勿論、『仕事』『お客様』だと思っていますので、キチンと最後まで『大人の対応』をさせて頂きますが、【やっぱりねぇ。そりゃぁそうだろうねぇ】の似たもの親子を見ています。当たり前の大人が、初対面の場所や人に取る態度かどうかは、その人の「人間力」によって見えますよね。</description>
      <pubDate>Thu, 24 Sep 2020 19:13:00 +0000</pubDate>
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      <title>金を出してまで他人に依頼するのは・・・20200921</title>
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      <description>今、色んなことや色んな状態を教えて貰える「塾」や「学校」が星の数ほどあります。勿論、真剣に生徒のゴールを想定して頑張っておられる先生も多いです。でも、形だけ整えて「見た目」と「聞こえ」だけを重視して、一部の生徒だけの結果を宣伝に利用して大量に生徒を集め、「儲け主義」に徹している教育場が多いのも事実です。民間の商売としておこなっているのですから「儲ける」ことを批判しているのではありません。私もお金は欲しいです。しかし、その教育場に参加したからといって、必ずしも「我が子」も最高の結果が手に入るとは限らないのです。「あそこが結果が良いらしいよ」とか、「あそこが有名だから・・・」とか、「あの先生は有名だから・・・」と、我が子の何が問題で、何をどうしたいのかを考えもせずに、ただ「名監督のチームに入れれば大リーガーになれる」と、同じレベルの選択をされる方が非常に多いのも事実です。さらに、プロの指示に対して、「家の子は頑張ってますよ」とか「努力してますので分かってやって下さい」と反論やスルーをする保護者が居られますが、「じゃあ結果はどっちでも？」と首を捻りたくなります。「結果を出した経験が無い人」「結果を出すために、必要な我慢や努力をした事が無い人」ほど、簡単に、他人に文句や反論や金を振りかざしますよね。「我慢していない、努力が足らない我が子」を庇う人ほど「きれい事」を言いますよね。過程や我慢や苦労を経験している人は、確実に結果を出すための方法や量を知っているのです。きれい事や反論で「その量や方法」を値切ってくる人は、何を求めているのでしょうか？知らないことを素直に認め、正直に相談されて、お母様自身も変化努力をされているご家庭では、子供の実力も「確実に」上昇していますよね。当然です。子供にとっては、先生が２人居るのですから・・・。最悪な人は、高校受験や大学受験を『気合や根性で絶対合格しろ』と言ったお母様が居られましたが、勿論、そのお母様は経験は・・・・・・です。</description>
      <pubDate>Mon, 21 Sep 2020 00:25:42 +0000</pubDate>
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      <title>たった十数年で人生を達観？20200920</title>
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      <description>小学校５・６年か中学１・２年生の「勉強できない」生徒に、『それじゃあダメだよ』『将来、困るよ』と注意すると、返ってくるセリフがあります。「そんなことは無い」「これなら、大丈夫」「僕は、学校では出来てる方」「これで良いって先生が言ってた」「その時には何とかなる」「もしダメなら、母さんが何とかしてくれる。今までも何とかしてくれた」等です。学区の狭い地区の人間としか交わってなくて、人生で経験した事など『ほんの僅か』のはずなのに、「お前たちは、まだ知らないことの方が多い」を教えずに、「子供はキチンと分かっている。子供の気持ちと子供の要望を…」と【きれい事】を言い続けた大人の責任です。大人を【舐めきって】います。これからを見てきて、社会を経験している親や塾や(一部の)学校の先生の言葉を聞かないのですよ。そりゃあ、勉強など出来るはずがありません。その事実を保護者にお伝えしても、更に庇う行動をされます。その後、更に成績不振に向かった後にその保護者が言われるセリフまで共通しています。「この子はこの子なりに頑張ったんよ。これがこの子に最良の運命の進路じゃったんよ」です。本気で子ども達に向き合って「取っ組み合い」的に接してきた私たちは何だったのでしょう？お金を貰ったんだから当然？だから、我が教室では、入塾前に、耳障りの悪いこともキッチリ話し合いをさせて頂くのです。この時の内容を、前記の保護者はどんな気持ちで聞いていたのでしょうね？</description>
      <pubDate>Sun, 20 Sep 2020 23:38:04 +0000</pubDate>
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      <title>私はやってる、できてる、分かってる20200918</title>
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      <description>最近、よく、よ〜く耳にする言葉が登場しました。「私はキチンとやってる」「私はチャンと出来ている」「私はキチンと分かっている」「私に悪い所は無い」「私が後ろ指差される筈が無い」です。生徒も、その保護者もです。多くの場合「ペアで」です。多くの塾では、嫌われるのが嫌なので、口にしませんが、我が教室では「生徒の将来」を思えばこそ『心を鬼にして』『嫌々ながら』口にします。嫌われるのを『覚悟』です。しかし、前記の言葉を言う人は、それが出来てない人です。出来ていない人ほど強気で言います。「この人、出来てるって言葉が分かって無いのかな？」と考えるくらい「絶対、やっている」と言います。覚えていないのに「絶対覚えたもん」図形の定義を覚えていないのに「教わってないので分からない」ただ、ゆっくりと時間だけ掛けて宿題をしているのに「チャンと試験勉強した」食事＆入浴＆〇〇の準備＆休憩で毎日３〜４時間なのに「規則的に勉強している」「勉強は・・・」と何度注意しても、「沢山聞けば…、教えてもらったら…、成績は上がる」と絶対に覚えて来ない生徒。それを保護者にお伝えすると、「(じゃあ、もっと沢山教えて貰える)△△塾にも通わせます」と・・・・・・何がなんだか？「〇〇をやってくれないので家で言って下さい」⇒⇒「私はいっつも言ってます」「塾で注意しても聞いてくれません」⇒⇒「子供に聞いたら『やってる』って言ってます」「生徒にとって都合の悪い連絡は本人に言わせて下さい」⇒⇒「もぅ、家の〇〇ちゃん、何て言えば良いか、分かんないって言うんですぅ」「上の子はキチンと出来たので、私の対応は間違っていない。」「学校の先生に聞いたら、『普通』って言われたので、塾が極端なのです。」「子供を信じて、何が悪いのですか？」「家の△△ちゃんは、そんなに悪い子じゃぁありません。」ね！？こんな生徒たち保護者たちに「そうじゃ無いですよ」と言うと、標題の反論が聞こえてくるのです。そうじゃ無い人に、そんなこと無い人に、本当に出来てる人に、嫌われるために注意する人が居ますか？素直に他人の話を聞くことが出来ないから『現状』なのです。素直に他人の話を聞けて、「自分より凄い人」や「自分より出来てる人」を一杯知ってる人ほど成績が良くて、頭が低いです。『狭い世間で、他人の話を聞かないから』『限定された知識だけで生きているから』何が出来ていて何が出来ていないのか、判断の基準が分からなくなったのですかね。(これは、余りにも失礼な表現ですよね)結論出来てない、やってない、分かってない、間違ってるって言われたら、「口答えで勝つ」ことを優先しないで、「素直に受け止めてみる」ことにも意識を向けて下さいね。</description>
      <pubDate>Fri, 18 Sep 2020 01:15:41 +0000</pubDate>
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      <title>〇♯★□の責任だ！20200907</title>
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      <description>最近、生徒やお母様方と会話していると、「責任は〇〇だ」とか「□□の責任だから…」と、誰か(他人もしくは何か)を責めて、自分の非は０％のような話をよく聞きます。たとえば、「車に気を付けて、帰るんよ」と声掛けをすると「大丈夫よぉ。ぶつかったら車が悪いんじゃけぇ」との返答です。「ぶつかった時の賠償責任は100％車が払うから大丈夫」とお家で教わったそうです。「家の子が英単語を覚えられないのは、先生の教え方が悪いから」だそうです。「家の子の成績が２年になって急に下がったのは、担任の先生との相性が悪いからよ」と教科別の中学生のお母様。「家の子、躾がなっとらんのよ。中学校の先生はどうしょうてんかなぁ？保育所のときには、キチンとしてくれちゃったのにねぇ」とのお母様。開いた口が塞がりません。このように『何でもかんでも他人の責任』『とにかく責任者に文句を言い続けて言い負かせば儲け』の保護者が増えてますよね。何でもかんでも『損得勘定』が優先。だから、子供が〇〇〇に育たなかったのです。だから、いくら金と手間を掛けても成績が上がらないのです。そこを指摘すると、直ぐに次のような言葉が返ってきます。「勉強が全てでは無いでしょう？」「成績不振者は生きている価値が無いの？」「会社で不当解雇や不当移動にされたら、ブラック企業で訴え出るわ」このように、何が何でも自らを省みることをせずに、自分の事は棚に上げて、「有る事無い事無い事無い事」を大声で言い続けて『とにかく勝ちに拘る』のです。わが国伝統の『恥の文化(人様に後ろ指を指されない様に…。お天道様に顔向けができるように…)』はどこにいったのでしょう？いつから教えなくなってしまったのでしょう。</description>
      <pubDate>Mon, 07 Sep 2020 14:54:43 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>全てに原因がある20200820</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-138038/</link>
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      <description>お盆が過ぎました。我が家も「親父」と「お袋」を亡くしていますので、皆様と同様にお盆のお勤めがありました。檀家寺のご住職がお勤めにお参り下さった時の話です。膝を悪くして、暫く入院されていたそうです。「膝が悪いから、そこだけを…」と思って入院されていたそうです。そこで、ある方に言われた言葉で『はっ』となったそうです。「何で膝がわるくなったのか。今までと違う何かがあったのか。慣れから膝に無理をさせていたのではないか？他の悪いものが膝に無理をさせていたのではないか？全ては繋がった原因がある」と言われたそうです。住職は、少し体重が増えたことと、久しぶりに運動を激しく行なったことが思いついたそうです。その上、歩く姿勢が少し悪くなっていることも指摘されたそうです。私はそこで『あっ』と声をあげてしまいました。住職はそこで「そうです。生活でも勉強でも何でも、自分に自覚が無くても全てが繋がっているのです。改めて気付かされました」と話されました。勉強に置き換えると、自分は、やり方や行動に自信をもっていても、知らない内に間違った歪んだ行動をしていれば、成績下降という病気に罹るのです。放っておいても「その内」治ることは絶対に無いのです。その上、「私は悪くない。先生の教え方が悪い」ことも、「家の子は悪くない。先生との相性が悪い」ことも「あの指導者(塾)は実績があるから、家の子も絶対〇〇に受かる」ことも無いはずです。『家の子に合わせて、家の子が望むように、家の子の好みを聞いて、家の子の望むスピードで成績を上げてやって下さい』なんて、絶対に起こり得ないことなのです。これらを『売り文句』にしている塾なんて「△□まがい」の状態なんです。全ての結果は、全て自分自身の意識と行動に原因があるのです。私たちが偉そうに「教えてあげる」とか言っていますが、私たちにできることは、原因を見つけてあげて、改善方法を考えてあげて、戻れる手伝いをしてあげて、再度説明をしてあげること位しか無いことを気付かされました。難しいなぁ(溜息)一生、勉強だなぁ(又々溜息)</description>
      <pubDate>Thu, 20 Aug 2020 13:08:01 +0000</pubDate>
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      <title>スケジュール管理が出来ない子は・・・20200819</title>
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      <description>教室でも学校でも、通常の授業以外に色々行事があります。また、先生や学校や塾の都合で休校や閉鎖もあります。塾では、閉鎖の予定や、授業日は、事前(概ね一月前には)に書面でお知らせしています。また、自習スペース利用者には、次回利用予定を記入して帰ってもらっています。ここからです。閉鎖日に勝手に来塾しておいて、後日「私は行ったのに閉まっていた」とか「子供が自習に行ったのに、閉まっていたと文句言ってます」のクレーム(？)頂きます。これって、原因はどこにあるのですか？逆に、来ると予定に書いておいて、「だってぇ、〇〇があるのを忘れていたんだもん」と連絡なしで来ない生徒。テストや行事も来ないから、後で連絡すると「あっ、わすれとったぁ」で当たり前の生徒。「前の日に子供に確認をしてもらいましたか？どこかで代わりをやって下さい」の親。もぅ、何がんだか。自分の予定が自分で管理できない生徒で、成績が向上した生徒を見たことがありません。ましてや、書面で渡してあるのに、「貰って、母さんに渡したから見てない」とか「冷蔵庫に貼ってある」で満足しています。朝。前日。週初め。月初。に大まかな予定を確認しませんか？それをせずに、何でも「他人のせい」にしたり、「先生、何とかしてよ」と甘えてきたから、もしくは甘やかしてきたから、どんな事でも『何とかしてくれる』の気持ちになってしまったのです。自己責任で覚えたり、自分で逆算したりして、予定を組んだり、義務を消化したりする習慣が無いのです。これらの行動は、全て勉強に繋がっています。逆に考えれば、予定を管理できていない『あてにならない』人を信用してくれる会社って、どんな会社ですか？日々の予定を定期的に管理したり、予定表を見直したり出来ない子が多すぎるのに「もぅ、家の子。私が居ないと何にもできないんだから…」と嬉しそうに彼方此方に連絡している親を『〇〇親』と言うのですよ。 </description>
      <pubDate>Wed, 19 Aug 2020 21:14:26 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>気持ちは分かりますが・・・20200814</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137942/</link>
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      <description>勉強が出来ない生徒、あっ、訂正です。勉強をやっていないから点数が悪い生徒の家庭では、流行の『物分りの良い甘言』が日常に登場しますし、体外的(例えば私たち)にもそれを同調(強制的に)を求める傾向にあります。少し、難しい言い方で、回りくどかったですか？だってぇ、ストレートに言うと、該当する方程、ま〜〜〜た、『失礼ねぇあの人。頭、おかしいんじゃ無い』とお叱りを受けそうなので…。でもぅ、はっきり言った方が、分かりやすいですよね。言います。家庭で子供に「きれい事」を言って、「物分りの良い親」「今風の優しい親」を演じて、責任回避をしている親の子供は、本来の学習量(時間＆量＆深度)に届いていないので、学力が低い場合が多いです。＊子供なりに頑張っているのに、先生との相性が悪いのか、中々成績が上がらない。＊スポーツの監督から「見込みがある」と言われて頑張っているので、宿題は減してやって下さいね。＊毎日、自分の部屋で何時間も机に向かって頑張っているのに、学校(塾)の教え方が悪いのか、いつまで経っても…。＊真面目に毎日授業を聞いているのに、英単語が覚えられないらしいです。子供が言うには、覚え方が分からないらしいのです。覚え方を教えてやって下さい。＊小学校ではいつも、７０点から８０点『も』取っています。だから、〇〇大付属△△中の受験対策をお願いします。「えっ、無理だって言うんですか？ダメな塾ね。高い月謝を取るくせに…。＊この子の考えを尊重して、この子の希望を叶えてやりたいのです。親の意見を押し付けたく無いのです。と目標から遠い受験生のお母さんが…。＊勉強が全てでは無いでしょ。勉強が出来ない子は生きてる価値が無いのですか？(と、塾の私たちに言われても…。入塾時に成績を上げてって言われたのに…)勉強ができるためには最低限のルールがあります。勉強ができるためには最低限の我慢が必要です。勉強ができるためには最低限の手間が必要です。勉強ができるためには最低限の諦めも必要です。何でも、どんなことをしても、いくら適当にしても、叶うものではないのです。個人の好みや隙間に合わせてくれるものでも無いのです。『可愛い』『大切な』子供の希望を全て叶えてやれる親って憧れますが、今だけの良い親を選ぶか数十年先の子供の自立を願うか。それを決めるのはあなた次第です。</description>
      <pubDate>Sat, 15 Aug 2020 00:07:34 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>勉強を教えてやってください！20200810</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137880/</link>
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      <description>「勉強を教えてやってください」私どもの教室に、こういった言葉と共に何組もの親子にお越し頂いています。有り難いことです。勿論、それが仕事ですから、精一杯全力でやらせて頂きます。内緒の話ですが、勉強を『教えるだけ』で良いのなら、こんなに簡単で楽なことは無いのです。もっと内緒の話ですが、一方的に教えるだけで、「決して叱らない」「宿題を強制しない」「覚えて無くても許してくれる」「聞いてなくても関係なく進める」「どんな状況でも優しい」を『売り』にしている塾。その上、それを旗印に大量に生徒集めをして「成績が上がらないのは生徒が悪い。私たちは教えた。だから悪くない」と大金を〇〇けている塾。つくづく『良いなぁ』『羨ましいなぁ』と歪んだ気持ちになっています。成績不振のレベルが酷い生徒ほど、言えることなんですが、＊勉強を教わる態勢になっていない。＊勉強を教わる意識を持っていない。＊勉強を教わる行動をしていない。＊求めている勉強を教わる為の、基礎知識を持っていない。＊求めている勉強が出来るだけの時間、勉強をしていない。逆に、長時間机の前に座っているけれど、眺めているだけ、書いて(写して)いるだけ、ノートを眺めながら今日の思い出に浸っているだけの行動。が多いです。これらは、小学校低学年頃に身に付けていなければならないことです。それをお座なりにして、知識とテクニックだけで目先を誤魔化したって、後でもっと困りますよ。保護者もそうです。我が子の実情を正確に認識しもせずに、「聞けば…」「習えば…」「教えて貰いさえすれば…」『できるはず』と金と立場の力で見下して教室にお越しになられるのです。体験授業の後で、現状を説明させて頂くようにしているのですが、「そうなんですか?」「知りませんでした」「学校では何も言われなかったので…」「じゃあ、どうすれば…？」と、真剣に(素直に)知ろう、分かろうとされる方の子どもは、短期間で成績が上昇を始めます。その反対に「だから、連れて来ているんでしょ」とか「だから、塾に入れるんでしょ」とか「何〜に、偉そうに…」の方の子どもは、中々成績上昇してくれません。何でかって？親御さん自身が勉強の為の意識行動をご理解頂けていない上に、子供の現状を理解されていない。その上、逆効果になるような対応をお家でされているからです。全部が間違っていると言っているのではありません。色々とご確認頂いて、周りから聞いた内容を、確実にしっかりと理解して、素直に実行することが最短距離だと思います。「教えるだけしかできない塾屋が何を偉そうに・・・」はい、その通りです。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Mon, 10 Aug 2020 16:06:06 +0000</pubDate>
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      <title>子供の意見を尊重して・・・20200804</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137778/</link>
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      <description>「子供の気持ちをしっかり聞いて…」「子供の意見を尊重して…」「子供の将来だから、子供の気持ちが第一で…」「子供が望むのなら…」「子供が自分で選んだのだから…」「親が強制したくない」「親が決めるなんて、時代錯誤」よく聞くお言葉です。勿論、仰る通りです。親の最大の目標は、『子供が確実に成長して、自分で稼いで生きて言ってくれること』ですから…。私も、前記の意見に『異』を唱えるつもりはありません。ただし、それは、子供が、順調に成長している場合です。子供が、ごまかさずに努力し続けている場合です。子供が、事の大小をキチンと理解している場合です。子供が、言葉の意味をキチンと理解している場合です。親が、子供の現状と実力をキチンと理解できている場合です。そうじゃ無ければ、只の「きれい事」で「甘やかし」で、時には「親の自己満足」となります。分かっても無く、考えても無く、「どうすれば楽かなぁ」とか「その内、誰かが何とかしてくれる」とか「私も頑張ってるから、皆んなと一緒に〇〇に行ける筈(と、幼稚園レベルの意識)」の子供が選んだ選択を、丸呑みして、修正もせず、全部『子供が自分で決めたのだから(と、親の責任逃れ)』が正しい対応ですか?子供が本気で頑張っているのかどうか。子供が、受験や進学したいレベルにあるのかどうか。注意や話し合いの言葉や内容を、本気で理解できているのかどうかを考えもせず。「家の子に限って…」「家の子なんだから…」と『親の希望だけでごり押し』しても良いのですか？勿論、我が子が一番大切で、我が子を一番信じてやるのが親です。そんなことは、言われなくても「私ごとき」でも知っています。しかし、たかが十数年(実質数年)しか経験の無い子供の判断は、そんなに完璧に正しいのでしょうか?中には正しく判断できている子供も居るでしょう。それは、正しく行動できて、正しい結果が出せている子供でしょう？判断や行動が完全では無かった生徒は、完全では無い結果や現状になって居るのでしょう?その子供に判断させると、ま〜〜た、同様な判断をしませんか?もちろん、親も同様です。自分は何も変えずに、「〜のはず」「しっかり子供と話し合って…」と原因を作った言葉を言い続け、行動をし続け、最後には金の力と、他人の力で何とかしていませんか?もう一度、「あこがれ」と「夢」と「目標」の言葉について考えてみましょうね。</description>
      <pubDate>Tue, 04 Aug 2020 15:37:38 +0000</pubDate>
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      <title>何が何でも「結果をコミット？」20200802</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137747/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137747/</guid>
      <description>「結果にコミットします」某、有名ダイエット会社「ラ〇〇ッ〇」のＣＭで一般的日本語になった言葉です。コミットは約束です。プロミスも約束ですが、それよりも強い約束を意味します。塾業界でも「成績保証」とか「上がらなかったら返金します」の言葉を頻繁に聞き始めました。しかし、しか〜〜し、上記のコミットには『当然』のように『条件』が付きます。ダイエットなら、毎日の運動と食事のルールを絶対守る事。塾なら、指示された回数を受講して、宿題と暗記は必須です。これだけの条件を完全に守ったら、絶対に目標は達成できますよねぇ？逆に、これだけ守っても達成されないのなら、詐欺ですよねぇ？しかし、しか〜し、しか〜〜し、条件は守らないのに、結果の保証やご褒美だけは欲しがる人が激増中です。食事制限も運動もしないのに、シックスパックでマイナス４０kgを求めたり、遅刻はするし、宿題もしないし、公式や英単語も覚えて来ないのに、プラス３０点を求めたり・・・・・・です。それでも、本人たちは、その事実を認めません。「自分なりに…」頑張ったと言います。「出来る範囲」で頑張ったと言います。問題点は「やった」「頑張った」の定義です。ＰＴＡの役員や町内会の役員などでも見かけますが、毎年皆さんご苦労されていますが、中には、100を求められているのに130位やらないと満足できない人。逆に100求められているのに60〜70しか遣らなくて、本人的には「完璧」「例年通り」の自己評価の方。しかし、この方ほど「私は経験者。私を見習いなさい。私に聞きなさい」と自慢されます。色んな人が居て、色んな考えの人が居るとは言いますが、余りにも定義や認識が間違っている人に、放置は止めて、「指摘してあげる」という優しさが必要な世の中になってきていると思います。しかし、そんな方ほど「うるさいわねぇ。放っといて！」と、余計に腹が立つ反応をされそうですけどね。(涙)</description>
      <pubDate>Sun, 02 Aug 2020 12:52:50 +0000</pubDate>
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      <title>何で口返答？20200726</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137617/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137617/</guid>
      <description>何かを指摘したり、指示したり、注意したりすると、反応は３パターンです。１つは、内容をしっかり理解して、落ち度と効果を考え、素直に受け入れてくれる場合です。２つめは、気持ちのこもっていない返事を「はいはい」と言っておいて、完全に無視する場合です。今までは殆んどがこの２パターンでした。しかし、近年、急増しているのが次の３番目の場合です。それが、『言い訳』と『口返答(これで&quot;くちごたえ&quot;と読むらしいのですが、最近は&quot;口答え&quot;と書く方が多いらしいです)』です。「言い訳」は、自己保身や照れ隠しのために、一時的に受け入れないで時間稼ぎをしているのですが、「口答え」は違います。間違った行動や成績不振の原因を改善したくて塾に来ている筈です。その相手に反論して、優位に立って勝とうとしているのです。生徒にすれば、「楽したい」とか「照れ隠し」とか「何とかこのままの行動を維持したい」の気持ちがあって、最大限の知識を動員して、抵抗しているのでしょう。気持ちは分かりますが、私たちにも立場があります。勿論、許したりはしません。あの手この手で説得して、対抗します。ここで、早めに諦めて従ってくれた生徒は、短時間で成績が急上昇するのです。何度も何度も長期間抵抗し続けた生徒は、後で大後悔するのです。最後まで諦めなかった(？)生徒は、望みが手に出来ないか、喧嘩して退塾してしまった事が多いです。人生経験の少ない生徒が、良し悪しの判断を出来ない事はいくらか想定できます。しかし、問題は保護者です。人生経験がそれなりにある筈なのに・・・。居られるのです。これが・・・。普通に考えれば「そんな人居るの？」の人が・・・。だから、その背中を見て大きくなった生徒が同じ行動を・・・。生徒に負けない位・・・じゃ無く、生徒の何倍も何倍も生徒に負けない位の「無視」と「口返答」をされる保護者が・・・。少しだけ「無視をされる方」に聞いてみた事があります。言い分はこうです。「だって、お金払ってるんだから、何とかするのが塾の仕事でしょ」「家では、どうにも出来ないから、塾に行かせてるんでしょ。いちいち家に持ち込まないで」「私たちに勉強のことを言われても・・・」です。同意はできませんが、少しだけ気持ちは分かる気はします。ですから協力して改善しようと言っているので、今後は無視だけはしないで下さいね。大問題は、『口返答』の保護者です。よく耳にする「セリフ」です。「えぇ〜っ、私が悪いの？」「えぇ〜っ、私の対応が悪いの？」「えぇ〜っ、私の子育てが間違ってるって言うの？」はい。そうです。どこかに、何かは、少し問題があったのです。「何〜に、偉そうに・・・」「私にも仕事が・・・」「そんなことはない」「絶対、それは間違いです」「はいはい。先生のお子さんは、さぞ、立派なんでしょうね」えぇ〜っ？そんなに信用できない塾に、金まで払って大切な子供を託しているの？ただ単に、[B]「とにかく勝ちたいだけ」[/B]じゃ無いの？[B]「自分のプライドを守りたいだけ」[/B]じゃないの？と、私が言い返してしまいそうになるのですが、ここは「大人の対応」です。終業後に、ひとりでビールを飲みながら「だから〇〇なんよ」と、独り言を言って、自分を慰める塾長なのでした〜！あぁ〜っ、同レベルか？</description>
      <pubDate>Sun, 26 Jul 2020 23:47:35 +0000</pubDate>
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      <title>何も変えなければ…20200724</title>
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      <description>勉強ができるように成る為には、「正しい意識」で「正しいやり方」で「正しい量」をやれば、通常のレベルまでは必ず出来ます。(勿論、国内トップを目指すのであれば不足していますけど…)逆に考えると、成績下位者が間違った意識で間違ったやり方で間違った量を続けても決して成績は上がりません。「毎日、学校に行ってるもん」「ちゃんと授業を聞いてるもん」「ノートはキチンと書いてるもん」「提出物は全部出してるもん」「テスト直しはキチンと『解答を記入した』もん」「毎日机に向かってるもん」「分からないことは聞いて書いて帰ってるもん」等です。これらの生活で成績が上位にあるのなら、私がとやかく言うことではありません。しかし、これらを続けていても成績下位ならば、『自分が正しいと思い込んでいるだけ』で、実際は間違ったことを続けているのです。何が、どこが、どうしていることが間違っているのかを見つけて説明してあげますから、素直に聞いて、「嫌」か「嫌い」か「面倒臭い」か「時間が掛かる」か「クラブの邪魔になる」かは知りません。今までのやり方では上がらなかったのです。我慢して変えて下さい。「つもり」や「〜はず」「〜フリ」は意味ありません。だって、変わる必要は誰の為ですか？保護者にも同様の方がおられます。「しっかりするんよ」「ちゃんとするんよ」「復習したん？」「勉強終わったん？」「良く聞くんよ」と、漠然とし過ぎて、生徒は何をすれば良いのか具体的には何も分からないまま『うん。分かった』で済ませてしまいます。もっと酷い場合には、「私はキチンと対応している」「家の子なりに頑張っている」「子供の気持ちを理解して・・・」「子供の思いを尊重して・・・」「家の子は本当は出来る子なのに、先生が・・・」「上の子は成績良いのに下の子は…。だから私の子育てに間違いは…」「だって私は…。」「だって、私の考えでは…」と生徒以上に口ごたえと言い訳で自分を正当化。まで・・・。もう、何が何だか・・・？現状の「意識」「考え」「やり方」「量」が正しければ、正しい結果が出ている筈です。思った結果が出ないのであれば、何かが間違っているか、やり過ぎか不足しているのです。つまり、間違った行動をしているのです。何かを変えなければ何も変わりません。何かを変えた量だけ何かが変わるのです。「生徒が必死にならなければならない」のは当然ですが、生徒が現状を続けて来たのと同じ期間だけ保護者もその行動をして来たのです。「保護者も素直に頑張って無理して苦労して変わらなければ」生徒だけでは効果は薄いですよ。ほら、昔から言うでしょ。『親が変われば子も変わる』です。</description>
      <pubDate>Fri, 24 Jul 2020 23:10:50 +0000</pubDate>
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      <title>「私は被害者です」って？20200723</title>
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      <description>今までも何度もお話ししていますが、我が教室では、「嘘」や「ごまかし」「指示を無視する」「他の生徒に迷惑」な言動・行動があった場合には、教室側から保護者と生徒本人に事前にお話しし、指定期間内に改善が見られ無い(ほとんどの場合悪化していますけど…)場合には、塾側から退塾を申し出ます。その事は、入塾時にも事前にお話ししていますので『知らなかった〜〜』は当然無いはずなのです・・・。過去の退塾事由としては、＊授業中言われた様に従わない＆宿題をして来ない＆ある事無い事を学校で吹聴する。それを保護者は「塾で、それを何とかして！」＊嘘や言い訳や作り話が非常に多く、周りの生徒も気付いているのを保護者にお伝えすると、『子供に聞きましたら「僕は100％指示に従っているし、嘘は言ったことは無い」と言ってます。塾は何か家の子に恨みでもあるんですか？』＊親の財布から、勝手にお金を取って、〇〇を買うんです。怒って躾て下さい。＊子供が気が向いた日だけ塾に行きますので、休んでも振替は求めません。でも成績は上げてやって下さい。ね！色々、頭が痛くなるでしょ？でも、こんなお母様方に『最後通告』をして退塾して頂くと「私は子供とチャンと向き合って、チャンと対応してきた。私は続けて勉強させたかったのに、高い月謝を払い続けてのに、塾が冷たく切り捨てた。私たちは[B]「冷酷な塾」の被害者だ[/B]」との内容の言葉を「何故か口を揃えたように」言われます。さあ、ここで問題です。被害者は誰でしょう？加害者は誰でしょう？表面的には、迷惑を被ったのは私たちに見えますよね。(少しだけでも同情して下さいよ〜〜)でも、一番の被害者は、本当に必要な対応と年齢相応を教えて貰えてなかった生徒たちですよね。私も分かっているので心苦しいのですが、他の生徒が居ますので、その子だけを特別扱いしてあげることが出来ないのです。ね！子育てって大変ですよね。思い込みと親の過信で時間だけ経過すると、取り返しが付かなくなる可能性があります。周りの『出来てる人』に相談してみましょうね。間違っても『同類』の人に聞いて『傷の舐め合い』だけは止めて下さいね。被害者子供が迷惑しますので・・・。</description>
      <pubDate>Thu, 23 Jul 2020 18:00:21 +0000</pubDate>
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      <title>私はやっている20200713</title>
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      <description>「私はやってるもん」「私はできてるもん」「私は知ってるもん」「私は分かってるもん」これらの「台詞」は成績不振者から、耳にタコが出来るほど聞きました。私も、その都度同じ台詞を言ってきました。「やってたら、できてたら、知ってたら、分かってたら、正しい結果が出ている筈。正しい結果が出てないのだから、自分が『つもり』なだけで、やってない。思い込みで意地を張らずに素直に従え！」最近は、生徒だけでは無く、同じ言葉を塾や学校で言われる保護者を度々見かけるようになっています。「私は、チャンとしてる」「私はチャンと対応できてる」「私は子供や学校の状態くらい知っている」「私は子供の行動や実力は完璧に分かっている」です。子ども達に言ってきたように、同じ言葉を言いましょうか？「本当に、チャンとやってたら…………」止〜〜めた。また「あの人、頭おかしいんよ」とか「何〜に、偉そうに！」って言われるだけだから・・・。大人なら、キチンと、自分で考えて下さい。知らないのなら、思う結果が出ないのなら、素直に聞いて下さい。お願いします（ペコリ）</description>
      <pubDate>Mon, 13 Jul 2020 18:50:41 +0000</pubDate>
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      <title>保護者の対応20200713</title>
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      <description>塾や学校でスタート後に起こるトラブルです。受験や定期試験の直前に急いで本格的な勉強を始めさせると、親が短期的な成果を求めることになります。余裕のある時期に入塾しても、短期的に模擬テストでｋ成績がアップしないと、待ちきれずに次々と塾を変わったりします。親が、「何〜に、この点数は！何やってんの？」「塾が合わないのかしら…？」となると、「うん、次は頑張る」とか「今回は習って無い問題が出た」と誤魔化そうとします。その後、子供は日常の学習で「解ける問題」にだけ手を付けて、「苦手な問題」や「前回間違えた問題」には手付かずの行動をします。もしくは、直ぐに『分から〜ん』となり、直ぐに答えやテクニックばかりを欲しがります。過剰に褒めて育てたり、スポーツ等で煽てたりして育てた子供も、直ぐに結果や見た目を欲しがり、直ぐにテクニックだけを欲しがります。長期的な期間を設けると、難しい問題や嫌いな単元、苦手な問題にも取り組む心の余裕が出来、チャレンジすることが可能になります。これは、「放っておけ」と言ってるのではありません。勘違いしないでください。子供を良く見て、「耐えて・我慢して・苦労している」姿をみたら、『頑張ってるね』と見守ってあげる時間と心の余裕を親も持てと言っているのです。「見守れ」って言うと、真逆の極端な保護者も居られます。小学低学年の知識がほとんど入っていないのに、「その内、できるようになるでしょ」とか「まぁ、小さいんだから、こんなもんでしょ」と何年も放置しておいて、小６・中１位になって「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」『家の子もできるようになるはず』と自分は何も変わらず、「金の力だけで、他人に丸投げして、なんとかしてもらおう」とする保護者が増加中です。そんな方法がある筈がありません。もし、そんなことが可能なら、みんな学校など行かず、趣味の生活だけをして、受験の直前に塾に行けば、全員東大生ですから…。親の意識と行動が、結果に大きな差を作ります。『同類項の甘ちゃんのママ友』の意見ばかりじゃ無く、耳が痛い言葉を言ってくれる人の言葉も聞いてみましょうね。</description>
      <pubDate>Mon, 13 Jul 2020 11:33:44 +0000</pubDate>
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      <title>口コミ！20200707</title>
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      <description>「口コミ」って言うと皆さん、どう感じられますか？「〇べログ」とか「△△センサー」のように、商売として成立しているものもありますよね。私たち「塾」も当然『関係無い』なんてことはありません。オープン以来、１６年目を迎えて色々な経験を積んできましたし、色々な方々にお世話になって多くの結果を出してきました。近年「塾生の〇〇さんのお母さんに聞きました」「卒業生の△△さんのお母さんに聞きました」とお越し頂ける場面がボチボチあります。大変有り難いことですし、感謝しています。教室のことが口コミに登ったのだと、喜びもあります。内容を聞いてみると「厳しく叱ってもらって、家では言う事を聞かなかった子が毎日勉強し始めて、成績が上がって、無理だと思ってた〇〇高校に受かったんです」らしいです。私たちの事を評価して頂いて、有り難いお言葉です。しかし、「きつく叱られても、今までの生活・意識と正反対のことを求められても、我慢して実行した親子」の言葉が伝わっていないようです。前側の言葉だけを受け止めた方が「家の子もお願いします」とお越しになられます。本人も、お母様も、何も変わる意識を持たれていませんでした。「とにかく、塾に入って(入れて)しまえば、塾が何とかしてくれる。だって、あの〇〇ちゃんが成績アップできたんだから…」と思われていたみたいです。結果、入塾後、短期間で耐えられなくなって退塾されました。私たちの思いや行動が『口コミ』という形で伝わったことは大変光栄で嬉しいことですが、成績アップを勝ち取ったのは、我慢と変革を実行した親子だけです。私たちがしたのは「アドバイス」と「点検」だけです。何もせず、何も変わらず、全て他人任せで、全て他人の責任と思ってる方にお越し頂いても、私たちにできることはありません。</description>
      <pubDate>Tue, 07 Jul 2020 15:44:32 +0000</pubDate>
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      <title>放っておけば・・・20200707</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137326/</link>
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      <description>「放っておけば…」成績不振者がよく使うせりふです。「放っておけば…」に続く言葉としては、何とかなる許されるバレナイ怒られないいつか誰かが何とかしてくれる先生と親が何とかしてくれる楽だ等です。何でも、何を言われても、どんなに自分の問題でも「放っとく」ことが日常になって、「放っとけば」誰かが何とかして許してもらってきた人生経験が、いくら「本気で注意」しても、「放っとける」のです。これらは、いくらか意思があります。しかし、近年増加傾向なのが、本人は「放っている」感覚は無いし、悪意も無いのですが、小さな時から自分で判断させて貰えなかった上、論理的に考える習慣がついていないため、相手の理論を理解する「日本語能力」が小学低学年レベルのままなので、事態の大きさが理解できずに「放置」しているか「忘れている」ようです。でも、そうさせた親にとっては、「もう〜っ、この子は、私が居ないと何にもできないんだから…」と嬉しいみたいです。一方、保護者にも「放置組」は居られます。何かをお願いしてあっても「だって、仕事が…」と。生徒と話し合って下さいねとお願いしてあっても。どうするか決めて返事を下さいねとお願いしてあっても。〇〇日までに返事を下さいとお願いしてあっても。家では△△の対応をして下さいとお願いしてあっても。生徒に確認して早急に返事を下さいとお願いしてあっても。放置をされる保護者のお家では、都合の悪いことは放置をするのが日常なのでしょうか？奇しくも生徒も「放置癖」があります。何でも「神経質にパニックのように慌てろ」と言ってるのではありません。相手が何かの指示やお願いをしているということや、期限を切るということは、今後の行動や他方への影響があるからなのです。決まらないのであれば「途中経過」や「何を悩んで時間が掛かっているのか。決めかねているのか」を言って頂ければ…。なのに、何んか辻褄の合わない理由を言われたり、開き直って「私だって仕事が…」とか「子供の気持ちが…」とか、何とか先延ばしをしようとされます。正直に言って頂ければ考えようもあるのですが、時には、「何〜に、偉そうに…」と攻撃までして来られると・・・。『時が解決してくれる』という凄い言葉もあります。私も、それ位は知っています。それでも期限を切るという事。返事や対応をお願いするという事は、時を待ったら間に合わない事柄だからです。「放っておかれる方」ほど、ギリギリになって、無理な結果を求められますよね。これなんて最悪です。って、毎日毎日『悪口』ばかりですみません。でも、段々対応する事態や内容やレベルの質が変わっているのです。皆さんも、そう感じる場面が増えてませんか？</description>
      <pubDate>Tue, 07 Jul 2020 15:12:48 +0000</pubDate>
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      <title>あなたのそれが原因です！20200705</title>
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      <description>成績不振者の行動や意識や言動を見ていて、『あっ、この子のここが原因だな』と思う場面が見えてきます。・「うん、分かった頑張る！」って何も変わらない。・「うん、分かった。今度こそやる」って何もしない。・「私も、受験してみたい」って、事の大きさを知らないのに、玩具を欲しがる感覚で、誰でも小学校に行けるのと同じ感覚で言い切る。・「やってるよ」「できてるよ」と家での事はバレ無いと信じている。・期限が過ぎて、本人を責めている時間が無くなるまで放っておく。・試験前日まで嘘を吐き続けて、大人に叱責の時間を与えない。・言葉の意味や、相手の意図が分かってないのに、「うん。分かった。絶対やる」・分かって無いのでやれる分けないのに「やってる」と本人は『つもり』。・何度叱られても、これが最後よと言われても、次は無いよと言われても、「ま〜〜だ、何とかなる」とか「ま〜〜だ、誰かが何とかしてくれる」とか「大人は、怒っていても最後には許してくれる」と信じている幼児感覚。その他、諸々。一方、保護者の意識・行動・言葉。・「まさか、家の子がそんなズルイ事を考えている筈が…」といつまでも保育所感覚。・「子供の夢を叶えてやる事が親の一番の仕事でしょ」と現実逃避。・「だって、私にも仕事があるし…」と子供のクラブと同じ言い訳。・親が、子供の現状を分かっていない。・親が、「あれは嫌」「これはダメ」と自分は何もしないのに、理想とプライドで振り回す。・「私はいつも言っている」と言いっ放しでチェックをしない親。・仕掛けやルールや決まりを考えるよりも「号令一発」で従わそうとする『独裁者』の様な親。・「子供の希望を叶えてやる」と言葉は綺麗ですが、『じゃあ、どうすれば？』は、他人任せ。・「どうしてこの子はこうなのか…？」と正論を言われるが、そうなるまで放って於いたから。・時々あるのが、祖父・祖母の権限と発言が強すぎて、親の言い付けよりも、祖父母の庇護や顔色が勝ってしまう場面。・学校に普通に行っているから何とかなっていると未だに信じている親。・受験が近いから塾に行けば直ぐに成績が上がると信じている大人。・「聞けば、習えば、教われば直ぐに出来るようになる」と信じている元々本人も成績××だった親。その他、諸々。と、本人に言っても「そんなことはない」と否定されますが、私の長年の経験と、地域性から考えて、『当らずとも遠からず』と思います。と、こんな風に例を色々紹介しても「へぇ〜、そんな人が居るんだ〜。私は違うけど…」と言われるお母様が多いことも付け加えておきます。あ〜〜〜ぁ！ま〜〜〜た、敢えて嫌われる事を言わなければ良いのに・・・。バカな私ですね。</description>
      <pubDate>Sun, 05 Jul 2020 19:01:18 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>久っさしぶり〜に聞いた！20200704</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137273/</link>
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      <description>久っさしぶりにこの言葉を聞きました。「上の子と、同じ様に産んで、全く同じに育てたのに、どうして下のこの子だけこんなことに・・・。私のやり方は間違って無いんです。その証拠に、上の子は〇〇高校に入ったんですから・・・」です。子供は、機械装置では無いのです。全く同じ子供なんて居ません。親も「全く同じに育てた」と言いますが、絶対に環境や対応は違った筈です。些細な部分では「兄弟が居た居ない」も違いますよね。親の慣れ。同居者の対応。友人関係。男女差。これだけでも違いますよね。全く同じは無理です。逆に、極端な悪口になりますが、親の考えや対応は間違っていたのに、上の子は親の指示を聞かなかったので成績優秀に。下の子は、キチンと聞いたのでこんなことに・・・。もしくは、親は何も対応しなかったのに、上の子は他の子の行動を見て、知らないうちに自分でできるようになったけれど、下の子は、親の言いつけを完全に守ったから何もせず、このように…。も考えられます。まぁ、これは、極端な例ですが(でも、実際におられました)、「私は悪くない」「私は間違ってない」と、自分の主張ばかりを周りに言われる性格の方のお家には、周りの意見を聞かずに、自分を主張ばかりする子供が必ず居ます。理由や原因はお分かりですよね。でも、お分かりにならない方ほど、頭書のセリフを言われます。それを理由に、私たちに対処を求められるのです。困った困った(溜息)</description>
      <pubDate>Sat, 04 Jul 2020 14:06:57 +0000</pubDate>
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      <title>金持ちになりた〜い？20200629</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137196/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137196/</guid>
      <description>私は、昨日(6/28)鳥取県日野町にある『金持神社』にお参りして来ました。小さな(失礼！訂正します)、こじんまりとした佇まいながら、次々とお参りの方々がお越しになられて、結構盛況でした。私も、この「貧乏塾」や「儲からない経営」から脱却したくて、しっかりお参りしました。「おかげ」がある事を信じています。財布に入れるお守りを拝受して、お土産に「金持神社の棚からぼた餅」と言う餅を買って帰って来ました。他愛も無い一日でした。</description>
      <pubDate>Mon, 29 Jun 2020 15:29:06 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>アロエの花20200627</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137177/</link>
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      <description>皆さ〜〜ん！アロエの花ってご覧になられたことありますか？我が家のアロエが、何故か今年突然花を咲かせました。私も長年生きてきましたが、初めて見ました。これです。ご存知の方が多いのかなぁ？他愛も無い話でごめんなさい。</description>
      <pubDate>Sat, 27 Jun 2020 19:23:03 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>家で勉強を教えてます・・・20200625</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137150/</link>
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      <description>小学生の成績不振の生徒の保護者にお話をお聞きすると、「私が頑張って、家で勉強を教えてます」と言われます。立派です。偉いです。そして、その生徒に話を聞くと、「お母さんに教えてもらってやった」と宿題を完璧にやって持って来ます。立派です。偉いです。しかし、しかしです。「じゃぁ、今度は分かった？」と生徒に聞くと「うん。分かった」と答えてくれます。「じゃぁ、もう一度同じ問題を解いて見せてくれる？」とプリントを再度渡すと、半分も解けません。「お母さんにどうやって教えてもらった？」って生徒に聞くと、「僕が間違いを書いてると、お母さんが正しいのを言ってくれたので、それを全〜〜部書いた。だから出来るようになった」とのこと。つまり、お母様が問題を読んで、式と答えを言って、全て記入させて、宿題を終わらせたのです。お母様の「子供に付いて･･･」とか「少しは私も･･･」の心は理解してます。しかし、それを続けてきたから、今のこの生徒の学力なんでしょ。「用語・ルール・原因・根拠・論理的に」を繰り返すのが勉強です。終わらせるのは勉強ではありません。「時間が掛かっても、何が？何で？どうすれば？これは何？」と自分で考える習慣を付けなければ何度やっても結果は変わりません。「繰り返していればその内何とか･･･」と言われる方も居られます。確かにそんな単元や科目もあります。それに、理解した後は「繰り返して定着させる。黙ってても思い付くまで」繰り返す必要はありますが、分かってないのに単に作業だけさせれば「何度も聞けばその内できる･･･」との間違った意識が定着します。簡単に答えや式は教えないで下さい。考える方法を言って下さい。本人が苦労して努力した後で教えられた正解は、喜びも「ひとしお」です。</description>
      <pubDate>Thu, 25 Jun 2020 15:56:42 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>そんなことは無い！20200625</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137149/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137149/</guid>
      <description>我が教室の指導方針として「生徒をしっかりと見て、問題点を発見し、そこを確実に改善し、人間力を高め、学力に繋げていく」があります。これらを生徒にも保護者にも伝えなければなりません。問題な意識を持っていたり、家庭での問題な生活習慣を塾にも持ち込んでくるので、そんな行動や言動が見えたり、問題点がはっきり目に付いた時には、生徒や保護者にお伝えし、今後の対応等の話し合いをします。ところが、以前から何度も何度もお話ししていますが、問題点が露骨に見えた生徒や保護者ほど『そんな事は無い』と全否定をされます。他人が、嫌われるのを覚悟で指摘しているのです。目に付いたから発言しているのです。「そんな事は無い」ことを無理やり作って言う筈がありません。良いように解釈すると、本人が気付いて無いだけかも知れません。今までの人生で、そうすることが当たり前で、何も疑問を持たずにそうして来られたのかもしれません。それしか知らないから、そうすることしか知らないからそれを正しいと信じて居られるのかもしれません。しかし、今、そうでは無いやり方や考えを知ったのです。何故？最も酷いパターンでは、自分のプライドと面子を保つために、もしくは「何〜に、お金払ってるのに」との上から目線のの意地の為に、『とにかく何でもかんでも勝ちたいだけの意識』の方まで居られます。そんな事は無いのなら、どんな事があるのですか？そんなに正しいのなら、何故正しい結果が出ていないのですか？「上の兄姉では、困らなかった」は、たまたまなだけです。子供は機械ではありません。子供は一人一人全て違います。「そんなに私は完璧で正しくて、少しも修正する必要が無いのなら、信用できない他人の塾に任せないで、ご自身で正しい指導をされたら良いのでは･･･？」と、言いたい心を『グッ』と堪えて、笑顔で「じゃぁ、どうしましょうかねぇ」と大人の対応をしている私ってズルイ？あ〜〜ぁ、言っちゃった〜〜〜。知〜〜らない！皆さ〜〜ん！最後の文章は聞かなかった事にして下さいね。ペコリ。</description>
      <pubDate>Thu, 25 Jun 2020 15:29:35 +0000</pubDate>
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      <title>「勉強終わったの？」って聞くこと20200625</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137148/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137148/</guid>
      <description>お家で「勉強終わったの？」って聞く保護者。多いですよね？勉強ってそんなに簡単に終わるものなんですかね？「宿題はやったの？」とか「宿題終わったの？」なら少しは納得できますが、勉強がそんなに簡単に２０分や３０分で終わるなんて、すごい学力の生徒ですね。なんて、「嫌味じじい」と言われそうですが、その言葉が、今の小学校で、「勉強とは、座って聞くこと。先生が言った事を書くこと。以上。終わり」との風潮が蔓延しているのだと思います。もっと酷い場面では、「え〜っ、何か前にやったことあるけど、終わったから忘れた。そこ、嫌いだった」と胸を張る子も。教科書の説明文の通りに質問しないと、「え〜〜っ、そんなん習って無い」とか「ずる〜い。引っ掛けじゃん」と、のたまう輩まで。例えば、底辺は〇〇。高さは△△。三角形の面積は？と聞くと答えられます。しかし、底辺は〇〇。面積は◎◎２。高さは？と聞くと「習って無〜〜い」って言う生徒が沢山います。この子たちは「学校に行かせているのだから、学校が何とかするでしょ」と親に放置されてきたのでしょうか？それとも、ご両親が、そうやって「その場限りの作業だけ勉強」をしてこられたので、それを勉強と信じておられて、子供にもその通りの行動を求められているのでしょうか？勿論、勉強とは･･･、今日は、そんな堅苦しい事が言いたいのではありません。私は自慢したいわけでもなく、親御さん達をバカにしているわけでもありません。縁あった生徒たちに、少しでも将来の進路選択の可能性を広げて欲しいだけなのです。現状の小・中学校生活をご存知無いならばお伝えします。いくらでもお話しします。ヒントも差し上げます。しかし、１つだけお願いがあります。「そんな事はない。失礼な」と、私を一方的に『全否定』するのだけは止めてください。ペコリ。</description>
      <pubDate>Thu, 25 Jun 2020 14:22:34 +0000</pubDate>
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      <title>皆さ〜ん！日食見ました？20200622</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137088/</link>
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      <description>皆さん、昨日の部分日食見ました？私は、16時過ぎから下側が欠け始め、17時頃に左下側が半分位欠けて、18時頃に元に戻るのを見ました。宇宙を静かに運動している地球と月が、太陽との偶然の位置関係によって作り出す偶然。凄く神秘的ですよね。中学で天体の運動は学習しますので、月が下から左上に向かって横切ったと言えばそれだけで、別に不思議なことは何も無いと、言われてしまえばそれまでなんですが・・・。音も無く動いている天体が「たまたま」重なって見えるだけが・・・・・・これが凄いんですよね。次に見れるのは10年後だそうです。私はその時、元気で活動しているのでしょうか。認知機能はしっかりしているのでしょうか。元気であるように願いたいものです。</description>
      <pubDate>Mon, 22 Jun 2020 00:55:39 +0000</pubDate>
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      <title>聞けば…習えば･･･教われば･･･20200619</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137060/</link>
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      <description>相変わらず(と言うより増加傾向？)沢山耳にする言葉が、「家の子も、聞けば分かるようになる」「家の子も、教えてもらえば分かるようになる」「家の子も、習えばできるようになる」「家の子も、塾に行けばできるようになる」です。何度もお話ししていますが、「聞けば･･･」「習えば･･･」「教えてもらえば･･･」[B]『出来るようになる』[/B]ならば、今の日本の学校制度の中で、『出来ない子』や『分からない子』が居ることが不思議です。『出来ない子』たちを見ていると、「聞く」と言う行為が理解できていません。説明者がいくら真剣に話しても、音の意味と文の内容を理解しようとせず、単なる『音』として、努力もせず自然に耳に入った振動を受け止める事を『聞いてる』っていいます。「習う」も、「何をやっていて、何故そうするのか、どの言葉がそれを求めているのか」等全く興味が無く、面倒臭い『作業』を一刻も早く終わらせるテクニックを聞いて書いているだけです。つまり、『○』を貰って「親が許してくれる為の行動」を習っているだけです。「教えてもらう･･･」も同じで、『式や答えを言って貰って、○が貰える方法を」教えて欲しいのです。こんな状況を理解もせず、『塾に行きさえすれば、家の子も勉強できるようになる』とか『塾に行かせさえすれば、○○中学に合格する』と連れて来られても・・・。色々現状をお話しして、ご理解頂けて、親子で「変わろう」として頂ける方もおられます。しかし、「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」を言われる多くの方が「そんな事は無い」「何〜に、偉そうに」「月謝払ってるのに」を言われます。今日は、失礼を承知で、誤解を恐れず、ハッキリと申し上げます。「だから、ここまでなったのです」「ここまで、なぜ放置していたのですか」なった事は仕方無いにしても、原因と対処方法をお伝えしているのに、『全て他人の責任』とばかり、少しも自分の非を認められない日常を子ども達は見ています。『人間力が学力に』これは、私が言い続けている言葉です。部屋の片付け。プリントの管理。期限。提出。約束事。これら、年相応の意識と行動が出来ないと、学力向上は難しいです。これらを放置して、テクニックだけ欲しがられても、『本当の実力』にはなりません。近い将来、今以上に困ります。</description>
      <pubDate>Fri, 19 Jun 2020 18:03:47 +0000</pubDate>
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      <title>だってぇ、親が・・・20200616</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-137012/</link>
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      <description>先日、「子供のミスを、親が出張って何とかする」っていう話をしましたが、今回はその続きです。「出来ない子」が何で出来ないかを色々考えてみるのですが、やっぱり多いのが「その方が楽だから」とか「やらなくても困らないから」とか「誰かが何とかしてくれるから」とか「できない事を、親以外は絶対責めないから」等の[B]『必要無い系』[/B]が多いと感じます。確かに学校や行政は言いませんし、コメンテーターは自分の人気と金の為には、思いっきり「きれい事」を言います。その環境の中で育った生徒は『何とかなる』『何とかしてくれる』を十何年も続けて来たのです。今さら「しんどい」や「我慢」を欲しがる生徒なんて、本んと〜〜ぅに少数派です。親も、小さい時に「思いっきり」甘やかしておいて、大きくなって自我を出しはじめたら「私がいくら言っても聞かないんです」「私は言ってるんです」「私が悪いんじゃ無いんです」を強調されますが、今まで、それを許しておいて、突然「ダメ」って言っても、聞くわけないですよね。逆に、許されてきたのに「自己規制」が完璧な子は、親の躾を『無視』してきたということでしょう？酷い親になると、「私は勉強はわからない」とか「だって、私にも仕事が･･･」とか「２４時間子供を見ろって言うんですか？」と、『何がなんだか･･･』の答えを言われる人まで。勉強は学校や塾が教えます。皆んな仕事は持ってます。今日び、専業主婦でず〜っと子供を見ている人の方が少ないです。口ごたえが極端なんですよ。親が勉強できなかったり、共稼ぎだったりする家の子は、皆〜〜んな「勉強できない子」なんですか？「言った」とか「私は悪くない」とか「私は間違っていない」とか「私は･･･」「私は･･･」と自分を正当化する『言い訳』を言っても何も変わりません。結果が全てです。過去に、何かがあったのです。だから、子供と時間を掛けてしっかり話して、子供が『継続できる』『我慢できる』[B]仕掛けを[/B]作るしかないのです。「号令一発」で「無条件降伏」のように「私に従う」ことを求められるお母様が多いですが、あなたが、そんな『北〇△の□委員長』のように、唯我独尊な人になることを望んでいるからダメなのです。親が冷静に謙虚に事実と向き合って、原因を分析し、「自分も一緒に」変わる努力をしないと、子供も分かってくれませんよ。親が変われば子も変わる言い古された言葉ですみません。</description>
      <pubDate>Tue, 16 Jun 2020 10:25:43 +0000</pubDate>
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      <title>ほら、やっぱり、そうなるでしょ？20200614</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136994/</link>
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      <description>自身の予定やスケジュールを管理できていない生徒が、非常に増えています。覚えておけないのではなく「覚えておく」”つもり”が無いのです。塾の日程調整をして、教室も担当の先生も予定して動いていると、直前に「〇〇があるので、その時間は行けません」と連絡が入ります。自習や質問に来る予定を書いて帰っているので、開けて待っていると、「〇〇の予定を忘れていたので行きません」と連絡が…。連絡が来るのはまだ良い方で、連絡無くスルーされたことも何度か…。私も、無理して、予定を遣り繰りして帰ってきたのに・・・。上記のような出来事を度々起こすのは、成績下位者が多いのです。何故なら、「他人の話をしっかり聞いていない」「他人の言葉を正確に聞いていない」「聞いた大切なことを覚えておいて、利用する意識が低い」「大人や周りは、『だってぇ、仕方無いじゃん』と言えば許してもらえる」「ダメなら、親が何とか…」と、甘く考えているか、『舐め』きっているからです。勿論、保護者も「何とかなりませんか？」とか「何とかして下さい。お願いします」と忘れていた子供と次には同じミスをしない方法や仕掛けを考えることよりも、兎に角、目の前を何とかしようとされます。子供も「最後には親が何とかしてくれる」と信じて大きくなりますし、親は親で「家の子、いつまでも出来ないんだから…。しょうが無いわねぇ」と続けられます。これらの意識や行動が、どれだけ周りに『迷惑』を掛けているかご存知なんでしょうかねぇ？約束や期限は「絶対」なものです。もし、変更や修正をするならば、事前に両者の合意が必要です。まじめに守った人は「しんどい思い」をしたのに、覚えていなかった人が、「楽して得する」変な事が蔓延しています。守る意識だけでなく、必死で自分で管理している生徒は成績アップできていますが、出来ていない生徒の現状を保護者にお伝えすると「しょっちゅう、口うるさく言ってるんですけどねぇ」とか「親も仕事をしているから、管理は無理です」とか言われます。そんなん、共働きの家庭なんて、普通でしょ？共働きや一人親の家庭の子は、皆んな「成績不振」で「予定管理ができない子」ですか？そんな訳きゃあ無いですよね。やっぱり、『できないん』じゃ無く、『やらせなかった』か『許して親が何とか誤魔化してやった』『責任をとらせなかった』が正しいんじゃないかと思われます。中には『だらしない親と思われるのが嫌と、親が誤魔化してきた』なんて凄いのも聞きました。ほら、やっぱりね。しか、言葉がでないでしょ？</description>
      <pubDate>Sun, 14 Jun 2020 22:43:33 +0000</pubDate>
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      <title>もぅ！嫌ゃだぁ！20200604</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136831/</link>
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      <description>今日のは、完全に絶対に『愚痴』です。『悪口』です。「じゃぁ、今までのはそうじゃ無いのか？」と、突っ込まないで下さい。これでも最大限『我慢』して、『大人の対応』をしてきた「つもり」です。ですから、読むと気分が悪くなります。『心綺麗な方』や『他人の悪口は言うのも聞くのも嫌って方』は、ここで止めて下さい。覚悟は良いんですね。始めます。先日来より、色んな方から、好むと好まざるに係わらず色んな相談やお願いを受けてきました。これらは公私(仕事or私事)両方です。親の対応や意識や自覚に間違いが有り(と、私も、他の１人も思ってます)その、やり方で育てて来た子供が親とほぼ同じ行動をしたら、親は気に入らないので、私たちに「注意して、従わせてくれ」と曜日・時間・等はお構い無しに呼び付けて、自己主張ばかりして、折衷案を提案しても、親子両方とも「自分は100％正しい。相手を黙らせて！」です。その後の経過も結果報告も(勿論お礼もお詫びも)無く、数日後、同様を繰り返す。親が若い頃やってきた異常行動と同様の、人道的に許せないことを子供がやったので少し叱りながら説得したら、親が「脅迫だ」「暴力だ」「すぐ警察に電話しろ」と子供に指示し、「親も子供も間違っていない。お前らにとやかく言われる筋合いは無い。訴えるぞ」です。少し、極端な話になりますが、生徒が自己中で非社会的な行動をしているので説教すると、目の前で平気で警察に電話します。夜中でもプイッと出て行って公的機関に電話して「虐待を受けています」と訴えます。たしかに、頭がおかしい大人が「虐待」をして子供を悲惨な目にあわしている事件はダメです。でも、それを大々的に理由も根拠も状況も知らせずに子ども達に教えるので、『嘘』や『作り話』で平気で逃げ込むのです。『嘘』だった場合の「罰」が無いのが問題なのです。まるで「宝物」や「腫れ物」にでも触るように扱うから、余計に「調子にのって勘違いする」のです。親も同じです。間違っているか正しいかは個人の考えの違いでしょうが、『他人に迷惑を掛けている』は考えの違いには関係無いはずです。これは事実なのですから。それを、人間的に『賢い』人は、「はいはい、係わらないで放っとこう」とされます。だから『〇〇』な人は、余計に調子に乗って「ほらっ、誰も文句を言わないでしょ。私は正しいし、誰にも迷惑はかけていない」と言います。大体、迷惑を掛けている人ほど「私は迷惑は掛けていない」って言います。許容範囲の人ほど「いつもご迷惑をかけてすみません」と低頭です。だから『賢い』と『〇〇』の違いがおこるのでしょう。異常な行動を、皆んなが「放置」するから、『〇〇』な人は増長し続けるのです。色んな「きれい事」の言葉で、「権利」ばかりを教えて、「義務」を教育しなかった「きれい事教育者」の責任でもありますが･･･。皆んなで『迷惑だ』と言うべきです。すみません。これこそ、我が侭で思い込みの異常な悪口・偏見文でしたね。</description>
      <pubDate>Thu, 04 Jun 2020 12:44:21 +0000</pubDate>
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      <title>頑張るって言葉の意味20200603</title>
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      <description>最近、問い合わせや入塾申込の時にお話しする事が多いワードについて感じました。「勉強を頑張るって言ってますのでお願いします」「今までと変わって頑張るって言ってます」「親も、このままでは困るので、頑張らせます」「親も、一緒に頑張ります」です。さて、頑張るってなんでしょう。何をどこまでどれ位意識して行動すれば「頑張った」ことになるのでしょう？ある有名な辞書の例文によると「定めた目標に到達するまで、その行動を止めたり緩めたりしないこと」「頑なに意地を張り通すこと」とあります。つまり、頑張ったら、必ず目標に到達するのです。ところが、近年の「頑張る」は、幼稚園の『お遊戯会』のような使い方をされます。何も変わらない。何も努力しない。何も我慢しない。只、その場に参加登壇して帰っただけで『あ〜ぁ、良〜く頑張ったねぇ』『はいはい、ご褒美ご褒美』です。これで、何か良い変化が起こるのなら、誰〜〜れも苦労して『頑張り』ません。さて、前書きが長くなりました(えっ？ここまでが前書きかい？)が子どもは、「行けって言われたし、行かなければ怒られるし、行って座って聞いてるだけで何か上達するはず」と思って「頑張る」って言ってます。親は親で、今までと比べて、少しだけでも作業量が増えたので、安心して満足しています。私たちの経験上、「本来なら100位の量が欲しい」ところを、「スタートだから10の量から始めよう」と指示します。すると、生徒は「３位の量で放置します」生徒にとっては、「私、３倍も頑張っている」でしょう。親も「塾に行くようになってスゴイ頑張っている」でしょう。その様に、確認もしないで、自分勝手な判断だけを続けてきたから現在の状況なのです。さて、問題はここからです。そんな、価値観の方々ですから、その後で「先生、頑張ってるから、〇〇高校(△△中学)は無理ですか？」となります。求めている量や内容の三分の一しかやってくれていないのです。それでも、責任や結果だけは、「当然」の様に100を求められるのです。私は、問い合わせや、入塾前に、「嫌われ」ても、「偉そうに…」と言われても、「何〜に、選んであげたのに…」と言われても、「入ってあげるのに…」と言われても、「金、払うのに…」と言われても、事前面談で『問題を感じた』方々には、絶対にこれらを申し上げるようにしています。何故なら、入塾後に、従わないで、成績が上がらない事を、誰が喜ぶんですか？生徒は辛い。保護者は金の無駄。先生は楽しくない授業。だからです。最近多い『言葉の定義』が違っているのに、「そんなことは無い。私は知っている」が引き起こしている課題なのかもしれませんね。ちなみに「情けは、ひとの為ならず」って諺をご存知ですよね？現在の日本人の過半数が間違って認識しているそうです。</description>
      <pubDate>Wed, 03 Jun 2020 12:12:32 +0000</pubDate>
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      <title>迷惑って？20200601</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136802/</link>
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      <description>「私は、迷惑を掛けてない」この言葉は、この「ひとりごと」にも何度も登場していますが、またまた(毎日かぁ？)言われました。「子供が、我がままなだけで、私が迷惑を掛けているのではない」「私は、言われている事を完全に理解して、キチンと行動しているので、何度注意されても、勘違いだ。私が他人に迷惑を掛けているはずが無い」「私は出来ている。周りの人と同じだ。私ばかり文句を言われる。イジメか？」「私は、正しく知っている。『知らない』『分かってない』って言うけど、私の事を嫌いなんでしょ。無視無視」「私も、一人前の大人よ。常識や経験くらいあるわよ。何よ、何でも知ってるような顔して失礼ね。私、迷惑だわ」何が迷惑か、何が正しいか。分かって頂けますよね。私が全て知っていて、全て正しくて、私を『神』と崇めろと言ってる訳ではありませんよ。話し合いや、知らない事を聞いたり、意見交換をしたりを、する余裕や容量の無い人ほど、自分にリミットを掛けて、新しい事や、知らない事を聞かず、経験の無い事を言ってる人を『何〜に、小難しいことを偉そうに言ってるの？そんなこと関係ないでしょ。知らなくてもここまで、チャンと生きてるじゃない』と言われます。この言葉は、前出の「私は知っている。分かっている」に矛盾しますよね。結局、言葉を知らない。理解できていない。素直じゃない。冷静に自分を見れてない。面倒なことは嫌いで我慢が大きらい。何が知っていて、どうなれば知っていなくて、どうなれば迷惑なのか分かっていないって言う方が、周りに沢山迷惑を掛けているのに、それが認識できないので「私は誰にも迷惑を掛けていない」って言われます。勿論、その行動や価値観の中で育って生活していますので、子供も親の顔色を中心に行動します。すると、私たちに『〇〇』が掛ってきます。でも、これを書くと、またまた「何〜に、偉そうに、お金払ってるのに･･･」と叱られるので、少しだけ自主規制です。でも、話の流れから「バレバレ」かぁ？ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Mon, 01 Jun 2020 23:23:31 +0000</pubDate>
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      <title>考えて生活してる？20200531</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136783/</link>
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      <description>我が教室では、自習室の利用を希望する生徒には、予約ボードに次回の希望時間を書いて帰ってもらっています。少し「？？？」な時間が書いてあるけれど、「来るのだろう･･･」と予定を繰り上げて待っていても、中々来ません。暫くして「先生、今日は大事な用事(絶対忘れる訳が無いレベル)があったのに、忘れてました」と電話が･･･。これは、まだ良い方です。待っても待っても来ない生徒。後で聞くと「あっ、忘れとった」と平然。授業予定の直前の時間を平気で書いて帰る生徒。酷いのは、授業時間真っ只中を書く生徒。「大丈夫か？」と思いたくなるレベルです。こんな状態が続く生徒を私が信用せずに所用で外出して、万が一不在だったら「質問があって行ったのに、予定を書いてあったのに、先生が無視して居なかった」と後日、本人かお母様からクレームが･･･。宿題や持参物を指示してあっても、「だってぇ、〇〇(事前に分かっていて絶対に忘れる訳が無いレベル)が有ったから仕方が無い」と平然と言い切ります。勿論、自分のスケジュールを、ほぼ管理できている生徒は、成績上昇中です。間違い無く、正確に希望を書いて帰りますし、遅刻や忘れもありません。一方、管理ができなくて、毎日毎日『行き当たりばったり、ばったりばたり、バタン、ドテン、クシャ』の生徒は、何をやらしても、何を聞いても、いつも直前直後の変更や、忘れや、待ちぼうけばかりで、成績上昇など夢の夢です。「人の話や書き物の内容をしっかり理解して覚えておく」ことは、人として当然の責任ですし、勉強の基本的な能力と同じです。こんな生徒の親御さんは「だってぇ、家の子、言ってもやらないから、代わりに私がするか、私が言うしか無いんですもん･･･」と言われますが、「やらせて無いから、できるようにならない」ですし、「責任を取らせて、痛い目」に遭わせて無いから、いつまで経っても自覚しないんですよね。私は、昔から生徒には予定を考える習慣のために以下の話をしています。夜、明日一日のシュミレーションをすれば、準備ができるので、忘れ物をしません。朝、今日一日のシュミレーションをすれば、優先順位や時間配分が分かります。日曜日に一週間分のシュミレーションをすれば、バタバタやドタキャンは無くなります。来年のシュミレーションを簡単にしてみると、今年しなければならない事がはっきりします。将来のシュミレーションをすれば、今の自分の軌道修正ができます。こんな些細な事を続けるだけで、「信用される」「あてにされる」人間になれるのですよ。簡単で素晴らしい事じゃないですか・・・。</description>
      <pubDate>Sun, 31 May 2020 12:56:02 +0000</pubDate>
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      <title>私たちは間違ってない！20200527</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136709/</link>
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      <description>「私たちは間違っていないのに・・・」「私たちには、原因は無いのに・・・」これらの言葉は、成績不振の上、修正に非常に手間と時間と労力が必要な方ほど言われます。成績不振の原因の多くは、意識と行動です。生徒の何かに原因があるか保護者の対応に原因があるか保護者の価値観が要因か保護者の〇〇〇(さすがに、これは書けません)が悪いか保護者の□□□□(これも、やっぱり書けません)が悪いか保護者の「子育て」に勘違いがあったか保護者の「のん気」がここまで来てしまったかが、考えられる原因の大概です。同居している他者に何か特別な原因が無いかぎり、子供は親の行動・顔色に対応して育ちます。ですから、改善する方法は「家庭での親の対応を変えること」と「置き去りにしてきた時間を、他の生徒の行動プラス毎日繰り返すことです」つまり、親は、今までは許していた事を許さないようにして、見た目だけで無く、その内容の確認をキチンとやることと、生徒の日常は、通常の学習時間が１時間として、５年分を取り戻したいのなら毎日６時間勉強することです。これらを「何でそこまで･･･」と嫌がって、『塾に毎週１〜２時間行ってるだけで何とかして欲しい』と思ってる保護者。だから、改善しないのです。これらを口にせず「あ〜〜っ、うちに来れば、どんな生徒でも成績アップしますよ。頑張りましょうね」と優しい言葉だけで(親も子も)甘やかして結果は少しでも、たっぷりと月謝を受け取っている塾がありますが・・・・・・、羨ましい限りです。間違って無いのなら、正しい結果が出ているはずです。現実に、我が教室にも、保護者も生徒も考えや行動が変わって、急に成績上昇している生徒が何人も居ます。『と、聞きました。だから、連れてきました。お願いします』とお越し頂くことは、俗に言う「口コミ」がプラスにはたらいているので、大変有り難いことですが、只、来ただけで『変えてくれ』の人が多すぎです。子供のことが、本当に大切で本当に心配なら、親が大きく変わる決心をして下さい。した「つもり」でも、やってる「はず」でもダメです。[B]邪魔をしているのは、意地とプライドです。[/B]あっ、これは、私に言ってるのかぁ・・・。ごめんなさい。反省。反省。</description>
      <pubDate>Wed, 27 May 2020 13:03:07 +0000</pubDate>
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      <title>変わるって言ってます・・・20200526</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136707/</link>
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      <description>「頑張るって言ってます」「先生の言う様に変わるって言ってます」「今日からは、必死でやるって言ってます」「今までとは違うって言ってます」「親も、隣で教えています」「親も毎日、見ています」「〇〇曜日の△△の日以外は頑張ってやるって言ってます」「今度こそ頑張るって言ってます」これらの「言葉」は非常に聞こえは良いです。非常に期待できます。本当に実現して頂けると、最高に有り難いです。しかし、これらの言葉を聞いた後で、本当に急激に変化して、急激に成績アップしてくれた生徒は、少数派です。何故なら、「頑張る」の言葉の定義があやふやなのです。「変わる」の言葉の定義があやふやなのです。「頑張っている」の認識が間違っているからです。親が教えてますの「教える」の方法が間違っているからです。『だから、何にもするな』と言ってるのではありません。間違えているのなら「相手が何を言っていて、何をどこまでどうすれば良いのか」を分かろうとすることです。「多分、こんな感じ」とか「これ位なら･･･」で、自分の思い込みで過ごしてしまったら、成績下位の生徒と同じじゃないですか？私たちが、今日は10個覚えて来い(最終的には200個位を求める予定)と指示したら、３個位で適当に誤魔化す生徒。１〜２度眺めただけで覚えた『つもり』になっている生徒。ありもしない作り話で言い訳をする生徒。それでも何も「悪気」が無い生徒。生徒を「悪人」だと言っているのではありません。それを続けても「許されて」来た過去の経験と、「痛い目」に会わなかった経験と、それでも「やりたいことは許してもらえた」経験が当然のように、そうさせるのです。とにかく、「塾に行かしているから何とかなる筈(期待も込み)」「家の子が分かってない筈が無い」「だって、今度こそやるって言ってたから･･･」そんなはずはありません。何度も言っているように『人間力が学力に』なるのです。素直・一生懸命・我慢・継続がスタートです。「聞いたら分かる」「習えばできる」「教えてもらえばできる」「聞いたら、次には･･･」そんなテクニックはありません。それを求めているから成績下位なのです。ここの所を子供は勿論、親も見つめ直して頂けないと・・・。『厳しく言ってもらえるって聞いたから・・・」と問合せや申込がありますが、厳しく言ってもスルーされて、自己流を通されて、自分からは努力して変わろうとせずに「全部他人任せ」では、『厳しく言う』ことは『鬱陶しい』ことと同義語となっています。何も変わりません。またまた、愚痴を通り越して「悪口」になっていますか？でも、少しだけ同情して下さいよぅ。これらは、現実の日常の出来事なんですから・・・。ぐすん。</description>
      <pubDate>Tue, 26 May 2020 23:14:32 +0000</pubDate>
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      <title>私たちは叱ります！20200525</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136675/</link>
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      <description>「私たちは叱ります」この言葉は、教室の看板にも書いてますし、日頃から皆様にお伝えしています。勿論、入塾時にもお伝えしています。「叱る」のですよ。「怒る」のでも「殴る」のでもありません。しかし、本気で叱ります。だって、生徒に本気になって欲しいですもん。お母様の中には、「はい。しっかり叱ってやって下さい」と要望の言葉を言われる方もいらっしゃいます。初日から、きつく叱ったりはしませんよ。さすがに･･･。ダメな行動やダメな意識を論理的にキチンと注意します。その後、数日様子を見ます。それでも改善の様子が見えない時には「叱り」の登場です。そこで、最近の傾向です。何度注意しても、「そんな事は無い」とか「絶対やってない」とか強気で見下したようにデカイ態度で言い張ってた生徒の目から突然「ポロポロ」と。しかも、止まらなくなる位に。よくよ〜く聞いてみると、本人的には、「これ位で良い」と思っていたし、「今までは、これ位言い張ると許してもらえた」からだそうです。だ〜〜から、この実力なのです。で、即、改善されて、翌週から良い子になったのかと言うと･･･、そんなに簡単にはいきません。「やる」とか「絶対」の言葉の定義が理解できていないので、それを何度も繰り返すしかないのです。これで、良い方向に向かえば良いのですが、「子供に聞いたら『僕はチャンとやってるのに先生が怒った』と言ってるんですが、家の子の言葉をチャンと聞いてやって下さい」と逆に『お叱り』を下さる保護者も。宿題や指示を、何度言っても「程ほど」で止めてきて、何度叱っても「忘れてた」とか「後でやるつもりだった」と平気で放置。兎に角時間が過ぎるのが一番大好きな生徒。「今日はテレビも見ずに、終わるまで寝るな」と指示したら、お母様から「子供の成長には睡眠は大切です。適当にできる所までやったら寝なさいと指示しました」と連絡が･･･。その上、「私に仕事を辞めて、ずっと見ていろと言うのですか？」と極端な言葉を。だから、この子は、大人の言葉の「重み」を、いつまで経っても分からないのです。だって、放っときさえすれば、最後にはお母さんが守ってくれるから･･･。教室の自習スペースを開放しています。「基本的に、自宅で自習して、分からない事や、できない事を見つけて質問に来い」と指示しています。ところが、２〜３名の生徒が、何度注意しても、教室で基礎プリント(超簡単なやつ)を解きに来て作業しています。終わったら黙って帰ります。当然、先刻の指示と違うので「注意」しますと、「お母さんに、とにかく塾に行って勉強しなさいと言われたので来てやってる」との返事。生徒に、よくよく聞いてみると、お母様の思いとして「とにかく、行ってくれているので勉強できるはず」だそうです。何度否定しても、大人が、その言葉を聞いてくれません。当然、その子供は変わりません。大人の言葉が理解できないのであれば、何度でも説明します。しかし、近年多いのが、私たちの言葉を軽く聞き過ぎている生徒。いくら無視しても、自分に罰が来ないと知って信じている生徒。返事だけ(塾でも親にも)しておけばバレないと分かっている生徒。まさか、自分の子が、大人を無視しているとは思っていない親。「家の子はまだ小っちゃいから･･･」と何でも許す親。「家の子は必ず頑張ってやってくれるはず」と根拠の無い自信をお持ちの親。子供と真剣に向き合って、問題点をハッキリ指摘して、改善の具体的方法を指示してきたのに・・・。今までは、子供とだけ向き合っていれば、改善できたのに･･･。近年は、もう一つ、別に向き合う必要が出てきています。しかも、強敵です。は〜〜〜〜ぁ。</description>
      <pubDate>Mon, 25 May 2020 22:18:50 +0000</pubDate>
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      <title>「でも・・・」20200524</title>
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      <description>「自粛警察」って言葉をよく耳にし始めました。今回の「コロナ騒動」の中で、「規制」「依頼」「自粛要請」等、中々難しい言葉が氾濫し、区別がつかない人々が、ルールに従ってキチンと活動している方々を「悪者扱い」する行為です。そんな方々のクレーム(正確には言い掛かり)と話し合った方が言っておられた言葉です。こんな方々の多くは「議論が出来ない」「話し合いができない」「人の話を聞いていない」「日本語が理解できない」等で、いくら筋道立ててキチンと説明しても「でも・・・」とか「皆んなは･･･」とか「他の店は・・・」と、結論を『決めていて』『自分は完璧に正しい』と決めているので、『きれい事』の言葉が次々と出てくるそうです。以前、私が何度も「ひとりごと」で呟いたように、「色んな意見の人が･･･」とか「色んな考えの人が･･･」を全否定するのではありませんが、『分かっていない人』『知らない人』『キチンとできていない人』『自分だけの思い込みの人』『出来ていないのに、自分は完璧と思っている人』ほど、大声で、前面に出て、堂々と、きれい事を言われますよね。そんな方ほど、「私は誰にも迷惑を掛けていない」とか「私は間違っていないので、私が何とかしなければ･･･」とおっしゃいますよね。別の方が言われてました。「そんなだから、そんなのよ」と。私も納得しました。でも、頑張れば頑張るほど「こちらに迷惑が掛ってくる」って事実は、やっぱり辛いですよ(涙)</description>
      <pubDate>Sun, 24 May 2020 22:55:07 +0000</pubDate>
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      <title>「しっかり勉強するんよ」って？20200524</title>
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      <description>現在、学校が休校中です。「家で、一人では勉強しないので、教室の自習室を使わせて下さい」って言う保護者が沢山いらっしゃいます。「微力でも力になれるのなら･･･」と消毒して、席数を減らしてマスクも用意して受け入れています。県の休業要請に矛盾する行為なので考えて考えて考えました。しかし、世間の「あそこ、休んで無いね。そんなにお金が欲しいのかしら･･･」の目にも耐えて、ここまで耐えました。勿論、耐えて勉強したのは私だけではありません。同意してくれた生徒たちも同じです。「時間を無駄にしないように･･･」「新学期から遅れをとらないように･･･」と本気で毎日を過ごしてくれた生徒が沢山いました。しかし、しかしです。いつの時でも、どんな場所にも『そうじゃない』人たちがいます。教室に来て、単純な計算や単純な漢字の書き取りをしたり、基礎的なプリントを埋めたり、程ほどの時間だけ作業をして帰るのです。「先生〜、ここ、分かりません」って言うので、用語の説明をして思考の手順を説明して、覚えておくポイントを説明したのですが、とにかく「答」だけを書き込んで終わり。翌日には、ま〜た、同じ事を聞くのです。「昨日、絶対覚えてくるように言ったけど、やった？」って聞くと、気まずそうに「ウヤムヤムヤ･･･」です。「教室に来ているだけでは、勉強していることにはならんよ。家でお母さんは何ていってるの？」「別に。良〜く頑張ってるね」って褒めてくれるよ。だそうです。『勉強する』って言う言葉の定義が分かっていませんし、「分かる」「覚える」「絶対やる」って言うことの定義も分かっていません。具体的に行動の指示をしても『何かこんなかんじ･･･』で程ほどで止めてしまいます。「今度こそ絶対やるんよ」と指示しても、絶対の意味が理解できていないので、絶対(？)やりません。だから、このレベルの実力なんだと言えるのですが･･･。これは、生徒だけではありません。家で「頑張ってるねぇ」と褒めることを否定しているのではありません。指示した事を本当にやっているのかどうかをチェックして欲しいのです。『言いっぱなし』で、生徒の『ふり』を許して、褒めていませんか？『まね』や『ふり』をしてさえいれば、許される。褒めてもらえると思い込んでしまった生徒を、教室の１〜２時間で「何とかして下さい」って言われても･･･。教室のポリシーであります「人間力が学力に！」と逆の行為です。正直に素直に必死に泥臭くコツコツと頑張ってる生徒に、最大限の結果(ご褒美と賞賛)をあげたいのです。</description>
      <pubDate>Sun, 24 May 2020 21:58:30 +0000</pubDate>
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      <title>「ごめんなさい」って言えてます？20200522</title>
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      <description>失敗した。間違えた。壊した。嘘をついた。迷惑をかけた。当然、「ごめんなさい」って言いますよね。ところが、言わないどころか、「言い訳」や「作り話」までして、「ごまかし」て「正当化」して、絶対に言わない生徒や大人(保護者)が増えていますよね。言うべきなのに言わずに過ぎている方の方を持って『都合良く』理解して差し上げると、「私は失敗してない」「私は間違えていない」「私が原因で壊して無い」「私は嘘はついてない」「勿論、私が迷惑なんて掛けてるはずが無い」と考えられているのでしょうか？でも、ごめんなさいを言う必要が有るか無いかは、謝る方が決めるのでは無く、謝ってもらう側が思ってることですよね。失敗したことで、どれ位相手に迷惑が掛かったのか。壊した物が、相手にとってどれだけの価値があったのか。なのに「これ位で･･･こまかい人」と逆切れ。一生懸命考えて、自分の時間ややりたい事を犠牲にしてでも対応したのに「嘘ついて」無駄にされた。多分、当の本人は、「迷惑を掛けてる」と感じて無いのでしょう。ひょっとして「当たり前」とは思って無いことを祈ります。でも、こんな方ほど、ちょっとした事で、大声でクレーム言うんですよね。まさか、「お金払ってるのに･･･」とか「何〜に！お客に対して失礼な！」とか「近所なんだから･･･」とかを迷惑を掛けてる方が思ってるなんて無いですよね。何のプライド？って言っても、当の本人は「私は、そんなにプライドは高くないよ」と、高い人に限って「更に口ごたえ」。何かをしたら「ごめんなさい」「ありがとう」理由や言い訳はその後です。私も、この年になっても、できるだけ意識するようにしています。と、偉そうに言ってますけど、私自身が中々出来てないんですよね。反省！反省！</description>
      <pubDate>Fri, 22 May 2020 21:31:09 +0000</pubDate>
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      <title>ま〜だ、こんな人が・・・20200514</title>
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      <description>「スポーツを頑張ってるから、勉強もできるようになる」「相性の良い先生に『教えてもらえさえ』すれば･･･」「受験が近いので、塾に行きさえすれば･･･」「受験が終わったのに、続けて塾に行く意味が･･･」「高学歴の先生に教えてもらえれば、家の子も有名校に･･･」どうですか？上記の意見に、一つでも賛同の気持ちをお持ちの方は、この後の文章は「立腹｣の原因になりますので、ここで中止して下さい。また、最近、変な台詞を耳にすることが増えました。参考までに。以前、中３生の親子の、こんな会話を聞いた事があります。時は９月後半だったと思います。「あんた、クラブも引退したんでしょ。今まではクラブを頑張ってたから、勉強のことは一切文句言わなかったけど、そろそろ受験よ。ちょっとは勉強したら？通知表もボロボロで、内申点も期待できないんでしょ。塾にでも行ったら？どこか、行きたいところ無いの？お母さんが聞いてみてあげるから･･･、どんな塾が良いの？」子「優しくて、怒らなくて、宿題が無くて、受験に受かる所」以上です。分かります？「突っ込みどころ満載ですよね」生徒の方は自分は我慢や努力や苦労をしなくても、大人が何とかしてくれて、その場を通り過ぎることをすることだけが「勉強」だと思ってます。保護者の方は我が子の意識や生活リズムに疑問は無く、「習えば･･･」「教えて貰えば･･･」「行けば･･･」「やらない、できない、筈は･･･」と考え、「勉強は受験のため『だけ』にするもので、高校に行けさえすれば『高校が何とかする筈』『高校に通っていさえすれば、大学へも･･･』とか『また、大学受験の前にチョコチョコっと２〜３ヶ月塾にでも行きさえすれば･･･』」と考えておられるようです。ま〜〜〜だ、何か説明が必要ですか？以前より、何度もお話ししていますが、「色んな考えの人が･･･」という風潮や慰め言葉がありますが、「知らない」「できない」「やったことがない」「経験がない」人が、知らないのに、できていないのに、自分の都合の思い込みで人を見下して言い切る事が非常に目に付くようになりました。こんな方々が周りに、思いっきり『迷惑』を掛けているのに、本人はその自覚が無く、平気で「金の力」や「善良な市民」の顔をして周りを振り回していることを、賢い人たちは「はいはい、放っとき」とスルーするので、余計に即けあがるのです。間違いは、「間違っているよ」と皆んなで声を上げる方が、我が子に被害を被るのが減るのではないでしょうか？私は今まで声を上げすぎて、「あの人、頭おかしい」とか「あの人、古臭い」とか「あの人、我が侭」とか言われて、虐められてきました。だから、私は、皆様の後ろからついて行きます。宜しくお願いします。ズルイ！(大笑)</description>
      <pubDate>Thu, 14 May 2020 10:59:57 +0000</pubDate>
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      <title>報告は・・・？20200508</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136411/</link>
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      <description>「ホウ・レン・ソウ」って、ご存知ですよね。社会人として、会社人として、最低限の行動ですよね。報告・連絡・相談の略語です。組織やチームで仕事をする上で、「困ったら、行き詰まる前に相談」「途中経過や大きな判断をする前に途中報告や途中連絡」「最終の修正できなくなる前に報告」が社会人としても人としても大切ですよね。ところが、居るんですよ。この前から色々独り言で言っているような方が･･･。自分に自信があって、自分は間違っていないと思っている割に、直ぐ他人に相談したり、手助けを求める人が。教室でも、プライベートでも･･･。凄い自分に自信があって、普段は「私なんか」振り向いても頂けない方が、困ったら当たり前の様に「相談」や「お願い」に来られます。勿論、最大限、考えをお伝えしますし、最大限、可能な限りお手伝いします。仕事でも、相談に来られたら、最大限お聞きしますし、最大限アドバイスします。経験した色々な方法をアドバイスします。しかし、一発限りで全てが解決したり、全てが改善されたりなんて、あるはずがありません。「もし、お家で話をされて、生徒と約束事や今後の行動を決められたら、こちらにも教えて下さいね」とお願いしています。一方通行で改善することは無いので、何往復か時間を掛けることを覚悟しているからです。きちんと、事後報告や話し合い内容を報告をして頂けるお家の生徒は、早々に改善が見えてきます。ところが、いくら時間が経っても「何の話も無い」方も居られます。当該生徒に「何か、話し合いした？」って聞いても、「別に･･･」とか「ちゃんとやるんよと言われた」だけだそうです。考えられる原因が２つあります。１つ目は「私のアドバイスが、頓珍漢で、全く役に立たなかった」です。これは、大変申し訳無く思います。失礼この上無い事を言ったのでしょうね。ごめんなさい。２つ目は、「聞いた」「やった」「終わり」です。「行動したのは自分なのに、何でいちいち他人に報告なんて･･･」ということらしいです。こちらは、「色々言ったけど、どうなったかなぁ？上手くいったかなぁ？」と人並みに心配をしています。ましてや、その後、追加のアクションも必要では？と考えています。「持ち上げてほしい」「感謝して欲しい」「お礼が欲しい」という気持ちではありません。「わざわざ何かを持って来い」なんて考えたこともありません。心配しているから「結果どうなったかなぁ？」です。やっぱり、この「気持ち」や「思いやり」が分かって頂けない人は･･･。です。大変な『偏見』で失礼を沢山言いました。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Fri, 08 May 2020 23:40:11 +0000</pubDate>
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      <title>きれいな満月！20200507</title>
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      <description>私は、毎日夜に愛犬「そら」の散歩に行くことは何度かお知らせしていますよね。今日も、同様に行って来ました。そこで、今日の『月』ちょっと皆さん。見ました〜？いつもより大き目の綺麗な満月。秋の中秋の名月よりも、冬の清んだ綺麗な月よりも、とっても綺麗な今日の月。道すがらの街灯よりも明るい月。眺めながらフラフラと歩いてしまいました。「だから、どうした？」って言われると困るのですが･･･。ただ、それだけの話でした。</description>
      <pubDate>Thu, 07 May 2020 21:27:51 +0000</pubDate>
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      <title>色んな考えの人が・・・20200505</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136340/</link>
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      <description>よく使われる言葉に「色んな考えの人がいるから･･･」とか、「人それぞれで、考えは色々あるから･･･」があります。勿論、これだけの数の人々が居て、環境や育ちが違えば、判断する考えが違うのは当然です。その考えの違いを「とやかく」言うつもりはありません。しかし、知識量が極端に少なく、よくは分かっていない人が、『自分は完全に分かっていて、判断は間違っていない』とか、周りの他の人と比べて極端に出来ていないのに『私と他人とでは考えが違うから･･･』と開き直っていたり、その行為によって周りに多大な迷惑を掛けているのに、それに気付かずに『良いじゃん。色んな考えがあっても…』と平然としている人。こんな『迷惑人』の行為まで、私は許容しなければならないのですか？途中経路は違っても、目指すゴールが同じなら「色んな考えがある」で許容できますが、「道は根本的に間違って」「努力や我慢は殆どしない」でも「ゴール(ご褒美)は必ず欲しい」うえに、「もし、手に入らなければ、誰かを責める(文句を言いに行く)」こんな人の考えも、全て受け入れなければならない今の世の中。平等。公平。対等。これらの言葉の本質はどこにいったのでしょうか？きちんと、分かって考えて行動して責任を取って居られる方ほど、言葉数が少ないです。分かってなくて、やってなくて、できていない方ほど、『きれい事の単語』を沢山使って『大声』で発言されます。周りを責められます。だからなんでしょうかねぇ？そんな結果が出てるのも･･･。日本の伝統である『恥の文化』はどこに行ったんでしょうね？</description>
      <pubDate>Tue, 05 May 2020 12:12:41 +0000</pubDate>
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      <title>計算ミスをする生徒20200503</title>
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      <description>いつもの事ですが、一般論の話です。私の経験の話です。この前提をお伝えしておかないと、後で「家の子はそんなことは無い」と、ま〜〜た、お叱りを頂きますので･･･。さて、算数や数学(時には理科でもありますが･･･)で、計算ミス(イージーミスとかケアレスミスと呼ばれる方も居られます)で、勿体無い失点をしている生徒を沢山見ます。テスト直しをすると、ほとんどの生徒が簡単に直せます。しかし、計算ミスをする生徒は、何もしなければ何年経っても計算ミスをします。その原因の、考えられることをお話しします。最も少ない場合ですが、計算のルールが正確に分かっていないか、覚えていない場合です。これは、当然の結果ですので、ミスするでしょうね。次にあるのが、全体像を見ながら、処理していく能力？気持ち？性格が定着していない場合です。例えば四則演算では「乗除が先で加減が後」なんて、小学３年生なら誰でも知っているので間違える筈が無いのです。他には、括弧や分数が何個か繋がっている計算の場合、カッコ内(分数内)のマイナスの符号が変化するのですが、これを見落としている場合が沢山あります。最後に、本人にも保護者にもお伝えすると、絶対に受け入れて頂けませんが、根拠の無い『自信』『過信』です。僕(私)が分かっていない訳が無い。保護者が生徒に聞くと「あっ、ちょっと勘違いしてたんよ。次は無いよ」と答えます。すると保護者も「本当〜？頼むわよ！」で終わりです。それでも次も続きます。最悪のパターンは高校生が掛け算九九の言い間違いをする事もあります。この様に、計算ミスだけで無く、色々「勉強できない原因」や「点数が伸びない原因」を必死に探し出し、それを分析し、生徒本人や保護者にお伝えすると、家庭での日常の生活の中で注意して頂けるお家では早めに修正が可能です。しかし、「子供に聞いたらそんな事は無いって言ってます」とか「だから塾で何とかして下さい」とか、最悪のパターンは「失礼な。家の子を馬鹿にして！」と、クレームまで頂くことに･･･。我が教室の主張であります『人間力が学力に！』のように、素直に聞けない、我慢と苦労をしない、高プライドの親子では、やっぱりどこかで落とし穴が待ってますんで・・・。あっ、これまた自分で墓穴を掘ることになるのかな？失礼しました〜！</description>
      <pubDate>Sun, 03 May 2020 19:20:19 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>私はやっている！20200502</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136306/</link>
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      <description>「私はチャンとやっている」「私は言われたようにやっている」「私はできている」「私は間違ってない」「私は分かっている」「私は悪くない」「私は･･･」「私は･･･何度も何度も同じ様なことを言っていますが、上記の様な内容の言葉を、近日、非常に沢山聞きました。結果が出ない。違う方向に向かっている。誰かが困っている。誰かに迷惑を掛けている(と、本人は思っていない)。意識や「やり方」が間違っているので、望んだ正しい結果が出ないのです。ここで、また「そんなことはない」「私は・・・」「家の子は・・・」「家の子に限って・・・」が、聞こえてきそうです。これにも、もう疲れてしまいました。何度も何度も言いました。何度も何度も言います。周りの他人が客観的に指摘しているのです。本当に「そんなことが無い」のなら言いません。私たちは、嫌われたり、口答えされたりして、喜びや快感を得られる体質ではありません。相談されたり、頼まれたから、気分良くないのを覚悟でお伝えしているのです。と、話してきましたが、皆さん。これは生徒の話だと思いますか？保護者の話だと思いますか？実は、保護者の方が多いのです。と、こう言っても、当の保護者自身は「私のことじゃ無い」「私はそんなことはしていない」と言われます。これを見ても分かりますよね。やってる方ほど、自覚が無いのです。他人事なんです。だから改善がなされないのです。「しっかりしている」のと「気が強い」のは違うのです。現在は、「ただ単に、気が強いだけの人」が増えました。権利か既得権か知りませんが、自分を他人より常に上に置きたい人が増えていると感じます。しかし、その為の努力や苦労はしたくないのです。とにかく「文句」だけを言って、自分の要求を叶えて欲しいのです。その為には、相対的に相手を下げて自分を上げるようにするしか無いのです。それが「口答え」です。こんな「親の背中」や「親のやり方」を通常として見てきた生徒。保護者と同じセリフを発します。中々、素直には聞いてくれません。昔を懐かしんだり、昔話をしたり、昔の功績を話すのは『年寄り』だと言われるのを分かった上で言います。『昔は、こんな「変な人」は、ここまで多くなかったなぁ』やっぱり、歳をとった塾長でした。</description>
      <pubDate>Sat, 02 May 2020 09:32:57 +0000</pubDate>
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      <title>ちゃんとするんよ！20200430</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136281/</link>
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      <description>キチンとやっていない生徒。素直に従わない生徒。成績の上がらない生徒に「ちゃんとするんよ」と言う、保護者の言葉を良く聞きます。「ちゃんとするんよ」「キチンとするんよ」「自分の為でしょ」「先生に言われたようにするんよ」と。どうしたらちゃんとした事になるのでしょうか？何を何処までしたらキチンとしたことになるのでしょうか？自分の事と本当に自覚があれば、分かっていればやりますよね。先生に何を言われたのか本当に聞いているか、やっているかは、どこで判断？前記のような言葉を発せられる保護者に限って「私は、ちゃんと子供に注意してる」「何度も言っている」「毎日言っている」とおっしゃいます。具体的な指示は何もされて無いのです。その上、前記の言葉を発せられた後、子供がやってるか、できてるかチェックをされる方は少ないです。チェックをしなくても、自己責任で自己管理ができてる生徒で、成績下位者は見た事ありません。つまり、言葉の定義や内容が「うやむや」なままで、『言いっ放し』『聞き流しっぱなし』なのです。言う方は、言ったことで「ちゃんとしている」と満足し、聞いた方は「ちゃんと聞いてる。やってる」と満足しているのです。用語の定義を理解し、正確に飲み込み、どこまで何をするのかを理解して我慢して実行する。その後、予定通り出来たかチェックする事を『指示をする』『指示を聞く』と言うのです。出来ていないことにに気付かないし、指摘しても「そんなことは無い」と受け入れないから変われないのです。学力も上がらないのです。これは、生徒も保護者も同じだと思いますよ。どこかのギャグで聞いたことがありますよ。「しっかり」も「きっちり」もしていたら「うっかり」なんか、する筈が無い。まさにそうだと思います。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Apr 2020 21:48:30 +0000</pubDate>
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      <title>問題点を認めないから･･･20200427</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-136203/</link>
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      <description>昨日も、ある家庭から相談を受けました。「生徒の行動に問題がある」との一方的な話でしたが、よ〜くよ〜く聞いてみると、これも(やっぱり?)保護者の対応や保護者の行動に多くの「？？？？」が見えてきました。「それでは、余計に反発しますよ」とか「生徒にも繰り返し話しますが、お母さんも〇〇については、我慢して受け入れて下さいね」とか「いつまでも幼稚園児のように完全服従を求めても無理ですよ」とか「取りあえず今は、緊急避難として、△△したらどうですか？」等の色々な話をしました。しかし、お母様の反応・返事は「えっ？、じゃあ、私が間違っているんですか？私が悪いんですか？」とか「私は、ちゃんと分かって・考えて対応していますよ」とか「じゃあ、私が仕事を辞めて、子供を一日中見ろと言われるのですか？」とか「他の兄姉はキチンと出来ているので、私の子育ては間違っていません」と、とにかく一方的に『勝ち』にいく反応なんです。以前から色々な例を申し上げていますように、全く問題が無い意識や行動や知識があれば、他人に手間や迷惑を掛けるような結果にはならずに、途中で修正が出来ているはずです。「私は間違っていない」「私はできている」「私は分かっている」「私は悪くない」と、自分を振り返ったり、他人のアドバイスを素直に聞いて(全て実行せよとは言ってません)みたり、今までと違う行動を努力してみたりをせず、自分は何も変えず、周りや子どものせいにして(全て責任転嫁)いる方が増えています。以前も使った言葉ですが、とにかく『勝ちたい』ひとなのです。相談しておきながら、自分の意に添わない意見を言われると攻撃を始めるのです。自分のことを少しでも否定されると、攻撃(文句を言いに行く)するのです。何度も注意されると、無視し始めるのです。世間が狭いし、経験が少ないから、新たな解決策を思い付かないのです。なのに、自分を全て褒めてくれないと怒って反撃するのです。幼子より「たち」が悪いです。勉強も人間力も、他人の言葉をどれ程素直に聞けるかなのです。注意・指摘・アドバイスを聞いて、どれ程我慢できるかです。家庭で大人がそれと違う意識行動で「悪いお手本」を見せておいて、子どもにだけ「変われ」って言っても無理なのは、ほとんどの大人ならお分かりですよね。こんな事を言ってると「何〜に、この人、偉そうに！」とか「この人、頭、おかしいんじゃない？」とか「はいはい、先生のお子さんは、さぞ立派なお子さん揃いなんでしょうね」と、ま〜〜〜た、キツいお叱りを頂くんでしょうね。でも、分かっている方や、出来ている方や、立派な方にお聞きすると、私の考えは「大きくは間違っていない」と言って頂けるんだけどなぁ。それでも反発されるのは「私の不徳の致す所」なのか、それとも・・・・・・・・・・なのか？</description>
      <pubDate>Mon, 27 Apr 2020 15:15:02 +0000</pubDate>
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      <title>親が与えすぎ？20200416</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-135978/</link>
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      <description>我慢をしない。苦労をしない。辛抱できない。指示の日本語が理解できない。しない？「ふり」だけで、やらずに無視していても平気。自分の責任をとれない。こんな生徒が年々増えています。世の中全体に増えているのか、我が教室だけ特別増えているのか(ダメな子が行くダメ塾とバカにされてるの？失礼な！)。人として、基本的な意識・行動・生活習慣の訓練がされていないのに「行けば･･･」「習えば･･･」「教えてもらえば･･･」と、仰る親御さんが増えています。知識・情報だけを入れてやればできるのならば、今の学校に「出来ない子」なんて居ません。だって、あれ程大量に丁寧に初歩ばっかりを教えてもらってるんですよ。前記の問題点を保護者にお知らせすると、「そんなことは無い」とか「だから塾に行かしてるんでしょ？」とまで･･･。何がなんだか？出来ない原因を修正したり、排除せずに成績アップすることを求められても･･･。「塾の指示を実行していない」「宿題をしてこない」「覚えて来る指示を無視している」の状態でも、『そんな事はしていないと、うちの子は言います』『睡眠や休憩は、健全な成長には必要です』『私は毎日言ってます。なので、後は塾の責任』お伝えしても、私たちの言っている「日本語」をご理解頂けない親御様も･･･。結局、子どもに責任を取らせずに親が登場してきてウヤムヤに･･･。子どもは、それを覚えていて、何でも親の顔色と親の機嫌を･･･。親は「勉強出来なくても(していないとは認識できていない)人並みに･･･」と必要以上に許して与え続けます。事実をお伝えして『悪者』にされて、成績が上がらないと『悪者』にされて、何の権利でこんなに文句ばかり言われるのでしょうか？それも、『キチンと育てられていない生徒』の親からばかり。権利ですか？平等ですか？お客だからですか？当たり前の事を当たり前にやると悪者になって、作り話の綺麗事を言って放置している大人が善人と思われる。日本は大丈夫ですか？キチンと子育てされている親御さんたち！一緒に立ち上がりましょうよ！！！！！</description>
      <pubDate>Thu, 16 Apr 2020 21:06:57 +0000</pubDate>
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      <title>子どもをダメにする親20200407</title>
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      <description>先日、学力も生活習慣も学習意識も出来ていない子どもを『金の力だけで･･･』中学受験をさせようとする親の話をしたと思いますが、その同類内容です。『受験』と言うからには、中学受験も高校受験も大学受験も、『受験』としては同様ですよね。高校受験や大学受験で、「やる気」が無い生徒や「実力」の無い生徒が、適当に誤魔化すような意識で行動していたら、あなたなら何と言いますか？どう思いますか？勉強しない生徒や必死感の足らない生徒の実力が上がらないのは当然と納得して、成績アップしないのも当然と納得して、志望校も考え直しますよね。なのに、我が教室の地域では、「塾に入れてしまえば、塾の責任で何とかしてくれる」「もう塾にお願いしたんだから、親の責任では無い」の風潮が非常にあります。勿論、全員が全員とは言いません。正しく認識して正しい行動や援助をされている方も居られます。しかし、前記のような『知らない』『分かってない』『できていない』保護者ほど、声が大きく、理不尽な非常識な言動をされるので非常に目立ちます。また、それを見た『非常識な方』はそれが「さも、正しい行動」と思い込まれるので、またまた「まねっこ」が誕生します。目の前の作業だけをして、根拠や理解をせず、終わらせることに全力になっている生徒について、「お宅の〇〇ちゃんは前学年までの知識が残っていませんし、今日教えた知識も翌週には消えています。算数だけを見せて頂いてますが、他の教科は大丈夫ですか」とお訊ねすると、「うちの子は小学校で良く出来る子と褒められています。うちの子に問題がある訳がありません」と突っ撥ねられます。生徒本人に「勉強は、分かったら覚えておいて、次の問題に使えることが必要なんよ。終わったから出来たんじゃないよ」と指導しても、「お母さんは頑張ってるねって褒めてくれるもん」と請合ってくれません。同様に、自分で状況や指示を理解して、自分で考えて計画して行動することができない生徒の保護者に、状況をお伝えすると、「だって、いくら言ってもダラダラするんだから、細かく命令するしか無いんです」と、私たちが指示した事をしていても、本人が予定していたことをしていても、「お母様が目の前で思い付いた事を即刻やるように命令される」ので、余計に生徒は考えなくなりますね。とにかく、知らない人、分かっていない人、できていない人、自分は経験も体験もした事が無い人が、知っている人に確認もせずに、自分に都合の良い意見を言ってくれる俗に言う『ツレ』や『ダチ』の言葉だけを信じて、子どもや周りを振り回している事が非常に増えて来ました。「金の力」や「客の立場」を前面に押し出して、ある事無い事ある事無い事無い事無い事････････････無い事をネットに書いたり、またまた『ツレ』に話して悪評に･･･。こんな、人として当然の意識と知識と行動ができず、何でも自分が前面に出て子どもを所有物やペットのように扱って、子どもの将来の判断力や忍耐力を奪っている親。非常に増えています(昔は、これは下位中学生の行動と言われていたのですが、今は親が、やってますね)。子どもが『幼すぎる』や『大人を舐めている』のは、こんな方の子なら当然と言えるかもしれません。私が、その舐められている代表選手です。てへっ。</description>
      <pubDate>Tue, 07 Apr 2020 15:52:13 +0000</pubDate>
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      <title>素直じゃない？能力？20200401</title>
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      <description>令和2年度の新年度がはじまりました。皆様も私も、今年も頑張りましょうね。さて、表題の「素直じゃない？」「能力が無い？」ですが、ここ1〜2年の入塾生に多く見られる現象ですが、「読め！」と言っても眺めているだけ。「今度こそ覚えてこい」と簡単な公式の暗記を指示しても、覚えられない。本人曰く、「覚えたもん。ちょっと出てこんけど…」だそうです。読む。聞く。分かる。やる。色々言葉はありますが、子供たちのもっている『言葉の定義』と私たちが持っている『言葉の当たり前の意味』とは随分違っているように感じています。子ども達は「やってる」と言います。私たちから見ると「ほとんどやってない」とうつります。『やる』『覚える』『素直に聞く』の定義が全く違います。学校へ覚えて行かなくても叱られません。立たされません。「あゆみ」で「できる」の評価が付いて、先生からは「良い子」と褒められます。それで、調子にのって、いくら注意しても指摘しても『自分流』を押し通します。それで結果がついてくれば良いのですが、殆どがダメダメです。そんな子の親も同様で、『家の子は…』『家の子に限って…』と言います。大人は決して子供を叱らない存在との認識で、大人の言葉を甘く聞きすぎです。厳しい言い方をすると『舐めています』こんなに素直じゃなくなったのは生まれて今日までの、何に原因があったのでしょうね。で、こんな過過過過信の生徒の過過過過子の親が「家の子優秀だから、〇〇中学を受験させます。大丈夫ですよね」と仰います。「この子は△△が苦手です。繰り返し定着させるために、もっと家庭でも繰り返して、今の授業量だけでは不足なので、回数増か講習会での集中講義が必要ですね。」と提案すると、「結構です。そんな必要はありません。それに◇◇◇(スポーツ)の練習が忙しいので…」と・・・。風の噂で、「あそこの塾ダメね。自分の塾に力が無いのを棚に上げて、余分な金儲けばっかり言うのよ」とママ友と話していたそうです。こんな人たちが、「私は知っている」「私は出来ている」「私は間違っていない」と『権利』ばかりを主張する世の中だから、こんなに『できない子』ばかりが増えているのでしょうか？虐待防止法が施行されるのですが、10000人か100000人に一人の異常者の親の行動が、正しい躾の邪魔をしていると考えると、やりきれないです。私は、「古臭い変なおじさん」の言動はしているかもしれませんが、異常者では無いと「自分では」思っています。てへへへ。</description>
      <pubDate>Thu, 02 Apr 2020 13:56:20 +0000</pubDate>
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      <title>私は間違っていない・・・20200331</title>
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      <description>今日で、平成31年度が終了しますね。なんか、「平成」って聞くと、かなり昔のことに感じますが、つい一年前のことなんですよね。新型コロナウイルスの影響で、「新年度」って感覚じゃ無いですが、また、頑張っていきましょう。最近、「私は分かっている」「私は知っている」「私は出来ている」「私は間違っていない」「私は・・・」「私は・・・」のお母さまと多く出会います。勿論、『人、それぞれの考えがあって…』に反対するつもりはありません。しかし、私が、その方々に『迷惑』を掛けられる「謂れ」や「すじあい」は無いんじゃ無い？って感じてます。「この生徒は、〇〇が苦手ですので、春休みの間に、1〜2回余分に授業をして復讐したらどうですか？」と春休みの講習会を提案したら、「家の子はそんなに遅れていません。結構です。塾は『金』を取ろうとして、余計な授業を押し付けてくるんだから…」と・・・。この方の性格なのか、今まで余程酷い塾に騙されてきたのか…。「この子は、目の前の学校授業の基本パターンの作業をしているだけて、理解も暗記も考えることもしていないですね」とお伝えすると、「失礼な。学校では先生に『心配ありません。良い子ですよ』と言われるし、スポーツも上手いんだから、この子には私学受験させて、将来は・・・。黙って成績を上げることだけしていれば良いのよ(的な内容をくどくどと…)」と仰います。あっ、失礼しました〜。しか言えませんよね。前記の「私は分かっている」「私は知っている」「私は出来ている」「私は間違っていない」「私は・・・」「私は・・・」のお母さまは、当然その意見ややり方を日常的にされますので、子供は「それしか見ずに」「それだけを信じて」「それに従っていれば」幸せに生きていけますので、当然『同様な』『そっくりな』子になります。そんなに知っていて、正しいのなら、何故この現状が起きた…って考えられないのでしょうか？なぜ、ここまで、自分を顧みることができないのでしょうか？周りや世間の目。他人を気にするばかりの生き方を肯定するつもりはありませんが、周りの意見や忠告やアドバイスに耳をかたむける『能力』を持ち合わせていない人が親に・・・。多分、この親も、勉強できなかった筈です。だって、「学ぶ」って、他人や師匠や先生の意見や言葉や行動を受け入れて『まねる』ことからはじまるのですから…。赤ちゃんが、お母さんの言葉や仕草を真似して覚えていくのと同じですよね。昔の人は良い事を言ってます。「人のふり見て我がふり直せ」です。私も注意しま〜〜〜す。</description>
      <pubDate>Tue, 31 Mar 2020 10:34:18 +0000</pubDate>
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      <title>他人の言葉を聴く能力20200321</title>
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      <description>昔から時々見かけていましたが、近年、特に激増しているのが、『人の言葉を聴かない人』です。何かの例えとか、アドバイスとか、時には「耳に痛い」指摘などをお話ししていると、「そんな事は無い」「私は知っている」「私はできている」「私は出来ている」「私は間違ってない」「これ位で充分」。時には「私は完ぺきです」「私は誰にも迷惑はかけていない」とまで平気で口にされる方までおられます。勿論、大人だけでなく、生徒にもいます。他人の言葉を聴く「心の余裕」が無いのか、「性格の余裕」が無いのか、「能力の余裕」が無いのか「脳力の余裕」が無いのか、こちらが話している途中には、もう聞いて無くて、人によっては『次には、どんな口答えをしようか』と考えているそうで、もう呆れるしかありません。他人の話を聴かない人たちは、似た人たちか、それを許してくれる人とだけ仲良くしているので、余程の自覚が無いと改善されません。他人の話を、『内容を理解してそれを確実に実行する行為を「学び」』と呼びますので、こんな生徒は、やっぱり成績不振です。でも、そんな生徒の保護者も、主張の強い方が多いのも事実です。実行するか実行できる内容かどうかは別として、話を最後まで聞かずに、『兎に角、言い返して勝ちたい』性格の人が、「個人の権利だから…」とか「個性だから…」と、さも正論を言っているような理屈を言うのも、これらの延長線上ですね。「私は間違っていない」とか「私は出来ている」と、耳を貸さない人ほど、周りから『あの人変わり者よね』と言われていることを知りませんよね。あっ、ひょっとして自分のことを自分で言ってるのかな？失礼しました。</description>
      <pubDate>Sat, 21 Mar 2020 23:11:29 +0000</pubDate>
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      <title>何でかなぁ？20200314</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-135305/</link>
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      <description>春休みの準備。学校の休校への対応。受験生の最後の生徒対応。新年度準備。諸々で毎日バタバタの生活をしていました。新年度用にチラシ折込もしましたので、問い合わせや資料請求や体験授業もバタバタとありました。勿論、有難いことなんですが、「何でかなぁ？」と首を捻りたくなる事象が続きました。たとえば、「新年度から高3になります。今まで塾に行っていませんでした。今から塾に行けば、国立の〇〇大学に入れて頂けますか？」です。答えは、イエスの場合もありますし、ノーの場合もありますよね。そこで、生徒の状態も知らずに「大丈夫ですよ。任せて下さい」って、どこかの塾のテレビＣＭみたいなことは言えませんよね。言って来られる方に「？？？？？」です。昔、集合塾に行っていたが、成績が上がらないので、今はパソコンを使って個別にやって貰える塾に行かせてます。しかし、家で復讐もしないし、勉強している風も無いし、成績は下がり続けているので、新年度から中3なので、塾を変わらそうと思っています。家の子にどんな対応や指導をして頂けるのか聞きたいです。と言われたので、「生徒を見ていないので、具体的には何も分かりません。一般論で言いますと、本人が『できたい』『分かりたい』と素直に我慢と行動をしてくれないと、現在の成績の高低に関係無く、成績は上がりませんよ」と申し上げると、「あっ、そうですか。分かりました。失礼します」とそそくさと帰られました。どうも、生徒も保護者も何も変わらずに、行かせるだけで成績を上げてくれる塾を探しておられたようです。小学校で平均的な生徒で、地域のミニバスケットボールチームに入っていて、お母さんが何でも色々決めて生徒を振り回しているお家の子。実力は中の下で、典型的な「終わったから関係ない」「終わった単元は忘れても良い」「そこはもう済んだから…」出てこない、利用できない、組み合わせられない、のに、お母さまは「家の子は優秀」「家の子は出来てる」「学校の先生が褒めていた」と自信満々で、塾からの提案や注意には耳を貸さず、何でも自分の主張を押し通して「家の子〇〇を受験させます」と言われる方。何度注意しても、「過去の知識」や「今、使ったやり方の変形」をせず、『それは習ってない』と一度、溶き方・式・答えまで言われた物を書く事だけが『勉強だ』と信じている頑固坊主のお母さまが「家の子、色々興味を持って、色々習い事をしているから良い子なんです。絶対出来る子です。分かってやって下さい」と言われます。何度か話しているように、教室のある地域は、特にレベルが低く、学校の平均的な子は、全国的に見ると中の下か下の上なんです。なのに、なのになんです。何でかなぁ？世間が狭いのか、思い込みが強いのか、他人の意見を聞く余裕が無い人種なのか。あ〜〜あ。</description>
      <pubDate>Sat, 14 Mar 2020 19:44:28 +0000</pubDate>
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      <title>？？？な小・中学生の内情20200221</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-134797/</link>
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      <description>お父様・お母様世代の小・中学校時代を思い出して下さい。学校の先生が「覚えろ」と言えば、覚えて行くのが『当然』でしたし、覚えているかどうかの確認は「全員スタンダップ」で言えた生徒から座ることができ、覚えて無ければ、１時間ず〜っと立ち続けでした。宿題も提出物も、終わっていないのに他の事をしていると「尻の据わりが悪く」て、深夜まで泣きながらやったものです。大人や先生の言うことは『絶対』だったのです。お祖父ちゃんお祖母ちゃん世代になると、もっと厳格で、先生は『神』的な存在で、指示違反者にはビンタは当然で、竹の根っこ棒や木製三角定規でコツンなんて、日常茶飯事でした。ところが今の小・中学生は、「権利」「平等」「個性」「体罰」の美辞麗句に守られ、保護者による「先生も生徒も平等で対等でしょ」のクレームにも守られて、大人や先生は、『絶対』な存在では無く『絶対に攻撃や反撃をして来ない都合の良いおじさん(おばさん)』に降格されてしまったのです。宿題に到っては、先生たちの目的意図に反して、勉強ができなかった保護者の認識である「罰ゲーム」扱いです。『暇を持て余していればすれば良いし、嫌なら程々で･･･』や『野球の練習時間だから、後回しにして行くわよ』や『健康な成長と発育のためには、食事・睡眠・休養の方が大切だから、程々できる所までで止めても良いわよ』と、[B]先生の指示を「従う必要は無い」と教えるための言葉[/B]を掛けるお母様まで居られます。これらの『綺麗事・美辞麗句』に守られて馴らされた子ども達は「楽な方」を実行するに決まっています。教室で、いくら間違いを指摘しても、正しい行動や意識を指導しても、返事だけで、平気で『無視』『スルー』するのです。勿論、お母様は、我が子がそんな悪態をしているとは思ってもいませんし、お知らせしても信じては頂けません。勉強は、「聞けば」「習えば」「教えてもらえば」できると信じておられるお母様方。おそらく、「あなた自身」がそうされて出来なかったのではないですか？意識と行動が伴なわない勉強は時間の無駄です。素直・正直・我慢・謙虚を実行させることが、成績不振者を改善する近道です。有名進学塾より、有名講師より、家庭の躾とルールを守らせる「絶対」の方が、成績アップへの近道です。勿論私たちよりもね・・・。あっ、これを言ってしまうと、仕事になんないかな？聞かなかったことにして下さい。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Feb 2020 11:21:37 +0000</pubDate>
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      <title>塾に行かせてるのに・・・20200218</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-134765/</link>
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      <description>中学で、〇〇委員をしていました。勉強も、クラスで２〜３番の実力でした。スポーツも、クラブでレギュラーの実力でした。だから、高校に行っても家の子は必ずやってくれる筈です。中学で、〇〇委員をしていました。勉強も、クラスで２〜３番の実力でした。スポーツも、クラブでレギュラーの実力でした。だから、僕のやり方は正しいです。僕は出来てます。僕は大丈夫です。と、進学校と呼ばれる高校に入学しました。勿論、中学は地元の公立中です。御多分に漏れず、学力下降傾向の真最中です。そこで、「聞いた」「書いた」「やった」「できた」「終わった」で自信(過信)を持ち、高校でも、「授業を聞いただけで」「分かるはず」「できるはず」「点が取れるはず」「実力はあがるはず」「だって僕は(家の子は)キチンと出来る子なんだから･･･」で、『急上昇』ならぬ『急下降』の生徒を何人も見てきました。指示に従わないから注意すると、返って来る言葉は「ほぼ」同じです。「だってクラブが･･･」「僕はやっている」「家の子は頑張っています」「高校は青春時代でしょ」「塾は勉強のことしか言わない」「塾はクラブを目の敵にする」「有名大学に入れる自信が無いから悪口を言う」「塾の教え方が悪いから成績が下がる」etc.入学前に、中学と高校の違いを「口を酸っぱくして」説明しました。本人も、「分かってます。できます」保護者も「分かってます。家の子は、やるって言ってます」との返事。でもでも、結果は前述の通りが毎年何人も・・・。当然、「俺のクラブの邪魔になる」「家の子、クラブ頑張ってるのに」と退塾の方向に話が進みます。口うるさく指示しないで「放っとく」方がお望みなのかなぁ？現実と将来を心配してあげることは「余計なお世話」なのかなぁ？クラブを否定している訳ではありません。クラブを言い訳にする事を否定しているのです。時間は皆んな平等です。生活の大半をクラブに費やすと、勉強時間は減ってしまいます。本当に両立できる生徒しか勉強時間は確保できません。なのに「塾に行かせているのに成績が下がるなんて・・・」と、生徒にでは無く、塾に攻撃対象がくるのです。ピアノ・野球・武道・ダンス。全て指導者の指示に従わなくては上達しませんよね。「勉強だけ、指導者が見下されている」変な職種です。何なんでしょうね？</description>
      <pubDate>Tue, 18 Feb 2020 21:12:02 +0000</pubDate>
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      <title>誓約書って・・・？20200217</title>
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      <description>誓約書って皆さんにとってどんな物ですか？大人にとって「絶対に守るべき約束を書いて、署名押印してある紙」ですよね。当然、認めてサインしたのですから、守る意識があるとの認識ですよね。ところが、最近、変な話を色々耳にします。中学受験で、校則や理念を聞いて、納得した上で願書を書いて入学したはずなのに、校則や学校の考えにクレームを付けて変更を求める保護者。専願入試を申し込んで、「もし合格したら必ず入学します」と納得して誓約書を提出して、特別加点を受けて合格しておきながら、『子供の人生を、紙切れ一枚で制約するのか！』と、平気で、他校に変わらせる保護者。学校に、『推薦書』を書いて貰って、推薦入試に合格しておいて、それを保険にして他校を受験して、「どうせ卒業するんだから、学校が何を言っても関係ない」と、他校に平気で行ってしまう保護者。私学に合格して、手続き金(通称入学金の半分)を入金して、合格を保留して貰っておきながら、『他校に合格したから返せ』と要求する保護者。何だか、日本って、やりたい放題の無茶苦茶利己主義の国になってますよね。これで、学校側が訴訟でも起こせば、『何〜に、あの学校。金儲けのために、子供の人生を食い物にするのよ』と悪評を言い触らすのですよ。勿論、我が教室にもあります。入塾手続き時に、丁寧に説明して、納得して頂いて、署名・押印頂いた方のみ入塾頂いている『はず』です。しかし、正確に守って頂ける割合は半分くらいです。今までの経験で、凄かった例をお話します。「家の子、一昨日で退塾します」「今日でやめますので、残りを返金して下さい」「まだ、やっても無い授業のお金を何で早くに・・・」「それは、塾が勝手に決めたルールでしょ。法律のどこに書いてあるの？守る根拠は？」「ルールはそうかもしれないですが、ルールはルールとして、今回は〇〇として下さい」「納得できていなくても、サインして渡さないと、塾に入れてくれなかったんでしょ？」ねっ？何が何だかでしょ？勿論、私の性格ですから、黙ったままで引き下がりはしませんが、最終的には「払わない」「来ない」んですから、泣き寝入りが殆どです。それこそ、正式に抗議すると、どんな悪評が飛び交うか。貧乏・小さい・変人塾長の『三重苦』の教室にとっては、正論は無理なんですかね。皆さん。誓約書ってどうしてますか？あっ、勿論、上記の様な反応や対応や屁理屈を言った保護者の子で、成績が急上昇した生徒は居ませんでした。そりゃ、そうか。改めて言うことでは無かったですね。失礼しました。</description>
      <pubDate>Mon, 17 Feb 2020 23:57:55 +0000</pubDate>
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      <title>善人を賛美？20200217</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-134738/</link>
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      <description>昨晩、今を時めく某有名人の特集番組を見ました。その有名人の言葉から色々ヒントを頂きました。「現代は、本音や現実を口にすることを咎める風潮が強い。本音を口にせず、綺麗事を言って、当たり障りの無い言葉や主張をしている人が持てはやされる。」と「社会全体で『コンプライアンス』や『個人情報』『権利』を本質や心とは別に、さも守っている風を装っている。本音を口にすると社会から抹殺される」です。私が、日々、口にしている言葉と類似しているので心に残りました。子どもが「我がまま」で勉強しない。「楽を求めて誤魔化し続ける」をしていても、『分かってやれ』『待ってやれ』『許してやれ』『認めてやれ』『子どもをの考えを受け止めてやれ』と、さも善人を演じている人を「良い先生」と呼び、叱責や罰をしない親を『物分りの良い親』『優しい親』と呼び、子どもの望む結果(努力をしないでも得られる合格や学力アップ)をクレームや金の力で求める親を『子どもを大切にしている親』と呼んでいます。自らが「善行」をするのでは無く、善行とされている「マネ事」をしている人の「善人ぶり」を賛美して、自分も満足しているようにしか見えません。前述の『コンプライアンス』や『個人情報』『権利』にしてもそうです。制度や法の求める本当の目的よりも、必要以上にそれを口にしている人が「素晴らしい人」で、本質を求めて、ギリギリの戦いをしている人を「悪者」とする風潮が『たまらなく嫌』です。人間同士。正面から向き合って、自分の意見を言い、相手の意見を聞き、討論も喧嘩もしながら、お互いの気持ちを理解した上での『本音』が「悪い言葉」や「古臭いやり方」になるのでしょうか？だから、「全体の底上げ」どころか、「全体を堕落させている」中での『家の子中の中くらい』が破滅への入口になっていると思うのです。ちょっと、屁理屈言い過ぎですか？たまには、目を瞑って下さい。ペコリ。</description>
      <pubDate>Mon, 17 Feb 2020 16:46:49 +0000</pubDate>
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      <title>希望的ワガママ？20200214</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-134666/</link>
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      <description>小学校での学力が「中の下」もしくは「下の上」の保護者とお話する機会が続いています。例外なく、「家の子は普通です」とか「学校では褒められてます」とか「家の子は絶対やってくれる筈です」とおっしゃいます。子供と接してみると、勉強とは「毎日学校に行くこと」「聞くこと」「ノートを書くこと」「提出すること」と認識していることが多いです。つまり、「聞いた、書いた、終わった、忘れた」の典型です。単元の内容も用語も理解できてないのに、「私はできてた」と自信を持っていますし、1〜2年後に聞いても殆ど忘れているのに、「あっ、聞いたことがある。教えてもらえばできる」と、のたまわれます。その上、「仲良しの〇〇ちゃんが受験するって言ってるから私もしたい〜」と、我慢も苦労もせずに、何でも思い通りにして貰ってきたことを再現するようにお母様におねだりします。すると、どうでしょう？それを聞いたお母様もまた口を揃えたように「家の子、頑張るって言うんです。先生の言うことをしっかり聞きなさいって言ってありますから、〇〇中学の△△コースへお願いします」っておっしゃいます。何度、用語と公式を覚える指示をしても、教室を一歩出た途端に忘れています。本人に確認したのですから、本当ですよ。勿論、本気で頑張って、本気で苦労して、本気で目指している生徒も居ますし、その子たちに指導している事もあります。しかし、ここ数年、「とにかく、〇〇に入れれば」とか「〇〇先生にお願いしさえすれば」とか「家の子なら…」と、意識や生活を確認も変革もせず、金の力と親の上から目線で周りを巻き込んで振り回される方が急激に増えました。勿論、人情として、「希望的……」は分かりますが、「何でも言いさえすれば…」の風潮を、私は『希望的ワガママ』と呼んでいます。私たちは、皆さんに、事実をお伝えすることを本気で行っています。少しだけ、教室の周りの公立小学校の実態と我が子の実態を素直に聞いて頂けませんか？綺麗ごとを言って、商売っ気を前面に出すことは簡単なことですが、我が教室の先生たちは、賃金が少し位減っても、遣り甲斐と結果を求めている『熱い先生たち』です。私も、今の綺麗ごとより、将来に繋がる指導がしたいのです。カッコ良い？</description>
      <pubDate>Fri, 14 Feb 2020 00:42:43 +0000</pubDate>
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      <title>教育改革に逆行する子育て？20200213</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-134650/</link>
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      <description>教育改革!「自ら課題を見つけ、根拠を持って考え、論理的に判断して周りに伝え、自ら行動する」事を求められる時代。入試にも、社会生活にも当然求められて来ます。何も考えずに、言われた事だけを行動し、作業を終わらせる事を『良』としてきた人は、将来『ＡＩ』や『ロボット』に仕事も生活も奪われかねない状態になりそうです。でも、これって昔から「出来てる人には当たり前」だったことですよね。自分の身の回りに興味を持ち、疑問を解決するために調べたり考えたり、それを覚えておいて、次の機会に利用・応用する。ねっ？当たり前の生活でしょ？ところが、近年、それが出来ない子どもが非常に増えている。何ででしょう？二つ思い付きました。一つは、「情報過多」と「知ってるだけで、自分では出来なくても良い子」を評価する風潮にあると思います。二つ目は、「〇〇しなさい！」「△△は止めなさい」「どうしてそんなに屁理屈言うの？」「良いから『そうなの！』と言われたことだけやりなさい」「言われたこと以外は知らなくても良いの」「習っていない事がテストに出たら、お母さんに言いなさい。先生に文句言ってあげるから･･･」と、[B]母親の「扱いやすい」「管理しやすい」「楽な」「母親にとって良い子になること以外許さない」[/B]日常にあるのではないでしょうか？小さい時期に『考えるな』を強制しておいて、『正しい思考や行動を制約』しておいて、中学になった頃「家の子勉強が出来ないんです。私の子育ては問題無いと思うんですが･･･」と金の力だけで矯正を求めるのは無茶じゃないですか？ですが、子どもの将来よりも、自分の「楽」や「好み」を前面に押し出した子育ての結果、『自分で考えられない』『論拠の無い思考』『何でも他人のせい(傍観者意識)』『我慢・継続のできない我が侭っ子』を作っておいて、更に受験制度や職場環境にまで口を出し、もっともっと酷い状況を作り出している方が居らっしゃる事も事実です。一度、皆んなで、自らを省みる必要がありますね。偉そうにすみません(てへっ、ぺロ！)</description>
      <pubDate>Thu, 13 Feb 2020 10:36:23 +0000</pubDate>
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      <title>求め？要求？当たり前？20200208</title>
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      <description>これから、お話することは、一般論では無いかもしれません。我が教室に限定されていることかもしれません。あくまで私個人の受けた感想です。小学校の3〜4年生レベルの内容が理解できていなく、毎回覚えてくるものを1つか2つ指示するのですが、完全無視。文章や図形を読み取ることができず、ヒントや説明を加えながら「どこが？」「何で？」とか言いながら一緒に解いていると「早く答えを教えてぇや」の顔をする生徒。スポーツのチームに入ってる事を言い訳に宿題や復習をやらない生徒と、練習時間が迫っていることを盾に、勉強を無視して途中止めで連れていく保護者。模試や補講よりも、練習や「休むとレギュラーになれないから…」と変更や「家の子だけでも〇〇してください」とオマケの時間で学力を上げろと言われる方。「でも家の子。勉強より野球が楽しいって言うんですよ」と訳の分からない当然の事を主張する保護者。「だって、△△△塾じゃあ、分からないって家の子言うんですよ。だから、ここなら家の子に合わせて貰えるから」と何か勘違いされている保護者。「家の子、練習に時間が掛かるから、宿題を無しにして、授業中にもっと良いように教えてやって下さい」と何が何だか？何の話か分かりますか？全て、「中学受験で〇〇中学に入れて下さい。」の時に言われたセリフです。よくよく聞いていくと、スポーツやピアノや習字は練習に時間がかかり、繰り返しが必要だが、勉強は『聞けば、習えば、教えてもらえば…』家の子も簡単にできるんだそうです。とにかく、出来ないように甘やかしておいて、金の力と、客としての上から目線で、何でも簡単に手に入れたいようです。おそらく、保護者がその程度の苦労しかされていないのでしょうね。だって、家の子、「両方頑張りたい」って言うんですよ。叶えてやりたいじゃ無いですか。と言い訳で宿題をしない生徒の保護者が言われました。「家の子は、こんなに簡単に両方手に入ったのよ」と外に対してのアピールでしょうか。ゴールは決まっています。現状も明白です。当然必要な内容も量も分かっています。両立できる意思と能力を持てない生徒は、共倒れになるだけです。でも、その時には、ま〜〜〜た言われるんでしょうね。「ここの塾はダメね。あそこの△△塾(前出の一斉受験塾)なら合格できるのに…」と。過去に言われた経験がありますので…。再度、確認です。これは我が教室だけで起こっている会話でしょうか？これは、完全に、我が教室だけが『馬鹿にされている』のでしょうか？(´Д⊂ｸﾞｽﾝ</description>
      <pubDate>Sat, 08 Feb 2020 00:35:42 +0000</pubDate>
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      <title>そんなこと無い！20200207</title>
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      <description>「そんなこと無いもん」生徒たちがよく口にするセリフです。「黙ってたら、分からないと思ってるだろ」「バレなければこれ位で良いと思ってるだろ」「覚えろって言ったけど、2〜3回読んだだけで止めただろ」「指示されたことは絶対やれって言ったけど、放っといて、好きなことをしたじゃろ」『「やってる」「できてる」「これで良い」と勝手に思い込むな。定義が間違ってるんだからと言ったのに、自分で勝手に判断したじゃろ』これらを言うと、成績下位者ほど返ってくるのが前記のセリフです。そんな事ないのに、敢えて作り話や悪口で言って、誰が得するんでしょうね？思い込みで自分を過信して、周りや指導者の言葉や意見を素直に聞き入れる心が出来ていないから、成績も伸びにくいし、間違った考えや行動も中々変化できないのでしょうね。やっぱり人間、「素直」と「正直」「継続」「我慢」が大切ですよね。３歳児でもできるのに、どうして大きくなると、どんどん出来なくなるのでしょうか？大人でもいらっしゃいますよね。何でもかんでも「自分は正しい」「自分は知っている」「自分はできている」「自分はキチンと対応している」って自分を過信して、他人が何を言っても攻撃的に感情的にムキになって、「言い返して」「勝ちたい」人。そんな行動をされる方のお子さんは、今まで何人も見てきましたが、大変時間が掛かったか、その方が立腹して退塾して行かれました。そりゃあ、成績ｕｐするやり方の反対をするのですから、時間が掛かるか無理がきますよね。「私の奴隷になって、ひれ伏せ！」って言ってるんじゃありません。上手くいかないから、別の意見ややり方をお伝えしているのです。100％実行するか半分で止めるかは本人の判断ですが、全く受け入れないから何も改善しないのですよね。子供も大人も「権利・権利」で人の意見を聞けない人が増えましたね。と、言ってる私にご意見・ご批判がありましたら、資料請求の画面から、クレームをお受けします。許してください。(ペコリ)</description>
      <pubDate>Fri, 07 Feb 2020 23:53:07 +0000</pubDate>
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      <title>日本語が分からない？20200204</title>
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      <description>以前から何度かここにも書かせて頂いたのですが、「日本語が分からない生徒」や「日本語の定義を間違っている生徒」が近日、非常に目につくようになりました。家庭での会話を聞いて、保護者にその旨をお伝えすると、「そんな事ありません。家の子、チャンと会話できています。それに、学校で国語のテスト、チャンとできてます」と、お答えになることが殆どです。学校の国語のテストに答える力と日本語力は別のものです。日本語力とは、聞いたり読んだりした日本語から、状況を理解推論し、内容の求めに応じて反応し、内容を論理だてて相手に伝える能力です。教科書に書いてある「分りやすい日本語」さえも理解できない小・中学生が多い現代、何がそうさせているのでしょうか。私の持論では「綺麗ごとを言って、甘やかしすぎ」でと思っています。中学の定期試験で平均90点前後を取る生徒でも、少し込み入った説明の理科や数学では「？？？」となって、トンチンカン(死語？)な反応をしています。他に、間違った行動をしている生徒に説教をして、説明して、考える過程を説明して「考えて、自分で考えた答えを言え」と待っていると、……反応を忘れるくらいの「トンチンカン(またまた死語)」な返事が返ってきて『愕然』なんて日常です。日本語力の無さの例を書いてると終わらないので、今日はこれ位で…。定義の間違いの話は又、近々・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 04 Feb 2020 00:52:17 +0000</pubDate>
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      <title>オリオンが・・・20200201</title>
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      <description>終業後に愛犬の散歩に行くことは、以前からお伝えしていましたよね。冬の夜、綺麗な星空を見ながらの散歩は、寒くもあり、気分良くもあり絶妙です。そこで、毎年感傷的になるのが、オリオン座です。冬の星座の代表格です。私が散歩する２２時から２３時くらいに、真南より少し東よりにある頃には「ボチボチ受験生に本気になって貰わないとなぁ･･･」です。真南にあるようになると年末年始です。私も少しだけ慌て始めます。真南より西よりにある(当に今です)ようになると、「あ〜ぁ、とうとう受験本番だなぁ」と、星座が季節感の一番の指標になっている私って、バカみたいですか？感傷的で格好良いですか？どうでも良い話題でした。失礼しました。</description>
      <pubDate>Sat, 01 Feb 2020 19:22:39 +0000</pubDate>
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      <title>いたずら？非常識？無神経？20200125</title>
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      <description>またまた愚痴ですみません。今日、お昼前に教室に来て、オープンの準備をしていますと、なっなっなんと、入り口前の駐車スペースに『犬の糞』がそのまま置き去りに・・・。慌てて砂を掛けて掃き取りました。「何でこんなところに？」と思いました。「何と非常識な飼い主が・・・」とか「他人の仕事場の来客口(言うならば塾の顔)に処理をしないで放置したままで行ってしまうことが何とも無い無神経？」とまたまた怒り心頭に・・・でしたが、「ちょっと待てよ」と、ふと考えました。「ひょっとして、日々生徒を叱ったり、ブログで悪口を言っているので、その仕返しに、敢えて『いたずら』でやった人が居るのかな？｝とも考え、「少し、反省するべき事があるのかな？」とも考え、珍しく、しおらしく考えたりもしました。冷静に色々考えを巡らせたのは良いこととは思いますが、やっぱり入り口に犬の糞を平気で放置できる神経は「私には理解できません」です。すみません。他愛も無い「汚ったない話で・・・」 </description>
      <pubDate>Sat, 25 Jan 2020 12:26:37 +0000</pubDate>
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      <title>愚痴ばっかりで・・・20200123</title>
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      <description>最近の「塾長のひとりごと」を読み返してみました。愚痴や悪口ばっかりですね。読者の皆様(何人か分かりませんが･･･)ごめんなさい。そう言えば、先日、生徒の一人が「塾長〜〜。お母さんが、『最近塾長どうしたん。愚痴が多いね』って言ってたよ。だから私、塾長、苦労しようるんよって言っといたよ」と言ってくれました。ありがとう。ありがとう。この生徒は、よく自習や質問に来ている生徒で、他の生徒への叱責や保護者への対応や電話の受け答えや、訪問客への対応を沢山見ています。生徒なりに内容を理解してくれて、少しだけ私に同情してくれているんだなぁと感謝しています。悪口や愚痴ばかりを読まされて気分の良いものでは無いと思いますが、『こんな凄い保護者』や『こんな理不尽な大人』や『こんな生徒になる原因・環境』を知って、皆様の家庭での反面教師にして頂けたら幸いです。あ〜〜〜ぁ！こんだけ反省しても、多分、まだまだ爆発する事件が多発するんだろうなぁ。私も覚悟します。読者の皆様も、覚悟(諦め???)して、もう暫くお付合い下さい。宜しくお願いします(ペコリ)</description>
      <pubDate>Thu, 23 Jan 2020 20:57:05 +0000</pubDate>
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      <title>またまた「ポキッ」20200119</title>
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      <description>またまた「ポキッ」ってやられてしまいました。何度かここでも書かせてもらいましたが、教室と道路の境に「紅白のポール」を立てています。それをまたまた折られてしまいました。今日、たまたま教室の裏で片付けをしていた時、数人の高校生(?)がワイワイ言いながら通り過ぎて行きました。その直後に「ポキッ」と聞こえてきました。慌てて出てみると2人が慌てて遠ざかっていました。「お〜い、ちょっと、戻って来〜い」と声を掛けると、一人は自転車でフラフラ蛇行しながらのＡ君、もう一人は「すまなそうな顔」をして折れたポールを持って…のＢ君。「どうして、折っといて黙って行くの？」と聞くと、Ａ「俺、わざとじゃ無いっすよ」「じゃあ、どうして黙って彼が持っているの？」Ａ「たまたま当たって折れたんすよ」「だとしても、黙ってはダメだろう。ゴメンナサイは？」Ａ「えっ、言えっていうんなら・・・」Ｂ「ごんなさい」「君は？」Ａ嫌そうに斜め上を見ながら「すんません」「本気で言ってる？」Ａ「本気っすよ」ここで切れても大人気ないので、「何か悪い事をしたらまず『ごめんなさい』。その後原因や理由。その後で修理や弁償の話。儂、間違った事言ってる？」Ｂ「間違って無いです」「間違ってる？」とＡ君に。Ａだるそうに「間違って無いっす」「ここだけじゃ無く、どこで何があるか分からない。自分が悪い時は、まず『ごめんなさい』。他の話はその後。今回も、こんな安い物を弁償させるつもりも無い。分かった？」Ｂ「はい」Ａ「・・・」「じゃあ、気を付けて」で、別れました。彼らだけが悪い訳ではありません。近日、「バレなければ良い」とか「とにかく言い訳して誤魔化して…」の風潮を非常に感じます。これは、子供だけでは無く大人の方が、ごまかしや言い訳を上から目線でまくしたてて、勝ちににこだわるのでもっと大変です。日本の伝統的な「恥の文化」や「お天道様に顔向けが…」の感覚は古すぎて「死語」なのでしょうか？　</description>
      <pubDate>Mon, 20 Jan 2020 00:26:53 +0000</pubDate>
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      <title>気が強いのとしっかりしているのは･･･20200111</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-134082/</link>
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      <description>最近、言葉の間違い(思い込み)をされる方が急増しています。平等と公平を勘違いされている方が典型的な例です。その中で、「気が強い」と「しっかりしている」も大きく違います。「負けず嫌い」と「勝ちたいだけ」と同じ位違います。負けず嫌いは、自分が意識して、努力して負けることが我慢できないのです。勝つためには、相当の努力も苦労もします。一方、「勝ちたいだけ」の人(今、激増中！)は、努力や苦労や我慢が何よりも嫌いで、その為の準備はせずに、結果だけ勝ちたいのです。結果は誰よりも良い「ご褒美」や「賞賛」が欲しいのです。場合によっては、相手に不利や嘘の情報まで出して相手の評価を下げて、相対的にでも勝ちたいのです。会社でも居ますよね。何かが出来ていないのを指摘されると、とにかく相手が「はいはい、もう分かった。いいです。私がやります」と諦めてくれるまで、一方的に『文句』を言い続けて終わらそうとする人。そんなタイプです。ファミレスやコンビニで大声を出している人や、塾やお店で「金、払ってるでしょ。私は客よ。何〜〜に、偉そうに」と１円でも１万円でも、同様に文句を言う人です。こんな人に、我が教室のように、「この生徒は年相応の〇〇ができませんね。今まで△△を求めていませんね。□□をさせないと次に進めませんよ」と現状のアドバイスをすると、『えっ？じゃあ、私が悪いんですか？』と切れられる方が居られます。させてない事は事実なので悪いと言えば悪いのですが、「今見つかったので協力して改善をしましょう」の意味で報告したら前述の逆切れです。ひょっとして「私は完璧」「私は正しい」「私が間違っているはずが無い」「私は、すべてできている」とでも思われているのでしょうか。「自分が気付いていない部分を知らせてもらったのだから、そんなに悪く取らないで、素直に受け止めれば良いのになぁ」と思いながらその方の子どもを見ると、「何も考えずに、全てお母さん任せ。母さんの言う通りに形だけ動いているフリ」の赤ちゃんのような子供か、親を凌雅(??)する位自分を過信しています。テレビの「きれい事」報道や「きれい事」コメンテーターが、更に子ども達の現状を悪くしていますよね。だって、何も考えずに、これらを100％信じて受け入れている親たちが、折角の子どもをダメにしているのですから･･･。冷静に言葉をキチンと理解していれば･･･。と、言う話(愚痴)でした。</description>
      <pubDate>Sat, 11 Jan 2020 19:59:28 +0000</pubDate>
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      <title>優しい？気が強い？20200104</title>
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      <description>優しくするのと甘やかすのは違います。気が強いのとしっかりしているのは違います。意見がしっかり言えるのと我が侭は違います。認めるのと許すのは違います。大人も子どもも同じです。近年、これらの言葉を「差し替え」たり「勝手な解釈に摩り替える」ことに非常に多く遭遇しています。平等と公平が大きく違うのと同じぐらいの差です。とにかく自分の意見を「ごり押し」で通すために、相手が怖がって「平伏す」であろう言葉を「あえて」使う人が多く居ます。子どもの成長を･･･とか、子どもの健康を･･･とか人並みに･･･の言葉で、いかにも「良い親」や「物分りの良い親」と認めて欲しいために、子どもに本当に必要な「我慢」や「努力」や「継続」や「正直」を教え込むための私たちの努力を『全否定』される方が居られます。「歳相応の躾」がされていないために「知識」や「データ」を入れても入れても抜けるのを防ぐ為の私たちの日々の努力をです。これらは私たちの仕事では無いはずです。しかし、これを優先してやらなければ、生徒も私たちも無駄な時間と労力を消費してしまいます。何度注意しても無視して、嘘ついてやらない生徒に「今日は終わるまで寝るな」とか「終わるまで晩飯食べるな」と叱責したのに「子どもの成長の妨害を･･･云々」とクレームが入ります。「だったら、キチンとそれ位の忍耐力と正直さを躾けてから塾に連れて来いや」と思ったけれど、決して口には出さず、大人の対応をした私は偉い？いえいえ、普通の大人なら、当然の事をしただけですね。『全部を口に出して、他人を見下して文句を言う大人』が多すぎるだけですよね。年始から失礼三昧でごめんなさい。やっぱり今年も反省の日々が続きそうです。</description>
      <pubDate>Sat, 04 Jan 2020 00:22:48 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>優しい！丁寧！20200103</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133952/</link>
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      <description>「家の子、『やさしく』教えてもらえる先生じゃないと嫌だって言うんです」「家の子、何回も『ていねい』に教えてくれる塾じゃないと嫌だって言うんです」この保護者や生徒の言葉を受けて、「どこよりも優しく･･･」とか「どこよりも丁寧に･･･」を前面に出して、その一点のみに集中して、一見『良い塾』を演出している塾が増えています。もちろん、「優しい」や「丁寧」は塾(特に個別指導や家庭教師)にとって必須条件です。しかし、その「優しい」「丁寧」を勘違いしている保護者や生徒が急増しています。学校の授業スピードでは速過ぎて、理解が追いつかない生徒には「丁寧」に、人見知り等で常に怯えた状態で授業に向かっているため、分からないまま放置されている生徒には「優しく」することは、とても大切な指導方法です。しかし、近年激増しているのは、「自分から理解しようと意識して話を聞く努力もせずに、『分から〜ん』と他人のせいにして「優しく」を求めている生徒」「『ポイントは〇〇だから、〇〇だけは絶対に覚えておくんよ』と言っても、自己責任の意識が無く、『面倒臭い』や『少々良えじゃん』を根拠に努力や日々の積み重ねをしないのに「何回でも丁寧に言ってよ」と我が侭放題の生徒」です。その上それを「家の〇〇ちゃんがそんなひどい事をする筈が･･･」とか「家の△△ちゃんが私に嘘を言う筈が･･･」と子どもを過信して子どもと話し合う事無く、子どもの現状を確認する事無く、とにかく「他人が悪い」「お金の力で何とか」を求める保護者が子どもの数と同様に激増しています。子どもを大切にするのと、過信するのは違います。子どもを守ってやることが、必ずしも子どものためになるとは限りません。時にはライオンの子育てのように・・・。って、偉そうに言ってる私も、自分の子育てが完璧だったのかと聞かれると「ＮＯ」です。だからこそ、私とご縁があった方々には同じ後悔をして欲しく無いのです。格好良い〜〜〜！</description>
      <pubDate>Fri, 03 Jan 2020 23:52:51 +0000</pubDate>
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      <title>謹賀新年20200101</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133935/</link>
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      <description>明けましておめでとうございます。昨年も、私の過激な愚痴にお付合い下さいましてありがとうございました。本年も、パワーアップした愚痴を沢山沢山呟いていきたいと思っています。何卒、我慢してお付合い下さい。皆さん。どんな新年を迎えられました？新しい目標や決意が心に浮かびましたか？私は、年末最後の最後まで生徒の「甘え」と「おこちゃま」、保護者の「プライド」と「勘違い？」に巻き込まれて、掃除もそこそこのバタバタ新年です。今年もこれが続くのだと覚悟して、いつも通りの「わたし風」の年にして行きたいです。皆さんも覚悟しておいて下さいね。</description>
      <pubDate>Wed, 01 Jan 2020 12:30:40 +0000</pubDate>
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      <title>暴力はダメです！20191230</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133917/</link>
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      <description>「暴力はダメです」当然です。暴力や傷害や虐待はだめです。そんなことは誰でも分かっています。いくら馬鹿で我が侭な「私」でも分かっています。問題はここです。躾と体罰と暴力の境目です。何でもかんでも「暴力」や「体罰」で片付けようとする風潮(きれい事)にうんざりです。「子どもはゆっくり言ってやれば必ず分かって行動してくれます」とテレビのコメンテーターはいいます。更に「家では絶対に暴力は反対の子育てをしています」と仰るお母様が『とんでもない我が侭で、絶対に我慢しない、その場限りの屁理屈言い訳、とにかく放置」の生徒を連れてきて『この子も教えて頂ければ必ずやる筈です。何とかして下さい』と連れて来られます。絶対に無理でしょう。ここまで『躾』をされていない野生の動物的な生徒に行動や価値観どころか、「勉強の結果」を出せというのですよ。どう思いますか？先日、「甘やかし放題で躾をされていない生徒」が何を言っても無視やその場の返事だけや自己保身の言い訳をしてごまかし放題をするので、少しだけ「首根っこ」を捕まえて(私的には暴力でも傷害でも虐待でも無いと勝手に思っていますが･･･)叱ったのです。するとその母親が「止めて下さい。私は暴力は反対です」と。子どもは「今度同じ事をされたら、目の前で警察に通報する」と息巻いています。その癖、お母様は「何とか言って従わせて下さい」って平気で何度も求めて来るのですが･･･。これって、私の「指導力不足」が原因ですか？「家庭の･･･」ですか？誰か教えて下さ〜〜い！私に原因があるのなら、大反省して、勉強をし直さなければなりません。「そんな奴は、おらんやろ」と言う方が居られますが、コメントや学者の周りに居る子ども達って、皆んな聞いて理解して、自分から学ぶ姿勢を持っている子どもばかりなんですかね。民間の「下々の･･･」(この言葉は差別用語だそうです)子どもの実態を知らない人々が、「きれい事のコメント」をするのでしょうね。何でも「お客」と「金の力」で上から要求する「カスハラ」が横行しすぎだと思います。</description>
      <pubDate>Mon, 30 Dec 2019 13:49:44 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>分かったぁ？はい！20191230</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133916/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133916/</guid>
      <description>親「〇〇、分かったぁ？」子「うん！」親「分かったんならもう良いわ」こんな会話が日常的に、よく交わされています。親は、「私の言ってることを理解してくれた。これで安心」と満足しています。一方、子どもは「親が、何か怒っていた。とにかく素直に返事をした。正しい行動をした。だから親は許してくれた。僕は良い子」と思っています。何が言いたいかといいますと、親は「家の子はチャンと私の言葉を聞いているはず。だって、『うん』って言ってたから･･･。これで私の注意したようにやってくれる&quot;はず&quot;」です。ところが、子どもの方は２パターンがあります。１つ目は、「大人は忙しいから時間が無い。とにかく目の前の返事だけしておけば、それ以上は攻めてこない。それで許される」と悪知恵が付いている場合です。２つ目は、言葉の意味が(定義が)分かっていない、日本語が分かっていない場合です。これを言うと、「そんなことは無い。家の子は毎日キチンと会話できている」と直ぐに反論が返ってきますが、毎日の会話は『信号』です。『合図』です。「食べる」「うん」「〜〜行く？」「行かん」程度です。気持ちや論理を筋道立てて説明させたり、理解してもらえるまで、自分の言葉を駆使して伝える会話は見当たりません。さらに学校の用事を伝えるのが出来ないと「学校がプリントを配らないから･･･」とか「子ども相手に雑な対応！」と自分と子どもの訓練を棚に上げて『すぐに他人のせい』にします。これらで、子ども達は「分かった」「やる」「私は出来てる」「私はやってる」となるのですが、一部の理解出ている生徒以外の大多数の生徒は、『やってるつもり』『できてるつもり』で時間だけ経過してダメダメになっていったのです。問題は、大人が「今のきれい事学校の実情」を理解できていないことと、昔と違って、子どもにとって大人が「恐い存在」では無くなっていることです。汚い言葉で言うと『舐めくさって』います。これは大人にも少しは責任がありれます。『平等』と『目上』の違いが教えられていないからです。何にしても、過信せず「事後確認」と「叱った後のチェック」が余りにも不足しています。私たちの仕事も、「教えてやれば･･･」から「観察→指摘→指示→確認→再指示→再確認」が増加して、苦労している上に、前記の日本語が分からない状態の上に平然とスルー出来る価値観が加わって非常に辛い立場です。何処ぞの塾のように「放っとく」方針に変えれば楽なのでょうが、それが出来ない貧乏性の馬鹿正直が裏目に出て、ドンドン「遠慮の無い抜け毛」と「満ち潮の様なお腹」で罰が当っています。グスン(泪)</description>
      <pubDate>Mon, 30 Dec 2019 13:24:01 +0000</pubDate>
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      <title>えっ？今頃？それは・・・ちょっとぉ・・・20191222</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133807/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133807/</guid>
      <description>教室では、昨日(21日)から冬期講習期間に入っています。まだ、終業式が済んでいない学校もありますが、学校によっては既に冬休みに入っている生徒も居ますので、強制的に突入です。ですから、周りの他塾も２〜３週間前から、「伸びる冬」とか「まだ間に合う･･･」とか「〇〇保証」とかチラシやＣＭのアラシです。そんな中で、我が教室にも問合せやチラシを取りに来塾される方が若干居られました。以前「ほぼ、志望校に届いているのですが、本人が『誰かに確認してもらわないと不安』と言うので、短期ですが見てもらえますか？」とお越しになられた方がいらっしゃいました。こんな方は私どもとしても大歓迎で有り難い限りです。しかし、今年の問合せの殆んどが「学校(小・中学校)での勉強が分からないって言うんです。スポーツもやってるので、その空き時間の冬休みの期間だけで何とかして貰えますか？」でした。現状の地元小・中学校の勉強が「分からない」なんてことはありません。「できない」「点数が低い」が正しいと思います。私の経験上、その原因として考えられるのは、根本的な勉強のやり方の勘違いか、生徒本人の「ごまかし」「楽したい」「何かこんな感じ」の集大成です。それを、自分の都合に合わせて、冬休みの間だけで、３〜５回、聞いただけで突然出来るように成れるのなら、毎日、真面目に苦労して我慢して頑張って来た生徒の立場がありませんよね。つまり、保護者が、勉強なんて「聞けば分かる」「習えばできる」「教えてもらっただけで簡単に上達する」もの！と思って居られるからでしょうね。だから日々の生活を疎かにしていた時間と手間と我慢をお金の力で簡単に与えてしまおうと思われているからでしょうね。何が原因で分からないのか、何が原因で点数が上がらないのか、何をどうしなければ改善しないのかを探って話してやらせてチェックしてリトライするだけで５〜10コマは必要です。それでも従ってくれない生徒なら、改善が実感できるまで数ヶ月掛かります。それを２週間の３〜５コマで「何とか･･･」と言われても、責任がとれません。それでも入塾をお考えなら、「あ〜っ、大丈夫ですよ。うちに来れば、誰でも成績は上がります」って言われる塾が近所に沢山ありますから、そちらへどうぞ。と、失礼ながら、またまた偉そうに言ってしまいました。「２〜３コマで何とかして下さい」って言う方も生徒の現状を理解されていないですが、すでに冬期講習が始まってから説明を聞きに来たり、スポーツの隙間を求めたりって事や意識が、生徒を見ていない事を証明しているように思うのは私だけでしょうか？「私はプロじゃないわよ。だから、聞きに来てるんでしょ。何〜〜に偉そうに！」ってまたまた言われそうです。先に謝っておこう。偉そうに上から目線で、ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Sun, 22 Dec 2019 17:06:37 +0000</pubDate>
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      <title>子どもの意見を聞いてやれって？20191220</title>
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      <description>前回に続きまして、「意見を聞いてやると、とんでもない事になりそうな生徒」の話の続きです。近年で、最も「酷い言動」の生徒の例をお話しします。私を「わ」として、生徒を「せ」として会話を書きます。わー何で、言われた様に勉強しないの？せー僕、勉強してるもん。わー何を勉強って思ってるの？せー毎日学校行ってるし、授業を聞いてるし、ノート書いてるし、プリント出してるし、宿題出してるし。完璧わーいや、それが許されるのは小１までよ。あなた中１でしょ。せーでも、学校の先生怒らんし、今まで何とかなってきたもん。わー今までも何とかなって無いじゃん。期末であんな点数取ったじゃん。恥ずかしくないん？せー別に恥ずかしく無い。わーじゃあ、みんなに点数を聞いてもらおうか？せーそれは嫌。わーじゃあ張り出そうか？せーそれは恥ずかしい。わー誰にも言わなかったら何点でも恥ずかしくないん？せー恥ずかしく無い。わークラスの最下位の１０点の生徒がいるから？せー僕より下が居るから僕は悪くない。わーその子は高校にもいけないレベルだけど何とも無い？せー何とも無い。わー変わらんとあなたも同じことよ。せー大丈夫。何とかなる。わー何ともならんから言ってるんよ。せー大丈夫。誰かが何とかしてくれる。わー今までと違って、誰も何とも出来んのが受験よ。せー大丈夫。絶対何とかしてくれる。わーその自信はどこから来るの？せーだって、僕は褒められたもん。わー誰に？いつ頃？せー父さんに、中学入って直ぐの小テストで満点取ったときに「良う頑張ったなぁ」って。わーそれだけ？せーそぅ。わー絶対変わる気無い？せー無い。わーどんなに将来困っても？せー無い。わー保育所や小学校と違って、毎日生きてるだけで進級するんじゃ無くて、努力や我慢や苦労や考える事をしないと、これからの将来は無理なんよ？せーえっ？どう言うことですか？言葉が分からん。わー苦労や我慢をせんと、今後は何ともできんよ。という意味。せー変わりません。やりません。わー少しだけでもやってみよう、変わってみようと思わん？せー思いません。わーここまで、周りの状態とあなたの現状の違いを言っても、少しだけでも変わろうと思わん？せー思いません。わーもう良えわ。今まであなたが言った内容を箇条書きでメモしといたから、家に帰ってお母さんに見せて、話し合って来い。と帰らせましたが、見せたのか見せてないのか、本人からも保護者からも何の連絡はありませんでした。まぁ、これは、極端な例ですが、出来ない生徒は「楽」とか「我慢しなくても･･･」を求めて、その上、ご褒美だけは平等以上を得られるのを至上としています。こんな生徒の意見をきいていたら、何にもせずに、「放置」している大人が『最良のおとな』と言えるのでは無いでしょうか？私は嫌です。そんな「クズ大人」にだけはなりたくありません。自覚のある子どもだけを中心に施策を考えずに、こんな子どもとそれを分かっていない親が居ることをもう一度見直してみないと、取り返せない世の中に･･･。私も「他塾のように『やらない子は放っとけば？』」と言われますが、私の貧乏性が・・・。だから貧乏になったのかも！</description>
      <pubDate>Fri, 20 Dec 2019 17:12:51 +0000</pubDate>
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      <title>子どもの意見を聞いてやれって？20191220</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133769/</link>
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      <description>マスコミや有名な研究者が「子どもは子どもなりに、キチンと考えている。大人が一方的に叱って、押し付けるな」って言う言葉を度々耳にします。有名進学塾やレベルの高い大学の先生。テレビでコメントしている元(現)教授。霞ヶ関の高級官僚の方々のことです。私の歪んだ偏見も込みでそれらを聞いていて、腹を立てています。確かに「しっかり考えている子ども」「自覚を持って行動できている子ども」「周りの状況を見て、自分の考えをキチンと言える子ども」「決して誤魔化さず、自分から苦労に立ち向かえる子ども」たちも居ます。しかし、我が教室がある地域では、何故か地元公立の小・中学校の生徒の多数がそうではありません。幼児期から「きれい事」と「甘やかし」の中で育ち、嫌なこと面倒臭いことから、誤魔化して逃げ続けて、我慢や年相応を身に付けることなく小６や中学生になってしまっている子どもを大量にみています。もちろん、親はその自覚がありません。「家の子がまさか･･･」「家の子は必ず･･･」「家の子はきっと･･･」と甘い期待だけで、放置しています。さらに凄い甘ちゃん親は「家の子は聞けば、習えば教えて貰えば出来る子。今ダメなのは、学校の先生と相性が悪いだけ」と大人としての常識を疑いたくなる言葉まで出されます。そんな「きれい事で庇いすぎる親」に育てられた子ども達が、沢山沢山、我が教室に集っています(本当は塾生が増えるので喜ぶべきなのですが･･･)指摘や注意を真っ直ぐに受け止めて頂けた保護者やその生徒たちは短期間で成績アップできています。しかし、その逆の保護者と生徒ほど、「こんなに頑張っているのに、厳しいだけで、ダメな塾ね」と私たちがお叱りを頂くことに･･･。では、近年の中で、信じられないほどとんでもない言動をする生徒の例を・・・に続きます。</description>
      <pubDate>Fri, 20 Dec 2019 16:28:37 +0000</pubDate>
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      <title>だから私は悪くない20191215</title>
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      <description>〇〇だから、私は悪くない。△△だから、私は悪くない。それは私の仕事ではない。だから私は悪くない。あの人は、好きで自分からやっている。私はこれをキチンとやっている。だから私は悪くない。そんな次元の低いことをするために私はここに居るのでは無い。私の価値を皆んなは分かっていない。自分では、絶対に責任ある行動も、信頼される行動もしない。本来は、自分が我慢してやるべきことや、自分が注意してやることなのに、何でもかんでも他人の「せい」にして、自分を正当化して、自分を口先だけで擁護する。頭が良いからか、とにかく口先だけで何とかしようとする。一時的に勉強の成績が取れることがあるかもしれないが、その内“ボロ”がでる。社会に出ると、「あてにされない」「信頼されない」の様な、『つまらない人間』になる。「そんなこと言った事は無い」と言う人もいるが、これも口先のごまかし。思っただけで逃げ口上。</description>
      <pubDate>Sun, 15 Dec 2019 14:00:18 +0000</pubDate>
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      <title>やってる「はず」20191215</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133683/</link>
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      <description>僕はやってる「はず」これならできてる「はず」これ位で良い「はず」これで怒られない「はず」自分的には、できてる「つもり」本人たちは、少しだけ「やっていない」「できていない」「良くない」ことは知っている。その自覚はあるのに、「面倒臭い」「楽したい」「何とかなる」と心から思い、彼らの、この行動に最大の根拠になっているのは「今まで何とかなった」です。これって、言葉を並べて、言い訳して、自分をごまかしているだけです。そして、家族の誰かが許してきたか、初期に家族の誰も気付いてやらなかったからです。こんな言葉を思い付く輩は、ただの「甘ちゃん」で、自分では何にもできないのに、プライドと最高のご褒美を欲しがるわがまま赤ちゃんです。</description>
      <pubDate>Sun, 15 Dec 2019 13:59:09 +0000</pubDate>
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      <title>顧客満足度って？20191210</title>
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      <description>「顧客満足度１！！！」ってＣＭで大々的に主張しているのを見かけます。これに異論を唱えるつもりはありません。しかし、近日、「私は客よ」とか「酷い店だと言いふらしてやる」とか「ネットに悪口を書いてやる」と自己中な過剰なサービス(正確に言うと、その客の我が侭)に、『応えるのが当然。お客なんだから。金払ってるんだから』を求める【カスタマーハラスメント(カスハラ)】が話題になっています。昔は、消費者に親切では無い(平気で騙していた)時代がありましたので。お客様を大切にする事は大切です。しかし、今、それを逆手にとって、過剰な行き過ぎたサービスを『既得権』のように求める人たちが横行しています。そんな人たちは、１０円払っても10000円払っても、求めるレベルは同じです。何故なら「私は、お金を払ってる客よ」が根底にあるからです。塾にも、その様な「お客様」はお越しになられます。生徒が「私は、やってる。私は良い子。私ができないのは先生の･･･」と思うのも、ある意味【カスハラ】ですが、お母様が、子どもに対して躾を何にもしないで、「ここの塾に来れば、ちゃんと躾けて、ちゃんと成績を上げて、ちゃんと志望校に入れてくれるって聞いたから連れて来たのに･･････ダメね」と怒ってクレームを言われる方がおられます。私たちは「躾機関」ではありません。勉強を教えるサービス業です。その中で、無料サービスで質問コーナーや勉強のために必要最低限の躾をしているだけです。それを、自分の子育ての手抜きを棚に上げて「ここはダメね」って･･･。私たちは『〇〇ヨットスクール』とは違います。もし同様の結果が欲しければ同様の対価を払って下さい。百分の一の対価で同じ顧客満足を求める人は【カスハラ】か【馬〇な人】だけです。でも、こう言う人たちって、自分がそんな行動をしているって自覚が無いんですよね。人の意見や忠告や顔色が見れないからそうなったとも言えるんですよね。周りの顔色や意見を素直に聞けるように「私は･･･私は･･･」と主張しないで、昔の日本人のような「恥をしってる大人」になりたいですよね。すみません。私の事ですか？反省！</description>
      <pubDate>Tue, 10 Dec 2019 17:16:48 +0000</pubDate>
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      <title>全部ラムネ?!!!!!!???20191204</title>
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      <description>すごぉ〜い物を見つけました。中身が全〜〜部「ラムネ」の自動販売機です。どうですか？カープ坊や。ディズニーキャラクター。プリキュア。ワンピース。おしり探偵。かき氷。もみじ饅頭味。レモン。はっさく。白桃。マスカット。梨。コーラ。勿論、定番の味も・・・。私は、思わず、カープ坊やともみじ饅頭味を買ってしまいました。どこにあるかと言いますと、福山市北本庄町5丁目7-6齋藤飲料　さんの会社の前です。ここの会社は、昔からラムネを製造販売されている会社です。だからですかね。こんなすごいことができるのは・・・。ちなみに余談ですが、ラムネとサイダーの違いはわかりますか？今では同じものを違う容器にいれて売っている会社もあるらしいですが、ラムネは「lemoade」からきていると言われています。lemon　＋　ade  ＝　レモン果汁＋飲み物　＝　レモネード　です。一方、サイダーは　「cidre」＝　シードル　＝リンゴ果汁から作ったお酒からリンゴの飲み物として出来ました。ねっ、cidreをそのまま読んで下さい。サイダーでしょ？以上、無駄話でした。失礼しました。</description>
      <pubDate>Wed, 04 Dec 2019 16:02:22 +0000</pubDate>
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      <title>隠しておいて誰の得に？20191130</title>
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      <description>塾生の中には、色んな状況や困難を抱えている生徒が居ます。家庭内の色んな不都合・経済的なこと、家庭環境、家族との･･･。その他に生徒本人の色々。例えば、以前の不登校。現在の不登校。過去の「いじめ」。頑固で意地っ張りな割りに直ぐ「ポッキリ」折れてしまう。学習障害。発達障害等々です。入塾時に色々言って頂けていれば、それ相応の対応の努力をするのですが、入塾時の面談でも、色々お訊ねするのですが、内緒で隠したままでの入塾の方がおられます。体験授業で、それ相応に『疑わしい生徒』も感じるので、それと無く確認しても、キッパリと否定されたまま入塾される方もおられます。何もお聞きしていなければ、通常の生徒と同様に、当然に通常の反応を求めます。その反応が無ければ、当然「叱ります」。同じ事を何度も繰り返すと、叱り方も強くなります。すると、ある日突然、お母様から「家の子のことを、もっと分かってやって下さい。家の子、過去〇〇だったんです。どうして強く叱るのですか？」です。私たちにすると、薄々「〜〜かなぁ？」位は思っていましたけれど、お母様が否定された手前、ズバリそこに切れ込むことはできませんよね。なのに「分かってやってくれない！」って言われても･･･。親の気持ちも分かりますよ。虐められていたから、心機一転別の環境で別の塾で･･･とか、不登校だと、特別に変な目で見られるから･･･とか、私の子ができない筈が無い。何か特別な事情がある筈が無い。今まで出来なかったのは、担任の先生のせいだ･･･とか。ですが、何度も申し上げているように、私たちの教室は、生徒の現状と心情を理解した上で、将来のために(今だけ優しくしても、何も解決しない。本人が考える力を手にしないと･･･)どうしてやれば良いかを先生全員で考えています。『とにかく優しく許してやって欲しい。それで成績だけは優秀に･･･』を求められるお母様。そんな塾があるのなら、どうぞそちらへ(あっ、また、偉そうに･･･って怒られる)。でも、「聞けばできる」「習えばできる」「教えてもらえばできる」「家の子がやらない筈が･･･」「だって･･･」「だって･･･」の、本当に苦労して勉強をした事が無い、見栄えと要領を重視される方ほど、【事、ここに至っても】まだ内緒にして、何とか･･･を求められます。今、巷で段々声が上がっている様に『親を改良しないと、子ども達は更にひどくなる』が頷ける状況です。あっ、勿論、何も注意する事無く、自己責任で素直に頑張っている生徒も一部には居るのです。我が教室だけが(と、言うより私の担当する生徒だけが？)色々問題を起こしているのかもしれません。あ〜〜ぁ。ま〜〜た言っちゃったぁ。言わなくてもいい事を、ずげずげ全〜〜部言うから、皆んな「あのオヤジ。頭がおかしいで」と言われて、生徒が集まらない儲からない塾になるのかなぁ？でもまぁ、現状の生徒に全力を傾けて、結果を出してあげれば、将来思い出してくれるかも･･･。それを期待します。</description>
      <pubDate>Sat, 30 Nov 2019 15:37:15 +0000</pubDate>
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      <title>学力下位者の言い訳言葉20191125</title>
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      <description>学力下位者が、たびたび口にする言葉です。何個当てはまるか数えてみてください。個数によって、あなたの成績アップ困難度が分かります。では、スタートですこれでできてるもん！これで良いもん！毎日、学校に行ってるじゃん！ちゃんとノート書いてるじゃん！宿題、ちゃんと終わったじゃん！提出物、全部だしてるじゃん！先生の言った通り書いてるじゃん！勉強やってるもん！学校ではこれで良いって言われたもん！学校では出来てる方だもん！先生には良い子って言われるもん！私より点数低い子いるもん！学校ではいつも(小学生なら)80点、(中学生なら)平均点以上だもん！多分こんな感じのこと･･･何かこんな感じ･･･言ってることは分かってるもん！言われたようにやってるもん！絶対できてるもん！こんなに頑張ってるじゃん！これで完璧！これくらいで良い！これならバレない！そんなん無理！嫌だから放っとけば良い！面倒臭いから放っとけば良い！苦手だから、できなくても仕方ない！何回言われても、返事だけしてスルーしとけば許される！おとなは絶対、攻撃してこないから無視しても大丈夫！誰かが何とかしてくれる！本当に必要なら、先生がもう一回言うはず！私よりひどい〇〇先輩でも△△に受かったもん！私も受験生になったらできるもん！〇〇さん。全然勉強してないのに成績良いもん！そりゃあ先生は賢いから･･･あいつは頭良いから･･･ヘタに返事するとも、後で怒るから･･･大人(お母さんや先生)は、時間が無いので、しばらく黙っていれば「もういい」って許してくれる。勉強だけが全てでは無い勉強できなくても死ぬわけでは無い！だって、〇〇(スポーツ・習い事)をやってるから･･･さて、何個思ったことがありますか？現在も思っていますか？　３個？１０個？全部？答えは・・・全て「ダメダメ生徒」になるための言い訳です。何を根拠に、そんなに自分に自信を持っているのですか？もっと素直に分かっている人(塾の先生とか)に聞きましょう。余計なお節介ですが、おまけで同様に保護者の発言です。宿題、終わった？勉強、終わった？家の子は、やればできます。やり方が分からないだけです。家の子は、聞けば、習えば、教えてもらえばできます。教えてやって下さい。家の子は、良い子です。小学校の先生にも褒められています。家の子は、素直な良い子です。嘘を言うはずがありません。家の子が、先生の指示を放っとくはずがありません。家の子は、教えてもらえば、必ず出来るようになります。家の子には、本人が望むような教え方をしてやってください。強制するような進め方はしないでください。「いつも嫌だ」と言ってますから･･･。家では決して強制せずに自分でやるようにさせてますから･･･。家の子は、スポーツを頑張っているんです。だから、その内に、勉強もできるはずです。家の子が、先生の指示を無視するはずがありません。家の子は、今〇〇で大事な時期なんです。時間が無いので、宿題は無しでお願いします。家庭で保護者がこれでは･･･　　　ハァ〜〜アため息</description>
      <pubDate>Mon, 25 Nov 2019 14:36:12 +0000</pubDate>
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      <title>既得権？20191112</title>
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      <description>毎日業務をしていると、通常では考えられない事態や要望が舞い込んできます。本当はダメな変更や、特別待遇や、無料奉仕のサービス業務です。生徒でも、保護者でも「してもらった」と思って頂けて、その後の関係を円滑にする切っ掛けや導入になるのなら、私も多少のボランティアも苦ではありません。しかし、中には、何度も何度も当然のように繰り返し「すみませんねぇ」とか「皆さんには内緒にしますから…」と、平然と繰り返し求められる方がいらっしゃいます。本当に困ったように相談されたので「本当はダメなんですが、今回だけですよ」とはっきり言ってお受けしたのに、次回からは「えぇ〜っ？前回は良かったのに…」と仰います。こういうタイプの方は、何でも、一度でも許すと『自分だけの特別な既得権』のように思われるようです。勿論、状況やルールや相手の立場を考える事が出来ない環境の中で毎日を過ごしているので、生徒も、説明者の言葉の内容を理解すること無しに、自己主張をし過ぎて、成績は中々・・・です。既得権だけじゃ無く、義務はほとんど無視なのに、権利だけは1000％要求する風潮。どっぷり浸っている生徒は、やっぱり成績上がり難いですねぇ？</description>
      <pubDate>Tue, 12 Nov 2019 01:34:32 +0000</pubDate>
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      <title>家の子に合わない？20191112</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133075/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-133075/</guid>
      <description>いくら言っても成績が上がらないどころか、慣れてきて、更にワガママがパワーアップしている生徒についての話です。「だってぇ、私のやり方と違うんだもの〜」「私は、そのやり方は嫌い。私はこっちのやり方が好き」「え〜っ、私のやり方じゃあダメなの？」それを何度も説明しながら拒否していたら、段々不機嫌に・・・。後日、お母様から「娘から聞きました。娘の成績とやる気のために、娘のやり方に合わせてやって下さい」と。『正しいやり方をしないと、後々困りますし、成績が上がり難いですよ』と受け付けませんでした。後日、「ここの塾は、家の子には合わないみたいですね」と退塾の申し出が。生徒が本当にそう言ったのか、お母様のプライドの逆鱗に触れたのか…。習う方が、できない方が、教えてもらうのに、「自分のやり方に合わせろ」と平気で求める。金の力で何でも叶うと「テレビＣＭ」で煽り過ぎでしょう。それを信じている親だから、いつまで経っても生徒の成績が…。また、親がそれを許しているから生徒も自分を主張しすぎて、間違いを修正したり、我慢したりの訓練がされていないので、学力が上がり難いのだと思います。それでも、その要望を受け入れて、成績は下がり続けても、機嫌だけ取り続けて、たっぷりしっかりお金だけを取り続けている塾が何と多いのでしょう。と、貧乏なのに、儲け下手なのに、「偉そうな塾」の塾長の主張でした。</description>
      <pubDate>Tue, 12 Nov 2019 01:01:40 +0000</pubDate>
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      <title>指示に従わないのなら、どうすれば？20191106</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132982/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132982/</guid>
      <description>最近、「体罰」とか「罵倒」とかがテレビで多数報道されています。勿論、感情にまかせた我が侭や暴力は、『絶対』にダメです。私も分かってます。しかし、その事柄に到るまでの色々な出来事や、その時の生徒の態度・対応は全く省みる事無く、100％いや1000％くらい先生の責任だけを特別(面白おかしく)にピックアップして報道されます。指示や指導を聞かない(従わない)生徒。指導を無視して「悪態」を続ける生徒。それを止める(止めさせる)方法を、全て取り上げておいて「指導力が無い先生(指導者)」と言うマスコミや「きれい事論者」の大人。その上、最高の結果を必ず出す(残す)事を求められる。それって以前、若い先生が、男子高校生に殴られても耐えている場面が報道されていましたが、まさにこれを求めているのでしょうか？指示を無視して素直に従わなくても、「先生なんだから、何とかしろよ」とか「有名な指導者なんだから、ここに居るだけで何とかなる」って平然と指示と逆の行動をする生徒。その上、無視しても指導者が反撃して来ないことを知っているので、平然と続けている生徒。これで、結果だけは求め続ける大人。こんな簡単な理論が理解できない人が、何で「大人」として居るんでしょうかねぇ？良い結果に向けて、少し厳しい行動に出る指導者。なのに何でもかんでも「厳しいのはダメ」「生徒の意見を聞いて」「生徒の気持ちを優先して」と言っている大人。自分が「素直に従うこと」を教え込めて無いのに、「私はやった」「私は言った」と平気で放っておいて、他人には多大な結果を求める人。その過信が子どもの無視とスルーを助長しているのでは？何度も言いますが、指導者の個人的感情の為の行動と暴力を容認しているのではないですから･･･。誤解の無きように。</description>
      <pubDate>Wed, 06 Nov 2019 22:11:03 +0000</pubDate>
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      <title>やり方の違う生徒に注意しても･･･20191104</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132955/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132955/</guid>
      <description>「聞けばできる！」「習えばできる！」「教えてもらえばできる！」と思っている人が、成績下位者の子や親ほど多いです。勉強(特に算数・数学)は、計算問題のように、単純な作業を繰り返していれば、その内にできるものではありません。勉強には、「何で？」「どうすれば？」「どんな結論になりたい？」「何をすればそうなる？」「何を使えばそうなる？」と、脳と記憶を使って、考える行動と過程が必要なのです。「とにかく早く終わらせたい」と、単純な計算だけで『良い子』を目指してきた生徒は、図形題や文章題や応用・併用問題になると『何がなんだか･･･』となり、勉強(特に算数)が嫌いになります。「やり方や意識が違うよ！」と言っても、「そんなことは無い」「これまでは、これで良かった」「これで褒められてきた」と素直に従わない場合が、かなりあります。思い込みの考えや行動を変えず指導者や指示者の言葉を、とにかく「無視」「スルー」「上辺だけの返事で、実は全く聞いていない」行動が実に多いです。「家の子はちゃんとやったと言っている」「何〜〜に。あの先生の教え方はダメね」と、原因は生徒の「無視」「スルー」なのに、『結果だけは絶対的に保障しろ』の風潮が非常に多いのも事実です。極端な話、生徒自身が素直で必死に学びたい心を持っていれば、塾にも学校にも行かなくても、教科書さえ手元にあれば、平均的な学力は身に付きます。そうじゃないのは、生徒か親の認識か意識か行動に疑問があるからです。親自身も、そこのところを認識しておくべきでしょう。</description>
      <pubDate>Mon, 04 Nov 2019 14:46:59 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>塾長の休日20191031</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132898/</link>
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      <description>時々お伝えしている様に、教室では、年に１〜２度だけ、平日のお休みの日があります。殆んどは、授業は無くても、定期テストの質問対応や模擬テスト・講習会等で、塾長は休みではありません。その数少ない休みが、１０／２９・３０・３１日にありました。しかし、生徒からの要望で、１０／２９は質問日になってしまいました。しかし、３０日と３１日は無理してでも休めたので、無理して休みました。そこで、家でジッとしているのが嫌な性格なので、予想通り「お出かけ」しました。３０日は、随分前からお参りしてみたいと思っていた、松江市の神社にお参りし、その他少しだけ周りの観光もして帰りました。３１日も、以前からず〜〜っと見たいと思っていた、海上自衛隊呉資料館(通称;てつのくじら)と、おまけ(失礼)で、呉市海事歴史科学館(通称;大和ミュージアム)に行きました。「てつのくじら」は無料で、大和ミュージアムは有料でしたが、私個人的には、「てつのくじら」の方が興味深く、長い時間滞在しました。あくまでも個人の感想ですので、悪意を持って受け取らないで下さいね。とまぁ、普段は中々行けない場所に行くことができました。しかし、生徒たちに「お土産」を買って無いので、今回は行き先と内容は内緒です。以上、報告でした。</description>
      <pubDate>Thu, 31 Oct 2019 22:40:39 +0000</pubDate>
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      <title>我が子を見ていない？20191023</title>
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      <description>近年、度々出くわす場面に「お母さん。あなた、我が子の事を本当に見てますか？」があります。「何〜に、言ってんの？失礼ね！大切な我が子の事よ。誰よりも見てるに決まってるでしょ！」とお叱りを受けそうですし、実際にお叱りを受けたこともあります。しかし、毎日、生徒と接していると「楽だから･･･」とか「面倒臭いから･･･」「バレなければ･･･」「今まではこれで何とか･･･」といくら親に注意されても「心と全く逆の返事」だけしておいて、注意の内容はスルー(無視)する事が多発しています。「話したら、家の〇〇ちゃんは、分かってくれましたし、頑張るって言ってくれました」っていうお母様の言葉も何度も聞きました。生徒に『お母さんとは、どんな会話をした？』って聞くと、「頑張るんよ」「先生の言う事を聞くんよ」と言われたと教えてくれました。『ずる賢い知恵』が付いてきているティーンズに、キチンとした指示も確認もせずに、こんな「幼児に言うようなきれい事」を言って済まそうとしているから『舐められて』無視されているのです。「まさか、家の子に限って･･･」その「まさか」が子どもの現状なのです。ここまで言うと「だって私にも仕事が･･･」「何度も言ってるんですけど･･･」「今日び、叩くわけにもいかないし･･･」「えっ？私の子育てが失敗だと･･･」「私の躾が間違っていると･･･」と色々と理由(言い訳)が出てきます。「初めての子だから･･･」「周りのママ友に相談しても、そこの子と、そんなに違いが･･･」と言われる方もいらっしゃいます。だから、私たちがお伝えしているのです。初めてで分からないから、思い込みをせずに、経験者に経験を聞くのです。周りのママ友は、他人に厳しい事は言いません。我が子のことと自身の立場が優先ですから･･･。親身にあなたの心には寄り添ってはくれませんよ。親自身が「楽に子育てをしたい」とか「お金を払ったのだから、全て塾(学校)の先生が･･･」と真剣に取り組まないから、我が子も親の心を見ているのです。子どもの事を本気で考えて、本気で心の中まで見てあげて下さい。過信せず、思い込まず必死で見てあげて下さい。じゃないと、私たちが教室で「頑張れば頑張るほど」お母さんの認識と違う指導になって、嫌われるだけですから。辛いです。</description>
      <pubDate>Wed, 23 Oct 2019 15:41:26 +0000</pubDate>
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      <title>幼い小・中生男子20191016</title>
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      <description>昔から、思春期の男女性差の成長速度の違いは言われていますが、近年は、その速度の遅れが追い付くよりも早く、「知恵」と「プライド」と「過信」によって、多くの小学校５・６年、中学校１・２・３年生男子生徒が幼いままに年齢だけ積み重ね、意識と行動と自己責任が幼いままで平然と過ごしています。例えば、「〇〇するんよ」と指示しても、３割も出来ていないのに「僕はやった」「絶対やった」となります。相手の意図や指示の内容を聞き取る意識よりも、「僕は･･･」「たぶん･･･」が優先されます。何度かそれを繰り返した後、内容理解を確認すると、ほぼ伝わっていません。「今日、家で、△△をして来てね」の指示も、やっていないので確認すると、「やったもん」の主張一本です。何を言っていて、どこまでやる事を言っているのかでは無く、「何かこんな感じ。僕はやった。これで100％」と悪意で『スルー』しているのではなく、本当に『小学低学年か幼稚園程度』の日本語理解力・コミュニケーション能力しか無いのです。何度か繰り返して「スルーせずに、最低〇〇だけはやって来い」と確認しても、やはり、同じ事をするので、きつく叱ると、直ぐに泣き出すのも特徴です。先刻まで、ふてぶてしく、口を尖らせていた生徒が、突然に泣き始めます。時々、その後で、お母様から連絡が入ることもあります。その言い方が共通しているので笑えます。「家の子、大きな声で言われたり、きつく叱られると、頭が真っ白になって、何を言われているのか理解できないらしいんです。ですから、優しく、ゆっくりと、何度も言ってやって下さい」です。「だから、こんなに幼いのに、我が侭でプライドが高くて学力が低いんでしょ」と言いたい気持ちを「ぐっ」と押えて、「分かりました」とお返事しました。私は嘘つきですか？後日、生徒に確認すると、お母様とは「ちゃんと、先生の言う事を聞くんよ」「言われたことをキチンとするんよ」とだけ会話があったそうです。勿論、こんなにふてぶてしくスルーしているのに、お家では、きつく叱られたことも、(もちろん)叩かれたことも無いそうです。ある生徒に話を聞いた時、「だって、何とかなった。」「お母さんが何とかしてくれた」「学校の先生は怒らなかった」「違えば、何度でも言ってくれる」「言われた事の内、絶対やらないとダメなものだけ済ましておけば許された」「聞いた」「書いた」「出した」「バレなければ･･･」「多分分からない」だから完璧！と、小学校１〜２年レベルの中学生が居るのですよ。それを、お母様は「家の子は良い子。勉強だけ教えてやって下さい。教えて貰えばできる筈です。言ってもらえば、やる子です」と歳相応では無く、いつまでも「うちの可愛い〇〇ちゃん」で接しておられます。長子(もしくは一人っ子)の男の子にこの傾向がつよいです。もしくは、「跡取り」に期待して、大切に過剰に優しく祖父母に育てられた男の子にも見られます。(偏見だと許して下さい)</description>
      <pubDate>Wed, 16 Oct 2019 18:41:57 +0000</pubDate>
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      <title>悪口ばっかり？自己嫌悪20191005</title>
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      <description>ここ数日、少し言葉汚く悪口ばかり連ねていたことに、少し自己嫌悪です。何も、「悪口」や「けなし」が言いたくて、この「ひとりごと」を書いているわけではありません。「子供たちとの毎日の喜びや達成感や少しの怒りが書ければ…」と始めたのです。ところがところが…………予想・創造以上に、私の想定の範囲を超える出来事が連日発生し、近日に至っては、毎日複数個の事件が発生し、「ひとりごと」にでも書かなければ寝れない事態になっていました。そこで、愛読者の皆様(毎回言ってるけど、本当にそんな奇特な人居るのか？)の不快感も考えず、ぶちまけていました。私だって、どこぞの塾のように、「成績が上がったと実感している人が90数％。我が教室はバッチリです。どうぞ、我が教室を信頼してお越し下さい」と良いことだけを沢山書きたかったですよ。現実が違いすぎて、私の我慢が足らなくて、こんな状況になってしまいました。ゴメンナサイ。反省します。自己嫌悪です。と、一応反省の形をとりましたので、また明日から一杯思いのたけを書くことにします。懲りない塾長でした。</description>
      <pubDate>Sat, 05 Oct 2019 23:38:55 +0000</pubDate>
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      <title>認識の違い？言語の違い？20191005</title>
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      <description>塾の開校当時には、あまり思わなかった事態が、近年は頻発しています。いくら言葉を尽くして説明や指示をしても、３割も伝わらない生徒。いくら、注意や叱責をしても本人的には納得していない生徒などです。何度も何度も説明して、「今度こそ覚えとくんよ」と言ったことでも、覚えて無いので「何で覚えて無いの？」と言うと、『覚えたもん』と不機嫌な返事が返ってきます。私たちは、必要な時に、いつでも出てくることを「覚えた」と認識しています。しかし、できない生徒たちは「覚える行為」をしたことが「覚えた」ことであり、現実に覚えたかどうかはどうでも良く、「覚えるという行為を頑張ったから僕はやった」だそうです。もちろん、きれい事大好きな大人たちも「能力の違いはあるんよ。本人が頑張る姿が大切なんよ。結果を責めてやるのはお門違いよ」と訳の分からないことを言って庇うので。できない生徒は余計やりません。もちろん、「できて無い」って叱ると、「できてるもん」「これ位で良いって、学校の先生が言ってたもん」「クラスの〇〇君(最下位の子)よりできてるから、そんなに酷く無いもん」と自慢顔です。保護者でも「家の子、小学校で、いつも60〜70点とってくるから『中の上』です。中学受験して△△中へ行かせたいです」と仰る方が居られます。「えぇっ、ちょっと･･･」と言うと、「何ですか、家の子をバカだって言われるのですか？失礼な･･･」と怒って帰られます。これらも、全て、言葉を知らないのか、定義が違うのか、認識の違いだけなのか、本人が■■だから思い込んでるだけなのか」です。迷惑だって言っても、「私は迷惑を掛けたことは無いし、迷惑なことを言ったこともしたことも無い」って言われます。「色んな考えの人がいるから･･･」とか「色んな考えの人の存在を受け入れて共存しないと･･･」といわれますが、こちらが「〇〇して下さいね」とか「△△は決してしないで下さいね」と言っても、平気でそれをやっておきながら、「私はやってない」とか「そんなことはない」とか、果ては「誰にも迷惑を掛けてない」まで言われると、言葉の認識が違う人や、法律違反すれすれの人を、野放し(失礼。表現がダメです)にして「色んな考えの人が･･･」で許している今のきれい事社会は、「今後どうなんだ？」と思わざるを得ないのは私だけでしょうか？年寄りの冷や水です。すみません。</description>
      <pubDate>Sat, 05 Oct 2019 15:28:13 +0000</pubDate>
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      <title>とにかく塾に入ってしまえば・・・20191005</title>
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      <description>我が教室では入塾時に「今までの意識とやり方と量では、今までと同じ結果しか出ません。我慢して変化させた量が変化上昇の量です。意識改善もせず、塾に潜り込んでしまえば、塾が何とかしてくれるとは思わないで下さい。指示に従えないのであれば他の頑張っている生徒に迷惑です。その時には退塾して頂きます」と、生徒本人と保護者に念押しをして入塾して頂いています。ですが時々、良い返事だけをしておいて『嘘ついて』入塾し、何度注意しても、「返事とご挨拶だけが良い子」の幼稚園児を演じ続け、具体的な指示をしても無視し続け、「分かります」「やります」と言っていても、決してやらないので、「本心を聞くけど、放っといても何とかなると思ってる？」と聞くと、恥ずかしそうに「思ってます」と平気で答える輩が居ます。保護者にお越し頂いて、本人同席で、事実確認しながら内容を説明しても、保護者も「分かった？チャンとするんよ！」で終わりです。指示や宿題を無視し続けたので、「自分がどれだけ嘘つきかを、今日帰ってお母さんに話すことをして来い」と言っても、自分の行動は棚に上げて、私に怒られたことだけを話してきます。その時のお母さんの反応を聞くと「塾長の言う事を聞くんよ」で終わりらしいです。その後、１０個指示しても２〜３個だけして「やったもん」で済ます。テストの点数を上げたかったら〇〇しろって言っても「どうせ、俺はバカだから、５０点も取れたら充分よ」と言いながら、「でも、もし我慢をしなくても楽に点数を上げる裏技が方法があるなら、それが良い」とまで・・・。勿論、お母様はこの事実はご存じないです。「子どもに聞いたら『頑張る』って言ってますので、今度こそやってくれると思います」と仰います。ひょっとして、実はお母様も知っているのに、目を背けているだけかなぁ？本当に子どもの実態を知らない「□□親」かなぁ。いずれにしても、表面だけ「良い子」を演じて、きれい事を言っておれば、どんな「▼▼生徒」でも、「許して手を差し伸べてやれ」との風潮が、こんな親子を助長しているのでしょうね。</description>
      <pubDate>Sat, 05 Oct 2019 14:29:08 +0000</pubDate>
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      <title>半年で京大へ・・・20191002</title>
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      <description>今日、スゴイ話を聞きました。「たった半年の受験勉強で京大へ」です。内容を確認すると、勉強を強制するのではなく、「社会に出て使えるように、自分で考える能力をつけること」でした。何かが壊れたら、「内部はどうなっているのか」とか、字が汚いと「どうすれば改善されるか」を自分で考えさせたそうです。近年は、親が一から十まで手も口も金も苦労も我慢も出してやって、「家の子、まだ小さいから…」と、子供自身に人間力をつけるチャンスを与えず、中学・高校になって、「何にもできない…」とか「どうして家の子は…」とか「仕方ないから、大金を払って誰かに…」と、いかにも良い子育てをしているように仰る親御さんが増加傾向です。小さな時期から少しづつの訓練が必要なのですが、親自身が「考えず思い込みで」過ごした結果が「現在の子どもの状態」なのです。『人のふり見て我がふり直せ』の諺があるように、&amp;#12312;自分の考えは完璧に正しい。他人は黙っといて。放っといて&amp;#12313;の風潮が蔓延していますが、親がそうだから、子供も親の背中を見て、周りや他人を参考に見ないのです。『勉強なんて、「聞けば…」「教えて貰えば…」「習えば…」家の子も出来るはず』と仰る方が非常に多いですが、じゃあ、何で、毎日学校に何年も行っているお子さんが勉強できないのですか？子どもに「変わりなさい」って厳しく命令している親御さんも多いですが、親御さん自身も「子育ての反省をして変わろう」と思わないと、【世界一大切なお子さん】が変われる訳がありません。知識やテクニックだけで受験を通過して、社会で安穏として居られたのは昔のはなしです。今は「社会性」「自分で考える力」「自分から立ち向かう力」「自分で疑問・興味を持つこと」が最低限必要です。考えなくても身体を動かしていれば良い仕事は、必ずやロボットに取って変わられます。その時に、可愛い我が子が生き残れる力を付けてあげられるのは、親の「今」しかないのです。大学入試や高校入試の制度や出題傾向が変わっているのは当然ですよね。知識とテクニックだけで、超有名大学を卒業して、社会で使えない人間が激増している現状を見れば、誰でも分かりますよね。「綺麗事」や「とにかく何でも他人のせいにして、文句を言っておけば何とかなる」をボチボチ終了して、当たり前の事を、当たり前に自己責任で積み上げる世の中にしませんか？こんな大きな事を言っていますが、私は選挙にでるつもりはありません。「そんな事は、みんな知っている」ってか？あっ、そりゃ失礼しました。</description>
      <pubDate>Wed, 02 Oct 2019 11:16:43 +0000</pubDate>
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      <title>先生が、あんな事を言ったから・・・20191001</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132378/</link>
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      <description>ここ最近の退塾者のパターンが見えてきました。先生からの指示や具体性を理解していない(日本語が理解できていないか、定義が私たちと違う)のに、適当にやったフリで誤魔化したり、少しだけかじって「これ位でバレないだろう」と止めていたり、言われても返事だけでやらなかったり、無視して平然としていたりすることは何度も報告しました。その中で、たまたま先生が発した一言が「気に入らない」と、その事だけが理由のように、それまでの自分の行動や先生とのやり取りを全て棚に上げて、親に言い付けて、塾を責める。すると、親も出て来て「子供と色々話しましたが、頑張っているのに先生が悪口を言ったので我慢ができない。だから、もう絶対行かない」と言ってます。『先生、子供相手に厳しすぎるんじゃないですか』と現実確認よりも、子供の言い分を100％受け入れて、『子供は、もう完全にやる気を無くしてしまいました。せっかく頑張っていたのに…』と言って来られました。現状と要望とゴールをお聞きして、そこまでの道のりを説明し、不足している量とやり方を話してスタートしたのに、生徒が従ってくれなかったことは関係無く、子供の機嫌と結果だけを言って来られる。そりゃあ、ここまで苦労も我慢も継続もさせずに、こうやって来たのだから、現状になった筈です。なのに「この子には勉強は向かないんだと思います」と子供の成長のチャンスの邪魔をしているのです。私は「ごめんなさい」以外に言葉はありませんでした。この言葉をどのように受け止めて頂けたか・・・。「勝った」か「やっぱり私は(家の子は)正しかった」か。縁あった子供の将来です。「どうなってもいい」と放っておけるほどビジネスライクになれたなら・・・もっと儲かる塾になれたのでしょうが…。(´Д⊂ｸﾞｽﾝやっぱり、ずっと気になってます……。</description>
      <pubDate>Tue, 01 Oct 2019 21:26:22 +0000</pubDate>
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      <title>何でも金で手に入る？20190928</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132330/</link>
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      <description>近年、問い合わせや入塾説明の時に多い現象が、「あそこの〇〇塾に行ってたけど、全然成績が上がらなかった。ここは、料金が高いし、個別だから、お願いしに来ました」です。よくよく聞いてみると、『兎に角、勉強を嫌がるので、家の子の要望を聞いて、それに合わせて勉強を教えてやって下さい。志望校は△△高校です。』とか、『ちゃんとするように、何度も家で言うんです(後から生徒に確認すると、チャンとしいや。しっかりしいや。自分で考えや。しか言われて無いそうです)が、やってくれないので、連れて来ました。やり方が分からないって言うので、やり方を教えて貰えば家の子も出来るはずです。お願いします。』です。私たちは、勉強と同時に、考え方や人間力向上を指導しています。ただ、勉強の知識だけを一方的に説明しているのではありません。今後、更に上を目指してもらうための心がけややり方や量の話をしています。具体的には、生徒の志望校をお聞きして、ゴールと現状の距離と残り時間を考えます。現状からゴールまでの距離が遠ければ遠いほど必要な作業量が増えます。それを残り日数で割れば、一日の必要量が出てきます。これは小学生でも分かることです。今までと、同じ意識で同じ行動同じ量をやっていたのでは、今までと同じ結果しか出ないのは当たり前のことです。ところが、指示を無視したり、放っておいて、成績が上がらないとクレームに来る保護者。何なんでしょうね？当然、求めるものが高ければ高いほど、我慢や苦労も大きくなります。それができない生徒。その必要性と生徒の実態が分かっていない保護者。多過ぎです。「塾にお願いしたんだから…」「高い月謝を払っているんだから…」「家の子は…」「だって、お金を取るんでしょ」何を仰っているのか・・・？何でも、文句だけ言って、自分は何も変わらずに、何も我慢や苦労もせずに、金の力で自分の努力不足をごまかそうとする生徒と保護者。お断りすると、更に言われます。「何〜〜に、偉そうに。あなた、頭、どうかしてるんじゃない？客に対して・・・」はい。私は、この方がたと違って『頭、どうかしています』ペコリ</description>
      <pubDate>Sat, 28 Sep 2019 19:37:28 +0000</pubDate>
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      <title>信じてやる、性善説?20190925</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132258/</link>
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      <description>今日も、私学の中学の入試説明会に参加してきました。その中で、「数学の〇〇を教えると、じゃあ、△△ならどうなるの？◇◇では使えないの？と子供は自ら、次々と疑問と興味を持ってくれるから……云々」の話をされました。正直、『羨ましいなぁ』と思って聞いていました。何故なら、私学をキチンと受験して、合格して入学したような生徒です。勉強ができるような意識で勉強ができるように行動しているのです。質問されたら、次々と話してやれて、楽しい授業だろうなぁ。生徒も、次々と話が聞けて楽しい学校だろうなぁと思いました。何故、こんなことを言うかといいますと、現在の我が教室の小・中学生は、勉強とは、学校で分かるようにしてもらうもの。聞いたら、書いたら、習ったら、教えて貰いさえすれば、自分も同じようになれると信じ切っている生徒が殆どです。特に、プライドが高く、自分を過信していて、何度注意しても、図示しない、途中式を書かない、暗算で繰り上がり繰り下がりを間違える生徒に、「今の意識とやり方では、成績は上がらないよ」と何度も注意し、お母さまにも、勉強の優先順位が低すぎるし、生徒を煽てるのではなく、決められたやり方を自分の好みでやるのでは無く、指示通りに100％実行しようと自覚するように家庭で話し合って下さるようにお願いしているのですが・・・。ダメです。お母さまが、「チャンと言ってます。本人はチャンとやってるって言ってます。家の子が嘘を言うはずはありません。私よりしっかりしているので…」とのお答えが・・・。その上、「受験は絶対しますので・・・。」の一点張りです。受験は本人がするのです。塾は、知識とやり方を教えてあげるだけです。それを完全にするのも、程々にするのも本人しだいです。なのに、そのお母さまは、塾にお金を払ってるのだから、塾が何とかしてくれるはず。家の子が、先生の指示を無視するなんて・・・、聞かないなんて・・・、素直じゃないなんて・・・。あり得ない！と。さぁ、私の言い分を支持して頂けますか？このお母さまの意見に賛成ですか？答えは、皆様の家庭の中に、証人がいます。失礼をば、お許し下さい。</description>
      <pubDate>Wed, 25 Sep 2019 16:00:45 +0000</pubDate>
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      <title>来なくてよい生徒。来るべき生徒。20190917</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132135/</link>
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      <description>生徒の成績や実力。生徒の生活や性格。本当に色々です。塾に来ている生徒の中にも、具体的にやるべき事を指示しても指示しても、無視したり適当に２〜３割だけしてスルーして誤魔化したり、やっても無いのに「やった」「やったもん」で誤魔化す生徒。苦手な、嫌いな、できない単元を(単元ほど)家庭学習をして、分からない・できない物を見つけて塾に質問に来いといってあるのに「別になかった〜」とか「何で源氏は鎌倉に都を開いたのですか？」とのピント外れな質問で『やったこと』にしている生徒。自分のやってる行動や言葉で、どれだけの人に迷惑と不快感を与えているかは置いといて、少し「キツ目」の言葉で叱責すると、その言葉に引っ掛かって、「もう嫌だ。止めたい」とか言い出し、保護者も保護者で「家の子の心を分かってやってくれない」「子供相手に厳しすぎる」とか言い出す始末。上記のような生徒で、「質問や自習に来い」って言って、来る生徒はまだ少しは可能性が・・・。言っても言っても無視して来ない生徒。「質問や分からない問題無かったの？」って聞くと「無かった」って言って、ページの半分も出来ない・覚えていない生徒。その反対に学校でも成績優秀。模擬テストでもそこそこ上位。性格も素直で一生懸命。出来ない分からない単元なんて殆ど無い生徒が「ここだけ教えて…」と週に３〜４回質問に来て、その後、１〜２時間自習して帰ります。自宅でキチンと出来ていて、来る必要が無い生徒ほど塾に来る頻度が高く、「お前は、自宅学習ができないのだから、毎日でも来い」と言う生徒は、殆ど寄り付きません。その上、夏期・冬期などの講習会も、必要ない生徒の保護者ほど「先生。この回数で大丈夫ですか？」と問い合わせがあり。『この生徒は限りなく多く』と担当講師から希望されている生徒は「クラブの練習が…」とか「母さんの田舎に行くから…」とか「せっかくの休みだから、勉強を忘れてゆっくりしたい」との、訳が分からん答えまで………。指導している側の思いの『逆』の反応ばかりです。だからまあ、現状の実力になったのでしょうけどね。ただし、塾の開校当時に比べて、酷くなったのは、出来ない生徒の保護者の優先順位と自己肯定自己主張の内容です。何でも「自分は間違ってない」「自分はできている」「何〜〜に偉そうに。金払ってるのに」「家の子に限って…」「私の子育てに何か問題でも…？」と、全部『突っ込み』を入れたくなる内容を平気で塾に言われます。だから、生徒が………………言うのは止めときます。結果が全てです。</description>
      <pubDate>Tue, 17 Sep 2019 13:07:55 +0000</pubDate>
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      <title>今日で・・・今月で・・・20190916</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132124/</link>
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      <description>今日も、小さな事件(？トラブル？塾が悪い？)がありました。自分で自分の予定も管理できなくて、指示を無視してやら無くても、自分では「やってるもん。できてるもん。これ位で･･･」で、時間だけ経過して段々到達が難しくなっている生徒。強めの叱責を続けていると、心が折れたのでしょう「「私、何をどうすれば分からないから止めたい」と親に訴えました。親も「言い出したら聞かないので子どもの言うように、一端引きたい」と言って来られました。「厳しくして貰えるから･･･」と要望して来られたのに、厳しくすると、子どもの言い分を聞いて、「止めさせます」です。我が教室では、入塾時に「退塾の節には、前月の20日までの申し出で、翌月の末で可能です」との説明をして、誓約書にサインまで頂いています。今回もそれを申し上げましたが、「いいえ、今月末で･･･」と言われていましたが、後に「今日限りで･･･」に変わりました。過去の経験では、指示に従って我慢して成績上昇してくれた生徒の保護者は、ほぼルールを守って頂けました。しかし、生徒の行動に問題あり(？)の保護者は、ほぼ守って頂けません。「今週で･･･」「今日で･･･」「今月末で･･･」はまだ良い方(変な表現！)です。最悪の経験は「一昨日で止めさせます」とか「先月で止めたことにして下さい」までありました。勿論、「生徒が行かないのに、お金だけ払うのはちょっと･･･」は分かりますが、それは余りにも一方的な我が侭では？「我が子が言うんだから、分かってやるのは私たち(親)だけだから･･･」も分かりますが、だから、我が子の為なら、どんなルールも眼中に･･･？まぁ、これらの事はさておいて、指示を理解しよう、絶対実行しよう、と必死にならずに、何となく行ってるんだから(学校でも塾でも)何とかしてくれる(もしくは、家の子はできるはず)を当たり前に考えられている生徒や大人が、非常に多いのは何故でしょう？これは、地域性ですか？我が教室が異常に「バカ」にされているのですか？</description>
      <pubDate>Mon, 16 Sep 2019 16:03:15 +0000</pubDate>
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      <title>日本の文化が…!?風情が…!?20190914</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132106/</link>
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      <description>昨日の「中秋の名月」ご覧になられましたか？今日も、同様に綺麗ですよね。私は、愛犬「そら」の散歩で毎晩歩きますので、昨日も今日も満喫しました。昨日、小学生が「チュウチュウのめいげつって何〜に？」って聞いてました。これは可愛いもんです。別の小学生が、お迎えに来られたお母さんに「今日の月は綺麗なんだって！」って話してました。学校で言われたのか、誰かが言ってたのを聞いたのでしょう。ここまでは良い話です。問題はここからです。それを聞いたお母さんが「えぇっ？何が〜？何で〜？」と本当に知らない様子で聞いてました。テレビのニュースや新聞で数日前から言ってます。いくら新聞を購読していない家庭が多くなっているとはいえ、ネットニュースでゴシップばかり読まずに、日本の文化にも興味を持って、子ども達にも伝えて欲しいと思った私でした。こんなに「文化」や「行事」にこだわる私は「ジジイ」ですか？</description>
      <pubDate>Sat, 14 Sep 2019 20:44:19 +0000</pubDate>
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      <title>今日も悪口ですか？20190913</title>
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      <description>前回の来訪者への無礼な発言の数々、反省しております。今回は、内部の生徒の事例です。最近、日本語が分からない生徒が急増しています。「えっ〜〜、家の子、チャンと会話してますよ」と言われそうですが。それは日本語では無く。信号です。日本語力とは、読解力＋伝達力です。これらは、論理的思考力です。毎日の生活のなかで、親も仕事をしていて忙しいのは分かりますが、親が子供との会話を省略したり疎ましがってどうするのですか？キチンと聞かなくても、キチンと伝えなくても、親が「何となくこんな感じだろう」と分かってくれるのを見本として見せるのだから、子供も真似をするのです。スマホやテレビで情報や知識を得ているから大丈夫。と言う方がいらっしゃいますけれど、スマホの画面で文字を追っている時には、すべて受け身で流しているから、前頭葉が働いて無いと言われています。自身で紙上の文字を追う時には、文字を考えながら追っているので、動いているそうです。つまり、「便利だから…」と何でもスマホに頼った結果が日本語力の欠落になっているのです。学校でも教科書やプリントの内容が読めない生徒が増えているのです。「読めない」って言うと、すぐに『だから先生が居るんでしょ。先生が内容を説明すれば良いでしょ』との親御さんが多いですが、将来の試験会場で、そんな事ができますか？自力で読む訓練と何とか読み取ろうとの意識が足らないのです。文章に書かれている状況が理解できなくて、何を問うているのかが理解できなくて、最終的にどうしろと言っているのかも理解できない生徒が増加中です。「先生〜。分から〜ん」と言ってくる生徒は、まだ救いようがあります。しかし、多くの生徒は「放っとく」のです。「多分こんな感じ」「何かこんな感じ」です。日常は、試験中とは違います。分かるまで何度でも時間を掛けて、分かろうと思いながら繰り返して読む努力が不足しているのです。それをせずに「分からん」で放っとくので、余計に読解力と語彙力が付かないのです。世界は私の為にあるのでは無いのです。私が世界の為に、世界の役に立つために居るのです。自分を過大に評価して、楽して、誤魔化して生きても、何にも残らないのです。皆んなが皆んな、望むものを手に入れられるものでは無いのです。努力や苦労や我慢をしたものだけが手に入れられるのです。「私はやってる」「私は出来てる」と思うだけではだめなのです。手に入るまで努力をしないと・・・。ただ文句だけ言って拗ねていれば、欲しいものが手に入るのは「おもちゃ売り場の駄々っ子」だけなのです。親もそうです。他人に文句だけ言ったり、金だけ出して自分の思いを叶えようとしていませんか？初心に返って、「人のふり見て我がふり直せ」ですよ。あっ、まさに私のことかぁ？失礼いたしました〜〜〜。チャカチャンリンチャンリンデンデン。</description>
      <pubDate>Fri, 13 Sep 2019 16:04:16 +0000</pubDate>
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      <title>今日も悪口ですか？20190913</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132081/</link>
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      <description>「今日も悪口ですか？」と言われそうな位、毎日毎日事件が発生しています。先日、新聞折込をしました所、問い合わせや来塾や体験申込が続いています。これに関しては大変有難く感謝しております。しかし、有難い反面、『塾に何を求めているの？』『勉強を何だと思っているの？』と思うような内容や言い方の方が連続していて、少し困惑しています。例1中学で、そこそこ出来ていたので、中の上の高校に入りました。本人は自信満々で自分を過信しています。中学のクラブと同じものに入り。、毎日、クラブだけの日々です。夏休みも一切勉強せず、休み明けは提出物も全く出せていません。なので、学校の授業も分からなくなっていて、「拗ねて」いる状態です。私(保護者)も勉強するように言ったのですが、言う事を聞きません。だから可愛そうなのでクラブの隙間で勉強を教えてやって下さい。私たちにどうしろと・・・？例2中学2年ですが、学校には毎日行ってるけど、宿題も提出物もやりません。親が言っても聞きません。だから段々成績が下がっています。だから塾に来させるので勉強を教えてやって下さい。(この親御さんの言い分を私なりに解釈したことは、勉強は、ただ聞けば習えば教えて貰えばできる。でも人の言うことは素直にきかない。だから、高い金を払ってでも塾に入れたい。私は金もだすし、心配もしている。親としての責任はチャンとしている)例3家の子は良い子です。小学校でも先生に褒められています。テストもいつも70〜80点取ってきます。出来る子なんです。スポーツも頑張っていますし、本人もそちらの方を大切に考えていますので、親としても最大限手助けしてやりたいです。家で復習する時間が無いのでそんなに宿題や暗記に「やいやい」言わないでください。家の子出来るので、スポーツを続けられる中学を必ず受験させたいです。だから、時間がもったいないので、私が毎回送迎します(家まで３００ｍです)。突然練習や試合の予定がきまったので(と、2日前に)次の授業は休みます。変更してください。家の子、まだ小っちゃいので、全部、私がお世話をしてあげないと…。塾は奴隷ですか？(じゃあお前やれって言いそうになりましたが、ぐっと耐えて大人の対応した私は偉い？！)これは、単に私が我が侭で偉そうですか？私、そんなに間違っていますか？個別でしょ？だったら、家の子が来ているだけで、できるように、何とかするのが仕事でしょ？そのために月謝が高いんでしょ？学校と違って、お金を取るんだから、簡単にチョコチョコっと教えれば成績が上がる裏ワザを何か持ってるんでしょ！と、言われた方までいらっしゃいました。客商売ともサービス業ともの自覚はあるつもりです。ここまで「非常識(ある意味バカとも言います)な大人」とその人が大切にし過ぎた「宝物のような子供」が日本の大勢を占めるのでしょうか？マスコミも、少しは綺麗事報道を考え直しても良い時期がきているのでは無いですか？「人手不足」を叫ばれている社会で、多少勉強しなくても、非常識でも我慢できなくても、何とかギリギリ飯を食って行くことは出来るかもしれません。『人は人材だ』と言われています。人間であれば、すべてが人材になれる訳ではありません。人に学問と躾を施して、初めて人材になれるのです。言い古されている言葉ですが、家庭で躾。学校で学問。社会性。人間関係。地域ではルールを守ること。をせずに、結果の平等だけを求める社会風潮っていかがなもんでしょう。もちろん機会の平等は絶対必要ですけどね。すみません。今日は、悪口の域を越えていましたね。反省します。ペコリ。</description>
      <pubDate>Mon, 16 Sep 2019 20:48:07 +0000</pubDate>
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      <title>やっと、同意見が・・・20190910</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-132035/</link>
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      <description>先月から今月にかけて「公立・私立中・高等学校の入試説明会」が続いています。毎回、お声掛け頂いて、丁寧に注意事項を説明頂いて有難く、感謝しております。その中で、参加した学校の教頭先生の言葉の中に、私が常々言い続けている言葉とよく似た言葉が登場しました。それは「どんな学校であれ、どんな指導者であれ、習う方が素直に従って、教えて頂いたこと、やって頂いたことに感謝の気持ちを持てるような生徒は、卒業時には成績はアップしている」です。それを聞きながら「そうだよなぁ。最近は『子供を中心に…』とか『家の子の望むように…』とか、『あの先生(監督)の下に入ったんだから…』とか、『あそこは有名だから…』とかで、内容や結果よりも、見た目や綺麗事を判断の優先順位において、やって貰うことを『当然』の権利のように思ったり言ったりする生徒(保護者)が激増しているよなぁ」と思った次第です。さらに、「金を払っているんだから、当然でしょ」とか「何〜に、その言い方。お客に対して失礼ね」とか「そんな教え方じゃ無く、家の〇〇ちゃんには◇◇のような教え方をして下さい」まで言われたりして・・・。「申し訳ありません。私どもではそのやり方は出来かねますので、それだったら、お母さまがお家で教えられた方が…」と言うと「私じゃ無理だから、ここに連れて来ているんでしょ！何〜に、できないの？もう良いわ」と。何でも「とにかく、文句を言えば…」「とにかく言ってみなければ…」「してもらえれば儲け。できなくて元々…」「別にここだけが塾(学校・店・チーム云々)じゃ無いし…」「私(家の子)の成績が上がらないのは先生(学校・塾・監督)の『せい』」と、何でもかんでもヒステリックに他人を責める風潮。何とかなりませんかねぇ？数年前だったら、私学の先生や進学高校の先生が口にすることの無かったセリフを、近年、耳にするようになってきました。今までだったら、学校は全体を考え、経営を考え、評判を考え、事なかれ主義の綺麗事を言われていました。しかし、それも、限度を超える位の非常識な事件や行動が前面に出始めているのでしょうね。反面、私は「しがない小さな塾屋」ですから、倒産しても影響が少なく、自分のポリシーを貫いています。だから。開校以来、このやり方と内容を貫いてきました。ですが、学校が口にすると言うことは、余っっっっっっ程、酷い事例が増えているのでしょうね。子どものせいですか？親のせいですか？社会のせいですか？「だってぇ、生活のためには、私にも仕事が…」と言われそうですが・・・。皆〜〜〜〜んな、仕事があるのです。両親が仕事をしている家の子どもは、皆〜〜〜んな、だめですか？そんなことは無いですよね。一度、冷静に謙虚に正直に、自分を振り返ってみる必要が有るんじゃ無いですか？少しの我慢が必要なんじゃ無いですか？大人が！はい、すみません。塾長が率先して反省します。このお腹のでっぱりを何とかするために、「子供とのストレスが・・・」を言い訳に飲む焼酎の量を減らします…涙…ペコリ。えっ？そんな話じゃないって？失礼しました〜〜〜。</description>
      <pubDate>Tue, 10 Sep 2019 16:50:25 +0000</pubDate>
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      <title>「色んな考えの人が居る」とは言うけれど…20190908</title>
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      <description>私にも自分の生活がありますので、色々な関わりを持って生活しています。ご近所、親戚、家族等々です。その他に仕事上、生徒、保護者、学校関係者等々ともお付き合いがあります。近年「色んな考えの人が居るから…」とか「人、それぞれ自由だから…」とか「人は、皆んな違って皆んな良い」とか、色々言われます。それに関して、異議を唱えるつもりはありません。しかし、考えは色々あっても良いのですが、周り(他人or同僚or家族or社会etc.)に『迷惑を掛けても良い』権利までは許されて無いと思います。色んな考えの人に多く見られるのは、＊自分は絶対に正しい(過信)ので、他人の意見は聞かない。＊人の意見に、意地でも従わない(負けた気がするらしい)。＊万が一聞くにしても、同類の同じ考えの、自分を擁護して自分が良い気分(安心)できる、通称『ツレ』の言葉しか聞かない。＊自分と違う(気分を害されるor面倒臭い)場合は、徹底的にその人を攻撃するか、自分のことはさておいて、周りに有る事無い事無い事無い事を吹聴して『鬱憤晴らし』をする。＊そんな親を見ているので、子供も同様の行動をとる(当然です。生まれて此の方、それしか見た事が無いんだから…)。＊さらに、子供がやられると、スゴイ反射反応で、親が権利・作り話・綺麗事を持ち出して(時には、偉いさんや反社会的勢力の名前まで出して…)反撃してきます。我が子供には、僅かな原因も考えず、攻撃した人を1000％悪と決めて、「マイファミリー」を守りに入ります。以前、講師をしていた学校でも、当にその通りの母親・光景を目の当たりにしました。(詳細は伏せます。お聞きになりたければ来塾下さい（笑）)と、まあ、色んな考えとは、『我が侭』と『非常識』が多くを占めているのを「偽善化」するための「偽善語」だったのです。その色んな考えの方々は、知らないのに、一部の『ツレ』に聞いただけで「全てを知ってる」ように反論して来られますし、当に出来てないのに、「自分は完全にやった」と全てを別の理由にこじつけられます。何でもかんでも「全て周りの顔色だけを見て、自分を殺して我慢して…」と言ってるのではありません。社会で生きている限りは、周りとの協調と同調が不可欠なのです。少しは「周りを意識して」「周りから学んで」「周りと比べて」事実を認識して反省することが必要なんじゃないかと思います。子ども達にも、いつも言っています。「成長するためには、素直、我慢、継続が、必要です。注意をされたら『そんな事は無い…』と反発するのでは無く、自分はそんなつもりは無かったけど、周りには、そう見えていたんだと思って、一度は意見を聞きなさい。人間力が成長しないと、学力も成長できません」と。「色んな考えの人」は、『自分が知らない事。自分ができていない事。自分が他人に迷惑を掛けている事。言われている日本語と自分の言っている日本語の意味が食い違っている事』を知りません。だから平気でやりたい放題やっても『恥ずかしく無い』のです。この考え方を普通と思って育った子供たちが作る未来の日本。想像すると怖いですよね。まぁ、でも、私はもうこの世に居ない可能性もありますが・・・。と、言ってる私が、『色んな考えの人』の『最も自分勝手な人』の代表選手だとしても、私は気付いていません。ごめんさない(ペコリ)</description>
      <pubDate>Sun, 08 Sep 2019 11:16:21 +0000</pubDate>
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      <title>またまた、やられてしまいました20190831</title>
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      <description>ワイワイ。ガヤガヤ。お〜〜い。バキッ。コ〜〜〜ン。今朝、8時前に聞こえた音です。私は屋内に居ましたので、見ていませんが、想像では、男子中学生らしき数人の団体がにぎやかに(やかましく)通り過ぎて行く音でした。最後の「コ〜〜ン」が気になって、表に出て見ると……、やっぱり、またまた紅白のポールが折られて、投げ捨ててありました。以前も言いましたが、確かに安いものです。目くじらをたてる事ではありません。しかし、他人の物を壊して、知らんぷりをして、『逃げ得』を試みる根性が嫌いです。ごめんなさいを言ったら、その瞬間に許します。しかし、それは、ありませんでした。以前、生徒が乱暴に扱ったので、教室の備品を壊したことがありました。勿論、わざとじゃないので、弁償させるつもりはありませんでした。しかし、壊したことは正直に言うように話したところ、親が出て来て「何〜〜に、ちょっとしたことで…、子供のしたことに、目くじら立てて…」「子供から金を取るの？金金金なのね」と言われたことがありました。こんな親だから、こんな子になるんだなと思いました。「子供のしたこと…云々」はご家庭ではご自由に処理して下さい。「金金金…云々」は、言ってません。この親の価値観。この人も同じことが起こったら、逃げるんだろうな…。「僅かな金額に目くじら立てて。大人げない」とか「バレなければ良い」とかなんとか、『屁理屈』並べて……。若い世代の群衆心理で、少し羽目を外した位が盛り上がって楽しいのは分かりますが、他人を巻き込んでまでのそれが許されるかどうかの判断が付く位の家庭教育は必要だと思いました。</description>
      <pubDate>Sat, 31 Aug 2019 08:49:44 +0000</pubDate>
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      <title>覚えるという習慣・・・20190828</title>
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      <description>夏休み前後に、何人かの生徒の入塾や、問い合わせや、体験授業を頂きました。小学生から中学生が中心でしたが、殆どの生徒の傾向が同様なことに驚きました。それは、「今までの学習に『覚えておく』という勉強法が存在していなかった」ということです。幼稚園からず〜〜っと、言われた→書いた→褒められた→終わった→忘れた。で過ごしてきているように感じました。すべてが、その場を終わらせることにだけ意識して、次回・後日に使うという意識や準備が見られません。勿論、簡単な用語もルールも分かっていませんし、残っていませんので、中学生になっていても、1年前のことどころか、先月の単元も残っていません。これで「勉強を教えてやって下さい」と言われても……困ってしまいます。「違うよ」と、修正の指導をした時、素直に耐えて『変わろう』としてくれる生徒は、まだ可能性があるのですが、『そんなことないもん。今まで先生には褒められてきたし、今まで困ったことも無いし、このやり方で何とかなってきたもん』と、問題を指摘した私を問題視してくる生徒は……「ごめんなさい」しか言えませんでした。勉強とは、先生の指示を聞いて、分からなくても、何でも、とにかく作業を終わらせるものではありません。質問や求められているものを理解して、持っている知識や技術を組み合わせて利用して、論理的に結論にたどり着く能力です。間違っても、「〇」を貰うための一時しのぎではありません。『理解する』『覚える』っていう作業がスタートです。それもせずに、「聞いただけで、何とか成績を上げて欲しい」を求められた方が何人かいらっしゃいましたし、今もいらっしゃいます。私は、どうしたら良いのでしょうか。嫌われるのを覚悟で、言い続けるしかないのでしょうね。これでは、私は永遠に嫌われる為だけに頑張っていることになりますね。涙涙。私も、近所の某塾のように、優しくて綺麗ごとを言って、沢山月謝を頂けて、儲かる塾になった方が良いのかなぁ。たぶん、それをすると、私はストレスで、もっと毛が抜けると思います。誰がハゲやねん。あっ、誰も言ってないか。兎に角、受験生にも「根拠を分かれ」「そしたら覚えろ〜〜」と言い続けている今日この頃です。失礼しました〜〜〜！</description>
      <pubDate>Wed, 28 Aug 2019 01:10:07 +0000</pubDate>
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      <title>無視？スルー？放置？理解できない？20190827</title>
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      <description>最近の生徒に多発している(地域性？我が教室だけ？)のは、指示を無視・スルー・放置・やったことにして嘘の返事をする、です。説明して、「分かった？」って聞くと「うん」って返事をするのに、「じゃあこれは？」って聞くと「？？？」と固まる子。「答えや〇や終わることを欲しがらずに、相手が何を言ってるのかの内容を分かりたいと思って聞け」といつも言ってますし、「分からなかったら何回でも聞いて良いから･･･」とも言っています。「分かったら、再度、順を追って自力で解いてみること」も言い続けています。しかし、嫌いな面倒な内容なので、質問することはありませんし、後で自力でやることもありません。つまり、指示を無視・スルー・放置したのです。受験生の家庭学習時間の不足と、復習の不足を感じたので「今日、分かったこと、今日聞いたことを、家で〇〇時間以上自習してくること」と指示してあったのに、「やってるよ〜〜〜」と言いながらノートを眺めるだけで『分かった気』『出来てる気』で、実際は30分から１時間で終わり。それで偏差値を10以上上げてくれとは･･･。ふてえ野郎だ。中１生が、『覚える』『知識を組み合わせて使う』という意識が無く、目の前で言われたことだけをしているので、「眺めるだけにせず、根拠や用語を思い出して、何でそうするのかを順を追って家で見直して来い」と言っておくと、本当に、家で順を追って眺めただけで、覚えて来ないので、翌日にはドボン！本人談。「帰ってからだし、家の中のことだからバレないと思った」「万が一バレても、他人に怒られることなんて無いと思ったから･･･」です。思いっきり、怒鳴りつけてやりました。高校生に英語の長文宿題をだしました。すると、単語の意味が無茶苦茶な訳を書いてきます。「どうして？」と確認すると、「多分こんな感じかなと、雰囲気で訳した。習っていない単語だから･･･」と放置です。この生徒は、中学で、先生が全部単語を説明してくれたから、自分で単語を調べる意識が無かったのです。何度も「自分で辞書で調べなさい」と指示しても、相変わらず･･････無視です。こんな行動をする生徒の保護者ほど、塾に「結果の責任」を求めます。正直、私たちにどうしろと？この様に、無視・スルー・放置は日常に起こっています。勿論、本人たちは「悪意で無視・スルー・放置」をしているとは思ってません。ただ単に「この方が楽だから･･･」とか「どうせバレないだろう」とか「まさか先生が攻撃・反撃してこないだろう」と思って、気軽な行動です。政府も、それを助長する法律を作ろうとしています。子どもの考えを･･･とか、子どもの意思を･･･とか、家の子がマサカ･･･、とか、「ダメなものはダメ」と３歳から小３位までに叱って無い事が原因と考えられます。「うちの子。まだ小さいから･･･」と言う方がいらっしゃいます。小さいから、素直に聞いて分かって覚えてくれるのです。大きくなって知恵が付いて、ごまかし方を覚えてから言うから『無視・スルー・放置』をするのです。とことん子どもと向き合って、きれい事では無い現状分析をし、対応を話し合い、行動を約束し、途中と結果を確認し合う。こんな当たり前のことをせず、「私はチャンと言った」「子供が聞いてくれない」と放置の見本を見せないで「苦労の見本」を見せて下さい。と、偉そうに言ってる私も、我が子に色々失敗したからこそ分かった事が多いのです。私で良ければ、相談に応じます。但し、お母様に厳しい言葉が出ても、反撃しないでくださいね笑笑</description>
      <pubDate>Tue, 27 Aug 2019 15:37:26 +0000</pubDate>
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      <title>色んな考えの人が…20190827</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-131829/</link>
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      <description>「色んな考えの人が居るから･･･」とか「人それぞれの思いが･･･」とか、最近、よ〜〜〜く耳にします。それを否定するつもりもありませんし、「そうだなぁ、平和な時代だなぁ」とも思います。色んな考えを持つことは構いませんが、それで他人を巻き込んで、振り回すのは止めて頂きたいと思います。子どもの生活時間の管理や躾をしていないのに、「家で勉強しないので何とかして下さい」とか、子どもが何をしていようが、どんな状況であろうが、自分の都合や感情で、指示や外出を実行し、『成績が上がらない』とクレームに来られるとか、「やってるもん」「皆んなより多いもん」「言われた通りにやったもん」「「嘘ついてないもん」と、『やってる』『できてる』『言われた通り』の定義が間違っているのに、自己主張して、自己保身をする生徒と、「家の子が言うんだから･･･」と更に子どもを守ろうとする親。とか、「家の子は中学の時に、周りの誰よりも優秀だったし、私の言うことはは絶対に従うんです。優秀な子なので、本当は優秀な子ばかりを受け入れている〇〇塾に入れたいんですけど、クラブと距離の問題で可哀想なので、ここの塾で我慢します。私のやり方と、子どもの要望通りの指導をしてやって下さい」と、『この人、頭が〇〇ってるんじゃない？』と思うような色んな考えの人まで･･･。色んな考えや価値観は当然ですが、自分を過大評価している人と、只、負けたくないので、意地と我が侭だけで大声で喚いている人、同じ様な考えを持っている人たちだけで集まってお互いを安心させいて(これを同類相憐れむと言います)、他の考えを一切受け入れず他の考えの人を陰で他所で批判している人。また、全てを他人のせい。世間のせい。行政のせい。にしている人。こんな人を「色んな考えの人・・・」の分類に入れて欲しくないですよね。「色んな考えの人」は討論や話し合いや意見交換が出来る人のことで、この様な人々は単なる『我が侭』『自己中』『非常識』だと思います。とまぁ、偉そうに言ってる私も、この方々から見ると、『自分を何様だと思ってるのかしら』『どれだけ自分を凄いと思ってるのかしら』『この塾長、頭、大丈夫かしら？』『だから、生徒が増えなくて、儲からないのよ！』と更に色々言われているのでしょうね。反省します。はい、とぅいまて〜〜〜ん！(古い。古い、古〜〜〜〜い)</description>
      <pubDate>Tue, 27 Aug 2019 14:09:08 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり日帰りで…20190817</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-131653/</link>
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      <description>以前から、「連休ができると、必ず１日はどこかへ出かけたい」と言っていましたが、今回も１日だけ出かけてきました。14日と15日は台風対策と盆参りでバタバタでしたので、引きこもりでした。16日は朝、少しだけ風が残っていましたが、またまた山陰まで…。たしか、昨年も台風の前日に山陰に・・・。私、何か、悪い事をしました？娘の義母さんの眼病治癒をお願いに「一畑薬師さま」へ祈祷をして頂きました。そのまま、出雲大社にお参りし、「割りごそば」を頂きました。毎回、何か新しい勉強をしてかえるのですが、今回は「稲佐の砂」について学びました。海岸に行ってお参りし、砂を持ち帰って納めて、代わりの砂を頂いて帰るのです。私も頂いて帰りました。敷地の四隅や神棚・お守りと色々御利益があるそうです。毎回、似たような行動ですみません。その後、今日から通常の夏期講習に戻りました。あ〜〜ぁ。しんどい。でも、頑張らねば・・・。</description>
      <pubDate>Sat, 17 Aug 2019 19:33:22 +0000</pubDate>
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      <title>私だけじゃ無かった・・・ホッ20190812</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-131599/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-131599/</guid>
      <description>私は、とある教育指導者のブログ？メルマガ？を拝読しています。昨日、その方のブログに「クレームを受けたことがない」と書いてあり、興味深く開いてみました。その方曰く、以前は少し違う仕事をしていて、色々とクレームやお褒めを頂いて、喜怒哀楽の日々だったし、「儲けなきゃ」「生徒を増やさなきゃ」に苦慮していたそうです。ところが、頑張れば頑張るほど、クレームと退会が増えたそうです。「儲けなきゃ」の気持ちが、頑張ってくれない生徒や協力して頂けない保護者をも受け入れて、頑張れば頑張るほど『分かって頂けなくて…』『成績も上がらなくて…』クレームや退塾に繋がる「負のスパイラル」に入ったそうです。その後、少しだけ形態を変えて新規スタートを切ってからは、前述の通り、クレームは無くなったそうです。その理由として「長くやってると、この人はクレームを言いそうだなとか、この人とは喧嘩になるなと、何となく分かるようになったので、入り口でお断りして入会して頂かないので…」だそうです。実は私もそうだったんです。オープン当時や急激な人数減の時期に、『兎に角生徒が欲しい…」と入塾時の面談を少し甘くして入塾して頂いて、結局クレームや退塾になった経験があります。ですから、近年は、入塾時の面談を『細かいなぁ』『うるさいなぁ』『偉そうに…』『入ってやるんよ…』の声にも負けず、細部までお聞きし、意思確認をし、納得して頂けた方だけ受け入れるようにしています。しかし、この方のように凄い人間では無いので「クレームゼロ」は実現できていません。「〇〇を△△までやらないと許しませんよ」と話して、納得して頂いて入塾して頂いた筈なのに、△△の定義や量の認識が根本から違ったとか、露骨にお断りしているのに、「お金払う方が選ぶ権利がある」的な言動で、無理やり手続きをされてやっぱりクレームを言って来られるお母様もおられます。こんな時には「まだまだ修行が足らないなぁ」と反省です。勿論、生徒増→売上増→ひいては儲けが出る、を思わないことはありません。しかし、クレームや途中退塾が続いて、生徒も保護者も先生も私も誰も笑顔に成れない生徒増よりは、「ゆっくりでも確実に全員の生徒の結果を皆んなで喜べる貧乏塾」の方が私は幸せだと毎日『貧乏』に耐えています。成績良い子か成績下位の子かは問題ではないのです。素直で嘘をつかない我慢できる生徒なら確実に希望を叶えてあげられるのです。勿論、お母様も同じです。その為には、(私だけではなく、有難いことに、我が教室の先生は、全員が同じ考えなので)かなりの協力がしてあげられるのです。今日は、ちょっと格好良いことを言い過ぎました？いつも生徒に「うるさい。くそじじい」と言われても耐えているので、今日だけ少し、格好付けさせてもらいました。テヘ、ペロ！</description>
      <pubDate>Mon, 12 Aug 2019 00:50:05 +0000</pubDate>
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      <title>またまたまたまた言われました！20190809</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-131560/</link>
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      <description>以前にも何度も言ってますが、またまたまたまた言われました。あの人、変なんよあの人、頭おかしいんかねぇあの人、古臭いんよいつまで軍隊教育を望んでるんかねぇ厳しすぎるんよこのＩＴ全盛の時代に・・・子どもが嫌がってるのに、成績が上がる訳が無いじゃろ家の子は「やってる」って言うのに、「やってない」って叱るらしいよちょっと位、ええじゃないよねぇ何で、受験生と遊びに行っちゃいけないの？たまには休息も必要でしょ等、色々です。一つ一つ反論した方が良いですか？賢い、健全なお母さまにはお分かりですよね。大体、このセリフを言うお母さまの子は、絶賛成績下降中か、低値安定中が殆どです。そりゃそうですよね。勉強ができるための要件に、すべて逆行してますもんね。も〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜う！『[B]しんどい[/B]』でも、我慢するしかないのです。好きで選んだ仕事ですから・・・。</description>
      <pubDate>Fri, 09 Aug 2019 14:51:14 +0000</pubDate>
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      <title>お返事とご挨拶・・・?20190808</title>
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      <description>夏期講習とお盆の準備でバタバタの年寄りです。お許し下さい。さて、夏休みもおよそ半分が終わり、素直に真面目に従って、7月末までに宿題の大半を終わらせてくれた生徒と、返事だけは良いが、結局指示を『無視』して、ダラダラと過ごしてしまっている今までと何も変わらない輩との話です。小さな頃とか、学校限定とか、お家でのお母さまには「可愛くてしょうがない子」だろうなと思われる生徒がいます。それは、『お返事』と『ご挨拶』に命を懸けているような生徒です。塾に来ると、大きな声で敬語・丁寧語を使い挨拶し、何かを指示・注意すると、笑顔でハキハキと「はい！」と答えてくれます。「それのどこが悪いの？」とお思いでしょう？ここまでは問題ないです。良い子です。挨拶や返事は人としての基本・最低限です。しかし、小さな頃から、小学高学年・中学(時には高校まで)に至るまで、子供の成長に気付かず、いつまでも「キチンとお返事は…？」とか「ご挨拶はしたの…？」と、『良い子』を演じ続けてくれる我が子が可愛くてしょうがない方がいらっしゃいます。特に末子の男の子のお母さまです。生徒はその事に気付いています。「家の母さんは、他人の前で、挨拶して、返事だけしておけば、後は何していても怒らない…」と。上記は成長して、年相応の「ズル」を知っているので良いのですが、未だに「お返事とご挨拶がチャンとできているので僕は良い子。これでお勉強もできるようになる」と信じ切っている幼子も居ます。まずは、お母さまが、子供の年齢別の成長を認識し、「寂しい子離れ」を覚悟しないと、いつまでも「も〜う、いつ迄たっても、何んにも出来ない家の〇〇ちゃん」を作ることになってしまいますね。子どもはそれを上手く利用して「楽」をしています。「でも、どうしたら良いか分からないんだもの・・・」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、そんな方の相談相手が私の仕事だと思っています。でもね、そういう方ほど、「そんな事はないです。私はチャンとやってます。いつも言ってます。家の子は、そんなズルはしていません」と私を全否定されます。受け入れるか否かは後の問題です。話しくらいは、最後までキチンと聞いて下さいね。あっ、これは大人に対しては余計なお世話か…！失礼しました。ペコリ</description>
      <pubDate>Thu, 08 Aug 2019 11:27:49 +0000</pubDate>
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      <title>分かる分かる。その気持ち20190727</title>
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      <description>今、お墓参り(正確に言うと、お花の水替え水補充)に行ってきました。すると、墓所の隣のアパートの駐車場に、母子と見られる二人が帰って来られて、お母さまが一方的に女子中生と見られる子に大声で叱りの言葉をぶつけておられました。「…だから、先生が言ようちゃったじゃろう。自分の点数を棚に上げて、『〇〇ちゃんはもっと低い△△点じゃけえ』じゃあ無く、自分より低い子ばっかり見ずに、自分より高い子も見て、普段どうしてたら、あんな点数が取れるのかを気にしなさいって。お母さんも同んなじ事をいつも言ようるじゃろう」と罵倒に近い剣幕で話されていました。その後、生徒が車から降りないので、「何しょうるん、早よう、降りなさいや」と言い切ってスタスタと歩いて行かれました。生徒は渋々降りましたが、母親と距離を取り、嫌そうにゆっくりと歩いて行きました。ここまでをじっくりと眺めていた私は変態のぞき魔ですか？(のぞいてませんよ。向こうから見せたのですよ…涙)多分、普通の考えをお持ちのお母さまならば、家に帰って再度バトル(一方的にですが)が続いていると思います。私も毎日、教室で生徒相手にやっているバトル会話とよく似ていました。でも、このお母さまは、偉いです。子どもに嫌われるのを承知で、何が問題なのかをハッキリと言い切っています。最近、教室に多量に発生している事案は、生徒の状態は、前述と同様なのに、お母さまの対応が、「ちゃんとするのよ」「分かるでしょ」「あなたは、やればできる子なのに」「自分の将来のためよ」と言葉は綺麗ですが、生徒の何が問題で、何を自覚して、何を修正しなければならないかを言わずに、ただ声掛けをしたから『私はチャンと子供を叱っている。私は悪くない。やってくれない子供が悪い』と、子育て躾を放棄しているお母さまが多過ぎです。「子どもの考えを聞いて、子供の意見を受け入れて、子供が望むように…」と仰った結果が、苦労・我慢をせず、何が一番楽かを考えて、その場逃れのウソをつくダメ生徒を生むことになっているのです。何故、子供に嫌われることを嫌がるのですか？当然、親子で立場が違うのですから、経験も考えも行動も違うはずです。なのに、子供に迎合してバトルの回数を減らして、現実から逃げているのは、子供が現実から逃げている構図と同じじゃないですか？一度言っただけで、理解して即実行してくれるような、超優秀子供なんて、そうそう居ませんよ。ましてや、自分の子どもでしょ。自分がどうだったか、過去を思い出して下さい。そりゃ、大変ですよ。でも、産んでしまったんですから、最後まで頑張りましょう。大人になった時に、この苦労が報われる何かを期待して頑張りましょう。必ず報われますから・・・。</description>
      <pubDate>Sat, 27 Jul 2019 11:55:15 +0000</pubDate>
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      <title>子供も、親も・・・20190727</title>
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      <description>教室では、生徒の耳に痛い言葉をよ〜〜く口にします。勿論、素直に聞いて即、実行してくれる生徒がほとんどです。しかし、「叱らない」とか、生徒を「分ってやる」「許してやる」「待ってやる」「意思を尊重してやる」の言葉にどっぷり浸かって、反撃を受けないことを良いことに、スルーや無視が日常の生徒も居ます。酷いのに修正も改善も出来ない生徒は、必ずといって良いほど「そんなことないもん」と口ごたえをします。長いこと多数の生徒と現実を見てきたので、何が問題なのか、何をしてはいけないのか、何を変えなければ修正できないのかは、キチンと見て言ってるつもりです。なのに、「そんなことないもん」の発言です。『そんなこと無いことないもん』って言いたいです。『そんなこと無いなら、どんなことならあるの？」とも聞いてみたいです。素直に受け入れて、行動することができないから成績upが叶わないのです。嫌なことも我慢して聞く気持ちが無いから成績upできないのです。それらをお母様にお伝えすると、同様の反応をされることがあります。我が子を「信じたい」気持ちは、親として分かります。しかし、お金を払って、他人に修正を委託しておいて、その他人の言葉を拒否して反論までして「家の子はそんなことは無い」と言って、どうしたいのでしょう？もちろん、反論される方のお子様は、なかなか上昇してくれませんね。「奴隷のように、すべてを我慢して受け入れろ」と言ってるのではありません。他人が、わざわざ、嫌われるリスクを負ってまで言ってくれているのです。「一度、素直に聞く」くらいの素直な心は必要なのではないでしょうか？子供も親も・・・。と、頑固で口うるさい塾長が、偉そうに言ってます……。</description>
      <pubDate>Sat, 27 Jul 2019 01:40:39 +0000</pubDate>
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      <title>手を出しすぎると・・・20190720</title>
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      <description>最近、問い合わせや説明、行事予定の変更相談などで、気になることがあります。以前から少し、気にはなっていたのですが、最近は顕著です。塾の予定と生徒の予定が被った時、生徒から変更要請や時間変更の相談があるのです。勿論、殆どの生徒は自身で状況を説明し、キチンと話してくれ、話が理解できます。しかし、文章構成が出来なくて、単語だけで会話をし、何を言ってるのか概要も趣旨も分かってやれない生徒がいます。偏見と思い込み、決めつけ込みで分類すると、「一人っ子」「歳の離れた末っ子」「兄妹唯一の男の子」極めつけの「キチンとしていることを主張したいお母様の子」です。塾は、成長途中の子供をお預かりしています。完ぺきな子供はキモイ(失言ペコリ)です。何度も聞き直して対処します。それでも要領を得ない時には、お家に連絡します。子どもから練習や成功のチャンスを奪わないで下さい。特に、男の子は同学年の女の子よりも少し幼いのです。いつまでも母親がつきっきりでは、甘えて出来ることもやりません。それを見て「も〜う、家の〇〇ちゃん。私が居ないと何〜〜にもできないんだから〜〜。しょうがないわねぇ&amp;#128155;」と嬉しそうにバタバタしているお母様。失礼ですけど、言葉を選ばずにストレートに汚い言葉で言います。子どもをダメにするバカ親かぁ？(失礼しました。謹んでお詫びします)やらせないから出来るようにならないのです。苦労して、自分の口で言わせずに、親が先回りして分かってやるから文章構成ができないのです。「先生にご迷惑が…」と、私(親)を悪く言われない為の先回りじゃありませんか？乳児じゃないのです。手を掛けてやった量が愛情の量と勘違いしていませんか？子育ては試行錯誤の連続です。楽な成功は、子供が年取ってから大問題が発生します。と、今日は単純な悪口でした。</description>
      <pubDate>Sat, 20 Jul 2019 10:53:28 +0000</pubDate>
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      <title>個人差？非常識？20190711</title>
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      <description>以前から、少しはあったのですが、近日は顕著になったことのお話です。教室が移転したことは、以前からお話ししていますよね。近所に有名進学塾(と、以前は言われていました。あっ失礼！)が在るのですが、そこは、一時に送迎が重なり、駐車場に入れない＆大混雑なのです。ここからが私の「？？？？？」なのです。我教室の生徒の保護者の車とは思えない車が、我が教室の前でエンジン掛けたままで止まっていたり、酷い時には、我が駐車場に入って来てたり、看板の真ん前に止まっていたり、もっと凄いのが、雨の日などは、我が教室の玄関の軒先でお迎えの車を待っている生徒までいます。「お前の思い込みじゃ無いか？」「僻がみじゃ無いか？」と言われそうですが、その有名進学塾から生徒が走って来て車に乗って、車が出発するのですから、絶対ですよね(メイビー)。こんな方にクレーム(文句)を言うと(まだ、怖くて言っては無いですが…、私、ビビりなので…)、多分「何〜に、ここの教室。ちょっと位良いじゃない。細かいわねぇ。セコいわねぇ。だから生徒が集まらないのよ」と言われるでしょう(メイビー)。その上、自分の行動は棚に上げて、クレームされた事だけを吹聴して廻るらしいです(これは他所から聞きました)。これって、私が細かすぎるのですか？私がセコ過ぎるのですか？私が利己主義なんですか？私が奉仕の心が無いからですか？「色んな考えの人が居る」とか「人それぞれだから…」とか色々美化する言葉を聞きますが、これを「当然の権利」や「ちょっと位良いじゃない」や「だってぇ、混んでるんだから、早く入って、早く帰りたいじゃない」と全て自己都合だけで思い込み、子供に悪い『お手本』を見せている方ですよね。そんなお手本で大きくなった子どもに、まともな『人間力』が形成されるとは思えませんけどね。それとも、我が教室が、小さくて、儲かっていない貧乏塾だから、馬鹿にされているだけなのでしょうか？私が皆さんの考えの実態を知らないだけですか？皆様の「都合良く、便利に利用」して頂けるように、有名進学塾の格下だと卑下して、ご自由にご利用頂く必要があるのですか？これを「個人差」だと片付けたくありません。何〜〜んか、世の中、「やった者勝ち」の風潮が支配しているのが虚しいです。日本人って、もっと謙虚で常識的な民族だった筈です。だから、どんどんレベルダウンしているのですよね。涙涙涙</description>
      <pubDate>Thu, 11 Jul 2019 11:33:35 +0000</pubDate>
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      <title>人の意見を聞ける・・・20190704</title>
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      <description>大変、失礼な話をズバッと言います。すごい人や賢い人や偉い人と、そうで無い人の概略の違いは何でしょう？勿論、絶対や完ぺきはありませんが…。生徒も保護者も同様に考えます。「そんなことはない」「私は知っている」「私はできている」「私は間違ってない」「私は正しい」と、他人の言葉を否定して、受け入れないか、一応意見として受け取るかの違いです。知らない人ほど、知らないことを知らないし、知る方法も知らないし、知ることをしたがらないのです。なので、知らない人の中で知らないことや間違っていることの事実も知らないで自信をもっているのです。知らない人同士で意見や価値観が合うので、余計に自信をもって知ろうとしないのです。色んなことを知っているいる人は、日頃から色んな事に興味や意識があり、他の考えも受け入れる意識と行動があるので、多方向からの知識や考えができて、賢くなったのです。聞くから余計賢くなり、聞かないから余計知らないままなのです。これは、子供も大人も同様に思います。大人の方が、プライドと面子が強いので、修正し難いかもしれませんね。正しくて、知っていて、間違ってなくて、できているのなら、正しい理想の結果になっている可能性が非常に高い筈ですよね。</description>
      <pubDate>Thu, 04 Jul 2019 01:55:20 +0000</pubDate>
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      <title>子育ての勘違い！20190704</title>
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      <description>お母様からちょこちょこ聞く言葉に「私は、いつも言ってるんですけどねぇ」「何度言っても聞かないんです」「私は、言うのに、子供が・・・」「うちの子なら、やってくれるはず…」などがあります。お母様の気持ちを考えると、「私は悪くない。間違ってない」とか「私の子は絶対良い子に育っているはず」の気持ちや期待も分かりますが、過去の何かに問題があったからこそ、現在の問題が発生しているのです。つまり、今日までの子育てのどこかに、少しだけ(中には大量にの方も…)問題があったからなのです。たとえば、中学生が指示や制止を聞かず、何を言っても無視して自分の思い通りに行動する場合、日常に、「あれはあれ、これはこれ」と、従わなくても、ご褒美を与える習慣があるはずです。「じゃあ、勉強ができない子には、ご褒美や欲しいものを与えてはダメなの？」と直ぐに反論が来そうですが、勉強は関係なく、約束を守れた時だけ、ご褒美を…の習慣がないのです。いくら拗ねても、おもちゃ売り場の駄々っ子の状態です。小さい頃にその習慣をつけていないのに、「知恵」と「ずる賢さ」を身に付けた中学生が聞くはずがありません。他に、小学校高学年の生徒が「いくら言っても覚えない、考えない…」と愚痴られる方が結構居られますが、それは、保育所から今日まで、「良い子」と「早くやる子」を求めてきたからです。「良い子良い子」と言いますが、どんな時に言いましたか？手間をかけさせなかった時、お返事をした時、自分が困らされなかった時ですよね。我慢や苦労など、将来のための行動を教えて、それを実行した時では無いですよね。つまり、小さい時には「かわいい、かわいい」で赤ちゃん扱いを求めておいて、誤解を教えておいて、褒めて過信を教えておいて、突然自分で考えて苦労をする子供なんて居ませんよ。「小さいから、小さいから…」と何でも許す風潮がありますが、小さいからこそ知らないので、3歳位から、良いこととダメなことをキッチリと教えるべきだったのです。言い方を考えてあげれば、充分に理解できるはずです。その時から「指示」や「制止」は絶対なのだと教えるべきだったのです。と言ってる私も、後悔は色々ありますけどね(涙)</description>
      <pubDate>Thu, 04 Jul 2019 01:24:09 +0000</pubDate>
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      <title>塾選びの勘違い？20190625</title>
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      <description>相談や、入塾の説明、問い合わせを時々頂きます。夏期講習の説明をお母さま方にすることも続いています。その中で、ちょこちょこ登場するワードがあって気になっています。それは、生徒やお母さまに共通していえることなのですが、一斉塾・集合塾は「特別できる子」個別指導塾は「できるけど、やり方が分からない子」もしくは「できない子」が通う塾です。良い塾の定義は、優しくて怒らない、融通を効かせてくれて、進学実績のある大手の安い塾。です。大きな勘違い(無知？失礼。ペコリ)が沢山あります。まず、一斉塾は学校と同じ形態・やり方です。やる気と積極性と『勝ちたい気』『知りたい欲求』が無いと、行っても何をしているのか分かりません。その上、「あの有名進学塾に行ってるんだから…」と安心して遊んでいる生徒は、結果は惨憺たるものです。進学実績は人数に惑わされているだけです。分母が大きいのですから当然です。一方、個別指導塾ですが、これも近年は『個別』の文字だけは同じですが、やり方も経営理念も、対応もバラバラすぎて結果は天地の差です。初期の狭い定義の頃のお話をしますと、積極的に手を挙げて質問できないで、聞き逃して分からなくなり、家でひとり悶々と苦しんでいる生徒に、個別の疑問に答えてあげて、個別にやり方をアドバイスしてあげれました。すぐ隣に先生が居るので、直ぐに確認をして、次々に進んでいけました。そこには『放っとく』とか『人のせい』とか『クラブの隙間で楽に…』なんて発想はありませんでした。今の子どもたちのように、聞かない、覚えない、我慢しない、苦労しない、継続できない、自ら努力しない、素直じゃないを『一つの権利』のように思っていて、それでも怒らない優しい塾で、楽に成績を上げようなんて思ってる人には、勉強の名目でお金を払うなんて無駄なのです。つまり、生徒別にタイプ別の塾を言いますと、積極的・負けず嫌い・理解が早く・閃きがある生徒は一斉塾に向いています。その他のタイプでは『じれったい』と思います。は後で・・・。面倒臭がり。我が侭。素直じゃない。放置しても何とも感じない。『楽して何とかならないか』とか『お金の力で何とかならないか』の何れか一つでも当てはまる生徒と保護者。申し訳ありませんが、「向いてる塾」はありません。愛想で煽ててくれる儲け主義の塾に『一応入れて満足』して下さい。勿論、行動や意識は変われます。変わったら、かの塾でも可能ですよ。では、の塾についてお話します。先刻も言いましたように、個別にも色々在り過ぎて、一概には言えませんが、一般論として、積極的ではないが、真面目で正直で素直にコツコツと繰り返せる生徒(近年、このタイプが一番多い筈なのに…何故か一斉塾に行く)は、個別塾で確実に成績アップが望めます。ただし、表面だけの良い子で『人間力』を備わって無い生徒はの分類ですよ。と、大昔の塾のイメージと、甘々な『綺麗ごと』と我が子への過大評価で、お金を溝に〇〇の家庭を多く見て来ました。その上、この地域特有ですが、「家の子、スポーツをしているから特別すごい」「スポーツを頑張っているから、少し位勉強は疎かでも…」と本末転倒の考えをお持ちの方が非常に増えています。あのエリート進学塾に行かせて「家の子も頑張ってくれるはず」とか「〇〇ちゃんは、あまり勉強しなかったのに△△高校に入れたから…」で塾選びをしている方が多過ぎです。冷静に、我が子を見直して、教室に出向いて、実態と空気を感じて判断して下さい。最もダメな塾は「うちに来れば、誰でも皆んな成績アップします。安心してください」と甘言と綺麗ごとを言って、直ぐに入塾の手続きをさせようとする塾です。我教室も、それができれば、こんなに貧乏してないのに…涙涙涙</description>
      <pubDate>Tue, 25 Jun 2019 14:12:02 +0000</pubDate>
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      <title>地域性？我が塾だけ？20190625</title>
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      <description>最近、信じられないような仕打ちに多数あっている話はしたと思いますが、まだまだ、しっかり毎日続いています。頑張って、我慢して、継続して成績を上げている生徒や合格実績を聞いて、お越し頂くのは大変ありがたい話です。が、来ただけ、入塾しただけ、「はいはい」と返事をしただけで、私も(うちの子も)『上げて貰える』と信じていて、一向にこちらの言葉に従う気配も見えず、自分の都合や我がままは、無遠慮に言い続ける生徒。さらに、「成績が上がらない」と保護者から「後少しで続けるか止めるか判断するから、その期間や期限は私から連絡します」と、何を言われてるのか分からないような事を言われ、『そんな雲を掴むような…、近日中に判断を』とお願いしてあったのですが、未だに返事なし。いかがですか？私、偉そうですか？別の話しをします。以前、在塾したことがある生徒の話しです。当時、小６で、「学校に行ってるだけで、勉強している」と信じていた親子の話しです。地元のチームより強いとの理由で、自宅から車で40分のチームにお母さんが週に3回送迎されてました。当時から、「うちの子は、有名チームに所属しているから、練習が忙しい。宿題は無くして、授業だけでできるようにして欲しい」と親子で主張していました。ワガママが過ぎるので強めに叱ったところ、お母様から「うちの子には厳しすぎて合わないみたいです」と即刻止められました。その子の名前を久しぶりに聞きました。同じ学校に通っている生徒の情報です。スポーツの実力はほどほどでストップし、勉強の方は、低空飛行の後、下降中だそうです。地域でもトップクラスの月謝を誇る塾(決して叱らないし、何でも笑って許してくれるそうです)に通っているそうです。学校でも、我が教室のことを「あそこの塾、全然ダメよ」と校内で言いふらしているそうです。ここから少しだけ自画自賛させて下さい。私は、もうけ主義のテキトー塾だけは嫌でした。綺麗ごとはもっと嫌です。事実を正直にお伝えし、しっかりと話し合いをして継続した指導がしたいのです。その過程で「叱る」ことも当然やります。甘やかすことや、我がままを聞くことを「今風で新式」との考えを否定しています。この考えとやり方で、素直に耐えてくれた生徒には、確実な結果を提供できました。大体、成績不振者やその保護者ほど、甘やかしてくれる事を『良い指導者』と思っているようです。大きな声で言います。我が教室程度の厳しさに耐えられない生徒が、成績上昇できるはずはありません。言うなれば『最後の砦』です。これを言い続けているのですが、理解頂けないばかりか、悪口の方が多く耳に入ってきます。これって、この地域だけの特殊な地域性でしょうか？それとも、資本力の無い、小さな無名な我が教室だけが、見下されて、そんな方ばかりの訪問が続いているのでしょうか？成績の高低は言いません。素直に一生懸命に頑張る人にもっともっと来て欲しいのに…。皆さん。そんな方々を紹介してください。よろしくお願いします。(ペコリ)</description>
      <pubDate>Tue, 25 Jun 2019 01:27:46 +0000</pubDate>
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      <title>〇〇っぱなし20190624</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130734/</link>
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      <description>〇〇しっぱなし。と聞くと、皆さんは如何思われますか？自分はどうですか？皆んなが皆んな、「自分はそんなことはない」と思っています。しかし、しかし、意外に私の周りには多いのです。子どもたちについては、学校で授業は「聞きっぱなし」板書はノートに「書きっぱなし」家に帰っても復習もしない、間違えても確認もしない。分からなくても放置。できなくても「あ〜っぁ、私、あそこ嫌いだった」分からなくても放置。できなくても放置。覚えなくても放置。授業が終われば全てが終わり。できないのは「先生の教え方が悪い」「先生との相性が悪い」それを指摘して「違うよ」と言っても、その言葉そのものも受け流して放置。聞いた。書いた。やった。終わった。で、聞きっぱなし。書きっぱなし。やりっぱなし。終わりっぱなし。他人の責任にしっぱなし。です。保護者にもあります。注意しっぱなし。叱りっぱなし。怒りっぱなし。甘やかしっぱなし。です。「いつも、言うんですよ」とよく言われます。でも、子供が聞いているのか、実行しているのか、できているのか、を確認しなければ、言った意味がありません。只の「私はちゃんと言った」「私はキチンとできている」との自己満足で終わってしまいます。親も完ぺきではありません。完ぺきではないから、子供も完ぺきではないのです。だからこそ、親自身が「思い込み」や「過信」をせずに、他の誰かに聞いてみる心の余裕が欲しいのです。ただし、最近流行りの「耳障りの良いことだけを言ってくれる仲間の言葉しか聞かない」の逆効果ですよ。「私は言ったけど、子供が頑固で聞いてくれない」なんてのは最悪の言い逃れですよ。言い方が悪いか、量が足らないか、キチンと真意が伝わる言い方をしていないか、今までそれで許してきたかです。親が泣きながらでも分かってもらおうと真剣になれば、伝わるはずです。それでもスルーする子供は、心の子育てや心の躾をせずに来たと思って下さい。またまた、偉そうな愚痴ですみません。</description>
      <pubDate>Mon, 24 Jun 2019 01:32:48 +0000</pubDate>
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      <title>しんどい！20190624</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130733/</link>
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      <description>も〜〜〜〜〜う、しんどい！皆さん。お気づきですか？６月は異常にひとりごとが多いことを…。その上、汚い言葉でキツイ文章を沢山並べていることを…。大変、申し訳ありません。不快に思われている方、ごめんなさい。ご容赦くださいね。お察しの通り、仕事も私用も業務も塾も(同んなじか)激動の心が折れそうなことが続出のゴールデンどころか、プラチナウイークだったのです。私の「思い」を丁寧にお伝えしているつもりだったし、色よい返事や反応を頂けていたので、期待して頑張るつもりで日々を過ごしていたのですが、前述の様に、心がボキボキです。「仕事だから仕方ないでしょ」と言われればその通りです。しかし、相手の言ってる事と、対応態度の余りの差異に、いくら温厚な私でも(おいおい、嘘つくな)ボキボキです。言っても仕方ないのですが、「ひとりごと」で愚痴ることでもしないと、明日から仕事が出来そうにないことと、素直に頑張ってくれている生徒にまで弊害がおこりそうなので、この場で処理して皆様にご迷惑をお掛けしています。と、言うことで、まだ書きたいネタは3つくらいありますので、皆様、暫くご辛抱下さいね。よろしくお願いします(ペコリ)</description>
      <pubDate>Mon, 24 Jun 2019 00:46:39 +0000</pubDate>
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      <title>やらせないから？望んでるから？20190623</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130719/</link>
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      <description>さぁ、続けて続けて悪口です(悪口を言いたい気持なんか無いんだけどなぁ)。ご容赦下さい。いくら注意しても、指摘しても、目上の人が言うと、返事だけで、直後にスルー。同立場の人が言うと、笑ってごまかすか、小バカにして「ふ〜〜ん」で、目の前で逆の行動。親が言っても『10年来の力強いスルー』です。それを保護者にお伝えすると、「いつも、しつこい位、叱ってるんですけどねぇ」とのお答え。ここでも、「つもり」が登場しました。叱るとは、言うだけ、言っただけ、ではありません。理解して、受け入れて、従ってくれるまで続けることです。100％は無理でも、半分以上は従ってくれなければ、「叱った」ことにはならないんじゃ無いですか？「叱る叱る」と言いながら、従わなかった時の対応が殆ど考えられていません。いくら従わなくても、欲しがるものはすべて買い与えたり、望むときには、試験中でもカラオケやマクドナルドに行く小遣いを渡したりするのは如何でしょうか？指示に従わない、我慢しない、素直じゃないから成績が低迷しているのです。変化を約束して従わなかった時には『ご褒美』は与えるべきでは無いと思います。ここまで言うと、必ず「個々人によって、勉強が向く子と向かない子がいるでしょ。バカは、人らしい、喜びや娯楽や、欲しいものをすべて諦めなくちゃダメなのか？」とお叱りを受けそうです。勉強ができないから、点数が低いから何も与えるなと言った覚えはありません。約束を守れなかったので「ご褒美」を与えるな。と言ってるだけです。与えたことで、自分自身が「与えた満足」で満足していませんか。そうで無いことを信じています。ここまで来ても、結局同じ言葉で繋がってますよね。望んでやらせないから、子供が変わらない「可能性」もありますよね。皆さん。心を鬼にして、子供に嫌われる覚悟をしましょう。私なんかは、親でも無いのに、塾生に嫌われる言動を毎日やってます(笑い)私の場合は「塾長は好きで嫌われてるんでしょ」と講師方々に言われてますけどね(涙)</description>
      <pubDate>Sun, 23 Jun 2019 01:03:51 +0000</pubDate>
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      <title>やらせないから？望んでるから？20190622</title>
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      <description>前回色々悪口(そんなつもりじゃあ…)を書きましたが、その続きです。自分に過大な自信を持っている生徒が非常に多いです。勿論、周りを意識して、自分を卑下して縮こまって生きろを求めているのではありません。事実を確認もせず、思い込みと、自分に都合の良い情報・言葉だけを信じて、狭い範囲の中だけで自分を評価しているのです。つまり『小山(お山ではありません)の大将』が非常に楽で嬉しいらしいです。公立小・中学校の低いレベルの中で、平均点を取ったからって、鼻高々で「私は中以上。だから〇〇校へ…」なんて親子が、その最たる例です。私はチャンと出来てる。言われた事はやってる。これで完璧。これ以上は先生の責任。なんてのもあります。いくら『違うよ』と指摘しても、「そんなことはない」「私はできている」「家の子をバカにする」と反論する親子。周りの意見を素直に聞くこと(受け入れて実行するのはその次の段階)ができないのが最大の敗因です。上記のような「思い込み」や「口ごたえ」で最後まで自己主張する『わがまま』も原因ですが、指摘されたら今までと変えなければ何も変化しません。ここが次の難関です。変えると、辛いです。しんどいです。イライラします。ここを乗り切らないと何も変わりません。でもこれが我慢できないのです。これらも、小さい頃からの繰り返し演習が必要だったのですが、「まだ小さいから…」とか「その内分かる、できる」と放置してきたのです。これらも、やらせなかったのでしょうか？いつまでも赤ちゃんでいることを望んだ対応だったのでしょうか？今日も偉そうにごめんなさい。でも、大切なことです。今日はここまで。次回を・・・。</description>
      <pubDate>Sun, 23 Jun 2019 00:11:54 +0000</pubDate>
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      <title>やらせないから？望んでるから？201902621</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130674/</link>
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      <description>今回は、少し長くなりそうなので、分割して呟きます。ご容赦下さい。最近、授業をしていて「えっ？こんな生活に密接なことや、毎日、身の回りにあることを知らないの？」という場面が多くあります。国語や英語の長文を読んでも、単語や漢字を知っていても、事象を知らなければ、何について話しているのか分からないので、内容が掴めません。「えぇっ？毎日、通学路で見えてるじゃろ？」とか「お家で〇〇って言葉聞いたことは無い？」っていう会話が度々です。「だ〜〜ってぇ」って言ってる生徒に確認すると、家庭で「学校で言われたことだけで･･･」とか「そんなことよりも、宿題をしっ」と、勉強とは『学校で言われた事』だけ『学校で習ったこと』だけ、『ノートやプリントに書いてあることだけ書いておけば･･･』との対応をされるそうです。じゃあ、言われたことや習ったことやノートやプリントに書いてあることは100％分かって覚えてできるのか？というと、『ただ、書いて埋めて提出しただけ』を勉強とよぶのだそうです。自分で、興味疑問を持って『取りに行く』事などは無く、内容や本質を理解する努力もしないので、当然「利用」などできる筈もありません。すると、何と言うと思いますか？「先生の教え方が悪い」「先生との相性が悪い」「先生がサラリーマン化している」と生徒だけでは無く、保護者の方が声を大きく言われます。これって、結局『とにかく、文句だけ声高に言い続けていれば、自分を正当化できて、誰かが何とかしてくれる』との≪現代病≫に他なりません。結局、経験が少ないのも、取りに行く意識が無いのも、他人の責任にするのも、親が望んで、親がやらせているとしか感じられません。少し、キツイ事を言いましたが、今日はここまで。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Jun 2019 18:11:21 +0000</pubDate>
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      <title>楽しむためには・・・20190621</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130672/</link>
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      <description>近日、高校や私学の文化祭(呼び方はマチマチですが)が続いています。その直前・直後に定期試験があります。勿論、受験生はそれ以上に大切な試験が待っています。最近(私の若い頃には無かったかな？)は『打ち上げ』と称したイベントがあるらしいです。文化祭の準備や本番、逆に日常は必死な勉強をした生徒の「息抜き」は許せるのですが、行事は本気でやらない、日常の勉強もキチンとはやらないで、息抜きに「命懸け」の生徒が多数増殖中です。幼稚園の発表会で台詞も踊りも覚えずに、舞台に立ったというだけで『良〜〜く、頑張ったねぇ』と過大なご褒美を貰い続けた生徒にとっては、頑張ることとは、イベントに「お客様」としてでも参加することで『頑張った』となるらしいです。また、それを嬉しそうに援助する家庭。そりゃあ、段々苦労も我慢も努力もしなくなりますよね。すべてにおいて、楽しむためには、それまでの事か、そのものの準備も含めて、努力しないとダメですよね。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Jun 2019 16:36:07 +0000</pubDate>
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      <title>またまた言われました(＾_＾；)20190612</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130464/</link>
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      <description>「あそこの塾長、おかしいんよ」「あそこの塾、厳し過ぎるんよ」「あそこの塾、怒るんよ。そんな所に、行く人の気が知れん」です。続けて通って来てくれている生徒の『チクリ』です。「あなたも、そう思う？もし、そうなら、塾を変わる？」と質問すると、「変わらんよ〜！だって、私も前の塾の時、そう思ってたから成績が下がったんじゃもの。」との、本人反省談。「でも、学校の大勢の人が、当然のように話してるんじゃろ？」と続けて聞くと、「うん。でも、話してる人は殆んど平均より下の人ばっかり。まぁ、私も前はそうじゃったんじゃけどね。も〜〜う、忘れたい黒い過去を言わさんといてや〜。」と、先刻の生徒談です。それ以外にも色々聞いていると、”宿題をしていかなくてもチェックも無し叱りもしない良い塾””パソコンに向かっている間は、何をしていても居眠りしていても怒こられないし、月謝が安い良い塾””聞きたい人だけ聞いて、そうじゃない人は友達と無駄話をしても良い塾””個別なのに、一人の先生が、５〜７人を見ているので、面倒な我慢の時間が１０分位しか無い良い塾””ＣＭやチラシで、『入るだけで成績が上がる』といってる夢の様な良い塾”が次々に登場しました。そんな塾に「うちの子が、自分で選んできて、たのしく通ってくれているのだから最良の塾。頑張れば成績を上げて貰える筈」や「だってぇ、親がいくら言っても聞いてくれないから、本人の満足する塾しか無理だから」と仰る保護者。「うらやましい」私自身の時も、うちの子供の時も、そんな夢のような塾があって、成績を上げてもらえたら・・・。キチンと、本質を理解されている方のお子様はこんな発言はしませんし、ちゃんと日本語の説得が通じます。そうじゃ無いから、そんな考えでそんな成績なんですよね。でも、いつもそうですが、「そんな考えやそんな成績の人ほど、大きな声で多方に言って歩くのは何故なんでしょう？ちゃんと、「正直」「素直」「我慢」を実行して、結果を出してくれている生徒たちは、こんな発言を聞くと「あの子達、〇っ〇じゃない？」って言ってます。</description>
      <pubDate>Wed, 12 Jun 2019 13:59:18 +0000</pubDate>
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      <title>聞いて無い？20190611</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130451/</link>
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      <description>近日、「言ってやって下さい」とか「説明してやって下さい」という、本来の塾業から考えると『？？？？』という依頼が多くあります。「私の経験や知識が役にたつのなら･･･」と可能な限りお手伝いをしています。しかし、最近、特異なことに気が付きました。話している相手が、『人の話を聞いていない』のです。勿論、途中途中で返事(空返事かも？)を求めますし、思いや意見も確認しながら続けています。何でそうするの？何でそう考えるの？どう考えるの？どうしたいの？じゃあ選択肢は〇〇か△△しかないよね？じゃあまずは□□をするしか無いよね？やらなくても何とかなりそう？無理だよね。じゃあ、どう考えて、何をどうすれば良いと思う？じゃあ結論としてどうしよう？と、順を追ってゆっくりと話します。ここまで言って『ＮＯ』の選択肢は無いはずです。しかし、９９％同意しながら話を聞いておいて、最終判断を訊ねると『ＮＯ』なのです。愕然として理由を尋ねると、「分からん」とか「でも嫌」とか「放っといて」です。途中の返事を確認すると、「そうじゃったかな？」「分からん」「覚えとらん」です。最初から、「自分は正しい」「自分は間違って無い」「自分は知っている」「自分はできている」「自分は･･･」「自分は･･･」で聞く気が無かったようです。話を聞いている時間も、「どう言えは反論できるか」「次は何を言って勝とうか」「何を言えばごまかせるか」「何を言えば許されるか」を考えながらだったので、人の話しを聞いているはずがありません。これは、生徒だけではありません。「権利」「権利」で育った、お母様世代にも激増です。たしかに「ひとそれぞれ」の権利や考えが有りますが、日本のコミュニティ文化の中で「利己権利」を主張しすぎるから想像できない事態が増加しているのです。「子どもにはその子の考えが･･･」とか「分かってやれ」「待ってやれ」「認めてやれ」「許してやれ」と、『放置』と同レベルの容認を続けてきた結果、今、公立小・中学校の異常なレベル低下がおこっているのです。何でも否定・規制をしろって言ってるのでは無いのです。きれい事の「物分りの良さ」が、我が子を『ダメにしている』ということも少しは考えて下さいね。あっ、勿論、全てがこの理屈に当てはまるとは言ってませんので、ご了解下さいね。特別な理由や原因を持つ生徒も居ますので･･･。</description>
      <pubDate>Tue, 11 Jun 2019 18:23:16 +0000</pubDate>
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      <title>楽な方法ばかりを・・・20190604</title>
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      <description>一発で、楽に答えを欲しがったり、一発で、楽に答えにたどり着く裏技を求めたり、一発で、楽に英単語や漢字を覚える方法まで求める生徒。そんな意識の生徒が、成績アップしたのを見たことがありません。英単語や漢字や歴史年表は、『飽き』らめず、コツコツ繰り返すしかありません。数学などの理系科目は、基本事項をキッチリ理解して、後は『飽き』ずに、繰り返し問題にチャレンジして解くだけです。「こうかな？」「こっちかな？」と色々試行錯誤ができるようにならないと、上達しません。</description>
      <pubDate>Tue, 04 Jun 2019 17:17:59 +0000</pubDate>
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      <title>口数が少ない良い子20190604</title>
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      <description>「口数が少ない子」は良い子？最近、お母様方とお話ししていると、「家の子、口数が少なくて良い子なのよ〜！」と、言われる事が度々あります。お母様方の理論では、口数が少ない　⇒　おとなしい　⇒　口ごたえしない　⇒　腹が立たない　⇒　良い子となるらしいです。本当にそうでしょうか？過去の経験上、口数が少なくても本当に優秀な生徒は、必要なタイミングとポイントでは、大きな声で話してくれます。それに比べ、口数が少なくて優秀では無い生徒は、何を言っても何をしても、単純な質問をしても黙ったままです。考えられる原因として、	日本語が分からない（そんなやつ居るか？とお思いでしょうが、最近多いのです）	下手に喋ると何かが返ってきて面倒なので黙秘	直したり変えたりする気が無いので全てに対してスルー	母親の前だけ頷いて良い子を演じているが、腹の中では従うつもりは無く、完全無視系の裏ワル（このタイプが急増中）口数が少ない　＝　良い子　と思い込まないで下さい。本当の良い子なら結果が出ています。良い子かどうかの判断を口数でしないで下さい。でも、授業中に黙り込んで動かなくなる子も口ごたえ満載の子も困りますけどね。</description>
      <pubDate>Tue, 04 Jun 2019 17:15:55 +0000</pubDate>
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      <title>志望校について20190604</title>
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      <description>入塾時に、「志望校はどこですか？」とお訊ねすると、間髪入れずに「◎◎高校へお願いします」と言われました。ですから、私たちは◎◎高校合格に必要なだけの勉強・努力・我慢を求めました。しかし、何があっても保護者が協力的ではありません。保護者にお訊ねすると、言い難そうにボソボソと仰いました。「聞かれたので、『ダメで元々、言わないと損』だと思って◎◎高校と言いました。届けば儲け、ダメなら〇〇高校でも良いし、▽▽高校でも良いんです」如何ですか？私たちは、生徒や保護者の希望・要望に限りなくお応えすることを目指して、日々努力しています。「ダメ元」に真剣に向き合った上に、生徒からも保護者からも「期待して無い」発言。その上、非協力的では、私たちは誰のために頑張ったのでしょう？その気も無かった生徒も、過大な負荷に、辛かったと思います。「半年で偏差値を２０上げろ」と言われると非常に厳しいですが、「一年で偏差値を１０〜１５上げろ」と言われると、不可能ではないのです。但し、生徒も保護者も本気で必死で協力的じゃないと無理ですけどね。じゃ無ければ、入塾時に「◎◎高校」はお断りしていますよね。私たちを「値切り交渉相手」のように思わないで下さいね！</description>
      <pubDate>Tue, 04 Jun 2019 16:50:48 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>成績を上げる方法20190604</title>
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      <description>「成績を上げる方法はあるのですか？」とよく聞かれます。「はい、あります」とお答えします。「それを、お願いします」と言われて実施しますが、中々上がりません。暫くして生徒(保護者の場合も…)からクレームが・・・。言い分は『成績が上がる方法があると言うので信じてお金を払ったのに、ちっとも上がらない』・・・・・・・です。方法もノウハウもあります。その方法で結果も出しています。成績上位者しか受け入れない某塾と違って、生徒の実力はバラバラです。何ででしょう？それは、本人(勿論、家庭の理解も協力も必要ですが…)が、何も努力せずに、金を払って通ってるだけで成績アップを求めているからです。点数の上げ方、理解の近道、設問の意図、等々、すべてを教えてあげられます。しかし、それを「聞いている(聴いていませんけど…)だけで、成績をアップさせてくれ」なんて方法が、ある筈がありません。２０００年も前から「そんな方法は無い」と言われ続けています。話し合ってみると、本人も保護者も「やってる」「わかってる」「できてる」「完璧」「私(うちの子)は正しい」と【思い込んで】修正する気持ちがありません。考えや行動が正しいのなら、正しい結果が出ているはずです。今までに結果が出なかったのなら、考えや行動が間違っていたのです。『意識や行動が変わった量だけ成績も変わるのです』今までと同じ事を続けて、今までと違う結果を求める方が無理なのです。って、言うと最近はす〜〜〜ぐ「だって、私たちは専門家じゃないんだから知らなくって当然でしょ」って反論がきます。その通りです。だから、知っている私たちがお伝えしているのです。聞いたら素直に受け止めて下さい。間違っても「な〜〜〜に？偉そうに！私はお金払ってる客よ！」とは思わないで下さいね。私たちも、良い結果になるように、必死なんですから・・・。あっ、前出の「な〜〜〜に？偉そうに　云々」は、本当にあった話です。おぉっ、怖い。涙涙涙。</description>
      <pubDate>Tue, 04 Jun 2019 15:24:53 +0000</pubDate>
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      <title>平等と公平20190530</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130205/</link>
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      <description>最近の風潮に「何でも平等」があります。やってもやらなくても「この子なりに頑張ったんだから…」と同じご褒美を求めます。頑張って、苦労して、我慢して、結果を出した生徒も、我慢せず、苦労もせず、頑張らなかった生徒も、ご褒美も評価も『同じでなければならない』との風潮。これって、仕事してもしなくても、同じ職場に居るっていうだけで、同じ賃金じゃなければおかしいっていう理論です。これって公平ですか?コルホーズは成立しないって「旧ソ連」で証明されてますよね。さらに国会でもその理論で議論されてますよね。日本は「自由主義」「資本主義」の国ですよね。いつの間に「社会主義」「共産主義」にシフトしているのでしょうか?マスコミやコメンテーターの「綺麗ごと」に踊らされすぎじゃないですか?学校を卒業した後は、そんな綺麗ごとは通用しない長い期間が待ってますよね。「綺麗ごと」を言ってる人たちは「地を這うような下積み生活」を経験したことが無いのでしょうね。私は、社会人一年生の時には、下っ端の『虫』程度の扱いに耐えてきました。「頑張ったやつだけが、認められる」と信じて…。お笑いも、プロスポーツの世界も同じでしょ?どうして、「文化人」や「知識人」と呼ばれる、庶民生活を知らない人たちの意見ばかり珍重されるのでしょうか。と、私がここで、何を偉そうに言ってても、自分に唾しているようなもんですけどね。</description>
      <pubDate>Fri, 31 May 2019 00:17:19 +0000</pubDate>
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      <title>・・・つもり。・・・はず。20190530</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130203/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130203/</guid>
      <description>教室での模擬テストや学校の中間試験が終わり、結果が明確になりました。理解しないで「何となく、こんな感じ」や、覚えないで「頑張った」って言う輩。過去の既習単元の説明をしたので、今回は絶対覚えるんよって言ったら「もう分かったから、次は大丈夫なつもり」の生徒たち。「やってない」って言うと、『絶対やってる』って反論してきます。「やってる」とか「覚える」っていう日本語が理解できて無いうえに、『権利』とか『平等』の名の下に、兎に角もんくとと口ごたえをして、その場を通り過ぎれば『勝ち』の風潮にどっぷりなので、「きれいごと大好き」の風潮に両足浸かっている生徒と保護者。どんなにこちらが力を入れても、戻れない可能性の方が強いのですが、この『戻れない』の日本語も「そんなこと無い」と分かって貰えないんだろうなと思いながら書いています。涙。</description>
      <pubDate>Thu, 30 May 2019 23:50:57 +0000</pubDate>
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      <title>常識?子離れ?幼い?20190523</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130084/</link>
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      <description>中3生の保護者についてのお話です。一人っ子の中3生や2〜3人兄弟の長子が中3受験生のお母様についてです。ズゲズゲと失礼に言いますので、「切れやすいお母様」はこれ以上読まない方が……………。もう、5月も終わりますので、受験まで最短で7か月ですよね。長い人生のたった7か月ですよね。成績が届いている生徒なら何も問題ないのですが、成績伸び悩みや勉強時間不足の生徒のお母様ほど「買い物」「外食」「家族で外出」を理由に、受験生を連れ出されます。「絶対ダメ」って言ってるのではありません。「状況や回数・頻度を考えていますか?」と言いたいのです。「だって、主人の仕事の都合が…」とか「下の子のお祝いに…」と理由はあるのでしょうが、全ての回に受験生も絶対一緒じゃないとだめなのでしょうか?一人残しても、無くなりはしませんよ。心配いりませんよ。いつもよりも豪華な弁当とアイスでも買って帰れば、文句も言わないはずです。お母様が一緒に外出したいだけではありませんか?いつまでも幼稚園生と同等に「連れて出なければ…」と子離れできていないのは親の方では?「一生の中で、全てを犠牲にして、我慢して、生活の全てを勉強に向ける」っていう考え方を教える、良い機会だと思います。親が、今までの「ちょっとくらい・・・」や「少しくらいの娯楽は…」って、先回りしすぎです。「何よりも勉強が一番」の顔をして、結果が出始めたら『ご褒美』で「一度だけよ」と同伴する位で良いのでは…?どうしても子供も同伴の買い物があるのなら、出発のタイミング位、自分の都合ではなく、子供の都合を聞いてやってくださいね。一生に一度レベルの経験なんですから・・・。奪わないでくださいね。</description>
      <pubDate>Sun, 26 May 2019 00:28:09 +0000</pubDate>
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      <title>学力の問題では無い?20190525</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130082/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130082/</guid>
      <description>近日、学校説明会に呼んで頂けることが続いています。学力の高い・低いに関わらず、共に共通して言われるワードがありました。生徒が「言われたことや指示されたことしかしない。その上、言われたことの100％を確実にやってくれるわけでは無い」「それでも『自分はやってるのに成績が上がらないのは学校のやり方が悪い』と他人の責任にする」「保護者も、学校に入れさえすれば、生徒が指示に従わなくても、結果(ご褒美)は学校が責任を持ってくれる」「結果が出ないのは学校が悪いと思っている保護者が増加傾向」と。私が以前から声を大にして言っていた事を、やっと学校も発言を始めました。生徒のレベルと素直さの低下は無視したままで、何でも金の力や「文句を言えば良い」の考えで、他人を悪く言う保護者が増加しすぎです。マスコミや金儲け主義の業者が、事実を隠して、綺麗ごとを言い過ぎたことの結果かもしれません。その典型として、当たり前の事が当たり前に出来ていない生徒に当たり前の事を求めている我が塾を、地元の中学の成績下位者ほど『あそこの塾って変なんでしょ』とか『厳しすぎる』とか『怒るんでしょ』と通塾して我慢している生徒に学校で言うらしいです。皆んな、塾に何を求めているのでしょう?「塾に行けば直ぐに成績が上がる」ですか?「受験の直前に、塾に行けば、塾が何とかしてくれる」ですか?これを、世間の一般的な日本語で「こいつら〇〇か?」です。</description>
      <pubDate>Sat, 25 May 2019 23:49:34 +0000</pubDate>
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      <title>使えなければ・・・20190522</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130011/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-130011/</guid>
      <description>最近、よく耳にする「世に出て食えるヤツ」の話です。生徒と話していると、勉強って学校で聞くこと。勉強って先生が書いたものを書く事。勉強って教科書に書いてあるものを書く事。勉強って「テストに出るよ」と言われたものだけを書けるようにしておく事。だ、そうです。だから、社会生活の常識的な事を例に挙げて科目の説明をしても理解ができない生徒が多いのですね。生徒に言わせると「だって、お母さんが、勉強は先生に聞き」とか「学校の先生が言ったことだけで良いのよ」と言っててもん。らしいです。小学1・2年の『生活科』からず〜〜っと、勉強は、身の回りにあるよと教わったはずです。生活に利用できない生徒の勉強は、上達しません。お母さんも、買い物や家庭行事に、子供を参加させて、色々苦労を経験させてやって下さいね。</description>
      <pubDate>Wed, 22 May 2019 10:04:38 +0000</pubDate>
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      <title>どんな感覚を持っていたら・・・20190518</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-129948/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-129948/</guid>
      <description>「バキーン。バラバラ。」「あ〜、お前どうするんや」「ゴソゴソ。バラバラ。シャ〜」つい、先ほど聞こえた音と会話です。慌てて表に出て見ると、折れたポールが無理やりねじ込んであり、破片は投げてありました。教室の前の駐車場と道路の堺に、安全と破損防止のため、『紅白のポール』が立ててあります。それが壊れていたのです。勿論、数十分前に見た時には正常だったので、先ほどの音の時点で壊れたのでしょう。そんなに高価な物では無いので、保証だ弁償だと言う要求をするつもりは無いのですが、壊したのなら「ごめんなさい」を言うのが、『人として、当然のこと』だと思うのです。それを、バレなければ良い。怒られなければ良い。放っておけば良い。の風潮で逃げるとは、「将来の人間性が・・・」ですよね。何か、「子供にやさしい社会」とか言ってますが、勘違いしていませんかね。何をしても「子供のしたことだから…」とか「子供相手に大人げない」とか、キチンと叱れない事が、やさしい事と思っている大人たちが多すぎます。何度も言いますが「お金の問題」や「弁償しろ」の話では無いです。私がいつも言っている『人として…』の問題です。壊して逃げたくらいですから、多分、壊した子は名乗り出ないと思いますが、もし「ごめんなさい」が言えたなら、即刻許してあげようと思っています。</description>
      <pubDate>Sat, 18 May 2019 21:28:29 +0000</pubDate>
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      <title>今日の塾長20190512</title>
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      <description>誰も興味は無いと思いますが、芸能人みたいに今日の報告をします。朝から、庭の草取り。庭の水まき用の水道管の修理。旧駐車場の除草。植木の水やり。来週の地域の水路清掃の準備で、建物の裏と横の水路の清掃。等々、屋外での肉体労働ばかりで、汗だくで臭くなりました。そこで、久〜〜〜しぶりに夕方から「スーパー銭湯」に行って来ました。ジェットを受けたり、露天に入ったり、手足を思いっきり伸ばしてリフレッシュして来ました。以上です。「だから?」と突っ込まないで下さい。</description>
      <pubDate>Sun, 12 May 2019 22:18:27 +0000</pubDate>
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      <title>勉強ができるには・・・?20190507</title>
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      <description>成績下位者のお父様お母さまがよく言われる言葉に「言ってやって下さい」「教えてやってください」があります。その心をお聞きすると、勉強は・・・・「聞けば分かる」「習えばできる」「教えてもらえば家の子も」「家の子がやらない筈は・・・」があるようです。ひどいバターンになると「覚え方が分からないって言うんです。覚えられない子ではないんです。ゲームやサッカーは詳しいので。覚え方を中心に教えてやって下さい」って方まで・・・。聞いただけ、習っただけ、教えてもらっただけでできるのなら、今の世の中(特に塾や学校。あっ、スポーツもか)『できない子』なんていません。練習もせずに、聞いた習ったでオリンピックや世界大会ですよ。考えたら分かりますよね。『できたい』『分かりたい』と思いながら『なんでだろう』『あれと、どう違うのだろう』と思いながら聞かないと、できるはずがありません。親御さんの時代は、大人の言葉をスルーするっていう『常識』が無かったので、聞く＝受け取る、でしたが、今の子たちは、権利やパワハラや『とにかく文句を言いにいけばよい』の風潮の中で育っているので、聞く＝聞き流す＆スルーが非常に多いのです。そこに前出の親が出て来て「家の子は・・・」「金払ってるのに・・・」となる訳です。金で他人に丸投げして何とかして貰おう。ダメなら文句言おうなんて人は・・・・・・・・です。できたい、分かりたい、今度こそ変わろうって決心できた生徒しか上昇できません。つまり、本人の素直さ、正直さ、忍耐力がほとんどです。私たちの力なんて、ほんの少しです。あっ、「素直なつもり」、「正直なつもり」、「耐えてるつもり」、「家の子は出来てる筈」の、更に悪性のパターンも最近はたくさん発見されています。お気をつけてお大事に(笑)</description>
      <pubDate>Tue, 07 May 2019 10:20:03 +0000</pubDate>
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      <title>塾を選ぶ前に・・・20190506</title>
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      <description>令和が始まって６日も経ちました。私の毎日には、大きな変化も無く、同じ様な毎日を過ごしています。さて今日は、最近多くなっている、塾と生徒とお母様の認識の違いについてです。例えば今日です。１０連休の最終日。しかし、例年のＧＷなら通常日です。近所の「一斉塾」は授業をしていました。連休に入る前に生徒たちにアンケート的に聞いてみたら「お母さんが、どっかへ行くかもしれんから無理って言っときって･･･」とか「折角の休みなのに休めんじゃん」って否定的意見が半数以上でした。本人やお母様が変わらないで、『塾に行かしてるんだから･･･』とか『お金払ってるんだから･･･』とか『うちの子はやってくれる筈･･･』で放置では何も変わりません。入塾しても何も変化しないで、誰が喜ぶのですか？結果は考えず、金儲け主義の塾ならいざ知らず、我が教室では「そんなん嫌です。」教えても教えても結果が出ないので、嫌になる先生たち。色々注意や指示をしても変わってくれず、お母様からのクレーム対応に追われる経営者。毎月お金払ってるのに子どもの成績が変化しない親。嫌々毎週通って、先生にも親にも怒られ続けて成績が上がらない生徒。クラブや習い事の隙間で、勉強はおまけで、宿題も家庭学習も無しで結果を求めるのと同じでしょ？隙間で何とかなると思ってる方が異常でしょ？と言うことで、今日のまとめです。塾にお金と時間を使うのですから、親子でよ〜〜〜く話し合って、「つもり」や「はず」ではなく、意識と行動を変えるつもりで入るべきです。間違っても『一応･･塾』は親の自己満足と、子への躾の悪影響ですよ。ここまで言うと、余計なお世話か？こりゃ、失礼しました。</description>
      <pubDate>Mon, 06 May 2019 22:28:03 +0000</pubDate>
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      <title>連休ですねぇ20190430</title>
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      <description>天皇陛下の退位と新天皇陛下の即位と春の連休が全〜〜部つながった、迷惑な10連休中ですね。私は、いつものように、連休中は必ず1日は外出するんです。それで、今日は「玉野のしのうどん」を食べて来ました。「しのうどん」とは良寛和尚所縁のものらしく、幅3センチ、長さ1メートルの1本物のうどんです。肉、玉子、エビ、ネギ、かまぼこ、エノキ他が入ったおいしいものでした。よろしければ皆さんもどうぞ。</description>
      <pubDate>Tue, 30 Apr 2019 16:50:24 +0000</pubDate>
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      <title>それでは、どうにも・・・20190420</title>
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      <description>前回「困った保護者と生徒」と例に挙げた方に、そっくりな親子が来られました。勿論、多々ある塾の中で、我が教室を選んでお越し下さったのですから有り難いことです。しかし、やっぱり、おっしゃいました。現状より偏差値１５位上の高校を指して「〇〇高校へお願いします。本人も『頑張る』って言ってますので･･･」と。体験授業で少しだけ実力を測ってみると、小学校の比・割合・グラフ、図形の定義・道のり速さ時間問題等、軒並み抜け落ちていました。その上時間を分数を使って表わすこともできませんでした。疑問に思い、少し探りを入れてみると、「中学校では平均より少し上です。小学校では先生に褒められる良い子でした」と自信満々に答えられました。割合の単元と常識的な日本文読解理解能力が無くても何とかなる中学が怖いです。この度の教科書改訂で、小学５年生にその後の学力の多くが「のし掛って」くる怖さが見えてきました。他の生徒たちに、いくら言っても、言葉の一部だけを取って、形だけで「頑張っている良い子」を演じて、受験生としての行動では無く、まだまだ小６か中１レベルの『やっと勉強をし始めた生徒』が少しずつ増加傾向にあります。本人たちは自覚も悪気もありません。自分の生きて来た経験上、許されてきたやり方なのです。こんな生徒が多くなって、さらに「素直」よりも「金の力に従う」風潮の中、私たちはどうしたら・・・？「きれい事」を言わない、正しい社会になって欲しいものです。</description>
      <pubDate>Sat, 20 Apr 2019 22:30:31 +0000</pubDate>
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      <title>それでは、どうにも・・・20190420</title>
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      <description>最近の生徒の傾向のお話しです。お父さん・お母さん世代では余りお目に掛らなかったであろう話です。当然、求められている「成長する生徒像」は、説明を真剣に聞き、細かな違いも区別できるまで理解し、習った事は確実に覚えておいて、「じゃあ先生、これはこの前の〇〇を使うんだね？」と自分で問題解決に向かっていく生徒。文部科学省が求めている「自ら問題を発見し、根拠に基づいて、それを解決する方法を考え、その手順を他者に理論立てて分かりやすく説明する」生徒です。それと、対象的な生徒の行動です。その時に言われたこと「だけ」に反応し、それだけを『一問一答』のように、こう聞かれた時にはこう答えれば良いと、「とにかく書いて」過去の習ったことを何も利用することなく、今だけの『頑張っている良い子』を目指して「埋める」「終わらせる」「提出する」「とにかく〇をもらう」事だけに必死になる。将来、その単元を利用しなければ解けない単元が出てくると「あ〜っ、私、ここ嫌〜い。苦手だった〜。訳分からん」と、自分には全く責任が無いかのように軽く流す言動。保護者は、「家の子は普通に出来ている。出来ないのは、今の先生の教え方が悪い。」「先生との相性が悪い」と冷静に考えれば分かりそうな責任転嫁を口外する。こんな生徒と保護者が、「私(うちの子)はキチンと出来ているので、チョコチョコっと教えて成績を上げて下さい」と来られます。何を言っても怒られそうです。私はどうしたら良いですか？</description>
      <pubDate>Sat, 20 Apr 2019 22:01:01 +0000</pubDate>
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      <title>人間力を疎かに・・・20190417</title>
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      <description>人間力を疎かにしたままでは大きな学力伸長は望めません！人間力とは、指示や注意を素直に受け止め行動する力。その指示や改善方法を継続できる力。「楽」や「子どものような欲求」を状況に応じて我慢する力。嘘やその場逃れや表面だけ済ますことの無い正直さ。すぐに拗ねたり逃げ出したりしない忍耐力。これらが総合的に歳相応に備わっているのを人間力といいます。人間力育成が、学力伸長への近道です「個人的なことは結構です。勉強だけを教えてやって下さい」とか「失礼な！家の子は勉強以外はキチンと出来てます」とか「我が家の教育方針(私の子育てに問題でも？)では…」とか「言っても言っても聞かないんです」とおっしゃる方！本当にそうですか？それで宜しければ私は別に…</description>
      <pubDate>Wed, 17 Apr 2019 22:59:21 +0000</pubDate>
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      <title>親離れ・子離れ20190417</title>
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      <description>近日、問合せや見学や体験授業が非常に多い話はしましたよね。その中の何人かの方のお話しです。「親離れ」と言うと何を感じられますか？子どもが親の言う事を全く聞かず、全て自分で判断して、勝手にどこかに行ってしまう感じを持たれている方がいらっしゃいますね。それなら未だ良いのですが、親の言うことは「ウザ」がって、聞くことだけはせずに、頼ったり責任を求めたりだけは続ける生徒たち。つまり、プライドだけは出来上がった甘ちゃんの赤ちゃんがこのパターンです。では、「子離れ」って言うとどうですか？子どもの成長に合わせて、少しずつ親が手を出さなくなるのが理想ですよね。しかし最近多いのが、「子離れ」とか「子どもの自立」の美名の下でで「放置」「放任」している親。教えて無いのだから、正しい判断と行動ができる筈がありませんよね。逆に、「うちの子、一人では何〜〜にも出来ないんで･･･」といつまで経っても全部親が口も手も確認も責任も背負って、子どもに何にもさせない親。遣らせないんだから、一生できるようにはなりませんよね。それどころか、子どもは「ズル」を覚えて、自分は「良い格好」して帰って、親に言い付けて相手に断って貰う。ま〜〜た、これを、親は嬉しそうに「私にしか本心が言えない子(うふ、かわいい)」と喜んで、勇んで言って来られます。高校生にもなって、提出物や月謝袋や返事を一々お母様が全て言って来られたり、持って来られたりです。これって、ご本人は自覚は無いんですよね。多分。私は良し悪しは言えませんが、皆さんはどう思われますか？</description>
      <pubDate>Wed, 17 Apr 2019 22:52:25 +0000</pubDate>
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      <title>どうしたいの？20190402</title>
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      <description>問合せや来訪が以前より多く、有り難いお話しは、しましたよね。勿論、問合せ説明の見学や体験授業も以前より多く実施しています。その中の出来事をお伝えします。家の子、よく出来る子なんです。小学校でいつも８０点以上なんです。時々１００点もとってくるんです。だから国立〇〇大学付属中学の受験をお願いします。塾長の心『どうしましょう？』４年生は良い先生だったので良い点数が取れていたが、５年生は先生との相性が悪くて、点数ががた落ちで、家の子も先生を変えて欲しいって言うんです･･･云々。塾長の心『どうしましょう？』先生の教え方が悪いから、家の子「英単語」と「漢字」が覚えられないって言うんです。覚え方を教えてやって下さい。塾長の心『どうしましょう？』家の子は･･･。そんな事は無い･･･。それは違います･･･。こうすれば･･･。それはできません･･･。それは、家の子嫌がります･･･。私はこれだけやりました･･･。他の兄弟と違ってこの子は･･･。私はチャンとやってるのに･･･。家の子は本人がやる気になれば出来る子です。だから〇〇高校へ･･･。塾長の心『どうしましょう？』ここに通っている□□さんのお母さんから『あそこの塾で厳しくして貰ったら、家の子変わってすごく成績が上がったよ』と聞きました。だから、家の子もお願いします。と言っておいて、「家の子は▽▽なんです。だから□□は無理です。〇〇の日は、ちょっと家族で･･･、だから■■は変えて下さい。」と庇うだけ庇っておいて、当の生徒は、聞かない・書かない・覚えない・考えない。勉強を舐めきっていると言うより、母親が社会と子育てを舐めきっています。塾長の心『どうしましょう？どうやって退塾して頂こう･･･？』大した実力も無いのに、学校の定期試験で８０点取れたから天狗になっている親子。学校のテストで７５点位取れてるから『自分は中の上』。だから個別に行かなくても◎◎の進学塾の方が向いている。人間力が幼稚園並の生徒を受験直前に「〇〇ちゃんがここで□□高校に受かったから家の子も･･･」と、兎に角押し込んで、後は放置・無視の親と子。これは特別に問題外です。最近、テレビのコメンテイターの『きれい事』や『学校の先生はサラリーマン化』の下層レベルの人々向けのコメントを真に受けて信じ切って、自分自身で考えたり我慢・行動しない保護者が多すぎです。そんな人たちほど「お客さま」や「金払ってるでしょ」と上から人を使って我が子を何とかしようとしますよね。何とかして欲しければ、少しは生活を変えて従って下さい。従うのが嫌なら、今まで通り、自力で何とかして下さい。私たちは、お金を貰うためには、プライドも捨てて何でもかんでも従う程、人としてのプライドまでは捨てていませんので・・・。でも、お金は、いくら有っても困りませんけど・・・(偉そうに言ってゴメンなさい)。</description>
      <pubDate>Tue, 02 Apr 2019 15:09:13 +0000</pubDate>
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      <title>どうしたいの？20190402</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-128991/</link>
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      <description>久しぶりでごめんなさい。新元号も発表され、春期講習も佳境に入り、進学・進級の生徒もバタバタ･ハラハラ・うきうきの中、色々な方の言葉にへこんでいます。教室が引越しをした事はお伝えしたと思いますが、以前は道路から数ｍ奥まっていたためか気付いて頂けなかった方々にも、今度は道路に面しているため、問合せや体験申し込みを次々頂けています。有り難いことです。ですが、普通では(普通の定義が曖昧ですが･･･)考えられない来訪がが続いています。駐車場のラインも関係なく横向きに止めてエンジン掛けたまま突然入って来られ、「ごめんください」も無く、「パンフレット下さい」と言って、急いで『ひったくる』ように帰られる方。「新しくオープンされたんですね。何かオープン特価があるのですか？」と言われる方。電話で「朝から何回掛けても出られなかったんですが、何時なら居るんですか？」とお昼休みに電話をされた方。「ここは個別指導ですよね。〇〇生の▽▽の授業は何曜日の何時からですか？何人のクラスですか？」の質問をされる方。家の子、野球やってるので、祝日・土日以外で３日練習があるので、練習日以外の来れる時間で授業を動かして貰えるのですか？と言って来られた『学校で、中の下か下の上レベルの生徒』のお母様。これは、地域性ですか？我が教室だけの特殊な現象ですか？この方々だけが特別なのですか？「バカにされてる」と腹を立てながらも、「仕事仕事･･･」と笑顔で対応した塾長なのでした･･･(今日のワンコ風に)。</description>
      <pubDate>Tue, 02 Apr 2019 14:12:04 +0000</pubDate>
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      <title>おかげ様で全員合格!!!20190314</title>
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      <description>教室のある地域では、まだまだ「公立高校神話」が残っていて、公立高校を第一志望にする家庭が多いです。その地元の公立高校の合格発表が今日ありました。おかげ様で全員合格してくれました。塾生以外の「少し訳あり」の外部生も合格してくれました。ホッとしました。一年間の苦労が報われました。毎年毎年、これだけの実績を積み重ねてくれる生徒たちに感謝です。でも、現中2生の一年間もスタートしました。まだまだホッとできそうにありません。「何ちゅう仕事を選んだんじゃ」と愚痴りたい反面、この日の為に頑張れる喜びも味わえます。何だかなぁ〜。私は虐められて、苦しめられて喜ぶ体質か?いやじゃぁ(涙)</description>
      <pubDate>Thu, 14 Mar 2019 21:39:07 +0000</pubDate>
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      <title>教室のお披露目をしました20190310</title>
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      <description>先日、引っ越しました。これは何度もお知らせしていますよね。お迎えにお越しになられるお母様方も「ちょっと、見せて貰っても良いですか?」と見学(見物?)を希望される方が多く(大切な子供が通うので心配になるのは当然ですよね)片付けの終わっていない場所もすべて見て頂いていました。昨日、ご近所の地域の会議がありまして、その場所に教室を使って頂きました。これからもこの地で頑張っていくので、ご近所さんとも仲良くして頂く必要があるからです。参加された方々は日本の地方都市の特徴であります「高齢者」が殆どです。参加された方々も「へぇ〜、最近の塾ってこんなんなってるんや」と感心しきりでした。これからも、私の考えや心意気をご近所さんにお伝えしていきたいと思っています。</description>
      <pubDate>Sun, 10 Mar 2019 23:49:12 +0000</pubDate>
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      <title>もう、嫌だぁ〜!!20190228</title>
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      <description>先日来よりお伝えしていますように、教室の引っ越しをしました。授業への支障は無いように努力はしていますが、他の雑用と、長年の細々した雑貨の移動が儘ならなくて、まだまだ毎日バタバタしております。その中で、体験授業や、説明や問い合わせが続いて(有難いことです)おり、今まで通り、体験後に、現状がどうで、何が問題で、今後どうするべきかを正直にお伝えしています。すると、年々増加傾向にあった、これらの言葉が次々に聞こえてきました。*「そんなことは無い」*「家の子のことを分かってやって無い」*「サッカー(野球)が忙しいので、通塾は〇〇曜日の△△時しか無いので、そこで成績を・・・」*子「何か厳しそう。嫌だ〜」母親「そうね。〇〇ちゃんが通うのだから、〇〇ちゃんが気持ち良く通える塾が良いわよね」*覚えていないことを指摘すると、子「何かキレそう」母親「家の子感情の起伏が大きいので・・・」*「△△さんの体験授業の感想を聞いて、家の子には無理かなと思うので、取りやめます」皆さん、塾選びの目的は何なんですか?母親の自己満足?子どもへの機嫌取り?間違っていることを修正し、出来ていないことをできるようにする。(昔は、これは家庭でやっていたんですけどね)これ以外に何があるのですか?スポーツや習い事では、指導者を思いっきり持ち上げて、時間の全てを向けるのに、勉強だけは、おまけの隙間の残り時間で何とかならないかなぁ?はぁぁぁぁぁぁ?親がそんな考えで、成績が上がった生徒を見たことはありません。私は15年もこの考えとやり方で結果を出してききました。「時代が変わってる。」「世の中が変化している」と言われますが、勉強(特に人間力)の本質は同じです。マスコミの「綺麗事」を鵜呑みにして「子供をダメにしている人」や「権利や過信、過剰な自信・プライドを持っている生徒」や「何でも他人のせいにして、自分は逃げ回っている生徒」に絶対『迎合』したくありません。何〜〜〜んて、偉そうな事を言って強がっているから、「儲からない塾」「生徒が増えない塾」って周りの塾から笑われるんでしょうね(涙)</description>
      <pubDate>Mon, 04 Mar 2019 14:26:37 +0000</pubDate>
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      <title>引越しました20190215</title>
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      <description>久々の「ひとりごと」ですみません。本日、教室を移転しました。と、言っても斜向いなので、直ぐに見えるのですけどね。でも、準備もありますが、教室の運営も止めずに、尚且つ受験生の対応もやりながらの引越しだったので疲れました。そんなこんなで、毎日色々雑務に追われ、ブログが放置になりました。ごめんなさい。もう少し、残務がありますので、あと少しブログが放置になります。ご容赦下さい。因みに新住所は福山市駅家町倉光３４５−５です。電話番号その他は同じです。塾長の「男っぷり」も同じです。「ポ〜〜ッ」としたい方は、お越し下さい（笑）</description>
      <pubDate>Fri, 15 Feb 2019 20:14:59 +0000</pubDate>
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      <title>お詫びと言い訳20190121</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-127309/</link>
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      <description>新年のご挨拶をしたっきり、「ひとりごと」が止まっていました。ご愛読者の皆様(そんな奇特な人居るのか?)ごめんなさい。少しだけ言い訳をさせて下さい。年始から「引っ越し」の準備。親父の法要。親戚の諸お付き合い。とバタバタの連続で、毎日「仕事終わりで食事食べてパタン。」の日々でした。だからって「ブログの更新位できるだろう」の声も聞こえてきそうですが、本当にゴメンナサイ。ここに心よりお詫びします。皆様の怒りを鎮める為に、話題を逸らします。今日、月が地球に非常に接近している期間なんだそうですね。アメリカでは、皆既月食の赤い大きな「スーパーブラッドムーン」が見えたそうですね。同様のものが日本で見ることができるのは１４年後だそうです。日本でも満月が、いつもより大きく見える「スーパームーン」だそうです。まだ数日見えるそうですから、綺麗な月を見て、怒りを鎮めて下さい。「あ〜、良かった。これで話を誤魔化せた(笑)。」</description>
      <pubDate>Mon, 21 Jan 2019 23:17:34 +0000</pubDate>
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      <title>新年のご挨拶20190101</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-126898/</link>
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      <description>新年おめでとうございます。皆様、良い歳をお迎えのこととお慶び申し上げます。私は昨日一杯まで残務・雑務に追われていましたが、本日は、皆様と同様に正月を満喫しております。朝から初詣。年賀。の後は、「食っては飲み」「飲んでは食い」を繰り返し、管理栄養士に言わせると「絶対ダメ」と言われる『ダラダラ食い』を続けています。夏から秋に頑張った「ダイエット」も何のその「絶賛リバウンド中」です。皆様も滅多に無い正月です。楽しくお過ごし下さい。「あっ、受験生はダメよ。君たちに正月もクリスマスも来ません」</description>
      <pubDate>Tue, 01 Jan 2019 19:07:29 +0000</pubDate>
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      <title>私こと20181230</title>
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      <description>年末最後に、本んと〜〜〜うに、しょ〜〜〜うも無い話です。私は夏に感染症で脛を怪我して、傷口に雑菌が入ることが怖くて、お風呂に入れず、ず〜〜っと、シャワーで我慢していました。数日前に「かさぶた」が固くなり、完全に塞がったので、本日久々に湯船に浸かりました。「本当に気持ち良いですね」の一言でした。私らしいでしょ?今年の締めにふさわしい「しょうもない」話で。ではでは、良いお年をお迎え下さい。</description>
      <pubDate>Mon, 31 Dec 2018 00:01:47 +0000</pubDate>
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      <title>今年もありがとうございました20181230</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-126886/</link>
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      <description>久しぶりで申し訳ございません。冬期講習と受験生対応でバタバタしていまして、「あっ」と言う間の2週間が経過してしまいました。昨日29日に今年最後の授業は終了しましたが、私は毎年のことながら、まだまだ残務に追われています。明日も色々やります。今年を総括すると「生徒が年々幼なくなる」と「「お母様が子供の自立を望んでいない」です。間違っていても出来ていなくても、最後にはお母さんが何とかしてくれる。分かっていなくて間違っていてもお母さんが何とかしてくれる。と他人の話を適当に聞いたり覚えていなくても平気な生徒。「言っても言ってもやらないから…」と嬉しそうに子供がSOSを出す前に、周りに攻撃や下拵えを始める母親。「子供を守ってやるのは親しか居ませんので…」の気持ちは分かりますが…。来年はどうなるんでしょうね?続けてよろしくお願いします。</description>
      <pubDate>Sun, 30 Dec 2018 23:54:15 +0000</pubDate>
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      <title>そんなことは無い!20181213</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-126521/</link>
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      <description>以前に何回も書きましたが、この言葉が口から出る人の多くに辟易しています。他人が、嫌われるのを覚悟で、嫌がられるのを覚悟で、人間関係がギクシャクするのを覚悟で、自分には殆どメリットが無いのを分かった上で、覚悟を決めて敢えて指摘した言葉を一言で一蹴するのです。「そんな事はありません。僕はチャンとやってます」「そんな事はありません。家の子はそんなに悪い子ではありません」「そんな事はありません。先生、もっとチャンと家の子を分かってやって下さい」「そんな事はありません。もっと家の子を認めてやって下さい」等です。生徒が言うのは「ハイハイ、人生経験が短いし、困った事が無いし、今だけどうやって楽な方法を探そうかとしているのね」と半分は笑ってやれます。しかし、大人が言うのは違うと思います。私とそんなに違わない人生経験を積んで来られたのでしょう?だったら、このまま、それを続けるとどうなるのかお分かりですよね。続けて来られた結果が現在ですよね。何でも「文句」を言って、何でも「上からの立場」で接して、何でも周りや他人の『せい』にしていれば、何とでも生きていける世の中に、少し染まり過ぎじゃ無いですか?甘えすぎじゃないですか?教育や子育ての基本は親の背中です。親の対応です。その親が、子供の目の前で、他人を攻撃して、自分の感情を鬱憤を晴らすのを見せて、何のメリットがあるのですか?「そんな事は無い」100％はありませんが、一度本意や真意を聞いてから判断や反論をしても良いのではないですか?</description>
      <pubDate>Thu, 13 Dec 2018 17:13:34 +0000</pubDate>
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      <title>縁切りの神様?!?!?!20181127</title>
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      <description>私は昨日(正確には一昨日)出雲にある「宇美神社』にお参りしてきました。主祭神は「ふつのみたまのかみ」と「ことさかのおのみこと」と『縁切りの神様』なのです。悪縁を消徐して、悪縁を切り、浄化して頂けます。縁切りは、男女の縁も勿論ですが、正確・病気・トラブル等の人間関係にすべて当てはまるのです。その後、同じ敷地の中に祭ってある「いざなぎのみこと」と「いざなみのみこと」の夫婦神に良縁をお願いして帰ります。「えっ、塾長も切りたい縁があるの?」と言われますが、私も生きてると色々あるのです。縁結びの絵馬が沢山架かっていました。縁結びの神様は、あちこちに色々聞きますが、縁切りがメインの神社は始めて聞きました。「だから何だ?」と言われるとこまるのですが・・・。参考までに。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Nov 2018 01:23:49 +0000</pubDate>
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      <title>親心?母親なら普通?20181122</title>
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      <description>私は男親なので、全てを女親と同じ感情は持てませんし、時には理解できない感覚を言われる事もあります。しかし、最近の保護者との面談で、理解できない言葉を立て続けに言われたので、戸惑って「やっぱり私は変わってるのかな?」と感じている事例をお話しします。宿題はしばしば忘れる。覚えて来ない。何度指示しても決して自宅で復習をしない。「英語は幾つかを組み合わせないとできない」と言っても一つ見つけると直ぐに書いて誤答。来て座っているから其の内成績は上げて貰えると思っている生徒に、来ているだけで指示に従わないのなら、成績は上がらないので、月謝の無駄だよ。塾を止めた方が無駄にならないよ。と言いました。すると後日お母様がお越しになられて、「家の子は未だ小さいし、中学生に『止めろ』等のワードを言うのは、非常識では無いですか?」といわれました。他に、中３の男子のお母様が、一から十まで全部手も口も出されます。「自分で遣らせる練習をしないと親も子も変われないですよ」と失礼ながら申し上げると、「でも、家の子一人では何にもできないんです。だから皆さんに迷惑を掛けないように、私が仕方なくやってるんです。」と言われました。「子離れ」「親離れ」ができていないと言えばそれで終わりかもしれませんが、それを「自分だけが子どもを守っている」と勘違いの思い込みを他人に押し付ける感覚が、私には理解できません。やっぱり私って、変わってますか?冷たいですか?厳しすぎですか?非常識ですか?不思議な感覚で悩んでいます。</description>
      <pubDate>Fri, 23 Nov 2018 00:19:55 +0000</pubDate>
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      <title>「私は正しい」って・・・?</title>
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      <description>以前は少数派だったのですが、近年、超増加傾向にある言葉です。「私は正しい」「私は間違って無い」「私はチャンとやっている」「私は知っている」「私は出来ている」さて、これは子供の言葉でしょうか?大人の言葉でしょうか?答えは…………両方です。大人の場合は、さらに続きます。「私はチャンと子育てをした」「私の子育ては間違って無い」「私は、〇〇については知っている。だって△△さんのお母さんが言ってたから…」「上の子は、このやり方でキチンと良い高校へ進学できた。私は全く同じように育てた。出来ないのは、この子が悪い」これらの言葉、誰に確認したのですか?誰に言われたのですか?誰と比べたのですか?誰にも確認していないですよね。全〜〜部、自分が『思った』ですよね。誰かに別の意見を言われたら、素直に受け入れますか?誰かに相談して受け入れてきましたか?テレビやマスコミの綺麗事を盲信してきましたよね。自分に都合の良い言葉だけを聞いて、他は聞き流してきましたよね。だから、今の結果なのです。だから、今苦労しているのです。だから、これからも苦労するのです。「だって、共稼ぎだから、子供に掛かりきりにはなれないのよ」今の日本では、それが普通です。共稼ぎの家の子は、皆んな成績不振ですか?だれでも、自分を悪く言って欲しくありません。責めて欲しくありません。大人も子どもも同じです。でも、我慢して考えて頑張った結果の苦労と、頑張らないで楽した結果の苦労では後味が全然違います。敢えて、他人が「嫌われる」のを覚悟で指摘しているのです。少しだけでも聞いてみる価値はあるのでは?と、偉そうに言うと、必ず突っ込みがきます。「先生の家のお子さんは、さぞ完璧な賢い良い子なんでしょうね」と。じゃあ無いから、多くの失敗を反省したからこそ言っているのです。ごめんなさい(ペコリ)。</description>
      <pubDate>Mon, 05 Nov 2018 15:07:15 +0000</pubDate>
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      <title>遊びも強行日程です20181029</title>
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      <description>月末にたまに連休になる事はお知らせの通りです。連休には、「せめて１日は外出したい」もお知らせの通りです。よって、初日の２８日に外出しました。まず、姫路にある「太陽公園」です。石を使って、世界中の有名建造物を再現してあります。中々見事で圧巻でした。以前から「兵馬俑坑」に興味があり、行きたいと思っていたので、やっと叶いました。巨大なお城もあります。そこが１３時３０分頃に見学終了したので、突然に思い立って「金毘羅宮こんぴらさん」に参りました。参道から本宮（正宮）を通り、奥宮まで参りました。およそ１時間掛りましたが、何十年ぶりかのお参りで、なんだか心が満足しています。仕事も遊びも「一生懸命」を思っていますが、自分ながら何とも強行スケジュールでした。</description>
      <pubDate>Mon, 29 Oct 2018 17:06:57 +0000</pubDate>
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      <title>誰も言ってくれないから・・・20181023</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-125309/</link>
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      <description>小学校での成績位置や、どのレベルの学力がどの程度の偏差値で、どこの学校に可能なのかを殆どの保護者様はご存知ありません。なのに、自分の学生時代の経験や、知らないのに「知ったか…」で喋りたい母さんの言葉だけを信じて、態度や子供への対応を変えない方が多すぎです。たとえば、偏差値12位離れている高校を志望し、「前、行っていた塾のの先生が、狙えない距離ではないですよ。と言われた」だから、合格できないのは、この塾の対応が悪いからだ。との言い方をされますが、勉強や模試や生活の時間の使い方より、小学校から続けている『良い子』である為の行動や、地域の行事や自由参加の学校行事を優先されます。他に、「生徒が自分を過信し過ぎてます。注意しても無視してやってくれません。家でも言ってもらえませんか?」とお願いしても、『そんなことは無い』とお母さまは無視されます。『学校の先生に』良い子だと褒められます」と自信をお持ちです。その他、「毎日学校に行ってるのだから、家の子が聞いて無い訳が無い。単語テストをやってるので覚えて無い訳が無い」と思い込まれていますが、現在の公立小学校では、３日後のテストに書き込めるだけの知識を持っていればOKで理解したり覚えたりは必要ありません。そこで80点しか取れないでは「・・・」です。「覚える」っていう行為も、保護者の時代は覚えるまで残されましたが、今は覚えようが覚えて無かろうが、個人の自由です。すると、生徒は楽な方を選択するのは必然です。例えば、この地域の単語テストは、「明日単語テストをするから、この５個を覚えて来てね」と言って５個だけを書かせて終わり。つまり、覚えるとは、「3分間残すこと」との定義が子供たちにインプットされます。学校に期待してはいけません。なぜなら、偏差値65〜30位の生徒が混在しているのです。その上、下位層の生徒と保護者ほどクレームが多く、学校はその対処で手一杯なのです。このような事実を周りの誰も言ってくれません。他塾も学校もです。だから、私が事実だけをお伝えすると「あの塾長は頭がおかしい」と噂されるのです。だって、私は綺麗事が大嫌いですもん。生徒の進路志望はできるだけ叶えてやりたいですもん。月謝だけ受け取って「力及びませんで…、残念です」は言いたく無いですから…。この考えが「頭おかしい」と言われる元凶なんでかね?</description>
      <pubDate>Tue, 23 Oct 2018 14:25:00 +0000</pubDate>
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      <title>塾にお願いしたんだから・・・20181014</title>
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      <description>「塾にお願いしたんだから…」近日の困りごとの第一位がこれです。小学校で60点70点しか取れてなかった生徒。勿論、学習習慣が付いて無くて方法が間違っていたからの結果ですが、その保護者が、「私はキチンと言ったんですが、この子ができないみたいなんです。」と丸投げで連れて来られます。勿論、一か月もすると原因が明確になりますから、保護者に協力と保護者自身の対応の変化をお願いすると「えぇ?だから塾にお願いしたのに…」他に、いくら注意や指摘をしても指示に従わない生徒の実情をお伝えするために数回保護者にお越し頂いたのですが、殆ど改善が見られないので生徒に「あの後、お母さんは何て言ってた?」と聞くと、「別に…」だそうです。可愛い可愛いで大切に大切に育てて、我慢や危険予知を全くさせて来なかったお母様。勿論子供もできないまま大きくなっています。だから、言っても言っても現実味が無く、自ら努力して改善する気が無く、「何でも、必要なら大人が何度でも繰り返し言ってくれる。頑張ってるから私は悪くない」と思っています。勿論、そのお母様も、「私が言っても聞かないし、私は専門家ではないので…。だから塾にお願いしたんですよ」と。近日、このタイプの保護者が急激に増加しています。原因は、子育て・躾を誤解している団塊ジュニア世代が、「とにかく誰かのせいにして文句だけ言っておけば、全て叶えられる」とか「だってテレビで〇〇が言ってたよ。親も生徒も悪くない。先生と行政の対応が悪いって…」です。賢い皆さんなら、何が原因かお分かりですよね。まず、何を躾け直す必要があるかも…。言い過ぎました。失礼しました。</description>
      <pubDate>Sun, 14 Oct 2018 19:29:38 +0000</pubDate>
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      <title>すごいハシゴをしました20181014</title>
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      <description>今日私は、色々な用事や趣味のハシゴをしました。朝は、近所の同年配の方々の協力で「物置の移動」。それから、見たかった映画を見る為に、久っしぶりに電車に乗り、樹木希林さんの遺作「日日是好日」を見ました。その後、もう一本見たい映画があり、少しだけ時間潰しをして、大杉漣さんの遺作「恋のしずく」を見て慌てて電車で帰着。その後、調子の悪かった「眼鏡」を新しくするために眼鏡店へ。食事を済ませて(今ですねぇ)昨日の仕事の残りを終わらせるために教室へ。何かバタバタの一日でした。でも、思ってた事が一通り終わって満足です。</description>
      <pubDate>Sun, 14 Oct 2018 19:02:06 +0000</pubDate>
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      <title>あの台風の中・・・20181001</title>
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      <description>いつもお話ししている様に、我が教室では月末に連休になることが２〜３回あります。この９月の２９日と３０日がその一つです。以前より、「連休の内、一日でも良いので、完全に教室を離れ、気分転換をするんだ」と言い続けていましたが、今回は２９日に生徒の都合で振替のテストになってしまったので２９日は無理でした。そこで３０日は何が何でも出かけようと頑張りました。台風情報は聞いてはいましたが、朝起きてみると小雨で風無しでした。ワンチャンスとばかりに直ぐにお出かけ。「さて･･･」と選んだのが出雲大社です。片道３時間。到着した頃に少しだけ雨脚が強くなりましたが、何とかお参りできる程度。キチンとお参りし、馴染みの蕎麦屋さんで「割子そば」を食べて「さてどうするか」と考えましたが、やっぱり教室が心配になり、そのまま帰って来ました。台風に向かって帰ってくるのですが、そんなに酷くはありません。拍子抜けしながら帰着しました。ところがところが、帰って暫くすると、雨は凄くなりその後、風もとんでもない程度、帰っていて良かったと反省しきり。後片付けに散々なお休みでした。知人に話すと、「台風は分かっていたのに『バっカじゃ無い？』と思う」と言われました。私もそう思います。（笑）</description>
      <pubDate>Mon, 01 Oct 2018 21:13:51 +0000</pubDate>
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      <title>日本語ができないのは親の対応?20180927</title>
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      <description>最近は昔に比べて日本語ができない(理解できない・表現できない)生徒が非常に増えました。本人も家族も、その自覚が無いのが一番厄介です。たとえば、英語の問題で、「〜〜〜していましたか」となっていたら、過去進行形の疑問文と当然のように判断できますよね。ところが、過去疑問文までは理解できるのですが、進行形を見つけることができないのです。話しは変わりますが、近日は入試説明会が目白押しで、その中の一校で「不登校とか欠席日数が多いとか問題行動があったとか問題は其処では無い。それを周りの大人が本人抜きで何とか処理してしまうのが問題で、いつまで経っても自分の意志で処理する気持ちにならない。だから、今後は大人の言葉は不要。どんな方法でも良いので自分の気持ち・決心を自分の言葉で相手に必死で伝える努力が見たい」言われていました。まさに私もそう思います。生徒が相手の言葉や真意を聞こう・分かろうともしていないのに、大人が先に許して認めてやりすぎ。自分の意志を自分の言葉で伝える努力もしていないのに、周りの大人が色々言って汲み取ろうとしすぎです。子供が単語や音しか出して無いのに「分ったよ」となる訳がないのです。その環境で日本語を理解したり駆使する努力をしていないのに、日本語力が上達する訳がないのです。口答えをしない・口数が少ない子を「大人しい良い子」と喜ばれますが、そんな子が正にズバリです。ひどい時には、どう反論したら良いのか分からないので、黙って無視して固まっている最悪のパターンの生徒も居ます。少し子供を観察して、誰かに相談してみられたらいかがですか?</description>
      <pubDate>Thu, 27 Sep 2018 23:50:08 +0000</pubDate>
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      <title>日本語が?定義が?20180920</title>
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      <description>最近の出来事です。受験生が指示通りにしないので注意し続けているのですが、その生徒は「はい」と不服げに返事をするだけで、絶対に態度や行動を変えてくれません。ある時聞いてみると、先生の言ってることは理解できるので僕は言われたようにやってる、すごく頑張ってる。なのに先生は「やってない」って言う。だから訳分らんから放置している。とのことです。担当の講師にも確認してみると、私と同意見でした。再度生徒とゆっくり話してみると、常識的な日本語を知らない上に、勉強とは?やってるとは?できてるとは?行動を変えるとは?意識を変えるとは?の定義が、小学生並みに違っていました。これを、お母様にお伝えすると、「そんなことは無いです。家では普通に生活に困らないですから…」とのお答え。あ〜ぁ。家庭での会話に日本語では無く、記号や単語で生活されているんだなと、感心してしまいました。すごく失礼な発言をお詫びします。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Sep 2018 00:02:45 +0000</pubDate>
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      <title>体罰指導？20180907</title>
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      <description>近日、スポーツ業界？で暴力やパワハラが大問題になっています。勿論、暴力やパワハラは絶対にダメです。ここで体罰が必ず問題になります。はるか昔、「しつけ」や「愛情」「期待」の名の下に体罰が行なわれていました。勿論、指導者も心からの指導をする上での行ないでした。叩かれた生徒の方も、指導者の心が分かって、直ぐに従って改善・上達をしていました。ところが現在はどうでしょう？「そんな古臭い」とか「指導力が無い」の言葉で、生徒を100％擁護し、全てが指導者の責任に押し付けられています。指示や指導に従わないで仕事もしない社員を守り、「経営者は悪」「企業家は悪」とのマルクス・レーニン主義の様な間違った綺麗事をを崇拝しているのです。あるＴＶ番組で、ある指導者がコメントしていました。「有名な団体に金を払って入りさえすれば･･･」「有名な指導者の下に入りさえすれば･･･」『私は努力しなくても、必ず上達させて、〇〇に行けるようにしてくれる』と思っている生徒や保護者が多すぎる。指導者の言葉を、チャンと聞いて分からない人は、もうダメ。怒られないと・シバかれないと聞けない人は、もうレベルが低すぎてダメ。無理。指導どころでは無い。と、言われてました。私も、そう思います。なのに、指導者の言葉を無視したり、スルーしたり、テキトーに済し崩したりしても、結果だけは強硬に求めてくる生徒・保護者が多すぎです。何でも『ひとのせい』にする社会風潮に流されすぎではないですか？自分を振り返って見ていますか？「他人の振り見て我が振り直せ」古の言葉を思い出してみましょう。</description>
      <pubDate>Fri, 07 Sep 2018 14:29:13 +0000</pubDate>
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      <title>言葉がぁぁぁぁぁ20180906</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-124255/</link>
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      <description>生徒や保護者と、勉強のやり方や毎日の意識についてバトルすることは多くあります。その中で、もっとも多くおこる「すれ違い」が、日本語の定義が違うことです。塾･･･分かった？(用語と公式と使い方と今後の考え方を求めている)生徒･･･分かった(この問題の式と答えが･･･)保護者･･･家の子が分かったって言ってるんだから･･･塾･･･覚えて来るんよ(今後一生使うから、何時間掛っても覚えろ)生徒･･･分かった(これはこうする。３分で多分大丈夫)保護者･･･家の子、覚え方が分からないようなんです。それを教えてやって下さい。塾･･･今までと意識を変えて、塾の指示通りにやるんよ(このままでは間に合わないので)生徒･･･うん、分かった。(とにかく返事をしとかんと先生しつこいから･･･。どうせ分からんし。今までこれで何とかなったし。学校では上位だし。学校の先生は何も言わんし。うるさいのは塾の先生だけだし。どうせ攻撃まではしてこんだろうし)保護者･･･だから高い月謝を払ってるんだから、塾で何とかしてよ。塾･･･このままでは志望校には届きませんよ。生徒･･･だから塾に来てるんじゃ。頑張ってるでしょ。保護者･･･何〜に、偉そうに。そこを何とかするのが塾でしょ。何んか、家の子がチョコチョコっとやったら点数が上がる裏技は持って無いの？高い月謝を取っておいて･･･。どうですか？スポーツも習い事も勉強も、意識・練習・素直・繰り返しは同じですよね。どうも、勉強だけは「素直に我慢しなくても、裏技でチョコチョコっとできるもの」との定義が定着し始めているようですね。この場合、私はどうしたら良いのでしょうか？</description>
      <pubDate>Thu, 06 Sep 2018 20:56:18 +0000</pubDate>
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      <title>夏期講習終わりました20180901</title>
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      <description>夏期講習が終わっちゃいましたね。正確に言うと、高校生と私学生は先週から始まっています。公立の小・中学校は明後日からですよね。真面目に頑張って、笑顔が増えた生徒。お金だけ払って「怒られてばっかり」なのに、絶対に指示に従わないで自己流を通した生徒。大学受験生なのに、ま〜だ、「教えてもらえば成績は上がる」「これは苦手だから諦める」とかの小学生レベルを言う生徒。高校生で、今まで休みが終わるまでに宿題が終わったことが無かった生徒が、今年は塾の指示に従って頑張ったら、お盆までに全てが終わって、ニコニコと「一週間遊べた」と喜んでいた生徒。保護者が、「８月３１日は空けて下さい」と言っていたが、何とかお盆までに宿題を終わらせた中学生。ほ〜んと、色々です。さぁ、ここからが受験本番です。頑張ります。</description>
      <pubDate>Sat, 01 Sep 2018 17:19:00 +0000</pubDate>
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      <title>お盆休み。いかがお過ごし・・・20180815</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-123773/</link>
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      <description>教室は夏期講習の真っ只中の「お盆休み」です。今流行りの「夏期休暇」では無くお盆休みです。日本の文化やや伝統行事に拘る私の悪い「癖」です。毎回「長期休暇の中で、一日でもどこかに行く」と宣言しているわたしですが、今回は無理です。何故なら、私の足が動かなくて、歩けないのです。原因は明確ではありませんが、毒素が入って、ピンポン玉位に腫上がってしまいました。病院で「抗生物質」の点滴をして頂き、「膿」になるまで待ち、今日、めでたく「カット＆噴出」をしました。麻酔ができないとのことで、直にメスを入れ、先生の手で寄せては出すを繰り返し、洗い流して終わりました。私が唸ってベッドにしがみ付いていると、途中で先生が「これが本当の産み(膿)の苦しみやね」と言われましたが、「先生。上手いけど、今はそれどころじゃ無いし、産んだこと無いから分からない」と口答えまでしてしまいました。休み直前からの出来事なので、沢山の生徒や先生に迷惑を掛けてしまいました。ここで改めて「ごめんなさい。ありがとう」中には心配して、生徒のお母様が「マッサージ」で痛みを和らげる為に、二度もお越し頂けました。本当にありがとうございました。やっぱり、多くの人々の心に支えられて日々を送っているんだなと感じた「盆休み」でした。17日からは頑張ります。</description>
      <pubDate>Wed, 15 Aug 2018 23:58:30 +0000</pubDate>
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      <title>「勉強とは・・・」を勘違い?20180803</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-123530/</link>
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      <description>成績不振を相談され、入塾の話をされた方とその子(つまり生徒)の話しです。その方の言い分を掻いつまんで書きます。Q.小学時代の成績は?A.中の上です。悪くは無いと思いますよ。いつも60点から80点の間だから平均すると70点は取っていましたから・・・。Q.現在、ここまで成績が下がっていますが、どんな話し合いと対策を?A.私はいつも「ちゃんとしなさい」「自分の責任でキチンしなさい」って言い続けているんですけどねぇ。生徒に自習スペースを使って勉強する姿勢と方法を確認したいので、夏休みの宿題を持って来てやってる姿をみせて貰いました。「質問や分らない所は?」「ありません」暫く様子を見ていた。学校のテストがあの点数なのに、スラスラ解答を書き込んでいきます。途中式も計算式も無く、次々と正答を書き込んで、あっと言う間に４ページ終了。「えっ」と確認すると、欄外に答えが印刷してあり、すべてそれを写していました。「ちょっと待て。それは勉強では無いし、それでは勉強にならない。その考えを止めないのだったら入塾はダメよ。いままで、いつもそうしてきたの?」「はい、我慢や苦労よりも、母さんが『終わらせろ』と怒るし、正解や間違いよりも、終わって埋めてあればほめてくれる。書き終わってなければ怒る。だからこうしてきた」と言うのです。皆様。ご意見を資料請求のページからお寄せください。</description>
      <pubDate>Fri, 03 Aug 2018 01:04:09 +0000</pubDate>
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      <title>免許皆伝？20180724</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-123265/</link>
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      <description>私たちの教室は学習塾です(時々躾塾や更生塾と勘違いされている保護者や１〜２ヶ月で性格まで変えてくれる魔法塾と勘違いされている保護者がいらっしゃいますが･･･)。他にも塾(教室や道場まで含みます)と名の付く教室は沢山あります。それらの内容を聞いてみると、先生が教える。生徒が聞く。先生の言ったやり方で先生の求めたレベルまで到達すると「級」なり「段」なりが上がり、最後の最後に全て先生と同じレベルまで達して「もう教えることは無い」となったとき、『免許皆伝』状態で卒業します。期間は分かりません。本人の努力次第です。永遠に到達しない生徒も居ます。それでも先生は妥協しません。できない生徒には合格を与えませんし、卒業を認めません。保護者もそれを知っていて、無理やり卒業を求めたり、無理やり昇段を求めることはありません。勿論、練習しない我が子を庇って「先生の指導が家の子に合わない」とか「先生の評価が厳しすぎる」と無理やり卒業を求めたりをしませんよね。ところがところが、(勘の良い方は、もうお分かりですよね)です。何故か学習塾だけは逆なんです。保護者と生徒が決定権を持っていて、期限までをも保護者と生徒が決めてしまうのです。到達していなければ、普通ならいつまで待ってもＯＫは出ません。ところが、学習塾は期限があります。レベルも保護者が決められます。生徒と保護者が「勝手に免許を発行している状態」です。それで実力が無ければ塾の責任です。無視して「スルー」していれば(殆んどの塾がそうです)良い事です。しかし、私たちは「正直者集団」です。ダメなものはダメ。無理なものは無理。とハッキリ発言してしまいます。それで揉めるのです。「頭おかしいんじゃないの？」とか「家の子を分かってやってくれない」とか「厳しすぎる」なんて日常語です。何故でしょう？？？？？？？？？？？？？しょうがない。そうゆう仕事を選んだから･･･、では無く、何が違うのか、他塾と同じなのか？私たちはそんなに身分が下なのか。学習は下。ピアノや習字やサッカーは上なのか･･･。誰か教えて下さい〜〜〜〜〜！</description>
      <pubDate>Tue, 24 Jul 2018 17:55:58 +0000</pubDate>
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      <title>放っとけば良い20180721</title>
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      <description>近日の生徒の態度・行動を見ていて、昔より増加している態度に「放っとけば良い」が多く見受けられます。大人の生活や言葉で言うと「先送り」「自然消滅」「済し崩し」です。面倒臭い⇒放っとく嫌いだな⇒放っとくダメなら誰かが再度言ってくれる⇒放っとく再度言われても⇒放っとく何とかなるはず⇒放っとく誰かが何とかしてくれた経験⇒放っとく何故なら、『放っとけば』何とかなった経験があるのです。夏休みの最終日に泣きながら夜中まで責任をとらされた経験が無いのです。「明日、学校で居眠りしたらダメだから早く寝なさい」って言われても「絶対やる子」は放っとく発想が無いのです。周りの１０人に１人でも『自分が楽な選択肢』を示してくれれば、迷わずそれに食いつきます。これを読んで下さってる方の中の親御様。「放っといて良かった」人生経験ってそんなに多くあるのですか？「放っといたら何とかなった」経験ってそんなに多くあるのですか？多分、日常の中で『放っとき！』と許されている事が多いのでしょうね？子供の「放っとく」を改善したければ、「粗探しのクソババア」「鬼」「真面目ちゃんか？」「他所の家の母さんはそこまで言わん」「そこまで細かい親、見たこと無い」を褒め言葉と受け取り、嬉々として「済し崩し」や「自然消滅」を指摘しましょう。予定を先延ばししている現実が見えたら、「入院・治療」が必要なレベルの状態では無い限り、絶対遣るまで「許すまじ」です。一度の甘味が済し崩しを覚えさせるのです。放っといて良いのは「架空請求」だけです。私もそこそこの歳ですが、歳を取ってからの「腹芸」や「根回し」「複雑な人間関係の調整」以外で放っといて得することは経験がありません。「放ってることが普通の子」の保護者様。今こそ自分の甘さを理解して、立ち上がりましょう！おぉ〜〜〜っ！</description>
      <pubDate>Sat, 21 Jul 2018 19:04:48 +0000</pubDate>
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      <title>良い子は勉強できない？20180719</title>
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      <description>私の周りに「良い子」が沢山居ます。では「良い子」って何ですか？社会・マスコミ等で言われる言葉を引用します。先生の言う事を聞いて良い子ねぇ。授業中、黙ってじっとしているから良い子ねぇ。あなたは、口ごたえもしない、大人しい良い子ねぇ。あなたは小学校でいつも８０点とるから良い子ねぇ。あなたは中学校でいつも平均点以上を取るから良い子ねぇ。あなたは先生の板書をしっかり覚えて試験を受けるから良い子ねぇ。クラスであなたより下が１０人も居るからあなたは良い子ねぇ。毎日学校に行っているから良い子ねぇ。私たちの宝。地域の宝。生きていてくれるだけで良い子ねぇ。忘れ物をしても、ちゃんと来るから良い子ねぇ。宿題をしてなくても、ちゃんと来るから良い子ねぇ。覚えることをしてなくても、ちゃんと来るから良い子ねぇ。指示を無視していても、ちゃんと来るから良い子ねぇ。まだ続けましょうか？私ごとき低レベルの人間でも分かっています。生きていてくれる有難さ。毎日学校に行ってくれる有難さ。毎日、弁当箱を空にして帰ってくれる有難さ。じゃあ、何故、人としての根源ができている「だけ」で、成績やゴールのレベルを私たちに求めるのですか？上記の〜まで、一つ一つ丁寧に解説・反論しましょうか？社会やマスコミが、他人の子に『きれい事』を言い過ぎです。またそれを「真に受け過ぎ」です。それが事実かどうかは、大人なら社会で体験してきたはずです。なのに「家の子だけは･･･」とか「もう、そんな時代では無い」とか、親自身が『きれい事』に毒されているではありませんか！子供は経験も苦労も知りません。本当に、このまま「苦労」も「我慢」もさせずに、親の力だけで、立派な社会人に育て上げるお気持ちですか？昔が全て正しいとは申しません。でも、時代がいくら変わっても、変わらないものってあると思います。時々、我慢も努力も「親が叱る」も何〜〜にも無くても、超難関校に受かった話をニュースで見ます。何十万分の一の珍しい事だからニュースになったのです。家の子に限ってニュースには成りません。</description>
      <pubDate>Thu, 19 Jul 2018 17:46:27 +0000</pubDate>
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      <title>苦言は金言20180707</title>
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      <description>私も以前から申し上げていましたが、先日、亡くなられた「桂　歌丸師匠」が常々言われていた言葉があります。『褒めてくれたり。耳障りの良い言葉を言ったり、煽てたりする人は遠ざけろ。叱ってくれたり、苦言を言ってくれるやつが本当の友達だから、一生大切にしろ』です。私ごときが言っても、何〜〜んも心に響かないかもしれませんが、大師匠が言われると、やっぱり重いですよね。ところが、現代の風潮は全く逆です。お金を払ってるから「お客様は偉い」や、マイファミリーだけが良ければ良い「エセ仲良し家族」を求められる親御様。そして「私はキチンとやっている。親や学校の先生はこれで良いって言った」との『エセ優等生』や大人が決して攻撃や罰をしてこないことを知っているのバッチリ利用している『エセ地域の宝』生徒が多すぎです。結果「だけ」が全てとは申しませんが、結果が出ないのに「努力」や「我慢」や「継続」をして『素直に聞いてる』って言っている生徒や保護者。赤ちゃんじゃ無いのだから、周りの苦言は喜んで受け入れろ！と言いたいです。言う方も、言わずに済むのなら、「嫌われ役」を買って出てまで言いませんので・・・。生徒と出資者に嫌われたく無いから、多くの塾がここに触れないのです。</description>
      <pubDate>Sat, 07 Jul 2018 16:36:46 +0000</pubDate>
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      <title>根拠の無い感想・・・20180703</title>
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      <description>今日は、私の「全く根拠の無い感覚・感想の話」を書きますので、気分の悪くなった方や、『何でや！』と腹の立った方は、直ぐに読むのを止めて下さい。間違ってもお近くの塾長にクレームを言ってはいけません（笑）。くれぐれも。オープンして十数年。中学生の意識・態度についてです。最初はそんなにも感じなかったのですが、ここ数年。大変感じるようになったことをお話しします。公立の中学に通っている生徒（とは言え、我が教室に来ている生徒だけですよ）の態度です。私立でしっかり叱られ慣れしている生徒は良いのですが、公立で「放置され慣れ」している生徒が、無視と「やってるつもり」「出来てる気」「これ位で良い」学習をする件です。一斉授業で目が届かないのを良いことに、何が一番楽かを考えて、相手が（親でも先生でも）何を求めているかより、どうすれば怒られる回数が減るかに注力しているのです。ま〜〜〜だ、女子生徒は何度か説明し、注意している間に殆んどの生徒が少しづつ分かって従ってくれます。よって学力も向上します。問題は男子生徒です。中学になると口数も減り、黙っているので分かっているのかと思いきや、黙ってスルーしている場合が殆んどです。反抗期と友達に「良い子ちゃん」と言われるのが格好悪いと思い、どれだけ放置しても怒られないかを競っているのです。勿論、現状はお家の方にもお伝えするのですが、誰が注意しても、『実質、自分に痛みが無いので何も変わらない』状態です。勿論、成績は下降します。必要な努力と我慢と継続を怠っているのですから･･･。すると、私たちにクレームが来ます。「高い月謝を払っているのに、どうなっているのですか？息子はチャンとやっていると言ってます」か「家でしつこく言っているのですが･･･」と言いながら放置です。それでも志望校のレベルだけは「保障しろ」的な話になります。男子中学生をお持ちの親御様方、彼らのズルさと幼さを少しだけ御自覚下さい。失礼を言いました。</description>
      <pubDate>Tue, 03 Jul 2018 16:27:16 +0000</pubDate>
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      <title>懐かしい〜〜！20180623</title>
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      <description>先日、ある商店に入店して商品を見ていたら、懐かしい物を発見しました。これです。どうですか？皆さん見たり食べたりしたことありますよね。小さな頃はよく見ていたのですが、最近はほとんど見無くなりました。早速、買って帰り、食べてみました。爪楊枝でプチッと･･･これですよ。こんなお菓子は残って欲しいですね。久しぶりに同様のアイス。たしか「タマゴアイス」っていったかな？買って来ようっと。</description>
      <pubDate>Sat, 23 Jun 2018 15:06:05 +0000</pubDate>
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      <title>えっ？そうなんだ！20180621</title>
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      <description>今日は、難しいことは何も無く、読み飛ばして下さい。先日、我が家の愛犬「そら」の爪切りに行きました。飼っている場所は「セメント」「レンガ」「コンクリート」。散歩している場所は「アスファルト」と、爪を削ることはあっても、伸ばすことは無いだろうと思って飼っている犬についてです。傍に寄ると、後ろ足で立ち上がって、前足を私の手や体に当てて来るのです。その時、「カリッ」とか「チクッ」とか「ガリッ」で痛みを感じる事が多くなったのです。まさか「爪が伸びている」なんて考えたことも無かったのですが、近日は、それが顕著になってきたので切ろうと考えたのですが、「犬の爪には神経が通っていて、切りすぎると血が出るよ」と聞いたので、怖くて自分ではできません。ペットショップに予約して行きました（人間より贅沢ですよね）。すると「随分元気に散歩されてますね（ちょっと自慢）」と言われました。「？？？」としていると、「伸びてないですが、アスファルトやレンガで削れて、先端だけが尖っていました。少し丸くしておきました」とのことでした。「な〜〜んだ」と思った、他愛も無い出来事でした。</description>
      <pubDate>Thu, 21 Jun 2018 13:41:23 +0000</pubDate>
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      <title>普通じゃない！20180620</title>
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      <description>以前よりお話ししています様に、我が教室は「間違ってる事は間違ってる」「ダメなものはダメ」とハッキリ叱って、生徒たちの今だけの勉強ではなく、将来（中学や高校や社会人になった時にも）役に立つ勉強方法を指導している”つもり”です。勿論、先生方にもそれはしっかりお話しして、強力な協力をして頂いています。甘えでは無く、本当の苦労や継続をされて現在の実力を身に付けられた、「天才型」ではなく「積み上げ型」の先生が実践して来られた方法や考え方を採用していますので、ほぼ間違っていないと自負しています。ところが、近年増加傾向にある要望や意見（クレームという程ではありませんが･･･）の中に、「学校や他塾に比べて指導基準が違う」「先生たちの考えが、普通じゃないんじゃないですか？」「何を古臭い昔ながらの『我慢』や『暗記』を強制するの？」とか「他所や学校ではそこまで求めませんよ」まで言われて、指導の根幹や設立の心や存在そのものまで否定するようなご意見を頂戴します。教室の指導に素直に我慢しながら従ってきた生徒たちは殆んど実績を残してくれています。指導すればするほど「注意」や「叱る」のワードから遠ざかる成長です。ところが、我慢、継続、素直、実行、苦労の言葉と対極に居るような生徒ほど、お家の方から上記のようなご意見を頂きます。言っても言っても「無視」と「スルー」と「プライド」で成績に変化が見えないどころか、↓です。最悪な時には「あの人たち、頭おかしいんじゃない？」まで言われた経験もあります。「自分（家の子）は絶対正しい」と思っている方、結果が付いて来ていれば正解です。何も言うことはありません。結果が付いて来ていないのに過信している方。そりゃあ、あなた達の基準から言ったら、私たちは「普通」ではありません。しかし、苦労や積み上げで学力を上げている人たちからみると、私たちの言ってることは『当然』のことを求めているに過ぎません。今の「思い通り」を優先させますか？将来の結果を夢見て今、我慢しますか？はっきりしている事は、私は「きれい事」は大嫌いです。</description>
      <pubDate>Wed, 20 Jun 2018 17:41:58 +0000</pubDate>
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      <title>何のための塾選び？20180611</title>
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      <description>先日来より、段々「我がまま」が強くなり、以前に比べて「無視」や「スルー」が増えてきて、それが原因で成績下降をしていた中３の生徒に強めの説教をしたら、家でお母様に「先生が何を怒っているのか分からない」「僕はチャンとしているのに先生たちは怒る」と報告し、お母様がそれに同調され退塾されました。退塾に到ったことは塾の力不足ですが、その後の対応にビックリしています。まず、突然の電話連絡でしたので、報告や書類や諸々の物を返却していません。逆に継続予定でしたので貸し出していた物もありました。最悪なのは未収金(生徒側からすると未払金)があったことです。当然お母様には電話でその旨をお伝えしました。その上で「近日中に生徒に来させて下さい」まで伝えました。ところが、待てど暮らせど一ヶ月。音沙汰が無いのでこちらから電話をさせて頂いたところ、お母様は「何の用ですか？」生徒は「えっ、いつですか？」の反応。改めて説明し、来塾を伝えると生徒は「分かりました」で更に10日放置。私も困り果てて電話を数日間掛け続けましたが不在。仕方なくお母様の携帯電話に着歴を残しておいた所電話を頂き連絡が付きました。休日でしたが「今すぐ生徒に塾に来させて下さい」とお願いして電話を切りましたが、20分待っても来ません。連絡が入り「生徒がすぐには行かないと言う」ということだったので「とにかくすぐ来させてください」で生徒に来させました。生徒が来たので聞いたところ「俺はもう塾生じゃあ無いので、指示に従う必要は無い。放っとけば良いと思った」です。呆れて話す気も失せたので、事務処理だけ済ませて終わりにしました。最後に「次、どこの塾に行くの？」と聞くと、「○○塾のつもり」と学校の授業対応の叱らない塾の名前が出て来ました。本人もそうですが、お母様も一緒だと思います。「今、この子はどんな状態か」「何をさせる必要があるか」で塾選びをしなくてはなりません。近年流行の「生徒が楽しく喜んで行ってくれれば最高に良い塾」が正しいかどうか・・・。</description>
      <pubDate>Mon, 11 Jun 2018 17:30:50 +0000</pubDate>
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      <title>行列のできるラーメン屋？20180604</title>
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      <description>今日(正確には昨日ですが･･･)教室のＴ先生から紹介して頂いたラーメン屋に行ってきました。昔、福山に「朱鳶」という美味しいラーメン屋さんがあったのですが、閉店してしまい残念でした。辛くて美味しいラーメンでした。そのラーメンに良く似ていて美味しいとの事で、18時から夕方の部開店と聞いたので、17時５０分に現地に到着したら、何と駐車場は私が最後(因みに６台しかありません)で、すでに１０人が並んでました。その後５人が追加で並ばれ、やっと開店になりました。皆んな急ぎ入店し、私は「朱〇の１辛」を注文しました。暫く待っている間、皆さんは「２辛」とか「４辛」とかを注文されており、すごいことになってるなぁと感じていました。そして出てきた麺がこれです。少しヒリヒリしますが、とても味が深く、また行きたいと思いました。行列のできるラーメン屋、沖野上の「遼太郎」の話でした。</description>
      <pubDate>Mon, 04 Jun 2018 00:47:50 +0000</pubDate>
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      <title>私はキチンとやっている20180526</title>
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      <description>最近、成績が今一歩伸び悩んでいる生徒やお母様と衝突する言葉が一つあります。それは「チャンとやっている」「キチンとやっている」です。『やる』という言葉の意味はわかります。しかし、『チャンと』とか『キチンと』のレベル・定義・量・評価に色々と思い込みや誤解があるようです。分かり易く説明すると、私たちが「〇〇を必ず□□するんよ」と指示したとします。翌週生徒が指示の何分の一かしかせずに来たとします。当然私たちは叱ります。すると生徒はキッチリしっかり口ごたえをします。よって更に私たちは叱ります。すると生徒たちの口から出てくる言葉は「私はキチンとやったのに、先生は文句ばっかり言う」です。時には、その夜、保護者から「家の子はキチンとやったのに先生に叱られたと言ってます。家の子をもっとキチンと見て下さい」と電話が入ることもあります。ここで質問です。「キチンと」とか「チャンと」はどの位のレベルから使えるのでしょう？結果が100％出なければ言えないと思うのですが、要求が高過ぎますか？だって、文字通り「キチンと」「チャンと」やって来ている生徒は、目覚しい結果を出しているのですから･･･。「キチンと」「チャンと」していない生徒ほど、自分をキチンとした生徒だと言います。キチンとしているのに成績が上がらないと言います。私は勉強と相性が悪いと言います。もう一度言います。キチンとやってたら、キチンと結果が出ます。やってる「[B]つもり[/B]」出来てる「[B]つもり[/B]」で他人に自己主張をするのは止めて下さい。私たちはそれでいつも「悪者」にされているのです。</description>
      <pubDate>Sat, 26 May 2018 17:48:40 +0000</pubDate>
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      <title>生徒を叱る・怒る20180525</title>
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      <description>時々質問とクレームがある「叱る」と「怒る」についてお話しします。生徒が指示に従わずに、無視したら叱ります。生徒が嘘を言ったり、言葉と違うことをしたら叱ります。我が教室では「叱る」ことを公言しています。勿論、生徒全員では無く、上記「不届き者」だけです。ここで問題が発生します。感情が入りすぎて「怒る」になっていることです。「他の塾では聞いた事が無い」とか「もっと優しく･･･」とか「家の子を分かってやって･･･」とか言われます。ここから「ひとり言」の特権、言い訳です。生徒一人一人を本気で見るようにしています。生徒一人一人の学力を本気で上げてやりたいと思っています。生徒一人一人との約束を本気で覚えています。生徒一人一人の性格を本気で分かろうとしています。本気で向き合ってるからこそ「ぶつかる」のです。本気で向き合ってるからこそ「きつく」もなるのです。当たり障りの無い注意で良ければ、日本中に溢れています。そんな対応では「発展性」が無いのです。私は、それが嫌で、今の教室を作ったのです。耳障りの良い、当たり障りの無い、機嫌取りの言葉が欲しければ、近所の〇〇塾にでもどうぞ。と、格好をつけてもダメですかね？もっと人数とお金が欲しいのは誰でも同じです。私もそう思います。この「信念」と「邪念」の狭間で今日も格好つけて「やせ我慢（身体は太ってるけれど）」しています。</description>
      <pubDate>Fri, 25 May 2018 21:49:58 +0000</pubDate>
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      <title>何度言っても無視する生徒20180517</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-121509/</link>
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      <description>このままの意識と行動では、成績向上が望めない生徒に、何度も何度も注意しますよね。すると何度も何度も笑って返事だけして「無視」する生徒が多いです。昔のファイルにピッタリなのがありました。大人が何かを言っていても、私が聞きたいところだけ聞けば許される大人が何かを言っていても、私が気に入ったことだけ聞けば良い大人が何かを指示しても、私が嫌なら放っておけば良い大人が何かを注意しても、私が嫌なら聞かなくても分からないはず大人が「聞いてない」って言っても「そんなことない」って口ごたえすれば分かるわけない大人がしつこく注意してきたら「はいはい」って表面だけ返事して無視すれば良い大人は、私たち「地域の大切な宝」の子どもを絶対許してくれる大人は、私たち「地域の大切な宝」の子どもに嫌なことはして来ない。強制しない先生は、私たちに分からせるのが仕事先生は、私たちを「できるようにする」のが仕事私たち子どもは守られている立場なので、何をしても言っても大丈夫出来ないのは、私の責任ではない私が悪いのではない先生は、大人は、絶対に私たち子どもに攻撃や反撃をしてこない大人を舐(な)めてますよね？だから今のあなたなのです！どうですか？ぴったりでしょう？あ〜〜あ。ツライ！</description>
      <pubDate>Thu, 17 May 2018 17:06:30 +0000</pubDate>
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      <title>今日は誕生日でした20180516</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-121486/</link>
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      <description>今日は、私の誕生日でした。朝、よくして頂いている営業の方からケーキとコーヒーのプレゼントを頂きました。その時「おいくつになられました？」と聞かれ、直ぐに出てきませんでした。５０歳を過ぎた辺りから、数えなくなりましたし、自分でも誕生日を忘れていることが多くなりました。他にはめがね屋さんからの営業電話。子供からのおめでとうメールを頂きました。やっぱり、連絡があると嬉しいもんですね。だ、もんで、さぁ、スーパーに行って「値下げシール」の張ってない酒の肴を買って一人酒といきますか・・・。</description>
      <pubDate>Wed, 16 May 2018 21:36:45 +0000</pubDate>
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      <title>勉強ができない生徒の口癖20180516</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-121469/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-121469/</guid>
      <description>勉強ができない生徒の口癖があります。そんなことは無い私はやっている学校ではOKと言われた皆んながやってるこれで良いこれ位なら…これ位で…ばれないちょっと位そこまでは…だって母さんが…ついでに行動も無視放置返事だけで笑ってごまかすなし崩し自然消滅他人のせい「まさか」と思われるかもしれませんが、事実です。私たちは生徒の何でしょう?どんな我が侭も失礼もすべて受け入れなければだめですか?</description>
      <pubDate>Wed, 16 May 2018 18:05:59 +0000</pubDate>
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      <title>勉強の基本の基本20180507</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-121204/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-121204/</guid>
      <description>勉強の基本は、自分で勉強することです。これだけでできます。以上です。本日の話は終わりです。でももし、不安な人は塾や家庭教師を上手に使うことです。あたりまえのことですが、すっかり忘れてしまいがちなことです。近年の儲け主義の塾や家庭教師のチラシに、とても良い実績が書かれています。成績の低迷に悩んでいる人が見れば、ずいぶんと魅力的なものに見えることでしょう。さて例えば、「成績を上げることが得意な塾(家庭教師)です」とあったとき、どのくらいの確率で成績アップが実現できていると思いますか。新規入会生の100％に成績アップを実現させることができる塾や家庭教師はありません。自宅で開業している個人の塾に１人入会生が来て、その１人が成績アップすれば100％ですが、その塾に２人３人の入会があっときは全員成績アップとはならない確率は随分高いものになります。ある教材会社の調査結果を参考にすると、塾や家庭教師に入会して、一度でも学校テストの点数が上がった、一度でも順位が上がったのを「成績アップ」とする条件を設定したら、新規生徒の65％以上がそうした経験（成績アップ）をすることができる塾があれば、その塾は本当に成績アップが得意な塾と言えるとのことでした。この調査を参考にすれば、成績アップが得意な塾に行っても35％の人は成績を上げる体験をすることができないことになります。成績を上げることを得意としている塾に行って、成績を上げる体験をする65％の中に入る生徒と、成績を上げることができない35％の生徒の違いは何か。それは、成績を上げることが得意な塾を上手に利用しているかどうかです。成績を上げることが得意な塾や家庭教師は、生徒に塾を上手に使わせる仕組みを持っているということかもしれませんね。ただし、その仕組みに従って指示を出しているのに、その指示を無視したり、指示に従わず「自己流」を押し通したり、指示の半分しか実行していないのに、「私は従ったのに･･･」と我がままを言う人は「上手に使っている」とは言いません。自分で勉強ができる生徒は「塾を利用する」方が勉強のスピードがアップします。逆に自分で自分をコントロールできない生徒は、成績を上げることが得意な塾の指示にしっかり従った方が成績アップします。「利用」と言うと、自分の都合ばかりを主張することを想像しますが、それではダメです。自分では思い付かない意識や方法を先生に言って貰うことです。自分では「やらないできない」のに、塾の指示にも従わない人は、諦めた方が・・・。もちろん、「やってるつもり」「出来ている気」の人は、従って無いのと同じです。成績を上げることが得意な塾や家庭教師に入会した。そこに頼り切ってしまう生徒は35％の中に入ります。お父様・お母様の中に、この考えの方が多いのです。団体や学校や塾に入ったから全員が上達するわけでは無いのです。そこに頼らずに、上手に利用した生徒だけが65％に入る確率が高くなります。さて、もう一つ。あまり面倒見は良く無いのに「成績を上げることが得意です」という塾もあります。その塾の戦略としては、成績が上がる可能性を持った層の生徒だけを中心に募集することです。どこかの「入塾テスト」や「成績表持参以外はお断り」がそれです。　　この件はまたの機会に。</description>
      <pubDate>Mon, 07 May 2018 17:11:26 +0000</pubDate>
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      <title>ＧＷ終わっちゃいましたね20180506</title>
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      <description>長い長いと思ってたＧＷも最終日ですね。私は、毎年意地でも１日だけでもどこかに何かをしにでかけるのですが、今年はず〜〜〜っと居ました。雑用と体調不良です。今も少しだけ熱っぽくて、身体がだるいです。ところで、「ゴールデンウィーク」って言う言い方は、今はしないらしいですね。今は「春の大型連休」と言うらしいです。ＧＷは昔、映画業界が、休みになると沢山の人が映画館に来てくれるので、儲け時の意味でＧＷと付けたらしいです。さて、後何時間かは連休ですね。どこかへ行ってこようかな？まぁ、体調と相談しながら考えます。</description>
      <pubDate>Sun, 06 May 2018 12:59:42 +0000</pubDate>
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      <title>無題愚痴無題愚痴20180502</title>
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      <description>地域性なのかな?うちの教室だけなのかな?と、前回の独り言で書きました。早稲田育英ゼミナールは全国に沢山あります。我教室は1対2ですが、1対3の方が多いです。他の個別指導塾では、1対3どころか1対6　位も聞いています。本部からも1対2率を上げるようにとの指示もあります。経営的にもそれが希望です。しかし、しかしながら、それができない場面が多過ぎるのです。入塾時に生徒の性格や自立性をお聞きして「1対1」でないと授業が成立しない生徒には、1対1での申込をお勧めしています。しかし、過去一度も申込をされた方はおられません。当然です。五割増なのですから。問題はここからです。実際に授業を実施してみると、「ず〜〜っと私だけを見ていて」的な子。「一から十どころか二十位までべったり頼り切り甘え切り」の子。のように、1対1じゃないと授業が成立し難い生徒。なのに自分の都合を当然のように持ち出して、時には「母さんが頼みって言った」と当然の如く上から命令口調。向かいに他の生徒を組んで、少しずつ1対2に慣らせていこうとすると、ムキになって先生を自分に向かせようと、独り占めしようと話しかけたり質問したりして、その状況を阻止しようとする生徒。なのに、自分の都合で突然退塾を申し出たりして、理解ができないことが多くありました。これは地域性ですか?個別指導の宿命ですか?我教室だけ、特別に舐められているのですか?授業が成立しないので、「経営的」な事より、「生徒の結果」のためを考えてしたことが、自分で自分の首を絞める結果になっているのです。他の個別指導塾のように、「生徒のためより、仕事なので経営的な事を優先すべき」を実践するべきなのでしょうか?「それだけは、したくない」って十数年頑張ってきました。しかし、近年、そんな生徒(正確には保護者)が急増中です。「躾と人間力くらい、親が付けてから外に出せ」「親ができないなら、他人に結果だけを求めるな」あ〜〜あ。とうとう言っちゃった。それだけは言わずに頑張ってきたのに・・・。でも、それくらい、この地域の「教育」にたいする意識は下がり続けています。残念!!!!!!!(古い)</description>
      <pubDate>Wed, 02 May 2018 16:16:15 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱりね!?20180502</title>
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      <description>先日、返事だけは良いが、実行してくれない生徒の話をしましたよね。その他にも指導に苦労している生徒が何人か居て、講師と色々話しています。継続講師の意見では、「権利」とか「自由」とか「個性」とか「体罰」とかの綺麗ごとに守られた結果、生徒が『大人』や『指導者』の指示や言葉を無視して、「自分は絶対に正しい」とか「自分は悪くない」とすべてを自分を中心に、自分の我が儘には目を瞑っているのです。指示通りにやらない生徒に、何度も繰り返して注意すると、「何で怒られているのか分からない」「僕は言われた様にやってるのに、先生は怒る」と止めて行きました。高校生なのに、学校の宿題以外の勉強はやらない。その宿題も写して提出するだけ。それでも学校の友達以上のゴールだけは手に入れたい。そこを指摘する「分かってますよ。やってますよ」です。自分は何も変えずに、「周りの人からは、こう思って欲しい」「周りの人にはこんな態度で接して欲しい」それを得るための練習が必要だから、とにかく学校に行け。休むな逃げるな。社会人になってからでは許されなくなる。と言うと「はい」と返事をしても、朝になると無視して休む。学校でトラブルやイジメが有る訳ではありません。自分の思い通りに周りがならないのが気に入らないのです。お母様でもそうです。「子供が可愛くない親はいないでしょ」とか言いながら、中3の生徒に向かって続けて4〜5時間勉強するならお腹が空くでしょと、わざわざ塾まで差し入れを持って来られる『子離れのできない』親。我が侭が止まらないので報告したら「じゃあ、私にどうしろと言うんですか?」と逆ギレされる方。すべてに共通して言える事は、「私は正しい」と自分を過信したり、お金の力で上からモノを言われる方[B]素直さが無い人は、人として成長や変化は得られませんよ。[/B]地域性なのかなぁ?うちの教室が特別なのかなぁ?私が特別「舐められている」のかなぁ?私が原因なら、ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Wed, 02 May 2018 14:03:51 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>返事の「はい」って何ですか?20180426</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120929/</link>
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      <description>昨日の続きです。例えばどんな生徒が居るのかお話します。個人が特定できないように少しデフォルメしますね。指示を出す時、「〇〇をして▽▽をしたら◎◎をするんよ」と、条件と手順を話します。次回◎◎しかしていないので「〇〇と▽▽は?」と尋ねると、「えっ?先生◎◎をやれって言ったじゃないですか」と涼しい顔。「〇も▽も同時にやれって言わなかった?」「いえ、言われました」「じゃあ、なんでしてないの?」「はい」…「ハイじゃ分らんよ」「はい」「何で?」「はい」これは何の会話でしょう?中高一貫生が、中学にギリギリ合格して、授業は座って聞いているだけ。勉強は宿題以外はしない。長期休暇の宿題は答えを写して提出。それで4年間。「学校の勉強がサッパリ分からない」と来塾。取り組み姿勢と授業中の態度を指摘すると「はい」。今後の意識と勉強方法を指摘すると「はい」暫く様子を見ていても変化が見られないので指摘すると「分ってます」。じゃあ言われた様に毎日実行してねと言うと「はい」。でも何〜〜〜も変わらない。少しだけ不登校気味の生徒。理由を聞いても「一言で言うと子供の我がまま(本人に言わせると色々悩んでいるそうです)」色々条件や新方法を提案しても自分を変える事や自分が歩み寄る事は嫌。「じゃあ〇〇ならできるかな?」に対して「それなら…はい」「今度こそ絶対よ。変わる第一歩だからね」「はい」……。で、翌日朝、お母様から「今日も朝から動いてくれません」の連絡が…。でも本人は「塾に来ているから、成績は上げて欲しい」です。結論から言います。従う気も無いのに、キチンと返事をする良い子を演じるための「はい」にどれほど騙されているか。本人は「自分は悪いことをしている」自覚はまったくありません。なのに、やっている行動は小学校低学年レベルの事なので腹がたつのです。</description>
      <pubDate>Thu, 26 Apr 2018 00:26:31 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>返事の「はい」って何ですか?20180425</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120900/</link>
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      <description>生徒に何かを指示すると「はい」と気持ちの良い返事をしてくれます。当然私たちも嬉しくなって笑顔になります。皆様も同じですよね。ここで質問です。生徒が「はい」って気持ち良く返事をしてくれたってことは、生徒の心の中では何をどう感じているのでしょうか?先生の言ってることが良く分かった。指示に従おう。何かよく分らんけど、とにかく早く説教と塾を終わらせたいから「返事だけ」でもしとこう。「はいはい。うるさいなぁ。分かっとるわぁ。偉そうに。でも、それを言うと家で母さんに怒られるし、先生の説教も長くなるので、とにかく返事しとこう。」さぁ、どれでしょう?普通ならだと思いますよね。を期待して指示してますよね。ところが、が非常に多いのです。時にはもチラホラ。更に、我慢や努力と成績向上の関係が逆比例しているのです。具体例は次回。</description>
      <pubDate>Wed, 25 Apr 2018 11:15:10 +0000</pubDate>
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      <title>だから？そりゃぁ無理！20180420</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120778/</link>
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      <description>昨日、ひとりごとを呟いたのですが、ネット環境が悪かったらしく、消えてました。私の１０分はどこへ？改めて書きますが、熱量が違いますので、少し内容が変化するかも･･･？最近よく耳にする言葉がいくつかあります。それを紹介します。その一は、私「ここは小学校で習ったところだよ。覚えてない？」生徒「あっ〜、そこ嫌い。苦手だった」で放置。私「放っとくと、中学・高校で困るよ」生徒「大丈夫大丈夫。もうそこは終わったから･･･」で相変わらず放置。特に『道のり・速さ・時間』や『基にする数×割合』。所謂、関数や比や割合の単元です。ここは死ぬまで必要です。その二は、私「これは？毎日の生活の中に出てくるよね」生徒「知らん。聞いたことない」。私「え〜っ？これを知らんかったら何の教科も説明できんよ。毎日の生活で困らん？」生徒「別に。母さんか先生が言ってくれるから･･･」と、自分から身の回りの「生きる術」を知ろうともせず、ただ生かされている生徒。これで「家の子が出来ないのは塾（先生）の教え方が悪い。相性が悪い」と仰る保護者。最後には「高いお金を払ってるのに･･･」と言う方向が違いませんか？返事だけ「はいはい」としていて、塾を１歩出ると、指示された事も自分のやるべき事も全てわすれ、何もせずに翌週来て「勉強をしに来た」と言っている問題外の輩も若干いますが、この輩たちの事は脇に置いときます。勉強は「行けば」「入れれば」「聞けば」「書けば」「教えてもらえば」「終われば」できるものではありません。生徒が「素直に正直に」「絶対できてみせる」と思わないとだめです。「苦労」や「我慢」を覚悟しないとダメです。努力や我慢や継続をせずに、楽してご褒美だけを欲しがる生徒が多すぎです。また、それを簡単に「金の力」で与えようとする・・・・・・。できない生徒には、出来る方法と知識を入れてやればできます。しかし、やらない（やってるつもり。このタイプが激増）生徒を助ける方法は、ありません。ローマ帝国の時代から言われています。「学問に王道無し」です。</description>
      <pubDate>Fri, 20 Apr 2018 14:58:55 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>ほらね!いつも言ってるでしょ20180419</title>
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      <description>あの「楽天」の社内公用語が英語だっていうことは皆さんご存知ですよね。それを推進した方が、そのノウハウを塾に落とし込んで指導するセミナーがあります。その「イロハのイ」に書いてある文章を読んで笑いそうになりました。それは「授業では思考力・表現力を高める指導を行い、インプットの学習は生徒が自宅内で自主学習すること」です。当然と言えば当然ですが、近年の「家の子が英単語を覚えられないのは、学校(塾)の先生の教え方が悪い」とか「家に帰ってまで勉強をしなくても良いように、塾でもっとしっかり教えてよ。お金払ってるんだから…」と仰る保護者。やっぱり私がいつも言ってる事と同じ事が「イロハのイ」に書いてあるでしょ。ちょっとだけスッキリした。スッキリ!水卜ちゃん可愛い!関係ないか?</description>
      <pubDate>Thu, 19 Apr 2018 21:54:20 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>お参りに行ってきました20180411</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120523/</link>
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      <description>昨日、福山市山野町にある「馬乗観音」という所(かなり由緒があるみたいです)にお参りに行きました。ホームページやネットで結構評判が良かったのですが、周りの方は「知らない」と言われるので、一人で恐る恐る行きました。地図とナビに従って進んで行ったのですが、途中から「えっ？このままで大丈夫か？(言葉が悪いです。ごめんなさい)と言う位道が狭くなって来ました。そのクネクネ道を約３走ると立派な堂に着きました。そこの方が優しい方で、明るく迎えて下さって、「上がれ上がれ」と本堂に迎えて下さって、楽しいひと時を過ごさせて頂きました。次回は、娘たちも一緒に連れて、又お参りに行きたいと思いました。平日の何気ない癒しの報告です。</description>
      <pubDate>Wed, 11 Apr 2018 17:49:12 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>私は勉強してるのに・・・20180407</title>
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      <description>前回に続いて第３弾です。中高一貫校についてです。お父さんお母さん時代にはそんなに多くなかった私立中高一貫校。その当時なら子供は多く定員は少ないのですから、間口が小さいなりの高い偏差値を誇っていたと思います。今でも高い偏差値と難解問題を大量に解かせ、「有名大学に何人入れた」を競っている受験校はありますが、少子化の割には新たに定員増とかで、商売っ気たっぷりの学校が増加傾向にあります。その中の一つを例にお話しします。お父様お母様時代には、偏差値６０前後が必要だった学校。入れただけで一つの勲章的な学校が、いまでは偏差値４５〜５０で入れ、定員の関係にもよりますが、偏差値４０前後で滑り込んだ生徒までいます。つまり、小学校で中以下レベルの生徒が入れているのです。ですが、親は「〇〇中学に合格した。すごい。お前は賢い」と子供を称え上げ「もうこれで安心。〇〇学校が□□大学に入れてくれる」と、その後は手放しで子供の勉強には口を出しません。そうすると、例えば、子供も親がそこまで褒めてくれるのだから、自分を過信し、小学時代のやり方や量を踏襲し、先生がいくら注意してもやり方や意識を変える事無く過ごすこと２〜３年。結果は言わなくても分かりますよね。例の生徒のように授業に付いていけなくなったとの理由で入塾したとします。しかし『私は元々出来るんだ。ちょっと歯車が狂っているだけ。聞けば教えてくれれば直ぐに上昇する』との意識と行動が、さらに成績下降に拍車を･･･。この例の生徒だけではなく、実際に自分を過信している生徒や保護者の何と多い事か。時代も学校別偏差値も変化しています。必ず確認して下さい。正しく行動していれば、必ず結果は出ています。指摘や声掛けがあった段階で『そんなことはない』ではなく、『一度話を聞いてみるか』と少しだけ態度を軟化させて下さいね。戻れなくなって、誰か得する人が居るのですか？お金を貰っている塾でさえ、出来ることには限界があるのですよ。今回は非常に失礼な事を沢山書きました。気分を害された方はごめんなさい。お詫びします。</description>
      <pubDate>Sat, 07 Apr 2018 19:42:34 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>私は勉強してるのに・・・20180407</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120422/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120422/</guid>
      <description>前回の続きで、今回は公立中学校の話です。これからのお話しは、教室のある地域限定のことかもしれません。そこの所を事前に理解しておいて下さい。公立の学校には、レベルの高い生徒から非常に低い生徒まで混在しています。先生方はその全体に対して授業をされています。指導もされています。一言言えば分かったり行動したり提出できたりの生徒から、何度説明しても理解できなかったり行動しなかったり責任感の微塵も無い生徒までいます。その中で、授業や指導を成立させるためには、下位の生徒に合わせるしかありません。理解できていなくても、テストで「ノートや教科書に書いてある通り」を書けば「〇」の問題を出したり、理解より、量を多く書く宿題を求めたりが多く見られます。その中で、内容よりも作業を消化していることを目的と考える生徒が多く出現しても当然だと思います。すると、「〇〇をするんよ」と指示すると、『やってるも〜ん』の返事が･･･。「▽▽はしたらダメよ」に対して『そんなこと無いも〜ん』とやってる本人が･･･。最後には『私より低い子が居るも〜ん』と意味の分からない事まで言い出す始末。先生が攻撃や反撃をしてこないことを良い事に、「私は全て正しい」の「･･･つもり勉強」が非常に蔓延しています。一つの例として、学校での英語のテストでは９０点くらいとる生徒が教室で模試を受けてみると３５点だった事があります。「私、英語は自信あったのに、塾のテストは難し過ぎるんよ」だそうです。これらは、近年増加傾向にある「決して生徒を叱らない、月謝集めが目的の塾」にも当てはまりそうです。続きはまた。</description>
      <pubDate>Sat, 07 Apr 2018 17:15:22 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>私は勉強してるのに・・・20180407</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120419/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120419/</guid>
      <description>「私は(家の子は)勉強してるのに、成績が上がらない。学校(塾)の教え方(先生の実力or先生との相性)が悪いのかしら･･･」のご意見が多く聞こえますので、三回に分けてお話ししたいとおもいます。まず、公立小学校での状態です。「小学時代には、いつも80点から90点取っていたから、家の子は良く出来ていたと思います」や「小学時代にはいつも６０点以上を取っていたので、家の子は普通です」にお答えします。小学校のテストは「教科書そのまま」を聞いてきます。しかも、学習して３〜５日以内のことです。試験範囲も単元を何回かに分けたものです。そのテストで６０点や８０点しか取れないのは、確実に「分かっていません」その上「覚えていません」学校の先生は「良く頑張っています」と言われますが、それは「遅れ気味の生徒や、立ち歩きの多い生徒より「良い子である｝という意味であり、将来に繋がる学力を有しているという意味ではありません。あのレベルのテストなら、100点を取れて普通です。さらに上位をお考えなら、塾等の模試で偏差値を確認して下さい。小学の学習では「一問一答」的なものが多く、直近で聞いた「何かこんな感じ」を書いておけば、ほぼ正解なのです。そこで「〇〇ちゃん天才。すごいなぁ」を真に受けて、中学・高校で下降して苦労した生徒を何人も見て来ました。くれぐれも独自の判断で過信しないようにして下さいね。続きます。</description>
      <pubDate>Sat, 07 Apr 2018 16:04:03 +0000</pubDate>
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      <title>有難いことなのに・・・20180402</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120242/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120242/</guid>
      <description>近年、近場の学区の生徒以外に、近隣の「車で15分…」とかの生徒や、一斉塾からの転塾組、登校や生活や成績に問題組が少しづつ増加傾向にあります。勿論、私の指導方針や先生方の指導力により、殆どの生徒は結果を出してくれています。(少し自慢!)家の近くにも他塾はあるだろうに、わざわざ通って来てくれます。多くの塾から我が教室を選んで頂けたのです。有難いことです。私たちも本気でやるしかありません。しかし、しかし、しかしです。「ここの塾に行けば、他所では無理だった子も成績が上がったとか行動が改善されたとか、不登校が改善されたと聞きました」とお越しになられる方が増加傾向にあります。たしかに、その様な事実も少しはありました。しかし、しかし、しかしです。それは、本人が「変わろう、変わりたい」と努力しているのを手伝ったにすぎません。保護者も私たちの意見を素直に受け入れて下さって、同じ目線で同じ行動をして下さったからの結果です。所属している先生方も同じ考えで協力してくれた結果です。私たちが特別な技術やカリキュラムを持っている訳ではありません。他塾では「勉強は教えた。出来ないのは本人のせい。生活や行動の口出しはしない。受け入れているのだから結果云々よりお金を貰うのは当然」と当然のことをやってるのですが、私は開校以来「生徒と本気で向き合って、可能な最高の結果を一緒に掴む」を目指して来たので、他塾と少し違って見えるようです。勘違いしないでください。だからって、我が教室は『矯正施設』でも『躾機関』でもありません。ただ来ているだけで、何の努力もせずに、何も変わらずに、何も我慢せずに何とかして貰える場所ではありません。保護者が、現実を直視して、最低限の『躾』をされた生徒しか本気で向き合えません。偉そうに聞こえるかもしれませんが、「上記５行が理解できない保護者のお子様」の入塾はちょっと・・・・・・。</description>
      <pubDate>Mon, 02 Apr 2018 17:42:44 +0000</pubDate>
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      <title>そんなに甘くない20180402</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120236/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-120236/</guid>
      <description>現在の教室の生徒の中に、「ただ来ているだけ」「ただ座っているだけ」何度、強めに注意をしても、返事だけ「はいはい」で放置。それでも何度も注意すると『すねて怒りだしてしまう』か『それでも自分を過大評価するか、耳障りの良い言葉を言ってくれる人を引き合いに出して、こちらを攻撃を始める』輩がいます。やり方や意識が間違っていることが明確で、それが原因で点数が取れていないのを事実だけを言っているのに「私が(家の子が)頑張っているのを分かってくれない」との発言です。先日、テレビで常勝軍団「青山学院大学陸上部」の原晋監督が言われていました。常勝軍団になるためには、最低限のルールや鬼の掟がある。「俺、頑張ってるから…分かってくれよ」とか「この組織に居るだけで俺も強くなれる」ほど甘いもんじゃない。と。勉強も同じです。頑張っても結果が出ないのは、やり方か量か意識が間違っているのです。有名塾や有名学校に行ってるから、そこの先生が何とかしてくれるほど甘いもんじゃありません。生徒本人が「本気」になった時しか先生も手助けできないのです。これが分かっている人ほど子供に厳しく、分かってない人ほど子供に甘く、他人に厳しいんですよね。じゃぁ、自分には?・・・・・・言えません(涙)</description>
      <pubDate>Mon, 02 Apr 2018 17:10:00 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>やっぱりね。予想通り20180308</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-119577/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-119577/</guid>
      <description>以前、受験直前になって、怖さから耐え切れなくなって、今の環境から逃げ出したくなって「志望校を下げたい」と言い出した生徒のことを書きましたよね(あれっ？書いた筈。あれっ？去年だっけ？一昨年だっけ？)のお母様との話です。教室では年に何回かの保護者面談を行なっています。その中で、全ての保護者様とお会いしてお話しするのが「年度末報告＆新年度予定確認面談」です。日程は２月の初旬から２月の下旬にかけてです。当然高校受験生も入試直前ですが相談させて頂きます。そこで起こる「あるある」なのですが、勿論高校になっても続けて塾に来る選択をされる方もおられます。有り難いことです。勿論３月で卒業される方もおられます。仕方無いです。私たちの力不足です。公立なら継続だが、私立だったら家計の関係で仕方なく退塾もあります。これこそ仕方ないです。しかし、時々いらっしゃって困りものなのが２パターンあります。「勿論継続」と高らかに宣言を頂いていたので、新年度準備をして授業日程もつくり、書類も整備し、雑貨も準備した後、突然「今日で退塾します」とルール無視の宣言をされる方。「保留にさせて下さい。家族会議を開いてないので･･･」と保留にしておいて、入試の次の日に「今月で退塾します」と言って来られる方。以前、何でそうなるのかをお訊ねしたら、お答え頂けた方が小数いらっしゃいました。「先生。そりゃそうでしょう。早くから『止める』と言ってしまうと、受験の直前に力を抜かれると困るので、保留にしておいて、受験が終わってから本心を言うに決まってるでしょ。常識ですよ」と。そんな常識を持ち合わせた方との付き合いが少ないので、以前の私は見抜けませんでした。逆に、私たちはそんな「非人道・非常識」な対応は[B]絶対[/B]致しません。卒業する前に、今後の学習の方法や取り組み意識まで説明して卒業して頂きます。だから卒業生が何人も訪ねて来てくれるのだと思います。そんな非常識な予想をされる方は、ひょっとしてご自身がそのような対応を・・・(失礼。言い過ぎました。訂正削除)。とまぁそんなの事態が今回も起きました。今回はお母様の言動と、生徒自身の言動から１ヶ月位前に予想ができました。「無駄な雑貨を準備しなくて助かった」と言うケチなお話しでした。長々とすみません。</description>
      <pubDate>Thu, 08 Mar 2018 16:07:44 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>私は完璧！なんて・・・20180304</title>
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      <description>入塾時や何かの問題時に私が必ず口にする言葉に「100％素直に正直にならないと、『つもり』や『バレなければ』では来ていても成績は上がらないよ」があります。近年の生徒は、「体罰」や「自らの力で･･･」とか「個性」とか「虐待」とか「今の時代は･･･」の言葉に守られて、がむしゃらに頑張ることをしません。程々にごまかしておけば、学校や周りや、ましてや親までも許してくれるからです。何でも「子供自身のことだから･･･」とか「通うのは子供だから･･･」とか「私たちも言っています。でも仕事が･･･」とか「可愛い子供が言うんだから･･･」と優しい(？？？)保護者が言われるので、その場だけを誤魔化せば楽になることを子供は知っています。でも、ご褒美やゴールは周りより少し上のカッコいいのが欲しいのです。素直じゃない生徒は成績は上がりません。やってるつもりの生徒は成績は上がりません。正直じゃない生徒は成績は上がりません。我慢できない生徒は成績は上がりません。苦労に立ち向かう気持ちが無い生徒は成績は上がりません。言い換えれば、素直に、言われたことを全部受け取って、正直に、我慢して、苦労に立ち向かう[B]だけで[/B]、成績は簡単に上がるのです。こんなに簡単なのにやらずに、できなくても、『私はやってるもん。完璧にやってるもん』と文句ばっかりの生徒が増加中です。なんでかなぁ？薄々お気付きですよね？ここで文字にすると、あちこちから火の矢が飛んで来そうなので、この辺で･･･。</description>
      <pubDate>Sun, 04 Mar 2018 22:15:27 +0000</pubDate>
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      <title>頑張ってる？20180302</title>
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      <description>過去の資料を整理していると、次々に良いのが出てきます。その中の１枚です。６年も前に書いたものですが、今でもピッタリ当てはまります。ビックリですよね。「頑張っている」の言葉にだまされないで！勉強をしない生徒(できない生徒じゃありません)や我慢が足りない生徒、表面だけやった事にしてごまかしている生徒たちがよく使う言葉に「頑張った(頑張っている)」があります。この様な生徒たちは、本当に「頑張っている」のでしょうか？広辞苑によると、頑張るとは、”どこまでも忍耐して努力する。(用例);成功するまで頑張る”とあります。つまり「頑張った」って言えるのは、望む結果がでるまで、妥協せず、諦めず、ごまかさず、それをやり続ける事です。少し位で「あ〜ぁ、もう無理!」って止めている人のは、「頑張った」とは言いません。自分で「私、頑張ったのに…」って言う人もいます。これも変ですよね?頑張ったのなら、望む結果に達しているでしょ?周りが慰めで「あなたは、すごく頑張ってたよ」と言ってくれるのなら分かりますが、自分で言うなんて…。</description>
      <pubDate>Fri, 02 Mar 2018 20:44:16 +0000</pubDate>
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      <title>もう、愚痴は減らすって言ったのに・・・20180219</title>
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      <description>先日、あるお母さまから指摘を頂き、自戒し、できるだけ受験生への愚痴は控えようと心に決めていたのに……。またまた、こんなタイミングで我慢ができなくなってしまいました。２年も前から「〇〇高校へ」と仰られていたお母さま。その上、先日の塾での面談で「私立の△△高校特進が手に入っているので、ランク変更は考えません」と言われたばかりなのに…。今までは、生徒の甘えを「おたまじゃくし(分かりますか?やが〜て手が出る足が出る、です)」で厳しく注意されていたのに…。この直前になって、生徒がプレッシャーに負けそうで、逃げ出したい心で志望校を下げたいと言ったら、即刻塾にお越しになって、「子供の心が分かるし、親もたまらないんです」と簡単に志望校を下げる話をされました。勿論、全く届かない位置に居るのではありません。下位合格にはなりますが、可能性はかなり残っているのです。勿論、親の「子どもの苦しみを取り除いてやりたい」気持ちは分かります。が、生徒の性格から考えると、下げれば下げただけ、それ以上に楽な方法を考えます。担当している先生も全員「何で?」で呆れ顔ですし、「今までお母さまの言われていた事は?」と不信感と授業計画の作り直しで困惑気味です。生徒や状況によって柔軟に対応する事は必要です。しかし、信念(別の言い方をすると信じて我慢する心)を簡単に曲げてまで迎合してしまうと、後々色々と影響が……。</description>
      <pubDate>Mon, 19 Feb 2018 14:35:58 +0000</pubDate>
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      <title>良い子って？20180209</title>
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      <description>資料の整理をしていたら、懐かしいけれど、今でも当てはまる物を見つけました。「良い子」って？近年、勉強の実力云々よりも「良い子」って言われることに全心全力を傾ける生徒が増えています。生徒だけでなく、お母様の口からも「良い子に…」の言葉をよく聞きます。「良い子」のことですので「ふ〜〜〜ん」と笑顔で放っておけば良さそうですが、そうは往かない程の問題も発生しています。まず、「良い子」って何でしょう？「口ごたえしない子」「わがままを言わない子」「お母さんの指示を守る子」ですか？全部、良い事ですよね。じゃ話は終わり。いや、ちょっ…ちょっと待って下さい。それぞれ単体の行為・考えは良い事です。問題は、時期・レベル・何と比べてかです。＊どんな内容を言われても、「はい」と返事をして、簡単にできそうなことだけして、後は無視して絶対に口ごたえしない良い子。＊５年も10年も昔に指示されたことを、今でも嬉しそうに続けて「私って頑張っている」良い子。＊何でそうするのかは考えもせず、ただ母さんが言ったから盲信して従っている良い子。＊学校や近所親戚から「良い子ねぇ」と言われるから良い子。＊学校でトラブルを起こさないから「だけ」の良い子。＊学校の下位層と比べて「良い子ですよ」と先生にお墨付きを貰った良い子。＊学校で「良い子」を演じ続けているので、「敵」や「悪く言う人」は居ないが、心からの親友は難しい良い子。＊良い子を続けているので、少々勉強くらいできなくても、母さんに「人として大切よね」と認めてもらえるほどの良い子。＊何回同じミスを注意されても、問題を１番から順に解いて飛ばさない良い子。＊丁寧に解いていったから時間が足らないのは私のせいではなく、問題が悪いと思う良い子。＊私は良い子だから、その内何とかなると信じている良い子。＊私は母さんの指示通りに頑張っている良い子なので、最後には必ず誰かが何とかしてくれる程の良い子。＊分かろうが分かるまいが、覚えようが覚えまいが、宿題と提出物をキチンと全て提出できている良い子。＊お兄ちゃん(お姉ちゃん)が口ごたえをして、母さんが苦労していたから、私は他のどんな事より母さんの指示や顔色を優先しようと心に決めた良い子。ね！お分かり頂けますか？全て良い子ですよ。３才〜１０才の子なら・・・。本当の「良い子」は歳相応に考えて変化することができて、歳相応の責任感があり、歳相応の我慢・継続ができる子だと思います。今日びは「忍耐・我慢・努力」なんて言葉は死語なんですかね？</description>
      <pubDate>Thu, 08 Feb 2018 22:19:50 +0000</pubDate>
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      <title>反省・反省！20180204</title>
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      <description>先日、この「塾長のひとりごと」の愛読者（本当に？）であり、塾生のお母様のある方からご指摘がありました。「塾長、最近どうしたん？しんどいの？今年の受験生は、そんなに大変なの？」旨の内容です。指摘内容は「ブログの内容が荒れているから･･･」の旨でした。ご心配、ありがとうございます。正直、少し『しんどい』と感じていた事は事実です。しかし、頑張っている多くの生徒と、一番しんどい思いをしている受験生本人の気持ちを考えると、『荒れた心を表に出さない』事が大切だと理解して、これまで何年も頑張って来ましたが、今年の若干名の受験生とその保護者の意識と行動（本当に一部の人だけですよ）にイライラが募って表に洩れてしまいました。深く反省しています。私の不徳の致すところでございます。もし、個人を特定して、迷惑をお掛けする表現がありましたら、また御指摘下さい。宜しくお願いします。でも、私も生身の人間です。他所と比べて必死で面倒をみているからこその愚痴です。可愛いもんでしょ。許して下さいね。いやいや、やっぱりダメです。反省反省。</description>
      <pubDate>Sun, 04 Feb 2018 15:03:04 +0000</pubDate>
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      <title>とうとう受験目前です20180204</title>
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      <description>公立高校受験まで、残りおよそ１ヶ月となりました。昨日、希望者を連れて「神頼み」に行って来ました。『えっ〜、塾なのに勉強教えずに神頼み？』とお思いの方もいらっしゃると思いますが、「人事を尽くして天命を待つ」の言葉の通り、頑張っている生徒の『心の安定の為』の否科学も必要と思い、毎年続けています。いつもは口ごたえ大将の生徒も、あの時ばかりは真剣な表情で、神妙にお願いしていました。やはり追い詰められていたのでしょう。お参りしたのは、井原市にある「袖神稲荷大明神」様です。かの「那須与一公」縁の神社です。「与一公」を逆から読むと「公（きみに）一（一つを）与（与える）」と読むらしく、試験や受験等の『たった一つだけなら叶えて下さる』として、かなりの遠方からのお参りもあります。私も数年前より毎年お参りして、受験生の合格をお願いしてきました。勿論、我が子の受験時にもお参りしてお願いしました。さぁ、後僅か。頑張るぞぅ！</description>
      <pubDate>Sun, 04 Feb 2018 14:47:59 +0000</pubDate>
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      <title>勉強って基本、自学自習です20180123</title>
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      <description>家の子〇〇高校に受かったから、△△大学くらいは安心だわ。とか、家の子□□塾に行ってるから大丈夫とか、家の子▽▽中に合格したんです。天才だわ〜。とかいらっしゃいますが・・・。頭が痛いですわ。団体に所属したから我が子が成績上昇する。と考える方。根拠は何ですか？「だって、そのレベルの授業が展開されるんでしょ？」その通りです。しかし、お子さんがそのレベルを維持する保障契約はされましたか？絶対にして無い筈です。だってぇ、そんな学校や塾に行ってるけど、「訳分からん」と我が教室に転入して来た生徒を山ほど見てきましたから・・・。不登校だけど、家庭で一人で必死に教科書を読んで、問題集を解いて覚えた生徒。ただ何も考えずに学校に行って弁当食べて、帰ってゲームして寝るだけの生徒。例は極端ですけど、結果は想像できますよね。覚え方を教えてやって下さい。とか、勉強方法を教えてやって下さいとかを私たちに申し付けられますが、そんなもの個人によって違います。本人が色々考えて、試してしっくり来たものが最良です。楽して一発で金の力で最高のご褒美を子供に与えようとするから子供がダメダメちゃんになるのです。学校も塾も、出来るだけ近道と楽な道を示すようにしています。しかし、最後に勉強するのは生徒本人です。私たちは最高のお手伝いしか提供できないのです。その中で、放っておいても「教えた」で月謝を取り続けるか、言う事を聞くまで取っ組み合いをしてでも正面から向き合うか。の色々な塾が発生します。自分で欲する事無く、嫌々勉強している子には、勉強の前に、取り組みの意識を躾ける必要があります。私は叱ります。誰かが言ってました。「嫌ならやめなさい。勉強は贅沢なんだから・・・」まさにそうだと思います。やりたくても出来ない家庭環境・経済状態・身体状態にいる生徒も居ます。</description>
      <pubDate>Tue, 23 Jan 2018 17:38:19 +0000</pubDate>
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      <title>高校生なのに・・・20180123</title>
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      <description>今回は、本んっ当に愚痴です。完全な個人的な愚痴です。途中で気分が悪くなる方が居るかもしれません。そんな方は、直ぐに止めて次ページへ行って下さいね。あれ程言ったのに、ま〜〜だ続けて読んでいるあなた。余程恐い物見たさのお化け屋敷大好き人間でしょう？まぁ、冗談はこれ位にして・・・。今年の高校３年生は何でしょう？我が教室だけでしょうか？受験予定や志望校の話し合いや今後の塾での予定などを年末にちゃんと確認したのに・・・。届きもしない志望校を言って来て、「無理だよ」と言うと『頑張ります』「今までの何十倍も時間を掛けないと無理だよ。間に合わないよ」と言うと『分かってます。頑張ってます』で暫くすると親まで出て来て『家の子が頑張っているのに、どうして分かってやってくれないんですか？』まで・・・。頑張る頑張るって、学生（ましてや受験生）でしょ。頑張るのは当然です。塾に来ているからって、何度注意しても授業態度や学習方法を改めないで、保護者にもそれをお伝えしてあるのに『届かないのは塾の教え方が・・・』とおっしゃいます。受験を勉強を舐めるな！（あっ、失礼しました）その上、「今後の大学生活や最後の受験の為、ギリギリの〇月△日まで塾に来る方が・・・」と合意して先生は授業計画を組んでいますよね。すると突然、『母さんが、もう良いじゃん。今週で塾止め。って言うから今日で止めます』と言い出す生徒まで複数。自分を過信と言うか、社会全体が下位に迎合と言うか、甘やかしと言うか、変なプライドを封印して、もっと専門家の意見を素直に受け入れるべきです。『先生。私たちの頃は、高校生って言ったら、クラブも勉強も青春も全部全力でしたよ。家の子にも青春とクラブを・・・』と仰るお母様！時代錯誤も甚だしい。昔と今では、高校で学習しなければならない学習単元内容が、とんでもなく増えているのです。本当に高レベルの大学を求めるのなら、高校を予備校位の意識にしないと無理です。なのに「家の子はやってくれる筈」って綺麗事を言って最後に文句を言って来るお母様。我が子と自分の顔を鏡に写して見て下さい（失礼。言い過ぎました）だから、入社式に保護者席が無いって怒る親や、子供が休みたいって言い出すと、親が電話してくるようになるんですよ。以上、大変失礼な言い方の愚痴でした。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Tue, 23 Jan 2018 16:15:08 +0000</pubDate>
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      <title>今年も宜しくお願いします20180103</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-117814/</link>
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      <description>明けましておめでとうございます。本年も何卒宜しくお願いします。今の若者風に言うと「あけおめ、ことよろ」らしいですが、私位のおっさんになると、ちょっと無理ですね。私は予定通り(？)雑用に追われ、普段出来ない片付けに追われた三が日でした。オヤジとお袋を続けて亡くしましたので、遺品整理や書類・記録の仕分けです。やってもやっても終わりません。やはり「生きて生活している事ってすごいなぁ」と実感しております。少しだけ違うことと言えば、日常は夕食が23時以降なのですが、三が日は４〜５時間早いし、少しだけ飲酒もありますので、ウトウトして目が覚めても「未だ今日」にびっくりしたことです。つまらない内容ですみません。今年も「つまらない独り善がり」にお付合いください。</description>
      <pubDate>Wed, 03 Jan 2018 21:19:41 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>認識の違い？時代の変化？20171231</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-117783/</link>
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      <description>今日は、もう休みのはずなのに、早速生徒とバトルです。私「言ったことができてない」生徒「やってます」私「できてたら結果がでるだろう？」生徒「でもやってます」私「やって無いから指摘してるだろ」生徒「でも僕はやってます」私「先生皆んながいってるのに？」生徒「はい、絶対やってます」私「やってる、やってるって言うけど、先生の言ってる内容は分かっているの？」生徒「勿論、分かってます。だから完璧にやってます」私「時間を潰して、無駄に過ごして、『その内誰かが･･･』にしか見えないんだけど」生徒「そんなことは無いです。」私「自己責任で何とかしようと思ってるの？」生徒「はい、頑張ります」私「頑張るって言葉だけではだめだよ」生徒「はい、だから実際に頑張っています」どうですか？親と相談して決め事をしろと言っても放置。時間の使い方を決めて書けと言っても、書いただけで実行は一切。塾に来ているからだけでは成績は上がらないと言っても、先生何ででしょうと他人任せ。素直に聞かなくて、自分はやってる『気』。できてる『気』。の生徒。先生、他所の子は成績が上がってるのに、何で家の子だけ未だなんでしょう？と聞いてくる保護者。そりゃあ、年々疲れるわぁ。でも、これを「お断り」していたら、我が教室の生徒は「０人」になるのかなぁ？また、来年の悩みが増えました。</description>
      <pubDate>Sun, 31 Dec 2017 10:42:09 +0000</pubDate>
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      <title>今年も終わりました20171231</title>
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      <description>時計は０時を回りましたので、実質12／31ですが、私はまだまだ１２／３０の続きでゴソゴソしています。通常業務と年末業務。それから新年に向けての作業です。まだまだ残っていますので、明日も続けて作業をしていると思います。皆様、今年も沢山の私の愚痴に、お付合い頂きましてありがとうございました。来る新年も変わらず愚痴を書き続けますので何卒見放さずにお付合いをお願いいたします。しかし、まぁ、なんですなぁ。毎年毎年年々「しんどいなぁ」と感じるのはただの年齢のせいでしょうか？聞かない。無視する。スルーする。済し崩しにする。自然消滅を目指す。返事だけで家では絶対に勉強しない。やってるポーズだけで、時間がくると止める勉強法。いくら怒られても最後には親か先生が何とかしてくれると高をくくっている。塾に行ってるから成績が上がる。家の子は聞けば出来る。習えば直ぐ成績が上がる。等々。これらが段々増えているのは先生方も言ってますので、まんざら私だけの思い込みではなさそうです。地域で育てる。地域の宝。と言うのなら。これらも地域全体で叱れる日が来ると良いですねぇ。まぁ無理か。では良いお年をお迎え下さい。</description>
      <pubDate>Sun, 31 Dec 2017 01:01:36 +0000</pubDate>
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      <title>勘違い？思い込み？20171221</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-117542/</link>
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      <description>近日、入塾の説明やお母様方とお話しする機会があり、度々耳にするワードに気が付きました。家の子、〇〇塾に行ってるから安心。あの塾は、昔から進学実績が良いから家の子も〇〇高校に入れる筈･･･。△△中学の□□コースに受かったから安心。毎日キチンと学校に行ってキチンと宿題してるから大丈夫。日常の会話に困って無いから、家の子は日本語力は有る。参観日を見た限りでは普通。△△高校に入ったから□□大学は安泰。△△高校は良い高校だと聞いたから、家の子も成績ＵＰする筈。無理して高い高校へ行って苦労させなくても、低い高校で楽にトップを維持してくれた方が良い大学に行けるから･･･。△△高校は、私の頃からあるから、多分大丈夫！安心！どうですか？耳を疑いたくなる言葉が並んでますよね。なんて、論拠が全く見えません。これらを否定して反論すると「ここの塾はおかしいんじゃないの？」と叱られます。これらの『勘違い』、どうすればキチンとご理解頂けますかねぇ？</description>
      <pubDate>Thu, 21 Dec 2017 21:55:25 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>口数が少ない子は良い子？20171211</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-117285/</link>
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      <description>最近、お母様方とお話ししていると、「家の子、口数が少なくて良い子なのよ〜！」と、言われる事が度々あります。お母様方の理論では、口数が少ない　⇒　おとなしい　⇒　口ごたえしない　⇒　腹が立たない　⇒　良い子となるらしいです。本当にそうでしょうか？過去の経験上、口数が少なくても本当に優秀な生徒は、必要なタイミングとポイントでは、大きな声で話してくれます。それに比べ、口数が少なくて優秀では無い生徒は、何を言っても何をしても、単純な質問をしても黙ったままです。考えられる原因として、日本語が分からない（そんなやつ居るか？とお思いでしょうが、最近多いのです）下手に喋ると何かが返ってきて面倒なので黙秘直したり変えたりする気が無いので全てに対してスルー母親の前だけ頷いて良い子を演じているが、腹の中では従うつもりは無く、完全無視系の裏ワル（このタイプが急増中）口数が少ない　＝　良い子　と思い込まないで下さい。本当の良い子なら結果が出ています。良い子かどうかの判断を口数でしないで下さい。でも、授業中に黙り込んで動かなくなる子も口ごたえ満載の子も困りますけどね。</description>
      <pubDate>Mon, 11 Dec 2017 21:47:52 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>初めてたべました20171201</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-117020/</link>
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      <description>塾生のお父様とお母様が沖縄旅行をされたそうです。そのお土産を、私にまで下さいました。紅芋は知ってはいましたが、それを練りこんだプレッツェルです。普通の物より香りが強く、甘かったです。お気遣い、有難うございました。</description>
      <pubDate>Fri, 01 Dec 2017 19:14:46 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>日本語の認識違い？20171128</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-116943/</link>
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      <description>受験が目の前に迫ってきたこの時期、ま〜〜だ、叱責に従わない生徒が存在します。保護者のお言葉を聞くと「ちゃんと塾長の言うことに100％従うんよ」「このままではダメよ」と言われます。しかしその子（つまり生徒です）は一向に素直になってくれません。本人に確認(叱責込みです)すると、「僕はやってます」「私は言われた通りに･･･」「私は間違っていません」「僕は言われた通り100％やってます」と直ぐに自分を正当化する口ごたえが返ってきます。で、さらに突っ込んで聞くと、「やってる」とか「言われたこと」のレベルと定義が全く違います。学校で「何かこんな感じ」とか「訳分からん。まぁ書いとけば良いでしょ」をしても許される環境に居るために、自分を過信して他人からの言葉を素直に聞き入れる土壌ができていないのです。さらに、『金まで払って塾に行ってるんだから、塾が何とかしてくれるでしょ』と親子で口になさいます。勉強は自己責任と素直と我慢が全てです。出来ていない生徒(親も)ほど「私は出来ている」と自分の日本語定義だけで突っ走ります。再度定義を聞き直すことも必要ですね。</description>
      <pubDate>Tue, 28 Nov 2017 21:55:11 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>最後はやっぱりお母さん？20171110</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-116444/</link>
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      <description>受験も近付いて、高校生も文理選択の時期になっています。そんな中、相談を沢山され、判断を多数委ねられます。生徒の現状。生徒の性格。生徒の目標。色々な観点から熟考し、お答えさせて貰ってます。しかし、成績不振者や不登校気味の生徒ほど（つまり、安易に判断しては、今までとこれからが無駄になる可能性が高い生徒です）多くの時間をかけて相談したことが、お母様の「鶴の一声」で全く逆の選択になってしまう事例が続出しています。勿論、私の子どもではありませんので、私が人生の責任を持ってあげることはできません。しかし、経験と時間で最大限のアドバイスをしているのです。なのに、お母様の「だって、こっちの方が安いじゃん」とか「別に〇〇でも良いじゃん。人生が終わる訳じゃ無し」とか、場合によっては、１〜２年掛けて「躾直し（失礼な言い方ですね。でもお母様の子育て方法では、もっと下降していたと思われるので･･･）」をした生徒に「あんたは□□の性格だから･･･」と間違った判断をしてきた結果の成績下位を無かったことの様に、自分の考えを過信して、即座の判断をなさいます。つまり、私たちの判断や存在そのものを無視されたのです。成績上位者のお母様は数人の専門家に相談され、それぞれの言い分を理解されて冷静な判断をされます。しかし生徒は、その「鶴の一声」に絶対服従します。やはり、親子なんですね。私達が入り込む隙間はありません。だからこそ、下位生徒のお母様！お母様自身が冷静になって、周りの意見が聞ける「賢い母親」になって下さいね。</description>
      <pubDate>Fri, 10 Nov 2017 12:56:51 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>塾長の息抜き20171101</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-116206/</link>
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      <description>教室の運営ルール上、唯一の平日連休が可能な10/28の夜〜10/30に掛けて、宇治・信楽・鈴鹿・伊勢に行って来ました。９月の月末は中間試験中。１１月の月末は期末試験中。よってここしか息抜きが可能な所が無いのです。久々に教室に２日も足を踏み入れない日があり、不安もありましたが、皆さん、ごめんなさいでした。リフレッシュできたので、これからも頑張ります。つまらない私事ですみません。</description>
      <pubDate>Wed, 01 Nov 2017 19:07:26 +0000</pubDate>
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      <title>受験生だという認識201710200</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-115802/</link>
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      <description>中３受験生のアレコレです。お母様は必死で、生徒にもしっかり眼を配り、色々と行動・意識を注意されているのに、生徒本人は中々本気にならなくて、繰り返しても繰り返しても本気で覚えたり復習したりしないので、中々成績に反映されない「お金と時間を無駄にしている」生徒。でも本人は、母親にばれなければＯＫとの認識。困った困った。他には、本人も「やってるつもり」「できてる自信」「これなら大丈夫」の上から目線の自信過剰で、指示に従わない。その上母親が「勉強は後回しで、これ手伝って！」と誰の目にも『今？』と映る用件を強制し、生徒本人も「母親にグチグチ言われる位なら、塾の指示を無視する方が・・・」と嬉しそうにそっちに行く。それでも「塾に行ってるから成績は大丈夫」と根拠の無い自信。他には、母親も生徒本人も思い込みで間違った知識と情報を持っていたが、じっくりと話を聞いて貰ったら「これからは何でも相談してから決めます」と素直に受け止めて頂きました。すると生徒の成績が短期間でぐんぐん伸び、生徒は勿論、お母様も何でも相談して頂けるまでに変化しました。以上は全て個人の心の持ちようと認識の差です。どれが受験生として理想に近いですかね？</description>
      <pubDate>Fri, 20 Oct 2017 16:26:24 +0000</pubDate>
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      <title>何も変えなければ・・・20171005</title>
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      <description>「私(僕or家の子)は、今までこのやり方でやって来ました。それで何とかなっていました。だから今までのやり方を変えずに、成績を上げる方法を教えて(やって)下さい。」こんな要望が続きました。そんな方法があるのですか？すみません。あるのなら教えて下さい。今までのやり方が正しいのであれば、良い結果が出ているはずです。結果が悪いのであれば、今までのやり方が間違っているか今までの量が間違っているのです。今までのやり方に安住せず、やり方を変えた量だけ良い結果の量となるはずです</description>
      <pubDate>Thu, 05 Oct 2017 00:03:05 +0000</pubDate>
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      <title>勉強している20171005</title>
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      <description>「私は(僕は)学校に毎日行って、チャンと聞いて、黒板に書いてあることは全部写して、提出物は全部埋めて出している。だから勉強は完璧にしている。」と発言する小学生と中１生(と、その保護者)が多すぎです。その上「私(僕or家の子)は中の上です。何故なら学校で褒められますから･･･」とまで･･･。何で？上記作業は「保育所の塗り絵」と同じでしょ？何も考えない方が、より良い結果が得られるのですから。それで「〇」貰って喜んで･･･。当たり前に考えたら、単位や小数・分数が登場した学年頃から「覚えて考えて組み合わせる」勉強方法に変わっていなければ無理でしょう？</description>
      <pubDate>Thu, 05 Oct 2017 00:01:34 +0000</pubDate>
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      <title>勉強って我慢です2017104</title>
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      <description>勉強って我慢です。学ぶって、素直さの結果です。我慢をせず、今までの「やりたい放題」をして、注意や指示をされても、素直に聞かず「自分流」や「今まで流」を続けて成績が(今後の人間力も)上がる訳がありません。その上、10個指示したのに、自分の都合の良い(楽な)３個位だけやって、残りはスルー(無視)。それで「頑張ってる」を口にする生徒(親)。申し訳ございません。諦めてください。それで「出来る」のなら、できない生徒なんていません！</description>
      <pubDate>Wed, 04 Oct 2017 23:59:52 +0000</pubDate>
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      <title>勉強ができないって？20170925 </title>
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      <description>勉強が「できない」のと「やらない」のは、根本的に違います！「自分の部屋で毎日２時間も机に向かっているのに勉強ができない。」「近所の皆んなと同じように学校へ行っているのに、私だけ勉強ができない。」って言うのを、思ったり聞いたりした事はありませんか?でも、それだけやれば、誰でも勉強はできます。「できない」のでは無く、勉強を「やって無い」のです。勉強とは、「真剣に素直に聞く」「一生懸命読む」「必要な言葉やルールを覚える」「思い出す」「考える」と言う作業の繰り返しです。「分かってやろう」「必ずできてやろう」と言う、意識・意欲です。「しんどい作業」の繰り返しです。上記のような勉強をせず、嫌々授業を聞き、嫌々宿題をし、ただ書くだけ書いて提出。ただ眺めただけで覚えたつもりになって、長文を読むのも、内容よりも早く終わる事が最優先。これで勉強ができるのなら、日本中の全員が１００点満点です。つまり「できない」のでは無く、やっているつもりで「やっていなかった」のです。</description>
      <pubDate>Mon, 25 Sep 2017 01:25:27 +0000</pubDate>
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      <title>勉強ができないって？20170925</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-115119/</link>
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      <description>「勉強ができない」のと「勉強をやらない」のは、まったく違います！「できない生徒」は、すぐに「できる生徒」に指導が可能です。しかし「やらない生徒」もしくは「やっているつもり生徒（今、このタイプの生徒が非常に増えています）」は、勉強を教える塾としては、非常に「困ったちゃん」となります。勉強の指導以前に、「生徒本人の、生徒本人による、生徒本人の間違いを自覚させる」事から作業を始めなければならないからです。これが非常に時間と手間のかかる作業なのですが、生徒本人からは「私は悪くないのに…」とか「私はちゃんとしてるのに…」とか「私は間違っていない！」と反発までされてしまう損な作業なのです。（本当に間違ってなくてちゃんとしてたら、今頃勉強できているのにねぇ）勉強は、素直さ・忍耐力・継続力・コミュニケーション力・集中力の結集です。楽して見栄えだけを求めている人には中々得られない物です。</description>
      <pubDate>Mon, 25 Sep 2017 01:22:03 +0000</pubDate>
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      <title>ほら、私だけじゃ無い20170925</title>
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      <description>先日、県立では地域一番高校の学校説明会に行きました。その時の校長先生の言葉が印象的でした。「入試では合格したかも分からないが、勉強とは自らが学びたいと思わなければならないものだ。近年の入学者は、予習も単語調べも自分からの演習も言われなければやらない。じゃあ沢山宿題を出すと、宿題が多すぎて勉強できないと文句だけは言う。組織や学校に所属してしまえば、そこが何とかしてくれると思いすぎだ。そんな訳はない。これは中学と親の責任だ」と言われてました。当に私が塾で言ってるのと同じ内容でした。子どもは甘やかすと際限がなくなると誰かが言ってました。私もそう思います。</description>
      <pubDate>Mon, 25 Sep 2017 01:12:56 +0000</pubDate>
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      <title>皆さん！大丈夫でした？20170918</title>
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      <description>迷走台風が通過して行きました。各地で非常に大きな被害が出ています。でも、教室のある地域では、そんなに大きな被害情報も無く、無事に終わりました。しかし、その中で、何故か我が塾だけに被害が出ました。掲示板から掲示物が飛び、掲示板そのものが落下し、駐車場の看板も崩壊していました。幸いけが人や他者への加害が無かったので胸を撫で下ろしました。以前もそうだったのですが、近所に色々被害が出た時には殆んど影響無し。近所での被害を聞かなかった時には我が家に・・・。何なんでしょうか？私が「変わり者」だから、被災も変わり者なんでしょうかね？何にしてもこれからもお気を付け下さいね。</description>
      <pubDate>Mon, 18 Sep 2017 20:28:21 +0000</pubDate>
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      <title>他人の私達が言ってるのに・・・20170913</title>
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      <description>本当は「素直にやってくれれば、もっともっと成績が上がる生徒」の保護者にその事をお伝えすると・・・。お母様が先回りしすぎて、「甘えてしまって、我慢をしない生徒」の保護者にそのことをお伝えすると・・・。地元の公立中学校で平均点より少し下とか、地元の公立小学校の定期テストで７０〜８０点が、実はびっくりする位実力が「下位」だという事を本人や保護者にお伝えすると・・・。学習障害の可能性があり、特定の作業だけがどうしても「できないorすぐ忘れる」生徒の塾での様子をお伝えしても、「もっとしっかり教えてやって下さい」とか「学校の先生は『良い子』だと褒めてくれます」と、生徒のためには逆効果を求められるので、『それとなく、言葉を濁して』保護者にお伝えすると・・・。「母親にバレ無い」「母親に怒られない」ことを信条としている生徒の実情をお伝えすると・・・。上記５件の状況の時、私たちが言われる言葉は共通しています。[B]『[RED]そんなことは無い[/RED]』[/B]です。今後の人生に利害の無い私達が、言わなくても困らない(実際、言わない塾が殆んどですよね)私達が、「敢えて口にする」っていうことは、余程の覚悟と思いがあって言っているのに、その状況を考えて頂けなく、単に「そんなことは無い」で片付けようとされる。これでは「本当に生徒のため」なのかなと思ってしまいます。は少し状況が違いますが、できれば、専門家の意見を聞いて、少しでも生徒の『ため』になる方法を取り入れたいです。しかし、はダメです。何ヶ月か毎週見ていて、原因を見つけたので本人に注意し、保護者にお伝えしたのです。「そんなことは無い」の言葉の後に何が続くと思いますか？「家の〇〇ちゃんを分かってやって下さい」ですよ。「分かったから話している」んですよね。ただ単に、褒めて、煽てて、お母様の気分をよくして差し上げて、気持ち良くお金を払って頂く為の塾なら、他に沢山ありますよ。私たちは生徒の為に敢えて「悪者」になるのも覚悟で「他人が言っているのです。（時々、独り善がりや大きなお世話をやることもありますけどね。反省反省。）</description>
      <pubDate>Wed, 13 Sep 2017 17:39:37 +0000</pubDate>
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      <title>本当にやってる人は・・・20170827</title>
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      <description>本当に「へぇ〜、そうなんだ」とか「後世で語られたり・口伝えで話に出る」ような『すごい事』をした人は、その事を決して自分からは語らない！一般の家庭内でもそうですよね。一人で何人分もの家事や仕事や子育てや介護をやっているお母さんやお父さんは、決して自分で「すごく頑張ってる」とは言いません。「自分一人が我慢している」とも言いません。「私は、皆さんと同じ・当たり前のことをしているだけです」とだけ･･･。ところが「できて無い」「やってない」のに「自分だけが頑張っている」と思って、結果も出ていない人ほど「自分は完璧に頑張った」「自分一人が我慢している」「どうして自分だけがこんなに･･･」「やっぱり悪いのは〇〇だ」と『小学生の我がまま』か『玉の輿目当てのバカ嫁』の様な自分中心の言い訳や責任転嫁を口にします。生徒や保護者も同じです。生徒に、いくら指摘して注意して指示しても、聞き流して「僕は正しい」「僕は間違っていない」「僕は完璧」「僕はチャンとしている」「僕はものすごく我慢している」と言いますし、相も変わらず聞き流し・スルー・無視・済し崩し・自然消滅・期限切れのオンパレードをしてくれます。保護者も「私はやるだけの事はやりました。ここまでやってもできないのは、この子に問題があるのでしょう」とか「上の兄姉の時にはキチンとしてくれました。なのにこの子は･･･。私の子育てに問題があるとは･･･」とか「私にも人生があり他の家族もいます。この子にばかり時間と手間を掛ける訳にはいきません」と育児放棄の様な言葉を口にしておきながら「私はこんなに頑張っているでしょ。分かってね」の様な事をおっしゃいます。ホンマか？やっぱり凄い人は自分からは語らないですね。</description>
      <pubDate>Sun, 27 Aug 2017 22:05:40 +0000</pubDate>
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      <title>何割聞こえてる？20170825</title>
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      <description>「あなたの〇〇のやり方はダメだよ。次からは■■のようにやってね」と何度も注意している生徒。注意している時の顔は神妙に聞いて頷いて「分かりました」と返事はしてくれますが、翌日から殆んど無視〜〜〜で音沙汰無し。「これだけは覚えてくれないと、次の単元に進めないよ。今日こそは絶対覚えて来てね」と指示して、「はい」って返事した生徒。次回には、以前より酷くなってるのに本人は涼しい顔。「これこれはいついつまでに終わらないと次に取り掛かれないので、絶対何日までに終わるように分割してやってね。何日には持って来るんよ」と指示した生徒。期限の数日前から引き篭もって返事もしなくなって、クラブも休んで、塾にも来ません。本人曰く。「無理だと思って、怒られる位なら、行かなければ良いと思った」です。「小学校の時には優秀で自信があったのだろうけど、中学になっても、そのやり方を続けたら、余りにも学習量不足と作業学習で理解できないまま終わるから、直ぐに我慢してやり方を変えてね」と指示した生徒。「はいはい」と良い子を演じて見せますが、絶対に意地でも『自己流』を変えません。大人の言葉を聞き流す訓練を沢山受けたのでしょうか？自分に都合の良い『音』しか聞いていない生徒が急激に増加しています。それを指摘しても、「私は違う」と本人が言いますし、「何度も言ってるから、その内分かってくれる」と保護者も放置です。敢えて『苦口』を言って注意してるのに、聞き流して良い内容なんて無いはずです。それとも、最初から「２割しか聞かないだろう」の想定で、５倍の注意をしましょうか？私なら、そんな塾･････････止めます。うるさいから！</description>
      <pubDate>Fri, 25 Aug 2017 21:16:13 +0000</pubDate>
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      <title>夏休みも残り少しなのに・・・20170823</title>
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      <description>お盆休みも明けて、夏休みも後少しとなりました(夏休み前の警報連発で早めに始まってる学校もありますが･･･)。真面目に「コツコツ」頑張って少し笑顔が増えた生徒。受験生なのに「休みが終わるまでに宿題を終わらせれば良い」と言ってる変な輩。中学で激成績下降になってるのに、未だに小学時代のやり方や栄光にしがみ付いている輩。新学校や生活に慣れて「手の抜き方」を修得してしまった輩。何度注意しても、否定しても「塾に行ってるんだから、先生が何とかしてくれる」と小学生レベルの意識を持っている幼児の様な受験生。勉強に飽き始めた受験生(まだ届いてないのに･･･)。様々ですが、夏は行ってしまいます。私も、例年より疲労が大きいのです。何故なら、何故か今年は、前記のような「戯け者」が多すぎて、その上「日本語が通じなくて、少しも修正してくれない」輩が多すぎて、いつもより体力が消耗しているのです。助けてくれ〜〜ぃ！(歳のことは言わないで)</description>
      <pubDate>Wed, 23 Aug 2017 21:36:47 +0000</pubDate>
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      <title>先送り・自然消滅？20170809</title>
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      <description>先日お話しした「親は、やる事はすべてやった。後は本人しだい」の生徒。やっぱり、その場逃れの返事だけでした。それに対して保護者は無対応でした。やっぱり、教室全体の士気に関わる事でしたので、止めて頂くことになりました。それでも保護者は無反応です。「何なの？高い月謝払って通わせてるのに、何で塾でちゃんとしてくれないの？」と思われているかもしれませんが･･･。そんなの親でも無いのに無理ですよね。その他に「自分は正しい。自分は間違ってない。自分は･･･」と、何でもかんでも『私は私は私は私は･･･』と『あづさ２号』のような（随分古いですね。40代後半以降の方、笑って下さい）生徒は、先日無理やり呼び付けて話ましたが、「話し合いはちゃんとやった」と本人は納得して、結局今までの考えと行動は変えてくれません。勿論、保護者も『自分で考えて行動できる良い子』と思っているので、お墨付きです。何でもかんでも『自分の思う優先順位通りにしか動かない。相手の意向や状況は関係無い』としか思えないやり方です。当に、取り返しがつかない時間になって「もうえぇわ」と言って貰えるまで先送り放置をし、もし可能なら『自然に蒸発して消えてくれたら･･･』としか感じられません。「それでは塾に来ている意味が無い」と言うと神妙な表情はしますが･･････何も変わりません。こいつも近々・・・。裕福な家庭が増えたのでしょうかねぇ？</description>
      <pubDate>Wed, 09 Aug 2017 14:00:02 +0000</pubDate>
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      <title>私たちはどうすれば？20170730</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-113800/</link>
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      <description>ある中３の生徒についてお話しします。この生徒は学校やスポーツで何でも中以上でできます。勉強も『学校では』中以上です。当然「通知表」も中以上です。志望校も『その学校の常識の範囲の』中以上です。しかし、現実の偏差値は･･･（具体的には言えませんが･･･）中以上ではありません。しかし、磨けば光る原石だと私も担当講師も見ています。先日の定期試験前に、日常の行動計画を作りました。当然、提出物はいつまでに。やり直しはいつまでに。演習質問はいつまでに。と細かく決めました。勿論本人が書いたのです。それから２週間。一度も質問に来ませんでした。案の定、テスト結果は今まで通りの「校内の」中の上です。その事を本人に指摘すると「僕はこの２週間完璧でした。完全に正しい行動がとれていたと思います」です。ケガをして、少し動き辛く、「保護者に接骨院に送迎して貰うから、しばらく自由にならない」と言っていましたが、気が付くと運動部の部活に出ていました。しかし、塾で決めた生活時間割は実行されません。保護者を交えて３者面談をした時のこと、この生徒の意識や行動、大人を舐めている事。磨けば光る可能性をお話ししました。その話が終わった直後の保護者の言葉に唖然としました。「お前の人生だから、どこに行こうと何をしようとお前の自由だ。自分でよく考えて行動しろ」でした。仰られている内容に間違いや反論はありません。しかし、「じゃあ、何のために塾に来させているの？」「来ているだけで成績は上がるの？」約束や他人に対する責任は？保護者も立派な大人ですから、私ごときが人生訓じみた事を言うつもりはありませんが、「では何のために塾に？」「では何のために保護者が？」が消えません。お父様＆お母様。少しだけ、自分の井戸の外の意見にも耳を貸して下さい。そして自分の時代と少し変化している現状の中学校・高校も理解して下さい。お願いします。</description>
      <pubDate>Mon, 31 Jul 2017 22:39:29 +0000</pubDate>
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      <title>そんなことは無い！20170730</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-113797/</link>
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      <description>「そんなことは無いです！」この言葉を近日中に何回聞いたでしょうか。生徒に「あなたは勉強してるつもりでしょうが、それでは足りないよ」と言うと『そんなことは無いです』「あなたは自分の実力に自信を持ってるようだけど、校内のレベルと外とでは違うんだよ」と言うと『そんなこと無いです』「内申のためにクラブを頑張るっていうけれど、実力が無ければ内申も何も無いんだよ」と言うと『そんなこと無いです』保護者に「勉強を教えてやって下さいと言われますが、お宅のお子さん、他人事ですよ」と言うと『そんなこと無いです』「中学受験のポイントを教えてやってくれと言われますが、人の話を聞いていませんし、嫌いな事は絶対にやりませんね」と言うと『そんなことは無いです。家の〇〇ちゃんは優秀だって学校の先生に言われました』「決まりや指示を守るように、お家でも助言をして頂けてますか？まさか、もう塾に預けたんだから、塾の責任で何とかしてくれるは無いですよね」と言うと『･･････えっ？無いはずです』生徒に対しては、生きてきた多寡が十数年、狭い世界の知識で全て分かってるとの思い込みを他人が指摘しているのに、「へぇ〜、そうなんだ」と素直に受け入れればもう少し楽に上昇するのに･･･。保護者に対しては、わざわざ言い難いことを言って、少しでも三者に良い結果を出したいと、月謝以上の対応をしているつもりなのに･･･（これはひとり善がりかな？）少なくとも私たちは、あなたたちより経験を積んでますし、それらの知識も有りますよ。少しぐらい素直に聞いたらどうですか？</description>
      <pubDate>Sun, 30 Jul 2017 17:31:41 +0000</pubDate>
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      <title>いぇ、あの、ちょっと・・・20170720</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-113547/</link>
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      <description>教室では、正当な理由があれば、授業を振替えて別日に行なうようにしています。但し、誰が考えても正当な理由(クラブの試合・修学旅行・早くから決まっていた家族旅行等)があるときです。この事は、入塾時にはっきりとお願いしていますし、オープンからずっと続けているルールです。しかし、これを「ズル」して利用する生徒が度々口にするのが標題の「いぇ、あの、ちょっと･･･用事が･･･」です。よくよく聞き出してみると、「突然決まった友達と遊びに行く約束」とか、「突然好きなライブに行くことになった」とか、「友達とのお泊りパーティに誘われたから」とか、殆んどが調整の利く『遊び優先』なのです。どちらかと言うと、勉強の出来る生徒は、ハッキリと理由を言いますし、こんな遊びで休んだりはしません。以前から分かっている勉強より遊びを優先する意識が強いから勉強が後回しになるのです。ズルイのは「母さんが、家の用事があるから変えて貰えって言った」とかも有りますが、「どこかに行くのかな？」と聞くと「知らない」って応えます。後々分かりますが、本人の作り話が半分で、本当に『母さん』が軽い気持ちで休ませて遊びに連れて行ったが半分でした。保護者から連絡があり、「いぇ、ちょっと･･･」は殆んど遊びです。保護者が言えば断り難いことを利用されているのでしょね。苦笑。過去最高の「嘘」は、お母様から授業開始２０分前に電話があり「突然、家族全員で行かなければならないことがおきましたので、休ませます。後日に振替えて下さい」でした。私は「それは大変ですね。お気をつけて」とお受けしました。当然、シュチュエーションから考えると、親戚のお祖父ちゃん等に不幸が･･･」と考えたのです。後日生徒に確認すると「えっ？あっその日は皆んなでカラオケに行った」が真相でした。ルールに則った振替えは責任を持っていたします。先生たちもそれは承知です。しかし、我侭遊びに振り回されるのは、先生たちも人間ですので･･･。今年の夏休み振替えも、同じ生徒・同じご家庭ばかりの名前が並んでいます。気軽に後から後から用事を言われます･･･。苦笑</description>
      <pubDate>Thu, 20 Jul 2017 16:50:41 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>嘘･実力・しくじり20170704</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-113112/</link>
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      <description>嘘でその場をごまかす事は一番楽な方法です本当は、がまんして地道な努力を積み上げることが必要なのですその積み上がったものを「実力」と呼ぶのですしくじり(失敗)とは失敗した事実を認め失敗した原因を自分の意識・行動と認め素直に反省し意識・行動を変えることができたことです変えもせず、反省もせず、他人のせいにして放っておいて「私は悪くない」と言っている最低人間が多すぎです</description>
      <pubDate>Tue, 04 Jul 2017 19:56:15 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>何が問題でしょうか？20170703</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-113088/</link>
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      <description>入塾時に「志望校はどこですか？」と聞くと『あっ、〇〇高校へお願いします』とお答え頂けます。「〇〇高校ですか。現在の実力から考えると■■位の量を勉強しないと届かないですね」とお話しすると『そうですか。分かりました。言われるように･･･』と快くお返事頂けます。「間違っても△△のような行動は絶対止めて、意識を変えて下さいね」と確認すると『もちろん分かってます』で約束は成立しました。数ヵ月後意識・行動・量は変えないけれど、志望校も変えないでクレームに来る親。後日、風の便りで『高い月謝をがまんして、☆☆塾行かしたけど、全然ダメよ。家の子の成績上がらなかったもの･･･』が聞こえて来ましたこれは何が問題でしょうか？</description>
      <pubDate>Mon, 03 Jul 2017 22:39:09 +0000</pubDate>
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      <title>それは、普通以上の人だけに・・・20170629</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-112975/</link>
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      <description>「偏差値教育は良くない」とか「詰め込み教育の知識偏重教育は人間性を悪くする」と言われて久しいです。確かに偏差値の上下に一喜一憂することや、理由や根拠も無く、過去問の答えを覚えさせることは、私も反対です。しかし、現代では、上記の言葉を『真に受けて』異常なほど放置している保護者とそれを利用して身を隠して楽をしている生徒が多すぎです。単語を覚えないで英語力が上がりますか？Be動詞と一般動詞の区別がつかないで英語力が上がりますか？語順の並びを覚えないで英語力が上がりますか？とんでもない輩になると、かの安河内先生が『東大・京大コース』の生徒に向けて言った「君たち。単語ばっかり覚えても仕方無いよ」を聞いて、鬼の首を取ったように「ほ〜ら、安河内先生も言ってるじゃん。塾の先生は単語を覚えろばっかり言うけど・・・」と言ってるのは、中学３年レベルの単語力しか無い高校３年生。文字式と方程式の解き方の違いは？関数って？座標って？分数のルールは？小数点のルールは？等の用語は永遠に同時に登場します。これらを分からず覚えず学力が上がることがありますか？「生徒たちが、自分で考えて、自分のやり方で・・・」を文部科学省も教育委員会もマスコミも(特にここが･･･)言いますが、それは『普通のことが普通に出来ている普通以上の生徒に対しての事』という但し書きがあるのです。基礎も基本も分かってない、出来て無い生徒に『自由に』やらせても出来る訳がありません。「音符が読めない生徒にオーケストラで演奏しろ」と言ってるのと同じです。きれい事に夢を託すのではなく、現実をしっかりと見つめ、基礎が出来るまではしっかりと見守り、自由にさせてはダメなのです。勿論、できた後は自由に羽ばたいて下さい。</description>
      <pubDate>Thu, 29 Jun 2017 21:04:16 +0000</pubDate>
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      <title>愚痴を聞いて下さい20170621</title>
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      <description>今日は、少しだけ私の愚痴に付き合って下さい(いつもの事じゃんと言わないで･･･)。最近のバタバタと、時間不足(このひとり言の更新ができないのも含めて)の原因を検証してみました。すると意外な(逆に考えると予想通りの)事が浮き彫りになりました。ここ近月の体験授業や入塾や私の担当授業の生徒の意識・行動が今までと非常に乖離していて、それに取られる対応の時間と手間が、他の業務の支障になっていたのです。例えば、中３の入塾希望生と話していると、毎日学校に行って黙って聞いて書いている(本人談)ので頑張っている。これからも頑張るので〇〇高校へ入れて下さい(私の見立てでは偏差値が１５不足)。そのお母様に「意識と行動を変えないと、学力にならない」旨をお伝えすると「家族全員でバックアップします」と変化では無く、何とか押し込んでしまおう的なお返事。例、小学校２〜３年の知識を綺麗に流し去っている生徒。それでも説明を聞くとき「何かこんな感じ」とか、同時に３〜４個の知識を使う事を言っても直近の習った事だけで書いて誤答。説明に知らない語彙(当然小３なら知っている筈のワード)が出てきても、スルー。それでも「家の子は頑張っている。悪くない」と猫っ可愛がりをされるお母様。例、「今の学力不振の原因は指摘された間違いを、素直に認めないことですよ。変わる意思があるのなら入塾して下さい。無いのなら無駄ですから、止めておいて下さい」と宣言して入塾頂いた生徒。注意しても絶対にやら無い。黙って時間が過ぎるのを待っている。何度「明記」して指示しても、聞いて無い、読まない、考えない。それで成績が上がらないので更に叱ると『うるさいなぁおっさん』と音は出ないが、口が動いている。それをお母様にお伝えすると、何と何と・・・、びっくりです。「子どもがやる気になるしかないので、もう親は何もできません」だそうです。それでも授業準備や教材研究、今後の対応。報告を放置・無視するわけにはいきません。こんな事に何度も大量の手間と時間を取られていたのです。子どもは非常に「幼い」上に「クソ生意気」ですが、保護者もマスコミの綺麗事を真に受けている方が多すぎて・・・・・・。すみません。愚痴が過ぎました。不愉快な思いをされた方、ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Wed, 21 Jun 2017 12:47:51 +0000</pubDate>
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      <title>黙って聞いている・・・20170617</title>
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      <description>近日の授業・体験・面談で急増しているのが「毎日学校に行って黙って聞いているのに成績不振」です。私たち（とは言っても、かなり昔ですが）の感覚として、「学校に行って黙って聞く」と言えば、先生の言う事を『分かろう』『なんでかな』『ちゃんと復習しなきゃ』の感覚でした。（ちょっと格好良過ぎ？）しかし、現代の不振生徒たちに共通しているのが、『本当にただ聞いてる』のです。話では無く、「音」として聞き流しているのです。それで「聞いてる聞いてる」と主張します。ま〜〜た、それを聞いて親が「家の子はちゃんと聞いてるのに分からないんです。先生の教え方か相性が悪いんです。家の子は悪くないんです」と出しゃばって来るから問題が複雑になるんです。不振生徒たちは「分かろう」とも「出来よう」とも「覚えておこう」とも思っていません。３〜５歳頃「じっとして黙っている子が良い子」と教えられてきましたから、１２歳や１５歳の今になっても「良い子」を継続しているだけなのです。目の前の事だけを処理して、１ヶ月以内のことも忘れても、『丸』が貰える方法を先生や学校に求めているのです。文部科学省や教育委員会の求めている「自ら問題を発見し･･･」と完全に逆行しているのです。これを普通としている学校。学校で問題無ければ普通と思い込んでいる親。これで勉強ができるのなら、今の日本に出来ない生徒なんて殆んど居ませんよね。「終わった事をクヨクヨしても仕方が無い。未来を見て進むんだ！」と綺麗事を言っても結果は現状です。綺麗事は『出来ている人』を慰めるときだけ言いましょう。『出来て無い人の責任を曖昧にするために使うから、世の中が綺麗事だらけになるのです。</description>
      <pubDate>Sat, 17 Jun 2017 14:31:44 +0000</pubDate>
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      <title>休みだと伝えていたのに・・・20170531</title>
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      <description>月末の休みは１週間前に全生徒に、文書・口頭で伝えてあったのですが、『やっぱり』２人来ました。一人は、電気が消えているのと、私の顔を見て、即思い出し、即刻向きを変えて帰ってしまいました。もう一人は、新高１生の女子で、「え〜〜っ、今日は･･･」と私が言っても気が付かず、更に会話して、「えっ？今日休みなんですか？」と始めて聞いた様な反応でした。先生の言葉に重さが無いのか、重さを感じない程、生徒に筋力があるのか、はたまた、余りにも軽くあしらわれているのか・・・。色々ありましたが、５月も終わってしまいました。</description>
      <pubDate>Wed, 31 May 2017 14:51:26 +0000</pubDate>
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      <title>休みの日の続き20170531</title>
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      <description>休日の個人行動の報告の続きです。あれから、近所の「おっさん(と言っても、私より年下)」を誘ってビール・酒と料理を沢山飲み食いして、二人で５千円位(安かったです)払い、早めに帰宅して、愛犬の散歩をして早めに寝ました。普段は叶わない「充実した」一日でした。ありがとうございました。</description>
      <pubDate>Wed, 31 May 2017 14:40:06 +0000</pubDate>
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      <title>お休みの日に・・・20170530</title>
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      <description>教室では、行事やカレンダーの関係で、時々月末のお休みがあります。毎年曜日や日にちが違いますので、生徒はあまり気づいていませんが、毎日登塾している塾長には有り難い日です。以前から「休みや連休にず〜〜っと引き篭もっているのは嫌だ」と言っていましたが、その通りに、突然思い立って、岡山の「最上稲荷」にお参りして来ました。『え〜〜っ、お前、お父さんが無くなったばかりで、喪中だろう。喪中に稲荷にお参りするとは・・・』とお叱りを頂きそうですが、安心して下さい。最上稲荷さんは菩薩さんです。仏様です。だから、しっかりお参りして来ました。因みに、近年は、縁切り・縁結びで有名になり、おかげを頂いた方も多いらしく、私もお参りして来ました。さぁ、続けて後数時間。何して遊ぼうかなぁ。</description>
      <pubDate>Tue, 30 May 2017 17:49:43 +0000</pubDate>
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      <title>誕生日20170516</title>
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      <description>今日は何を隠そう(全然隠して無いし)私の誕生日です。昨年までは誰も見向きもして貰えない日々が続きましたが、今年は大違いです。娘夫婦がプレゼントと手紙をくれたり、取引業者の担当さんが「超有名」なケーキを持参して下さったり、教室の皆も同時に祝ってくれました。昨年までと違う事が思いがけず続いて起きてビックリの喜びです。皆さん有難う。歳は取っても、気持ちだけでも維持しながらこれからも頑張ります。</description>
      <pubDate>Tue, 16 May 2017 20:28:27 +0000</pubDate>
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      <title>針と糸20170512</title>
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      <description>ある方からすばらしい話を伺いました。『針が通った道以外を糸が通って行く事は無い！』です。針が道や方向を間違えなければ、糸は必ずその後を付いて来る。針が通っても無い道を、糸が一人で進んで行くことは無い。もし、勝手に糸が一人で進んだら、異常事態だし、間違っている可能性が大きいので止めてやる必要がある。分かりますか？「針」は親。「糸」は子どもだそうです。最近よく耳にする「お姉ちゃん(お兄ちゃん)の時には、何〜〜んにも言わなくてもチャンとしてくれた。下の子は何度言っても絶対にやらない。これは私の子育てに問題がある訳では無い。この子に問題がある。仕方ない」です。糸にも色々種類があります。綿糸もあればポリエステル糸もスパン糸もあります。絹糸のように丈夫でピンと張って素直に言うことを聞いてくれる糸もあります。何でもかんでも「一発で思い通りにさせよう」なんて、ちょっと乱暴すぎませんか？</description>
      <pubDate>Fri, 12 May 2017 19:10:05 +0000</pubDate>
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      <title>何処が、誰が問題でしょう？20170509</title>
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      <description>毎日毎日、「もう、ええ加減にしてくれや〜」と思う位色々起こりますのでそのいくつかをお話しします。根拠も理由も知らず分からず毎日毎日「何となく･･･」とか「先生が言ってたから･･･」と、黙ってゆっくりと作業だけを繰り返している生徒。それを見て「家の子頑張っているわね」「やっぱり私の子ね。コツコツ真面目にやってるわ」の中学生の保護者。「先生、家の子、クラブが楽しいって言うんです」「先生、家の子、友達が多い塾の方が楽しそうって言うんです」「先生、〇〇の方が楽しい…」だから、「子どもが楽しい方が結果が出やすいから、子どもの希望を叶えてやろうかと･･･」と、生徒の楽しいの意味を誤解されています。昔のこども(失礼)は、頑張ったり我慢したりして、結果が出ることを喜びとして楽しみとしていました。しかし現代の子ども達は「その場だけワァーワァーキャーキャー賑やかに、相手から笑わせて貰えること」を楽しいと呼びます。つまり、「今だけ楽しければ良い」の思想の原点がここにあるのです。子どもが嫌がるから止めますとか、子どもが向こうが良いって言うから変わりますとか、子どもがスポーツの練習があるから宿題を嫌がります。出さないで下さい。通うのは子どもだから、本人の好みに合わせてあげないと結果が出ないから･･･と、いかにも子どものことを考えているように言われますが、勉強を嫌う生徒の要望で、強制しない優しい塾を探しておられるようです。そんな無駄なお金を使えるほど、裕福なご家庭なんですね。子どもの言葉に迎合するのは楽ですし、「物分りの良い親」に見えて格好良いですが、子育て・躾の観点から見ると『無責任』ですよね。さぁ、誰に、何処に問題が？</description>
      <pubDate>Tue, 09 May 2017 20:29:01 +0000</pubDate>
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      <title>ＧＷの経過報告20170506</title>
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      <description>長い方で５月７日までお休みだと聞いているＧＷですが、Ｕターンラッシュもピークだとニュースで言ってるように、ほぼ今日で終わりに向かっています。私は、例年は教室に「引き篭もって」事務の残務を消化していたのですが、今年は、父親の介護や葬儀諸々で数年間「旅行らしい旅行」をしていないので、京都に居る姉夫婦が呼んでくれたので、連休までに事務作業を終わらせて京都に行ってきました。どこかに行きたいのではなく、何かが見たいのではなく、本当に「気持ちをゆったり」させる為に行ってきました。お陰でリフレッシュできて、今日からまた頑張っています。ですから、特別にご報告する事もなく「ごめんなさい」です。</description>
      <pubDate>Sat, 06 May 2017 17:54:12 +0000</pubDate>
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      <title>私が厳しくする訳(言い訳?)20170427</title>
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      <description>我が教室では授業報告書をおよそ３ヶ月に１度、保護者にお送りします。その時、その生徒に対する指導状態とか今後の方針・現在の問題点・保護者へのお願い等を一言(二言？五言？)書いて同送するようにしています。その文章を考えながら、生徒とのバトルや注意を無視され続けている事や、ここ数日のゴタゴタとを同時に思い出し「私、何でこんなに怒ってばかりなんだろう」とふと思ってしまいました。しかし、昨晩の最終でＫ先生から「でも、そういうのが好きなんでしょ？私もだけど、お互いに！」と言われたことを思い出し、改めて「何で怒ったり叱ったりばかりなのか考えてみました。縁有って我が教室に入塾して来られました。ひょっとすると一生知らないでいたかも知れない生徒たちです。その生徒たちには「全員成績をアップ」して欲しいです。その為には「ダメな事や甘えを無くし、人間力をアップして、今後、何があっても乗り越えて行ける考えを身に付けて欲しい」と思っています。つまり、今、目の前にある問題点や苦難を何が何でも自力でクリアして欲しいから、適当にごまかしている人を叱っているのです。叱らず・怒らず答えだけを教えて「良い格好」をする事は簡単です。しかし、将来もし同じことが生徒の身に降りかかった時、自力でクリアして来なかったので、その時には生徒は愕然と崩れ落ちるでしょう。そんな姿は見たくありません。だから、多少厳しくても、クリアするまで叱り続けるのです。ちょっと格好良過ぎました？只の「言い訳」「独り善がり」ですけどね(笑)。</description>
      <pubDate>Thu, 27 Apr 2017 17:58:45 +0000</pubDate>
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      <title>だから入学前にあれ程言ったのに・・・20170426</title>
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      <description>高校に進学した生徒が、勉強とクラブについて色々言ってきたので、色々聞き、色々指示したのですが、ことごとく逆の行動をとるので保護者と相談しながら数日苦労しました。勉強についてですが、中学（地域ではレベルが少し低いと知られています）の勉強のやり方や難度、スピードは低いので、高校ではその３〜５倍を覚悟して実行するように・・・。間違っても、受験が終わったからと言って、遊び呆けることの無いように、そして、入学してからの日々の勉強方法も細かく指示しました。そのまま実行してくれれば１学期中に分からなくなること等無いはずだったのですが、良く良く聞いてみると「分かってるよぅ」と言いながら、ことごとく「何とかなるよぅ」と元の中学流に戻したそうです。クラブについても「中学のクラブは半分遊び。高校のクラブは他を犠牲にしてでも優先させる程本気だよ」と教えていたのですが、「そんな事は無い。中学の先生は『クラブを頑張れば成績は上がる』と言ってたし、中学でも頑張れたから高校でも私なら頑張れるはず」と、お楽しみサークルに入る感覚で、運動部に入る意思を示してきました。説得すると「もし、成績が下がったら止めるから・・・」との返事。成績が下がってからでは遅いでしょ。何のために私たちは、あれ程何度も高校への準備や意志確認を言い続けたのでしょう？この生徒だけでは無く、何でも大人の言葉をスルーできる気持ちの幼さが近年の学力低下を招いているのですかね？</description>
      <pubDate>Wed, 26 Apr 2017 16:25:56 +0000</pubDate>
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      <title>それは、お母さんが・・・20170426</title>
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      <description>先日、いくら「覚えて来るんよ」と指示しても、やって来ない。持参物を指示しても持って来ない。考え方を教えても、「それだけ」はできるけれど、数日前のことを併用するように言うと、できない。『教室に「ただ来ている」だけで勉強はできるようになる』と信じている生徒に、いくら有名な指導者のチームに入っても、参加しているだけで全国大会に必ず連れて行ってもらえることは無いよ。と叱りました。すると数日後、お母様から「子どもが、先生と価値観が違うので、今日で止めると言っていますので止めさせます」と連絡がありました。生徒にすれば、塾では色々注意されるが、学校のテストでは75〜80位取っている（その学校のテストは、他校に比べて異常に簡単で、単純な設問しかされていないので、他校ならば40〜45かな？）ので自信を持っていたらしいのですが、それをお母様にお伝えすると「私も教育者の端くれですから、子どもの気持ちは私が・・・」とおっしゃいます。お母様！そこはお母様が！・・・・・・です。</description>
      <pubDate>Wed, 26 Apr 2017 15:55:06 +0000</pubDate>
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      <title>歳とともに変えてる？20170418</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-111017/</link>
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      <description>最近、「家の子良い子なんです。でも成績が上がらないんです」と入塾される方が続いています。その中に（全員では無いですよ）「只、そこに居るだけで、何も考えない」「自分では決して意識も努力もせず、来ているだけで何とかして貰える」「黙って『はい』って言ってるので怒られる事は『絶対に』無い」と、聞かない・やらない・考えない・覚えない・約束は守らない、の三重苦どころか五重苦の生徒が爆増です。分かりやすく言うと、自主練も努力もしないが、超有名監督の高校に行きさえすれば、必ずレギュラーになって甲子園に連れて行って貰える。と同じです。お母様も「家の子良い子なんです。少しおとなしいだけです。やらないんじゃないんです。やり方が分からないだけなんです」とおっしゃいます。幼児や園児レベルなら「お返事できて、おとなしい」は良い子でしょうけど、小学生レベルならプラス内容理解でしょう。中学なら更に「我慢・苦痛・継続」に耐え続ける事を求められるのは普通でしょう。お母さん。我が子は最高に可愛いですよね。でもいつまでも子どもは園児ではありませんよ。年齢によって対応と求めるものを変化させる事はできましたか？生徒が「名監督に付けば甲子園」と思うのと同様に、お母様も「あの有名塾」や「あの子があそこであの有名高校に入れたから、家の子も必ずやってくれるはず・・・」と自分は変化せずに、全てを周りに託して、最良の結果だけは必ず求めるのと同じに感じてしまいました。</description>
      <pubDate>Tue, 18 Apr 2017 00:51:53 +0000</pubDate>
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      <title>勘違い？そりゃぁ無理だわぁ！20170329</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-110379/</link>
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      <description>ピンクの醤油で遊びすぎました。すみません。以前の面談や要望の「?????」なことについて続きです。今日は番外編。勉強や塾や子育てについて、あまりにも『勘違い』についてお話しします。我教室は、「ダメなものはダメ」ときっちり言うルールになっていることはお伝えしましたよね。宿題をしない生徒や指示に従わないせいと(勿論保護者も)に限って、『きびしいのはダメ』『叱られるのが分かってる塾に行く人なんか居らん』と宿題をしなくても許される塾を選ばれます。わざわざお金を払って、よりレベルを下げる行為を好まれるようです。同様に何度も注意しても無視し続けて従わない生徒を叱ると「家の子どもを分かってやって下さい」と要望がきます。生徒の問題点が分かったから叱っているのに「叱るな」との意味なんでしょうね。もっとエスカレートすると「子どもの望むようにしてやって下さい。一々指示を出さないで下さい」の保護者まで。もう、何がなんだか・・・?最後に、躾と家庭の対応の不足を指摘して、入塾時に「まず指示に従える素直さと我慢する気持ちを作りますので、暫く時間が掛かりますよ。ご理解下さいね」と話してスタートしたのに、数ヵ月後に『高い月謝を払っているのに成績が上がらない。無駄だから止めさせます』と突然の退塾。私も担当講師も、次の中間は必ず２０点位あがると思っていたのに･･･。残念です。お母様の思いでは、家の子は注意したら直ぐ聞く。教えてくれさえすれば直ぐに成績は上がると思われていたみたいです。やっと会話が成立し、指示を少しずつ実行してくれるようになっていただけに残念としか言葉が出ません。</description>
      <pubDate>Wed, 29 Mar 2017 19:26:25 +0000</pubDate>
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      <title>ピンクの報告20170328</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-110342/</link>
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      <description>先日の「ピンク醤油」の続き報告をさせて頂きます。とても『春らしい』『かわいらしい』料理になりました。エントリー１はこの方です。そうです。完璧なる醤油とのコンビです。続いてエントリー２はこの方です。そうです。。付属のだしが主流の今日この頃、原点に戻って醤油でどうぞ。続いてのエントリー３はこの方です。そうです。真っ白い肌に淡いピンクが涼やかなイカの握りです。続いてのエントリーは優勝候補のこの方です。ついに出ました。最強の色白「豆腐」です。これ以上のコントラストがあるでしょうか?この組み合せのために生まれてきたと言っても過言では無いでしょう。以上、第一ステージの戦いでした。講評は、少し甘口で、鰹出汁の大変効いた「薄める前の麺つゆ」の感覚がありますので、少したっぷり掛けた方が美味しいかも・・・。カレーの報告は、また後日。</description>
      <pubDate>Tue, 28 Mar 2017 13:37:14 +0000</pubDate>
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      <title>えっ？まさか？ピンク？20170327</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-110305/</link>
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      <description>ちょっとブレイクです。先日変わった物を発見しまして、購入してみました。それがこれです。なんでしょう?そうです。お醤油です。なんとピンクです。可愛いかもしれませんが、豆腐やほうれんそうに掛けることが想像できません。もう一つがこれです。そうです。カレーライスです。どうですか?想像できますか?近日中に食べて、味の報告はさせて頂きます。他に、マヨネーズやソースもあるらしいのですが、怖くて買えませんでした(笑)。</description>
      <pubDate>Mon, 27 Mar 2017 16:23:27 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>勘違い？そりゃぁ無理だわぁ！20170325</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-110267/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-110267/</guid>
      <description>これまでの続きです。「家ではやらない」です。宿題を学校の休憩時間に済ませて「家ではやらない」のはまぁまぁ許します。問題なのは「覚える」とか「分かったことを確認してみる」の家庭学習の習慣が無いことです。本人曰く「もう、今日の所は分かったし、書けたから次も出来るはず」です。そう言って、今まで放って於いたから今の成績なんでしょ。その上、「家の子、野球(サッカー)の練習がありますので、宿題なんかしなくても、キチンと出来るように、授業中にもっと良いように教えてやって下さい」とおっしゃる保護者まで・・・。家庭での座学の訓練ができていない生徒は、将来「資格試験」を受験する時に困りますよ〜。前文に関連して、家で「復習してこいよ」と言うと、プリントやノートを眺めただけで満足してしまう生徒が多いです。先生たちは分かって覚えているので、最短距離の考え方を説明して書いています。だからそれを見て「自分だけでできた」気になっても絶対次には無理です。ましてや『覚えて来い』と言うと、「覚えたもん」「絶対やったもん」「１０分もやったもん」と胸を張る輩まで・・・。これらを、私たちは「思い出に浸って来ただけ」と呼んでいます。まだまだ思い出しました。続きはまた・・・。</description>
      <pubDate>Sat, 25 Mar 2017 19:19:20 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>勘違い？そりゃぁ無理だわぁ！20170323</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-110195/</link>
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      <description>今までに引き続きましてお話しします。無視です。お母様に生徒の不振原因をお伝えすると、「私だって色々忙しいのよ。そんなにこの子にだけ手を掛けておれないのよ」とか「だから、お金を払って塾にお願いしてるんでしょ。一々私に言わないで欲しいわ」的な要旨の反論をされ、その後、協力をお願いしていることは『無視』的な態度をとられます。また、生徒は、何を言っても「はいはい」と良い子を演じる術は知っていますが、苦手や苦労を覚悟して言われたこと「ぐらい」は、やってくるかなぁと思って待っていると、きれ〜〜いに無視して放置してきます。その上、本人は「無視」した意識はありません。「あっ、忘れとった」とか「分からんかったからできんかった」で平然としています。「無視」と言うと、悪いことをしていると思われますが、本人に悪意や意図が無ければ無視も仕方のないことらしいですね(笑)。続きは後日です。</description>
      <pubDate>Thu, 23 Mar 2017 15:29:25 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>勘違い？そりゃぁ無理だわぁ！20170320</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-110105/</link>
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      <description>先日に引き続き、面談や問合せ時に多く見られたことの話をします。私(僕は・家の子)は聞いている、です。中１や中２(もちろん小学全般もですが)で「おとなしい」とか「休まず行っている」とか「提出物は完璧」が自慢なのに成績不振の生徒に多く見られます。「自分で考える」とか「苦労して覚える」とか「いくつかの知識を組み合わせて利用する」とかの、大人なら当然の意識が無く、「学校で授業を真面目に[B]聞いている[/B]。なのに成績が上がらない」と生徒には全く責任が無いように考えているようです。毎日先生が「書け」「読め」「写せ」と言われた『[B]作業[/B]』を適当に聞き流して、まるで「保育園のお絵かき」の様に褒めて欲しいままの中学生。そりゃぁ無理でしょう。それを保護者にお伝えすると、「いいえ、そんなことはありません。参観日では家の子は周りの生徒よりも発表できていますから･･･」と言われます。当然です。近年の参観日は、保護者に喜んで貰うために、一度終わった単元の復習か、予行演習をしてから実施するのですから。それを真に受けて「家の子は・・・」で自分を安心させようとしている保護者に問題が。「ただ聞いているだけの生徒」は学校の先生にしてみたら最高に「ありがたい生徒」なのです。邪魔にならず、授業が円滑に進むからです。勉強は「頭を動かす作業」です。「良い子」を褒めてあげるのは小学の低学年で止めて下さいね。ではこの続きはまた後日。</description>
      <pubDate>Mon, 20 Mar 2017 17:51:29 +0000</pubDate>
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      <title>勘違い？そりゃぁ無理だわぁ！20170318</title>
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      <description>近日、保護者面談や入塾の問い合わせや相談を沢山頂いて、バタバタです。大変ありがたいことなんですが、「え？」とか「大丈夫かぁ？」と思うことが色々ありましたのでお話しします。「我慢」とか「素直」とか「約束を守る」の所謂『躾』の部分がされていないので学力が上がってこない生徒の原因をお伝えし、その修正作業だけで１〜２年は掛りますよとお伝えした後に入塾頂いた生徒。１年が経過し、やっと半分くらい従ってくれるように改善してきた生徒。これから確実に成績に結びついてくるだろうと予想していた生徒。なのに保護者が「痺れを切らせて」『〇〇君は半年で成績が上がったのに、どうして家の子は１年経っても成績が上がらないんですか?金ばかり掛けても無駄では?他の姉妹に掛けてやった方が得だ』との内容のお話しで突然辞めて行かれました。先生方と話しても、「あの子は新学期からは絶対上がってくると思ってたんだけどなぁ。塾長があれ程苦労して、ここまで躾けたのに無駄になってしまいましたね」と言われるほどだったのですが･･･。まぁ、私が支払や将来の全責任を負えるわけではないので偉そうに言えませんが、子どもの現状を理解してやれないことは、親子お互いに不幸だなと思った事例でした。まだまだ「学校で黙って聞いているので･･･」とか「宿題をしなくても出来る子に･･･」等色々ありますので、また書きます。続きをお楽しみに・・・。</description>
      <pubDate>Sat, 18 Mar 2017 17:28:18 +0000</pubDate>
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      <title>今年も地獄が終わりました20170316</title>
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      <description>今年も地獄の「受験」が終わりました。今週の公立高校の発表でも、全員が合格してくれました。勿論、必死で耐えた生徒は特上の。それなりに頑張った生徒はそれなりに･･･。我慢せずに途中で逃げ出した生徒は･･････です。みんな頑張りました。これでゴールではありません。ここからがスタートです。続けてバトルしましょうね。</description>
      <pubDate>Thu, 16 Mar 2017 21:52:01 +0000</pubDate>
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      <title>食事会が終わりました20170312</title>
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      <description>以前から何度かお伝えしていました先生・生徒全員対象の「食事会」が今日、終わりました。例年より参加者多数で、嬉しい限りです。私たち「熟年」の講師陣は少ししか食べれませんでしたが、さすが若い生徒たち、「あと７分」となってからプリンやデザートをかき込んでいました。普段は顔を合わせない先生と生徒が楽しそうに会話をしていました。希望していた「交流」と「新たな出会い」を実現できているようで嬉しく見ていました。全員の楽しそうな笑顔の写真がありますが・・・・・・肖像権の問題とセキュリティの関係でアップするのは止めときます。皆様、有難うございました。</description>
      <pubDate>Sun, 12 Mar 2017 18:39:34 +0000</pubDate>
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      <title>受験が終わりました20170308</title>
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      <description>公立高校の選抜が終了しました。色々あった１年間でしたが、終わってしまいました。若干心配な生徒も居ますが、多分全員合格してくれると信じています。１２日には生徒・先生全員での食事会です。１４日には合格発表です。もう、すでに中学２年生に受験の話を始めました。来年の後悔を少しでも減らすためです。私は、いつ休憩ができるんだろう・・・?</description>
      <pubDate>Wed, 08 Mar 2017 22:02:11 +0000</pubDate>
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      <title>祝？感謝！感謝！です20170302</title>
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      <description>先週の我ホームページの閲覧結果が出ました。なっ、なんと、３８１ビューです。ブログを始めて「他愛も無い事」や「偏見に満ちたこと」「思い込みの独り善がり」をコツコツと書いて来ました。時には「馬っ鹿じゃないの?」とか「平気であんなことを書いて･･･」とか言われますが、私は信念を持って生徒と向き合っていることだけを正直に書きました。その結果、あちこちで面識の無い方から「ブログ見ました」とか「頑張って･･･」とか言われることも度々。ここまで続けてこれたのも、読んで頂ける皆様のおかげです。本当にありがとうございました。これからも驕る事無くコツコツ真面目に正直に書いていきます。是非とも読んで、資料請求の画面からでも良いので、ご意見をお聞かせ下さいね。ペコリ。</description>
      <pubDate>Thu, 02 Mar 2017 15:42:34 +0000</pubDate>
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      <title>私の何がいけないの?20170220</title>
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      <description>先日来よりご迷惑を一杯お掛けした父親の件が、昨日やっと、無事終わりました。しかし、大変なことが起こってしまいました。『本家の御当主』である従兄が突然、その前日に亡くなってしまいました。つまり、死亡→法要＆通夜→葬儀とトリプルヘッダーです。まぁ、それは受け入れるとしても、２年前より『本家の伯母さん(母親同様)、私の母親、父親、従兄』とたて続く別離に、思わず《私の何がいけないの?》とか《我が家は何かに弄ばれているの?》とか色々思ってしまいました。「続くときには続くもんよ…」とおっしゃる方もいらっしゃいました。「お前が〇〇だから罰が…」とおっしゃる方もいらっしゃいました。少し暗い・気味悪い話になってしまいましたが、「バタバタが一度に済んだので、これからは仕事に集中できる」と前向きに考えた私を褒めて下さい(笑)</description>
      <pubDate>Mon, 20 Feb 2017 21:00:36 +0000</pubDate>
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      <title>ご迷惑をお掛けしています20170214</title>
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      <description>先日、父親が亡くなってバタバタの上に、保護者面談、受験指導、新年度準備、春期講習準備、法要の準備、etc.と、色々な方にご迷惑をお掛けしていますが、多くの方の優しい心遣いを頂いて、何とか毎日少しずつ終わらせています。バタバタで、少し雑な対応にも関わらず、ご理解頂いている保護者様方「ありがとうございます」その上、今日は、例年の３倍近い義理(本命?)チョコを頂いて「ウハウハ(古い表現ですね)」です。何とか来週中には元に帰りたいと願って頑張っています。ご理解下さい。どうして、こんなに、重なる時には重なるのかねぇ?その他にもバタバタ理由が２つ程ありますが、『秘密』です。</description>
      <pubDate>Tue, 14 Feb 2017 21:50:47 +0000</pubDate>
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      <title>私たちってその程度?20170202</title>
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      <description>昨日、やっと成績上昇になって、やっと志望校が現実味を帯びてきた受験生が、突然やる気が無くなって、プリントの成績ダウンをしたので、「後、ちょっとになって、何を気を抜いているんだ」と声を掛けると、「学校の先生に相談したら〇〇高校は無理だと言われたので、△△高校で願書を出しました。将来はどうせ専門学校に行くので、学力は必要無いので・・・」と言うので「それは、お母さんにも相談した結果なのか？」と聞くと「そうです」とのことです。どうですか?この会話、大変問題が多く含まれています。皆さんはお気付きですか?学校の先生の可能不可能判断は、本人の現在の状態と、受験日の状態を基に判断するのではなく、ひと月前のデータからひと月後を想像しているに過ぎません。ましてや、三十何人分の一でしか見ていない生徒のひと月後が正確に分かりますか?「願書を出しました」ですが、本人からも保護者からも、「何が何でも△△高校に行きたいです。どんなことでもしますから指導してやって下さい」と頼まれています。私たちはその途中です。なのに連絡も修正も無く放置されています。私たちは信用されていないのでしょうか。それとも「金払ってるんだから、言った者勝ち。塾に気を使う必要など無い」ですか?「塾の指導では無理そうだから、ランクを下げました」とお叱りを頂いた方が、諦めが付くのですが・・・。「専門学校に行くから、学力は必要無い」の発言。『舐めるな!このバカやろう』です。本人曰く、「大学なんか行くよりも、それを専門に教えてくれるので、確実に資格が取れて、将来有利」だそうです。確かに、そのような優秀な専門学校もあります。しかし、座学の習慣や学力の低い人が資格を確実に手に入れて活躍出来るほど世の中甘くありません。試験や推薦が無いと入れない学校ならいざ知らず、金を払ったら誰でも入れる学校では、期待半分です。これだけのことを、本当にその保護者はご存知なのでしょうか?私が偉いとか私は完璧なんて言うつもりは有りませんが、少なくとも10数年、この仕事をして、生徒が社会人になるまでを確認して来ました。もう少し私たちに相談や報告があっても良かったのでは・・・？これもまた、独り善がりですかね？</description>
      <pubDate>Thu, 02 Feb 2017 17:17:32 +0000</pubDate>
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      <title>まだバタバタです20170130</title>
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      <description>先日、私事でお伝えしたように、父親が亡くなって２週間が経過しました。直後には、皆様にご迷惑をお掛けしてすみませんでした。しかし、まだまだバタバタして迷惑をかけています。前回の母親の葬儀で経験した筈なのに、全然覚えていません。と言うより、動転しています。面談や受験指導や新年度準備や春期の準備等々タイミング的には最悪です。もう少しバタバタしそうです。皆様、ご迷惑をお掛けしますが許して下さいね。</description>
      <pubDate>Mon, 30 Jan 2017 22:25:31 +0000</pubDate>
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      <title>いざとなったら・・・20191020</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-107971/</link>
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      <description>私事ですが、先日父親が亡くなりまして、先生・生徒たちに大変迷惑を掛けました。申し訳ありませんと共に、ありがとうございました。さて、以前から、理屈では考えたり理解していたはずなのですが、いざ今日となると、やはり色々パニクったり、忘れているものですね。日常に練習することができないものって、理屈だけではダメっていうことが分かりました。これを勉強に当てはめる・・・・・・・・・・・・・・・・・・、今回は止めておきます。すみません。暗い話で・・・。</description>
      <pubDate>Fri, 20 Jan 2017 22:07:07 +0000</pubDate>
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      <title>百聞は一体験に・・・20170112</title>
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      <description>教室のある地域では、私立高校の入試真っ盛りです。昨日の入試を受けた生徒に、夕刻「どうだった?」と声を掛けると、「殆んど書けた。多分大丈夫」と言っていました。が・・・、その割には、そこから必死の形相で細かく細部まで質問してきて、今まではスルーしていた「根拠」や「ルール」を記入しているではありませんか。今まで(２年〜半年)は「はいはい」とダルそうに答えだけを書いて無視していた輩が、私たちの言い続けたやり方を急にやり始めたのです。生まれて初めて「自分の意思だけで何とかならないものがある」事を体験したのでしょう。非常に素直な数時間でした。「百聞は一見にしかず」の言葉があるように、「百指示は一体験にしかず」ですね。今日、受験に向かっている生徒に、昨日「お前は、一つ失敗や嫌なことがあると、後々数時間引きずるので、入試では、そこを意識して、ひとつの失敗でも、次で取り返せるから直ぐに忘れて次の行動をするように・・・」と話しました。その生徒は、いつもなら「お前は・・・」の辺で「分かってるよ・・・」と聞き流していたのですが、昨日は、神妙な面持ちで最後まで素直に聞いて「はい」と返事をして帰っていきました。これも成長でしょうか。まぁ、何にしても、全員に合格通知が来ますように・・・。</description>
      <pubDate>Thu, 12 Jan 2017 10:57:55 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>スーパームーンよりも・・・20170111</title>
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      <description>皆さん。昨日の月見ました?私は、いつもの様に深夜近くに(不審者のごとく)愛犬「そら」の散歩に出ました。するとどうでしょう。大きさは、そうでもないのですが、かなりの南中高度で非常に明るい月が輝いて見えました。懐中電灯(言い方が古いなぁ)が不要な位でした。先日話題になりました「スーパームーン」より明るく綺麗に感じたのは私だけでしょうか?時には、こんな自然の情緒について語るのも良いですよねぇ。いつも子ども達の悪口ばっかり言っている「嫌なおじさん」だったので・・・。</description>
      <pubDate>Thu, 12 Jan 2017 10:40:01 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>冬期講習が終わりました20170109</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-107576/</link>
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      <description>今日で冬期講習が終わりました。頑張ってコツコツ頑張った生徒、何となく通って、宿題に命をかけてた生徒。生活リズムを自分の好みに合わせたままの生徒。少しだけ焦りだして頑張りだした生徒(遅いっちゅうねん)。まだ「私、これ嫌い」とか「もう、難しいなぁ。嫌じゃ」と兎に角文句を言う生徒。兎に角終わってしまいました。時間は「足らない」が実感です。「受験生。気合を入れ直せ」と言いたいです。個人的にも色々・ゴタゴタが家庭にもあり、バタバタの年末年始でした。追い詰められても、貧乏しても、今年も頑張るぞぅ。</description>
      <pubDate>Mon, 09 Jan 2017 21:52:36 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>「おめでとう」って言いたい20170101</title>
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      <description>明けましておめでとうございます。今年も、独善のひとり言を言い続けますので、覚悟をお願いします。タイトルの通り、もう直ぐ受験本番です。全員に「おめでとう」って言えることを願って毎日頑張っています。何卒、皆様もお力添えをお願いしますね。</description>
      <pubDate>Sun, 01 Jan 2017 16:51:31 +0000</pubDate>
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      <title>今年も終わりました20161230</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-107289/</link>
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      <description>今年も無事(？)終わりました。通常の授業は無かったのですが、「先生〜。質問に行っても良〜い？」と可愛い事を言って２人が来ました。やっぱり、人が遊んでいる時に質問に行こうと考えるような生徒は伸びますよねぇ。私的には、全然用事や片付けが終わっていないので、明日、表面だけでも取り繕うと思っています。皆様、本年も「独善のひとり言」にお付合い頂きまして有難うございます。来年も諦めずに読んで下さいね。はぁ〜、来年も、この「しんどさ」が続くのかぁ。キツイなぁ。でも好きで選んだ仕事だから、やるだけやってみるか。</description>
      <pubDate>Fri, 30 Dec 2016 23:56:34 +0000</pubDate>
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      <title>事務所はボロいが・・・20161230</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-107265/</link>
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      <description>「事務所はボロいが、腕は一流！」これは、教室の近くの工務店さんの入口に掲げてある言葉です。確かに、お世辞にも綺麗な事務所ではありません。しかし、足軽・気軽に対応して頂けると評判の工務店さんです。近年の「見た目重視」「イメージ重視」「ＣＭ・チラシ重視」「ネットの情報重視」の風潮より『実力・結果』に自信を持っていて、私は素晴らしいと思います。塾業界でも同様です。「イメージ優先」「ＣＭ・チラシ優先」「きれい事大切」「友達生徒数が…、教室数が…」と、生徒の結果より商売優先の風潮が多く見られます。その上、教室の空気(これ、結構大事ですよ)や指導方針(これを一番に意識すべきです)を現地に足を運ばずに、電話やネットで申し込みをされる保護者。私には信じられない行為です。我が子にどうなって欲しいのか。その為にはどのような対応が必要なのか。それが全てでしょう。「通うのは子どもだから…」とか「子どもが楽しく行ってくれさえすれば…」と、無駄金覚悟の言動をよく耳にします。これが今の「普通」なのでしょうか。ちなみに、我教室なら何と書きましょう？「教室狭いが、熱意は一流」「ＣＭ下手だが、結果は上々」「口は悪いが、最高の面倒見」「見た目は古いが、最新の対応」ですかね？わっはっは。自己満足と笑って下さい。</description>
      <pubDate>Fri, 30 Dec 2016 01:27:45 +0000</pubDate>
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      <title>やり方が分からないので・・・20161222</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-107056/</link>
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      <description>「やり方が分からないようなので、やり方を教えてやって下さい」とお母さまから言われることがあります。勿論、我が教室の特徴は、そこですので「しっかり」教えますよ。しかし、多くの場合、「やり方」や「取り組み方」を説明して、「してはいけない事」と「間違った考え方」「間違った行動」も明確に注意します。しかも、少し強く。するとどうでしょう。元々「できていた生徒」は即時ほぼ実行してくれます。できていなくて「教えてやって…」と強く求められた生徒は・・・・・・・・・・・・「無視」か「自己流」か「何かこんな感じ」です。つまり、「やり方」の問題ではなく「素直さ」か、変わりたい気持ちの「我慢」「継続」ができるかの問題だったのです。教えるのは簡単です。もっと言うと、教えるだけで良いんだったら、こんなに楽なことはありません。問題は素直にさせるか実行させる事なのです。そうなると「口うるさく」何度も言うしかありません。そこで分かれ道です。「しょうがないなぁ、言う事を聞いてやるか」か「しつこいなぁ、クソおやじ」かです。さあ、あなた(お宅のお子様)はどっち?</description>
      <pubDate>Thu, 22 Dec 2016 21:06:44 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>受験生の「頑張る病」20161222</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-107055/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-107055/</guid>
      <description>この時期の受験生は「伸びてる生徒」と「足踏みの生徒」にハッキリと分かれます。伸びてる生徒はもっともっとで指導も簡単なのですが、足踏み生徒が問題なのです。私「〇〇するんよ」生徒「うん、分かってるよ」私「△△してないか?」生徒「そんなことないよ」私「今日こそは意識を変えて◎◎をやるんよ」生徒「頑張ります」私「どうしたん?できてないじゃん。◎◎した?」生徒「頑張ります」お分かりですか?この「頑張ります」が問題なのです。小さい頃から「頑張ったね」の言葉で、結果や実際の努力より、空想の参加賞を褒め称え、結果は二の次と綺麗事を言ってきた結果なのです。「私は頑張った。でも出来なかった。私が悪いのではない」の理論が『成績下位者』ほど多いのです。「頑張る」と言えば、親も学校も皆んな許してくれる事を知っていて、器用に利用しているのです。受験まで３週間から２か月です。頑張るのは当然です。自分のためですもの・・・。それを結果を度外視して「頑張ります」を言っている生徒と許している学校と・・・。『頑張る病』と書いた意味をご理解下さいますね。</description>
      <pubDate>Thu, 22 Dec 2016 20:52:16 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>している気。出来てるつもり20161215</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-106825/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-106825/</guid>
      <description>昨日、ある受験生を強く叱りました。以前より、〇〇せんといてねに対して「してません」。△△は絶対やって来てねに対して「分かってます。やってます」。そのやり方は間違ってるよに対して「そんなことはありません」と、何を言ってもことごとく反論して、再度注意すると「はいはい」と煩そうに言葉を遮るのです。保護者に、そのことをお伝えすると「やるのは本人だから、結果も本人の責任です」と一見正論ですが、親としては無責任な発言。私はお家でも協力して欲しいだけなのに・・・。学校で「やってる形が大切」「頑張る姿が大切」「本人の気持ちが大切」と、これも一見正論っぽいことを教えられて「真に受けている」のです。昨日のNHKのEテレ(教育テレビ)の数講座で先生が言ってました。「みんな『〇〇しているつもり』なんです。つもりではダメですよ。必ずやって下さいね」と。昔の教育テレビでは言わなかったフレーズですよね。それだけ「〇〇つもり」の生徒が蔓延しているのでしょうか?先刻の生徒に戻ります。やはりジワジワ成績が下降しています。これで希望の結果が手に入らなかったら、私たちが悪者にされるのでしょうね。何と因果な仕事でしょうか。</description>
      <pubDate>Thu, 15 Dec 2016 01:28:06 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>スポーツをしている事って・・・20161215</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-106824/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-106824/</guid>
      <description>スポーツをしている事って、そんなに特別スゴイ事なんですか?勿論、将来の可能性を全否定するのでは無いですが、「現在レギュラーで試合に出ている」とか「県選抜に選ばれた」とか、もちろん「日の丸を背負った」とかなら大切な時間ですが、補欠だったり、二軍にも入れないレベルで、「あの〇〇クラブチームに入ってるんですの。学校のクラブとは違うんですの」とか「あの有名な△△に入ってるんですよ。だから将来はそれで進学を・・・」とスポーツが優先だから宿題は出さないで。とか練習日は絶対だから、勉強は後回し。とか時間が無いので、塾に来ている時間内でできる子にしとて下さい。とか・・・。ただ単に「参加しているだけで上手くなる」とか「聞いたから出来る」とか「スポーツと違って、勉強はお金で買える」の考えを持たれている方が非常に増えているように感じます。私も、家の子たちもクラブチームに入らず、学校のクラブだけだったので大きな価値は理解できていませんが「クラブチームに入っている」ことや「スポーツをさせている」事って、『そんなに偉いんですか?』どなたか教えて下さい。</description>
      <pubDate>Thu, 15 Dec 2016 01:10:50 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>いつから、そんなに過保護に・・・20161215</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-106823/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-106823/</guid>
      <description>先日来、「言っても考えない」「絶対に覚えてこない」「数分前に書いたことが分からない」「数分前に説明したことを忘れている」の生徒の保護者に、このままでは中学入学三か月でクラス平均を下回る可能性と現状をお伝えして家庭での意見集約と生徒の趣味の停止をお願いしたところ、「それって、塾でチャンと教えて頂けているのですか?」の反論を頂きました。別日に、テスト予定日に趣味の活動があるので、日にちを変えて欲しい旨の連絡があり、講習日に早めに来て、受験することをお勧めすると「連続ではしんどいでしょ」とのお言葉。何も無い日の受験をお勧めすると、「しんどいから教科数を減らして欲しい」旨。勿論、成績優秀で趣味を楽しんでいるのなら何も思いませんが、何も我慢も変化もしなくても趣味や褒美は手に入る。こんな環境を作ってあげておいて、「できない事を周りの責任にして、我が子を庇う」これって現代では普通のことなんでしょうか?私には納得できないのですが・・・。勝手な偏見ですが、このような考えの方って、生徒が嫌がっているとか、成績が上がらないとかの理由で、突然の退塾を宣言される事が多いのです。そうなって、生徒が中学で困ることが「最大の不安事」です。</description>
      <pubDate>Thu, 15 Dec 2016 00:56:27 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>やっぱり綺麗事では・・・120161127</title>
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      <description>先日来より中学生について色々と書いていますが、「やっぱりな…」のことをお話しします。少しだけ成績が上がったから「やっぱり僕は凄いんだ。先生たちは色々言うけれど、僕の思う様にやれば志望校に入れるはずだ」とその後成績が下がり始めて注意しても「できるだけやります」とか「自分なりに努力します」とか「頑張れる範囲で頑張ってみます」のような自分を過信した言動が続き、やっぱり今回の定期試験も下降した生徒。「まだ届いて無いから、気を抜くな。ここからが勝負だよ」と注意していたにも関わらず、期末試験の最終日の朝、早く目が覚めたからと、録画していたアニメを見ていて母親に怒られた生徒。言い訳は「テストの判定で初めてＡ判定が出たから、ちょっと位良いかなぁ」と思ったそうです。ちっちゃい頃に、お母さんに「爪切りなさい」「宿題しなさい」「お母さんの用事があるから、今日は遊ばずに真っ直ぐ帰りなさい」とか言われたけど、こんな大きくなっても、まだ、しつこく言うから、鬱陶しくて無視してやるんよ。と出来ても無いのに、一人で大きくなった顔をして「もう言うな」を要求する中２の生徒。どうですか?これらの生徒は正しいですか?でもこんなことは日常茶飯に見ますし耳にします。生徒たちとよくよく話してみると、「子どもの権利」とか「自由」とか「自分の人生」とか「勉強だけが全てでは無い」のどこかのテレビや講演会で聞いたような『綺麗事』が沢山入っています。それで、自己責任で「できていれば」何も言いません。しかし我が侭放題で遣らずにいたのは本人と親なのに、結果(ゴール)だけは人並み以上も物を欲しがるし、手に入らないと分かった途端に開き直って一気に悪に向かうか、もしくは他人に責任を求めます。何でこんなになってしまったのでしょうね。「賢い消費者」とか「あの親は物分りが…」とかの言葉に踊らされて、自分を過信している親。「権利」とか「教育委員会」とか「マスコミ」とか「体罰・暴力」とかの言葉を出しさいすれば、どんな大人も平伏して止めてくれる事だけを知ってしまった「馬〇生徒」。大人・他人・先生の言葉が『重く・重要』で無くなったから聞き流しやすくなったのでしょうか?当然、聞かない人が問題ですが、聞かせる立場の私たちに何ができるのでしょうか。やっぱり、私は教室の根本である「私たちは叱ります」を続けたいと思います。</description>
      <pubDate>Sun, 27 Nov 2016 23:26:00 +0000</pubDate>
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      <title>意外な方の訪問が・・・20161127</title>
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      <description>数日前のできごとです。私が「臨時講師」として公立中学校で数学を教えていた時に、「教頭先生」として在籍されていた方が突然訪問して下さいました。その方とは偶然にも私の着任先の２箇所でお世話になりました。明るく親しみやすい方で、色々と教えて頂きました。とても懐かしく、久しぶりなのに、すぐに顔も分かり、嬉しく思いました。ある方が「子どもの塾選び」で個人的に相談したら、『あそこに行って相談してみたら…』の状況になったらしいです。その教頭先生(今は校長先生に成られています)曰く「以前から、このひとり言は読んでいたので、薄々は知っていた」とのことでした。どこでどのような「ご縁」が有るか分かりませんねぇ。本人を目の前に「ブログ」の事を言われると、うれし恥ずかしの気持ちです。</description>
      <pubDate>Sun, 27 Nov 2016 22:45:23 +0000</pubDate>
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      <title>スーパームーン見ました?20161115</title>
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      <description>スーパームーン見ました?教室のある地域では、昨日雨天で見えませんでした。今日の月は、昨日より数10キロ離れたので、正確なスーパーでは無いらしいです。大きさはそんなに分からないのですが、確かに明るさは分かります。何故なら、愛犬の散歩にライトが必要無いくらいだったからです。毎日のイライラの生活の中に、時々こんな「ほっと」する出来事も必要ですよね。</description>
      <pubDate>Tue, 15 Nov 2016 22:54:22 +0000</pubDate>
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      <title>茶化して何が・・・？20161113</title>
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      <description>今日は、少し(随分?)思い込みと偏見の悪口を書きます(いつもじゃねぇか)。教室の前に、電光看板があります。そこの中に『私たちは叱ります』という文言が登場します。先日、女の子数人の声がするので覗いて見ると、そこに登場する文言を大音量で読み上げながら批判して笑っていました。「叱るんだってぇ。そんな変な塾に行くわけ無いじゃん。・・・云々」。そばに居た生徒が「今、何か出にくく無い?その変な塾に通っているって思われるのかなぁ・・・」と言ってました。後で聞いてみると、その女子達は我ままで成績は今ひとつだそうです。先日も書きましたが、我が侭で素直じゃ無い生徒の成績は伸びない場合が多いのです。その生徒ほど「叱られたり、強制されたり、厳しい言葉を嫌い」ます。そして、「楽しくて叱らないしんどくない塾が最高」と言います。その保護者たちも「通うのは本人達だから本人たちの気に入る塾が最高」と言われます。我が侭で、真面目にコツコツ繰り返すことを嫌い、思いつきだけで処理し、出来ないのは周りのせいにしている生徒。この子たちに必要なのは何でしょう?「塾に行かせている」という事実だけで良いのですか?本人たちがいくら嫌がっても、保護者の思いを代弁してくれて、不足しているものを埋めてくれる塾が必要なのではないでしょうか?なのに、前出の行動です。迷惑している人の存在も教えるべきかもしれません。ちなみに「出にくい…」と言っていた生徒も、最初は「ウザイ」「面倒臭い」「鬱陶しい、クソジジイ」と言っていたのですが、お母様の強制で続けて来ている間に、成績向上して、今では「なぁ〜んだ分かったぁ。何でもっと早くからやらんかったんじゃろう」と成績上昇を楽しんでいる様子です。お母様「GOOD JOB」です。</description>
      <pubDate>Sun, 13 Nov 2016 23:57:00 +0000</pubDate>
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      <title>小学校の先生、お願いしますよ〜！20161104</title>
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      <description>最近、急に増え始めたことがあります。〇〇くん、学校で座ってるだけで、授業を聞いてませんね。先週やったことも、先月習ったことも、殆んど分かってませんし、覚えておく気など無いみたいですよ。と、現状報告をすると、「そんなことは無いです。学校の先生は『〇〇ちゃんは、とても良い子で、手も上げてくれますし、分からないことは分からないとハッキリ言える普通以上の子ですよ』と言われてますから・・・。」じゃあ、何で、習熟度模擬テストで、偏差値４０以下なんでしょうね。先生〜。何を基準に「普通以上」と言って、責任逃れをしてるんでしょうかねぇ?お願いしますよ〜。それが原因で、私たちが「悪者」呼ばわりされてるんですから…。</description>
      <pubDate>Fri, 04 Nov 2016 23:39:27 +0000</pubDate>
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      <title>なぜ、スポーツだけ？20161104</title>
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      <description>今回は、思い込みが強すぎるので、先に断わっておきます。「私は、決してスポーツを否定している訳ではありませんし、勉強だけしていれば良い子などとは思っていません」小学生にスポーツが大人気です。男の子には「野球」「サッカー」「武道」etc.女の子には「スケート」「バド」「テニス」でしょうか?学力以前の問題で、続ける、我慢する、覚えておくをしない生徒の保護者にそれをお伝えすると、「だって先生、うちの子楽しいって休まず行くんですよ。」だそうです。そりゃぁそうですよ。楽しくなければとっくに止めてますよ。「先生、少し位勉強できなくったって、身体と心が丈夫な方が良いでしょ?」とも言われます。勉強を疎かにして、身体だけ丈夫にしたって、心は丈夫じゃないでしょ。「だってぇ、コーチからセンスが良いって言われたんですよ。将来は、万一〇〇リーグに入れるかも・・・」無い無い。現在、活躍している一流のアスリートは、殆んど小学生の頃、日の丸を背負ってました。中学でレギュラーが取れるかどうかの選手ではちょっと・・・。と、何でスポーツは神聖で特別なのに、勉強はおまけで上から目線?本当にそれで後悔しませんか?</description>
      <pubDate>Fri, 04 Nov 2016 23:27:14 +0000</pubDate>
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      <title>や〜〜っと、や〜っ〜と・・・20161020</title>
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      <description>やっと。やっとです。何度もここに登場している中３生が勉強らしい「質問」に来てくれはじめました。今まで「３時間やってるよ」と言いながら３０分だったり、「やってる、やってる」で確認すると白紙で、次回に「ごめんなさい」だったり、兎に角「聞くだけで分かった出来た&quot;気&quot;」になっていた生徒が、「昨日の休みにやった所で分からん所があるので教えて下さい」と言って、続けて何回か来ました。正直、遅いです。２年前から言ってます。半年前から言ってます。でも、でも、来ないより、変わらないよりずっと良いです。勿論、志望校には届いていません。でも、でも、期待して最後まで付き合うつもりです。いくら「塾長嫌い。ウザい」と言われても我慢します。頑張れ〜〜!他の受験生も、早く言い訳や口ごたえを止めて、言われた事を少しずつでもやってね。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Oct 2016 17:17:10 +0000</pubDate>
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      <title>〇〇高校って誰でも行けるんですか?20161020</title>
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      <description>今日、成績不振で入塾してきた生徒から言われました。「〇〇高校ってバカなんでしょ?だから誰でも行けるって△△君が言ってました。本当ですか?」って聞いた生徒の現状では『絶対受からない』レベルの校名を聞かれました。「そう?、その言った友達の成績はどうなの?」と聞くと、「僕と同じくらい・・・」とのことです。「そう?、友達は分からんけど、今のあなたの実力では『絶対無理』」と伝えました。現状では、その生徒の中学校のレベルは年々下がっています。定期テストの内容レベルも「下げ放題」です。そのテストで平均点以下の生徒が、偏差値５〜10も上の高校を見て「バカだから・・・」良く言えたものだと思いました。誰がそんな余計な知識を入れるのでしょうか?しかも「間違った情報を」まず、高校のレベル情報は２０年も前のものです。100歩譲って、保護者が「〇〇高校ではレベルが低いので、大学受験時に苦労するわよ。もっと頑張って成績を上げましょうね」なら理解できますが、どうも「あんなバカ高校なら誰でも入れるから、今のままで良いわよ」の意味で使われたらしいです。そんな保護者に限って、受験時、〇〇高校より下位の高校に進学すると「高校のレベルで人生が決まったり終わった訳ではない。レベルで比べるのは人としてどうか・・・」と訳の分からない発言をされます。私も「人生が終わった・・・」なんて言うつもりはサラサラありません。発言に根拠と責任を求めただけです。「だって、学校も誰も言ってくれないから・・・」だからって、思い込みで「ウソ」を言っても許される訳ではありません。その為に私たちは日々情報収集と現状分析をしているのです。相談だけでもお受けしますよ(できれば入塾して頂いたら嬉しいですが・・・笑)。中学生は、自分たちに都合の良い情報か、都合が悪ければ捻じ曲げてでもそれだけを信用します。何卒、ウソと思い込みをつたえるのだけはご勘弁を・・・。後で修正するのは大変なんですから。</description>
      <pubDate>Thu, 20 Oct 2016 21:02:34 +0000</pubDate>
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      <title>中学生の試験勉強20161005</title>
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      <description>教室のある地域では、定期考査の真っ最中です。高校生は中学からの学習習慣のほかに、自己分析をして、日程を逆算して苦手を潰していってる生徒は上昇中です。行き当たりばったり(その場逃れ＆やってるフリ、母さんに怒られるから…)の生徒は困った困った結果です。ではその基礎になる中学生はと言うと、事前に提出物は終わらせて、家庭自習の質問を塾に聞きにくる。分からない事や苦手な事を、丁寧に一つ一つ無くしていき、ぼんやりしている語彙をハッキリさせていく。こんな生徒は今は時間は掛かりますが、確実に上昇しています。逆にギリギリまで提出物に追われ、「何かこんな感じ」とすべて「目の前のハエを追う」状態のやり方で何とか終わらせ、その上プリントや対策資料の答えを誰かに教えてもらって「全部埋めれたから私は勉強している」と言ってる生徒。その上「質問はないの?」と聞くと、「〇〇の単元がすべて分かりません。一から教えて下さい」と家庭学習をした形跡の無いまま前日に言ってくる生徒。もちろん日々の勉強のやり方は指導しています。でも・・・でも・・・です。ここが実力と今後のすべてですよね。</description>
      <pubDate>Wed, 05 Oct 2016 22:03:18 +0000</pubDate>
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      <title>「厳しすぎる塾って・・・」20161003</title>
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      <description>昨日、入塾の問合せ相談のためにお客様がありました。その中１の生徒の言葉です。学校では「ここの塾は厳しすぎるから…」と生徒同士が言ってるのを聞いたことがある。だから僕は来たくなかった。でも母さんは厳しくして貰って、遅れた勉強を取り戻せって言うんです。思わず「えっ、生徒同士で噂にまでなってんの?」と思いました。夕刻、試験勉強の質問に来た中３女子生徒に、その件を質問した会話です。私「・・・と、言う事なんよ。聞いた事ある?」生徒「うん。あるよ」私「じゃあ、どこのどんなやり方が生徒の希望なの?」生徒「近所の〇〇塾みたいに、宿題やらなくても叱りもチェックもしない。聞いてなくても何にも言われない。時々先生が来て見て逃げる。それで文句も言われなくてお終いの塾か、楽しく笑わせてくれて、決してしんどいことを強制しない△△塾みたいなの」私「それで成績や実力が上がると思う?」生徒「上がらんと思うから、私は我慢してここに来てる」私「我慢して…。」生徒「うん。我慢して。社会や理科も授業外で教えてくれるし…」との会話でした。皆さんは、どちらを支持されますか?まさか、テレビのきれい事コメンテーターの「生徒が楽しく学べる・・・云々」じゃあないですよね。</description>
      <pubDate>Mon, 03 Oct 2016 14:05:30 +0000</pubDate>
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      <title>ここで差がつくのに・・・20161001</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-104390/</link>
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      <description>教室のある地域では、公立中学校・高校が、中間試験の真っ最中です。もちろん受験生も条件は同じです。高校生は別として、半年経った今になっても、いや、今だからこそ差が付き始めています。1学期の失敗と、私たちの注進を真剣に受け止めて、今度こそクラストップ?を目指している中1生。反対に、小学校時代の「僕は私は良い子。今までこれで何とかなった。僕、私のやり方は正しい」と絶対に指導に従わない中1生。少しずつ「慣れ」と「生意気」が前面に出て来て、上手に誤魔化したり隠したりして、直前にまだまだ殆ど覚えていない。なのに表面だけやってるフリをしている中2生。学校の授業さえまともに聞いていなくて、昨日今日の内容を「訳分からん」と聞きに来る中3生。あんなに何度も注意したのに、未だに試験発表中に提出物を必死でやってる中3生。口では「ウザい。嫌い。放っといて」と言いながらも、少しだけ我慢してコツコツと頑張り始めた中3生。逆に時間にルーズで、約束を守れないので「帰れ」と叱ったら、「あっ、そう」と本当に帰って、「塾長が帰れと言ったから帰った。だから私は悪くない。私は勉強するつもりだったのに・・・」と開き直る中3生。どうですか?この少しの心構えと行動(これを教室では素直と正直と呼びます)が１か月位の短い期間で大きな差になるのです。もちろん、受験までの期間になると言わずもがなです。</description>
      <pubDate>Sat, 01 Oct 2016 22:17:03 +0000</pubDate>
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      <title>多すぎる情報の中で20160916</title>
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      <description>近日、学校の入試説明会が続いています。今日も１件行ってきました。その中で、日頃から感じている事を言われましたので、私も納得して報告する気になりました。文部科学省の改革で「生徒に自主的に問題を発見させ、解決の道筋を考えさせ、自身の言葉で表現させる」という内容のがありますよね。ですが、近年の生徒たちは学校での時間が足らない上に、情報が多すぎて自分で考えたり、苦労して考えたり、自分で表現方法を考えたりしなくても、ネットで類似のものを見つけてきたり、学校で時間が無いので先生が正解を書いて終わるのを「黙って待っていれば良い」ことで何とかなってしまってます。生徒はその方が楽なので、当然そちらに流れます。保護者にも「家の子苦手なんです。教えてやって下さい」と、さも正論っぽくおっしゃられる方もいらっしゃいます」生徒に苦労や我慢をちっともさせずに「金の力で他人を利用して何とかする」方法に安易に行ってる方、「自分の好みや自分の時間は絶対に変えずに、丸投げして自分は変わらない方」も増えているように思います。教えると簡単にできてしまいます。それをさせるのが私たちの仕事です。しかし、「困って考えないと絶対に自分の力にはならない」と私は思います。「儲け」と「生徒のため」と言う矛盾に挟まれて、葛藤と苦悩の日々です。</description>
      <pubDate>Fri, 16 Sep 2016 17:12:36 +0000</pubDate>
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      <title>やっと気付いてくれた?20160909</title>
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      <description>今日、久しぶりに自習・質問に来た中2の生徒のことです。我教室では「授業報告書」を保護者にお送りする時に、私が全員にコメントを書くようにしています。長〜い長〜い悪口のようなコメントから「続けて頑張りましょう」程度の短すぎるコメントまで色々です。なので過去のコピーを見ると、当時の生徒の態度状態が分かって面白いです。そのコメントで「自分の楽しみを削ってでも、今、復習に取り組まないと、受験時に取り返しがつかなくなりますよ」と書いた生徒です。入塾時に数学がとんでもない下方の点数だったのが、前回の定期試験で50点台。今回のテストで60点台を取って来ていたのです。まだまだ意識は小学生並で、すぐに「分からん」とか「兎に角書いて終わり」をしますが、『用語と定義の言葉を正確に覚えないと始まらない」を言い続けて、目の前に言葉を書いた紙を置いてから解かすと「あっ、な〜んだ」と簡単に解け始めました。帰り際に「私の歴代最高点なんよ。私、何か、数学おもしろいかも」と笑顔で帰って行きました。「あれほど言って、やっとかい」と突っ込みを入れたくなりましたが、「まあまあ、少しでも変わる切っ掛けになったのなら…」と笑顔で送り出しました。きっちりキャンディは持って帰ってましたけど…。</description>
      <pubDate>Fri, 09 Sep 2016 23:56:16 +0000</pubDate>
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      <title>とっ、とんでもない所からクレームが20160909</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-103614/</link>
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      <description>とんでもない所からクレームが入りました。昨日(正確には今日早く)に書きました「嫌いって言われました」の対象生徒本人からです。「あんなん、誰が読んでも私のことじゃん。今はそんなに嫌いじゃないんよ。でも、昔は、何をして怒られたか、何で何をどう言って怒られたかは覚えてないけど(覚えて無いんかい。無駄骨かい)、その時の怒りとムカつきが強烈すぎて、やっぱり好きにはならんだけ。嫌いじゃないんよ。訂正して」とのことです。これってフォローになってますか?やっぱり改めて「嫌い」って言われた気が・・・。まぁ、良い方にとって、「訂正」させて頂きます。</description>
      <pubDate>Fri, 09 Sep 2016 23:41:06 +0000</pubDate>
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      <title>原因が明確に20160909</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-103583/</link>
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      <description>昨日「今までクラブだけを頑張って来て勉強はしていなかったけど、行きたい高校を学校の面談で言ったら『無理無理』と言われたので、今更ですけど受験指導をして欲しいので塾を探している」との保護者から説明の予約を頂いていました。直前に「友達と一緒の通塾(同じボックスで)が希望」との連絡を頂きましたので「効果が疑問なので、お受けできません」とお断りすると、「友達と一緒じゃないと通塾したくない」と子どもが言ってますので、キャンセルします。との連絡が入りました。ハッキリ言います。だから成績不振なのです。また、その子どもの言い分を説き伏せれないから成績不振なのです。「楽しく、我慢せずに、思い通りに、短時間で、簡単に、成績を上げて欲しい」一つだけを叶えて欲しいのなら可能ですが、これだけの反する事を同時に平気で要求する生徒。悪いのは生徒？それを全て受け入れる保護者？我教室は「託児所」ではありませんよ。</description>
      <pubDate>Fri, 09 Sep 2016 01:38:01 +0000</pubDate>
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      <title>嫌いって言われました20160909</title>
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      <description>入塾時に「我まま」「やってるつもり」「だってぇ〜」「これ位で何とか…」「何?その偉そうな言い方!」のサンプルの様な生徒が、とうとう勉強するしかない時期になって、やっと少しずつ勉強し始めました。以前、何度も同じ事を説明し、「今度こそ今日中に覚えて来るんよ」と指導してた生徒が、またまた同じ事を聞いて来たので、「てめぇ、ふざけんなよ」と言いながらも私的には丁寧に説明したつもりです。その後「ま〜だ、おじさんの事、嫌いか?」との話になりました。「う〜〜ん、嘘はつかない約束したので正直に言うよ。昔感じてた『鬱陶しさ』を100%とすると、まだ20％位嫌い。昔の感覚が強烈すぎて…」とのことです。これだけ面倒みて、投げ出さずに何度も真剣に向き合っても、やっぱり「嫌い」って言われました。何ちゅう仕事を選んだんじゃ。このオヤジは!悲しいなぁ。</description>
      <pubDate>Fri, 09 Sep 2016 01:20:26 +0000</pubDate>
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      <title>ご無沙汰ですみません20160901</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-103317/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-103317/</guid>
      <description>怒涛の夏期講習・悶絶の夏期講習・落胆の夏期講習が終わりました。まだ残務処理をやっておりますが、とりあえず一服です。漫然と繰り返してしまった生徒、コツコツと頑張った生徒。いつまでも楽観して「きれい事」や「ごまかし」をして過ごしてしまった受験生。色々です。中２生と中３生のネタには事欠かない位に毎日事件を繰り返してくれます。本当は毎日でも書くネタはあるのですが、私の心が安らぎと休憩を求めていますので、時々でごめんなさい。</description>
      <pubDate>Thu, 01 Sep 2016 21:02:14 +0000</pubDate>
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      <title>夏期講習の終盤になって・・・20160826</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-103116/</link>
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      <description>夏期講習も最終盤になって、生徒の色々な発言を考えてみました。すでに学校が始まっている高校生。相変わらず「クラブ命」の生徒。「受験するんなら少しマズいんじゃねぇ?」と感づいた生徒。でも全体的には前進です。若干2名を除いて・・・。まだまだ遊び足らない小学生。1名は幼すぎる生徒。保護者と話し合い、「年相応」の反応ができるために夏休みを使いました。結果は少しづつ好調と言える方向に。もう1人は、小規模校の弊害にどっぷり浸って、その上、本心からJリーガーを望んでいるので「楽」と「学校ならこれでも許される」を繰り返しています。苦労しています。問題は中学生です。小学校時の先生の「良い子」と「僕はいつも80点以上取っていた優秀な子(何を根拠にそう思ったのか?)」を引きずって、「何となくこんな感じ」や「「もう終わったから・・・」を何度注意しても続ける中1生。志望高校は最高レベルを求めるのに、兎に角「クラスの平均より上」にだけしがみ付いて決して我慢や苦労をしたがらない幼い我が侭中2生。兎に角「やってる」「書いてる」「聞いてる」に拘り、考えたり覚えたりの頭を使う事を嫌い、形だけ「頑張ってるから怒らないよね」の中3生。やっと本気になり始めたけれど、今までの「つけ」が回って来て、中々進まない生徒。本人も分かってはいるけれど、感情の良し悪しでその日が台無しになったり、塾で頑張ったから家ではダラダラしてしまって結局数時間が無駄の生徒。色々です。泣いても笑っても数日で夏休みは終わります。受験生!覚悟しておけ!今度こそ「まあまあ」は許さないぞ〜!!!</description>
      <pubDate>Fri, 26 Aug 2016 13:42:57 +0000</pubDate>
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      <title>色々有り過ぎて・・・20160817</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-102825/</link>
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      <description>非常に久しぶり過ぎてごめんなさい。毎週毎週楽しみに待っていて下さった方々(だから、そんな奇特な人居ないって…)すんません。夏期講習は勿論バタバタですが、個人的な事ですが、介護している親父の体調不良があり、お袋の３回忌法要の準備＆実施があり、世間一般のお盆の用事もあり、バタバタ過ぎた半月でした。お盆休み明けに早速、事件や叱責の材料を持参してくれた生徒、ありがとう(涙泪涙)。くそ〜〜。次回からはその件が沢山ありますので、連続ドラマでお伝えします。</description>
      <pubDate>Wed, 17 Aug 2016 21:10:52 +0000</pubDate>
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      <title>それでも変わらない生徒20160730</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-102348/</link>
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      <description>先日、何度注意しても変わらない生徒の話をしましたよね。その後も何度かぶつかりながら観察を続けました。新しく生徒の傾向を見つけました。他人の言葉を「完全」に聞く事とと、「完全」に実行する事をしません。聞く段階で「スルー」しているか、これ位きいていれば「怒られない」を考えながら聞いていますし、実行も言い訳や怒られないギリギリのボーダーを考えながら中途半端にだけ実行します。相手の顔や性格を考えて調整しています。じゃあ完璧に怖い人に思われれば・・・。これがまたダメなんです。怖すぎると、最初から怒られる前提でほとんどやってきません。私たちの子どもの頃には、「先生や大人の言葉や説明を聞かない」なんて発想は無く、先生の指示を無視したりスルーするなんて『辞書』に無かったのですが・・・。いつから平然と「大人の指示を無視」したり「スルー」したりが当然の権利になったのでしょうね。聞く段階で自分で調整して、私は悪くない。責任は大人。やる段階も自分で調整して、私は悪くない。責任は大人。今回50％で怒られたから、次は51％だけやっていこう。この人は75％でも怒らないから次回は70％でも良い。何度も繰り返し怒られたら、「それ以上責めたら自殺するぞ」くらいの顔をしながら返事だけ「ハイハイ」しとけばOK。何度も繰り返し怒られたら、「「どうせ大人は時間が無い」から、無言で10分〜15分耐えてたら解放してくれる。神妙な顔して耐えとけばOK。軽く怒られたら「ハイハイ」で笑顔でスルーすれば良い。強く怒られたら「今度こそ言われた通りにやります」と泣いて見せて口だけ言っといて、教室を一歩出たら無視無視。と小学生より質の悪いごまかしを続ける中学生。いつから、こんな「人として・・・」が許される環境になったのですかねぇ。でも明日からまた攻撃しつづけるぞ。覚悟しとけ。中学生。</description>
      <pubDate>Sat, 30 Jul 2016 16:12:03 +0000</pubDate>
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      <title>「嫌い」「苦手」だから？20160728</title>
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      <description>最近の小・中学生と話していると、度々登場するフレーズがあります。「あ〜、私、その単元嫌い」と「あ〜、そこ苦手だった。訳分からん」です。そこで、「よし。じゃあしっかり頑張ろう」って言うと、「え〜、何で？」となります。私には、何を言ってるのか分かりません。生徒に言わせると「『嫌』だって言ってるのに、何でその単元をするの？そこは放っといて、他の所をもっと頑張れば良いじゃない」と言う意味らしいです。やっぱり、私には何を言ってるのか分かりません。「嫌い」「苦手」「訳分からん」「嫌」な事はやらせずに、好きな出来る単元だけをやらせて機嫌をとって欲しいという意味ですかね？これこそ『訳分からん』です。ここは「託児所」ではありません。機嫌をとって毎日元気に来てほしい訳ではありません。本来なら、学校の授業で理解している筈の部分で、何らかの理由で出来ていなかった事を、改めて説明・演習しているのです。好きな・出来る単元だけのプリントをやらせ、沢山「はなまる」を持って帰らせる施設ではないのです。「嫌い」「苦手」が、やらなくても良い理由にはならないのです。「嫌い」「苦手」だから、他人より早く長い時間をかけてやる必要があるのです。極端な話、塾では「嫌い」「苦手」「訳分からん」単元だけ繰り返していても良いのです。「嫌い」「苦手」。[B]だから、そこをやるのです。[/B]</description>
      <pubDate>Thu, 28 Jul 2016 16:09:19 +0000</pubDate>
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      <title>私、頑張ってるもん！20160725</title>
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      <description>前回の中々変わってくれない生徒が、やっぱり今日も間違ってる箇所を注意し、理由を説明し、訂正と暗記を求めると「えっ、私やってるもん。何しか早く、やって、頑張ってるもん」と反発してきました。文法の裏にある日本語が分からない。その日本語の文法を覚えていない。なのに「さっきはbe+〜ingだったから、今度は多分be+過去分詞よね。次は多分・・・と予想と感で「早く『終わらせよう』と、『私は頑張ってるもん』を絶対正しい」と何かを注意すると何かと口ごたえや反発が態度に出て、正しく素直に[B]負けてでも実力にしよう[/B]とせず、『その場だけ勝てはよい』の気持ちがどうしても抜けないのです。本人に悪意は無いのですが、今までの学校生活や人生で、それで何とかなってきたのでしょう、どうしても目の前の他人に甘えてしまうのです。終わらせる。出来た。書いた。やった。分かってる。すべて良い言葉ですが、何が目的でどのような結果が欲しいのですか。できて無いし、本人が無意識にやっているから他人が指摘するのです。指摘すると言うことは、目の前にそれがあったからです。頑張ったかどうかを聞いているのではないのです。辛い嫌なことをどうせ頑張るのなら、中途半端な自己満足では無く、結果に結びつく頑張りをして下さい。</description>
      <pubDate>Mon, 25 Jul 2016 16:10:45 +0000</pubDate>
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      <title>面談後の生徒の態度20160725</title>
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      <description>先日、夏休みや今後の姿勢について話し合う「面談」を行なったことははお伝えしましたよね。こちらからお伝えすることはお伝えし、お家の状況や保護者のお考えをお聞きし、生徒にもそれを伝え、色々な行動やルールを決めてリスタートした筈でした。しかし、何故だか本人は「やってる」「変わった」と言いながら、今まで通りの『書写』勉強や『終わらせる勉強』『とにかく埋める勉強』を変えない輩が数人居ます。具体的に「それでは何も変わって無いよ。これこれこうしなさい」と注意しても「分かってる。私は(僕は)変わってるのに先生は分かってくれない」とか「しつこい、鬱陶しい。うるさいジジイ」と暴言まで・・・。素直さが無いのか、日本語が理解できないのか、それでもご褒美(結果)だけは他人より良い物が欲しいのですから・・・。我が侭なのか、バ〇なのか、「何でも言って他人のせいにして、只でやって貰わなきゃ損」の流行の風潮を真に受けているのか・・・。また、それがある中学校の生徒に集中しておこるのは何故でしょう?たまたまですか?それともその中学校に何かが・・・。ヒュ〜ドロドロ。と夏の風物詩も入れてみました。</description>
      <pubDate>Mon, 25 Jul 2016 15:12:44 +0000</pubDate>
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      <title>面談の結果報告20160717</title>
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      <description>面談の続きが終わりました。心配していた生徒の保護者に「失礼を承知で、オブラードに包まず言います。怒らないで聞いてください」と塾での出来事。講師や私への受け答え。学力現状。気になる行動。家や学校での予想できる行動。をお話しすると、「だと思います。私も思い当たる所が多々ありますし、何度も家でバトルしたことも含まれています」と直ぐにご理解頂いてじっくりと対策の話し合いができました。心配だった保護者は、私のお伝えした考えをすべて賛同頂き、こちらがビックリのホッとです。最後に綺麗事満載の現在の小学校の弊害とそれに「どっぷり」と浸かっている現状をお伝えすると、ご理解と賛同を頂き、家庭でも声掛けをして頂けることになりました。いっぱい気をもんでしまいましたが、すべてご理解ご協力のお返事を頂き、大変嬉しく面談を終了できました。多くの保護者の皆さま、ありがとうございました。さ〜〜ぁ、夏期講習本番に入るぞ。ビシビシと頑張るぞ!覚悟しとけ。</description>
      <pubDate>Wed, 20 Jul 2016 21:14:04 +0000</pubDate>
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      <title>面談の途中休憩20160717</title>
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      <description>今日までの状況問題点をお伝えするため、受験生の今後の指導方針の相談と確認、問題児の教室での状況チクり。夏休みの過ごし方の確認等、色々な目的で保護者面談or三者面談を行っています。色々不安や問題があった生徒(一部保護者)との面談は終了し、順調に終わりました。さ〜て、残り三件となりました。中の一件は生徒に大問題が・・・。一件は保護者の思い込みが・・・。と私の神経の負担が大きい家庭があります。何とか思い過ごしに終わりますように・・・。また報告します。</description>
      <pubDate>Sun, 17 Jul 2016 21:01:24 +0000</pubDate>
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      <title>ほら！やっぱり！20160708</title>
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      <description>期末試験が終わって答案が返却されてきています。中間試験で急激なアップが見られた生徒で、期末の直前に「調子に乗ってる」状態の輩が散々な結果を貰って帰ってます。「調子にのってる」とは、良い調子では無く、お調子者の調子です。１学期の中間は期間が短く、範囲が限定され、導入の単純な問題しか出題されません。よって得点しやすい環境なのです。ところが期末はそうはいかないのに、「分かってる分かってる」とか「大丈夫。出来る出来る」と高を括って雑な学習をしていたのです。勿論、きつく注意しました。しかし舐めたままでの受験です。当然の結果です。[B]だから言ったでしょ！[/B]</description>
      <pubDate>Fri, 08 Jul 2016 21:48:12 +0000</pubDate>
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      <title>愚痴ってしまいました20160626</title>
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      <description>久しぶりでゴメンなさい。そこそこネタはあったのですが、余りにも個人が限定されて分かってしまい、「悪口」や「いじめ」になりそうなので控えていました。でも、今日はひとり言を言います。今日、ある中学生の女子と昼間に会う場面がありました。その生徒は塾生ではありませんが、知っている生徒で、随分以前に「成績不振だけど、諦めたんじゃ」と言っていたのは聞きました。その子が「私、〇〇(私が非常に期待しているけれど、何でか上昇してくれない生徒)より成績良くなったんよ。△△よりも□□よりも…」と、我教室の生徒をピンポイントに指摘して蔑むような顔をしてきました。事実なので口ごたえもできず、忸怩たる思いで帰ってきました。イライラしながら数時間、期待している生徒のお母様に愚痴の電話をしてしまい聞いて頂きました。お母様、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。お許し下さい。自分で考えて、解決方法・対処方法を実行するのが仕事なのに、お母様の性格をしっているがために甘えて聞いて頂いてしまいました。やっぱり反省です。よ〜〜〜し、明日から〇〇を何とかするぞ〜〜〜！</description>
      <pubDate>Sun, 26 Jun 2016 21:17:30 +0000</pubDate>
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      <title>私が何十回言うよりも・・・20160617</title>
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      <description>受験生なのに「え〜」とか「だってぇ」とか「はいはい、分かってる」とか言って、少し舐めていた女子中３生が、今日、同じ中学卒で、その子の志望校に進学した生徒とと話してました。「こうした方が良いよ」とか「それをすると困るよ」とか「そんな意識でいると、私みたいに、後で死ぬほど苦労するよ」とかの話を非常に素直にメモまで取りながら聞いていました。昨年私が注意していた事が大半です。受験が終わり、進学してみて実感したのでしょう。あれ程「うるさいなぁ」と言っていた子が、後輩に指導しています。後輩も、私が言うと、これ以上無い程顔を歪めていたのに、先輩の話には非常に素直です。「こんな関係が今後も続いてくれたらなぁ」と嬉しく見ていた反面、「私の言葉や指導は、そんなに信用できないか？」とも思えた場面でした。まぁ変なおじさんがグダグダ言うより、綺麗な先輩の方が説得力はあるか(笑)</description>
      <pubDate>Fri, 17 Jun 2016 20:44:16 +0000</pubDate>
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      <title>大人と子どもの定義の差20160612</title>
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      <description>色々「独り善がり」な理論を述べてきましたので、ボチボチ最後にします。今回は「考える」と「やってる」です。考えるとは、文字通り「どうしたら良いかな」とか「知っているどの知識を使えば解決できるかな」とか「どんな手順をすれば、分かり易い形になるかな」等を自身の頭の中で思うことですが、成績下位者は、パッと見て、過去に習った形とズバリ同じでなければ「分からん」「こんな問題はズルイ」となります。つまり、「分かってる」とか「できた」の裏には『学校でやった問題とズバリ同じなら(学校で先生が説明した問題だから)できる』となるのです。次は「やってる」です。「ジミーちゃん。やってる？」「やってるやってる」という古いギャグは置いといて、成績下位者の「やってる」は、「親に怒られない程度にやってる」とか「これ位なら自分が我慢できる量」だけやって、『やってる』と言います。つまりやってる「つもり」やってる「かたち」なのです。騙されないでくださいね。</description>
      <pubDate>Sun, 12 Jun 2016 23:09:02 +0000</pubDate>
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      <title>だから前からずっと言ってるのに・・・20160612</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100914/</link>
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      <description>今日、休日ですが、教室にお客様がありました。中１の生徒とそのお母様です。「入学して２〜３ヶ月ですが、勉強についていけない。何故でしょう」との相談でした。少しお話しを伺いました。段々原因が見えてきましたので、失礼を許して頂く許可の後、ズバリとお伝えしました。その中の一つに「小学校の時は平均８０点取っていたので、８割とれているので安心していた」というのがありました。以前から申し上げているように、「近年の公立小学校のテストでは100点とって普通」です。だってぇ、あんなに短期間にあんなにストレートな質問をしておいて、答えられないのは聞いてないか全く分かって無いって判断しかできませんよね。色々な事情がありますので、一般論として聞いて下さいね。この一言が保身に聞こえて「いやらしい」ですか？</description>
      <pubDate>Sun, 12 Jun 2016 22:36:14 +0000</pubDate>
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      <title>大人と子どもの定義の差20160609</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100846/</link>
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      <description>今日は「覚える」についてです。覚えるとは、「一言一句違わずに、完全に暗記して、必要な時期まで保持し、必要な場面で思い出せること」ですよね。ところが、最近の成績下位生に聞くと、「覚えたもん」「絶対やったもん」「俺、頑張ったもん」「１０分も覚えたもん」「昨日なら覚え取ったのに…」「５回も書いたもん」と色々言い訳は出てきますが、結論は一つ。「だけど今日は覚えていない」です。つまり、出来るまで、満足のいく結果が出るまでやるのではなく、「やったという事実だけ」を残して満足してやめてしまっているのです。形だけで満足する近年の「頑張ったのに症候群」ですね。</description>
      <pubDate>Thu, 09 Jun 2016 19:18:39 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>ちょっとブレイク・・・20160608</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100813/</link>
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      <description>小難しい定義の話を休憩して、ちょっとブレイク。先日、サプライズで誕生日プレゼントを下さった業者の担当者が、「その後どうですか？」とアフターフォローの訪問に来られました。その時、犬のおやつを手土産に持って来て下さいました。何週間か前に、犬を飼ってるんですとお伝えしただけの筈なのに、それを覚えておいて、ちょっとした気遣いができる。素晴らしいと思います。「やり手営業」の言葉が適切かどうかは分かりませんが、その後の会話がスムーズになる事はあっても、悪い気になる人などいませんよね。大切なことなので、私も参考にさせて貰おうと思いました。「物を貰ったから…」の理由だけで褒めているのではありませんよ。(でも貰ったらやっぱり良く言うよね。笑)</description>
      <pubDate>Wed, 08 Jun 2016 21:13:05 +0000</pubDate>
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      <title>大人と子どもの定義の差20160608</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100812/</link>
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      <description>前回に引き続き、今回は「分かる」です。「分かる」と言えば、内容が理解できて、「〇〇と△△の違いは？」と聞かれても答えられる位、自分のものとして、「使える」状態を言いますよね？しかし、成績下位者(下降者も含めましょうか)は、「何〜〜んだ。分かった分かった」で放置。復習も確認も、ましてや演習など無しのままにしておく「分かった『つもり』」を分かったと言います。ですから、勿論使えることなど些少で、「私、頑張って学校で聞いて分かってるんだけど、テストでは先生がズルイ引っ掛け問題を出すんよ。どう思う？」と、のたまわれます。自分の手抜きを棚に上げて、よくもしゃぁしゃぁと・・・。「分かる」は未だ道半ばです。ゴールは「出来る」です。</description>
      <pubDate>Wed, 08 Jun 2016 20:59:58 +0000</pubDate>
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      <title>大人と子どもの定義の差20160607</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100777/</link>
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      <description>前回に続いて私の知っていることをお話しします。今回は「読む」です。大人だったら「読め」って言われたら、何が書いてあるのか「分かろう」として意識して読みますよね。子ども達は「読め」って言われたら読むのです。文字を。つまり内容の理解とか要旨とかはどうでもよくて、兎に角「文字を追っかけて」読めって言われたから、少しでも早く読んで終わらせて、叱られないことが目標になります。時には、読むどころか、勝手に「て・に・を・は」を作り、勝手に接続詞を省略し、勝手に文末を作ります。だから、勿論文の内容が正確に理解できる訳がありません。その上、「分からない」と言うので「もう一度読め」と再読させても同じことをするので、何回読ませても、キーワードに気付きません。つまり、読んで内容を理解することよりも、「どうしても必要なことなら、私がわかるように説明してくれれば良いじゃん」の発想です。ここまでで薄々気付かれました？聞いてない。読んでない。これで出来るようになるのなら・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 07 Jun 2016 22:00:27 +0000</pubDate>
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      <title>大人と子どもの定義の差20160606</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100734/</link>
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      <description>「あなた、ちゃんと聞いてるの〜？」「分かってるよう〜！」の会話をよく目にしませんか？そして、次回もまた同じこと。何故なら、大人と子どもの語彙についての定義が違うからです。たとえば「聞く」です。大人の「聞く」の定義は、相手の発する音を全て受け取って、内容・意図を自身が理解できるようにすることですが、成績下位の子ども達の「聞く」の定義は違います。相手がいつ音を発しても、自分が聞く気が起きた所からだけ聞けば許される。必要な内容を聞き逃していれば「〇〇先生の説明は、訳分からん」と他人のせいにして放っておく。分からない語彙が登場したら「もう訳分からん」と以後の全てを聞く気が薄れる。自分の都合の良い内容に変更したり、自分の知っている語彙に置き換えたりしながら「何かこんな感じ…」の聞き取りをします。だから伝えたい内容の三分の一も伝わっていればGOODです。時には(いえいえ度々でした)聞き流されていることも…。つまり、全ては、「それで自分に実害があるか」or「怒られるか」が全ての基準です。いかがですか？次回以降は、読む・分かる・覚える・考えるについても考えてみたいと思います。お楽しみに…(誰が？)</description>
      <pubDate>Mon, 06 Jun 2016 17:50:27 +0000</pubDate>
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      <title>火星、見ました？20160602</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100635/</link>
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      <description>皆さ〜〜ん。火星見ました？夜、南東から南の空にかけて、一番明るくてオレンジっぽい色をしている星ですよ。すぐそばに土星も見えるらしいのですが、私には分かりません。何故ならば、星座が苦手な上に、天体望遠鏡を持っていないからです。でも、地球に最も近い惑星でありながら、こんなに小さくしか見えないなんて、どんなに遠く離れているのだろうと想像しました。今日はこんな些細な駄想をお伝えしました。</description>
      <pubDate>Thu, 02 Jun 2016 23:38:05 +0000</pubDate>
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      <title>とっ、とんでもないことが・・・20160527</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100467/</link>
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      <description>とんでもないことが起こってしまいました。一年前の中間試験で１６点だった生徒が、今回の中間試験で、なっ、なっ、なんと８０点取ってきました。少しずつ可能性は感じていたのですが、こんなにＵｐしてくるとは…。私たちの力ではありません。本人が耐えて素直に頑張った結果です。始めて会った頃には、平気で「嘘」を言う。平気で「放っとく」「これ位なら怒られない」。とやりたい放題の生徒でした。それから何回も叱りました。怒鳴りました。時には叩きました。段々日本語が通じるようになり、少しずつ「耐える」「我慢する」ことが可能に…。最近では話し合いや討論も少しずつ可能に…。時間が掛かるのです。「も〜う。この子無理。知らん」と投げ出す人が沢山居ます。私たちが生徒を見るのは学力だけではありません。生徒の気持ちが前に向いているか否かです。そこを見極めて付き合ってやるのです。勿論「チーム〇〇」です。おかあさんも一緒です。「お願いしたんだから…」とか「私はやっている。私は悪くない」のお母さんとはチームは組めません。だから、やっぱり私たちの力ではありません。生徒の力です。私たちはヒントとキッカケを示しただけです。但し、少し(随分?)厳しくて(随分)荒っぽいやり方はしますけどね(笑)</description>
      <pubDate>Fri, 27 May 2016 19:27:28 +0000</pubDate>
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      <title>今を我慢できる人は・・・20160524</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100360/</link>
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      <description>テレビで、ある学者が言っていた事をお話しします。子どもを何人か集めて、目の前にお菓子を置きました。指示としては、「食べたい人は直ぐに食べても良い。けれど１５分食べずに待てたら、もう一皿追加でお菓子をあげる。」です。殆んどの子どもは直ぐに食べ始めたそうです。しかし数人の子どもだけ周りに流されず、手を出さずに「じっと」耐えていたそうです。ここからが大切な話です。その後、追跡調査を続けた結果、その我慢できた子どもたちは、１８歳時点で高成績(高学歴)で、４０歳代では高収入だったそうです。学者はこう結論付けました。「先のことをキチンと考え、今を我慢できる人は人生でも好成績・高収入が得られる」どうでしょうか？信じるか信じないかは、あなた次第です。</description>
      <pubDate>Tue, 24 May 2016 17:28:06 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>不得意なことでも・・・20160520</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100259/</link>
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      <description>昨日、とても良い話を聞きました。知ってるけど忘れている事が多いので、お話しします。不器用で、みんなは出来るし、必要なことが不得意でできない女の子がいました。その子は泣きながらでも時間外でも、誰も見ていなくても必死で練習をし、ついに何とかダメだしされない位までなったそうです。その時に感じた言葉だそうです。「いくら不得意なことでも、他人の何倍も努力すれば、人並みにはなれる」です。どうですか?当たり前に思っていることでも、改めて言われると「そうだなぁ」と思いませんか？「ふ〜〜ん、だから？」と思った方へ。失礼しました。すみません。</description>
      <pubDate>Fri, 20 May 2016 21:34:32 +0000</pubDate>
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      <title>日本語が分からない・・・20160516</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-100136/</link>
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      <description>最近の傾向として、相手言っている日本語が分からない⇒要求や状況が理解できない⇒思い込みで勝手に違うことをする⇒周りから不審をかって浮く⇒自分に自信を持っているので周りを悪く思う⇒自分の意志を伝える術（日本語力）が無いのでイライラする⇒自分は悪くないと思っているので「絶対に」周りの忠告は聞かない⇒周りに攻撃を始めるか、全てを無視して「思い通り」に行動する⇒これらが「問題行動」や「学力不振」に到る一つのプロセスだと、先日のテレビ番組で見ました。私たちも、「この生徒は日本語力が無い」と保護者にお伝えすると殆んど「そんなことは無いです。毎日会話できています」とお応えになります。実際には「会話」は成立していません。親子だから何となく先読みできて、「〇〇なの？じゃあ△△でいいわね」で「うん」で終わり。学校で友人との会話も「単語」や「擬音」でその場を楽しんでいるだけ。だから約束や待ち合わせも正確には話し合えない。対策としては「正確に聞き取る」まで何度も確認する。正確に意志を伝えるまで、聞き手が勝手に口を出さない。これらは学校では出来ません。時間が掛かりすぎるからです。家庭での対応しか無いのです。小学校で「英語」や「Ｘやyの式」を教えるよりも、国語や会話・ディベートの時間を増やさないと、このままでは日本の社会生活が成り立たなくなる可能性があります(んな、大袈裟な…)。皆さんも周りの生徒を見て下さい。ちゃんと日本語を文章で喋ってますか?</description>
      <pubDate>Mon, 16 May 2016 16:21:07 +0000</pubDate>
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      <title>サプライズ20160516</title>
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      <description>今日は私の誕生日です。と言うか、忘れてました。と言うか、ここ数年、誰もまともに相手をしてくれないので、必要ありませんでした。しかし、今年は違いました。朝（と言っても遅い時間）起きてみると、ダイニングに「ハピバ」と書いた「旗」が立った昼食が置いてありました。末娘が学校に行く前に作っていってくれたのです。その後、仕事場で雑用をしていると、取引会社の担当者の方が、教えた筈の無い誕生日を調べて、突然プレゼントを持って来て下さいました。何年ぶりかのスィーツプレゼントです。大変嬉しかったです。数年前から忘れていた自分の誕生日を久々に体感しました。歳もその時から数えていないので、直ぐには出ませんでしたが、改めて「ジジイ」になったと感じました。でもまだ負けずに子ども達と戦い続けます。有難うございました。</description>
      <pubDate>Mon, 16 May 2016 15:48:08 +0000</pubDate>
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      <title>さくらんぼ!!20160509</title>
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      <description>教室の近くの「ちびっこ広場（小さな公園）」では、今「さくらんぼ」が満開（？）です。毎年、桜が咲いているのは知っていましたが、さくらんぼが実っているのを知ったのは数年前です。自然に実っているので「無農薬」の安心・安全の恵です。子ども達も遊びながら「さくらんぼ」を食べています。こんなことが近所にもあるんですね。</description>
      <pubDate>Mon, 09 May 2016 11:04:18 +0000</pubDate>
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      <title>しっかりお出かけしました20160505</title>
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      <description>約束通り、しっかりと外出しました（笑）。日本三大稲荷のひとつである最上稲荷にお参りして来ました。目的は、お参りもそうですが、横にある「秀吉の天下の奇襲・備中高松城の水攻めの本陣跡」を見に行くことでした。高松城址は先日見学していたのですが、本陣跡は時間切れで見学できていなかったので、リベンジです。秀吉や軍師官兵衛が見下ろした景色を私も見て来ました。ところで、最上稲荷って有名らしくて、大分ナンバーや長野ナンバー等の遠方の車が沢山ありました。もう一つ疑問が・・・。最上稲荷って稲荷だから神社のはずですよね。でも「〇〇菩薩」とか「△△大王」の名前が多数登場・・・。いったいどっちですか？どうやってお参りするのが正しいのですか？ご存知の方、教えて下さい。以上、他愛も無い報告ですみません。</description>
      <pubDate>Thu, 05 May 2016 21:00:17 +0000</pubDate>
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      <title>ＧＷも後半になりました20160503</title>
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      <description>ゴールデンウィークも後半戦ですね。何の「戦」か分かりませんが…。ゴールデンウィークは昔、映画業界が言い出したのだそうですね。正式には「春の大型連休」と言うのだそうです。休みが多いと、映画館が一杯になるので、画き入れ時として、呼び始めたと聞きました。さてその連休の私ですが、前半戦は地域の行事と教室のテスト。通常授業と体験授業。入塾問合せとバタバタで終わってしまいました。後半戦は授業報告書にコメントを付けるため、毎年、この作業で終わってしまいます。全てを「引き篭もり」で過ごすのは嫌なので、必ず１日はどこかへ行きます。他愛も無い所でも構いません。必ず。また、報告します。（でも、そんな話。誰か期待してます？）</description>
      <pubDate>Tue, 03 May 2016 16:29:12 +0000</pubDate>
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      <title>子育てって？躾って？20160426</title>
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      <description>近年、随分酷い生徒・児童をよく見ます。お母様方にそのことをお話しすると、「私はチャンと子育ても躾もしました」と仰られます。では「子育て」「躾」とは何でしょう？ここからが「塾長の独り善がり」の本領発揮です。子育てとは、一人では生きていけない乳児を親が育てること(当たり前じゃ。何言ってんの？)です。つまり、子が一人立ちして、自分(親)が死んでも、他人に迷惑を掛けずに生きていく「力・実力」を付けさせる行為です。決して「餌を食わせて、寝かせて、体を大きくさせる」だけの行為ではありません。つまり、親が「やったか、やったつもりか、私は言ったか、子どもが『はい』って言ったか、私は悪く無いか、『だってぇ主人が非協力的か」は全然関係ないのです。子どもが「できたか、できるようになったか、一人で生きて行けるか」が全てなのです。方法や時間や手間は子どもと親によってマチマチです。最近多いのが「私は言った(一度言っただけでチェックもしない)、できないのはこの子が悪い。私は悪くない」と機械に向かっているような言葉を言われる方です。パソコンの「クリック」とは違うのです。作り方も産み方も原始のままでしょ？だったら育て方もその通りの筈では？次に躾です。育ては「最低限」を身に付けさせることでした。躾は「美しさ」を求められます。「素直に完全に聞く。素直に受け取る。素直に実行する。周りとの違いに気付くetc,」です。これが大変なのです。これこそ「親の背中…」しかありません。私たちの仕事は、勉強を教えることです。分からない・出来ない生徒に説明をすることです。けっして「子育て」や「躾」の代行業ではありません。お家でキチンと「子育て」と「躾」をしてからお連れ下さい。で〜〜も、最近。何か。無料で子育てと躾ばかりやらされている気がしています。私の思い過ごし？</description>
      <pubDate>Tue, 24 May 2016 21:56:58 +0000</pubDate>
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      <title>言葉だけが一人歩き20160426</title>
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      <description>昨日に続き、一人歩き語を。生徒たちにテストの点やお家の事などを聞くと、「個人情報」だから・・・。と答えてくれないことがよくあります。お母様方にも時々いらっしゃいます。皆さん何か勘違いされていますよね。法律や条令で保護しているのは何か？誰が？どうすること？何をしてはいけないこと？ですか？何でもかんでも[B]「個人情報」の４字の名の下[/B]で、神格化して生き難くしていませんか？勿論、私も「お預かりしている情報」の取り扱いは慎重にしています。けれど、指導中に生徒に尋ねたテストの点を貼り出すのはダメですが、指導の叱責材料には使いますよ。当然！私の権利であり、義務ですから・・・！</description>
      <pubDate>Tue, 26 Apr 2016 00:12:17 +0000</pubDate>
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      <title>言葉だけが一人歩き20160425</title>
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      <description>先日、テレビで大変興味深い一コマを見ました。子…今日、学校行きたくな〜い。親…何言ってんの。義務教育なんだからそんなことできないわよ。子…じゃあ、僕、その義務「放棄」する。こんな内容だったと思います。突っ込み所が３箇所ありましたけど、お気付きですよね。まず、義務教育の義務はだれにあるの？です。そうです。親にあるのです。親は絶対に子どもを学校に行かさなければなりません。子どもの自由で遊ばせて休ませるのは「憲法」違反です。次に、〇〇だからこうしなさい。とか、△△が言ってるからこうしなさい。の叱り方は無責任です。親の責任と考えに依ってそれを子どもに言うべきです。自分以外の責任にするのは、後で責任逃れをする為の布石です。最後に「放棄」ですが、当然できませんよね。権利なら出来たのですが・・・。義務でもできるのなら、だれも法律を守りませんよね。このように、感覚だけで生活している人や場面が多すぎると感じる今日この頃です。</description>
      <pubDate>Tue, 26 Apr 2016 00:03:03 +0000</pubDate>
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      <title>今の流行？20160418</title>
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      <description>新年度が始まって少し経ちました。受験生も、そうじゃ無い生徒も居ますが、小・中生の多くに共通する変な（悪い）癖（習慣）に気が付きました。今年の小・中生は、「大人しい」「素直」「じっとしている」「キチンとやる」…………と、本人も、お母様も仰られていましたが、「大人しい」⇒聞き流している。分からなくてもスルーしている。口応えしないけど腹の中では反発している。大人の注意や指示を無視！「素直」⇒頭を使ったり、面倒な繰り返しや時間の掛かる作業は無視するが、目の前だけでは「良い子ちゃん」を演出して評価を上げる。「じっとしている」⇒いくら先生が説明しても、考えるための材料を書き込むことや今まで分かって無かった事の理由や根拠、説き方の解説を書いて残すことを全くせずにジッと眺めている。数学のグラフ図形題でも、問題を読み終わっても、座標も距離も条件も何も書き込みもせず、ジッと先生が答えを言うまで「分からん」で待っている。「キチンとやる」上記の続きで、分からなくても、覚えなくても、知らない単語や語彙が80％あっても、黙〜〜〜って『答えだけ』赤ペンで書いて「キチンと勉強した」「私（僕）は勉強した」「次も頑張ろう」で家に帰っても、勿論見直しをすることも無い。あ〜〜〜〜っ！羨ましい。こんな楽な方法で許して貰っていたなんて。これは誰が許した勉強方法（頑張っているねと言って煽てた）ですか？学校？家庭？マスコミ？「将来、本人が気が付いて、それから頑張っても、取り返せるのよ。やり直しが出来るのが若者の特権なのよ」誰ですか？きれい事言ってるのは？あなたは、それで何とかなりましたか？私は気が付いて後悔しましたけど、自分では結構頑張りましたけど「無理」でした。体験談です（恥恥）。</description>
      <pubDate>Mon, 18 Apr 2016 22:07:31 +0000</pubDate>
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      <title>学校の先生の言葉・・・20160417</title>
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      <description>久しぶりの「ひとりごと」ですみません。楽しみに待って頂いている方々（だから毎回言うけど、そんな奇特な人居るのか？）ごめんなさい。新年度と、色々雑用に追われてバタバタ（ま〜た言い訳）でした。有り難いことに、我教室も、新年度で新入塾と問合せ面談・体験授業+生徒の現状報告で嬉しいバタバタもありました。その保護者さまとの話の中でのことです。多くの方々が口を揃えて「家の子、普通です」「家の子、中の上です」「学校の先生が『良い子ですよ。皆より良くできますよ』と言われます」「小学校のテストで80点取って来るから優秀な方」「中学のテストで平均点を取って来るので〇〇高校（偏差50）へ…」とお口「あんぐり」のことを仰います。確かに学校の先生を信じないで何を信じるのかですが、学校の先生の評価は、校内しか比較材料がありません。だから、全体が下降していると、評価の信憑性も下降ですよね。そこを指摘すると、「えっ？そうなんですか？」と素直にお聞き頂ける保護者様と、「そんなことは無い。家の子に限って…。月謝や生徒が欲しくて嘘を言ってるだけでしょ」と仰る方の子どもは、その後の成績は「・・・」です。基礎基本テストや全国学力テストの評価を上げたいから（つまり、学校や先生の評価増を狙ったズルイ行為）前日に予行演習テストをするような学校のレベルなんて信用できる訳がありません。人間だれしも、自分の耳障りの良いデータだけを聞きたいものですが、こと「子どもの将来」のことです。親の気分をくすぐってくれる先生や塾の甘言だけを信じて、私のような（変なやつ）の苦言に反発しても、結果は好転しませんよね。「私を神と崇めろ」と言っているのではありません。いくら気分を害する言葉でも、事実を素直に受け入れる意識が親に無いと、子どもが変わってくれる訳はありません。昔から言われている「親が変われば子も変わる」です。失礼しました。</description>
      <pubDate>Sun, 17 Apr 2016 21:53:31 +0000</pubDate>
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      <title>自分を甘やかしている親！20160402</title>
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      <description>大丈夫です。家の子はやってくれます。家の子はやってるのに、先生の教え方が悪くて・・・。先生！家の子、クラブは楽しいって言うんです。だからクラブを頑張らせたいんです。どうして、そんなに叱るんですか？もっと家の子のことを分かってやってください。私たちが一々言ってやってやらないと出来ないんです。私たちも「しょっちゅう(度々)」言うんですが、子どもが聞かなくて・・・。今回は、突っ込み所満載ですねぇ。と、思ってるのはあなただけです。やってくれなかったから現状なのでしょう？クラス全員が出来ないのですか？学年全体が「分からない」のですか？「そんな先生おらんでしょう」楽しいに決まってるでしょ。個人が好きで選んで、好きでやってるんですから。好きじゃなければ止めるでしょ。だから勉強をしなくても良い言い訳にはなりませんよ。分かってやって、問題点がハッキリして、指示を出したのに「無視」したから叱ってるんです。分かって無ければ叱りません。一々言ってやってやるから出来ないんです。「困らせて」「恥ずかしい思いをさせて」「責任をとらせて」下さい。小学校高学年だったら、そこそこ自分でできますよ。言ってるだけ。言いっ放し。言って鬱憤を晴らしただけ。で、その後は？しつこい確認とフォローが必要なんです。出来るまで何度も・・・。時には自分の言い方も確認して！悪い例。「自分の事でしょ。考えたら分かるでしょ。自己責任において・・・。しっかりしてよ」です。考えられないから、やって無い分かって無いのです。責任感があればやります。しっかりできたらうっかりはありません。「自分はちゃんとやっている」と自分を過信せず、時には自分をも振り返ってみましょう。お互いに！すみません。私も猛省。</description>
      <pubDate>Sat, 02 Apr 2016 20:07:16 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり、きれい事は大っ嫌い！20160402</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-98914/</link>
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      <description>大変ご無沙汰ですみません。年度変わりと春講でバタバタでした。今回も愚痴です。「生徒の意見を・・・」「生徒もちゃんと分かっている」「クラブも真面目にできない生徒が勉強なんて・・・」「生徒の自主性を尊重して・・・」「勉強勉強って、勉強だけで全てを判断しないで・・・」「勉強ができなくても、下位レベルの高校に行っても、人生が終わるわけでは無い」等々、毎日毎日、「きれい事」の嵐にあっています。反論します。キチンと出来ていて、キチンと結果を出している生徒の意見は聞いています。義務も果たさず、文句と言い訳ばかりで、結果が出ない生徒の意見だから半分しか聞かないのです。本当に分かって、わざと反対の行動をしているのなら大したもんです。じゃあ、クラブだけして、クラブを言い訳や逃げ道に使っている生徒の責任は、誰が取るのですか？自主性のある生徒は尊重しています。その方が私たちも楽ですから・・・。問題は、考えていない生徒や、作り話で誤魔化す生徒です。別に、判断してませんよ。私たちに勉強の結果だけを求められたので「勉強」に特化してお話しするしかありませんよね。勿論終わりではありません。私たちにも結果を求められないのであれば・・・。それと、それを声高に言っているマスコミや先生たち。あなたの成績と学歴は？ねっ！やっぱり「きれい事」は大っ嫌いです。</description>
      <pubDate>Sat, 02 Apr 2016 19:37:33 +0000</pubDate>
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      <title>新年度の始まりに・・・20160315</title>
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      <description>教室の今年の受験は全て終了しました。３１勝１敗です。開塾依頼初の１敗です。理由や原因は色々有りますが、負けは負けです。言い訳しません。「力不足で申し訳ありません」一気に話題を変えます。今日から新受験生に日々の勉強の予定を聞きました。すると、「何言ってんの？このおっさん？」と、とんでもない顔で睨み返されました。日々の勉強時間や、生活習慣（お風呂の長さ）まで聞きました。「私は寝ちゃダメなの？」ともっともっと睨まれました。「今までと違う意識で、違う時間に、違う行動をするから違う結果が出るんだよ。今から変えて練習しよう」と言って帰らせましたが、明日から又、無視されるかな？「それでも一人頑張る塾長なのでした〜（今日の塾長vol.216）」どんなに「うざ」がられても、絶対変えてみせる！</description>
      <pubDate>Tue, 15 Mar 2016 21:03:47 +0000</pubDate>
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      <title>こんな喜びの日に・・・20160314</title>
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      <description>今日は、地域の公立高校の合格発表の日です。結果詳細は別口でお知らせするとして、こんな嬉しい日に水を差すような事をおっしゃる方もあります。「先日、定例面談で、次年度のご都合をお訊ねしました」話はしましたよね。その時には「当然続けます。お願いします。」と言われて、新年度のコマ・先生・書類・雑貨・春休みの予定等全て準備して、明日から渡していこうとしている時、「あの時に『止める』と言うと、受験までキチンと見てもらえないんじゃ無いかと思い、止めるつもりとは言わなかったが。合格したので正直に言います。今月で止めます」と言われるお母様！「子どもに、自分勝手にルールを歪めて、他人にはどんなに迷惑を掛けても良いお手本を目の前で見せないで下さい。将来止めるからキチンと見ないとか、続けるからキチンと見るとかって、お歳暮や賄賂を貰ったから良くして、貰ってないから無碍にするのと同じじゃないですか。失礼です。私たちはそんな意識で生徒を見ていません。常に「正直」と「素直」を求めています。そうじゃない生徒の成績が、中々アップしないのです。そのお手本がこれでは・・・。他に、「来月も続けて行くかどうかは、月末に判断すれば良い」とおっしゃるお母様。入塾の時にお願いしましたルールと違いますよね。八百屋で「大根」を買うのとは意味が違うんです。私たちは予定を組んで指導しています。「行き当たりばったり」では一番困るのは生徒なんですよ！月謝を「少し儲けた」と仰る保護者も居られますが・・・。この様に、他人を性悪説で考えられる方々って、余程運の無い塾を渡り歩いて来られたか、もしくは、誰よりも本人が・・・。</description>
      <pubDate>Mon, 14 Mar 2016 15:44:12 +0000</pubDate>
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      <title>年に一度の行事20160313</title>
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      <description>今日は、教室の「年に一度」の恒例行事『合格・進学・進級おめでとう！＆来年も頑張るぞ！パーティ』と題して、生徒・先生・先生の一部家族も一緒に、バイキングでの食事会でした。今年は参加者が多く、マイクロバスをレンタルして、私が運転して行きました。最後の最後まで食べている中学生を見ていると、「こいつら凄げぇなぁ」と関心してしまいました。さ〜〜〜て、明日は「公立高校」の合格発表です。毎年のこととはいえ、最後までドキドキです。</description>
      <pubDate>Sun, 13 Mar 2016 23:22:30 +0000</pubDate>
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      <title>とうとう本番が来ました20160307</title>
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      <description>教室のある地域では、公立高校の選抜(通常の入試)が今日から始まりました。「まだまだ長い…」と思っていましたが、来てしまうと早かったです。教室からも受験生が行っています。私にはみんなが良い結果になることを祈ることしかできません。ローカルテレビで、解説と解答をしていましたが、問題のレベルは大したことはないのですが、設問が長文だったり、解答が記述だったりと、大きく傾向が変わっています。上位のレベルの生徒には問題無いと思いますが、中以下の生徒(本当はこの子たちが不安なのです)が、「読み取って、状況が理解できたのか？」「キチンと日本語になった文章が書けたのか？」と不安が一杯です。「何かこんな感じ…」とか「とにかく、こうして計算すれば良いんでしょ」と作業で何とかしてきた生徒たちなので不安・不安・不安(しつこいですか？)です。何とか、明日に引きずらなく、無事クリアして欲しいです。</description>
      <pubDate>Mon, 07 Mar 2016 20:58:07 +0000</pubDate>
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      <title>保護者が悪い？20160221</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-97702/</link>
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      <description>今日は、少し？いえ随分失礼で辛辣なことをつぶやきますので、気分を害される方が多いかも知れません。事前にお知らせしておきますので、そんな予感がする方は、この段階で読むのを止めておいて下さい。また、段々核心に近付くと、もっと気分を害されますので途中でも即刻止めて下さいね。時間経過時間経過時間経過待ちましたよ。宜しいですね。通常の年度保護者面談が殆んど終了しました。勿論、継続してくれる生徒。卒業していく生徒。あと少し受験まで頑張る生徒。色々です。止めるから悪口を言う程落ちぶれてはいません。しかし、私たちは生徒一人一人を真剣に見て、一人一人への対応を変えています。その上、受験や進路についても、可能な限りの情報を集めて、それぞれにベターな指導をしているつもりです。しかし、その生徒へのチョイスとしては無理or不向きな選択をして、平然と「私は子どものことを誰よりも分かっていて、最高の選択をした。塾なんかは金儲けのために嘘しか言わない」と平然とおっしゃる賢くない保護者（学歴や成績を言っているのではありません）がおられます。何を根拠におっしゃるのか…。何年も掛って、少しづつ改善改革してきた私たちより「今の実力は、私と家の子の努力の結果よ」と平然とです。この子には後暫く誰かが寄り添ってやることが必要なのですが・・・。他には、「学校でボロボロなんです」とやって来た生徒に、勉強のやり方と授業の聞き方、復習のやり方を教えて、少しだけ学校の授業が分かり始めた途端に「家の子はレベルの高い競争塾の方が合ってると思います。沢山聞いたら、もっと出来る筈です。ここではライバルが居ないので家の子は伸びません」と短期で引き剥がしをされた方。「うちの子はクラブが一番なんです（本人に聞くとそうでもない）。だからクラブのリズムが確定してから勉強すれば充分間に合います。うちの子はやってくれる筈です。」の方。その思い込みと誰にも相談や確認をせず、全て「私は…私は…」の自信はどこからくるのでしょうか？可愛そうですが、上記３名の生徒は、間違いなくこの「保護者」に潰されるのです。後、ガンガン子どもに説教はするのですが、言いっ放しでチェックをしない保護者。これも『子育てを頑張っているつもり』でしょうが、逆効果にも見えます。色々呟きましたが、一言で言うと「キチンと分かって無い保護者が、自分を過信して、誰にも相談せず、子どもを潰している人が多すぎです」これを言うと「失礼な。お前は何様のつもりだ！」と必ず叱られます。だから最初に断りましたね。勿論、まともな保護者の方が多いのですよ。くれぐれも誤解の無いように・・・。失礼しました。</description>
      <pubDate>Mon, 22 Feb 2016 00:13:28 +0000</pubDate>
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      <title>私たちはただの道具20160214</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-97465/</link>
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      <description>先日来より年度末定例の「保護者面談」を行なっています。そこでは、生徒の現状・改善点・受験の可能性・今後への注意点等をお伝えし、家庭での様子・今後の保護者の考え予定をお伺いしています。今後の予定は、各家庭のご事情や台所事情もあることですから、一概に非難や否定をするつもりはありませんが、家庭での対応に問題があり、私たちが時間を掛けて説得・対応・改善をしてきた生徒で、全生徒の中でも、「この子は後暫く、傍に寄り添って付き合ってやらなければ、元の木阿弥になりそうだ」と思われる生徒の保護者から「〇〇だから、もう良いでしょう。辞めさせます」と言われてしまうと、愕然としてガックリ落胆です。例えばです。黙り込んで反応せず、指示しても、質問しても絶対に行動しなかった生徒。少し口調が強くなるとすぐに泣いて、その授業時間が無駄になっていた生徒。学校でも家庭でも宿題以外の勉強はせず、ひたすら提出物だけに追われていた生徒。受験生になっても、志望レベルと偏差値が８〜１０も離れていた生徒。そんな生徒を、家庭学習後、質問にまで来させて、学力アップさせ、会話がやっと成立し始め、成績も何とか志望校に近付いてき始めた途端、「高校にも予定通り、本人と家庭の努力で入れそうなので、もう塾は必要ありません。辞めます」です。中学で作業すること（授業に出る・ノートを書く・提出物を終わらせる）を勉強だと信じていた生徒。保護者も、そんな生徒を誰よりも「良い子」と認識しており、高校受験にも「地域最安値」を売りにしている集合塾に行かせ、合格判定でＢ〜Ｃが出たので「多分大丈夫」と受験させ合格。「学校の授業が分からない」との本人の申し出により我教室に入塾。「勉強方法の基本」を説明し、家庭学習の方法と量を説明したら、徐々に成績アップ（でも、まだ普通ではない）。すると「ここでは、競争するライバルが居ないので、受験するなら、家の子は〇〇(前出の最安値塾)が合っていると思いますので、３月までにそれを考えます」です。秋までクラブを推奨し、「勉強は後で頑張れば…」と志望校から随分離れた生徒を連れて来られて、本人も私たちも苦労して、何とか届く範囲まで来ました。すると「高校でもクラブが大切なので(本人はそこまで実力があるとは思っていない)、一旦３月で辞めて、高校とクラブの生活が落ち着いたら５月か６月に再入塾します」との答えに、『それでは先生が変更になる可能性がありますよ』と伝えると、「それは困ります」です。どうでしょう？これでも私たちは「偉そう」ですか？やっぱり、勉強を舐めているor私たちを『道具』として扱っているとしか思えないのです。勿論、キチンとした保護者様の方が多数派なのですよ。誤解の無いように…。毎回、同様のネタですみません。</description>
      <pubDate>Sun, 14 Feb 2016 21:26:33 +0000</pubDate>
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      <title>こんな物を食べました20160126</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-96896/</link>
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      <description>昨日、食品店を歩いていて、たまたま見つけたこれを食べました。よく、芸能人がテレビで「辛くてはしゃいでいる」イメージがありましたが、確かに少し辛かったですが、我慢できる範囲でした。子どもの一人は、平気な顔で「美味しい美味しい」と最後まで…」他の子どもたちは「あんた達、味覚がおかしいんじゃない」とか言って、コーヒーをがぶ飲みしてました。私的には、某社の「辛口」の方が辛いと感じました。つまらないネタですみません。</description>
      <pubDate>Tue, 26 Jan 2016 21:45:11 +0000</pubDate>
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      <title>私たちはただの道具？20160121</title>
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      <description>受験が始まっています。続々と志望校の試験に向かい、結果も続々と出ています。今の所、全員受験した学校には合格しています。何ヶ月も「無料」の自習室を使い、「無料」で質問教室で教え、「無料」で結構な量の資料やコピーを生徒の要望によって渡してきました。全ては、生徒の学力向上を考えての事です。なのに、なのにです（またまた愚痴ですみません）「この、無料質問教室を月1000円って言ったらどうする？」と生徒に聞くと、「来ん（来ないの意）」の一言です。「何で質問するのにお金を払うん？」と、塾の存在を全否定する発言まで…。更に、我教室の先生方は特に人間味に溢れている人ばかりで、生徒の受験結果を、「我が子」の事の様に心配して、発表日には何度も何度も私に「まだ連絡はありませんか？」とメールをして来、心配しています。なのに、なのに、なのに、結果連絡をして来る生徒は僅かです。別の日の登塾時に聞くと「えっ？連絡せんといけんの？」と、私たちの存在や心配は眼中に無い様子。「お家の人が、電話しときって言わんかった？」と聞くと、「別に…」とか「塾にはええ（しなくても良い）じゃろ」の答えだったらしいです。たしかに私たちはサービス業です。サービス業とは、金銭対価を頂いて、相応の効用や満足などの役務行為を提供する業務です。されど、無制限かつ無償で全ての要望・要求に応え、便宜を計らうのがサービスとは思いません。最近の「言わなきゃ損。言って叶えば儲けじゃん」や「金払ってるんだから客でしょ。金払ってるんだから客が偉い」の風潮には「うんざり」です。私たちは生徒と一緒に闘っている同士だと思っています。結果を生徒・保護者と一緒に「喜び・悔やみ」たいと日々思っています。特に教育の基礎は「人間作り」です。キチンと、「素直」「正直」「相手の考えを分かる」を身に付けないとダメだと思っています。なのに、家庭で「損・得・楽」の価値観話を最優先にされたら、成績向上も中々・・・です。私たちは「生徒の結果は考えず、ただ勉強を一方的にだけ教えて、集金だけを考えていれば良い」ですか？（まぁ、そんな塾が多いのも事実ですが…）そんな簡単な事で良いのなら、事前にハッキリそう言って下さい。私たちは直ぐに「機械」「道具」になりますから…。そんな事を本当に思っている人が、私の周りに居ると思うと「寂しい」ですね。</description>
      <pubDate>Thu, 21 Jan 2016 16:13:10 +0000</pubDate>
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      <title>「イラっとする」って？20160116</title>
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      <description>近日、中学生から「イラっとする」と言うワードを度々聞きます。良いパターン（イラっに良いも悪いも無いですが…）では、「あれ程頑張って練習問題を解いたのに、何でこの問題は解けんのんよ〜！」でイラっとするそうです。これは許容します。ところが、何度注意しても「はい、はい」と返事だけで、一向に直したり努力する意識は無い生徒が「ま〜〜た言っている。しつこいなぁ。イラっ」とするそうです。また別の生徒は、何度指摘しても、出来なかったり変わらなかったりすることを具体的に指摘すると「もう〜〜！イラつく〜」となるそうです。また他の例では、自分より「下」（と、本人が勝手に決めている）と思っている人や兄弟姉妹が頑張って出来てしまうと、自分は何〜〜〜も努力してないのに「イラっ」とするそうです。「カルシウムが不足している」とか「表現力の不足から全てをイラで表わす」とよく言われますが、私的には「小学校時代にチヤホヤ甘やかされて、王様・女王様気分で、何でも思い通りになるとまだまだ思い込んでいる『赤ちゃん』だと思います。[B]甘えるなぁ！！！[/B]失礼しました。</description>
      <pubDate>Sat, 16 Jan 2016 22:08:56 +0000</pubDate>
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      <title>いつの間にそんな知恵が・・・？20160115</title>
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      <description>日々指導していると、指示を無視したり、注意に返事はするけれど、無かったことにする等、考えられない行動をする小・中学生（高校生もかな？）が多い事に驚き、検証してみました。「勉強とは…」を説明し、できていない生徒に指摘して、改善を求めると、「はい」とは言うけれど、ほぼ改善する意志無し。つまりスルーです。学校の宿題や提出物だけを「済ませただけ」なのに、「私は、キチンと勉強している」とか「私はクラスメートより勉強している」とか、最悪なのは「私はちゃんと“受験勉強”をしている」と決めていて、いくら指摘しても「はい」とは言うけれど、「そんなこと無いもん。今まではこれで褒められてたもん」と思っていてスルー。小学生のように、「目の前のテストを消化するためだけの暗記」を繰り返し、理解もせず、テストが終わると数分後には忘れている勉強を何度注意しても止めない生徒。つまり素直じゃ無いか世間が狭い生徒です。教科書準拠問題集（完全コピー状の学校の問題集）を教科書を何度も捲りながら、何も考えずに用語を探し出して写して終わり。なのに本人は「完璧にできた」と勘違いしている成績下降確約生徒。宿題をやっているが、分かっても無いし、覚えても無いので、一から説明し、説明した用紙も渡し、「今日、家に帰って、確実に覚えて来るんよ」と言うと、「はい」と返事をした生徒に、翌日「覚えた？」と聞くと、「えっ？暗記の宿題は出てませんけど…」とか「えっ？テストするんですか？」と罰が無いと絶対に動かない生徒。何度説明しても、その時は素直に「はい」って言いますが、毎回覚えて来ない。それを指摘すると「超不機嫌な顔」をし、更にダメな部分を指摘して確認すると、黙り込んで返事をしない。後で確認すると「素直に認めると、負けたような気になって嫌だから…」といつまでも小学校最高学年のプライドで生きている生徒。他にもたくさん有りますが、小学校入学以来、これらの方法を教えてくれた人はいないはずです。勿論、知恵が付かないことは困ります。しかし、何故ダメな事ほど知らない内に知恵がつくのでしょうか？「これ位なら許される」「これなら分からない。バレない」「これが一番楽」「そんなに苦労しなくても、私だけが特別責めらることはない」「今までこれで困らなかったので、これからも困ることはない」と自己保身を考えるのは人の性でしょうか？しかし、相手は子どもです。「子どもだから許して…」と仰る方も居られますが「子どもだから今の内に正面から向き合って…」と考える私はおかしいですか？</description>
      <pubDate>Fri, 15 Jan 2016 17:51:54 +0000</pubDate>
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      <title>これが実力差の元かな？20160108</title>
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      <description>我教室も無事冬期講習を終了し、平生（とは言え、受験直前です）の教室に戻りました。すでに受験を終えた中受生。来週から私立高校が始まる高受生。泣いても喚いても、あと１週間となったセンター試験の大受生。生徒それぞれが不安でしょうが、私はもっと不安で一杯です。その中で、中受生は「お子ちゃま」ですし、「怖さを知らない」ので仕方無いですが、高受生の反応が色々です。すでにレベルは届いていて、保護者には伝えてある実力の持ち主が、模擬テストや宿題のプリントの「出来」で少しでも間違えると不安なのでしょう、昨日も「泣いて」いました。別の実力者も不安なのでしょう、プリントや宿題は、必ず一日で解いて持参して、何度も解説を欲しがります。他方、親子で志望校レベルは高いのに、一年前の簡単な教材を未だに繰り返し「眺めて」勉強している気の生徒。夜、学校の宿題をやってるので「勉強している」と思い込んで外出に連れ出す親。目の前の説明には即反応できるのに、１ヶ月もすると、中１レベルのミスをし、指摘すると「今にも死にそうな顔を見せる」が、やっぱり１週間後には同様のミスをする表面良い子。受験直前の未だに「うそ」を言って、その場を逃げて、突っ込んで問い詰めると、ま〜〜〜だ「ママが…、だってママが…、でもママは…、だめならママが何とか…」を思ってる生徒。実力者ほど謙虚で、後1歩、後２歩、後３歩の生徒ほど「私は…、私は…、私は…」です。だから、この実力になったとも言えますが・・・。中１中２生。今から大至急「意識」せよ！何にしても、実力と行動はリンクしてますよね。</description>
      <pubDate>Fri, 08 Jan 2016 15:38:46 +0000</pubDate>
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      <title>今年こそは・・・！20160103</title>
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      <description>あけましておめでとうございます。昨年まで、可笑しな独り善がりや愚痴に沢山お付合い下さいましてありがとうございました。本年も、「変なおじさん」は直りそうもありませんので、もう少しだけ「我慢して」お付合い下さい。お願いします。さて皆様、どんなお正月でしたか？受験生は勿論勉強したでしょうが、その他の方々は暖か長閑なお休みでしたか？私は、個人的な事が「山の様に」多々ありまして、今日まで殆んどお休みらしい事ができませんでした。ですから、「休みの間に片付けよう…」と保留にしてあった作業と品々が「まんま」残っています。明日から冬期講習再開ですので、地獄の数日（で終わるかな？）が待っています。またまた愚痴から始まりましたが、ご容赦下さい。では、平成２８年の始まり始まり〜〜。</description>
      <pubDate>Sun, 03 Jan 2016 22:05:52 +0000</pubDate>
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      <title>今年も今日で終わりです20151231</title>
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      <description>教室では冬期講習期間中ですが、カレンダー的には今年も今日で終わりですね。一年間、つまらない「持論」や「我まま愚痴」にお付合い頂きましてありがとうございました。来る新年も、「独り善がり」を変えず、言いたい放題言わせて頂きますので、飽きずにお付合い下さいね。今は、バタバタと掃除・片付けに追われていますが、明日からの三が日はゆっくりと…………………、出来ないんです、これが。個人的な事ですが、びっしりと予定が詰まっておりまして…。４日からの授業とテストの準備も。あ〜〜〜あ、私は、何時ゆっくりまったりすりゃ良いんだ？最後まで愚痴でした。では、皆様、良いお年をお迎え下さい。</description>
      <pubDate>Thu, 31 Dec 2015 10:22:05 +0000</pubDate>
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      <title>変わった子変わらない子20151225</title>
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      <description>教室は、冬期講習の真最中です。自習室は連日満員です。その中で、以前からの注意を忠実に確実に実行して我慢して、どんどん変わってきて、確実に成績アップして志望校を射程に入れた生徒。「うん、分かってる。頑張ってるよ」と言いながら、昔のまんまの「やってるつもり」「出来てるつもり」「「だって今までは…」「だって母さんが…」と変わらない、やらない、出来ない理由を次々に並べて徐々に射程から離れている生徒。「これ位ならバレない」とか「ちょっと位なら良いだろう」とか「え〜、まだやるの〜？」と言ってたのに、泣かしながら懇々と説諭したら、何故か想いがあったのか突然素直になった子。生徒や家庭には色々ありますので、すべてが思い通りにはなりませんが、理想の結果を出してもらうまで、「しつこく」「やかましく」頑張って言い続けようと心に決めた今日この頃です。</description>
      <pubDate>Fri, 25 Dec 2015 22:15:05 +0000</pubDate>
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      <title>とにかく「終わらせる」子20151213</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-95787/</link>
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      <description>最近の指導の中で一番厄介なのが、「とにかく、終わらせる子が多い」ということです。宿題でもプリントでも復習でも間違い直しでも…。勿論、終わらないよりは終わった方が良いのですが、「終わらせた」ことが「錦の御旗」になっているのです。家庭でも「宿題終わったの〜？」⇒「うん。[B]終わった[/B]よ」の会話が普通だそうです。学校でテスト後に直しの解説があっても、赤ペンで正答を書き込んで、全部埋まったから、全部正解が書けたから「私はちゃんとやった」「次はできる[B]はず[/B]」で終わらせるそうです。最悪なのは「この単語を覚えておいで」に対して、「２〜３度読んで終わり」です。覚えてないことを指摘すると「私は絶対やった。キチンとやった。今、できないだけ」と堂々と口ごたえをします。生徒に色々と聞いてみると、幼稚園時代から中学まで「結果より頑張る姿が美しい」「〇〇ちゃんができないのは先生の教え方が悪い」と”きれい事”の中で守られてきたので、それでも許されると「目先を口ごたえで誤魔化して終わらせるのが勉強」と認識してしまって日々を送っているようです。そして安心している保護者に受験という現実が、子どもを評価してくれて「愕然」なのです。ご存知とは思いますが、勉強は「終わらせるもの」ではありません。二度と「終わった〜？」と聞かないで下さい。そして、確認をしない保護者が多いのも事実です。それを言うと「だって私たちは内容は分からないもの・・・」と言われる方もやられます。別に「採点をして」とは言ってません。本当に「考えた」「覚えた」「自力でやってみた」形跡があるかどうかを確認して下さい。その後は私たちの仕事です。</description>
      <pubDate>Sun, 13 Dec 2015 18:45:19 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>使える子or使えない子20151213</title>
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      <description>ある会社の採用担当者から話を聞くチャンスがありました。応募者の中には次のタイプがあるそうです。学歴が高くて”使える”タイプ。学歴が高くて”使えない”タイプ。学歴が低くて”使える”タイプ。学歴が低くて”使えない”タイプ。勿論、誰でものタイプを欲しがりますし、重宝します。次に要望が高いのはだそうです。仕事に直接学歴は関係ないので、やっぱり”使える”事が重要です。次はだそうです。性格と使い方を工夫すれば、大きな戦力になる可能性を秘めています。皆が欲しがらないのはのタイプです。初めは学歴に騙されて採用してしまいますが、「自分を過信」してしまっている人が多く、多くの場合「親ｏｒ塾ｏｒ学校」に全てお膳立てをして貰った「お客様」状態しかやったことが無いので、経験や考える事ができないのに「プライド」だけは人一倍強いので、「あいつ何にもできないのに聞かないし、上からだなぁ」と周りから浮いてしまうそうです。往々にして「全て親が庇って、学校にも親がクレームを言いに行く」様にしてきたのでその通りかもしれません。今、流行の「一芸に秀でる」子を求めて、クラブや習い事を優先にする保護者が増えていますが、「人間力を付ける」事の方が大切だと思いますけどね。世界的に活躍しているスポーツ・芸術家は殆んど人間力も備わっていますもんね。備わっているから、世界で通用したのかもしれませんね。とにかく「使える子」になるための子育てを意識しましょう。</description>
      <pubDate>Sun, 13 Dec 2015 18:41:18 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>言葉の認識違い？20151208</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-95618/</link>
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      <description>最近の会話で気になったことを少々。「自分のプライドを捨てたら終わりよね」とか言いながら、遣りたい放題、我まま放題の方。「自分の人生だから、我慢するより楽しく過ごさなきゃね」とか言いながら、先の事より目先の快楽だけを求める方。完全に勘違いされてますよね。プライドは、自分の意志と存在の証明です。とても大切です。しかし、傍若無人な行動や言動を後押ししているのは、つまらない「気位」です。「持ってもいない品位を、さも作り上げて見栄で見せているだけのもの」です。一方「楽しく」って言われますが、一流のアスリートが辛い・しんどい大会を「楽しんで…」と仰るように、苦労も辛いのも含めて、自分の最高の行動を「楽しい」と言います。先のことを何も考えずに「苦労せずに思い通り」に過ごすのは「楽観的」と言うのです。「今が楽しければ…」と言う輩の「楽しい」は「楽観的」にも入りませんけどね。</description>
      <pubDate>Tue, 08 Dec 2015 00:56:18 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>えっ？この生徒は確か中３生！20151207</title>
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      <description>教室では現在、冬期講習に向けて、家庭の旅行の予定などの「登塾不可能日」を確認する期間中です。間違いなく「登塾不可能日」の確認期間です。間違っても「お好み時間」や「ご要望時間」を聞く期間ではありません。しかし、生徒が持参した返事を見ると「19時50分からの授業」が全部不可能になっている生徒がいます。毎年１〜２名は居るのですが、小学４〜５年の生徒なら「そうだろうな」と納得します。しかし、殆んどが中３生の受験生です。生徒に確認すると「母さんが遅いから止めとき」と言って書いたそうです。真っ暗い中を長時間帰る生徒なら分かりますが、教室から自転車で３分から５分の生徒です。そう言えば、以前お母様と話した時、生徒に「〇〇ちゃんは□曜日は△△するでしょ」とか「〇〇ちゃんは△△は嫌よね」「もしかして△△日は突然父さんが外食に…」とか言って、全〜〜〜部、お母様の思い込みと好みで決定されていました。過去の経験では、いつまでも１０歳レベルの子ども扱いを好まれるお母様の下で慣れてしまった生徒は、自立や自己責任の気持ちが育っていないので、成績も上がり難いです。なのに「そのタイプのお母様」は、「塾に行かしてるんだから、成績は…」とか「塾はお金を取ることばかり言うので、信用できない」とか「やっぱり私が子どもの代わりに言わないと…」とかおっしゃって、信頼関係にならず、私たちをツールとして扱われます。当然生徒も、その指示に倣いますのでどうしても自分を過信します。全部を自分の手の平の中で動かさないと満足されないお母様の下の生徒は、色々な場面で「中３生？」と疑うことが発生します。</description>
      <pubDate>Tue, 08 Dec 2015 00:38:57 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>えっ？この時期に？20151127</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-95293/</link>
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      <description>11月の初頭に小・中生が受けた模擬試験の結果が返ってきました。春や夏から、素直にコツコツ頑張って来た生徒は、予想通り成績アップしました。言っても言っても何度泣かしても、未だに「何とかなる…」「最後にはママか先生が何とかしてくれる」「だって、それはまだ…」「だって、そんな問題は学校では…」「怒られるから、やってるフリを…」の生徒は、春から順調に（？）下降線です。頑張っているけれど、直ぐに「分かったつもり」で放っておく癖と、自宅での復習と語彙・用語の確認をしない生徒は、当たり外れで大きく上下動。「聞いただけが勉強ではないよ」「読んだから分かった。だから使えるとは思わないでね」と何度注意しても、本人もお母様も「私（家の子）は頑張ってる」と姿勢を変えない生徒は、お察しの通り。「だってぇ…」「何かイラ付く」「急にヤル気がなくなって…」「気分が乗らんかったから…」と時間を最大限に無駄にするけど志望が高い生徒もお察しの通り。どちらかと言うと、受験生ほどの悪態が気になり（ぶっちゃけ腹立つ）ます。１〜１．５ヶ月後には最終志望校決定をしなければならないこの時期に「何で？」と思ってしまう結果です。「受験生！もっと素直になれ！そろそろ自覚しろ！そうじゃない生徒！来年以降に困らないように、今からコツコツ頑張れよ！」の心理・感想です。ごめんなさい。またまた愚痴ってしまいました。</description>
      <pubDate>Fri, 27 Nov 2015 00:38:43 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>これ位ならバレない、何とかなる・・・20151124</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-95194/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-95194/</guid>
      <description>何度注意しても、その場では笑顔で「はい」と返事はするが、一歩教室を出ると、全て「無かったこと」にする生徒。いくら「出来てないよ」「それではダメだよ」と言っても、その場では笑顔で「はい」と返事はするが、一歩教室を出ると、全て「無かったこと」にする生徒。「それでは次の〇〇テストでは成績が下がるよ」「それでは、段々成績が下がって、受験では手も足も出なくなるよ」と言っても、その場では笑顔で「はい」と返事はするが、一歩教室を出ると、全て「無かったこと」にする生徒。「ただ黙って塾に来ているだけでは成績は上がらないよ」「塾の先生や親が何とかしてくれることは無いよ」「今までの意識や行動を変えないと、今までと同じ結果だよ」「だって学校では〜〜…が正しいのなら、学校の生徒全員が成績優秀者でしょ」と言っても、その場では笑顔で「はい」と返事はするが、一歩教室を出ると、全て「無かったこと」にする生徒。「いつか痛い目に遭えば分かるでしょ」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、遭った時では遅いですし、遭っても感じ取れなかったら最悪ですよね。物心ついた時から「体罰禁止」とか「子どもの人権」とか「子どもの気持ちを…」と、一見「正論」に聞こえる「きれい事」で守られて来た結果、どんなに無茶な無視をしても「決して大人からは攻撃してこない」とか「最後には大人が何とかしてくれる」とか「楽が一番。面倒臭いのは嫌」の意識が完成してしまいました。つまり中学３年になっても意識は小学生レベルなのです。では、生徒のご要望にお応えして「塾でも放っておきましょうか？」それとも将来の為にも「塾だけは攻撃して痛い目に遭わせましょうか？」但し、「今度こそ素直に聞いて我慢してくれる」ってことが前提ですけどね！</description>
      <pubDate>Tue, 24 Nov 2015 14:46:14 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>「厳しすぎる」って？20151119</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-95076/</link>
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      <description>昨日、ある中２の生徒と話していた時の一コマです。私「あなたも頑張って成績が上がってきたし、他に同級生も一緒に来れば一緒に頑張れるのにね」生徒「うん。私も何人かに声を掛けたら、『〇〇ちゃんの塾って厳しすぎるって言ってた』って返事です」私「え〜？厳しすぎる？」生徒「別に〜！」私「他所の厳しくない塾ってどうしてるの？」生徒「え〜っと、〇〇塾は宿題して行かなくても、始めに答えを渡されて自分で答え合わせをするから分からないし、△△塾は後の席に居れば何をしていても怒られないし、□□塾は『次は頑張ろうね』で終わりだし〜、◎◎塾は一人でプリントか画面に向かっていればやってることになるしぃ、・・・」私「ちょっ、ちょっと待って！そんなんで良いの？それが優しい塾？だからここは厳しい塾？そんなに厳しすぎるのなら、あなたも止める？」生徒「止めません（キッパリ）」さて、いかがでしょう？これには続きがあって、お母様が塾で説明を受けると、「家の子はそんなに酷くない。家の子はやって[B]くれる[/B]はず。家の〇〇ちゃんには『優しい先生』を・・・」と、少しでも厳しいことを口にすると、二度とお越しになられないそうです。逆に生徒が決める時には、いかに自分が[B]楽[/B]かを第一に考え、お母様の承認は「まぁ、通うのは本人だから、本人の気に入った所が一番よ！」だそうです。厳しくして、必ず結果を出すように頑張っても経営的に苦しい塾。優しくて、安くて、結果は小数の時の運の人気塾。時代が今求めているのは後者なんですかね？私たちは時代錯誤なのか？変わり者（非常識）なのか？でも私には、そんな適当をやって金儲けをする心にはなれません。大勢の現代の皆さん、偏屈でごめんなさい（涙）</description>
      <pubDate>Thu, 19 Nov 2015 20:43:51 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>チョコチョコっと・・・20151117</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-95029/</link>
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      <description>久しぶりに聞きました。「先生、チョコチョコっと教えてやって下さい」を。先日、来られたお母様とお話ししていると、母「家の子、〇〇ができないんです。よく分かって無いんだと思います」私「じゃあ、〇〇を基礎から完全にしておかないと、受験で困りますね」母「ですけど、受験では△△が必要なので、△△もお願いしたいのです」私「でも、〇〇が出来ないと△△をやっても上達しませんよ」ここで登場母「ですから、〇〇をチョコチョコっと教えて貰ったら△△に変えて下さい」私「変えることは可能ですが、そんなに短時間でできますかね（と、生徒の顔を見ると、首を横に振っている）」母「多分大丈夫です。〇〇はチョコチョコで△△をお願いします」どう感じられますか？勉強は遊びとは違います。チョコチョコっとやって出来るのなら、誰も何年も我慢してやりません。その上、本人が「無理」と意思表示しているのに、「大丈夫です」とは、どういう意味でしょうか？そのお母様はチョコチョコっと勉強して、好成績と高学歴を手にされたのでしょうか？羨ましい限りです。私たちのやってる事って、そんなに簡単にチョコチョコっとできる事に見えたり思われたりしているのでしょうか？反省しなきゃ！</description>
      <pubDate>Tue, 17 Nov 2015 23:03:39 +0000</pubDate>
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      <title>家の子はそんなにヒドく無い20151104</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-94620/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-94620/</guid>
      <description>この時期になって急に「中学受験をさせたいのですが…」とか「中３ですが、今までクラブだけを頑張ってきました。学校では平均より少し上なので〇〇高校へ行かせたいんですが…」と学校の成績だけで我が子の実力を判断されます。公立の小・中学校の実態とレベルをお伝えして、そのお子さんの実力を説明すると、必ず（８０％位かな？）「そんなことは無いです。うちの子はそんなにヒドく無いです。とにかく教えてみて下さい。できる筈ですから…」と。で、結果は、頑張って予想より少し上が若干。予想通りが大半です。ギリギリまで他人の意見を聞かずに、自分の思い込みだけでこられたのだから当然と言っては失礼ですが、予想通りです。「ヒドイ」は、現在の公立小・中学校の勉強のレベルを盲信しておられるから出てきた言葉だと思います。私たちもその生徒の人間性をも否定している訳ではありません。では平均の位置に居る生徒の将来は悲惨で人生も終わったとかダメとか言っているのではありません。要望願望（要求かな？）と現実の実力との差をハッキリと申し上げたいだけです。はっきり言います。現在の公立小・中学校の平均の実力で地域１〜２の学校への合格はかなりの確率で無理です。少しでも早めに現実を理解することと、対処策をご相談下さい。勿論、私たちの意見を聞く耳も持って下さいね。</description>
      <pubDate>Wed, 04 Nov 2015 18:21:28 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>久々の休日20151030</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-94463/</link>
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      <description>教室のルール上、月末の調整日があり、行事が本当に何も無く休めるのが10月の末だけなのです。その休みがやって来ました。久しぶりの平日の休日です。私は早朝から出雲大社にお参りに行き、日御碕神社にお参りに行き、最上稲荷でお払いをして頂き、帰着後は久しぶりの大量飲酒で過ごしました。自習に来たかった生徒には申し訳無いですが、普段と違う平日を過ごせて楽しかったです。しかしなんですねぇ、やはり有名どころは、平日でも人でいっぱいなんですねぇ。今日と明日も理論上は休みなんですが、今日は溜まっている雑務を消化し、明日は熱心な生徒のために開けます。以上、皆様は全く興味が無いでしょう私の報告でした。</description>
      <pubDate>Fri, 30 Oct 2015 10:35:14 +0000</pubDate>
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      <title>またまた泣かしてしまった20151030</title>
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      <description>一昨日、久しぶりに、またまた女生徒を２人泣かしてしまいました。原因は、学校の授業を聞く態度と意識です。教室では、自習・質問室（そんな大そうなものではありませんが…）を設けて、毎日小・中学生の質問に応えています。そこに、中３の受験生が毎日のように通って来ています。その中の２人が連日の様に「ここが分かりません」「これって何ですか？」と現在学校でやっている単元を聞くのです。質問に来ることも聞くことも褒めてやることなのですが、「何で今日習ったばかりの事を１〜１０まで聞くの？」と確認してみると、「授業中に他のことをしていて聞いていない」とか「難解な用語が出たので、嫌になってそこから聞くのを止めた」とか「後で塾で聞けば良いやと思って、適当に聞いた」と言うではありませんか。そこでブッチ〜ンです。受験生は過去の忘れている出来ないことを修正復活させるのが仕事です。「今の学校の内容くらい今聞け」がいつもの指示です。ですが、「毎日塾に行っている。私は良い子」を母親にアピールしたくて、手段が目的になった典型です。理詰めで叱ったら泣いてしまいました。少し反省です。しかし、先日来言っているように、意識が幼くなっていることは事実のようです。</description>
      <pubDate>Fri, 30 Oct 2015 10:25:57 +0000</pubDate>
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      <title>幼い小・中生の原因？20151016</title>
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      <description>今回は少し辛辣なことを書きますので、「子育ては、手を掛けてやった量が愛情の量」とか「私のやり方は間違って無いので、家の子がそんな筈は無い」等の考えをお持ちのお母様は、気分を害されますので読まれない方が良いかと・・・。と、事前に予告しましたので、遠慮無く書かせて頂きます。近年の小５〜中３の生徒が、「何故か極端に幼いなぁ」と感じて、何人かの教育関係者に聞いてみますと、やはり同様のことを感じておられました。原因を色々探ってみますと、一つの傾向が見えてきました。「大切なこども」「子どものために…」「家の子にはまだ…」「家の子にかぎって…」と子どもを愛しているからこそ出てくる言葉が、実は、自分の評価を下げないための防衛手段となって、子どもの年齢相応の成長を邪魔している様にみえてきました。昔は「何が普通か」「どれ位で歳相応か」を近所や祖父母の意見から皆が認識していました。ところが近年は、「個性」とか「家の子は大器晩成」とかのお母様の「思い込み」や「自己満足」の言葉で、冷静な早めの修正をできなくしている気がします。勿論、発達障害等の生徒を早めに見つけてフォローできる態勢になった事は大変な評価ですが、それ以外の生徒まで必要以上に甘やかす事態になってしまっているのです。確かに小学校の「何でも許す」「何でも褒める」体制が原因だとおっしゃる方もありますが、その小学校が別の方法をとったら「異常なクレーム（ある意味言い掛かり）」をつけて、小学校に身動きを取らさない様にしたのもそんな思い込みお母様です。そんなお母様の顔色だけ見ていれば、そんなお母様が怒らなければ、そんなお母様が「良い子ね」と言ってくれさえすれば、陰でどんな無茶や他人に迷惑や信用を失くすことをしていても、「家の子は良い子」に守られて成長を止めて、何でも他人のせいにして楽している生徒たちがいるのです。そんな子が苦労して「チャレンジ」や「競争」をして、歳相応を求めると思いますか？何でも何割かはスルーする。何でも自分の損得で判断する。我慢が出来なくなると「作り話」でも母親に言いつける。すると「立場」や「金の力」を知っている母親が更にクレームを…。勿論、正当な話し合いや要望は必要です。しかし、「私は正しい」「私はできている」「私は知っている」「私は分かっている」「私は間違っていない」と、誰に確認したの？誰が言ってくれたの？と逆質問したくなる根拠で来られては、学校も塾もパワハラ以外には受け取れません。何が普通か。今、何が必要か。現在の学校の実態は…。今後の進路に必要なことは…。等。私たちはこれらを調べるのが仕事です。その私たちを言い負かして勝ちたいのは誰のためですか？大変、偏見に満ちた文章ですみません。気分を害された方「ごめんなさい」。目を背けて、「私たちは教えた」「教えたけど出来ないのはこの子」で大量の生徒を集めて利益を優先する大手塾や学校。私は、それでは「忍びない」です。この問題は、今皆で考えるべきですよね。これが「お前は独り善がりだ」と言われる所以ですかね？</description>
      <pubDate>Fri, 16 Oct 2015 16:24:45 +0000</pubDate>
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      <title>自習室使用状況20151013</title>
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      <description>最近、自習室に自習に来る生徒が激増しています。大変喜ばしいことで、嬉しいことです。と手放しで言いたい所ですが、そうはいかないことが見えてきました。本当に、上手に利用している生徒は置いて於いて、そうじゃない生徒のことを少しだけお話しします。塾の宿題を３〜４日後に持参して、全部の式と答えを欲しがる生徒。来ないと、お母さんにブツブツ言われるから、形だけ来て、時計を気にしながら短時間で帰る生徒。受験生なのに、今学校でやっている単元のプリントや学校のワークを持参して、今日の内容が分からないと、毎日のように聞く生徒（一見真面目そうに感じますよね）。学校のプリントを終わらせるためだけに来て、尚且つ分からないので黙ってじ〜〜っと座って、黙って帰って行く生徒。その上、家で受験勉強はしていなくて、でもゴール（ご褒美）は皆より高いものを求める生徒。黙ってやっているし、質問もしないので、不審に思って覗いてみると、半分以上間違っているのに、指摘すると「ブツブツ」言う生徒。何なんでしょうね？勉強って何でしょう？私たちって、そんなに変人で変なことを言ってますか？</description>
      <pubDate>Tue, 13 Oct 2015 16:27:25 +0000</pubDate>
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      <title>お蔭様で見えました20150930</title>
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      <description>スーパームーンが見えなかったと愚痴っていましたが、やはり私の「徳の無さ」だったようです。生徒に聞いたら、私が見た２時間前は見えていたそうです。私が見た時間だけがダメだったようで・・・涙余程人間性が悪いようです。ただ、昨夜はスーパームーン２が見えました。期待が大きくなりすぎていたので、感動は小さかったです。すみません。報告でした。</description>
      <pubDate>Wed, 30 Sep 2015 21:46:37 +0000</pubDate>
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      <title>学校説明会20150929</title>
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      <description>中学・高校の学校＆入試説明会に参加しています。殆んど終わって、あと２校くらいです。毎年感じることですが、我が教室のような小さな所でも、忘れず連絡頂けて、丁寧な対応に丁寧なお応え。学校の内部や授業風景、雰囲気までも見せて頂いて、教室での指導に大変役立っていますし、助かっています。その上、お土産まで下さる学校もあります。そこまで求める方がいらっしゃるからでしょうが、ここまで丁寧な対応をして頂いて、その上・・・なんて失礼にも程があります。そんな気遣いは無くして、もっと気軽に聞かせて頂けたらと思います。毎年同じことを感じていますが、本当に「感謝」です。各学校の担当の方々、有難うございます。</description>
      <pubDate>Tue, 29 Sep 2015 16:24:49 +0000</pubDate>
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      <title>チュウチュウもスーパーも・・・20150928</title>
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      <description>昨日はチュウチュウのメイゲツ(と、生徒の誰かが言ってました)と今日はスーパームーンだそうです。私は、どちらも綺麗には見れませんでした。昨日は、雲に覆われ、殆んど位置確認くらい。今日は、雲の切れ間から「時々」顔を出すぐらいです。このまま見ていれば何時かは見れるのでしょうが、ボチボチ就寝前のルーチンに入ります。</description>
      <pubDate>Tue, 29 Sep 2015 00:00:53 +0000</pubDate>
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      <title>何で、この時期に？20150926</title>
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      <description>先日来より「？？？」となる事象が続いています。勿論、真面目に頑張ったり、素直に指示に従っている生徒が居る前提で次の話を聞いて下さい。クラブを引退し、長い夏休みを満喫した受験生がやっと重い腰を上げて９月の下旬に入塾申し込みに来たのに、「９／２０〜９／２３は来れない」との申し出。理由を確認すると、クラブを頑張って、文化祭も頑張ったので「ご褒美」に映画や友人との娯楽三昧を希望し、保護者も賛成したとのこと。指示したことを「形だけ」やって見せて、「絶対、これだけは覚えること」と指示したこともせず、何となく良い子で座っていて「何かを嘘でも…」書いて「僕は頑張っている」と幼稚園状態の生徒。「受験勉強での疑問点をいつでも質問できるように…」と自習室をいつもより長く開放しているのに、週に１〜２回だけ短時間利用して、学校の今日の授業内容を質問し、週末や祝日は、塾に近付きもしない受験生(しかし志望校は親も本人も無理な位高い)。プライドと要望は異常に高いのに、何もせず時間だけ経過すれば「これで許される」「私は頑張った」「ダメなら最後には先生かママが何とかしてくれる」と明言する受験生。偏差値40位しか無いのに、「我が子を異常に過信している保護者」と「その親の言葉を鵜呑みにして自分を異常に過信して指示を軽く笑って誤魔化す」生徒。偏差40位なのに「小学校で８０点とっているので家の子は優秀」と偏差68の学校を求めて、未だに過保護な行動をとる母親。偏差40位なのに「学校では優秀な方」「お姉ちゃんと同じ育て方をしたので、この子もちょっと教えたらできる筈」と言いながら放任の母親。[B]今年は、どうなっているんだぁ！[/B]我が教室だけなのか？たまたま何かのタイミング？世の中がこの状態を普通と認めているの？私の認識・考えが異常なの？誰か教えてくださ〜〜い。お願いします。</description>
      <pubDate>Tue, 29 Sep 2015 00:02:23 +0000</pubDate>
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      <title>一喜一憂かな?20150920</title>
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      <description>昨日、８月末に受けた模擬試験の結果データが返ってきました。一喜一憂状態です。夏休みにあれだけ頑張ったのに下がった生徒。本人も先生もガックリです。あんなにきつく叱っても遣らなかった科目が上がった生徒。本人は鼻高々です。先生は、今後の対応に頭を抱えています。「まだまだ頑張らないと・・・」と頑張っていた生徒がＡ判定になっていました。生徒の笑顔がきれいでした。この時期に全ての判断はできませんが、生徒・先生共に、今後の行動指針になることは間違いありません。いくら注意しても「舐めて無視（スルー）」してきた生徒。やっぱり下がったでしょ？今日から「素直」に「我慢」をしてくださいね。</description>
      <pubDate>Sun, 20 Sep 2015 13:56:41 +0000</pubDate>
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      <title>今年は何なんだ?!20150908</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-92884/</link>
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      <description>夏期講習も終わり、「ほっ」としながら後半戦や受験に向けての詳細作戦を考えているところですが、「今年の生徒は、何か違う(地域性ですか?一時的ですか?)」と感じていました。異常に幼い中学１年生。上辺の良い子風作業だけで本心から従っていなく、何かあると「(クソ)文句」を言ってくる中学２年生。今まで平気で「嘘」を言い続けて、ま〜だ夏休みの宿題が終わっていない中学３年生。「だってぇ、今まではこれでも何とかなったしぃ、最後にはママが何とかしてくれる筈だしぃ」と言ってる中学３年生(そのお母様とお話しすると、やはり「だって家の子〇〇は苦手だしぃ、適当に終わらせて早く寝かさないと、次の日学校で疲れるしぃ」とおっしゃっていました)。「苦手な科目の問題を解いて、覚えていない単語や用語を覚えろ」と指示しているのに、未だに好きな科目・単元をやり、現在学校でやっていることばかり質問してきて、「私は頑張っているのに、成績が上がらない」と私たちを斜に見る中学３年生。無理に無理してワンランク上の高校に入ったら、今までの数分の一しか勉強しなくなったり、「今まではこれでキチンと実績が出せた」と頑なに勉強方法を変えずに成績下降している高校１年生。これまでは、何度か注意して(きつく叱ることもあります)、２〜３度具体的数字と指摘で話し合うと変わってくれていたのですが、今年は何故か中々……キツイです。小学校から公立中学校での「形だけ…、その場だけ…、決して責めない、煽てる、結果より頑張る姿が美しい」に慣らされ過ぎて、その場を「口ごたえ」か「スルー」で通り過ぎる輩が確立してしまったのでしょうか?今年だけの傾向で終わってくれる(っていうことは今年の生徒が全員止めるの?それはこまります)ことを信じて、今日からまた、生徒と格闘します。</description>
      <pubDate>Tue, 08 Sep 2015 17:12:39 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、大人しい子20150829</title>
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      <description>もうすぐ、夏休みが終わります(学校によっては終わっている所もあります)私たちも「ほっ」とすること半分、「焦ってイラッ」とすること半分です。今日、教室では「模擬テスト」を実施しています。そこで、標題の「大人しい」を感じました。保護者の方が来られて、生徒の説明をされる時に、よく使われるのが標記の「大人しい」です。「口数が少なく」「反発しない」「素直な」子。という意味で使われる事が多いです。確かにその通りの子も少しは居ます。しかし、最近の「大人しい子」は語彙力・日本語力が無いので、表現できない子。(だから勿論読み取れない・聞き取れない子です)。考えるのが面倒だから、放っておけば母さん(先生の場合もあり)が全部言ってくれると思っている子。時間が無いことを理由に、親や先生が、しつこく問い質さないのを知ってる子。「邪魔臭いなぁ。無視無視!」で意図的に喋らず、良い子を装ってる子。が多いと感じています。今まで「大人しい子」を自慢に思っておられた保護者の方。一度内容を確認してみて下さいね。そしてびっくりして下さいね。</description>
      <pubDate>Sat, 29 Aug 2015 13:49:02 +0000</pubDate>
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      <title>先日の顛末20150823</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-92402/</link>
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      <description>先日、不振な電話があったことをお伝えしましたよね。普通のクレームなら「反省」して「改善」を志向するのですが、今回のは、明らかに「嫌がらせ」か「鬱憤晴らし」だったので、先生・生徒のネットワーク(怖いですね)を駆使して考えられる可能性を手繰ってみました。ほぼ一人に絞りました。皆に注目して欲しいので「作り話やデフォルメ話」を学校でしたり、叱られるのが嫌で「自分のした事や自分の失敗を棚に上げて、塾の無謀な要求」のように保護者に伝え、しかもそれを後に確認すると「覚えて無い」と言った生徒でした。上記行動を、注意しても何度も何度も繰り返す上、宿題忘れ、単語を覚えない、提出物は持って来ない、先生の話は聞いていないのに他のブースの遣り取りに介入する等が多発するので、お母様に「発達障害」を確認しましたが「無い」とのお言葉でしたので、他の生徒への迷惑や教室の無実の悪評になりますので退塾頂きました。その生徒のおばぁちゃんが、事情をご存知無いまま、またまた生徒の作り話を丸々信じて「不審電話」となったと考える結論になりました。さ〜て、原因は誰でしょう？私だと思われましたら、資料請求画面からお叱りのメールを頂けますか。宜しくお願いします。最後に、個人を名指ししたり攻撃したりすることを目的に掲載していない事はご理解下さいね。</description>
      <pubDate>Sun, 23 Aug 2015 22:55:21 +0000</pubDate>
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      <title>あぁ、結局そうなるんだ・・・20150823</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-92401/</link>
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      <description>昨日、教室のある地域の夏祭り(その年最後の夏祭りと言われてます)がありました。元々、地域の子供会とかPTAが屋台を出し、地域の人たちが舞台で歌って、皆で盆踊り……の筈でした。ところが、段々集客数が増え、今では１万人を越える「地域のビッグイベント」です。中学生や高校生たちも「もう、卒業したよ〜」とか「興味無い」とか言ってました。ところが、受験生で自習に来ていて、「行かない」と言ってた生徒までが「ちょっと知り合いの舞台を見たら帰って来るから…」と出かけて、１．５時間後「皆と会って待ち合わせしてたら、ごはん食べよってなったから帰ります」だそうです。折角、やる気になって「今年は我慢」って言ってた生徒が、勉強しない生徒に引っ張られて弾けて元の木阿弥です。言い訳ばっかりして、勉強しない生徒に優しい社会ってどうなんでしょうね。</description>
      <pubDate>Sun, 23 Aug 2015 22:58:02 +0000</pubDate>
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      <title>クレームの今昔20150812</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-92120/</link>
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      <description>夏期講習中でなかなか更新できなくてごめんなさい。前回の突然の不信な電話の関連の話しです。昔のクレームには愛があり、商品と会社に良くなって欲しい為の「お叱り・激励」の感じであり、お金を出してでも頂きたい有り難いお言葉でした。勿論、クレームを言う方も続けてその商品を利用していました。しかし、近日のクレームは、相手が決して反撃して来ないのを利用して（小学生か？！）個人の「鬱憤晴らし」や「八つ当たり」に利用されているそうです。テレビで上手い名づけを言っていました。「世直し水戸黄門型」と「ちびまるこちゃん友蔵型」だそうです。友蔵型は、家族・身内の言い分を少しの疑いも持たず、完全完璧に信じきり、いかに無理無茶非常識でも叶えてやる為に突進するタイプです。「家の子、何にもして無いのに先生に叱られたといっています。どうなっているのですか？」のタイプですねぇ。水戸黄門型は、一定以上の地位・財産・名誉を手に入れた方が、自分の立ち位置を誤解・過信して「私は全て正しい。私は何でも知っている。私に逆らう輩など居ない。これは問題だ。私が正してやらないと･･･」と突然一方的に言って、突然帰ってしまう」タイプです。私、個人的にはもうひとつあると思います。「弱い者苛め型」です。ファミレスやコンビニのアルバイト・パートさんを怒鳴りつけている人を見かけます。「客だから当然だ」と仰る方もいらっしゃいますが、そんなに完璧な接客をお求めなら、それなりの料金のお店に行かれたら？と思います。相手が必ず「申し訳ございません」と言うのを知って、敢えて言ってますよね。日常の自分の我慢を「ここぞとばかり」客になった時に吐き出してますよね。いずれにしても「言わなきゃ損。言って叶えば得」的な、「権利意識」が大嫌いです。</description>
      <pubDate>Wed, 12 Aug 2015 10:03:29 +0000</pubDate>
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      <title>突然の不審な・・・20150801</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-91804/</link>
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      <description>昨日、授業中に電話があり、私が出たのですが、理解不能な内容でした。クレームのようでもあり、嫌がらせのようでもあり、事実無根な作り話を続けられ、一方的に怒って電話を切られました。事実なら反省と修正をしなければならないですし、お名前をお聞きすると「言う訳ないでしょ!」でバッサリでした。今までもクレーム＆ご要望＆ご意見は何件か頂戴しましたが、お相手がハッキリしているので、思い当たる点もあり、修正や反省がし易く、今日まで何とか皆様に「見捨てられず」に生き延びてまいりました。しかし、今回は匿名ですし、事実無根の内容ばかりでしたので、何とも対処のしようがありません。無意識に間違った行動をしていてもダメなので、参考までに何人かの先生と生徒に「塾長は〇〇なことをやったり、△△なことを言ったことはある?」と確認しました。みんな怪訝そうな顔で「別に…」でした。クレームやご意見は素直にお聞きして、こちらに落ち度や配慮不足があれば修正します。しかし、今回は・・・「？？？？？」です。しかし、何人かの生徒の話から薄々は・・・・・・。生徒同士って、知らない振りをしていますが、結構色々知っているんですね。</description>
      <pubDate>Sat, 01 Aug 2015 14:57:00 +0000</pubDate>
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      <title>土用の丑の日ですが・・・20150724</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-91569/</link>
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      <description>今日は土用の丑の日(一の丑らしいですが)なので、世間では「何が何でも鰻を食べる」らしいですが・・・。我が教室では、１０円程度の「蒲焼さん」というお菓子を毎年生徒・先生の全員に配っています。誤魔化しの子供だましだと思われるでしょうが、これが好評で先生と高校生に受けています。節分に「豆」を配ったり、秋には「畑の収穫品」を配ったりと、「日本の季節」や「日本の文化」を再認識して欲しくて「しょうも無い」と言われながらも自分の我が侭を通させてもらってます。勉強だけできて「ツマラナイ人間」になるよりか、人間力の溢れた人間になって欲しいと思います(そんな大そうな事では無いですが…)。多分、私が好きなのでしょう。</description>
      <pubDate>Sat, 01 Aug 2015 14:54:38 +0000</pubDate>
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      <title>台風一過に20150717</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-91355/</link>
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      <description>台風１１号が通過していきました。皆様、大丈夫でしたか?被害に遭われた方々、お見舞い申し上げます。教室のある福山(北部)地域は、進路ど真ん中にも拘わらず、意外と雨も風もそんなに酷くなく、大した被害の話も聞こえてこないです。まぁ、ニュースであれ程「大変大変」って言ってましたから、さすがの私も一応対策はしましたけどね。何にしても無事が一番。生徒たちは「夏休みが一日増えた〜」等と呑気なことを言っていますが、私は「受験への最後のチャンス」夏期講習を頑張ります。</description>
      <pubDate>Fri, 17 Jul 2015 15:43:38 +0000</pubDate>
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      <title>変なオッサンと言われ慣れて20150715</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-91285/</link>
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      <description>このＨＰの「ひとりごと」でも色々持論を言っていますし、教室の内外にも色々貼ってあります。その上、面談や入塾前面談でも持論を喋りますので「変なオッサン」とか「頭おかしいんじゃない?」とか「古臭い」とか「時代錯誤」とか、悪評の数々を頂戴し続けていたのですが、昨日。久しぶりにお会いした保護者の方から、「えっ?他のお母さんと話しても、当たり前の事が書いてあるし、当然の事を言われているねと言ってますよ」と言われました。塾生の保護者ですので、話半分かそれ以下(私へ気を使って…)に聞いたにしても、これ程「ボロクソ」に言われる事に慣れてしまっていた身としては、嬉しくて嬉しくて舞い上がりそうでした。勿論、間違った事を言っているとは思っていません。しかし、これ程、マスコミのきれい事に影響された方々の悪評を頂いて来ていたので、暗闇に一筋の光の様に心に染みました。これからも生徒の将来の為に古臭いことを頑固に言い続けます。ご理解・ご容赦下さい。宜しくお願いします。</description>
      <pubDate>Wed, 15 Jul 2015 22:14:22 +0000</pubDate>
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      <title>福山には福山の王様が！20150630</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-90714/</link>
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      <description>以前から、バス通りに立っている看板が気になっていました。それで、色々調べて、聞いて、販売元をつき止めました。昭和２７・８年頃にお祖父ちゃんが「福山で最高に美味しいソースを作りたい」と色々ブレンドを考えて作ったそうです。以前は「業務用」で一升瓶しか無かったのですが、個人用に小瓶が欲しい要望が多く、作った所、大変な好評らしいです。それがこれです。どこに行っても手に入りません。市内の小さな(ごめんなさい)酒屋さんで売っています。ここが製造発売元だからです。(工場は三次です)(有)二井岡商店　福山市御船町　です。味は某Ｃソースより甘く、Ｏソースに近ですが、少し酸味があり、私は野菜に合うと思います。味は好き嫌いがありますが、私は好きです。食べログの様に品評することよりも、福山の地元を誇りにしたいので私はご紹介します。</description>
      <pubDate>Tue, 30 Jun 2015 22:19:12 +0000</pubDate>
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      <title>茅の輪の栄誉20150630</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-90712/</link>
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      <description>夏の無病息災を祈って、夏のお参りの代表として茅の輪くぐりがあります。その茅の輪を作る「萱」が、我が教室のＫ先生のお家の物が採用されました。備後地方一番の「一宮さん」でお馴染みの備後一ノ宮の本参道門の前です。大変な栄誉です。私も自分のことの様に嬉しいです。その出来栄えがです。どうですか、素晴らしいでしょう。(私が作った訳でも無いのに、偉そうに・・・)これからも、こんな嬉しい話が沢山あると良いですね。</description>
      <pubDate>Tue, 30 Jun 2015 21:57:29 +0000</pubDate>
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      <title>子どもの希望通りに・・・20150626</title>
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      <description>標題の言葉は、志望校選定の時にお母様がよく使われる言葉です。一見、最高の良い親に見えますが、そうではない事に使われる事が多いのです。私が「〇〇高校に受かるには、後ひと踏ん張りですね。あそこに行って頑張っておけば、将来の進学でも専門学校でも可能性が広がりますね。但し、受験までは我がままを言わず、我慢して勉強ですね」と言うと、「いえ、先生。家の子どもの希望通りの志望校にしてやって下さい」とお母様。「えっ？そこでは進学の可能性が随分狭まりますよ」と私。「でも…。家の子。仲良しさんと毎日一緒に通学したいと言ってるんです。それに…、もう受験勉強も限界だって・・・」とお母様。「じゃあ、将来の希望進路に幾らかの限界は・・・」と私。「いえ、それはダメです。あの子は大学で△△の資格勉強をして、国家試験に合格して□□の仕事に就くのが夢なのです。私もそれを望んでいます」「じゃあ、尚更〇〇高校へ・・・。その別の高校では、学年で１人か２人しか行けてませんし・・・」と私。「いえ、大丈夫です。家の子ならやってくれる筈です。私は信じてます。子どもを信じてやるのが親の務めです」とお母様。さて、如何でしょう？絶対に可能性０％と言っているのではありません。でも、「朱に交われば・・・」です。楽しく通学したいと言っている生徒が、朱の中でも白袴を維持できますかねぇ？「子どもを信じて、子どもの希望を」と言葉は綺麗ですが、嫌なことを子どもに強制して嫌われることから逃げているようにしか見えない、そんな私は歪んでますか？正しい判断ができないから「保護者」が居るのです。聞いてもよいことと、強制することを区別しないと、「育児放棄」や「無責任」にしか感じられません。やっぱり私は歪んでいるのかなぁ？</description>
      <pubDate>Fri, 26 Jun 2015 00:49:13 +0000</pubDate>
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      <title>その言葉(嘘)誰が得するの？20150624</title>
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      <description>例１私「家でもう一回解いて覚えて来いって言ったよね。やった？」生徒Ａ「当然です。やりました」私「じゃあ、これ解いてみて」生徒Ａ「・・・・・」私「やった？本当？」生徒Ａ「やってません」例２私「もう学校をサボるなよ。進級できなくなるぞ」生徒Ｂ「分かってますよ」私「今日、私服でどうしたの？」生徒Ｂ「今日、早く終わったから着替えてきたの」私「まさか・・・？」生徒Ｂ「行ってますよ」後日バレてまたまた説諭。例３私「〇〇さんと△△は絶対毎日すると約束しましたので、毎日の確認をご協力下さい」保護者Ｃ「はい、勿論です。厳しくチェックします」私「お手数ですが、よろしくお願いしますね」後日私「あれぇっ？△△は？」生徒〇〇「えっ？だって…母さんが……」私「えっ？母さんが許したの？」生徒〇〇「うん」皆さん、お分かりでしょうか？誤魔化したり、嘘でその場逃れをしたり、過剰に甘やかしたりしたから現在なのです。変えてやりたいから嫌々の苦口の注意なのです。それを更に「嘘」「誤魔化し」「庇い」です。それを続けて何が変わるのですか？誰が得するのですか？その瞬間の「勝った」とか「ばれなかった」の勝利感はあるかもしれませんが、じゃあ「何のために塾に頼んだの？」です。お金も結果も全てです。とすれば、大人なら尚更。何の為の「嘘」「庇い」ですか？「怒らない・優しい・物分りの良い親」と言って欲しいから…？</description>
      <pubDate>Wed, 24 Jun 2015 17:10:40 +0000</pubDate>
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      <title>頑固でも良かったぁ20150612</title>
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      <description>昨日、某有名大手塾(YDKのCMで有名な所ではありませんよ)の重役のお話しを聞く機会がありまして足を運びました。規模と資金量と地域性の違いがありますので全てが同じという訳にはいきませんが、基本的な考え方や塾から生徒(保護者)に求めたりダメだししている内容、教室内での基本方針や先生に求めている真意は概ね同じでした。いつも「独り善がり」になっていないかとヒヤヒヤしていただけに、「ホッ」としたと同時に大きな後押しを頂いたような気になって、これからも「生徒と正面から向き合っていこう」と再度決意する日となりました。</description>
      <pubDate>Fri, 12 Jun 2015 17:06:53 +0000</pubDate>
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      <title>愚痴＆悪口ばかりで自己嫌悪20150606</title>
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      <description>昨日、何本かの電話の中に、少し変わった電話が２件ありました。１件は、生徒の問題点を報告・お知らせする手紙を生徒に持ち帰らせた事に対する保護者からの質問(抗議？)でした。５日前に渡したはずなのに、何故か今日でした。色々なご質問がありましたが、全て以前より何度もお伝えしている内容でした。何度もお伝えしたつもりだったのですが、真意が伝わって無かったようです。もう１件は、「体験授業を受けたいので明日行っても良いですか？」の要件でした。その後色々質問応答のやり取りをして、個別をご存知無い高校生だと理解しましたが、一斉塾と違い、準備や先生の手配が必要な形態なので少し慌てました。サービス業はお客様の要望に全てお応えするのが理想ですが、物理的・構造的には「無茶な要望」になる事を考えて頂けず、電話１本で何でも叶えられる世の中なんですよねぇ？と、こんな感じで「日々の感じたことや驚いた事。楽しかった事」を何気なく書き綴っていこうと始めた「塾長のひとりごと」ですが、毎回毎回「愚痴や悪口」ばかりで、少し自己嫌悪になっています。私の性格が日々歪んでいってるのでしょうか？それとも、私の周りに、ひとりごとの「ネタ」になるような人々が他所より多いのでしょうか？ま〜〜た、変な疑問が湧いてきました。</description>
      <pubDate>Sat, 06 Jun 2015 13:49:53 +0000</pubDate>
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      <title>おそばを食べに行きました20150531</title>
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      <description>私は、今日(正確には昨日ですが)久しぶりのお休みで、大好きな「おそば」を食べに行きました。店は、三次市布野町の「久礼竹」と言うお店で、以前テレビか雑誌か何かで見て、一度行きたいと思っていました。間違いなくミーハーです。店に着くと何人か並んでいて、座るまでに２０分、座って注文品が出てくるまでに１時間弱。随分と待つことを前提にした方が良いと思います。平日か日曜の２時過ぎなら少しは空くそうです。そして、私が食べたのはです。これが「ざるそば並」です。普通の３倍はあります。「ざるそばミニ」でも２倍はありそうでした。じゃあ「大盛り」はどれだけあるのか怖くて聞けませんでした。味はコメントしません。皆さん、良かったら一度食べてみて下さい。</description>
      <pubDate>Mon, 01 Jun 2015 00:19:57 +0000</pubDate>
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      <title>勘違いしないでくださいね20150526</title>
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      <description>現在、中高生は中間試験の答案が返ってきている最中です。新高１生の勘違い・思い込み勉強の結果の「えぇっ？(愕然)」は今後修正していくとしまして、問題は中学２・３年生です。２〜３ヶ月前に「あなた何〜に、この点数は。どうするつもりなの？」「うん、分かったよ。次は頑張るから…」以来、意識も行動も、勿論学力も変わってないのに突然数学と英語の点数が上がってしまいました。「えぇっ？俺、頑張ったじゃん」「まぁ、あなた、今回は頑張ったじゃない。この調子で頑張るならクラブも続けて良いし、塾も行かなくて大丈夫ね」と二人で笑顔。さぁ、大問題が起こってしまっているのですが、当人たちは全く気づいていません。これで７月か１０月頃に顔色を変えて「先生〜！まだ何とかなりますか？」と来られます。何とかなる可能性は非常に低いです。何故なら意識と行動を下げるだけ下げてから「戻せ」と言われても、そこが一番時間と手間が掛るんですよね。上がった理由を数学で解説します。学年最初のテストは、新学期・連休・運動会等行事目白押しで授業時間が実質一月ありません。これでは問題が作れないので、昨年までの基礎確認問題と計算問題だけで作られてしまいます。大嫌いな文章問題・グラフ関数問題・図形問題・記述問題が無いのです。得点できたのでは無く失点しなかった(しようが無かった)のです。なのに、「頑張った」の評価がされたのです。この生徒は今後余計「頑張りません」。この様な事象はこれ以外にも多数あります。思い込みで判断せずに、専門家(学校は無理ですよ)に相談して下さい。</description>
      <pubDate>Tue, 26 May 2015 18:50:25 +0000</pubDate>
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      <title>その自信はどこから？20150518</title>
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      <description>現在、試験期間真っ只中です。生徒のパターンが２通り見えてきました。一つ目は、私は書いた。プリント終わった。提出物も真面目にやってる。授業にも真面目に出ている。塾にも真面目に来ている。騒いだり邪魔したりしていない。だから今度の成績は上がるはず。と言う小学低学年レベルの意識。二つ目は、学校の説明が分からない。先生が途中式や答えを言わないのに「教えた」って言う。毎日宿題だけはキチンとやってるのに出来ない事が増えている。私は悪くないのに・・・。まぁ良いわ。塾に行って聞けば何とかなる。と中学１年生レベルの学習姿勢を未だに崩さない高校生。以上生徒たちに「勘違いしてない？あなたのやり方は違ってない？」と聞くと、十中八九「そんなことは無い。私はちゃんとやっている。正しいやり方をしている。」と自信を持って答えてくれます。「その根拠の無い自信は何処からくるの？」「その根拠のないプライドはいつから？」と苦労している今日この頃です。</description>
      <pubDate>Mon, 18 May 2015 22:14:04 +0000</pubDate>
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      <title>〇〇ギャップ20150518</title>
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      <description>昨日、愛犬の散歩中に近所の親子４人組と会いまして、小５と小３生の勉強やレベルや心構えについて質問を受けました。その方によると、親戚の子が公立中に行って、「クラブ、クラブ。宿題をしたから勉強はやっている。」と生活リズムが確立できない内にクラブと友人関係を優先しているが、現状の学校はどうか？との内容でした。テレビやマスコミで「中１ギャップ」は時々報道されて、教育現場の対応が悪いように報道されていますが、ギャップはこれだけではありません。[RED]小４ギャップと中１ギャップと高１ギャップ[/RED]の３回です。長くなりますのでここでは省略します。(お聞きになりたい方は教室にお越し下さい。お話しします。勿論無料で…笑)その親子には、今後の学期毎の対応と、小⇒中時に注意する事をお話しし、いつでも教室に相談に来るようにと言って別れました。親の時代の常識と、周りに蔓延る「きれい事」を普通だと思って、「中の下〜下の上」レベルで安心しきっている方の多さを改めて思い知らされました。でも、今回の親子は早めに声を掛けて頂いて良かったと思います。</description>
      <pubDate>Mon, 18 May 2015 15:48:42 +0000</pubDate>
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      <title>悩んでいるのは私だけじゃない20150517</title>
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      <description>私は今日(正確には昨日ですが…)、教室のある地域の水路清掃に参加しました。その時、少年野球の指導を長年されている方が教室の「塾長の独り善がり」の掲示板を眺めながら『同じ事で悩んでますねぇ。私も本来の指導よりも、保護者の発言・行動で色々困惑することがあります』と言われて、そこから二人で凄く盛り上がってしまいました。要約すると、できる子は素直だし、必要な努力を惜しまないし、誤魔化さない。出来ない子は日本語を聞いていないし、自分を過信・誤解している。一番困るのは「努力しない子の親が、家の子は特別なので、結果だけは保証しろ」と、大声で全体の気持ちを下降させる様に言われる事だということでした。勉強もスポーツも同じだと常々言っていますが、それを証明するような話が聞けて何か「ほっ」としたような、今後を暗示するような、複雑で嬉し悲しの日でした。</description>
      <pubDate>Mon, 18 May 2015 00:08:29 +0000</pubDate>
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      <title>何が正解だろう？20150516</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-89029/</link>
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      <description>前回に続いて愚痴(悩み？)です。この半年位のことです。「やってるつもり」で作業宿題しかしない生徒。「宿題をやってるから勉強をやってる」と信じている保護者。「50点〜平均点位をとってるから、私は(家の子)は普通。だから〇〇高校(偏差50位)に入れて下さい」の生徒と保護者。英単語を覚えない。ルールを覚えない。「何で？」の理由・根拠が言えない。なのに「家の子を認めて、強制しないで下さい」「英語は少しできる。数学はボロボロ。だから英語を通塾するので数学は時々質問するので教えてできるようにしてやって下さい」と平気で訳の分からないことをおっしゃる保護者。そんなことが出来る訳がありません。「はいはい」で受け入れて、月謝を頂いて利益は取るが成績は知らん振り。そんな〇〇塾や△△塾のような事は嫌です。意識・やり方を変えて素直にやってくれれば簡単に成績アップが可能です。今まで通りの意識・やり方で上がるのなら、既に上がっているはずです。保護者や生徒の機嫌をとって、聞こえの良い甘言やイメージをたくさん与え、最後は偶々成功した若干名以外は無視して卒業させて終わりが良いの？嫌がられて、生徒に何度も反発されながらも、保護者に親の問題点を指摘して嫌われながらも、確実な成績アップを保障する方が良いの？多くを確実に吸い込むスポンジの様な素直さを作るために、多少の無理も要求します。それって「古臭い」の？確実な結果より、イメージや甘言がもてはやされている今の状態、何が正解か分からなくなって、毎日グジグジ悩んでいます。</description>
      <pubDate>Sat, 16 May 2015 12:00:08 +0000</pubDate>
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      <title>塾の使命って？20150511</title>
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      <description>近日、塾の使命について考えさせられることが多くなりました。確かに塾は「サービス業」です。顧客満足度を高める事が最大の課題です。では、塾に求められている「顧客満足」とは？学力？生徒の成長？私はそう思っていました。しかし、近日の近隣の大手(？)塾やテレビＣＭに大金を投じている多店舗展開塾を見ていると、顧客は生徒では無く、お金を払っているお母様なのかな？と思う事が多くあります。生徒の本質よりも、甘言や美辞で気分良く月謝を払って頂くことに意識の大半を費やしているように感じる塾が増えている様に思えるからです。結果、受験直前に「我が塾は教えました。やらなかったのはお宅のお子様です。実力はここです。志望校は無理です」で終わり。私が苦言を呈するのは、本当にそう思うからです。悪口が言いたいのではありません。そんな人が居ますか？こんな考えだから「古臭い」とか「厳しすぎる」とか言われて、大手塾と対等に見て貰えないのかな？原因は私かな？ま〜たまた落ち込む日々が続くなぁ？ず〜〜〜ん！</description>
      <pubDate>Mon, 11 May 2015 00:59:28 +0000</pubDate>
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      <title>分かってやる？20150511</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-88798/</link>
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      <description>「子どもを分かってやるようにしています」とか「家の子どもを分かってやって下さい」とかの言葉を多く耳にします。ほとんどの場合、「だから、全てを認めてやって下さい」とか「だから、全てを許してやってください」の意味で使われます。著名な評論家や文化人と称されるコメンテーター。おまけに優秀と言われる（誰に？）スクールカウンセラーほど度々使いますし、その方々を盲信していらっしゃるお母様方も使われます。私は子どもの自由を認めてやる　＝　良い親　と自身が思っているだけだと思います。勿論、分かってやることは、とてもとても大事なことです。しかし、『分かってやる　＝　全て許す・認める』では無いと思います。大きな勘違いだと思います。親がキチンと考えた方針を持ち、その場その日で、ぶれない太い軸を持った上で、その枠から外れている部分は、忘れず・恐れず・遅れず修正してやることが、本当に心のこもった子どもへの教育・子育てだと思います。『物分りが良い親』を理想とおっしゃる方もいらっしゃいますが、それは自己満足と、子どもと正面から向き合うのを避けているだけじゃないのかなとも思います。</description>
      <pubDate>Mon, 11 May 2015 00:33:52 +0000</pubDate>
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      <title>ＧＷ終わっちゃいましたね20150506</title>
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      <description>ＧＷも完全に終わっちゃいましたねぇ。まだ10日までの異常な方もいらっしゃいますが、普通な方々は終わっちゃいましたよね。私は…と言うと、4/29はテストと授業。5/2まで普通の生活。5/3に日帰り行楽。5/4〜5/6までは、教室の雑用と熱心で真面目な生徒の質問コーナーにお付合い。以上です。結局、１日だけのお休みでした。まぁ、「先生、今日質問に行っても良いですか〜？」の電話が一番の喜びでした。そんな感じです。</description>
      <pubDate>Wed, 06 May 2015 23:03:41 +0000</pubDate>
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      <title>ＧＷ真最中ですね20150503</title>
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      <description>ＧＷ真最中ですが、皆さん、どんな過ごし方をされていますか？私は、久しぶりに、大久野島に行ってきました。我が子は、誰も相手をしてくれないので、親戚の小学生に付き合ってもらいました。連休途中なので、「うさぎ」たちもお腹一杯なのでしょう、ひどく少なく感じました。でもまぁ可愛かったのは間違いないので、また行ってみたいです。</description>
      <pubDate>Sun, 03 May 2015 22:41:26 +0000</pubDate>
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      <title>映画見てきました20150501</title>
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      <description>今日、あの有名な「ビリギャル」と言う映画を見てきました。色々な要素が絡み合って成績アップに繋がったのはすごいですが、やはり、何と言っても生徒本人の「絶対・・・」の気持ちが大切ですよね。担当の先生が、心理学を駆使して、生徒を個別に指導する場面がありましたが、私の理想とする「生徒と真正面から向き合って生徒の性格に合わせた指導」が描かれていて、「そうそう」と思いながら共感して見てました。後、「やれば出来る子」の言葉は使わないで下さい。の場面では、思わず「クスッ」でした。勉強だけでは無く、人間模様の映画です。皆様も宜しければ…。</description>
      <pubDate>Sat, 02 May 2015 09:20:14 +0000</pubDate>
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      <title>お母さんっっ、そこは・・・20150422</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-88249/</link>
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      <description>新学期が始まって２週間が過ぎました。近日、入塾の問合せや教育相談が増えています。我が子の現状・体調を細かく意識して、いつから・何からなら新たな環境に入っても可能か、何ができなくて、どんな所が問題なのか、家でどんな決め事をして、どこの部分を塾に委ねるのか。等々、キチンと理解されていて、私どもとしても指導計画を作るのが簡単なお家があります。一方、偏差値50位の高校に合格した我が子の事を「うちの子特別に賢いの。そんなうちの子をキチンと大切に一流大学に入れてくれるの？」「うちの子の言うようにしてやって！嫌がることはしないで！」的な『賢母演じ型』のお母様。他方、「〇〇して下さい」「私は忙しいので、それは無理です」「私は仕事しているので疲れています」「えぇっ？それって塾で躾けてくれるんじゃ無いんですか？」「もぅっ、一々塾でのトラブルを家に電話して来ないでよぉ」的な『お客様は神様でしょ』的なお母様。勿論、我が教室は、ご近所の他塾よりも人間力育成や躾的な指導に熱心な講師が多いので、多少は可能ですが、本気で熱心にやればやるほど「プライベートな部分にまで手を突っ込まないで…」とお叱りを頂きます。じゃあ、私たちは何をどこまで…?えぇ?お母さん、それも塾で?誰か〜〜!教育相談にのって下さい〜〜!(〇か〇あさまの…)笑笑</description>
      <pubDate>Wed, 22 Apr 2015 15:37:10 +0000</pubDate>
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      <title>もう今までとは違うよ！20150415</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-88018/</link>
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      <description>私の教室にも沢山の中３生がいます。小学や中１から通って来ている生徒も何人も居ます。今日はそんな生徒の話です。長い間通っていますので、当然「成績上昇」は実現させてます。本人たちは「自分の努力で成績は上がった」ような顔をしていますが・・・・・・まぁどっちでも良いです。「まだ小さいから…」とか「まぁまぁ暫くは優しくゆっくりと…」を心掛けていましたので生徒たちにすれば、その「ゆっくり」と何をやっても「優しい」が当たり前になっていたようです。当然中２の最後に個人個人面談をして「これからは中３だから、今までの様な甘えは許しませんよ」と釘をさしてあります。その時は気軽に「分かってるよ〜」と言ってました。さて、中３受験生になりました。自分の力で成績をアップさせたつもりなので、志望校も高いです。色々と生活・意識・量・内容を受験モードに注文をつけていきます。すると今まで通り「ゆっくり・のんびり・マイペース」を続ける生徒。「えっ、忘れとった〜。はいはい」と今まで以上に生意気な態度の生徒が続出です。実はお母様には内緒ですが、少しきつめの説教で、すでに３人泣かしました。ドヨ〜ン。「はぁ〜、誰のために言ってるの」「後で後悔するなょ〜」です。</description>
      <pubDate>Wed, 15 Apr 2015 21:01:24 +0000</pubDate>
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      <title>さぁ、新年度です！20150407</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-87719/</link>
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      <description>教室のある地域では、昨日始業式・本日入学式の学校が多いです（一部昨日終わっている学校もありますが）。ですから、今日から本格的に新年度が始まりました。皆さん、心新たに頑張っていきましょう（自分に言い聞かせています）さて、始まったということは、終わったものがあります。そうです。春期講習です。あれ程「宿題は終わったのか？」「休み明けテストのために復習しろ」を言い続けたのに、あれ程「うん、宿題終わったよ〜」と言ってたのに・・・。彼らに言わせると、宿題はやった（取り合えず一度目を書いた）。答え合わせは未だ（この地域の中学校では、答えも同時に貰います）。正解を赤ペンで記入（これが何の意味があるのか分かりませんが）するのは途中。これらは宿題ではない。以上。…………「分からない所の復習は？」「えっ、そんなん学校で言われてないよ〜！」だ〜か〜ら〜、成績が上がらないのです。新学期からは、そこのところの心を入れ替えるのを最優先課題として下さいね。この話をお母様数人にしましたら、「当然ですよね、厳しく言ってやって下さい」が多数派でした。お一人だけ「生活意識がずれているので、少しづつ生徒と話しながら修正します」と言うと、『止めて下さい。家の中のことにまで立ち入って欲しくないです』と厳しい顔で・・・。でもお宅のお子さんが一番修正が・・・。私はそれ以上の主張を止めました。</description>
      <pubDate>Tue, 07 Apr 2015 16:37:32 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>成績は上がるべくして・・・20150401</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-87527/</link>
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      <description>春期講習も半分を過ぎました。当然、春休みも半分を過ぎたわけです。「宿題、終わったよ」と言っている生徒。「後、〇〇だけ。明日には終わるよ」と言っている生徒。「僕は計画的にやるんです。後５日もあれば終わる予定です。」おいおい、春休みが終わるぞ！と生徒の対応・意識もマチマチです。毎日、１〜３時間位、質問＆自習に来る生徒。新学年までにと、苦手な単元を質問に来る生徒。「〇〇が分からん。△△は苦手。」と言ってる生徒に「じゃあ、今日は家に居るのだから質問においで」と言うと、「嫌じゃぁ。折角のクラブ休みの日なんじゃけぇ、ゆっくりさせてぇや」と訳の分からん理由を持ち出す生徒。それを横でニコニコしながら聞いておられる保護者。成績は、上がるべくして上がる。下がるべくして下がる。と実感させられました。</description>
      <pubDate>Wed, 01 Apr 2015 14:41:23 +0000</pubDate>
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      <title>上から？下から？20150324</title>
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      <description>春期講習が始まりまして、少し気忙しい状態ではありますが、以前よりは少し落ち着いております。先日来より、体験授業の申し込みや体験授業、説明を聞きたいとの来塾や電話での問合せが続いております。有り難いことです。こんな「変な・偉そうなことをいっぱい言っている塾」にでも関心を持って頂けるのですから。皆さまのご期待に従って、ここでま〜た、変なことを言います。問合せや体験希望をされるということは、金銭を払ってお子様の教育の補助を求められているのですよね。当然お金を払うのですから「お客様」であることは間違いありません。私たちは、お金を頂いて、お客様に満足をお渡しするサービス業であることも分かっています。しかし、しかし、です。成績の良し悪しでは無く、お母様の受け答えや電話での話し方で、生徒の状態や性格まで想像ができてしまうのは、私の偏見でしょうか？ある高学歴のお母様が「私は専門家では無いので、素直に聞いた方が早いと思って来ました」とおっしゃいました。その子どもさんは切っ掛けと方法を知らずに今まで学校に行っていたので、体験授業で少しのポイントを説明したら、目をキラキラさせて「な〜〜んだ、そうだったのか」とすんなりとできました。逆に、「家の子〇〇高校（地域で２〜３位）に合格したんです。おたくでは、そんな（高い）レベルの子でもキチンと見て頂けるのですか？子どもが色々好みがあって、合わないと嫌がるので、私が全部キチンと確認しなきゃと思って・・・」と何が言いたいのか分からない問合せまで。別に私たちを特別に「崇め奉って、特別崇拝して、持ち上げて欲しい」と言っているのではありません。私たちも人間ですから、そこまで見下げられると……なだけです。教育は大人がお手本になることと、先生＆生徒の信頼関係です。客や営業の立場での上からとか下からとか無くしていけたらと感じました。</description>
      <pubDate>Tue, 24 Mar 2015 15:40:52 +0000</pubDate>
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      <title>食事会に行きました20150315</title>
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      <description>今日は「合格・進学・進級おめでとう！＆来年も頑張るぞ！」と題した食事会を行いました。焼肉・寿司・その他の食べ放題のお店です。先生方は安定的＆健康的な食べ方をされていましたが、生徒たちは「もう無理」って言ってからケーキ・アイス・プリン・お餅等を食べて、帰りの車の中で「吐く〜。出そう〜」と騒いでました。あっ、一人だけ「食べても太らない」タイプの先生が、最後までケーキとドーナツを食べてたっけ。あんなにスリムなのにどこに入るのでしょう？まぁ、何にしても楽しいひと時を過ごしました。さぁ来年も頑張るぞぅ。</description>
      <pubDate>Sun, 15 Mar 2015 17:44:13 +0000</pubDate>
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      <title>全員合格しました〜！20150314</title>
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      <description>昨日、公立高校の発表がありまして、受験生全員が合格しました。ありがとうございました。私の指示にキチンと従ったら「合格」させてあげると常々言ってきましたが、全員最後まで頑張ってくれました。私としても「ほっ」としています。「塾生全員合格」の連続記録を更新中です。逆に、途切れる日が来るのかと思うと怖さで、改めて「勝って兜の緒を締めよ」です。「厳しすぎる」とか「私の考えと違う」とか「家の子を分かってやってくれない」と年度途中で止めていった生徒たち。どうなったのだろう？心配もありますが、確認の術は・・・・・・です。さぁ、今日から来年の受験へのスタートです。</description>
      <pubDate>Sat, 14 Mar 2015 13:26:34 +0000</pubDate>
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      <title>高校受験本番です20150305</title>
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      <description>今日から公立高校の受験が始まりました。今までの苦労や我慢や怒りを全てぶつけて下さい。今更ゴチャゴチャ言いません。後は信じて待つことしかしてあげられません。それ以外に、他の学年の生徒は期末（学年末）試験の最中です。こちらが心配が多いです。明日理科の試験がある中２生が３人も質問に来ました。皆、共通して「オームの法則」「直・並列抵抗値の計算」「直・並の電圧・電流の性質」を以前説明したのに覚えていなかったのが原因でした。たった３個くらい、説明した日に覚えてくれやぁ…と腹が立ちましたが静かに説明しました。なぜなら質問に来ただけでも偉いです。本当に分かって無い生徒は、質問にも来ませんから・・・。お後が宜しいようで・・・。</description>
      <pubDate>Thu, 05 Mar 2015 21:05:08 +0000</pubDate>
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      <title>受験で頭が一杯？20150303</title>
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      <description>教室のある地域では、明後日公立高校の受験日です。昨日＆土曜日には沢山の受験生が質問＆自習に来ていました。勿論、直前なので真剣に復習や最終確認をしている生徒が殆んどです。その中で、若干人が「来ているだけ」「行かないとお母さんに叱られるから…」「行っているから安心」に感じました。来ないより良いですし、他所に遊びに行かれるよりは安心です。本人たちに言わせると「受験で頭が一杯で…」だそうですが、頭が一杯な割には、自分の好き嫌いが優先かと、思わず笑いそうになりました。泣いても笑っても後２日です。悔いの無いように頑張って、最後には笑っていたいですね。私はもう、祈ってあげるくらいしか・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 03 Mar 2015 17:20:42 +0000</pubDate>
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      <title>お久しぶりですみません！20150223</title>
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      <description>「春はバタバタ」でお話ししましたように、正直、今はバタバタです。新年度の準備。春期講習の準備。大変なのが受験生対応と年度保護者面談です。真面目に確実な復習が出来ている生徒は、どんなに倍率が高くても心配無いのですが、日にちが近づけば近づくほど頑なに「自分流」を繰り返し、段々不安にさせる生徒。説明や注意・指摘を繰り返せば繰り返すほど逆方向に理解・行動してしまう生徒。不安な心を「何かガムシャラにすることで紛らわそう」としてしるのでしょうが・・・。私たちには困り者です。保護者面談では、学校での実態や塾での態度等をお知らせして、今後の対応策をお話しすると、全てを受け入れて頂けた保護者の子（生徒）は確実に成長・成績アップ出来ています。逆に、私たちを「道具」の様に期限までの使い捨て扱いや、更にその逆「お願いしてあるんだから…」と全く協力も話し合いも無く、生徒にとってマイナスの行動を変えず、面談にさえお越しになられない保護者。これには閉口です。またまた愚痴っぽくてすみません。</description>
      <pubDate>Mon, 23 Feb 2015 14:32:05 +0000</pubDate>
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      <title>春はバタバタ20150212</title>
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      <description>この時期は、受験やその他でバタバタしていることはお話ししましたよね。受験生も、急に素直になって質問に来る生徒。何度「しっかり覚えて来るんよ」と言っても次週には忘れている生徒。２年生が受験まで１年を切ったと本気になっていっぱい質問にくる生徒。「ま〜〜だ、２年生じゃん」と言う事を聞かない生徒。本〜〜当、色々です。その上、保護者面談に来られるお母様方の中でも、生徒のことをしっかり見て、悩んでいらっしゃり、一生懸命相談される方。「塾に入れているんだから、そっちで何とかしてくれるんじゃないの？ま〜〜た、お金の話？もう〜〜！」と、「私たちにどうしろと？」の対応をされる方。最悪なのは、絶対相談が必要な生徒の保護者に、何度面談のために来塾をお願いしようとも、生徒に書面を持ち帰って貰って、さらに口頭でお願いしても「だって〜〜、モゴモゴモゴ」と締め切りを何日過ぎても、電話一本頂けない方です。当然、それぞれの都合はありますので、一概に言えませんが、これらの全てに対応しているので、余計バタバタです。ここ2〜3日、体調が良くないのも、これらが原因かも・・・。また、愚痴ってしまいました。ゴメンなさい。</description>
      <pubDate>Thu, 12 Feb 2015 11:22:36 +0000</pubDate>
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      <title>春はバタバタ・・・20150204</title>
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      <description>暫くぶりの「ひとりごと」ですみません。題にも書いた様に、春はバタバタなのです。昔から「１月はいぬる、２月は逃げる、３月は去る（この地方だけの方言みたいなものかな？）」と言いますよね。私も、受験があり、春期講習の準備があり、年度変わりの保護者面談があり、新年度準備があり、毎年恒例の進学食事会の準備がありで、バタバタしています。その中で、ま〜〜〜〜だ本気にならないどころか、余計逃げ出した受験生まで居ますし、「後１ヶ月だから〇〇しろ」と指示すると「は〜〜い」と返事だけは良いけど、実行しない生徒も居ます。細かく愚痴っている時間が無いので、詳細はまた別の日に・・・。あっ、昨日、あるお母様と面談しましたら「うちの子が、塾長すごいよ。言ってもない過去の事をズバっと当てたよ。見透かされている様で怖いと言ってました」と話されていました。私に霊感など特殊能力はありません。生徒を真剣に見て、生徒の発言や行動をキチンと見て聞いていれば出来ます。他の塾では、それだけの事をやってないようですけど・・・。（ちょっとだけ自慢。えっへん！）</description>
      <pubDate>Wed, 04 Feb 2015 16:51:56 +0000</pubDate>
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      <title>私たちも人間です20150123</title>
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      <description>教室のある地域でも、私立高校の合格発表が終わりました。現在までに連絡のあった生徒は全員合格できました。拍手！！問題はここからです。受験前や受験後に、生徒に「結果が分かったらすぐ教えてね。先生も心配だから・・・」と伝えてあります。成績上位者や成績急上昇者は電話で「先生〜〜、受かったよぉ！」と当日に教えてくれます。中には、わざわざ塾に来て教えてくれる生徒もいます。有り難いです。しかし、待っても待っても連絡が無い生徒も居ます。殆んどが前記生徒の逆です。後日、教室に来た時に聞くと、「あぁ、合格したよ」で終わりです。何か特別にお礼や感謝の言葉が欲しい訳ではありません。１〜３年間指導した、ある意味「子ども」の様な生徒たちです。その子の結果に興味の無い親が居ますか？心配して待っている方が当然です。なのに、なのに、です。過去に受けた言葉で一番酷いのは「塾なんだから『お金を払って教えて貰って』が当然でしょ。何で一々個人のことを教えなくちゃいけないの？」でした。これはお母様でした。生徒からは「えっ？塾にも言うの？面倒臭い」でした。私たちの言葉や態度・行動をご理解頂けていなかったようです。心が通って、信頼関係ができれば、当然生徒の成績もすぐに上昇します。心ではなく、お金だけで繋がっているから成績も上昇しないと考えています。担当講師からも、メールや電話で結果を聞かれますが、答えられなくて申し訳ないのです。他の塾は知りませんが、私たちの塾・教室は、勉強だけを説明して、後は放っておくツールにはなりたくないのです。心と信頼を通わせる塾でありたいのです。私たちも人間なのです。</description>
      <pubDate>Fri, 23 Jan 2015 16:57:23 +0000</pubDate>
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      <title>受験本番です20150114</title>
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      <description>教室のある地域では、私立高校の入試が始まっています。今まで頑張って来たので全力で頑張って欲しいのは勿論ですが、後に第一志望校の入試も待っているので、更に高い位置を目指して欲しいです。ですが、ですが、ですが、です。ここになって、指示を無視したり、嘘を言って誤魔化したり、返事だけで家に帰り、母親に「子どもの望むようにしてやって下さい」と塾に電話させたりと、現実から逃げたり、それを庇ったりの現象が出始めました。生まれて初めての緊張と自己責任です。当然苦痛です。しんどいです。でも、これから社会に出ると、何十回も経験することです。だからこそ、私たちも一緒に頑張っているのです。ここで逃げたら、次からも逃げ続けます。ここで庇ってやると、次も庇って貰えると逃げ続けます。何でですかねぇ？話し合った筈なんですけどねぇ。望む結果よりも、負けても良いから現実から逃げて楽になりたいだけに見えるのですが・・・。ま〜〜〜た、「塾のやり方が悪い」とか「塾長が偏屈」とか言われるんでしょうね(ハァ〜)。</description>
      <pubDate>Thu, 15 Jan 2015 17:37:51 +0000</pubDate>
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      <title>「私は良い子」って？20150104</title>
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      <description>新年おめでとうございます。今年も頑張りますので、宜しく（暖かい目で）見守ってて下さい。私も今日から始動（正確には昨日でした。熱心に質問＆自習に来た生徒が居ましたので）です。さて、早速愚痴です。今日、大人しめの「ゆっくりさん」を叱りました。何度も指摘していたことを集団で集中的に目の前でやったからです。テストでした。問題を１番からゆっくりと丁寧に時間をかけて解いていって、後５分の段階で３分の１位しか終わっていません。嫌い・苦手な問題が前半に集中しているからです。そこで、本人たちの言い分です。「キチンと、丁寧にやったので〇〇」「私は頑張ったので〇〇」「時間が足らなかったので〇〇」さて、〇〇には何が？そうです。「私は悪くない」です。私は人間性や個人の性格をとやかく言うつもりはありません。しかし、以前から注意している事を無視し続けて、改善するつもりが無いのは「悪い子」以外には考えられません。幼稚園や小学１年当時に「丁寧でキチンと出来たね〜。偉い偉い」と褒められた事を今でも誇りに思っているようです。何度も言います。私は人間性を否定しているのではありません。テストの点数を上げるためだけの指示をしているのです。その事にかんしてだけは、この生徒たち「悪い子」です。</description>
      <pubDate>Sun, 04 Jan 2015 12:07:19 +0000</pubDate>
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      <title>今年も終わりました20141230</title>
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      <description>今年も無事(？)終わりました。とは言っても、私は明日も来て掃除と片付け新年の準備をするんですけどね。一年間、言いたい放題にお付合い下さいまして、有難うございました。また、来年もお付合いの程、何卒宜しくお願い申し上げます。最後に愚痴をひとつ。出来てないのに「やってるもん、私は頑張ってるもん」の生徒からは何も申し出はありませんが、充分やってる生徒からは「もし、質問があったら携帯に電話します」と申し出がありました。ここが成績の分かれ目なんでしょうね。もうひとつ。冬休みの宿題が今日現在で目途が立っていない生徒に「いつ頃やるの？終わる予定？」と聞いてみました。「年末・年始は色々あるので、できないから、年明けには・・・(年明けは２日しか無いのに不可能でしょ)」でした。ま〜〜〜た、答えを写して提出するだけなんだろうな。それを一年間注意し続けてきたのに・・・。やっぱり「作業をしているから勉強している」生徒が減りません。困った、困った。来年も苦労するんだろうなぁ。皆様、見守ってて下さいね。</description>
      <pubDate>Tue, 30 Dec 2014 23:33:26 +0000</pubDate>
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      <title>時代の流れ？20141224</title>
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      <description>冬期講習真最中です。年間の復習と受験生の追い込みで頑張っています。前々から気になっていたのですが、「幼稚園か小学校１・２年張り」のパターン勉強をする生徒が増えていますよね？私が聞いちゃダメか（テヘ、ぺロ）。小学１〜２年なら、勉強のやり方が分からないので、先生がパターン化して習慣付けをしますよね。ところが、中学になっても「こんな感じの式は〇〇すれば良い」こんな感じの図は△△すれば答えがでる」「分からない時は、ここの数字を代入すれば良い」と何故するのか？そうすると何が出るのか？では無く、『学校で先生がこうやってた。黒板に書いてあった』で根拠も無くパターン作業をしている生徒です。勿論、同レベルの問題でも、学校で先生が解いて見せてノートに書いた物とパターンが逆になると「分かりません」と言います。変化と自分で考えることを嫌います。なので（そのくせ？）やり方・考え方の修正・変更を指示するとスルー・放っておくをしてくれます。まだまだ注意すると「そんなことはない、私はそんなに悪くない。学校で先生はこれで良いって言った」とまで言い出します。教育改革で、「自分で問題を発見して解決する筋道を考える生徒」云々と言っていますが、全く逆のことをやっているのです。誰が原因でしょうか？・・・・・・・まっ、まさか私？（笑）</description>
      <pubDate>Wed, 24 Dec 2014 21:56:57 +0000</pubDate>
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      <title>受験生色々・・・20141218</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-83922/</link>
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      <description>先日の紹介に引き続き色々を・・・。受験が近づいてくると、志望校レベルに充分届いているのに、わずかなミスで「あっ、私はダメだ。もう落ちる。」と自分を追い詰めてしまう生徒。逆に、計算ミスが続いているのに「たかが計算ミスじゃん。分かっているんだから本番は大丈夫」と、いくらミスの原因を突き詰めて改善するようにしどうしても、楽観的な生徒。事ここに及んでも、ま〜〜〜だ、学校の宿題の様に、表面の形だけにこだわり、親も塾も分からないだろうと「やっているフリ」をする生徒。自分で考えることをせず、覚えるべきものも覚えず、「先生、早く式（パターン）と答えを言って」と目の前のプリントや問題集を『全て○』で終わらせる事をま〜〜〜だ勉強だと信じていて、「このままでは志望校に届かないし、万が一合格できても、授業に付いていけないよ。志望校を変更するか、意識を変えて」と指示すると、『このままで頑張る！』と訳の分からない返事が返ってくる生徒。本〜〜〜当、色々です。</description>
      <pubDate>Thu, 18 Dec 2014 12:21:23 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>受験生色々・・・20141208</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-83595/</link>
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      <description>今年も残り僅かになってしまいました。当然、受験生にとっては「本番目前」の言葉が当てはまります。ところがところが、色んな生徒が居ます。早くから準備万端で、推薦合格を勝ち取った生徒。何度もバトルをしましたが、やっと本気になった生徒。本番が近づくと、一人でパニックを起こし、段々自滅状態に向かっている生徒。全然届いてない志望校を「頑張ります」と絶対に再考しない生徒。嫌いなことは放ったままなのに、「家の子の言うように…」と信じられない言葉を言われる保護者。受験生なのに「受験はまだ来年よ〜」と理解不能な生徒。２年生なのに真剣に考え始めている生徒。２年生なのに、ま〜だ宿題提出だけに命を掛けている生徒。中には、私の辞書に無い生徒も居ますが、本〜当、色々です。</description>
      <pubDate>Mon, 08 Dec 2014 16:28:20 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>当たり前のことを・・・20141130</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-83295/</link>
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      <description>わたしの「ひとりごと」を読んだ方から、「当たり前のことを、いつも偉そうに…」とご意見を頂きます。そうです。私は当たり前のことを当たり前に言っているだけです。なのに、近年の「分かってやれ」「許してやれ」「個性」「結果よりも頑張る姿…」の誰が言い始めたのか分からないキャンペーンを盲信している生徒と、誤解されたままの保護者の方々に対してなのです。殆んどの生徒たちは素直に聞いてくれます。しかし、前記の生徒・保護者は「そんなことは無い」「私は分かっている」「私はできている」と指摘を無視して、予想通り（？）の下降線を辿ったあと、「どんな指導をしたの。偉そうに言うくせに…」となってギクシャクするのです。何度でも言います。私は当たり前のことしか言ってません。私は「きれい事」は嫌いです。</description>
      <pubDate>Sun, 30 Nov 2014 18:30:59 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>お母さん！そこが問題なのです！20141121</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-83028/</link>
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      <description>先日のお母様との遣り取りの続きです。お母様から突然電話連絡があり、「子どもと話し合って決めました。○○科は今月で止めて（後10日しかないのに突然？）△△科だけにして下さい」何をどの様に話し合われたのか分かりませんが、先日、おっしゃられていた「家の★★は成績が上がらない事よりも、複雑なことを我慢して耐える事の方を嫌がるんです･･･」と合致します。○○科は私が担当して、先日叱ったばかりです。△△科は別の先生が担当して、叱らず淡々と授業が進んでいます。成績・実力を見ると、△△科よりも○○科の方が下で、続けての指導が本当に必要なのは○○科です。後日生徒に、それとなく聞いてみました。やはり、私の予想は的中でした。その上、志望校は「このままでは無理」と申し上げていた学校名をお母様が中学に告げたそうです。もう、これ以上の解決法は私の辞書にはありません。ごめんなさい。私の力不足ですね・・・・・・・・？</description>
      <pubDate>Fri, 21 Nov 2014 11:49:48 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>お母さん！そこが問題なのです！20141115</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-82823/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-82823/</guid>
      <description>先日、「甘える」「放っておく」「逃げる」「笑って誤魔化す」「言われなければ先送り」が目立つ生徒のお母様と面談する機会がありました。色々お訊ねしたり問題点と思われる箇所をお母様にお話ししましたら、「あっ、あの子はそれは苦手です」「あの子はそれはできません」「あの子はそれよりも〇〇の方が優先です」「あの子はそれをやらなくて困ることよりも、やる苦労の方を嫌がります」「でも学校ではこう聞きました」「でも、まだ△△をさせてないので無理です」と子どもの事や教育の現状をよくご存知(?)でした。ならば「改革や改善が早いかな？」と更に問題点を色々お話しすると、一つ一つ確実に否定されました。結論は「私は我が子のことは完璧に把握しています。私は完璧にやっています。でも子どもは出来ないんです。何が原因か分からないんです。何とかして頂ける方、どこかに居ないですか？」的なことでした。私は喋ることを途中から止めました。皆さん！原因はお分かりですよね。</description>
      <pubDate>Sat, 15 Nov 2014 12:30:21 +0000</pubDate>
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      <title>私は“もう”怒られたのに…20141109</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-82614/</link>
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      <description>わがままな生徒や意識の幼い生徒に多く接していると、時々理解できない言葉を発することがありますそのひとつが「その事はもう怒られた」です。すぐには意味が理解できませんでした。よく聞いてみると、「その事は以前、先生にキツく怒られた。その時に私は黙って聞いて、ちゃんと“はい”って言った。だからその事はもう終わった。また同じ事を蒸し返すのか？」という意味だそうです。学校の授業の「単元」と同様に、その件は終わった。だからもう関係ない。忘れてもよい事。との認識だそうです。初めは、呆れて言葉がありませんでした。しかし、よ〜く考えてみると、一度注意すると、直ぐに修正できる生徒に比べて、何度注意しても、時にはキツく叱っても、何度でも同じ事を繰り返す生徒が居ました。その生徒たちにとって、叱られることは、単元と同様のことだったのです。当然大人にとっては、『注意する⇒再度同じことをする⇒叱る⇒再度同じことをする⇒キツく叱る⇒直る(変わる)⇒注意を止める』と、叱るとは、注意したことを実行してくれるまで何度でも言い続けるとの認識が、当たり前のことですよね。しかし、余りにも社会性を持てていない幼い生徒や、その場逃れで誤魔化し続けて生きているわがまま生徒は「ま〜た、同んなじこと言ってる。それはこの前ちゃんと怒られてあげたでしょ。何回もしつこいなぁ」となるらしいです。どうやって分からせましょうかねぇ？困った困った！</description>
      <pubDate>Sun, 09 Nov 2014 21:33:29 +0000</pubDate>
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      <title>やれ！止めろ！20141104</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-82446/</link>
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      <description>「すぐやれ！」「今、始めろ！」「すぐ動け！」と言っても、自分のやりたい事が終わるか、自分のタイミングでしか動かない(動けない？)生徒が増えています。逆に「止めろ！」「後にしろ！」「ダメだ！」と何回言っても、自分のやりたいだけやり終わらないと、いつまでも指示者に意識を向けない・指示に従えない生徒が増えています。なぜでしょう？考えられる原因が２つ思いつきました。１つめは、過度に幼いからです。指示や状況が理解できず、赤ちゃんのように、目の前にあるもの・自分の頭に浮かんだものだけに反応し、他の事ができない場合。２つめは「だって〜」の我がまま　+　お子ちゃまです。自分中心で、「周りの大人は何度でも言ってくれる。何度でも許してくれる。何をしても許してくれる。いつでも大丈夫。まだこれ位なら大丈夫」と舐めきっているか事の重要性が分かっていない場合です。だから、いくら説明しても心ここに在らず状態なので、「分からな〜い。先生の説明の仕方が悪〜い。私は悪くないのに〜」となります。「時間が無いからすぐ〇〇をしろ！」と言っても、すぐには動き始めないので必ず予定が遅れます。全ては指導者（スポーツも習い事も勉強も）の指示通りに動けるかどうかです。自分の意志は、出来てから後で加えれば良いのです。こんな言い方をすると、直ぐに「軍隊か？！」と反論が来ます。軍隊は組織・仕事・命です。だから絶対です。勉強やスポーツは自分自身のためです。余計「がむしゃら」にやっても良いのでは…？</description>
      <pubDate>Tue, 04 Nov 2014 21:37:09 +0000</pubDate>
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      <title>「先生、私変わります」20141102</title>
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      <description>先日来、意識が甘かったり、行動が伴なわなかったりする生徒と面談を続けています。色々話して分かってくれる場合は良いのですが、それでもまだ、その場逃れの返事だけの場合もあります。分かってくれて、笑顔で「先生分かった。私、今日から変わります」と言ってくれたら「ホッ」とします。しかし、時々「んっ？」って疑問を持つこともあります。「変える」のか「変わる」のか？変えるのなら、自身が意識して、自身が努力して良い方に自力で変化させてくれるので良いのです。しかし、変わるなら、今までと一緒じゃないですか？自身は意識せず、「分かったつもり」なので「放っておいても変化するはず」で今まで通りです。これって、私が穿ってますか？でも、今まで何度これを繰り返してきたか・・・。</description>
      <pubDate>Sun, 02 Nov 2014 18:25:57 +0000</pubDate>
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      <title>まだ「何とかなる！」？20141030</title>
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      <description>昨日、中３生の生徒と話していて、ビックリしました。この生徒は、以前から「返事だけ」「その場逃れ」「無視」「そんなことは無い」「学校では上位」「今まで困ったことが無い」等について何度も話し合い・注意してきました。志望校レベルにまで到達できていないのに…、その上受験まで最短で２ヶ月位になった昨日、何度するべき事を具体的に指示しても、ま〜〜〜だ目の前の処理や学校の宿題レベルのことしかしないので、ぶん殴るくらい（実際には殴ってませんよ）の勢いで叱りました。ここまで言われても、何度言われても、データで結果を言われても、ここまで絶対従わない心や従わなくても平気なのは何故か？その根拠や自信はどこにあるのかを教えてくれ。に対して返事は「何とかなると思っている。しんどいことはしたくない。」でした。言葉がありませんでした。事、此処に到ってまだ？それこそ「何で？」です。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Oct 2014 13:46:20 +0000</pubDate>
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      <title>これも虐待？20141023</title>
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      <description>先日、衝撃的な話を聞きました。子どもの成長期に、当然経験や勉強、分かり易く言うと「年齢に応じた経験を積ませないのは虐待」だそうです。過保護に手を出しすぎて、過依存や甘えん坊にしたら、その子育ては「虐待」になるそうです。一度も転んだことのない赤ちゃんは居ないのに、一度も困ったり苦しんだり苦労したりしたことのない子どもが非常に増えています。虐待ですかねぇ？</description>
      <pubDate>Thu, 23 Oct 2014 21:57:03 +0000</pubDate>
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      <title>〇〇までに何が必要？20141014</title>
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      <description>巷でよく聞く話をします。ある小学校の先生に、入学前の保護者が質問しました。母「先生、学校に入学するまでに何々できるようにしておけばよいですか？家の子、ピアノとスイミングとひらがなと自分の名前を書くくらいはできるのですが、あと何をやらせておけば…？」先生「そんなことはすべて学校で教えますので、〇〇に指示に従い、△△に行動してくれるように、しっかりと話し合っておいてください」母「え〜〜！？」さて、〇〇と△△には何が入るでしょうか？〇〇は『素直』、△△は『正直』です。「聞け・やれ・止めろ・するな」と指示したら素直に従ってくれないと何も始まりません。なのに「個性」とか「物分り」のきれい事で従わない生徒を肯定します。「嘘」や「ゴマカシ」を意図的にやり、正直な行動ができない。こんな（語弊があったらゴメンなさい）生徒にどんな指導ができますか？ましてや、それが中・高生や受験生に可能ですか？どうですか？いつまでに出来ていれば良いですか？いつまでに心を鬼にしてでもやっておかなければならないですか？</description>
      <pubDate>Tue, 14 Oct 2014 21:53:54 +0000</pubDate>
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      <title>台風、凄かったですねぇ20141014</title>
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      <description>昨日、台風が通過しました。昼過ぎまでは何にも無かったのですが、１６時過ぎから突然風雨が強くなりました。教室の授業を躊躇していましたが、開始時間には通過するとの予報で決行しました。案の定、終了する頃には、月と星が見えました。色々お騒がせしました。皆様方お許しを・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 14 Oct 2014 18:22:10 +0000</pubDate>
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      <title>子育てと躾についての一考察20141002</title>
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      <description>近年徐々に増加を感じる疑問につい考えてみました。子育てと躾です。子育てとは、子どもを社会に出しても安心で大丈夫なように、身体も心も意識も、全てを一人前にする作業ですよね。躾とは、礼儀作法やマナー・エチケットがキチンとできるようにすることですよね。では、「我慢」とか「正直」とか「人の話を聞く」とか「無視しない」とか「やれと言われたら、すぐやる」とか「止めろと言われたら、すぐ止める」の行動は、子育て範囲ですか？躾の範囲ですか？考えるに、安全に身を守り、安心して社会生活を送るための行動なので、『子育て』の範疇ではないかと思います。では、現状の社会には、子育てされていない子どもや、子育てしていない親がどれだけ沢山居るのかと思うと「ぞっ」とします。食べ物を与えて、お金と自由を与えたので「キチンと子育てをした」と思い込んでおられる親御様方々、何かが違ってませんか？まぁ、「ま〜〜た、変なオヤジが、バカな事を言い出した」と無視して頂いても良いですけど…。子どもが見てますよ。</description>
      <pubDate>Thu, 02 Oct 2014 21:46:11 +0000</pubDate>
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      <title>誰がそうしたのか？20140927</title>
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      <description>先日お知らせした様に、個人的なバタバタで更新出来ませんでした。お詫び申し上げます。さて今日は、「無視」や「スルー」についてです。ここ１〜２ヶ月で特に気になる事柄に「聞き流す〜♪♪」があります。教室近くのＥ中とＥＭ中で比べてみました。勉強の方法に問題があるので具体的に「〇〇△△をするんよ！」と指示すると、Ｅ中の生徒は嫌そうな顔をしても嫌々やってくれます。ＥＭ中の生徒は、元気に笑顔で「はい」と返事はしてくれますが、元気に無視してくれます。「今日からコレコレは止めて、△△するんよ」と超具体的に指示しても、「はい」で一週間たってもスルーです。翌週「やってないじゃん。無視してる？舐めてる？」と言うと、「えっ？」と何も無かったかの様な顔をします。言われた事も忘れています。数人います。翌週も無視しているので、泣かすほど説教しても、その翌週にはもう平気です。しつこいですが数人います。期限を無視しても「〇〇だったから仕方ない。どうすれば良いですか？」と自分が放っておいたことは棚にあげて当然の権利の様に言ってきます。Ｅ中の生徒には少ないです。ＥＭ中の生徒でも数年前までは、こんなに酷い無視はありませんでした。ところが・・・です。本人たちに悪意は薄そうです。この数年の間に、いったい何があったのでしょうか？誰の意向でそう躾られたのでしょうか？無視・スルーしている自覚と痛みが無いので質が悪いです。</description>
      <pubDate>Sat, 27 Sep 2014 10:24:07 +0000</pubDate>
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      <title>今日の月、見ました？20140909</title>
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      <description>今日（８日）の月、見ました？１５夜です。綺麗な月です。中秋の・・・ですか？ところで、明日（９日）は「スーパームーン」だそうです。１年で、一番大きく見える日だそうです。皆さん、ご覧下さい。</description>
      <pubDate>Tue, 09 Sep 2014 00:47:29 +0000</pubDate>
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      <title>私事ですが・・・20140903</title>
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      <description>私事で大変申し訳ございませんが、先日母親が亡くなりました。危篤状態が５日間ほど続き、その間教室の運営や授業にご協力頂きました先生方、授業の変更や移動に理解を頂いた生徒たち、有難うございました。また、数人の保護者様より、弔電やお悔みを頂戴しました。この場をお借りして改めて御礼申し上げます。有難うございました。で、寂しさも、バタバタも色々ありますが、やっぱり「うるさいおっさん」の塾長に戻ろうと思います。これからも宜しくお願いします。</description>
      <pubDate>Wed, 03 Sep 2014 18:08:17 +0000</pubDate>
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      <title>物分りが良い親って？20140822</title>
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      <description>最近、「物分りの良さ」を自慢・競っている親をみます。以前テレビで、友達のように親子がファーストネームで呼びあって、何でも子どもが決めて子どもに自由にさせたら、自立して責任感のある子になったと報道していました。反面、放っておいたが為、我が侭で非常識になった話はよく聞きます。どちらが多いでしょう？勿論後者ですよね。なのに、前者を望む親が多いのはなぜでしょう？では、「物分りが良い」って何でしょう？色々考えてみても、私には「子どもの言い分を無条件で全て許す」しか思い付きません。何故それが格好良いのでしょう？本当に子どものことを考えるなら、良し悪しを良く見て、ブレーキを掛けたり反対するのが本当ではないでしょうか？子ども同士が「家の親は物分りが良いのよ」の自慢に言って欲しく、周りの子から「良いなぁ」と言って欲しいとしか思えません。前出のテレビ報道された親子は稀有な結果なのです。稀有だからテレビに出るし本が売れるのです。つまり通常では実現しないのです。なのに何故・・・・・・？私は当に、日本を代表する「古臭い、頑固な、物分りの悪い親父」です。</description>
      <pubDate>Fri, 22 Aug 2014 21:57:23 +0000</pubDate>
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      <title>今年の中学１年生は！20140822</title>
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      <description>古代ローマで言われた「近頃の若者は…」みたいで嫌なのですが、何故か今年は思ってしまいました。今年、私が接している中１生は５名なのですが、成績の違いはあれど、一様に共通しているのが「大人の言葉や態度の大部分をスルーしている」「それを指摘しても『そんなことはない』で受け入れない」です。勿論、本人たちに悪意は無いのですが、「今までそうしてきたから…」「今までそれでも許されたから…」「今までそれでも困らなかったから…」「それでも大人は許してくれたから…」「面倒臭いから。その方が楽だから…」と考えられない理由を平然と口にします。簡単に言うと、「私が…」「自分は…」と僅か10年少々の知識・経験しかない生徒の意見・要望を無条件に受け入れてそれを許し、例え無視してもスルーしても叱責も罰も無く『そのままの生徒を受け入れてきた』結果が上記の「私は全て正しい！」に繋がっていると考えます。生徒の「個性」「個人差」「可能性」を全否定して軍隊教育を肯定しているのではありません。しかし、本当に今のままの「きれい事（個性や要望の全受け入れ）」だけで『人間力形成』をせずに正常な社会が形成されるのでしょうか。世の中が、「きれい事」や「私は物分りが良い大人」をして、目の前で『良い人』と言われたいだけで、生徒の将来や安心できる社会形成（大袈裟？）を放棄していると考えるのは私だけですか？</description>
      <pubDate>Fri, 22 Aug 2014 17:49:05 +0000</pubDate>
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      <title>でっ、でっかい天ぷら！20140819</title>
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      <description>今日、予定が突然キャンセルになり、以前から気になっていたお店に行ってみました。そのお店とは岡山県浅口市鴨方町の「うどん　たぐち」です。天ぷらうどんときつねうどんが名物です。天ぷらは対角線が30もあり、どんぶりに入りきっていません。お揚げも同じくらい大きくて、どんぶりの中で畳まれていました。夏でもおでんがあり、てんぷらうどん＋おでんがベターの組み合せだそうですが、並のうどんも大盛の量がありますので注意です。てんぷらが無くなるとそれは終わりですので、開店の１１時過ぎに行くのが良いそうです。常連さんは何気なく食べていらっしゃいましたが、私と同様に写真を撮っている人も何人かいらっしゃいました。また、ひとつ夏の思い出ができました。</description>
      <pubDate>Tue, 19 Aug 2014 20:55:45 +0000</pubDate>
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      <title>たった１日の夏休み20140816</title>
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      <description>教室の盆休みは14日〜17日の４日間なのですが、私は14日には外せない用事と墓参り等の盆参りがあり、１日過ぎました。今日と明日の２日間は塾の所用雑用の予定で缶詰めです。そこで１５日だけの夏休みなので、意地でも外出です。竹原市にある大久野島に末娘と行きました。年配の方には「毒ガスの島」としか認識は無いかと思いますが、今、「ウサギの島」として若い女の子たちに人気なのです。一周４キロ強の島に、２００匹以上のウサギが放し飼いです。周回道路を歩いて「毒ガスの遺跡」を見学しながら、ウサギに餌をあげるんです。人間に慣れていて、逃げません。人参や白菜を差し出すとカリカリと食べてくれます。可愛いです。末娘は満足です。長女も行きたかったらしいのですが、仕事でダメでした。また、秋にでも一緒に行こうと思います。</description>
      <pubDate>Sat, 16 Aug 2014 22:52:04 +0000</pubDate>
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      <title>この「ひとりごと」を？20140813</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-79808/</link>
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      <description>今更ですが、この前の日曜日、友人と久しぶりの「モーニング雑談」をしました。その時、この「塾長のひとりごと」をもっと宣伝するべきだと熱く薦められました。と言うのも、その友人は晩婚で、まだ小さな子どもが居るのです。なので、学校の実情や子ども達の実態、保護者たちの考え方や行動を知る為の大きな力になっているとお褒めの言葉を頂きました(照)子育てや勉強に対して「正しいこと」を書いてあるのに、現代の「分かってやれ」「許してやれ」「子どもは正しい」の風潮に追いやられ、「変なおやじの独り善がり」や「この人、おかしいんじゃない？」の状態になっている。との内容でした。有り難いご意見ですが、私は「ツイッター」や「フェイスブック」に疎いのです。誰か助けてぇ状態です。ご意見を資料請求画面からでもお待ちします。</description>
      <pubDate>Wed, 13 Aug 2014 20:40:03 +0000</pubDate>
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      <title>大チャンスの夏休みに・・・20140813</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-79803/</link>
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      <description>学校の授業が止まって待ってくれている上、時間を自分の都合に変化させられる大チャンスの夏休みも、半分を過ぎました。「毎日、何時間勉強しているの？」に対して「２時間も(？)やってるよ」の戯け者。７月末を目標(最悪８月５日までには)の宿題終了期限。なのに、今日現在でも半分残っている呑気者。それを毎週注意・叱責しているのに平気で「無視」し続けている幼稚・舐め者。色んな〇〇者の言い分を分析すると、勉強とは「義務の物を終わらせること」「形だけ”フリ”を見せれば、怒られなければ良いもの」「お母さんが行けって言うから嫌々行ってるけど、私は続けて行ってるから、その内成績は上がるもの」だそうです。内でも最も反論しにくいのが「良いじゃん」……何が？「夏休みくらい、自分のペースで自分のやりたいことをやりたい様にやらせてくれても良いじゃん」……で、クラブと昼寝三昧！こいつら近々痛い目に遭わせてやる！まずは〇〇君と△△さんのお母さんを呼んで、三者面談で言いつけてやる！</description>
      <pubDate>Wed, 13 Aug 2014 15:40:13 +0000</pubDate>
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      <title>もう三分の一も過ぎたのに・・・20140802</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-79489/</link>
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      <description>六週間の夏休みの三分の一の２週間が過ぎました。小・中生には「７月中に日記と自由研究と読書感想文以外を終わらせなさい」と指示していました。平均的に、成績上位者は粗出来ています。成績下位者は殆んど『無視』です。中には「え〜？何でダメなの〜？私、毎日２時間位机に向かってるのに〜」って言う中２生も居ました。「校長先生が、２学期には、真っ黒に日焼けして、元気に会いましょうって言ったのか？」と突っ込みを入れておきましたけどね。結論です。自分の学年（年齢）と状況が理解できない生徒と、大人の言葉を『スルー』する生徒（考えられる原因と改善方法は企業秘密です）が多すぎて、年々苦労が増え続けています。ここから夏の間、ビシビシ厳しくいきます。</description>
      <pubDate>Sat, 02 Aug 2014 16:09:50 +0000</pubDate>
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      <title>一昨日の&amp;#39002;末は・・・20140726</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-79254/</link>
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      <description>一昨日に、突然休みができた話をしましたよね。その後の話です。友人にメールをし、「一緒に一杯いかがですか？」に対し、ご夫婦で賛同頂けまして、送迎付きで楽しい時間を過ごしました。滅多に無いチャンスを無駄に過ごさずに良かったです。以上、他愛も無い報告でした。</description>
      <pubDate>Sat, 26 Jul 2014 13:00:32 +0000</pubDate>
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      <title>何故か突然に・・・20140724</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-79202/</link>
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      <description>夏期講習の真っ只中の筈が、何故か今日、突然の空白ができました。予定の生徒や先生が、急に休みとなり、授業が無くなりました。（大丈夫か？この教室！）先ほどまで自習の受験生が居ましたが、帰りました。開校して初めての経験で少し怖いですが、出来た時間を何かに使いたいと思い、少し考えています。悪いことにしようか。怠惰な使い方をしようか。考えて遊びに出ます。</description>
      <pubDate>Thu, 24 Jul 2014 18:59:20 +0000</pubDate>
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      <title>きれい事の弊害？20140717</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-78956/</link>
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      <description>昨日、友人の子どもで中１の女の子と色んな話をしました。実は、中学入学前から少しだけ勉強をみたり、定期試験の取り組み方法の話をしていました。今回、期末試験が終わり、散々な結果に痺れを切らした友人夫婦が連れてきたのです。本人から色々状況・気持ち・環境・日常を聞いて、ここでは書けませんが「アドバイス」も「叱責」もしました。概要は、クラブ活動が何よりも優先で、先生も先輩も同輩も練習や技術や価値観全てが同じであることを求めるし、自分もそうありたいと思う。クラブをサボってまで勉強や家のことをするのは考えられない。クラブをサボると内申書にも響くし…。とのこと。勉強のやり方は。兎に角何でも黙って座ってノートを書いて提出物を出したから頑張っている。英単語も２〜３回読んだけれど、試験の時には書けない。「私は覚えられないんだ」だそうです。先生が、成績下位者に「分からなくても、とりあえず〇〇って書いとき」って言われたのを真に受けて、分かる覚えるよりも「兎に角書く」ことに重きを置いているそうです。勉強の本質よりも、成績下位者を庇う「きれい事」を真に受けて、皆が「総同位者」になることを望んだ指導法にどっぷり浸っているなと考え、今後の行動と取り組み方法を指示して帰ってもらいました。後にため息だけが残りました。（はぁ〜〜！）</description>
      <pubDate>Thu, 17 Jul 2014 16:13:53 +0000</pubDate>
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      <title>今頃やっと気付きました20140715</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-78877/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-78877/</guid>
      <description>以前から、このブログでも色々私の意見や考えを書かせて頂いていましたし、教室でも色んな方々に持論を言わせて頂きました。必死で頑張り生徒に向かい合い、必死でお母様方に考えを申し、改善点を申し上げてきました。頑張れば頑張るほど「変な人」とか「変わり者」等のマイナス評価を頂きます。中には「我が家の教育方針と違います」とお叱りまで頂きます。「変わってる」とか「特殊」とか「オンリーワン」は度々マスコミで取り上げられて『ブームになる』のは何度も目にしてきましたが、私の「変わっている」は真逆で「白い目」の対象です。何故でしょう？私なりに考えてみました。マスコミの論調の「生徒を許してやれ」「生徒の意見を全て受け入れろ」「生徒に強制してはいけない」「生徒自身が〇〇まで待ってやれ」と正反対のことを私は言っています。そりゃあ、マスコミの今風の論調に完全に染まっていらっしゃるお母様方にとっては、私は古代の悪しき遺物の代表なのでしょう。ブームになるどころか、白い目の晒し者の代表なのかも知れません。[RED]こんな明白なことが、今頃やっと分かりました。[/RED]かと言って、私は「何も心を入れずに、生徒と母親の機嫌を取りながら、淡々と教えたから出来ても出来なくても知らない。淡々と月謝を貰う儲け主義」の巷に溢れている塾運営はできません。そこまで心を落とす位なら、この仕事を止めます。こんな「屁理屈」を言っているから儲からない『貧乏塾』なんでしょうね（笑）</description>
      <pubDate>Tue, 15 Jul 2014 16:17:06 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>誰が原因でしょうか？20140708</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-78586/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-78586/</guid>
      <description>最近、ある中３生が、余りにも自分勝手(我が侭・思い込み)なので強く叱り、「受験まで時間が無いので、早く改心するように…」と言いました。すると、余計に反発して従わなくなり、お家に帰り保護者に「塾が自分の事を分かってくれない。塾に行ってても成績は上がらないし止めたい」と言いました。（実態は学校のテストの点数は１年位上下変動。模試の偏差は５〜７上昇）保護者は「受験が近いので我慢して頑張らないと…」生徒は「塾は無駄。自分で勉強するから大丈夫」保護者は「責任が取れるなら思うようにしろ(責任って何でしょう？)」その後、塾へ「生徒本人が進退を話すと思います」と電話がありました。その後、生徒は登塾日に来て何も無かったかの様な態度で、全くその件には触れず。退塾直前に揉めるのも嫌なので講師も淡々と授業（注意したい部分も黙認）。その次の登塾日も黙って来、今まで通りの注意ネタの行動。講師が我慢できずに注意すると「退塾」を口走る。講師が放っておくと、ルンルンで帰って行きました。その後、生徒からも、保護者からも、今後のことについての話しはありません。夏期講習の日程作成も関係してくるので、教室としたら「どちらでもよいのでハッキリして欲しい」が本心です。私たちの気持ちは別にして、今の世の中的には塾or保護者or生徒の誰が問題なのでしょうか？もし、塾がワースト１だとお思いの方がいらっしゃったら、資料請求の画面から、ご意見をお知らせ下さい。宜しくお願いします。</description>
      <pubDate>Tue, 08 Jul 2014 17:40:09 +0000</pubDate>
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      <title>私はいつも言ってるんですが・・・20140701</title>
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      <description>前回の「聞いている」の派生話です。先生が何度注意しても「私は分かっている」「私は知っている」「私のやり方は正しい」「私は正しくやっている」「私のやり方なら必ず良い結果が出る」と「私は…」「私は…」と自分を主張して、決して素直に従ってくれません。勿論、じりじりと成績は下降します。その件をお家の方(殆んどがお母様ですが)にお伝えすると・・・、「私は、いつも言ってるんですけどねぇ…」とか「何回も注意したんですけどねぇ…」とおっしゃいます。その後で「でも直らないんです。この子が特別なんでしょうか…」と、とんでもない発言まで。まさに躾放棄です。できない子なら、できるまで、やるまで付き合ってやる辛抱。素直にやらずに「自分は完璧。自分は絶対。自分は…」の子には、首根っこを捕まえて押さえ付けてでも従わせる勇気。ひれ伏す事が必要な事を教えるチャンスです。これを教えてないので、先生・先輩・上司・親・大人に従わない風潮から社会意識の下落が起こっているのです。正しく無いから正しく無い結果になっているのに、その責任と修正を他人の責任にする意識。「私はいつも言っているのに…」は当に「子の鑑」なのでは？</description>
      <pubDate>Tue, 01 Jul 2014 17:04:06 +0000</pubDate>
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      <title>子ども達の「聞いている」の一考察20140620</title>
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      <description>今回は少し長いです。覚悟して読んで下さいね。成績下位者の話です。今の子どもたちの「私は、ちゃんと聞いている」の言葉の中身と、お母様方の認識している「聞いている」には大きな違いがあります。ですから、子どもに「ちゃんと聞いてるの？」とか「分かった？」の答えに「うん、分かった」とか「ちゃんと聞いてる」と言われたからって、100％額面通りに受け取らないでください。お母様方の「聞く」には⇒「分かる」⇒「実行する」の方程式が成立しています。しかし、今の生徒たちの「聞く」は、「入ってきた音の中の好みの音か、たまたま努力しなくても聞き取れた音だけを受け取って、その他の大部分は流してしまう行為」を言います。ですから、内容などを聞き取る努力をするはずも無く、「音が聞こえた」ことを「聞いた」と言います。ですから「ちゃんと聞いてる」と言われて安心しないで、どこまで聞こえたのかを確認しないと安心できません。内容の大部分が聞こえていることを確認して初めて「ちゃんと聞いた」が成立します。もちろん「分かった」かどうかは、また別の話です。「聞いた」けれど、自分が納得できない内容の時には大部分をスルーします。反発したり反論したりしてくれると、まだ可能性もあるのですが、完全に「放っておいて、スルー」するのですから、時間が経たないと分かりません。ですので、「分からせる」とは「納得させる」ことであり「我慢を覚悟させる」ことです。嫌々「分かる」ということはありません。嫌々の時には、いくら「分かった」と言っていても、大抵実行しません。何故なら「スルー」は最高の特技なのですから。次に「実行」ですが、指示した人の真意を考え、それを実現することを「実行」と言いますが、今では「やってる風」や「やったことにする」や「やってるつもり」ひいては「これ位やったら怒られないかな？」が実行の基準です。結果を意識などしていないのです。何故なら「頑張った」とか「結果より、頑張っている姿が大切」との綺麗事に守られているからです。何故、こんなことになってしまったのでしょう？私の想像では、真剣に、必死で一生懸命聞かなくても、「大人は何度でも言ってくれる」「何度でもチャンスをくれる」の実態が、生徒たちから「一生懸命聞く」の必要性を奪ったのでは無いでしょうか？「分からない」も、生徒が自分で考え「分かろう」と想像しなくても、「生徒が分からないのは、先生の教え方が悪いからだ」とのマスコミの綺麗事論調を真に受けた保護者が、生徒にもそれを言うからです。「分からない」は聞かなくても良い、覚えて無くても良いの錦の御旗に成り下がっているのです。勿論、「実行」などする筈もありません。何故なら「実行しなかった時の『罰』や『痛み』や『困ったこと』が少しも無いのに、我慢して実行する大師のような徳の高い人など、そんなには居ないでしょ？」です。つまり、「言った」から「家の子は分かって、やってくれるはず」は、社会が求めていないのです。社会は「許してやれ」「認めてやれ」「要望を聞いてやれ」の耳障りの良い言葉で目の前の難題に向かわせないで、助けてやるシステムだけを作り上げてしまったのです。大切で可愛い「家の子」だからこそ、どうするべきか？個人的には答えに辿りつきましたが、皆さん全てに該当するか？永遠の？？？？？？が結論です。</description>
      <pubDate>Fri, 20 Jun 2014 21:39:46 +0000</pubDate>
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      <title>最近の中学生の傾向20140616</title>
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      <description>受験生学年になって約２ヶ月。勿論、前年の最後には色んな話もしましたので、受験生の「自覚をもってくれたであろう」期間は４ヶ月近く経過しました。生徒全体の最近の傾向は「二極化」です。受験生の傾向も、ご多分に漏れず「二極化」です。上位者は、学校の授業は真剣に聞き、少しでも疑問ができると質問に来。宿題は完璧。自主的な復習も出来。塾での指導や指示は理解できて実行。その上、保護者は「先生、家の子、チャンと勉強してますか？」と電話や面談要望。一方△△者は、学校の授業は適当に聞き流し「分からんかったら塾で聞けば良い」でも聞きもしない。疑念は出て来ないし、出ても「説明を聞くと面倒臭いから放っておこう」で分からないまま。宿題は何も考えないで済む単純な所だけ。「受験勉強をしている」と言うので持参して貰って確認すると、現在学校でやっている単元の復習で、1・2年の範囲は放置。その上保護者にお伝えすると、「だから塾にお願いしているんですよ」と丸投げか「家でも喧しく言っているですけどねぇ」で放置。ひどい人は緊急保護者面談を申し込んで、半月経っても「放置」です。何でこんな事に…？こんなだからこんな事なのかな？私は塾なのかな？△△生徒の親代わりなのかな？と思う日々です。躾や子育てまで遣らされるにしては月謝が余りにも・・・。</description>
      <pubDate>Mon, 16 Jun 2014 16:58:37 +0000</pubDate>
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      <title>お久しぶりです20140612</title>
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      <description>お久しぶりで、すみません。暫く平穏な日々が続いていましたので更新するネタがありませんでした（本当か？異常に慣れてしまって、異常に気付いていないだけじゃ？）ただ今、愛犬の散歩から帰ってきました。暫くぶりの晴れの夜空で（現在、豪雨中の地域の方々ごめんなさい）月が非常に明るく、星星が見えない位輝いています。その中で特別に見えているのが「火星」です。随分西の空に動いてしまいましたから、はっきりと見えるのは、後1月くらいかな？では、これから晩御飯を食べて寝ます（だから太るんですよね。女性陣にデブ・ハゲ・オヤジと言われる原因かな？あっ、食事とハゲ・オヤジは関係無かった）久しぶりで「ショーモナイ」話しでゴメンなさい。</description>
      <pubDate>Thu, 12 Jun 2014 23:05:32 +0000</pubDate>
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      <title>リベンジできました20140527</title>
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      <description>リベンジという言葉は「仕返し」的な悪い言葉らしいですが、私の心と身体に対して敢えて使いました。５月６日に鳥取に行ったことはお伝えしましたよね。しかしその時、三徳山三佛寺に行った時、体調不良で達成できていなかった事を２５日に再挑戦のためだけに再度お参りしました。準備万端、ゆっくり確実な足取りで困難な岩山登りを始めました。この困難な登りが修行なんだそうです。こんな山の頂上や岩の斜面に、1300年も前に、どうやって作ったのだろう？と思う素晴らしい建物が何箇所か現れた後、最後の国宝の「投入堂｝が表れた時には感動ものでした。勿論、登った限りは降りなければ…。これがまた大変でした。辛い修行を我慢できたのだから、これからの色んな事も我慢できるかなと甘い考えを持った瞬間でした。その後「宝物館」も拝観し、「お宝鑑定団」で２００万円と鑑定された「壺」も拝見しました。疲れたけれど、清清しい一日でした。</description>
      <pubDate>Tue, 27 May 2014 16:43:09 +0000</pubDate>
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      <title>何でだろう？やっぱりね！20140517</title>
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      <description>教室の地域では、中間試験の真最中です。教室では、自習室を開放して、質問にも応えています。でも…、でもです。質問に来たり、自習に来たりする生徒は成績上位者です。「おまえこそ自習に来い」の生徒は、成績下位者です。その意識だからこそできるのかな？その意識だからこそ成績不振なのかな？改めて実感しています。</description>
      <pubDate>Sat, 17 May 2014 15:21:10 +0000</pubDate>
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      <title>ＧＷ終わっちゃいましたね20140506</title>
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      <description>３週間ぶりでごめんなさい。いゃ〜ぁ、ＧＷも終わっちゃいましたねぇ？皆さんは、どんなお休みでしたか？教室の一人の先生は「引越しします」と言われてましたけど、無事終わったのかなぁ？私は、５／３、５、６は教室で溜まった事務処理に入り浸りです。５／４は末娘と二人きりで日帰り旅行に行きました。白兎神社、三徳山三佛寺、はわい温泉（ここは通過）、コナンの里です。どこがどうとかはありませんが、楽しかったし疲れました。以上です。</description>
      <pubDate>Tue, 06 May 2014 21:42:30 +0000</pubDate>
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      <title>火星！見ました？20140416</title>
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      <description>毎日、大体23時前後に愛犬の散歩に行きます。昨日、今日の満月の明るさにはビックリですよね。街灯に近い位に明るいのですから･･･。明るすぎて、周りの星が殆ど見えません。しかし、その状況の中でも、南の空の月の近くに、ひときわ赤く明るい（マイナス１.５等星だそうです）星が見られます。これが火星です。「地球の隣の惑星なので当然だろう」等と夢の無いことを言わないで下さい。近づいたり遠ざかったりしながら公転している中で、たまたま何年振りかに肉眼で見えるのです。織姫と彦星よりロマンがあるではないですか？まだ1〜2ヶ月見えるそうですから、機会がありましたらご覧下さい。勿論、いつまでも同じ所には居ませんよ。自転・公転しているのですからね。</description>
      <pubDate>Wed, 16 Apr 2014 23:38:27 +0000</pubDate>
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      <title>携帯電話の功罪かな？20140412</title>
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      <description>最近、問合せや体験授業や来塾の予約を頂いたときに連絡先をお聞きすると、携帯電話の番号を言われる方が増えました。勿論、直ぐに直接本人に繋がるので便利ではありますが、「何処の誰」かも分からない方なので、マイナスの事も起こります。予約の日時になってもお越しになられないので連絡してみると連絡がつきません。所謂「着信拒否」です。予約を受けているので受け入れ準備をして時間を空けて待っていますよね。全てが無駄で虚しく感じます。「別にお金を使わせたり、騙した訳ではなく、『ちょっと違うかな？』と思ったから放っておいただけでしょ！無料なんだから良いでしょ」とおっしゃる方もいらっしゃいます。もちろん無料だから「お代」は頂きません。しかし、「だからと言って何をしても許される」訳ではありません。予約を受けても無視して準備もせず、不在だったら何とおっしゃるでしょう？たぶん、この世のものとは思えないくらい「ボロクソ」におっしゃるでしょうね。別に急な予定を許さない訳ではありません。お互いに大人です。「行けなくなった」と一言頂ければＯＫです。身分や住所が特定できないネットや携帯の罪の部分でしょうか？アルバイトの応募にもこれが多いと聞きます。こんな無責任な人間は絶対お断りです。親御さんはそれでも「自分が得な方を…」とか「所詮、子どものバイトなんだから…」と許されるのでしょうか？私には理解できません。私の一番嫌いな言葉「放っておく」です。</description>
      <pubDate>Sat, 12 Apr 2014 14:37:28 +0000</pubDate>
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      <title>そこまで？！凄〜い！20140410</title>
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      <description>我が家の愛犬「そら」の話は何度も書きました。５年も飼っていると「バカ犬」と思わせる行動をする犬でも、段々「情」が沸いて可愛さが増しています。そのペットについて教室で話していた時のこと、ある先生が飼っている金魚について話されました。「入れ物（水槽？）に手を入れると浮かんで来て、背中を撫でさせてくれる」との話です。「そこまで慣れてくると、小さな生き物でも「情」が沸いて来る」と言われてました。そりゃあ反応を見せる犬でも可愛くなるのだから、そんな小さな金魚が反応すれば可愛いでしょうね。でも、良〜く撫でるまでになりましたよね。金魚も分かって浮かんでくるのでしょうかね。</description>
      <pubDate>Thu, 10 Apr 2014 15:40:36 +0000</pubDate>
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      <title>ちゃんと確認したでしょ？20140407</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-74972/</link>
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      <description>私たちの教室では入塾の時に「約束を守らない生徒は叱ります。何度も指示を無視すれば、きつく叱ります。」と宣言します。殆んどの保護者は「当然です。どんどん叱ってやって下さい」とお許しを頂けます。「最悪の時には叩いても宜しいですか？」とも付け加えます。勿論、一切実行すること無く卒業していく生徒が殆んどです。しかし、時々実行せざるを得ない生徒が現れます。勿論、何でもかんでも直ぐに実行する訳ではありません。何が問題かを本人には何度も話します。保護者にも面談をして説明します。生徒本人には問題点を改善しないと実力行使する事も伝えます。ここまで予告しても生徒と保護者の「無視」や「まさか金を取っておいて生徒に手を…」の過信は止まりません。段々行動がエスカレートするのでついに実力行使すると、生徒は「生まれて初めて…」の顔をします。逆に考えると、ここまで何もせずに育ててこられた方に敬意（逆の意味です）です。その後、数日で殆んど動きがあります。「子どもが怖がって行きたがりません。私どもの教育方針と違いますので止めさせます」が殆んどです。入塾の時に確認しましたよね？生徒の問題行動の時に確認しましたよね？他人に自分の我が侭を押し付けることは平気な生徒、それを許し他人を無視する事を許す保護者。だから最初に確認した事も無視されたんだなぁ？納得のような複雑な気持ちです。最後に「[B]私たちの教室は暴力を当然とは考えていません[/B]。」しかし、何も歯止め無く無茶や無視の生徒に話を聞かせる方法は放り出すことか、実力行使しかありません。そこの所を賢者の読者様ご理解下さい。</description>
      <pubDate>Mon, 07 Apr 2014 18:09:26 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱりね！20140405</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-74875/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-74875/</guid>
      <description>一昨日にお話しした「幼い」生徒の保護者から「家族会議を開いて皆んなの意見を聞いた結果、先生との教育方針の違いがあると分かりましたので、止める事に決まりました。どうですか？」とお電話がありました。「何が？」とお聞きすると「家の子は何も悪くないのに叩くなんて･･･、怖がって行きたがらないんです。」とのことです。突っ込み所満載の内容です。（○数字の所です）こんなレベルの事で家族会議を開きますか？『自分一人が悪いんじゃないよ』とのゴマカシ？皆んなの意見を聞いて無いから止めさせるのでしょ？逆に『皆が言ったのなら怖い家族』どんな教育方針か聞いてみたいです。この年齢でここまで放置してあった方針を。『どうですか？』って、決めたから連絡されたんでしょ？私に何を言えって？これも『私は他人の意見をチャンと聞く』っていうポーズかな？何も悪くない子どもを叩く大人が居ますか？私は「コツン」としただけです。百歩譲って叩いたとしても、初日から何も無く叩きますか？長い期間の遣り取りの中から、『決して許せない行動』に対して怒るのでは･･･？どうぞ、ご自由にこれからも大切に庇い続けて『可愛い家の○○ちゃん』の盾になって、我ままな希望を叶えてあげて下さい。長文な上に、感情的な乱文でごめんなさい。ペコリ。でも、最近、このタイプのお母様の話しをよく聞くなぁ？</description>
      <pubDate>Sat, 05 Apr 2014 08:29:12 +0000</pubDate>
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      <title>こんな裕福な日本で・・・20140403</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-74811/</link>
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      <description>先日来から、少しだけ縁あって「事情ある生徒」に少しだけ勉強を教えています。病弱で、薬の影響もあり学校へ行きたくても殆んど行けない生徒です。初めての日に色々話を聞くと、学校に行った日の内容は完全に覚えているし、教科書を一生懸命読んで、自分なりに考えて理解しようと努力していました。しかし、どうしても細切れの知識になってしまい、体系的に理解できていない為解けない問題が多いのです。自分が分かっていない単元も明確で、知りたくて仕方ないのです。「これとあれの違い」とか「違いを見つけるキーワード」とか「解いていく手順とか組み合せ方法」を説明していくと、あれよあれよと理解して問題を解いてしまいました。自分の我が侭や甘えで学校を休む生徒が多いこの裕福な日本で、まるで大昔の日本のように、学びたくてもその機会を奪われている生徒がいるなんて・・・。不思議な感覚になってしまいました。</description>
      <pubDate>Thu, 03 Apr 2014 17:26:11 +0000</pubDate>
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      <title>お母さん！今と将来では・・・20140403</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-74810/</link>
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      <description>昨日あるお母様と、生徒の現状についてお話ししました。後数日で中学生になる生徒。しかし、「だってぇ…」とか「・・・（黙って時間を稼ぐ）」とか「ばぶぅ〜（赤ちゃん言葉）」とか、説明や質問を聞かず、マイペースの事を喋る、をいくら注意しても止めません。お祖母様にもお母様にも現状をお伝えしました。すると、かえってきた返事が「他人との会話に慣れていなくて、怖がっている」とか「塾に行くのをビビッている」「家ではそんな事は無いのに…」と言われました。以前、生徒とお祖母様と三者で面談した時に、お祖母様が全て「あなたの為よ」とか「分かるよね？」とか「次は頑張れるよね？」と先回りしてしまうので、生徒は「うん」しか言わずに済みます。考えずに済みます。普段でも、お家でこんな感じだそうです。確かに「幼い」「かわいい」「守ってやりたくなる」存在は可愛いものです。しかし、それは小さいからです。もうすぐ中学生です。数年後には、全て自己責任の世界に入らざるを得ません。本当に今のまま、かばい続けて許し続けて良いのですか？将来の為に、今は心を鬼にして我慢と苦労をさせますか？これが全てのような気がします。</description>
      <pubDate>Thu, 03 Apr 2014 17:10:55 +0000</pubDate>
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      <title>今年の小学卒業生って・・・20140330</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-74642/</link>
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      <description>今回は、狭〜〜い範囲の限定版の話をさせて下さい。あくまでも限定です。一般の方、怒らないで下さい。ここ最近、今年小学校を卒業した生徒と連続して出会っています。「勉強を教えてやって下さい」とか「うちの子の状態を確認して下さい」とか「可能なら入塾を検討して・・・」とか伺っています。何度か勉強を見ていると、「え〜じゃん」とか「うん、ええよ」とか「だって〜」とか「え〜〜？」とか「〇〇先生は、これでも良いって言ったよ〜」とか「え〜？習って無いよ」『これは？』「あっ、それなら知ってる」「あ〜、私、その嫌いだったから忘れた」とか、これが後数日で中学生になるのかと思うと「怖くなる」言動を目にしています。何故今年だけこんな生徒が集中したのか考えてみました。小学校入学時には「ゆとり」と「子どもの意見を…」のど真ん中で制止されることなく過ごし、移行処置中に大切な３年から５年を過ごし、知恵と我が侭で制止できなくなってから６年生を過ごしました。だれにも叱られず、口ごたえとごまかしでその場を通過する事に全力を傾ける力を身に付けてしまった様です。かな？あくまでも狭い範囲の限定と思って下さい。問題提起です。</description>
      <pubDate>Sun, 30 Mar 2014 22:41:36 +0000</pubDate>
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      <title>予定通り？20140322</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-74324/</link>
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      <description>今年の受験は全て終了しました。まぁ、結果は良くも悪くも予想通りです。でも、今年は、若干名を除いて素直に行動してくれる受験生ばかりだったので、有り難い結果です。春期講習も始まりました。こちらも予定通りです。講習・修正・補習が必要な生徒に講習を受講して貰ってます。補習の生徒は予定通りです。修正の必要がある生徒、これが大変です。唯一、予定通りにいきません。世の中、そんなに簡単にはいきませんね。</description>
      <pubDate>Sat, 22 Mar 2014 12:38:55 +0000</pubDate>
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      <title>家の子、おとなしいから・・・20140316</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-74100/</link>
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      <description>最近入塾したり体験授業をした何人かの小学生や中学１年生の話をします。生徒と話したり授業をしてみて一人二人じゃない位感じるのが「子どもの特権を知っていて、フルに活用している」と言うことです。勉強は一生懸命聞いて、一生懸命分かって、「覚えろ」と言われたらその為の努力をする。「考えろ」と言われたら、自分の知識から最大限考える。これで粗できます。しかし、私が目にした生徒たちの特徴は「聞き流す」「分からないのは先生の説明が悪い」「覚えたけど、そこは終わった所だから、もう忘れた」「考えても分からない」「私はちゃんとやっている」「もう書き終わったから勉強した」「とにかく書いて出すことが勉強」です。もっとすごい生徒は、「怒られなければ勉強していることになる」「母さんか祖母ちゃんに見つからなければＯＫ」「間違えて怒られる位なら、黙ってじぃ〜〜っとしていれば、その内許してもらえる」です。これで小学校で70〜80点。中学で50〜60点をとっていれば、「家の子は大人しいから・・・」と許して貰えるそうです。どうですか？心当たり無いですか？</description>
      <pubDate>Sun, 16 Mar 2014 17:52:22 +0000</pubDate>
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      <title>食事会、楽しかったです！20140310</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-73851/</link>
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      <description>昨日、教室の「来年も頑張ろう食事会」を市内のバイキングレストランで実施しました。中学の卒業式の関係で参加できない生徒も居ましたので、例年より少し人数は少なかったですが、それなりに楽しかったです。普段会話をしない先生と生徒が会話してたり、曜日が違うので合うはずの無い生徒が仲良く行動を共にしてたりで意外な光景が見れました。やっぱり中学生は凄いですねぇ。私は見ているだけで満腹になる位の量を簡単に食べ尽くしていきます。最後には、見ているだけで気持ち悪くなりますよね。何にしても、普段は「勉強しろ〜」って言ってる相手と、ワイワイ雑談するのですから、とっても楽しかったです。来年も楽しみに、あと１年頑張ります。</description>
      <pubDate>Mon, 10 Mar 2014 22:17:57 +0000</pubDate>
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      <title>お母さん！よ〜く頑張りましたね！20140302</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-73502/</link>
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      <description>１年位前に、半不登校で、学校を止めたいと相談に来られた高校生のその後です。昨日（３月１日）、お母様から「先生のお陰で無事卒業してくれました」とお電話頂きました。いえいえ、私なんかのアドバイスを真摯に受けとめ実行して下さった事の方が凄い事です。当時の話の内容としては、お母様は「折角入った受験校、頑張って勉強して良い大学に進学して欲しい」。生徒本人は「人間関係と体調（精神的なもの？）が悪く、退学して新たな道を考えたい」でした。私の折衷案は「兎に角学校へ行く。遅刻しても赤点とっても良いから学校に行く。勉強はしたければしろ。その気が無ければしなくても良い」でした。親子とも苦しそうな顔をしながら実行して下さいました。その結果が昨日の卒業です。お母様の本心は「やっぱり大学へ行って欲しかったけれど、まぁ卒業してくれたので良しとします。進路も本人の希望を100％受け入れて決めました」との事。生徒本人も頑張ったのは事実ですが、お母様が[B]「[RED]私が口を出さず、子離れする事が、この子の為になる[/RED][/B]と頑張りました」と言われた一言でした。「お母さん、頑張りましたね」と少し上から目線で失礼ですが、賞賛したいと思いました。</description>
      <pubDate>Sun, 02 Mar 2014 13:49:46 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり出来る子は・・・20140217</title>
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      <description>一週間程前から、知人の子供で、地元の県立１高校を受験予定の中３生が教室に毎日自習に通っています。受験直前になって、不安になったのでどこかで誰かに見ていて欲しかったらしいです。学校帰りに自分のやりたい物と質問の物を持って来ます。前日、自宅で自分で解いて、答えと解説を読んだけど納得できない物を「質問いいですか？」と聞いてきます。用語の勘違いか全く別物を応用利用する特殊な質問が多いです。質問が終わると、黙々と自習しています。学校レベルの内容を聞かれた事はありませんし、私が他愛も無いプチ情報を話してても、真剣に聞いています。帰る時には「明日も同じ時間に来ます」とか「明日は来ませんが、明後日には○○時に来ます」と予定を明確にして帰ります。大変な自己管理力・人間力です。「やっぱり、勉強ができる子は、こんな所からの意識が違うなぁ」と私が日ごろから言い続けている考えを再確認できて嬉しく見ています。</description>
      <pubDate>Mon, 17 Feb 2014 13:12:10 +0000</pubDate>
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      <title>塾の指導って？20140217</title>
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      <description>先日、『冬休みに国語で15コマを提案されたので止めた』と近所の有名個別塾から我教室に転塾して来た小学生がいます。算数の授業をしてみて、「えっ？」って思いました。数週間前よりも昔の単元内容は殆ど忘れていましたし、前週に覚えて来るように宿題とした「小数の計算ルール」もあやふや。苦しい事、面倒な事、考える事が嫌い。面倒な事と格好悪い事は放っておくと、大人は答えを言ってくれるか、許して「無かった事」にしてくれる。だからそうして来たと本人に問い詰めると白状しました。「じゃあ、前の塾でも『分からない』と放っておくと先生が、式と答えを言ってくれて、それを書いて丸を貰って『できた〜』って思っていたの？」と聞くと、「うん」と胸を張って答えてくれました。確かに、生徒が勉強をするかしないかに関わらず、授業をしたのだから「対価」を頂くことはできると思います。が、明らかに結果（実力）に繋がらない授業方法で対価を頂くことは私には「忍びない行為」です。「だって生徒が・・・」と言い訳が聞こえてきそうですが、だったら保護者に事実をお伝えして、いくら罵倒を受けようが、改善方法を相談するか、退塾をお勧めする方が親切だと思うのですが・・・。こんな事をやってるから皆んなから「商売下手」と言われるのでしょうね。因みに、上記の生徒のお母様には事実をお伝えして、今後の対応方法を指示しました。すると「そうなんですか？ありがとうございます」と言われました。社交辞令のお言葉とは思えないのですが・・・。また、独り善がりと言われるのかなぁ？</description>
      <pubDate>Mon, 17 Feb 2014 10:21:16 +0000</pubDate>
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      <title>ごめんなさい＆ありがとう20140203</title>
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      <description>１月３１日の夕刻、母親と同じ位に色々世話を掛けた本家の叔母さんが突然亡くなりました（当然、事前のお知らせは無いですよね）。授業予定が有りましたが、可能な先生にお願いして鍵締めも別の先生にお願いしてとび出しました。その後の予定や段取りを決めるのですが、私は、私の自宅の近所での冠婚葬祭の手伝いグループの今年の長で、私が先導しなければならない立場でした。その作業もできず、オタオタするばかり。すると近所の方々が「いいよ、いいよ」と全て引き受けて代行して下さいました。２月１日の予定も何件か入っていたのですが、３１日の遅くに電話すると、皆様快く「仕方ないですね。分かりました」と変更して頂けました。おかげで３１日１日２日と全てがキチンと終わりました。いくら緊急時とはいえ、快く変更や代行を受けてくださった方々、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。そして、有難うございました。これから、少しずつ恩返しはしていきますね。</description>
      <pubDate>Mon, 03 Feb 2014 20:57:35 +0000</pubDate>
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      <title>美味しいなぁ20140131</title>
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      <description>テレビＣＭで向井理さんが「スープもやってみ！」って言っている、味の素の丸鶏がらスープですが･･････。私、はまってます。少し大きめのマグカップに搾り出し式の生姜を少し、そしてスープの顆粒をティースプーンに一杯。ねぎは無いので諦めて、週に4〜5回飲んでます。これぞ、ホッとします。以前はＪＡＬやＡＮＡのビーフコンソメスープが好きだったのですが、値段と味では味の素の勝ちです。別に「味の素」からお金貰って無いですが、宜しければ皆さんもやってみてはいかがですか？しょうもない話しですみません。</description>
      <pubDate>Fri, 31 Jan 2014 17:11:15 +0000</pubDate>
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      <title>先日の結果報告です20140128</title>
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      <description>1/7と1/9と1/19の「ひとりごと」に書きました、優しすぎる保護者と幼すぎる生徒の結末報告です。「音信不通になっている」と書きましたが、今日になってやっと生徒本人と連絡とれました。先日の私の想像通り、私が連れて行かない様に「大切なうちの○○ちゃん」を別宅（実家？）に隠していたようです。その上、休む時のルール、止める時のルールを説明し、承諾の印まで頂いていたのに全て放置で「なし崩し」です。別に丁寧なお礼や挨拶が欲しい訳ではありませんが、待っている人が居るのですから、嫌なら嫌、止めるなら止めると一言連絡するのが「大人の常識」では？その上、「お母さんがそれで良いって言ったの？」と聞くと、『うん』だそうです。もう、呆れに呆れて、コメントする気にもなれません。やはり、予想がほぼ当たったけっかです。別に当たって欲しくは無かったですけどね。</description>
      <pubDate>Wed, 29 Jan 2014 00:07:02 +0000</pubDate>
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      <title>無茶でしょ?どうしろと???????????20140126</title>
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      <description>今日は、少しだけ私の愚痴にお付き合い下さい。いつもですみません。今日（正確には昨日ですが）、とても「??????＆怒怒怒」なお客様が来られました。要約すると、進学塾に通っていたし、本人も必死で頑張っていたし、お母様も必死で教えていた。暗記は完璧（お母様曰く）だが、問題が解けない。他の子はズルしてでも終わらせたが、我が子は真面目にやったので時間が掛かる割には点にならない。親の対応に問題は無い。何故なら兄弟も同塾に行っていてトップだから・・・。です。これを、来塾から10数分で一気に喋られました。途中で私が質問や私の知っている現状をお伝えすると、「じゃあ、家の子はダメだと言うのですか？あんなに頑張ったのに・・・」とお母様の気持ちを理解（正確には全て認めて欲しかった？）しなかった事を不満げに反論され、「私も教師をしているので、子供の事はよく分かってます。もういいです」と言われたので、お母様の必死な気持ちも分かりますが、思わず私も反論してしまいました。「初対面でお会いして、まだ30分も経っていないのに、我が子を理解してくれないと言われても無理でしょ？それよりお母さん、子供の事はよく分かっても、大人の常識は分からないのですか？」と。言ってしまった後で「しまった」と思いましたが、「最後の砦だと思って来たのに、何ですか・・・」と追い討ちを言われたので謝りませんでした。うちの教室の生徒は、最後の砦に拾われた子ばかりですか？失礼にも程があります。皆さま！私への罵倒を中心に色々ご意見も有ろうかと思います。是非とも資料請求フォームからでも意見を下さい。お願いします。また、暫く自己嫌悪です。</description>
      <pubDate>Sun, 26 Jan 2014 10:02:27 +0000</pubDate>
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      <title>大人の対応？賢い対応？20140119</title>
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      <description>先日、「生徒の意識・行動に問題あり」とお話しした「ひとりごと」のその後です。私は、常々生徒に「逃げたり隠れたりして言い付けを無視して欠席すると、家まで迎えに行くぞ」と言い続けています。それが、影響しているのかどうかは分かりませんが････････････････････････音信不通です。当然、生徒が来るべき日も来ません。その日お家に何度電話しても不在（居留守？）。お母様の携帯に電話しても不在（着信拒否？）２週間経ってもその後の連絡も頂けてません。私も、家庭訪問を躊躇しています。何故なら、理由が３個考えられるからです。私なんぞに構っていられない位の大事が発生している。私の事が本心から嫌になって、二度と顔を見たくなく、声も聞きたくないと思われている。家に居る事が分かると、本当に迎えに来られて連れて行かれる（誘拐？）と困る（可愛そう）と思われている。以上です。普通に考えてみてください。保護者が断れば、はありえません。にしても、放っておいて「なし崩し」や「自然消滅」を考えられているのなら、大人の対応とは思えません。それが保護者の本心なら「だから子供の意識が・・・」です。真実はまだ分かりませんが、もし次の動きがあるか、私の思い違いが発覚しましたら、また報告します。以上、悪口のつもりはありません。ご理解ください。</description>
      <pubDate>Wed, 09 Apr 2014 16:19:35 +0000</pubDate>
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      <title>今夜の月は凄いなぁ20140115</title>
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      <description>今夜も、深夜に愛犬の散歩に行きました。今夜の月は、いつもより少し小さいけれど、非常に明るく感じました。その上、いつもより真上から照らされている様に思いました。中秋の名月の時にはもう少し、南中の角度が低く、大きさも大きく感じていたはずなのに・・・。自然って色々な顔を見せてくれて、神秘的で楽しいですね。勿論、放射冷却で空気中が綺麗で明るく見え、地球の地軸が傾いたままで公転して、北半球が太陽から最も離れ、そこを月が廻っているので高く見えてる事は理論的には知ってますよ。でも、それをいちいち言っちゃあ日々の楽しみが無くなりますよね。感覚や情緒を楽しむ時は、理屈抜きですよね。</description>
      <pubDate>Wed, 15 Jan 2014 00:33:10 +0000</pubDate>
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      <title>教室入口の掲示板に・・・20140109</title>
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      <description>教室の入口の掲示板に「塾長の独り善がり」と言うコーナーがあって、ここでは書けない様な厳しい言葉や、過去の経験や指導方針が貼ってあります。全て、事実と体験した事が書いてあります。学校の現状と問題点。生徒たちの意識や行動の問題点。保護者の意識や問題点。云々です。生徒の保護者。入塾を検討されている方。近所の方々。等々、色んな方々が読まれている姿を拝見し、とても嬉しく、また恥ずかしくも思っています。賛同のお言葉。反対のお言葉。もっと沢山書いて欲しいとの激励。色々です。しっかりしている生徒や歳相応の生徒、成績優秀者の保護者から「賛同するので、うちの子にもこの考えで指導して欲しい」と要望されて、恐れ入っているところです。勿論、指示通りにしてくれた生徒は、全員成績も人間力も成長してくれました。しかし、反対・反論される方もいらっしゃいます。その方々の殆んどの口から「うちの子はこんなにひどくない」とか「こんなに厳しくしたら、子どもの心が荒む」とか申されます。でもその子どもを見てみると、案の定張り紙通りの生徒たちでした。つまり、生徒の問題より、その保護者さまの意識が変わらないと、その子どもたちの上昇は・・・。今回は、言いたい放題の愚かな内容ですみません。ご気分を害しましたらお許し下さい。</description>
      <pubDate>Thu, 09 Jan 2014 17:47:21 +0000</pubDate>
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      <title>厳しくしましょうって言うと・・・20140109</title>
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      <description>前回の内容と繋がっています。「厳しくしましょう」「我慢させましょう」「嫌でも指示に従う練習をさせましょう」って保護者との面談で言う事が度々あります。勿論、全員に言う訳ではありません。「甘やかされているな」とか「我慢させていないな」とか「嫌な事から逃げて、平気で放っておく生徒だな」と思った時だけです。通常なら、幼児期か小学期にしておくべき躾です。ところが、できている生徒や半分位できている生徒の保護者からは「はい、是非厳しくお願いします」って言われます。勿論、必要ありません。厳しく指示する前に、生徒が一度で指示に従ってくれます。ところが、０％〜３０％の「我慢・従う・無視しない・継続の生徒」の保護者にこれを言うと、殆んどの保護者の表情が曇ります。「私は暴力的な事は嫌いです」とか「私の教育方針は子どもの意見を良〜く聞いてやることです」とか「〇〇ちゃん、どうする〜？頑張れそう？」と、目の前で生徒の意見を聞く方までいらっしゃいます。当然その場合の生徒の返事は、ほぼ「う〜ん、無理かも…」です。そりゃそうでしょう。今まで我慢をさせてないのだから、無理ですよ。だから勉強もできないんですよ。その後、保護者から「やっぱり私の方針と違いますので…。厳しいのは無しで、勉強だけ出来る様にして頂けるなら…」です。私は「？？？？？？、疑・怒・呆・諦・放」しか思いつきません。</description>
      <pubDate>Thu, 09 Jan 2014 16:15:02 +0000</pubDate>
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      <title>子供に優しいって何？20140107</title>
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      <description>昨日で、今年の「冬期講習」が終了しました。少し(大変？）不安な受験生も居ますが、兎に角終わりました。それより、大変な事がありました。学校で授業をまともに聞いていない。宿題も毎日放って遊び歩く。塾の指示も聞き流す。家でも少し黙ってじっとしていれば「もういい」と保護者が許すので、都合の悪い事は黙り込む。学校で問題をおこして班で連帯責任になっても平気。保護者への伝言・手紙を持ち帰らせても出さない。理由を聞くと「怒られるから…」分かっているのなら出せよ！この生徒と保護者に来て頂いて、現状をお伝えし、目の前で生徒を怒鳴って叱りました。「大人を舐めるな！」と。すると、生徒は「こんな事を言われる様な所、止めます」と言うので、保護者様に「どう思われますか？」と聞いた所、保護者様が「〇〇ちゃん。こんな言われ方をされて、嫌な気持ちになったのはよ〜く分かります。でもここで、少しだけ我慢してみる気は無〜い？嫌になったから逃げるでは、今までと同じで何〜にも変わらないとママは思うわよ」と生徒の顔色を見ながら優しく語り掛けられました。その後私に「先生の言われる事は間違っていないと思いますが、子供への対応と言い方が…」とおっしゃいました。子供の将来や心を「理解する」と言う気持ちは同じだと思いますが、対応の仕方が違うと、こうも色々な結果が・・・。私の対応は、子供の為になっていないのかなぁ？またまた自己嫌悪になるのかなぁ？皆さんはどう思われますか？反対意見がありましたら教えて下さい。資料請求の画面からでもコメント頂ければ・・・。宜しくお願いします。</description>
      <pubDate>Sun, 19 Jan 2014 15:16:52 +0000</pubDate>
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      <title>閑谷学校へ20140104</title>
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      <description>「３日には何処かに行きたいなぁ」と言ってましたが、備前市にある「閑谷学校」に行ってきました。以前から行ってみたいと思っていましたので、やっと叶いました。岡山藩主が庶民の為の学習の場を作り、それが当時のままの形で残っているのです。論語を庶民でも分かる様に噛み砕いて、庶民に心の教育をしたのです。孔子像の公開もされていて、金色の孔子像も見ました。入場料とガソリン代だけの些細なレジャーでしたが、私的には大変勉強になりました。</description>
      <pubDate>Sat, 04 Jan 2014 13:17:25 +0000</pubDate>
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      <title>謹賀新年&apos;14　20140102</title>
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      <description>明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。さて私こと、年末は予定通り31日の夕方までバタバタと雑用に追われ、元日は初詣と挨拶で一日が終了。２日は普段出来ない家の雑用（年末までに終わらせとけよな！）で終わりそうです。３日は少しでも良いので、何処かに行きたいなぁ！と願望はあるのですが・・・。どうなることか。また報告します。と、この様につまらない内容も多いかと思いますが、今年も一年間我慢して、何卒お付き合い下さい。</description>
      <pubDate>Thu, 02 Jan 2014 15:38:45 +0000</pubDate>
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      <title>年内最終の仕事？20131230</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-71021/</link>
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      <description>今年の教室の行事は今日で終わりです。正直に言うと、窓拭きとか終わっていないので、明日の朝やろうと思っていますが、大きくはおわりです。色々バタバタした一年でしたが、「新年から…」とか「２月から…」と数人の入塾待ちの生徒が居て下さるだけでも嬉しい事です。感謝感謝。このひとりごとも、つまらないことを書き続けても読んで下さる方々がいらっしゃる。これも感謝感謝です。この仕事を始めて９年になりますが、色んな人たちに支えられて色んな経験をさせて貰いました。さぁ、１０年に向けて頑張るぞぅ！来年も宜しくお願い致します。</description>
      <pubDate>Tue, 14 Jan 2014 17:28:57 +0000</pubDate>
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      <title>すごい人数！20131220</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-70676/</link>
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      <description>今日朝、娘に頼まれて、某「黄色い帽子」のカーショップにスタッドレスタイヤを買いに行きました。勿論、チラシの特売品です。開店より２０分位遅く行くと、何と凄い人数のお客様です。殆んどの人がスタッドレスタイヤ購入で、作業の順番・時間待ちです。娘指定のタイヤも数量限定で、最後のひとつが何とか買えました。今朝、雪がチラついていた事と、ここ数日突然寒くなった事が原因でしょう。「どうせ分かっていた事なのに、どうして直前になってバタバタするのかな？」と思ったのは私だけでしょうか？そう言えば、いくら注意しても、定期試験の前日や、受験の１ヶ月前まで動かなかった生徒が居たっけ！皆んな「尻に火がつかないと動かない」と言う事を知った日でした。</description>
      <pubDate>Fri, 20 Dec 2013 13:26:28 +0000</pubDate>
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      <title>ほっ！やっと・・・20131215</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-70528/</link>
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      <description>先週から今週まで、入塾問合せ、面談、体験授業、冬期講習の準備とバタバタでした。お陰様で全員入塾して頂きました。年明けからの入塾希望待ちもお二人いらっしゃいます。これも有り難いことです。冬期講習の準備も予定通りにできました。良かった良かった。後は、年賀状の準備と期末テストの集計・ファイリングだけです。今から頑張るぞぅ！</description>
      <pubDate>Sun, 15 Dec 2013 14:37:17 +0000</pubDate>
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      <title>久しぶり〜20131202</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-70073/</link>
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      <description>今日、７年半前に退塾していった生徒が、久しぶりに顔を出してくれました。面影は残っていたのですが、最初は名前が出てきませんでした。当時の話を一杯して、とても懐かしく楽しい時間を過ごしました。その生徒も、当時の疑問点や色々な事を一杯確認して嬉しそうに帰っていきました。こんな訪問があるから、この仕事は止められないのですよね。</description>
      <pubDate>Mon, 02 Dec 2013 21:55:17 +0000</pubDate>
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      <title>口数が少ない？20131121</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-69708/</link>
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      <description>「家の子は口数が少なくて〜」とお母様が無口？な生徒を連れて来られます。何人かと接しましたが、「口数が少ない」と「わがまま」or「日本語が…」明らかに違う事が分かりました。前者は必要な時には適確な言葉で答えてくれますし、こちらの言葉も内容を正確に理解して実行してくれます。全く問題無しです。後者は、友達とは単語で会話し、母親は先回りして答えを言ってくれるので「YES or NO」だけで生活できる。自分の言葉で自分の考えや答えを伝える必要がある時は面倒臭いので「分かりません」か「・・・」で済ます。つまり考えるのが面倒だから放っているのか、もしくは本当に日本語が…。何でこうなるまで許し続けたのか。私と違って心の広い方が多いのかな？</description>
      <pubDate>Thu, 21 Nov 2013 17:22:08 +0000</pubDate>
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      <title>恐るべし保・小の先生20131121</title>
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      <description>近年、赤ちゃんの様な生徒が増加しています。説明してても、聞いていない。「はい」って言ったので説明した直後にやらせると何も書けない。分かっていない。もう一度説明しても「嫌い」とか「苦手」で聞いていない。そのくせ「私は〇〇はできる」と幼稚な初歩レベルの単純作業を自慢する。単純な２〜３個の用語の暗記を宿題にしても覚えて来ない。そこで伝家の宝刀「分かりません」。それが入っていないと次に進めないので絶対覚えて来る様に言うと「はい」。しかし、次週も「分かりません」もっと凄いのは、注意すると30分でも１時間でも泣き続ける生徒。原因を突き詰めて話を聞くと、保育所や小学校の先生が、一から十まで準備して指示して、出来て無くても「頑張ったねぇ」と褒めて下さっていたし、お家でも「先生から特別何も…」とか「これ位なら普通だろう」の思い込みで特別我慢も苦労もさせずにいた。その結果、中学高校になっても「全て先生が言っている音を聞いて、出来ることかやりたい事だけを選択して、正解・不正解は関係無く、身体を動かせば「頑張ったねぇ」と褒めて貰えると信じている生徒。私はこれを「赤ちゃん」もしくは「子供の目線で子供の意向を…のきれい事の申し子」と心の中で思っています。</description>
      <pubDate>Thu, 21 Nov 2013 16:59:10 +0000</pubDate>
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      <title>そんなことは無い20131121</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-69705/</link>
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      <description>生徒を注意すると「そんなことは無い」の反論（口に出さなくても顔色に出ているものも含む）を受けることが多々あります。「あなたは学校の授業を本気で聞いてないね」に対して「そんなことは無い」「先生の説明は内容を真剣に聞くんよ。あなたは音を聞いているだけでしょ」に対して「そんなことは無い」「まず、用語や定義をキチンと覚えて来て。あなたは家で眺めただけでしょ」に対して「そんなことは無い」「お母様。お子様が宿題や指示事ゃチャンとやったか確認して無いでしょ？」に対して「そんな事は無い。わたしはが聞いたら終わったって言いました。私に嘘を言う筈が無い」等々です。では聞きます。「じゃあ、何で、他の生徒ができる事が、あなただけできないの？同じ事が出来ているなら同様の結果で出るでしょ。冷静な注意や指示を、プライドで撥ね付けているから、結果が芳しく無いのでしょ。」素直じゃ無いですね。</description>
      <pubDate>Thu, 21 Nov 2013 16:35:48 +0000</pubDate>
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      <title>幼い高校生20131118</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-69616/</link>
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      <description>先日来より意識と勉強方法、勉強量、日常の時間の使い方で注意をし続けている高校２年生についてお話しします。「今のままのやり方や量では、志望の国公立には絶対届かないよ。そのどころか、あなたのバカにする地方の大学にも無理だよ。」に対して「はい。分かってます。頑張ります」「口先だけで頑張るって言っても、指示した事を好みで選択して半分もやって無いよね」に対して、「そんな事ありません。俺頑張ってます」と、〜のつもり。〜のはず。〜で良い。〜の気。のオンパレード。大人の指示は好みでチョイスして、いくらか実行すれば良い子と信じて疑わない。「あなたは、やるべき事をせずに、『どうやったら楽か』ばかり考えている。」に対して、「そんな事ありません。何をどうするのが早いか、何をして何をしないと時間が効率良いかを考えているので時間が無くなるんです」と当たり前の顔で応える。その直後に「先生、どうやったら英単語を早く覚えられますか？」には、呆れて次の言葉か出るのに時間を要しました。ほら、それが楽な方法を探してるって言う事なんだよ！</description>
      <pubDate>Mon, 18 Nov 2013 22:05:13 +0000</pubDate>
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      <title>ペット用品について20131112</title>
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      <description>今回は、本〜当〜につまんない話です。数日前に愛犬の伸縮リード（伸び縮みする手綱？）が壊れて買い換えました。昨夜、首輪の鎖を繋ぐＤ型の金属の所の革ちぎれて取れました。家庭で家電が壊れる時には続くって言いますけど、ペット用品も同じなのかな？と思いました。本当に馬鹿みたいな話でごめんなさい（土下座＆土下座）。</description>
      <pubDate>Tue, 12 Nov 2013 19:22:18 +0000</pubDate>
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      <title>小旅行の結果報告20131031</title>
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      <description>世間はハロウィンで賑やかですが、我が家には小さい子供が居ないので余り関心が・・・。さて、先日、「必ずどこかへ行くぞ〜」との気持ちを宣言しましたが、結果は、なんと０泊1.5日で又々出雲大社へお参りに行って来ました。29日の21時過ぎに出発し、深夜1時前に到着。車中で仮眠（のつもりが爆睡）お参りして、日御碕神社と灯台に行き、宍道湖で「しじみ」を買って午後2時前に帰宅しました。すると夕方、生徒の保護者が来られ、用事が出来たのでＧＯＯＤでした。何かバタバタに見えますが、本人的にはとてもリフレッシュできました。出雲大社にお参りすると、何か落ち着くんですよねぇ。あっ、出雲そばも大社の近所で食べましたよ。以上、報告でした。期待させてすみません。</description>
      <pubDate>Thu, 31 Oct 2013 11:31:26 +0000</pubDate>
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      <title>何を求めているの？20131030</title>
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      <description>先週既に今月分の授業が終了している生徒の保護者から、今日、電話があり「本人が嫌がるので今月で止めます。お願いします」とありました。この生徒は、クラブやスポーツは好き。友達と喋るのも好き。勉強や考える事は嫌い。文を書いたり読んだりは嫌い。覚える事は面倒臭い。と言います。おそらく引金は先週＆先々週の「何回言ったら覚えてくるの？覚えなければいつまでたっても出来ないよ」だと思います。保護者は「本人がやる気があれば金を出す。やる気が無いなら止めさせる」を今までも仰ってました。作文講座を勧めると、生徒本人に確認されます。講座増を勧めると生徒本人に確認されます。生徒の答えは当然「ＮＯ」。保護者の答えも勿論「ＮＯ」生徒は、嫌いで、面倒だから出来ないからやりたくない。保護者は生徒が「やりたい」って言わないから強制しない。いかにも正論で正しい対応をされている様に見えます。じゃぁ、いつから出来る生徒になるの？永遠に嫌がったら永遠に強制しないの？何を求めて塾に行かせたの？よく分からないまま、終了しそうです。涙。</description>
      <pubDate>Thu, 31 Oct 2013 11:17:43 +0000</pubDate>
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      <title>何処行こうかな？20131028</title>
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      <description>教室の運営ルールで、月末（５週目）が休みになる事が、年に何回かあります。しかし、年末年始等の振替や講習会の日程上、学校の定期試験の対応などで、私が連休が取れるのは１０月の月末だけです。毎年、何かの用事が飛び込んで来て、休めていませんでしたが、今年は何とか休めそうです。「先生！１０／２９の夕方、質問に行っても良い？」と生徒一人から電話がありました。仕方無い。この生徒が終わったら何処かに出発しよう。モタモタしていると、次の電話が入りそう。これで三分の一が潰れたけれど、残りを何とか自分の為に使ってみよう。さぁ〜て、何処がいいかなぁ？って、考えている時間が楽しいのですよ。結果は・・・。また報告します。</description>
      <pubDate>Mon, 28 Oct 2013 20:51:43 +0000</pubDate>
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      <title>どうして？いつから？20131021</title>
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      <description>昨日、教室のある地域の秋祭りがありました。小さな神社ですが、地元の皆さんが総出で協力して、前夜祭・演芸会からお神輿巡行まで行われて私も楽しませて頂きました。その中で、子供神輿の役員さんたちが、注意しても自分勝手に動く５〜６年の児童たちに「静かにしましょう」とか「集まりましょう」とか優しい呼びかけをされていました。優しく言うので勿論指示には従いません。けれど役員さんは何度も優しく声を掛けられます。集団に迷惑を掛けて、指示に従わないのだから、いくら他所のお宅のお子様でも「静かに！」とか「早く集まれ！」の命令でも良さそうなのですが、今のこの世代でそれをすると、後で猛批判があるのでしょうか？それとも、教育評論家が「優しく言えば子供は分かる」とでも言ったのを真剣に信じているのでしょうか？他人に迷惑を掛けている児童に、そんな優しさより叱ってやる優しさの方が大切だと思う私は、やはり古臭いのでしょうか？</description>
      <pubDate>Mon, 21 Oct 2013 22:13:33 +0000</pubDate>
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      <title>どうしてこうなった？20131008</title>
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      <description>近年の中学生を指導していると、違いの極端差に戸惑いさえ感じてしまいます。しっかり自分を持っていて、挨拶・ルール・期限等をしっかり守れる（時々守れずに叱られている生徒もいますが）、ひょっとすると”高校生”でも通用する位、素直に成長しているグループ。何を言っても、「分かってるもん」「やってるもん」何を指示・指摘しても「分かってるもん」「やってるもん」何を注意・叱責しても「分かってるもん」「そんなことやって無いもん」で、「私が…」「私を…」「私だけ…」と私は「凄い・特別な存在」と認めて欲しいグループ。何を言っても「はい」でスルー。何を指示しても「はい」でスルー。何を注意・叱責しても「はい」でスルー。具体的に細かく行動を指示しても「はい」で今まで通り。指示しないで様子を見ていると、何もせずに「キョロキョロ」。幼稚園で先生が次の指示をしてくれるのを待ってる様な状態。番号を見て頂くとお分かりの様に、間が居ないのです。の生徒は、「早く早く、とにかく[RED]早く終わらせて[/RED]。他の生徒に負けないで…」とか「あなたは凄い。偉い。一番」と何でもかんでも褒めて来られた生徒の気がします。の生徒は「子どもは宝」「子どもの目線で…」「子どもの意見を…」と神棚の上で育てられたか、可愛くて可愛くて、[RED]１歳でも５歳でも１０歳でも１４歳でも同様に[/RED]「良い子・良い子」されて今でも生活しているような気がします。私は、「でしゃばりのお節介」ですから、この生徒の保護者に、現実をお知らせする様にしています。けれども改善される割合は、半分弱です。いくら「口うるさい塾のおっちゃん」が週に１〜２回叱ったところで、家庭の毎日には叶わないのにねぇ？</description>
      <pubDate>Tue, 08 Oct 2013 16:21:29 +0000</pubDate>
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      <title>入試説明会について20131002</title>
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      <description>中学・高校入試説明会が続いていましたが、今日で一段落です。毎年思いますが、私の塾の様な少人数＆小数受験の塾にも、あんなに丁寧に対応下さいまして、こちらが恐縮してしまいます。大手塾の様に、毎年三桁の生徒が受験し、二桁の生徒が入学しているのでしたら要望や意見も言えるでしょうが、私は呼んで頂けて説明頂けただけで有り難く思います。この場をお借りしてお礼申し上げます。さ〜ぁ、ここからは受験の本番だぁ。生徒のお尻を叩きまくるぞぉ。</description>
      <pubDate>Wed, 02 Oct 2013 22:14:32 +0000</pubDate>
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      <title>中秋の名月？20130919</title>
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      <description>今日も、いつもの様に愛犬「そら」の散歩に行って来ました。今日の月はいつもと比べて特別明るく大きく綺麗に見えました。これが「中秋の名月」と言うのでしょうか？９月の十三夜を呼ぶと言う説もありますし。風流の分からない私には判断がつきませんが、とにかく今日の月は綺麗でした。</description>
      <pubDate>Thu, 19 Sep 2013 23:28:44 +0000</pubDate>
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      <title>疑ってごめんなさい20130918</title>
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      <description>先日、「保護者が後押しをして下さらない…云々」の話を書きましたが、その方から連絡を頂きまして『少しずつ話を繰り返し、何とか納得させ、先生のおっしゃる様にする事を納得させました』との内容です。生徒の性格を考えて、『答えを急がず、冷却期間と、待てるギリギリを考えました』とのお話しでした。そんな事も知らず「疑ってすみませんでした」です。生徒の性格を知ってるつもりでしたが、やはりお母様はもっとご存知でした。反省反省です。でも、その生徒が登塾して来たその日に「そんなことないもん」や「そんなつもりは絶対ないもん」と言っていた事は相変わらず気になりますけど・・・。私が急ぎすぎ？保護者が待ちすぎ？</description>
      <pubDate>Wed, 18 Sep 2013 16:10:41 +0000</pubDate>
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      <title>どうして今その選択？20130910</title>
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      <description>我慢・継続・積み上げの苦手な生徒を１年以上かけて徐々に修正（失礼ですね。指導と言い直します）してきました。ところが、先日、その生徒が、今まで注意して来た事そのものに「慣れっこ」になってしまって、またまた昔の様な返答をしたのできつ〜く、きつ〜く叱りました。すると、塾からの帰りに、途中で３０分位時間をつぶして家に帰り「塾に行きたく無い」と母親に言ったそうです。塾での詳細はその日の夜にはお母様にお伝えしてありました。後日電話があり「先生の言われた内容は、私たちも感じているし、ありがたいと思いますが、本人の頑張る気持ちが無い様なので、塾は止めさせます」と。何故、そこで、もう一歩「もう少し、先生の言う様に頑張ってみよう」と後押しをして頂けなかったのか、残念です。確かに、「やる気の無い生徒」にお金を払うのは勿体無いとは思います。しかし、今回の件は、やる気の前の、「意識・躾」の部分ですよね。お家の方にも、共に頑張･･･努力･･･欲し･･･。このままでは、ま〜た「あそこの塾は口うるさい・面倒臭い塾よ」の悪口だけしか残りませんよね。何故？何故？私が？でまた自己嫌悪の数日を過ごすのかなぁ？</description>
      <pubDate>Wed, 11 Sep 2013 09:15:47 +0000</pubDate>
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      <title>まったく、どう言うこと？20130903</title>
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      <description>やっと夏期講習が終わって「ほっ」としていたら、講習中に随分注意して「今後、絶対してはダメ」を早速破ってくれた生徒が二人も出ました。詳しくは、ここでは書けませんが、一人は心の弱さから、何かに耐えられなくなると、現実から逃げるんです。普段は非常に快活でかわいい生徒です。ところが、そうなるともうダメなんです。今回は、そんな中でも少しだけ新しい行動ができましたので、今後に期待します。もう一人は、何度注意しても「小学低学年レベルのやり方」が抜けない生徒です。ルールを覚えないで「何となくこんなやつ」。言葉を読まないで「分かりません、教えて下さい」。併用問題で、一つ見つけると「分かった〜」と答えを書き、指摘すると言い直して「ねっできたでしょ？」。『確認をしてから答える事。テストでは言い直しはできません』に対して、「そんな事してないもん」「はいはい、次からはね」と上から目線。保護者にも以前からお話ししていましたので、今回もお伝えすると「親子３人で、よく話し合ってみます」との事です。大丈夫かなぁ？こら〇〇と△△！『本っ当！頼んますよ！』</description>
      <pubDate>Wed, 04 Sep 2013 18:17:13 +0000</pubDate>
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      <title>夏期講習終了20130901</title>
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      <description>昨日で夏期講習は終了し、私は一人で朝から報告書等の残務に追われています。講習の総括は、通常授業に追加で講習コマを要求された事で、危機感を持って頑張った生徒。マイペースで学校の宿題の質問コーナーにしてしまった生徒。塾に来ている事で満足してクラブにひと夏を捧げた生徒。塾に来ている事で満足してダラダラにひと夏を捧げた生徒。頑張って来ていた事は表彰モノですが、復習と宿題に？？が付く生徒。色々です。どちらにしても終わりました。受験まで数ヶ月の３年生。十数ヶ月の２年生。尻を叩くぞ〜〜！覚悟しとけぇ〜〜！</description>
      <pubDate>Sun, 01 Sep 2013 20:48:15 +0000</pubDate>
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      <title>子どもの気持ちを分かるって？20130820</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-66106/</link>
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      <description>最近のお母様方のお言葉の中で「子どもの気持ちを分かってやるのは私の仕事ですし、私しか分かってやれないので…」が少し気になっています。勿論、気持ちをわかってあげることを否定するつもりはありませんが、そのお母様方の仰る「分かってあげる…」は、子どもの言い分を無条件に受け取ってあげる(受け止めてあげるではありませんよ)事だと仰います。つまり、「私は悪くない」と言えば、100%悪くないと信じてあげ、「私はチャンとやっている」と言えば、チャンとやっているんだ、家の子が悪いんじゃ無いんだと全て盾になってやる様です。全て先回り先回りして、どうやって子どもが苦労・我慢をしなくても良いかを考えておられます。塾で「今日のこれは覚えておいで」と指示して、生徒が覚えて来なかった事が原因で成績が上がらなくても、生徒が「私はチャンとやっている。先生の教え方が悪いんじゃない？」となると、「じゃあ塾変わってみる？」となります。これでもスラスラと成績アップする方法があるのなら、どなたか教えて下さい。ねぇ、「うちに来れば誰でも成績アップします」ってＣＭガンガン流されている某塾さん。お願いしますよ。</description>
      <pubDate>Tue, 20 Aug 2013 20:58:39 +0000</pubDate>
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      <title>またまた「はぁ〜↓」20130820</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-66104/</link>
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      <description>以前書きましたが、学校の宿題が「ま〜〜だ」終わっていない不届きな輩が何人もいます。夏休みスタート時に指示したのに無視。８月初めに説教付きで指示したのに無視。ここになって終わっていない理由を「時間が無かった〜」と言い出す始末。毎日何時間やったの？に「１〜２時間。出来ない日もあるけど…」です。教室で居残り宿題をさせようと保護者にお伝えすると「えっ、私が聞いたら終わったって言いましたよ」と「？？？」なお応え。もっとヒドイのが、「今日は困ります。家族で外食しますので…」と嘘つきに御褒美まで付いているお家。本人たちに「お前は指示を無視した。」とか「ウソをついた」と言うと、決まって「私は絶対にウソついてない」「私は無視するような悪い人間ではない」と反発されます。彼ら・彼女らにとっては、大人の指示は気分が乗ったらやってみれば良いもので、気分が乗らなければ、スルーしても自分には実害が来ない都合の良い物に成り下がっているようです。ここまで読んで、私は押し付けの旧式の教えをしてますか？生徒の気持ちを生徒の目線で生徒の希望を聞いてやらない悪者ですか？このまま全て「生徒は正しい」「家の子は正しい」「家の子は悪くない」を続けると、学校や宿題や暗唱も全て「苦痛」の「体罰」になり、本気で前向きに頑張る生徒が馬鹿を見る世の中が来そうと心配しているのは私だけになりそうです。</description>
      <pubDate>Tue, 20 Aug 2013 20:37:51 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>最近の「はぁ〜↓」20130810</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-65806/</link>
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      <description>教室を始めた頃の「勉強をやらない生徒」には一貫したポリシーが見えました。「先生がいくら何を言っても、私はこうしたい・私はこれはしたくない」とはっきりと日本語で言ってくれましたし、こちらの日本語も通じていました。ところが、近年の「勉強をやらない生徒」は日本語が通じ難く感じます。こちらが言っている事の３０％位しか聞いていないのに「私はキチンと聞いていた」とか、質問の内容にトンチンカンな答えを言ってるのに「先生は分かってくれない」とかが平気です。小学校入学時に最初に要求される「時間内はジッと座っている。やれと言われた事は絶対やる。止めろと言われたらすぐ止める」の定義が違っているのかな？と思うときもあります。いずれにしても、それを指摘すると「このおっさん、何訳分からん事を言ってるの？」と言う顔をされて、余計スルーされます。何でそうなったのかは、私は自分なりには分かってるつもりですが、根拠は？とか学術的な定義は？とか発言の責任は？とか又又突っ込まれそうなので今日は言いません。でも、こんな生徒が、勉強をやってる生徒よりも自分に自信を持って闊歩している姿に、「はぁ〜〜↓」と疲れが倍増します。</description>
      <pubDate>Sat, 10 Aug 2013 17:34:10 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>宿題終わった？20130805</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-65585/</link>
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      <description>教室の小・中学生には「７月末までに学校の宿題を終わらせるように…」と指示してあります。勿論、指示したこちらも完全に終わるとは思っていません。でも「先生の命令だから…」とか「ま〜た、怒られるのが嫌だから…」でも、動機は何でも良いんです。指示に真剣に向き合って、今までの「だらだらと自分のペースで勉強する習慣」から、「必要な時には集中して頑張ってみる」に挑戦して欲しいのです。自分で時間を作って義務的な勉強を早めに終わらせ、自分の為の勉強をして欲しいのです。こんな些細なキッカケで気持ちが切り替わって成長してくれた生徒を沢山見てきました。勿論、意図的に無視して、指示に従わない生徒も居ます。意図したか努力したかは別として、終わってない生徒は今日も叱りました。頑張ったのに終わらなかった生徒は可愛そうですが、「頑張っている」って言っても時間は待ってくれない事も知って欲しいのです。私も意識して叱り方を分けています。意図して無視した輩、見とけよ〜。もっと叱ってやる〜！頑張った生徒。ゴメンね。</description>
      <pubDate>Mon, 05 Aug 2013 21:56:19 +0000</pubDate>
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      <title>きれいなお月様20130723</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-64996/</link>
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      <description>この時期「夏期講習がはじまりました〜」とかのコメントが普通でしょうが、やっぱり私は変わり者？昨夜、愛犬の散歩をしていましたら、南の空に明るく綺麗な大きなお月様が。「中秋の名月」としてあきの満月は良く話題になりますが、真夏の満月も中々でした。まぁ、年間に１３回は見れる只の自然現象ですけどね。突っ込まれる前に自分で反省しました。</description>
      <pubDate>Tue, 23 Jul 2013 14:51:01 +0000</pubDate>
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      <title>もうすぐ苦しい夏休み20130717</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-64649/</link>
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      <description>期末試験も終わりまして、間もなく苦しい夏休みです。えっ？夏休みは楽しいだろうって？滅相も無いです。個別の塾屋にとって、夏期講習は苦労の連続です。まず、期末で成績上がった生徒は良しです。期末で下がった生徒ほど危機感を持っていません。その生徒に危機感を持たせる事と同時に勉強も教えなくてはなりません。これが一番大変なのです。危機感を持って無いくらいですから、勉強も必死には取り組んでくれません。なので意識改革を最初にするのですが、これで時間を取りすぎると後で地獄が・・・。かと言ってせずに勉強だけすると、やってもやってもまた繰り返し〜♪♪意識が変わらないから進歩がゆっくりとも言えますが・・・。さらに受験生でもっと怖い親子が・・・。これについてはまた別の日に。一年で一番勉強ができる夏休み。でもそのためにも私たちにとっては恐い期間でもあります。</description>
      <pubDate>Tue, 16 Jul 2013 22:16:38 +0000</pubDate>
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      <title>保護者面談で・・・20130710</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-64382/</link>
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      <description>先日来より続いていました「保護者面談」が終了しました。やっぱりお話しをすればするほど色々な方がいらっしゃる事を実感します。塾から帰られて、生徒と膝突き合わしてじっくり話し合われた方。あれほど塾で色々申し上げたのに、生徒との会話は「頑張りよ〜」だけの方。三者面談（保護者＆生徒＆私）でコテンパンに叱ったのに、帰りの車内と家で親子の会話が無かった方。こちらが事実をお伝えすると、保護者の方がすでに感じ取っておられて、そうですね、そうですねとおっしゃる方。「仕事が忙しいので、子どもを見ている暇は無いんです。本人のやる気に任せるしかないんです」と放任の方。「可愛い可愛い」で周りの状況も学校の先生の言葉も聞き入れず、「私も勉強はしなかったから…」と時代錯誤的な発言をされる方。本っ当〜に色々です。最後に苦言を一つ。「親が変われば子も変わる」今日は以上です。</description>
      <pubDate>Wed, 10 Jul 2013 16:48:32 +0000</pubDate>
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      <title>保護者面談で・・・20130702</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-63976/</link>
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      <description>最近、夏休み前の保護者面談が続いています。勿論、色んな生徒が居る様に、色んなお母様がいらっしゃいます。その中で、今日、お一人のお母様と面談した時の事です。優しくて、子どもの事を一生懸命に考えて日々を過ごされている方です。勿論、必要に応じて子どもを叱る事もされているとの事でした。私が「お母さん。少し甘すぎませんか？お母さんがいくら注意しても、直ぐに助け舟を出して、対処方法を指示し、今までの事は無かった事にし、希望は叶えてやるでは、〇〇（生徒名）は変わりませんよ。鬼と言われても、彼の長〜い将来を考えて、〇〇に考えさせて、責任を取らせるまで、せめて３ヶ月位、お母さんの指示を突っ張り通しましょう。云々」と言うと、分かって頂いた様で、「大人になると、こんな苦言を言って貰う事が無い。嫌な事を言って頂ける事を感謝しなきゃ…。頑張ってみます」とニコニコして帰られました。私もこの様に言って頂けて嬉しいです。「まぁ、失礼な。何もそんな事を言って貰わなくても…」も覚悟の上で時々ズバリと申し上げる事をこの様に受け取って貰えると…、この教室をやっていて良かった〜（涙）でも生徒が変わってくれなければ元も子も無いんですけどね（笑）</description>
      <pubDate>Tue, 02 Jul 2013 15:58:45 +0000</pubDate>
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      <title>そんなことは無い20130620</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-63434/</link>
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      <description>先刻の愚痴に触発されて、さらに書きたくなりました。先生「前回、これだけは覚えて来いって言ったよね」生徒「覚えたもん」先生「学校では何て習った？」生徒「学校では習って無い。絶対！」先生「ここに書いてあるよ」生徒「えっ〜、私は習って無い」この生徒の言う事が学校で本当にあると思いますか？今、成績下位or下降気味の生徒に多いのが、勉強に必要な用語・ルール・理由より、訳分かんなくても良いから、目の前のプリントを全て埋めて「良い子！」と褒められたい為に授業を聞いているのです。今そんな生徒が増えています。つまり定期試験までのひと月だけや、宿題提出までの限定的な知識が欲しいのです。勿論授業で完全解説しなかった応用問題を出すと「こんなの習って無い。先生ずる〜い。引っ掛けだ！」となります。その上、次の単元や次の定期試験の時には綺麗に白紙に戻せます。凄い能力ですよね。僅かな数の「素直な生徒」「一生懸命な生徒」「子どもらしい生徒」を心の支えに、私はこんなモンスタースチュウデントと戦います。</description>
      <pubDate>Thu, 20 Jun 2013 16:21:36 +0000</pubDate>
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      <title>そんなことは無い20130620</title>
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      <description>今までもありましたが、近年富に耳にする言葉で「そんなことは無い」があります。人間関係ですから、勘違いや思い込みや疑念が間違っていて、本人から否定されたり指摘されることはあるでしょう。なので、全ての「そんなこと…」を一括で語るつもりなどありません。しかし、生徒の勉強方法や意識・量に対しての注意・指摘に「そんなことは無い」と言われる筋合いはありません。確かに私たちは「お金」を頂いて「勉強」と言う商品を売っています。しかし、機械的に事務的に画一的に売っているのでは無く、生徒を正面から見て、生徒に最適な方法を売っているつもりです。その時に私たちが把握した状況を伝えると、「そんなこと…」となるわけです。生徒の意識・やり方・量を見て指摘しているわけです。正直、放っておいても私たちに実害は無いのです。なのに本人に嫌な顔をされることも構わず、わざわざ憎まれ口を言うのです。そんな私たちの言葉を「そんなことは無い」の一言で自己肯定や自己防衛をする生徒が近年増殖中です。現在の成績下位者に多い言葉ですが、現在は上位でも近日中に下降するであろう生徒もこれを口にします。もう一度言います。「そんなことが無いのなら私たちは言いません。長期間生きてきた大人より全てが分かっている生徒なら、自力で成績を上げて下さい。大人は子どもの機嫌取りではありません」あ〜〜っ、やっと言えた。すっきりした〜〜。</description>
      <pubDate>Thu, 20 Jun 2013 16:03:55 +0000</pubDate>
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      <title>分かっているやっている20130610</title>
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      <description>今日も先生と生徒がバトってました。「だ〜か〜らっ、前回も同じ事を言ったよね。覚えて来いって」「来たもん」「本当に分かってる？」「分かってるもん」「やってるつもりはダメなんだよ」「そんなつもり無いもん」同じ先生と生徒の間で何十回聞いた遣り取りでしょう？私の眼から見ていると、完全に先生に軍配があがりますが、生徒は絶対に自分の主張を引きません。『あなたは正しい。あなたはスゴイ。あなたが考えたのなら…』と、全て自分の「〇〇つもり」「△△してる気」を周りに認めさせてきたので、現状を受け入れる事は、自分の感情・感覚が許さないのでしょう。だから堂々巡り。保護者にお伝えしても、さらに堂々巡り。いつから生徒はこんなに立場が強くなったのでしょう？</description>
      <pubDate>Mon, 10 Jun 2013 22:14:49 +0000</pubDate>
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      <title>出来る子出来ない子20130604</title>
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      <description>今日の中国新聞（教室のある広島県の地方紙です）の読者欄に「東進予備校の林先生の『今までの出来ない子寄りの教育では無く、出来る子をもっと大切に…』」に反論して、「出来ない子を大切にフォローする教育であるべきだ」とのご意見がありました。言われている主旨・気持ちは理解できますが、大勢の生徒を相手に、一人の先生が、その子の事ばかり見続けるのは物理的に不可能だと思います。その上、昔（と言っても私の子どもの頃ですけどね）は先生や大人は絶対で、生徒の方が「聞きたい・知りたい・従うぞ！」の気持ちで聞いていましたが、今の生徒たちを見ていると（勿論全員では無いですよ）、何も恐いものなど無く、「大人や周りは私を大切にするのが当たり前」になって、大人の注意や指示をスルー（柔らかい無視）する事が平気になっています。こんな心持ちの生徒でも大切にしなければならないと思うと、私の心が折れそうです。人は平等では無いのですか？子どもは偉く、大人は奴隷ですか？素直で一生懸命な生徒に、正面からぶつかってあげたいです。私、歪んでますか？ご意見をお寄せ下さい。</description>
      <pubDate>Tue, 04 Jun 2013 16:38:10 +0000</pubDate>
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      <title>いつから平気に・・・20130522</title>
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      <description>最近の生徒像が二極化している事はお話ししましたよね(だからそんなヘビーな読者は居ないって)。その一極のローサイドの生徒なのですが、本人に色々な指示を出したり、決まりをつくったり、作業や行動のルールを決めたりしているのですが、殆んど残っていません。残っていないのなら更に入れれば可能ですが、最初から入っていない場合もあります。「何月何日に話したよね」と言うと、「その日に何か言われた事は記憶にあるけど、何を言われたか覚えてない」だそうです。家でも学校でも塾でも、大人が何か喋ってる事は気が向けば聞けば良いし、聞かずに分からなくても何度でも言ってくれる。別に放っておいても反撃は無いし、「分かりません。教えて下さい」の錦の御旗を言えば許される。と本人は知っています。具体的な指示や今週来週の約束をしても、２０％位渋々で後は放っておいても平気なのだそうです。「ウソついてるよね」と問い詰めると「はい」と平然と応えます。「子どもは未来の宝」「子どもは地域の宝」「子どもは全て分かっている」「子どもの意見を尊重しろ」で、甘やかされた勘違い野郎が傍若無人な自己中をしてても、大切にしなきゃならないのですかね？いつからこんなに子どもは立場が上になって、大人は弱くなったのでしょうか？私の理念「きれい事は嫌い」は、こういった事からも実感してしまいますね。</description>
      <pubDate>Wed, 22 May 2013 16:54:12 +0000</pubDate>
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      <title>受験生って・・・20130511</title>
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      <description>私たちの教室にも受験生はいます。多くの受験生は素直に頑張っています。しかし、近年、急増しているのが「やってるもん」「私は悪くない」「これ位で良い」っていう赤ちゃんタイプ。「学校の授業を聞いている」「学校の宿題はやっている」「学校の先生が…」「学校では…」の受験を舐めきっているタイプ。「学校の先生or塾の先生or親が何とかしてくれる」「ダメなら次の方法を言ってくれる」「だって私は頑張っている良い子だから…」と異常非常識な生徒。勿論、素直で真面目な生徒の方が多いのですよ。なのにこの様な生徒が増殖しているのは「きれい事」で甘やかした結果でしょうか？これを「私は知りません。責任とれません」と言うと、「お金を払ってるのに…」とか「あなた達はプロでしょ」と、又お叱りを受けるので、ここだけの話として忘れて下さい。（涙）</description>
      <pubDate>Sat, 11 May 2013 15:56:24 +0000</pubDate>
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      <title>嬉しいご報告20130509</title>
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      <description>今日は、このブログを楽しみに読んで頂いている皆様（だから、そんな奇特な人が本当に居るのか？）にとても嬉しいご報告です。以前からご相談を受けていました生徒が、私との約束を守って、学校へ行き始めたそうです。お母様から「続けて行けてます。まだ送迎はしていますが…」と報告を頂きました。何にしても、行けてるだけでＯＫです。何故なら、今の約束は「毎日行く」だからです。その次はまた次に約束します。でも、自分で一歩を踏み出したこの生徒に拍手です。皆さんも応援してやって下さい。今日はそれだけです。</description>
      <pubDate>Thu, 09 May 2013 22:00:37 +0000</pubDate>
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      <title>今年のＧＷも終わりました20130507</title>
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      <description>今年のＧＷも昨日で終わりました。私は昨日の夕方も、チンタラ犬の散歩なんぞしておりましたら、近所のＷＴ塾とＭＫＧ塾なんぞはすでに始まっていて、少し焦りました。世間は、私の様に「連休だ。皆んな休みたいだろうな」と思わずに、ＧＷは３日間。６日からは再出発と割り切っているのだと思いました。さて、私はと言えば、子どもたちももう大きくなったので、日頃の仕事の残りと家の庭の草取りと日帰りレジャーで終わりました。日帰りレジャーは、５日に末娘と二人きりで、三次市作木のカヌー場（川の向こうは島根県という県北部）のレストランに「デザート３００円食べ放題」を食べに行きました。私は２皿（およそ１０個）で満腹でしたが、娘は「デザートは別腹…」とか言いながら４皿位食べていました。勿論おいしかったのですが、それよりもデッキ席から見える山や川の景色で、久々に「の〜〜んびり」の言葉を感じる事ができました。「夏休みに来ると良い所だね」と言いながら帰りました。ただそれだけです。すみません。</description>
      <pubDate>Tue, 07 May 2013 16:29:03 +0000</pubDate>
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      <title>何が優先？20130429</title>
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      <description>今日、受験生が「先生、〇〇の打ち上げがあるんじゃけど、それでは休めん？」と問合せの電話がありました。勿論、「ダメ〜」と断わりました。何でもカンでも「勉強だけすれば良い」なんて言うつもりはありません。只、近年の「一生に一度の思い出が…」とか「この子の人生はもう戻って来ない」の綺麗事に反発しているだけです。普段から勉強もクラブも行事も頑張っている生徒なら、一度くらいの我がままは許したでしょう。私も鬼では無いですから…。しかし、自分の立場や状況を考えもせず、楽しい雰囲気や周りの普段頑張ってる生徒に紛れ込んで、普段頑張っていない生徒が「高校生活の思い出だから…」の綺麗事で弾けて欲しく無いのです。今のあなたの状況から考えて、何が一番優先？何を手に入れたいの？だったら何を我慢すれば可能？努力はせずに要求だけする「赤ちゃん」にはなって欲しくないのです。だから「ダメ〜」と冷たい頑固オヤジになりました。</description>
      <pubDate>Mon, 29 Apr 2013 21:50:22 +0000</pubDate>
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      <title>頑張れ！親たち！20130424</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-60875/</link>
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      <description>今日、また教育相談（子育て相談のようなものかな？）を受けました。色々話を聞いていると、小さな時期には恐々子どもに接して於いて、大きくなって「言うことを聞かないんです」と悩まれている方の何と多い事か！勿論、子どもを虐待したり、放棄したりは論外ですが、「人としてどうなって欲しいか（夢のような大リーガーでは無く）」を真剣に考えて、自信をもって子どもに伝えておいて、いつまでも見続けてあげれば「聞かないんです〜」は減るのでは無いですか？頑張れお母さん！お父さんも？</description>
      <pubDate>Mon, 29 Apr 2013 21:51:03 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり「人間力」です20130413</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-60255/</link>
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      <description>先月・今月と入塾の問合せや面談がとても多く有難いことです（塾なんだから当然か？ここで無ければ辛いもんねぇ？）。以前から少しはこの「ひとりごと」でもお話ししていましたが、徐々に二極化が顕著になってきました。二極化とは「人間力」が成長しているか否かです。挨拶・返事・敬語・約束等は殆んどキチンと出来るのに、キッカケややり方に気付けずに成績が伸び悩んでいる生徒。本人は真剣に悩んで、保護者も我が子を「落ちこぼれ（禁止用語でした？）」位に心配されています。一方、幼稚園か小学校低学年レベルの受け答えや行動・意識しか出来ないで、「勉強が出来ないのは僕（私）のせいでは無い。学校の先生が、私（家の子）が出来るまでキチンと教えてくれないからだ。先生との相性の問題だ」と、先生も親も子どもも同レベルと考え、時には生徒が一番上の位置に居たりします。自分（我が子）の不足や甘え・逃げ・誤魔化しは認めず、全ての原因を周りのせいにして来塾されて、「家の子（私）に合わせて教えてやって下さい。家の子は、やれば出来るはずですから」とおっしゃいます。このタイプの方とは、大抵２〜３ヶ月後に掛け違いが発生します。どうしてこんなに、「歳相応」の事ができない（させない）のでしょうかねぇ？私は「社会が悪い」と言う言葉は嫌いです。しかし、きれい事で固めて、人間の「基礎」を作る事を、社会全体が少し疎かにしすぎてはいませんか？</description>
      <pubDate>Sat, 13 Apr 2013 14:02:32 +0000</pubDate>
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      <title>ほっとした様な、物足らない様な20130413</title>
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      <description>春期講習が終わり、新年度が始まり一週間が経ちました。現在も、新年度の準備と事務的な新年度用作業を毎日行なっていますが、何かが違う感覚です。受験も終わり、全員進学・進級してくれて、暫く受験地獄と補習地獄から目が放せる「ほっ」とした感覚とは裏腹に、あの「バタバタ・カリカリ・できたぁ」の感覚が無く、少し物足りなさも感じています。まぁ、後３ヶ月もすると、又あの「お前、いい加減にせぇよ。絶対やるって言ったじゃないか！」の怒号に戻るんですけどね（笑）結局、この緊張と駆け引きが好きで、この仕事に耐えているんでしょうね（笑）他人は「物好き」と笑いますが・・・。</description>
      <pubDate>Sat, 13 Apr 2013 13:38:35 +0000</pubDate>
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      <title>台風みたいでした20130408</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-59952/</link>
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      <description>昨日、我が家の末っ子と、山陰地方のドライブに行きました。と言っても、色んな所にお願いのお参りに行っているのに、お礼参りをしていないので、今回の末っ子の受験が終了したのをきっかけに、今までのお礼廻り行脚の最終章です。古〜いお札やお守りも返してきました。その道中の雨風が凄かったです。特に一畑薬師のお参り道中は傘が壊れそうでした。出雲大社の参道では土砂降りの雨（これを英語では犬と猫が降ってくると言うらしいですね）でした。昔、営業の仕事をしていた時依頼なのですが、山陰道や三次〜松江道等ができていて、思ったより速く行動できました。但し、ナビが何にも無い所を走っていて、可愛そうですけどね。さぁ、新学期も始まったし、また新たな気持ちで頑張るぞぅ！</description>
      <pubDate>Mon, 08 Apr 2013 17:01:37 +0000</pubDate>
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      <title>春講の折返しです20130330</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-59496/</link>
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      <description>春期講習も折返しです。入学準備を頑張っている生徒。前年までの遅れを自ら取り戻そうと意識している生徒。２年後の受験を見据えて頑張っている生徒。ここまでは◎です。今年は受験生なのに、まだまだ自覚の無い生徒。学校の勉強だけをやっていれば受験問題も解けると信じて頑なな生徒。まだまだ家族や他人のせいにしている生徒。ここまでは△〜〇です。塾の生活に慣れてきたので、反発を強めた生徒。逆に宿題を忘れ始めた生徒。ボロボロからチョロチョロ位に上昇したので、直向さを無くし始めている生徒。これらは×です。私はやっている、私は間違っていない、私は悪くないの生徒。これらは、自分から止めてくか、教室から退塾勧告するしかない××の生徒です。本〜ん当に色々だなぁと思いながら、生徒たちと闘っています。</description>
      <pubDate>Sat, 30 Mar 2013 15:48:47 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>春期講習真最中20130326</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-59325/</link>
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      <description>毎年の事ですが、今は春期講習真最中です。一年間の反省を込めて真剣な生徒。舐め切って「私は悪くない。私は頑張っている」と小学低学年レベルの口ごたえをする生徒。優秀な成績で受験合格したのに、入学準備に余念の無い生徒（だから優秀な成績で合格できたんでしょうね）。もう、人生を諦めた様にダラダラやってる生徒（こんな輩が一番腹が立つんですよ）。色々です。当然、卒業やその他の理由で止めていく生徒もいます。毎回「発つ鳥後を濁さず」の言葉が頭に浮かびます。濁した生徒・保護者。最後まで一生懸命だった生徒・保護者。これも又色々です。でも、やっぱり成績は人間力だと実感するのもこの時です。いつもいつも失礼な事ばかり言ってすみません。</description>
      <pubDate>Tue, 26 Mar 2013 22:01:36 +0000</pubDate>
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      <title>食事会20130325</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-59248/</link>
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      <description>暫く時間が経っているので新鮮味の無い話しですが、今年も先生・生徒一緒に「合格進学おめでとう。来年も頑張ろう食事会」を17日（日）に行ないました。某熟のような豪華な食事は提供できませんが、皆で楽しく焼肉を食べました。普段の顔と違う顔を見せてくれて、楽しい一時を過ごしました。</description>
      <pubDate>Mon, 25 Mar 2013 15:15:57 +0000</pubDate>
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      <title>今年も全員合格だぁ20130315</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-58768/</link>
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      <description>と、言う訳で（詳細は同日のもう一つのページを…）、合格のニュースが遅くなりました。今年も、公立高校受験塾生は全員合格してくれました（ワ〜！パチパチ！）有難う有難う。しかも、今年は全員地域ナンバー１・２校です。占有率ナンバーワンを売りにしているチラシの塾もありますが、合格率100％ではダメですか？負けですか？「てやんで〜ぃふざけるな！」金が無い我が教室は、生徒の数では無く、中身と実力でこれからも勝負します。講師の皆さん。頼みますよ！！！！！</description>
      <pubDate>Fri, 15 Mar 2013 20:57:36 +0000</pubDate>
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      <title>とんでもない１週間でした20130315</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-58764/</link>
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      <description>先週土曜の夜から発熱（39〜39.5℃）し、どんなに厚着をしても寒く、病院にも行きましたが、解熱せず、毎日高熱の中で、ウンウン言いながら仕事しました。何故なら、春期講習の予定表を作成して、全生徒と講師に配布しなければならない上に、高校受験の発表と、新年度の教材手配。月謝関係の準備がこの１週間に全て集中しているからです。全て後にずらす事ができない物ばかりです。やっと昨日の朝から熱が下降気味に。昼頃には正常範囲に。何だったんだろう？これまでの苦しみは？講師の誰かが言ってくれました。「受験や生徒指導（躾）や問題生徒のあれこれが全部集中したから、身体が爆発したんですよ」と。それにしても、苦しい不思議な１週間でした。</description>
      <pubDate>Fri, 15 Mar 2013 20:47:29 +0000</pubDate>
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      <title>私は言ったのに・・・20130302</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-58046/</link>
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      <description>「おたくの〇〇さんは△△(行動)ができません。おうちではどの様に対応されているのですか？」とお訊ねする場面が多くあります。すると殆んどの場合、「そぅなんですよ。私もいつも言っているんですけどね」とか「どうしてやらないの？しっかりしなさい」とか「自分の事でしょ。考えたらわかるでしょ」とか言っていると言われます。一見良しと思われるかもしれませんが、一つ一つ問題を含んでいます。はいつも言いっ放しで確認もフォローも無く、万一出来て無くても趣味や褒美は有る様です。は自分で考えて自分からやる位のしっかりがあればやっています。しっかりしていないから保護者が居てフォローが必要なのです。も同様。考えられる力を持っているのなら、出来ていますって。ひどい場合には「私だって色々忙しいんです。生活の為には仕事だってあるし…」とか「ご飯や家事があるので子供にばかりかまっていられません」とか「だから塾に来させているんでしょ」と逆切れに近い状態のお叱りも頂きます。賢明で聡明な方々はお分かりですよね。適切なタイミングとフォローがあれば、そんなに時間は必要ありません。上記お言葉の中には「私はちゃんとやっている。私の責任では無い。私を悪者にしないで。私を認めて」が凝縮されている様に感じます。勿論認めます。しかし、親である以上責任です。ちゃんとやっていたらできています。少し不足している事を認めて下さいね。</description>
      <pubDate>Sat, 02 Mar 2013 14:10:16 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり変です！20130302</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-58044/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-58044/</guid>
      <description>以前より色々お伝えしていますが、色んな方々と面談等でお話しさせて頂く機会がおおいのですが、「うちの子は間違ってない」とか「成績が上がらないのは先生との相性だ」とか「勉強とスポーツは別だ。塾は個人の生活に口出しせずに勉強を教えてくれれば良い」とか「スポーツ練習の邪魔になるから、宿題を減らせ」とか「自宅でやらなくても良い様にキチンと教えろ」とか、挙句に「将来仕事に就いても、時間を切り売りするのだから、実際に仕事をしているかどうかは関係ない。それを見極めないで雇った方の負け。会社には潜り込んでしまえば後は何とかなる」と、怠けたりその場凌ぎの楽をしたりウソを言っても自分だけが得をする考えを持って、相手を攻撃する事に意識と力を集中しておられる方が多く居られ、子供にもその様に言われている様子です。いくら「自由な国」や「個人主義」の国と言っても、日本の文化は「社会の一員」を教える文化では無いでしょうか？上記の様な意見は「自由」では無く、「利己主義・わがまま」だと思うのは私だけでしょうか？はぁ〜、ため息が続きます。きれい事ばかり…。日本はどちらに向かっているのでしょうか。</description>
      <pubDate>Sat, 02 Mar 2013 13:46:35 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>疑問もっと分かんない！20130218</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-57453/</link>
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      <description>前記の事案とは別件で、何度か保護者が相談にお越しになり、生徒本人にもお会いして、問題点と解決方向を皆にお話しした話です。問題点は保護者の過保護（子供が可愛い過ぎ＆優しく全てを受け入れてあげる事が良い親）を地で行っている部分です。失礼ながら、その事を両親どちらにもお伝えしました。すると認めた仕草はされるのですが、次回に連絡（電話やメールや来訪）あった時には、もっと状況を悪くされてから連絡されます。「何とか…何とか…」とは言われますが、[RED]「お前ら、本気で改善する気が有るんか？」[/RED]と言いたかったのですが、ぐっと我慢しました（笑）そりゃ言えないですよ。相手は、いい大人なんですから。</description>
      <pubDate>Mon, 18 Feb 2013 20:35:50 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>疑問何で分かんない？20130218</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-57442/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-57442/</guid>
      <description>先週、生徒の事で、色々ゴタゴタが続きました。保護者面談でお母様とお話しした時の事です。以前から続けておられるスポーツについて、中学校のクラブでも同様の種目を当然のように選びました。すると、「先輩がダラダラするからおかしい」とか「あの先輩のやり方はおかしい」とか学校のクラブ活動にお母様が本気で口出しされているのです。競技内容や次次元の強さを求めていらっしゃるのなら、クラブチームにでも参加されてその道を極められた方が良いと思い、「学校のクラブ活動は社会性や集団での協力を学ぶ場なので、保護者の出すぎは…」と申し上げると、「そうなんですよ。だから私は…」と？？？なお答えを頂きました。ご本人が一生懸命なのはご自由ですが、少しだけ周りの意見を冷静に聞く耳を持たれても良いかな？と思いました。</description>
      <pubDate>Mon, 18 Feb 2013 15:59:46 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>またまた嬉しいお知らせ20130212</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-57126/</link>
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      <description>合格の知らせが続々と入って嬉しい限りです。編入試験を受けた生徒。不安そうにしていましたが、何とか合格でした。私の子どもも大学に合格してくれました。井原市にある「袖神稲荷神社（通称、一発稲荷）」にお参りしていましたので効果があったのかな？これは失礼。ただ、一人だけ今日が発表なのに連絡して来ない生徒がいます。心配です。悪い方向でしか想像が浮かんできません。ただ単に忘れているだけであって欲しいのですが…。明日まで待ってみます。後少しで今年も受験が終わります。やっと体調の優れない日々から解放されます。皆んな、後少しだ。頑張れ！</description>
      <pubDate>Tue, 12 Feb 2013 22:12:15 +0000</pubDate>
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      <title>久しぶり過ぎてごめんなさい20130207</title>
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      <description>３週間ぶりのひとり言でごめんなさい。毎週水曜日に楽しみに更新チェックをして頂いている方（本当にそんな奇特な方居るのか？）特にごめんなさい。教室の事が通常以上に立て込んでいて、その上スポットの用事も入ったり、プライベートもゴタゴタとで、毎日忙殺されていました。さて、教室の地域の公立高校の選抜（俗に言う推薦入試です）でも合格者が出て、喜んでいます。早めの合格は、本人も保護者も私たちも嬉しいです。推薦等で多くの合格者が出ていますが、教室には後６人の受験生（今から受ける生徒＆発表を待っている生徒）が居ます。まだまだ「胃の痛くなる日々」は続きます。これを毎年やってるので慣れないかな？とも思いますが…。慣れないですねぇ！やっぱり生徒の立場で居るようにすればするほど。ではまた。</description>
      <pubDate>Thu, 07 Feb 2013 22:07:45 +0000</pubDate>
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      <title>私立高校も全員合格20130117</title>
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      <description>私立高校の発表真最中ですが、我が教室の受験生全員が私立志望１位の高校へ全員が合格してくれました。後は公立第１志望校に向けて突き進むだけです。結果がどうであれ（私の立場でこれを言ってはいけないのですが…）頑張っている生徒の後姿は素晴らしいです。逆に、事ここに及んでも、ま〜〜〜だ舐めている生徒、甘えている生徒には、怒りさえ感じてしまいます（これも言ってはいけないのですが…）。いずれにしても、４月には先生も生徒も親御さんも、全員が笑顔で桜を見れるようになって欲しいです。私も後少し、「やかましいおじさん」で頑張ります。</description>
      <pubDate>Thu, 17 Jan 2013 16:54:35 +0000</pubDate>
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      <title>勉強ができないので・・・20130111</title>
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      <description>昨日も、教育相談と言うか、入塾相談と言うか、がありました。またまた大変な生徒を見てしまいました。勉強の実力の問題では無いんです。子育て・躾の話なんです。小学時代からず〜っと受け身で、自身で考える事をせず、ただ言われた事だけを「作業」として終わらせて「終わった〜。頑張った〜。もう忘れても良い」として来た生徒。私はこれを「保育所のお絵かき」と呼んでいますが、まさにそんな生徒です。またそれを保護者の方の自覚・認識が無いのです。なので、数学も英語も、今学校でやっている事だけは少しできますが、２ヶ月前の事はさっぱりです。当然です。理解も暗記も無いのですから。なのに「教えてやって下さい」と来られます。「ごめんなさい。その前に、他人の言葉を理解・暗記をする意識・自覚を持って来てください」とお願いした私は「上から目線の我がまま」ですか？今、それで悩んでます。どなたか相談にのってアドバイス下さい。お願いします。</description>
      <pubDate>Fri, 11 Jan 2013 16:31:04 +0000</pubDate>
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      <title>今年の合格第１号20130111</title>
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      <description>やったぁ！やりました！中学受験生が全員合格してくれました。とうとう受験シーズンに突入を実感しています。今週から、私立高校の受験が始まります。ここでも全員合格を目指して頑張りま〜す。個人的には非常にキツイ時期に入ります。受験生対応。会社の決算期。年度末行事・作業。新年度準備。保護者面談。塾の年度末行事。我が家の受験生。大変です。まぁ、幸先が良いので、楽観的に頑張ります。</description>
      <pubDate>Fri, 11 Jan 2013 16:13:51 +0000</pubDate>
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      <title>謹賀新年20130104</title>
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      <description>新年あけましておめでとうございます。今年も、この拙いひとり言にお付き合い下さい。教室も今日から始動です。宿題が終わったので、自分で調べてレポートを作ったと言う、早速褒めてやるべき生徒と、「まだ、学校の宿題が終わってな〜い」と言う生徒や、受験生に「年末年始でも、質問があれば携帯に電話して来るように」と言ってあったのに、「質問が無かった〜」と言うのでよくよく聞くと、年末年始をいつも通りに遊んだとの非常識受験生まで…。まぁ、色々居るのは分かっていましたが、時間と共に、目に見えてその差がどんどん開いていると感じているのは先生たちだけですね。本人たちは全く他人事です。少しすると受験が待ってるのに…。まぁ、今年も「口うるさい、頑固おやじ」や「恐い近所のおっちゃん」パワー全開で頑張ります！！！</description>
      <pubDate>Fri, 04 Jan 2013 20:24:34 +0000</pubDate>
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      <title>今年も色々・・・20121229</title>
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      <description>今年は今日で終わりです（勿論、受験生対応の特例はありますが…）。色々ありました。素直な生徒。我がままなせ生徒。無知を自覚しない受験生。〇〇な親（恐くて書けません）。素直な生徒は成績急上昇。我がままな生徒は・・・。どれもこれも何年も見てきた光景ですが、繰り返しますねぇ！でもやっぱり、塾長は来年以降も「うるさいおっちゃん」を貫きます。だってこれによって、急変して成績急上昇した生徒が沢山居るんですもん！逆に考えると、私にはこのスタイルしか出来ないのかもしれません。読者の皆様（本当に居るのかなぁ？）今年も我がままで思い込みのひとり言にお付き合い頂きまして有難うございました。多分来年も同様の愚痴が多くなると思いますが、何卒広〜いお心で、お付き合い下さい。宜しくお願いします。</description>
      <pubDate>Sat, 29 Dec 2012 20:52:11 +0000</pubDate>
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      <title>冬期講習だぁ！20121221</title>
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      <description>私の教室も明日から冬期講習が始まります。今月の初めからバタバタと準備や雑用に追われていましたが、年末を実感しています。今年はカレンダーの関係で、すごく短い冬休みです（金融機関さんは長くなってますね）。色々とやりたい事はあるのですが、日数と現実で、半分我慢しています。私と〇〇の温度差は何だろう？これだけですみません。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Dec 2012 22:39:39 +0000</pubDate>
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      <title>犬は霜焼けにならないの？20121221</title>
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      <description>久々ですみません。以前より度々登場する我が家の愛犬「そら」ですが、毎晩私が散歩させている事はお話ししましたよね。最近はものすご〜〜く寒く、私はダウンに帽子に手袋にネックウォーマーですが、犬は夏場と同様の服装？です。夏の昼間に散歩すると「肉球」が火傷するから止めろと言われました。冬の深夜の散歩は大丈夫なんですかね？どなたかご存知の方、教えて頂けませんか？今日はこれだけの事。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Dec 2012 22:33:12 +0000</pubDate>
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      <title>十人十色と言うけれど…20121208</title>
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      <description>最近、目に付いた生徒像について、成績の良し悪しは別としてお話しします。素直に他人の話を聞き、全体を自分の事として認識して、指示や宿題は必ず達成、期限より少し前には提出してくれる生徒。一見全て聞いて従っている様に見えるが、意外と自己が強く、話も自分でセレクトし、都合の良い物だけ６割位聞いている。提出期限ギリギリで提出する生徒。本人に自覚は無いが、人の話は３〜４割しか聞いていない。話しの途中でも、頭に何か浮かんだら、そちらが優先で聞く事を止める。宿題等もギリギリやっては来るが、期限等も時々遅れる生徒。言われると行動するが、何でも受け身、他人任せ。自己責任や将来の為とは無縁で、今だけ、形だけが該当する幼稚園児の様な生徒。勿論期限は覚えていないので、その都度督促が必要。何でも「自分はできている」「自分はちゃんとやっている」「自分は間違ってない」と、全て自己流、周りや先生、もっとすると親の意見も受け入れない、完全「I am 〜」人間。勿論期限や指示も本人の機嫌次第。と色々見せて頂いています。実はからまでの人間力が即効学力となっています。勿論希望はですが、我が教室にも毎年２〜３人しか存在してくれません。殆んどがかの生徒です。困るのはの生徒です。勿論本人に自覚はありませんが、お母さんにとっては可愛いくて仕方ないらしく、お母さんの方がもっと自覚をお持ちではありません。時々の生徒に、得意科目だけ飛び抜けた成績を取る生徒も居ますが、これは稀で殆んどが「わがまま」「赤ちゃん」のレッテルで終わりです。私たちは客観的に生徒にはこの話はします。しかし、中々認めてはくれません。まぁ、十何年もこのままで来たのだから当然か？でも素直に自覚してくれた生徒は急激に成績上昇します。やっぱり子ども達ってすごいですね。</description>
      <pubDate>Sat, 08 Dec 2012 13:20:44 +0000</pubDate>
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      <title>学校って何でしょう？20121127</title>
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      <description>またまた子育て（教育）相談を受けました。「自分は実力がある。学校では得る物が無い。自分が一人で勉強して高卒認定試験を受けて、大学入試を受けた方が有利」と学校を辞めて自宅学習をしている生徒の保護者からでした。本当にそうでしょうか？確かに人間関係や余計な行事に時間と手間を取られ、自習時間は減りますが、勉強する環境に居て、周りとの比較が出来て、自身を奮い立たせてくれる環境が学校だと思います。先生との相対する事が本当に不要なら、全学校で衛星放送授業やＤＶＤ授業をすれば良い訳ですから…。それが実現していないのは、やはり学校の必要性があるからです。子どもが全て間違っているとは言いませんが、人生経験の少ない人の尺度で言う事を全て受け付けていては、どこかにミスが発生しても仕方ないと思います。その上、それを良しとして許し続けると、今後社会に出ても、全て許されると信じる可能性が高まると思います（あくまでも可能性の話です）。私は、学校は必要だと思います。上手な距離感で付き合って行くべきだと思います（学校関係者の方、誤解しないで下さいね。信じるなと言ってるのでは無いですからね）。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Nov 2012 22:41:30 +0000</pubDate>
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      <title>オリオン座がきれいです20121114</title>
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      <description>今日も日課の愛犬「そら」の散歩に行って来ました。南東の空にオリオン座がきれいに見えました。12月には真南に見えるのでしょう。今は時間にもよりますが、東から南の空にきれいに見えますよ。冬に真上に見えるのはオリオン座でしたよね。高校受験生の生徒たち！夏は何でした？さそり座でしたね。日常の中にも一杯理科があります。少し意識していると、毎日が楽しいですよ。</description>
      <pubDate>Thu, 22 Nov 2012 23:45:40 +0000</pubDate>
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      <title>疑問なんでここまで？20121110</title>
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      <description>最近、入塾の問合せや体験授業や相談をお受けする事が続きました。そこで、生徒の現況を確認してみると、小学高学年頃より、目の前の作業をこなし、終わるとすべてを忘れる勉強法を取っている生徒が多く居ることを確認しました。全てをリセットし、その時その時でやっていると、その内「全く分かんねぇ〜」日が来ると思うのですが・・・。まぁ、そうなったから相談に来られたのかも。でも、何年もそれを継続してたら、もっと早めに「何かを間違っている」と気が付いただろうに・・・。こんな生徒を修正するには、・・・・・。おっと危ない。それが私の仕事でした。秘伝のタレを公開するところでした。お知りになりたい方は是非教室まで！</description>
      <pubDate>Sat, 10 Nov 2012 14:47:54 +0000</pubDate>
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      <title>個別指導って？</title>
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      <description>近年、体験授業は99％私が担当して、生徒の現状と大まかな性格と問題点を見つけるようにしています。その上で保護者・生徒にお知らせして、後に入塾の検討をして頂いています。つまり、現状を云々言うのではなく、本気で真面目に改善と上昇を望む生徒の入塾を促しているからです。勧誘の電話等では、その心は掴めないからです。ところが、最近、ＣＭ等に大金を投入して、大量集客している某個別指導塾と比較されて「仕切りの中で別々に教えるのだから、個別はど〜れも一緒」と「放置個別」と同様に思われ、講師陣も私も心外な事が続いています。私たちは、まず、人間力が無いと勉強はできないと考えています。その為にどんな意識・心構えで毎日を過ごし、学校の授業を受け、塾の指導に従うかも同時に指導しています。ところが、近年、本〜当近年。何を言っても何を指摘しても、どんな現実を見せても、「私は悪くない(家の子は悪くない)」の一点張りで成績下位を継続する生徒が見え始めました。よくよく話を聞くと、生活・意識・作業・クラブ・成績・理解と全て何でも〇〇が悪い。私は悪くない。私は特別。私だけ許される。私は・・・。私は・・・。と自己主張で負けない事が世の中で一番大切だと言わんばかりの価値観を持ってる人が増え始めました。中には、「先生の教え方が悪いから英単語が覚えられん」と訳の分からない理論展開をする輩まで。何でもかんでも自分を責めてマイナス思考をしろと言っているのではありません。他人が指摘してくれているのです。身内の戯れ言とは違います。[RED]ここで素直になれるかどうかが人間力です[/RED]。ここまで口を出し続けるのは、正直しんどいです。でもここまでやるから、我が教室は存在できているのだと思って今日も頑張っています。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Oct 2020 20:36:55 +0000</pubDate>
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      <title>疑問それって私の責任？20121030</title>
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      <description>今日、突然にある生徒の保護者が教室に来られまして、「今月で止めます」と言われました。原因をお聞きすると、「塾の日だけ生徒が体調を崩したり、お腹を壊したりする。塾が合っていないのが原因と思う。成績も上がらないし、このまま続けさせても無駄だと思う」と言われました。「無断で休んだ日の代替日がいつが良いかの連絡も来ない。他の塾なら休めば必ず塾から代替日を言って来る。親切じゃあ無い」も仰いました。この保護者とは、以前から子育て方針で意見が食い違っていました。宿題や勉強の指示を無視して、好きな事を優先し、保護者もその為の送迎を優先し、成績が上がらないのを塾の責任と言われます。これって本当に私たち「塾」が悪いのですか？私はいつもこの部分で考えさせられます。自己美化じゃないか？自己満足の指導をしていないか？です。一般論のきれい事より、目の前の生徒です。残念ですが、もう私の手の届かない所に…。</description>
      <pubDate>Tue, 30 Oct 2012 21:32:06 +0000</pubDate>
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      <title>地域の秋祭りの一場面20121022</title>
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      <description>昨日、教室のある地域の秋祭りがあり、お神輿巡行もありました。教室としても、子供神輿にお菓子のお供えをさせて頂きました（僅かですみません）。その時の一場面で、そこにいらっしゃった６０歳前後の方のお話しです。[BLUE]「集まれ」って言っても無視。「静かに」って言ってもザワザワ。「〇〇しなさい」って言ってもダラダラ。「最近の子供は、恐い人かそうで無いかを見極めて舐めとる。声の大きい恐いおやじが行って、『こらぁ〜！サッサと動けぇ〜』とやらないとダメだ。」[/BLUE]と、言われてました。役員のお母さんが「〇〇しましょう！」と声掛けをされていましたが、勿論聞くはずもありません。その役員さんも後で「〇〇くんのお母さんは鬼。恐い」と言われるのが嫌で程々です。教室での毎日の遣り取りを外から見ている様で、思わず笑ってしまいました。私が毎日感じて対処しているのは、私の目の前で起こっているだけでは無く、世間でも当然起こっていて、一般の大人なら同様に考えているのだと…。私だけの我がままでは無いのだと…。じゃぁ、誰がこれを学校や家で許しているのだろう？それは…、ここでは言えません。因みに、神輿を担ぐのは、男子より女子の方が上手く且つ辛抱強いですね。やっぱり女子の方が成長が早いです。男子頑張れ！</description>
      <pubDate>Mon, 22 Oct 2012 17:06:01 +0000</pubDate>
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      <title>やったぁ！100点20121010</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-51296/</link>
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      <description>やったぁ！やりました！中３の女子生徒が中間試験の数学で100点満点を取って来ました。チョコチョコ計算ミス等で失点していた生徒だったのですが、「今回は、しっかりじっくり見直しと検算をするように…」と指示していました。本人曰く「今回は、しっかり見直しました。ミスが何箇所かありました」との事。やっぱり、この様に「素直な生徒」は確実に点数を取ってくれますね。その他の教科もほぼ同レベルでしたので、私はと〜〜っても嬉しいです。だから何だって？良いじゃないですか。それだけです。</description>
      <pubDate>Wed, 10 Oct 2012 21:07:00 +0000</pubDate>
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      <title>秋祭りについての考察20121008</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-51186/</link>
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      <description>最近、教室のある地域でも秋祭りがあちこちで行なわれています。新聞に、大学生のボランティアが参加して神輿を担ぎ、地域の行事を維持していると書かれていました。そう言えば、私も五十を過ぎているのに昨年まで神輿を担ぎ、その他の事も参加していました。若い人たちが少なくなっているようには思えません。仕事が休日メインのサービス業の人が増えている様にも見えますし、それよりも、地域との繋がりを求めて我慢するより、自分の時間を大切にする人が増えていると感じます。こんな穿った考えになるのは、私が年寄りだからでしょうか？私は「遠くの親戚より近くの他人」と言う言葉が好きです。地域の人たちと雑談ができる位の距離感が大好きです。これが日本の良い所だと思うけどなぁ？</description>
      <pubDate>Mon, 08 Oct 2012 20:24:38 +0000</pubDate>
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      <title>疑問どうして今頃？20121001</title>
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      <description>小学６年の生徒の保護者。中学３年の生徒と保護者。続けて受験の為の入塾相談に来られました。前者は、教室のある地域では受験まで後３ヶ月です。後者は後３〜５ヶ月です。「今まで、ある程度の勉強や準備をしていて、最後に不安になったから確認して下さい」なら私も「ハイハイ。承知しました」とふたつ返事でお受けします。ところが、どちらも「今まで塾には行った事が無く、学校の勉強しかしていません」です。その上「最低でも〇〇校へお願いします」と来られては、「責任持てません」とお答えするしかありません。勿論、可能かもしれません。不可能かもしれません。やるだけやって「無理でした」とお応えする方が商売としては正しいです。合格出来なかったのは本人の責任に違いありません。でも、「高い月謝を払ったのに〇〇校ダメだったのよ」と宣伝されて、自分たちに問題があった事を伏せる事と、これから先に、同様の事態に「金さえ出したら、何を要求しても叶う」と再度誰かを苦しめる事に我慢ができないのです。勉強ってそんなに短時間でチョコチョコっとできるものなのですか？勉強ってそんなに簡単に、努力もせずに、意識もせずに、誰かにチョコチョコって聞いたらできるものですか？（最近、それを売りにしている塾をテレビでよく見ますが…）私には無理です。私が無力なんですかねぇ？自己嫌悪。</description>
      <pubDate>Mon, 01 Oct 2012 19:19:59 +0000</pubDate>
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      <title>疑問丸投げ20120917</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-50193/</link>
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      <description>最近、生徒の勉強以前の「家庭での習慣」についてお願いする機会が多く、保護者の方に連絡して、お越し頂く事が多くありました。その時の保護者の方々の対応のあれこれです。一番多いのが「〇〇日の△△時からなら可能なんですが、宜しいでしょうか？」の電話です。これはとっても感謝です。次が、お願いして１〜２週間後に上記の様な電話。皆色々都合があります。これでもベターです。問題はこれ以降です。２〜３週間経っても返事が無いので生徒に「お母さん。忙しいのかな？何か言ってた？」て聞くと、「うん、予定が立たないし、弟の〇〇の送り迎えがあるから…って言ってた」です。同様なのが「だって仕事もあるし、晩ご飯も作らなきゃならないし、本当に行かなきゃいけないの？」です。もっと酷いのが、「そんな事は分かってます。だから塾に行かせてるんです。塾で何とかして下さいよ。高い月謝を払ってるのに…」です。そんなに私って上から目線で無茶な要求しましたか？</description>
      <pubDate>Mon, 17 Sep 2012 17:19:01 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>疑問自然消滅と済し崩し20120905</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-49575/</link>
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      <description>生徒だけでは無いのですが、最近、私のまわりで「自然消滅」や「済し崩し」を狙った行為をする人が続出しています。自分の考えを変えたり、我慢をしたり、努力をしたりせず、目の前の難敵をとりあえず”かわす”最良の方法です。自分の為にもならず、相手の心情にもマイナスで、結果何にも良くなっていないので、最悪の選択肢だと思うのですが…。何故だか多いです。「とりあえず今だけ」とか「緊急避難で…」のつもりかも知れませんが…。私は大っっっっっっ嫌いです。ダメかやらないのら、はっきり反発してくれた方がスッキリすると思いませんか？それとも誰かが得をするのでしょうか？</description>
      <pubDate>Wed, 05 Sep 2012 17:50:37 +0000</pubDate>
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      <title>疑問私の事を・・・20120825</title>
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      <description>「私の事を分かってくれない」時々耳にします。極論を言うと、分かるはずがありません。だって、他人だし、生活環境も違うし、週に２〜３時間しか顔を会わせないのだから…。でも、生徒の気持ちと現状・実情を、ご近所のどの塾よりも分かろうとしているつもりですし、分かっているつもりです。だからこそ、その「甘え」や「ごまかし」や「格好付け」を改善するために、「あなたの気持ち」と逆の要求をするのです。この事は、我が教室の全スタッフに理解してもらって実行しています。つまり、「私の気持ちを分かってくれない」じゃ無く、「私の思うように、甘やかして煽ててくれない」が正しいんじゃないかと最近感じています。</description>
      <pubDate>Wed, 05 Sep 2012 17:36:01 +0000</pubDate>
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      <title>疑問先送り20120817</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-48715/</link>
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      <description>夏休みも３分の２が終わってしまいました。早い始業の学校でしたら、あと一週間で２学期です。もっと早い学校は「８月２０日に宿題を持って登校日。出来てなければ毎日が登校日」があります。ところが、ところがです。そんなキッチリしている学校の中学生でありながら、その上お家でも塾でも「７月末までにある程度の目途をつけるように…」の指示が出ているにも関わらず…。未だ半分以下。後２日で登校日です。「どうするんじゃ？」に対して「はい↓」で黙ったまま。今まで何でも先送りをしてきても、周りの大人が何とかカンとか理由を作ってくれて許してくれたので、今回も何とかなると信じていたみたいです。何とかなる訳がありません。この生徒は極端ですが、数人の生徒が返事だけで実態は無視して先送りをしています。どうしてそれが平気なのか？まぁ平気だから、現在の実力なんでしょうね(笑)。</description>
      <pubDate>Fri, 17 Aug 2012 20:59:08 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱりいつもの事20120817</title>
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      <description>お盆休み(夏休み)が終わりました。しかし、いつもの様に私に休みはありませんでした。普段はできない家の雑用（草刈や片付け）だけなら良いのですが、生徒に携帯番号を公表しているので、休み中でも平気で「〇〇を聞きたいのですが…」とか「△△を確認して欲しいのですが…」と掛って来ます。遠くに行ってたら仕方ありませんが、近くに居るときは「はいはい(溜息)」と教室を開けに来ます。夏期は推薦入試の準備や学校の宿題。冬期は受験直前の質問ルームです。完全にゆっくり自由なのは５月の連休だけです。まぁ、生徒が本気になっている以上(と、信じたいです。便利屋で無い事を信じます)、私も本気で応えるしか無いとバタバタと休みが終わってしまいました。ハァ↓。</description>
      <pubDate>Fri, 17 Aug 2012 20:42:36 +0000</pubDate>
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      <title>疑問僕（私）は別！20120812</title>
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      <description>前回の「そんなことはない」に続き、僕(私)は別！です。「そんなことはない」とセットで使われる事が非常に多いです。『そのやり方では、後で困るよ』に対して「そんなことはない。僕は困らない。僕は別！」の様に使われます。僕だけ特別。僕だけ大丈夫。僕だけ許される。僕だけ必ずビッグに･･･。そんな事がある訳ありません。特別な選ばれし勇者は、小さな頃から、その片鱗が見えています。「家の子だけ特別。いつか分かってくれる。やってくれる。」それこそ「そんなことはない」です。「自分だけを中心に自分だけが特別で自分だけ何もしなくても叶う」そんな教えや躾。いつどこで誰がやったのでしょう。それが本当に叶うのなら、私もその勇者の弟子になりたいです。「努力をしなくても叶う」と「起こり得ない事を期待させる騙し教育」や「きれい事の期待」。数万人に１人の出来事なのです。だからニュースになるのです。私は『大っ嫌い』です。『ふざけるな』です。</description>
      <pubDate>Sun, 12 Aug 2012 16:12:49 +0000</pubDate>
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      <title>疑問「そんな事はない」20120803</title>
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      <description>最近、生徒や保護者と話していると、沢山の「えっ？」や「おやっ？」に気付きます。それを少しずつ色々書いていきたいと思います。今日は先ず、何かを注意したり、何かを指摘すると良く聞く言葉に「そんなことはない！」があります。宿題して来ない。やる気が無い。「そんな事はない」すぐやれ、書け。やらない。素直じゃない「そんなことはない」指示や約束を無視しても平気。「お宅のお子さん最低限のことができませんね」に対して「そんなことはない」私が全て正しいとか言うつもりはありません。しかし、社会生活を送るための最低限の知識と行動位は知っているつもりです。その上で指摘しても「そんなことはない」です。なら「どんなこと」ならあるのでしょうか？</description>
      <pubDate>Fri, 03 Aug 2012 21:33:44 +0000</pubDate>
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      <title>自信？過信？盲信？20120802</title>
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      <description>生徒に「○○は間違っているよ。自分では正しいと思っているかもしれないけど、このままでは将来自分が困るよ」とアドバイスする事があります。私と担当の先生と隣の先生の複数人がです。すると「そんな事は無い。私(俺)は間違っていないし、将来も困らない」と凄い自信で反論してきます。確かに自分に自信を持つ事は大切です。私もそこには賛成です。しかし、たかだか１０数年の人生で、そんなに将来の事まで自分を過信されると、半世紀も生きてきた私の立場がありません。どうしてそこまで自分を過信できるのか？その根拠が知りたいものです。すると時々「家の子があぁ言うのですから、言うようにやらせてみたいと思います」と「家の子」を盲信されている保護者まで登場されます。フルキャスト登場の昼ドラみたいに感じて、疲れているのは私だけでしょうか？</description>
      <pubDate>Thu, 02 Aug 2012 00:13:41 +0000</pubDate>
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      <title>名月のリハーサル？20120801</title>
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      <description>教室のある地域では、現在、台風一過で快晴です（まだ通過中の地域の皆さんごめんなさい）。そこで空にはとんでもなく明るい満月？が･･･。そう言えば、今日はもう８月でした。中秋の名月のリハーサルかなと思わせる様な綺麗な月です。</description>
      <pubDate>Wed, 01 Aug 2012 23:56:07 +0000</pubDate>
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      <title>近所に理解者見〜つけた20120719</title>
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      <description>我が家が檀家となっているお寺の「若院（住職の跡継ぎさん）」が、今日、お盆のお勤めに来られました。その方とお話ししていると、「頑固オヤジ」とか「親が軸をぶらすな」とか「勉強の前に意識や躾（挨拶等）」等、色々おっしゃられるのを聞いていると嬉しくなってしまいました。こうも言われています。「今日のオヤジ族のように、ものわかりのの良すぎる、軟体動物のような「骨」のないオヤジのあり方を見ていると、ため息が出そうになります。」全く同感です。近所に良き話し相手が出来たと喜んでいます。よくよく聞いてみると、元塾講師で一般家庭から寺に婿養子に入られたそうです。「この方も、現場で色々苦労があったんだろうな」と、同情半分・安心半分でした。</description>
      <pubDate>Thu, 19 Jul 2012 17:54:16 +0000</pubDate>
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      <title>夏休み突入直前20120719</title>
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      <description>多くの学校が明日の２０日に一学期の終業式です。つまり、明後日から夏休みです。つまり夏期講習に突入です。（回りくどいなぁ）毎年の事で慣れているはずなのに、生徒（特に受験生）は初めての真剣勝負。こちらも毎年、新たな気持ちで真剣勝負です。地域性もあり、夏に５０コマとか１００コマの授業が組めないので、一コマ必殺で実に成らして行きたいです。その焦りか鼻息か、生徒に夏の行動目標や学校の宿題の指示。塾での予定等をバカバカ指示しています。中１生なんかは「ポカ〜ン」としています。「大丈夫大丈夫、２年後には君の順番だから…。」と一人でＳっぽく楽しんでいる私です。</description>
      <pubDate>Thu, 19 Jul 2012 17:35:44 +0000</pubDate>
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      <title>そんな意識では・・・20120710</title>
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      <description>教室では、生徒の夏休み中の予定確認をして夏期講習の準備をしています。当然クラブの試合や家族旅行等の仕方の無い（私達も納得できる理由）欠席・振替要望があります。ところが、「こいつ、何考えとんじゃ〜？！」の理由を言って来る生徒や保護者がいます。「朝から15時位まで行事があるので、疲れているでしょうから夜は休ませます」との母親とか、「折角の土曜なのでゆっくりさせて下さい（おっさんか？毎日休んどいて…）」の生徒とか、「クラブの練習がある[RED]かもしれない[/RED]ので、クラブを優先したいので休みにしておいて下さい」と当然顔の生徒です。勿論、上記の様な理由を平然と言って来るのに要望は「偏差値60位の高校へ」や「国公立大学へお願いします」です。要望にお応えできない我が教室が非力なんでしょうか？あなた！そう、あなたの事ですよ！自分の事だと分かりますね？</description>
      <pubDate>Tue, 10 Jul 2012 16:41:00 +0000</pubDate>
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      <title>日曜大工?20120709</title>
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      <description>今日は、少しだけ自慢をさせて下さい。私は、物を作ったり、修理をしたり、改良?したりが好きで、日曜大工の様な事をよくやります。私の基本姿勢は「他人に頼むと人件費が高い。プロで無いと無理な作業と見栄えが必要な物意外は自分で…」です。我が家と我が教室にはその作品（ゴミ？）が数多くあります。この度、我が家の愛犬（何度か登場していますね）の犬小屋周りが雨で水溜りになり、小屋も毛布もビチャビチャになるし、まわりの雑貨も濡れ手しまうので、一念発起で小屋とその周り全体を覆う大屋根を作りました。少しだけ家族に手伝って貰い。基本は一人きりで２日半掛りました。ほぼ構想通りに完成し、「日曜大工の域じゃ無いね」と言われた時には(子供みたいに)内心嬉しかったです。他愛も無い出来事の自慢でゴメンなさい。</description>
      <pubDate>Mon, 09 Jul 2012 17:44:11 +0000</pubDate>
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      <title>マイブーム20120703</title>
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      <description>今、私の「マイブーム」は、「ゆとりちゃん」と言うマンガと「おじさん図鑑」と言うおじさんの実態を集めたガイド本です。「ゆとりちゃん」は、ゆとり世代の特徴を少しデフォルメしてあり、私の日々の苦悩を他にも分かってくれる人が居る安心感で読んでいます。「おじさん図鑑」は他人事と思っている(本当は思いたい…)「おじさんの実態と私の風貌」を露骨にビジュアルで見せられて「愕然の喜び(私ゃＳか?)」です。皆さんも、お暇がありましたら見てみて下さいね。</description>
      <pubDate>Tue, 03 Jul 2012 16:26:48 +0000</pubDate>
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      <title>保護者面談20120703</title>
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      <description>先日から続いていました「保護者面談」も終盤です。残りは開始後に急遽お願いした２名だけです。色んなお話しをさせて頂きましたが、やはり大別すると２パターンです。小中学校で大人を舐めて、その場逃れの嘘(そこまで大袈裟では無く誤魔化しの場合も含む)で楽をしている生徒。「家の子に問題は無いはず。学校では中の上。私の子育てには…」の保護者。解説を始めると、長くなりますので、お聞きになりたい方はお知らせ下さい。個別に連絡します。私、個人的にはへの対処の方が得意です。には諦めずに辛抱強くお話しさせて頂きます。</description>
      <pubDate>Tue, 03 Jul 2012 16:16:53 +0000</pubDate>
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      <title>保護者面談20120622</title>
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      <description>教室では年間に何度かの保護者面談を行ないます。目的は、受験生の現状をお知らせする目的(安心して頂く場合or家で尻を叩いて頂く為)と、成績不振生(殆んどの場合生活態度に問題有り)に家庭と塾で共通のルール決めを話し合う目的と、保護者からの質問や不安にお答えして安心して頂く為です。そこで、話が度々脱線して「今日びの子育て議論」になります。権利・自由・自主性の名の下で、学校の先生が厳しく出来ないのを良い事に、生徒が「ごまかし」や「言い訳」が上手くなっているので安心しないで欲しい事。昔に比べて、「平均点」の価値が随分下がっている事。をお話しすると改めて感心されてしまいます。少しだけ偉くなったように勘違いしてしまいそうです。今後も閉鎖的な教育現場の事を色々お知らせできたらなぁと思いました。</description>
      <pubDate>Tue, 03 Jul 2012 16:06:54 +0000</pubDate>
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      <title>某高校の熱血先生の話20120615</title>
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      <description>先日聞いた話しですが、学校を休む事が多いある高校生(不登校の一歩手前)の話です。某受験校で不振だから休むのか、休むから不振なのかの状態で、出席時数がギリギリで推移している生徒。その担任の先生が度々(聞けば休む度、朝夕で自分の授業に支障が無い限り何回も)その生徒の家まで足を運び、本人や母親の話しを聞いては解決策を考えて下さるそうです。高校生なので自己責任。「先生はアドバイスしたら、後は生徒任せ」が普通の受験校の中で、「何と熱心な先生が…」と関心と尊敬の念で聞いてしまいました。実はその先生、私も何度かお会いして話した事がある先生で、「なるほど、あの先生なら・・・」と改めて現代の「ヤンクミ(少し古いですか?)」の凄さを感じました。</description>
      <pubDate>Fri, 15 Jun 2012 17:56:24 +0000</pubDate>
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      <title>もう夏休み？！20120605</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-45047/</link>
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      <description>先日、ベテランの先生と話がでたのは「この仕事していると、１年が経つのが早いなぁ」です。どんな仕事でも同じかもしれませんが、１〜３ヶ月先の準備をしながら日々を過ごしているので、今の私の様に、夏休みの授業計画や生徒への提案書作成の作業をしていました。お盆休みの予定書を作り、休み明けテストの連絡書も作りました。もう夏休みが半分終わっています。それで無くても歳をとると、時間が経つのが早いのに〜。これでは半年位で一つ歳をとりそうです。損してるみたいです。</description>
      <pubDate>Tue, 05 Jun 2012 21:11:05 +0000</pubDate>
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      <title>嬉れし恥ずかし20120524</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-44478/</link>
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      <description>以前にも某学校の先生に「塾長のひとりごと読んでます」って言われて恐縮してしまいましたが、昨日も別の学校の先生に「この掲示板、スゴイですね」って、私の持論(独り善がりor思い込み)掲示を読んで頂けて、その上今日「ＨＰ見ました」とメールまで頂きました。嬉しい反面専門家の方々にチェックされている(そして陰で笑われている)と思うと恥ずかしい方が多くなってしまいました。しかし、しかし、私は「面の皮」が厚いです。言葉をそのまま受け取って、これからも思った事をバンバン「ひとりごと」に書き込んで、考えを教室前の掲示板に貼っていこうと一人で決心?しました。</description>
      <pubDate>Thu, 24 May 2012 16:02:30 +0000</pubDate>
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      <title>毎年の事ですが・・・20120517</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-44094/</link>
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      <description>私たちの教室も、他の塾と同様に春の入塾が一番多いです。そこでは、勉強より先に（もちろん勉強も教えますよ。勘違い無き様に汗汗）生活習慣と取り組み方法と意識作りを行ないます。何故なら、いくら指導しても、生徒の独断の判断と好みで内容と量を歪められては、本人・先生・保護者の３者の誰も喜ばない結果が想像できるからです。ところが毎年の事ですが、返事は「はい。はい。」なのに、殆ど「スルー」や「やってる気・できてる気」で素直じゃ無い生徒が増加傾向にあります。その上間違いを指摘すると「私が悪いの？」と逆切れする生徒や保護者まで登場する始末です。何年も生徒たちと接して来ているので、慣れて来たといえばそうなんですが、でも･･･、毎年毎年･･･。何ででしょうね？自分なりに理由は見つかっているのですが、この場では･･････。</description>
      <pubDate>Thu, 17 May 2012 10:09:01 +0000</pubDate>
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      <title>GWの高速は疲れた〜！20120504</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-43583/</link>
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      <description>先日話していました「娘との約束…」とは大宰府天満宮に御参りに行く事だったのです。２日に仕事を終えて、愛犬の散歩を終えて、車で出発でした。暫くは娘も起きて付き合ってくれましたが、途中から「父さんが眠くなったら起きて付き合う」を条件に後部で爆睡してました。早朝に到着後、約90分仮眠。御参りして帰ってきました。「疲れた〜」が実感です。連休の高速は混雑を想像していましたので、サービスエリアでの混雑は想定内です。問題は、走行区分(走行車線と追越車線)を守らない(知らない?)車の多さです。走行車線よりゆっくりの追越車。自由にジグザグする高そうな車。余計に疲れました。トラックの故障で渋滞。小さな接触事故で渋滞。観光地へのアクセスインター近辺で渋滞。やっぱりＧＷは家でじっとしているのが一番ですかね?</description>
      <pubDate>Fri, 04 May 2012 16:07:59 +0000</pubDate>
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      <title>ＧＷですねぇ20120502</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-43523/</link>
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      <description>いゃぁ、世間はＧＷですねぇ！近所の進学塾も4/29からお休みしていますが、我教室は暦通りです。ましてや新入塾の生徒がここ数日続いていますので（ちょっと自慢？いや、感謝感謝です！）休めません。私個人も今日の教室終了後、娘と０泊２日の強行で約束を果たして来ます。それから帰ると、一人で教室に篭って日常できない業務を片付けます。いやぁ、やっぱり休みは嫌いだぁ！</description>
      <pubDate>Wed, 02 May 2012 09:48:13 +0000</pubDate>
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      <title>中学と高校のクラブ考20120424</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-43240/</link>
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      <description>えら〜く久しぶりでゴメンなさい。年度始めと家族の事でバタバタの１カ月でした。最近、高校に新入学した生徒のクラブ絡みでのバタバタが多く一考してみました。中学では、勉強中心で先生がコントロールして半ばお遊び(ゴメンなさい)の活動で、結果より「私頑張った」と自己満足の為に活動していました。ところが、高校のクラブでは本気です。全国を目指したり職業を目指して必死の人が多いです。その中に前記の様な「遊び半分の甘ちゃん生徒」が入るもんですから、直ぐに止めるか、勉強(宿題も塾も)そっちのけでクラブ100%になるかどちらかです。キチンと両立できる様にコントロールできている生徒は少ないです。安易な無知の状態で高校に入って中学と同じ感覚でクラブを探す生徒が悪いのか、中学のクラブで「何事も結果より頑張る事が大切だ」と教える事が罪なのか。少し考えさせられました。今日はグダグダの文ですみません。</description>
      <pubDate>Tue, 24 Apr 2012 20:52:29 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>感謝感謝です20120412</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-42732/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-42732/</guid>
      <description>ここ最近、毎日の様に入塾や体験の問合せが続き、縁あってお手伝いさせて頂いている事や、開校以来、損得抜きで頑張って来た事も相まって、バタバタしています。真剣に生徒に向き合って(それに腹を立てられて退塾された方もいらっしゃいましたが…)対決して来た実績や、綺麗事論者に遠慮せず、私が正しいと思った事を堂々とチラシに書き続けた結果が一度に集中して舞い込んでいるのだと、しみじみバリバリ感謝しています。毎週の様にチラシを折り込んだり、消しゴム・ファイル・その他を湯水の如くばら撒いたり、テレビCMでイメージ作りをされたりと、色々派手な集客行動をされる近くの大手塾に比べて、お金が無いので年間数回のチラシだけだと「目立たないので、やってないのかと思った」と言われながらも、本心から本気で本当の指導が「やっと分かって頂けた」と独り善がりで感謝しています。私一人の力だけでは何もできない事は良〜〜く分かっています。これからも必死で本気でオヤジパワーで頑張ります。皆様、応援よろしくお願いしま〜〜〜す。</description>
      <pubDate>Thu, 12 Apr 2012 16:33:17 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>新年度です20120405</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-42412/</link>
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      <description>新年度が始まりました（って言ってもすでに５日も経ってますが…）。通常、塾業界では年度末に卒業でゴッソリ止めて行き、新年度は生徒集めに躍起になっているものです。しかし、しかし、我が教室は、年度末に若干の卒業生がありましたが、それと同等の生徒の入塾があり、生徒数に増減はあまりありませんでした（少しだけ自慢）。色々な場面や状況が他の塾さんと少しづつ違っています。生徒があまり止めないってのもあるかもしれません。この辺りが「変わってる塾」と言われる所以でしょうか？最近は「変わってる」って言われる事に慣れてしまって、むしろ快感に成り始めています。私ってそっちの気があったのかなぁ？</description>
      <pubDate>Thu, 05 Apr 2012 20:14:38 +0000</pubDate>
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      <title>喜ぶべき？20120327</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-41999/</link>
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      <description>最近、入塾申込みや問合せをたくさん頂きます。年度変わりの編成期なのでスロースローでやらせて頂いてます。その時面談で、「生徒を叱ったり、罰を与えたりしますよ。甘やかしませんよ。これだけ生徒に優しい時代に変わった塾ですよ」とお伝えすると、「えぇ、分かってます」とか「はい、お願いします」とにこやかにおっしゃいます。私の方針が浸透してご理解頂いてるのか、ただ単に、私を変わり者と認識されただけなのか…？多くの塾の中から、我が教室を選んで頂いたってことは、これって喜ぶべき事ですよね？と、一人複雑な心境の塾長です。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Mar 2012 20:47:47 +0000</pubDate>
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      <title>教室のみんなと食事会20120320</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-41699/</link>
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      <description>教室では毎年「合格進学進級おめでとう。来年もがんばろう会」として、先生＆生徒で食事会を行ないます。今年も３月１８日に焼肉バイキングで行ないました。まぁ〜〜！食べる食べる。特に女性軍は中程からは食事じぁあ無く、デザート大会です。ある生徒は「デザート全種類制覇」って言ってました。私は見てるだけで満足。「料金の元を取る」なんてとてもとても…。普段の見えない笑顔がいっぱい見れました。あまり会話する事が無い生徒先生同士が楽しく会話してました。よかったよかった。また、一年間頑張るぞ〜〜！！</description>
      <pubDate>Tue, 20 Mar 2012 18:50:56 +0000</pubDate>
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      <title>やったぁ！すごい！20120314</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-41481/</link>
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      <description>今日は、公立高校の合格発表日でした。朝からイライラドキドキでした。結果は・・・・・・・・・・・今年も全員合格でした。（はい、拍手〜！）教室がオープンしてから、ず〜と、全員合格を続けています。このまま続いてくれれば良いけどなぁ。どこで途切れるのか不安がまた一つ出来てしまいました。まぁ、今日はこれだけで終わります。皆様応援ありがとうございました。</description>
      <pubDate>Wed, 14 Mar 2012 22:12:11 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり受験生の話20120309</title>
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      <description>公立高校の受験が昨日終わりました。明日、某専門学校の最終入試です。今年の受験はこれで全て終了します。色々一杯文句を言って怒って落ち込んで来ましたが、もう結果を待つだけになります。今の所、全勝です。さてさて、このまま続けてくれるかな？続いて欲しいなぁ！祈るしかないです。</description>
      <pubDate>Fri, 09 Mar 2012 19:43:10 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり受験生の話20120303</title>
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      <description>受験本番直前です。安定して当確の生徒。やっと眼の色が変わって本気の生徒。少し不安はあるけれど、何とか合格を手中にしてくれそうな生徒。色々居ますが、ここまでは良しとします。想定内ですから…。周りが殆んど就職と無試験の専門学校進学の為、自分もそれに従って遊び疲れた後に入試の勉強（している気？）している生徒（これもやっているのでまだまだ許容範囲）。ここからが問題児（本当に言葉通りの児です）。第２志望校（俗に言う滑り止め。しかも無理だと思っていた一ランク上の学校に…）に合格した途端、全く指示や指導に従わなくなって、勉強もしなくなり、やっていない事を注意すると、露骨に嫌〜な顔をする様になった生徒。しかも、その滑り止め校の合格に気を良くして、公立校も一ランク上げて願書をだしていました。それでも放っておくわけにはいかないので注意すると、返事もまともに返してくれません。保護者にお伝えしても「本人のやる気が全てですから…」とスルーされてしまいました。担当の先生からは、「１１月位のレベルまで戻っていますね」とのお言葉。私もそう感じていただけに愕然です。後１０日程ですべての結果が出てしまいます。ま〜〜た、「体調の優れないウイーク」が来てしまいます。</description>
      <pubDate>Sat, 03 Mar 2012 14:48:35 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり受験生の話20120225</title>
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      <description>暫く間があいてしまいました。愛読者の皆さん（だから、そんな人居るのか？）ごめんなさい。諸用が全部重なってしまいました。公立高校の受験まで、あと１０日です。最後の追い込みに入らなければなりません。しかし、しかしです。（何か。いつもこのパターンだなぁ…）色んな輩がいます。余裕で合格できそうなのに、悲壮感漂わせている生徒。最後にやっと真面目になり、コツコツ頑張っている生徒。絶対無茶なランク校に止めたのに願書を出して勉強もせず、倍率も高いのに平気で遊んでいる生徒。（この生徒がダメだったら教室の力不足で責任問われるの？理不尽じぁ！）色々です。教室では、土曜の午後は、自習室を開放して、無料で先生が説明する場所を作っています。なのになのに、この時期に…。来ません。１人しか…。しかも、成績上位者です。あの危ない生徒は…？電話してみました。不在です。まぁ、当然意識の違いが成績の違いなんでしょうが、一言だけ愚痴らせて下さい。もう、知らん！勝手にせぃ！失礼しました。</description>
      <pubDate>Sat, 25 Feb 2012 19:33:57 +0000</pubDate>
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      <title>「勉強をする」って言っても・・・20120214</title>
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      <description>今日はバレンタインディです。多くの方々はチョコやプレゼントを受け取って「ルンルン」でしょうね。私は、小数の慈善心のある生徒から本命に渡した「残り」を頂いて「ウハウハ」です。さて、今日の本題です。あと少しで高校受験の本番です。今まで理解の仕方。覚え方。キーワードからの思い出し方、組み合わせ方。と順に全て教えてきました。最後の追い込みとしては、暗記物をキッチリ覚えてくれるだけです。しかし、しかし、です。時ここに来て、何となく作業をこなしている輩や何か書いているけど、今この時期に書く？って言う初期段階の物をかいている輩が目に付きます。パニクって、落ち着く為にやっているのならＯＫです。しかし、どうも本気で今頃そんな事をやっているようです。私立の試験はどうしたの？今まで何度も確認した時の「うん。完璧よ〜！」は何だったのか・・・。少しショックです。また、今日から怒りの鉄拳です。</description>
      <pubDate>Wed, 15 Feb 2012 14:28:45 +0000</pubDate>
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      <title>体験希望者の連続!!!20120207</title>
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      <description>先週から今週にかけて、入塾問合せや体験授業の申込みが続きました。大変有難い事です。多くの塾の中から我教室を選んで頂けたのですから感謝感謝です。しかし・・・、です。我教室では、体験授業や入塾の前には、必ず私と面談をして頂いて、生徒の現状・学力・今後の指導方法・家庭や学校での行動注意点等を三者(本人＆保護者＆塾)で確認してから行なっています。事前面談で「うちの子、普通より少し下です」とか「今は充分な学力はありますが、更に上を目指させて…」とおっしゃいますが、授業をしてみると「中の下」や「下の中」(ゴメンなさい)が非常に多いです。何を根拠に「普通」と仰ったのか確認すると、「学校の参観日で普通にしていたから…」とか「小学校で６０点を取って来るから…」らしいです。余りに現状をご理解頂いて無い事に「あんぐり(ちょっと古いかな？)」です。今の生徒たちの実情は・・・つづく</description>
      <pubDate>Tue, 07 Feb 2012 16:13:47 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり受験生の話20120204</title>
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      <description>教室のある地域では、公立高校に推薦入試（選抜）があります。昨日、その入試が実施されました。それを受験した生徒は、日常から成績優秀・品行方正な訳ですから殆んど心配していません。問題なのは、推薦を貰えなかった生徒たちです。上記生徒たちと逆だから推薦が貰えなかった訳ですが、本人たちがその自覚が無いのです。指示を聞いていない。すぐ忘れる。義務（宿題や提出物）を果たさない。それを指摘しても「はい」と返事はするけど意識しない。…等、挙げれば限がありません。勿論、それができていれば推薦が貰えていますけどね。さすが学校の先生方も良く見ていらっしゃいます（笑）。その上最近その生徒たちに流行しているのが、インフルじゃなく「最悪でも行ける高校あるし…」と第二志望の合格で安心し切って勉強しなくなったり、苦手や嫌な事から逃げる（誤魔化す）事です。何と言う事でしょう。年々中学生が「おこちゃま」化しているのを実感するこの頃です。喝〜っ！</description>
      <pubDate>Sat, 04 Feb 2012 09:46:01 +0000</pubDate>
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      <title>沖縄料理！20120129</title>
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      <description>昨日、古くからの友人と遅めの新年会をしました。その時、沖縄料理のお店に連れて行って貰いました。ゴーヤーチャンプル。ソーキそば。ミミガー。等、言葉は知っていましたが、食べたのは初めてです。ゴーヤーも以前家で食べた物より苦味が無く、とても美味しく、また行きたいと思いました。今日はそれだけの話です。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Sun, 29 Jan 2012 17:59:03 +0000</pubDate>
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      <title>受験生に物申す20120119</title>
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      <description>教室のある地域では、昨日、私立高校の発表（第一グループ）がありました。私は昼からヤキモキでしたし。担当講師の先生方も同様に見えました。生徒には「分かったら早めに塾に電話するんよ」と言ってはありましたが、対応は以下の通りです。良…学校から帰るとすぐに「先生！〇〇高校の△△科に合格しました」と電話をして来た生徒。少悪…夕刻、塾に来た時「結果は？」と聞くと「えっ？何が？」。「ふざけるな！今日の発表！」に対して「あぁ、合格しました」と答える生徒。悪…「お母さんが、別に塾なんかに知らせる必要ないでしょ。と言った」とか、それ以上に未だに言って来ない生徒。私たちも人間です。機械的に作業として勉強を教えていません。心を込めた対応をしているつもりです。ひょっとすると本人以上に心配しています。人として「心配して下さった方には、一応知らせて…」の心が、受験生から年々減っている（世情がそうなのでしょうか？）と感じているのは私だけでしょうか？お父さん、お母さん。これらの部分は「勉強」より大切な事だと思います。子どもとしっかり話してみませんか？</description>
      <pubDate>Thu, 19 Jan 2012 16:07:35 +0000</pubDate>
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      <title>受験生が合格！20120114</title>
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      <description>昨年末に推薦入試で合格第1号は出ていましたが、今週、本当の受験合格第1号が出ました。教室のある地域では有名な私立中学に合格です。当初は「無理かなぁ？」と思っていた生徒でしたが、後半の頑張りで合格を掴んでくれました。私も「ホッ」としています。自慢ですが、教室スタートからここまで、中学受験は100％成功継続中です。今は私立高校の結果待ちです。これも良い報告ができる事を祈っています。</description>
      <pubDate>Sat, 14 Jan 2012 13:06:09 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり受験生の話20120105</title>
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      <description>冬休みも大詰め。「学校の宿題は早くに終わらせて、私立高校の受験対策に…」の思惑をことごとく裏切られています。「年末までに学校の宿題は終わらせて、正月からは受験勉強オンリーだよ」と指示すると、「はい」って帰った生徒の７５％位が「まだ終わっていません」と平気です。「いつまでに？」と聞くと「３学期が始まるまでには…」との受験生とは思えない発言まで。大人（先生や親）の言葉をスルーする事に慣れてしまって、悪気も無くスルーしてしまっています。また、それを平然と口にします。塾に来ているので「先生が何とかしてくれる」他力本願が見え見えです。自分が我慢した量、変わった量と成績の上昇量は同じだと何度も教えたのに…。我慢したつもりと、変わったつもりで大きな上昇を要求します。今日の今日は「こいつら大人を舐めとる」と思ってしまった悪い私です。</description>
      <pubDate>Thu, 05 Jan 2012 20:59:07 +0000</pubDate>
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      <title>今年もよろしくお願いします20120104</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-38040/</link>
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      <description>新年明けましておめでとうございます。「どうして年が変わっただけでめでたいのだ？」と言う突っ込みは無しですよ！日本の文化ですから･･･。もうすぐ新年初の冬期講習後半戦が始まります。何となく正月が過ぎてしまって、休んだ実感がありませんが、でもでも頑張ります。この「ひとり言」も今まで通りのマイペースにはなりますが、続けていくつもりですので、愛読者の皆さん（本当にそんな奇特な人居るのか？）今年もよろしくお願いします。</description>
      <pubDate>Wed, 04 Jan 2012 09:46:42 +0000</pubDate>
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      <title>１年間ありがとうございました20111230</title>
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      <description>今日で年内の講習を終了しました。明日から年末年始休暇に入ります。この「ひとり言」も年内の最後となります。ご愛読頂いている方々、深く感謝します。もちろん、新年も愚痴や私の思いを書かせて頂きますのでお付き合い下さい。それでは良い年をお迎え下さい。</description>
      <pubDate>Fri, 30 Dec 2011 23:14:27 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり受験生の話20111223</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-37570/</link>
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      <description>今日、「冬期講習」の初日が終わりました。今日はスタートからバタバタでした。まだまだ「他人事」の受験生。願書の下書きをして、やっと本気になって来た受験生。少し前までは結構頑張っていたのに、急に飽きてきた受験生。色々です。明日はクリスマスイヴですが、受験生が結構来ます。「受験生に正月もクリスマスも有るか！」と怒ってる私ですが、自分が受験生の時どうだったかな?と考えると、ちょっと可哀相に思います。でもやっぱり呼び付けて勉強です。</description>
      <pubDate>Fri, 23 Dec 2011 20:57:11 +0000</pubDate>
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      <title>一畑薬師に行って来ました20111218</title>
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      <description>今日、島根県にある「一畑薬師」に御参りに行って来ました。家族の眼病平癒のお願いです。途中、国道沿いにいっぱい雪が積もっていて、17歳の娘が「雪だぁ〜」とはしゃいで雪球を投げていました。途中で見かけた「巨大迷路」の看板に惹かれて雲南市で寄り道をして見ましたが、「町おこし」で始めたらしいが、客が居なくて休業中?っぽい施設でした。春には再開すると張り紙がありましたので、また訪ねてみたいと思います。</description>
      <pubDate>Sun, 18 Dec 2011 20:22:04 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>皆既月食の話20111210</title>
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      <description>今日、皆既月食です。皆さん、ご覧になりましたか？つい、先程姿を消しました。次は登場を見るだけです。理屈では影に入っただけと分かってはいても、やっぱり神秘的なものですね。ほぼ満月の時期に月食ですから、太陽・地球・月がほぼ一直線に並んだ事になります。中3生に天体の運動で、つい先日説明したばかりです。理科的に言うと、地球（日本）が夜なので、後ろ（裏）に太陽があり、真上（南）に月があり、地球の影に月が侵入して来て、光を反射しなくなるので見えなくなっただけ。一定の周期で起こる当然の事。と、こうなりますが、やっぱり見てしまう私はミーハーですか？</description>
      <pubDate>Sat, 10 Dec 2011 22:56:39 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>やっぱり受験生の話20111208</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-36913/</link>
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      <description>地域の公立中学校の期末試験が終わり、答案が返却されて来ています。ところが、受験生に大変な事態が見え隠れ…。全員では無いですが、前回より点数を下げている生徒がチラホラ…。最後の追い込みと、内申書の評点の為にも「絶対上げろ」と厳命したのに…。数学・理科・社会で顕著です。数学は「相似」の用語の区別がついていない生徒。図形を分割して考えられない生徒です。理科は「イオン」と「化学式」の区別がつかない生徒。天体の位置関係や光の方向が理解できない生徒です。社会は「政治と制度」と・・・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ！もう良い。限が無い。あれ程説明したのに…。あれだけ練習したのに…。あの時には出来たのに…。「・・・・」何でだ？ま〜た、一からやり直しだぁ。(溜息)</description>
      <pubDate>Fri, 09 Dec 2011 10:57:49 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>やっぱり受験生の話20111203</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-36685/</link>
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      <description>いや〜〜、師走ですねぇ。師走と言えば受験ですねぇ。今日、我教室では、中＆高受験者対象の模擬試験でした。この時期になって成績を下げてくる生徒。内容をチェックして原因を指摘すると、「分かってる」だそうです。「分かってるんなら下げるな」と思うのは私だけでしょうか?勿論、頑張って、着実に成績アップしている生徒もいます。普段から、口ごたえと言い訳の多い生徒程、今回ダウンしています。やっぱり追い込まれると本性が出るのでしょうか?私たちを舐めて甘く見ていた様です。よ〜〜し。また来週から遠慮無く、ビシビシ言いたい事を言わせて貰います。素直な生徒へ。続けて頑張ってね(優しく)。舐めてる生徒へ。覚悟しておけぇ。絶対に緩めないからなぁ(怒)。</description>
      <pubDate>Sat, 03 Dec 2011 19:10:00 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>やっぱり受験生の話20111121</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-36038/</link>
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      <description>勿論、我教室にも受験生は居ます。小学・中学・高校生全てです。受験本番まで最短で40日となった今、受験生達に少し変化が見られます。良い傾向の話ばかりなら良いのですが、勿論そんなに簡単にはいきません。自覚を持って邁進している受験生はGoodですが、飽きて来た生徒、突如詰め込んだのでパニックを起こしている生徒、苦手を無くそうとそればかりを頑張って、勉強全体がパニックになっている生徒。このの対処にかなりの時間と労力を取られています。中にはまだまだ「誰かが何とかしてくれる。だって今までそうだったもの」の生徒や周りが「勉強勉強」と言うものだから、自棄になって周り(家族や先生)の反対の行動を起こしている生徒。このの生徒には申し訳ありませんが、対処のしようが見つかりません。何れにしてもあと少し、長い人生のほんの一部分。頑張れ受験生。</description>
      <pubDate>Mon, 21 Nov 2011 21:52:01 +0000</pubDate>
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      <title>えっ？今から？20111118</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-35868/</link>
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      <description>教室のある地域での私立中学入試は、ほぼ１月初に集中しています。つまり今から約40日後です。先程問い合わせの電話があり、「今年の○○中学の受験を考えている。今まで受験に対する事は何もやって来ていない。学校レベルの復習ドリルはやらせた。どこかの塾に入れたいので話を聞きたい。週に２回位の通塾では無理か？」との概略内容でした。私が、えっ今からどこに入るか考えるの？しかも８〜10回の授業で？と思いながら「勿論、生徒本人の実力と状態によりますが、それを確認して学校では学習しない内容を教えても、使える様になる訓練をする時間が無いので責任は持てませんよ」と伝えると、「分かりました。結構です。」と半切れで電話を切られてしまいました。私、無茶・無責任ですか？私、冷たいですか？何か自己嫌悪です。</description>
      <pubDate>Fri, 18 Nov 2011 12:31:50 +0000</pubDate>
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      <title>掲示板設置20111116</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-35779/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-35779/</guid>
      <description>教室の入口近くにお手製の掲示板を設置しました。前々からポスター等の掲示スペースが少なく、頂いても沢山は掲示できなかったので念願が叶いました。近所のホームセンターでコルクボードを買ってきて、ビスで留めただけですけどね…(笑)。ついでに「塾長の独り善がりコーナー」まで作ってしまいました。これで私の持論を色々披露する(これが一番悪い癖ですねぇ爆笑)所ができました。少しづつ掲示していきますので、良かったら来て見て、指差して笑って下さい。</description>
      <pubDate>Wed, 16 Nov 2011 17:43:30 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>受験生の保護者面談20111116</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-35777/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-35777/</guid>
      <description>教室のある地域では、高校受験生の受験校を決定する学校での保護者面談が、今月の20日前後に行われます。それに先立って「現状と可能性」を保護者にお伝えする為の塾教室の保護者面談を行ないました。結論から言うと「本〜〜当、色々」です。成績を冷静にご存知の方。成績上昇しているのに過小評価されている方。もっと上位校が狙えるのに「入ってから子どもが辛いから…」とレベルを落として落として考える方。逆に、「ギリギリまで少しでも上位校の可能性を探って欲しい」と要望される方。かなり難しいレベル校に「何が何でも…」と頑なな方。「もう良い。学校が決めてくれるでしょ」とお越しになられない方。生徒が「成績が上がって無いのがばれるから、親が来るのは嫌」とお知らせの紙を渡していないケース。本当に色々でした。でもでも、〜は分かりますが、はもっとしっかり話を聞いて頂きたかったです。勿論は問題外です。本当に楽しい(???)１週間でした。</description>
      <pubDate>Wed, 16 Nov 2011 17:34:39 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>初冬の名月？20111111</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-35545/</link>
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      <description>今日(厳密には0時を過ぎていますので昨日ですが･･･)は11月11日です。子ども達は「ポッキー＆プリッツの日だぁ」と騒いでましたが、私はもっと凄いものを見つけました。９月の満月を「中秋の名月」と呼びますが、今日(昨日だっちゅうの)の満月もとても綺麗です。９月より少し小さく見えますが、空気が清んでいるためか明るく感じました。雲の切れ間から顔を出すのがとても良いです。私が勝手に｢初冬の名月」と名づけました｡そんな些細な話です。</description>
      <pubDate>Sat, 12 Nov 2011 00:46:20 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>久しぶりですみません20111108</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-35328/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-35328/</guid>
      <description>前回のひとりごとから随分間が空いてしまいました。楽しみにされていた方(そんな人居るのか？)すみません。公私でバタバタしてました。受験生の生徒と冬期講習の回数の話をしていたら、「え〜！そんなに？」と言う受験始めての生徒と、「えっ、個別は一斉に比べて少ないんよ。一斉だったら小学生でもそれ以上よ」と言う中学受験を経験した生徒。やっぱり何でも経験って大切ですね。私の応援団ができた様で、少しだけ心強かったです。これからは、冬期講習⇒中学受験⇒私立高校受験⇒公立高校受験⇒新学期準備とバタバタが続きます。頑張るぞ〜。</description>
      <pubDate>Tue, 08 Nov 2011 20:12:21 +0000</pubDate>
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      <title>やっぱり受験生の話20111026</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-34647/</link>
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      <description>我教室にも多くの受験生が居ます。学力は上から下まで居ます。只、昔と違っているのは、意識（躾・習慣・自覚・訓練）が二極化している事です。「自分は受験生である」と言う自覚を持っていて、家族もその意識で生活リズムを受験に向けている生徒は、少し前までは成績不振だったけれど、今はメキメキ上昇しています。一方、本人は勿論、「子どもの受験の為」にご家庭での生活リズムを変更したりの形跡があまり見られないお家の生徒は中々？？？です。教室に「質問・自習」と称して、漢字や英単語を書く宿題を持参してやってます。本人もご家庭も「頑張っている」と安心しています。英語や数学のルールを何度説明しても、その場で「はいはい」と聞いて答えだけを書いて満足して、10分後にはルールは消去されています。「今日は頑張ったぁ」が本人の感想です。一部の生徒の話ですが、まだまだあります。続きは次回・・・。</description>
      <pubDate>Wed, 26 Oct 2011 09:54:32 +0000</pubDate>
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      <title>感謝!!第１００号20111018</title>
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      <description>いつも私の他愛も無いひとり言にお付き合い頂きましてありがとうございます。２０１０年６月に第１回のひとり言を呟いてから、早いもので今回が１００回になります。毎週欠かさず読んで下さっている方々、感謝感謝です。個人的には「よ〜く、続いたなぁ」が本音です。これからも、不定期でご迷惑でしょうが、けっこう遠慮無く呟きたいと思いますので、よろしくお付き合い下さい。そこで、１００回を記念して、いつも読んで頂いている方々に私からほんの気持ちの粗品(ホントに粗末だなぁと言わないで下さいね)をお送りしたいと思います。可能な方は私宛に住所氏名をメールして下さい。郵送します。勿論、送って頂いた個人情報はこの郵送以外には利用しませんのでご安心下さい。では、今後も塾長のひとり言をよろしくお願いします。</description>
      <pubDate>Tue, 18 Oct 2011 21:59:55 +0000</pubDate>
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      <title>地元の秋祭りの話20111017</title>
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      <description>昨日の日曜日に地元の神社の秋祭りがありました。屋台が出る訳でも無く、全国祭情報誌に載る訳でも無い小さな祭りですが、私は小さな頃から馴染んでいる祭りの為、地元の青年・壮年と熱く燃えました。土曜の夜には素人演芸会も有り、昨日は神輿で町内一周です。台車じゃなく本当に担ぐんですよ。おかげで今日は喉はガラガラ・足はパンパン・身体はガタガタです。でも、「小さな事でも全力で･･･」って気持ちの良いもんですねぇ。生徒たちにもこの「全力で･･･、自分から･･･」を実感して貰いたいと思いながら鎮痛シートを貼っています。</description>
      <pubDate>Mon, 17 Oct 2011 10:48:28 +0000</pubDate>
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      <title>中間試験悲喜交々20111012</title>
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      <description>多くの学校で今、中間試験の最中か終わったところでしょう。普段からの勉強のやり方やポイントをしっかり守って、目標点をクリアして見せた生徒。あれ程普段から口うるさく注意したのに、直前に提出物を処理しただけで、試験勉強ができずに散々な結果の生徒。理由を聞くと、「それで大丈夫と思った。今までそうして来たし…」と言います。大丈夫な訳無いでしょ。だから注意したのに…。それに今までそうして来たから、その成績なんでしょ。と、ここ何日か生徒とバトルしています。このバトルはこれからも続くのかなぁ？段々と改善されて楽になっていくのかなぁ？まだまだ生徒には「負けない気」の私です。</description>
      <pubDate>Wed, 12 Oct 2011 22:28:23 +0000</pubDate>
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      <title>もう１０月だぁ・・・20111003</title>
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      <description>気が付くと、もう１０月です。中学・私立高校・センター受験まで３ヶ月程です。本気になり始めた生徒、「受験はまだまだ来年じゃけぇ」と呑気(少し舐めてる?)に構えている生徒。色々です。小学５年と中学２年の生徒に目を向けてみると、少しづつ勉強のリズムを掴んで来た生徒、学校の優しい環境の中で「ますます楽な方法を探し、ますます大人の指示に従わなくなっていく生徒」の両極端に分かれはじめています。前者は、私たちも本人たちもどちらも楽になっていきます。反対に後者は私たちも生徒自身も今より一層大変になります。が、その生徒たち程呑気に「さらに上手く誤魔化す方法」を模索しています。年々その数が増加している事が怖いです。もう知らんよ!と言いたいです。</description>
      <pubDate>Mon, 03 Oct 2011 19:39:59 +0000</pubDate>
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      <title>新入塾生！20110929</title>
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      <description>最近、新入塾生が続きました。有り難いことです。しかし、何故か中３生ばかりです。しかも、「これまで一度も塾等に通った事が無い」と言う共通点もありました。私もそうですが、講師陣がびっくりしていました。「どうしてこの時期まで？どうしたいの？」が本音でした（別に非難しているのではありませんよ）。何があったのでしょう。世間や時流の何かが関係しているのでしょうか？何にしても、我教室に入ったのも何かの縁です。口うるさい「近所のおっちゃんパワー」全開で指導します。全力で付いて来て下さいね。</description>
      <pubDate>Thu, 29 Sep 2011 13:38:15 +0000</pubDate>
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      <title>我が家の犬の話20110924</title>
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      <description>我が家の愛犬「そら」の話は何度かさせて頂いていますが、毎晩食後に私が散歩(私の運動?)させてます。ところが、この２〜３日、無茶苦茶良く走ります。どうしてかなと考えてみました。台風過で急に気温が下がり、毎日過ごし易くなりました。犬も同様みたいです。昼間の暑さで体力を奪われていたものが、昼間は体力を蓄積しているのですから、そりゃぁ無茶苦茶走りますよね。リード(手綱)を持っている私が負けそうです。今日はそれだけの話です。「だから何だ」と突っ込みを入れないで下さい。すんません。</description>
      <pubDate>Sat, 24 Sep 2011 19:21:53 +0000</pubDate>
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      <title>中学生の事件20110919</title>
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      <description>最近、新聞の地方面で中学2・3年生が逮捕された記事を度々目にします。殆んどが考えられない内容です。有難い事に我教室では未だその様な事件は有りませんが…(あったら困りますよね)。昨日、あるお母様とお話しする機会がありまして、そのお母様が仰ってました。「そこまで行く前に、小学・中１位で親なら分かっていたはずだ。どうして放っておいたのかなぁ」と…。私もそう思います。「私の子に限って…」こそ展開が予想できたはずです。「お金と権利で他人任せにする子育て」はもう時代遅れですよね。『古臭い』と言われても、私は心の入った指導・叱責が良いと思うのですが…。こんな考え方が、私が周りから「聖徳太子と同級生？」と言われる所以かな？</description>
      <pubDate>Mon, 19 Sep 2011 15:40:44 +0000</pubDate>
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      <title>中秋の名月20110913</title>
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      <description>中秋の名月の明るさの話はしましたが、月の出は毎日およそ50分位づつ遅くなるそうですね。そこで15夜の次を「十六夜(いざよい)」「立待月(立って待っていられる位待つ)」「居待月(座って･･･)」「寝待月」「更待月(ふけまちづき)」と昔の人々は何と分かり易い名を付けてくれたのでしょう。こんな話をしている私を風情って言っても良いのでしょうか？</description>
      <pubDate>Wed, 14 Sep 2011 00:02:46 +0000</pubDate>
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      <title>中秋の名月！20110912</title>
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      <description>風流とか風情とかは私にはよく分かりませんが、今日の月は非常(異常)に明るいです。仕事が終わって毎日愛犬の散歩に行く事は以前からお話ししていますが、道路の街灯が無くても歩ける位明るいです。「秋の夜長に月を愛でての〜んびりと･･･」となりたいですが、台風後の数日は涼しくなりましたが、2〜3日前から夏に戻った感覚なので、秋の実感がありません。やっぱり風情とは縁の無い私なのでした。</description>
      <pubDate>Mon, 12 Sep 2011 23:28:27 +0000</pubDate>
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      <title>入試説明会続きです20110907</title>
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      <description>先週より、来年の入試説明会が始まって来月の頭まで続きます。各校の先生方の神経の使い様は中途半端ではありません。こちらも情報を頂いて生徒を受け入れて頂くのですからフィフティフィフティだと思うのですが…。いつからこんな習慣になったのでしょうか。私は、各校の良い所をたくさん発見して、受験生(特に保護者)に伝えて行きたいと改めて思いました。これからの各校の先生方、お世話になります。(私にはそんなに気を使わなくてもよろしいですから……笑。)</description>
      <pubDate>Wed, 07 Sep 2011 21:09:10 +0000</pubDate>
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      <title>夏期講習終了です20110901</title>
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      <description>一部の早期始業校を除いて、今日から2学期です。長い夏期講習が終わりました。有意義に頑張ってくれた生徒。後半に塾長の大大大雷が落ちてやっと気付いた（遅すぎ！）生徒。色々な夏でした。塾業界には春と夏はありますが、秋と冬はありません。あるのは春・夏・受験前・受験直前の4シーズンです。世間のクリスマスと忘年会が羨ましい時もあります。ちょっと気が早すぎました？ではまた・・・。</description>
      <pubDate>Thu, 01 Sep 2011 14:54:17 +0000</pubDate>
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      <title>入試説明会へ・・・20110824</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-31532/</link>
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      <description>大忙しの夏期講習もボチボチ終盤です。この時期から10月にかけて各中学・高校の入試説明会が続きます。毎年思うのですが、学校の方針や内容を見聞して、自分なりに理解した上で、我教室の生徒に薦めているのですが、その生徒の性格・現状と最も遠い学校を選ぶ生徒が毎年若干居ます。理由を聞いてみると「お母さんがここにしなさいって言った」とか「私に一番向いていると思った」とか「お母さんがあそこは良い(悪い)学校よって言ってた」が大半です。「お母さん、何十年前のデータだよ」とか「お母さん、自分の子どもを見てるの?」を思うのは私だけでしょうか?それでも、最新の情報収集の為に来週から各校を訪問してきます。各校さん、宜しくお願いします。</description>
      <pubDate>Wed, 24 Aug 2011 14:50:05 +0000</pubDate>
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      <title>またまたドッグランの話20110815</title>
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      <description>何度かこのページでもお話ししていますが、私は福山SAのドッグランを何度か利用させて頂いています。行く度に感じるのですが、糞の始末をせず、放置したままの数にビックリです。SAを利用する度に、我が家の犬の分以外も収集しますが相当な量になります。飼い主なら、我犬の糞の後始末をするのは当然では?「かわいい〜」で玩具状態だけで、生き物としての世話ができないのであれば飼う(買う)権利は無いと思います。(でも、そんな方ほど「家の子は〜。可愛いでしょ〜」と文字通り猫っ可愛がりですね)こんな風潮が、学校で保護者の会話にダブって感じるのは、私の感覚がおかしいのでしょうか?私は古いのかなぁ?もし賛同頂ける方がいらっしゃいましたら一度連絡下さい。</description>
      <pubDate>Mon, 15 Aug 2011 15:04:14 +0000</pubDate>
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      <title>お盆休みです20110815</title>
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      <description>最近は「夏季休暇」と呼ぶ人が多いですが、私は昔ながらの「盆休み」がしっくり来ます。忙しい「夏期講習」の最中の一時の休憩と、先祖と語り合う(変な意味ではないですよ)日本の風習かな?と思っています。なので、世間は8/10〜8/14位の休みが多いのですが、我教室は毎年８／１３〜８／１６です。何でもかんでも「古い〜。最近は○○が主流」と批判する傾向がありますが、日本の文化の良い部分は将来の孫(まだ居ませんが…)の世代にも引き継いで行きたいです。</description>
      <pubDate>Mon, 15 Aug 2011 14:50:44 +0000</pubDate>
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      <title>嬉し恥ずかし・・・20110811</title>
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      <description>今日、教室がある地域の私立学校の先生の訪問を受けました。その時、この「塾長のひとりごと」で何度も言ってきた教育論（大袈裟な・笑）持論の「学力は人間力」や「素直じゃ無いと進歩しない」を撲ってしまいました。今、考えると、非常に恥ずかしいです。でも、賛同のお言葉を頂戴し（社交辞令かなぁ？更に恥ずかしい）嬉しくてルンルンです（これは古い表現）。少しでも賛同して頂ける方が居る事を励みに、これからも『恐い近所のおっちゃんパワー』で頑張るぞ〜！</description>
      <pubDate>Thu, 11 Aug 2011 21:01:21 +0000</pubDate>
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      <title>福山大空襲・・・20110808</title>
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      <description>今日、8月8日は昭和20年に福山大空襲があった日です。福山で当時の市民の81％が被災したそうです。我教室は被災地から一山超えた所に位置していますので、直接の被害は無かったそうですが、福山市民として、忘れてはならない日だと思っています。今日はオフザケは無しです。</description>
      <pubDate>Mon, 08 Aug 2011 23:30:19 +0000</pubDate>
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      <title>あぁ、もう８月だぁ20110801</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-30528/</link>
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      <description>「夏休みに入った」と言うお話しをしたばかりなのに、もう８月に入ってしまいました。夏期講習も夏休みも後半戦です。「学校の宿題は７月中に終わらせるように…」の指示に素直に従ってくれているのは小学生と成績上位者だけです。最悪なのは、今までの夏休みと同様な「ぐぅ〜たらな日々」の受験生です。何のための夏期講習なのか聞きたいです。勿論学校の宿題も終わっていません。塾に宿題を持参してやっている受験生も見ました。「受験勉強はいつするの？」って聞きたいです。愚痴しか出て来そうに無いので、今日はここで止めときます。すんません。</description>
      <pubDate>Mon, 01 Aug 2011 20:31:40 +0000</pubDate>
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      <title>夏期講習スタート20110722</title>
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      <description>昨日(21日)から夏休みが始まり、私にとっては酷な夏期講期間が始まりました。しっかり自習に来る生徒。家でテレビ見ながら扇風機に「あ〜〜〜」とかしながらマッタリしている生徒。様々です。夏のすごし方は事前に教えましたよね。後で慌てない様に早め早めでやるべき事を終わらせましょう。塾は便利屋ではありませんよ。ましてや受験生！今までと同じ過ごし方をしていませんか？もう言いませんよ！私の血管が切れそうですから・・・。</description>
      <pubDate>Fri, 22 Jul 2011 20:26:51 +0000</pubDate>
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      <title>台風がぁ↓↓20110720</title>
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      <description>まだ暴風域の地域もあるかと思いますが、教室のある地域は、昨日夕方台風にみまわれました。おかげで授業を中止にして振り替える事になってしまいました(涙)。以前から思っていたのですが、中止の決定をすると、雨風が弱まります。今回もそうでした。一度だけ中止決定をしたら晴れた事もあります。では中止せずに決行すれば良いのか？答えはＮＯです。暴風警報が出ている限りは、生徒と送迎の保護者の安全を考えて中止です。「後悔、先にたたず」です。でも、私だけの苦労が増える中止に、どうも納得いかないのは我儘ですか？</description>
      <pubDate>Wed, 20 Jul 2011 20:36:13 +0000</pubDate>
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      <title>夏休みだぁ↓20110712</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-29631/</link>
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      <description>夏休みに向けたバタバタの準備（日程調整や配布資料・生徒たちへの叱責）が、やっと一段落しました。夏季休暇中の返事を期限までに持参しない生徒も予定通り(？)居ましたし…。遅れて提出した割に、「後で予定が出来た」とか、学校の年間予定表に書いてあるのに「知らんかった。替えて」とかを言ってくる生徒は、やっぱり意識が幼いと言うか、歳相応の成長ができていないので、成績の伸びも？？？です。ある先生の談話「私たちも人間です。こちらも責任もって対処しています。猶予された期限の後で、さらに変更云々言う生徒は、大っ嫌い」言い方は少しキツイですが、ある意味真実だと私も思いました。</description>
      <pubDate>Tue, 12 Jul 2011 22:06:32 +0000</pubDate>
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      <title>クーラーがぁ・・・20110706</title>
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      <description>昨日、教室のクーラーから水漏れが･･･。幸いな事に生徒たちの居る所では無く、私の居る入り口傍のクーラーが。急ぎ電器屋さんに来て頂いてのお言葉では「気象条件が重なり、湿度が高く、気温が高く、外気温と設定温の差で本体以外の部分で結露が起こり、機械の外に溢れ出した」が結論でした。何年も使って来ましたが、初めての経験でした。やっぱり「気候が変わってる」は本当かも知れませんねぇ？</description>
      <pubDate>Wed, 06 Jul 2011 11:46:32 +0000</pubDate>
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      <title>すごぉ〜い混雑！20110628</title>
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      <description>今日、教室は凄い混雑です。勿論、通常の授業だけではありません（涙）。各校が全て試験発表中と言う事で、自習に来る生徒、質問に来る生徒、欠席分を振替えて来る生徒。色々です。普段はダラダラしている生徒も、今日は眼の色が違っています。感心です。でも、こんな日にも質問に来ない生徒って何でしょう？余程自信があるのか…、はたまた、すでに諦めているのか…。不思議ですねぇ。「普段からやれっ！」ちゅうのに！</description>
      <pubDate>Tue, 28 Jun 2011 20:26:29 +0000</pubDate>
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      <title>梅雨？ゲリラ？20110621</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-28558/</link>
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      <description>最近、雨の予報が無いのに、突然強い雨が降り始める事が多くないですか？「そりゃ梅雨だからね」で片付けないで下さい。何か梅雨の末期なら分かる様な降り方なのです。梅雨明けまで、もう少し期間はあるはずなのに・・・。もう梅雨あけるの？まぁ、室内でのうのうと仕事している私が、偉そうに拘る様な内容ではないですけどね。</description>
      <pubDate>Tue, 21 Jun 2011 20:21:41 +0000</pubDate>
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      <title>最近の状況20110616</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-28270/</link>
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      <description>今回は、殆んどの方が興味の無い、私個人の近況です。梅雨で色んな作業が滞りがちな上に、生徒・先生が風邪でよく休みます。なので、私はその対応と処理で何故かバタバタしています。夏休み前で、その準備と受験生への対策も必要なのに、ゆっくりとしていられない今日この頃です。後、家族との会話がめっきり減っています。私の帰宅を心待ちにしているのは、宅の愛犬「そら」だけです。帰ると飛び付いて来ますし、晩ご飯中でも散歩に連れて行けと「きゅんきゅん、きゃっきゃっ」と猿の様に鳴き続けます。嬉しいのか遊ばれているのか複雑です。</description>
      <pubDate>Thu, 16 Jun 2011 17:40:56 +0000</pubDate>
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      <title>雨滴症？20110608</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-27811/</link>
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      <description>最近、とっても面白い事に気付きました。「もうすぐ雨が降りそう」とか「これから、この雨は強くなりそう」の時、私の鼻水とくしゃみが止まりません。まるで花粉症の人と同じ様にです。昨日も夕方授業中にくしゃみが出始め「夜には雨が降るよ」と予言？したところ、まさに降り始めました。私はこの症状を雨滴症と名付けました。勿論正式名は知りません。どなたか、ご存知の方や同様の症状のある方、連絡下さい。宜しくお願いします。考えると「しょ〜もない話題」に本気になっている私がいます。</description>
      <pubDate>Wed, 08 Jun 2011 16:24:03 +0000</pubDate>
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      <title>久々のお休みです20110530</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-27316/</link>
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      <description>５週目で何も行事の無い数少ない月末のお休み日です。ですが、私は教室に居ます。理由は２つ。お休みを間違えて登塾して来た生徒を引き止めて「無理やり授業」をする為と、この時ばかりと、普段の雑務をこなしておく為です。つまり貧乏性なのです。今日はこれだけです。</description>
      <pubDate>Mon, 30 May 2011 17:18:50 +0000</pubDate>
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      <title>梅雨入り？台風？20110527</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-27187/</link>
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      <description>生徒たちが楽しみにしている運動会や体育祭が今週末に予定されていますが、なっ、なんとこんなに早く入梅だそうです。その上台風２号が接近していて、今週末は荒れ模様です。折角の組体操ですから、乾いた地面の上でやらせてあげたいですね。</description>
      <pubDate>Fri, 27 May 2011 16:32:40 +0000</pubDate>
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      <title>久しぶりでゴメンなさい20110518</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-26711/</link>
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      <description>ＧＷのネタをアップしてから随分時間が経過してしまいました。楽しみに待っていて下さった読者の皆様（そんな奇特な人居るのかな？）ゴメンなさい。私事で、バタバタやマイナスな事は色々あったのですが、中々プラスなつぶやきが思い付かなかったのです。「将来の夢」ってタイトルで今を時めくスターの小学時代の作文を目にしました。やっぱりスターは違います。当時から自分の意思をしっかりと持ち、ビジョンが明確です。つまり、そんな人間性だから、成るべくしてしてスターになってます。ため息ものです。今回は以上です。</description>
      <pubDate>Wed, 18 May 2011 17:10:38 +0000</pubDate>
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      <title>ミーハーのＧＷです20110503</title>
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      <description>今日、末娘と「少女たちの羅針盤」のロケ地である「王子アルカディアリゾート跡地」を見に行って来ました。末娘は、エキストラのチョイ役で出演した事もあり、大騒ぎでした。私は、「バブルの夢の跡」の大きさに感動しました。ちなみに、ここは私有地で立ち入り禁止なので、勝手に入る事はできません。横の道路や裏のレストハウスからお楽しみ下さい。悪しからず。参考までに地図をお知らせしておきます。（不味いのかな？もし不都合がありましたらどなたか教えて下さいね）http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=34.49086944&amp;lon=133.77232222&amp;ac=33202&amp;az=43&amp;v=2&amp;sc=3</description>
      <pubDate>Tue, 03 May 2011 22:02:02 +0000</pubDate>
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      <title>ＧＷ真最中の授業日だぁ20110502</title>
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      <description>世間様は「連休だ、休みだ」と遊びに夢中ですが、私たちは今日、連休の最中の授業日でした。生徒は（勿論先生も）誰も忘れていませんでした。全員来てくれて、ホッとしました。さぁ、連休が明ければ中間試験だ。頑張ろう！</description>
      <pubDate>Mon, 02 May 2011 20:40:05 +0000</pubDate>
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      <title>福山の皆さ〜ん。映画見ましたか？20110427</title>
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      <description>先日（4/24）、福山を舞台にした「少女たちの羅針盤」の映画を見に行きました。ストーリーも演技力も勿論でしたが、「あっ、ここは･･･」とか「あれ〜？ここは何処？」の場面に、ワクワクの2時間を過ごしました。まだの方、是非見て下さいね。あれ〜？何で私がＣＭしてるんだろう？</description>
      <pubDate>Wed, 27 Apr 2011 11:09:58 +0000</pubDate>
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      <title>ここにも躾の問題が・・・ 20110418</title>
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      <description>私が高速道路のサービスエリアのドッグランをよく利用しているって言う話は、この日記でもチョコチョコ書いていますが、最近、利用者が激増していると感じるんです。仲間が増える喜びと同時に、弊害も増加しています。自分家の犬の糞の処理や、自分が持って来て自分家の犬に与えたおやつの残りを放置して行く人です。その癖「うちの子はねぇ〜」とか「きゃ〜かわいい」とか趣味の玩具の見せ合い状態です。飼い犬を趣味の玩具か何かと勘違いされていると感じました。私ともう一人の方と二人で他人の糞を拾っては捨てています。これはマナーで片付ける問題でしょうか？それともヤッパリ、最近頓に言われている「大人の躾をやり直さないと、社会も子どもたちも良くならない」の表れでしょうか？バブル期に就職をし、権利と我が儘を最大に修得して、現在は社会の中心的な立場になっている世代の人たち。この人たちが丁度中高生の親たちでもあるのです。ゴメンなさい。また私の悪い癖。愚痴っぽいですねぇ。</description>
      <pubDate>Mon, 18 Apr 2011 16:28:55 +0000</pubDate>
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      <title>満開だぁ〜</title>
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      <description>先週、桜の話をしましたが、昨日再度行ってみました。満開でした。午前中だったので、まだ人出は少なかったのですが、シートが広げてあったり、バーベキューのコンロの準備をしている人がいたりで、楽しそうでした。私も娘と二人で途中のスーパーで、簡単なおつまみとジュースを買って、簡単なお花見気分を味わいました。車だったのでアルコールは無かったです。悔しいです！「やっぱりプロが育てている桜は、大きくて一斉に咲くね」と言いながら、桜のトンネルを通りました。</description>
      <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 22:50:11 +0000</pubDate>
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      <title>サクラはまだかなぁ？</title>
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      <description>４月になりましたので、そろそろサクラが咲いてるかなぁと思って、毎年見に行く西深津町の「近畿中国四国農業研究センター」に行ってみました。少し開花していましたが、来週くらいが見頃でした。ここのサクラは花が大きく多量に咲くので見応えがあります。隠れた名所です。でも今日でも宴会をしている人が居ましたので隠れてないか？まあ、ご存知無い方は一度見に行ってみて下さい。私の一押しです。</description>
      <pubDate>Sun, 03 Apr 2011 18:21:30 +0000</pubDate>
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      <title>なっ、何なんだ！</title>
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      <description>年度変わりで色々な書類や生徒情報を整理していますが、これから受験を迎える生徒（つまり現小６、現中２、現高２生）の何と宿題忘れの多い事。あれほど注意しているのに、まだまだ自分の事としての自覚ができていないのでしょう。それと、言い訳や口答えの多い生徒程宿題忘れが多いですね。私は生徒を叱る「口うるさいおっちゃん」ですが、別にそれが趣味ではありません。生徒の意識の軌道修正がしたいだけなんです。でも、ここまで当該生徒の無視が続くのであれば、う〜〜〜ん。次、何としてやろう。ふむふむ。</description>
      <pubDate>Tue, 29 Mar 2011 16:36:49 +0000</pubDate>
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      <title>春期講習が始まりました</title>
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      <description>受験も終わり、ホッとする間も無く春期講習が始まりました。来年度受験生は本番まで９〜１１ヶ月しか無いと言うのに、皆〜んな、のんびりしています。怒。私はいつのんびりすれば良いのでしょうか。これだから自棄食いで太ったり、頭の毛が少し密度が粗くなったり（絶対に〇ゲと言ってはいけません）するのでしょうね。これから、また激動の１年が始まります。ヤレヤレ（溜息）。</description>
      <pubDate>Tue, 22 Mar 2011 18:48:30 +0000</pubDate>
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      <title>やったぁ！全員合格だぁ！</title>
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      <description>しばらく受験ネタが続いていましたが、最後です。何故なら昨日、公立高校の発表があり、全員が志望校に合格しました。生徒自身も担当の先生も長い苦難の道程でした。３月末に退塾する生徒も居ますが、多くは高校に入っても継続して教室に来てくれます。何故なら、今までの勉強方法では、高校で苦労する事が分かっているからです。高校での取り組み方や内容スピードのレクチャーを個々の先生から受けています。新高校生おめでとう！そして幸あれ！</description>
      <pubDate>Tue, 15 Mar 2011 15:13:56 +0000</pubDate>
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      <title>しばらくは受験ネタですが・・・</title>
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      <description>公立高校の本試験が終わりました。「先生〜。いつもより難しかった」と生徒が帰って来ました。私たちが解いてみると、例年通りのレベルで、所によっては「ストレートに聞いてくるなぁ」の印象の問題もありました。近年の生徒たちは、先生の説明で分かるのでは無く、先生の説明を覚えようとしている傾向があり、本番に向かうと当然初めての問題なので「難しかった〜」となるのかなと思いました。まぁ、何にしても後は発表を期待して待つだけです。来年の受験生。覚悟しておけよ！</description>
      <pubDate>Tue, 08 Mar 2011 21:10:58 +0000</pubDate>
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      <title>ちょつとブレイク「春ですねぇ」</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-22731/</link>
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      <description>今日の朝、娘と土手に土筆（つくし）を採りに行きました。数年前に行った時には本当に少なかったのですが、今日は1時間程でたくさん採れました。玉子でとじてもらって食べました。どうしてこんなにたくさんあったのかな？と考えてみました。最近の子どもは「道端の草を採って食べるの汚〜い」とか「貧乏くさい」とか言って採らないのかな？（まぁ我が家は貧乏の一員には間違い無いですが・・・）風情というか、日本の文化が少しずつ無くなって行くのが寂しいです。何にしても、私は春を体感して来ました。</description>
      <pubDate>Sat, 05 Mar 2011 23:09:59 +0000</pubDate>
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      <title>しばらくは受験ネタですが・・・</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-22488/</link>
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      <description>受験本番まで１週間を切りました。体調管理も含めて勉強のやり方や生活全般を受験当日に合わせる期間に入りました。が…、ところが、が…です。この時期に体調を崩して熱を出す輩。学校行事でハシャギすぎて骨折する輩。土日は家族と外出・お買い物・お食事ツアー満載の輩。何か今年は変です。私の経験や知識や許容を遥に越えた輩が目に付きます。いつもなら叱る「塾で暗記物の作業をしている生徒」や「自習に塾にも来ず、家で一人で作業している生徒」が凄く優秀に見えるのは私だけでしょうか。何にしても後少し。変な情報に惑わされる事無く、実力だけで「合格」を掴み取って欲しいものです。でも不安。オロオロ。</description>
      <pubDate>Tue, 01 Mar 2011 14:05:09 +0000</pubDate>
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      <title>しばらくは受験ネタですが・・・</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-22281/</link>
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      <description>教室のある地域特有の「願書再提出期間」も終わりまして、受験本番まで後１０日となりました。競争倍率も確定したので焦って自習・質問しに受験生がわんさか来るかと覚悟していましたが、現在１７時過ぎですが、今日はまだ誰も来ません。在校生も今週来週で期末試験です。こちらも誰も来ません。どうなっているんだ〜！うちの生徒は全員そんなに優秀だったかな〜？と思った瞬間でした。これぞ本当の「つぶやき」です。「つい、言ったぁ〜」</description>
      <pubDate>Thu, 24 Feb 2011 17:05:17 +0000</pubDate>
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      <title>しばらくは受験ネタですが・・・ちょっとブレイク。</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-22280/</link>
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      <description>この近日、極端な成績不振者や不登校生に関する相談や協力要請の話をする場面が多々ありました。結論から言って「現実と親の欲目の狭間で苦労しているのは生徒だ」となりました。生徒の今後の長い人生を考えたら、外部の冷静で客観的な原因分析とアドバイスに素直に従ってみる事が、一番早い解決策だと同意しました。私も可能な限りのアドバイスをして来たつもりですが、「そんな事は無い」「うちの子に限って…」「失礼な…」の保護者の言葉で何人かの生徒の背中を見送って来ました。まだ、心のどこかに引っ掛っています。残念です。</description>
      <pubDate>Thu, 24 Feb 2011 16:57:50 +0000</pubDate>
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      <title>しばらくは受験ネタですが・・・</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-22024/</link>
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      <description>私たちの教室にも「私立専願」の生徒がいます。その生徒は受験が終わって進路が決まっています。しかし、保護者の「高校で困らないように、しっかり復習させて下さい」の言葉通り、毎週教室には来ています。年末頃に、全く出来なかった問題が、今は解けています。年末頃には、全く覚えていなかった事を、今は覚えています。このまま行くと、決定している学校より難位な高校にも受かりそうです。「しょうがないね。わっはっはっ。」と本人は笑います。心に余裕が出来たから勉強もスムースに入っていくのかな？「指導って難しいな」を実感しています。</description>
      <pubDate>Sat, 19 Feb 2011 21:07:14 +0000</pubDate>
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      <title>しばらくは受験ネタですが・・・</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-22023/</link>
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      <description>教室のある地域では公立高校の「願書取り下げ・再提出期間」と言う温情（甘やかし？）期間があります。昨日願書が締め切られ、来週からその期間に入ります。倍率を余裕で眺めている生徒。「先生〜。どうなると思う？」と悲壮な顔をしている生徒。届いていないのに「我関せず」の生徒。色々です。私も相談を受ければ、私の知っている限りの情報でお答えしていますが、最後のジャッジは生徒本人です。後２週間で全てが決まります（別に人生が終わる訳ではありませんが…）。信じて祈るだけです。</description>
      <pubDate>Sat, 19 Feb 2011 20:59:05 +0000</pubDate>
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      <title>しばらくは受験ネタですが・・・</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-21655/</link>
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      <description>公立高校受験まで後３週間余りとなりました。ところが、なっ、なんと、最近ダラけている受験生が多いのです。私立を第２志望にしていた生徒たちです。「頑張らないと、どこにも行けないよ」と脅して（言葉が悪いなぁ）勉強させて来たので、私立に合格した途端に安心して、半年前に退治した「怠けの悪魔」が心の奥でゴソゴソと動き出した様です。ほぼ届いている生徒は良いのですが、まだまだ届いていない生徒ほど怠けて居る様に見えます。後、たった３週間なのに…。今までの半年に比べたら僅かなのに…。と思うのは、私が毎年経験して慣れているからでしょうか？また、報告致します。</description>
      <pubDate>Sun, 13 Feb 2011 17:13:26 +0000</pubDate>
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      <title>しばらくは受験ネタですが・・・</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-21283/</link>
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      <description>公立高校の受験まで後１ヶ月となりました。教室のある地域では、学校がご丁寧に１週間も前に願書を集めてチェックをしてくれます。だから最終判断の真最中です。教室に相談される保護者。まず大丈夫なのに心配して聞きに来られる保護者。教室では首を傾げているのに「いいえ、家の子は絶対〇〇」とおっしゃる保護者。生徒に任せっぱなしの保護者。色々です。さあ、ここからが腕の見せ所です。他の塾では出来ない心理作戦も導入します。つづく</description>
      <pubDate>Fri, 04 Feb 2011 20:39:05 +0000</pubDate>
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      <title>受験生がやっと本気に・・・</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-21028/</link>
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      <description>遅いっちゅうねん。後35〜40日だとカウントダウンカレンダーを見せた途端に眼の色が変わりました。後、何回塾に来るの？後、何個教えてもらえるの？学校で言うと何日分？と言うと、やっと分かってくれました。私立の合格で満足しきっている生徒も若干名いますが…。いずれにしても、実質1ヶ月です。どれだけ一生懸命素直に実行してくれたかの量が全てです。これでも「自分の信じるペース」を主張する生徒・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう知らん。（ある意味本心かも）</description>
      <pubDate>Sun, 30 Jan 2011 11:51:38 +0000</pubDate>
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      <title>合格の連絡だぁ〜！</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-20594/</link>
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      <description>高校受験の第一弾。私立高校の受験合格発表が今日から始まりました。分かってはいるのですが、「合格しました」の連絡が来るまでは、毎年ドキドキの時間です。９９％大丈夫の生徒からの連絡でも、やはり嬉しいし、ホッとします。ところが、待てど暮らせど連絡をして来ない生徒が毎年若干名います。後で本人に聞くと「えっ、連絡するんですか？」とか「何で連絡しなきゃだめなんですか？」の輩です。先生たちは真剣です。必死です。自分の家族のつもりで指導してきました。心配しているのが当然でしょう。金を払ってビジネスとして教えて貰っているので、個人の事は関係ない？だから連絡の必要も無い？先生たちは、かなり気持ちがこもった対応をしています。ビジネスと割り切る生徒には、ビジネスと割り切って切り捨てられますか？先生たちも人間です。そんな事ができるはずはありません。長い愚痴になってしまいましたが、兎に角「良かった良かった」さあ、明日から最後の追い込みです！！！！</description>
      <pubDate>Thu, 20 Jan 2011 15:35:53 +0000</pubDate>
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      <title>もう受験本番だぁ</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-20301/</link>
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      <description>新年のご挨拶を終えたばかりなのに、明日から高校受験の本番が始まります。もっともっと色々力を付けて臨んで欲しかったのですが…。後の祭りです。毎年反省の繰り返しです。でも信じています。「うちの子（生徒たち）は全員合格だ」って。だって、あれ程頑張ったのだから…（一部のそうじゃない生徒。自覚してね）。</description>
      <pubDate>Thu, 13 Jan 2011 21:08:26 +0000</pubDate>
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      <title>新年おめでとうございます</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-19917/</link>
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      <description>ご挨拶は当然の日本の文化なのですが、受験生なのに年末年始に浮かれてる輩がいるのです。「受験発表の日まではお正月は来ないよ」と言ってはいるんですが…。まさかお家の方が「まぁ今日位は…」と言われては無いですよね。「今日位〜〜」の台詞は「普段位は勉強頑張っている生徒」に使って下さいね。さ〜て、もうすぐ今年が始まります。今年も気合でビシビシ「近所のおっちゃん」を続けるぞ〜！</description>
      <pubDate>Tue, 04 Jan 2011 11:30:34 +0000</pubDate>
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      <title>来年こそ、必ず良い年に・・・！</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-19797/</link>
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      <description>冬期講習も折返しで半分終わりました。今日は朝から大掃除でした。（とは言っても一人きりでゴソゴソするのだから、あんまり大した掃除はできませんが…）毎年思い続けていますが、「来年こそ今年よりずっと良い年になりますように」です。他力本願では無く努力を続けているのですが、実感として中々実現しません。受験の結果・後輩の成績・教室の事。てんこ盛りです。でも諦めずに日々精進して邁進します。これを読んで下さっている皆様も良いお年をお迎え下さいね。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Dec 2010 18:26:12 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>塾選びの基準は？</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-19603/</link>
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      <description>最近、塾選びをされている親御さんとお話しする機会がありました。(勿論、私が塾関係者とはご存知ありません)その一部です。「あの塾、テレビでＣＭしてるから安心よね」とか「あの塾は有名校に何人も合格してるから、家の子も合格間違い無しね」とか「家の子〇〇塾に行ってるから優秀なのよ」って言われてました。本当ですか？どこがおかしいか分かりますよね？もし、お分かりにならない方は教室にお問合せ下さい。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Oct 2020 20:38:11 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>とうとう冬期講習が始まりました</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-19581/</link>
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      <description>真面目に授業と自習に来る生徒。成績が悪かったので自覚は無いが母親に言われ嫌々来てる生徒。生徒によって物凄い温度差があります。この温度差がそのまま受験期の実力差として表れます。絶対の根拠を聞かれても証明のしようはありませんが「私の経験」から言ってます。今日も一人の生徒を本気で叱りました。幼児のような「何とかなる」との考えで、先生や家族の指示を無視し続けていたからです。私は「叱るのが仕事？」「勉強を教えるのが仕事？」最近の悩みです。</description>
      <pubDate>Sat, 25 Dec 2010 16:01:23 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>何だろうな〜？</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-19474/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-19474/</guid>
      <description>この時期に中３生は学校の面談で受験校を決定します。私たちが散々言い続けて来ても信用して貰えなかった内容を、学校の先生の一言で受け入れたりします。（「塾の先生が言ってたから…」とテレビドラマの様な発言をする生徒も居るらしいですが…）何だろうな〜？早くに信用して頂ける様にもっと頑張ろう！それでもどちらの意見も受け入れずに「家の子なら絶対…」とおっしゃる方も勿論居られるのですが、小数ですよ。</description>
      <pubDate>Tue, 21 Dec 2010 16:39:13 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>わ〜い、わ〜い冬期講習だ！</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-19170/</link>
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      <description>受験生の苦手な単元をじっくり指導できる最後のチャンスなので、私たちにとってはタイトルの様な気持ちなのですが、当の本人たちは「鈍より曇った顔」をして「嫌だなぁ」と言ってます。昨日から最終日程調整をしています。頑張るぞ〜！早く来い来い冬休み…です。</description>
      <pubDate>Sun, 12 Dec 2010 10:44:59 +0000</pubDate>
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      <title>師走ですね</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-18965/</link>
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      <description>師走に入りましたねぇ。字の如く、最近私がバタバタしてまして、更新できていませんでした。ごめんなさい。これからはできるだけ頑張ってみます。冬期講習もありますしね。ネタには事欠かないと思いますので・・・。</description>
      <pubDate>Mon, 06 Dec 2010 20:49:12 +0000</pubDate>
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      <title>暗記の秘訣？</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-18450/</link>
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      <description>先日聞いたお話しです。暗記の秘訣は？と聞かれて返ってきた答えは「愚直に覚えるまでやる。尋常じゃない位やる」だったそうです。まぁ、確かに正しいと思います。それさえ遣らずにテクニックだけを聞きたがる生徒が増えているのも事実ですからね。それにプラスワンをするのが私たちの仕事です。詳細は教室で・・・。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Oct 2020 20:35:24 +0000</pubDate>
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      <title>頭髪について</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-18251/</link>
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      <description>今日、時間があったので散髪(言い方が古いかな？)に行きました。以前より思ってはいましたが、頭頂部の地肌が見える量が多くなっている(分かりやすく言うとハゲです)部分が広がっているので、馴染みの理容師さんに相談しました。「少ない量で広い面積を覆うのだから、延ばして広げるか諦めるかしか無い」と言われました。私は・・・苦渋の選択で・・・諦めました。寂しい〜！</description>
      <pubDate>Wed, 17 Nov 2010 17:42:20 +0000</pubDate>
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      <title>今？修学旅行？</title>
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      <description>お手伝いに行っている中学校の生徒たちが、来週修学旅行に行きます。しかし、期末試験の発表が１９日の予定だったのですが、生徒たちが居ないので急遽１５日に発表して翌日修学旅行に向かいます。次に登校して来るのは２２日です。２３日は祝日です。つまり今日（１１日）から数えて２６日の試験日まで、２週間あるはずの日数が、実は４日しか残されていないのです。授業予定が大変です。何と言うスケジュールを…。単なる愚痴でした。ごめんなさい。</description>
      <pubDate>Thu, 11 Nov 2010 18:05:15 +0000</pubDate>
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      <title>注連縄（しめなわ）</title>
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      <description>地域の神社の当番になっていまして、秋祭り（七五三も含むらしいです）の為の注連縄（〆縄は略字だそうです）作りに参加しました。大きな物で長さ4.5ｍ直径15cm程もあり、大人６人掛かりで掛け声を掛けながら作りました。通常の縄は「右縄」と言い、注連縄の縄は「左縄」と言って、「撚り（藁を捻る方向）」が逆なんだそうです。まだまだ知らない事の方が多いですねぇ。日々勉強ですハイ。</description>
      <pubDate>Sat, 06 Nov 2010 09:12:21 +0000</pubDate>
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      <title>久々のお休みです</title>
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      <description>「日曜以外は休み無し」で走り続けている教室でも、秋の一瞬だけお休みにする日が数日だけあります。今日はその一日です。でもこんな日でも私は教室に来て座っています。問合せor自習質問に来る生徒or間違って来る生徒or様々です。でも面々の顔を見ていて気が付きました。成績の急上昇する生徒と横這いの生徒。こうもはっきりと分かれるものでしょうか。どちらがどの生徒か分かりますか？分かりますよね。（笑顔）</description>
      <pubDate>Sat, 30 Oct 2010 15:23:57 +0000</pubDate>
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      <title>中学校が保育所に・・・？</title>
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      <description>最近、市立の中学校に行く機会が多く、授業実態や生徒の言動・反応、先生方のご苦労を目の当たりにする事が多いです。そこで一番多いのが、生徒が先生を恐いと思っていない事ですが、その次に多いのが、授業妨害や他の生徒の迷惑と分かっているのに注意しても止めない・無視して傍若無人な行動を続ける生徒です。何故出席停止にしないのかお聞きすると、保護者が「とにかく学校へ行け。学校へ行けば何とかなる」との考えをお持ちのようです。躾を中学側に求めているようです。先生方は大勢の生徒の勉強を最優先するべきなのに、こんな無法者の対処に労力の大半を使われているのです。「地域で子どもを育てよう」のスローガンは綺麗ですが、学校等の外部に躾を求めるのは如何なものかと思います。「地域で躾についても考えよう」のスローガンも必要かなとも思いました（言いすぎかな？失礼しました）。</description>
      <pubDate>Mon, 18 Oct 2010 17:29:09 +0000</pubDate>
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      <title>悲喜交々</title>
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      <description>中間試験の前半戦が終了しました。注意事項を厳格に守って、確実な復習をし点数を上げて来た生徒。中だるみで先生の言葉をいい加減な気持ちで聞いていた生徒。結果は色々ですが、予想できた通りです。私たちは学校のテストを分析し、その生徒に合わせてピンポイントの指示をします。素直に実行すれば点数は上がります。適当に聞き流せば？？？？となります。当然ですよね。それを見ていると悲喜交々なのですが、これも予想通りだから恐いのです。</description>
      <pubDate>Mon, 11 Oct 2010 22:24:26 +0000</pubDate>
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      <title>中間試験真っ最中</title>
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      <description>只今中間試験真っ最中です。生徒と試験範囲の確認と復習をやっているのですが、何と「単元初期の頃の内容」がぶっ飛んでいて、「今の授業内容だけ」しか残っていない生徒の多い事か!「よ〜くこんなんで授業が理解できてるね」と感心しました。あっ、ぶっ飛んでるんだから、理解できていないのか…。いずれにしても、夏休みを挟むと、こんなに人って忘れるんですね。感心です。</description>
      <pubDate>Wed, 06 Oct 2010 17:40:49 +0000</pubDate>
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      <title>衣替え</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-16313/</link>
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      <description>各校で制服衣替え移行期間に入っています。私たちの子どもの頃には、６／１には夏服。１０／１には冬服。と強制でした。その前後はいくら暑くても寒くても我慢でした。今の時代は自由で良いですねぇ。でも「だから我慢ができない子になるんだ」の声にも一部賛成です。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Sep 2010 17:29:41 +0000</pubDate>
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      <title>成るべくして成った?</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-16082/</link>
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      <description>時々ですが、中学校の授業のお手伝いに行く事があります。そこで消極的な生徒が居る事は個性なのですが、指示を無視したり、「分から〜ん。分かる様に言って〜」と言っておきながら即刻横向いて遊んでいる輩を目にします。説明しても聞いてもいません。そんな生徒が口を揃えた様に言う台詞「先生の授業は訳わからん。〇〇先生は宿題も無いから好き」です。こうなった原因はどこにあるのでしょうか?「社会が悪い!」なんて奇麗事は無しですよ。学校?教師?それとも本人?いえいえ。勿論…ですよね。</description>
      <pubDate>Sat, 25 Sep 2010 13:39:33 +0000</pubDate>
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      <title>やっと涼しくなりましたね</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-16081/</link>
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      <description>暑い暑いと言ってた毎日から一転、雷と大雨の翌日から突然秋の様相ですね。生徒は体調をコントロールできないらしく欠席の連絡が入っています。しかし、勉強するには色々な条件が最適になっています。頑張れ頑張れ!</description>
      <pubDate>Sat, 25 Sep 2010 13:27:05 +0000</pubDate>
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      <title>もう♪終わりだね♪</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-15818/</link>
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      <description>車の新車買換え減税のＣＭで良く耳にするフレーズです。中３の受験生に当てはまるはずが…。クラブが終わりで、勉強に集中できると思っていたら、何とかカンとか理由を作って勉強しない方を選択します。夏も終わりで「夕方には暑くないので教室に自習に来い」と指示しても中々…。中には「もう受験は終わったの?諦めたの?」の様に夏休みに燃え尽きた輩まで出て来ました。私はどうしたら良いの?の状態です。まだまだ今年の受験指導は終わりそうにありません。はぁ〜(溜息)。</description>
      <pubDate>Sat, 18 Sep 2010 17:56:54 +0000</pubDate>
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      <title>「分かる」と「出来る」の違いについて</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-15626/</link>
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      <description>近年の入塾生の傾向で「よく分からないんです」と入塾してきて、教室で「分かった〜」と喜んで帰宅します。しかし次回の実力テスト後に「先生、出来なかった。もっと良い様に教えて…」と言って来る生徒が増加傾向にあります。「分かる事」と「出来る事」は別です。勿論、分かっていなければ出来る事はありませんが。今日、分かっても次回出来るためには、もうワンアクションが必要です。詳細については教室で塾長にお聞き下さいね。</description>
      <pubDate>Tue, 27 Oct 2020 20:39:02 +0000</pubDate>
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      <title>秋の気配？</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-15625/</link>
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      <description>昨夜、久しぶりにまとまった雨が降りましたね。でも畑の土は乾ききっていて、まだまだ下には届いておらず、耕すと硬くて耕運機の刃?が入らないそうです。もう少しだけ雨が恋しいのは私だけでは無さそうです。でも今日は何だかいつもより少しだけ涼しく日中を過ごせたのは気のせいでしょうか?台風や雨で少しだけ秋の近づきを感じた今日でした。</description>
      <pubDate>Mon, 13 Sep 2010 16:07:23 +0000</pubDate>
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      <title>学校説明会が目白押しです</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-15386/</link>
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      <description>新学期が始まった先週から私立学校の説明会が連日行なわれています。今月だけで８校の説明会に参加予定です。各校のプレゼンや生徒獲得の努力を目の当たりにすると、生徒集めの苦労は、塾も学校も同じなんだなぁと感じています。『昔ながらの「真面目にコツコツ一生懸命」では認めて頂けないんだなぁ』と改めて思い知らされました。(どなたか良い方法を教えて下さ〜〜い。これは愚痴です)</description>
      <pubDate>Tue, 07 Sep 2010 16:09:03 +0000</pubDate>
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      <title>今日から２学期</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-15134/</link>
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      <description>長い長い夏休みも終了し、多くの学校で今日から２学期ですね。私たちの夏期講習も終了しました。昨日、自習室に自習に来た生徒が居ました。内容は『夏休みの宿題』でした。私の怒りの鉄拳が出そうになりましたが、ぐっと堪えました。「やる気になっただけでもまぁ良いか」です。受験生はこれからが本番です。気を引き締めて頑張ります(私たちだけが力んでも仕方ないのですが…)。</description>
      <pubDate>Wed, 01 Sep 2010 15:59:25 +0000</pubDate>
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      <title>長い夏休みも終わりますね</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-14986/</link>
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      <description>長い長いと思ってた夏休みも、もうすぐ終わりですね。スタートから「宿題は７月中」とか「お盆までには終わらせる」を言い続けて来ましたが、ま〜だ終わっていない不届き物も居る様です。一学期の復習が完璧に終わってまとめテストで満点採った理想的な生徒。クラブが終わった受験生。それでもあれこれ理由を探して勉強しない輩もいます。何なんでしょうね。兎に角「講師陣はホッと一息」と言いたい所ですが、これからが本番です。改めてふんどしの紐を…、じゃなかった下品で失礼。兜の緒を締め直して頑張ります。</description>
      <pubDate>Sat, 28 Aug 2010 08:19:58 +0000</pubDate>
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      <title>暑いですね〜</title>
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      <description>昨日（8月19日）、福山市で全国最高の摂氏３８.３度を記録したらしいですね。昼間は死にそうな位暑かったですが、その反動でしょうか、夜の９時頃には少し涼しく感じました。我が家の犬の散歩に行きましたが、汗の量が少し少なかった様に感じました。</description>
      <pubDate>Fri, 20 Aug 2010 12:57:33 +0000</pubDate>
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      <title>夏期講習後半戦</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-14668/</link>
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      <description>昨日から夏期講習の後半戦が始まりました。クラブが終了して本気モードの生徒。まだまだ余裕の顔をしている生徒（涙）。お盆の間遊びまくって、まだ宿題が終わっていない生徒（怒）。どんな生徒でも平等に夏休みは終わります。内容が充実していたか、只時間を過ごしただけかの違いです。「同じ時間なら有効的に過ごして欲しい」の私たちの言葉は中々信じて貰えません。「素直」って言葉はいつから死語になったのでしょうか…（涙）。</description>
      <pubDate>Wed, 18 Aug 2010 10:39:53 +0000</pubDate>
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      <title>夏期講習の前半戦終了</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-14548/</link>
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      <description>長い長いと思っていた夏期講習も前半戦（夏休みは５分の３が終わりましたけどね）が修了します。小・中学生の当初の目標は「７月中の学校の宿題修了」でした。実行すべく頑張った生徒。指示を無視して、まだ半分も終わって無い生徒。色々です。只一つ言える事は、素直に実行できた生徒は、２学期の飛躍が楽しみです。だって眼の色が真剣ですから…。自分の本当の実力の片鱗が自分で見えたのでしょう。</description>
      <pubDate>Thu, 12 Aug 2010 21:02:26 +0000</pubDate>
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      <title>夏休み。もう半分終わりました</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-14346/</link>
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      <description>長い長〜い（と思っていた）夏休みも、もう半分終わりました。まだ半分と言う意見もありますが、ここからはお盆があり、登校日があり、休み明けテストの準備ありで時間が足りません。中には受験生なのに「クラブが忙しくて家で宿題をやる暇がな〜い」と教室の授業中に宿題をやっている輩も少しいます。夏休みは年間で最も勉強がやり易い期間なのです。なのに…（涙）。私たちの気持ちが生徒に伝わって無かったようです。残念です。</description>
      <pubDate>Fri, 06 Aug 2010 13:48:57 +0000</pubDate>
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      <title>はじめてのサボタージュ</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-14195/</link>
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      <description>今日は此処だけの内緒の話。先日、教室を開いて始めてのサボタージュをしました。とは言え８０分だけの早引きの様な物ですが…。教室を開いて(開く前から)何年ぶりだろう?仕事として走り続けて来ました。「少しだけなら許して貰えるんじゃない?」の女房の言葉で２９年ぶりに懐かしいアーティストのコンサートに女房と行きました。心が洗われる様な感覚を得て、リフレッシュできました。「さぁ、サボった分これからも全力で頑張るぞ!」の気持ちになった数時間でした。教室の皆んなには内緒ですよ(笑)</description>
      <pubDate>Mon, 02 Aug 2010 22:00:09 +0000</pubDate>
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      <title>私はチャンとやってるじゃん</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-14122/</link>
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      <description>又々愚痴です。すみません。しかも長いです。もう一つすみません。生徒に「〇〇をしなさい」とか「△△をするな」とかの注意をする場面が多くあります。すると多くの生徒が「やってるじゃん、うるせぇな」とか「やってねぇじん、うるせぇな」とかの表情をしながら無視しようとします。私たちの教室(個別指導です)の特性上、やっているか・やっていないかは分かっているつもりです。今時の学生も認識しているつもりです。なのに自分を正当化しようとして「あれこれ」理由付けをしようとする生徒が居まして私が「キレそう」になりましたが押し止めました。その生徒は一見「非常に真面目で良い子です。行ないは…」ここで“行ないは”と書いたのは、行動や言葉遣いは良いという意味だからです。しかし、心が付いていません。その場でどんな指示をされても「はい、分かりました」と返事をしてくれますし、説明をしていても聞いている風をしていますので…。じゃあ何で気付いたのかと言いますと、指示して直ぐにでも修正できそうな些細な事を翌日に同じ事をする、説明していても身体はこちらに向いていても目線は他所を向いている事を度々目にしたからです。本人に確認しましたら案の定内容は殆んど聞いていなかったそうです。情報が多すぎて自分に楽な情報だけをチョイスして『態度(見栄え)だけをそれっぽく見せていれば褒めて貰える』今の学校教育や躾ってどうなんでしょうか。こんな生徒とはこれからも闘い続けます。長文ですみませんでした。</description>
      <pubDate>Sat, 31 Jul 2010 13:36:24 +0000</pubDate>
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      <title>暑いですね〜！</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-13906/</link>
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      <description>夏休みが始まって毎日暑い日が続いています。教室のある地域では、午前中にクラブ活動がある中学が多く、午後は家で「づがれ゛だ〜」とグデ〜としている生徒が多いと聞いています。暑くて勉強にならないので夏休みが実施されているのです。教室の自習スペースはクーラーが効いて勉強に最適なのにな〜と思います。上手に利用している生徒が若干名います。流石です。</description>
      <pubDate>Sun, 25 Jul 2010 19:06:36 +0000</pubDate>
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      <title>勉強は聞いただけではダメです</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-13857/</link>
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      <description>学校の授業で一度聞いたり見たりして、定期テストで高得点を取れてしまう生徒。とても集中して暗記はできる生徒。うちの教室にも居ます。だから「私の勉強方法は正しい、私は賢い。だから私のやり方以外は受け入れない」って思っている生徒です。そんな生徒が初見の模擬テストを受けると必ず言うセリフがあります。「このテスト、難しすぎる」って。原因は「分かっていないのに、分かっている気になっている」です。定期テストでは先生が解いた解答を暗記しているだけなのです。そこを指摘すると必ず不満そうな顔をします。これも共通です。</description>
      <pubDate>Sat, 24 Jul 2010 11:28:07 +0000</pubDate>
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      <title>激烈の夏期講習スタート</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-13691/</link>
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      <description>以前にも書きましたが、夏期講習がスタートしました。特に受験生は、ここで積み上げをしておかないと、２学期は行事が目白押しです。受験勉強はできそうでできなくなります。先生方も精神的にも肉体的にも限界に挑戦です。私はすでに疲労を感じていますが、そんな事は言ってはおれません。家庭を持つ主婦先生も、家庭を犠牲(?)にしながら大活躍です。長い４０日間。頑張り続けます。</description>
      <pubDate>Mon, 19 Jul 2010 21:56:39 +0000</pubDate>
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      <title>高校1年生の今</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-13612/</link>
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      <description>教室にも高校1年生はいます。今の時期は新しい生活にも慣れ、一番気が緩んで本気になれません。中には受験を人生のゴールの如く全てを横に置いて、「ボー」としている生徒までいます。大学受験の様にガツガツ勉強せよと言うつもりはありませんが、せめて入学した時の「頑張ろう」の気持ちだけは維持して欲しいものです。2年後に又アタフタするのですから…。</description>
      <pubDate>Fri, 16 Jul 2010 21:56:35 +0000</pubDate>
    </item>
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      <title>勉強は聞いただけではダメです</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-13458/</link>
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      <description>教室にも多く発生する事態ですが、生徒が「こんなん習ってないよ〜」とか「勉強をする」と言って必要な物も無く、只来ているだけ。これは何を意味するのかと言いますと、生徒たちは「聞くこと」＝「できること（満点とれる）」と思っているからでしょう。何度も「何で、どうして」を考えながら聞いて、分かったら覚えておくようにと注意をしますが、まだまだ「私は真面目に聞いているのに成績が上がらない」と言う生徒がいます。数学にルールがあるように、勉強にもルールがあるのに…。続きは又。</description>
      <pubDate>Mon, 12 Jul 2010 21:59:55 +0000</pubDate>
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      <title>夏期講習会の準備中</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-13359/</link>
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      <description>塾にとっての最大イベントであります「夏期講習」。何で最大かと言いますと、受験生にとっては一大チャンス期間であり、遅れを取り戻す最後のチャンスでもあるこの期間を、上手く切り抜けた教室が最後に笑えるからなのです。ここを「何となく…」過ごすと取り返しがつきません。しっかりと計画を立てて頑張ります。今日、授業出席表が完成しました。(提出期限に遅れる生徒が居て苦労しましたが…)後は授業の内容の準備です。これからもっと忙しくなるけど、子供たちに負けないように頑張るぞ〜!</description>
      <pubDate>Fri, 09 Jul 2010 22:01:49 +0000</pubDate>
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      <title>保護者面談</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-13151/</link>
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      <description>この週末までの保護者面談で多くの保護者とお話しさせて頂きました。お家での様子をお聞きすると同時に、教室での様子や問題点をお伝えしました。若干の反対意見は頂きましたが、概ね私の厳しい「頑固オヤジ指導法」に賛同を頂きました。最近流行りの「評論家の言う甘やかし指導法」に批判的なご意見を多くお聞きし、私の指導信念を改めて確認でた楽しい時間でした。ありがとうございました。</description>
      <pubDate>Sun, 04 Jul 2010 22:37:09 +0000</pubDate>
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      <title>テストの結果</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-13092/</link>
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      <description>今、中学生の期末試験が終わろうとしています。数日前に試験対策をバッチリやった生徒に、目標点数を言い付けてあります。勿論、前回よりもずっと高い点数です。その内の数人が来て「先生、目標より少しでも低かったらだめですか？」と聞くので「勿論」と答えました。でも良く考えると、前回より高い点数が取れているんですよね。どうして今まで頑張らなかったのかな？“やればできる”の見本のように感じているのは私だけでしょうか。</description>
      <pubDate>Fri, 02 Jul 2010 22:11:28 +0000</pubDate>
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      <title>子育て高校生なのに？</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-13044/</link>
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      <description>高校生なのに、スケジュールを聞くと「さぁ?お母さんに聞いてみないと…」提出物や返事を確認すると「さぁ?お母さんは何も言ってなかった」って言う生徒がいます。(って言うか、増えてきているように感じます)お母様に聞くと「うちの子、何にもできないんです」っておっしゃいます。本当？できないの？やらせないの？このまま数年後には「立派な社会人」として巣立っていくのでしょうか。ライオンやアザラシは母親が突き放す教育をしていると聞いた事があります。同じ事とまでは言いませんが、少し考えてみて欲しい今日この頃です。</description>
      <pubDate>Thu, 01 Jul 2010 21:34:46 +0000</pubDate>
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      <title>私は大丈夫って言っても・・・</title>
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      <description>定期試験前の生徒や受験生に何かの注意をすると返ってくる定番フレーズがあります。「私は大丈夫」です。「後で困るよ」と言うと、「私は困らない」と言います。「後悔するよ」と言うと「私は後悔しない」と答えます。最近の生徒ってすごいんですね。多寡だか十数年の経験で数十年後の人生まで分かってしまうんですものね。本当なら凄い。どなたか、そんな方法をご存知の方がいらっしゃいましたら私にも教えて下さいね。</description>
      <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 22:01:11 +0000</pubDate>
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      <title>花束</title>
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      <description>今日、お礼として大きな花束を頂きました。思い返してみても、ちゃんとした花束を頂いた経験が思い当たらず、とても嬉しかったです。頑固オヤジの私でさえ嬉しいのですから、女性が花束を喜ぶのが良く分かりました。色んな経験から色んな考えが知れて嬉しい事ばかりです。</description>
      <pubDate>Fri, 25 Jun 2010 21:54:08 +0000</pubDate>
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      <title>何でもマニュアル？</title>
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      <description>私「これは、どうしてこうなるのかな?」生徒「先生がこうやってたから」私「これはこうすればこれにも使えるよね」生徒「そんなの習ってない」さてさて困りました。必要な事でも何でも、意味も分からず考えず、とにかく&quot;こうすれば良い&quot;のマニュアル世代でしょうか。まぁ、それでも全否定はしません。それを覚えててくれれば…。</description>
      <pubDate>Wed, 23 Jun 2010 20:47:07 +0000</pubDate>
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      <title>子育て何とかしてくれる?</title>
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      <description>子供たちと接していると、よく聞くフレーズがあります。「何とかなる」です。確かに全てを後ろ向きに悩んでも仕方ないのですが、何ともならない事でも「何とかなる」で済まそうとしています。試験があるけど「誰かがなんとかしてくれる」「忘れ物したけど、先生が何とかしてくれる」「明日、絶対に必要な物があるけど、親に言ったら時間は関係なく何とかしてくれる」こんな考えで何とかなる所が一番恐いです。これからずっと「誰かが何とかしてくれる」のを期待して過ごすのでしょうか?本人が痛い思いをしないと分からないのかも…。</description>
      <pubDate>Mon, 21 Jun 2010 22:02:16 +0000</pubDate>
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      <title>サービスエリア</title>
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      <description>今日、高速道路も利用していないのにサービスエリアを利用しました。サービスエリアと言えば、旅行途中の休憩やトイレ位しか思っていなかったのですが、外からの利用も可能と聞いて行ってみました。多くの家族連れや親子が来ていて、駐車場は一杯でした。発想の転換と自分の思い込みの恐さを思い知らされた一日でした。</description>
      <pubDate>Sun, 20 Jun 2010 21:58:28 +0000</pubDate>
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      <title>子育て他人の責任</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-12509/</link>
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      <description>生徒に返事期限や提出期限について質す事があります。「私は分からない」「お母さんが渡してくれなかった」「学校の先生が…」「クラブが…」「だって…」「でも…」言い訳の嵐です。敢えて自分の事を自分で考えない様にしているのか、する必要が無いのか、させて貰えないのか。すべて他人の責任にします。ここでも頑固オヤジの登場です。私は、そんな言い訳は許しません。(ハァ〜、しんどい)</description>
      <pubDate>Sat, 19 Jun 2010 21:06:27 +0000</pubDate>
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      <title>子育て親の過信</title>
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      <description>子供を大切にするのと甘やかすのは違います。守ってあげるのと過保護にするのでは効果は逆です。信じてあげる事は大切ですが、過信してはいけません。「うちの子に限って…」とか「私の言い付けだから…」が一番危ないのです。これも頑固オヤジの頑固な意見です。</description>
      <pubDate>Sat, 19 Jun 2010 20:57:25 +0000</pubDate>
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      <title>子育て頑固オヤジ</title>
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      <description>私の家にも子供がいます。私の子育て持論は「厳しく」です。私は「友だち親子論」には反対です。小さな時から責任を自覚させ、約束は守らせるべきだと思っています。「皆んな〇〇位OKだって言ってるよ〜」とか「家の親は厳しすぎる」とか、我が家の子供からは非難轟々です。でも頑として受け入れません。子供たちが大人になった時に「キチンと教えてくれた」と感謝してくれる事を信じて今日も頑固オヤジ一直線です。</description>
      <pubDate>Sat, 19 Jun 2010 20:56:25 +0000</pubDate>
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      <title>勉強って作業？</title>
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      <description>中学生の勉強を見ていると、勉強では無く「作業」をしている生徒を多く見かけます。用語やルールを覚えずに、「学校で先生が、こうやってたから…」と何も考えずにそのままの作業を繰り返し、逆を聞く問題が出ると「こんなん習ってな〜い」とか「訳分かんな〜い」で投げ出してしまうのです。そりゃあ、無理でしょう。「だから、勉強のやり方の説明をしてるでしょ」と思う場面が繰り返されます。残念！(古すぎて、知ってる人はいないかな?)</description>
      <pubDate>Wed, 16 Jun 2010 21:01:35 +0000</pubDate>
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      <title>英語は外国語。日本語は？</title>
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      <description>教室で英語の指導をしている生徒の多くが、単語等を覚えない生徒と文章を読めない生徒に分類されると思います。日本語の文章を読んで内容や「てにおは」が分からないのかな？と感じてしまいます。普段、何気なく日本語を使えているから余計に意識しないのでしょうが、日本語も外国語と思ってキチンと勉強をやり直した方が良い生徒が増えていると感じるのは私だけでしょうか…。</description>
      <pubDate>Tue, 15 Jun 2010 21:55:17 +0000</pubDate>
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      <title>何でも二極化？</title>
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      <description>「一億総中流」と言われてから久しいですが、最近の状態を改めて見てみると、年収も二極、生活も二極、意識も二極なのかなと思います。生徒たちを見てみても、学力も二極、やる気も二極、成長(おとなorこども)も二極かな?と感じます。間もなく「一億総二極」の時代がくるのでしょうか。こんな歪んだ見方をするのが、私の悪い癖でしょうか。</description>
      <pubDate>Mon, 14 Jun 2010 22:02:55 +0000</pubDate>
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      <title>バーベキューに参加</title>
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      <description>今日は地域の行事に参加して、バーベキューを楽しみました。その中で、多くの方が子どもの躾や教育に悩んでおられる事をお聞きして、私の教室の今まで通りの塾のやり方に自信を持ち、俄然やる気になった一日でした。</description>
      <pubDate>Sun, 13 Jun 2010 19:09:46 +0000</pubDate>
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      <title>中学生の数学</title>
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      <description>女子中学生の数学の授業で、「解くキーワードは、こことここに書いてあるよ」と言うと、「あっ、何〜だ、それだけ？分かった〜！」との返事でした。学校の授業で、目の前の事を作業の様に書いていたらしく、内容が理解できていなかった様です。本当は、中学の数学って簡単なんですよ(笑)。ここだけの話ですけどね。</description>
      <pubDate>Sat, 12 Jun 2010 22:01:19 +0000</pubDate>
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      <title>まじめな中学生</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-12129/</link>
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      <description>今日、まじめな中学生とお母様が教室の説明を聞きにいらっしゃいました。お母様は『私たちの教室は叱ります』を聞いて期待していらした様です。でもまじめな中学生は「殴られる」と勘違いして恐がっていました。叱るのは不真面目な生徒に対してだけです。「暴力教室ではないのに…」と微笑ましく感じました。</description>
      <pubDate>Fri, 11 Jun 2010 22:03:20 +0000</pubDate>
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      <title>はじめまして。</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/blog-12073/</link>
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      <description>福山駅家教室待望のホームページが完成しました。今日から私塾長(近所のおっちゃんみたいとよく言われます…)が、皆さんのためになる話や無駄な思いつきを色々と綴っていきます。可能な限り毎日書いていきますので、楽しみにしていてくださいね。期待を裏切らないか不安です。汗汗。</description>
      <pubDate>Thu, 10 Jun 2010 21:40:03 +0000</pubDate>
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    <item>
      <title>私・国立中学受験コース（小４〜小６）　:開始:終了　自由に設定できます</title>
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      <description>[B][RED]〜 合格達成を可能にするエキスパートコースです。 〜[/RED][GREEN]■[/GREEN] 私・公立中学受験を目標に基礎力、応用力の養成を目指します。[GREEN]■[/GREEN] 志望校判定テストによる進学指導と志望校対策を行ないます。[/B]学校の教科書レベルの学習内容を完全に理解し、さらに私・公立中受験に要求される応用力をつけていきます。また、定期的に行われる志望校判定テストの結果により的確な進学指導をおこない、志望校別に受験対策をはかっていきます。</description>
      <pubDate>Fri, 28 May 2010 18:18:40 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>中学生特進コース（中１〜中３）　:開始:終了　自由に設定できます</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/course-detail-4264/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/course-detail-4264/</guid>
      <description>[B][RED]〜 早稲田育英ゼミナールのハイレベルコース。　　　実戦力の練成に最適です。 〜[/RED][GREEN]■[/GREEN] 成績上位者にマッチしたテキストにより確実に実力を伸ばします。[GREEN]■[/GREEN] 私立中学に最適。学校の進度に合わせたオーダーメイド授業[/B]レベルの高い私立中学では単元ごとにきちんと学習内容を理解しながら、さらに応用力をつけていくにはハイレベルな学力が要求されます。このコースでは成績上位者にマッチしたテキストを使用し、いまよりさらに成績UPをねらえる本物の実力をつけていきます。</description>
      <pubDate>Fri, 28 May 2010 18:19:10 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>中学生標準コース（中１〜中３）　:開始:終了　自由に設定できます</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/course-detail-4265/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/course-detail-4265/</guid>
      <description>[B][RED]〜 中学生のスタンダードコース。　　　基礎力定着から応用力育成まで。 〜[/RED][GREEN]■[/GREEN] 高校受験の準備と対策を確実に進めます。[GREEN]■[/GREEN] 中間・期間対策に力を入れ、内申点アップをはかります。[/B]高校入試を視野に入れ、各教科ともにしっかりとした基礎固めをおこない、同時に入試科目に照準を合わせた受験対策をはかっていきます。また、中間・期末などの定期テスト対策にも力を入れ、内申点UPをめざしていきます。</description>
      <pubDate>Fri, 28 May 2010 18:20:31 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>中学生必修コース（中１〜中３）　:開始:終了　自由に設定できます</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/course-detail-4266/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/course-detail-4266/</guid>
      <description>[B][RED]〜 中学生に必要な基礎学力の完全理解をめざします。 〜[/RED][GREEN]■[/GREEN] 学校教科書に準拠したテキストドリルを使用し、教科書をマスター。[GREEN]■[/GREEN] 「つまずき箇所」までさかのぼり、徹底的に基礎の完成を目指します。[/B]学校の教科書に準拠したテキスト・ドリルを使用し、学校の授業進度に合わせて進めていきますから、予習・復習にも最適です。各教科とも単元ごとに徹底した見直しを図っていきますから、苦手科目を克服したいという人にもおすすめです。</description>
      <pubDate>Fri, 28 May 2010 18:21:32 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>小学生標準コース（小１〜小６）　:開始:終了　自由に設定できます</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/course-detail-4263/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/course-detail-4263/</guid>
      <description>[B][RED]〜 家庭学習の習慣と学習環境の整備を重視します 〜[/RED][GREEN]■[/GREEN] 将来の高校進学を目標に基礎基本の学力を育てます。[GREEN]■[/GREEN] 勉強のための環境づくりと習慣づけを重視します。[/B]算・国・理・社の4教科に英語をプラスして教科ごとに基本をしっかり理解できる力をつけていきます。いまのうちから高校進学を目標に定め、学習の目的を明確にします。またこの時期にきちんとした家庭学習の習慣と勉強のための環境づくりを徹底していきます。</description>
      <pubDate>Fri, 28 May 2010 18:23:15 +0000</pubDate>
    </item>
    <item>
      <title>高校生基礎コース（高１〜高２）　:開始:終了　自由に設定できます</title>
      <link>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/course-detail-4267/</link>
      <guid>http://fukuyama-ekiya.waseiku.com/course-detail-4267/</guid>
      <description>[B][RED]〜 来たるべき大学受験を見据え、基礎力を養成します。 〜[/RED][GREEN]■[/GREEN] 高校で使用している教科書に応じたテキストで学習します。[GREEN]■[/GREEN] 定期テスト・内部進学対策にも万全です。[/B]高1・2の基本内容を十分に理解できていないと、応用力が要求される大学受験には対応できません。学校の教科書に準拠したテキストを使用し、基礎固めをしっかり行っていきます。また、定期テスト対策や、内部進学対策も行っていきます。</description>
      <pubDate>Sat, 03 Mar 2012 14:51:17 +0000</pubDate>
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